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内田義郎

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Academic year: 2021

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(1)

‑Walter Pater の批評理論の研究(1)‑

内田義郎

From the Mind of the Artist to the Work of Art

‑A Study of Walter Pater's Theory of Criticism (1)‑

YOSHIRO UCHIDA

多くの文学史や文学史的な叙述には, <Paterはimpressionistic criticである>とか,そ れに類した文章が出てくる.が, impressionistic criticという言葉がどういう意味で用いら れているかについては,十分な説明があたえられないのが通例である.そのため,このような 文章を読むと,あとに一種の観念の消化不良状態というべきようなものが残るのである.これ は,文学史の読者に要求される条件の一つである旺盛な観念の消化力を私がたまたま欠いてい るために起こる現象であるかもしれない.が,その起因が何であるにもせよ,精神の消化不良 状態も,生理的なそれと同様,それを経験しつつある当の人間にとっては堪えがたい現実であ ることには変わりない.この苦しい消化不良状態を解消したいという欲求に駈りたてられて, 私は私なりにつとめてみた.以下は,その過程における覚え書きともいうべきものである.

<Paterはimpressionistic criticである>という文の意味がわかるためには, impressionisticという語の意味がまえもってわかっていなければならない.そこでWebster's Third New International Dictionaryを引いてみると, impressionismが文芸批評に関連し

て用いられる場合の語義として,次の三つが挙げてある.

a (1) : a practice in esp. literary criticism of presenting and elaborating one's subjective reactions to a work of art

a (2): a critical theory that advocates or defends such a practice as the only valid one in criticism

b : a vague and subjective response (as to a work of art)

<Paterはimpressionistic criticである>にもどる.この文にあたえられている意味は, 上記のWebsterのimpressionismの語義にしたがうならば,次のように大別されるであろ

(2)

つ.

(A)この文におけるimpressionisticがimpressionism, a (1)の意味で用いられてい る場合.たとえば, Mona Lisa批評がこの文に続いて引用されている場合はこれには いる.

(ち)この文におけるimpressionisticがimpressionism, a (2)の意味で用いられてい る場合.たとえば, The Renaissanceの̀Preface'の一部がこの文に続いて引用されて いる場合はこれにはいる.

そして. (A), (B)いずれの場合にもimpressionism, bの意味が多かれ少なかれ添加さ れていることが多い.ときには,むしろ,この意味の方が主になっていると思われる場合もあ る. (たとえば, <Paterは単なるimpressionistic criticにすぎない>という文では明らか にそうである.)

このimpressionism, bの意味‑これは,意味というよりは,むしろemotional aura あるいはaffective connotationsというべきかもしれないが‑が発生し,それが受けいれ られて,辞書のなかに位置をしめるにいたったということは,それ自体が文化史的には興味 深い現象である.が,ここではintellectual connotationsのみに注目する観点に立って,

<Paterはimpressionistic criticである>の意味を(A)と(ち)に大別することにする.つま り,この文は, (A)の場合には<Paterは実践批評家としてimpressionistic criticである>

と同じ意味をもち, (B)の場合には<Paterは批評理論家としてimpressionistic criticであ る>と同じ意味をもっ.そして,まず, (B)の場合を考えてみることにする.

Paterは批評理論家としてimpressionistic criticであるというように論じられることがよ くある.そして,このように論じる人はThe Renaissanceの̀Preface'から一部を引用し, それについて論じるのが通例である.一例を挙げれば, The Encyclopedia of Poetr and Poetics (Princeton, U. P., 1965)のcriticismの項目の執筆者は, impressionistic criticism を̀Preface'の一部を引用することによって説明している.このように̀Preface'が重視され るのには正当な理由がある.その一つは,実践批評家であったPaterは,この̀Preface'の ほかには,批評についての一般的な理論を専一に論じた論文を書いていないことである.それ ゆえ, Paterを批評理論家として考えようとすれば, ̀Preface'はどうしても無視することの できない重要な論文ということになる.第二の理由として, ̀Preface'が次の健代にあたえた 影響を通してもっにいたった文学史的な重要性が考えられる.たとえば, Oscar Wildeの批 評の理論的な部分は,このPaterの論文をWilde流に翻訳し,解説し,宣伝したものである

と言ってさしつかえないであろう.

