大田 肇*
はじめに一当該論文の位置づけ一
この論文は、「1980年代のイギリス軍事法1」
(『津山工業高等専門学校紀要』第40号、1998年)
の続編である。したがってその研究範囲は、時間に おいては前編と同じく1986年軍隊法まで、内容に おいては軍人に関する軍法会議の問題に限定される。
民間人に関する軍法会議の問題は、次回に取り上げ る予定である。
第1章軍法会議とは
1869年、軍隊における軍法会議の構成・機能を 調査するため任命された委員たちは、以下のような 説明をおこなった;普通裁判所よりも軍事活動の緊 急性により適合し、例外的存在であるこの審判所の 必要性は、まさに太古から、すべての国家において、
あらゆる政治体制の下で、認められてきたように思 われる、と1。
軍法会議という審判所制度は、1688年以来約200 年間、毎年制定され続けた反乱法それぞれに含まれ ていた犯罪の拡大に対応するために発展してきた。
軍法会議は主としては軍事それ自体に関係した ものであったが、次第に一般の刑法犯罪に関する事 件をも裁くようになった。ひとたび、軍法会議がこ
の役割を引き受けると、それは単なる規律
(Discipline)のための機関であることをやめ、普 通裁判所の役割も担うようになった。
第2章軍事法に対する責任の期限
正規軍の、又は予備軍のメンバーとして任務に就 いている期間、彼(彼女)は軍事裁判所管轄権に服 する。したがって、国防義勇軍(The Territorial Army)のメンバーは、訓練を受けている期間、軍 事法に服するし、家に戻れば、それに服さない。1954 年までは、軍隊を除隊したメンバーは、除隊時に軍 事法に服することをやめ、軍法会議によって裁かれ ることはなかった。
R. v. Governor of Wormwood Scrubs, exp.
Boyde11事件2においで、将校が軍法会議による裁判 にかけられ、横領罪有罪、懲役刑を言い渡された。
原稿受付 平成12年8月30日
*一ハ学科
将校は以下のような根拠にもとづき、人身保護令状 によって、高等法院へ控訴した;彼が軍法会議によ って裁かれた時は、彼はもはや軍事法に服してはい なかった、と。このいわゆる Boydellの隙間 と は、結審するまでにかかるいくらかの時間のことを 意味する。このような事案に対して、軍事法に服す ることをやめた後も軍法会議によって裁かれなけれ ばならない期間として6ヶ月を設定するというやり 方が取り入れられた。
軍事法への引き続く責任がもたらした重要な影 響のひとつが、国防義勇軍のメンバーは訓練期間の 終了後、帰宅すること、つまり軍事法に服すること をやめてから、3ヶ月間は、司令官による処分を受 けるべき立場にとどまることであり、もしもその犯 罪が重大なものであるならば、彼(彼女)は、6ヶ 月以内であれば、軍法会議によって裁かれるという
ことである。
軍事法に服することをやめた後でも、これらの期 間内であれば、まだ軍隊のメンバーであるかのよう に、軍事当局によって、裁かれるのである。つまり、
彼(彼女)は訴追され、勾留され、裁判にかけられ、
刑を言い渡させるのである。このようにして、規律 が、軍隊のメンバーの勤務最終日まで及ぶことが可 能になるのである。
第3章軍事犯罪
勤務規律法(the Service Discipline Acts、つまり Army Act 1955, Air Foree Act 1955, Naval Discipline Act 1957の3法)には、様々な軍事犯罪 が規定されており、特に軍事分野での雇用と一般の 雇用との性質上の重要な差異が、はっきりと示され ている。例えば、いくつかの犯罪が注意を引く。兵 士は、もし合理的な理由なくして、任務遂行に従事 できなかったなら、任務遂行において不注意であっ たなら、仮病をつかって怠けたなら、公共財を破損 させたり紛失したりしたならば、犯罪を犯すことに
なる。
規律を保つという最優先課題と深く関連する軍 事犯罪は、1955年陸軍法(Army Act 1955)第69 条に規定されている。この条文は次のように規定す る;軍事法に服する者が、何らかの作為、不作為そ の他によって、適切な命令及び軍事規律を侵害する ならば、軍法会議によって有罪判決を下され、2年 以内の懲役又はこの法律が定めるより軽い刑罰に処
せられる、と。この罪は、禁止しようとする作為又 は不作為の形を明確に提示していない点において、
まさに異例のものであるが、the Manual of Military Lawがその内容を示している。任i務の未遂 行に加えて、軍用車両の不正使用、部下からの不適 切な金銭借用が、懲罰に値する有責性をもつと見な
されている3。
この条文は、1980年代になって軍法会議控訴院 の注目をひくようになった。そのひとつであるR.v.
