戦時財政危機と節約運動
その他のタイトル Fisal Crisis and Economy Movement
著者 横田 茂
雑誌名 關西大學商學論集
巻 21
号 1
ページ 40‑67
発行年 1976‑04‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00021053
40 ( 4 0 )
戦時財政危機と節約運動
横 田 茂
第一次大戦期は,国家財政のかつてない膨張のもとで,現代資本主義国家 と特徴づける財政危機が,いまだ端緒としてではあれ,はじめて広範な現象 として生みだされた時代であった。交戦列強のなかで最強の経済力を誇った アメリカ合衆国も,その例外ではなかった。この小論は,当時の戦時財政危 機のもとで合衆国を席巻した節約運動と財政改革運動の性格をあきらかにす
ることを,目的としている。
かつて私は,この時代の代表的な予算制度改革論をとりあげ,その財政思
( 1 )
想における歴史的位置づけを試みた。小論はこれをひきつぐものである。こ の小論の結論を先どりすれば,当時の節約運動は,戦時の深刻な財政危機と ィンフレーションを克服するための国家独占資本主義的経済管理の主要な方 策として提起された。財政改革運動は,節約運動が公信用の統制を媒介とし て呼びおこした国家権力の集中運動の所産であった。当時の節約運動と財政 改革運動との内的連関をこう規定することによって, この運動を指導した 予算制度改革論の性格が,いっそう具休的に位置づけられることになるであ ろう。もとより,当時の予算制度改革論の性格を全面的に把握しようとすれ ば,戦時国家独占資本主義の編成とかかわる合衆国の国家権力全般,とくに
(1)
拙稿「W.F. W i l l o u g h b yの予算制度改革論」, 京大経済学会「経済論叢」第 1 0 3
巻1
号,1 9 6 9
年1
月, 同「予算制度改革論における「科学的管理」と「真の民主主義」」同上第10賤~4 号, 1970年10 月号。
戦時財政危機と節約運動(横田)
( 4 1 ) 4 1
行財政制度についての,より立ち入った考察が必要である。このテーマは次 の課題として残されている。第一次大戦期は,現代資本主義国家において展開する財政現象の端緒がは じめて広範に歴史の表面に押しだされ,財政思想のあらたな展開がみられた 時代であった。われわれは,この時代の財政改革運動の考察をつうじて,今 日さし迫った課題となっている財政改革の民主的前進のためにいくつかの重 要な教訓を得ることもできよう。小論は節約運動の条件を形づくった戦時財 政危機の概観から始まる。
I
戦 時 財 政 危 機 と 資 本 発 行 委 員 会 の 設 立合衆国の財政は参戦を機に急激に膨張した。第
1
表によれば,財政支出の 急膨張の原動力が,軍事支出と連合国外債購入であったことがあきらかであ第
1
表 合 衆 国 政 府 支 出 ( 単 位1 0 0
万ドル)会 計 年 度
1
公債費ー利子およ び管理
軍 事 費 軍 人 年 金 その他の戦時特別 支出
民 生 費
直 接 経 費 連合国への貸付 支 出 総 額
( a ) 国 庫 バ ラ ン ス
1 9 1 4 2 3 2 5 6 1 8 4
2 3 8
1 1 9 1 5 I 1 9 1 6 ! 1 9 1 1 I 1 9 1 8 I 1 9 1 9
J1 9 2 0 2 3 I 2 3 I 2 5 I 1 9 8 I 6 1 6 I 1 , 0 2 4 2 6 0 I 2 7 9 I 6 6 0 I 7 , 0 2 6 1 1 1 , 2 3 9 I 2 , 0 1 9 1 7 6
I 17 1 I 1 7 1
i 23 5 ! 3 2 4
I 33 2 3 I ・ ・ ・ I 1 6 I 1 9 1 I 4 6 9 I 2 5 1
~ 2 , 2 8 3
7 0 1 7 2 8 7 2 0 │ 1,1839,032 1 4 , 8 6 1 5 , 9 0 9 8 8 5 I 4 , 7 3 9 I 3 , 4 7 8 I 4 2 1 7 0 1 7 2 8 7 2 0 │ 2 , 0 邸 1 3 , 7 7 1 1 8 , 3 3 9 6 , 3 3 0
1 6 2 I 1 0 4 I 1 7 9 I 9 6 7 I 6 2 4 ( b l l 1 , 2 2 6 I 3 6 0
I 8 6 3 I 8 3 2 I~ 13,035 1 1 4 , 3 9 5 1 1 9 , 5 ̲ 6 5 1 6 , 6 9 0
(注) (
a )
政府事業の純損失は収入から引いてある。( b )
会計方式の変更のため,1 9 1 9
会計年度への繰越しは,この数字より上回 って,1 6
億8 5 0 0
万ドル〜10
億6 1 0 0
万ドルである。(出所)
Harvey E . F i s k , The I n t e r ‑ A l l y D e b t s , 1 9 2 4 . p . 3 5
4 2 ( 4 2 )
戦時財政危機と節約運動(横田)る。ボガートの計算によると,連邦政府支出の規模は,参戦前
1
年間は,1
ヶ月平均6 , 5 0 0
万ドルであったが,1 9 1 7
年4月には7
億5 , 0 0 0
万ドル,1 9 1 8
( 2 )
年
4
月ーには1 2
億1 , 5 2 8
万ドルヘと,爆発的に拡大したと言う。このかつてない財政脹張に対応して,連邦財政制度と金融制度とが急速に 再編成され,集中的な資金動員体制の整備がはかられてゆく。連邦議会は,
1 9 1 4
年の緊急歳入法(EmergencyRevenue Act)
から数えれば5
次にわた る増税を決定し,戦時税制の体系をあわただしく編成した。しかし,それは( 3 )
戦時支出の約30彩前後をまかなったにすぎず,連邦政府財政は第一自由公債 法
( F i r s tLeberty Loan,Act)
を皮きりに, 公信用への依存を急速に深め た(第 2表参照)。公信用を主柱とする戦費調達方式としては,財務省短期債務証券
( S h o r t Term̲ C e r t i f i a t e o f
Indbtedness) をまず租税•長期公債を引当てに発行し,後に長期公債によって借り換えるという便法が用いられた。短期証券は 連邦準備銀行を通じて加盟銀行に割りあてられたが,後者は,政府預金勘定 の創設によって,その割りあて額の大半を吸収した。そして自由公債の売却 資金が払い込まれると短期証券が清算され,残余は国庫金として預託される というしくみであった。それは,
1 7
年6
月の連邦準備法改正と防課法( E s p i ‑ onage Act)
の制定などによる,連邦準備制度の信用能力の大幅な拡充と金( 4 )
輸出の停止,外国為替にたいする国家管理の強化,によって支えられた。
しかし爆発的な経費膨張に促迫されて,公信用はかつてないテンポと規模 で急増した。
1 7
年5
月に20億ドルの第一自由公債, 10月に38
億ドルの第二自 由公債が, あいついで売り出され, そのあい間に23億ドル以上の短期証券 が発行された。それまで合衆国で発行された公債のうち,単一の日付のもの内→
( 2 ) E r n e s t L . B o g a r t , "War C o s t s a n d t h e i r F i n a n c i n g " 1 9 2 1
年(岡野鑑記訳「戦費財政」,
2 0 92 1 0
頁,2 1 5
頁)。(3) P . S t u d e n s k i & H . E . K r o o s s , F i n a n c i a l H i s t o r y o t ' t h e U n i t e d S t a t e s , 1 9 5 2 , p . 2 8 8 .