このように・ ̀Preface'はPaterの批評理論を考える上でもっとも重要な論文である.が, Paterは,それ程注目されてはいないけれども,他の論文においても時に応じて自己の批評理 論や批論観を述べているのである.以下,私は, ̀Preface'を中心にしてPaterの批評理論を

(3)

考えてみようと思う.が,その際,他の論文中に見られる彼の批評理論や批評観も参照したり 検討したりすることになるであろう.これらは,それ自体として注目に値するばかりでなく,

̀Preface'の批評理論に対していろいろな意味で解明の光を投げかけるのである.

̀Preface'は次の有名な一節ではじまる.

美を抽象的に定義し,これをもっとも一般的な言葉によって表現し,美に対する何ら かの普遍的な定則を兄いだそうとする企ては,芸術や詩を論じる人々によってしばしば 試みられてきた.このような企ての価値は,たいていの場合,主たる議論のついでに述 べられた暗示に富む,鋭い言葉にあったのである.このような議論自体は,芸術や詩に

おける優れた作品を鑑賞したり,優れた作品とそれ程優れていない作品を識別したり, あるいは,美とか,優秀性とか,芸術とか,詩とかいう言葉をより正確な意味において 用いるという目的には,少しも役立たないのである.美は,人間によって経験される芙 以外のあらゆる性質と同様に,相対的なものであり,したがって,その定義は,抽象的 であればある程無意味な役に立たぬものになってしまう.美を,もっとも抽象的な言葉 を用いて定義するのではなく,できるかぎり具体的な言葉を用いて表明すること.美の 普遍的な定則を兄いだすのではなく,美の個々の特殊な現われをもっとも適確に表現す

る言葉を兄いだすこと,これが美学を真に研究するものの目的である(1)

自己の提示せんとする批評理論への,堂々とした,自信にみちた序論である.と同時に,こ の冒頭の一節の基調は, Paterの初期の著作を読んだ人ならすぐ気づくように, 7年前の第一 論文̀Coleridge's Writings'(1866)のライトモティーフ‑ 「絶対的精神」と「相対的精 神」の抗争‑にただちにつながるものである. ̀Coleridge's Writings'においてPaterは,

̀the absolute spirit'と̀the relative spirit', ̀German idealism'と̀empirical philos‑

ophy , ̀metaphysical'と̀scientific', ̀that colourless, formless, intangible, being'<2) と̀the colour or curve of a roseleaf(3)の内心における抗争をライトモティーフにしたの であった.この二者択一において誤って「絶対的精神」を選んだがゆえに,精神的破滅にいた

る道をたどることになる悲劇の英雄Coleridgeを哀悼をこめて描いたのであった.以後, Paterは, 「相対的精神」,すなわち「一片のバラの花びらや曲線」を求める心,をよりどころ

として生きることになる. ̀Coleridge's Writings'執筆の1年後, PaterはColeridgeを裏 返しにしたような人物を̀Winckelmann'(1867)に兄いだすWinckelmannは一切の形而 上学的抽象概念を排して,眼で見,手で捕えることのできる美しいものを追求し,かくするこ

とによって真の教養に到達しようとつとめた人物として,共感をこめて描かれる.ついで, Paterは,題材を主としてルネッサンス期の芸術家にとった一連の論文を数年にわたって執筆 することになる.彼にとっては,これらの芸術家の生き方自体が,彼らの製作した芸術作品と 同様, 「一片のバラの花びら」の意味をもつのである.これらの論文が学術的な研究というよ

りはむしろ「色や曲線」の鑑賞というべき性質をもつ由来もここにある.こういった論文が数

(4)

篇に達したとき, Paterはそれらをまとめて一冊の本にしようと決心する.この本‑彼にと っては最初の,記念すべき単行本であるThe Renaissance(1873)‑への序文としてPaterが 執筆したのが, ̀Preface'なのである.以上, ̀Coleridge's Writings'から̀Preface'にいた るまでのPaterの著述活動を概観してみた. ̀Preface'の執筆にいたるまでの彼のこのような 著作歴を考えてみれば,その冒頭の基調が7年前の論文̀Coleridge's Writings'のライトモ ティ‑フにただちにつながることがきわめて当然と考えられるであろう.じっさい, ̀Preface の批評理論は, ̀Coleridge's Writings'においてその重要性を強調されている「相対的精神」

を批評の分野に適用した論理的帰結として提示されているので.ある.

