論 文
カント前批判期における方法の形成と自然認識の問題(1)
戸 田 賢
(昭和45年9月30日受理)
Die Bildung der Methode und die Probleme der Naturerkenntnis
in der vorkritischen Periode Kants (1)
Masaru ToDA
(am 30. September 1970 angenommen)
Diese Abhandlung hat die Absicht, den Entwicklungsprozess des Kantischen Denkens, bes. von der Naturerkenntnis, in seinem vorkritisehen Periode zu behandeln. Nach dem methodischen Gesichtspunkt
k6nnen wir zwei Angelpunkte in der vorkritischen Periode Kants finden: den ersten, in Principiorum prioruin cognitionis 高?狽≠垂?凾唐奄モ≠?@nova dilucidatio , und den zweiten, in Der einzige rnbgliche Beweis−
grund zu einer Demonstration des Gottes . Dieses erste Halbe der Abhandlung untersucht das Ursprungs−
gebiet der Kantischen Philosophie von seinem Erstlingswerk bis den ersten Angelpunkt. ln dieser Periode versuchte Kant, durch die Vermittelung der Leibnizischen und der Newtonschen Philosophie, seinen eignen Standpunkt des endlichen Verstandes festzustellen, aber, als er durch die Vermittelung in einer Art der Kosmologie erfolgreicl war, stand Kant vielmehr einer Apo!ie der W2hrheit des menschlichen Verstandes gegenuber. Nova dilucidatio prufte die Wahrheit des endlichen Verstandes; den Gedanken des Satzes des bestimmenden Grundes und der allgemeinen Harmonie, worauf sein Erstlingswerk schon beruht hatte. Und durch die prufung der physischen Monaden zeigte Mo: adologia Physica eine Art Antinomie vor und ver−
suchte es aufzulosen, aber auf die metaphysische Weise. Die Untersuchung der Periode vor und an und rtach derr,]t zwei ten Angelpunkt vv ird durch das ki nft ige zweite H albe veroff entlicht werden.
t
カントが哲学者として、まさに世に出ようとする時携え た「活力の真の測定についての考想」 (1747年)序言の次 のような言葉は、その論文自身と共に、この哲学者の歩む 方向を占う手立てを与えてくれる。「いくらニュートンや ライプニッツの名声でも、それが却って真理の発見の妨げ になるというのであれば、そういうものはものともせず、
ただ悟性の赴くところ以外いかなる説得にも耳を貸さない というようなことをもう大胆にやってのけてもよい時代が
きている。」
(1)
カントを育んだライプニッツの鯵蒼:とした森から、カン トはまだ完全に出きってはいないが、ニュートンの新たな 光がかなり明るくその足元を照らし出しておt、あたりか らはこの二人の巨人の綜合を要請する声が、しきりに聞え
てくる。そういう時である。カントはこういう要請に応ず ることが、また自らの道を切り開くことになるということ を知っていたのであるが、その際唯一の手掛りにすること を表明した自らの悟性を、そもそもどのように位置づけす るか、すでにそれが大きな問題なのである。めくるめくラ イプニッツの「神の悟性ゴと、控え目ながら着実に偉力を 発揮するニュートンの悟性、この両者がすでにカントの悟 性の前にあったのである。ともあれその出発点について言 えることは、カントが「神の悟性」ではなく、「人間の悟 性」、 「有限的悟性」の立場をとったということである。
(2)
ところでライプニッツの神的悟性の体系を支える三本の 大きな柱は、「単子論」、「予定調和説」、「充足根拠律」
であるとすると、有限的悟性の立場からカントは、これら にいかに対処することができたであろうか。すでにカント
の師、クヌッツェンは、当時ケ一八ッヒスベルクに盛んで あった、ニュートンによるライプニッツ批判の中心として (3)
「物理的影響」説を唱えて、ライプニッツの特に「予定調 和説」を打破しようとしたが、その際の難点を取り除くた (4)
めに、ライプニッツとニュートンの対立をより根底から調 停しなおそうとしたのが、処女作「活力考」であり、そこ で一先ず達しえた調停の段階を示すものが、いわゆる「普 遍的調和die allgemeine Harmonie」という考え方で (5)
あったと言える。深化された物理的影響説は、この普遍的 調和説と共に、「天界の一般自然史と理論」 (1755年)を 経、同じ年の「形而上学的認識の第一原理の新論」 (1755 年)において原理的検討を得て、いわゆる「物理的単子論」
(1756年)に至り、ここにおいてライプニッツの単子は「物 理的単子」としては、ニュートンの数学的自然科学と相容 れるものであることが明かにされる。