( 4 ) i b i d . , p p . 2 8 8 ‑ 2 9 0 .
戦時財政危機と節約運動(横田) (
4 3 )
位 第2表 合 衆 国 政 府 収 入(単位
1 0 0
万ドル)会 計 年 度
I 1 9 1 6 │ 1 9 1 7 I 1 9 1 8 I 1 9 1 9 I 1 9 2 0
会計年度当初の国,,ゞ庫
ランス 1 0 4 I 1 7 9 I 8 6 7 I 1 , 6 8 5 I 1 , 2 2 6
租 税 収 入
関 税
2 1 3 2 2 6 1 8 3 1 8 3 3 2 4
消 費 税3 3 6 4 1 5 6 5 2 7 7 6 7 6 3
相 続 税. . . 6 48 8 2 1 0 4
所得および利得税
1 2 5 3 6 0 2 , 8 3 9 2 , 6 0 1 3 , 9 5 7
そ の 他5 2 2 8 1 5 7 3 8 2 5 7 5
全 租 税 額7 2 6 1 , 0 3 5 3 , 8 7 9 4 , 0 2 4 5 , 7 2 3
そ の 他 の 歳 入2 9 4 8 2 0 6 4 3 0 1 6 8
政 府 事 業 収 入 ( 純 )郵 便 局
‑7 3 4 5 8 8 ‑45
パ ナ マ 運 河‑12 ‑10 ‑11 ‑4 3
全 事 業 収 入 額
‑191 ‑ 3 7 0 4 3 4 1 1 0 8 4 4 ‑42
雑 収 入
2 5 7 9 9
全 歳 入
7 : : I 1 , 1 0 6 4 , 1 6 0 I 4 , 6 4 2 I 6 , 6 4 8
借 入 (純)
1 , 7 5 0 9 , 2 6 8 1 3 , 2 3 8 ‑1,184
全 収 入7 9 5
12 , 8 5 6 I 1 3 , 4 2 8 I 1 1 . s s o I 5 , 4 6 4
全 資 源
8 9 9 I 3 , 0 3 5 I 1 4 , 3 9 5 I 1 9 , 5 6 5 I 6 , 6 9 0
(出所)
Harvey E . E i s k , i b i d . p . 6 1 .
としては,
1898
年の米西戦争下の2
億ドルが最大規模のものであった。 し かもこれと並行して,戦時のブームのもとで,民間の資金需要の急激な拡張 がおこった。かくして,軍事支出と対外貸付を起動力とする公信用の急膨張 と,民間資金需要の急増とによって,合衆国の資本市場に重圧が加えられ( 5 )
「激しい分裂状態」が発生し,
1 7
年秋には一連の経営危機が表面化し始める。(5) Woodbury W. W i l l o u g h b y , The C a p i t a l I s s u e s C o m m i t t e e and War F i n ‑
a n c e C o r p o r a t i o n , 1 9 3 4 , p . 1 0 .
44
(仏) 戦時財政危機と節約運動(横田)資本市場は過度に投機的となり,証券価格は金融制度の流動性を深刻に悪 化させるほどに低落した。商業銀行は,短期証券と自由公債の引受のために,
その信用能力の多くを奪われたが,他方では民間資金需要の巨大なたかまり のなかで,連邦準備銀行で再割引される資格のない証券の引受けのみでな く,設備の建設,拡張のための資本貸付をも迫られた。後者の必要は,証券 市場の収縮と長期資金の獲得難から生まれたが,それが大規模におこなわれ
( 6 )
ると銀行資産を凍結し,銀行業務を悪化させる恐れがあった。
貯蓄銀行は,自由公債の購入を目的とする預金の引出しの危険に直面して いた。第二自由公債の利率は 4彩であり,貯蓄預金にたいする利率をすでに 越えていた。貯蓄銀行は,連邦準備制度に支えられた商業銀行とくらべて,
資金の獲得がいっそう困難であって,より高率で売り出されるであろう第三 自由公債にむけて大規模な引出しが発生すれば,非常な損失を出しながら投 資を現金化せざるを得ず,その衝撃は戦争の効果的遂行を実質的に破攘する
ほどにひろがるであろうと予測された。
しかも貯蓄銀行の主要な投資先の一つであった公益事業は,戦争によって 特に手ひどい打撃を受けていた。経営危機の基本的原因はコストの急上昇に あった。だとえば通貨監督官の年次報告によれば,
1915
年から17
年 に か け て,公益事業の使用する基礎資材の価格は第 3表のように急上昇したが,そ れらの料金はフランチャイズの存する地域の同意なしに自由に調整すること はできなかった。かくして利潤は,支払い能力を危くする程ではなかったと しても,信用をきずつけるまでに悪化し始めており,鉄道からの投資の引上 げも見られるようになった。この部門で一担債務不履行が発生すれば,当時( 7 )
の金融状況全体に深刻な影響をおよぼす恐れが強まっていた。
戦時における金融と投資の集中のしわよせは,農業部門にもするどくあら われた。農業にたいする長期貸付は,
1916
年連邦農場融資法(FederalFarm
(6) i b i d . , p p . 1 2 ‑ 1 3 , p p . 5 7 ‑ 5 8 .
(7) i b i d . , p p . 1 0 ‑ 1 1 , p p , 5 2 ‑ 5 3 , V i n c e n t P . C a r o s s o , I n v e s t m e n t B a n k i n g
i n America A H i s t o r y , 1 町 0 , p p . 2 2 7 ー 2 2 8 .
