Ⅰ.
問題と目的1 . 研究動機
1−1. TAT との出会い
筆者は大学 3 年生と 4 年生の 2 年間, TAT (Thematic Apperception Test) に特に興味をもって勉強してきた。
大学 3 年時の指導教授である鈴木睦夫教授が, 我が国の TAT 研究の第一人者であり, 鈴木先生 (以下敬称略) か ら教えられた TAT の知見がとても魅力的であったからである。 筆者は幼少期から, 外でわいわい遊ぶ子どもであっ たというより, 家の中で母や保育士から絵本を読み聞かせてもらうのが好きな子どもであった。 幼児期の筆者は, 絵本を読んでもらったり, 自分で読んだりする中で, 物語を通して自身の中に湧きあがるイメージを楽しんでいた ように思う。 そして, 今でも筆者は, そのような時間を好む傾向があるように思われる。 おそらく筆者は, TAT の絵を見ながら語られた物語を分析するという作業に, 幼児期に味わった感覚とどこか通ずるものを感じていたの であろう。 こうして筆者は, 自然と TAT への興味関心が深まっていった。
1−2. 鈴木ゼミでの体験
鈴木ゼミでは, 鈴木が過去にとった TAT を提示し, ゼミ生がそのプロトコルから何が読み取れるか各々が考え たことを述べた後に, 鈴木がそのプロトコルから何がいえるかを説明するという形式で進められた。 我々学生が必 死になって考えた意見も, 鈴木から伝えられた解釈の前にはいかにも表層的で, 鈴木の解釈の深さに圧倒された。
と同時に, それは筆者にとって痛快な体験でもあった。
この TAT の解釈の演習を通して, 鈴木の TAT に対する姿勢, さらにいうなら人間をわかろうとする姿勢に筆 者は強く惹かれた。 鈴木が大切にしていた, TAT の反応から読み取れるモノや他者に対するその人独自の関わり
学生間で行われた を媒介とした語り合いの 意義に関する検討
札幌学院大学臨床心理学研究科 石原 由宇
ISHIHARA,Yuu (Graduate School of Clinical Psychology, Sapporo Gakuin University)
This paper administrated the TAT to a student participant who was one of the author's friends of the same major, and was asked to make a story freely, but that correlated to each TAT card. The student's re- sponses were transcribed to protocols and then the author picked some significant contents(episode)as material for interpretation and feedback. In the feedback session, the author and the participant talked about these episodes in order to develop an understanding of the participant's inner-world. From these sin- cere talks, both made mutual communication, which is not usually seen in a feedback session. Thus, deep understanding was brought to them and from this experience, each could grasp the meaning of an episode and especially for the participant, it brought more open self-disclosure. Through these communication processes, the author understood the participant's experiences more deeply and the participant could also develop self-awareness.
However, some difficulties still remained between them. For example, when they talked about their par- ents, not only was their a lack of mutual understanding, but anxiety was also evoked for both. But the author has concluded that TAT to the student participant and having a feedback session with mutual talk- ing on episodes would bring them deeper understanding.