が,ここに意外な‑事実‑というのは,これまでPaterを論じた人々がほとんど注目し ていない‑事実‑がある.実は, Paterは̀Coleridge's Writings'自体のうちにおいて,

「相対的精神」にもとづく別個の批評理論を提唱していたのである.この7年前の論文は,

「相対的精神」の批評理論への通用と見られうる二つの部分を含んでいる.ここで批評理論と いう言葉に注を加えておく.この言葉は,一般には,厳密な意味においても,またそれ程厳密 ではない意味においても用いられている.厳密な場合には,それは芸術作品の批評についての 理論という意味において用いられ,厳密でない場合には,芸術作品に関連したさまざまな知識 分野における理論(たとえば,芸術作品の創作過程についての理論など)をも意味する.

̀Coleridge's Writings'はこの二つの意味における批評理論を論じた部分を含んでいるのであ る.厳密でない意味での批評理論を論じているのは, PaterがColeridgeの想像力説を「相 対的精神」によって批判している部分であって,これは創作過程についての彼自身の見解を述 べている部分を含んでいる.厳密な意味での批評理論を論じているのは, Paterが「相対的精 神」にもとづく批評の方法を提示している部分である.以下の論述においては,批評理論とい う言葉をその厳密な意味において,すなわち,芸術作品を生みだすものについての理論ではな く,芸術作品が生みだすものについての理論という意味において用いることにする.したがっ て,前者(想像力説の批判)は,それ自体としては興味深いものであるが,ここでは論じな い.後者は,もっとも早い時期におけるPaterの批評理論として,注目すべきものである.

以下,その要旨を述べてみる(4)

Paterは芸術家の才能の考察からはじめる.彼によれば,芸術家の才能は二つの要素からな る.第‑の要素は, 「新鮮な感動の瞬間に対する芸術家の生まれながらの感受性」である. 「新 鮮な感動の瞬間」とは, 「われわれの見馴れている平板な健界が新しい色彩の輝きによって一 変し,われわれをつつんでいる事物の日常性が破れて,新しい,よろこびにみちた統合があら われる瞬間」である.この感受性を彼は「芸術家の才能における天才(genius)の要素」とよ ぶ.これは,次に述べる第二の要素が「能力」 (talent)であるのに対するのである.さて,罪 二の要素は, Paterが「客観化の能力」 (the talent of projection)とよぶものである. 「客 観化の能力」とは, 「さきに述べた新鮮な感動の瞬間を外的な具象的な形に‑つまり,彫刻, 劇,絵などに‑作りあげる芸術家の能力」である.次に, Paterは,芸術家の才能のこの二

(5)

つの要素が批評の二つの主要目標を規定するという.したがって,批評の目標は次の二つにな る. (1) 「第一に,批評は,芸術家の創作活動の発輪となった感動の瞬間を感動の量によって 分類し,感動の瞬間の比較的な価値を,つまり,感動の瞬間がそれを経験した芸術家に歓喜を

あたえた比較的なカを評価しなければならない.」 (2) 「第二に,批評は,芸術作品自体をそれ が製作された時代の知的・精神的状況との関連において研究することによって,芸術家の客観 化作用の完全さの度合いを測定しなければならない.」 Paterによれば, 「この二つの目標が批 評の実証面,具体面を形づくる」のである.そして, 「この二つの評価は, (Coleridgeにおけ

るように)芸術家の創作活動における普遍的要素を形而上学的に定義づけようとする方向‑で はなく,さまざまな芸術的才能のあいだの微妙な差異を精細に識別しようとする方向‑むかう べきである」と主張される. 「批評のこの実証面は無限に変化にとむものであって,フランス の批評がドイツの批評よりもこの面をよりよく実現している」とPaterはいう.そして, Coleridgeは,批評のこの実証面を形而上面にくらべて十分に実現していないと批判されるの である.

このように, Paterは, ̀Coleridge's Writings'においてすでに, 「相対的精神」にもとづ く批評理論を提唱していたのである.が,やがて,この批評理論はPaterの意にみたぬもの になったと思われる. 7年後, 1872年10月The Renaissanceのための序文の想をねっていた とき, Paterは,この批評理論を発展させる形によってでも,それを修正する形によってでも なく,これとはまったく別の方法論をもつ新しい批評理論を作りあげるのである(5)また,さ らに後年1889年, ̀Coleridge's Writings'をAppreciations中の̀Coleridge'に移すとき, Paterは,この批評理論を提唱した部分の全体を,神学に関する部分とともに削除してしまう

のである. (想像力説批判の部分は修正されて再録される.)今日この批評理論が大方のPater 研究者によって無視されているのも,もとをただせばこの削除に起因する.

