名古屋博物館蔵﹃和名類聚抄﹄について
不 破 浩 子
"
W a
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j u
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N a
g o
y a
m
u s
i u
m
H i r o k o F U W A
は じ
め に
普通辞書の条件の一つとして︑固有名詞の排除ということがあ
る。安田章氏は︑中世辞書の伝承・改編の過程における﹁固有名
詞﹂の移動の様態から︑中世諸辞書の資料的性格を明らかにされ
た (
荏 ‑
) 。
平安時代の成立になる﹃和名類衆抄﹄(以下﹃和名抄﹄と略称
する)には︑十巻本と二十巻本の二つの系統があり︑二十巻本は︑
曲調類・職名・官名・国郡(郷里)・薬名といった︑和漢対訳に
関わらない固有名詞や専門語を類果した部門を有する。固有名詞
を採録するということは︑普通辞書から遠ざかることであり︑そ
れはある特定の目的にそった増補が行われたことを意味する。特
に︑和語固有名詞である地名の類衆は︑漢和辞書としての﹃和名
抄﹄に異質の要素が導入されたことを意味する。 普通辞書から逸脱する要素は︑二十巻本のみの特徴というわけ ではなく︑十巻本と共通する薫香具・図絵異等も専門語的で対応 する和名が少なく︑疾病部も和語こそ対応させられているものの︑ 説明的翻訳といったもので普通語とはいえない(注2)。これは︑ 意義分類の枠組みを中国文化の体系である類書に基づいたためで︑ 日本文化の多くが中国からの移入であることを考えれば︑中国文 化の諸分野に対応し得るような和語の体系が存在しないのはむし ろ当然と言える。また︑百科事典として詳し‑なれば︑それだけ 多‑の専門的な語が取り込まれるようになり︑専門語と普通語︑ 固有名詞と普通名詞の区分は︑その人の専門や所属する位相によ り︑その基準は流動的であって︑十巻本と二十巻本という二系統 間だけでな‑︑書写者の知識や関心の所在によって変化し得ると い
え る
。
名古屋博物館蔵﹃和名類衆抄﹄(以下﹁名博本﹂と略称する)
は︑十巻本から二十巻本への増補過程を反映するものではないか
として︑一九九二年︑榎英一氏によって︑詳しい紹介がなされた
(注3)。小稿では︑この名博本を中心に︑諸本を比較検討し︑
﹃和名抄﹄の増補の意味について考察する一助としたい。
まず︑名博本について︑国郡部とそれ以外とに分けて︑‑構成︑
2注記︑3附訓︑4表記︑等の観点から検討を試みる。仮名遣い
については︑国郡部とそれ以外を区別しないで扱う。
千
浩
破
不 一国郡部以外について‑[‑]構成‑
名博本は︑他の二十巻本と比較したときに︑まとまって項目を
欠いている箇所がある。その脱落には︑十巻本と二十本との系統
的な相違に関わるものと︑名博本独自の脱落とがある。二十巻本
諸本は︑元和本・東急本・伊勢鹿本(以下︑この三本を総称する
場合︑宮沢俊雅氏(注4)に従ってB本と呼ぶ)が同一系統で︑
高山寺本とは系統を異にし︑高山寺本は十巻本から二十巻本への
増補または二十巻本から十巻本への縮小の中間段階にあると推測
さ れ
て い
る (
注 5
) 。
名博本は︑居虞部(巻一一)に︑﹁観・行宮・侶床・害・音・
窯 ・ 庇 ﹂ が ︑ 門 戸 類 ( 巻 一 一 ) に ﹁ 閣 ﹂ が 存 し ︑ 道 路 目 一 ハ ( 巻 )
に﹁退避・雁歯﹂を欠‑という点で高山寺本に一致する。また︑
乞盗類(巻二)に﹁塊偏師﹂︑射要具(巻三)の冒頭に弓鋸具
( 巻 l 三 ) の
﹁ 弓
・ 考
・ 角 弓 ・ 弾 弓
・ 箭
・ 征 箭 ・ 鳴 箭
・ 平 題 ・ 簸 ・
鞍﹂等を重載し︑菜莞類(巻一六)の﹁垂﹂を園菜類(巻一七)
に垂載し︑身膿類(巻三)の﹁脅肋﹂を筋骨類に︑﹁孔薮﹂を肌
肉類に分属させている点で東急本と一致する。
他の二十巻本に存しない項目で名博本・十巻本に共通して存す
るものもある。名博本・鬼魅類の﹁魔﹂は十巻本の神霊類(巻l)
に︑男女類(巻二)の﹁君・産婦﹂・老幼類(巻二)の﹁師・弟
子・賓客・朋友・故人・孤児﹂・微賎類(巻二)の﹁蕩子﹂は︑ 男女類(巻一)に︑伯叔類(巻二)の﹁仲父﹂は父母類(巻一) に︑夫妻類(巻二)の﹁甥﹂は夫妻類(巻一)に︑祭把具(巻一 三)の﹁玉串﹂は祭把貝(但し︑表記は﹁玉葱﹂・巻五)に︑服 玩具(巻一四)の﹁団扇﹂は服玩具(巻六)に︑香薬類(巻一二) の﹁香﹂は香薬類(巻六)に︑というように十巻本と共通してい る。
東急本と一致する箇所は︑本来︑現存二十巻本系統に存したも
のであり︑名博本はそれを受け継いだが︑元和本は重複を考慮し
て那彼氏が改めた結果として︑名博本と東急本のみが一致するこ
とになったと考えられる。十巻本に一致する箇所は︑居虞部にお
いて高山寺本の立項が十巻本と二十巻本との中間的な様相を呈し
ており︑名博本もこれに一致することから(注6)︑高山寺本の
居虞部以外の箇所が残っていれば︑或いは高山寺本も名博本と同
様の項目であった可能性がある。つまり名博本は︑立項において︑
十巻本と二十巻本との中間的な性格をもち︑それは高山寺本に類
似したものであると推測される。
ま た
︑ 名
博 本
は ︑
﹁ 刻
鐘 貝
( 1
5
巻 1
2
0 部
1 1
‑
9 類
) ﹂
と ﹁
腰 漆
貝 蝣sI﹂の二類の項目が混活している他︑項目の分属に次
のような独自性が見られる。異なる箇所を︑元和本と対応させて
示 す
。
巻・部・類
‑oa‑‑^t*山谷類
‑oa‑co塵土類 II3‑10河海類 1‑3‑1
0河海類 3‑CO身体類 3‑6‑34身体類 4‑8‑43射聾具 CO蝣‑^射要員ハ CO蝣^射垂目一ハ S‑2‑ァ屋宅類
元和本
嶋
堊
港
温泉
骨・髄・筋
汗
埼
轍
射緊
普 巻・部・類 ・‑It‑江海類 11‑﹂n‑‑埼壁具 ・‑H‑tH‑2田園類 i‑I‑CO水泉類 CO‑CD‑筋骨類 3‑CO肌肉類 15‑<=>‑o? cxI2鞍馬貝
0‑1‑3鷹犬貝
o政猟具
‑2‑0腰漆貝 名博本
海嶋
堊
港
温泉 骨
・ 髄
・ 筋
汗
馬埼 轍
射繋
漆室 り︑裁縫具に﹁油単﹂を存するかわりに︑他本の裁縫具にある ﹁碓・砧﹂以下の二項目すべてを欠いている。
また︑次の諸項目は︑名博本のみに存するものである。
21‑サー!﹂舟貝触・艦
c^‑^‑S香名類薫嘘・薫龍・香嚢
o刑罰異相
‑sI1‑4厨膳貝油単
c‑qI輿付旅具槙首杖・繊杖
15‑S‑s刻鐘異金銀薄
toc。 CV5‑2‑1金器類銑
L0‑217麦類積麦 HIc。"** T‑I"^舟類触・艇
14‑S‑S香薬貝薫讐薫龍・香嚢
0‑1 ‑5漁釣具紺
14‑20‑1 ‑4裁縫具油単
14‑s‑s僧坊貝槙首杖・繊杖
・<0‑1‑ 2金類薄
o僧坊具鈍
20‑C。1,早類穣麦
右のうち︑丹類に舟貝の﹁触・艦﹂を存するかわりに︑他本の
丹類の項目である﹁舟船・舶﹂以下の一二項目すべてを欠いてお
1
‑ 1 I 5 山 石 類 2
‑ 4
‑ 2 0 工 商 類
り 1
‑ 1
‑ T
' 一
‑ 訂
′ ﹁
孫 触
^‑02‑音楽貝
4 ‑
C O
‑ C
K l
射 垂
類
L O
‑ ^
‑ 職
名
5
‑ 1 0
‑ 5 1 官 名
‑‑‑‑2舟貝
‑ ‑
T ‑
L O
牛 馬
病
C0‑1‑2金類
‑ H
‑ C
D ‑
S ?