TAT, feedback, episode, mutual talking, self-awareness, student
方, すなわち関係相から人間を捉えようとする問題意識は, 筆者が人間を理解しようとする姿勢や考えに大きな影 響を与えた。
1−3. 鈴木先生の死と鯨岡ゼミへの移動
しかし, 鈴木ゼミでの生活は思いもよらない形で終わることになった。 鈴木が病いに倒れ, そのまま亡くなって しまったからである。 当然ながら, 鈴木ゼミでの勉強は継続することが不可能になってしまった。 その知らせを聞 いた時, 筆者は, 心に大きな穴が空いてしまったかのように, 胸の内がただひたすらに重く感じた。 鈴木の死が嘘 であるように感じ, 素直に認められなかった。 今でもふとしたきっかけで, 先生との最後のやりとりが思い出され, 胸の内が重くなる。 しかし, その一方で, なんとしてでも卒業論文やその後の研究で, TAT を扱いたいという気 持ちが強まっていった。
ところで, 指導教授を変えなくてはならないと言われた時に真っ先に思い浮かんだのは, 鯨岡峻教授だった。 筆 者は, 鯨岡の 「私」 と 「他者」 との間で繰り広げられるやりとりを詳細に観ていくことから人間を理解しようとす る姿勢に惹かれるものがあった。 TAT 反応から描き出される人と人との関係相をもとに人間をわかろうとする鈴 木と, 「ひと」 と 「ひと」 の間で繰り広げられる関係のありようを緻密にかつ繊細に描き出すことを通して人間を 理解しようとする鯨岡とは, 人間を真摯にわかろうとする姿勢において通底するものがあるように筆者は感じ取っ ていたのかもしれない。
1−4. 鯨岡ゼミでの体験
鯨岡ゼミの演習では, エピソード記述という方法論を学ぶことを中心に進められた。 エピソード記述は, 観察対 象の行動や言葉だけでなく観察者の中に生起した思いや情動も含めて観察場面を丁寧に考察していく。 鯨岡の説明 を聞きながら, 筆者はその場に生起した感情の意味を考え, それらを記述することの重要性を理解していった。
また, 発達領域の助教である渡部が TAT の指導を鈴木から受けていたことから, 彼女の指導のもとで TAT の 勉強を継続することが出来た。 しかし, 具体的に TAT を使用した卒業論文に取り組もうとしたとき, 思うように テーマが出てこなかった。 そんな中, TAT の検査体験をエピソード記述で書くという提案を渡部から受けた。 こ の方法で研究を行えば, 鯨岡ゼミにも鈴木ゼミにも所属した自分だからこそ出来るものではないかと思い, 筆者に はその案がとても魅力的なものに感じられた。
1−5. TAT のフィードバック体験
ところで, 鈴木ゼミでは, ゼミ生全員がそれぞれ, 鈴木に TAT をとってもらっていた。 そして, それを自分で 逐語に起こしていた。 したがって, 筆者も自分自身の TAT データをもっていた。 筆者は, 好奇心から自分のデー タを分析・解釈してみた。 ある反応が何を示しており, それが自分自身のどの特徴を示しているかはなんとなく掴 めたが, 自分の力だけではすべての反応を統合し, 人間像の全体を描き出す事は出来なかった。 カードから当ては まる特徴を, いざ自分自身に照らし合わせてみると, 当てはまると思われる特徴が洪水のように溢れ出てきて, 自 身の中で情報を整理することが出来なかったのである。
その後, 渡部の指導のもと, 自分自身の TAT の反応を分析・解釈し, 渡部からスーパーヴィジョンを受けた。
そして最後に, 渡部からフィードバックを受けるという体験をした。 フィードバックでは, 筆者自身の解釈から描 き出された特徴と渡部から告げられた特徴とでは, 異なる部分も多かった。 筆者の場合, TAT から導き出された 特徴に該当しそうな自分の特徴を次から次へと想起し, 過剰に解釈していたように思う。 渡部のフィードバックは, 得られた情報はこういう風に受け止めていいという構えを筆者に与え, 筆者の中で嵐のようにうずまいていた自分 自身の特徴が整理されて, すとんと自然に胸に入り込んできた。 不安と過剰な情報で渦巻いていた胸の内が, そこ でぱたりと収まったような, 安心感に似たものを感じながら渡部の話を聞いていたように思う。
TAT のフィードバックの体験は, 筆者の中で自分自身を見つめ直すきっかけになった。 自分というものは何で あるかを考える時に, TAT から得られた特徴が一つの軸として機能した。 TAT の反応を思い出してはそこから言 える自分の特徴が, 自分自身を捉える判断の指針となったことを強く感じていた。
このように自分自身が TAT のフィードバックを受けるという体験から, 筆者は, TAT という体験についてさ
らに深く迫りたいと思うようになった。 つまり, TAT を通した被検者の体験の様相, つまり検査者が被検者のこ とをわかろうとする心理検査としての TAT はもとより, 被検者が TAT を体験して, その結果を伝えられるとい うことはどのような体験なのだろうか, もっと言えば, それが被験者の気づきにつながるのだろうかということに 強く興味を持った。 そこで, TAT を媒介として, TAT の結果について検査者と被験者が語り合う様相をエピソー ド記述によって詳細に描くことによって, このテーマに迫ろうと考えた。 以上が, 筆者が本研究を行うに至った流 れであり動機である。