では,この批評理論のどういう点がPaterの意にみたなくなったのであろうか? Paterは この理論を「相対的精神」にもとづく理論として提唱したのであった.そして, 「相対的精 神」の方は, 7年後の̀Preface'においても力強く肯定されているのである.意にみたなくな ったのは, 「相対的精神」ではなく, 「相対的精神」にもとづくこの批評理論であることは明ら かである.それゆえ,主として「相対的精神」の観点からこの理論を検討してみよう.

この批評理論は, Coleridgeの「形而上学的」な批評理論とくらべれば,より「実証的」で あり,その意味においては「相対的精神」の通用といえるであろう.だが,それは, 「相対的 精神」を批評の過程の細部に導入しているのにとどまるのであって, 「相対的精神」によって 批評という行為の基本的性格を規定しなおしているのではない.芸術作品の批評の基準を,つ まり,価値判断の基準を,芸術作品の産出の推測された条件から引きだそうとしている点にお いて,この批評理論は, Coleridgeをはじめ多くのロマン主義批評理論家に共通のバメ‑ンを 踏襲しているにすぎないのである.したがって, Paterは「Coleridgeの批評は読者を芸術作 品から引き離し,芸術家の心につれもどす」 (6)と指摘し,また「Coleridgeの批評は,眼で見,

(6)

耳で聞き,手で触れることのできる性界からあまりにも遠い性界‑とわれわれをいざなう」 (7) と正しく批判しながら,結局は彼自身が「眼で見,耳で聞き,手で触れることのできない」芸 術家の心を出発点とする批評理論を作りだしているのである.

今総括的に述べた批判をより詳細に説明してみようPaterは,芸術作品の創作過程の分析 から,つまり,芸術家の才能の二つの構成要素から,批評の目標を引きだしている.すなわ ち,批評の第‑目標は,芸術作品の製作の動機となった芸術家の新鮮な感動の価値を評価する

ことであり,第二目標は,芸術作品の製作における芸術家の客観化作用の完全皮を測定するこ とである.そして,さらにPaterは,この芸術家の客観化作用の完全度を「芸術作品自体を, それが製作された時代の知的・精神的状況との関連において研究することによって」測定する

ことを主張しているのである.ここでPaterが批評の過程に「歴史的方法」を,つまり「相 対的精神」を導入しようとしていることは明らかであろう.彼によれば, 「歴史的方法は相対 的精神のさまざまな通用の一つ‑そのもっともみのり多い適用の一つ‑にすぎない」 (8)の である.換言すれば,ここでPaterは, 「芸術作品自体をそれが製作された時代の知的・精神 的状況との関連において研究する」方法を, Coleridgeに見られるような「芸術作品を恒常不 変の<絶対>によってとらえんとする」方法にとって代わるべき, 「相対的精神」にもとづく 新しいアプローチとして提唱しているのである.だが,これは「相対的精神」の場所をまちが えた,そして無理な適用といわねばならない.なぜなら, 「芸術作品自体をそれが製作された 時代の知的・精神的状況との関連において研究することによって」芸術家の客観化作用の完全 皮というものが測定されうるとしても,それは「新鮮な感動の瞬間」を客観化する作用の完全

° ° ° ° ° t ° ° ° ° ° ° ° ° t

度ではなく,まさしく「その作品が製作された時代の知的・精神的状況」を客観化する作用の 完全皮でしかありえないからであるPaterは, 「芸術家の客観化作用」という言葉を,議論 の前半(創作過程を論じている部分)では,芸術家が新鮮な感動の瞬間を客観化する作用とい う意味で用いながら,後半(批評の方法を論じている部分)では,芸術家がその時代の知的・

精神的状況(いわゆる「時代精神」)を客観化する作用という意味で用いているのであり,し かも後半を前半の論理的帰結としているのである.批毒酎こ「相対的精神」をもちこみたいとい うPaterの欲求が彼の推論をゆがめてしまったのであろう.じっさい,創作過程についての Paterの前提から,つまり,彼が仮定している芸術家の才能の二つの構成要素から正しく結論 される批評の目標は,次の二つになるはずである. (1)批評は,芸術作品の製作の動機となっ た新鮮な感動の価値を評価しなければならない. (2)批評は,芸術家が上述の新鮮な感動をど れ程客観化(‑作品化)しえたか,その程度を評価しなければならない,と.そして,第二目 標の芸術家の客観化作用の完全皮の評価は, Paterの主張する歴史的方法によってではなく, 第‑目標で問題となっている芸術家の現実の感動と,芸術作品において作品化されている感動