玉 類
蝣ァ蝣併塔貝
1
3 ‑
S ‑
S 僧
坊 具
CD‑1‑5征戦貝
1 3
‑ 2 0
‑ 1
‑ 6 弓 鋸 員 バ
ー^‑00番薬貝
0‑1 ‑9刻鐘貝
黄色石
塗工
後子
桟琴
流鏑馬
少外記
大学寮・采女司・内竪所
蓬 凍
癖 ・
腹 結
錬 如
意 珠
・ 摩
尼
花 瓶
・ 礼
版 座
袷
横刀
報 ・ 天 鼠 矢 ・ 叙 室
・ 叙
茎
燭 ・
薬 ・
文 ・
錬 ・
針 ・
征
錆 ・
金 剛
砂
千
浩
破
不 C。龍魚類首k'湖
右のうち︑玉類の欄外にある﹁写本落也︑私二人﹂という注記
は︑﹁如意珠・摩尼﹂以外の﹁珠玉・珊瑚・琉拍・水晶・真珠・
鴫璃・瑠璃﹂等の七項目もすべて後補であって︑他本と一致する
のは書承関係とは無関係であることを示す。前述の船類・裁縫類
と考え併せて︑名博本原本にまとまった脱落があったことが推測
される。l方︑香薬類については︑医療用品に関する語を含んだ
部類が存在しており︑原本或いは名博本原本に現存諸本とは異な
る 内
容 が
存 し
た 可
能 性
も あ
る (
注 8
) 。
個々の語について検討すると︑﹁塗工﹂は﹃下学集﹄人倫門に
﹁ 壁
塗 カ
ベ ヌ
リ ﹂
と あ
り ︑
﹁ 東
北 院
職 人
歌 合
﹂ ︑
﹁ 七
十 一
番 職
人 歌
合 ﹂
に
見えるが︑﹃名義抄﹄﹃芋類抄﹄には載せられていない。﹁壁塗﹂
の職種として確立は︑源順の時代よりも新しいと考えられる。
﹁流鏑馬﹂が盛んになったのは︑平安時代後期以降で︑﹃新猿楽記﹄
﹃字類抄﹄等に見える。﹁礼版﹂﹁花瓶﹂は︑最勝講等の仏教儀式
の次第の確立と関連する語で︑﹃栄華物語﹄﹃枕草子﹄等に見える。
﹁ 真
乾 マ
ナ カ
ツ ヲ
﹂ は
︑ 平
安 時
代 の
公 家
の 行
事 食
に は
な ‑
︑ 室
町 以
降 の
武家食において多用されるようになったという(注7)。このよ
うに︑後補であることが明らかな︑時代的に新しい語もある。
また︑立項の仕方が異なる例もある。他本では一候であるところ
が︑二候に分かれているのは次の六例である。
麿畠
2
‑ 父 母 類 父
・ 母 継 父
・ 継 母
C K
l ‑
L O
‑ 婚
姻 類
婚 ・
姻
C O
‑ C
O ‑
頑 面
類 首
・ 頭
3‑6‑3 3毛髪類馨・髪
o C
o I
2 ‑
3 章
類 烏
頑 ・
附 子
逆に︑他本で別候であるところが︑一候となっているのは次の
三 例
で あ
る 。
5
‑ 1 0
‑ 5 0 職 名
L O
‑ ^
‑ 職
名
・0‑2‑5 0職名
左右京職
左右馬寮
東西市司
当該語に対する附訓が︑別の項目の附訓と誤られた結果として︑
三 傑 が 一 候 に な っ て い る 場 合 も あ る
。 ( 同 様 の 現 象 は
︑ 地 名 と そ の 訓 に お い て も 見 ら れ る
。 二 [
‑ ] で 後 述 す る )
。 ( ) 内 に 他
本の立項を記す。
c s l ‑
^ ‑
。 。 男 女 類 学 婦 ウ プ メ ( 学 婦 ハ ラ メ 産 婦 ウ プ メ )
1 21。。錦椅類穀シシラ(穀コメ繊シシラキ)
L O
瓦 器
蛮 モ
ヒ ・
マ リ
( 蛮
シ ノ
ウ ツ
ハ モ
ノ 椀
マ リ
・ モ
ヒ )
c^CO亀貝類大辛螺ニシ(大辛螺アキ中辛螺ニシ)
﹁学婦ウプメ﹂に関する誤脱は︑十巻本諸本に共通して見られる
もので︑或いはこの誤りの伝承は系統に関わる異文といえるかも
し れ
な い
。
また︑名博本は︑原則として本文を持たず(例外については︑
次節で述べる)︑見出し項目のみを掲出するが︑他本では︑見出
し語に関連する語が﹁附﹂として見出し語の下に細記されている。
この附載の部分について︑名博本では︑独立項目として立てるも
のが一六例あるのに対して︑一三六例の附載語は削除されている。
名博本は︑項目が他本より二〇例少ないが︑これは︑前述した
ように舟類・玉類・裁縫異等のまとまった脱落によるものであっ
て︑名博本が項目を縮小する傾向をもつわけではない。しかし︑
附載項目については大半が掲出されていない。恐らく︑名博本の
依拠した本の見出しと附我の様相も︑現存諸本と同様であって︑
名博本は︑その見出し語のみを掲出する方針をとったものと推測
さ れ
る 。
一 ‑
[ =
] 注
記
次に︑名博本の注記についてみてみたい。注記は︑歳時部・音
楽部・職名・官名・国郡といった二十巻本独自の部門に詳しく︑
十巻本に共通する部分では巻一に一五例︑巻二に四二例︑巻三に
三例︑巻四︑巻一三に各l例︑巻一九に二例の︑全六四例である。
その内容は︑﹃和名抄﹄の当該候項内に記されている異名や異表
記を﹁陽烏(或八魔烏)﹂﹁畢(或月院)﹂﹁流星(或奔星)﹂
﹁天河(或漢河︑又銀河)﹂(以上巻一)︑﹁群盗(一名強盗)﹂
( 巻
二 )
︑ ﹁
胸 (
亦 臆
) ﹂
( 巻
三 )
︑ ﹁
射 環
八 棚
) ﹂
( 巻
四 )
︑ ﹁
龍 眼
木
(或賢木︑或榊)﹂(巻一三)のように注したり︑複数項目を一
候にまとめたことを示す﹁漠へ谷整潤)﹂﹁瀧へ亦瑞)﹂﹁海(演
動・槍涙)﹂﹁陵(又隈・堤塘)﹂﹁川(亦河)﹂﹁摩(又測)﹂
﹁ 畠
( 粟
田 ・
豆 田
) ﹂
﹁ 溝
( 或
渠 )
﹂ ﹁
園 (
亦 圃
苑 園
) ﹂
﹁ 塵
( 亦
填
埴塊)﹂(以上巻一)︑或いは︑二字熟語を単字に分割して︑一方
