一三経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) 〔特別寄稿〕
経 済 法 体 系 の 再 構 築 ― 循 環 可 能 な 経 済 社 会 を 目 指 し て ― 序 説
酒 井 享 平
はじめに
二〇一三年二月二〇日(水)一三時三〇分から、私は九年間奉職した首都大学東京の法科大学院のある晴海キャンパスで本論文と同タイトルの最終講義を行った。私がなぜこんなにも「経済法」という言葉にこだわるか若干個
人的な事情を語ることから始めることをお許しいただきたい。
私が「経済法」という言葉を知ったのは、独占禁止 )(
(法の施行を任務とする公正取引委員会(以下「公取委」と略
することもある。)の事務局(現「事務総局」)に就職し勤務を開始してから後のことであった。私が公取委事務局
で勤務を開始して間もない頃、ある課長が私の母校の経済学部で新たに設けられた特殊講義「経済法」を非常勤講
師として教え始めたというのだ。その後我が母校の経済学部には経済法学科が設けられ、さらに、その学科が振り
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替えられて、法学部もないのに法科大学院が設けられた。
経済学部生として大学生活を送った四年間、私は「経済法」という言葉を聞いたことがなかった。経済哲学など
という学問があることは知っていたが、それに対してもそれほど強い関心をそそられた訳ではなかった。むしろ、
経済現象の与件として機能する事象を研究対象とする生物学、心理学、人類学等の学問に興味をそそられた。ある
いは経済法則が歴史の中でどのように現れるかを知ろうとして歴史学、なかんずく経済史学に興味を持った。経済
史学の記述の中で、経済的な法制・制度の記述にかなりのスペースを割いていることに気づいた。経済制度は、人
間が経済法則を与件として活動を開始し、その活動を継続するために必要なものではあるが……その制度の中で活
動を繰り返して行くうちに新たな展開が見られるようになり、やがて制度との矛盾を深め、新たな段階(制度)に
進んで行くことになる。そんなことに少しは気づいていた。恐らく、その制度を別の言葉でいえば、経済法(もち
ろん、広義の)ということなのかも知れなかったが、学生時代の私は「経済法」という言葉は知らなかった。もっ
とも、独占・寡占とか、独占禁止法、八幡・富士合併の問題などに一定の関心は抱いていた。
公取委事務局で勤務していると、「独占禁止法は経済憲法だ」とか、「独占禁止法は、経済法の中心的な位置を占
める」などと聞くことがあった。社会人となったばかりの私は、未だ世間知らずではあったが、経済憲法という言
い方にはさほど違和感を感じなかったものの、「独占禁止法は、経済法の中心的な位置を占める」という言い方は、
あえていえば経済法則の発現の場となる経済法制度の存在を学生時代において意識していた私にとっては、若干違
和感を覚えざるを得ないものであったのかも知れない。
そんなことで、「経済法」というタイトルの付く書物(恐らく有斐閣法律学全集第五二巻所収の金澤良雄先生の
「経済 )(
(法」であったろう。)をひもとくとドイツでは様々な見解があったことが紹介されていた。私の思いは、「そ
一五経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) れこそが経済法ではないか? 中には、基本法といわれる民商法(市民法)を含んでいる説もあるではないか?モ
ーゼの十戒に早くも現れる刑法の基本的規範はそれよりももっと根源的な経済活動の前提となるではないか?秩序
が保証されなければ、およそ経済活動というようなものは、満足な成果を上げられないことは、自明である(アダ
ム・スミスが最低限の必要性を認めた国家の役割とはこのようなものである。)。」といったものであった。
私はそれで意を強くしたのか、ある判例研究会の席でこれらの問題について幼稚な報告をした。その際、学者と
しても名を知られたある弁護士に「あなたは今さら何をなさろうとしてこのような報告をされるのか?独占禁止法
が中心ということで、いいではないですか?」いろいろ論争があって現在は独占禁止法中心ということで落ち着い
