ドイツ社会民主党の財政政策(六)
その他のタイトル Fiscal Policy of German Socialdemocratic Party (VI)
著者 広田 司朗
雑誌名 關西大學商學論集
巻 5
号 6‑7
ページ 439‑469
発行年 1961‑02‑28
URL http://hdl.handle.net/10112/00021703
︵広
田︶
ドイツ社会民主党の財政政策
一
︑ 予 算 協 賛 問 題
ツュテンゲルの財政改革以後にあらわれた最大の財政問題は一九 0 九年ジードー
って試みられた財政改革である︒本稿は当然この改革をめぐる社会民主党の動向を考察の対象とするが︑それに入
る前に︑ほぼ時を同じくして発生した予算協賛問題に関する見解の対立をみることによって︑同時に党内状勢の予
備的考察をも併せ行うことにしよう︒
予算問題に関して党内に見解の対立がみられたことはすでに幾度か指摘してきたところである︒この対立は一九
0 一年リューペック党大会で採択せられた決議によって終止符が打たれたかにみえたが︑しかし予算協賛を肯定し 山 ようとする改良主義的見解はいぜんとして根強く存在していた︒そして︑
エルンおよびヴュルテムペルク等南独邦国議会で党選出議員が財政法および予算案に賛成投票するに及んで︑この
ドイツ社会民主党の財政政策因 因
一 九
0 七年および八年に.^ーデン︑バイ
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朗
ドイツ社会民主党の財政政策因
問題に関する論争はふたたび惹き起されるにいたった︒かくて一九 0 八年のニュールンベルク党大会には︑この問
題をめぐって一七の提案がなされ︑五 0 人近い人々が討論に参加するという事態が生じた︒この討論の最終的な結
論を先にいえば︑党幹部および統制委員会の提出した決議案の採択をもって討議は終った︒この決議文は︑予算問
題に関するリューベックおよびドレスデン党大会の決議を再確認することによって予算拒否の原理を強調し︑南独 ② 邦国議会における予算協賛がこの原理に違反することを指摘した︒しかし公式的見解が予算拒否の原理を明確に打
ち出したにしても︑それでもって党内の見解の対立が一掃されたと考えうるほど事態は簡単ではなかった︒このこ
とは︑大会に提出された他の提案︑それらをめぐる討論にはっきりと看取できるところである︒例えば︑
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ほか一九名による提案がリューペック決議中にある予算協賛の例外的規定の削除を要求して
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争を避け︑地方議会フラクションおよび地方幹部と中央幹部の意思の疎通をはかるという折衷的立場を表明し︑ま
たティーレ
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による提案は︑予算協賛問題が戦術の問題にほかならず︑したがってこの問題の決定 ③ が議会フラクションの権限に属すべき旨を述べて︑修正主義的立場を推進した︒
ところで党大会における問題討議はペーベルの見解発表をもってはじめられた
C彼は︑リューベック決議でもって
もはや解消したかにみえた予算協賛問題が再燃したことにたいして遺憾の念を表明した後︑バーデンおよびバイニ
ルンにおける予算協賛がリューベック決議の例外規定にあてはまらないことを指摘し︑予算拒否の原理的立場を強 山 調し︑敵対的政府にたいする信任投票および許諾の政策のとるべきでないことをつよく訴えた︒ベーベルの報告の
後に開かれた討議には︑たんに南独諸邦の代議員のみならず︑幾多の人々がたって問題にたいする賛否の態度を表
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絶対反対の強硬な立場を主張したのにたいして︑
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ほか二二名による決議案は予算協賛論
︵ 広
田 ︶
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南独地方に根強く浸透している改良主義的見解は︑
一ュルンベルク
一 九
一
0 年バーデン邦国議会における党議員の予算協賛とい 明した︒とくに南独修正派の予算協賛を擁護する側では︑ティムがバイニルンについて︑フランク
ーデンについて︑そしてヒルデンブラント
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た可このはなばなしい論戦の最終結論は︑冒頭に述べたように︑党幹部および統制委員会の提出した決議案の採択 5 力ノ d がヴュルテムベルクについてその立場を代弁し
となり︑南独諸邦において党議会フラクションの行った予算協賛は党決議に違反するものとして批判をうけた︒し
かしこの決議文の採択にもかかわらず︑バーデン︑バイエルン︑
会の決定を最高のものとして認めるが︑ ヴュルテムベルクおよびヘッセンから選出された
代議員六六人の委任をうけたゼーギッツ
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は︑帝国全体にわたる原理的戦術的問題については党大
しかし地方政治の特殊な問題に関しては地方機関こそが決定権をもつべき 6 であり︑予算協贅問題も地方議会フラクションに委ねられるべきことを声明した︒大会の議長であったジンガーは
この声明を諒承したが︑党大会の決議採択後にかかる見解が発表されたことは︑ ベルリン中央幹部と南独地方幹部
の対立という形をとった急進派と修正派の抗争がきわめて深刻であったことを物語っている︒
う事態をふたたび生みだした︒さきに行われたリューベックおよびドレスデンの決定のみならず︑
の決議にも背いてなされたバーデン議会フラクションの行動は︑党内に大きな破紋とはげしい非難を捲き起さずに
れが党多数派にたいする意識的叛逆であり︑ はおかなかった︒一面では議会活動を通じて社会改革を積極的に推進し︑他面自由主義政党との提携によるブロック 政権の確立のための既成事実をつくりあげるという構想をもって行われた予算協贅にたいして︑カウッキーは︑そ 8 への途が実現しがたいことをするどく指摘した︐
さらにレーマン また﹁大プロック﹂
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も国民自由党との提携問題に関連してバーデンにおける党議員の見解に反論
ドイツ社会民主党の財政政策因
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試 み
︑
一ュルンベルクおよびマグデプルク ドイツ社会民主党の財政政策因 ︐ を加えた︒これにたいしてバーデンにおける党指導者の一人であるフランクは︑とくにカウッキーの批判に反駁を
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への途の正当さとそれへの参画の必然的帰結が予算協賛にほかならぬことを強調し︑またヒ
﹁ 大
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﹂
ルデプラント
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は︑党の文化的使命から判断して党紀違反を理由に地方党機関を審問すべき
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でないとして︑バーデン党議員を擁護した︒その後論戦は一 0 年秋マグデブルクで開催せられた党大会に特ち込ま
れた︒この問題の討議は九月二 0 日とニ︱日の両日を費し︑大会議事録で約一五 0 頁を占める長時間のかつはげし 砂
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い論戦として展開せられた︒ここではその詳細な叙述を省略しなければならないが︑討議の過程においてこの問題
に関する数多くの提案のうち︑ ニュルンベルク決議の廃棄を要求する諸提案が撤回せられた後︑党幹部および統制
3 1
u 委員会の提案になる決議案とツーバイル
