理科教育における観察の機能に関する実験的研究(第28報)
一観察における観点の意味(1)一
理科教育研究室 高 野恒雄
束縛を受けている。観察事実はものの見方に束縛され,
§1 研究の意味 ものの見方は観察事実に束縛される。このようなからみ
あいが成り立っている。そして,事実に客観性を与える 本研究の第25阿27報(仮説形成に果す観察機能の役 のは,事実に附随するこのものの見方である。
割1〜3〜らこおいては,まずそれまでに筆者が創案し そこ窩本報において嫉児童・生徒の観察を促進す
た観察過程の記号化による定式化によって,仮説形成と るために「ものの見方」をどう形成すべきか,そのため いう探究の過程における重要な場面において,観察過程 にどんな手だてをすべきかという根本的な問題を,観察 はどんな姿になるのか,観察機能のうち,何が効果的に の本質を考察しながら,1〜27報において得られた観察 はたらくのかなどを明らかにした。ついで,イオンのモ 方法の指示効果を始めとする諸方策を総合的にとらえ直 デル形成に寄与する観察過程を,教材構造・授業構造の して,できるだけそれぞれの位置づけを明瞭にする方向 観点から①全体性の保持,②変換のシステム,③フィー で,整理してみたものである。
,
hバックの機構の3要素について検討し,授業における §2 科学観と観察
観察のあり方を論じた。
また,前報においては,イオンのモデル形成過程を実 上述のような視点に立って,観察を考えるとき,どう 験授業において吟味し,また認識論的な立揚から検討を しても科学観によって観察のとらえ方が異なることを考 加え,特にバシュラールの科学概念についての認識論的 慮しなければならなくなる。そこで,種々の科学観のう 段階が適合することを確かめながら,観察をふくむ認識 ち,観察のあり方に直接的に特に強い関係を持つものに
過程を論じた。 限って,あげてみることにする』以上のような実際の授業場面における観察過程を論ず
るには,微視的であるとともに巨視的な視点に立っ必要 (1)カルナップ的科学観
がある。本報においても,観察に対する巨視的で本質的 カルナップ(R・Carnap)は,つぎのようにのべてい
②な視点をなるべく大切にしたい。 る。
第1報から第27報に至るまで,これまで扱ってきた観 「全科学言語Lは,便宜的に2つの部分にわけられる。
察の内容,性格,機能,方法は多様であった。 それぞれは論理学(数学を含めて)の全体を含んでいる。
しかし,どんな観察においても観察という行為は,第 この2つは,記述的,非論理的要素に関してのみ異なっ 26報においてのぺたように,対象のあるがままの姿をす ている。
べて眺めるという網羅的なものではない。明瞭に観察を ①観察言語,すなわち0一言語(Lo),これは論理文 行なうということは,実は一種の選択であり,感覚の上 と0一文を含むが,T一語は含まない。
に投影された観察可能な像の中の何かに着目して,それ ②理論言語,すなわちT一言語(LT),これは論理文 を明瞭な観察対象として抜き出すことである。 を含む(T一語にくわえて,0一語を含むこともあり,
また,われわれは,多かれ少なかれ,あるすでに獲得 含まないこともある。)
されたものの見方で,ものを見ている。っまり,すべて T一語は理論Tによって科学言語にもちこまれる。理
の観察事実は,多かれ少なかれ,観察者のものの見方の 論Tは,2種類の公準一理論公準,すなわちT一公準と.対応公準,すなわちC一公準一にもとずいている。 観察言語 理論言語
工謂欝灘縢諦孕竺話: \対応規則/
0一語とをむすびつける。まえにしめしたように.C一
公準は,キャンベルが観察言語と理論言語とをむすぶ辞 したがって,カルナップにおいては,観察言語と理論 書とよんだもの,ライヘンバッハが対置的定義(Coon r一 言語とは密接に結びつきながらも,明瞭に区別されたも
dinative definition)とよんだもの,およびブリジマ のであることになる。実は,この点に批判を生んでいる ンの用語法で操作公準または,操作規則とよぶことのでき わけで・観察言語と理論言語とをこのように載然と別け たもの,これらのものを構成している。」 ることは・もともと無理なことであるのに,そうしてい
このようなカルナップの考え方について,黒崎宏氏は, るとの論がある。なお,カルナップの考え方は,ヘンペ っぎのようにのべている!3) ル(C,G. Hempe1)やナーゲル(E.Nagel)の考え方
「ある理論が一つの公理体系として完成された暁には と大体において共通のものを持っているといえる。
その理論は,一つの形式体系をなすとすれば,科学理論 (2)ハンソン的科学観
