︑
唯 物 史 観 の 相 封 性
1
室 谷 賢 治 郎
學者の如く説かず権威ある者の如く言ふ者は吾等凡人には幾多の問題を残す︒マルクス竜此の例
に漏れ澱︒今日學徒のマルクスを親る甚だ径庭がある︒或は之を以て絶大の箕理を傳ふるものと爲
し其の學説を愈崇高ならしめ︑或は之を目し虚妄採るに足らずとして其の理論を排撃し去らんとす
る︒例へばセリグマンの如きはマルクスを﹁経濟科學の全史に於てりヵルドオを除き是以上濁創的
であり有力であう怜倒である智者は無かつだ﹂uりと稻揚して居るに反し︑アシユγ‑の如きは﹁カ
ール・マルクスば大才ある人であつだが︑併し外観程に博學で竜濁創的でもなかつカ﹂㈲と言明し
て居る︒然るに上のセリグマンと錐も叉ブウデインの如き論者より見ればマルクスに封し十分の奪
敬と理解とを有するものとは見られ澱かの如くである︒③畢覧︑マルクスに劉する殿轡褒疑は透明
唯物更観の相劃性三一九
商學討究第三巻(下)三二〇
なる批制の光に照して後始めて下すべきであらう︒
(註)マル〃スに封すろ評言な尚二三の學者工り聴くに歴史學派経濟學の創唱者として知らうろロツシヤーの日く︑﹁理論的に拭
オ能あるも怜倒ならざりし此の入は︑複雑なる現象な其の軍純なる構成要素に還元し得なかつ六﹂と︒ω而して此のロツ
シヤーの言の裏書な爲す者にゾムバルトがあるo㈲
叉︑襖太利學派経濟學者ボエム・バヴエルグはマル〃スな呼ぶに﹁哲學上の天オ﹂﹁第一流の知力者﹂な以てして居り︒⑥他方
数理學派の経溺學者パレトはマル〃スの叙蓮な鼠に肯うところあり同時に鳥にも類するところある蟷幅に喩へて居ろ︒ω
改めて言ふ懐でも無く唯物史観はマルクスの學説に於て極めて重要なる地位を占むるものであ
る︒マルクス自身之を以て﹁一朝獲得した上は自らの研究に導索として役立つπ一般的成果﹂㈲と爲
して居るによつても明かであるが︑爾カウツキーと共にマルクス學の最高峰を偶すベルンシユタイ
ンの如きは︑﹁マルクス主義は原理上唯物史観と共に立ち共に倒れる竜のであう︑之が制限を受ける
程度に鷹じて爾鯨の要素の地位も相互に影響を蒙る︒夫故︑此の理論が果して妻當性を有するや否
や嚢た如何なる程度に於てなりやの問題よう出登してマルクス主義の當否を研究せねばならぬ︒﹂⑨
と言つてゐるのである︒然るにマルクスは此の史観を表現するに頗る不明の黙を残し︑時としては
矛盾せる如き言僻を用ひカる爲め︑解繹上幾多の疑義を生ぜしめ︑ツガン・バラノゥスキーをして
﹁唯物史観は其の批剣をば其の内容の確定と共に始めねばならぬ所の學問的構造を有すし㈹と喝破
'
せしむるに至つπのである︒
傍て吾等は唯物史観を批制せんが爲めに先づマルクスが唯物史観を如何機に表明しπかを彼の著
の中よわ摘出して︑其の使用せられπる概念を槍討せねばなら澱︒此の揚合必ず引用せられる竜の
はマルクスが一入五九年に著しπ﹁経濟學批剣﹂序文中の次の一節である︒曰く︑﹁人類は彼等の生
活の肚會的生産に於て︑彼等の意志よう濁立せる︑一定の︑必然的の關係︑即ち彼等の物質的生産
力の一定の登展段楷に適慮する所の生産關係を結ぶ︒(註)此の生産關係の総和は肚會の経濟的構造
らを形成し︑之は法律上及び政治上の上暦建築が建立せしめられ︑且つ一定の祉會上の意識形態が適
鷹する所の現實の土皇である︒物質的生活の生産方法が肚會的︑政治的乃至精紳的の生活過程一般
を制約する︒人類の意識が其の存在を決定するのではなくて︑寧ろ反封に彼等の祉會的存在が其の
意識を決定するのである︒然るに肚會の物質的生産力は︑其の登展の一定の段楷に於て其のものが從
來其の内に活動してゐ尤所の當時の生産關係或は畢に其の法律的表現に過ぎ漁所の所有關係と衝突
を來す︒斯くて此等の關係は生産力の登展形式より漫じて之が束縛となる︒是に於てか肚會革命の
時代が到來する︒経濟的基礎の愛動と共に互大なる上暦建築の全部が或は徐々に或は急激に憂革す
る︒斯かる灘革を観察するに當つては自然科學的に忠實に確謹し得べき︑経濟的生産條件に於ける
唯物史魏の相罰性︒三一=
商學討究第三巻(下)亀三二二
物質的礎革と︑人類が此の衝突を意識して戦ひ取る所の法律的︑政治的︑宗敷的︑藝術的︑將π哲學
的︑一言以て蔽へば観念論的諸形態とを常に匿別せねばなら澱︒斯かる憂革時代を其の時代の意識
から慣値判断するのは︑恰も個人が自己の考ふる所に從つて自己を慣値判断すると等しく爲し得る
所ではない︒寧ろ此の意識は物質的生活の矛盾から︑即ち肚會的生産力と生産關係との間に存する
衝突から説明せねばなら諏︒一の肚會組織は︑凡ての生産力が其の組織内で十分の登展を遽げる以
前に顛覆するものでなく︑また新たなる︑より高度の生産關係は其の竜のの物質的存在條件が古き
肚會そのものの翼下に卿化せられる以前に磯生し來るものではない︒されば入類は常に自ら解決し
得る問題のみを問題とする︒蓋し仔細に之を観察するに︑問題そのものは其の解決に必要なる物質
̀的條件が既に存在するか︑或は少くとも其の生成の過程に在る揚合にのみ登生するからである︒大
禮の輪廓を以てすれば亜細亜的︑古代的︑封建的及び近世有産者的の生産方注を以て経濟的肚會組
