奈良絵本『しぐれ』
奈良教育大学附属図書館蔵
下巻一冊(上巻欠)。写本。タテ30センチ、ヨコ22.2センチ。31丁。絵7ページ分。
表紙原装、紺地金泥草花模様。題答左「しくれ 下」。
室町時代物語の内、公家恋愛辞。絵は繊細優美で奈良絵本として佳作の一つ である。『しくれ』の伝本は、永正十七年成立・大東急記念文庫蔵古写本、赤 木文庫蔵正保・慶安ごろの刊本などがある。これは刊本に近い本文を伝えている。
左大臣の息子中将が、病気に悩んで清水寺に籠っている妹を見舞いに行く途中、
清水坂で折りからの時雨に濡れて難儀する故三条中納言の姫君に逢い、傘を貸 したことが機縁となり結ばれるところから物語ははじまる。やがて姫君は帝の
しょきょうでん
日にとまり、承香殿の女御として栄え、皇子を産む。中将の身の上には、右大 臣家から呪証され姫君の事をまったく忘却してしまう波瀾がおこったりもするが、
最後には姫君の事も伝え聞き、傷心の果てに横川で出家するところで終る。
作風がある程度類似するものとして『忍音物語』などがあって、これらとのしのひね
対照を行ないながら、鎌倉期・室町期の物語範噂での構成や表現の特質を考え ておく必要がある。
掲出場面は、表替巌の女御が三条御所で皇子を出産する場面。僧は無事のお 産を祈り、女房達もなんとなくざわめきたっている雰囲気が伝わってくる。
(国文学・真鍋 昌弘)
買っとく、置いとく、積んどく、放っとく
テレビもない、携帯もない、もちろんインター ネットなど夢にも浮かばない頃、成長期を迎え知 識を求めるようになった。あの阿呆な戦争の真っ 最中、タブロイド版の新聞と神棚に並んで置かれ た並四ラジオの声が情報源のすべて。新しい本な ど手に入らないし、経済的な余裕もなかったであ ろう。土蔵に置かれた兄たちや叔父伯母の絵本か ら始まり小学校・中学校の教科書が、唯一まとも な書物。とりわけ地理の教科書は写真が多くて外 に目を拓かせてくれた。分家の物置には分厚い少 年倶楽部が残されていて、ずいぶん「ノラクロ」
と「冒険ダン吉」に親しんだ。6・7才にしては 知識に飢えた早熟な子どもであったし、大人にな ってからの海と南への志向もその頃の潜在願望の 発現か。
国民学校3年生、今年の夏を想わせる暑い日で あった。正午から重大放送があるとの父の命令で ラジオを仰いで正座。何やらガアガア雑音の中に 常人にない抑揚の甲高い声が響いたことを覚えて いる。戦争に負けたらしい、鬼畜米英が本土に進 駐してくる。学校では翌日から何日もかけて墨を 磨っては、担任の指定する個所を真っ黒に塗る作 業が続いた。最近お役所の情報公開文書でよく似 た場面を目にし、いささかの懐かしさとあほらし さを感じる。私にとっての墨との縁はこれっきり、
以後幸か不幸か書道教育は受けず仕舞い。この後 しばらく習字は軍国主義教育に連なるものとして 禁止された。私の悪筆はこうしたことも大きく影 響していると、言い訳に使っている。
墨塗り教科書の次は、印刷機から出てきたまま の片面8ページか16ページの大きく粗悪な紙。
各自で折ってページを合わせ綴じろと言う。一度
西 田 史 朗
(理科教育 教授)
きりであったが面白い体験であった。話は飛躍す るが、長じて藻類化石を研究し始めたときOtto だったかJunkだったかを通じてMax Hirmerの
「HandbuchderPalaeobotanikJ BandIを購った。
1927年にベルリンで出版された古植物学の教科 書であるが、表紙はペーパーカバーで綴じられて はいるが小口が裁断されていない。怪しげな雑誌 や製本不良でページがくっついたものがあったが、
この書物は全ページが袋になってそのままでは開 けない。ドイツも度重なる戦争でこうした出版物 をと思ったが、先代教授に教えられ不勉強を味わ った。すなわちそうしたスタイルは大切な書物の 本来の姿と言うのである。読書人たるものはナイ
