博 士 ( 水 産 科学 )平 岡優 子 学 位 論 文 題 名
北海道南西部太平洋水域におけるソウハチ仔魚の生残過程
学位論文内容の要旨
【目的】
ソウハチCleisthenes pinetorumは,北海道周辺各地において刺網や沖合底曳網によって漁獲 されている重要な漁業資源である。しかし,漁獲量の年変動は大きく,資源量変動の原因はよくわ かっていない。一般に,海産魚類は初期生活期(卵・仔魚・稚魚期の初期)の死亡率が高いため,
資源量変動機構の解明には,初期生残過程を明らかにする必要がある。これまで,北海道南西 部沖合 の噴火湾 を含む太平洋水域において,2001一2003年に本種仔魚の空間分布と日周鉛直 移動の調 査が行わ れ,摂餌開 始期仔魚 は水深30m層前後に分布すること,噴火湾湾口部で産 卵・孵化した仔魚は,水深30m層前後を中心として流入する津軽暖流水によって湾内ヘ輸送さ れることなどが明らかとなっている。しかし,仔魚の摂餌生態,成長様式,栄養状態などは未詳で ある。本研究では,2001一・2006年に採集された仔魚の摂餌生態,成長率の年変動,および脂肪 酸を用いた栄養状態の評価を行い,餌生物環境と水理環境が初期生残に及ばす影響を考察し,
資源量変動に最も強い影響を与える要因とそのメカニズムを検討した。
【材料と方法】
調 査は , 北海 道 南西部 太平洋水 域におい て,2001年8月に は北海道 大学水産 学部練習 船 北 星丸,2002‑2006年6―10月には同 練習船う しお丸を 用いて行った。各調査地点では,口 径80 cmの プ ラ ン ク ト ン ネ ッ ト お よ ぴ 口 径56 cmのMTDネ ッ ト ( と も に 網 地 開 口 部
0.33 mm)を用 い て ソウ ハ チ仔 魚 を 採集 し ,6L型 バンド ン採水器 により動 物プラン クトン
を 採 集し た。 水温と塩 分はCTDを用い て測定し た。ソウ ハチ成魚 ・未成魚 は,2003−2008 年にうし お丸のオ ッター・ トロール 網の着底 曳きによ って採集し ,耳石輪紋数から年齢を 推 定し た 。 また ,2004年9月に 人 工 授精 に より 得られた 仔魚船よ ぴ2004一2006年9月 に採 集さ れ た仔 魚 に っい て ,耳 石 日 周輪 による成 長解析を行 った。さ らに,200512006年9月
に採集された仔魚を用いて,その脂肪酸組成と蓄積量をHPLC法により求めた。
【結果と考察】
2001年8月に出現した仔魚の摂餌生態を調べた。A.―C期仔魚(摂餌開始から脊索屈曲前,体 長1.9―7.5 mm)は,か.いあし類ノープリウスの中でもOithona similisとPseudocalanus newmaniを 主に摂餌しており,環境中に豊富に存在するMicrosetella属の摂餌は極めて少なかった。D‑F期
(脊索屈曲期から眼球移動開始期,体長5.05―12.5 mm)になると,ノープリウスより大型のかいあ し類コベポダイトや尾虫類Oikopleura属の一種へと餌生物が変化していた。夏季の噴火湾では,
コペポダイトはマイクロ動物プランクトンを摂餌し,尾虫類はナノプランクトンやピコプランクトンとい
った微小生物を効率的に濾過摂餌している。このことから,ソウハチ仔魚は餌料基盤を微生物ル ープを起点 とした食 物網に依 存してい ると判断 された。 噴火湾内・ 湾口部・ 湾外に韜ける Microsetella属を除 くかいあし類ノープリウス(以下餌ノープリウスと表示)の平均密度は 15.5ー56.5個体/Lの範囲であったが,摂餌開始期仔魚の摂餌強度は,水域によって差はみられ なかった。このことから,環境中の餌ノープリウスの平均密度が15.5個体/L程度であれば,仔魚 は少なくとも飢餓に陥ることはないと考えられた。
