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柏木と「…人」表現

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(1)

柏木と「…人」表現

著者名(日) 倉田 実

雑誌名 大妻国文

26

ページ 1‑19

発行年 1995‑03

URL http://id.nii.ac.jp/1114/00001460/

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

(2)

柏木と

柏木という人

﹁乙女﹂巻で存在が一不される柏木は︑王童十帖になって呉母妹とも知らずに主童求婚者の一人となり︑さらに物語第二

部になると︑限りない皇女指向によって女三の宮との密通事件を引き起こし︑露顕するに及んで自滅するかのように死に

至っている︒この間の経緯は︑情念と行為の必然性の軌跡として語られているが︑ここに柏木に対する﹁・:人﹂表現がど

のように係わっているかを検討していきたい?柏木論の有効性についてはすでに疑義が出されているが︑﹁:・人﹂表現は

それなりに柏木像と連動しているようなので︑検討自体は有用であろう︒

一つ︑あるいは幾重にも続く修飾語を﹁人﹂で受けてまとまる凝集性・隈着性の

﹁いと静まりたる人﹂というように︑まとまって人を形容するものを指している︒この﹁:・人﹂表現

に関しては︑すでに幾つかの前稿で検討してきたが︑本稿もその一環になる︒

ここで扱う柏木に対する﹁・:人﹂表現を一覧すると左記のようになる︒各用例の示し方は︑整理番号︑

主体︑本文︑巻名と頁数の上につけた﹁地﹂は地の文︑

﹁ 心

であることを

示している︒テキストは︑小学館版日本古典文学全集本を使用し︑本文引用に際しては︑表記を私に変えた場合がある︒

(3)

光源氏

光源氏

朱雀院

朱雀院

語り手

語り手

小侍従

語り手

女三宮

10 

女三宮

11 

語り手

12 

語り手

13 

光源氏

光源氏

光源氏光源氏

15  14  16  17 

語り手

18 

光源氏

19 

会・胡蝶

会・胡蝶いと静まりたる人

その人会・若菜上

つひには世のかためとなるべき人会・若菜上

院に常に参り親しくさぶらい馴れたまひし人地・若菜上

容貌いときょげになまめきたるさましたる人地・若菜上

会・若菜上

いと時の人地・若菜下

あらぬ人地・若菜下

心・若葉下

かの人地・若菜下

かの人地・若菜下

その人心・若菜下

かの人地・若菜下

心・若菜下

心・若葉下 さま異におほけなき人の心

さばかりの人

かの人地・若菜下

かやうに心かけきこえむ人心・若菜下

この道はいと深き人地・若菜下 m172 

30  30 

m t

208 

216 

234 

238  240 

243 

244 

245 

250  268 

(4)

20 

語り手いみじき事も目もとまらぬ心地する人地・若葉下

270  304  304  313  316  321 

組頁325 

330 

まず玉童求婚者達として一般的に一不される用例に現れている︒求婚の物語は︑

3︶ 

巻から実質的に始発するので︑この巻に絞ってみると次のようになる︒この点は前稿で確認したが︑訂正もあるので再度

21 

その人会・柏木

地・柏木

22 

語り手重くわづらひたる人

はかなかりける人の契り心・柏木

23 

光源氏

E牽~

この人心・柏木

24 

あやしくいとこよなくおよすけたまへりし人会・柏木

25 

E事 勤

あまり世のことわりを思ひ知りもの深うなりぬる人会・柏木

26 

E程多

亡き人歌・柏木

27 

あやしう情をたてたる人地・柏木

28 

語り手

かの人心・横笛

29 

亡き人心・横笛

30 

見し人歌・タ霧

31 

玉童十帖||いと静まりたる人

掲出しておく︒

(5)

光源氏

光源氏 語り手・光源氏←玉童求婚者達︵胡蝶巻︶︺

心なびかしたまふ人地・胡蝶

161 

169 

こうした用例で示される人物の一人として柏木がいることになるが︑用例の内容の多くは︑柏木も含めて玉霊に対して

わが身さばかりと思ひあがりたまふ際の人地・胡蝶

聞こえたまふ人地・胡蝶

会・胡蝶

会・胡蝶 かやうに訪れきこへん人

すきずきしうあざれがましき今ゃうの人

思いを掛けているというものになる︒

﹁わが身は光源氏の娘への求婚者としてふさわしいと気位を高くもって

おられる身分の人﹂の意であり︑身分的に求婚者としてふさわしいと自認していることを捉えているだけである︒こうし

アからエは同じレベルであり︑求婚者の存在を指示するためだけのつ:人﹂表現とみていいだろう︒オだけが 求婚者像として異質になるが︑しかし︑これは集成本や完訳本のように女房としてみるべきであり︑用例から除外すべき だろう︒浮気で新しがり屋の今風の女房が︑間違いをしでかすことを禁じる光源氏の発言となる︒