フで真新しいページを切り開いて読み進めるのだと。
ペーパー・ナイフはそのための道具だと。大切な 書物は気に入った装幌を凝らし金文字入りの私家 製本するのが蔵書家の噂みであったと。長じた敗 戦国の子どもが奇しくも愛書家の気分を味わった
ってこと。
小学生高学年になる頃、世情もずいぶん落ち着 いた。そのころの新聞に「白い魔魚」(舟橋聖一)
が連載され、学校から帰った時の楽しみになって いた。田舎の小学生にしてはずいぶんとおませで あったと振り返っている。大人の小説に初めてふれ、
以後息抜きに日本の小説を中心にずいぶん楽しま せてもらった。たびたびの研究航海では文庫本を 数10冊持ち込み、アルコールとともに船酔いを 紛らわした。白鳳丸の船内文庫もほとんど読み尽 くしたが、単調な航海は長編小説を読むのに都合 がよい。南太平洋で読んだ「橋のない川」(住井 すゑ)や「大地の子」(山崎豊子)を思い出す。
南天洋での「大菩薩峠」(中里介山)や「鬼平犯
科帳」(池波正太郎)も良かったなあ。
それにしても世の中ずいぶん変わった。学生時 代はちょうど「太陽の季節」(石原慎太郎)がブ ーム、一般教養・倫理のレポートに『太陽族の倫理』
と題して提出した。私としては当時の跳ね上がっ た青年の気持ちを真剣に代弁したつもりの労作で あったが、謹厳実直な学大の先生には通じなかった。
当時は通年制で4単位、ちょっと痛かった。数年 前「チヤタレー夫人の恋人」ノーカット邦訳版が 出たが、かってその猥褒性をめぐって最高裁判所 まで争ったのは何だったのか。ちょうどその頃、
朝日新聞に「百年の預言」(高樹のぶ子)が連載 されていたが、朝の食卓でポルノ顔負けの文章を 読もうとは、伊藤整氏の感想は如何なものか。ち なみにノーカット版「チヤタレー夫人の恋人」を 読んで「野菊の墓」(伊藤左千夫)が思い出された。
誰しも年をとると涙もろく、ぐちっぼくなるも のらしい。99年暮、「みらい」の赤道航海では「少 年H」(妹尾河童)と「火垂るの墓」(野坂昭如)
を持ち込んだ。どちらも土地勘のある神戸を舞台 とするので親しみを覚えるが、戦争中の断片的な 見聞や体験と重なり読み進めるのが辛かった。戦 争の巻き添えをくう子どもたちの悲惨さと懸命に 生きるけなげさに気が滅入る。私が子どもたちに 薦めるとするならばこの二冊だ。
地質学を専攻していると地層や地質構造が模式 的に見られる所、岩石・鉱物や化石の記載された 土地を知ることが大切だ。当然ふつうの人の行か ない土地が多い。仕事と関わっての文学作品とし て「街道をゆく」(司馬遼太郎)を放っておくわ けにはいかない。もともと週刊朝日に連載された ものであるが、文庫版(朝日文芸文庫)で40冊 にも及ぶ。著者には遠く及ばないが、自身の訪ね た土地と重なるとその地の情景が目に浮かぶ。そ うしたところの一つに四万十川上流の梼原がある
(27巻、梼原街道)。私の訪れた時はちょうど秋 祭りの日、四国カルストを見た帰路であったが、
坂本龍馬をはじめとする土佐藩士脱藩の道など地 域の歴史的背景が思い出され、初めての土地とは 思えない懐かしさを覚えた。
10才までに文字に親しむことを覚え、活字に 飢える気分を味わった。その頃の刷り込みが健在で、
書物を買うのに抵抗がない。読み通さないのが分 かっているのに、買ってしまう。さしあたり置い とく、時間の経過につれて積んどく、何時買った かさえ忘れて放っとく。最近ではこうした書物と の関わりも良いものだと納得の境地、そのうち誰 か使う人も出てくるのではと、しかしそろそろ人 生の退け時、迷惑顔の家族が浮かぶ。数年前まで 住んだ家は二階に書庫をとり、書物を置くため床 を二重張りし補強した。しかしゆがみが生じ柱の 無い建物だと気付いたときには後の祭り。それに 懲り今度は母屋から追い出されプレハブ書庫を造 ったが、置いとく放っとくで既に満杯。どうする この本、が家族の一致した声。生きてる間はその ままに、が私。
