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レ‑モン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫
につ いて
‑ 書 き言葉 の死 あ るい はエ ク リチ ュー ル の誕 生 ‑
尾 形 弘 人
は じめ に
レ‑モ ン ・クノー は, ある短 いテ クス トの中で,「 私 はそ こ [‑ギ リシア]
か ら別人 となって戻 って きた 」 ( Eq. 1 . , p. 55) と記 してい る
。クノーがギ リシ アを訪れたのは 1 9 32 年 の ことであ り,彼 はこの地 において,処女小説 『はま む ぎ LeCh i e nd e nt 』( 1 9 3 3 ) を書 き始 めたのであった.つ ま り,彼 は ≪ 作家≫
となって戻 って きた。が,単 なる文壇へのデ ビューが問題 なので はない。 ク ノー は 「 書 く前 に,作家 は可能 な限 り言語 を選択 し,語 られ る必要が ある と 思われ る ことを, その言語 の中で書 いてゆ く 」 ( 1 9 55リp. 6 5) と語 らている。
それ故, ここで問題 となってい るの は, 自らが書 くべ き言語 の選択,すなわ ち,≪ェ ク リチ ュール 1 ) ≫ の誕生 に他 な らない。が,何故 に ≪ギ リシア≫ なの か。 クノーが選択 したの は,結局 の ところ ≪フランス語≫で はなか っただ ろ
うか。
他方,この西洋文明発祥 の地 に関 して は,「 で きることな らば,私 はギ リシ アの影響が太古 の姿の まま現 れて欲 しい 」 ( Eq. 2. , p. 7 3. )とも語 られている
。ここで ≪ギ リシア≫は, もはや 1 932 年 のそれで はない。 それ は ≪自然≫と≪ 人 間≫との間 の, もはや永遠 に失 われて しまった ≪ギ リシア的調和≫へのオマー ジュであ る。「ギ リシア人 は く自然〉に滅す ることもなければ, それ を隷属 さ せ ることもない。 そ うで はな く,彼 はそれ と和合 しつつ も, 自己の自律性 を 保持 し,己の存在 の横溢 を実現す るのである 」( H. G. ,p. 5 8)
。しか しなが ら,
このギ リシア讃歌 は単 なるノスタル ジーで はあ りえない。 クノー によれ ば,
7 : 8
人 文 研 究 第91
輯≪ 作家≫ の役割 は, まさに, 「この関係 の両項 [‑自然 と人 間] の間 に調和 を 回復 させ ること 」 ( E. L . ,p. 1 86)にあるのだか ら。
とす るな らば,この≪ギ リシア的調和≫とい う理念 は,クノーがエ ク リチ ュー ル を得 た 1 932 年 のギ リシア と,決 して無縁で はないだ ろう。 しか し,≪言語 の選択≫ と ≪ 人間 と自然 との調和≫ は, クノーにおいて, どのように関係 し てい るので あろうか。本論 で は, この点 を明 らか にす るべ く,言葉 と文学 に ついて書かれた理論 的,評論的テクス トを互 いに対話 させ, クノーのエ ク リ チ ュールの誕生 の場 としての ≪ギ リシア≫ を検討 してゆ きたい。
Ⅰ. 1932 年の ギ リシア旅行
「 民衆 の言葉 を書 き言葉 の尊厳 にまで高 め,新 しい文学,新 しい詩 の源泉 と す る」 ( 1 937リp. 24) ことを企 てた この ≪ 作家≫ は,少年時代,生 まれ故郷 の ル・ ア‑ ヴルで話 されてい る ≪民衆 の言葉≫ に耳 を傾 けて は,「 話 し言葉 の性 質 と自律性 に絶 えず強い感銘 を受 けた 」 ( 且G. C. , p. 7 2) とい う
。後 に主張 さ れ る 「 書かれた ものに対す る口語的な ものの卓越性」 ( 1 937. , p. 25) は, この 言語経験 に由来 している といえよう
。しか しなが ら,他 の ところで は, この
≪ 民衆 の言葉≫ の知識 は,読書 によって,特 にア ンリ・ モニエの著作 を通 して 得 られた とされている
2)。つ ま り,ル・ア‑ヴルの言葉 は,結局 の ところ ≪ 健 吉≫にす ぎず,「 民衆言語 で ある ところのパ リの言葉,つ ま りは,管理人 の言 莱,小商人 の言葉 」 ( 且 G. C. ,p. 1 04) を知 るには,書物 とい う媒体 が必要 だっ たので ある。が,≪パ リの言葉 を知 る≫とい うことは,クノーが ノルマ ンデ ィー の港町 の出で ある として も,余 りに凡庸 な発見で はなか ろうか。 しか しなが ら, これが ≪ 読書≫ を通 して兄 いだされた とい う事実 に,極 めて フランス的 な言葉 の問題 が潜 んでい るので ある。
口語フ ランス語 の権利 は,今 の ところ,対話 に用い られ ることのみである
。数年前か らは,小説 の中の叙述部分 に も用 い られ るようになったが, しか
し, それ は相変わ らず非国民罪 に処 された ままである
。つ まり, 口語 フラ
レ‑モ ン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫ について
7 9
ンス語 は ≪ 思想≫ を表現す る権利 を持 たないのである
。生物学概論や ヨー ロッパ の将来 に関す る試論 を書 くために,これが用い られた例 は未 だない。
( C. Ⅴ. C . ,p. 5 8 )
確か に,≪ 健吉≫ としての民衆言語 な らば,例 えばモ リエールの ように3 ) , 文体 的効果 として書かれ る ことはあった。 しか し,実 に奇妙 な ことに,標準 語 ない し共通語 として通 っている ≪パ リの言葉 4 ) ≫は, それが ≪ 話 され るが ま ま に≫書かれた ことは,極 めて稀 なので ある5 ) 。 それ故, 「 民衆 の言葉 を表音 文字法的 に記録 した最初 のひ とり 」 ( E. G. C. , p. 1 0 3 ) であるア ンリ・ モニ工 は, 例外的かつ逆説 的 に も,≪書 き言葉≫にお ける ≪民衆≫の不在 を若 きクノー に 示 したのであ る
6)0
しか しなが ら, もしフラ ンス語が,例 えば英語 のように,書 き言葉 と話 し 言葉 との間 に目立 った差異 を持 たなけれ ば, ここには問題 な どあ り得 なか っ たであ ろう。「そ こ[ ‑英語]において は,ベル リッツの話 し言葉 とアカデ ミッ クな言葉 との間 に,いかな る裂 け目もない (この言語 で書かれた科学 的文章 の心地 よさはこれ に由来 している) 」( 1 9 5 5 リp. 8 5 ) 。 しか るに,アカデ ミーの 伝統 に忠実 なフランスにおいて は,「 実際 に話 されてい るが ままの現代 フラン ス語 の統辞法 と書かれ たフランス語 の統辞 法 は,後者 とラテ ン語 との相違 ほ どに も違 ってい る 」( C. G. R. D. ,p. 4
0)
。つ ま り,フランス人 は,母国語 の中に あって, いわば≪ 二言語併用者≫となっている
。しか しなが ら,「 大抵 の場合, 二言語併 用者 は, いわゆる≪文明≫言語,す なわち,少 な くとも数千万 の人々 が話 している言語 を採用す る 」( 1 9 5 5 リp. 6 5 ) のに対 し, フランス語 において は,大多数 の ≪国民≫が話 してい る言語 は書かれず,逆 に ≪ 文明≫言語であ る ところの書 き言葉 は,い まや誰 も話 さないのである。