右の用例の﹁人﹂は︑複数であったわけだが︑求婚者各自の在り方も﹁:・人﹂表現で一不されていた︒各自一例ずつ示せ

会・胡蝶

地・胡蝶 いと気色ある人の御さま

いとまめやかにことごとしきさましたる人

168  168 

(6)

光 相

いと静まりたる人会・胡蝶

会・胡蝶

いとかう深き心ある人

ケは自身で自身をいう場合である︒玉童求婚者としての﹁・:人﹂表現

一応右のもので代表させることができる︒ここで柏木論の一環として確認したいことは︑用例①①を通じて︑これら

の﹁・:人﹂表現から密通という事態は想定されないということである︒蛍宮に関しては︑﹁わづらはしき気添ひたまへる

人﹂︵畳間頁︶の方が実質的で︑密通を引き起こすとしたら︑一番可能性のある﹁:・人﹂表現になる︒しかし︑﹁蛍﹂巻

では︑こうした鐙宮の性情をいうことで玉童や侍女右近を戒めており︑逆に壁宮密通の事態は未然に回避されているとす

べきであろう︒そうなると︑費黒の﹁まめ﹂﹁ことごとし﹂︑柏木の﹁静まる﹂︑光源氏の﹁深き心﹂は︑密通が排除さ

れた求婚語を形成することを暗示する性情表現になる︒嶺黒が玉童を手中にしたのは︑あやにくな展開というべきで︑物

玉童十帖で壁官以外に密通が想定できる人物は︑紫の上を垣間見した キは地の文︑それ以外は光源氏の発言のもので︑t

語は密通というニュアンスを意図的に避けている︒

タ霧の方であり︑この段階の柏木には有り得ないということになろう︒

以上のような見通しをたてたうえで︑一応﹁胡蝶﹂巻に見られる二例の柏木への﹁・:人﹂表現を具体的な文脈で確認し

﹁岩漏る中将﹂とされることになる柏木の歌を見た光源氏の感想の部分である︒

いかがいとさははしたなめむ︒公卿といへど︑この人

かならずしも並ぶまじきこそ多かれ︒さる中にも︑いと静まりたる人なり︒おのづから思ひあはする世

もこそあれ︒掲駕にはあらでこそ言ひ紛らはさめ︒見どころある文書きかな﹂など︑とみにもうち置きたまはず︒

m

J m

頁 ︶

1﹁この人﹂は︑柏木の消息を見ているので﹁この人﹂になり︑これ以下で︑内大臣家の長男としての声望の高

(7)

さがいわれている︒柏木の実質を表現するのは︑2﹁いと静まりたる人﹂になる︒沈着さを表す﹁静まる﹂が使用されて

玉童十帖で捉えられる基本的な柏木の性情の一つであり︑光源氏の玉量へ向けた次のような発言もあ

﹁右の中将は︑ましですこし静まりて︑心恥づかしき気まさりたり︒

はしたなく

﹁右の中将﹂柏木は︑タ霧と比較すると﹁すこし静まりて﹂という文脈だが︑ここでも沈着な性情がいわれている︒こ

2﹁いと静まりたる人﹂になる︒直情径行の人物ではないのであり︑後には﹁さま

よくもてな﹂す様も﹁箸火﹂巻︵加頁︶で語られている︒玉童十帖での相木は﹁いと静まりたる人﹂なのであり︑沈着冷

静で体裁よく取り繕う性情が認められることになる︒

物語第一部の柏木像と物語第二部のそれとの相違は︑かつて森一郎・伊藤博などによって指摘されていた︒造型上に柏

木にも飛躍があるのであり︑その一端は︑この﹁・:人﹂表現でも指摘できることになる︒﹁いと静まりたる人﹂としての

沈着さで指示されることによって︑柏木の直情径行は回避されていたと読めるのであり︑物語第二部になるとこれとは違

った側面が新たに捉えられて女三の宮との密通という事態に突き進んでいくことになる︒玉章十帖での柏木は所詮脇役な

のであり︑この一例が示されればこの段階の物語展開として十分なのである︒

﹁若菜上﹂巻ーーなまめきたるさましたる人

物語第二部になると︑女三の宮降嫁を願う一人として相木は登場するが︑朱雀院はその柏木をつぎのように捉えてい

(8)

