ヤン・シュヴァンクマイエルの映像作品 における「触覚」の分析的研究
《夢》《存在の境界》《言葉》を中心に
遠 藤 琴 美
目 次
はじめに ... 4
第
1
章 序 論 第1節 研究目的・意義(先行研究と研究の着眼点について) ... 11第2節 論文の構成と概要 ... 23
第
2
章 ヤン・シュヴァンクマイエルと《触覚》 「肉片の恋」における言 語論的連合作用と芸術的異化作用について はじめに ... 25第1節 シュヴァンクマイエル作品における《触覚》の重要性 ... 26
第2節 「触覚」について ... 29
第3節 西洋における《触覚》表現 ... 40
第4節 言語論とシュヴァンクマイエル ... 42
第5節 ロシア・フォルマリズムと〈異化作用〉 ... 44
第6節 シュヴァンクマイエルとアルチンボルド ... 48
第7節 疑似《触覚》 ... 52
第8節 「肉片の恋」 シュヴァンクマイエルの《触覚》表現方法 ... 54
第9節 アンチ現代文明 反抗 ... 56
おわりに ... 57
第
3
章 ヤン・シュヴァンクマイエルと《夢》 『アリス』の《夢》と《現 実》について はじめに ... 60第1節 ルイス・キャロルと『不思議の国のアリス』 ... 61
第2節 アリスが見た《夢》 夢は現実、現実は夢 ... 62
第3節 『アリス』冒頭 ... 65
第4節 『アリス』の<部屋> 《夢》と《現実》のロジックと「形体の自然主義」 ... 67
第5節 《現実》と《現実界》 ... 71
第6節 『アリス』の〈トポス〉について ... 73
おわりに ... 75
第
4
章 ヤン・シュヴァンクマイエルと《存在の境界》 「アッシャー家 の崩壊」と「幽霊宮」について はじめに ... 78第1節 エドガー・アラン・ポーと「アッシャー家の崩壊」 ... 79
第2節 ポーとシュヴァンクマイエルの出会い ... 81
第3節 シュヴァンクマイエルの映像とナレーションについて ... 84
第4節 「幽霊宮」The Haunted Palace について ... 86
第5節 「幽霊宮」とシュヴァンクマイエルの映像 ... 94
第6節 「無機物にも知覚がある」 ... 96
第7節 《日常》と《非日常》の曖昧性 「アッシャー家の崩壊」の構造 .. 99
第8節 無機物とマナ(mana) ... 102
おわりに ... 104
第
5
章 ヤン・シュヴァンクマイエルと言葉 「対話の可能性」と「対話 の不可能性」について はじめに ... 106第1節 「永遠の対話」と「不毛な対話」 ... 108
第2節 「情熱的な対話」 ... 109
第3節 執着する「ラメラ」 ... 110
第4節 対話の“不可能性” ... 113
おわりに ... 118
第
6
章 終 章 第1節 総括 ... 121第2節 結論 ... 129
あとがき ... 132
参考文献 ... 136
“Now, you wi ll see your fi l m.”
( ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 『 ア リ ス 』 冒 頭 よ り )
は じ め に
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 映 像 作 品 を 初 め て 見 た の は 、日 本 大 学 法 学 部 1 年 次 に 受 講 し た 「 基 礎 研 究 」 だ っ た 。 そ れ ま で 海 外 の 芸 術 作 品 に 対 す る 興 味 、ま し て や ア ニ メ ー シ ョ ン に 対 す る 関 心 は あ ま り 高 く な か っ た よ う に 記 憶 し て い る が 、一 瞬 に し て そ の 世 界 に 惹 か れ 、こ の 作 家 の こ と を も っ と 知 り た い と 感 じ た 。
ま た 、 そ の 授 業 で は 、 中 島 敦 や ホ ル ヘ ・ ル イ ス ・ ボ ル ヘ ス 、 ウ ラ ジ ミ ー ル ・ ナ ボ コ フ な ど を 中 心 と し た 比 較 文 学 の 講 義 が 展 開 さ れ 、そ の 中 で は 、フ ロ イ ト や ラ カ ン な ど 、精 神 分 析 学 に 関 す る 文 献 も 多 く 紹 介 さ れ た 。 予 て よ り 関 心 の あ っ た 精 神 分 析 学 、そ れ に 付 随 し た シ ュ ー ル レ ア リ ス ム 。 シ ュ ー ル レ ア リ ス ム へ の 感 興 は 次 第 に 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 興 味 へ と 繋 が っ て い っ た 。
チ ェ コ は 元 来 、ア ニ メ ー シ ョ ン が 有 名 な 国 で あ る 。イ ジ ー・ト ル ン カ 、 ブ ラ ジ ス ラ フ ・ ポ ヤ ル 、 イ ジ ー ・ バ ル タ 、 ヘ ル ミ ー ナ ・ テ ィ ル ロ ー ヴ ァ ー な ど 、数 多 の 作 家 が い る 中 で 、特 に シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル に 一 番 心 惹 か れ た の は 、彼 の 作 品 の 背 景 に あ る 、哲 学 的 な 思 想 を 強 く 感 じ た か ら だ っ た 。
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル に 関 わ ら ず 、ア ニ メ ー シ ョ ン は ト ー タ ル 芸 術 で あ る と 言 え る 。芸 術 、美 術 、文 学 、音 楽 、哲 学 、精 神 分 析 学 、言 語 論……
そ の 中 で も 取 り 分 け 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 芸 術 に は す べ て が 内 包 さ れ て い る 。こ れ ま で 蓄 え て き た 諸 学 問 を ベ ー ス に 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 芸 術 を ト ー タ ル な 視 点 か ら 捉 え て み た い と 考 え た 。
筆 者 は か つ て 、 日 米 関 係 、 こ と に 《 原 爆 》 に 関 す る 文 学 作 品 の 考 察 を
中 心 と し た 研 究 ・ 分 析 を 試 み よ う と し て い た 。 な ぜ な ら ば 、 日 米 関 係 の 諸 問 題 は 、常 に 社 会 科 学 の 領 域 と し て 扱 わ れ 、か つ て 人 文 科 学 の 領 域 に お い て は 深 く 厳 密 に 考 究 た こ と は な く 、ま た 、そ の 成 果 を 得 た こ と は な い と 考 え た か ら で あ る 。
社 会 科 学 的 な 問 題 を 議 論 す る こ と に つ い て 、ア ン ト ニ ア オ ・ ネ グ リ と マ イ ケ ル ・ ハ ー ト は 『 マ ル チ チ ュ ー ド 』 の 序 文 に お い て 次 の よ う に 〈 宣 言 〉 し て い る 。
心 に と ど め て お い て い た だ き た い の は 、本 書 が 哲 学 書 だ と い う こ と で あ る 。 本 書 で は 、 戦 争 を 終 わ ら せ 、 世 界 を も っ と 民 主 的 な も の に す る た め の 取 り 組 み の 例 を 数 多 く 示 し て い く 。 し か し 、 だ か ら と い っ て 、本 書 に「 何 を な す べ き か ? 」と い う 問 い に 答 え た り 、 具 体 的 な 行 動 プ ロ グ ラ ム を 提 示 し た り す る こ と を 期 待 し な い で い た だ き た い 。1
社 会 科 学 的 な 問 題 を 議 論 す る と き 、通 常 で あ れ ば そ の 具 体 的 な 解 決 策 を 提 示 す る こ と が 期 待 さ れ る が ( も ち ろ ん そ う で は な く 、 研 究 者 の 興 味 ・ 関 心 の 元 に 展 開 さ れ て い る 考 察 ・ 分 析 も ま た 、 多 く 存 在 す る )、 人 文 科 学 的 ア プ ロ ー チ で そ の 問 題 を 扱 う 場 合 に は 、精 神 分 析 学 者 で あ る ジ ャ ッ ク ・ ラ カ ン や 、 哲 学 者 の ジ ャ ッ ク ・ デ リ ダ が 、 鋭 い 問 題 を 提 起 す る が 結 論 を 示 そ う と し な か っ た よ う に 、〈 答 え 〉 を 提 示 す る こ と は 、 あ ま り 意 味 の な い こ と だ と 思 わ れ る 。
な ぜ な ら 、 千 住 博 の 『 千 住 博 の 美 術 の 授 業 絵 を 描 く 悦 び 』 に も あ る よ う に 、「 良 い 質 問 に は 答 え が す で に 含 ま れ て い る 」 か ら で あ る 。「 芸 術 と は 答 え の 返 っ て こ な い 永 遠 に 向 か う 問 い か け の よ う な も の 」 で 、「 答
1 ネ グ リ 、 ア ン ト ニ オ 、 マ イ ケ ル ・ ハ ー ト 『 マ ル チ チ ュ ー ド :「 帝 国 」 時 代 の 戦 争 と 民 主 主 義 』( 上 )、 幾 島 幸 子 訳 (N H K 出 版 、2 0 0 5 年 )、23 -2 4 .