しか も,≪ 二 つの フランス語≫とい うテーゼ は, クノーの奇想 な どで は決 し
てな く,言語学者 J.ヴ ァン ドリエスの 『 Lan ga ge 』に学 んだ客観 的事実であっ
た。 クノーに とって示唆的であったのは,例 えば次の ような主張である ( ク
ノー による引用) 。
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人 文 研 究 第91
輯書 き言葉 と話 し言葉 との隔た りは,ます ます大 き くなって きてい る。[ ・
‑‑]
単純過去や接続法半過去 は,話 し言葉で はもう用い られない。特 に,語嚢 の違 い は誰 の 目に も明 らだ。我々 は死語 を書 いてい るのだ‑‑文語 フラン ス語が ラテ ン語 と同 じ運命 に陥 るであ ろうことは予想 し得 る
。決定的 に固 定 されて しまった規則 と語嚢 とともに, それ は死語 の状態で保存 され るこ
とにな ろう 。( 1 9 3 7 . ,p. 1 4 )
つ ま り,話 し言葉 を ≪非国民罪≫ に処す る書 き言葉 は, それ 自体, フラン ス語 の純粋性 の中で ≪ 死語≫ と化 しつつあるのである
。文学 は文字言語 を書
き続 ける限 り自 ら死 に至 る とい う逆説。 しか も 「 大部分 の作家 は気づいて さ えいない
」( 1 9 5 5 . , p. 6 5 ) とい う危機。 しか し,≪民衆≫が学問言語 としてのラ テ ン語 を書かなかった時代 とは異 な り,現代 のフランスにおいて は,伝統的 な書 き言葉が 「( 多かれ少 なかれ効果 な く)学校 で教育 され続 け, フランス学 士院 といった公的機関 によって ( 巧 みに とい うよ り稚拙 に)擁護 され続 けて い る 」( 1 9 5 5 . , p. 6 6 ) 以上 は, ヴ ァン ドリエスの予言の現実味 は どれ ほ どの も のであろうか。 この問いに明確 な答 えを与 えたの は ,1 9 3 2 年 のギ リシア旅行 で\ あった。
船 の上 で,私 は現代 ギ リシア語 を研究 し,数人 のギ リシア人 と,カサ レヴ ザ とデモテ ィキ との闘争,すなわち,出来 るだけ古代 ギ リシア語 と異 なる まい とす る言語 と現実 に話 されている言語 との闘争 について話 し始 めた。
もっ とも,問題 は今 で は決着がついてい る
。デモテ ィキが勝利 を収 めたの だ 。( 1 9 3 7 . ,p. 1 6 )
こうして, クノー は母 国語 に見 られ る ≪二つの言語 の対立≫が, この地 に
おいて は,すで に, しか も,彼が示唆 を受 けた言語学者 の予言 どお り,文字
言語 の死 とい う結末 を もって終結 した ことを知 ったので ある
。さらに決定的
な ことは, 「 ≪カサ レヴザ≫ ( 純粋 言語)はジャーナ リス トと公務員 によって常
レ‑モ ン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫ について
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用 されてお り,≪デモテ ィキ≫ ( 民衆言語) は詩人 によって用 い られてい る」
( L. A. ,p. 5 1 ) とい う事実で あ る。 つ ま り,詩人 が ≪ 純粋 言語≫ を語 るフラ ン ス とは逆 に, ギ リシアにおいて は,文学言語 は ≪民衆 の言葉≫とともにある
。大 いに意 を得 て, クノー は ≪書 き≫始 めた。
この新 しい言語 を肯定す るため には, まず第‑ に,何か俗 受 けす る出来事 を小説 にす るので な く (とい うの も,意 図 を取 り違 え られ る恐れが あるか ら), ラテ ン語 の代 わ りに現代語 を用 いて神学 や哲学 を論 じた十六世紀 の 人 々 にな らい,何 か哲学 的 な小論 を口語 フラ ンス語 で書 けばよいので はな いか, そ して,手元 に 『 方法序説』が あったので, これ を この口語 フラ ン ス語 に翻訳すれ ば よか ろう, と私 には思 われ た。私が ≪ 何 か≫ を書 き始 め たの は, この ような考 えを抱 いての こ とで あ り, この ≪ 何 か≫が,後 に 『は まむ ぎ』 と題 され る小説 となったので ある。 そ こに は民衆 の言葉 の正確 な 引写 しが た くさん見 られ る ( 1 9 3 7 . ,pp. 1 6 ‑ 1 7 )
こうして, クノー は自らの ものに して民衆 の もので もある言語 を選択 し, 逆説的 に も, い まだ誰 の もので もないエ ク リチ ュール を得 て, ギ リシアか ら 戻 って きた。≪別人 ‑作家≫ となって戻 って きた。
Ⅰ Ⅰ. ギ リシア的調和
それで は次 に, クノーが ≪ 太古 の姿≫ の まま現 れ る ことを望 んだ ≪ギ リシ アの影響≫ とは,何 で あったのだ ろうか。
古 の芸術 は, そ して古 の科学 も,人 間 と自然 との共 同作業 として現れてい た と,私 には思われ る。私が言わん とす る ところは,人 間 の技巧的行動 は, 人 間的 な 目的 を実現 しつつ も, 自然が計 画す る ところを助 け, それ に協力
す る ことを目指 していた, とい うことである 。( E. L . ,p. 1 7 8 . )
8 ̲ ?
人 文 研 究 第91
輯例 えば,ギ リシア建築 において は, アポロンを祭 っていたデル フォイの風 景 や,アクロポ リスの麓 のディオニ ュソス劇場 のように,周 りを取 り囲む山々 や空 といった ≪自然≫ を考慮 す ることな しには,≪ 人 間≫ の手 になる ≪ 作 品≫
は完全で はなか った。「 変転 と不変 との常 に悲劇 的な合流点 にあ り,常 に一瞬 の中に宿 るこれ らの見事 な遺跡 の, その永続す る生 と日常生活 との合致 を, 私 はあえて ( 調和 の とれた〉 と形容 したい 」( H. G. , p. 5 8 ) とクノー は述べて い る
。ここで ≪ 変転 と不変 との常 に悲劇的な合流点≫ とは,ニーチ ェが 『 悲 劇 の誕生』 の中で語 った 「アポロン的精神 とデ ィオニ ュソス的本能,両者 の 敵対 関係 とアテネ悲劇 にお ける和解 」 ( R. Ⅴ. L ワp. 6 9) に他 な らない。引用の 関係 で逆 となったが,≪アポロン的精神≫とは合理性 や体 系性 といった≪ 不変≫
な るものの原理であ り,≪デ ィオニ ュソス的本能≫ とは ≪ 変転≫,すなわち, 狂気,破壊,混沌 といった もの を支配 す る原理 である。≪ギ リシア的調和≫は,
≪人間≫ と ≪自然≫ との協力 によ り, この ≪原理 の対立≫の和解 を ≪ 作 品≫の 中に表現 していたのである。
クノー に とって は,文学 とい う ≪ 作品≫ もまた, この ≪調和≫ の中 に創造 されねばな らない。「 古代都市 の創設 と分譲地 の野蛮 さ とを比較 してみ よ」( E.