ているのだから、それでいいではないかということらしかった。それは、一九七〇年代の話であった。
実務ないしその習得に多くの時間を費やさなければならなかったこの頃の私の中で、このテーマは次第に埋没し
て行くのが自然の成り行きであった。経済法の構造的な転換が必要と思われる場合以外、私の意識に上ってくるこ
とは少なくなった。しかし、まさにそれこそが問題である。この問題を復活させることの意義は、哲学的にはとも
かく、実利的な問題としては、経済社会の変動に対応した経済法の再構築というテーマの中でしか存在しないので
はないか?もっとも、この埋没されたテーマは、九年前東京都立大学法学部及び法科大学院に奉職して、法学部に
おいて経済法を講義し始めたときから、再び掘り起こされざるを得なかった。私が、経済法というタイトルで講義
することを選んだ真の狙いがあるいはそこに秘められていたのかも知れない。循環可能な経済社会を目指すという
目的の下で、経済法の再構築を目指す場合、哲学的アプローチも避けては通れないことがある程度予想されたから
である。本稿の目的は、「経済法」という語の概念をごく簡単にスケッチし、再検討し、いかに有効に、効率的に経済法
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の体系を再構築するか、また、そのヴィジョンについて、一つの方向性ないしアイデアを示すことにある。
一 経済法って何? ― 九年間の学部等の講義の中で示した内容 ―
以下、九年間の学部における経済法及び法科大学院の経済と法の講義の中で示した内容を紹介する。基本的には
講義に用いたレジュメに基づいて述べ、必要に応じて補足することとする。
(一) 経済法という用語の使用例
法令用語を吟味する手始めとして、その語の日常的な使用例から出発する場合がある。ここでも、それに倣って
みる。
○日本経済法学会―おおむね独禁法を中心として経済を規律する法律を指して「経済法」といっている。一般的に
は、例えば、民商法は、含まれない。
○日本国際経済法学会が研究対象とする学問領域―国際独禁法、国際知財法、WTO(World Trade Organisation)
ルール、国際取引法、国際私法(婚姻法まで含むかは疑問)
○JICA(Japan International Cooperation Agency独立行政法人国際協力機構)の中国経済法企業法整備プロジ
ェクトにおいて支援対象とされた法領域―会社法(公司法)、流通取引法及び独占禁止法(反断法)
日本経済法学会におけるおおむねの通念以外の他の二つの用語例は、私が公取委事務局入局当時想い描いた広義
一七経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) の経済法の捉え方におおむね合致すべく漠としたものであることが分かる。(二) 経済法の基本概念
○定説はないというのが定説
現代の日本経済法学会では、おおむね経済法は、独占禁止法を中心とするといわれており、大方のコンセンサス
がここにあると言っていい(狭義の経済法概念)。このため、独占禁止法は、しばしば経済憲法といわれる。この
独占禁止法を中心とする経済法には、通常民商法は含まれないとされる。
○広義の経済法とは、およそ経済を規律する法?
戦前・戦時中、始めはドイツにおいて、そして続いて我が国において、経済統制法が制定されるに至って、経済
法(Wirtschaftsrecht, economic law)という用語が使われ始めたのであるが、その語義についての学説は多様であり、
およそ経済を規律する法を経済法と呼んでいいのではないか(広義の経済法概念)。
私見では、未開社会、奴隷制社会(アジア的共同体・古典古代的共同体)、農奴制社会(中世ヨーロッパの共同
体)、日本の封建制社会等の諸々の社会におけるおよそ経済を規律する法を総称して、経済法といってよいと思う。
○現代日本において、独占禁止法が経済法の中心といわれるのは、現代日本の経済システムが市場メカニズムをそ
の中心に据えているからであり、独占禁止法が「市場メカニズム」の適用範囲(競争と許容される競争制限のそれ