ソウハチの年級群強度を判定し,仔魚密度と摂餌強度の年変動との関係を調べた。成魚・未成 魚 の耳石を観察して年齢組成を検討した結果,2001,2005年級群が高い年級群豊度を示し,
2002,2003,2004,2006年級群の豊度は低かった。2001年8月,2005年9―10月には,広い発 ―912ー
育段階にわたる仔魚(2001年:A一F.期,2005年:A−G期)が採集され,仔魚密度はすべての発育 段階にっいて相対的に高かった。しかし,2002,2003,2004,2006年に採集された仔魚の大半 は,摂餌開始直後の」tL‑B期でこれらの密度は低かった。したがって,ソウハチは摂餌開始直後の 仔魚の生残率が年級群強度に強く影響していることが考えられた。また,A期仔魚は3.8−19.1 aC の水温範囲で採集されたが,12 0C以下では低い摂餌強度(<―0.5個体/仔魚)しか示さなかったこ とから,低水温による摂餌制限を受けることが明らかとなった。一方,この水温を超えていれば最 低の餌ノープリウス密度(3.4個体/L)でも比較的高い摂餌強度(2.0個体/仔魚)を示したことから,
仔魚の摂餌強度は餌密度よりも水温の制限を強く受けることがわかった。強勢な年級群が発生し た2001,2005年には,津軽暖流水の熱輸送による昇温効果によって平均水温が高くかつ12°C 以上の継続日数も長かった。したがって,この水塊の流入時期や規模は,仔魚の摂餌可能な水 温期間を規定し,低水温による仔魚の摂餌の失敗が年級群強度に影響することが考えられた。
ソウハチ仔魚の耳石日周輪解析を行うため,飼育実験による耳石微細輪紋の日周性の確認と 天然仔魚の成長率の推定を行った。飼育仔魚の耳石には,孵化後6日目まではほぽ規則的な輪 紋が形成されていた。また,すべての野外採集個体について外縁部で明瞭な輪紋が観察された ため,天然仔魚の採集直前の成長率は推定可能と判断された。9月における脊索屈曲前仔魚の 採集直前5日間の平 均成長率 は,2004年(0.13 mm/日)と2006年(0.12 mm/日)よりも2005年 (0.15 mm/日)に高かった。仔魚採集地点における水深30m層の平均水温は,2004年(17.0°C) と2006年(17.2 0C)に高く,2005年には比較的低かった(14.0°C)。一方,餌ノープリウスの平均 密度は3年 間で大き な違いはなく(9.6一16.0個体/L),摂餌強度も2005年と2006年の間で差は なかった。したがって,ソウハチ仔魚にとって17°C以上の水温は,代謝やより早期での変態のた めに多くのエネルギーを要するため,2005年の14 0Cよりも高成長率を得るには不向きな水温で あった可能性がある。
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2005年 お よ び2006年に 採 集 され た ソ ウハ チ 仔 魚の 個 体 ごと の脂肪 酸組成と 蓄積量 を調べ, 同
一 個体 の 耳 石縁 辺 の 成 長率 を 同 時比 較 す るこ と で ,天 然 仔魚の 栄養状 態の評価 を行っ た。仔魚
の 躯 幹 部 に お け る 脂 肪 酸 蓄 積 量 とDHA割 合 は , と も に 体 の 各部 位 間 で正 の 相 関が み ら れた た
め ,躯 幹部に ついても これら は栄養状 態を示す 指標と して有効 である ことがわ かった 。同―仔 魚
の 躯 幹 部 に お け る 脂 肪 酸 蓄積 量 と 耳石 縁 辺 部の 成 長 率と の 間 に は, 弱 い 正の 相 関 がみ ら れ た
が, 高 成 長率 を 示 し た個 体 の 中に は 低 い脂 肪 酸 蓄積 量 を 示す 個体 も存在し ていた。 これは 餌生