戦時財政危機と節約運動(横田)
第
3
表1 9 1 5
年から1 9 1 7
年の間の基礎資材コストの上昇I
鋼
材, 器 具400%
銅 線
1 8 0 / /
真 鍮3 0 0 1 1
酸 1 6 2 1 1
鉛, 銑 鉄, 紙1 2 7 1 1
(出所)
W.W. W i l l o u g h b y , "The C a p i t a l I s s u e s C o m m i t t e e a n d War F i n a n c e C o r p o r a t i o n " , p . 1 1
( 4 5 ) 4o
Loan Act)
によって開始されたが, それは巨大な戦費金融のために収縮し はじめた。戦費金融による金融の緊迫は,農業地域全般にあらわれ,農産物 の流動化を妨げる重要な要因となっていたが,特にこの時点では,原料価格 の高騰や千ばつの影響が,家蓄業者やかんづめ業者の経営危機となってあら( 8 )
われた。
金融と資本市場の圧迫は,州や地方自治体にも大きな打撃をあたえ,深刻 な財政危機を生み出した。とりわけ公共建設が次の二つの事情によって停滞 をよぎなくされたことが重要である。第一は,建設資材の価格高騰であっ て,たとえばペンシルバニア州ハイウェー委員会の計算では,
17
年における 道路建設コストは,資材と労賃の急騰のために前年より20
彩以上上昇したと 言う。第二は,資金コストの高騰である。すなわち大量の自由公債が,免税・後に発行されるより高利率の自由公債への乗り替えを隠めるという魅力的 な条件で発行された結果,公共建設のための州・地方自治休の証券は,高利 率をつけても売却が困難となり,
17
年11
月には,過去25年の最低を記録する までに減少したのである。戦時のプームのなかで工場が急激に建設・拡張さ れた地域の自治体は,膨張する公共建設の必要のために高利率の証券の発行( 9 )
をよぎなくされていた。
(8) W.W. W i l l o u g h b y , o p . c i t . , p . 7 1 , p . 7 7 .
(9) C h a r i e s C . B r o w n , "The E f f e c t o f The War o n P u b l i c I m p r o v e m e n t " ,
N a t i o n a l M u n i c i p a l R e v i e w , V o l . 6 , N o . 5 , 1 9 1 7 p p . 572‑573, A . P r e s c o t t , "War
46 ( 4 6 )
戦時財政危機と節約運動(横田)よく知られているように,ここでとりあげた諸分野はいずれもアメリカ金 融資本の重要な利潤の源泉を構成しており,従って,以上で概括した一連の 事態は,とりもなおさず戦時下の金融と投資の急激な集中が,金融資本の支 配体系に生み出した諸矛盾の明白な表硯であった。しかし財務省の戦費調達 は,こうした矛盾をはらみながらも,
1 9 1 8
年に入るとさらに巨額かつ急速度 となり,これに促迫されて銀行は,政府証券担保貸付や政府預金の設定によ( 1 0 )
る信用創造を盛行させ,信用ィンフレーションが急速に進行しはじめる。こ こに合衆国の戦時財政危機は深刻な形で露呈されはじめた。
インフレーションと戦時財政危機を背景として,資本市場の統制は,合衆 国の戦時経済管理の死活の課題として浮びあがった。 「資本発行を規制する 直接の目的は,政府証券への投資資金を自由に確保することにあったが,そ の間接的な効果はいっそう重要であった。合衆国は,平時の民需と戦時の軍 需とを同時に生産するだけの労働力と資材をもたなかったのである。かくし て,資本発行の規制は,国民経済の管理と戦争の効果的遂行とが維持される
. ( 1 1 )
ための必要不可欠の問題となっていた。」。
マッカード財務長官は,そのさし迫った必要性を,年次報告においてこう 訴えている。 「私は,公私の事業への金融に責任を有する人々が,新規の融 資や借入によって金融されねばならない契約・支出などがおこなわれる前 に,財務長官と協議することが義務づけられるよう望む。合衆国は,戦費金 融の重荷の一部をにない,かつわれわれの資源を減少させることなく十分な
. . . . . . .
資材と労働力を解放することを求められているが,それは地方的・個人的利
. . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . .
益を公益に従属させ,また公私の事業と個人的経費に最大限に厳格な節約を
( 1 2 )
簸廂
j
ナることによってのみ可能である。」(傍点は引用者)and P u b l i c I m p r o v e m e n t s " , i b i d . , p p . 5 7 3 ‑ 5 7 5 ,
R.G . B l 吐 e y , " M u n i c i p a l F i n a n c e and t h e War", N a t i o n a l M u n i c i p a l R e v i e w , V o l . 7 , N o . 4 , 1 9 1 8 p p . 4 2 7 ‑ 4 2 8 .
( 1 0 ) P . S t i d e n s k i & H . E . K r o o s s , o p . c i t . , p p . 2 9 0 ‑ 2 9 5 . ( 1 1 ) W.W. W i l l o u g h b y , o p . c i t . , p . 1 4 .
( 1 2 ) O f f i c i a l B u l l e t i n o f t h e U n i t e d S t a t e s , December 1 0 , 1 9 1 8 , p . 3 .