L. ,p. 1 7 9) とクノー は警告 しているが, これ はその まま文学 に も当て はまる ので ある
。言葉 とい うものは, 自然 と同様 にひ とつの与件 で はあるが, それ は明確 に 限定 された与件,すなわち, ひ とつの特定言語 であ り,作家 はこれ を分譲 業者 の ように手荒 に扱 って はな らない。 そ うで はな く,彼 はこの言語 に協 力 し, その力 を増大 させつつ, その中に自らの作品 を位置づ けね ばな らな い。 ( E. L. ,p. 1 8 2 )
ここにおいて,二つの ≪ギ リシア≫ が時 を超 えてひ とつ とな る
。とい うの も,≪ 民衆 の言葉≫が ≪自然≫であれば こそ, クノー はそ こに自らの ≪ 作 品≫
を位置づ けたので あるか ら。が,≪民衆 の言葉≫が ≪自然≫であ るとい うこと
レ‑モ ン ・クノー にお ける ≪ギ リシア的調和≫ について
83 は, どうい うことなのか。
ラ ン グ
周知 の とお り,≪言葉≫‑ 正確 には≪ 言語≫‑ は,共時的不易性 と通時的 可易性 とい う,二 つの ≪ 原理≫の もとに成立 してい る。 この観点か らいえば, 両者が相互補完的 に機能 してい る限 りにおいて,言語 は ≪自然≫ であ るとい
える
。しか しまた,言語が ≪自然≫であるためには,≪ 社会的≫で もあ らね ば な らない。つ ま り,言語 の共時性 は,それが社会 の中に,つ ま り,≪ 語 る大衆7 ) ≫ の中に根づいていなけれ ば自然 で はな く, また, その適時的な変化 も,民衆 のパ ロールの社会的実践 か ら自然 に生 ず る ものでなけれ ばな らない。≪自然言 語 8 ) ≫ は, それが まさに ≪ 社会≫的である限 りにおいて,つ まり,≪民衆≫の
中にある限 りにおいて,≪自然≫ だ とい えるので ある
。ところで,≪自然≫ と ≪ 人間≫ に関す るギ リシア的理想 は,≪アポロン的原 理≫ と ≪デ ィオニ ュソス的原理≫ との和解 にあった。逆 に言 えば,両者 の対 立か らは ≪非 ‑自然≫な ≪ 作 品≫しか生 まれない。 そ こで注 目すべ きは,「 古 典主義者であ りたい と望 むな らば,彼 は自 らをアポロン的 と宣言す るであろ う 」 ( R. Ⅴ. L ワp. 6 9. ) とい う記述 である
。つ ま り,古典主義 は, 自らが確立 し たフランス語 の体 系性,純粋性,不変性,すなわち,比倫的 に ≪アポロン的 精神≫ と呼べ るものの保持 にひたす ら努 めて きた。 それ は ≪デ ィオニ ュソス 的本能≫を巧 みに隠蔽,排除 して きたが, その結果 は ≪ 死語≫であった9 ) 。古 典主義 は,「自然 に対 す る人 間の優越性 を頼 み とし [ ・ ‑・ ・ ],言葉 の生 きた泉 か ら,民衆 とい う第‑質料か ら,≪具体 的≫で ≪ 人間的≫な ≪ 生 きた≫関係 の 中で継続 してい くが ままの言語 の使用か ら, しだい に遠 ざか る傾 向にある」
( E. L . ,pp. 1 8 5‑1 8 6)
0逆 に,ロマ ン主義 は , 「 人間 に対 す る優越性 を自然 に与 えることによ り,まっ た く抑制 を失 い,別 の意味で,パ ロール とエ ク リチ ュール とを,駄弁 と文体
とを混 同す る傾 向 にある」 ( E. L ワp. 1 8 6. 強調 はクノー)。 その帰結が≪ヴェル
バ リスム≫,すなわち,語 られ る内容 よ りも語 る形式 に対す る偏愛であってみ
れば, ロマ ン主義 は≪アポロン的≫抑制 を失 うとともに,過度 に≪デ ィオニ ュ
ソス的≫であった とい えよう
10)。つ ま り,言語 の 自然 な変化 をあえて逸脱 し,
84
人 文 研 究 第91
輯つい には,例 えばマラI I ,メの詩 の ように,「かつて フランス人 のパ ロールが一 度 も発音す ることので きなか った,完全 に書記的 な統辞法」 ( E. L. , p. 1 84 ) を 生 み出 したのである。 これ もまた ≪ 別 の意味≫で ≪ 死語≫ に違 いない
11)0
こうして,古典主義 もロマ ン主義 も, ともに 「自然か らも, また,人間か らも遠 ざか って しまった 」 ( E. L . , p. 1 8 6)
。つ まり,民衆 とともにある ≪自然≫
な言葉で はな くなった。 そ こで クノー は≪自然 と人間 との調和 を回復 させ る≫
ために,文学的 ≪書 き言葉≫か ら民衆 の ≪ 話 し言葉≫へ と立 ち返 るのであ る
。1 9 3 2 年 のギ リシアにおいて,太古 のギ リシアを思いつつ
。Ⅰ Ⅰ Ⅰ . ≪自然 ≫ を失 った言葉
しか しなが ら, 「 1 870 年以降のフランスの. 詩 とここ数年 のカタロニ ア絵画 の言 いな りとな り,人々 はギ リシアな ど下 らない と思い描 くようになった」
( H. G. , p. 5 6)
。この よう. な時代 にあって, クノー はなぜ ≪ギ リシア的調和≫を 語 るので あろうか。 あるい は, ギ リシア的な もの を完全 に失墜 させ た, ロマ ン主義以降のフランス文学 は,≪言葉 の 自然≫との関係 において, クノーの目 にはどう映 っていたのであろうか。
ロマ ン主義 の終鳶 とともに文学 に飽 いた大衆 を前 にして,文学 は ≪ 芸術 の ための芸術≫を掲 げて 自らの殻 に閉 じこもるか
12) ,あるい は逆 に,大衆 の気 を 引 くために,「 他 のあ らゆる活動様式 の中 に,最 も仰々 し く,最 もけばけばし く,最 も人 の目を欺 くものを探 しに行 った 」( A. Cワp. 6 6)
。前者 の場合,そ も そ も ≪ 芸術 のため≫の芸術 なのであるか ら,≪ 民衆 の言葉≫ と ≪ 作家≫ とい う 問題 は成 り立 たない。 それ は 「 陰気 な自慰行為 」( Q. A. ,p. 9 1 ) の中で,お と な し く ≪ 死語≫ と化 してゆ くであろう
。問題 は後者,す なわち,執粉 に ≪ 言 葉 の 自然≫を切 り売 りす る ≪分譲業者≫たちで ある。購入者 は様々であるが, 本論 で は文学 にお ける ≪科学主義≫ に話 しを絞 ろう
13 ) 0
クノ丁 によれば, ランボーの ≪ 錬金術≫やマラルメの ≪書物≫ に始 ま り,
アポ リネールのカ リグラムや シュール レア リス トの自動書記 に至 るまで,文
学 は 「( 西洋 の合理化主義的)科学が芸術 の領域 を牒踊 す るが ままに任せて き