の場合も,それが一つの公理体系として完成された暁に
は,当然一つの形式体系をなすことになる。ところが科 ハンソン(N・R・Hanson)は,つぎのようにのべてい (4)
w理論は,自然科学の場合には自然社会科学の場合に る。
は社会という厳然たる対象を持っている。従ってそれは 「解釈をされぬ以前の観察とはどんなものだろうか。
ただ単に形式体系に止まっているわけにはゆがない。そ 解釈と独立な観察とは,一体どんなものなのか,どだい の形式体系とそれが本来めざしている対象との関係が, この二つは分けられるものだろうか。
改めて与えられなければならないのである。そして,そ わたしは,観察と解釈とは不可分のもの,それも,こ れが「対応規則」と言われるものなのである。かくして の二つが実際に分けてあらわれることがないというにと 公理主義的科学観によれば,かなり自然に,科学理論は どまらず,この二つは元来,きっぱり分けて考えること
「形式体系+対応規則」という構造を持つ,と考えられ は不可能だという意味で不可分だと言いたい。そのモデ
るに至るのである。 ルとしてなら,イチ弍クリームやハム・エッグではなところが科学理論をそのように考えるということは, く『縦糸,横糸』や『揚カー抵抗』さらには『質料一形 形式体系と対象が別々にあり,この両者を対応規則が結 式』がより適切なものであろう。」
ぶ,ということである。ここで問題はここで言う「対刎 また,つぎのようにも言っている。
である。論理経験主義の流れに属する人々は,経験主義 「感覚に入ってくる信号を,その信号の意味の評価か 者として当然この対象を人々の経験的事実に求める。 ら切り離すことは,われわれが科学的観察と考えている 科学の場合の経験的事実とは観察された事実である。そ ものを破壊してしまうことになる。感覚が受け取るデー れは「物言語」あるいは「観察言語」で語られるもので タと,そしてそのデータをもととする概念的構成,とい ある。そして形式体系で用いられる言語は,観察言語に う二つのものへの分離をおこなう。新実証主義の観察の 対して「理論言語」と言われる。かくして対応規則は, モデルは分析的な一刀両断であり,論理的な屠殺といっ 理論言語と観察言語を結ぶ辞書のような役割を果たすた てよい。これでは,観察を理性的に迎え入れ,合理的に とになる。」 把握し,理論的に評定せんがために脈打っている自然科
カルナップの科学観についての以上のとらえ方を簡単 学の心臓を止めることになるばかりである。」
に図式化すると,つぎのようになると考える。 「現代科学において,観察と呼ばれているものは実の 対象 形式体系 ところ経験的要素とそれに附着する理論の霜とのこみ入
った混合である。」
「観察は人間が体験する一つの経験である。一方網膜 対応規則 反応,嗅覚反応,触覚反応等は物理的現象一光化学的,
(関係) 圧反応的興奮に過ぎない。この点,生理学者は必ずしも
経験と物理的状態との間の区別をしてこなかった。しか
(3)
オ,r見る』のは人間であって眼球ではない。カメラや である。」 とする黒崎宏氏のような立場もある。
眼球はそれ自身としては盲目である。視覚器官のなかに 筆者は,これまでの観察の研究から,ハンソンの考え
(あるいは眼の背後の神経組織中に)『見ること』また 方に多分に共感を覚えるとともに,創造的な結果をもた は『観察』と呼べるような何ものかを探しだそうとする らす観察においては,理論の閉鎖性があってはならない 試みは全く問題にならない。『見る』ということは,た と考える。その点で,カルナップのまとまった理論を通 だ眼球を向けるということ以上のことである。同じく, さない観察の存在を肯定したいのである。っまり,っぎ 科学的観察ということは,ただ用意のできた感覚器官を のような往復的な相互関係を認めたいのである。
持って待ちかまえるということ以上のものである。」 事 実 理 論
「観察と解釈とは共生の関係にあり,
概念として互い 観 察 解 釈 に支え合っており,引き離せばともに死ぬ。
」 具 象 抽 象以上のハンソンの科学観に基く観察についての考え方 事象の観察において・「観察の枠組」ともいうべきも の特徴は,一口にいえぱ「観察の理論依存性」を認める のが重要なはたらきをなしていることを筆者は考える。
ところにあるといえよう。実は,この点に批判の生ずる この「枠組」は対象を見るときにどうしても必要な「窓」
問題があるわけで,観察の理論依存性は,そこから「理 であり・五官でとらえるときに必要な「手がかり」であ