を附載語的な位置づけにする﹁賓(或客)﹂や︑関連語を附載的
に 注
す る
﹁ 童
( 仮
子 )
﹂ (
巻 二
) ︑
﹁ 鼻
( 嘩
) ﹂
﹁ 貴
( 髭
・ 髭
) ﹂
( 巻
三 )
の よ
う な
も の
が あ
る 。
ま た
︑ ﹁
真 乾
( 鮭
) ﹂
﹁ 婁
蛤 (
煤 )
﹂
( 巻
一 九
) は
︑ 誤
字 訂
正 の
注 記
で あ
る 。
他本における本文部分を注記するものも︑﹁高祖父(曾祖父之
考五世祖也)﹂以下︑親族に関する三六項目及び﹁祇(地神日
祇)﹂﹁朋友(同門日朋︑同志日友)﹂(巻二)において行われて
いる。親族関係に詳しい注記を附した目的は不明であるが︑二十
巻本独自の部門に︑詳しい注記があることについて︑榎氏は︑源
順が十巻本の項目を摘記し︑それに増補項目を加えていった過程
を反映すると推測しておられる(注9)。十巻本に存する部類に
ついては︑巻初に詳しい注記が偏っていることから︑或いは︑は
じめは本文中の異名も抜き出すつもりであったが︑途中で方針を
変更して見出し語のみの掲出としたのかもしれない。
̲チエ
千 浩
敬
不 一‑[‖]附訓
名博本は︑他本に比べて全体で一〇七項目の和訓の削減が見ら
れるが︑秤量日㌘厨膳貝(巻一四)・鷹犬貝(巻一五)・菜糞貝
(巻1六)に全‑附訓を欠‑というように︑訓の無い項目が偏っ
ている。これは︑書写時に一定の基準をもって省記したのではな
く︑依拠した本に和訓が存しなかった︑或いは当該部類が脱落し
ていた等の物理的な要因が想定される。
また︑その附訓は︑原則として一語に対して一訓であり︑二訓
を併載するのは一二項目で︑全体のLOvOにとどまる。二訓併載に
は︑﹃和名抄﹄当該項目に二訓載せられていたものをそのまま左
右訓として附する﹁牽牛ヒコホシ・イヌカヒホシ(巻一)﹂﹁膿ウム・ウ︑︑︑シル(巻
三)﹂﹁射韓タマキ・コテ(巻五)﹂﹁巻相イハ,ミ・イハコケ(巻二〇)﹂のよう
なものと︑掲出語を単字に分析して各漢字に対する訓を連続して
記す﹁雌雄ヲトリメトリ﹂﹁舶鷲ヲホワシコワシ﹂(巻一八)︑依拠した本の訓に
疑問があるため︑妥当と思われる訓を左訓として記す﹁春宮
坊クコノミヤノツカサ・,︑︑コノミヤノツカサ﹂(巻五)等があり︑その他︑﹁騎射ウマユミ
( 巻
四 )
﹂ に
対 す
る ﹁
ノ リ
ユ ‑
﹂ ︑
﹁ 胃
ク ソ
フ ク
ロ (
巻 三
) ﹂
に 対
す る
﹁ イ
﹂
といった︑より当代的な語の増加も見られる。
また︑﹃和名抄﹄の載録語には和訓を持たない語もあるが︑和
訓をもつ語のうちの8 0%が一語に対して一訓である。複数の訓を
もつ場合︑名博本がその第一訓を採用しているのはcocA ︑第二訓
!ヽ
を採用しているのはcoo¥で︑他本に無い訓をもつもの及び項目自
体が他本に無いものがuo¥Cである。複数訓から一訓を選ぶに当た
り︑第一訓を採用するというのはご‑自然な選択であるが︑名博
本は第二訓を採用する例が︑第一訓採用の半分以上もある。﹃和
名抄﹄の訓は︑典拠のある古語を先に掲げ︑次いでより通俗な新
語を載せるという方式であるので︑名博本の訓の選択には︑より
身近な理解しやすい語に対する志向が認められる(注O¥。
このように当代的な要素は︑附訓内容にも窺える。﹃和名抄﹄
には多‑の字音語が載せられているが︑その語形注をもつものは
一三一語である。語形注を持つ語の方が︑持たない語よりも和語
化の度合いが高‑︑その語形注も一字一音節の万葉仮名表記をと
るものの方が︑特殊音節を含む類音字による注の語よりも和語化
していると言える(注1 1)。名博本は︑すべて片仮名附訓である
から︑類音表記という方法は取れない(注1 2)。そして︑片仮名
表記された語は︑字音語でない和訓と同列にならぶことになるの
で︑片仮名で附訓されているということは字音語で通用している
ことをホすと考えられるが︑名博本における字音語の処理を見て
みると︑万葉仮名表記のもの六五例のうち五〇例が片仮名による
訓になっているのに対して︑類音表記のもの五四例及び︑﹁如字﹂
﹁本音之濁﹂のような類音表記に準ずるもの一二例のうち︑片仮
名附訓になっているのは三四例である。この差は︑字音語として
通行していない語は片仮名附訓にされなかったことによると考え られる。しかし︑字音語の載録は減少しているわけではなく︑む しろ他本よりも増加している。まず︑他本で語形注記がなされて
いない語に新たに片仮名で字音語が注されているものが︑﹁‑ウ
コ(輪鼓)﹂﹁カツコ(嶋鼓)﹂﹁シンテン(寝殿)﹂﹁イン(院)﹂
﹁ハウ(戻)﹂﹁カウシ(格子)﹂﹁ラウソク(蝋燭)﹂﹁トウロ(燈
龍)﹂﹁トウカイ(燈械)﹂﹁タイ(燈墓)﹂﹁コシ(巾子)﹂﹁エイ
(裡)﹂﹁バンヒ(半腎)﹂﹁タウ(塔)﹂﹁コンクウ(金堂)﹂﹁カウ
タウ(講堂)﹂﹁シキクウ(食堂)﹂﹁キャウサウ(経蔵)﹂﹁シュロ
ウ(鐘楼)﹂﹁ソウハウ(僧坊)﹂﹁‑ン(輪)﹂﹁カウザ(高座)﹂
﹁シャクチャウ(錫杖)﹂﹁ホンコ(反故)﹂﹁へウシ(裸紙)﹂﹁チ
ク(軸)﹂﹁サン(算)﹂﹁サクツ(藻豆)﹂﹁ヤウシ(楊枝)﹂﹁シャ
ウシ(障子)﹂﹁ハウタウ(鱒紀)﹂﹁セムへイ(煎餅)﹂﹁ホウワウ
(鳳風)﹂﹁アウム(鶴鵡)﹂﹁レンシャク(連雀)﹂﹁カ(鶴)﹂﹁シ
シ(師子)﹂﹁キリン(願麟)﹂﹁センタン(栴檀)﹂等の六七例あ