Davies and Hamilton事件4は、2人の兵士が、旧 西ドイツにおいて一般の劇場に侵入し、市民所有の 何枚かの絵・エッチングを盗んだ事件であった。こ の事件の軍法会議において、彼らは、不法目的侵入
(burglary)に関しては無罪となった、なぜなら、
彼らは所有者からその財産を奪うという意図を一貫 して持っていなかったと、軍法会議が認定したから である。しかし、彼らは第69条によって、有罪と された。控訴人たちは、この罪は勤務を妨害するこ とによってのみ生じるのであり、市民の財産を侵害 した時には生じないと主張した。控訴院は次のよう に考えた;控訴人たちの行為はホスト国においてゲ スト国の軍隊のメンバーによってなされたものであ るから、適切な命令及び軍事規律をそこなうもので あったと軍法会議が認定した証拠が存在している、
と。
1955年陸軍法第70条は、イングランド法によっ て処罰しうるいかなる犯罪についても、それがイギ リス国内で生じようと、その他の地で生じようと、
軍人を起訴できるようにするものである。この条文 の第1項は次のように規定する;軍事法に服する者 が普通犯罪(civi1 offence)を犯したとき、それが連 合王国内であろうと他の場所であろうと、この条文
に反する犯罪として有罪になる、と。したがって、
兵士は、ベルリンにおいてドイツ人タクシー運転手 を殺害した事件でも、イングランドにおいて同僚兵 士から小切手帳を盗んだ事件でも、ともに軍法会議 によって裁かれるのである。第70条は兵士が行く ところであればどこでも、その規律規則に、刑事法 すべてを付け加えるものである。1962年、軍法会議 控訴院は次のような控訴人の主張を検討した;旧西 ドイツの道路において不注意運転をしていたからと いって、1955年陸軍法第70条にもとづいて、彼を 訴追することはできない、なぜなら、道路交通法(こ の法律が当該犯罪を規定している)は、イングラン ド・ウェールズの道路を前提に規定しているからで ある、と。控訴院は、当該犯罪は 翻訳可能 なも のであり、70条にもとつく起訴の根拠となりうる、
と判断した5。
軍隊における犯罪の、一般には見られない特徴の ひとつが、関連する事情を熟知している兵士の司令
官によって、その兵士の犯罪が大目に見られる
(condone)ことである。1名の公務員に、不起訴 の決定のみならず、国内法を不要にする権限を与え るような規定は、一般の社会には存在しない。ある 兵士の犯罪が適切に大目に見られたなら、もしも後 日、彼(彼女)が当該犯罪によって起訴されたとき、
被告人はこのことを軍法会議による裁判の禁止事由 として、申し立てることができる。Lawton裁判官 は、次のように述べるとき、軍法会議控訴院を代弁 することとなった;犯罪を大目に見るという裁判権 は最も稀なものであるということを強調しておきた い。それは、事実上、法違反の結果から兵士を除外 する権限であり、1688年権利章典によって国王の大 臣たちから、国会の権限にもとつく場合を除いて奪 取された権限である。国会がこの権限を司令官に与 えたとき、おそらくは軍事法に服する者たちが実戦 任務についているとき、特に作戦行動を遂行してい るとき、一般の又は軍事上の犯罪を大目に見ること は、軍事的効率性を保障するために必要と考えたの であろう、と6。
イギリス国内で刑事犯罪を犯した兵士は、文民当 局及び軍事当局によって、起訴されることになる。
2つの例をあげる。第1の例では、兵士が町の大通 りの商店から商品を盗む、第2の例では、兵士が陸 軍倉庫からガソリンを盗む。どちらの例でも、彼(彼 女)は民間人と同じように起訴されうる。が、彼(彼 女)は、陸軍法第70条にもとづいて起訴されるこ とにもなる。陸軍当局は、彼(彼女)が有罪の場合 には軍事刑罰を科しておきたいと思うだけでなく、