﹁・:右衛門督の下にわぶなるよし︑尚侍のものせられし︑剖刊人ばかりなん︑位などいますこしものめかしきほど

まだ年いと若くて︑むげに軽びたるほどなり︒高き心ざし深くて︑や

もめにて過ぐしつつ︑いたく静まり思ひあがれる気色人には抜けて︑才などもこともなく︑つひには世のかためとなる になりなば︑などかはとも思ひよりぬべきを︑

ベき人なれば︑行く末も頼もしけれど︑なほまたこのためにと思ひはてむには限りぞあるや﹂と︑よろづに思しわづ

ml

朱雀院の思念のうちに︑皇女を預かろうとしている人としての柏木像がおのずと示されるという語りの方法がここには

認められる︒朱雀院の判断は︑3﹁その人﹂柏木はまだ位が低く︑年も若すぎて︑時期尚早ということなる︒しかし︑朱

雀院は︑よく柏木を捉えている︒まず︑﹁高き心ざし深くて︑やもめにて過ぐしつつ﹂は︑高貴な女性との結婚を望んで

独身を通している様であり︑﹁いたく静まり思ひあがれる気色人には抜けて﹂は沈着ながら志しを高く持している性情︑

﹁才などもこともなく﹂は漢学の才能がそれぞれ把捉されている︒だから4﹁つひには世のかためとなるべき人﹂との思

いが強くあり︑将来は嘱望されるということになる︒﹁むげに軽びたるほど﹂であり︑皇女に

ここには︑臣下として望むべき態度が柏木に即していわれていることにもなるが︑ここで注意したいのは︑

の造型上の継承があることである︒逆に︑ ﹁静まる﹂は︑先にみた﹁胡蝶﹂巻の﹁いと静まりたる人﹂と呼応しており︑それなり

﹁高き心ざし深くて︑やもめにて過ぐしつつ﹂とする面が新たであり︑この後 まり思ひあがれる気色﹂である︒

では︑父太政大臣の﹁この衛門督の︑今まで独りのみありて︑皇女たちならずは得じ︑と思へるを﹂︵若葉上初頁︶との

言が位置することになる︒継承される面と新たに捉え直される面が当然ながら浬然とするわけであり︑また︑そうなるこ

とで﹁静まる﹂とする性情の在り方も上昇志向と連動して単なる沈着さではない形で変容することが予感されることにな

る ︒

(9)

/¥. 