え の 歴 史 で は な く 、宇 宙 や 神 に 対 す る 質 問 の 歴 史 が 芸 術 の 歴 史 」な の だ 。
2
ま た 、ラ カ ン は 、真 理 へ の 到 達 や 唯 一 解 が 存 在 す る と い っ た〈 至 高 善 〉 を 神 経 症 的 、 つ ま り 〈 異 常 〉 で あ る と し 、 こ れ を 禁 止 の 対 象 と し て 位 置 付 け て い る 。真 理 や 唯 一 解 だ と 思 わ れ て い る も の を 根 拠 づ け 、正 当 化 す る 〈 答 え 〉 は 、 や は り 存 在 し な い の で あ る 。
精 神 分 析 学 理 論 の 創 始 者 で も あ る ジ ー ク ム ン ト ・ フ ロ イ ト は 、人 は 無 意 識 に よ っ て 動 か さ れ て い る こ と を 発 見 し た が 、ラ カ ン が 言 う と こ ろ の
《 他 者 の 欲 望 》 で 結 び 付 け ら れ て い る 集 団 ・ 組 織 ・ 国 家 も 、 無 意 識 に よ っ て 動 か さ れ て い る 。し た が っ て 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 研 究 に お い て も 、 歴 史 的 ・ 実 証 的 研 究 に 加 え 、 精 神 分 析 学 的 、 あ る い は 言 語 論 的 ・ 心 理 学 的 ・ 哲 学 的 ・ 文 学 的 視 点 か ら 多 角 的 に 分 析 す る 必 要 が あ る 。 な ぜ な ら 、精 神 分 析 学 な ど の 人 文 科 学 的 視 座 を 加 え る こ と に よ っ て 、今 ま で《 無 意 識 》 の 領 域 に 〈 潜 伏 〉 し て い た た め に 、 明 ら か に さ れ な か っ た 様 々 な 側 面 が 浮 き 彫 り に な る と 考 え ら れ る か ら で あ る 。
ミ シ ェ ル ・ フ ー コ ー に よ っ て も 示 唆 さ れ て い る 通 り 、精 神 分 析 学 理 論 は 依 然 と し て 強 い 影 響 力 を 持 ち 、芸 術 や 文 化 理 解 な ど 様 々 な 事 象 に お い て 用 い ら れ て い る が 、日 本 で は 欧 米 諸 国 に 比 べ 、そ の 研 究 が 遅 れ て い る 。 特 に 文 化 ・ 芸 術 面 に お い て は 、フ ロ イ ト や ラ カ ン に よ っ て も 比 較 的 少 数 の 言 及 し か さ れ て お ら ず 、 そ の 解 釈 ・ 展 開 が 期 待 さ れ る 分 野 で あ る が 、 こ れ に つ い て は 筆 者 の 関 心 も 高 い 。そ の な か で も 、フ ロ イ ト か ら 多 大 な 影 響 を 受 け た シ ュ ー ル レ ア リ ス ト で あ り 、チ ェ コ の 映 画 監 督 ・ 映 像 作 家 で も あ る シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 作 品 に は 、目 に 見 え る 意 識 的 な も の だ け で は な く 、そ の 深 層 に あ る 無 意 識 的 な も の に 注 視 す る と い う 精 神 分 析 学 的 要 素 が 随 所 に 散 在 し 、 フ ロ イ ト ・ ラ カ ン 的 エ コ ー が 感 じ ら れ 、 精 神 分 析 学 の 研 究 対 象 と し て も 大 変 興 味 深 い と 感 じ た 。
2 千 住 博『 千 住 博 の 美 術 の 授 業 絵 を 描 く 悦 び 』( 光 文 社 、2 0 04 年 )、4 1 -4 2 .
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 作 品 や 思 想 は 、か つ て フ ロ イ ト が ダ ・ ヴ ィ ン チ (「 レ オ ナ ル ド ・ ダ ・ ヴ ィ ン チ の 幼 年 期 の あ る 思 い 出 」3) や ド ス ト エ フ ス キ ー (「 ド ス ト エ フ ス キ ー と 父 親 殺 し 」4) の 作 品 を 精 神 分 析 学 的 に 分 析・考 察 し 、そ れ が 後 世 の 文 化・芸 術 論 に 様 々 な 影 響 を 与 え た よ う に 、 精 神 分 析 学 に と っ て も 、 貢 献 で き る 研 究 で あ る と 考 え て い る 。 そ れ は 、 精 神 分 析 学 が 単 な る 精 神 病 の 一 治 療 方 法 と し て の 側 面 だ け で は な く 、芸 術・文 学 理 解 へ の ア プ ロ ー チ 方 法 と し て 有 義 性 を 所 持 す る こ と の 証 左 に も な る だ ろ う 。
さ ら に 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 諸 作 品 に 一 貫 し て い る 哲 学 ・ 思 想 で も あ る 《 近 代 》 の 問 題 を 考 え る こ と は 、 学 際 的 ・ 学 問 横 断 的 で あ る べ き 研 究 内 容 で あ り 、 こ の よ う な 分 野 の 研 究 は 、 単 な る 芸 術 論 を 超 え て 、 比 較 思 想 、 比 較 文 学 、 哲 学 、 言 語 論 と い っ た 人 文 科 学 の 専 門 分 野 に も 寄 与 す る も の で あ り 、さ ら に 、人 間 や 社 会 の 在 り 方 と し て の 社 会 科 学 や 自 然 科 学 に も 貢 献 で き る 可 能 性 を 含 ん で い る の で は な い だ ろ う か 。
以 上 が 、日 本 大 学 大 学 院 総 合 科 学 研 究 科 に お い て 、筆 者 が シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 研 究 を 試 み た ゆ え ん で あ る 。
さ ら に は 、大 学 院 1 年 次 に 必 修 の 授 業 で あ っ た 記 号 論 に お い て 、ソ シ ュ ー ル や 丸 山 圭 三 郎 の 言 語 論 に つ い て 、 ま た 、 ゼ ミ で は 空 海 や 親 鸞 、 道 元 、井 筒 俊 彦 を は じ め と す る 東 洋 哲 学 に つ い て も 深 く 学 ん だ こ と が 、研 究 視 点 を 広 げ る 契 機 と な っ た 。
こ れ ら を ベ ー ス と し て 、在 学 時 に 日 本 英 語 文 化 学 会 ・ 国 際 文 化 表 現 学 会 に お い て 口 頭 発 表 を し 、 ま た 、 学 術 雑 誌 へ 論 文 を 投 稿 し た 。 本 論 文 で 取 り 扱 う 主 要 テ ー マ 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル に お け る 《 触 覚 》《 夢 》《 存 在 の 境 界 》《 言 葉 》 の 問 題 は 、 そ れ ぞ れ の 口 頭 発 表 と 投 稿 論 文 を 深 化 さ
3 フ ロ イ ト 「 レ オ ナ ル ド ・ ダ ・ ヴ ィ ン チ の 幼 年 期 の あ る 思 い 出 」『 フ ロ イ ト 著 作 集 第 3 文 化 ・ 芸 術 論 』 高 橋 義 孝 訳 ( 人 文 書 院 、1 9 6 9 年 )
4 フ ロ イ ト 「ドストエフスキーと父親殺し」『 フ ロ イ ト 著 作 集 第 3 文 化 ・ 芸 術 論 』 高 橋 義 孝 訳 ( 人 文 書 院 、1 9 6 9 年 )
せ 、 大 幅 に 加 筆 ・ 修 正 し た も の で あ る 。
博 士 論 文 を 執 筆 す る に 当 た り 、筆 者 は 、日 本 大 学 総 合 科 学 研 究 科 4 年 次 に 「 大 学 院 総 合 科 学 研 究 科 共 同 研 究 費 」 を 利 用 し 、 2 0 0 8 年 2 月 1 7 日 か ら 3 月 5 日 ま で 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の ア ト リ エ 訪 問 と 文 献 調 査 の た め に チ ェ コ ・ プ ラ ハ に 滞 在 し た 。
プ ラ ハ の 街 は 世 界 有 数 の 観 光 地 で あ る が 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の ア ト リ エ が あ る プ ラ ハ 城 近 隣 は 、道 を 一 本 奥 に 入 る と 、観 光 客 は 足 を 踏 み 入 れ な い 、ま る で 何 世 紀 が 前 に タ イ ム ト リ ッ プ し た よ う な 物 静 か な 場 所 で あ る 。