兵士が普通裁判所において起訴されるならば、作戦 遂行に生じるであろう弊害を防ぐためにも、この事 件を何としてでも処理したいであろう。他方、警察 は、その管轄区域内で発生した犯罪に関するその権 限を軍隊に譲り渡そうとはしないであろう。裁判所 は、裁判管轄権をめぐる対立が生じるかもしれない 場合、まさに実践的なアブn・一チを採用してきた。
王座裁判所首席裁判官は、1950年の事件で、次のよ うに述べた;公共物又は兵舎に関連して兵士が犯罪 を犯した場合、…それを処理する適切な人物は、司 令官である、と7。内務省回覧(Home Office Circular)はそのガイドラインを示して、次のよう に述べる;人、市民の財産に関する軍人の犯罪は、
普通裁判所によって裁かれるべきである、と8。し たがって、上記の第一の例の兵士と同じように、警 察官によって暴走運転を止められた兵士は、普通裁 判所に出廷することになる9。この回覧の中で、軍 隊の作戦遂行上の必要性は、無視されてはいない、
つまり、海外に配置されている軍人が、その部隊と ともに移動することを妨げられることは望ましいこ とではないと明記しているlo。この場合、その犯罪
が軍法会議によっては裁判できないほど重大なもの でない限り1ユ、裁判管轄権は軍事当局に与えられる であろう。つまるところ、犯罪が勤務中の軍人によ って、又は軍隊の区域内で生じた場合(被害者が市 民だったとしても)、軍事当局がその裁判権を有する
ことになる。
艦船が戦闘準備最終段階にあるときにも)…t5。さ らに、帝国海軍における広範囲の略式命令が、陸軍・
帝国空軍におけるそれと同じ範囲まで限定されたな らば、帝国海軍における軍法会議の件数は、1年単 位で40件ほどから200件ほどに増加するであろう
と見積もられた16。
第4章軍法会議と略式命令
軍法会議は、そこに持ち込まれる事件のたびに特 別に設けられなければならない裁判所である。この ことは、軍法会議は召集将校(convening officer)が 命令するいかなる場所、いかなる時期にも設立され
る、つまり陸軍の作戦遂行上の必要により適合する ためにつくられることを意味している。ある1年間 の軍法会議の件数は、陸軍における規律の状況、事 件処理の効率性に関して、1つの指標を提供する。
1867年に23,53512、1937年に215813、1986年 に84514の軍法会議が開かれた。大枠において、こ の数字の劇的な減少は、陸軍の戦力そのものが初期 の水準から大きく減少していること、及びすべて志 願兵になったことによって、説明されるであろう。
しかし、同じように重要なことに、裁判管轄権が、
軍法会議から、広範囲の犯罪を即決で処分し事実上 の懲罰を加える権限を有する司令官に移行したこと があげられる(特に1976年軍隊法がその権限範囲 を拡大した)。この略式命令は、事件のより迅速な処 理、したがって部隊の活動へのより少ない弊害とい う2重の利点を生み出し、軍法会議の件数を減少さ せることとなった。
これらの利点は、帝国海軍一ここでは、司令官 の略式命令権限は陸軍・帝国空軍におけるそれより も広範なものである一において採用されている手 続において、はっきりと見ることができる。1986 年の特別委員会では、次のように述べられている;
海軍軍法会議においては、その議長は被告人が勤務 していた艦船以外の艦船の艦長でなければならない し、その他のメンバーは少なくとも2隻の艦船から 選ばなければならない、と。そこではさらに、法律:
家と証人が出席するということ、及び 戦艦が、し ばしば単独航海をする、長期間母港から離れる、過 密な日程にしたがって海上に配置されるという状況 の中で、その大半の時間を過ごしている という事 実も、考慮しなければならなかった。 艦船が配置さ れるときに軍法会議を準備・開設することは、ほと んど実践的ではない という結論が導かれた。司令 官の略式命令がなければ、多くの事件の裁判はその 運営において遅れを生じさせるであろう、その結果、