織の進歩の時代と稽し得る︒此の中︑有産者的生産的關係は肚會生産過程の最後の敵甥的形態であ
る︒厳に敵劃的といふのは︑個人的敵封の意味ではなくて︑個人の肚會的生産條件から生ずる敵劃
の意味であるが︑併し有産者的肚會の胎内に磯展せる生産力は︑同時に此の敵劃の解決に必要なる
物質的條件を形造る︒夫故に︑人類杜會の前史は此の肚會組織と共に終焉を告ぐるのである︒Lと︒
・(註)﹁結ぶ﹂は原丈びqゆゴ︒昌︒ぎの灘である︒從來吾國では多く﹁入・り込む﹂と課されてゐtが︑河上博士帥︑幅田博士@の穿
竪に從へば之は改める必要があるといふから︑探つて見tのである︒↓字の穿襲すら疑義な招く︒全髄としてのマルクス
唯物史魏の吟味は容易なる業に非ることな知るべきであろo
右引用しπ一節は唯物史観の﹁公式﹂又は﹁要領書﹂と稽せられるものであるが︑其他唯物史観
の断片的立言は夙に一入四七年の﹁哲學の貧困﹂にも翌一入四入年の﹁共産窯宣言﹂にも窺はれる︒
﹁哲學の貧困﹂に於てマルクスは述べる︒曰く︑﹁経濟學者のプルードンは︑人間は一定の生産關係
の下に於て羅紗︑麻布︑絹布を製造するものなることを︑極めて明瞭に理解しカ︒併しながら彼は
此の一定せる肚會關係なるものが︑懐尤羅紗や麻布と同様に人間の生産物なることを理解しなかつ
π︒肚會關係は生産力と密接に連絡して居る︒人間は新力なる生産力を獲得すると共に︑其の生産
方法を漫化し︑ま力生産方法即ち彼等の生活資料を獲得する方法を愛化すると共に︑彼等は其の凡
ゆる肚會的關係を愛化する︒手臼は封建諸侯を有する肚會を形成し︑蒸汽製粉機は産業的資本家を
有する肚會を形成する︒而竜斯くの如く彼等の物質的生産方法に從つて其の肚會關係を形成する所
の人間は︑同時に亦彼等の肚會關係に從つて其の主義︑思想︑範疇を形成する︒即ち此等の思想
は︑・:其の表現する所の關係と同様に永久のものではない︒絶ゆることなき運動が︑生産力の壇
唯物史魏の相樹性三二三
商學討究第三巻(下)三二四
加の裡に︑肚會關係の分解の裡に︑思想の形態の裡に行はれるのである︒L紹と︒﹁共産蕪宣言﹂に於
ては初めに人口に周く謄炎せる﹁凡ての從來の肚會の歴史は階級圖箏の歴史である﹂といふ一句を
述べ︑第二節﹁無産者と共産主義者﹂中に論ずらく︑﹁人間の思想や︑見解や︑概念やが︑一口に言
へば人間の意識が︑其の物質的存在條件︑其の肚會關係︑乃至其の肚會生活に於ける凡ゆる憂化と
共に愛化するといふことを理解するに深い洞察を必要とするか︒﹂餌
即ち右に引用せる所によつて知らるる如く︑マルクスの唯物史観にあつては︑﹁生産﹂︑﹁生産力﹂︑
﹁生産關係し︑﹁生産方法﹂等の概念が甚だ重要なる役割を演じて居る︒然るに此等の概念は抑も何を
意味するかに關し︑マルクスは何等直接の説明を明へて居ら澱︒夫故︑吾等はマルクスに於ける生
産力の概念を分析する必要に迫られる︒
マルクスの唯物史観の公式に所謂生産及び生産力の概念を解して技術に外ならずとし︑從つて唯
物史親は︑歴史の技術的解繹と竜名付くべきものであると主張する者はゴルテル︑ハンセン︑ゾム
バント︑バルト等である︒ゴルテルは其の著﹁史的唯物論﹂の中に唯物史観を﹁一目の下に瞭然π
らしめる爲め︑﹂次の如く箇條書にしだ︒㈹
.一︑勢働技術︑即ち生産力が肚會の墓礎根底を作る︒生産力が生産關係を決定する︒即ち生産過程
に於て互に封立する︑人と人との關係を決定する︒
生産關係は同時にま尤財産關係である︒
生産關係及び財産關係は個人間の關係泥るのみならず︑又階級間の關係である︒
此の階級關係︑財産關係(即ち肚會生活)が人の自畳を決定する︒即ち法律︑政治︑道徳︑
宗敷︑哲學︑藝術等の思想を決定する︒
二︑技術は絶えず登達する︒
生産力︑生産方法︑及び生産關係︑財産關係及び階級關係も︑亦それに從つて間断なく憂化
する︒故に人の自畳︑即ち法律︑政治︑道徳︑宗敷︑哲學︑藝術に劉する思想観念も亦生産
關係及び生産力と共に愛化する︒
三︑新しき技術は其の進歩の或階段に於て︑古き生産關係及び財産關係と矛盾撮着を來す︒
結局︑新しき技術が勝つ︒
此の奮形式を利とする保守階級と︑新生産力を利とする進歩階級との間に於ける経濟的圏璽
が︑法律上︑政治上︑宗敷上︑哲學上及び藝術上の諸形式となつて︑爾者の自畳中(即ち思
想中)に現はれて來る︒
唯物史観の相蜀性三二五
商學討究第三巻(下)三二六
ハンセンは一九一=1一九二二年の﹁縄濟學四季雑誌﹂の中に特に﹁歴史の技術論的解羅﹂な
る標題の一文を掲げ︑文中マルクスの用ひ控る﹁器具﹂﹁物質的生産﹂等の語を特にイタリックで示
し論ずらく︑﹁明かに之は技術學であつて纒濟學ではない︒(中略)マルクスが縄濟的構造の形成せら
れるべき基礎を技術の裡に︑即ち生産の機械的方法の裡に見出してゐることは引用文によつて明か
である︒一口に言へば彼は肚會の縄濟的基礎と肚會の技術的基礎とを匿別してゐるのである︒﹂㈹
ゾムバルトの言ふ所は︑マルクスの﹁経濟學批判﹂序文を引用した後の次の言である︒曰く︑﹁若
し此等の文章が一般に何等かの意味を有するとせば︑それは輩に次の如きものである︒即ち一定の
技術的登達の基礎が與へられれば︑といふ事である︒何となれば若し技術的可能性が理解し難しとせ