物 か ら 得ら れ た 脂 質は , 体 内に 蓄 積 する 前 に 代謝 と タ ンパ ク 質合 成に用 いられて 成長ヘ 寄与す
る た め と考 えられた 。ー方, 脂肪酸 分析に用 いた仔 魚からは ,過去 の飢餓耐 性実験で 確認さ れて
い る 様 な, 低 い 脂 肪酸 蓄 積 量か つ 高いDHA割合 を示す 個体はみ られな かった。 このこ とから, 比
較的 長期に 及ぶ絶食 を経験 したと考 えられ る仔魚は 天然水域 には存 在しないものと考えられた。
本 研 究に より, 道南太平 洋水域 における ソウハ チ仔魚の 摂餌強度 と成長 率は,餌 ノープ リウス
密 度よ り も 水温に 強く規定 されて 韜り,湾 内ヘ流 入する津 軽暖流水 は,卵 ・仔魚の 輸送に かかわ
るだ けでは なく,保 持して いる熱量 そのも のが仔魚 の摂餌と 成長の survival window すなわち
「生残に適する期間」を規定することが明らかとなった。また,ソウハチの強勢年級群の発生は,比
較 的 発 育 の 進 ん だ 仔 魚 が 高 密 度 に出 現 す るこ と と ,津 軽 暖 流水 の 流 入 規模 や 湾 内の 水 温 変化
を指標とすることで,ある程度予測可能と考えられた。
学位論文審査の要旨 主 査 教 授 高 橋 豊 美 副 査 教 授 桜 井 泰 憲 副査 准教授 中谷敏邦 副査 准教授 高津哲也 副査 准教授 安藤靖浩
学 位 論 文 題 名
北海道南西部太平洋水域におけるソウハチ仔魚の生残過程
ソ ウ ハ チ は , 北 海 道 周 辺 各 地 に おい て刺 網 や沖 合底 曳網 によ っ て漁 獲さ れて い る重 要な 漁業 資源 で あ る が , 漁 獲 量 の 年 変 動 は 大 き く ,資 源量 変 動の 原因 はよ く判 っ てい ない 。資 源 量変 動機 構の 解明 に は , 初 期生 残過 程 を明 らか にす る必 要 があ る。 本研 究 は, 北海 道南 西部 太 平洋 水域 に韜 いて2001‑2006 年 に 採 集 さ れ た 仔 魚 の 摂 餌 生 態 お よび 成長 率 の年 変動 を明 らか に する とと もに , 脂肪 酸を 用い た栄 養 状 態 の 評 価 を 行 い , 同 海 域 に お け る ソ ウ ハ チ の 資 源 量 変 動 メ カ ニ ズ ム を 考 察 し た も の で あ る 。 本論文において 評価される点は次の通りであ る。
ソ ウハ チ仔 魚は ,夏 季 噴火 湾に おいてマイクロ動物 プランクトンを主に摂餌す るかいあし類コペポダ イトと,ナノ プランクトンやピコプランク トンを濾過摂餌する尾虫類を主に摂餌していたことから,餌料 基盤が微生物 ループを起点とした食物網に 依存していることを推察し た。
2. 成 魚 ・ 未 成 魚 の 耳 石 を 観 察 し て 年 齢 組 成 を 検 討 し た結 果 ,2001,2005年 級群 が高 い割 合を 占 め ,2002,2003,2004,2006年 級 群 の 割 合 は 低 か っ た 。2001年8月 ,2005年9一10月 に は 仔 魚 密 度 が 相 対 的 に 高 く , 広 い 発 育 段 階 に わ た る 仔 魚 が 採 集 さ れ た が ,2002,2003,2004,2006 年 に は 仔 魚 密 度 が 低 く , 比 較 的 初 期 の 発 育 段 階 に 留 ま っ て い た 。 し た が っ て , 摂 餌 開 始 期 仔 魚の生残率が 年級群強度に強く影響すると 判断した。