小さな艦船の中での規律とモラルを保たせるための 司令官の指揮能力を弱めることになるだろう(その
第5章軍法会議の種類
陸軍・帝国空軍の軍法会議には、普通軍法会議と 地区軍法会議の2種類がある。3番目として野戦普 通軍法会議が存在しているが、これは単に普通軍法 会議の1つであり、他の種類の軍法会議によっては、
その事件を任務遂行に深刻な弊害を与えることなし に裁判することが不可能の場合、召集されるもので
ある。
普通軍法会議は、少なくとも任命されてから3年 たっている議長と4人の他の将校から構成されてお り、地区軍法会議は、議長の他に、少なくとも2年 間勤務している2人の将校によって構成されている。
普通軍法会議・地区軍法会議は、主任法務官のスタ ッフである法務官によって補佐される。法務官は、
大法官によって任命される法曹資格を有する独立し た公務員であり、したがって軍隊の指揮命令系統に 属するメンバーではない。
召集将校は、検察官(通常は陸軍法規部のメンバ ーであり、法曹資格を有する)を任命する。兵士が 被告人となる事件においては、被告人は彼(彼女)
自身でその経費を支払うか、又は国防省が運営して いる訴訟扶助に申し込むか、どちらかによって法律:
家の参加を求めることができる。1985年、陸軍にお いては、訴訟扶助の申し込みのうち93%が認められ たが、すべての軍法会議の36%だけが、訴訟扶助制 度にもとつく弁護人によって弁護がなされた。帝国 空軍のこれらに該当する数字は、それぞれ97%、
69%であった17。これらの数字は、以下のことを示 唆する;訴訟扶助の申込は、勝訴の可能性の高い場 合、非常に重大な事件である場合、それほど重要な 事件でなくてもその弁護に法的主張が含まれる場合 にのみなされる、と18。法曹資格を持たない将校も、
弁護する法律家が不在の場合、被告人に代って弁護 することになる。
軍法会議は、通常、公開裁判であり、イングラン ド刑事裁判所での裁判方式に、ほぼ従っている。被 告人は軍法会議のメンバーに対して、何らかの合理 的な根拠にもとつく異議申立をおこなうことができ る、例えばメンバーの1人は被告人に対して偏見を 抱いている、だからこの軍法会議は彼(彼女)を裁 判する裁判権を有していないと主張することができ る。このような申立は、被告人が軍事法に服する者
ではないこと、当該犯罪は、すでに彼(彼女)の司 令官によって大目に見られたものであること、すで に普通裁判所によって当該犯罪の裁判を受けている ことの主張によっても、なされる。
第6章軍法会議における審理と法務官
軍法会議の裁判が開始されると、普通裁判所と同 じ証拠ルールによって進められる。法務官の働きは、
同じではないが刑事裁判所裁判官のそれと類似して いる。法務官は軍法会議に対して法律及び手続に関 して助言し、その審理の最後にまとめをおこなう。
法務官はまた、議長の指示にもとづき、及び軍法会 議メンバー欠席の場合、証拠の許容性を判定する。
この役割の重要性は、弁護人が自白の証拠能力に異 議を申立てた場合に示されるであろう。法務官がそ の証拠能力を判定しそれには証拠能力がないと決定 すれば、軍法会議は2度とその証拠を審査すること はないし、検察官はその証拠なしで当該事件を立証 しなけばならない。1956年、王座裁判所首席裁判官 は、次のように説明した;法務官の立場は、正確に は裁判官のそれではない。法務官は、裁判官がその 主宰する法廷において有するところの権限を軍法会 議おいては有していない。…私は軍法会議のメンバ ーに対して無罪放免を命令する法務官を想像するこ とはできない、と。首席裁判官は軍法会議の性質に 関する考察を続け、次のような結論を下した;私は それが陪審に類似しているとは思わない、軍法会議 と陪審又は治安判事との間には、真の類似はない、
それは独自な(sui generis)裁判所である、と19。