そうした買っとく置いとく放っとくも最近では 多少方向性が出てきた。市民向けの地学に関する 書物、地域の地学を紹介した書物、自然災害を啓 蒙した書物、さらに以上に関わって地方の小さな 出版社が出した書物である。こうした本にはそれ ほど高価なものはないが、旅の途中で折にふれ買 い込むのでかなりな点数になってしまった。この ジャンルの出版にも地域色が濃く現れ、とりわけ 沖縄県、鹿児島県が多く、北海道も充実している。
残念なことに我が奈良県は、日本文化発祥の地と 称し称されているが、地域の自然を紹介した書物 はまことに貧弱で寂しい。歴史時代はせいぜい千 数百年、歴史を育んだ容器の様子や成り立ちをも う少し極めれば、あるいは新たな考察が生まれる のではなかろうか。
最後にちょっと宣伝を。80年代はじめから国 土庁の主導する土地分類基本調査に関わり表層地 質を担当して県下を広く見聞した。その後も文化
−2−
財に関わる調査や災害調査、歴史の道調査メンバ ーとして県下の自然、とりわけ地形と地質につい て深く知る機会に恵まれた。その中のトピックを
「大和の崖物語」としてミニコミ紙に連載し、そ の後の地質鉱物緊急調査でさらに深めることがで きた。折々に書き溜めた記録をまとめて出版をも 考えたが、カラー写真を多用すればとうてい市場 に出せない値段になる。さしあたりCD−ROM版
で作成した「大和の一億年一奈良の自然誌−」を 見てくれそうな方々に進呈している。ご希望の方 はご一報を、ただし手焼きのため在庫僅少につき 時間に余裕をお願いします。21世紀を迎えてか ら出版の原点に戻った頒布方法かと自己満足。
以上、活字と情報に関わっての思いをとりとめ もなく書いたが、全くの独りよがり。
大洋の小さな小さなプランクトン
UmbeLloghaeratenuisPaasche 熱帯海域の表層に生息する光合成プランクトンの一種 魚を通じて毎日の食卓に上る海洋生態系の基礎生産者
課 題 提 出
昭和50(1975)年4月に九州から本学に赴任 して以来、5年程の休止期間を除いて<一般教育・
B文学>更に<教養科目・魯迅の小説を読む>の 中で、魯迅作品(訳本主体ではあるが)を20余 年学生諸君と共に読んできた。
授業形態は、ディベート風討論形式と取扱い作 品についての感想文の提出、最終レポートには、
必ず「私にとっての魯迅」の課題提出を課し、受 講者が魯迅と向き合う機会を設けてきた。
その中には、現在本学心理学教室で活躍中の豊 田先生・附中の重鎮となっている植西先生・夜間 大学院生(現職)冨山先生も居り、授業の推進役 として扶けてくれたのも、昨日のことのように記 憶に遣っている。
とりわけ、私にとって懐かしくも印象深いこと は、受講生有志と共に、受講終了後に「魯迅研究会」
を発足させ、永年、魯迅作品を読み、『鬼火』と 名付けた雑誌を刊行、その中から中国近代文学の 研究者も誕生したことである。
惜しまれることは、その研究者となった稲本朗 君は早逝、卒論「『故事新編』研究」の力作のみ が研究室に淋しく遺されていること、研究会もそ れぞれの職場での仕事に追われて、既に休止状態 となっていることである。
これも、私の責任かと思う此頃である。
前置きが長くなったが、この研究会衰退の因が 私にあることと共に、一般教育科目・教養科目の 授業を通じて「気にかかっている」ことがある。
それが、標題の「課題提出」である。つまり、提 出させ続けた私自身が、その課題を出せずに来て しまったことである。「私にとっての魯迅」を学 生諸君に提示することなく、来春の退官の日を迎
川 北 泰 彦
(漢文学 助教授)
えることからやっと逃れる機会が与えられたのは 図書館のまさに「恩情」と感謝している。