フ ラ ン ツ・カ フ カ も か つ て 暮 ら し て い た プ ラ ハ 城 の す ぐ 側 に あ る ア ト リ エ を 訪 ね た そ の 日 、残 念 な が ら シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ に は 会 え な か っ た 。 い か に も チ ェ コ 人 ら し い 、 無 愛 想 な 女 性 が 店 番 を し て お り 、「 写 真 を 撮 っ て 良 い か 」 と 尋 ね る と 、 そ っ け な く 「yes」 と 答 え て く れ た 。
近 年 で は 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 の ほ ぼ す べ て が DV D で 見 ら れ る と い う こ と も あ り 、日 本 に お い て も 彼 の 人 気 は 高 ま っ て い る 。2 0 0 7 年 8 月 に ラ フ ォ ー レ 原 宿 で 開 催 さ れ た 展 覧 会( ヤ ン & エ ヴ ァ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 展 ~ ア リ ス 、 あ る い は 快 楽 原 則 ~ ) で は 、 ラ フ ォ ー レ 原 宿 で 開 催 さ れ た 展 覧 会 の 中 で 、過 去 最 高 の 入 場 者 数 を 記 録 し た と い う 。
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル は 歌 舞 伎 や 能 を は じ め と し て 、日 本 の 古 典 芸 術 に も 強 い 興 味 と 関 心 を 示 し て い る 。 ま た 、 江 戸 川 乱 歩 (『 人 間 椅 子 』) や 小 泉 八 雲(『 怪 談 』)の 小 説 の 挿 絵 も 手 が け 、日 本 に お い て 出 版 し て い る 。 な お 、筆 者 は チ ェ コ 語 文 献 を 解 読 す る に 当 た り 、チ ェ コ 大 使 館 で 開 講 さ れ て い る チ ェ コ 語 講 座 を 修 了 し た 。
プ ラ ハ の 街 並 み
ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の ア ト リ エ 外 観
プ ラ ハ に て 遠 藤 撮 影
ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の ア ト リ エ
プ ラ ハ に て 遠 藤 撮 影
第
1章 序
論第
1
節 研 究 目 的 と 意 義 ( 先 行 研 究 と 本 研 究 の 着 眼 点 に つ い て ) チ ェ コ の 芸 術 家 、 映 画 監 督 、 映 像 作 家 で あ る ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル (J an Švankmaj er, 1934 -) に つ い て は 、 ア ー テ ィ ス ト や ク リ エ イ タ ー と し て の 才 能 や 影 響 力 の 大 き さ を 世 界 が 認 め て い る に も 拘 わ ら ず 、そ の 学 術 的 ・ 体 系 的 研 究 は 、 日 本 、 ま た 世 界 に お い て も 非 常 に 遅 れ て い る と 言 わ ざ る を 得 な い 。シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 作 品 の す べ て は 、 文 学 的 、 か つ 、 哲 学 的 な 思 想 を 含 ん で お り 、 そ の 映 像 の 中 に は 、 人 間 と は 何 か 、 言 葉 と は 何 か と い う 問 題 、さ ら に は 、今 日 の グ ロ ー バ ル 社 会 に 対 す る 政 治 的 発 言 さ え も 託 さ れ て い る と 考 え ら れ る 。彼 の 作 品 は 、単 に 映 像 だ け を 楽 し む 性 質 の も の で は な い 、 と 言 っ て 良 い 。
本 研 究 最 大 の 特 色 は 、 従 来 の 芸 術 ・ 文 学 研 究 に 、 言 語 論 、 精 神 分 析 学 理 論 、 あ る い は 哲 学 的 ・ 比 較 文 学 的 視 座 を 加 え 、 多 角 的 に 分 析 ・ 考 察 し よ う と し て い る 点 に あ る 。
こ れ ま で の シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル に つ い て の 研 究 は 、い わ ゆ る「 評 論 」 が 中 心 で あ っ た 。国 内 に お い て 学 術 論 文 と 呼 べ る も の は 赤 塚 、佐 野 に よ っ て 論 考 さ れ た 僅 か な も の し か な い 。ゆ え に シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 研 究 が 学 問 と し て 評 価 さ れ る こ と は 少 な か っ た と 言 え る 。ま た 、そ の 先 行 研 究 の ほ と ん ど は 、い か に し て 斯 様 な 映 像 が 作 ら れ た か と い う 映 像 技 法 的 ア プ ロ ー チ 、あ る い は チ ェ コ の 共 産 主 義 時 代 と 彼 の 経 歴 を 辿 る 歴 史 的 ア プ ロ ー チ と 政 治 的 な 意 図 を 探 る 影 響 研 究 が 中 心 で あ っ た 。
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に つ い て の こ れ ま で の 主 な 学 術 的 研 究 に つ い て 、国 内 の 数 少 な い シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル を 扱 う 研 究 者 で あ る 佐 野 明 子 は 以 下 の よ う に 論 じ て い る 。
現 在 で は 国 内 外 に お い て 盛 ん に 研 究 が 行 わ れ て い る が 、そ の 傾 向 は 明 確 に 二 極 分 化 し て い る と い え よ う 。一 方 は 作 品 の 独 特 な 作 風 を 評 価 す る 研 究 で あ る 。 そ れ は チ ェ コ ・ シ ュ ル レ ア リ ス ム や ル ド ル フ 二 世 時 代 の マ ニ エ リ ス ム 芸 術 の 影 響 を 多 大 に 享 受 し た シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 を 美 術 史 や 映 画 史 に 位 置 づ け る も の で あ り 、 テ ク ス ト そ れ 自 体 の 特 徴 を 抽 出 す る 作 家 論 ・ 作 品 論 と し て 評 価 で き る 。他 方 は 作 品 に 含 ま れ る 政 治 的 隠 喩 を 指 摘 す る 研 究 で あ る 。 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル が 6 つ の 異 な る 政 治 体 制 を 経 験 し 、 ま た 全 体 主 義 政 権 下 に お い て 7 年 に わ た り 映 画 製 作 を 禁 止 さ れ た 背 景 を 考 慮 に い れ 、そ の 政 治 的 ト ラ ウ マ が 作 品 に 反 映 し て い る と 主 張 す る も の や 、 よ り 広 範 な 社 会 問 題 ― た と え ば 消 費 ・ 産 業 主 義 社 会 が も た ら す 全 世 界 的 な 問 題 に 対 す る 異 議 申 し 立 て ― と し て 捉 え る も の で あ る 。シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 自 身 が シ ュ ル レ ア リ ス ム の 政 治 的 な 精 神 指 向 を 言 明 す る よ う に 、作 品 が 政 治 的 告 発 の 意 図 を も つ こ と は 明 瞭 で あ る た め 、こ れ ら は 妥 当 な 着 眼 点 に も と づ く 論 考 だ ろ う5。
二 極 分 化 の 一 つ で あ る シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に お け る ア ニ メ ー シ ョ ン 技 法 の 研 究 ・ 分 析 に つ い て は 、 こ れ ま で 主 に イ ギ リ ス の 映 画 学 者 ・ 批 評 家 で あ る マ イ ケ ル ・ オ プ レ イ と カ ナ ダ の 映 画 学 者 で あ る ヤ ン ・ ウ ー デ に よ っ て 論 考 さ れ て き た6。
5 佐 野 明 子 「 日 常 の ポ リ テ ィ ク ス ― ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 映 画 の ナ ラ テ ィ ヴ ― 」『 大 阪 大 学 言 語 文 化 学 』vol. 13、2004、132.