ぞれの範囲)を広範かつ根本的に画定し、有効化する機能を果たすことが期待されているからであろう(戦時中の
経済統制法や個別産業規制法には、この性格・機能がない。)。その意味で、独占禁止法を経済憲法と呼ぶことには、
一八
理由がある。
学部等の講義においては、学説等を引用してのこれ以上の説明は省略した。本稿においては、以下、若干の学説
を紹介することとする。
二 経済法とは?学説紹介
(一) 金沢良雄「経済 )(
(法」
① 経済法の発生(二~三頁)
・経済法―第一次大戦以後のドイツにおいて戦時経済政策立法・戦時経済復興法令(戦後、ワイマール憲法体制
下)として発生、その後、ナチス時代・第二次大戦・戦後と発展する。
・日本においても第一次大戦後の恐慌期・その後の戦時下における経済の統制に関する法律が制定され、経済法
が発生、「経済法」「経済統制法」が研究対象となった。
・米・英においては、一般には親しまれていない。
② 経済法の概念についての学説
経済法の概念についての学説は、きわめて多岐多様であり、定説がない(四頁)。
○ドイツの学説(五~七頁)
a.集成説(国民経済に直接に影響を与えることを目的とする規範の総体 財政法・民法は含まれない。)
一九経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) b.対象説(経済法を対象的に把握して、法分科としての独自性主張、代表的なものは、左の二説 ⅰ組織経済に固有の法とする説 ⅱ経済的企業者の企業経営に関する法とする説
c.世界観説(経済精神を基調とする法)
d.方法論説(経済生活に対する法社会学的方法を適用)
e.機能説(法の機能に着目、経済の統制を経済法的中心概念とする。)
○日本の学説―第二次大戦前(ドイツの学説影響)(一〇~一一頁)
a.対象説(高度資本主義段階における経済現象に着目、社会法の考え方などをも取り入れながら、対象的に経
済法を規定、独立の法分科(さらに、公法・私法・経済の三分立)を認めると同時に、経済法を「統制経済に
固有な法」とも見る。)
b.経済法否定説(経済法を単なる経済法令の集積に対する総合的な名称と解する。)
c.経済統制法説(経済法否定説の発展的立場、経済の統制に関する実定法の集積に着目、これらを「経済統制
法」の名のもとに研究対象とした。実質的に機能説的立場か)
○第二次世界大戦後の日本の学説(一二~一五頁)
a.経済法を市民法との対比で理解する見解
b.経済法の中心概念に拘束・統制を置く見解
ⅰ全国民経済的立場からする拘束経済の法とする見解 ⅱ中心概念に市場統制をおく見解(丹宗)
c.独占段階における資本主義経済体制維持のための経済政策立法とする見解(今村・宮坂)
d.独占禁止法と経済法との関係に関する見解
二〇
e.経済法の前提に「経済的従属関係」をおく見解(峯村・正田)
③ 経済法とは?
・経済法の概念規定は、対象よりもむしろその機能に求められるのではないか。問題は、その機能の性格内容
(一般に「国家的統制」が中心概念)であり、さらに機能の発生の内在的地盤にある。(一七~一八)
・経済法の本質とは、市民社会における社会調和的要求に応じて生ずる、市民法を基礎としながらも、市民法に
よって残されていた法的空白状態を補うための、市民社会の私的側面に対して、そこに内蔵されていたと考え
られる公共的(社会的)側面に関する法であるということ(二三~二四頁)・「経済法は、公法・私法の二大法域に対し、第三の法域を形成するとする三分説」に対し、経済法は社会調和
的要求を満たすために公法私法の両分野にわたり、両者の関連交錯現象が生ずる場合である。(二六~二九頁)
(二) 丹宗暁信・伊従寛「経済法総 )(
(論」
① 「経済法とは、市場メカニズムの上に立った経済政策立法の体系で、その中心は市場における競争秩序維持法、
すなわち「自由競争制限」(市場支配)と「公正競争阻害」(不公正競争)に対する国家的規制の法である。」(二
四頁)② 経済法の体系と分類(四〇六頁)
一般経済法が市場経済秩序にとって基本的な経済法であり、特別経済法は特別な場合の規制であり、その規制は
必要最小限度の範囲で運用される必要がある。また、それぞれの法律は、条約や国際協定による国際経済法の規律