論の閉鎖性」を生ずるというわけであるρ)っま嘱察 る。ただこの「顯の枠組」1ちふつうの意味での「理とはある理論を通しての観察だとすれば,ある理論を採 論」とは限らないと考える。「理論」以外の枠組が存在 るということは,その理論を通しての観察しかできなく・ していると思う。
なることを意味すると考える立場がある。こうして,観 そこで・この「観察の枠組」の多様さを・これまでの 察の理論依存性を認めると,理論は自閉症のように,自 筆者の研究の中から探ってみるために・観察における 己の理論的世界に閉じこもってしまい,理論の閉鎖症性 「観点」という角度に注目してみたいのである。適切な を生むとするのである。なお,ハンソンの考え方は,ト 観点,すぐれた発想による観点をとることができるか否 ウールミン(S.Toulmil1),クーン(T.S。Kuhロ),フ かが,観察内容の豊かさ・適確さを決定するといえよう。
アイヤーアーベント(P.1(・Feye rabend),村上陽一郎氏 つぎに観点が観察の過程でどう機能しているか・どん 等の考え方と,大体において共通するものを持っている な役割を果たしているかについて・分類的に試案を出し
といえる。 てみる。
観察のあり方に直接的に強い関係をもっている科学観 観察における観点の重要な役割を・まず大綱において 2種をあげたが,この両者にそれぞれの長所を認めると 観察対象の「選別」と「有機化」の二つとしてとらえ,
ともに,批判も考慮し,「日常的世界を認める点では, それをさらに分類し・それぞれの種類の観点について・
カルナップ達のように経験主義的であるが,観察の理論 本研究のこれまでに現われた事例を引き出してみた・
依存性を認める点では,ハンソン達のように先験主義的
空間的選別{盤稔鵬喜ll二::1:1::1:::1:1::::::翻
選 別
(Filteri㎎)時間的選別{皇鞭間雛纏暮::::::::::::::∵:溜
観点の機能 繍の関係{謙離欝灘1::1:::::∴::二:::::瀦
表象の現実態として事象を把握する場合………・…一一……(03)
(Organizing)
有機 化 撃欝灘し嚇{灘諜鱗㌘募;:: :::::1:溜婆號欝雛{欝飾職1ξ欝撫::翻
F1, F 2, F 3に関係する観察 析)(8)
@水素の観察(5)
容量約20㏄の試験管に0.1規定硫酸約10㏄を入れた 05に関係する観察
ものと・別に約19の華状亜鉛を1個ずつ配布しておき, 第26報(仮説形成に果たす観察機能の役割(2))⑨
っぎのような説明を与える。「試験管の中には希硫酸が入れてある。今この中に配 各観点について
布した亜鉛を入れると,水素ガスが発生する。この場合 F1:第4報(水素の観察における観察方法の吟味)(10)
かなり多くの現象がみられるが,それらの現象をできる 指示した観察方法(7)
だけくわしく観察して記録してほしい。」 「試験管の壁は,どのようになりましたか。」に 観察しうる現象は1亀よって採点は18点満点。 よる現象16「液面上部の壁面に水滴が散乱附着,
F4,01,。21.関係する観察 17「液面のすぐ上は動犠次に大紘上部は中
⑥ 粒」の観察率の飛躍的上昇。ヨウ素と塩化アンモニウムの比較観察
この場合の指示「試験管の壁は,どのようにな 各被検者に容量約20㏄の試験管に約50㎎のヨウ素を りましたか」1よ何の変哲もない平凡な内容のも 入れたもの・同じ大きさの試験管に同程度の塩化アンモ のである。しかし,この簡単な指示で,それまで ニウムを入れたもの・およびアルコールランプ1個を配 液面下の現象ばかりに目をとられていた者にとっ
布しておき・っぎの説明を与える・ て,「視野の拡大」がなされたのである。液面上「2本の試験管の中には・それぞれ少量のヨウ素と塩 の試験管壁に目を及ぼせば,現象16および17の 化アンモニウムが入れてある。今これを順々にアルコー 発見につながっていく可能性が生まれる。このよ ルランプで熱していくとかなり多くの現象がみられるが・ うに「試験管の壁」という「場所」の指示による この両者をできるだけ注意深く比較してみると・いくつ 新らしい観点の把握1ち静的な「空間的選別」の かのちがっている点が見い出される。そのちがっている 機能がはたらいた結果であり,最も基礎的な「観 点を指摘して記録してほしい。ただし熱し方は始めは静 点把握」の場合であるといえよう。
かに熱して・少し時間がたってからはどのような熱し方 このような対象のとらえ方は,対象の中からあ をしてもよろしいし・また2本の試験管を熱する順序は る特定の空間を区別し,「選別」(Filteri㎎)し どうでもよく・何回交代して熱してもよい。」 て,そこに注意を焦点化して観察するわけである。