6 佐 野 133.
オ プ レ イ と ウ ー デ に よ る 研 究 は 主 に 以 下 を 参 照 。Mic h a e l O ’P ra y, “J a n Š va nk ma je r ; a Man n e rist S u rrea list. ” Da rk A lc he my : T h e F ilm o f J an
Šv a n kma je r. E d . P e te r Ha ma s. We stp o rt, C on n : G re en wo od P re ss, 1 99 5 . “T h e re vie w o f T he D e a th o f Sta lin ism in B o he mi a ” S ig h t a n d S o un d , vo l.2 , issu e 2 (Se p te mb e r 1 9 92 ). p .6 4 .) J a n Uh d e . “ Th e Fil m Wo rld o f Ja n Š va n k ma je r. ” Cro ss Cu rren ts: A Ye a rb oo k o f C e n tra l E uro p ea n C u ltu re 8 (19 8 9 ):19 5 -2 0 8 .
彼 ら が シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 の 特 徴 と し て 分 析 し た 主 要 な ス タ イ ル は 以 下 の 3 点 で あ る 。( 1 ) ク ロ ー ス ・ ア ッ プ と 超 ク ロ ー ス ・ ア ッ プ に よ り 、 日 常 的 な 事 物 の 非 日 常 的 な 様 相 を ひ き だ し 、ま た 事 物 の「 触 覚 性 」を 強 調 す る 。( 2 )モ ン タ ー ジ ュ が「 可 視 的 」 で あ り 、 造 形 ・ 色 彩 な ど 視 覚 的 要 素 を 重 視 す る 。( 3 ) 実 写 映 像 に く み あ わ さ れ る ア ニ メ ー シ ョ ン 映 像 は 、強 力 な 過 剰 さ を 表 現 す る 作 家( ジ ョ ル ジ ュ ・ メ リ エ ス 、ル イ ス ・ ブ ニ ュ エ ル な ど ) の 作 品 の 系 譜 に 属 す る 。
こ れ ら は シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 の 本 質 、す な わ ち 日 常 的 な 事 物 を 主 体 と す る 視 覚 優 位 の 映 像 の 特 徴 を 的 確 に 指 摘 す る も の と し て 評 価 で き る 。 と く に ウ ー デ は 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に お い て 人 間 と 事 物 は 等 価 に 扱 わ れ る と 指 摘 す る7。
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 の 映 像 技 法 分 析 は 、オ プ レ イ と ウ ー デ 以 外 に も 、Adamec, Hames, Dr yj e, Car di nal ら に よ っ て 考 察 さ れ て い る8。
二 極 分 化 の も う 一 つ で あ る 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に お け る 政 治 的 隠 喩 と チ ェ コ の 歴 史 的 背 景 に つ い て は 、St ri ck, Posova, Wel ls, Romney ら に よ っ て 、 こ れ ま で 主 に 論 考 さ れ て き た9。
7 佐 野 133-134.
8 Fra n tiše k D r yje . “ Sp ik len c i S la sti a ne b J an Š va nk ma je rů v Fa n to m S vo bo d y. ” Fil m a Do b a 1 -2 (1 9 9 7 ). O ld řich Ad a me c . “A n imo va n é filmy J an a Š v an k ma je r. ” P e te r H a me s. “ Th e fil m e x p e rime n t. ” Ro g e r Ca rd in a l. “ Th in k in g th rou g h
th in g s: the p re sen c e o f ob je c ts in ea rl y f il ms o f Ja n Š va nk ma je r. ”( 以 上 は D a rk A lc h em y : Th e F ilm o f Ja n Šv a n kma je r. E d . P e te r H a ma s. We stpo rt, Co nn : Gre en wo o d P re ss, 1 9 9 5 .に 所 収 )。
9 P h ilip Stric k . “ A lic e . ” Mo n th ly F ilm Bu lle ti n 6 5 8 No v (1 9 8 8 ):31 9 -32 0 . Ka te řin a P o so vá . “ B yt : N a sta ve n é z rc a d lo Ja na Š va n k ma je r. ” F ilm a d ob a 12 Ju l y (1 9 68 ):3 5 2 -3 5 6 . P au l We lls. “B od y C o n sc iou n e ss in th e fil m o f J an Š va nk ma je r. ” A re ad e r in a n im a tio n stud ie s. E d . Ja yn e P illin g . Lo nd o n : J. Lib b e y, 1 9 9 7 , 1 7 7 -1 94 . J on a th a n Ro mn e y, “J an Š va n k ma je r ’s n e w fil m
1990 年 の 長 い 時 事 諷 刺 映 画『 ボ ヘ ミ ア に お け る ス タ ー リ ン 主 義 の 終 焉 』 を べ つ に す る と 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 映 画 が あ か ら さ ま に 政 治 的 な こ と は め っ た に な か っ た1 0。
Romney も 言 及 し て い る よ う に 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 映 像 作 品 に
お い て 、あ か ら さ ま・ ・ ・ ・ ・ ・に・ 政 治 的 な 意 図 を 含 む 作 品 は 少 な い と 言 え る 。し か し 、 そ の 映 像 作 品 に 全 く 政 治 的 な 色 が な い と 言 え ば 、 そ う で は な い 。 作 品 か ら 発 せ ら れ て い る 政 治 的 な 意 趣 は 、( あ か ら さ ま に で は な く ) そ の ほ と ん ど が 隠 喩 的 も し く は 換 喩 的 な メ ッ セ ー ジ と し て 表 現 さ れ て い る と 考 え ら れ る1 1。
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 研 究 の 二 極 分 化 に つ い て 、佐 野 は さ ら に 次 の よ う に 述 べ て い る 。
し か し い ず れ の 方 向 に も 問 題 点 は あ る 。 前 者 に お い て は 、 作 品 と 現 実 社 会 と の 相 関 関 係 が 捨 象 さ れ て い る こ と で あ る 。あ ら ゆ る 映 画 は つ ね に 社 会 的 コ ミ ュ ニ ケ ー シ ョ ン の な か で 製 作 さ れ る の だ か ら 、 作 品 の 「 美 学 」 を テ ク ス ト 内 に 閉 じ ら れ た も の と 捉 え る 論 考 は こ う し た 事 実 を 見 逃 し て い る と い っ て よ い 。対 照 的 に 後 者 は 作 品 の 政 治 性 を 主 眼 に お き 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 政 治 的 な メ ッ セ ー ジ を 解 読 し た り 強 調 し た り す る が 、し か し 論 点 を 表 象 さ fe a tu re s a C z ec h TV sta r fak in g o rg a sm wh il e stan d in g in a b u c ke t o f c a rp . Wh y? ” T h e Gu a rd ian , Fe b ru a r y 1 4 , 1 99 7 , Fr i da y R e vie w, p . 9 .