以下、教室で喋りたかったことを中心に、更には、
このように血肉化してもらいたかったことを私の
「課題研究」の一部として、脈絡の怪しいままに 綴らせてもらい、責任の一端を果たさせていただ
きたい。
魯迅、本名は闇樹人、1881年9月27日中国漸 江省紹興の生まれ。清王朝統治下で科挙制度も残 っていた時代である。古くは越の国の地域で、層 氏一族は名家の家系でもあった。従って、樹人は 一家の長男でもあり、まさにお坊っちゃんとして 育てられ、成長してゆく筈であった。
しかし、12歳にして、祖父の下獄・父の病気 により一家没落、「人の情の冷酷さ」を見ること となったことは受講生諸君周知のとおりである。
このことは、第一小説集『哨城(とっかん)』
の自序に詳しいし、魯迅の伝記や作品論を述べる ことは本稿の主題でもなく、それに関する研究書 も丸山昇著『魯迅−その文学と革命−』(平凡社・
東洋文庫47)をはじめ、無数といえる程ある。
授業では、『哨戚』から「孔乙己」「薬」「小さ な出来」「故郷」を、『彷捏』から「視福」を、『野 草』(散文詩集)から「墓碑銘」を、『朝花夕拾』
から「父の病気」「藤野先生」を、『故事新編』か ら「鋳剣」を主として扱い、最終レポートには「狂 人日記」「阿Q正伝」「傷逝」「孤独者」なども加 えた。
後で、今年度扱った分への一言コメントは付け るが、本題「私にとっての魯迅」に入る。
まず、結論風にひとこと述べておこう。
辞書的「魯迅紹介」では、中国近代文学の祖、
一4−
革命文学の旗手とされる。正しいのであるが、甚 だ誤解され易い表現といえる。これでは、辛亥革 命(1911)以来、中華人民共和国に至るまで、
勇猛果敢に先頭を馳けた作家魯迅の姿を想像して もやむを得ない魯迅像になる。
しかし、魯迅の伝記及び作品・雑感文・日記を 少しでも丁寧に読めば、すぐに「温かく・迷い つづけ・優柔不断な」魯迅を見てとることができ
るのである。
少し時間を遡らせるが、本当の意味での(と自 分は思っている)魯迅との出遣いは、30歳頃の 長崎造船大学での教師時代であった。工学部の学 生40名程を相手に、日本文学・東洋史・中国文 学を専門とする6名が一緒になって「アジアの近 代化」をテーマとしてゼミを開講、魯迅と夏目漱 石を2年毎に扱った時代である。個々について触 れるスペースは無いが、要は「中国近代も日本近 代も、漱石の講演にあるように、外波による近代 化であって、内なるそれでない」とする視点で読 んでいった。その頃の学生との予備討論や教官仲 間とのひとつひとつが私の中では忘れ得ぬ事柄で はあるが、本学でのそれらも、魯迅研究会を中心 として貴重な時間であった。
これらの中で、少ない紙数ではあるが、いま一 つだけ作品を紹介しておきたい。岩波文庫・竹内 好訳・1980年版『野草』所収の「墓碑銘」である。
墓碑銘
夢で私は墓碑の前に立ち、碑面に彫まれた銘文 を読んでいた。その墓碑は材質が砂岩らしく、剥 落がひどいし苔も生えていて、部分的にしか読み
とれなかった。
あた
「…浩歌熱狂の際に、寒に中り、天上に深淵を見、
一切眼中に無所有を見、希望なき所に枚を得…
…一遊魂あり、化して長蛇となり、口に毒牙あり。
いん
人を噛まずして、おのれの身を噛み、ついに…損
てん
顛…
…去れ!・‥」
墓碑のうしろに廻ると孤境があったが、(略)
のぞくと屍体が見えたが、胸も腹も破れ、なかに 心も肝もなかった。(略)
気味が悪くなって立ち去ろうとしたとき、碑の 裏側に残っている銘文が目についた。
「…心を決ってみずから食し、本味を知らんと 欲す。病み激しくして本味なんぞ知るを得ん?…
…痛み定まって後おもむろにこれを食らう。さ れどその心すでに陳腐、本味を知る能わず・‥
…我に答えよ。然らざれば、去れ!…」