一方ロックの経験論の影響を受けたと言われるリューデ ィゲルの系統を受け継ぎ、特に意志主義の立場から、ライ プニッツの「充足根拠律」の無制限な支配に反対し、意志 の自由を確保しようとしたクルジウスは、すでに「充足根 (6)
拠律」を「決定根拠律」として解釈しようと試みていた。
1755年のいわゆる「新論」において、カントがこのクルジ ウスと共に、同じような試みを開始する時、根拠の問題を (7)
めぐって、神に対する人問の悟性の有限性の原理的解明が 着手されることになる。もっとも、クルジウスの強い意志 主義への共感と、悟性の有限性への自覚にも拘らず、そう したものがカントのうちにおいて、 「普遍的調和説」と結 びつかねばならない限り、カシトはクルジウスと同じ道を 歩くことはできない。同じくライプニッツの神的主知主義 に対抗して獲得されたものでありはしても、ニュートンか らの光に照らされた、「物理的影響説」と「普遍的調和説」
という、有限的悟性の立場は、真理と知性の問題を何とし ても無視することはできないからである。そして、こうし た有限的悟性の真理の問題が、悟性の有限性の原理的問題 とぶつかり合っているのが、「新論」なのであり、そこに またこの論文の特異さがあると言うことができよう。
ライプニッツ哲学の三つの柱は、それぞれ「物理的単子 論」、 「普遍的調和論」、 「決定根拠律」として、有限的 悟性の立場で捕えなおされるのであるが、しかしまさにそ の「決定根拠律」の研究を通じて、有限的悟性の立場その ものが真理の問題と共に、原理的に検討しなおされるに及 んで、それ以降、ライプニッツとニュートンの調停は、更 に内面化された形で行なわれざるをえなくなる。「活力考」
における両者の調停が、すでに多分に方法論的なものであ ったが、 「新論」以後その方法論は著しく内面化し、1763 年周辺の著作群の中心をなす「神の現存の証明の唯一可能 な証明根拠」は、カッシラーによって、「将来の超越論的
方法の特異な序曲」と言われるくらいである。「新論」の
(s)
翌年に出た、いわゆる「物理的単子論」がすでにそうした 傾向を示しているが、それ以降/765年頃まで、哲学的著作 が殆ど発表されていないということは、この内面化と関わ
りがないとは言えないであろう。「唯一可能な証明根拠」
(9)
の序文で、カントは次のように言っている、「私が提出す る諸考察は、長い省察の結果なのである。しかし論文の書 き方には、省察の仕上げそのものがまだ未完成なことが表 われている。いろいろな仕事のために、それに必要な時間 が割けなかったからである」。長い年月の沈黙と省察を要求 (10)
した問題が、果して何であったかはともかくとして、ここ で一先ず獲得された沈黙の成果を凌ぐ程に、それは大きな 問題であったかに見える。
2
カントの卒業論文でもあった「活力考」が、「予定調和 説」を「物理的影響説」によって打破しようとした、師クヌ
ッツェンの刺戟によって書かれたということは頷けるこ とであるが、実際それは師の試みの基礎づけを核心に含ん でいる。もしそうだとすると後に見るように、この論文の
(11)
表面上の主題がライプニッツとデカルトの調停であるにも 拘らず、その本来の意図は、最初に引用したカントの冒頭 の言葉も示しているように、ライプニッツとニュートンの 調停にあったということも理解できる。「活力考」のかな り終り近くで、カントは「これまで行なってきた考察が、
何か根拠のあるものだとすれば、ライプニッツの法則〔力 の恒存律〕は、通常受けとられているような意味では、成 立しえなくなる」、と言って直ちに次のように自問する。
「しかしこの論文における我々の測定法は、それに何を 導入するのであろうか。そしてライプニッツの法則は調和 と秩序のために非常な賞讃を受けたのであるが、我々の測 定法は普遍的調和と秩序の規則を、いかにすれば満たしう
るであろうか」。
(IZ)
しかしカントは、「これらの問題について若干の輪廓く らい述べる準備はあるけれども」としながら、結局この問 題は論文の計画の本筋を離れるという理由で、解答を避け ている。「いかにして我々の測定法は普遍的調和と秩序の 規則を満たしうるか」、というこの問題は形を変えて、や がて1755年の二つの著作「天界自然史」と「新論」の中に 全く別の仕方で受け継がれていくことになると言うことが できよう。ともあれ「活力考」の実際の計画は、より大きな 計画をめざす基礎作業にあったことは間違いない。そもそ も「根拠」を重要視するということは、ライプニッツのよ うな神的悟性の体系に立ち向おうとする哲学の必須の条件 であろう。それ故カントは次のように言わざるをえない、
カント前批判期における方法の形成と自然認識の問題 (1)戸 田
「人間の認識の拡張を求める人々に支配的な領向ほど、こ の場合罪なものはない。この人達は偉大な哲学を持ちたい と思っているのであるが、しかし、それがまた根本的な哲 学eine grUnd!iche Weltweisheitであることこそ、望 まれるべきであろう」。カントは、第一章の形而上学的考察
(13)
を終えて、第二章に移る直前において、「真に根本的な認 識の入口」を予感しながら、 「私は単に形而上学的でしか ないような考察において、何か決定的で抗い難いことが得 られるかのように期待すべきではないが、これから入ろう としている次章については、数学を応用するから、恐らく もっと確信を持ってもらうよう要求してもいいと思う」と (14)
言う。
ライプニッツ哲学においては、周知のように、無数の単 純実体である単子の「窓のない」対応が、神の「予定調和」
(15)
に帰せられており、また他方、神の創造計画にあって観念 的には可能な、無数の世界のうち、他のでなくこの世界だ けが実存するのは、「神の選択の充分な根拠」によるとさ (L6)
れる。これに対してカントは、「いつも哲学の講義室で、
形而上学的に考えて、唯一つ以上多数の世界が実存するこ とはありえぬと、教えられているのは正しくない」と言う。
.(ユ7)
とは言っても、カントはなにも多数の世界の実存を直ちに
主張するのではもちろんなく、 「多数の世:界が現実に実存
するかしないかは未決定のままである」と言うだけである。「世界が一つより以上に、多数実存しうるということは、