1 0 赤 塚 若 樹『 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル と チ ェ コ ・ ア ー ト 』( 未 知 谷 、2008 年 ) 51. R o mn e y 9 .
1 1 唯 一 の 例 外 と 言 え る 作 品 と し て 挙 げ ら れ る の が 、Romney も 言 及 し て い る 1990 年 に 発 表 さ れ た 短 編 映 像 作 品 『 ボ ヘ ミ ア に お け る ス タ ー リ ン 主 義 の 終 焉 』で あ る が 、こ れ は 第 2 次 世 界 大 戦 後 の ソ 連 軍 に よ る チ ェ コ へ の( 解 放 と い う 名 の ) 侵 略 の 歴 史 を 、 粘 土 や 写 真 の コ ラ ー ジ ュ を 用 い て 描 い た 作 品 で あ り 、 そ の 冒 頭 に お い て 、 粘 土 で で き た ス タ ー リ ン の 頭 は メ ス で 切 開 さ れ 、 そ の 中 か ら ゴ ッ ト ヴ ァ ル ト 新 大 統 領 の 頭 が 産 声 と と も に 現 れ る 。
れ る 内 容 に 集 中 さ せ る 単 純 な 社 会 反 映 論 的 解 釈 が 大 半 を 占 め て い る1 2。
こ れ に 加 え て 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル に つ い て の 先 行 研 究 全 般 に お け る 問 題 点 は 、 従 来 の 映 像 論 や ア ニ メ ー シ ョ ン 研 究 と い っ た 学 問 に 分 類 ・ 分 断 さ れ 、 ゆ え に 狭 義 的 な 解 釈 に 縛 ら れ て い る と い う 点 が 指 摘 で き る 。
そ し て 両 者 に い え る の は 、 多 く が 個 々 の 作 品 に 散 見 さ れ る 「 チ ェ コ 的 な る も の 」 に 着 眼 し 、 結 果 と し て 作 品 全 体 の 根 源 を チ ェ コ の 文 化 や 社 会 背 景 な ど に 求 め て い る こ と で あ る 。な か で も 欧 米 の 研 究 者 は お お む ね 作 品 を ま ず 西 欧 か ら み た 「 東 欧 」 に 位 置 づ け た う え で 論 じ て お り 、自 己 の オ リ エ ン タ リ ズ ム 的 な 視 点 に 無 反 省 と い え る だ ろ う 。 ま た こ れ ら は 作 品 の 「 東 欧 性 」 を 強 調 す る こ と に よ り 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル を デ ィ ズ ニ ー 作 品 や ハ リ ウ ッ ド 映 画 を 批 判 す る 際 の 格 好 の 参 照 項 と す る 傾 向 が 認 め ら れ る1 3。
以 上 の 観 点 か ら も 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 研 究 に は 、従 来 の 映 像 技 法 的 ア プ ロ ー チ と 、 歴 史 的 ・ 政 治 的 ア プ ロ ー チ に 加 え 、 こ れ ま で と は 異 な っ た 、 広 範 囲 な 研 究 視 点 が 必 要 で あ る の は 明 白 で あ ろ う 。
佐 野 も 言 及 し て い る よ う に 、こ れ ま で の シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 研 究 に
1 2 佐 野 132-133.
1 3 佐 野 133.
デ ィ ズ ニ ー 作 品 と 対 比 す る 論 考 は 主 に 以 下 を 参 照 。Ma u re en Fu rn iss.
“A da p tin g A lic e . ” A rt & A n ima tio n. Ed . P au l We lls. Lo n d o n A ca d e my E d iti o n s , 19 9 7 , 1 0 -1 3 . H a me s 1 99 5 . Ja n U hd e . “Ja n Š va n k ma je r: T h e P ro d ig io u s
An ima to r fro m P rag u e ” K in ema, Sp rin g 1 9 94 .
ハ リ ウ ッ ド 作 品 と 対 比 す る 論 考 は 主 に 以 下 を 参 照 。Mic h a e l O ’P ra y, “A S va nk ma je r In ve n to r y. ” A fte rima g e 1 3 , 1 9 87 , p. 1 0. Mich a e l O ’P ra y,
“S u rre a lism, Fa n ta s y a nd th e G ro te sq u e : Th e C in e ma o f J a n S va n k ma je r. ” In F an ta sy an d the C ine ma, ed . J a me s D o n a ld . Lo n do n : B FI P u b lis h ing , 19 8 9 .
お い て 欠 如 し て い る 視 点 は 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 本 質 と 思 想 性 に つ い て の 考 察 ・ 分 析 だ と 言 え よ う 。 し か し 、 佐 野 の 言 及 は 、 本 質 や 思 想 性 に つ い て の 考 察 ・ 分 析 が 「 足 り な い 」 と い う 指 摘 に 留 ま っ て お り 、 そ れ に つ い て 深 い 論 考 は な さ れ て い な い 。そ の 意 味 に お い て 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に 関 し て「 現 在 で は 国 内 外 に お い て 盛 ん に 研 究 が 行 わ れ て い る 」と あ る 記 述 は 、限 定 的 な 範 囲 の 研 究 に つ い て の み 有 効 な 説 で あ る と 言 え る 。
つ ま り 、こ れ ま で の 多 く の 論 文 や 評 論 が シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の「 外 部 ・ 周 辺 」 の 研 究 に 留 ま っ て し ま っ て い る た め 、 彼 の 「 内 部 ・ 本 質 」 に つ い て 、 彼 の 思 考 方 法 、 無 意 識 、 思 想 性 に つ い て の 研 究 は 、 や は り 少 な い と 言 え る 。 そ れ ど こ ろ か 、 そ の 体 系 的 な 研 究 は 、 い ま だ か つ て 存 在 し な い と さ え 言 い 得 る の で は な い だ ろ う か 。
な お 、 遠 藤 に よ っ て 発 表 さ れ た 論 文 ( 国 際 文 化 表 現 学 会 2008、2009、 2010、日 本 英 語 文 化 学 会 2009)に お い て も 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 思 想 性 に 関 し て 、4 作 品 を 中 心 に 多 く の 言 及 が な さ れ て い る が 、そ こ で は 各 短 編 映 像 に 的 を 絞 っ た 断 片 的 な 指 摘 に 留 ま っ て お り 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 芸 術 の 全 体 像 の 核 心 に 迫 る も の と は な っ て い な い 。