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等によって提出せられた提案が採択せられた︒前者の決議
文は︑予算協賛問題に関する従来の党大会の決議を確認し︑バーデンにおける党フラクションの行動が決議を侮降
しかつ党の統一を乱すものとみなし︑民主政体への積極的参画を拒絶するものであったが︑いうまでもなくこれは
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従来の諸決議と同じく急進派の線に沿うものであった︒さらにまた同時に採択せられたツーバイル等の提案は︑こ
の討議の過程において南独地方議員の行動を弁護し︑急進派に反駁を加えたフランクの来るべき予算票決にたいす 日
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る態度についての曖昧な発言に関連して︑決議違反が行われた場合除名処分に附すべきことを要求する強硬提案で
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以上のところで明らかなように︑予算協賛問題における党の見解の対立は︑
のいずれの場合にも急進派の見解の勝利に終った︒しかしそれにもかかわらず︑われわれは修正主義的見解がとく
に南独諸邦を中心としてきわめて根強く浸透していることを知る︒とくに一九一 0 年バーデンにおける予算協賛は︑
︵広
田︶
四
( 5 ) ( 4 ) ( 3 ) ( 2 ) ( 1 )
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五
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八年に再確認せられた党決議にたいする公然たる挑戦であった︒除名の問題を内容とするツーバイル提案は︑
において急進派の強硬な態度を示すにしても︑他面提案の事実自体が修正主義的見解の強い抵抗の存在を物語って いる︒すでに簡単にふれたところであるが︑この見解の対立の背後には︑自由主義諸党との提携というすぐれて政 治的実践的問題が存在した︒この問題は一九
0
九年の財政改革問題においても介在している︒次にわれわれは︑財 政改革問題に関する党の見解を考察しよう︒
R i c h a r d C a l w e r , N u r F r a g e e d r B u d g e t b e w i l l i g u n g . S o z i a l i s t i s c h e M o n a t s h e f t e 1 9 0 7 , d B .
2,
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738~741•Ebenda
S S
. 9 4 3 9 4 8 , B e r t h o l d H e y m a n n , D i e B u d g e t b e w i l l i g u n g u n d d i e W i i r t t e m b e r g i s c h e o S z i a l d e m o k r a t i e .
ニュルンペルクの党大会で採択せられた決議文は次の通りである︒
党大会は︑次のことを︑すなわち国家は︑有産階級の手中にあるかぎり︑階級支配の機関を意味しそして無産人民大衆抑
圧の手段をなすこと︑プロレクリア階級闘争の政治的課題は敵対者の克服による国家権力の奪取にあること︑現存国家秩序
および社会秩序許諾の政策は拒否されなければならないことを述べているリューベックおよびドレスデンの決議をあらたに
確認する︒この基本的見解の必然的帰結としてまた予算についての総括的票決が政府にたいする信任投票とみなされなけれ
ばならないという事実にかんがみ︑国家予算は︑わが党同志によるその否決が労働者にとってより不利な予算の採択を結果
するのでないかぎり︑一切の敵対的政府にたいして拒否されるべきである︒ヴュルテムペルク︑バーデンおよびバイニルン
の地方議会における予算協賛はかくてリューペックおよびドレスデンの決議に矛盾する︒予算の原理的拒否は︑現存の資本
主義に奉仕する国家権力にたいする和解しがたい反対を必然的にする無産人民大衆の階級的地位にまったく対応するもので
ある︒この点についてたえず強力に労働者階級を啓発することはわれわれのアジテーション活動の不可欠の課題である︒
( P r o t o k o l l d e s N i i r n b c
" r g e r P a r t e i t a g e s , 1 9 0 8 . S . 1 8 9 u . 5 5 0 )
•
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0 . ,
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1 9 1
・ a . a .
0 . ,
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2 8 5
ー途
6.
これらの代弁者にたいして︑南独地方代議員の中から反対意見が述べられたのも当然である︒すなわちシモン
J o s e f S i m o n
ドイツ社会民主党の財政政策因
一 面
( 1 4 l ( 1 3 ) U 2 ) ( 1 1 ) ( 1 0 ) ( 9 )
(8) (7) (6)ドイツ社会民主党の財政政策因
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375
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38 3)
はバイニルソについて︑バーデソに関してはアイヒホルソ
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が︑ヴュルテムペルクについてはウェストマ
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F r i e d r i c h W e s t m e y e r
が南独諸邦における少数派の意見を代弁して予算協賛に反対した︒そのほか党大会で登壇
した主な人々をあげると次の通りである︒まず予算協賛に反対の立場に立つものは︑ニベルト
F r i t z E b e r t
ゲック︑ヘン
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ホッホ︑カウッキー︑レーマン
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ウルム︑ツェトキン︑ツーバイル等であった︒これ
にたいして予算協賛擁護派は︑ダヴィド︑アイスナー
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フローメ︑カイル
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クアルク︑ティーレ等であった︒
ゼーギッツが代表して述べた声明は次の通りである︒
以下に署名した党構成員は言明する︒われわれは︑党全体の合法的代表としてのドイッ党大会にたいして︑帝国全体にわ
たる一切の原理的戦術的問題の決定を認める︒しかしまたわれわれは︑地方政治のすべての特殊問題にあっては︑地方機
関が共通の網領にもとづき特殊の事情に応じて独自に地方政治の進行を決定しなければならない適切かつ権限ある審判所
であり︑また予算票決に関するその時々の決定はその地方機関にたいして責任を負う地方議会フラクションの義務的裁量
に委ねられなければならないという見解をもっている︒
この声明に署名した主な人々は次の通りである︒ダヴィド︑アイスナー︑フィシャー
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ヒルデンブラント︑カイル︑コル︒フ
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ゼーギッツ︑ティム等︒
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19 17 . 19 55 .