2 . 先行研究と問題提起 2−1. TAT の特徴
TAT は投影法を代表するパーソナリティ検査法の一つであるが, 検査結果のフィードバックを通して被検者の 内省を促そうとする研究を行っている者もいる。 例えば, 山本 (1992) は, 「かかわり分析」 という独自のフィー ドバックを行っており, そこでは, 検査者の寄り添いのもと, 被検者自身が自分の反応からどのようなことを感じ 取るかなど, 被験者が反応を味わうという体験を重視している。 また, 高橋 (2009) は, 大学生を対象に TAT を 施行した後に学生と共に反応を振り返る面接を行ったところ, 学生に驚きを伴うような気づきが生起し, その気づ きが被検者である学生の自己理解を深めたと報告している。
このように, 検査者が被検者をわかろうとする本来の査定的意義を超えて, TAT を体験することで被験者にど のような効果を及ぼしたかという心理療法的意義に着目した研究は, 決して多くはないけれども, なされている。
本研究においても TAT を受検した被検者の体験に目を向けることを主題の一つとしている。
2−2. 心理学部に所属する大学生の心理検査体験
前項で述べた研究は, 実際の現場で活躍する臨床家たちが一般の学生や成人を被検者として進められたものであ る。 しかし, TAT や他の心理検査一般は臨床の現場だけで用いられるばかりでなく, 臨床の現場で働く専門家を 養成するための大学や研究機関でも, そこに所属する学生や研究生を対象に施行されている。
中でも, 心理学部に所属する大学生に対する心理検査は, 仲間内の間で施行されることが多い。 そこには, 日常 生活の一部を共有していることによる, お互いの存在をある程度知っているという関係であること, 心理学の知識 や心理検査の技能が未熟であることなどの点が特徴としてあげられる。 これらの点で, 心理学部内で学生どうしが 心理検査を行うことは, 現場で専門家が一般の人を対象に心理検査を施行することと比較し, 検査者が被検者に与 える影響は異なると考えられる。
筆者がそうであったように, 心理学や心理検査への学術的な知識への探究心や, 自己への関心から, 友人に対し て心理検査をしたい, あるいは友人に頼み心理検査をしてもらいたいと思う学生は多いと思われる。 しかも, 学生 には大学内にて, 仲間同士で心理検査を施行する機会が与えられている。 そのような機会を心理学教育に積極的に 活用することも考えられるが, そうする前に, 学生間で心理検査を施行することによって, それが検査者−被検者 間にどのような影響を与えるかを検討する必要がある。 しかし, このような見地からなされた研究はこれまでのと ころ見当たらない。 次項で述べる青年期の特徴を考慮すれば, 学生間で心理検査を施行し, この結果について検査 者と被検者が話し合うという体験について検討することは, 青年の心理について考える上でも重要であると筆者は 考える。
2−3. 青年期の特徴
青年期は, 「子供時代のあり方をいったん解体し, 新たな社会人としての人格の構造化をなしとげる構造転換」
(下山, 1990) の時期である。 子どもから大人への過度期として, 子どもでもなければ大人でもない特殊なあり様 である青年は, 不安や葛藤を抱えやすく問題も抱えやすいといわれる。 問題の様相は個々人それぞれで異なり, ま た問題を抱える本人にとって, それは捉えどころのない漠然としたものと感じられるだろう。
大倉 (2002) は, 当時大学生であった彼と友人との間で, 幾重にも渡って語り合いを行い, そのやりとりの中で, 彼自身が抱えている問題や友人の抱えている問題を描き出し, 自分や友人の理解を深めていった。 大倉はこれを
「語り合い法」 と呼んでいるが, このように青年と青年が語り合うことによって, 互いの理解を深めていく効果が
あると思われる。
TAT は投影法であるという特性上, 被験者が意識していない本人の特徴を浮かび上がらせることがある。 また, 他の投影法と比較しても, TAT の絵の中の人物に事寄せて, 被検者の心理面が, 具体的に, それほど防衛を蒙ら ずに表明されるという特徴がある。 さらには, TAT の検査結果から検査者に読みとれることを被検者との間で共 有しやすいという TAT 独自の特性もあり, 学生どうしの語り合いの場に TAT が良い潤滑油となって両者の間で 理解を深めるのを促進することが期待される。
3 . 研究の目的
以上のことをふまえて, 本研究では, 学生間で施行した TAT の結果を検討する場で心理的にどのような現象が 起こっているのかについて, 現場にいる研究者自身の心の中に生起した思いや情動を含めて分析することによって, それをより深く考察することを研究の目的とする。 すなわち, 筆者が研究者として, 研究の協力を引き受けてくれ た友人に TAT を施行し, その結果をもとに語り合う中で, 語り合われた内容だけでなく, その場の雰囲気やそこ で生起した思いや情動を含めて, そこで観察された事象について深く考察することを本研究の目的とする。
Ⅱ.