ば﹁生産力﹂竜理解し得誠からである︒此の技術が経濟の生活の組織を決定し︑(中略)此の組織が
爾除一切の文化を決定するのである︒或は既述の如く︑縄濟活動は技術の職能であり︑他の丈化現象
は経濟浩動の職能である︒といふ意味は(マルクスも彼の言葉が徒らなる言葉に非ざるものとせば
斯かる意味であつだに違ない︒)軍一なる経濟的可能性は一定の技術と共に思惟し得べく︑輩一なる
文化的可能性は経濟活動の一定の方法と共に思惟し得べきのみといふ事である︒L㈲と︒
バルトに從へば︑マルクスの史観は既にサン・シモンが技術と階級圖孚とを肚會秩序の二つの基
礎と儒し尤説を膿系化したものに過ぎ澱︒ケン・シモンが技術と言へる竜のを︑マルクスは﹁生産
力﹂︑﹁生産方法し等の語を以て現はした迄である︒されば̀マルクスが﹁肚會の経濟的組織﹂と言へ
る竜のも︑バルトよら見れば技術に基くと乙ろの企業形態及び交通輩位の範園によう相互に關係せ
られたるものに外なら臓︒斯くて︑バルトは結論に於て言ふ︒﹁夫故にマルクスに從へば次の因果系
列を生ずる︒即ち技術の一定状態1ー一定の企業形態‑ー二定の財産制度是れである︒然るに此の
因果系列は更に績く︒即ち︑一定の政治的上暦建築⁝一定の肚會的意識形態︑詳言すれば宗敷
的︑藝術的乃至哲學的と特徴づけられる所のもの是れである︒﹂園
然るにマルクスの生産及び生産力の概念を右の如く技術と同一親することに極力反樹する者は︑
セリグマン︑ツガン・バラノウスキー︑クノー等である︒セリグマンは︑マルクスの最大の租述者
たり︑否︑唯物史観に於ては﹁思想上の鍵生見しと呼ばれるエンゲルスの一書翰を引用して(註)︑次
の如く言つてゐる︒曰く︑﹁技術なる語は生産と消費との間の諸關係の全系列を含むやう振張せねば
なら澱︒此の故にこそ吾等は歴史の技術的解繹i之は誤解に基くと言はずして︑歴史の経濟
的解繹と言ふのである︒﹂働と︒
(註)﹁冠會の歴史の決定的基礎と看る所の経濟的關係な︑分業の存する限り一定肚會の成員が其の生活資料な生産して相互の
唯物史観の相封性三二七
■
商學討究第三巻(下)三二八
間に其の生産物な交換すろ方法であると吾等は解樺する︒斯くて生産及び蓮輸の技術全髄が之に含主れる︒更に此の技術
・は︑吾等の見解に.從へば︑生産物の交換︑分配の方法︑從つて民族杜會の崩壌後は肚會の階級的分割︑即ち支配と隷届と
の個人的關係︑從つて叉國家︑政治︑法律等な決定する︒技術に主として科學の状態に依存すうが︑併し術科學が技術の
状態と必要に依存すろことが多い︒壮會が技術の必要な感ずうときに︑技術に十の大學よりも科學に刺戟な與へろ︒㈲術
此の書翰にに疑義を起さしむる言が少くない︒例へば﹁吾等は纒贋的状態な以て窮極に於て歴吏的機展な決定すうものと
看るo併しながら︑民族は夫れ自身に於て一個の経濟的働因であるQ﹂と言へろ如き是れである︒
ツガン・バラノウスキーは︑マルクスの用ひπ生産力なる概念を︑エンゲルスの﹁反デユーリン
グ論﹂に於て﹁唯物史観は次の命題から出登する︒即ち生産及び生産に次いでは生産物の交換が︑
凡ゆる肚會秩序の基礎であるといふこと︑歴史上現はれ控一切の肚會に於て生産物の分配及び之に
件ふ肚會の階級的叉は身分的の構成は︑何が如何に生産せられ︑且つ其の生産せられπるものが如
何に交換せられるかによつて定まるといふ乙と︑是れである︒此の見解に從へば︑凡ゆる肚會的攣
動及び政治的革命の窮極の原因は︑之を人間の頭臓に︑即ち永劫の兵理や正義に劃する人間の洞察
ヘへの壇進に求むべきではなくて︑寧ろ生産方法及び交換方法の漫動に求むべきであう︑それは哲學に
ぬへ求むべきではなくて︑経濟に求むべきである︒﹂似と言へるどきの﹁生産及び生産に次いでは生産物
の交換﹂及び﹁生産方法及び交換方法の凝動﹂と比較して論評を加へ︑生産も交換もそれのみでは
肚會組織の唯一の基礎と見ることは出來諏から︑之等ようも一層廣汎なる且つ雨者を包括するとこ
ろの経濟詳言すれば経濟的勢働の諸條件を以て右の基礎と見るべきであると唱へる︒然るに上の諸
條件には精棘的の竜のと物質的のものとあう︑後者を唯物史観は決定的とすると考へるによう︑ツ
ガンは﹁マルクスの歴史哲學の最も根本的なる概念に關し次の如き定義に到達するのである︒即ち
かの謎の如き物質的生産カーマルクスの見解に從へば肚會生活を決定する所のものーーは経濟的
螢働の物質的要素全膿の総和に外なら膿︒從つて物質的生産力の概念となる竜のは︑縄濟的勢働に
或る影響を及ぼす総ての竜のではなくて︑唯其の一部分︑即ち物質的部分のみに過ぎ糧のである︒﹂伽
クノーに由れば︑マルクスが﹁生産力しと名付け尤所のものは︑肚會的の生産過程に利用せられ
るに至つπ諸力であつて︑之には自然力︑入間及び動物の勢働力︑乃至所謂技術の力が属する︒從
つて生産力には物的と人的との二種あう︑前者には土地の産出力(豊沃)︑熱力︑水力︑風力︑蒸汽
力︑電力︑其他の機械力が囑する︒但し︑自然力は往々其の儘に放置せられずして︑人開の勢働力
叉は一定の技術の力と結合せられるが︑此の場合の自然力も亦生産力の性質を喪失するものではな
い︒㈲斯かる生産力の中最竜重要なる地位を占むるものは入間の勢働力であつて︑之には純然力る