戦時財政危機と節約運動(横田)
( 4 7 ) 47
こうして, インフレーションと財政危機を背景に登場した資本市場の統制 政策は,産業再編成と一体となった資金節約運動として展開をはじめる。財務長官は,政府証券売り出しの大運動を指導する機関として,
1 9 1 7
年 末,自由公債委員会( L i b e r t yLoan Committees)
と全国戦時貯蓄委員会( N a t i o n a l War S a v i n g s Committee)
を組織し,ついで1 9 1 8
年1
月,連邦 準備局のなかに,非公式な資本発行委員会( C a p i t a lI s s u e s Committee o f F e d e r a l Reserve B o a r d )
を設置した。 それは同年5
月, 戦時金融会社法(War F i n a n c e C o r p o r a t i o n A c t )
の規定のもとに連邦準備局から分離,改組され,公式機関となった。新旧の資本発行委員会には,いずれも各連邦 準備区ごとに地方資本発行委員会が設けられた。
資本発行委員会は,法的な強制力は持たなかったが,額面10万ドルまでの 証券の新発行を申請させ,それらを次の二つの基準にもとづいて審査した。
(1) 売り出し時期が財務省の戦費金融業務を妨害せぬよう適切におこなわれ ること,(2) 吸収される資金が, 「公益」すなわち戦争の効果的遂行に直接
・間接に貢献すること。
中央の資本発行委員会に提出された全ての申請は, 審査局
(Bureau o f Examiners)
を通じて地方委員会に照会されるシステムとなっており,その 実務は,中央と地方を通ずる委員会機構に勤務する大銀行や商工業会社の重 役によって遂行された。すなわち,資本発行委員会は公的な形式をとってい たが,その内容は,戦時下の金融と投資の急激な集中によって生み出された( 1 3 )
地域的・全国的矛盾を調整するための金融資本の機関であったと言えよう。
( 1 3 )
旧資本発行委員会の委員は,連邦準備局副長官P .M . W a r b u r g
を誤長とし,C . H . H a m i l i n , F . A . D e l a n o ‑
(いずれも連邦準備局メンバー)で構成され,以 下の三人の銀行家からなる諮問委員会が設けられた。A . B . F o r b e s ( F o r b e s
a n d C o m p a n y o f New Y o r k ) , F . H . G o f f ( C l e v e l a n d T r u s t C o m p a n y ) ,
H . C . F l o w e r ( F i d e l i t y T r u s t C o m p a n y )
。旧資本発行委員会を改組する際.財 務長官は,証券発行規制にかんする法的強制力を賦与することを主張したが,こ れに対して産業界,とくに投資銀行家からきびしい反対の声があった。その結果 新資本発行委員会の機能は,旧来のものとほとんど同一のものとなり,むしろ産4 8 ( 4 8 )
戦時財政危機と節約運動(横田)審査局はその申請を, 国家的な戦時経済統制機関, す な わ ち 戦 時 産 業 局
(War I n d u s t r i e s Board)
,燃料管理局(FuelAdministration)
, 食 糧 管 理 局(FoodAdministration)
,鉄道管理局( R a i l r o a dAdministration)
な どや,合衆国雇用局(UnitedS t a t e s Employment S e r v i c e )
をはじめ一般 政府機関との緊密な協力にもとづき審査した。委員会の機能からみると,と( 1 4 )
りわけ戦時産業局との協力が決定的に重要であった。よく知られているとお り,戦時産業局は戦時経済統制機構の中核に位置する大統領直属機関であっ て,その組織は,合衆国商業会議所
(Chambero f Commerce o f the Unit‑
ed S t a t e s )
が産業別に組織化した戦時産業委員会(WarService Commi‑
t t e e o f Industry)
と有機的に結合しており,その実務は,資本発行委員会 の場合と軌を一にして,大商工業会社の重役達がになっていた。それは,生産•分配および資材供給の優先順位の決定,徴用,価格決定などの権限を主た
業界の利益をよりよく反映する次の7人の新委員で構成されるものとなった。
C . H . H a m i l i n , F . A . D e l a n o , J . S . W i l l i a m s
(通貨監督官,鉄道管理局・金融 および調達管理官),J . B . Brown ( N a t i o n a l Bank o f Commerce o f L o u i s v i l l e
会長),J . S . Drum
(サンフランシスコの投資銀行家),H .C . F l o w e r ( F i d e l i t y T r u s t Company o f K a n s a s C i t y
会長).F .H . G o f f ( C l e v e l a n d T r u s t Com‑
pany
会長)。新委員は,地域的分布と専門の技術的照応関係にもとづく業務の分 業を,明確に配慮して選考された。旧資本発行委員会誤長Warburg
は,連邦準 備局長官W. P . G . H a r d i n g
が戦時金融会社理事長に就任したので,連邦準備局 の業務に専念することとなった。また各連邦準備局区に設置された地方委員会 は,それぞれの地区の銀行家と実業家によって構成され,そのもとに金融業務に 精通した諮問委員会が設けられた。( W . W . W i l l o u g h b y , o p . c i t . , p p . 1 7 ‑ 1 8 , p p . 2 4 ‑ 2 7 , p p . 3 1 ‑ 3 2 , W i l l i a m F . W i l l o u g h b y , Goverment O r g a n i z a t i o n i n War Time a n d A f t e r , 1 9 1 9 , p p . 5 3 ‑ 5 6 . )
この傾向は自由公債委員会や全国 戦時貯蓄委員会においても同様であって,戦前P u j o
委員会がきびしく批判した「マネー・トラスト」の代表的人物が,これらの委員会において,あいついで指 導的地位を占めた。こうして戦時金融統制の機構のなかに,統制業務をめぐる銀 行家の一定の分業が形成されたと言えよう。
( V i n c e n t . P . C a r r o s s o , o p . c i t . , p p , 2 2 6 ‑ 2 2 7 ) .
( 1 4 ) W. W. W i l l o u g h b y , o p . c i t . , p p . 2 2 ‑ 2 3 .
戦時財政危機と節約運動(横田)
( 4 9 ) 4 9
( 1 5 )
る 手 段 と し て , 産 業 の 軍 事 的 再 編 成 を 強 力 に 推 進 し つ つ あ っ た 。 資 本 発 行 委 員 会 は , こ う し た 戦 時 産 業 局 の 統 制 に 対 応 し て 重 要 産 業 に 資 金 を 傾 斜 的 に 集
第4表 旧資本発行委員会の活動
( 1 9 1 8
年1
月〜5
月1 6
日) (単位ドル)I
自 治 体 公益事業I
エ 業l
計審査件数・..............
1 9 2 6 2 1 0 7 3 6 1
承 認 件 数・・・・・・・・・・・・・・・1 4 0 6 0 7 8 2 7 8
不承認件数••……...
3 4 2 2 4 6 0
取下げ件数•••…••.......