二一経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) に服する。
A.一般経済法(競争秩序法―公正かつ自由な競争ルールの維持)
1.競争維持法(独占禁止法)
2.公正取引法(独占禁止法・景品表示法・不正競争防止法・下請法等)
3.消費者保護法(消費者保護基本法・独占禁止法・訪問販売法・食品衛生法等)
4.枠組経済法(日本銀行法・財政法・情報公開法等)
B.特別経済法(狭義の経済規制法―市場参入・料金・取引条件等の直接規制)
1.公益事業関係法(電気事業法・ガス事業法・水道法等)
2.電気通信事業関係法(電気通信事業法・電波法・放送法等)
3.運輸事業関係法(鉄道事業法・道路運送法・海上運送法・航空法等)
4.金融事業関係法(親行法・保険業法・証券取引法等)
5.中小企業関係法(中小企業基本法・中小企業等協同組合法等)
6.農林漁業関係法(農業基本法・農地法・農業協同組合法・食糧需給安定法等)
7.対外経済法(関税定率法・外為法等)
C.国際経済法(IMF協定・WTO協定)
二二
(三) まとめ
金沢良雄「経済法」は、ドイツ及び日本の多様な経済法学説を紹介し、経済法の概念規定は、対象よりもむしろ
その機能に求められ、その性格内容(一般に「国家的統制」が中心)とその内在的地盤が問題であるとし、機能と
その内容を重視していることに共感を覚える。また、経済法の前提に「経済的従属関係」をおく見解(いわゆる
「抑圧説」)も経済法の範囲・構造・方向性を議論する際今後とも重要な位置を占めると感じる。丹宗暁信・伊従寛
「経済法総論」は、「経済法とは、市場メカニズムの上に立った経済政策立法の体系で、その中心は市場における競
争秩序維持法、すなわち「自由競争制限」(市場支配)と「公正競争阻害」(不公正競争)に対する国家的規制の法
である。」とし、いわゆる「独禁法中心主義」を表明するものと解するが、その経済法の体系の中には、一般経済
法(競争秩序法)、特別経済法(狭義の経済規制法)及び国際経済法を含み、多様なものとなっている。私の講義
レジュメもこれらの経済法概念を大まかにスケッチしたものであるに過ぎない。
三 その他の参考となる現代の経済法思想
(一) 現代ドイツの経済法思想
ハイエクの「市場はその結果を予見することが不可能なほどすぐれた装置」との思想が第二次世界大戦後の西ド
二三経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) イツにおける経済思想に強い影響を与えたと言われている。オイケンを代表者とするフライブルグ学派の「法規範を有する経済・市場を希求」する思想が基底となってドイツ(西ドイツ)経済法における「社会的市場経済」学説に発展していったといわれている。フィッケンチャーは、さらに「環境社会的市場経済」の概念を提唱し(一九九四年ベルリン日独センター・カルテル法シンポジウ )(
(ム)、それを発展させている。
(二) 中国独禁法(二〇〇七年制定・二〇〇八年施行)
社会主義市場経済の健全発展を保障することを目的とする規定を置いている。
(三) まとめ
ハイエクからフィッケンチャーに至るドイツの経済法思想に深い共感を覚える。また、中国独禁法は、経済法の
多様性の証左である。
二四
四 先史・歴史に現れる経済法概念
(一) 人類学
① ブロニスラフ・マリノウスキー(一九四二年論文)
法(三)(法の四分類の三つ目)「秩序と維持の法」…「よび水やえさを与える法」…「個人間・集団間の諸関
係を規定し、あい対立する利害関係に限界をもうけ、そして心理学・社会学的な分裂傾向を抑制する行為規範に
みられるものである」(千葉正士編「法人類学入門」所収論 )(
(文より引用)
② レヴィストロース―親族の基本構 )(
(造(婚姻における親族間の婿又は嫁の交換は、各親族の存続を可能にする掟
である。)
(二) 経済史学
① 大塚久雄「共同体の基礎理 )(
(論」の三分類(説明は筆者のコメント)
・アジア的共同体―形式的平等→長期の社会秩序維持に有効?(均田制は、有効でなかった例?)
・古典古代的共同体―獲得資産の所有容認→動態的発展―文明としては短命
・ゲルマン的共同体―三圃農法と教会が鍵?