レ‑モ ン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫ について
85
た」 ( E. L. ,p. 1 81 ) とい う。
この時 [‑ロマ ン主義 の終鳶],文学者 はロマ ン主義 と詩が もはや嫌悪感 を しか抱 かせ ない ことをよ く理解 した。彼 らはこれ を認 め,大衆 の賛 同を得 るためには,≪ 学者≫を装 うしか,他 によい方法 を兄 い出さなかった。小説 は社会学的な資料 とな り,医学 的 ‑心理学的な観察記録 となった。小説家 たち は医学 アカデ ミーに入 ったほ どだ。 ゾラは ≪実験小説≫ を書 いた。詩 は消 え去 り,演劇 は学位論文 の口頭審査 とな らね ばな らなかった 。 ( Q. A リ pp. 8 9 ‑9 0)
こうして文学 は,「 すべての芸術 の中にある戯 れ と気晴 らし とい う側面
14)」( E. L . , p. 1 83 ) を自ら否定す るに至 ったが, これ こそ まさに ≪大衆≫が求 める もので はなか ろうか。が,文学 は ≪大衆 の賛 同 を得 るため≫ に,最 も稚拙 な 方策 を取 った。 なにしろ,≪科学的≫とい うことは, 「 晦渋 な」 ( E. L p. 1 81 ) とい うことであ り,最 も大衆受 けしない ものなのだか ら。 さ らに稚拙 な こと には,自然主義小説であ ろうと,シュール レア リスムの自動書記 であろうと, 実験文学 は,科学 の発展 と文学 のそれ との全 く誤 った類推か ら出発 したので あった。つ ま り,「 発見 に対す る探究 の優位 の原理 」 ( Q. A. ,9 3) や「 不妊処理, あ るいは,性的不能 の原理 」 ( Q. A. ,p. 94 ) を科学か ら借用 し, これ を楯 に, 完成 した ≪作品≫で はな くして,素描,手帳,資料 といった, いわ ば ≪実験 中の もの≫ を提示す るようになったので ある
。科学 において は,仮説 も問題 提起 的な価値 を持 つだ ろう
。しか し,「 芸術 とい うもの は,本質的 に目的 にま で到達す ること,すなわち,作品 を提示 し, それが世 に認 め られ る ことにあ る 」 ( Q. A. ,p. 9 4)
。それ故,≪ 大衆 の賛同 を得 るため≫ に ≪ 科学≫ を偽装 す る 文学 は,皮 肉な ことに,「 社会 の全体 が詩 に対 して抱 いてい る嘆かわ しい意見
を正 当化 す る 」 ( Q. A. ,p. 94) しかないので ある
。≪それ は文学 だ C' e s tdel al i t 縫r at ur e ≫ は ≪それ は分 か りきった ことだ≫
β6 人 文 研 究 第
91
輯を意味 し,≪文学的≫と言 えば ≪ 無意味≫の謂である
。そ して ≪ 文学者≫は, 文学者が投 げつ ける ことので きる最 も手厳 しい罵 りのひ とつであ る
。( A.
C . ,p. 64)
この侮蔑表現 はロマ ン主義 の終鳶以降,徐 々 に大衆 の間 に蔓延 していった が, それ は,実 は,文学者 白身 の 「 何 だか訳 の分か らないマ ゾヒス ト的な自 尊心,得体 の知れ ない自罰欲求」 ( Q. A. ,p. 89)か ら生 まれ た ものであった。
見事 な逆説 である。とい うの も,「ロマ ン主義 とともに集団か ら根 こぎにされ た文学」 ( Q. A. , p. 92)は,≪ 大衆 の賛 同 を得 る≫ために自 らの芸術 に毒づ くこ
とに よ り, それ こそ, この侮 蔑表 現 に相応 しい もの となっていったので あ る
15)。つ まり,文学不信 は社会 に定着 したが,文学 は社会か ら孤立 して しまっ た。 ここに至 って,問題 は ≪ 話 し言葉≫ と ≪書 き言葉≫ との乗離 に とどまら ず,≪民衆≫ と ≪ 知識人≫ との断絶 にまで拡大 してい る とい えよう1 6 ) 0
さて, ここで ≪ギ リシア≫ に戻れ ば, それ はロマ ン主義 の終幕 とともに, その威光 を完全 に失 したのであった。つ ま り,≪ギ リシア≫の軽視,言葉 の≪非 ‑ 自然化≫,≪文学≫ に対 す る全的不信 は,完全 な平行 関係 にある
。ところで, クノーが ≪ギ リシア的調和≫ に求 めた もの は,民衆が話す ≪自然≫ な言葉 と の協力関係 にお ける ≪ 作品≫の創造 であった。 しか るに,科学主義的文学 は,
この意味で も,≪作品≫ を生 み出す ことを怠った。
[ ‑‑]科学 と同様,経験 的段 階 は, さらには実験 的段階で さえ,最終段階 で はない。秩序,方法,合 目的性が ( 再 び)現れ る, もっ と高次の段 階が あるのだ。 そして,後者 [ ‑文学] の場合, この段 階 は起源 の出発点 と変 わ らない。[
‑‑] 我々 は多様 な実験 を統合す るような単一性へ と回帰す る。
回帰 す る といったが,そ もそ も,そ こか ら抜 け出せ るはず はないのである
。とい. うの も,唯一 そ こか ら出発 してのみ,我々 はこれ らの実験 を有す る( 制
御 し精通す る) のであるか ら 。 ( Q. A. ,p. 93)
レ‑モ ン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫ について 87
ここで問題 となってい る起源的 ≪ 単一性≫ とは,言葉 における ≪自然≫ と 別 の ことで はない。真 の≪言葉 の実験≫‑ 別 に科学 を模倣 しな くとも≪文学≫
は言葉 の実験である‑ は,最終段階 にまで到達 して,≪自然≫の中に,すな わち,≪民衆 の言葉≫ に回帰 し, この 「 最 も上質 な作品 を可能 にす る腐葉土
」( E. L . ,1 8 2. ) に新 しい言語 の種 を蒔かねばな らない。とはいって も,ここで≪作 品≫はもはや個別的著作 で はない。 そ うで はな く,≪ 新 しい社会≫とい う広大 な ≪ 作品≫が問題 なのである
。芸術,詩,文学 は, ( 自然 の ( 宇宙の,世界 の)現実 と社会 の ( 人類 の,人 間 の)現実 を)表現 し, (自然 の現実 と社会 の現実 を)変形す るものである。
[
‑‑・ ] 文学者 は自分 の職務 を知 らね ばな らない。 そ して,すべての生産者 と同様 に,社会生活 に協力 す るのである。 これ ら二 つの間 には矛盾 な ど決 してない。 とい うの も,社会が芸術家 に都合が悪 けれ ば,彼 はこれ を変 え て しまえばよいのである‑ これ は単純 な ことだ。変 えること, これ もま た,協力 す る ことである o ( Q. A. ,pp. 9 4‑ 9 5)