1 8 5 2 3
審 査 総 額・・・・・・・・・・・・・・・
8 5 , 8 7 8 , 5 1 2 1 7 0 , 0 6 9 , 6 0 5 2 1 9 , 5 1 0 , 2 6 9 4 7 8 , 4 5 8 , 3 8 6
不 承 認 額・・・・・・・・・・・・・・・1 9 , 7 9 1 , 6 6 5 6 , 0 0 0 , 0 0 0 3 9 , 9 0 0 , 0 0 0 6 5 , 6 9 1 , 6 6 5
承 認 額・・・・・・・・・・・・・・・6 7 , 0 8 6 , 8 4 7 1 1 6 6 , 0 6 9 , 6 0 5 1 1 7 9 , 6 1 0 , 2 6 9 1 4 2 1 2 , 7 6 6 , 7 2 1
うち借 換 え・・・・・・・・・・・・・・・2 1 , 3 9 2 , 3 1 3 1 2 5 , 8 6 0 , 2 8 4 1 1 1 , 4 1 1 , 9 0 0 5 8 , 6 6 4 , 4 9 6
新 規 発 行・・••…·・・・・・・・4 5 . 6 9 4 , 5 3 4 1 4 0 . 2 0 9 , 3 2 1 1 6 8 . 1 9 8 . 3 6 9 1 1 5 4 , 1 0 2 , 2 2 4
昨年同時期の新規発行1 0 8 , 9 5 2 , 8 6 5 / 1 0 7 , 5 0 4 , 0 7 5 / 2 8 7 , 7 5 4 , 6 8 4 1 5 0 4 , 2 1 1 , 6 2 4
承認された新規発行の分析当初の申請願
6 5 , 4 8 6 , 1 9 9 4 6 , 2 0 9 , 3 2 1 1 0 8 , 0 9 8 , 3 6 9 2 1 9 , 7 9 3 , 8 8 9
承 . 認 額4 5 , 6 9 4 , 5 3 4 4 0 , 2 0 9 , 3 2 1 6 8 , 1 9 8 , 3 6 9 1 5 4 , 1 0 2 , 2 2 4
削 減 効 果1 9 , 7 9 1 , 6 6 5 1 6,000,000139,900,000165,691,665
非分析公式に抑制された申請の数
8 3 6 1 7
額
8 , 9 1 5 , 0 0 0 7 , 3 6 0 , 0 0 0 3 , 5 9 0 , 0 0 0 1 9 , 8 6 5 , 0 0 0
(出所)
W.W. W i l l o u g h b y , i b i d . , p . 30
( 1 5 ) G r o s v e n o r B . C l a r k s o n , I n d u s t r i a l America i n The World War, 1 9 2 4 , p p . 299‑304,
池上惇. 「アメリカ合衆国産業動員体制の諸特徴」同「国家独占 による競争条件の創出と軍需調達制度の合理化」「現代資本主義財政論」有斐閣,昭和
4 9
年(所収).‑-—•- _:1•一•
‑‑̲ _-'---—. ‑
5 0 ( 5 0 )
時時財政危機と節約運動(横田)( 1 6 )
中する,言わば「金融の優先委員会
( f i n a n c i a lp r i t o r i y b o a r d )
」であった。さて,資本発行委員会が活動した
18
年1
月から1 1
月までの間に,3,670
件,42
億ドル以上の申請がよせられた。そのうち約32億7,000
万ドルが承駆され たが,新規発行はその7
割 弱 の 約22万7,000
ドルであった。その内容をみる と,軍事的優先度の高いものを除いて新規設備投資むけのものはきびしく制 限された。この傾向はとくに工業と公益事業において顕著であった(第4 ,
5 , 6
表参照)。第 5表新資本発行委員会の活動
( 1 9 1 8
年5
月17
日〜11
月30
日) (単位ドル)I
州お点閤機関1公 益 事 業 I
工業その他I
計申 請 数
5 9 5 I 3 6 4 I 2 , 3 5 0 I 3 , 3 0 9
申 請 総 額
2 4 4 , 8 8 5 , 0 0 0 8 1 0 , 3 4 8 , 0 0 0 2 , 7 2 2 , 0 8 0 , 0 0 0 3 , 7 7 7 , 3 1 3 , 0 0 0
承 認 額1 7 5 , 6 7 9 , 0 0 0 7 8 2 , 7 1 1 , 0 0 0 1 , 9 0 1 , 7 9 0 , 0 0 0 2 , 8 6 0 , 1 8 0 , 0 0 0
うち借換え3 7 , 1 5 0 , 0 0 0 2 7 9 , 0 4 5 , 0 0 0 4 2 8 , 8 1 7 , 0 0 0 7 4 5 , 0 1 2 , 0 0 0
新 規 発 行1 3 8 , 5 2 9 , 0 0 0 I 5 0 3 , 6 6 6 , 0 0 0 1 1 . 4 7 2 , 9 7 3 , o o o 1 2 . 1 1 5 , 1 6 8 , o o o
承分駆析 された発行の建設・施設
1 2 2 , 1 7 3 , 0 0 0 1 7 3 , 1 0 4 , 0 0 0 2 1 5 , 1 9 3 , 0 0 0 5 1 0 , 4 7 0 , 0 0 0
運 転 資 本5 , 6 1 0 , 0 0 0 7 , 2 9 5 , 0 0 0 2 0 1 , 0 6 2 , 0 0 0 2 1 3 , 9 6 7 , 0 0 0
借 換 え3 7 , 1 5 0 , 0 0 0 2 7 9 , 0 4 5 , 0 0 0 4 2 8 , 8 1 7 , 0 0 0 7 4 5 , 0 1 2 , 0 0 0
交 換 な どI 1 0 . 7 4 6 . o o o I 3 2 3 , 2 6 7 . o o o ¥ 1 . 0 5 6 , ns.ooo 1 , 3 9 0 , 7 3 1 , 0 0 0
(出所)
W.W. W i l l l o u g h b y , i b i d . , p . 39
第 6表 資本発行委員会が取扱った証券発行の分布
( 1 9 1 8
年1
月〜11
月3 0
日) (%)工霙
4 0 0 23 29 24
事
益公
体治
8 4 1
自
7 1
&
ぉ ょ
一 び'
小
1
請 認 行 申 発 行 規 発 承 新
業
6 9 . 1
6 3 . 6
6 7 . 9
( 1 6 ) R . G . B l a k e y , o p . c i t . , p . 4 2 8 .
戦時財政危機と節約運動(横田) (
5 1 ) 5 1
ニューヨーク株式取引所に主導される主要株式取引所は,こうした資本発 行委員会の認可にもとづいて新規証券を上場した。また,アメリカ銀行家協 会( A m e r i c a nB a n k e r s A s s o c i a t i o n )
,アメリカ投資銀行家協会( I n v e s t ‑ ment B a n k e r s A s s o c i a t i o n o f A m e r i c a )
, リ ッ チ モ ン ド 不 動 産 取 引 所( R i c h m o n d R e a l E s t a t e E x c h a n g e )
,合衆国商業会議所などの諸組織も,( 1 7 )
この隠可のない証券の発行と取扱いの拒否を申しあわせた。かくして,資本 発行委員会は,資本市場の基幹部分を統制し,自由公債委員会や全国獣時貯 蓄委員会による政府証券売り出しキャンペーンと並行して,特権的戦時産業 への資金集中機構を編成していった。しかし,当時の事情はこれにとどまら ず,資本市場の条件の故に必要な資金調達の途を失いゆきづまっている企業 や個人に資金を誘導する新たな機構が求められていた。次節では,この目的 のために設立された戦時金融会社
(WarF i n a n c e C o r p o r a t i o n )
の機能につ いて考察しよう。I l
戦 時 金 融 会 社 の 設 立戦時金憩会社は,最初の本格的な国家的投融資機関として,
1 9 1 8
年5
月に 設立された。連邦政府の投融資機関としては,当時すでに戦時貸付局(War C r e d i t s B o a r d )
と 鉄 道 管 理 局 回 転 基 金( R e v o l v i n gFund o f R a i l r o a d A d m i n i s t r a t i o n )
が存在したが, 財務長官は,,新たに戦時金融会社を創設 する必要を,次のように述ぺている。「戦時金融会社の設置のために提案された法案は,主として,国法銀行,
州法銀行,信託会社などの諸銀行が,戦争の遂行に貢献する必要不可欠な産 業や企業へ,必要な融資を継続するための一手段であると考えていただき たい。政府の借入は,とくに自由公債が売り出される直前・直後の時期,諸 銀行の信用能力を独占し,準公共的企業や私的企業に従来おこなわれてきた
( 1 7 ) W.W. W i l l o u g h b y , o p . c i t . , p p . 20‑21.