本 論 文 は 、 こ う し た 先 行 研 究 に お い て 欠 け て い る 視 点 、 す な わ ち 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 思 考 方 法 、無 意 識 、思 想 性 に つ い て 深 く 迫 っ た 研 究 論 文 で あ る 。 主 題 と し て 触 覚 や ル イ ス ・ キ ャ ロ ル の 「 不 思 議 の 国 の ア リ ス 」、 エ ド ガ ー ・ ア ラ ン ・ ポ ー の 「 ア ッ シ ャ ー 家 の 崩 壊 」 や 《 言 葉 》 を 取 り 上 げ て は い る が 、 本 論 考 は 、 単 な る 「 触 覚 」「 不 思 議 の 国 の ア リ ス 」「 ア ッ シ ャ ー 家 の 崩 壊 」「 言 葉 」 の 研 究 で は な い 。
第 3 章 に お い て も 詳 し く 述 べ て い る こ と で は あ る が 、こ れ ま で の 多 く の シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル ・ ア リ ス 論 で は 、 ア リ ス や キ ャ ロ ル の 「 夢 の 象 徴 を 解 明 す る こ と 」 が 議 論 の 中 心 と な っ て い た 。 し か し そ れ は 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル が 自 身 の 発 言 に よ っ て 真 っ 先 に 否 定 し て い る と こ ろ で
も あ り 、 ま た 、 彼 の 『 ア リ ス 』 は 、 こ れ ま で の 解 釈 と は 全 く 異 な っ た 視 点 に よ っ て 映 像 化 さ れ て い る と い う こ と の 証 明 で も あ る 。
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 作 品 や 発 言 を 注 意 深 く 観 察 す る と 、先 行 研 究 の 視 点 、 す な わ ち 、 ア リ ス や キ ャ ロ ル の 夢 を 解 明 し よ う と す る こ と は 、 彼 の 作 品 理 解 に お い て は あ ま り 意 味 の な い こ と だ と 思 わ れ る 。な ぜ な ら 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル は ア リ ス の 《 夢 》 で は な く 、《 現 実 》 を 描 い た の だ か ら 第 4 章 の 主 題 で あ る エ ド ガ ー ・ ア ラ ン ・ ポ ー 「 ア ッ シ ャ ー 家 の 崩 壊 」 に つ い て も 、 こ れ と 同 様 に 、 先 行 研 究 と は 異 な る 視 点 ・ ア プ ロ ー チ 方 法 に お い て 考 察 を 試 み た 。
先 に も 言 及 し た よ う に 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 作 品 は 、文 学 的 か つ 哲 学 的 な も の で あ る に も 関 わ ら ず 、そ の 作 品 の 持 つ 深 い 思 想 性 に つ い て の 本 質 的 な 研 究 は 、い ま だ な さ れ て い な い と い う の が 現 状 で あ る 。従 来 の 研 究 方 法 ・ ア プ ロ ー チ で は 推 し 量 れ な い 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 あ る い は 芸 術 の 本 質 を 明 ら か に す る こ と が 本 研 究 の 目 的 で あ り 、 ま た 、 芸 術 論 、 文 学 、 言 語 論 、 心 理 学 等 々 、 各 学 問 分 野 へ の 貢 献 ・ 意 義 で も あ る と 考 え て い る 。
以 下 に シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の こ れ ま で の 主 な 経 歴 を ま と め た 年 譜 を 記 す 。
ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 年 譜
1934(0歳) 9月4日、チェコスロヴァキア生まれ。父は陳列窓装飾家、母は熟練の裁
縫婦。
1492(8歳) クリスマスに父親から人形劇セットをもらう。これが世界観・芸術観の形 成に決定的な役割を果たすことになる。
1950(16歳) プラハの工芸高等学校に入学(卒業は1954年)。在学中にチャペックが翻 訳したフランス現代詩と引き換えに、同級生からタイゲの『匂いのする世 界』を受け取る。古本屋をまわってシュルレアリスム関係の本を探しはじ める。ブルジョアの「退廃芸術」を批判する本をとおして、S・ダリの絵 と出会う。
1954(20歳) プラハの芸術アカデミー演劇学部(DAMU)人形劇学科に入学(卒業は 1958年)演出法と舞台美術を学ぶ。
1957(23歳) 劇団D34のために伝統的な人形劇『ドン・ファン』の上演準備をする(結 局は上演されなかった)。著名な演出家のE・F・ブリアンがリハーサルを 観に来る。
1958(24歳) 大学の旅行でポーランドを訪れ、そのときはじめてパウル・クレーの絵画 をみる。DAMUの卒業制作として、カルロ・ゴッツィの『雄鹿の王』を、
人形と仮面をかぶった俳優を組み合わせた方法をもちいて上演する。この 舞台を将来の妻エヴァが観て、気に入っていたらしい。短い期間、リベレ ツの国立人形劇場で出演と舞台美術を担当する。エミル・ラドクと出逢い、
ラドクの短編映画『ヨハネス・ドクトル・ファウスト』の撮影に人形つか いとして参加。マリアーンスケー・ラーズニュで義務兵役に就く(1960 年まで)。殺虫剤の撒かれたノミだらけの兵器庫のなかで、しわくちゃの 紙にドローイングとグアッシュ画を熱心に描いたという。
1960(26歳) エヴァと結婚。プラハのセマフォル劇場で仮面劇のグループを組織し、
1962年までのあいだに、V・ネズヴァルのパントマイム『一兵卒の物語』、
J・マヘンの『サーカス・リングで難破した者たち』、そしてまた、伝統的 な人形劇『ヨハネス・ドクトル・ファウスト』を仮面劇として上演するな どした。この年から、ルドルフ2世のマニエリスムに着想を得たオブジェ を系統立てて制作しはじめる。
1961(27歳) セマフォル劇場で個展(「ドローイングとテンペラ画」)
1962(28歳) 兵役中に描いたドローイングとグッアシュ画をセマフォル劇場の廊下に
展示する。画家ヴラスチミル・ベネシュと彫刻家ズビニュク・セカルにグ ループ〈マーイ〉を紹介され、メンバーとなる(1964年まで)。この年に、
はじめてパリを訪れる。またこのころセマフォル劇場との関係が切れ、仮 面劇場とともにラテルナ・マギカへ移り、1964 年まではそこで活動をつ づける。エミル・ラドクもラテルナ・マギカではたらいていたために、ふ
たりの関係が再開し、定期的にあって数多くの脚本を書くが、実現してい ない。
1963(29歳) 長女ヴェロニカ誕生。プラハで個展(「オブジェ」)
1964(30歳) 最初の映画『シュヴァルツェヴァルト氏とエドガル氏の最後のトリック』。
ラテルナ・マギカを去り、その後は外部から協力する。シュヴァンクマイ エルにとってラテルナ・マギカが雇用されてはたらく最後の場となる。
1965(31歳) 映画『J・S・バッハ、G線上の幻想』、『石のゲーム』。
1966(32歳) 映画『棺の家』、『エトセトラ』。
1967(33歳) 映画『自然の歴史(組曲)』。
1968(34歳) 映画『庭園』、『部屋』。8 月のワルシャワ条約機構軍の侵攻後、シュヴァ ンクマイエル自身は気が進まなかったものの、妻エヴァにうながされて、
家族とともにオーストリアへ行き、ハンス・ブルイのもとに身を寄せる。
そのときに映画『ヴァイスマンとのピクニック』を撮影しているらしい。
1969(35歳) エヴァを連れてプラハに帰る。映画『ヴァイスマンとのピクニック』、『家
での静かな一週間』。プラハのシュルレアリスム・グループのリーダーで 理論家のヴラチスラフ・エフェンベルゲンと出逢う。
1970(36歳) 映画『コストニツェ』『ドン・ファン』。「正常化」政策のために、地下活 動を余儀なくされたシュルレアリスム・グループのメンバーとなる。グル ープの地下出版されるアンソロジーやカタログにも作品を寄せる(たとえ ば、『想像空間』[1978]、『開かれた遊び』[1979]、『夢の領域』[1983]、
『ユーモアの変容』[1984]、『鏡の裏側』[1985]、『ガンブラ』[1989])。