≪ 社会 を表現す る≫ こととは,≪民衆 の言葉≫ にエ ク リチ ュール を与 え, そ れ に自らを語 らせ ることに他 な らない。 これが ≪ 社会 に協力す る≫ ことにな る とい うの は,これ によ り,「 話す ように書 くことがで きず,その結果,自分 が感 じるように書 く権利 を持 たない」 ( C. G. R. D. ,p. 40) フランス人 の不幸 に 終止符が打 たれ るか らである。そ して,≪ 社会 を変 える≫とい うの は,例 えば, 風 習 を改 め るた め に記 号 表 現 を改 変 した 中 国 の皇 帝 の よ うに
17),エ ク リ チュール を得 た ≪民衆 の言葉≫ は,新 たな社会 を作 り上 げる力 を得 るか らで ある
。つ ま り,問題 は,一言でいって,「 話 された言葉 に何 らかの文体 を与 え ること 」( C. G. RD. ,p. 40) , これである
。かつて ビュフォンが言 った ように,
≪ 文≫は ≪ 人≫であ り,新 しい文体 は,新 しい生活様式,新 しい社会 を生 み出
す。
88
人 文 研 究 第9 1
輯ここにおいて,言葉 の問題 は文体 の問題 とな り,エ ク リチュールの問題 は 人 間的問題 となる。 [ ‑・ ‑]これ ら錯綜す る諸問題 の全 てを通 して,現実 に 問題 となっているの は,実 は極 めて単純 で直接 的な問題 であ る
。つ まり, 人 間,生活,現代 の人 間,現代 の生活が問題 なのである
。( 1 9 5 5 . ,p. 9 1 )
従 って,文学が科学主義社会 との共存 を模 索す る時代 にあって, あえてク ノーが時代錯誤的な ≪ギ リシア的調和≫を要請す るのは,≪ 書 き言葉≫ と ≪ 話 し言葉≫の断絶 に由来す る,文学 と社会 との,作家 と民衆 との ≪離婚
18 ) ≫を調 停 す るためなのである。≪ 民衆 の言葉≫ とい う ≪自然 ‑社会≫へ と立 ち返 り,
これ と協力 して新 しい ≪自然 ‑社会≫ を作 り上 げること, これ によ り ≪それ は文学 だ≫ とい う侮蔑表現 は,再 び肯定的な ものに逆転 し, この時,社会 は 作家 に とって ≪ 都合の悪 い≫ もので はな くなるだ ろう1 9 ) 0
Ⅳ. 言葉 の ≪自然 ≫ と と もに あ る ≪作 家≫
な らば,作家 の 「 旦塗 で本源的 な機能」 ( L. E. ,p. 181.強調 はクノー) とは 何か。
単純 に言 って,詩人 の仕事, そ して散文作家 の仕事 は, 自分 と同 じ言語 を話す者 たちの言葉 を確立 し,基礎付 け,発展 させ,美化す ることに協力 す ることである
。言語 の生命力 ほ どはっ とさせ る もの はない。実際, この言語 を話 してい る民衆 は, 自分 が他で もないiI Q 之言語 を話 しているのだ と, どれだけ意識 す るものであ ろうか。 [ ‑‑・ ]
詩人で あれ散文作家 であれ,作家 た る者 の務 めは, この暖味 な意識, こ の 自然 な作品 に手 を貸 し, この土台 に基づ き, この背景 と調和 しつつ建築 す ることであ り, その逸脱物 を治癒 す ることである
[‑ ‑ ・]。( E. L . , p. 1 8 2 .
強調 はクノー)
レ‑モ ン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫ について
89
ここで クノー は ≪美化≫ とい う語 を用いているが, アカデ ミスムのそれ と は,対 象 も態度 も異 にしている ことは言 うまで もない。アカデ ミーの伝統 は,
≪ 民衆 の言葉≫につ きものの 「 言葉づかいの誤 り, リエ ゾンの誤 り,不正確 な 発音,不的確 な表現,間違 った構文,勘違 い,言 い損 ない
」( 1 955. , p. 6 9) を
ヂフアンス デファンス
≪禁 止≫す る ことによ り, フランス語 の純粋性 の ≪擁 護≫に努 めて きた。が, その結果 は ≪書 き言葉 の死≫であった。 それ故,「フランス語 の擁護 は, まさ に攻撃側 の視点か らなされね ばな らない 」( C. Ⅴ. C. , p. 61 ) 。つ ま り,あえて≪ 誤 用 の文法≫ を肯定 し, これ にエ ク 1 )チュール を与 え, 「 書 かれ た話 し言葉」
( 1 93 7. ,p. 1 2. 強調 はクノー),す なわち,「 現実 に話 されてい る言語 に対応す る重量 些フランス語 」 ( 1 9 37. , p, 1 9. 強調 はクノー)を誕生 させね ばな らない。
もち ろん, この新 しい言語 は,書 き言葉 に保持 されてい る幾つかの表現形式
‑ 例 えば,単純過去や接続法半過去 ‑ を失 うであ ろう。しか し,だか らと いって, フランス語 の≪貧困化≫を嘆 く必要 はない
20 ) 。大 いなる実 りが約束 さ れているで あるか ら
。ダ ンテの詩的神学 を創造 したのはイタ リア語 の使用であ り,ル ターの実存 哲学 を創造 したの は ドイツ語 の使用であ り, ラプレーやモ ンテーニ ュにお ける自由の感情 を基礎 づ けたの も,ルネサ ンスのネオ ‑フランス語 の使用 で あった。新 しい言葉 は新 しい思考 を出現 させ,新 しい思想 は新鮮 な言語 を欲 してい る。
[‑‑ ]問題 は ≪ 新 しい言葉 を‑か ら十 まで作 り上 げる≫こ とで はな く,新鮮 さを失 った文法 の凸凹 した鋳型 の中には流 し込 む ことが で きない ものに形 を与 える ことである。 ( Ⅰ . P. S. ,p. 63)
しか し, この ≪ 形≫が潜在す る ≪ 民衆 の言葉≫ 自体 は, これ を明確 に意識 す る ことはない。例 えば,「 現代 ギ リシアにおいて,純粋主義者 の言語である カサ レヴザ に対 し,民衆言語 に勝利 させたの も,一般大衆 で はない 」 ( 1 9 55. , p. 93 )
。なぜか。 それ は 「 綴 り字 の維持,義務教育,公的な,行政 的な, ある
いは,厳粛 な状況 において, ひ とつの言語か ら別 の言語へ と自動的 に移行 さ
90
人 文 研 究 第91
輯せ る無意識櫓行為」 ( Ⅰ . P. S. , p. 6 2 ) が,二つのフランス語 の差異 を巧 みに隠蔽 し, その結果,民衆 は ≪書 き言葉≫ を ≪話 している≫ と錯覚 させ られている か らである