方法1 . 使用する研究法
本研究は鯨岡 (2005) の 「関与観察とエピソード記述」 という方法論に基づいて行った。
この方法を採用した理由は, 本研究が, TAT を媒介にした語り合いを通じて, 筆者と協力者である友人とが, TAT の結果を検討するという場において起こった現象について詳細に分析を行うことを目的としているからであ る。 そのためには, 被検者としての友人の顕在的な変化を取り扱うだけにとどまらず, 言葉にならない, その場の 雰囲気や友人の思いや感情を含めて理解しなければならない。 さらに言えば, その場に関与する筆者自身の中に生 起した思いや感情も, 現場で起こった現象を理解する重要な考察対象になるのである。
1−1. 関与観察
関与観察とは, Sullivan (1953) の 「関与しながらの観察」 に基づくものであり, 観察対象に対して研究者が気 持ちを持ち出して関わりながら観察する態度を取りつつ, 観察対象の行動や言語だけでなく観察者である研究者自 身が感じたことや考えたことにも注目する。 したがって, 一般の観察記録のように, 研究者が黒衣に徹するわけで はなく, 研究者も主観をもった主体として観察する場に登場する。
1−2. エピソード記述
エピソード記述では, 関与観察の態度で現場に臨み, そこから得られた体験の中から, 研究者が特に心を揺さぶ られた場面がエピソードとして取り上げられる。 エピソードは, 現場の力動感が読者に伝わるように詳細に記述さ れなければならないが, 読者の理解を促すために, エピソードの前には背景が記される。 背景では, エピソード場 面に登場する人物に関する情報やエピソード場面に至るまでの経緯などが記される。 そして, エピソードの後に付 けられるメタ観察では, 観察者の言動だけでなく, 研究者自身が観察の場で感じたこと, 考えたことに対しても深 く掘り下げた考察がなされる。 このような特徴から, エピソード記述では, まず最初に, 研究者自身の背景や研究 動機が詳細に記述されることが求められる。 そこで, 本研究においても, 最初に詳細な研究動機を記した。
2 . 研究対象
研究対象は語り合い時に研究者である筆者と協力者との間でなされたやり取りから生じた心理的な現象である。
このため, 筆者と協力者について詳しく述べておく必要がある。
2−1. 研究者である筆者
筆者は, 心理学部に所属する 22 歳の男性である。 筆者の背景については, 研究動機の中で既に詳しく触れた。
協力者である A と筆者とは同じ大学の同じ学年の学生で, 大学入学以来の付き合いである。 一緒に遊んだり, 食 事をしたり, 学校における苦楽を共にしたりする中で, 互いの悩みを話し合う機会もあり, はっきりとは口にしな いまでも互いに相手のことを理解し合っていると筆者に感じられる非常に仲の良い友人である。
2−2. 協力者である A
A は心理学部に所属する大学生で 22 歳の男性である。 心理学に興味があり, TAT への関心も高い。 自分自身 の性格傾向について知りたいという興味から, 本研究への依頼にも快く引き受けてくれた。 TAT は過去に 3 度経 験しているが, 結果を知らされた経験はない。 また, 以前に経験した TAT は短縮版であり, 22 枚使用したのは今 回が初めてであった。
3 . TAT を媒介にした語り合い 3−1. TAT の実施