軍法会議は、その認定(finding)を検討するため に閉廷され、法務官も不在となる。軍法会議の階級 の最も低いメンバーから意見を述べ、次の階級の者 へと続く。その認定は投票による多数決によってな され、もし有罪判決ならば、その認定は召集将校に よる確定(confirmation)に服することになる。こ の確定では、主任法務官から法的助言がなされる、
したがってこの確定は、裁判が法にもとづいてなさ れるための重要な保障となる、と主張されている20。
軍法会議が刑の宣告を検討じているとき、法務官 は適切な程度の助言をなすため、出席するであろう。
法務官は、同様の犯罪に対する刑罰の範囲に精通し ているのみならず、被告人が陸軍法第70条にもと づいて有罪とされた場合には、普通裁判所における 刑の宣告のやり方をも知っているからである。この 刑の宣告もまた、召集将校による確定に服する。
第7章軍法会議で下される刑罰
軍法会議で下される刑罰の範囲は着実に広がっ
てきたし、長年普通裁判所に与えられてきた柔軟性 をも反映してきている。1955年陸軍法の形式は、厳 しさの低い順に可能な刑罰を並べていくという、ま さに初期の反乱法に遡ることのできる体裁である。
最も厳しい刑罰は死刑であり、5つの罪(反乱、下 野助、交戦中の重大な違反行為、作戦行動の妨害、
反乱鎮圧の解怠)のどれか1つに対しても、科すこ とができる刑罰である。長年にわたり、軍隊法案特 別委員会は、国防省に対して、普通刑罰から死刑が なくなっていくなかで、軍隊で死刑を維持していく 正当性を明らかにするよう求めてきた。1986年の特 別委員会へ、次のことが知らされた;NATOの7力 国が死刑を廃止しているが、残りの7か国は平時か 又は戦時かに死刑を有している、と21。1955年置 軍法の5つの死刑に該当する罪のうち、4つは 敵 蓄助の意図 をもってその罪が実行されることを求 める。この語句は、被告人がドイツのために放送す ることによってドイツ当局を助けたという1947年 のR.v. Steane事件22において、裁判所によって考 え出された。刑事控訴院は、被告人は敵を助けると いう意図を持っていなかった、彼の目的は家族を守
ることだけであった、と決定した。 意図 の意味と して現在与えられている解釈からは、Steaneと同じ 立場の者が必ず無罪放免になるとは、言えない。し たがって、死刑の執行は、 敵 という語句に与えら れる意味に依存することになる。1955年陸軍法第 225条においては、 我が帝国軍に敵対する軍事行 動に従事しているすべての者である、及びすべての 武装化した反乱兵・反逆者・暴徒及び海賊をも含む
と定義されている。この定義をより明確化するため に様々な試みがなされてきたが、成功しなかった23。
この定義は、北アイルランドにおいてIRAを二丁す る意図を持って、1982年のフォークランド諸島にお いてアルゼンチン軍を蓄助する意図を持って、イギ リス国内において陸軍兵舎を攻撃している武装した 暴徒を常助する意図を持って、ある行動をとった兵 士を死刑に処すには理論的には十分であろうが、国 防省は、平時に死刑を執行するつもりはないと、主 張してきた24。イギリス軍の死刑存続に関して常識 的に示されてきた理由は、次のようなものである;
命令に従う結果いつでも殺されるかもしれないとい う戦場においては、兵士は犯罪者に変身しうる可能 性を秘めており、懲役の恐れぐらいで敵を蓄下する
ことを思いとどまるとは考えられない、とするなら ば、死刑は唯一の究極の抑止力になる、と25。1939 年以来、49人の軍人に対して死刑執行がなされてき たが、最後の執行は、1953年であった26。
軍法会議による刑罰を厳しさの低くなる順に並 べると、懲役(imprisonment)、拘留命令(custodial order)、免職(dis皿issal)、拘禁(detention)、年功剥
奪(forfeiture of seniority)、降格(reduction of rank)、