比較しうる相異点は7個・採点は7点満点 この場合は, 「空間的選別」といえる機能がはた
らいているといってよい。03に関係する観察
ヨウ素の観察⑦
F2:第4報(水素の観察における観察方法の吟味チ1Φ 各被検者に容量20㏄ぐらいの試験管に約50㎎のヨウ 指示した観察方法(4)「試験管を傾けると,泡は 素を入れたものと・アルコールランプを1個ずつ配布し どのようになりますカ㌔」による現象11「試験管 ておき・つぎのような意味の説明を与える。 を傾けると気泡が合体する。」の観察率の飛躍的
「試験管の中には少量のヨウ素が入れてある。今これ 上昇。
をアルコールランプで熱していくと・かなり多くの現象 水素の観察において,発生する泡(水素)は がみられるが・それらの現象をできるだけくわしく観察 液内を上昇する。この液内の動きは,容器の形 して記録してほしい。ただし熱し方は始めは静かに熱し や状態によって影響される。そこで「試験管を て・少し時間を経過してからは・どのような熱し方でも 傾けると,泡はどのようになりますか」と問え
よろしい。」 ば,いやでも応でも,試験管壁にそった泡の運観察しうる現象は15したがって15点満点 動を観察することになる。このように観察にお 04,06に関係する観察 いては・簡単ではあっても対象にはたらきかけ
る操作を指示することは効果的である。観察に
第20報(レンズ学習における観察機能と学習効果の分 おいて,この新らしく加える操作による新たな
現象の発見,この場合は特に泡の「位置変化」 この場合,いったん試験管壁に付着したかた
の現象を発見するのであるが,一っの重要な まり(結晶の部分)をもう一度熱してみるとい
「観点把握」の場合である。 う操作をしてみないと観察できないわけである が,この観点は,加熱による結晶の再変化をあ F3:第4報(水素の観察における観察方法の吟味)?o) る程度,見通しているから得られるものといえ 指示した観察方法(1)「水素ガスの出ぐあいは, よう。このように観察には,思考の要素,とり
どのように変わっていきますか。」による現象1 わけ「見通し」といえるような洞察が関係して
「ガスの発生速度は順次,緩慢,迅速,再び緩側 いる。したがって,観察と思考を段階的に載然
の観察率の飛躍的上昇。 と分離するのは観察の実態からは遠いといわな観察には,同時的観察と継時的観察とある。 ければならない。
いずれも比較観察であるが,この場合は継時的
観察に属する。水素ガスの出ぐあいが,時間的 01:第7報(ヨウ素と塩化アンモニウムの比較観察に
にどう変化していくかの観察賎一見比較観 おける観察方法の吟味)91狛示した観察方法⑥察ではなく単独観察のようであるが,実は比較 「壁についたかたまりは,どちらがより散らばっ 観察である。現象の時間的変化は,前の状態を ていますか。よくくらべてごらんなさい。」によ 記憶しておいて,後の現象と比較しなければと る相違点6「析出した結晶の分布状態のちがい,
らえられないのである。したがって,観点の機 12は分散,NH4C1は密集」の観察率の飛躍的上 能の内で「時間的選別」は,あるむずかしさを 昇。
持っている。しかしジその人間の観点の枠の中 この場合も比較観察であるカ㍉重要な点は,
に時間的変化に対する構えがあるならば,決し その点ではなくて,析出した結晶の分布状態の・
てむずかしいとはいえない。大切なのはそのよ ちがいに着目できるということである。「分布 うな「観点の枠」を持っていっでも「観察の網1 状態」というのは,やや抽象的な観点に立たな でもって事象をすくうことができる構えである。 ければ観察できない。この観点の性格を考えて この場合も,「水素ガスの出ぐあいは,どのよ みると,試験管の管壁のいろいろな部分部分に うに変わっていきますか」という非常に簡単な 析出している結晶を見る一面,その背後である 指示で,効果はじゅうぶん上っているのである。 部分と他の部分を比較しながら,全体として結
晶の存在状態を関係的にとらえることを必要と F4:第7報(ヨウ素と塩化アンモニウムの比較観察に する。この場合の「存在状態」とは「分布状態」
おける観察方法の吟味)lu)指示し襯察方法⑦ 臆味し,「関係的にとらえる」と1ま「空間的
「壁にっいたかたまりのところを熱してみると, 関係をとらえる」ことを意味する。
かたまりはどのように変わりますか。1本つつよ このような対象のとらえ方は,対象の部分部 くみてくらべてごらんなさい」による相違点7断 分についての知覚や情報を関係づけ,有機化す 出した結晶を再び熱したときのちがい,12は結 る方向のものである。その点で観点が「有機化」