200X 年 5 月の中旬に TAT を施行した。 TAT は, Harvard 版の 22 枚 (1, 2, 3BM, 4, 5, 6BM, 7BM, 8BM, 9BM, 9GF, 10, 11, 12M, 13MF, 14, 15, 17BM, 18BM, 19, 20, 12BG, 16 (提示順に従う)) を使用した。 教示は鈴木 (1997) に従った。 記録は協力者の許可を得て, IC レコーダによる録音と筆記を併用した。
検査時間は 40 分程であり, 特に問題もなく検査は終了した。 検査時の A は, 特に緊張もなく落ち着いた様子で あった。 カードを提示すると, 考え込むこともなくすらすらと十分な長さの物語を語った。
3−2. TAT の分析・解釈
検査で得られた TAT の反応を逐語的に起こし, プロトコルを作成した。 プロトコルをもとに, A の反応を分析・
解釈した。 TAT の分析・解釈は鈴木 (1997) に従い, 渡部のスーパーヴィジョンを受けた。 はじめに各カードの 反応毎に反応の要約を行い, 次に要約された A の反応を鈴木の反応分類と比較し, 特徴となる箇所を抜き出すと いう分析を行った。 そして, 分析から抜き出された特徴が A にとってどのような意味をもつか考察するという解 釈を行った。 各カードから得られた解釈結果を総合し, A についてひとつのまとまりのある人格像を描き出した。
3−3. TAT を媒介にした語り合い
TAT の分析・解釈の結果をふまえ, A と共に語り合いを行った。 この際, TAT の結果を伝えるというより, A の TAT 反応について共に語り合うという姿勢で臨むように渡部より助言を受けた。 この語り合いは, TAT の施 行から 5 ヶ月後の 10 月中旬に施行し, 所要時間は 1 時間 10 分程であった。 語り合いにおいて互いにイメージを共 有しやすくするために, 検査に用いた TAT カード 22 枚と A の TAT のプロトコルを用意した。 筆者は A と対面 に座り, 語り合いを行った。 語り合いの内容は, A の許可を得た上で IC レコーダーで録音した。
3−4. 結果の分析
二人の語り合いを録音したデータを逐語的に起こし, 文書データを作成した。 文書化された会話の綴りの中から, 面接時に筆者の心がハッとするかたちで強く揺さぶられた体験をもとに, その場面に該当する語り合い場面を抜き 出し, それをエピソードとした。 エピソードの背景として, 最初に全体の背景として語り合い時の状況を説明した。
次に各エピソードの背景として, エピソード場面で扱われている TAT カードに対する A の反応特徴を記した。
メタ観察では, エピソードで取り上げた A や研究者自身の心の動きについて考察した。 その中から, A と筆者と の心理的なやりとりが特によく現れていると思われるエピソードを八つ選び, 時系列で並べた。 八つのエピソード 全体を通して, 語り合いの場における A と筆者の心理的な変化, 両者の関係性の変化に注目してさらに考察を深 め, 総合考察とした。
4 . 倫理的配慮
研究協力者には, 本研究の目的について説明した上で協力を求めた。 また, 語り合いのデータを研究目的で使用 し, 結果についてまとめられたものを発表する可能性があることについて説明し, 了解を得た。
Ⅲ.