罰金(fine reprimand)、賃金支払停止(stoppages from pay)、さらに軽い刑、となる。これらの刑罰は、
普通裁判所としての軍法会議の立場のみならず、雇 用主及び規律維持の必要性を主張する機関としての 軍法会議の立場をも、反映している。
第8章異議の申立て
軍事法制度においては、軍法会議によって有罪判 決を受けた兵士には、事実認定の妥当性又は宣告さ れた刑罰の種類に異議を申立てるため、多くの道が 開かれている。これらの道は、普通裁判所における よりもはるかに広範囲のものであり、裁判に慣れて いない素人の働きにかなりの程度依存している軍法 会議という制度が偏った決定を下すことを防ぐため に、発展してきたものである。すべての事件におい て、採用されている手続は、被告人に有利にのみ働 くことができ、いかなる段階においても、彼(彼女)
の刑を重くすることはできない。
軍法会議によって有罪が決まれば、兵士は、その 有罪決定に関して又はその刑罰に関して、あるいは そのどちらに関しても、確定将校(confirming officer)に請願することができる。確定将校は、主 任法務官の助言を求めるであろうから、この請願は 軍法会議の手続そのものに追加されたものと見なす ことができる。
確定将校の権限は、控訴院が有する権限とよく類 似していて、特にその事実認定が危うい又は不十分 なものであるなら、その確定を留保することができ る。したがって、確定将校は、主任法務官からの助 言に照らしながら、当該被告人は有罪と決せられる べきではなかったという彼(彼女)の見解を軍法会 議の事実認定と差し替えることができる。これに加 えて、有罪の認定及び刑罰の宣告は、それらが確定 された後、自動的に再審査されることになっている。
この再審査をおこなうのは、確定将校の指揮命令系 統上の上級将校であり、有罪の認定を破棄する、又 は宣告された刑罰を軽減するという広範な権限を有 している。被告人がその有罪決定又は刑罰に異議を 申立てるいかなる道を選択しようとしまいとに関わ らず、確定と再審査は実施される。
軍法会議によって有罪判決を受けた軍人は、軍法 会議控訴院へ控訴するかもしれない。この軍法会議 控訴院は、1951年に、このような裁判所は必要ない とするいくつかの政府委員会の忠告にもかかわらず 設立されたものである27。控訴は権利としてなされ るのではなく、有罪判決を受けた軍人が国防会議へ 請願をおこない、その請願が拒否され、控訴院が控 訴の許可を与える場合のみ、なされる。この場合、
控訴院は、主任法務官の意見を求めるであろう。し かしながら、控訴院が審理できるのは事実認定につ いてであり、宣告された刑罰に関する裁判権は持た ない。それは確定及び再審査の手続に完全に委ねら れた事項である。その他の事項に関しては、控訴院 の権限は、刑事裁判所からの控訴を審理する控訴院
(刑事部)に類似している。
軍法会議控訴院の重要性は、被告人が、彼(彼女)
に対する有罪判決は間違っていると主張できる場を 提供するという事実にのみならず、普通裁判所に、
軍事法制度を監視させることができることにも、存 在している。軍法会議控訴院の裁判官たちは、刑事 裁判所からの控訴を審理する裁判官たちであり、し たがって軍隊の指揮命令系統には属していない。
第9章略式命令
すでに述べたように、司令官自身が処分を決定す るという略式命令は、軍法会議の負担を軽減しよう とする試みの中で、その範囲を拡大していった。司 令官は、死刑に該当するような重大な罪又は職場放 棄を除いて、広範な軍事犯罪を裁判することができ るし、同時に、1955年陸軍法第70条によって起訴 された多くの普通犯罪を処分する権限も有する。し たがって、窃盗、無免許運転、刑事損害賠償、脅迫、
薬物不法所持、道路交通法関連の罪の起訴によって、
兵士は、その司令官の前に連行されることになる。