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18 8. ~l\§1典雄t、前臨燭車自一四一――ー一四四百云参照
K a u t s k y , e D r A u f s t a n d i n B a d e n , D i e N e u e Z e i t ,
2 8
J g . , B d .
2,
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612-619.拙臨〖、カウッキーの財政思想日関西大学商学論集二巻三号参照 G . L e h m a n n , i D e B u d g e t b e w i l l i g u n g n i B a d e n , D i e N e u e Z e i t ,
2 8
J g . , B d .
2 ,S S .
66 7‑ 67 3.
L . F r a n k , i D e W a h r h e i t U b e r d e n
badi~chen,,
A u f s t a n d
^ ' , D i e N e u e e Z i t
̀ 2 8 J g . , B d .
2.
S S .
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812
81 9.
G e r h a r d H i l d e b r a n d , i D e A b a n d e r u n g v o n a r P t e i t a g s b e s c h l i . i s s e n
̀ S o z i a l i s t i s c h e M o n a t s h e f t e
1 91 0,B
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.1 23 9
P r o t o k o l l d e s M a g d e b u r g e r P a r t e i t a g e s ,
19 10 .
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23 8│
‑3 85 .
前者は二八九票対八 0 票で︑後者はニ二八票対六四票で採択せられた
党幹部および統制委員提出の決議文は次の通りである︒
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一
ノ( 1 7 ) ( 1 6 ) 1 1 5 )
ドイツ社会民主党の財政政策因
二 ︑
︵広
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七
党大会は︑帝国ならびに各邦国における総予算拒否を社会民主党代表者に要求するリューベック︑ドレスデソおよびニュ ルソベルク党大会の決議の正当性を認める︑というのはこれら諸邦は︑階級支配にもとづきかつ資本家による労働者の搾 取をあらゆる手段をもって維持せんとする課題をもつ階級国家であるからである︒かくて国家は︑小さな譲歩でもって止 むを得ず被搾取階級の意を迎えることはありうるが︑しかし根本的社会変革でもって社会の社会化の方向においてその階 級の意を迎えることはありえない︒それ故に党大会は︑バーデソ邦国議会の社会民主党議員多数による予算協賛のなかに 議会活動の規範として再三にわたって示された党大会決議への意識的になされた重大な侮唇と︑全党員が党大会決議に従 う場合にのみ維持することのできる党の統一にたいする違反をみる︒党大会決議の侮扉は︑党員が党にたいして責任をと りうる最悪の違反行為の︱つである︒したがって党大会は︑バーデン地方議会において予算を協賛した社会民主党議員に もっともはげしい不信を表明する︒さらに党大会は︑宮廷儀式および専政的な忠誠宜誓への参加を社会民主主義原理と一
致しがたいことを明らかにし︑かかる宣誓を避けるべきことを党員に義務づける︒
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1771178
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3
67 .
註⑯参照
ツーバイル等の提出した案は次の通りである︒
﹁われわれの誰も︑来年の予算票決の際に何が起るかを今日諸君に明らかにすることはできない︒それは諸事情によって きまる問題である︒このことを私は諸君に言明しておかなければならない﹂という同志フラソクのその結語に際しての言 明に当面して︑われわれは︑同志ベーベルが党幹部の名において述べた以下の文章︑すなわち﹁党幹部の決議が採択せら れ︑ふたたび決議の侮辱が行われた場合には︑組織規約二三条による除名処分の前提条件が与えられるとわれわれは考え
る﹂という文章を決議することを提案する︒
( a . a .
0 . ,
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1 8 1 .
u•お8.)
C a l m a n n , D i e F i n a n z p o l i t i k e d r D e u t s c h e n S o z i a l d e m o k r a t i e
1 86 71 19 14 .M t i n c h e n
1 92 2.S S
.
212ー
21 3.