肉燈的勢働力と精紳的努働力とがある︒画斯くて生産力とは一定の肚會的の勢働過程に利用せられ
唯物史観の相封性三二九
商學討究第三巻(下)三三〇
る自然力︑勢働力︑機械力であるに劃し︑生産條件とは右の過程の織績に必要なる自然的︑技術的︑
肚會的の諸條件であう︑生産關係とは斯かる過程よう生ずる肚會的關係であるとクノーは解する︒矧
斯くの如くマルクスの唯物史観の根本概念を形成する﹁生産﹂乃至﹁生産力﹂は︑學者の解繹を
異にする所であるが︑大禮に於て技術的の解程を探るもの︑即ち﹁狡いマルクス主義者﹂の説と︑
廣く技術的︑自然的︑肚會的の要素を併せ含むもの︑即ち﹁廣いマルクス主義者﹂の説とに分けら
れる︒吾人はマルクスが嘗て倫敦の博覧會場で電氣機關車を見るや︑此の技術に因う革命の時期到
來せうと考へ︑﹁今や問題は解決された︒此の結果は測り知るべからざる竜のがある︒経濟的革命の
登生と共に政府的革命は必然的に件ふに相蓮ない︒何となれば後者は軍に前者の表現に過ぎ誠か
ら︒﹂㈲と叫んだといふリープクネヒトの傳へるマルクスについての逸話を興味深く讃みつ\も︑唯
物史観に於て﹁生産﹂を続る概念は之を技術と解繹せずに︑廣く取るのを妻當であると信ずる︒但
し厳に注意せねばなら綴之とは︑斯く﹁生産﹂を廣く解羅するに竜せよ︑之によつてマルクメの唯
物吏観が本來︑=兀論の上に立てるものなることを忘却してはなら滋ことである︒吻
(註)マル〃スの唯物史観に所謂﹁生産﹂﹁生産力﹂﹁生産關係﹂﹁生産方法﹂の吟味に宛てられ五河上博士並びに櫛田民藏學士の
論丈は有益の丈字で閑却ずることは出來ぬ︒但し櫛田學士のに未定稿とぜられてある︒侮
﹁生産﹂を廣く解繹し而竜術之を以て︑一元論的であると稽するのは一見矛盾せる如くであるが︑
併しプレハノヲの言ふ如く﹁働因の多数性は決して根本原因の統一性を破壊するものではない︒﹂㈲
斯くて唯物史観は一元論的構造を有するのであるが︑同時に之が必然論を唱へ﹁歴史を自然科學に
まで高めんとする試み(シユルツエ・ゲーヴアニツツ)伽を有するものなる乙とを看過してはなら
澱︒即ち唯物吏観の爾否に關する問題は︑歴吏の必然性及び其の理由に關する問題であると謂ひ得
るのである︒伊以下︑吾人は之を探求しやうと思ふ︒
二
人類の歴史に於て必然性が如何標に件随してゐるか︑歴史に於て決定的の言を登するものは如何
なる働因であるか︑各働因相互の關係如何の問題は︑唯物史観に於ては換言すれば生産と制度乃至
観念即ち所謂上雇建築との固有の關係如何の問題である︒更に言を換うれば爾者の間にマルクス及
びエンゲルスは如何なる連鎖を介入せしむるかの問題である︒
既に見だる如くマルクスは生産關係の総和を以て一切の人類の制度が樹立せられ一切の観念が磯
出するところの﹁土皇﹂﹁基礎しと爲しπ︒(註)然らば舷に﹁土塁﹂と謂ひ﹁基礎﹂と稽する意味は如
唯物史魏の性劉相三ご=
商學討究第三巻(下)三三二
何であるか︒若し﹁土壷﹂或は﹁基礎しが素地或は内容を意味するに過ぎずとせば︑マルクスの主
張は肚會生活乃至肚會愛動の解繹として殆ど債値の無き竜のとなb了るであらう︒吾等が歴史哲
學に於て求むる所のものは素地ではなくて︑支配的勢力であり︑統制的原因である︒一︒︒蕊︒・冨&凶は
其の上に登生する現象を説明するものではない︒恰も硝子の容器に液膿が盤られてあるとき︑容器
は液膿の性質︑即ち化學的成分や或る状態に於ける物理的愛化を決定し得滋と一般である︒即ち経
濟的基礎が歴史の土壷であると説くのは︑歴史の性質や肚會生活の各部門の性質を閲明する所以で
はない︒
(註)術︑﹁共産輿宣言﹂の一八八三年のエンゲ〃スの序丈には次の如き言がある︒曰く︑﹁各歴史時代の経濟的生産及び之より必
然的に生ずろ杜會階級は右の時代の政治的︑精紳的︑歴吏に劉し基礎な形成すろ︒﹂と︒㈱
次に﹁窮極に於て﹂経濟上の生産が肚會進化の働因であるといふ章句竜︑肚會の中に作用せる働
因の凡てを分解せんと努むるとき︑結局生産が統制的働因であることを登見するといふ意味に解す
る揚合に於てのみ債値があるのであつて︑﹁窮極に於て﹂が文明の凡ゆる標相は遠き最初の起源を生
産に遡う得るといふ意味に羅せらるるならば殆ど無意義に等しい︒蓋し︑一聯の現象が先行すると
いふ乙とは︑後の一聯の現象と密接に結合し之を持績的に支配せねばなら瞭といふことではないの
である︒エンゲルスが人間は政治に浩動し宗敷に思念する前に食つカわ着πうせねばならぬ儒と言
つたのは正に眞理である︒但し此の眞理夫自身は右の先に行はれる乙とが政治や宗敷を形成し支
配するといふ事實を決して樹立せ澱︒原因は必ず先行し結果は必ず之に追躍するとは限ら誠のであ
る︒(註)
(註)此の職に就て故左右田博土は︑認識論的に從來の概念論が一般的表徴の集合膿として概念な形成ぜるに疑な挿まれ︑因果
關係な認識目的として二の概念な構成すうに際してば時間概念は之な要ぜずと考へられた︒㈲味ふべきである︒
同時に︑生成は史的事實の性質や憂革を+分に説明するものとは謂ひ得澱のであつて︑生産方法
の中に肚會の制度乃至観念の窮極の起源を見ると主張するのは此等制度乃至観念の性質を説明する