とを比較することによって可能になるものなのである. (たとえば,二つの感動が等しいとき 客観化作用の完全度は最大値をとる.)つまり,この批評理論が主張する批評は,第一段階も 第二段階も,創作活動の動機となった芸術家の現実の感動を問題にしているのである.そし

(7)

て,芸術家の現実の感動というものは,それがいかに現実的であったにもせよ,鑑賞者(ここ では批評家も鑑賞者にはいる)にとっては, 「眼で見,耳で聞き,手で触れることのできない」

もの,まさに頭のなかで考えてみることしかできないものなのである.

このように, ̀Coleridge's Writings'におけるPaterの批評理論は,内部に明らかな矛盾 を含むばかりでなく, 「相対的精神」の適用という点においてもきわめて不十分なのである.

この批評理論がやがてPaterの意にみたなくなったのも不思議ではない.

以上,私は̀Coleridge's Writings'の批評理論に対して批判を試みて,この理論のもつ矛 盾や,また「相対的精神」の観点から見た場合のその不徹底的性格を指摘した.次に,このよ うな矛盾をもつ,不徹底的性格の理論が生まれた原因を考えてみることにしたい.もとより, 発生を問題にするときは,批判の場合とはちがって,多くの推測をまじえなければ何ごとも語 ることはできない.このことは自明のことではあるが,あらかじめお断りしておく.さて,こ の観点から問題となるのは,いうまでもなく,この批評理論を書いた26歳の青年Paterの心 的状況である.若いPaterの真の関心は,もっとも初期の手稿̀Diaphaneitと'(1864年7月口 頭発表)においても, ̀Coleridge's Writings'発表の翌年発表された̀Winckelmann'(1867)

においても,またさらに翌年発表された̀Aesthetic Poetry'(1868)においても顕著に認めら れるように,人生の質的に豊かな生き方の求道者的な探求にあった.これらの論文における彼 の真の主題は「教養」なのである.したがってPaterがこれらの論文でより学問的な問題 を,すなわち,彼の内心の深い欲求が生みだしたというよりは,学問の伝統が彼のために準備 し,彼に課したといった方がよいような問題を取り扱うとき,彼の語り方はつねにまざれもな い彼自身の熱情を表わしているが,彼の見解そのものは, Lはしぼ,彼が影響をうけた先人の 見解の焼き直しなのである.このことは̀Coleridge's Writings'(発表は1866年1月,執筆 はおそらく1865年)にもそのままあてはまる.この論文でPaterがほんとうに問題としてい るのは,その題名とは反対で,著作でもなければ理論でもなく,人間のあり方であり,教養の あり方なのである. PaterはColeridgeの「絶対主義」を哲学という学問上の理論的な誤り として批判しているというよりは,むしろ, Coleridgeに見られるような「絶対」の探求が, 豊かであるべき生のあまりにも乏しい生き方‑あまりにも偏った,あまりにも狭い教養‑

を生みだすという点を批判しているのである.したがって, PaterがColeridge批判を通し て得た新しい積極面を「相対的精神」という言葉で表わしたとき,その「相対的精神」もま た,まず第‑には,人間のあり方なのであり,教養のあり方なのであったPaterは,彼が兄 いだした新しい,人間のあり方‑彼自身の言葉によれば, 「形象と色彩と感情の世界とのい かなる接触をも無視することのない」 (9)あり方‑を「相対的精神」と呼んだのである.が, そのような,人間のあり方としての「相対的精神」が批評という限定された行為の分野にどの ような帰結をもつべきか,というより学問的な,より理論的な問題に対しては, Paterはまだ

自己自身の解答に到達していなかった,と考えられるPaterに明らかであったのは,批評は ともかく「相対的精神」の適用でなければならないという条件だけであった.このような心的

(8)

状況にあったとき, Paterは̀Coleridge's Writings'を執筆し,そのなかで「相対的精神」

にもとづく批評理論を,あまり確信のもてないまま,時期尚早に提示してしまうことになっ た,と考えられる.じっさい, Paterがこの理論に自信がもてなかったことは,彼の語り方に も表われているのである.すなわち,この批評理論を提示する部分におけるPaterの語り方 には,まだ自分の確固とした結論に到達していない人の狐疑遠巡が認められるのであって,そ れは想像力説批判の部分や神学批判の部分における彼の確信にみちた語り方とは対照的であ