晶の間に新結晶,N旺4Clは紙状になる。」の観察 (Organi zi㎎)の機能を持っているのであり,
率の飛躍的上昇。 そのうち「対象間の関係」を見定めようという
F3の場合と同じように,継時的観察に属す 志向を持った観点なのである。
る場合であるが,この場合はさらにこみいって
いる。第ユにヨウ素にっいての継時的観察と, 02:第7報(ヨウ素と塩化アンモニウムの比較観察に
塩化アンモニウムについての継時的観察の両者 おける観察方法の吟味)〜11)指示した観察方法③
をさらに比較観察するので,いわぽ,比較観察 「気体は試験管の中で動きますが,どちらがはげ
の比較観察ということができる。第2に加熱と しく動きますか。」による相違点3「発生したガ いう「エネルギー操作を加え」ている点で,対 スの運動のちがい,12はおだやか,NH4Clは象のはたらきかけの点で一歩積極的である。 はげしい。」の観察率の飛躍上昇。
加熱によって起こるガスの動きを,ヨウ素と塩 きるのである。つまり「発見」してしまうので 化アンモニウムの各場合について,比較観察する あり,「概念の現実態として事象を把握」して
のであるが,観察は,01の場合と同じように しまうのである。すぐれた洞察がはたらいてい「対象間の関係」をとらえる方向にはたらいてい るわけである。そして,この場合の概念は,レ る。ただ,ガスの運動であるだけに「時間的関係 ンズ学習で得た「既知概念」がはたらいたので の把握」が重要なことになる。 ある。
03:第11報(ヨウ素の観察におけるスライドによる観
察方法の暗示効果)∫12)スライド、。よる現象7の ・5、第26報㈱形成・、果た襯轍能の役割(2)(?
観察率の飛躍的上昇。 PbC l 2融液・水溶液の電解による概念「イオン」
第11報(1斐のべてあるように,ヨウ素の観 の定立。
察をする前に「霜」のスライドを見た者は,大 現行教育課程では,「イオン」の学習は,中 巾に観察成果を上昇させる。これは両者に共通 学校3年で行うのがふつうである。まず,電解質 な結晶の析出という現象について,スライドで 水溶液と非電解質水溶液の区別を数例を使って学 見たものをもとにして形成された結晶について んでから,電解質水溶液たとえば塩化鉛(PbCl2)
のイメージがヨウ素の場合に「観点把握」には 水溶液の電気分解を行い,そこで電気を運ぶもの たらきかけ,いくつもの観点をもたらしたもの として仮説的な粒子である「イオン」をとらえ,
と解される。 その上で同じ塩化鉛の融液の電気分解をする。こ
したがって・霜のスライドでつかんだ陵象」 のとき・電気分解に直面してこの場合もやはり「イ が,物質は変わっても,「現実態」としてつか オン」による電導がなされていると見てとるので みとるはたらきをもつわけである。このように ある。「イオン」の移動による現象であると認識
「表象の現実態として事象を把握する」ことは, す筍わけである。このように現象を見る観点とし 一つの重要な観点把握である。 て「仮説的な概念」をとり,この概念を通して,
現象を見るのである。
また順序を変えて,融液の塩化鉛の電気分解か 04:第20報(レンズ学習における観察機能と学習効果 ら入って・後に同じ塩化鉛の水溶液にあたるとい
の分析廻レンズ認知の後のビーカー,フラスコ う揚合があり,この過程には尊重すべき理由があ におけるレンズ的機能の発見 ることは前にのべてある19)この場合にも,融液
レンズ学習の後で,ビーカー,フラスコに水 のときに「仮説的」につかんだ「イオン」の「概 を入れたものを通して物を見ることをやらせる 念」が観察の「窓枠」になって,水溶液のときに と,よく事由を理解する。この場合,有効には 「イオン」の移動によって現出した現象として,
たらいている観点廣レンズ学習の中でつくら 認識するわけである。このように「仮説的な概念」
れている。つまり「屈折」という「概念」であ が観察における観点形成に有力な役割を果し,「概 るが,異なった物質の境目で光が屈折するとい 念」を通して,現象を認知し発見するのである。
う規則性をつかみ,レンズはそれを利用したも のであることを理解する。ここでつかんだ「屈 折」という「概念」は,ビーカー,フラスコに
水を入れたものに接したとき,向こう側の物体 06:第20報(レンズ学習における観察機能と学習効果
ェ拡大されて見えることを「屈折」という「概 の分析)編腓図による問7,イーホの略率念」で解釈することができるが,この際重要な の上昇。
ことは,単に解釈ができるだけでなく,ビーカ 小学校6年生におけるレンズ学習において,
一,フラスコに水を入れたものに接したとき, 光の屈折の「法則性」によってレンズを通過し