3. ソ ウ ハ チ 仔 魚 は 水 深30m層 の 水 温 が3.8−19.1°Cの 地 点 に 出 現 し た 。 摂 餌 開 始 直 後 の 仔 魚 は ,12 0C以 下 の 水 温 で は 低 い 摂 餌 強 度(0.5個 体 / 仔 魚以 下 )し か示 さな か った のに 対し ,こ の 水 温 を 超 え て い れ ば 最 も 低 い ノ ー プ リ ウ ス 密 度(3.4個 体 凡 ) で も 比 較 的 高 い 摂 餌強 度(2.0個 体 / 仔魚 )を 示し てい た 。こ れら の結 果 より ,仔 魚の 摂餌 強 度は 餌密 度よ りも 水 温の影響を強く受け ることを明ら かにした。
4. 強 勢 年 級 群 が 発 生 し た2001,2005年 に は 平 均 水 温 が 高 く , か つ12°C以 上 の 継続 日数 も長 か
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った。さらに,これらの年 は湾内の平均水温が14.0一15.8°Cに上昇した環境に,仔魚は高密度 に 分布 していた。こ のことから,湾内の水温が海面加熱によってある程度昇 温した後の8月以 降 に湾 内ヘ 移送 され ,十 分な 摂餌 が期 待で きる12 0C以上 の水 塊中に生息し,生残率が高め られたものと推察した。ま た,当海域のソウハチの長期間にわたる産卵は,水温変化が生じや す い 環 境 に お い て も , 死 亡 リ ス ク を 分 散 す る 再 生 産 戦 略 で あ る と 推 察 し た 。 5. 9月 に, ソウ ハチ 脊索 末端 屈曲 前仔魚の採集 前5日間の成長率は,2004年(0.13 mm/日)や 2006年(0.12 mm/日 )よ りも2005年(0.15 mm/日 )が高かった。仔魚の成長率は餌密度や摂餌 強 度よ りも 水温 の差 を強 く反 映し ,2004年 や2006年 の17 0C以 上の 水温 は,2005年の14°C よりも高成長率を得るには 不向きな水温であったと推察した。
6. 比 較的 大型 のソ ウハ チ天 然 仔魚 の躯幹部では,脂肪酸蓄積量の多い個体 のDHAの割合は約 25%で 安定 して いた こと から ,こ れら の仔 魚は 一定 のDHA割合 を保ちつつ脂肪酸を体内に蓄 積することが示された。よ って,摂餌開始期を除いて仔魚の栄養状態の評価には,脂肪酸組成 よりも脂肪酸蓄積量が有効 であると判断した。
7. 同一仔魚の躯幹部における脂肪酸蓄積量と耳石縁辺 部の成長率との問には,弱い正の相関が み られ たが ,高 成長 率を 示し た個 体の中には低 い脂肪酸蓄積量を示す個体も存在した。これ は 餌生 物か ら得 られ た脂 質は ,体 内に蓄積する 前に代謝とタンパク質合成に用いられて成長 へ寄与するためと推察した 。
8. 本研究結果から,6‑9月 に湾内へ流入する津軽暖流とその前面の移行水は,仔魚の移送だけ ではなく,保持している熱量そのものが仔魚の摂餌と成長の survival window ,すなわち「生 残に適する期間」を規定す ることを示唆した。ソウハチの強勢年級群の発生は,比較的発育の 進 んだ 仔魚 が高 密度 に出 現す るこ とと,津軽暖 流水の流入規模や湾内の水温変化を指標とし て,ある程度予測可能であ ることを指摘した。
以上の結果は,ソウハチ仔魚 の摂餌生態を詳細に検討し,本種で初めて耳石日周輪による成長解析 を行い,孵化直後の天然仔魚で 初めて同一個体における成長と脂肪酸組成および蓄積量との関係を示 した。さらに,北海道南西部太 平洋水域における本種の加入量変動を決定する最も重要な要因を指摘 し,資源量変動予測の可能性を 示した点が評価される。よって審査員一同は,申請者が博士(水産科 学)の学位を授与される資格の あるものと判定した。
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