ジードーの財政改革
一九世紀末から二
0
世 紀 に か け て ド イ ツ 帝 国 の 最 大 の 課 題 で あ っ た 帝 国 主 義 政 策 遂 行 の た め に
︑ 中 央 党 を 中 心 と す る 結 集 政 策 が 展 開 さ れ た こ と は す で に 述 べ た
︒ し か し こ の 結 集 政 策 は
︑ 中 核 と し て の 中 央 党 の 政 府 批 判
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とくに
代って登場したジードーは︑ ドイツ社会民主党の財政政策因
の形成を導くにいたる︒ここに述べるジード 南西アフリカ植民地政策にたいするほげしい批判︑また一九 0 六年︱一月の植民地追加予算の否決を契機とする帝
国議会の解散によって︑終止符がうたれた︒翌一九 0 七年一月の帝国議会選挙には︑ビューローは﹁国民の名誉と
財産のために︒社会民主党︑ボーランド党︑ヴェルフ党および中央党に対抗せよ﹂とのスローガンをかかげ︑国民
自由党を媒介として左翼自由派から保守党まで糾合してビューロー・プロック
B i . i
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k
を形成し︑選 図 挙に勝利を収めた︒しかしこのプロックはその成立の当初よりきわめて脆弱な基盤にたち︑しかも対内的・対外的
に幾多の困難な問題に直面しなければならなかった︒とくに国内問題すなわち選挙法改正問題︑ディリー・テレグ
ラフ事件および帝国財政改革問題はビューロー・プロックを根底からゆさぶり︑自由派と保守派の対立︑ビューロ
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B l
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k
ー・プロックの解体、黒•青ブロック
ーの帝国財政改革は︑プロック政権編成替の直接的契機としての政治的意義をもっていたのである︒
ところで帝国財政支出の膨脹︑公債累積の傾向は︑
t つ
こ ︒③ シュテンゲルの再度の改革によってもけっして阻止されなか
一 九
0 六年大改革が可決された際にすでに租税の追加要求の不可避なことが言明されていたといわれる︒し
かも一九 0 七年の帝国議会選挙は財政改革問題にたいする関心をさらに高めたといえよう︒かくてシュテンゲルに
一 九
0 九
年 一
0 月末に包括的な財政改革案を発表し︑翌︱一月中旬それは帝国議会に
上程せられた︒この財政改革案の課題は︑第一に従来の公債政策を排して公債累増を防止し︑同時に債務の償還を ④ 促すこと︑第二に財政収支の均衡をはかること︑第三に帝国と邦国の財政関係を明確化することであった︒この課
題遂行の具体的プランとして︑第一点に関しては一九 0 六年に決定せられてまだ実施にいたらなかった千分の六の
公債償還率の引上げによって償還計画の遂行を定め︑第三点については交付金は火酒消費税純収入をもってし︑超
︵ 広 田 ︶
八
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田︶
九
固 過分担金は従来の人口頭割四 0 プフェニヒから六 0 プフェニヒに引上げること等々が予定せられた︒しかしこの改 ⑥ 一般的にいって財政収支の均衡は︑収入・支 革の最重要な問題点は第二点の収支の均衡を創出することにあった︒
出の両面での規制によって可能である︒そして事実改革案の覚書にも︑政府の将来における経費支出を可能なかぎ
り節減すべきことが謳われていた︒しかし現実には帝国財政需要が間断なく増大する傾向にあり︑しかも帝国財務
行政がこの需要の制限を保証するなんらの権限も与えられていない以上︑帝国財政均衡化は実際には収入増加の途
によらざるをえなかったのである︒政府は︑いま述べた公債政策および分担金制度の変更によって生ずる財政需要の
ほかに官吏の給与改善︑廃疾基金︑寡婦・孤児扶助と砂糖税軽減︑通行税廃止および郵便料金の引下げを考慮して︑'
超過財政需要を年平均五億マルクと見積った
6かくて財政改革における収入増徴案は五億マルクの財政需要調達の ⑧ ための増税案として示されたのである︒
この改革案の審議はかなり長期にわたり︑その政治的意義も大きいが︑ここではその詳細にわたることを避けて
概略の説明にとどめたい︒法案は一九 0 八年︱一月一九日議会に提出せられ︑翌二 0 日から第一読会で審議が開始
せられた︒ところで今回の議会提出は︑以前のように個々の法案を摘要法規に総括することなく︑それぞれ独立し
た法案として提出する方法がとられた︒この提出方法変更の意図は︑財政改革案を個々の法案に分解することによ ⑨ って不特定の多数の協賛を確保することにあった︒さらに端的にいえば︑間接税案が保守的勢力によって採択され
るとともに︑相続税が社会民主党の助力によって成立することが期待されたのである︒提出された法案はその後二
八人のメムバーより成る特別財政委員会に付託され︑審議は約五カ月にわたって行われた︒この審議の過程を通じ n てもっともはげしい議論をひき起したのは︑相続税案と火酒税案であった︒ところが皮肉にもこの両案は︑ビュー
ドイツ社会民主党の財政政策因
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ロー政権を支えるブロック内での保守派と自由派との対立を激化させずにはおかなかった︒すでに述べたように政 府は︑保守派と自由派によって間接税を︑また自由派と社会民主党の提携によって相続税を成立せしめようとの意 図をもっていたにもかかわらず︑この計画は完全な失敗に終った︒というのは︑政府の改革案を歓迎したのほ自由
⑳
保守党のみであったからである︒火酒専売案は提案直後に否決せられ︑新たに下部委員会
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手によって火酒消費税案が提出せられ︑これによっていわゆる﹁愛の贈物﹂の引下げが計画されたが︑この案に反 対する保守党と中央党との協調によってリーベスガーベの現行率の恒久的維持をはかるシュヴェリン
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z 案の提出採決が結果された︒この両党の共同作戦は︑
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リーベスガーベ軽減を志向する自由思 想党︑国民自由党などの自由派と保守派の決裂を促し︑従来のビューロー・ブロックを解体させ︑代って保守党と
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菩 豆
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i接的辛四をなしたのである︒さらに相
続税案についても︑委員会提出の当初にはビューロー・ブロック内部でこれに反対する保守派と自由派が代替提案 をめぐって抗争をつづけたが︑新しい火酒ブロックの成立とともに政府案は決定的に拒否せられ︑これに代るもの として取引所上場税
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等を要求するリヒトホーフェン が採択されるにいたった︒かくて政府提出の改革案はその主要な租税案が否決される結果となり︑委員会は保守的 色彩の濃厚な火酒ブロックの租税提案をめぐる審議に終始することとなった︒保守党と中央党のブロックによって 提出されたこの新しい租税案には︑政府案にみられた微温的な相続税案もなく︑政府案の焼直しと新しい間接税案 から成り立っていた︒このことは当然社会民主党に先導される自由派の批判を予想させるものであったが︑たまた
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まこの案の提出をめぐって議事規程論争が突発し︑このために一