その中に「レンズの機能」を見てとることがで た光の結ぶ像や結ばない場合の事情について学
ぶわけであるが,児童はなかなか「法則性」を 「この過程は,赤ちやんが始めて目をあけてこの世界 つかみにくい。このとき,光の進路についての を眺めたその瞬間から始まるものと考えて良い。もちろ
「簡易作図」をさせると「法則性」についての ん赤ちやんも,産れでる前にも,何らかの刺激をうけと イメージがっかまり,それによって「法則性」 るものではあるが,今や誕生と共に脳は全感覚から降り
を「窓枠」として,光の進路の観察がなされ, 注ぐ洪水のような通信を浴びるに至ったというわけであ 現象把握が一段と促進されるのである。なお, る。その瞬間から,脳に入ってくる刺激は,その痕跡を
この例の場合は,不確実ではあるがいったんつ 脳に残し始め,脳の規則が作られ始めるのである。」
かんだ「既知の法則」が観点形成に役立っわけ また,生まれながらの盲目であったが後に手術で始め
である。 て目が見えるようになった人が「見る目」を持つに至る過程をつぎのようにのべている! の
07:本研究においては末だ現われていない。 「患者は生まれてはじめて,目が開いた時に,ほとん
ど全く,新しい視界を娯しむということはない。実際,
§δ 観点形成の過程 患者は見るという新しい経験を苦痛に感じるのである・
以上のように,観察において重要な役割りを果す「観 そしてただ光と色のうず巻くかたまりが見えるだけだと 点」は多種にわたっている。しかし,それらの観点は, 答える。まして視力を使って,目的物をとり出すこと,
基本的に共通するものを持っていると考えられる。この それがどんなものかを認識すること,その名前を言うこ 点を考えると「観点」はいかにして形成されるのかとい となど,全く不可能であることが証明されている。触感 う問題が根本になる。「認識の枠組」はいかにして形成 を基にして,すでにいろいろなものにっいてよく知って されるのかの問題である。 おり,さわれば名前をいえるのに,それが存在する空間
まず,観点形成の素朴な姿を考えてみるのに,東野芳 の概念がないのである。『もちろん,視力を使って物を
明氏(美術評論家)の経験鯵考にしたい513) 繍するには謹かながら繭を要する緯いない。と「この夏生後七か月になる娘を高原に連れていって, いわれるだろうが実際には,僅かの時間どころではなく,
o ●面白いことに気が付いた。日ごろコンクリートの箱のよ きわめて長時間,実に年をもって数えるほどの時間を必 うなマンション暮らしだから,雄大な山並みを見せてや 要とする。患者の脳は見るための規則について訓練をう ったら,と思ったわけだが,とんと興味を示さない一 けていなかったのである。私どもは,見るための規則が というより,よく観察してみると,この世にあらわれて あることなど,意識していない。俗に言う『楽に見てい 問もない彼女には,遠くのものはまだ見えないのだろう る』と考えている。しかし事実は,子どもの時代に,『完 か,せいぜい自分から二,三メートルの半径以内のもの 全な一揃いの規則』を学んでいたのである。」
だけに視線を集中し,黒姫や妙高の遠望を前にしても, このように,「見るための規則」は一朝一夕にして獲 乳母車の縁とか母親の頬とか山道の石ころだけにさわろ 得されるものではない。ここでのべられているのは,「規
うとしたり,のぞき込むばかりだった。それよりも遠い 則」のうち,特に「空間的な規則」といってよいもので ものでは,動くものだけには視線を向けるようになって ある。
きたようだ。 フォン。ユスクキュル(J・V・Ue)曲11)は,空間的 はじめて父親になった新人の,山を見せてやろうとい 認知において「枠組」ができてくる過程において「場所 襯心1もとんだ誤算 .終わったわけだが,ふつう,な づけ」(L。k。li前er㎎)の作用鍾視する115)色覚だけ んでもないことと思っている 見る という行為にして を見えた眼から,外界の物の形を識別できるようになっ
も屈折した学習の集積であることがあらためてよく分か た「場所づけ」の能力の出現は,大変画期的な意味をも ったのである。」 っている。このことについてユスクキュルは,つぎのよ
東野氏のいうように,「見るという行為」を学習する うにのべている。
必要があるのであるが,それは,どのようになされるの 「『場所づけ』の能力の出現とともに,』撃の下に世 であろうか。ヤング(J・Z・Young)は,「見るための 界は一変する。空間はいくつかの『場所』を獲得し,そ 規則」が次第にできていく過程を,つぎのようにのべて して,その場所にもろもろの色も定着できるようになる。
(14)
「
.