二五経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) ② 市民革命後の典型的資本主義経済→産業革命
③ 帝国主義段階の資本主義経済→社会主義革命を採用するか、財政金融政策の導入・独禁法制定等を採用するか
の選択の時代→現代資本主義経済の発展→ベルリンの壁崩壊・ソ連邦崩壊→市場経済運営の方向性模索の時代
(三) まとめ
著名な構造主義・機能主義人類学者であるマリノウスキーらが未開社会において秩序と維持の法が機能を果たし
ていることを認めている。また、経済史学も各時代に秩序維持の機能を果たす法制度が存在していることを示して
いる。以上の経済法概念の検討を踏まえて、以下、さらに経済法とは何か・経済法体系の再構築の方向性についていか
に考えていくべきか、講義レジュメに基づいて若干述べることにする。
五 経済法の歴史的由来
・広義の経済法(特にその機能)の歴史は、人間が経済活動を開始した時点までさかのぼるといってよい。
・人間がいわゆる経済活動を開始した時点とは、恐らく、労働を開始した時点であろう。
・人間の労働は、元来、自ら(自・他)の生命を維持する活動から生じた。本質的には、生命の法則に支配されて
いたはずである。
二六
・他方で、労働ばかりでなく、婚姻・祭事・戦争など人間のすべての活動が、人間の生命維持に関わっており、労
働も、これらの活動と深い関連を持っている。
・そういう意味で、経済法の誕生は、人類の歴史の始まりと期を一にしているといってもよい。人類の歴史の始ま
りは、知恵の蓄積(伝搬・集積)の中で、様式化された生活が開始される時期と一致するのではないか。
六 経済法の生物学的由来
敵対と協調のいずれの戦略を採用するかは、生物界における生き残りのための普遍的テーマである。リチャー
ド・ドーキンスの「利己的な遺伝 )(
(子」などが参考になる。
市場における取引は、協調と敵対の両方の戦略を誘発する。その結果、競争が発生するともいえる。したがって、
競争戦略においては、時には敵対的戦略が採られ、時には協調的戦略が採られる。
独占禁止法は、行き過ぎた敵対的戦略・行き過ぎた協調的戦略の双方を禁止する。
(例) 敵対戦略―略奪、闘争、戦争、略奪的行為 協調戦略―互恵取引、業務提携、カルテル、同盟
独占禁止法の適用対象となる敵対的行為と協調的行為については、滝川敏明氏が既に検討を行っている。滝川敏
明氏によると、独禁法の適用対象となる「協調」と「対抗関係」は、次のように分類されている(「日米EUの独
禁法と競争政策[第二版]」二二頁参照)。
二七経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) Ⅰ企業間の協調Ⅱ企業間の対抗関係
a.競争過程の規制競争企業間の協調・排他行為(略奪行為)・
垂直的制限(垂直的協調) 垂直的制限による排他
b.市場構造の規制水平合併・企業分割垂直合併による排他・企業分割
通常は、度を過ごした「協調的行為」(価格カルテルや入札談合のようなハードコア・カルテルなど)や度を過
ごした「敵対的行為」(競争者を駆逐する猛烈な安値販売のような略奪行為など)が独禁法上問題になるが、「協調
的行為」と「敵対的行為」とが結合したパチンコ機のパテントプール事件(特許をプールした一一社らが新規参入
者に特許を許諾しなかった。)のようなものもある。
七 経済法の対象
財の移動には、どのような形態があるか? 次のように整理してみた。
拾得・収得 ←・→ 投棄 「投棄と取得」→
略奪・略取 ←・→ 贈与 ←→ 交換「相互贈与」→
徴収・徴集 ←・→ 交付 「交換目的の生産物の交換」
← 貸借 →
この問題の検討には、経済人類学の知見(ポランニ、栗本慎一郎などの著作)が参考になる。
空気、水などは人間の生存に不可欠であるが、通常は所有されないまま終わる。体内を通過しているときは、無
二八
意識の占有とでもいえるであろうか。しかし、酸素ボンベ、ミネラルウオーター、よい空気・水などを売り物にす
るリゾート商品のように、一部商品化されたものがあるばかりではなく、排出権設定の直接・間接の対象となるこ
とによって、交換の対象に取り込まれていく。
交換の発生のためには、何らかの所有権が設定されていることが前提となる。
財産権設定 →一般的私有財産権(動産・不動産)知的財産権債券・株式請求権(ワラント債・損害賠償)CO
2等の排出権
→権利行使 →交換
経済学上の「コースの定理」(※)は、財産権の適切な設定が諸々の経済的諸問題の解決に有効であることを示
唆している。その場合の前提条件は、取引費用が
0である(掛からない)こととされる。
※コースの定理「もしも、社会のメンバーが、自己利益を最大化できるような合理性を備えており、あるべき社会
状態について、コストをかけずに交渉を行うことができ、その結果としての契約の履行について、社会がこれを
有効に強制する仕組みを持っているならば、資源配分は必ずパレート効率的になる。」(宍戸・常木「法と経済
学」二頁)
八 経済法体系における独占禁止法の位置付け
経済法体系における独占禁止法の位置付けについては、次のような位置付けを行ってみた。
二九経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) 憲法・刑法・民商法等の基本法を下部構造としてその上に成り立つ
●経済法←→経済政策 ∪競争法(※) ←→ 競争政策 体制選択 competition law competition policy 市民社会←→市場経済etc.