。それ故,「 彼 [ ‑フランスの作家]の仕事,彼 の作品 は,言語的 産婆術 であ らねばな らない 」( 1 9 5 5 . , p. 6 7 ) 。つ ま り,町中で人々 に話 しか けて は ≪ 無知 の知≫を暴 きたてた ソクラテスの ように,作家 は ≪ 民衆≫へ と赴 き, 実 は,≪あの言語≫で はな く ≪この言語≫を話 しているのだ と, その ≪暖味 な 意識≫ を覚醒 させ てや らねばな らない。特 に, これ ほ ど尊重 され る綴 り字 と
い うものが,「 悪 しき習慣以上 の ものであ り,ひ とつの虚栄心で ある 」( 1 9 3 7 . ,
p. 2 5 ) ことを, はっ きりと告 げてや らね ばな らない。
[ ‑‑]綴 り字 の合理的な改革 は,少 しずつ音声組織へ と我々 を導 くであ ろう。 その時,人々 は,話 されたフランス語が, どれだ け書かれたフラン ス語 か ら違 い ものか を知 り,ついには,私が ここで示 そうとしてい るもの, すなわち, それが別 の言語で あることに気づ くであろう 。( 1 9 5 5 . ,p. 7 9 )
厳密 には,問題 は綴 り字 の矯正で はな く,≪ 初 めて≫ェ ク リチュール を持 つ ことになる ≪ 民衆 の言葉≫ に,新 しい綴 り字 を与 えることにある。 クノーに とって, それ は 「 言葉 の真正 の リズム,正確 な音響,真実 の音楽 」( 1 9 3 7 . , p.
2 0 ) を反映す るような 「 音声的綴 り字 ( o r t o gr a ff o n e t i k)
21)」( 1 9 3 7 . , p. 2 5 )
であった。これ によって書 かれ る新 しい言語 は,「 己 の口語的,音楽的 自然 を 再 び兄 い出 し,やがては詩 的言語 に, そして,新 しい文学 の生気 に富む滋養 分 となるで あろう
22)」( 1 9 3 7 . ,p. 2 6 ) 0
おわ りに
以上,我々 はギ リシアに関す る二つの短 いテクス トか ら出発 して, クノー のエ ク リチ ュールの誕生 において ≪ギ リシア≫が果 た した役割 を見 て きた。
ま とめると,クノー は 1 9 3 2 年 のギ リシア旅行 において,分裂 した母国語 の未
来 を,すなわち,≪書 き言葉 の死≫と≪ 民衆 の言葉≫の勝利 を見 たのであった
。レ‑モ ン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫ について
91
そ して,≪ギ リシア的調和≫は,言葉 の ≪自然≫と協力 して新 しい ≪ 作 品≫‑
≪ネオ・フランス語≫ と, それ によって可能 とな る ≪ 新 しい思想≫‑ を生 み 出す とい うヴ ィジ ョンを, クノー に与 えた。 それ は言語的,文学的問題 であ る とともに,社会的,人間的な企 てで もあった
。. とい うの も, この ≪作品≫
は,≪知識人≫ と ≪民衆≫ とを和解 させ るはずの ものであ るか ら
。「 果実 は実 り,熟 し,腐 った。い ま種子が飛び立 つ 」( 1 9 37. , p. l l )
.そ して, この新 しい 言語 の種子 は・ ・ ・ ‑ が,我々 はここで口を喫 み,最後 に もうひ とつの ≪ギ リ
シア≫へ と,す なわち, 『 ギ リシア旅行』と題 されたテ クス トへ と赴 かねばな らない。
この著作 は ,1 93 2 年 のギ リシア旅行 と同時代 に発表 された評論 の うち,『 罫 線,数字,文字』に収録 されなかった ものを,お よそ 4 0 年の後 に再 び取 り上 げた ものであ る。 だか ら, そ こで は我々が検討 して きた ≪ギ リシア的調和≫
が語 られてい る。注 目したいのは,刊行 にあたって,新 たに補迫 として書 き 加 えられた二 つのテ クス トである
。ず ば り ≪ 正誤表≫ と題 されたテ クス トは,我々が先 に見 た 『はまむ ぎ』 の 執筆経緯 について訂正 を施 してい る。繰 り返せ ば,この処女小説 は,当初 は,
デカル トの 『 方法序説』の口語 フランス語へ の翻訳 となるべ きものであった。
しか し, そ こには脚色が あった。 クノーが訳 し始 めたのは, 『 方法序説』で は な く, イギ リスの詩人 J.ダンの 『 AnEx pe r i me ntu ) i t h Tz ' me
』で あった, とい うのである
。もっ とも, この潤色 は理解 で きる
。とい うの も, 当時求 め られていたの は,「自分 の方法 の規則 を説明す るためにラテ ン語 を放棄 した」
( 1 955リp. 68)デカル トのような人物 であったのだか ら
。いずれ にせ よ, これ は演出の問題 である
。重要 なの はこの告 白の動機 である。
なぜ今 になって,私 はこの ような訂正 をしようと強 く望 むのであ ろうか。
それ は, この ≪ネオ ‑フランス語≫ とい う問題が,重要性 を減 じた ように
思われ るか らである。 とい うよ りもむ しろ, この主題 について私が主張 し
た理論 は,事実 によって裏 づ けられなか った ことに気づいたのである。≪ネ
9 2
人 文 研 究 第91
韓オ エフラシ ス語≫ は, 日常 の言葉 において も文学的使 用 において も発展 し なか った。逆 に,後退 して しまった。≪書かれたフランス語≫は持 ち こたえ た どころか,補強 され さえした 。( Er t a. ,pp. 221 ‑ 2 22)
とはいって も,当初 か ら理論 に誤 りがあったわ けで はない。≪現代 フランス 語 の奇妙 な発達≫には,「 数年前 な らば,我 々 は正 当に も, フランス語 はひ と つの危機 に近づいてお り, それ は致命 的な もの となるだ ろう と,考 えること がで きた
」(
C. E. F. M. , p. 2 2 3) とあ る
。な らば, この ≪ 奇妙 な発達≫は何 に由 来 してい るのであ ろうか。別 にアカデ ミーの権威 が増 したわ けで はない。綴 り字 も相変 わ らず不合理 な ままである。それ は意外 な ところか らや って来 た。
≪テレビ≫で ある
。「 他 の人 たちが ( 一般的 に, ほ とん ど)正確 なフランス語 で 自己 を表現す るのをテ レビで見 るうちに, フランス国民 は, 自分 の自己表 現 の仕方 に気 を配 り始 めた
23)」( C. E . F. M. ,p. 2 2 4)
。イ ンタビュー を求 め られ ようものな ら,正 し く話 さね ば教養 を疑 われ る