私は去ろうとした。だが墳中の屍体はすでに起 きあがり、口を動かさずに言った。−
<<おれが塵になるとき、おまえはおれの微笑 が見られるぞ!>>
私は駈け出した。かれが追って来ないか、こわ くて振り向きもしなかった。
1925年6月17日
ここには魯迅の生涯とその心理が象徴的に表現 されているといえる。前半の「」は表の銘文、
後半の「」は内面を語る銘文と読める。
一家没落の下に、人情の表裏を知り、日本留学 の中で「世界に食われる愚弱な中国を救うべく」
文学に志す。『晒峨』の時代は寂英を感じつつも 自己過信の魯迅が確かに居た。しかし、『彷捏』『野 草』の時期に入ると、「知識人に何ができる?」
の己への訊問が見られる。と同時に、知識人士達 の欺瞞への矛先も鋭くなる。「墓碑銘」の「本味 を知ろうとしてわが身を噛むが、痛みの激しさに それをやめる、後ではそれは不明」に彼の煩悶が 窺える。この心は、晩年の作「鋳剣」の中でも、
王に向かって父の仇を討とうとする眉間尺の助っ 人として登場する黒い男の中にも見られる。封建 時代の象徴である王とともに、旧時代の因習を背 負う黒い男は、眉間尺に「おまえの仇はおれ(黒 い男)の仇だ」そして「おれもまた仇である」と
いう。
新しい時代には、旧時代に生きた自己をも否定 的に見つめる魯迅の分身として見ることができる のではないか。
さて、ここで「孔乙己」以下、本年度分につい て一言触れておこう。
魯迅の作品集は『晒戚』『彷捏』『朝花夕拾』の 小説・回想記的小品は1918年「狂人日記」から 10年間のものであり、散文詩集『野草』は『彷捏』
と表裏をなすように書かれている。最後の小説集
『故事新編』は「補天」「鋳剣」は前の10年間の 作であるが、他の作品は最晩年の1935年、死の 一年前に一挙に書かれている。
本年度は、最初の10年間のものを扱うに停ま ったが、「鋳剣」を扱えなかった怨みを除いては 一応私なりに納得している。つまり、一作々々の 分析は別にして、大きな流れは正に「墓碑銘」の 中に凝縮されているからである。
『境域』の世界では、「自序」の中で幼年期・日 本留学期そして青年期の「国家を政い導こうとす る意気込み」と、「その夢が破られた後の寂莫」
そして「再び前に向かおうとする心」が作品に盛 られている。「孔乙己」では、笑いの対象のよう ではあるが、労働者層の温かさがプライド高い孔 を酒場へと来させるエネルギー源となっているこ
とは見逃せない。「薬」では、家を国家を枚おう として「人血饅頭を食べ」「革命に身を投じた」
2人の若者は死に、両人の母親は「何ら報われる ことはなかった」点は看過してはなるまい。「故郷」
と「藤野先生」は、日本の中学・高校教材として よく知られているが、「故郷」では、終章の議論 はさておき、魯迅の中では「ルントウとの少年時 代の時間」こそ永遠の願いであり、まさに希望で あったろう。そして「藤野先生」では、風釆のあ がらない先生ではあるが、人種・民族を超えた「学 問への愛情・平等の精神」が偉大であり、それに 気付けなかった留学時代の魯迅であったが、20
年経って再認識する魯迅の偉大さがあるといえよう。
「視福」では、当時の知識人層と民衆の間で、思想・
信仰・習俗の相違によって翻弄された禅林姥の不 幸を考えることも大切だが、作中の「私」の在り 方を見てゆくことは、現在の我々にも大切である と考える。それは「いったい知識人に民衆が数え るのか」と当時魯迅が自らに疑問を投げかけた第 一作であり、この疑問は同時に「大学に身を置く 我々へのものでもある」と考えるからである。
以上、要領を得ない感想文となったが、中国近 代文学の祖魯迅の名と作品名は忘れても、これら を通じて得た「疑問を持ち、それを解き明かそう
とし、真に迫まろうとする」心は忘れないで欲しい。