サうすると・空間におけるもろもろの色は・われわれの は・多くの個々の事物に共通のそし丸本質的な類標識と 眼があちこちにふらついていても,もはや生じたり消え して付着している諸特性を取りだすことができる。
たりはしない。われわれがそれを見ないでも,赤い円形 ゲシュタルト知覚の抽象作用がたんに個体発生的およ は赤いままでそこにとどまる。かくして,ひとは客観的 び系統発生的に概念的思考の成立の一前提であるばかり 存在・あるいは客観的世界を獲得したことになる。この でなく,さらに概念的思考のなかでもその不可欠の部分 存在というのは,主観(主体)の視る能力とは今や独立 機能として残っているということは,まったく確かであ のものであるが,しかし,客観的となった空間の中の自 る。」
分の『場所』というものに依存して存在しっづけるのだ。 「環境世界の諸対象を凝視する魚類では,視覚的定位 同様なことが他の触覚,音,においなどという感覚の の過程が定位された運動能の過程に先行する。より高い
『質』についても起こる。われわれが触れる赤い丸い物 水準で同じことが哺乳動物で見いだされる。彼らはやや は・そこへ手を伸ばさなくても硬い物として存在しっづ 長いあいだ空間を視覚的に《接触》することによって,
ける。その赤い物は,たとえ,われわれが注意を他の物 すべての空間的事物への精確な洞察を獲得し,ただちに に向けたとしても,同じ音を出すもの,同じにおいと味 問題を解決する。恐らく《心に描かれた》空間,っまり の物として・そこに在りっづける。否そればかりか,わ 中枢神経の内部にモデルとして表象された空間のなかで れわれ自身の身体も,急に『客観的』のものとなり,空 ある《内的行為》が行なわれているのである。すべての 間における一定の位置を占めるようになる。 人間的思考は,このように試験的にただ中枢神経のなか このようにして,われわれの身体は外界の他の対象と だけで行なわれている《表象された空間内の行為》とし 全く同じく『客観的』になる一方,われわれの購』は て理解することができる。」
必然的に『主観的』でありっづける。何故といえば『私」 以上,「認識の枠組」のうち,主として空間的な面に は・すべての感覚の『質』を高度の形成にもたらすとこ ついての洞察に富んだ説を参考にしてきたが,時間的な ろの統覚のはたらきそのものとして,前述の揚所づけの 面についても,基本的にはじゅうぶん通ずる「枠組」が 能力を含んでいなければならないからである。」 存在するものと考えられる。
ユスクキュルののべている方向と同種の内容を,コン 観察における「観点の形成」には,このような基礎的 ラート・ローレンツ(K・五。renz)はっぎのように「股化 条件と過程を尊重して,そのあり方を考えていかなけれ
して考察している鯉 ばならないと考える。そして「概念」や「法則.原理」
「色彩・大きさ・方向そして形式の恒常性のようなす を「窓枠」として事象を観察するときの観点形成は,よ べての恒常性のはたらきは,それらが刺激データの偶然 り高次の過程をたどるものと考える。
● ●
Iな形式や種類を知識獲得の過程から排除する限り抽象 次報においては,これらの問題について,もう少し,
o ● ●
作用的であり,対象につねに付着している諸特性を,た 立ち入って検討したい。
またま支配している知覚条件とは無関係にいつも同じや
り方で報知する限り,彼らはまた雲臨作用繭である。本 §4 結 論
質的なものを偶然的なものから分離する能力は,感覚過 ①観察を促進するために,「ものの見方」をどう形成 程と神経過程とに依存しているが,これらはわれわれの すべきかという問題意識のもとに,まずこの問題の背景
自己観察や合理的検査には近づきがたいものであるけれ となる科学観を展望し,代表としてカルナップ的科学観 ども・機能的には悟性的計算や推論とすべての点で同じ とハンソン的科学観を比較し,観察の本質を考える手が ものである。このような無意識の計算過程を,われわれ かりとした。
はエゴン・ブルンスヴィクの術語をかりて合理形態的 ②観察における「観点」の果す役割を,本研究の1〜
(ratiomorph)なものと呼ぶ。 27報において,実例について検討し,観点の持っている 1 そのようなはたらきを行なう計算装置は,すでに比較 選別の機能と有機化の磯能を柱に11種の観点を分類した。
1的下等な鋤にも認め鱗そして系襯生的鳳さ③顯における観点の形成を謙の欄の形成という
@まざまな条件下にある個々の対象を同一のものとして再 立場からとらえ,東野芳明氏,フォン・ユスクキュル,
の最高に発達した段階では,これらの『コンピュータ』 意図的な認識の枠組の形成をねらった手立てが必要であ
ると考えた。 (8)高野恒雄:本研究(第20報)一レンズ学習における
観察機能と学習効果の分析一,本紀要,16(1966),注:本研究の内容は,1975年8月20日,日本理科教 165−。
育学会全国大会(於北海道教育大学旭川分校)において, (9)同 上:本研究(第26報)一仮説形成に果たす観 研究発表してある。 察機能の役割(2)一一,本紀要,23(1973),15御。