正しく形而上学的に理解されるならば真である」と言われ (]8)
るのも、そういう意味においてである。「諸実体が実存し ていて、しかも他の実体との外的関係は持たないというこ とも、或いはそれらと現実の結合関係にあるということも ありうる」と言われる場合も同様である。カントはそこか
(i9)
ら、「諸物が現実に実存しているというのに、しかも世界 のどこにも存しないということがありうる」という結論を (2e)
引き出す。
ところで、こうした諸実体間の関係という問題が、心身 間の相互作用、物理的影響という問題になると、明瞭にな ってくる難点として、次のような誤解が挙げられる。すな わち「運動」を、「力がちゃんと放たれる時に力が行なう こと」、つまり「力の唯一の帰結」と考える誤解である。
(21)
力の見方の問題が、上のいろいろな問題と深い関連を持っ ていることが解る。そこでカントは当面、「現在ヨーロッ パの幾何学者達の問に支配的な最大の分裂の一つ」である (22)
デカルトー派とライプニツツー派の、特に力の測定方式を めぐる論争の調停を企てることになる。物体の本性を延長 とみなし、運動を空間上の外的な位置の変化と考えるデカ ルトー派に対して、ライプニッツは「物体には本質的な力 が内在しbeiwohnenしかもこの力が延長よりも先立って 物体に帰属している」と考える。カントがかかる内在力に
(23)
着眼したのは言うまでもないが、問題なのはその「測定法」
すなわち「認識方法」であった。ライプニッツは、自らの 内在力の測定法として、本来デカルトが自分の運動力の測 定に限るべきであった数学的方法以外に、何ら独自の方法 を持っていないのである。 「抽象的考察においてであろう
と、自然においてであろうと、物体の力は、ライプニッツ 派がなすような仕方では、つまり数学的考量によるのでは 二乗による測定を与えはしないであろう。しかしそれだか らと言って、私は活力を全く拒否しているわけではない」
(24)
とカントは言うσ
カントがかなり明確な方法論的な意識に基づいて、調停 を行なっていることは、次の言葉に端的に表われている。
「我々がここで否定しているのは、元来、事象それ自身で はなく、認識方法modus cognoscendiなのである」。力 (25)
に関するデカルトの測定法MVと、ライプニッツの測定法 MV2の対立に対するカントの調停が、例えばダランベー ルが「力学論Trait6 de dynamique」 (/743年)におい て、MVと1/2MV2の対立を単なる測度の採り方の違いに 帰したはるかにすっきりした調停法に比して、いかに誤解 を含むか、或いはカントによる二種の運動概念の区分など が、いかにニュートン自然科学の見解と相違しているか
というようなことは、「活力考」を単に自然科学の論文と してみる場合、致命的と言えるかもしれないし、そうみな (26)
いとしても、「根本的認識」をめざしてこれを書いたカン トが、「数学の応用による確信」を自負し、期待するとこ ろ大であればある程、やはり完全に無視し去ることはでき ないであろう。しかし、カントの動機がやはり予定調和説 批判という形而上学的問題に発しており、しかもニュート ンその人とライプニッツの調停ということが、より大きな ねらいであったとすれば、デカルトとライプニッツの調停
に際してのカントの見解が、ニュN一一一トン的見解と食い違う
のはむしろ当然であり、数学の応用による根本的認識とは 将来の方法論の成熟によって、独特の形で解決される課題 であると考えることができるであろう。それでは、力の測定法に関するデカルトとライプニッツ の対立の、「認識方法」による調停はどのように行なわれ たであろうか。カントの着眼点は、一言で言えば、ライプ ニッツ学派の「現実運動die wirkliche Bewegung」と いう着想とその見解であり、カントの作業はこの概念に始 まり、この概念に終ると言ってもよいくらいであるQ「現 実運動という言葉こそ、デカルト学派からの離反の原因と
なったものであるが、しかし恐らく、現実運動というもの が再び両者を統合する原因となりうるのである」とカント (27)
は言っている。要するにカントは、ライプニッツ学派の
「現実運動」という着想を買って、彼らの見解については これを批判し、かくして着想を真に生かすことによって、
両者を再統合しようとするのである。しかしこれは単にそ れだけに留まらない。調停の媒介ともなる「現実運動」の 概念は、また直ちに「力の恒存」の問題、 「予定調和」と 神の問題などと繋がりを有しているのである。
カントは、ライプニッツが採用している、誤った原則で あるとして、「自分も現実運動のうちにあるような物質に よるのでなければ、自然の中にはいかなる運動も生じない」
(28)
という命題を取り上げる。そして、これによる限りは、「世 界の一部で失われていく運動が回復されるのは、もう一つ の現実的運動によるか、或いは、神の直接の手によるしか なくなる」わけであるから、ともかく消滅による「世界構
(29)
造の減損」が危惧され、「神の直接の手」を考えざるをえ
(30)
なくなる。ところが、これに対して、「もしも運動が、そ れ自体は死んだ、不動の物質の力によって、この世界に先 ず第一に持ち込まれたとする場合は、運動はかかる物質に よって保持されるであろうし、またもし失われた際は回復 されるであろう」と断言する時、カントは「自然は一種の
(31)
浪費によって、その豊饒さを実証する」と言う、「天界自
(32)
然史」の考えの近くに立っていると言える。
ところでカントは、現実運動の新たな概念への示唆をイ エナのハンベルガー教授から受けたらしく、上のライプニ
ッツ学派の原:則に対して、.「物体はそれ自身静止している
に過ぎない物質によって、現実運動を受けることがありう る」という教授の見解を、根拠は不完全であるがと断わり(33)
ながら、支持する。そしてライプニッツ派の主張がもとも と、 「死圧は、それが加えられた物体中に保持されていて 打ち勝ちえない障害がそれを廃棄することさえなければ、
現実運動となる」というのである限り、彼らこそハンベル
(34)
ガーの見解を採択すべきであったと言う。ライプニッツ学 派のこうした誤解の源は、ライプニッツが延長に先立って 物体に内在する力を「作用力vis activa, die wirkende
kraft.