ここで語られる朱雀院の判断は︑

3﹁つひには世のかためとなるべき人﹂も含めて︑次の当たりと響い

ていくことになる︒蹴鞠の段の前︑改めて柏木を語るところである︒

衛門督の君も︑院に常に参り親しくさぶらひ馴れたまひし人なれば︑この宮を父帝のかしづきあがめたてまつりた

まひし御心おきてなどくはしく見たてまつりおきて︑さまざまの御定めありしころほひより聞こえ寄り︑院にもめざ

ましとは思しのたまはせずと聞きしを︑かく呉ざまになりたまへるは︑いと口惜しく胸いたき心地すれば︑なほえ思

ひ離れず︒そのをりより語らひっきにける女房のたよりに︑御ありさまなども聞き伝ふるを慰めに思ふぞはかなかり

t m

頁 ︶

5﹁院に常に参り親しくさぶらひ馴れたまひし人﹂であるとされている︒女一二の官の猫を預かろうとする段で

﹁童なりしより︑朱雀院のとり分きて思し使はせたまひしかば﹂︵若菜下巻山頁︶とあり︑朱雀院と柏木の親肥性が

繰返し語られている︒だから︑先の4﹁つひには世のかためとなるべき人﹂などとする朱雀院の判断は︑柏木に伝えられ

L︑諸注が指摘するように引用部にある﹁院にもめざましとは思しのたまはせず﹂との情報は

ここが初出になる︒文脈では︑だから柏木の思いは諦めがつかなかったということになるが︑とにかく朱雀院に親肥して

5︶ いたということが柏木造型のうえで大きな比重を占めるのであり︑それが5﹁院に常に参り親しくさぶらひ馴れたまひし

人﹂という﹁:・人﹂表現に表されることになる︒言い換えれば︑柏木の女一一一の宮に対する情念の根源を言い当てている語

りともいえるのであり︑そうした人物が蹴鞠を通じて女三の宮を垣間見ることになる︒

蹴鞠の段では︑柏木は次のように語られている︒

かくはかなき事なれど︑よきあしきけぢめあるをいどみつつ︑我も劣らじと思ひ顔なる中に︑衛門督のかりそめに

立ちまじりたまへる足もとに並ぶ人なかりけり︒容貌いときょげになまめきたるさましたる人の︑用意いたくし

て︑さすがに乱りがはしき︑をかしく見ゆ︒

m

l m

頁 ︶

(10)

6﹁容貌いときよげになまめきたるさましたる人﹂とその美質が捉えられている︒ここで︑

6︶ まめく﹂が使用されている︑が︑﹁若葉上﹂巻から﹁柏木﹂巻までにかけて限ってみると︑梅野きみ子の整理に拠ればこの

語は七例あり︑柏木の全用例四がここに使用されている︒初出がこの用例になり︑次は女三の宮の視線として﹁いたくよ

一「

しめき︑なまめきたれば﹂

の女房の﹁よろづの事なつかしうなまめき︑あてに愛敬づきたまへることの並びなきなり﹂︵柏木悶頁︶となる︒密通か

ら死に至る柏木の軌跡で捉えられる美質の一つは寸なまめく﹂であり︑

﹁若菜上﹂巻から﹁柏木﹂巻にかけてでは︑この

﹁なまめく﹂の語義に対しては諸説があり不確定な面があるが︑

﹁よしめ

き﹂﹁若やか﹂﹁なつかしう﹂などと並列されて使用されている点や﹁なま﹂は未成熟の意であることから︑若々しく上品

な性的魅力ともかかわる優美さとでもしておきたい︒こうした優美さを持つのが柏木ということになり︑かつての単に

﹁いと静まりたる人﹂とされたことからの径庭・飛躍が認められる事になる︒そして︑﹁なまめく﹂の用例展開からすれ

ば︑蹴鞠に精を出している柏木の﹁容貌いときょげになまめきたるさましたる人﹂とするつ:人﹂表現は︑物語第二部で

の設定を象徴する働きを持つわけであり︑垣間見と密通が内在されているとも取れよう︒

こうした柏木が女三の宮を垣間見することになるが︑その段については後に触れることにしたい︒

は︑この後小侍従が柏木を7﹁この人﹂としてその消え難い女三の宮思慕の様子を女三の宮に語ることがあるだけを確認

しておきたい︒垣間見が機縁になって柏木は女三の宮の知るところになったことになる︒

﹁若菜下﹂巻ーーさま異におほけなき人の心

垣間見と猫の引き取り以降長らく語られなかった柏木は︑紫の上の発病にからんで︑﹁まことや﹂の草子地で語りの表

(11)