る。また︑他本で和訓が対応させられていたものが︑名博本では
字音語附訓になっているものがある。﹁カン(肝キモ)﹂﹁ヒ(牌
ヨコシ)﹂﹁ハイ(肺フクフクシ)﹂﹁シン(腎ムラト)﹂等の五臓
の名称や︑﹁テウカ(療痕カメバラ)﹂﹁セウカチ(消渇カチノヤ
マヒ)﹂等の病名︑﹁サウ(象)﹂のような外国の動物名︑﹁キク
( 菊
) ﹂
﹁ シ
ヲ ン
( 紫
苑 )
﹂ ﹁
キ キ
ャ ウ
( 桔
梗 )
﹂ ﹁
シ ャ
ウ ヒ
( 蕎
菰 )
﹂
﹁シャクヤク(苛薬)﹂等の外来の植物も︑はじめは和漢同定が試
みられたり︑無理な和訓が考案されたものの︑結局は字音語で通
用するようになったものである(注1 3)。また︑字音語はその表
記が時代によって変化することが多いが︑﹁ウトン(蝕鈍)﹂﹁‑
ン タ
ウ (
龍 膿
) ﹂
等 ︑
よ り
新 し
い 語
形 を
示 す
も の
も あ
る (
注 1
4
) 。
和語において︑﹃和名抄﹄では︑和名が載せられていて当然と
考えられる﹁日﹂﹁風﹂等の基本的な語に欠訓があることが古‑
から指摘されており︑これについて浜田敦氏は︑﹁わざわざ和名
を注する必要のないほどよ‑人に知られている語だから略したの
だ・・そうとするならば︑辞書としては著しく不備︑未整理であ
るとの批判は免れ難い﹂(注1 5)と述べておられるが︑そうした
欠訓の中で︑名博本には﹁コ(千)﹂﹁メ(冒)﹂﹁ケ(重毛)﹂﹁ヒ
ケ (
秦 )
﹂ ﹁
へ (
民 )
﹂ ﹁
タ カ
( 磨
) ﹂
﹁ ス
( 栄
) ﹂
﹁ ハ
ナ (
花 )
﹂ の
よ
うに訓を載せているものがある。これは︑或いは源順の成稿には
訓が存しており︑名博本はその古型を伝えているという見方もで
きるのではないか。個々の例について︑名博本に存する基本語的
な訓が︑原本に存していたものであるか︑名博本の付加であるか
は確定できないが︑当初一応整った体系をもって作られた辞書が︑
増補改編の過程で体系性を‑ずしてい‑という推移の中に︑この
欠訓を位置付けることも可能であろう。
一方︑﹁ムスメノコ(外孫)﹂﹁ワタクシ(私)﹂﹁ヲニネフリ
・ヒエ
千 浩
破 不 (鬼鶏頭)﹂﹁モへクサ(丹毒癒)﹂﹁ナキナタ(銀装長刀)﹂﹁ヒト ツハ(石葦)﹂のように︑より新しい語で明白に後補と判断でき るものもある(注1 6)。
その他︑全くの別語ではないが活用形や品詞の異なる﹁スへモ
ノック‑(スへモノックル)﹂(()内は︑他本の形を示す)﹁ク
ソ ヒ ル ヤ マ ヒ ( ク ソ ヒ
‑ ノ ヤ マ ヒ )
﹂
﹁ カ カ
‑ ヒ ( ヒ ヲ カ カ
‑ ニ ス )
﹂
﹁ ツ ル フ ( ツ ル ヒ )
﹂
﹁ ク チ ユ カ ミ ( ク チ ユ カ ム )
﹂
﹁ ハ ラ フ ク の (ハラフクル)﹂﹁ヲウシ(オフス)﹂等もある。
連体助詞﹁ノ﹂の有無や﹁ツ﹂﹁‑﹂等他の形と交替する﹁ア
ハセカキヌ(アハセキヌ)﹂﹁バクのアシ(バクアシ)﹂﹁カタカシ
キイヒ(カタカシキパイヒ)﹂﹁ヒトリーヒル(ヒトのヒル)﹂﹁イへ
バイモ(イへ外イモ)﹂等の相違もある。
また︑﹁ヤ可ヲ(ヤ耳ヲ)﹂﹁ヤ可メ(ヤ項メ)﹂﹁夕︑項メ(夕︑
引メ)﹂﹁フナヤ可イ(フナヤモーヒ)﹂﹁ウマノキiT・ネ(ウマノキ叫
ネ)﹂﹁夕刃コヒ(タバコヒ)﹂や﹁ハイシーハヤシ(林)﹂﹁ハセ
ツカ7‑ハセツカイ(丈部)﹂﹁カへ ̄ルーカ引ル(鹿蒜)﹂﹁タカへI
夕刊へ(高家)﹂﹁イカ刺‑イカコ(伊香)﹂﹁ト可クート可夕(苫
田)﹂﹁カ項マターカ引マタ(勝田)﹂﹁アカ刃へ‑ア力対へ(茜部)﹂
﹁ク勅夕‑ク.6.夕(黒田)﹂﹁エバラーヤバラ(荏原)﹂のような母
音交替や︑﹁アカキヒ(アカキ︑‑)﹂﹁シノへ(シノメ)﹂や﹁ウ
ネ叫‑ウネメ(采女)﹂﹁シモーミIシ叫ミ(霜見)﹂のようなm‑
ノ ̄\
b音の交替︑﹁ニヒキクーニヒイタ(新分)﹂﹁オキカミーヲイカ
‑(老上)﹂のような音便現象といった︑音転による同一語の異
形 が
見 ら
れ る
。 表 記 上 の 問 題 が 介 在 し て 生 ず る 異 同 に つ い て は
︑ 二 に
おいて国郡部の表記に併せて述べる。
I‑[>]仮名表記
名博本は片仮名附訓で︑使用字体は現行の片仮名とほぼ同じで
あるが︑﹁マ﹂は﹁ニ﹂に︑﹁カ﹂は﹁ヤ﹂に︑﹁ヲ﹂は﹁ラ﹂に
紛らわしい形である。﹁子(ネ)﹂﹁せ(セ)﹂は異体仮名で統一さ
れ︑又︑例外的に﹁‑﹂に﹁ア﹂︑﹁キ﹂に﹁\﹂の形を混用する
例 も
見 ら
れ る
( 注
1
7 )
。
また︑特殊音は︑表記する方法が近代まで確立していなかった
ことを反映して︑諸本においてさまざまな表記方法がとられてい
る。(名博本‑他本の形で示す。()内は私に注する)
m音については﹁タカナータカ耳ナ﹂﹁アツチ‑ア耳ツチ﹂や
﹁カ耳ツミワIカツミワ(上神)﹂のような無表記︑﹁カカロック
リーカカツクリ(鏡作)﹂﹁イカ=‑イカム(伊甘)﹂﹁カ耳ツイツ
ミーカ月ツイツ‑(上泉)﹂﹁‑カ=‑ミカム(三上)﹂﹁ヲサカへー
オムサカへ(刑部)﹂のようなマ行音表記︑﹁カ引シーカムタチ﹂
のようなウ表記があり︑﹁イナニバーイナムハ(稲庭)﹂﹁ヤ刃ク
ニーヤマクニ(訓養)﹂﹁カニバターカムバク(蟹幡)﹂のように
n音と捗るものや︑﹁ヌテーヌ叫テ﹂﹁セリータ‑セ耳夕(芹田)﹂
﹁カ外夕Iカ項夕(刈田)﹂のようにr音や促音と捗るものもある.