ものではない︒遠き起源が顯著なる働因であるならば︑何故に生産方注よう始むるかは不明となる︒
寧ろ遡つて萬有の起源として且つ人類の運命の道行の読明として太源の星雲よう説き起すを可とす
るであらう︒︑
斯くて吾等は唯物史観に於ては生産と歴史の他の様相との間に因果關係が設立せられてゐる乙と
に氣付く︒即ちマルクス・エングルスは生産を歴史の基礎と言へるとき︑多くの場合基礎の縫革と
共に上暦建築の相關的憂動に言及し此の基礎のみが各時代の制度乃至観念を﹁説明する﹂㈱と言ひ︑
唯物史観の相劉性,三三三
● 商學討究第三巻(下)三三四
一定の肚會上の意識形態が経濟基礎に適鷹すると言ひ︑(前記)経濟關係が杜會の歴史の基礎を決定
する(前記)と言つてゐるのである︒更に引用せんか︑マルクスは主義︑思想︑範疇が生産よう流
出する肚會關係に從つて形成せらる(前記)︑生産方注が肚會的︑政治的乃至精紳的の生活過程一般
を制約する(前記)と述べ︑エンゲルスは肚會の経濟状態の十分なる智識を以てせば凡ての﹁歴
史的事件は極めて容易に説明せられる︒﹂ゆ生産は歴吏の決定的要素であb︑趾會的制度は生産によ
う制約せられる︒ゆ生産と交換とは﹁窮極の原因﹂﹁大なる原動力﹂幡﹁最後の原因﹂ゆであう︑歴史の
﹁決定的要素﹂㈲であると唱へてゐるのである︒
然らばマルクスは果して生産方法を以て歴史に於ける唯一の統制的原因であると主張しπのであ
らうか︒之は極めて肝要なる問題に厨し︑マルクス學説を批割するとき閑却すべからざるものであ
るが︑不幸にして今日まで確實なる解答を得て居ら諏︒唯だ之に關しては三個の見解が成立し得
る︒即ち第一は︑マルクスは生産を絶封的に歴史の唯一の支配的働因と見て︑文明の爾鯨一切の標
相を受動的結果と霧しπとする見解である︒併しながら此の見解は殆ど躊躇せずに或は多くの議論
を用ひずに斥,け得る︒蓋し︑マルクスが時として右の見解を支持するかに見ゆる言僻を用ひπのは
事實であるが︑併し全燈の立場よう見るときは明かに支持し得諏ものだからである︒マルクス.エ
ンゲルスが人間の制度乃至観念に與へた数果を顧れば羅然だるものがあるであらう︒次に第二の見
解は︑マルクスは生産を歴史的串件の連績を支配する幾多の重要且つ猫立なる要素の中の一と見力
とする竜のである︒換言すれば物質的働因と精神的働因とは協力し︑経濟的勢力の作用は他の自働
的勢力の作用によう著しく愛化せしめられ且つ之と織b合はされるのであるから︑非経濟的働因よ
うも経濟的働因を重く見る理由は無いと言ふのである︒此の見解は唯物史観の改蜜若しくは憤充を
企てんとする者によう熱心に提唱せられる所であう︑同時に一部のマルクス主義者よ6猛烈に論難
せられる所であるから比較的詳細に吟味せねばなら澱︒
先づ一入九四年肚會主義者のバウル・エルンストは﹁ノイエ︑ツァイト﹂紙上@に於てメエリン
グのレッシング物語を駁しπ一論文を寄せ︑其の中でマルクス自身の表明する縄濟的構造は活動す
る爲めには心理學に置換へられねばなら諏と述べた︒蓋し人間の行爲を決定する竜のは現實態その
竜のではなくて︑現實態の中人聞に現實に現はれるものであるから︑人間の行駕は緯濟的關係と人
間性との所産であると観察せらるべき竜のである︒即ち人間は生産行程の外に爾︑人間の可憂的性
質をも研究し︑其の心理學︑聯想能力︑論理學に通曉せねばなら澱と論じ禿のである︒同榛の見解
は間も無く英國の肚會主義者バックス・ベルフオートによつても説かれ虎︒@彼は経濟的關係よう
唯物史灘⁝の相謝性三三五
商學討究第三巻(下)三三六
宗敷藝術道徳等を一義的に導出せんとする可能性を駁し︑経濟的關係は寧ろ協働する働因の一つ禿
るべきものであると論じた︒経濟的關係と相並んで︑人間には猫立の磯展を有する所の﹁根本的の
心理學的傾向﹂が存在すべきである︒歴史の或る時代に於ては一方の要素が有力であb︑ま虎或る
時代に於ては他方が優勢であるのを見るのであつて︑例へば基督敏の登展史に於ては観念論的働因
が支配するのである︒今日は繹濟的働因が利害關心の前面に立ち現はれ︑経濟的關係を一切の過去
にまで遡らしめんとする程になつπから︑此のことが直ちに理解せられるのであると彼は述べπ︒
ラ之に劃しカウッキー略は︑心理學的働因の存することは之を認めるが︑併し人間の心的性質は歴
吏の経遇に件ひ礎化するものでないから︑不易と観て愛化の認識を問題とする揚合は閑却して差支
,ないと論じだ︒即ち憂化は可攣的働因穴る生産力の登展よりしてのみ導出せられると考へたのであ
る︒然るにバックス・ベルフオートは心理學的働因の不易性を力説し︑経濟的磯展に遡らしめ得ざ
る観念論的所産の存することを主張しπ︒彼は哲學を例に探う次の如く論ずる︒成程︑哲學は経濟
的登展が一定の楷梯に到達しπときに始めて可能となつカものである︒併し︑さればとて哲學が経
濟的毅展ようしてのみ導出せられカと信ずるのは謬である︒哲學は自然及び人間を精密に槻察する
ことよム登生し一の自足完了せる思想的進化を構成しπも・のであつて︑之を理解しなければ到底各
種の哲學禮系の相次ぐ所以を悟り得澱︒唯物史観が一定の精紳的現象は経濟の一定の成熟程度に到