まことや︑衛門督は中納言になりにきかし︒今の御世には︑いと親しく思されて︑いと時の人なり︒身のおぼえま

さるにつけても︑思ふことのかなはぬ愁はしさを思ひわびて︑この宮の御姉の二の宮をなむ得たてまつりでける︒下

璃の更衣腹におはしましければ︑心やすき方まじりて思ひきこえたまへり︒人柄も︑なべての人に思ひなずらふれ

ば︑けはひこよなくおばすれど︑もとよりしみにし方こそなほ深かりけれ︑慰めがたき挟拾にて︑人目にとJ

まじきばかりに︑もてなしきこえたまへり︒なお︑かの下の心忘られず︒

柏木は︑衛門督から中納言に昇進しているとまず官位が確認されている︒蹴鞠の日からの六年の経過を暗示するだけで

なく︑柏木の皇女指向を疎外する条件の解消を示していよう︒﹃職原抄﹄に拠ると︑衛門督は従四位下相当︑中納言は従

三位相当で︑格段の差があり︑文字通り8﹁いと時の人﹂になる︒朱雀院がかつて︑4﹁つひには世のかためとなるべき

人﹂と予想したが︑今上帝のもとで官位も上がり︑﹁いと時の人﹂になっている︒朱雀院が危倶した条件は︑すべて解消

しているのであり︑皇女を降嫁させている︒しかし︑預かりの宮女二の宮には満足せず︑柏木は相変わらず女三の宮への

思いを忘れられずにいる︒折しも紫の上の発病で六条院が手薄であり︑その間隙を縫って逢瀬を適え︑密通に及ぶことに

なる︒垣間見は︑その後の契りを暗示することが多いが︑柏木の場合はその聞に六年の経過があったことになる︒

密通及びその後の段で使用される﹁:人﹂表現は︑表現性の低い用例が並ぶだけである︒女一一一の宮は︑まず9

人光源氏ではない人﹂として侵入してきた柏木を捉え︑それが驚惇の表現となっている︒次は︑

の形で柏木であることに気付いている︒密通の時点で示される柏木に対する﹁・:人﹂表現はこれだけで︑柏木が女三の宮

を捉える用例は皆無である︒柏木にとって︑朱雀院が寵愛する女三の宮であればいいのであり︑その人となりはこれまで

等閑視されていた状況を反映している︒

密通後は︑地の文で口﹁かの人﹂ロ﹁かの人﹂と続く︑が︑これは女三の宮側から柏木を指示するものになる︒離れて存

(12)

在しているのでどちらも﹁かの人﹂になる︒この間も柏木の女ゴ一の宮に対する﹁:・人﹂表現はない︒柏木にあるのは︑

﹁:・身﹂表現であり︑密通後は︑柏木においてわが身をたどることに焦点︑が移行して死へと至ることになる︑が︑この点に

稿

次の日は﹁その人の手なりけり﹂という形で︑光源氏が女三の宮のもとにあった消息の筆跡を柏木のものと気付くも

o

は不用心な消息の内容を読んで﹁かの人の心をさへ見おとしたまひっ﹂とするものになり︑露顕以降は︑光源氏がH

柏木と女三の宮の密通という事態をどのように見つめるかが主題になる︒次の引用は︑最初に示される光源氏の内面にな

る ︒

﹁なほざりのすさびとはじめより心をとどめぬ人だに︑

uこれは︑さま異におほけなき人の心にもありけるかな︒ また異ざまの心分くらむと思ふは心づきなく思ひ隔てらる

帝の御妻をもあやまったぐひ︑昔もありけれ

いふ方異なり︒宮仕といひて︑我も人も同じ君に馴れ仕うまつるほどに︑おのづからさるべき方

につけても心をかはしそめ︑ものの紛れ多かりぬベきわざなり︒女御更衣といへど︑とある筋かかる方につけてかた

ほなる人もあり︒心ばせ必ず重からぬうちまじりて︑思はずなる事もあれど︑おぼろけの定かなる過ち見えぬほど

は︑さでもまじらふやうもあらむに︑ふとしもあらはならぬ紛れありぬベし︒かくばかりまたなきさまにもてなしき

こえて︑内々の心ざし引く方よりもいつくしくかたじけなきものに思ひはぐくまむ人をおきて︑かかる事はさらにた

ぐひあらじ﹂と爪弾きせられたまふ︒

M J

引用末尾に﹁かかる事はさらにたぐひあらじと爪弾きせられたまふ﹂とあるように︑光源氏は憤想やる方なく︑その内

実は﹁:・人﹂表現で構成されていく︒自分は女三の宮に対して︑

﹁なほざりのすさびとはじめより心をとどめぬ人﹂であ

﹁内々の心ざし引く方よりもいつくしくかたじけなきものに思ひはぐくまむ人﹂であるとの自負がある︒そ

ういう自分というものがいながら︑今回の事態を引き起こした柏木が絶対に許せない︒柏木に対して︑日﹁さま異におほ

(13)