。カメラを前 に して標準語 を 用 いねば笑 い物 とな りかねない。 こうして,≪民衆≫は ≪正 しい≫とされ るフ ランス語 を話す人々,例 えばアナウンサーの言葉 を無意識的 に真似 るように なった。 そ して後者 の ≪ 話 し言葉≫ は,学校 で教育 されている ≪書 き言葉≫
な‑ のである
。従 って,「日常 の口語 フランス語 は,しだいに,書かれた ものに 倣 うようになった
」(
C. E. F. M. , p. 2 2 5) と言 って も,逆説 にはな らない。蔓延 す る英語 もどきや過度 に刺激的 な宣伝言葉が フランス語 の ≪ 純粋性≫ を脅か して はいて も,≪ 民衆≫ は,結局 の ところ,多かれ少 なかれ,≪ 純粋≫ なフラ ンス語 を,すなわち,≪ 死語≫の運命 が約束 されているか に見 えた, あの ≪ 書 き言葉≫ を話す ようになった。 こうして, この新 たな状況 に置かれたフラン ス語 に ≪自然≫とい う語 を用 い る として も, それ は≪第二 の自然≫,すなわち,
≪習慣≫‑ 言葉 に絶 えず気 を配 るうちに獲得 された習慣 ‑ と言わね ばな ら ない。 ここに至 って,≪自然≫ と ≪ 人 間≫ との ≪ギ リシア的調和≫は, その微 かな希望 さえ永遠 に失われて しまったようである
。なに しろ,言葉 の≪自然≫
プレシュ‑
に ≪ 文体≫を与 えたの は,≪ 人間≫で はな く,≪テレビ≫とい う, い ささか高 価
レ‑モ ン ・クノーにおける ≪ギ 7)シア的調和≫ について
93
プ レ シ ュ ‑
な,いや,大いに気取 った ≪ 機械≫ なのだか ら。
証
*参照テクス ト及び略合 は以下の通 りである
。B. C. L. : Ra ymond QU E N E A U , Ba ^ t o ns , Ch z Hr e s e t Le t t y l e S, Gal l i ma r d ,
≪ I DEES ≫ , 1 9 6 5 .
V . G. : Raymo ndQuE N E AU , Vo y a gee nGr e L c e ,Gal l i ma r d,≪ NRF ≫ ,1 9 7 3.
E. G. C. : RaymondQU E N E A U , Ent 7 1 e t i e nsau e cGe o y ge sCh ar b o nm' e r , Gal ‑ 1 i mar d,1 97 3.
1 9 3 7 :≪ Ec r i te n1 9 3 7 ≫i n B. CL ,pp. l l ‑ 2 6 .
C. G. R. D. :≪ Conve r s at i o na ve cGe or ge sRi be mont De s s ai gne s ≫i nB. C. L. , pp. 3 5‑ 47 .
L. A. :≪ Langa geac ade mi que ≫i n B. C. L. ,pp. 4 9 ‑ 5 2 . 0. C . : ≪ oncaus e ≫i n且C. 上. ,pp. 5 3 ‑ 5 6.
C. V. C. :i tonnai s s e z ‑ vo usl eChi nook? : Mn B. C. L. ,pp. 5 7 ‑ 5 9 . I . P. S. :≪ Ⅰ lpo ur r ai ts e mbl e rqu' e nFr a nc e …≫i n B. C. L. ,pp. 61 ‑ 6 3 . 1 9 5 5 :≪ Ec r i te n1 9 5 5 ≫i n 且C上 ,pp. 6 5 ‑ 9 4 .
Eq. 1 :≪ Enque t e ≫i n V. G. ,p. 5 5 .
H. G. :≪ Ha r moni e sgr e c que s ≫i n V. G. ,pp. 5 6‑ 5 9.
M. Ⅰ . : ≪ Lamodei nt e l l e c t ue l l e ≫i n VG. ,pp. 6 0 ‑ 6 3.
A. C . : ≪ L' ai re tl ac ha ns o n≫i n V. G. ,pp. 6 4‑ 6 6.
R. Ⅴ. L . : ≪ Ler at ,l avi gnee tl el a r r o n≫i n V. G. ,pp. 6 8 ‑ 7 0 . Eq. 2 :≪ Enque t e ≫i n V. G. ,pp. 7 3.
Q. A. :≪ Qu' e s t ‑ c equel ' ar t ? ≫i n VG. ,pp. 8 9 ‑ 9 6.
E . L ∴≪ L' Ec r i vai ne tl el angage ≫i n VG. ,pp. 1 7 8‑ 1 8 6 . Er t a:≪ Er r at a≫i n VG. ,pp. 21 9 ‑ 2 2 2.
C . E. F. M. : ≪ Cur i e us e se vol ut i onsduf r a nGai smode r ne ≫i n V. G. , pp. 2 2 3 ‑ 2 2 6 .
94 人 文 研 究 第
91
輯(1)同 じ頃, ロラン・ バル トは, 「[ ‑‑・ ]作家が普遍性 の証人で あることを やめて不幸 な意識 とな るや ( 1 8 50 年 の ころだが),作家 の最初 の ミブ リは, 過去 のエ ク リチ ュール を引 き受 けるにせ よ拒 む にせ よ, そ うす る こ とに
よって 自分 の形式 の拘束 を選ぶ ことだった 」( 『 零度 のエ ク リチュール』,演 辺淳,沢村g E ] T J ‑釈,みすず書房, 1 9 71 ,p. 6) と述べてい る
。(2)Voi r≪1 9 37 ≫ ,p. 1 2;≪ 0. C. ≫ ,p. 5 5; 且 G. C. ,pp. 1 03 ‑1 0 5.
(3)Voi r 且 G. C. ,p. 1 04.
(4 ) ここで ≪ 標準語≫ ない し ≪共通語≫ とい うのは,≪ 専門用語≫,≪ 健吉≫,
≪隠語≫の使用 は 「 文体 的次元 の問題
」( 1 95 5. , p. 7 0) とされてい るか らであ る
。特 に ≪民衆 の言葉≫ と混同 されやすい ≪隠語≫に関 して は,「フランス 語 を隠語 に置 き換 える こ とが問題 なので はない こ とを十分理解 して欲 し い。隠語 はひ とつの言語 で は決 してな く,変化 に晒 されたひ とつの語嚢 に 過 ぎないのだか ら 」 ( 1 937. ,p. 1 9) と語 られてい る。
(5 ) その稀 な例 として, クノー は L. F. セ リーヌの 『 夜 の果ての旅』を挙 げて いる
。が, クノー はそれ を称賛 しつつ も,セ リーヌの口語的文体 は,散文 作家 のそれであ り,詩人 の もので はなか った と述べている 。Voi r≪1 9 37 ≫ , p.