つて始めて現はれるといふ以外に何物も言はうと欲せ諏ものならば︑それは﹁詩人は食へなくなれ
ば詩作をやめる﹂といふ陳腐な主張と澤ぶ所無きに至るであら5︒併しながら唯物史観が人間は如
何にして其の生計を獲得するかの方法を説明すること︑恰竜人間は何故にカトリック敷徒πう將π
他の信仰に蹄依するかを読明するが如くであるならば是れ需肯三︒℃﹁ぎ6団℃一一である︒何となれば此
れが縄濟的關係よう+分に説明し得られるといふこと其の乙とが問題となるからである︒斯してベ
ルフオートの見解に從へば唯物史観は次の如く改良せねばなら滋︒即ち人類の登展の中には二個の
主要なる働因が存する︒一は人間の先天的素質に根ざし其の種類に於て竜強度に於て竜可攣的なる
心理學的衝動であり︑他は経濟的影響を最も有力とする竜唯一の竜のとせ諏所の外的影響である︒
歴史は此等の要素の絶えざる交互作用を績けねばなら漁︒雨者は或る程度まで自足完了の因果系列
として分離して研究し得られるといふのである︒
カウッキーは之を慮酬するに前述の議論を繰返し次の如く言つπ︒唯物史観は決して心理學的働
因の協働することを否定するものではない︒唯だ唯物史観に從へば人間の精神は肚會を経濟的關係
の主人としてではなく其の從僕として動かすのである︒経濟的關係は人間の精瀞に其の任務を賦課
唯物史観の相醤性三三七
商學討究第三巻(下)三三入
し︑其の解決に劃する手段を提供し︑斯くて懐π其の結果を決定する所のものである︒哲學の歴史
は利害を離れたる自然認識の登生に基くのみならず︑又技術の進歩にも基くのである︒何となれば
自然支配の企圖にようてのみ自然観察は認識となるからである︒一切の技術的方法(例へば藪學も
之に属する)は此の意味に於て技術其の竜のの一部である︒個々の人間は登展を阻害しだう促進し
πりする乙とは出來るが︑登展の方向を決定することは到底出來澱といふのである︒
斯かる間に宗敷的観念は生産關係に依存するや否の問題が論議せられるに至つπの竜異とするに
足ら諏︒蓋し鼓虜に一般に依存關係を見んとするのは事實上困難な乙とであう︑況んや此の依存關係
を一義的と駕すのは愈々以て困難を培す所以だからである︒佛蘭西の肚會主義者ジョージ・ソレル
㈲の如きは︑﹁唯物史観は︑之が宗敷の役割に關する満足なる理論を與へぬ限う︑歴史の十分なる説
明を與へたとは言へ澱﹂と唱へ︑根本的修訂を加へた︒ソレルは人間の意思よう濁立しπる自然渦
程として現はれる所の経濟的登展の法則の存在する乙とは之を認めるが︑併し経濟的關係の下層建
築ーソレルはマルクメの語法を籍う︑意味を全く韓繹しπーーの上に今や人間の自由意思は肚會
的︑政治的秩序並びに精帥的所産を建立すると見だ︒物理學的現象を説明する如く純粋に因果的に
歴吏の経過を説明することは︑彼によれば實験の不可能なる爲め断念せねばなら澱︒政治上︑法律
上の形態を経濟の形態に依存せしむることは︑謹明し得られる範園内に於て原因結果の機械的なる
精密に決定し得可き關係とは見られず︑寧ろ照慮する竜のを繹濟的に確立せるものとしてのみ見ら
るべき竜のである︒即ち歴史の根本問題は﹁一定の條件の下に置かれπ人聞の集團は如何に行動す
るか﹂といふ事でなければなら澱と言ふのである︒
最後に斯の種の見解を最も大謄に表明しマルクメ主義の修正を提唱しマルクス主義者の間に物議
すら醸しπ者はベルンシユタインである︒ベルンシユタインは其の著﹁肚會主義の前提と肚會民主
窯の任務﹂に於て︑エンゲルスが﹁反デユリング論﹂中に﹁凡ゆる肚會的礎動及び政治的革命の窮
極の原因は︑之を人間の頭磯に求むべきではなくて︑寧ろ生産方法及び交換方法の獲動に求むべき
である﹂(前記)と言へるときの﹁窮極の原因﹂には此の原因と協働する他の種のもの︑即ち第二位
の原囚︑第三位の原因が含まれてゐると解し︑斯かる原因の系列が大となればなる程それだけ窮極
の原因の決定力は質的に竜量的に竜制限せられると説く︒轍ち曰く︑﹁窮極の原因の決定力が作用す
る事實は存する︒併しながら事物の最終の形成は輩に之のみに基くのではない︒各種の力の支配す
る結果である所の作用なるものは︑一切の力が確知せられ且つ其の慣値全膿に從つて評債せられる
揚合にのみ︑確實に測定し得られるのである︒低位の力を無親する事は︑藪學者の周く知る如く結
唯物更魏の相謝性三三九
商學討究第三巻(下)三四〇
果に最大の誤差を生ぜしむるものである︒L㈲と︒
而してベルンシユタインは︑一入九五年十月の︑.Uqω︒N芝一ωけ一ω︒冨﹀犀巴・ヨ貯︒﹁.︑に載せられπエ
ンゲルスの二通の書翰を引用して︑エンゲルス自身が生産關係の有する決定力を制限しπと言明す
る︒其の書翰の一は一入九〇年プロッホに宛てられたもので︑中の一節には次の如く書かれてあ
る︒絢
﹁唯物史観に挨れば歴史に於ける窮極の決定的要素は現實生活の生産及び再生産である︒夫れ以上
はマルクスも余も嘗て主張し尤ことはない︒そこで若し何人かあつて︑之を︑経濟的要素が唯一の
決定的要素であると曲解するならば︑その人は︑先の命題を︑無意味な抽象的な︑而して無稽な僻
句に改攣する竜のである︒経濟的状態は土壷である︒併し上履建築の種々の要素i階級翻孚の政