0
人の委員が退場するに及んで︑残り一八人から
中央党の提携による黒•青ブロック
11火酒ブロック ︵広田︶
成る残骸委員会
府の代案を作成し︑
︵広
田︶
一面では邦国税制の侵害という点で邦国分立主義的財政構 かくして政府は保守派・カトリック派・ポーランド派プロック
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1
委員会において惨めにも敗北を喫した政府は︑火酒プロック案にたいする対策として邦国大蔵大臣を招集し︑政 日
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一 九
0 九年六月一六日議会に提出した︒この新提案にはふたたび相続税案が自由派の要望の線
に沿って織りこまれていた︒しかもこの相続税案ははじめの政府案に比してはるかに緩和された形において計画さ
れたにもかかわらず︑黒・青プロックはボーランド党をも加えて多数派を形成し︑この案を第二読会において一九
五票対一八七票でもって拒否するにいたった︒かくて相続税案は第三読会をまたずして姿を消したのである︒この
相続税案の否決はビューローおよびジードーにとってたしかに手痛い打撃であったが︑彼等は提案を否決した火酒
プロックとの帝国議会解散による対決を試みることなく︑ビューローは同案の否決されたその日に辞表を提出する g
" "
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に い た っ た ︒ ︵ 六 月 二 四 日 ︶
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1 1 p o
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の車全氷の前に屈服し︑間接税のみから成る財政改革が第三読会において成立をみたの り
で あ
る ︒
以上の概略の説明でも明らかなように︑ジードーの財政改革は︑その審議の過程においてプロック政権の交替とい
う高度に政治的な問題をひき起しながら実現した︒しかしながらこの改革のもつ意義は︑
交替の事実にあるのではない︒この改革は︑
て生起した財政的危機を主として増税という方法で︑
とするものであった︒この帝国の手による所有課税は︑
造の変革を示唆し︑他面では有産階級にたいしてその所有の直接的捕捉を意味したといえよう︒保守党を中心とす
ドイツ社会民主党の財政政策因 いうまでもなく単に政権
いわばドイツ帝国主義政策の展開という背景の下に︑それにともなっ
しかも不十分ながらも所有課税の導入という形で解決しよう
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ハ u によって火酒プロック案は一方的に簡単に採択せられたのである︒
(7) (6)
( 5 ) ( 4 ) ( 3 ) ( 2 ) ( 1 )
応
且
誓 淫 喝 腐
う
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ドイツ社会民主党の財政政策因
る反対派諸勢力がはげしい抗争を試みたことは︑その他の理由を一応措くとしても︑この点において明確に理解さ m
れ る の で あ る
6
改革は︑すでに述べたように︑その意図をほとんど実現しえなかった︒しかしこの改革の試みの失
敗は︑それなりにこの問題のもつ意義を物語っていると考えられるであろう︒
村瀬興雄︑ドイッ現代史︑一五
0 ̲
︱ 五
三 頁
大野英二︑ドイツ帝国主義と財政改革問題︑経済論叢︑七九巻五号
G e r l o f f , D i e i F n a n z , u n d Z o l l p o l i t i k d e s D e u t s c h e n R e i c h e s , J
e n a 1 9 1 3 . S . 4 4 0 . F r i t z S c h u m a n n , D i e G e s e t z e n t w i r f . i e z u
r R e i c h f s i n a n z r e f o r m v o n 9 1 0 8 s a m t e D n k s c h r i f t e n b a n d . F i n a n z a r
c h i v , 2 6 , J a h r g . , B d .
I .1 9 0 9 . S . 1 2 7 . G e r l o f f
̀ a . a . 0 . , S S .
441-443•寄ユ墜両冷3部呼、茄g逗税制叩卒盆定中ベニ0四ーニニニ頁
S c h u m a n n , a . a . O . , S S .
160|167•Derselbe,
D i e R e i c h s f i n a n z r e f o r m v o n 9 0 1 9 . F i n a n z a r c h i v 2 7 . J g . , B d . 1 . S S . 2 1 9 │ 2 2 0 .
野津高次郎︑前掲書二 0
五 ー
︱ ︱
1 0
頁
G e r l o f f , a . a .
0 . ,
S . 4 4 3 .
一 九 0
九年より一三年にいたる五年間の財政収支の見積不足額と新規の財政需要は次の通りであった︒
このほかに分担金の支払延期分︑物価騰貴のための特別手当︑給与改善の遡及して支払われるべき額等を加算すると約ニニ・
五億マルクとなる︒︵
S c h u m a n n , D i e G e s e t z e n t w l i r f e ,
S S . 1 2 7 ‑ 1 2 9 )
︵広
田︶
( 1 4 ) U 3 ) U 2 ) U 1 ) ( 1 0 ) ( 9 ) ( 8 )
︵広
田︶
この増税案としては︑火酒税一億マルク︑クバコ税七︑七
00
万マルク︑ビール税一億マルク︑葡萄酒税二︑
0 0
万 0
マ ル
ク︑相続税九︑二
00
万マルク︑電気・ガス税五︑ 000 万マルクおよび広告税
A n z e i g e n s t e u e r
1 1 1
‑ ︱
1 0
0 万
マ ル
ク ︑
計四億七二 00 万マルクが示された︒なおこのほかに超過分担金一人当り八〇プフェニヒの引上げにより二五 00 ないし二
八 00 万マルクの増収が見込まれた︒
( G e r l o f f , a . a .
0 . ,
S .
4 4 8 )
なお法案の覚書は︑今回の提案において所有を直接捕捉する租税が絶対に必要であり︑貧困な大衆に重くかかる間接税に依
存することがドイツ社会政策の重要原理に背馳するものであると述べている︒ゲルロフはこの点を高く評価しているが︑
( G e r l o f f , a . a .
0 . ,
S S . 4 4 6 ー 4 4 7 )
かかる直接税の導入は︑ーー'それはきわめて不十分ではあるがー前稿で指摘したよ
うな間接税への議会内外の抵抗のほかに︑とりわけビェーロー・プロック内部において国民自由党︑左翼自由派が直接課税
の要求をもっていたことによると考えられる︒
P r o t o k o l l d e s L e i p z i g e r P a r t e i t a g e s
̀ 1 9 0 9 .
s .
1 1 0 .
相続税案は︑遣産相続税︑国家の相続権の設定および現行相続財産税の改正の三案から成り遺産相続税には附加税として国
防税が提案された︒また火酒については︑火酒の販売および生産の一部の国有化ーー火酒専売が提案された︒︵
S c h u m a n , a . a .
0 . ,
S S . 1 6 7
│ 1 7 5 u .
s s .
195ー209.野盆坪宰〖冷3即、甜即塩茎芦、ニ―1
一頁、およびニ―九ーニニ
1一頁)詳細は前掲大野英二氏論文参照
P r o t o k o l l , 1 9 0 9 . S .