n音は︑﹁リ項コー‑引コウ﹂﹁ユカウ(柚柑)﹂や﹁ウカン(育
漢)﹂﹁イノシマ(因嶋)﹂のようにニ・ン・無表記等やマ行音表
記がある。鼻音は︑﹁クラヘムマ﹂﹁ムマヒユ﹂﹁メ耳マIメマ﹂
﹁ムクロモチ﹂﹁ヤマムバラ﹂﹁ヲホムハ(大庭)﹂のようなム表記
や︑﹁タケへ(建部)﹂﹁マサケ(昧酒)﹂﹁ツシカセーツムシカセ﹂
のような無表記が見られる。名博本の接音表記の特徴として︑字
音語・和語ともに︑﹁ヲホ項タカラIヲホタカラ﹂﹁ヲホントネリ
ノツカサIヲホトネ‑ノツカサ﹂﹁カンナキ﹂﹁ノ項ト﹂﹁フンテ﹂
﹁バンサウ﹂﹁ムクレ.fシ﹂﹁モクラン﹂のように﹁ン﹂表記が行
われていることがあげられる。
I入声・促音は﹁ハセ(長谷)﹂﹁ハトリ(服部)﹂﹁ハトタ(服
田)﹂﹁トト‑(鳥取)﹂のような無表記や︑﹁ニフノ(新野)﹂の
ような字音仮名遣いに基づく表記の他に︑名博本では﹁トッサカ
ノ‑(トリサカノリ)﹂﹁ニッタ(新田)﹂﹁ハッタ(治田)﹂﹁カッ
タ(刈田)﹂﹁ホット(堀津)﹂﹁ケツセン(気仙)﹂のような﹁ツ﹂
表記が特徴的である。
長音は︑﹁イナヲセトリーイナオホセトリ﹂﹁ヒ(批伊)﹂のよ
うな無表記や︑﹁セイーセ﹂﹁コウヒーコヒ﹂﹁オホ‑(近江)﹂ ﹁アウ‑(青海)﹂﹁ヲホチ(大市)﹂等のように母音添加やハ・ワ 行音で記されている。
イ・ヰ︑エ・ヱ︑
エ・ヲを使用する。 オ・ヲの区別は無く︑次のように殆ど︑イ・
(歴史的に正しい形‑C本の表記で示す)
イ 止 W v イ エ ← V エ 日日 2 6
2
オ ・ j , オ ‑
ヰ ‑
V イ
ヱ ‑
V エ
オ 止 , ヲ
648甘九
一 H J l
1
ヰ
‑ V ヰ 8
ヲ
‑ ヲ 1
‑ 2
イについて正しい仮名遣いは二九例︑誤りは四六例︑工につい
て正しい仮名遣いは二六例︑誤りは八例︑
オについて正しい仮名
通いは一〇三例︑
ハ‑,ハ ヒ
‑ 北 W v ヒ
ヒ‑Vヰ
フ 北 W v フ
j 刑 H H
KW 1
8
9
4
SK 3 誤りは一四〇例である。
ハ
‑ , ワ
‑ ワ l d , ワ ヒ
‑ イ 3 4 イ
‑ ヒ
長 音
‑ ヒ 2 キ
‑ ヒ
フ
≠ w v ウ 9 ホ
← V ウ
3
9
3
4
ワ t e ワ ー ヰ ー せ ヒ 4
長 音
‑ フ
‑ 長音‑‑ウ2
へ ‑ V へ ホ 止 W v ホ
3
4
1
4
エ ム , へ 1 8 ヱ
‑ へ ホ 北 W v ウ 2 ホ
⊥ w v ヲ
へ
← V エ 4 ヲ
‑ V ホ 1 2
ハ行音を正し‑ハ行者で記すもの三五二例に対し︑ワ行者で記
すもの六六例︑本来り行音であるものを誤った回帰によりハ行音
で記すもの七八例があり︑ハ行音に関する仮名遣いに混乱が見ら
プし
千
浩
破
不
れ る
名博本の表記の特徴をまとめると次のようになる。 。
用イ・ヰ︑エ・ヱ︑オ・ヲを区別せず︑概してイ・エ・ヲ
を 用
い る
。
㈲掩音の﹁ン﹂表記︑促音の﹁ツ﹂表記が行われている。
㈲ハ行転呼音に関して︑仮名遣いの混乱が見られる。 巻那波本東急本伊勢鹿高山寺名博本
700800900○ 〇〇 〇〇 〇〇
〇
⊂⊃
二国郡部について‑[‑]構成
次に︑二十巻本のみに存する国郡部について見ると︑名博本は︑
他本と構成が異なる。元和本・東急本は︑巻五に国名をあげて管
郡数・郡名・国府の所在・京からの行程・田積・官稲を記し︑巻
六〜巻九に国名を門として︑郡ごとに郷名を列挙するという二部
構成になっているのに対し︑名博本は︑巻五と巻六〜巻九の内容
を一括して記す一部構成をとっている(注1 8)。その残存状況は
次の通りで︑伊勢贋本は東急本と殆ど同じ内容で︑巻六〜巻八を
欠き︑高山寺本は︑巻五にあたる部分を欠‑。
巻那披本東急本伊勢虞高山寺名博本 5 0 0
600
○○ 諸本について︑国郡部以外についてと同様に︑‑構成︑2注文︑ 3附訓︑4表記︑等の観点から検討を加える。
諸本の郷名の配列について一覧表にしたのが(表IVである。
配列が名博本と一致するものに○をつけたところ︑高山寺本と名
博本の一致する箇所が四七例あるのに対して︑B本と名博本の一
致する箇所は二〇例であり︑名博本は高山寺本に一致する傾向が
ある。また︑B本と名博本の一致する例は︑武蔵国・下野国・播
磨国・備中国のように特定の国に偏っており︑これらの国に関し
て︑B本と名博本が同類の資料に依拠した可能性がある。また︑
名博本独自の配列を有する箇所が︑越前国・大野郡︑丹羽国・桑
田郡︑何鹿郡︑伯老自国・河村郡︑播磨国・多可郡︑讃岐国・那珂
郡︑多度郡︑大隅国・大隅郡等の六国八郡に見られる。つまり︑
配列においては︑名博本は高山寺本に近‑︑一部︑B本と同類の
資料の関与が推測され︑また独自の改変も認められるといえる。
また︑次の九箇所は︑B本において︑二つ以上の地名が一つの
地名に︑また一
( 山
城 国
)
( 武
蔵 国
)
( 安
房 国
)
( 飛
騨 国
)
( 因
幡 国
)
( 備
前 国
)
( 備
中 国
)
つ の 地 名 が 二 つ の 地 名 に 誤 ら れ て い る 。 長 岡
・ 長 井 ‑ 長 井 堀 津 ( 発 展 )
‑ 堀 津 ・ 発 展 日 置
・ 置 津 ‑ 日 置 ( 於 木 豆 ) 大 野
・ 大 原 ‑ 大 原 罵 城
・ 鹿 瀬 ‑ 鹿 西 奈 美
・ 那 紀 ‑ 那 紀 ( 奈 美 ) 美 青 八 三 須 )
・ 御 箕 ‑ 三 須
・ 美 苦 ( 同 ) 野 馳 ( 乃 知 )
︿ 野 逮 )
・ 額 部 ‑ 野 馳 ( 乎 多 )
・ 額
那 (
乃 倍
)
( 讃
岐 国
) 喜
徳 ・
金 倉
( 智
多 )
‑ 善
徳 (
智 多
)
前貢のうち︑山城国の長岡・長井︑飛騨国の大原・大野︑因幡
国の罵城・鹿瀬等は︑類似の地名の近接による目移りに起因する
ものであり︑その他は地名とその附訓を混同したために生じた誤
りと考えられる。この誤り発生の背景に︑高山寺本﹁伯書国﹂に