治的形態と其の結果職勝の後︑勝利者階級によう規定せられる國憲其他‑注律形態︑更に総
て之等現實の團孚に参加せる者の腰裡に映じカるもの︑即ち政治上︑注律上︑哲學上の諸理論︑宗
敷観及びそが磯達せる敷義膿系の如きもの竜亦歴史的圖箏の経過に影響を及ぼし多くの揚合に於て
圃箏の形態の決定に與つて力あるものである︒経濟的運動は︑総べての無数なる偶然性(即ち︑相
互間の内的連關が遠きため叉は立謹し得ざるπめ︑存在せざるものとして看過される物及び出來事
を通じて︑結局必然的のものとして遽行せられるのである︒然らざれば此の理論を任意の歴史の時
代に適用することは︑簡輩なる一次方程式を解くよりも容易であらう︒(中略)無数の相交はる力︑
即ち力の準行四邊形の限b無き結合があつて︑それからして一の合成カー歴史的事件iが現は
れる︒而して合成力自身はまた意識も意思も無く全膿として作用する力の所産と観らる︒何となれ
ば各個人が欲する所のものは︑爾飴の各人によう妨害せられ︑實際に現はれる竜のは何人も欲しな
かつ疫所の或ものだからである︒L
エンゲルスの書翰の二は一入九四年シユタルケンブルビに邊つ力竜ので︑其の一節は既に吾人の
引用した所であるが︑其の後に績いて次の如き丈字が讃まれるのである︒㊥
﹁政治的︑法律的︑哲學的︑宗敷的︑文學的︑藝術的等々の機展は経濟的襲展に基く︒併しなが
ら︑此等のものは凡て相互に︑且つ経濟的土皇の上に反作用を及ぼす︒繹濟的状態が唯︼の能動的
の原因であう︑爾鯨一切の竜のは盟に受動的結果に過ぎ顧といふのではない︒寧ろそれは窮極に於
て常に逡行せられる縄濟的必然性の基礎の上に行はれる相互作用である︒﹂
即ち右の二つの書翰に擦れば︑唯物史観に於ては経濟的要素以外に非経濟的要素の重要が認めら
れるのであつて︑ベルンシユタインは歴史に婁し此の非経濟的要素に蹄せられる程度如何を問題と
唯物史魏の相劉性三四一
商學討究第三巻(下)三四二
したものに外なら澱︒謂ふ迄もなく︑非経濟的要素が純経濟的要素と相並んで肚會生活に影響を及
ぼす程度が強くなるに從ひ︑歴史的必然性の支配も盆攣化を受けることとなる︒斯くてベルンシユ
タインは唯物史観を﹁此等の書翰によつて補足すべき﹂ことを唱へ︑唯物史観は﹁斯かる補足を受
けてこそ︑眞に歴史を科學的に考察する學説となる﹂と述べるのである︒㈹
然るにベルンシユタインの唱へる所に劉しては︑カウツキー及びクノーより激しき駁論が加へら
れた︒例へばクノーは﹁ベルンシユタィンはマルクス及びエンゲルスを全然理解して居ら綴﹂㈲と
まで言ひ︑ベルンシユタイン一派の誤謬は︑彼等が縄濟的要素の観念的要素或は﹁心理的要素﹂に劃
する關係を理解し得ずに︑後者を﹁濁立﹂﹁自磯的﹂なる原動力として前者と同一視し︑叉は此の二種
の要素の間には不断の甥立があると論ずる黙に在ると述べてゐるのである︒駒而してクノーはエン
ゲルスが上の二つの書翰に於て燭れπ問題は次の如きものであると敏へる︒即ち﹁肚會の所謂イデ
オロギーは如何なる程度まで其の纒濟的構造に依存するか︒換言すればイデオロギ;は縄濟的構造
に封して如何なる依存關係乃至因果關係に立つか︒イデオηギーは其の歴史的磯展の方向と其の
作用とに於て﹃濁立的﹄であるか︑將た縄濟的生活關係によつて決定せられるか︒從つてイデオロ
ギーは夫等を排斥し且つ夫等と交錯する所の経濟方法の登展傾向に反抗し得るか︒更に智導観念と
の
O
経濟的螢展方向との間に矛盾が往々にして起るとして竜結局イデオロギーは常に経濟的襲展の方向
に追随するかし㈲といふこと是である︒
観じ來ろて舷に到れば︑吾人がマルクスに於て生産方法は歴吏の唯一の統制的方法なうやを槍
し︑之に關し成立し得る第一の見解︑即ち生産を此の揚合唯一のものとなす見解を斥けπると共
に︑第二の見解も唯物史観の本來の主張と一致するものに非ざる之とを察し得るのである︒然らば
残る所の第三の見解は如何と言うに︑之は上の二つの見解の云はば中間に位するものである︒而し
て上記のエンゲルスの二つの書翰に言ひ現はされ力見解も之に属すると謂つて差支ない︒即ち此の
第三の見解に從へば︑生産方法は歴史の最も有力なる原因であつて︑制度乃至親念は直接間接に経
濟活動よう軍に派出しだものであるが全然受動的のものではない︒制度乃至観念は時として生産を
阻害し又は促進するが︑生産め諸條件よb生じ陀結果は之を愛革し得諏︒換言すれば制度乃至親念
は睡つてゐるのではなく活らいてゐるが︑其の活らきは補助的で恰竜主人の意思を狂げることなく
實行する召使の如くであると見るのである︒第二の見解が歴史に於ける経濟的働因と非経濟的働因
との關係を並列的に見るに樹し︑第三の見解は之を上下的に見るものと謂ふことが出來やう︒
然らば歴史決定の働因に上下の階暦を認めんとする右の第三の見解は其の根糠果して是認せらる
唯物史観の相封性三四三
商學討究第三巻(下)三四四
べきものであらうか︒経濟的働因と非経濟的働因との關係を並列的相關的に見る第二の見解は︑其
の根本に於て敏階を有する竜のであらうか︒吾人は此の黙を究明せねばなら諏︒而して此の揚合考
へられる乙とは︑唯物史観に於ては所謂上層建築は下階の経濟的基礎を以て全部的意味に於ける不