1 1 4
.
これまでの慣例によれば︑委員会は議会の総会によって明確に委託された議案のみを処理することになっていた︒したがっ
て火酒プロック案の審議は議事規程違反とみなされた︒なお退場したのは︑社会民主党︑自由思想党︑国民自由党の委員で
あ っ
た ︒
( P r o t o k o l l , 1 9 0 9 . S . 1 2 2 )
特別財政委員会で採択せられた租税案は次の通りである︒
ドイツ社会民主党の財政政策因
相続財産税 火災保険証書 印紙税 有価証券印紙 税引上け 不動産譲渡 印紙税 小切手および 受領証印紙税 手形印紙法 改正
5500万マルク 3500 1000 2000 1000 75(l
(Schumann, a. a. 0., S. 217)
曲政府の代案は次の通りであった︒
ビール税 火酒税
クバコ税
シ ャ ン パ ソ 税香料製造税
マ ッ チ 税
発光体税
コーヒーおよび茶関税 穀粉取引税
石炭輸出関税 通行税 取引所上場税 不動産譲渡印紙税 小切手受領証印紙税 有価証券印紙税引上げ 手形印紙法改正
10000万マルク 8000 4300 500 800 2500 2000 3700 1370 2500 2000 4000 4000 1000 2250 900
II II
II
ドイツ社会民主党の財政政策因
︵広
田︶
//
II
//
(Schumann, Die Reichsfinanzreform.
s .
217)一 四
ジードーが一九 0 八年九月﹁ノルトドイッチェ・アルゲマイネ・ツァイトゥンク﹂紙に帝国財政改革に関する若
干の原則を発表した直後︑同月一三日から開催されたニュルンペルク党大会においてガイアーは一の決議案を提出
するとともに︑それに関する説明の中で自由思想党議員トレーガー
政改革は︑租税増徴のための親切な註解にほかならない﹂という言葉を引用しつつ︑予想される財政改革について
0 8 ) 閻 0 6 )
ュ ン カ ー の こ の 改 革 に た い す る 反 対 の 立 湯 に つ い て は ︑ 大 野 英 二 氏 前 掲 論 文 参 照
財政改革と社会民主党
ドイツ社会民主党の財政政策因
︵広
田︶
ビール税 火酒税 クバコ税 コーヒー・茶関税 点火用品税 発光体税
シャンパン税不動産譲渡印紙税 小切手・受領証印紙税 利札税
有価証券印紙税引上げ 手形印紙法改正 砂糖税 通行税
邦国分担金引上げ
10000
万マルク
8 0 0 0
4 3 0 0
3 7 0 0
2 5 0 0
2 0 0 0
500
4000 10002 7 5 0
2 2 5 0
1000
3 5 0 0
2 0 0 0
2 5 0 0
村瀬興雄前掲書一六二頁参照
成 立
し た
租 税
案 は
次 の
通 り
で あ
る ︒
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T r
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(Schumann, a. a. 0., S.
2 1 7 )
一五
の﹁意図されている帝国財
ドイツ社会民主党の財政政策因 批判的見解を述べた︒その中で彼は︑帝国財政の更改よりもむしろ全政策の更改︑就中陸海軍事政策および植民地 政策︑従来の大衆負担とアグラリール優遇にもとづく関税および租税政策の排除を主張するとともに︑予想される 財政改革の内容に言及し︑直接税をめぐる諸党の動向︑とくにに保守党︑中央党のこれにたいする反対︑地方にお ける間接税増大の傾向を予測し︑増大する大衆負担にたいする党の反対運動と大衆にたいする積極的な呼びかけを
強調した d
このガイアーの説明の後︑大会は彼の提出した決議案を採択した︒決議文は︑ドイツの帝国主義的諸政
策によって財政需要の膨脹がもたらされ︑
しかもそれに対応する租税政策が大衆負担を加重する不公正かつ不経済 なものである点を批判し︑間接税主義にたいする反対と直接税所得税︑財産税および相続税の採用を提唱
②
している︒この決議文が保守党︑中央党などの圧力によって推進される間接税増徴の方針にたいする反対の態度を ところで既述したように︑財政改革案の帝国議会提出は個別法案としてなされた︒この提出方法の意図するとこ
ろもすでに述べたところである︒すなわち諸間接税と相続税案をそれぞれ異なった政党の支持によって成立させよ うとする点にその意図があったのである︒ところがこのことは︑社会民主党からみれば︑間接税を容認することなし
③
に綱領の基本的要求の一を実現する可能性を与えられることであった︒もし直接税案が間接税案とともに一の法案 に総括せられていたならば︑党の態度はその伝統にしたがって拒否の線を押し出さねばならなかったであろう︒し かし上述の提案方法の変化は︑現実の租税案にたいする立場決定を部分的にではあるが従前のそれのもつ拘束力か ら解放するものであった︒このことは︑資本主義国家内での立法への積極的協働の是非に関する党内の見解の対立
を明瞭に浮び上らせる機会を与えたといえよう︒事実この改革に関連する諸問題︑ことに軍事的必要からなされる 示したものであることはいうまでもないであろう︒
︵ 広 田 ︶
一六
を 指
摘 し
︑
コ労働者の侵害される傾向を論じ︑
︵広
田︶
一 七
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直接税提案にたいする立場決定の問題は︑党内に活発な論争をまき起したのである︒この点については︑われわれ
さてこの財政改革案のための第一読会において︑ビューローおよびジードーは︑プロイセン大蔵大臣ラインバー ④
ベ ン
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の支持をうけて提案趣旨の説明を行った︒これにたいしてガイアーは︑
租税改革と帝国憲法改革問題との間の内的関連を指摘し︑帝国財政窮乏が軍備拡大のための支出増加の結果にほか
ならず︑しかもこのことが世界政策的衝動に発するものであり︑それが似面非立憲主義的統治体系
11皇帝の個人支 固 配によってもたらされたものであることを明らかにした︒さらに彼は︑新しい租税案の大量生産がそれ自体では財
政改革の名に値するものでなく︑むしろ誤まった経済政策や軍事政策︑植民地政策が財政支出を増大せしめること
また有産階級が応能課税を回避している点を非難したのち︑とくにクバコ税によってクバコ産業とクバ