結果と考察1 . 語り合い時の状況
A との語り合いは以下の流れで進行した。 まず始めに, 検査で使用したカードを並べ, 順にカードを見ながら A に自分の反応を思い出してもらうべく, A の反応を振り返った。 次に, A に反応のプロトコルを渡して, カード 毎に, カードの特徴とそれと比較して A の反応の特徴を伝えた。 筆者が A の特徴を伝えた後に, A がそれについ て感じ取ったことを語り, その後は互いに話し合った。 全カードに関する語り合い終了後, 今回の語り合いや TAT を施行してから語り合いまでの一連の体験について A の感想を求め, その後, 互いに今までの体験を振り返っ た。
語り合いが始まる前は, 互いに緊張していたが, A は好奇心もあり期待に満ちた表情をしていた。 語り合いが 始まったときは, 互いの会話はギクシャクして深まらなかった。 しかし, 語り合いが進む中で互いに固さが取れて いき, 普段感じているような雰囲気で話し合うことができるようになった。 また, 時には, 普段の話し合いでは語 られないような A の心の深い一面にまで触れられた場面もあった。
2 . エピソード記述
エピソードでは, A の発言を A: 「 」 と表し, 筆者の発言を I:〈 〉と表記した。 また, 現場のリアリティに 迫るために, メタ観察においては 僕 という一人称を使用した。
2−1. エピソード 1:「あー, 難しいな」
《背景》
カード 1 では, A は親に無理やりヴァイオリンのレッスンを受けさせられ, レッスンに行きたくないが親に言 い出せなくて悩んでいる少年を読み取っていた。 この物語は一般的な反応であるが, 「無理やり」 という強めの表 現と, 少年の現状がずっと続くという点が A の特徴として挙げられた。
《エピソード 1:「あー, 難しいな」》
I:〈ヴァイオリンで, 悩んでもらっているよね。 で, この少年はやりたいけれど, 違う, やりたくないけれど, お父さんにやれ, と。 で, まあ, ちょっと。 この反応自体は普通に見られる反応で, まあいわゆる父親か らのこういう風な権威みたいなのを……。 ただちょっとこの反応で, 何だろう, A さんの特徴が出てると いったら, やっぱり, やりたくないっていう気持ちを持ってるんだけど, この少年がずーっと, 父親の, そのやれっていう支配から抜け出せないままでいるっていう〉
A:「なるほど」
I:〈打開しないままだから。 ちょっと A さんのその不安といったものを感じさせてるんじゃないか, ってい う風な読み方がいえるけど, どう思う?〉
A:「あー, 難しいな。 ……結構自分の親が, その無理やり買ってくるってことはないけど, その何ていうか 権威主義っぽいところはあったかもしれんね。 何か意外と自由にはさせてくれるんだけど。」
I:〈うん。 やっぱり何か, しつけみたいな。 ここはこうみたいな感じ?〉
A:「そうだね, サッカーやり始めて, 辞めたいっていっても辞めさせてくれなかったりとか。」
I:〈筋が通っているとかいう?〉
A:「うん。 そういうのはあったかもしれんね, 確かに。」
I:〈で, まあ。 そういうね, ちょっと。 あとは, やりたいけどやれないっていう想いが,〉
A:「あー」
I:〈この後もちょっと, こういう反応が続くんだよね。 この反応自体はまあ, メジャーな反応だけれども, ちょっ と他の反応にも出てくるから。 ひょっとしたら現実場面でもこういう風に……。 まあ, 覚えておいてこの 特徴。〉
A:「はいはい」
《メタ観察》
両者にとってこのような体験は始めてであったので, カード 1 の語り合いは暗闇の中を手さぐりで進むような感 じであった。 表面的には両者とも平静を装っていたが, その裏で, 互いの心の中には緊張感がピリピリと漂うよう な雰囲気の中で語り合いは進んだ。 最初のカードでは, A の反応の解釈について上手く伝えられるのかと, 僕は すごく緊張していた。 語り合いに入る前の A は, 好奇心に満ち, これからのことを楽しみにわくわくしているよ うである一方, 面と向かって自分のことが扱われる気恥ずかしさもあるように感じられた。
このカードと次のカード 2 では, 僕自身が頭で思い浮かべていたイメージ通りに語り合いを進めようとする意識 が強く, 目の前にいる A のことを考える余裕をなくしていたように思う。 イメージ通りに進めようとする僕の固 さがほぐれたのは, カード 3BM で互いにわかりあえたと感じてからである。 したがって, この時点での僕は, A と共に理解を深めるという目的を忘れ, 「僕から A へ TAT の結果を伝えよう」 という, 「自分が」 という一面が 強く働きすぎていたように思う。 A が 「何か意外と自由にはさせてくれるんだけど,」 と話した時, A はその言葉 の後に何か付け足そうとしていたのかもしれないが, 僕は焦っていたのか, A の言葉の間を急いで埋めるように, A の言葉をさえぎってしまった。 何とか自分のペースに合わせようとする強引さが僕にはあった。