70年代のあいだナ・ザーブラドリー劇場、ヴェチェルニー・ブルノ劇場、
そしてとりわけ劇 場ナノヘルニークラブク ル ブの舞台美術に協力する。
1971(37歳) 映画『ジャバウォッキー』。〈空間コラージュ〉の実験(「アンチキリスト の誕生(降誕の図)」)。
1972(38歳) 映画『レオナルドの日記』。「空想の動物学」というテーマにもとづく造形 芸術作品のいくつかのシリーズ コラージュの〈シュヴァンク=マイヤ ー百科事典〉、エッチングの〈博物誌〉、オブジェ〈博物誌のキャビネット〉
を制作する(1973 年まで)。これは映画『自然の歴史[博物誌]』に直接 結びついている。
1973(39歳) 『オトラントの城』の準備をはじめるが、当局側から映画制作の禁止を命 じられる。その後 1980年まではバランドフ映画スタジオで特殊撮影と美 術を担当して生計を立てる(たとえばO・リプスキー監督の『アデーラは 夕食前』[1977]、『カルパチアの城の謎』[1981]など)。〈ステレオコラー ジュ〉の最初の作品(「純潔-ミュートスコープ」)に着手(完成は 1975 年)。
1974(40歳) 〈触覚のオブジェ〉の最初の作品(「修復家」)。これがシュルレアリスム・
グループによる集団的な解釈のゲームの基礎となり、それに刺激を受けた
シュヴァンクマイエルは 1983 年まで集中的に触覚芸術の実験を試みてい く。
1975(41歳) 長男ヴァーツラフ誕生。論文『未来は自慰機械のもの』を執筆(発表は翌
1976 年にフランスで刊行されたヴァサン・プヌール編集の論文集『シュ ルレアリスム文明』)。これは、1972 年に〈シュヴァンク=マイヤー百科 事典〉に属する作品として制作したコラージュのテーマ「自動自慰機械」
にもとづいており、これを実現した機械が 1996 年の映画『快楽共犯者』
に登場している。
1976(42歳) 妻エヴァとともにセラミックによる作品を制作し、「コステレツ」を共同
の制作者名とする。
1977(43歳) 西ドイツ・ミュンスター、ゾネンリンク・ギャラリーで夫妻の展覧会(「子
供の欲望」)。
1979(45歳) 映画『オトラントの城』完成。
1980(46歳) 映画『アッシャー家の崩壊』。
1981(47歳) ホルニー・スタンコフの遺棄された館を購入し、徐々に「シュルレアリス
ト」のクンストカマー(芸術品蒐集室)にかえていく。
1982(48歳) 映画『対話の可能性』、『地下室の怪』。
1983(49歳) 映画『陥し穴と振り子』。触覚芸術をめぐる著作『触覚と想像力』を地下
出版する(タイプ原稿による版で、発行部数は 5 部)。プラハ映画クラブ で個展(「博物学のキャビネット」)。
1986(52歳) 映画『アリス』を撮りはじめる。
1987(53歳) 『アリス』完成。ベルギーのブリュッセルとトゥールネで夫妻の展覧会
(「隠された興奮」)。
1988(54歳) 映画『男のゲーム』、『アナザー・カインド・オヴ・ラヴ』
1989(55歳) 映画『肉片の恋』、『闇・光・闇』、『フローラ』。ニューヨーク近代美術館 で映画の回顧上映。
1990(56歳) 映画『スターリン主義の死』。〈触覚と手ぶりの人形〉シリーズを制作。マ
ーネスで開催されたシュルレアリスム・グループの共同展覧会「第三の箱 舟」に参加。川崎市民ミュージアムの「シュヴァンクマイエル映画祭’90」
にあわせて来日。
1991(57歳) プロデューサーのヤロミール・カリスタとともに、クノヴィース地区の古
い映画館を買い取り、映画スタジオ〈アタノル〉を創立する(「アタノル」
とは、錬金術師がものを蒸して柔らかくするときにつかうかまどのこと)。 フランスのアヌシーで夫妻の展覧会(「意味の汚染」)。個展をベルギーの アントワープ(「遊戯の原則」)と、スペインのバリャドリード(「想像力」) で開催。
1992(58歳) 映画『フード』。イギリスはウェールズのカーディスで夫妻の展覧会(「夢
の伝達」)。
1993(59歳) ウィーンで個展(「夢の百科事典」)。
1994(60歳) 2本目の長編映画『ファウスト』。〈錬金術〉シリーズの最初のオブジェを 制作。『触覚と想像力』が正式に刊行される。プラハの中央ヨーロッパ・
ギャラリーがシュヴァンクマイエルにかんするモノグラフ『感覚の変容』
を刊行。スペインのシトヘスで夫妻の展覧会(「アナロジーの言葉」)。
1995(61歳) アメリカはコロラド州のテルライドで夫妻の展覧会(「アタノル」)。
1996(62歳) 『快楽共犯者』。ロンドン、ワルシャワ、クラクフで夫婦の展覧会(「触覚、
アルチボンド、そしてヴァニタス」)。
1997(63歳) 〈アニメ化されたフロッタージュ〉シリーズを制作しはじめる。夫婦の展 覧会がプラハのベセダ・ギャラリー(「話をする絵、口の利けない詩」)と、
ヨゼフ・スデク・ギャラリー(「博物誌のキャビネット」)で開かれる。サ ンフランシスコ映画祭で「伝統的な映画制作の枠組みにとらわれない仕事 をしている」映画監督の業績にたいして授与される〈ゴールデンゲート残 像賞〉を受賞する。
1998(64歳) チェコはクラトヴィのウ・ビーレーホ・イェドノロシュツェ美術館でシュ ヴァンクマイエル夫妻の大きな展覧会(「アニマ・アニムス・アニメーシ ョン」)が開催され、それにあわせて大判のモノグラフが刊行される。
1999(65歳) チェコの民話「オテサーネク」を題材とする同名の長編映画を準備(翌年 の2月まで)。
2000(66歳) 『オテサーネク』、ヴェネツィア映画祭でワールドプレミア。
2001(67歳) ベルリン映画祭で〈アンジェイ・ワイダ自由賞〉を受賞。『オテサーネク』
がチェコの映画賞〈チェスキー・レフ〉の最優秀作品賞を受賞(ほかに夫 妻で最優秀美術賞を、エヴァは最優秀ポスター賞も受賞している)。映画 にかんするテクスト、インタビュー、未映像化シナリオなどを収めた著作
『想像力』を刊行する。
2003(69歳) プラハの芸術アカデミーより名誉博士号を授与される。
2004(70歳) プラハで夫妻での展覧会「フード」。
映画『ルナシー』の撮影を開始。
2005(71歳) 10月20日、エヴァ死去。11月、映画『ルナシー』チェコで公開される。
秋には日本でも夫妻展が開催される。
2006(72歳) 1月、「自分の世界観に忠実であり、その世界観を綺想に富む映画という 造形手段によって表現したこと」を理由に〈ヴラジスラフ・ヴァンチェラ 賞〉を受賞。ロッテルダム国際映画祭で『ルナシー』のワールドプレミア。
『サヴァイヴィングライフ 夢は第二の人生 』の脚本が完成し、
撮影準備を始める。2月、『ルナシー』での仕事が評価され、〈チェスキー・
レフ〉の最優秀美術賞と最優秀ポスター賞が故エヴァ・シュヴァンクマイ エロヴァーに授与されている。
2009(75歳) 7月、第44回カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭で特別功労賞を授与される。
2010(76歳) 9月、ヴェネツィア国際映画祭で『サヴァイヴィングライフ 夢は第 二の人生 』のワールドプレミア。
2011(77歳) 3月、『サヴァイヴィングライフ』で〈チェスキー・レフ〉の最優秀美術
賞を受賞。
2012(78歳) プラハの旧市街広場Dům U Kamenného zvonuにて展覧会開催。
2013(79歳) 7月、東京で展覧会『<遊ぶ>シュルレアリスム ―不思議な出会いが人
生を変える―』開催。
2014(80歳) 現在、カレル・チャペック/ヨゼフ・チャペックによる戯曲『虫の生活か
ら』をモチーフにした映画『蟲』(原題:Hmyz,英題:Insects )を制作中。
2015年公開予定であるが資金難による制作遅延のため公開日は未定。
第 2 節 論 文 の 構 成 と 概 要
本 論 文 は 、 全 部 で 6 章 か ら 構 成 さ れ て い る 。
第 1 章 序 論
本 研 究 の 概 要 ・ 目 的 ・ 意 義 ・ 特 色 と シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 経 歴 に つ い て 述 べ る 。
第 2 章 ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル と 《 触 覚 》 「 肉 片 の 恋 」 に お け る 言 語 論 的 連 合 作 用 と 芸 術 的 異 化 作 用 に つ い て