vと呼び、かっ理解しているのに、その後継者達は かかる作用力を、「運動が現実的になって初めて働く」力 (35)すなわち「運動力vis motrix, die bewegende K:raft」
と同一視してしまった点にある。これに対してカントは、
作用の概念を運動の概念から区別し、同時に運動概念を力 の概念から引き離すことによって、実体の力というものを 作用の概念によってのみ定義しようとする。「運動」とは
「作用を行なっていないが、作用を行なおうと努めている 物体の状態の外的現象」とされる。すると、最も多く運動 している物体は、 「作用を殆ど行なっていない」、つま り「無限小の抵抗にしか出会っていない」ことになる。作 (36)
用力は物体が抵抗に会っている(静止している)時、抵抗 に出会った(運動を失った)時に他の物体に対して働く。
しかしカントは、ライプニッツ派とデカルト派の対立点 をなす、「現実運動」の両極端に二つの運動概念を区別す
る。一つは、作用力が無限大つまり活力であるような運動 他の一つは、作用力が無限小すなわち死力であるような運 動である。前者は「自由運動」ともよばれ、「物体に伝え られ、保持されると、障害に出会わぬ限り、無限に持続す る運動」であるとされる。これに反して後者は、外的な
(37)
「駆動力die antreibende kraftの永続的作用」によら ざるをえない「不自由運動」であるから、「かかる作用の廃 棄には、抵抗は不必要」で、ただその外的駆動力が「保持を 停止」するだけでよいという性質のものである。ところが (38)
デカルトは、「現実運動にある物体までも含めて物体一こ口 その力の測度として、速度の一乗を認めた」のに対して、
(39)
一方ライプニッツはこれを、「絶対的かつ無制限に否認」
して、次のような法則を立てる。「或る物体が現実運動の 中にある時は、その物体の力は速度の二乗に比例する」。
(40)
カントはこのライプニッツ派の法則に、問題点を二つ指 摘する。一つは、こういう風にただ現実運動と言うだけで は、いわゆる不自由運動も含むことになるという点である。
例えば、平面上の球を静かに手で押す場合のように、現実 運動がありながら、その力は瞬間瞬間、外的駆動力より大 きくはならずに消えてしまい、またその速度はその都度静 止状態から始まる初速度の繰り返しに過ぎないから、その 力は速度の一乗にしか比例しない場合が含まれるのであ
る。従って力が速度の二乗に比例するとすれば、それは「現 実的にして、かつ自由な運動」の場合であるということに なる。もう一つの問題点というのは、かかる法則の根拠に
(41)
関わるものである。運動が現実運動とよばれる根拠は、「運 動の志まりと、物体が作用する瞬間との問に介在する時間」
(42)
であるとすると、運動が現実的ということは、「運動が続 く間に時間が経過している」ということであるが、ライプ ニッツの連続律の考え方からすると、この時間は一定の量 のものでなければならぬということはない。しかしかかる 時間を無規定のままにしておこうとも、一定の量とみなそ
うとも、いずれにしても、それは「活力の充分な根拠、そ してまた活力を速度の二乗によって測定することの、充分 な根拠とはならない」とカントは言うのである。先ず時間
(43)
を無規定とみなすとすると、 「たとえどれだけでも回る時 間の長さ運動した」という点では、その物体が「現実に運 動した」ということに他ならないから、無差別に活力を認 めねばならないことになるが、他方、時間が限りなく短か くなるということは、物体の力はその場合、殆ど死力と 同じでとても活力を得るわけにはいかないということであ る。従って活力を得るには、「時間は一一定量のものでなく てはならない」ことになる。それでは時間を一定の量とみ
(44)
なすとすれば、時間が活力の根拠と言いうるであろうか。
しかし、そう言いうるには、「始動時以来の一定の時間が 活力の全条件を一切、うちに含んでいることを要求」しな
カント前批判期における方法の形成と自然認識の問題(1)戸田
ければならないが、それでは「二倍長い時間には、その条 件も二倍多く存している」ことになり、以下三倍、四倍と その度毎に物体の力に一次元ずつ余計付加しなければなら なくなるQ何故なら、「時間はその量以外に他の規定は何 ら有していない」からである。
(45)
以しのように、現実性の根拠とみなされた時聞が、決し て「活力の根拠」とは考えられないとすると、数学が物体 の運動において考慮する「速度」と「質量」の二つは、ま して活力の根拠ではありえない。これら運動の要素に対し て進められるところの「数学的考量においては、運動に内 在する活力を示すようなものは一つもない」と言われると (46)
すれば、物体が運動中なすことについての総体的推論も、
これら三要素の考察の中に含まれる概念から導出されねば ならない限り、活力を確定するような結論が生ずる筈がな いと言うごとができる。かくして「数学は活力に利するよ うな証明は決して与えない」から、活力は数学的考察から (47)
排除されるべきであるということになる。「数学による運 動体の力の測定は、その運動の間に経過した時間がいかに 短かくとも、すべての運動一般に及び」、その点では数学 は「無制限」であり、開始時の物体の運動とその際の死力 にももちろん及ぶ。その測度は速度の一乗なのである。か (48)