⑩同 上:本研究(第4報)一水素の観察における 文 献 観察方法の吟味一・本紀要・6(1956)・86−・
q1)同 上:本研究(第7報)一ヨウ素と塩化アンモ
(1)高野恒雄:本研究(第25−27報)一仮説形成に果 ニウムの比較観察における観察方法の吟味一本紀要
たす観察機能の役割(1〜3),本紀要,2L 23, 8(1958),119−。24(1g71,1973,1g74) ⑬同 上:本研究(第11報)一ヨウ素の観察におけ
②R・Camap:Philosophical Fomdations of Phys一 るスライドによる観察方法の暗示効果一本紀要10 ics, New Yofk:Basic Books(1966),沢田允哉・ (1960)・171酎。
中山浩二郎・持丸悦朗訊岩波書店(1968),264〜・ 〔1鋤東野芳明:短距離視覚型,毎日新聞,1973,
(3)黒崎 宏;理論と説明,哲学,2,世界と知識大 9.月25日。
森荘蔵編東京大学出版会(1973),311得・ ωJ・Z・Yo㎎:Doubt and Certainty in Science,
④N猛Hanson:Philosophy of Science, The Clarendon Press, Oxford(1950),岡本彰祐訳人
Voice of America Forum Lectures(1963),大出 間はどこまで機械か一脳と意識の生理学一,白揚社 晃,坂本百大他訳,現代の科学哲学,誠信書房(1967) (1956)・78〜。
89〜・ 個JボV・Uexk廿11:Unwelt and Imenwe lt(ler Tiere,
⑤ 高野恒雄:本研究(第2報)一水素の実験における (1909),Berlin・
観察機能の分析,本紀要,5(1955),99〜。 個K・Lorenz:Die RUckseite des Spiegels・Ver一
(6)同 上:本研究(第6報)一ヨウ素と塩化アンモ such einer Naturgeschichte Menschlichen Erke一
ニウムの実験の比較観察について一本紀要,7(1957) mens, R, P i per&Verlag・(1973),MUnche恥115〜。 谷口茂訳,鏡の背面,思索社,(1974),
⑦ 同 上:本研究(第1報)一ヨウ素の実験におけ 291〜。
る観察機能の分析一,本紀要,5(1955)89〜。
Experimental Studies on the Functiσn of Observation in Science Educat‡on, XX租
Meani㎎of the Viewpoint in Observation(1)
Ts㎝eo Ta㎞。
(Faculty of E ducation, Ibaraki University)
Abstract
For the study of the way of Observing as to the natural phenomena, two representative philoso1距y of science relating the problem of observation, that is, the thought of R
Carnap and N・R・Ha夏son as the basis of this study were investigated.From the standpoint of the τ01e of viewpoint in the observatio恥the way of viewpoint in the 6bservation, the way of ob8erving of phonomena in this studie8・1卍XX田 were
investigated. Thep, by the investigation of the process of dbservation, c ontaining the aRaly一
sis for the main components of the fu耐ion of viewIゆint、 that is,鴨Filteri㎎ and
Organi zing巴 eleven viewpoi且ts were classified,
The fonnation of the viewpoint in the observation was studied by the c㎝ceptio豆』
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gFramewoゴk of Cognition with reference to the opinion of Yoshiaki To㎞o, tbe theo】70f
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