かかる租税計画の協賛によって現行政治体制を支持することが不可能であると
結論づけた︒またズューデクムは︑労働者の賃金のかなりの上昇によって生活状態が改善せられ︑かつ労働者の党お
よび労組への寄附行為からみて︑担税力ありと判断するラインバーベンの見解にたいして反証をあげて論駁すると
と も
に ︑
リーペスガーペが一部火酒醸造家の利益保証にほかならない点を批判した︒さらについで起ったニメルも︑
ライソバーベンのいう賃金上昇が生活資料の価格騰貴によって相殺されている事実を指摘し︑さらに憲法の保証に
⑥ よって個人支配の不確定さと反国民性が排除されるべきことも強調した︒つづいて開かれた委員会ではすでに述べ
たように政府案の主要な部分が否決せられ︑諸党の独自の提案がなされたが︑党は一般的に一切の間接税を直接税
をもって代置すべきであると主張し︑帝国所得税︑帝国財産税および帝国増価税
ドイツ社会民主党の財政政策因
は後にまた立ち帰ることにしよう︒
ァ ル ツ A l b e r t S c h w a r
z ︑ ドイツ社会民主党の財政政策因
を提案した︒しかし票決に際して党の立場はいうまでもなく孤立していた
q委員会において敗北した政府が第二読
会に提出した新しい租税案は︑これまた火酒プロックによって否決される憂目にあたったが︑この提案の審議に際
してたったジンガーは︑政府の租税計画も火酒プロックのそれも実施せられた場合にいずれも大衆搾取という結果
を示すであろうことを指摘し︑また自由主義諸党のハンザ同盟への結集に反社会的潮流の存することを懸念したの ︐ ⑧ ち︑政府の新しい相続財産税に関してはそれが党フラクションとして採択しがたいことを明らかにした︒この後党
は相続税に関するその基本的要求を推進するべく独自の相続税案を第二読会に提出した︒この提案は︑政府案に比し t てより高い税率をもっていた︒そしてこの提案理由の説明にたったダヴィド
E d u a r d D a v i d
は︑恰も相続税が農
民にたいする暗殺計画であるかのようにみる保守派の見解に反論し︑党提案が相続税の考え方に通ずる人々にとっ
て異論のないものであること︑ しかも政府案より多くの租税収入を保証することを主張したが︑しかし採択される
ところとはならなかった︒党提案を否決された社会民主党議会フラクションは︑政府提出の相続財産税案の票決に
際してこれに賛成の態度を示したが︑これも前述したように保守︑中央︑
る結果に終ったのである︒すでに述べたように第三読会は黒・青プロック提出の改革案の審議決定に終始した︒幾
多の租税案中唯一の直接税である相続税が否決されたのちの間接税案に︑社会民主党議員が反対したのは当然であ
る︒その審議にあたって党からはモルケンブール
H e r m a n n M o l k e n b u h r
︑
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エ O t t o H u e ︑
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ル ︑
なければならないが︑その主なものについて概略述べると︑
︵ 広 田 ︶
およびジンガー等がたって︑ ツーバイル︑ズューデクム︑
ツ ュ ヴ
ボ 1 ランド各党の勢力によって否決され
フ ラ
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L u d w i g F r a n k l l
火酒プロックによって提供された租税の花束に批判を投げかけた︒ここではその詳細について述べることは差控え
クバコ税に関しては資本力の弱いクバコ製造業者と消
一八
ドイツ社会民主党の財政政策因
︵広
田︶
なく︑むしろその動向に大きな破紋を投げかけたのである︒ 費者の高率負担︑消費制限によるクバコ労働者失業の危険性がモルケンブールによって指摘されるとともに︑この 失業にたいする補償が要求せられた︒またビール税についてツーバイルは︑この租税の消費者および旅館経営者に たいする不公正な作用を明らかにし︑またビールが嗜好品でなく︑ことに南独労働者にとって食糧品にほかならない こ
と を
指 摘
し ︑
一 九
クバコ税同様にその消費制限による失業の危険を予測し︑これにたいする補償を要望した︒また火
酒税に関しては︑ズューデクムがたってリーペスガーベの恒久化につよく反対し︑この制度が少数の大土地所有者
に巨大な利益を保証するものであり︑大多数の犠牲において酒精取引の独占化が推進されるところのいわば特権化
の制度にほかならないことを非難した︒そのほか点火用品税
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︑発光体税 G
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コーヒーおよび茶関税︑石炭輸出関税︑利札税
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等についてもそれぞれ反対理由が述べられたが︑いうまでもなくその反対はほとんど拒否せられる結果に終り︑火
酒プロックによって推進せられた租税案は成立するにいたったのである︒
以上われわれは主として議会における改革案審議に関して党フラクショソの動向を考察してきた︒この改革案︑
ことに租税案審議に際して党の関心をつよく惹いたのは︑火酒税と相続税であった︒党選出議員が火酒税に反対し
たことはすでに述べたところであるが︑党大会においてもこれについて見解が表明せられた
Cすなわちレーベ
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傾向を指摘するとともに火酒のボイコットを指示している︒その限りにおいて党は火酒税案にたいして統一的な態
hu⑳ によって提案せられ︑大会によって採択せられた決議文は︑火酒税の大衆課税的作用と大土地所有者優遇の
度を表明したということができる︒しかしこれに反して相続税案においては問題はそれほど簡単でなかったのみで シャンペン税
S c
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i n
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e u