くして数学的考察には、活力ではなく運動一般と死力こそ ふさわしいことが明かになってきた。しかしここで否定さ れているのは、活力という事象そのものではなく、それの 数学的な「認識方法」なのである。「自然のうちには、そ の測度が速度の二乗であるような力が、現実に見出される」
(49)
とカントは言う。しかしそれと同時に、それには独特な認 識方法が要求されねばならないことが、次のように示唆さ れる。このようなカは、「数学的考察に対しては、永久に 隠されている」のであって、「或る何らかの形而上学的研 究とか、一種独特の経験そのものによる以外、我々に知ら
しめられることはありえない」と言われるのである。
(50)
さて「数学においては誤謬と認められたような法則」、
(5工)
つまり「速度の二乗をもって力の測度とすること」が、自 然において行なわれていることを示す「認識方法」、つま り「止る何らかの形而上学的研究」と言われているものは もはやライプニッツ学派の数学的・形而上学的方法による ものではありえず、ニュートン寄りの自然科学的・形而上 学的方法によるものが、意味されていると言えるであろう。
これまで見てきたところでは、ライプニッツ学派が採用し た数学的・形而上学的方法は、デカルトの機械論的形而上 学においてこそ有効な方法であったが、ライプニッツ自身 の目的論的形而上学には不適当なものであった。しかも後 者の形而上学が、カントにとって重大な意義をもつものを 含んでいるとすると、その認識方法はいかにあるべきかが 大きな問題となる。それは少なくとも、単に数学的方法で
あってはならず、何らか自然科学的と言われるべき方法で あろうとするようであるが、もしそうだとすると、カント はデカルトとライプニッツの認識方法の調停の途次におい て、実はライプニッツとニュートンのより大きな綜合を試 みているということになる。
ところで活力について我々に知らせてくれるのは、こう した独特の形而上学的方法と、そして「一種独特の経験」
であるとされた。そうした経験としては、 「速度の二乗に よって測定されるべき力の、自然内における現実性と現存 とを、否認できないように実証してみせる実験と経験」と
(52) ,
言われているようなものが考えられる。例えば、大きさの 同じ球の落下の高さや質量をさまざまに変えて、柔かい獣 脂の上に自由落下さす時、獣脂にできる穴の大きさを測定 して、活力の測定が速度の二乗であることを明示する実験 を、カントは紹介している。こうした実験を導いているの
(53)
は、「力は、それをくじいて物体の中で廃棄してしまうよ うな障害によって、正しく測定される」という見解である。
(54/
こうした見解の更に奥には、「障害によって廃棄されるべ き状態を、自分のうちに保持しておこうという動向Be−
strebung」が物体の中にあるかないかが、物体内の力の 有無を示すという見解がある。カントはこの動向を「内張
(55)
カIntension」と呼び、かかる内在力から改めて運動と力 を見直そうとする。
前に見たのと同じ意味で、運動とは殆ど「物体がその 所有する力を使用しない状態」のことであるが、かかる運 動の規定である速度は、「物体が静止している時、すなわ ち無限小の速度の時有する力の数」、換言すれば、そうい う際の物体の内在力を単位とする倍数である。これに対し て、使用の有無に拘らずともかく内在する「力の外的現象」
である運動の全部の力は、「内張力の速度倍」によって得 られる。すると、このような内張力の概念の導入によって
(56)
前に数学的に考察された死力の場合が先ず、力学的・形而 上学的に改めて説明しなおされる。すなわちかかる場合、
速度がたとえ無限小であろうとまたどうであろうと、とも かく一瞬間だけ運動の状態を保持するものが内張力である から、これは「あらゆる速度に対して同じである」と見て よいとすれば、物体の力はその速度に比例するということ になる。質量の差は捨象しておくとすれば、かくして内張
(57)
力の概念によってMVが基礎づけられることになる。但し 現実運動としては、かかる運動の持続は「不断の外的駆動 力の結果」であり、物体内でその都度消滅する力の補給を 外部に頼らねばならないとされるのは前と同様である。
(5S)
これに対して、前に活力と呼ばれた場合、すなわち、「
与えられた速度をもつ運動を一様かつ不断に、そして外的 な助力なしに独力で保持する」充分な内張力を物体の力が (59)
含んでいる場合は、その力は別の性質をもつ、はるかに完
全なものになってくる。しかしこの場合、測度は前の速度 の一乗の場合と当然異なってこなければならぬとしても、
新たな根拠に基づくその認識方法は、前の場合と同様であ る。内張力は有限な速度にあっては、あらゆる単位速度に おいて「無限小」であるという点で相等しいが、というこ とは、単位速度の数によって二乗すれば測定されるという ことである。すなわち「内張力は常に速度に比例」するの である。ところで、ζう.した内張力が無限小の時の単位速 度が指標となるような「或る力」とは、すでに見たような 速度が無限小の場合に、まさにこうした内張力が構成する 力を単位とするような「全く新しい力」である。こうした 新たな力は従って、速度に比例する力を、同じく速度に比 例する内張力で倍話したもの、すなわち「速度の二乗」を 測度とするものであると言うことができる。そこでカント
(6e)
は次のように言う、 「物体は速度や力を、自分のうちに充 分基礎づけgrUnden、完全な内張力をもってそれらを永続 的に、自分のうちに保持しなければならない」。