司令官がその事件を審理した後、有罪であり自由 の拘束又は罰金をともなう刑罰を科せられるだろう と考える場合には、被告人に軍法会議による裁判を 選ぶ権利を与えなければならない。司令官は、その 上級機関の許可を受けて、60日以内の留置、28日 分の賃金を上限とする罰金、及び司令官自身の判断 で、謎責(reprimand)及び降格などの一定の処罰 を、 裁定(award) することができる。司令官に よって有罪と決定されれば、軍法会議へ訴えること はできないし、その事実認定及び刑罰の宣告は確定 将校による確定には服さない。司令官の前での手続 は、治安判事裁判所とは全く異なっており、被告人 に弁護人は付かず、起訴事実に対する答弁もなく、
証拠法は採用されず、公開もされない。しかし、確 定将校の指揮命令系統上の上級将校による再審査は おこなわれる。
司令官による略式命令は、それに服する者たちに 受け入れられているとする意見28と、司令官によっ て悪用されているとする意見29とが対立している。
略式命令は、被告人が軍法会議での審理を選択する ことができたにもかかわらず受け入れたものである としても、その決定に対して何ら異議申立てをする 手段がないというそのあり方には、検討の余地が残
るであろう30。
〈注〉
第10章まとめ
軍法会議が普通犯罪にもとつく起訴を審理して いるとき、それは疑いなく法の裁判所として機能し ているのであり、単に規律のための機関としてだけ ではない。現在の志願制の軍隊において、軍事法制 度が兵士にとって公正以上の何かであることを、司 令官が望んでいるとは考えられない。軍隊のメンバ ーは、一一般的には、彼(彼女)等が服する法制度に 不満をもってはいない、とも主張されている。軍隊 のメンバーの諸権利は市民のそれと同じではない、
しかしそれは彼(彼女)等の仕事も、その雇用の性 格もそうである、と31。
裁判に関する軍事法制度と普通の法制度との主 たる違いは、陪審の有無にある。起訴された軍人は、
将校たちによってのみ裁判されるので、下士官
(non−commissioned officer)も軍法会議のメンバ ーとして出席することが許されるべきであるという 主張が、時々なされてきた。一方で、公正さは、被 告人が その同輩によって裁かれる ことを求めて いると主張され、他方では、現行制度を変更すべき だという声は軍人の間にはないし、軍法会議メンバ ーの役職は、それにふさわしい訓練を受けている将 校によって、うまく対応されていると主張されてい る32。1981年軍隊法案特別委員会に続いて、3軍に おいて審議会が開催されたが、改革への動きは示さ なかった33。
軍法会議は法制度の枠内で普通犯罪を裁くもの だとするならば、普通裁判所に対して、軍法会議が その裁判管轄権なしで又はそれを越えて審理をしな いよう保障するため、それを監督するという重要な 役割が期待されるであろう。わかりやすい例は、軍 法会議が軍事法に服さない者を裁判しようとした場 合である34。しかし、高等法院は、兵士の市民的権 利(civil rights)が関係しない限り、介入すること
を回避しようとしてきた35。このようなアプローチ を採る理由は、間違いなく、高等法院が軍隊内部の 細かな点に関わり合うことを望まなかったからであ る。有罪とされた兵士がその決定には過ちがあった と主張する場合、これは、主任法務官が確定将校、
又はその上級審査当局に助言できるものである。こ の問題に関する明白な事実は、1951年の軍法会議控 訴院の導入によって、軍法会議がその制定法上の権 限を踏み越えないよう保障するという高等法院の役 割は、その重要性を失いつつあるということである
360
1Court・Martial Commission,Second Report,1869これは Peter Rowe, DEFENCE The Legal lmplications,1987 Brassey s, P 15からの再引用。