A は, 自分について何が知らされるのだろうかと期待して語り合いに臨んだが, 自分のことではなく親につい て指摘され, 僕の予想以上に驚いていた。 A は授業で TAT について学んでおり, TAT から親や家族との関係が 描き出されるというのは知識としては理解しているはずであった。 しかし, 語り合いの場で僕の口から家族につい て切りだされたことが, A にとってすごく予想外であったという感じであった。 「あー, 難しいな……」 と A が言っ た後に, 「結構自分の親が」 と親の話を語りだすまでの間に, A の 「顔」 が切り替わったように僕には感じられた。
それは先ほどまで無邪気に知的関心を前面に出し, 僕との距離が近かった A が, 急に僕からの距離が遠ざかった ような感じであった。
2−2. エピソード 2:「そこがすごい気になった」
《背景》
カード 2 では, A は前景の若い女性と後景の女性とが母娘関係にあり, 男性はその母親に雇われている奴隷の ような存在として読み取っていた。 娘は母親が男性に厳しくあたるのをよく思っていないが, それを言い出せずに 悩んでいるという物語であった。 この反応から, 母親が支配的な存在として位置し, 娘がそのことに対する不満を 母に言い出せないこと, 男性が母親なる人物に使役されている状況を読み取ることができた。 支配的な母親像, 男 性が支配される存在であること, そして母親に反発を感じながらそれを母親に言い出すことが出来ないことが, A の反応の特徴として挙げられた。
《エピソード 2 :「そこがすごい気になった」》
I:〈これちょっと A さん, 他の人とちょっと珍しいというか〉
A:「そうなの!?」
I:〈この男性の人が, 奴隷っていうのが, まあ, ちょっと少ないかなっていう〉
A:「うーん」
I:〈まあ, この二人が一体になって, この人がちょっと村の外とか町の外に出たいっていう異質性を感じ取る 反応が, やっぱり標準的っていうか〉
A:「へー」
I:〈で, A さんの場合は, この人がこの母親に対して, こう, もう少し抑えようみたいな。 やりたいけれども 言い出せないことで, またさっきの悩みがあるよね。 まあ, そういう風な言い出したいけど言い出せないっ ていう状況読みとっていたり。 あと, どうしても, この女性が支配的っていうか, 権力大きいよね〉
A:「うん」
I:〈で, それでちょっと, お母さんが何か…影響, A さんの中ではちょっと強いんじゃないか。 (A:「うーん」) ってことが, カードから推測されるんだけど, どうかな?〉
A:「……うーん, 難しいな。 わからんな, これは。 ……なんか, このカードを見て, この男の人の上半身が
《メタ観察》
支配的な母親という反応から, 母親の影響力が強いのではないかと僕は A に尋ねてみた。 しかし, A は, それ について 「うーん」, 「難しいな」 と言っただけでコメントせず, むしろ図版の男性が裸であることに注目した反応 だと語った。 僕と A の間ではこのカードの見方が完全に別方向に話が進んでいった気がする。 僕は分析者として, このカードの A の反応から支配的な母親像の存在を無視できなかった。 しかし, A も同様に, 物語の創造主とし て, 反応時に男性が気になったという自分自身の体験を無視できなかったようだ。 僕がやや長めに反応から読み取 れる A の特徴を説明すると, A も僕に対して自分の反応時に生起した思いをぶつけるように僕に説明した。 この 時, A が僕に思いをぶつけてきて初めて, 僕は検査者として上手く語り合いを行おうとするあまりに, 「自分が」
という一面を出しすぎ, A に注意を払えていなかったことに気づいた。 この場面において, A が自分の思いをぶ つけてきたので, 僕は A をここで受け止めることが出来たように思う。 「貧富の差が見えたカードなんだよ」 とい う A の言葉に僕は, 「逆にそっちの方が優先度が高いかもね?」 と, A の意見を受け止め, A の視点からカードが どのように見えているのかということに関心を向けるようになった。 この一瞬において, その直前まで強く意識し ていた, 結果をうまく伝えなければという思いを, 僕は忘れていたように思う。