けなき人の心﹂と断ぜざるを得ないのである︒︵この用例は﹁さま異におほけなき﹂が﹁人の心﹂に掛かる形になるが︑

稿

光源氏の怒りが柏木に向かうと﹁おほけなき﹂様が捉えられるが︑﹁おほけなし﹂はすでに様々に指摘されるように︑

その心の発動は柏木自身が当初から否定していたものであった︒

なし﹂の渦中に伸吟し︑また︑ しかし︑密通が惹起されると︑その当事者達は﹁おほけ

﹁おほけなし﹂を指弾されることになる︒光源氏は次に女三の宮に対する思いに及んで︑

﹁帝と聞こゆれど︑ただ素直に︑公ざまの心ばへばかりにて︑官仕のほどもものすさまじきに︑心ざし深き私のね

おのがじしあはれを尽くし︑見過ぐしがたきをりの答へをも言ひそめ︑自然に心通ひそむらん仲らひ

bが身ながらも︑さばかりの人に心分けたまふベくはおぼえぬもの

は︑同じけしからぬ筋なれど︑寄る方ありや︒

また気色に出だすべきことにもあらずなど思し乱るるにつけて︑﹁故院の上も︑

31

御心には知ろしめしてや︑知らず顔をつくらせたまひけむ︒思へば︑その世の事こそは︑いと恐ろしくあるまじき過

ちなりけれ﹂と︑近き例を思すにぞ︑恋の山路はえもどくまじき御心まじりける︒︵若菜下山頁︶

光源氏は︑﹁自然に心通ひそむらん仲らひ﹂の聞の密通なら許容できると思ってみる︒しかし︑日﹁さばかりの人﹂で

ある柏木に︑女三の宮が心を許したことが全く不愉快で仕方ない︒先に柏木を日﹁さま異におほけなき人の心﹂と断じた

のに続いて︑矛先は女三の宮に向けられている︒しかし︑藤置との密通という自身のことに回帰すると︑﹁故院の上﹂の

立場に思いがさらに転じている︒密通が許せなくても︑非難はできないと思わざるを得ないのである︒光源氏は自身の立

木と女三の宮と光源氏﹂︑という図式が重くここにのしかかっている︒

連綿としたこの光源氏の思念のなかで︑今回の事態を許容する方向になったとしても︑光源氏︑が柏木を日﹁さま異にお

(14)

ほけなき人の心﹂叩﹁さばかりの人﹂とした事実は動かない︒

が示されるとともに︑その把握の裡に自身の内面が込められるものであった︒他者の存在性・関係性と自身の内面性の二

つながらを示すという両義性があるわけであった︒光源氏は︑柏木に対する﹁:・人﹂表現で︑限りなくその﹁おほけな﹂ ﹁・:人﹂表現の基本は︑他者をどのように把握しているか

き存在性を庇め︑庇めることでこの事態の異常性を確認していることになる︒

こうした表現但に柏木の存在性が︑光源氏に掌握されたという事情もここで指摘できよう︒これまでの柏木に対する

﹁:・人﹂表現は︑光源氏世界の外側でなされていた︒それがここにきて光源氏の把握が中心となって展開されるようにな

っている︒密通が露顕したことで︑柏木は光源氏の手に落ちたことになる︒

密通露顕の事態は︑白﹁かの人﹂柏木にも伝えられるに及んで︑柏木もやっと女三の宮の人となりを理解するようにな

る︒ここに柏木が捉えた女三の宮に対する﹁・:人﹂表現が位置している︒

﹁いでや︑静やかに心にくきけはひ見えたまはぬわたりぞや︒

かの御簾のはさまも︑さるべき事かは︑軽

々しと大将の思ひたまへる気色見えきかし﹂など︑今ぞ思ひあはする︑

しひて︑この事を思ひさまさむと思ふ方に て︑あながちに難つけたてまつらまほしきにやあらむ︒柏木﹁よきゃうとても︑あまりひたおもむきにおほどかにあ

てなる人は︑世のありさまも知らず︑かっさぶらふ人に心おきたまふこともなくて︑かくいとほしき御身のためも︑

いみじきことにもあるかな﹂と︑かの御ことの心苦しきも︑え思ひ放たれたまはず︒

柏木は︑この期に及んでやっと女三の宮側を理解するようになる︒﹁静やかに心にくきけはひ見えたまはぬわたり﹂で

﹁あまりひたおもむきにおほどかにあてなる人﹂として女三の宮を把握しながら︑そうした人に起

こり得る﹁いみじき﹂事態に思い及んでいる︒

という人を捉えたことになるが︑これが垣間見の段を除くと﹁若菜上・下﹂巻で唯一の用例になる︒いかに女三の宮が柏

木において幻想的存在であったかを表していよう︒垣間見の段は次のようであった︒

(15)