2 REX v. GOVERNOR OF WORMWOOD SCRUBS PRISON.
Exparte BOYDELL [1948]2KB., R 193
3 Peter Rowe, DEFENCE The Legal lmplications,1987
Brassey s, P.16
4 R. v. Davies(Nicholas);R. v. Hamilton(Robert) [1980]
Crim.L.R., P.582
5 REGINA v. Cox [1962] 2 W.R.L, P. 126
6 REGINA v. BISSET [198011W.L.R., P,339−340 7 JOHNSON KORCUP [1950]34 Cr.App.R., P.151 8 Extracts from Home Office Consolidated Circular to the Police on Crime and Kindred Matters.これは、 Special Report
from THE SELECT COrmlTTEE ON THE ARMED
FORCES BILL Session 1985−86 H.C.170、 P203・204に付録 資料として掲載されている。
9前掲8
・o前掲8
11イングランド国内で生じた反逆罪、謀殺罪、故殺罪、重罪反 逆罪、強姦罪など。
12Reports from Commissioners 1868−9,vol.VII。 これは Peter Rowe, DEFENCE The Legal lmplications 1987 Brassey s, P.19からの再引用。
i 3 Report of the Army and Air Force Court Martial
Committee (the Oliver Committee) (1938), Cmnd. 6200, P.6.
i 4 Special Report from the SELECT COMMITTEE ON THE ARMED FORCES BILL Session 1985−86 H.C.170, P.210
・5前掲14、P228 16前掲14、P229 17前掲14、P210 18前掲3、P20
i9 REGINA v. LINZEE [1980] 1 W.L.R., P.314・315
20前掲3、P21 21前掲14、P84
22 REX v. STEANE [1947] 1 KB., R997
23前掲14、P15 24前掲3、P22
2 5 Special Report from the SELECT COMMITTEE ON THE ARMED FORCES BILL Session 1980−81 H.C.253, P60
26前掲25
2 7 Report of the Army and Air Force Court Martial
Committee(the Oliver一 Committee)(1938), Cmnd.6200,第 . 21段落。これもPeter Rowe, DEFENCE The Legal Implications 1987 Brassey s, P23からの再引用。
2 8 Special Report from the SELECT COMMITTEE ON THE ARMED FORCES BILL Session 1975−76 H.C.429,第547 段落
29前掲14、P.72
3 O Peter Rowe, MILITARY JUSTICE WITHIN THE BRITISH ARMY, Military Law Review, Vol.94 1981, P.133 31前掲3、P.26
32前掲3、P26 33前掲14、P200・201
3 4 Stanley de Smith and Rodney Brazier, Constitutional and Administrative Law (seventh edition) 1994, P.228
3 5 O.HOOD PHILLIPS and PAUL JACKSON,
Constitutional and Administrative Law (seventh edition)
1993, P.352・353
36前掲3、P.26
付記:(財)ウエスコ学術振興財団・海外渡航費用助成による2 000年2月の約2週間のロンドンでの資料収集が,この 論文に活かされている。改めて感謝したい。