e r 殻粉取引税 ︑
ドイツ社会民主党の財政政策因
すでに簡単にふれたように、党議会フラクショソは第一•第二読会において相続税案に賛成投票を行った。これ は︑第三読会における最終的票決にいたるまでは法案に可能なかぎり影轡を及ぽすという伝統的な戦術にもとづく ものであった︒この点について議会報告は次のように述べている︑
﹁委員会審議ならびにその後の総会における社 会民主党の態度を正しく理解するためには次のことに留意されるべきである︑すなわち党は︑政府案および諸党提 案の審議に参加することによって︑提案およびその目的に同意しない場合にも︑その予備的審議の段階において社 会民主党の努力にとってできうる限り好都合な形態を与えるように努力する︒党は提案の長所と短所を相互に考量 することによって︑その最終票決を審議の全結果に依拠せしめる︒⁝⁝⁝党は︑委員会や総会の第二読会において 改正案を提出するだけでなくそれを貫徹したにもかかわらず︑法案について第三読会ではじめて期待される最終決
A
定において提案を完全に拒否することを自己の手に留保している〗と。またいう「例えば一九〇六年のシュテンゲ ルの租税改革において党は第二読会のみならず第三読会でも相続税に賛成した⁝⁝⁝︒その後しかし社会民主党は 政府案全体を包括する摘要法を最終票決において拒否した︒社会民主党は上述の原理にしたがって今度も行動し た︒党はさしあたって第二読会において︑独自の提案が否決された後に︑直系卑属の帰属財産課税をふくむ諸規定 および若干の他の規定に賛成投票を行い︑それにたいしてアグラリールのために要求せられた例外規定を拒否し た︒最終的に政府の当該金額に協賛すべきか否かの問題は︑今度は相続税の第三読会においてすでに処理されなけ ればならなかった︒というのは政府は偕々の租税を摘要法に総括せず︑
されるよう希望したからである︒
にかつ一致して決定した︒しかし前述の理由から第三読会での票決は行われず︑
フラクションは︑この問題の決定を第二読会の票決後にまで延期することを明確
かくて社会民主党はこの租税の最
︵広
田︶
かくして不特定多数によって必要額が協賛
二
0
捲き起さずにはおかなかった︒
︵広
田︶
︐
nu
終的な否決か可決かを決定する状態にまでたちいたらなかった﹂と︒この引用文はいうまでもなく改革案にたいす
る立場決定の問題について党フラクションの見解を示している︒しかしすでに述べたように︑政府提案方法の変更
は従来の伝統的な戦術では片づけえない問題を提起した︒ シュテンゲルの財政改革では党は︑相続税案のほかに間
接税案やその他の改革案を含む摘要法を拒否せざるをえなかったし︑またそうすることによって党の資本主義国家
およびブルジョア政権にたいする基本的見解を表明した︒しかし今度の場合相続税案は他の租税案とは別個に提出
せられたため︑他の法案との関連なしに審議決定の対象となりえた︒かくて︑これの最終票決における立場決定は
それ以前の摘要法の場合と事情を異にしていたというべきであり︑さらに当時の保守派と自由派の対立状態とそれ
の利用の可能性を主張する見解の存在を考慮に入れるとき︑相続税法の賛否決定には簡単に行いえない見解の対立
があったといえよう︒このことは︑党フラクションの最終決定が第二読会終了後に持ち越されたことにもうかがえ
る︒事実においては相続税案が第二読会で否決せられたため︑第三読会における党の最終的決定はその必要がなく
な っ
た が
︑
しかし問題が将来ふたたび起りうるものであったため︑当然党フラクションをも含めて党内での論争を
この論争は党関係の新聞︑雑誌の紙上においてはもちろんライプツィヒ党大会においてもはなばなしく展開せら
れた︒その対立はいうまでもなく︑マルクス主義正統派とみられる急進派と修正主義者の間でくりひろげられたが︑
問題を相続税案の賛否という点にしぽってみれば︑前者が否定したのにたいして後者は賛成の立場をとったのであ
る︒しかしもとより問題はそれほど簡単なものではなかった︒ショースクによれば︑党が相続税問題に関連して当
面した問題点は次の三点であったといわれる︒すなわち第一に︑直接税の四倍の間接税負担を国民に課する点で政府
ドイツ社会民主党の財政政策因
ドイツ社会民主党の財政政策因
やシュクットハーゲ を援助することになるにしても︑なお直接税に賛成すべきであるか︑第二に軍事費支弁の意図されている場合にも 直接税を承認すべきか︑第三には保守派と自由派の対立を利用し︑自由派との提携の基盤をつくるために直接税を
n u
協賛すべきかの三点であった︒以下これらの点について検討しよう︒
まず第一の問題についていえば︑修正派は労働者階級の直接的物質的利益を重視する観点から︑党の基本的要求
の一である相続税の実現を極力主張した︒ズューデクムは﹁相続税はわれわれの綱領にある︒われわれが相続税を
否決した場合︑同じ事情の下でその採択についてはなんら特別の理由づけを行う必要がないのに反して︑否決のた り めには一定の根拠をもちださなければならない﹂と述べ︑相続税否決の結果が貧困者に莫大な負担をかける一連の
租税の採用にほかならない点を指摘している︒これにたいして急進派は︑相続税が綱領で要求されているにしても︑ m そのことがただちに承認を意味するものでないことを主張し︑さらにホッホ
G u
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H o c h
ンは︑当面の問題はたんなる相続税でなく財政改革全体にあり︑相続税はその四倍にあたる間接税の踏台にしかす 餅 ぎない点を指摘して反対した︒これにたいして修正派のハイネ
W o l f g a n g H e i n e
は︑間接税増徴案は本来確定的
であってなんらの変更も行いえないこと︑相続税反対の結果保守派に同調するという誤りをさけるべきことを述
⑳ 卯
べ︑ダヴィドは︑相続税贅成の根拠として大衆の租税負担軽減が決定的であることをつよく主張した︒急進派の見
解では︑相続税は間接税増徴の﹁無花果の葉﹂にすぎず︑決定的問題はあくまで間接税にあった︒相続税に賛成す
ることは︑直接税のみならず間接税をも積み込んだビューロー政府の車を泥澤からひき出すことであり︑党がその 砂 g 索引馬の役割をはたすことにほかならなかったのである︒
第二の問題は租税改革と軍拡競争︑帝国主義との間の問題であり︑また換言すれば支出目的と租税協賛の関連の
︵広
田︶