(61)
このようにして「数学的物体」すなわち、「その概念そ のものが公理によって決定される」ような物体に対して立
(62)
てられた、「物理的物体」の意味が明らかになってくる。
「数学の物体が、その運動の外的原因をなす他の物体から 全面的に引き起されたのではないような力を有するという ことは、数学では認められない」のに対して、「自然の物
(63)
体には全く別の性質が存している」と言われる。「自然の 物体は、外部からその運動の原因によって、自分のうちに 引き起された力を、自分のうちでみずから増大させ、力を その内部で、運動の外部的原因によっては起らなかった度 合にまで達せしめうる能力をうちに有している」。
(64)
このような「自然の物体」の概念にとって、連続律に基 づく死力と活力の統合が重要な意味をもってくる。外部的 原因によって初めて、物体のうちに発生した力は、かかる 外部的原因の「現前Gegenwart」に基づくから、それが 現前しなくなれば同一瞬間にその力も消滅してしまうが、
他方この瞬間にその物体の力の内張力は無限小であると見 られうる。外部的駆動力に基づく力、つまり死力の測度が 速度の一乗とされるのもそれ故である.が、測度を速度の二 乗とするような活力は、かかる規定を外部的原因からでは
なく、全く「物体の自然力の内部的源泉」から得るとされ る。すなわち、物体は外部から「自分に与えられた速度を 自分の内部的な力に基礎づける」ことにより、今度は自分
(65)
の内張力によって、運動を不断かつ自由に保持するように なるのであるから、かかる内張力を持つ力は、それが無限 小の力とは全く異なった規定をもつようになるのである。
かくして自然の物体は、 「外部の機械的原因」から受けと った力を自分のうちで無限に増大せしめ、全く別種のもの に高めてしまうことになる。
しかし質的に異なるものの問の移行、すなわち内張力が 無限小である死力から、完全な内張力を有する活力への移 行は、無限の時閲を要することであろうか。少なくとも言 えることは、無限小の時間経過でもし活力が生ずるとすれ ば、死力がすなわち活力であるという矛盾に陥ることにな るということである。従って「活力は運動開始後、有限時 間たってのみ生ずる」と考えなければならない。ところが
C66)
ライプニッツの見解では、「いかに短かくとも、またいか に長くとも、ともかく或る時間運動した」ということが、
「現実に運動した」ということに等しく、またかかる無限 小、或いは無限大の時間運動をした物体に、「無差別に活 力を認める」二二に立っている。しかしこのようなライブ
(67)
ニッツの数学的活力論の無限的立場は、死力から活力への 真の現実運動には、もはや通用しえないのは明らかである。
「有限時間」ということを言う場合、ライプニッツのよう に、そう言いながら中に「無限小の時間」も入れてしまう のではなく、 「その意味も限定され、その量も規定されて いなければならないことを二挺とする」必要があると、カ
(68)
ントは考える。
そこでカントは、「物体の力がまだなお活力ではないが 活力へと進行している状態」を考え、これを「活性化Vi一
(69)
vification」とよぶ。 「一物体がその運動の原因を、充 分かつ完全にhinlanglich und vollstandi9自分のうち
に基礎づけている」完全な活力の場合から、「いかなる力 も全然物体内に基礎づけられていなくて、外部に依存して いる」完全な死力の場合まで、両極の間の中問段階を考え てみると、みな「力と速度を自分のうちに基礎づけるのが 不充分な」時点ばかりで、それらを自分では保持できない 筈なのに、事実「その物体が自分に与えられた速度を自由 かつ一様に保持し継続する」。それは何故かという根拠の 問題を、カントは次のように問い直し、そして答えるので ある。「力の内張力が、運動を減衰させず停止させずに保 持するところまで、増大していないとしても、少くとも完 全な活性化に達するまでに必要な時間中は、運動を保持し うるかどうか」。こうした問に対してカントは、内張力の
(7e)
そうした保持が、「単に可能である」だけでなく、「事実も そうなっている」と答え、そしてそのような事実の根拠と して、次のような説明を与える。「こうした中間の時間中 門瞬間、内張力の新たな要素が物体内に発生し、この要素 が与えられた速度を無限小の時聞の間保持し、かくして全 要素がその半時間中、同一の速度を保持しているのであ
る」。
(71)
このようにカントにとって今や問題なのは、「物体の中 での力の、不変的でかつ常に自由な保持」という、完全な 活力への無限時間とその現実ではなく、外部から与えられ た速度の自由かっ一様な保持という、「完全な活性化」へ
カント前批判期における方法の形成と自然認識の問題 (1)戸 田
の「有限時間」とその現実なのである。そしてかかる「完 全な活性化」の事実を説明する根拠として、「内張力の要 素の積み重ね」による時間中の保持の思想が提出される。
いま個々の問題を離れて、「活力考」におけるカントの ライプニッツに対する根本的姿勢に目を向けるならば、
「充足根拠律」への有限的立場からの一貫した批判が覗え
るが、次に見るように、 「単子無窓論」、「予定調和説」、
「力の恒存律」などに対する見解がすべて、同じような姿 勢で貫かれていることが解るであろう。
5