1 8.
(6 ) クノー 自身が認 めてい るように,それ は結局「 書物 の上 だけ Li vr e s que 」 ( 1 937 . , p. l l) の もので あ り ( 我々 に とって は, だか らこそ重要 なのである が), その後 の兵役 ( 1 92 5 ‑1 9 27 ) が 「それ まで初歩的な知識 しか持 ってい なか った,民衆 の フランス語,隠語,パ リっ子 の言葉,方言 を教 える学校」
( 1 9 37 . ,pp. 1 4‑ 1 5) となった。
(7 ) この ソシュールに由来す る用語 は, クノー において は「 語 り,喋 ぎ,身 振 りをす る大衆 」 ( 1 95 5リp. 82) と拡大使用 されている
。(8 )ェスペ ラン トの ような ≪ 人工言語≫ は,「 見 た ところ, フランスの言葉 の一切 の模範,理想,尺度 であ り続 けてい る[ が,実 は違 う]」( L. A. , p. 5 0 )
とされてい る。
(9 )古典 主義 の書 き言葉 は今 で こそ ≪ 死語≫ と化 してい るが,「自らを構成
レ‑モン ・クノーにおける ≪ギ リシア的調和≫ について
95
す るにあたって,自然か ら大 いに恩恵 を受 けてい る」( E. L , p. 1 8 6) 。クノー が 「 人々 は常 に古典作家 を過去 の中に見 るが,彼 らを未来 の中に も見 る必 要がある 」 ( E. L リp. 1 85 ) と語 るの も, ここか ら理解 され よう
。( 1 0) 正確 に言 えば,「ロマ ン主義 は ,[ 1 6 世紀 の]プレイヤ ッ ド派 の詩人 たち の指針 に則 って, その [ ‑1 8 世紀 のフランス語 の]語嚢 を補完 したにす ぎ ない 」 ( 1 9 55. , pp. 7 0‑ 71 )
。真 に ≪ 破壊 的≫だったのは,後 に見 るように, ロ マ ン主義以降の文学 である
。( ll) ロラン・ バ ル トも 「 周知 の ようにマ ラルメの努力 のすべて は言語 の破壊 に向 け られ たので あって,文学 はいわ ば言語 の屍体 にす ぎな くな るはず だった 」( O p. c i t . ,p. 8) と述 べてい る。
( 1 2)Voi r≪ Q. A. ≫ ,p. 90 .
( 13) もうひ とつの分譲先 は ≪政治≫であった。 しか し, これ もクノーに とっ て は ≪言葉≫の問題 として とらえられてい る。「 本物 のプロレタ リアが本物 の言葉 で書 いた ことも時 にはあった。 しか し,彼 らはご く稀 だ。話 された 言葉で書 いた ( 書 こうと試 みた) のは, ほ とん どいつ も, ブル ジ ョワたち である 」( 0. C ワp. 54 )
0( 1 4) 別 の ところで は,「こうして文学 は, [ ‑‑・ ]映画や ラジオのように,早 なる気晴 らし と見 なされ るようになった。それ も,安上が りな気晴 らしと」
( Q. Aリp. 91 ) と述 べ られてい る。 もっ とも, ここで ≪ 安上が りな気晴 らし≫
とは,物質社会 において 「 せ いぜいの ところ 25 フラ ン 」 ( Q. A. , p. 91 ) で売 られ る ≪ 本≫で はあるが。
(15)
特 にクノー はシュール レア リスムには手厳 しい。「よ く吸収 されていな い科学 と詩 の混合物, あま り理解 されていない精神分析 と社会的作用, 自 分 の欲望 に都合 のいい ように調整 されたマル クス主義 と見せ掛 けだ けの弁 証法, これ らの ものの寄せ集 め もまた文学で はなか ろうか。 しか も, まさ
に語 の最 も悪 い意味 での 」 ( A. C. ,pp. 6 4‑ 6 5) 0
( 1 6) これ は文学 に限 らず,≪知的流行≫一般 も同様 で ある。 「 流行 の意味 は生
まれて は消 えることである
。それ は一瞬 を目指す。 しか るに,知的流行 は
96
人 文 研 究 第9 1
輯持続 したい と望 む とい う不幸 を有 してい る。 [ ‑‑]最近 の [ 歴史 の]動向 が大衆 に型塗 したその里 旦互 は,逆 に, この貯蛎 のように惨 い性格 をもっ て現れ,その効果 は,それ故,見せ掛 けだ けの虚 しい もの とな る 」( M , Ⅰ . , pp.
6 2‑ 63. 強調 はクノー)0
( 1 7) Voi r ≪ LA. ≫,p. 51 ; ≪ C. G. R. D. ≫,p. 45.
( 1 8) デセ一二 ュはクノーに対 して, この ≪離婚≫が,「 大衆 は生 きた言葉で 新 しい詩が啓示 され ることを期待 してい るにもかかわ らず,知識人 は思想 の役人然 とした一種 の死語 を書いている 」( C. G. R. D. ,p. 3 9) ことに由来 し てい るので はないか, と問 うてい る
。( 1 9) ロラン・ バル トはクノーの ≪口語 のエ ク リチ ュール≫ について こう語 っ てい る。「そ こか ら,あた らしい ヒューマニズムの可能 な領域が描 かれ るの が見 られ るだ ろう
。現代文学 の全体 を通 じて言語 を襲 ってい る一般的 な嫌 疑 に,作家 のロゴス と人々のそれ との和解が とってかわ るとい うことだ」
( Op. c i t . ,p. 78) .
( 20) クノー は,純粋主義者 に対 して,そ もそ もフランス語 は語尾変化や異態 動詞 な どを失 った 「ラテ ン語 の貧困化 」 ( 1 9 55. , p. 7 3) か ら誕生 したのだ と 反論 している。 それ にまた,≪ネオ ‑フランス語≫は,結果的 に,伝統的文 語 を も ≪ 擁護≫す ることになる。 「 正確でアカデ ミックなフランス語 の信奉 者 たち は, あ くまでそれが唯一 の ものであって欲 しい と望むな らば, その 堕落 を防 ぐことはで きないであろう
。逆 に,新 しいフランス語 に, ネオ ‑ フランス語 に,新 しさの もつダイナ ミズム,新 しさの膨張 の一切 を委ね る な らば ‑ 一方の不純性 は他方の正確 さ となるのだか ら‑ ,この時,本来 の意味でのフランス語 は,時間の攻撃 を免 れ, その永遠 の純粋 さを保 つで あ ろう 」 ( 1 95 5. ,p. 67) 0
( 21 ) クノー による綴 り字 の試案 について は, ≪1 9 37 ≫ ,pp. 2 2 ‑23. を参照 の こ と。
( 2 2) 今 回 はクノー をして フランス語 の改革,とい うよ りも,ネオ ‑フランス
語 の創造へ と向かわせ た言語思想 を問題 としてい るので, 具体的な方策 と,
レ‑モ ン ・クノー における ≪ギ リシア的調和≫ について 97