見られるような︑郡名の下に二行割注の形で郷名を記す形態を想
定することができるであろう。こうした様式において地名と附訓
の混乱が生じ︑系統的に伝承されたと推測される。
く表I\
名古屋博物館蔵本と配列の一致する本に○をっける。
国 名 郷 元和 東 急 高山 名博 国 名 郷 元和 東急 高山 名博 国 名 郷 元 和 東急 高 山 名博 山城 国
′ ′ 河 内国
⑥
⑦ ゥ
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
出羽 国 若狭 国 越前 国
′ ′
⑤
①
①
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
○ .
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇 長 門国
′ ′ 紀 伊国
②
④
③ 〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
○
○
〇
〇
〇
遠江 国 ⑫ ○ ○ ② ○ 淡路 国
阿波国 〟
′ ′
′ ′
′ ′ 讃 岐国
′ ′ 筑 前国
′ ′
′ ′ 筑 後国
ョ ○ ○
駿河 国
!′
′ ′ 甲斐 国
′ ′ 相模国
①
②
⑥
②
④
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
′ ′ 加賀 国
′ ′
′ ′ 能登 国
④
①
③
④
①
〇
〇
〇
〇
〇
②
①
⑤
⑦ ョ
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
④ 〇
〇
〇
○ 越中 国 ④ ○
○
○ ③ ○ ○
武蔵 国
′ ′
②
③
○
○ 丹波 国
′ ′
②
③ ○
○ ⑲
① ○
○ ○
○
′ ′ 安房国 下総国
⑬ (D
⑨
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇 〇
〇
′ ′ 但馬国
′ ′ 因幡 国
′ ′
′ ′
′ ′ 出雲 国
④
②
⑦
〇
〇
〇
〇
〇
〇
⑲
⑬ (2)
○
○
〇
〇
〇 常陸 国
′ ′ 美濃国
′ ′ 信濃国 !′
⑨
⑲
②
⑨
⑮
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
①
②
③
⑥
⑲
〇
〇 〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇 肥 前国
′ ′ 肥後 国
′ !
′ ′ 薩摩 国 !′
壱 岐島 対馬 嘉 !′
⑧
⑲
②
⑧
⑪
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
CD ○ ○ 石見国
播磨国 !′
′ ′ 美作国
′ ノ
′ ′ 備前 国 備中国
〟
′ ′ 周防国 !′
③ ○ ○ ⑭ ○ ○
上 野国
′ ′
′ ′
′ ′ 下 野国
′ ′
′ ′ 陸奥国
′ ′
′ !
′ ! 羽国
⑤
⑦
○
○
○
○ ⑤
④ 〇
〇
〇
〇
〇
〇
○
○
○ ⑥
① ○
○ ○
○
⑲ ○ ⑤ 〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
○ (2) ○ ○
⑪
<D
⑧
⑨
④
⑬ 27 29 ①
〇
〇
〇
〇
〇
〇
△
〇
〇
〇
〇
〇
〇 〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
①
②
③
①
③
④
⑥
⑨
^
〇 〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
〇
② C〕 ○
千
浩
敬 不
ニ ー
[ =
] 注
記
注文から見ると︑高山寺本独自の注文が二五例︑B本独自の注
文が五例︑高山寺本・B本に共通する注文が一七例ある。名博本
は︑高山寺本独自注文と七例共通するが︑B本独自注文とは共通
しない。また︑高山寺本・B本共通注文のうち五例を欠‑。注文
に お
い て
は ︑
高 山
寺 本
と 名
博 本
に 共
通 性
が 認
め ら
れ る
( 注
1
9 )
。
さらに︑名博本独自の注文も﹁多良(戎本云都留︑征茂︑賀美)
( 甲
斐 国
) ﹂
﹁ 辛
室 (
今 改
安 室
) (
備 中
国 )
﹂ ﹁
美 苦
へ 国
用 三
須 )
( 備
中 国
) ﹂
﹁ 軽
部 (
国 用
加 揚
) (
備 中
国 )
﹂ の
よ う
に 見
え て
︑ 独
自
性 も
認 め
ら れ
る 。
二‑[]附訓
次に︑附訓の詳略であるが︑高山寺本は︑錬戸・神戸・郡戸・
駅家・仔囚・夷仔等を省略する傾向が見られ︑﹁山城国﹂の分注
に︑これが高山寺本の方針である旨が記されている。(()内
は 分
注 で
あ る
こ と
を 示
す )
山城国第六十八八有郡謂之郡家︑有駅謂之駅家︑以寄諸社謂
之神戸︑附入社田謂之錬戸︑異名同除而不載)
これについて︑都岡良弼は︑﹃和名抄﹄の趣旨は称謂を知るこ
とにあるので︑原本には同名の重出は無かったはずであり︑高山
寺 本
の 方
が 原
本 に
近 い
と 判
断 し
て い
る が
( 注
2
0 )
︑ 近
代 以
降 は
︑
高山寺本における同名の削除と解釈されている(注2 1)。諸本の
状況は(表Ⅲ)のように︑高山寺本で最も同名の重出が少な‑︑
B本に最も多‑︑名博本はB本に次いでいる。宮沢氏は︑高山寺
本のみに存在する郷名も︑B本のみにあるものも︑ともに各々に
おける脱落とみなし得ると述べておられる(注2 2)。名博本では
﹁常世駅家・白河駅家(陸奥国・白河郡)﹂﹁白方駅家(陸奥国・
磐瀬郡)﹂﹁住吉神戸(播磨国・明石郡)﹂﹁住吉錬戸(播磨国・賀