ライプニッツに対するカントのこうした有限的悟性の立 場は、やがて「薪論」の諸問題に繋がっていって、そこで 原理的検討を受けることになるのであるが、それを見る前 に、力の恒存律と予定調和説の問題をめぐって、 「天界自 然史」に繋がっていく極めて形而上学的な自然論と、その 問題点を見ておく必要がある。
力の測度を一乗と見るか二乗と見るかという、これまで 検討してきたような、デカルトとライプニッツの対立的立 場が、「世界においてカの量は常に一様に保存される」と いうカの恒存律の命題に、関わりをもっていることは言う までもない。力の認識方法という一面からする、この問題 の対立調停は、 「完全な活力における保持」と「完全な活 性化における保持」の区別によって、一応の解決が与えら れたと言える。従ってこれから検討されるのは、「活力考」
では一部にしか現われず、「天界自然史」において全面的 に現われてくる、この問題の形而上学的側面である。とこ ろでライプニッツの浩力論の見地から、デカルトの見解を 批判すれば次のようになるのはむしろ当然であろう。「デ カルトの測度を承認するならば、諸物体相互の位置が変わ るにつれて、自然の中の力が不断に減衰したり増大したり することになる」。この数学的機械論に対するライプニツ
C72)
ツの批判は、しかしニュートンがその力学的機械論の結果 抱く見解に較べれば、未だ穏やかなものである。「天界自 然史」においてカントが紹介する二=一トンの見解はこう である。「ニュートンは、諸運動の機構が衰亡に向って有 している、自然の趨勢によって、自然に対してその衰亡を 予告せざるをえないことを知っていた」。
(73)
ところがそのニュートンが、その機械論の終点において 例えば「太陽、惑星、彗星などの最美の体系は知慧あり力 ある神の意図と支配からのみ生じることができたのであ る」と言い、「神の直接の手」を引き合いに出さねばなら
(74) (75)
なかったとすると、その限りでは、自然的の力の増減は神 の業にふさわしくないという見解は理に適っている。そこ でライプニッツも、デカルトの測定法の当然の帰結に対して、「ニュートンが想期したように、神が自らの業に与え た運動を問断なく、再び更新するよう余儀なくされるとい うことは、神の全知全能にとって冒漬的である」と考える。
(76)
しかしだからと言って、ライプニッツの「予定調和説」が 「かかる難点を除去する」効用をもつとしても、カントが 有限的悟性の立場からこれを認めるわけにいかないのは、
すでに見た通りである。「絶対に不可能であり、いかにし ても成立しえないことを我々が知っているような法則を、
神の全知全能が世界に導入したなどとその全知全能を曲解 することは、断じてできない」とカントは言う。そしてこ
(77)
の問題について、カント自身は次のように考える、「我々 が主張した運動の法則に従えば、世界構造がその力の徐々 の消耗によって、結局は全くの無秩序に陥るのは必然的で あるとしても、こうしたことで神の全知全能が打撃を蒙る
ことはありえない」。
(7g)
しかしこのようにして、ライブこッツの弁神論が拒否さ れるとすれば、カントにおいて同時に、ライプニッツの指 摘する神の冒濱の問題も、解決されていなければならない であろう。ところでニュートンは、神を宇宙の秩序の神と して、その秩序の原因に「神の直接の手」を考えた。一旦 このように考えれば、その手は最初だけでなく、「世界が 完全な静止に到達する」度毎に、再び必要となってくる。
L79)
かかる立場は、カントが後に「自然神学的」と名づけ、主 として道徳的には好意的批判を加えることになるものに他 ならないが、その場合理論的には、かかる「秩序の神」の 立場は、「実質の神」の立場に修正されなければならない とされるのである。言うまでもなく、これは後に確立する
(80)
見解であるが、しかしその方向づけだけは、「活力考」に すでに与えられていると言うことができよう。カントが言 うような、「世界構造の消耗」、「秩序の崩壊」によって も何ら打撃を蒙らない神とは、単なる「秩序の神」ではす でにありえないのである。
宇宙の秩序の原因としての神の直接の手なしに、いかに して宇宙の自己形成と自己消滅の思想を展開しうるかとい う問題、そしてこの思想がいかにして力の恒存律と矛盾せ ずに普遍的調和を保持するかという問題は、それぞれ、ニ
ュー
gンの力学的機械論の形而上学的領域に及ぶ徹底の問 題であり、ライプニッツの予定調和説の批判を含む一種独 特の弁神論の問題である。この二つが「天界自然史」の問 題であるとすると、この論文もまた、ライプニッツとニュ ートン両者の特に形而上学の調停を基調とするものだと言 いうる。「活力考」ではまだ重要視されていた「幾何学の 厳密さ」が、この論文では意識的に捨て去られているのは (81)その形而上学的な主題のせいである。
ところで、こうした機械論の徹底と最高の弁神論という 一見奇妙な主題の取り合わせば、かのエピクVスをキリス
ト教のただ中に幸えらせる冒漬的哲学ではないかという非 難が、すでに予想された。これに対してカントは予め、「し かし私が私の体系と宗教の問に見出す一致こそ、あらゆる 困難を前にして、私の確信を大胆な沈着さへと高めてくれ るものなのである」と言う。「活力考」の中にすでに見ら
(82)
れた「自然神学」の修正の方向は、「私の体系と宗教の一 致」という形で、「天界自然史」において遂行されること になる。「秩序の神」の見地がもつ難点は、「一切の合法
(83)