嬉しいことに、「文章を細かく読むことを経験で きた」「議論することの楽しさを知った」「もっと 自分の意見が出せるようになりたかった」といっ た一文をレポートに見出せたのは、私にとって、
やはり救いであった。
日本は、大学は、若者はどこにゆくのか。20 余年を怠惰の中に過した私に言えることばではな いが、活力と自立心とが年々減退してゆくようで やはり気懸りである。
今日まで私を楽しませてくれた、大学の仲間たち、
とりわけ学生諸君に「謝々(ありがとう)」を贈 って潤筆。
注:魯迅の訳本としては、
『魯迅選集(改訂版)』全13巻、岩波書店、1964・
(所在:開架書庫 請求記号:928iは)
『魯迅全集』全20巻、学習研究社、1984.
(所在:開架書庫 請求記号:928日9)
などが本学附属図書館で所蔵されている。
−6−
平成13年度 図書館利用統計
1.入館者数、館外貸出状況 開 館 日 数 248日
時間外開館日数190日(うち土曜開館 30日)
館 外 貸 出
入 館 者 数
学 生 院 生 教 職 員 そ の 他 計
貸 出 貸 出 貸 出 貸 出 貸 出 貸 出 貸 出 貸 出 貸 出 貸 出
人 数 冊 数 人 数 冊 数 人 数 冊 数 人 数 冊 数 人 数 冊 数
人 人 冊 人 冊 人 冊 人 冊 人 冊
9 1 ,8 38 6 ,86 3 1 1 ,8 60 1 ,0 2 2 2 ,22 2 4 7 8 9 7 9 12 8 3 2 5 7 ,9 9 1 15 ,38 6
2.貸出図書の分野別冊数
(単位:冊)
総 記 1 ,2 9 7 教 育 1 ,7 8 2 芸 術 1 ,4 3 0 後 援 会 1 ,0 8 4 郷 土 資 料 1 4 6 教 科 書 ・指 導 書 2 ,7 6 2 妻五
ロ ロロ 4 5 9 雑 誌 5 9 0 哲 学 ・ 宗 教 3 4 4 自 然 科 学 1 ,5 3 9 文 学 6 8 4 紀 要 6 7 8 歴 史 ・ 地 理 7 2 3 技 術 ・ 工 学 2 2 2 指 定 図 書 3 0 7 新 聞 1 9 社 会 科 学 4 9 5 産 業 7 4 新 潮 文 庫 7 6 9 合 計 1 5 ,3 8 6
3.参考業務
所 蔵 調 査 事 項 調 査 利 用 指 導 計
教 職 員 3 7 件 1 5 件 7 件 5 9 件
学 生 3 8 3 6 1 2 8 9 7 3 3
学 外 者 7 6 1 7 8 7 1 8 0
計 4 9 6 9 3 3 8 3 9 7 2
4.文献複写利用状況
利 用 件 数 利 用 枚 数 依 頼 1 ,8 0 9 件 1 2 ,3 6 8 枚
受 付 9 1 7 7 ,1 0 0
計 2 ,7 2 6 1 9 ,4 6 8
5.現物貸借利用状況
利 用 件 数 借 入 1 2 3 件 貸 出 1 4 7
計 2 7 0
6.学外者利用状況
利 用 者 区 分 利 用 者 数
他 大 学 学 生 6 8 人
他 大 学 研 究 者 5 5
そ の 他 7 9 4
計 9 1 7
NACSIS−lR<情報検索サービス>の利用について
附属図書館では、8月1日より、NACSIS−IR<情報検索サービス>機関別定額制サービス★を導入しま した。これにより、個々の利用者が検索料金を負担することなく、「雑誌記事索引」を含む約50種のデ ータベース★★を検索することが可能となりました。また、NACSIS−EI.S(電子図書館サービス)★★★の一部 も利用可能です。
このサービスの利用方法については、次ページの「NACSIS−IR<情報検索サービス>利用のしかた」
を参考にしてください。
なお、本サービスは学内IANに接続されたコンピュータ★★★★からのみ利用可能です。
ナ国立情報学研究所が提供するデータベースの多くを、大学や研究機関があらかじめ規模に応じた定額の料金を支払う ことにより、契約期間中は、その大学や研究機関の構成員が回数や時間の制限無しに利用できるサービス。