古郡)﹂のように﹁駅家﹂﹁神戸﹂﹁錬戸﹂を他の地名の注記扱い
にして一つにまとめるものが一五例見られ︑その表記にも﹁駅家﹂
﹁神戸﹂﹁飴戸﹂を地名と同じ大きさで記したり︑割注のように細
記したりという動揺が認められ︑﹁錬戸﹂﹁駅家﹂等に対する認識
の変化と省略されていく必然性を窺わせる。
また︑郷名に和訓を附するか否かについて︑難読訓に附すると
いった一定の基準は認められず︑国郡によって附訓の詳略に偏り
があることについて︑坂本氏は﹃和名抄﹄の依拠した原資料の附
訓状況を反映するものと推定され︑宮沢氏は︑後の増補改編の際
に依拠した資料の違いによるものと判断しておられる。
高山寺本・B本・名博本について︑施訓の有無という観点から
郷名の総数と附訓されている数を示したのが(表Ⅱ)である。附
訓率は平均すれば︑B本,22dx高山寺本(‑﹂)名博本
く表Ⅱ)諸本の郷名の総数と附訓されている数。
A‑高山寺本B‑元和本・東急本・伊勢広本C‑名博本
活 字 本
国 番 号
A B C A B C
総数 附訓 総数 附訓 m % 附訓 総数 附訓 総數 附訓 総数 由訓
山 城 国 72 34 78 4 1 76 34 越 中 国 4 1 10 42 22 42 10
大 和 国 89 24 89 33 89 26 越 後 国 33 ll 34 18 33 ll
河 内 国 79 ll 82 18 76 9 佐 渡 国 16 12 22 9 21 9
和 泉 国 24 16 24 20 24 5 丹 羽 国 66 9 68 10 71 13
摂 津 国 42 19 78 33 76 21 丹 後 国 3 1 7 35 1 29 5
伊 賀 国 18 1 18 1 18 0 丹 波 国 57 19 59 42 57 17
伊 勢 国 81 62 94 77 86 57 因 幡 国 44 7 50 ll 4 7 8
志 摩 国 10 0 14 0 14 0 伯 書 国 54 1 48 3 4 1 0
尾 張 国 62 4 69 5 65 4 出 雲 国 78 0 78 0 78 0
参 河 国 67 12 70 31 70 14 石 見 国 35 9 37 20 34 7
遠 江 国 89 3 1 96 56 98 31 隠 岐 国 12 3 12 5 12 3
駿 河 国 49 27 59 44 50 28 播 磨 国 89 43 98 38 96 19
伊 豆 国 21 1 21 2 2 1 1 美 作 国 62 18 64 4 63 13
甲 斐 国 28 17 3 1 20 28 14 備 前 国 4 8 27 5 1 25 49 20
相 模 国 61 10 67 12 66 8 備 中 国 64 59 72 57 68 52
武 蔵 国 98 46 120 56 119 43 備 後 国 62 5 65 6 59 5
安 房 国 28 20 3 2 27 32 13 安 芸 国 60 21 63 28 60 14
上 総 国 67 15 76 19 64 12 周 防 国 36 7 45 6 42 6
下 総 国 86 0 9 1 0 88 2 長 門 国 28 18 40 22 36 17
常 陸 国 148 2 154 2 149 2 紀 伊 国 41 3 56 0 54 1
! 近 江 国 87 35 9 2 44 88 34 淡 路 国 14 3 17 17 14 3
美 濃 国 118 0 131 0 125 2 阿 波 国 44 37 46 40 47 33
飛 騨 国 12 8 13 9 12 5 讃 岐 国 78 38 89 7 1 79 33
l 信 濃 国 62 33 6 7 48 57 24 伊 予 国 61 31 71 40 68 18
上 野 国 90 39 102 53 102 37 土 佐 国 41 ll 43 22 39 12
! 下 野 国 60 0 70 0 63 0 筑 前 国 75 34 103 59 103 27
: 陸 奥 国 145 13 18 8 9 17 1 15 筑 後 国 54 5 54 0 54 4
‑ 出 羽 国 58 0 7 1 0 65 1 豊 前 国 43 0 43 0 43 0
I 若 狭 国 13 5 21 4 16 4 豊 後 国 47 0 47 0 4 7 0
越 前 国 51 2 1 55 32 57 17 肥 前 国 91 10 91 29 44 5
加 賀 国 27 21 3 0 26 30 15 肥 後 圏 98 0 99 0 88 0
I 能 登 国 23 0 26 16 24 0 日 向 国 28 1 28 1 28 0
‑ 大 隅 国 36 0 3 7 0 32 0
l 薩 摩 国 32 0 3 5 0 30 0
I 壱 P 岐 島 13 0 ll 0 13 0
対 腐 島 9 0 9 0 9 0
! 計 3 699 986 409 1 1355 3849 843
千
浩
破
不
(表Ⅲ)飴戸・騨家・神戸・郡家・浮囚・夷伴 の詳略
元 和L == .車 重 l
飴 戸 9 3 4 5 8 7 6
: 騨 家 7 9 4 5 4 5 8
神 戸 4 9 2 4 6 3 6
郡 家 1 5 1 0 1 1 2
浮 囚 4 3 0 2
; 夷 停
‑ 2 1 0 3
(a*>の順であるが︑国によって附訓に偏りがあり︑陸奥国・
佐渡国・丹後国・播磨国・美作国・備前国・備中国・周防国では︑
B本より高山寺本の方が詳しい。また︑名博本は︑概して高山寺
本の附訓状況に近く︑名博本独自の異同も例えば播磨国のように
名博本の附訓率のみが低いという方向での相違は顕著であるが︑
名博本独自に多‑の訓を附するということは少ない。因みに︑高
山寺本と名博本に共通する附訓は三l国一〇九名であるのに対し
て︑名博本のみの附訓は一六国二三郷名であり︑B本と名博本と
の共通附訓は一八国二六名である。改変に利用された資料につい
て︑池辺弥の考証によれば︑﹃和名抄﹄の地名は九世紀から十世