凡帳の際すこし入りたるほどに︑桂姿にて立ちたまへる人あり︒階より西のこの間の東のそばなれば︑紛れどころ

もなくあらはに見入れらる︒紅梅にやあらむ︑濃き薄きすぎすぎにあまた重なりたるけぢめ華やかに︑草子のつまの

やうに見えて︑桜の織物の細長なるべし︒御髪の裾までけざやかに見ゆるは︑糸をよりかけたるやうになびきて︑裾

いとうつくしげにて︑七八寸ばかりぞあまりたまへる︒御衣の裾がちに︑いと細くささや

かにて︑姿っき︑髪のかかりたまへるそばめ︑いひ知らずあてにらうたげなり︒タ影なれば︑さやかならず奥暗き心

いと飽かず口惜し︒鞠に身をなぐる若君達の︑花の散るを惜しみもあへぬけしきどもを見るとて︑人々︑

あらはをふともえ見つけぬなるべし︒猫のいたくなけば︑見返りたまへる面もちもてなしなど︑いとおいらかにて若

くうつくしの人や︑とふと見えたり︒

m J m 頁 ︶

垣間見は︑見る者の視線と語り手の視線が同化していることは常識になっており︑また︑垣間見では︑見られる者の姿

態や美質が﹁:・人﹂表現で有効に捉えられることはたびたび指摘してきたことであった︒だから︑柏木は﹁桂姿にて立ち

たまへる人﹂をまず視線のうちに捉えたのであり︑﹁いとおいらかにて若くうつくしの人﹂とその美質を認識したことに

なる︒そして︑二様で示された女三の宮の映像が︑柏木において幻想的な次元にまで高められて持続されていたことにな

る︒密通露顕の事態を知らされて女三の宮に思い及んだ時︑真っ先に反観されたのは︑この垣間見の時点であった︒垣間

見では﹁いとおいらかにて若くうつくしの人﹂とした印象は︑ここに来て﹁あまりひたおもむきにおほどかにあてなる

人﹂と変容しており︑女三の宮の脆弱さが柏木にも捉えられてしまっている︒

柏木の女三の宮の理解の仕方は︑

はからずも光源氏のそれに重なっていく︒柏木の理解は︑所詮光源氏の把握の埠外に

︒ ︒

﹁女御の︑あまりやはらかにおびれたまへるこそ︑かやうに心かけきこえむ人は︑まして心乱れなむかし︒女はか

うはるけどころなくなよびたるを︑人もあなづらはしきにや︑さるまじきにふと目とまり︑心強からぬ過ちはし出づ

(16)

明石の女御のように﹁あまりやはらかにおびれたまへる﹂性情の場合︑同﹁かやうに心かげきこえむ人﹂の側の心の乱

また︑女︑が﹁かうはるけどころなくなよびたる﹂性情の場合には︑男は自制心のない過ちをしてし

まうだろうとしている︒女性の側に言われる﹁あまりやはらかにおびれたまへる﹂や﹁かうはるけどころなくなよびた る﹂性情は︑完全に女三の宮に重なるのであり︑光源氏は︑日﹁かやうに心かけきこえむ人﹂の存在を措定して︑女の側

の脆弱さを危慎しているのである︒

柏木は光源氏のもとへの不参を決め込む以外に道はないが︑朱雀院御賀の試楽の日に督促されて参上することになる︒

そこでの柏木はタ霧に優る音楽の才能でもって語られている︒それが︑日﹁この道はいと深き人﹂︵若菜下問頁︶にな

簿

た︒物語第二部になってもこの設定はそのままであり︑今上帝の春宮時代には︑伝授も行っていた︵若菜下山頁︶︒

玉童十帖以来のものであり︑では父に劣らない和琴の名手とされている︒柏木と音楽との係わりは︑

し︑柏木の和琴における﹁この道はいと深き人﹂とする規定は︑その死後に横笛に転移されていく︒﹃源氏物語﹄は﹃宇

津保物語﹄とは違って︑ハードとしての琴本体の伝流は女楽を見ても希薄であり︑

ソフトとして奏法が重んじられてい

ソフトとしての奏法伝授が無理となれば︑ハードにおいてしかない︒そして魂というものが込めら

れるとしたら︑和琴ではなく横笛が最適だろう︒﹁横笛﹂巻がさらに用意される所以である︒

とにかく︑こうした和琴の名手であるからには︑朱雀院御賀の試楽となれば︑不参は絶対にあり得ない︒朱雀院との親 胞は見てきた通りであり︑現在は昌男でもある︒柏木はやっとのことで参上しても︑光源氏の痛罵と視線を浴び︑そのまま