5 2 ( 5 2 )
戦時財政危機と節約運動(横田)必要な援助を妨げがちである。財務長官と連邦準備局は,産業設備,公益事 業,動力設備,鉄道その他に通常与えられる必要不可欠の信用が,連邦政府 自体へ吸収されてしまう結果,軍需生産を完遂するために必要な貸付が不可 能とは言わぬまでも困難にたち至った多くの事例に注目した。…••………•連 邦準備銀行が商業手形および政府債務証券を担保とする手形を再割引・購入 することを定めた連邦準備法の規定のために,銀行は,その貸付が戦時目的 にとっていかに緊急を要する場合であっても,無資格証券を担保とする貸付 をこばみ,反対に,それが戦争と無関係で戦時下には削減されるかも知れな い事業のためであっても,商業手形を担保とする貸付を望まざるを得なくな っている。提案した法案は,獣時下のこの状況を救済する一つの措置とし
( 1 8 )
て,賢明かつ慎重に立案されたものであると確信する。」
戦時金融会社の権限は次のとおりであった。
(1) 戦争の遂行に貢献する諸個人・企業への融資,およぴすでになされた融 資の維持が可能となるよう,商業銀行,銀行業者,信託会社へ前貸しする。
またこれらの金融機関が,必要な工業の債券・証券を購入するために前貸し する。以上の前貸しは,金融機関が個人・企業から融資のひきかえに獲得す る全ての手形・債券その他の債務証券およびそれに伴なう副担保品を担保と する金融機関の約束手形にもとづき, おこなわれる。期間は
5
年未満であ る。前貸し額は,金融機関の融資または証券購入額の75%を限度とするが,前記の担保に加え,前貸し総額の3
3
%にあたる戦時金融会社が指定する要件 をそなえた追加担保を提供する場合は,1 0 0
彩の前貸しがおこなわれる。この権限によって,証券市場の不安定な条件の故に必要な資金を調達でき ぬ工業への信用拡張の道が開かれ,同時に,証券を過剰にかかえた金融機関 が,それらを不健全な市場に投げ出すことなく必要な資金調達をすすめるこ
とが可能になった。
(2) 1年以内の期間で,貯蓄銀行・商業銀行・信託銀行・建築融資団体
( b u i l d i n g and l o a n ' a s s o c i a t i o n s )
などの貯蓄金融機関へ前貸しする。 た( 1 8 ) W. F . W i l l o u g h b y , o p . c i t . , p p . 58‑59.
戦時財政危機と節約運動(横田)
( 5 3 ) 5 3
だし,戦時金融会社が指定する要件をそなえた前貸し総額の少くとも 133彩 にあたる市価を有する証券が,担保として必要である。この権限は,貯蓄金 融機関が,預金の引出しに十分みあう速度で投資を現金化できない場合,ま たは現金化すれば非常な損失をこうむる場合に,緊急に一時的融資を提供す るためのものであった。•以上の(1), (2)の前貸しにたいしては,借入者の所在する連邦準備区に出ま
わっている
9 0
日商業手形の,借入時における割引率より1
%以上高い利率が つけられ,またいかなる場合でも,借入者が借入に先だつ 6ヶ月の間になし( 1 9 )
た融資や投資にたいする平均利率を越えてはならないとされた。
(3) 戦争に貢献する個人・企業に, 5年未満の期間で,直接前貸しする。
戦時金融会社の指定する要件をそなえた前貸し総額の
1 2 5
% を 下 ら な い 市 価 を有する証券が,担保として必要である。また,借入者の所在する連邦準備 区における9 0
日商業手形の,借入時における割引率より1
%以上高い利率が つけられる。戦時金融会社のこの種の前貸しは,① 民間銀行の通常の条件では資金調 達が不可能であると認定された特殊な個人・企業へのみ,民間銀行との協調 に よ っ て 融 資 す る こ と , R 前貸し総額は,戦時金融会社の払込資本金と社 債発行総額との合計額の
1 2 . 5
彩を限度とすること,⑧ 一件あたり前貸し額( 2 0 )
は,鉄道融資を除いて,資本金の 10彩未満とすることとされた。
( 1 9 ) i b i d . , p p . 60‑61, W.W. W i l l o u g h b y , o p . c i t . , p p . 43‑44, p p . 48‑49, pp.52‑53.
( 2 0 )
この第三の権限は,戦時金融会社が民間金融機関との競合分野に立ち入ること を意味したので,民間銀行のきびしい批判の対象となった。議論は同様の活動を おこなっていた戦時貸付局にたいする評価とかかわって論じられた。1 9 1 7
年10
月 の緊急歳入不足法(U r g e n tD e f i c i e n c i e s A c t )
により,陸軍省と海軍省の長官は,その軍需調達契約額の3
0
彩まで,契約者に前貸しする自由裁量を認められたが,戦 時貸付局はそのために陸軍省に設置された機関であった。戦時貸付局の指定を受 けた契約者は,政府から低利の前貸しを獲得する便宜を入手した。この種の融資 は,銀行制度において有益な機能を果す一種の手形を造出したので,契約者は,民間銀行から借入が可能な場合でも,戦時貸付局の融資を得ようとし,その融資
5 4 ( 5 4 )
戦時財政危機と節約運動(横田)(4) 以上の事業に要する資金は,全額合衆国出資の資本金5億ドル,およ ぴ払込資本金の
6
倍つまり3 0
億ドルまでの公募社債により調達する。その事 業の純利益は,戦時金融会社の解散時まで,合衆国公債への投資,連邦準備 制度加盟銀行への預託,および未済社債の償還にふりむける。この公募社債 は,すでに過剰となっている短期貨幣市場のいっそうの混乱や長期政府金融 業務との競合を避けると同時に,未だ十分利用されていない資本の源泉を新 しく開くことを意図して,5
年満期の中期信用として売り出された。またそ の国債購入業務には,過度に投機的な市場の沈静と公債価格の安定機能が期( 2 1 )
待された。
さて,以上の考察から,戦時金融会社により合衆国の信用の導管がいかに 整備されたかがあきらかであろう。財務長官と連邦準備局長官は,戦時金融 会社の理事長
( C h a i r m a n )
と管理官(ManagingD i r e c t o r )
とをそれぞれ兼( 2 2 )
任し,その業務と戦時財政金融政策との統一が保証された。
そこで戦時金融会社の実際の活動を概観してみよう。まず第
7
表 に よ る と,銀行への前貸しは少額であり,直接前貸しの比重が圧倒的に大きく,ま た後者のなかでは工業へのそれはきわめて少額であった。すなわち,その前 貸しの大半は,金融集中と産業再編成のしわよせを大きく受けていた農業,鉄道,公益事業にむけられたのである。
第一に,倉庫,家蓄への前貸しは,戦時における農業生産者の経営危機に 対応するものであった。前者のうち
2,500
万ドルは食糧管理局のもとに設立 された穀物会社( G r a i nC o r p o r a t i o n )
に前貸しされた。 残りは経営危機に額は短時日のうちに数億ドルに増大した。しかし,こうして増大する政府融資の 窮極の原資は自由公債であって,銀行はすでにそれを過剰に保有していたのであ
る。一方,財務省の立場からも,陸•海軍省に前貸しの自由裁量を許したこの制
度のために,予期せぬ財政需要が発生し,財務省の金融計画が混乱し始めたの で,この種の融資を最小限に制限することが望ましかった。
( i b i d . , p p . 49‑52, W. F . W i l l o u g h b y , , o p . c i t . , p p . 61‑62, p p . 65‑66).