**利用可能データベース一覧は、http://v川W.nii.acjp/ir/dblistj.html をご覧ください。
***国立情報学研究所が提供する電子ジャーナル。詳細は、http://els.nii.acjp/をご覧ください。
=Hあらかじめ登録したIPアドレス(の範囲)により機関認証がなされています。
「雑誌記事索引」の利用方法が変わりました
NACSIS−IR<情報検索サービス>機関別定額制サービスの導入に伴い、これまでCD−ROMでサービ スしていた「雑誌記事索引」については、8月1日より、NACSIS−IRを利用したサービスに変更となり
ました。
この利用方法変更より、研究室パソコンや共同利用パソコン等からインターネットを経由してⅥ叩甲Ⅳ ブラウザで「雑誌記事索引」が利用可能となりました。
また、「雑誌記事索引」だけでなく、NACSIS−IRで提供している他データベースとの複合検索も可能と なりました。利用については、次ページの「NACSIS−IR<情報検索サービス>利用のしかた」を参考に
してください。
主な変更点
本 学 が 契 約 していた C D −R O M 版 一一事 N A C SIS−IR に よ るサ ー ビス デ ー タ
収 録 期 間 1 9 9 0 年 〜 2 0 0 1 年 → 1 9 7 5 年 〜2 0 0 2 年 利 用 可 能
図 書 館 内 専 用 端 末 一一◆
共 同利 用 パ ソ コ ン等 学 内 IA N に接 続 され た
端 末 コ ン ピュ ー タ
そ の 他 →
「雑 誌 記 事 索 引 」 以 外 の デ ー タベ ース も利 用 可 能 。 複 数 D B の 複 合 検 索 も可 能 。
−8−
NACSIS−lR<情報検索サービス>利用のしかた
〜「雑誌記事索引」検索を例として〜
*学内LANに接続された研究室パソコン、共同利用パソコン等から接続してください。*
*基本的な接続のしかたと画面遷移の例です。詳細については、接続後、【ガイ円画面をご覧ください。*
l.NACSIS−lR<情報検索サービス>(http://Webfront2.nii,aC.jp/)に接続する。
図書館ホームページ(図1)からもリンクしています。
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2.画面(図2)中ほどの
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日本語
‥−こ翌】 −‥ ⊂軍‥.J
t・°1°一【図21
を選択クリックする。
3.「処理選択メニュー」(図3)に移行。そのメニューの「l.NACSIS−lR」を選択クリックする。
4.「データベース選択」画面に移行。「雑誌記事索引データベース」にチェックを入れ、選択実行ボタ ンを押す。(「雑誌記事索引」以外のデータベースも検索可能です。また、複数のデータベースを同 時に選択することも可能です。)
5.検索画面(図4)に移行。検索条件欄に、キーワード等を入力し、検索実行ボタンを押す。
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【図4】 【図5】 【図6】
6.検索結果一覧(図5)が表示される。詳細表示したいものの数字ボタンを押し、詳細を表示させる。
または、複数にチェックを入れたあと、「チェックしたレコードを詳細表示します」ボタンを押し、
複数件の詳細を一括で表示(図6)させる。
7.終了のしかた
・各画面の上方に表示されるメニューから「終了」を選択クリック
・「処理選択メニュー」(図3)に戻るので、その中の「99.ログアウト」を選択クリックする。これ で終了。