帰宅して死の床に伏すことになる︒

﹁過ぐる齢にそへては︑酔泣きこそとどめがたきわざなりけれ︒衛門督心とどめてほほ笑まるる︑

いましばしならん︒さかさまに行かぬ年月ょ︒老は︑えのがれぬわざなり﹂とてうち見やり

一 五

(17)

一 六

たまふに︑人よりけにまめだち屈じて︑ まことに心地もいと悩ましければ︑いみじき事も目もとまらぬ心地する人を

しも︑さし分きて空酔をしつつかくのたまふ︑戯れのやうなれど︑いとど胸つぶれて︑溢のめぐり来るも頭いたくお

ぼゆれば︑けしきばかりにて紛らはすを御覧じとがめて︑持たせながらたびたび強ひたまへば︑

づらふさま︑なべての人に似ずをかし︒ はしたなくてもてわ

m頁 ︶

光源氏の目を恐惜して︑素晴らしい舞も自に入らない柏木は︑加﹁いみじき事も目もとまらぬ心地する人﹂とされてい

る︒光源氏という大きな存在に恐憎する柏木の目のあり方からいう﹁・:人﹂表現であり︑視線はもはや確実な映像を焦点

化する機能を爽失していよう︒痛罵と視線を全身に浴びて自誠するにふさわしい表現であり︑この﹁:・人﹂表現によって

柏木の自誠に引き金が引かれるわけである︒

以上が﹁若葉下﹂巻の柏木に対する﹁・:人﹂表現のすべてになる︒密通事件の経過においては︑

などとされるととで緊迫した関係性を表していたとも言えよう︒密通前には︑8﹁いと時の人﹂とする密通を必然化する

4

5などと連関する形で位置し︑密通後には︑光源氏によって人となりを庇める表現

が二例続き︑最後に却﹁いみじき事も目もとまらぬ心地する人﹂とされて︑柏木の自滅が予見されもしたわけであった︒

﹁柏木﹂巻

i i

はかなかりける人の契り

幻﹁その人にもあらずなりにてはぺり﹂

(18)

と見舞いに来たタ霧に挨拶する言葉と︑その場面での幻﹁重くわづらひたる人﹂︵柏木制頁︶とする用例だけである︒し

かし︑柏木が逝去に及ぶとその後は﹁:・人﹂表現が︑それなりの役割を担うことになる︒

光源氏といえども︑柏木の死に感慨は禁じ得ないが︑そこに﹁:・人﹂表現が介在することになる︒遺児薫の五十日の祝

儀の段になるが︑ここでの光源氏は︑﹁あはれ﹂の思いで女三の宮・薫・柏木の三者に対している︒

女三宮日﹁なほあはれと思せ﹂

H

右の他にもこの場面では﹁あはれ﹂は多用されており︑光源氏の内面を象徴している︒女一一一の宮には﹁なほあはれと思

せ﹂と﹁あはれ﹂を懇願しているが︑薫と柏木に対してはそれぞれへの感慨を表して︑

は﹁残り少なき世に生ひ出づベき人﹂とされ︑苦悩の晩年に出生した境遇に感慨を禁じ得ないのであり︑柏木には︑お

﹁はかなかりける人の契り﹂として︑密通を犯して短命であったその宿世に自身の無念さを込めながら同調している︒ま

た︑こうした﹁あはれ﹂の多用は︑巻末の﹁あはれ︑衛門督﹂を先取りしていることにもなる︒

柏木の死を観じるのは︑死の床で光源氏への取り成しを依頼されていたタ霧も同じである︒光源氏は当事者過ぎて﹁あ

はれ﹂の感慨から出にくいが︑タ霧はもう少し自由であり︑死後に改めてその生涯を回顧する役が与えられている︒タ霧

によって柏木像が完成・完了するわけであるが︑柏木に対する残りの用例は巻末のを除くとすべてタ霧のものになり︑こ

とはタ霧論にもなろう︒そして︑これらの用例は︑すでに別稿ず扱ったので︑巻末の用例を最後にして﹁:・人﹂表現の検

﹁右将軍が塚に草初めて青し﹂と︑うち口ずさびて︑それもいと近き世のことなれば︑さまざまに近う遠う︑心

乱るやうなりし世の中に︑高きも下れるも︑惜しみあたらしがらぬはなきも︑むベむべしき方をばさるものにて︑

参照

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