二二から見放された物質」を、神の計画のもとに強いると
(84)
ころの、神とは違った手が必要になるという点である。そ こでカントは次のように考えようとする、「もし物質の普 遍的な作用法則die allgemeinen Wirkungsgesetze de「
Materieが、同時に最高の企画からの帰結eine Folge aus dem h6chsten Entwurfeであるとすれば、その法則 は恐らく、最高の知恵が企てた計画を自分から実現しよう と努力するほか、その使命はありえないことになる」。こ K8s)
のように考えるとすれば、「物質はこの完全性の計画から 偏向する自由を全く有しない」ことになる。従って「物質
(g6)
は最:高に賢明な意図のもとに服せしめられたものとして、
見出されるのであるから、物質に対して支配的な第一原因 によって、物質は必然的にこうした一致的関係に置かれね ばならない。そして自然は潭沌のうちにあってさえも、規 則的かつ秩序正しく運ぶ他ないのであるから、まさにそれ 故に神は存在する」。このような修正された自然神学の神
(87)
に較べれば、「秩序の神」は「偉大ではあるが無限ではな く、強力ではあるが完全充足的ではない」と言わざるをえ
(88)
ない。
カントのこのような「実質の神」の思想の根底には、
「活力考」の言葉で言えば、完全な活力や内張力の要素の 考え方がひそんでいると見られるが、デモクリトスやエピ クロスの原子論が、カントの見解と酷似していて、しかも 決定的な点で異なってくる理由もそこにある。「彼らの原 子論においては、運動は永遠であり、創始者なしである。
そして衝突は非常に多くの秩序の豊かな源泉ではあるが、
何らその根拠が見出されないところの、全くの偶然である」
(89)
とされるのに対して、カント自身の場合は、「認識された 真なる自然法則が、或る極めて明白な仮説に従って、必然 的に秩序にもたらされ、合法測性における偏僑Aus−
schlagの決定的根拠や、自然を調和と美のうちに保つ何か がそこでは見出されるから、完全性への移行の必然性を理 解せしめうる根拠が推定されることになる」。裏から言う (gの
ならば、エピクロスでは、「原子が相互に出会うために、
原子が直線運動から逸れる」ということが、「何の原因もな しに」行なわれるよう要求されているが、その一点を除け ば、カントの「天界自然史」は、エビ)クロスの原子を「落 下さす重さ」、及びその「落下の直線運動からの偏筒」と
いう考え方を出発点として、これにデモクリストの渦動説 を取り入れたものを、思考の原型としていることをカント は認めるのである。
(91)
しかしカントは、その「落下する重さ」をニュートンの引 力によって、そして偏僑を「粒子の斥力から導出される直 線的傾斜Senkungの変化、」によって考えることになる。
そして引力も斥力も一応「両者共ニュートンの哲学から借 りてこられた」としながら、引力は「今や疑いなく決定さ れた自然法則」であるのに対して、斥力の方は「恐らくニ
ュー
gンの自然科学が前者程の判明性を、与えることがで きていない」と言う。ところがこれに反して、ライプニツ(92)
ツの場合は、斥力のみしか考えられていないのである。翌 年の小論文「物理的単子論」においては、物体の境界も接 触も、運動における斥力と引力の作用、反作用によって考え られているように、目下の巨視的な場合も、全宇宙が運動 における引力と斥力によって考えられようとする。しかし 同じように運動における引力と斥力を考えるニュートンと 異なる大きな点は、ニュートンが「空虚な空間」を介する 遠隔作用として引力を考えるのに対して、カントはかかる 空間を見かけ上は認めながら、やはりそこに物理的単子と
しての物質から発する斥力を考えている点である。
ここで我々は、ライプニッツの活力論とニュートンの機 械論、そして両者の目的論的弁神論と自然神学的弁神論の 批判的調停をめざすカントが、いかにしてニュートンの機 械論を宇宙生成論にまで拡張し、いわゆる「カント・ラプラ ス説」を成功させるかを見てみる段階にきた。カントは一 方において、 「我々の天体系の諸惑星が公転している空間 を考量してみると、その空間は完全に空虚であり、これら の天体に共通の影響をひき起し、それら天体の運動問の一一 致をひき起しうるような物質は、すべてそこから取り去ら れている」ということを、はっきり認めながら、他方、
(93)
「何らかの原因が天体系の全空間に一貫した影響を及ぼし たこと」や、「惑星軌道の方向や位置に調和がとれてい ることは、惑星がすべて、運動のうちに置かれた時と同じ 物質的原因に対して有していたに違いない一致の結果であ るということ」も信じざるをえないと言う。ところでこの
(94)
二つの見解に対して、カントがいかなる態度をとっている かという点は、方法論上非常に重・要である。カントは、後 者の見解よりは、空間が空虚だとする前者の見解の方が、
「完全に確実に構成されるmit vellkommener Gewiss−
heit au§gemacht」と言い、また後者の「真実らしさWahr−
scheinlichkeitを超える」とも言う。ニュートンは、そ
(95)
れ故にこそ、かかる物質的原因を承認できず、そこで「自 然の力を利用することなしに、こうした秩序を整備する 神の直接の手」を主張したわけである。もちろんカント
(96)
は、こうした「完全に確実な構成」の可能を認めながら、