※競争法=実定法
( 日)独占禁止法antimonopoly act (独)競争制限禁止法Gesetzgegen Wettbewerbsbeschränkungen (米)反トラスト法antitrust law等 これらの総称として(OECD等が競 争法competition lawという用語を採用)
●経済法、特に独占禁止法の機能
・経済活動の機能の調整 →「公共の利益」「能率競争論」「市場原理主義」などを判断の尺度とする。その場合、
パレート最適(簡単に言えば、資源の最適配分※)を達成する方向性と市場の失敗に対処する方向性との間で
綱引きがある。
※パレート最適「他の誰かの状況を悪化させることなしには、誰の状態をも改善することのできない資源配
分」(宍戸・常木「法と経済学」二頁)
・経済活動における公正・公平性の確保 →「公正」「衡平」「抑圧」「機会均等」等の概念が判断の尺度となる。
●市場メカニズムを働かなくする四つの要因
パレート最適を阻害するこれらの四つの要因は、経済法の課題を考察する上で特に重要な意味を持つ。
①集中(ハーシュマン=ハーフィンダール指数=HH )10
(Iなどで計測)―集中度が高くなると競争に参加する企業
が少なくなり、競争が弱まる可能性がある。→独・寡占問題
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②参入阻害―参入阻害があると新たに競争に加わる企業が少なくなり、競争が弱まる。→公的規制や私的規制
(独禁法違反行為など)により発生。
③情報の非対称性など取引上の地位の優劣―取引に参加する者の間に取引に関する情報が平等に与えられていな
いなど、土地から関係に差異があり、合理的な判断ができなければ、パレート最適が達成できない(不当表示
など)。
④市場の外部性―ある市場取引に関連して市場を経由しない利益又は不利益が発生するとき、これらを含めて評
価するときパレート最適は達成されない(外部不経済=環境問題など 外部経済=広告等のただ乗り・ネット
ワーク外部性など)。
九 現代経済法のヒエラルヒー構造
現代経済法のコア部分のヒエラルヒー構造を図示する(前掲丹宗・伊従「経済法総論」の分類参照)。
産業規制法 ←→競争秩序維持法 電気事業法 独占禁止法 ガス事業法 景品表示法・下請法 水道法・工業用水道事業法 消費者法(表示法・契約法)
電気通信事業法 不正競争防止法 食料・農業・農村基本法←農業基本法 知的財産法
三一経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) 道路運送法・道路交通法 金融商品取引法←証券取引法 医事法・医師法 製造物責任法 弁護士法etc. 環境法etc.
会社法・団体法・行政法・訴訟法 憲法・刑法・民商法等 (下部構造)
一〇 各産業分野の俯瞰図
各産業分野を規制する法律は、各産業分野の特性に基づいて規定される。
ちなみに、各産業分野を俯瞰し、下に図示する。 (採集経済)
(サービス経済)
各産業分野の俯瞰図
金融 工業 鉱業 農業
林業 水産業 電気通信 海運・水運
航空輸送(貨物・旅客)
郵便 狩猟 商業
不動産
建設 倉庫 運輸 陸運 トラック・バス サービス(健康・教育・娯楽etc.)
電気 ガス 水道 鉄道 旧自然独占分野
三二
一一 経済法の再構築 ― 持続可能な経済社会システムの構築を目指して ―
以下の論述は最終講義を含め講義においては充分展開できなかったものであるが、私の経済法研究の目的と言っ
てよく、問題提起として述べる。
(一) 人間の経済社会特に市場経済の内的矛盾の克服(基本構図)
現代経済法の目的の一つは、経済社会特に市場経済の内的矛盾を克服し、経済社会を持続可能なものとすること
である。 経済的抑圧の規制 ⇔ パレート最適の追求(四つの市場経済阻害要因の克服)
○行き過ぎた敵対戦略・行き過ぎた協調戦略の双方を禁止 ○セーフティネットの構築(単純な市場原理主義からの脱却)
労働市場(非正規社員の取扱い)の問題などは経済法学の視覚からも克服すべき問題であるが、なお人間社会の
内的矛盾の問題である。本稿においては、市場メカニズムを働かなくする四つの要因(パレート最適の阻害要因)
のうち、④外部性の一類型を取り上げる。具体的には環境問題の分野であるが、ここには、人間社会内部の問題に
留まらず人類と他の生物との関係の問題が含まれている。以下、簡単に紹介する。
三三経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) (二) 経済法の不可欠な要素としての環境法