可散的條件となすのであるから︑上履建築夫自身の固有の意義は滅却せられる之とである︒是れ深
き敏隔でなければなら顧︒之に反して上層建築と経濟的基礎とを並列的に相關的に見ることは︑假
合本來の唯物史観の構想に非ずとは云へ︑太だ首肯し得る論篠を與ふるものと考へざるを得諏︒即
ち吾人は舷に到つて唯物史観要當性の限界を劃し︑其の相封性を唱導せざるを得澱所以である︒
併しながら吾人は唯物史観の相劉性を唱導するに當つて次の二つの事を爲さねばなら諏︒一は経
瞼的に歴史上の出來事に唯物史観を適用して槍嚴を加へることであり︑二は歴史決定の働因を経濟
以外に求めて之が説明を試みる乙とである︒即ち内在的と超越的と爾方面よう観察して唯物史観の
相劃性を明かにしたいと思ふのである︒
三
唯物史観の當否を歴史の事實に徴験することはマルクス自身成さなかつπ所であう︑エンゲルス
●
がマルクスの死せる翌年一入入四年に﹁家族私有財産及び國家の超源﹂に於て試みπ所である︒さ
ればエンゲルスは此の書の初版の序丈の鰐頭に︑﹁以下の諸章は︑言はば遺言の執行である﹂と言つ
てゐる︒而してエングルスは米國のリユイス・モルガンが既に一入七七年に著し穴﹁古代肚會﹂を
以て︑マルクスの唯物史観と猫立の方法で研究し而も之と同一の結論に到達しπ所のものと駕し︑
モルガン及び之に至るバッハオーフエン︑マクレナン等の見解を参酌しつつ右の﹁家族の起源﹂を
公にしπのである︒但し﹁家族の起源﹂の取扱ふ所は︑モ川ガンの﹁古代肚會﹂に於ける如く主と
して古代の歴史に關するものであるから︑凡ゆる時代を通じての歴史の説明は之のみによつて聴く
ことは出來澱︒坊て吾等は直接マルクスに歴史の時代分けを語らしめねばなら綴のである︒
マルクスは既に記しπ所謂唯物史観の公式の一節中に﹁大膿の輪廓を以てすれば亜細亜的︑古代
的︑封建的及び近世有産者的の生産方法を以て経濟的肚會組織の進歩め時代と稽し得る﹂と言つて
居る︒即ち吾等はマルクスが歴史を生産方法により特色付けられ力四つの時期に劃してゐる乙とを
知るのである︒然らば鼓に亜細亜的と謂へるは何を指すかと言ふ疑問が生ずるのであるが︑㈹吾等は
之をエンゲルスの用語に顧みて佃氏族肚會を指すものと解繹して謬無しと思ふ︒斯くてマルクスは
各生産方法がそれに特有の制度を磯生せしめ︑且つ人類の精紳の中に特殊の観念を涌養せしめたと
唯物史観の相甥性三四五
商學討究第三巻(下)三四六
主張するのである︒而して各生産組織の内部に於て働きつつ一の時代よ6次の時代へ進化を齎す所
の竜のは辮謹法であると考へるのである︒吾等は厳にマルクスの右の四つの時代分けの當否を槍す
ることは姑く之を措き︑第一に生産方法と制度乃至観念との間に一定の照慮ありや否や︑第二に生
産組織の辮謹法的運行は文明に於ける獲化と進歩とを惹起す唯一の勢力なうや否やを槍しやうと思
ふ︒.
先づ凡ゆる制度の中︑生産方法と最竜密接なる關係を有し同時に其の最も的確なる反映であると
唱へられる所の國家と法律とに就て見るに︑氏族祉會に於てはマルクスの意味に於ける國家は存せ
澱︒何となれば氏族肚會には私有財産も階級竜階級的利害竜存せ顧からである︒然るにエンゲルス
の説く所によれば︑斯かる肚會形態の存する所では東洋に於ける如く國家は專制主義の形態の下に
験生する︒儲叉最近の學者の研究に從へば︑原始肚會には政府が存し︑而も其の政府πる專制主義
の竜のあう民主主義のものあり︑文化の程度と政府の形態との間には一定不易の照慮は存せ諏ので
ある︒⑯
古代の希臓羅馬に於ては生産組織の墓礎は奴隷制に在つπ︒爾者ともマルクスに從へば経濟上の
第二期に厩する︒從つて吾等は此の雨國に同種の國家︑同型の政府を期待するであらうが︑事實は
然らずして爾國には各種の形態の政府が相織いで起っπのである︒即ち雅典には世襲君主制︑貴族
制︑民主的共和制等が相繊いだに豊し︑羅馬で竜選塞王國よう貴族制の國に移う︑之が民主的共和
制となり終にケーザルの絶劃君主制に化しπ︒換言すれば同一の生産組織は同︼の國家の組織と一
致せ澱のである︒
近世に就て竜異る所は無い︒中世紀の間︑英國では自由を保謹する議會制が行はれたに樹し︑佛
蘭西では嚴格なる絶謝制が行はれ︑また他方濁乙は分離せる小國の云は讐蜂窩を爲してゐカ︒英佛
共に君主制が資本主義の確立を助け︑マーカンチリズムの磯達を促しπ︒從つて君主制こそは資本
主義的生産に封する必然的の國家形態たるかの如き威を抱かしめられるのであるが︑併し一六入入
年の英國と一七入九年の佛蘭西との出來事に想倒すれば其の然らざる所以を悟るであらう︒
﹁共産黛宣言﹂は資本主義を攻撃するに當う英國を経濟的磯展の模型と考へ︑他方佛蘭西を政治に
於ける典型と翁しカが︑ゆ之も奇異に戚ぜしめる節である︒経濟上進歩せる國は同時に政治上の先
進國たるべきに︑経濟上英國よhも逞れπ佛蘭西が何故に政治上模範となるのであるか︑マルクス
の考へ方を以てしては理解し得漁こと㌧なるのである︒マルクス・エングルスは一六入入年の革命
は英國では地主階級と有産者階級との姿協を齎らし尤が︑一七入九年の革命は佛蘭西に封建貴族の
唯物史観の相劉性三四七