( 2 1 ) i b i d . , p p . 62‑63, W.W. W i l l o u g h b y , p p . 53‑57.
( 2 2 ) i b i d . , p p . 6 6 ~67.
戦時財政危機と節約運動(横田)
( 5 5 ) 5 5
第 7表戦時権限にもとづく戦時金融会社の前貸し(単位
ドル)
銀行その他金融機関への前貸し
重要工業への融資残をもつ銀行など
3 , 0 0 5 , 8 0 2 . 6 1
重要工業の債券を購入し保有する銀行など1 , 7 1 2 , 5 7 5 . 0 0
貯蓄銀行,建築融資団体5 5 0 , 0 0 0 . 0 0
銀行等への前貸し計5 , 2 6 8 , 3 7 7 . 6 1
直 接 前 貸 し公 益 事 業
3 9 , 7 9 7 , 4 0 0 . 0 0
工 業 会 社2 3 , 8 1 4 , 6 7 4 . 2 4
鉄 道2 0 4 , 7 9 4 , 5 2 0 . 0 0
倉 庫 収 入2 5 , 2 1 1 , 5 0 0 . 0 0
家 蓄7 , 8 3 3 , 7 4 0 . 8 1
直 接 前 貸 し 計3 0 1 , 4 5 1 , 8 3 5 . 0 5
総 計3 0 6 , 7 2 0 , 2 1 2 . 6 6
(出所)
W.W. W i l l o u g h b y , i b i d . , p p . 81‑82.
ぉちいったかんづめ業者への銀行との協調憩資の部分である。主として肉の 供給にかかわる家蓄業者にたいしては,ダラス家蓄融資局とカンサス市家蓄 融資局
( P a l l a sC a t t l e Loan Agency o f t h e WFC, K a n s a s C i t y C a t t l e Loan A g e n c ; y o f t h e WFC)
を通じて,直接融資がおこなわれた。第二に,最も多額の鉄道への前貸の大半は,停戦後におこなわれた。鉄道 の資本投下への融資機関としては,すでに18年
3
月の鉄道統制法( R a i l r o a d C o n t r o l A c t )
にもとづき鉄道管理局回転基金が設置されていたが, 戦時の( 2 3 )
経営危機に対応するには,それでは不十分だったのである。
第三に,路面電車,地下鉄,水道,電鐙,動力,ガス,道路舗装などの公
( 2 3 ) i b i d . , p p . 7 1 ‑ 7 4 , p p . 7 6 ‑ 7 7 .
5 6 ( 5 6 )
戦時財政危機と節約運動(横田)益事業は,資本発行委員会の投資節約キャンペーンの重要な対象とされた。
従って,経営の悪化した公益事業の側からは,戦時金融会社の援助を求める 強い要求がおこったのは当然であった。しかし戦時金融会社は資本発行委員 会 と 同 一 の 態 度 を と り , 公 益 事 業 の 経 営 合 理 化 と 料 金 値 上 げ を 強 力 に 要 求
( 2 4 )
し,前貸しの利率も割高とした。
次に,第8表のように,戦時金融会社による政府証券の売買は,停戦後に かけて非常に拡大している。停戦直後,大量の政府証券が市場を圧迫してい るにもかかわらず,連邦政府は,短期債務の借換えのためもう一度巨額の戦 時公債
(VictoryLoan)
を発行しなければならなかった。このような状況の なかで,戦時金融会社の活動は,公債市場の安定に有益な機能を果した。( 2 4 )
戦時金融会社の理事会は,活動開始数週間後に次の声明を発表した。「戦時金融 会社の理事会は,我々が,法律に定められた十分な資格を有する証券以外に前貸 しする,いかなる権限をも保持していないこと,また,少くともその固定経費,租 税,維持•修善費を十分支払う収益をあげえない公益事業の証券は,担保として不 十分であることを証明するものであること,を確信する。理事会は,これら種々 の公益事業のサービスを受けている地方当局は,その文書が収益の増大の必要性 を現実に示している公益事業にたいして.戦時金融会社が前貸しすると,決して 期待すべきでないと考える。企業を維持するに十分な料金増大をすべきか否かの 決定は,地方当局の問題である。」( C o m m e r c i a land F i n a n c i a l C h r o n i c l e , J u n e 1 5 , 1 9 1 8 , p . 2 5 0 3 )
, また旧資本発行委員会議長であったWarburg
は,1 9 1 8
年 半ばに,次のように発言している。 「旧資本発行委員会が業務をはじめた時,委 員会は,合衆国の種々の州を代表する公益事業委員長との会議をもよおした。委 員会は,これらの州委員長が委員会の助言に率直な態度をとったばかりか,その 計画に完全に同意し,すべての可能な点において熱心に協力するということを知 って,喜んだ。多くの指導的地方自治体が,この問題を注意深く研究した後,そ れらの公益企業を今後嵐にさらすことができるよう,公正に調整すると決定した ことは喜ばしく,それらの例が全国にゆきわたることが望まれる。」( P . M .War‑
b u r g , " C a p i t a l I s s u e s f o r S t a t e and M u n i c i p a l D e b t s and T h e i r R e l a t i o n
t o War F i n a n c i n g " , P r o c e e d i n g s o f t h e Academy o f P o l i t i c a l S c i e n c e , V o l .
V][
,N o . 1 , 1 9 1 8 , p p . 8 5 ‑ 8 6 . ) .