紀前半︑特に九世紀前半の状態と最もよ‑合致し︑八七〇年以降
撃霊
に改変があった国の記述において︑高山寺本には顕著な混乱が見
られるのに対して︑B本は改変後の新しい状態に落ち着く傾向が
あるということから︑高山寺本の方に古型が保存されていると考
えられているが︑名博本は高山寺本と同類の資料に基づくと推測
さ れ
る 。
二‑[>]表記
次に︑諸本の記述内容について見てみる。まづ︑漢字表記の異
同を記号で示したのが(表Ⅳ)である。次に︑その記号の内容を
○‑◇‑△の順に示し︑朝岡良弼が正しいと判断した表記に傍線
を附すと次のようになる。
く表Ⅳ)漢字表記の同異
元和 東急 高山寺 名博 数
イ ○ ◇ 1 8 4
ロ ○ ◇ 1 2 1
ノ、 ○ ◇ ○ 4 1
◇ ○ 6
ホ ○ ◇ △ 3 6
へ ○ × ◇ 2 0
ト ○ ◇ ○ ◇ 2
チ ○ ◇ △ 1 0
リ ○ ◇ △ 3
ヌ ○ ◇ ○ △ 1
ノ レ ○ ◇ × .△ 2
ヲ ○ ◇ △ 1
ワ ○ ◇ △ □ 1
カ × ○ ◇ 2
( イ
) 雑
居 ‑
新 居
呼吸T呼於
日 野
‑ 日
部 厚田‑熱田
磯伯‑磯泊
小客‑小谷
玉造‑玉作
二 賓
‑ 二
葉 黄田‑草田
河家‑何家
新沼‑新治
木前‑木嶋
表佐‑遠佐
大原‑大野
端上‑滝上
阿合‑河合
賀美‑茂賀
佐分‑佐父
大 足
‑ 大
豆 雑田‑雑太
私部‑和部 枚岡‑牧岡 熊
田 ‑
熊 口
大毛‑大宅
菜女‑采女
尾間‑海問
質治‑賀治
有弁‑有雑
志木‑志末
上断‑上科
烏矢‑鳴矢
田舎‑田余
甲良‑田良
磯 野
‑ 犠
上
済 々
‑ 浜
口
額部‑額田部
伴 々
‑ 伴
邑知‑邑加
丹 田
‑ 丹
生
原木‑荒木
動知‑勲知
文井‑父井 新治‑新沼 酒代‑滑代 小目‑小口 此
= 美
‑ 此
= 比
覇多‑覇田
洋食‑樺倉
林戸‑林部
川原‑川面
美々‑美
磯々‑磯
真野‑貞野
遂佐‑遠佐
栗垣‑栗原
弓良‑返良
山宗‑山芋
× ‑
駒 橋
日 理
‑ 由
理
少名‑小名
五公‑五十公
石生‑石負
高橋‑板橋 川保‑川俣 上枚‑上牧 千電‑千竃 解野‑筋野 高花‑高苑 島
田 ‑
烏 田
石 見
‑ 石
田
新田‑新居
横泉‑槙栗
沼 田
‑ 治
田
父来‑久米
余領‑余呉
大井‑本井
端下‑濡下
田 邑
‑ 邑
田
山沼‑山治
志摩‑志麻
英太‑英多
刺 上
‑ 苅
上
吾雀‑五雀
田 造
‑ 田
遠
粟鹿‑粟賀
佐沼‑佐治
許筑‑杵筑
伊秩‑伊扶
披祢‑波珍
益 気
‑ 益
田
林 図
‑ 林
田
健部‑建部 遠屋‑建屋 勝見‑披見 伊勢‑甲努 波多‑伎多 川合‑川合 ・ X ‑ 磨 ・
: 刈
磨
賀美‑賀茂
居部‑居都
三 須 / 美 等 ‑ 美 等 ( 三 須 )
生足‑生石
此 口
部 ‑
些 部
土木‑云木
波濃‑波羅
津麻‑津摩
平安‑安平
井門‑井閉
丹上‑井上
山口‑山田
稗田‑椎田
神氏‑神代
大神‑大野 釧代‑訓代 天家‑大家 周島‑因嶋 多良‑達良 八荒賀‑荒賀 和泉‑出水 笑原‑英田 花‑立花 板曳‑板引 何束‑河東 三猪‑三瀦
由染‑由漆 鹿西‑贋城 完道‑宮道 塩沼‑塩治 産裏‑尾裏 杵道1津道 J ﹂ 5 1 E ﹂ ア , ^ H f l 冠 盟
杯梨‑拓梨
寄田‑豆田
庭妹‑庭妖
柿‑拝師
抜屋‑抜原
建管‑建部
賀美‑賀茂
旦来‑朝来
造田‑造太
甲知‑甲智
立間‑立門
阿雲‑阿曇
坂井‑坂井
小楠‑小橋
阿岐‑阿伎 私部‑和郎 忌部‑忠部 商岸‑高岸 潮海‑湖海 垂見‑垂水 豊岡‑豊国 廉世‑贋西 阿宗‑阿曽 駅家‑駅里 石茂1石浅 多仁‑多太 右手‑右手 内厚‑内原 多知‑多和 御井‑迩井 玉造‑玉作 賀美‑加美 姫治‑姫沼 父連‑文通
宮所‑宮虞
五
千
浩
破 不 夜関‑夜開 鳥
田 ‑
烏 口
新名‑新居
風早‑風本
( ロ
) 巨
麻 ‑
巨 摩
宿人‑宿久
番賀‑米賀
通熊‑通張
速見‑逸見
英那‑英郡
湯坐‑湯生
片野‑行野
八候‑八俣
荒原I荒原田
篠田‑篠
米田‑末田
生馬‑生為
多珂‑名珂
与祥‑与拝
荒泊‑荒伯
陽知‑陽如 神西‑神世 私部‑和部 於部‑物部 豆酸‑豆配 賀美‑加美 宕野‑岩野 六石‑六名 気多‑気比 高来‑高菜 丹田‑丹田 車持‑車崎 夜関‑夜開 高家‑高屋 飯肥‑妖肥 漆沼‑漆治 常凌‑常陵 下沼‑下治 熊束‑服束 宇知‑芋智 片岡‑行岡 飯富‑飯布 谷部‑長谷部 阿蘇‑阿曽 韓家‑韓宅 鹿田‑贋西
珠浦/原1珠浦原
近義‑近美
上沼‑上治
小文‑小父
大野‑大能
大 上
I 大
工
山名‑山石
高文‑高父
茨城‑茨木
諸蒲‑諸浦
道 田
‑ 道 口
那珂‑那織
佐没‑佐渡
若績‑君績
丈凡‑大凡
三 太
‑ 三 多 三 馬
‑ 三 嶋 塞 口
‑ 塞 田
高野‑高来
常石‑常在
鵜養‑鵜益 那非‑那波
全唐‑舎唐
磐越‑般越
服部‑勝部
熊釆‑能米
夜麻‑床麻
世 矢
‑ 世 央 各 務
‑ 各 答 新屋‑新居 磐 瀬
‑ 磐 世 高泉‑高衆 栗 田
‑ 栗 田 待 野
‑ 蒔 野 榛 原
‑ 原
射添‑射湊
拝志‑拝師
沼田‑治田
住吉‑住吉神戸
呉妹‑出妹
布努‑有努
土茂‑土茂駅家
忌部‑荒部
那賀‑邪賀
大曽‑大曽根
席内‑席田
蒲生‑蒲原
也 ‑
̲ J
‑ 長
尻
姶膿‑姶膿
( ハ
) 石
原 ‑
石 渡
英多‑英太
伴郡‑伴群
橘樹‑樹橘
月波‑丹波
池田‑他田 由良‑由見 筑陽‑訊陽 布勢‑有勢 古布‑古市 賀知‑加知 漆仁‑染仁 阿智‑阿知
葦田/駅家‑葦田
安直‑安置
誰戸‑誰部
吾川‑亜川
批比‑昆比
堅磐‑堅磐
高屋‑高渡
本井‑大井 真良‑真羅 稚原‑林原 駅家‑駅戸 宗我‑宗我部 平群‑平郡 蒲田‑蒲原 塩田‑塩津
球玖‑球磨
栗隈‑栗前
片解‑片懸
幡多‑幡多野
御田‑美田
夷針‑夷計
時樺‑特揮
山上/山下‑山下 野摩‑耶摩 多木‑多米 金目‑全目 草原‑萱原 美和‑義和 説多‑談多 府見‑麻見
コ