る.たとえば, Paterは, 「相対的精神」にもとづく批評の方法を述べる直前のところで,批 評において重要なのは「芸術家の心」か,それとも「芸術作品」かという問題を提起している が,彼の答は奇妙に暖味であるPaterは,一方では, Renanの言葉「Raphaelの絵にひそ む思想は問題ではない,重要なのは絵そのものだけである」 (w)を共感をこめて引用しながら, 一方では, 「結局,芸術家の心こそ無限に貴重なものであって,芸術作品は芸術家の心の状態 をしめす指標として重要であるにすぎない」細という意見にも同意するPaterは,芸術家の 心を重視する見解と芸術作品を重視する見解との問を揺れ動き,相対立する見解の双方に対し て交互に賛意を表明するだけで,結論的なことは述べず,結局この議論をうち切ってしまうの である. ̀Coleridge's Writings'の批評理論は,このような心的状況‑人間のあり方として の「相対的精神」には深い確信をもちながら,その「相対的精神」が批評という分野にいかな る帰結をもつべきかという問題に対しては確信のもてる解答を兄いだせず,その解決を摸索し ている状況‑において,機熟するを待たず,強制的に生みおとされた理論である.そして, この理論のもつ矛盾も,その不徹底的性格も,その早すぎた出生に起因するといってよいであ ろう.

7年後Paterは̀Preface'を書く.このとき,彼は, ̀Coleridge's Writings'において

「眼で見,耳で聞き,手で触れることのできない」芸術家の心から出発させていた批評を180 度転回させるという着想に到達する. 「眼で見,耳で聞き,手で触れることのできる」芸術作 品から批評を出発させる批評理論の誕生である.このとき, Paterは,すでにみずから実行し ていた行為のうちに一つの秩序を認識したのにすぎなかったのであるが,ながらく空しく摸索 していた「相対的精神」の真の帰結に,真の, 「相対的精神」にもとづく批評理論にようやく 到達したという確信にひたったことであろう. ̀Preface'の堂々とした口調,冒頭第一節にお

ける「相対的精神」の確信にみちた提示,第二節においてその「相対的精神」を批評の分野に 適用して結論にむかって進む直裁な立論,ここにはかっての狐疑遁巡の影はない. ̀Preface

の批評理論は,当時の人々にとって目の覚めるような新鮮な理論であったばかりでなく, Pater 自身にとってもまさに新しい理論だったのである.

(1) Walter Pater:、The Renaissance: Studies in Art and Poetry (Macmillan, 1st Ed. 1873, Library

Ed. 1910), pp. vii‑viii.

(9)

(2) Edmund D. Jones (ed.): English Critical Essays (Nineteenth Century) (Oxford U. P., 1916, Reset 1947), p. 423.ただし,原文はギリシャ語である.引用はAppγeciations (Macmillan, 1st.

Ed. 1889, Library Ed.1910)の中̀Coleridge'におけるPater自身の英訳による(p. 68).

(3) Ibid., p. 423.

(4) Ibid., pp. 443‑44.

(5) Paterは,この時まで未発表だった論文(最初はThe Renaissance中の‑篇として発表すること を予定し, 1872年10月削除した論文)の一部を修正して, ̀Preface'の前半の批評理論を書いたと 推測される. (以上は,最近のLawrence Evansの研究によってはじめて明らかになった. Cf.

Lawrence Evans (ed.): Letters of Walter Pater (Oxford U. P., 1970). p. xxvii, p. 8.)

̀Preface'の批評理論の原形を含んでいたはずの論文はついに発表されることがなかった.それゆ え,その原形がどういうものであったかは,まったく不明である.今日読むことのできるPaterの 文章で̀Preface'の批評理論の原形もしくは駈種と見ることができるのは, ̀Leonardo da Vinci' (originally ̀Notes on Leonardo da Vinci', 1869)のなかの短い一節である. (Cf. The

Renaissance, p. 100.)結局,われわれとしては, ̀Preface'の批評理論を, 1872年の10月から11月 にかけて最終的に執筆され, 1873年に発表されたものとして読むはかはないということになる.

(6) English Critical Essays, p. 443.

(7) Ibid., p. 445.

Ibid., p. 453.

(9) Ibid., p. 423.

Ibid., p. 443.

Ibid., p. 443.

(昭和47年9月26日受理)

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