短 編 映 画 「 肉 片 の 恋 」(“Za mi l o va n é m as o ,” 1 9 89) を 具 体 例 と し て 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に お け る 最 大 の 特 色 で も あ る 触 覚 的 な 表 現 が 、 《 触 覚 》 の も つ 原 始プリミティヴ性 、 原 初オリジナル性 、 そ し て 性 愛エロティシズムに も と づ く も の で あ る こ と 、 ま た 、 彼 の 表 現 が 、 ロ シ ア ・ フ ォ ル マ リ ズ ム の 概 念 で あ る 〈 異 化 作 用 〉 に よ る も の で あ る こ と を 中 心 に 、 な ぜ 彼 が 《 触 覚 》 に こ だ わ る の か 、《 触 覚 》 と は 何 を 意 味 す る の か と い う 問 題 を 、 言 語 論 的 側 面 か ら 考 察 す る 。
第 3 章 ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル と《 夢 》 『 ア リ ス 』の《 夢 》 と 《 現 実 》 に つ い て
ル イ ス ・ キ ャ ロ ル 原 作 の 「 不 思 議 な 国 の ア リ ス 」 と 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 長 編 映 画 『 ア リ ス 』(“Ně co z Alenky,” 1987)と の 考 察 か ら 、
《 夢 》 と 《 現 実 》 の ロ ジ ッ ク や 、 言 語 あ る い は 〈 幻 想 〉 と い う フ ィ ル タ ー を 通 し て し か 《 見 る 》 こ と が で き な く な っ た 〈 象 徴 界 〉 的 現 代 へ の 批 判 が 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に 一 貫 す る 哲 学 で あ る こ と を 述 べ る 。
第 4 章 ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル と 《 存 在 の 境 界 》 「 ア ッ
シ ャ ー 家 の 崩 壊 」 と 「 幽 霊 宮 」 に つ い て
エ ド ガ ー ・ ア ラ ン ・ ポ ー の 原 作 を も と に 映 像 化 さ れ た 、 同 タ イ ト ル の 短 編 映 画 「 ア ッ シ ャ ー 家 の 崩 壊 」(“ Záni k domu Usher ů,” 1989) と 、 そ の 中 で 、テ ク ス ト と 映 像 双 方 に お い て 、作 品 の 中 心 と な っ て い る 「 幽 霊 宮 」 と い う 詩 に つ い て 、 《 生 物 》 と 《 無 生 物 》 の 境 界 の 曖 昧 性 の 問 題 、 ソ シ ュ ー ル の 言 語 学 的 問 題 、 お よ び 〈 言 語 〉 と 認 識 や 存 在 の 問 題 に 言 及 し 、 そ こ か ら 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 創 作 の 本 質 に 、〈 近 代 批 判 〉 が あ る こ と を 示 す 。
第 5 章 ヤ ン・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル と《 言 葉 》 「 対 話 の 可 能 性 」 と 「 対 話 の 不 可 能 性 」 に つ い て
シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 多 く の 映 像 作 品 で は 、ナ レ ー シ ョ ン や セ リ フ と い っ た 〈 言 葉 〉 が 使 わ れ て い な い 。 そ れ は 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の な か に 、〈 言 葉 〉 に 対 す る 懐 疑 、 あ る い は そ の 性 質 上 、 本 質 的 な も の が 表 現 さ れ な い 、 根 本 的 な も の を 表 現 し 得 な い 〈 言 葉 〉 に 対 す る あ る 種 の 恐 れ が 存 在 し て い る か ら だ と 考 え ら れ る 。こ の よ う な 言 語 に 対 す る 批 判 は 、シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 作 品 の 特 徴 で も あ る 触 覚 的 な 表 現 、あ る い は 近 代 批 判 へ と つ な が っ て い く 。そ の 哲 学 を 最 も よ く 観 察 で き る 作 品 の 一 つ と し て 挙 げ ら れ る の が 、1982 年 に 発 表 さ れ た 「 対 話 の 可 能 性 」 (“Možnosti di al ogu ,”1982)で あ る 。第 5 章 で は こ の「 対 話 の 可 能 性 」に つ い て 詳 し く 分 析 す る 。
第 6 章 終 章
第 2 ・ 3 ・ 4 ・ 5 章 で 分 析 し た 4 作 品 を 中 心 に 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル 作 品 に 一 貫 す る 思 想 か ら 、 本 研 究 の 成 果 を 集 約 す る 。
第
2
章ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル と 《 触 覚 》
「 肉 片 の 恋 」 に お け る 言 語 論 的 連 合 作 用 と 芸 術 的 異 化 作 用 に つ い て
私 は 彫 刻 家 で あ る 。
多 分 そ の せ い で あ ろ う が 、 私 に と っ て 此 世 界 は 触 覚 で あ る 。 触 覚 は い ち ば ん 幼 稚 な 感 覚 だ と 言 わ れ て い る が 、 し か も 其 れ だ か ら い ち ば ん 根 源 的 な も の で あ る と 言 え る 。 彫 刻 は い ち ば ん 根 源 的 な 芸 術 で あ る 。
( 高 村 光 太 郎 「 触 覚 の 世 界 」 よ り )1 4
は じ め に
《 触 覚 》 は 新 し い “ 言 語 ” と な り 得 る 。
本 章 で は 、な ぜ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル が《 触 覚 》に こ だ わ る の か 、《 触 覚 》 と は 何 を 意 味 す る の か と い う 問 題 を 、 短 編 映 画 「 肉 片 の 恋 」 を 具 体 例 と し て 、 言 語 論 的 側 面 か ら 考 察 す る 。
ヤ ン ・ シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 映 像 作 品 に お け る 触 覚 的 な 表 現 、具 体 的 に 言 え ば 、ア ニ メ ー シ ョ ン あ る い は 画 面 か ら 、人 物 や モ ノ の 質 感 や 重 さ 、 ニ ュ ア ン ス な ど が 伝 わ る 表 現 、 そ し て さ ら に は 嗅 覚 や 聴 覚 な ど 、 五 感 に 訴 え る も の 、 そ れ ら が 発 す る 声 、 音 、 香 り 、 臭 い ま で も が 伝 わ っ て く る よ う な 表 現 に 注 目 す る こ と は 、彼 の 作 品 を 深 く 理 解 す る た め に 重 要 な 手 が か り と な る だ ろ う 。
な お 、 シ ュ ヴ ァ ン ク マ イ エ ル の 《 触 覚 》 を 感 じ さ せ る 映 像 技 法 に つ い て は 佐 野 (2004) も 『J .S.バ ッ ハ :G 線 上 の 幻 想 』 の 作 品 分 析 に お い て
「 つ ま り 観 客 は 壁 の 向 こ う 側 を 見 る こ と が で き な い 仕 掛 け に な っ て い
1 4 高 村 光 太 郎 「 触 覚 の 世 界 」『 美 に つ い て 』( 筑 摩 書 房 、1 9 6 7 年 )、7 .