I
購売 保
戦時財政危機と節約運動(横田)
( 5 7 ) 5 7
第8
表戦時金蔽会社の政府証券売買 (単位ドル)1 9 1 8 . 5 . 2 01 1 . 3 0
まで1 9 1 9 . 1 1 . 3 0
まで 入3 7 3 , 9 9 2 , 0 2 5 . 2 4 1 , 3 2 7 , 4 1 7 , 0 0 0 . 0 0
却2 7 2 , 6 2 1 , 7 4 6 . 8 1 9 5 0 , 8 8 4 , 6 5 0 . 0 0
有1 0 5 , 3 7 0 , 2 7 8 . 4 3 4 8 1 , 9 0 2 , 6 0 8 . 4 3
(出所)
F i r s t and Second Annual R e p o r t o f War F i n a n c e C o r p o r a t i o n , W.W. W i l l o u g h b y , i b i d . , p . 7 4 . p p . 7980.より算出。
m
州 と 地 方 自 治 体 に お け る 行 財 政 制 度 改 革 運 動資本発行委員会による証券発行規制のもとで,州や地方自治体の証券発行 は,
1 9 1 8
年に入ると急速に収縮した(第9
表参照)。 資金節約運動は,この ように公信用の統制を槙粁とする経費節約運動として国家部門を貫徹し,州 や地方自治体における行財政制度改革に結実する。ところで,すでに述べたように州と地方自治体の証券発行にたいする規制 は,旧資本発行委員会によって非公式に開始された。しかし,同委員会を公 式機関に改組する条項を含んだ戦時金融会社法の審議においては,合衆国の 国家形態にかかわる一つの重要な問題が発生した。それは,憲法が規定する 合衆国の国家形態のもとでは,連邦議会は,州およびその下級政治諸単位の証 券発行を規制する権限を有しないとされていたからであった。この問題は,
大戦下において現実に進行していた国家機能の大規模な集積が合衆国の国家 形態との間に生み出した矛盾の一つのあらわれであったと言えよう。しかし 新たに改組された資本発行委員会の第
1
号通達は,以下のように述べ,その 審査をすべての証券におし及ぽすことを明確に宣言した。「資本発行委員会が審査対象としうる証券を定義するにあたり,議会は,
州と地方自治体のものについては明確な言葉で述べていない。この省略の理 由は,おそらく,議会が間接的にすら,州の主権に関する問題の規制を意図 しているとみられることを,望んでいないからであると思われる。他方,議
と―•一-....'.---さ--
5 8 ( 5 8 )
戦時財政危機と節約運動(横田)第 9表州,カウンラィ,自治体,および地区の証券売出し
(単位
ドル)
州 証 券 州区自治の,カ体証ウお券ンよラびィ地, 州びを除地,カ区くウのン証テ券ィか,ら自治借体換発お行よ
1 9 1 1 4 6 , 9 3 5 , 0 0 0 1911‑1915 3 9 6 , 8 5 9 , 6 4 6 3 7 9 , 2 5 8 , 0 7 5 1911‑1915 1 9 1 2 3 4 , 0 1 0 , 5 0 0
年 平 均
3 8 6 , 5 5 1 , 8 2 8 3 7 1 , 6 7 9 , 4 7 7
年乎均1 9 1 3 5 2 , 1 9 3 , 0 2 2 4 0 3 , 2 4 6 , 5 1 8 3 7 6 , 2 3 4 , 6 9 1
1 9 1 4 7 2 , 8 5 8 , 5 0 0 4 7 4 , 0 7 4 , 3 9 5 4 6 4 , 7 2 7 , 8 7 1
1 9 1 5 6 0 , 9 7 0 , 5 0 0 5 3 , 3 9 3 , 5 0 4 4 9 8 , 5 5 7 , 9 9 3 4 6 6 , 4 3 3 , 7 3 0 4 1 1 , 6 6 6 , 7 6 9 1 9 1 6 4 2 , 5 9 3 , 5 0 0 I 4 5 7 , 1 4 0 , 9 5 5 4 3 3 , 7 3 5 , 0 3 1
1 9 1 7 5 2 , 6 3 6 , 1 0 0 1916‑1921 4 5 1 , 2 7 8 , 7 6 2 4 3 5 , 8 7 3 , 5 9 3 1916‑1921 1 9 1 8 3 8 , 6 7 8 , 0 0 0
年平均2 9 6 , 5 2 0 , 4 5 8 2 8 6 , 8 3 1 , 0 7 7
年乎均1 9 1 9 7 4 , 4 0 7 , 2 5 0 6 9 1 , 5 1 8 , 9 1 4 6 7 8 , 1 8 7 , 2 6 2
1 9 2 0 8 7 , 6 0 7 , 2 7 5 6 8 3 , 1 8 8 , 2 5 5 6 7 1 , 7 6 5 , 5 7 4
1 9 2 1 2 9 0 , 8 9 2 , 9 0 0 9 7 , 8 0 4 , 0 0 4 1 , 2 0 8 , 7 6 8 , 2 7 4 1 , 1 9 9 , 6 1 6 , 5 6 1 6 1 7 , 6 6 8 , 1 8 3 1
1
の9 9 2 1
売4 1
年年出かのしら額間7 2 0 , 6 5 3 , 0 2 5 1 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1 4 , 7 6 1 . 0 4 8 , o o 6 1 4 , 6 3 7 , 1 7 0 , 6 9 9 1 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1
け9 1
る3
年硯在にお高4 2 2 , 7 9 6 , 5 2 5 1 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 1 ・ ・ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1 3 , 8 9 8 , 7 5 0 , 8 7 8 1 . . . . . . . . . . . . . . . . . .
(出所)
W i l l i a m L . Raymond, " S t a t e a n d M u n i c i p a l B o n d s " , 1 9 2 3 . p . 3 4 7 .
" S a l e s o f S t a t e , C o u n t y , M u n i c i p a l and D i s t r i c t Bonds 1901‑1921 I n c l u s i v e and C o m p a r i s o n o f Amounts S o l d 1914‑1921 I n c l u s i v e With Amounts O u t i t a n d i n g 1 9 1 3 "
より作成。会は,資本発行委員会がその発行を規制することを禁じてはいないし,また,
議会による法制定の趣旨と目的は,資本発行委員会がそれをおこなわなけれ ば,大きな成果をあげえないことはあきらかである。資本発行委員会は,州 およびその下位機開の申請を要求し,それらを審査するであろう。…•••私企 業の社員や諸個人に適用しうると同様の理由と動機は,州と地方自治体の公
...............
務員にはいっそう大きく適用されうる。彼らは,資源の保存をめざす国民的
• • • • • • • • • • • • • • ( 2 5 )
運動の指導者とならねばならない。」