環境法は、経済法の重要な要素としてその一角を占めることになる。そこには二つの意味がある。その一つは、
①経済社会を持続可能なものとする機能を持つことであり、他の一つは、②環境法そのものが、経済法的な構造を
持つに至っていることである。環境法は、従来、市場の外部性を克服するという機能を果たすことにより、人間社
会内部の矛盾(市場経済メカニズムの阻害要因)を克服する役割を果たしてきたのであるが、現在、生物社会にお
ける人間の経済(物質的)的支配力(人間による他の生物の抑圧)の濫用を克服する法理(抑圧説=正田説の援
用)に重点を移しつつある。生物多様性の確保のための法理の発展は、その端的な表れである。ここで注意しなけ
ればならないことは、環境法が市場の外部性を克服するという機能を果たすことにより、人間社会内部の矛盾(市
場経済メカニズムの阻害要因)を克服する役割と生物社会における人間の経済(物質的)的支配力(人間による他
の生物の抑圧)の濫用を克服するため、市場メカニズムが必要不可欠な役割を果たすばかりでなく、非市場経済的
メカニズム(公共経済・ボランティア)も重要な役割を果たす(相互扶助の重要性の再認識)ので、広義の経済法
的思考が不可欠なものになる。経済法の枠組みの全面的な再検証が必要となる理由はそこにある。
(三) 生物多様性保護を目的とする環境法の適用における経済法的構図
特に生物多様性保護を目的とする環境法の適用において、外来種を駆除した場合、生態系均衡に復することの困
三四
難性(着地点の模索)が近年急速に認識されつつある。すなわち、ある外来種を駆除した場合、在来種が期待通り
勢いを盛り返すこともあるが、逆に他の外来種が勢いを増したり、駆除された外来種が生態系の循環の中で重要な
役割を担っていたために、生態系の循環そのものが阻害される場合がある。期待される生態系の循環を予測して、
外来種の駆除も行わなければならないのである。これは、市場において、独占等が生じて市場メカニズムが阻害さ
れているとき、適切な措置を取らなければ、市場における事業者間の競争が回復しないこととよく似た状態である。
独占・寡占市場ではアダム・スミス的な自由放任の市場競争に委ねることがもはやできないのと同じように、生態
系における生存競争ももはやダーウィン的な自然淘汰の原理に委ねることはできないのである。ここには介入の法
理がなければならない。企業間競争と種の競争とは、ここでは同質的な政策問題・法律的問題を抱えることになる。
環境政策上・環境法上の問題を検討するに当たって、経済法上の経験・ロジックが参考になるに違いない。
(四)環境法を包摂した競争の原理
今後どのような理論研究が可能かの一例として、環境法を包摂した競争の原理、すなわち生物社会全体における
競争主体間(事業者間・企業間を含む。)の競争の原理(モデル)を以下に示す。
競争主体間の単なる協調(利益の共有)は、①利益の蓄積・集中によって、他の競争主体より優位に立ち、競争
関係を歪める場合、②競争放棄・回避によって競争力の喪失が生物社会に拡がる場合、③競争の対象となる生物種
に相当の不利益が生じる(その存立に相当の悪影響がある)場合に、問題となり得る。また、単独の個体又は集団
による敵対行為も、競争者や競争の対象(ターゲット)となる生物種に相当な不利益が生ずる場合に、問題となり
三五経済法体系の再構築―循環可能な経済社会を目指して―序説(都法五十四-一) 得る。協調行為によって敵対行為を行う場合は、より大きな不利益が生じる危険性がある。即ち、これらの場合、
政策的介入が必要になる。
(
( 1) 独占禁止法=私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(昭和二二年法律第五四号)の略称
( 2) 昭和三六年八月三〇日有斐閣
( -3) 新版有斐閣一九八〇年(法律学全集五二Ⅰ)
( 4) 現代法律学全集五〇、青林書院、一九九九年六月
( して―公正取引一九九四年一二月号(№五五四) 5) グローバル化した市場経済の基本的問題―ベルリン日独センターカルテル法シンポジウム「新世界経済法秩序」に参加
( 6) アイザーク・シャペラ(永島孝明訳)「マリノウスキーの「法」概念」
( 7) クロード・レヴィ=ストロース(福井和美訳)「親族の基本構造」青弓社、二〇〇一年
( 8) 大塚久雄「共同体の基礎理論」岩波書店、一九七〇年
( 9) 訳書としては増補新装版(紀伊国屋書店、二〇〇六年)
感に反映する指数) 10) ハーシュマン=ハーフィンダール指数(各市場参加事業者のシェア(%表示)を二乗して集計したもの、市場構造を敏