どうも, 僕が思っていた母親の影響力という視点は, この話し合いでは上手く扱えそうにないらしい。 それがこ の場面から僕が強く感じ取ったことだ。 なぜそうなのかは, この時の僕にはまだわからなかったが, これについて 話すよりも, 素直に彼の声を聞いた方が, お互いがわかりあうのに効果的だということをここでは実感したのであ
さ, 裸じゃん。 (I: うん ) そこがすごい気になったんだよね。」
I:〈あー〉
A:「何かそう, 多分普通の人は, その奥にいるか手前にいるかで, こういう対比ができると思うんだけど。
それ以上に俺の, この人が何で服着てないんだろう?っていう風になって。 まあ服は着てないってことは, 服が買えないのかな?って。 で, まあ奴隷っていうか労働者っていうか, 地位が低いのかな?って感じがす るんだよ, この人が。 で, それに比べ他の二人は服着てるし, 何か来てる服もよさそうだから。 その, 何だ ろう, 高貴な感じがして」
I:〈なるほどね。〉
A:「貧富の差みたいなのが見えたカードなんだよ。」
I:〈逆にそっちの方が優先度が高いかもね?〉
A:「そうそうそうそう。 位置感というよりは, その貧富の差っていうか, 経済力の差みたいなのが見てとれ て。 (I: うん ) で, こういうこと言ったのかなーって思う。」
I:〈それもあると思うね。 この労働者っていうのが何か後々の反応にも近いのがあってね〉
A:「へえー」
I:〈何か働かなきゃっていうような〉
A:「あー」
I:「そういう義務感?の強さが読み取れるんじゃないかって。 ……たびたびあって。 で, 他に何かあるかな?〉
A:「他に?」
I:〈何か気になるのある?〉
A:「親が高圧的だったかっていうのは, あんまわからないな, うん。」
I:〈まあ, ちょっと影響力が強かった? こう, 高圧的とか考えずに〉
A:「まあそうだね。 ……他の家庭がどうかわからなくてなんとも言えんけど。 まあ, 影響力はあるだろうね。
なんかさうちの親, 共働きだったから。 意外と親と接してる時間が短いんよ。 家に帰ると親がいないという のはしょっちゅうなもんで。 だもんで, 影響力としては大きいけど, 関わってきた時間がちょっと短い気が する, 今でも。」
I:〈……そっか。〉
A:「うん……そうだね。 ずーっと縛られてたって感じではないかな。」
る。
2−3. エピソード 3:「自分がさ, こういう経験をしたことがあるんだよ」
《背景》
カード 3BM では, A は失恋に悲しむ女性を見ていたが, 悲しんでいる女性の内面への言及は浅く, むしろ, 女 性をとりまく周囲の状況を詳細に語っていることが特徴として挙げられた。
《メタ観察》
僕はこのカードの A の反応の特徴として, 人物の内面に触れず人物を取りまく状況について詳しく述べている と説明したが, これがなかなか容易には A に浸透していかなかった。 カード 1, カード 2 で, 結果を上手く伝え ることができなかったこともあり, 僕はこの先もずっと上手く伝えられないのではと, 内心とても焦っていた。
一方, A は, このカードの反応には過去の自分の体験が大きく影響しており, それを思い浮かべて語ったと主
《エピソード 3:「自分がさ, こういう経験をしたことがあるんだよ」》
I:〈これがまあ, 悲しんでいる女性で。 悲しんで泣き伏せているっていうのが標準な, よくみられる反応だね。
で…A さんの場合は, この人の内面の悲しさについての記述というよりも, 車の鍵とか, 車で帰って来た とか, 部屋とか。 なんだ, 外の状況をね, 詳しく述べてて。 そこから何か A さんの物事の捉え方っていう のが, まず状況から入って, こう論理的に考える〉
A:「ほおほお」
I:〈みたいな傾向にあるんじゃないか。 〉 A:「なるほど。」
I:〈どうだい? そこのところは?〉
A:「状況…」
I:〈まずなんか〉
A:「どうだろうなー, ……難しいな (笑い) そう言われると。 なるほどね, まず問題が起こった時に, 状況 を見るかだよね。 …… (笑)」
I:〈難しいか。〉
A:「難しいな」
I:〈でも, これはこのカードからなる仮説だから。 まあ, ちょっと強引な仮説でもあるし〉
A:「こう, 何だろう。 自分がさ, こういう経験をしたことがあるんだよ。」
I:〈うん〉
A:「車じゃなくて新幹線から帰って, ベッドに泣き伏せたっていう経験があるから。 それの投影じゃないか なっていう感じがするんだけど, どっちかっていうと。」
I:〈………でもそこで, そこでもなんかこう, 外の状況描写に特化してるってのは〉
A:「あー, なるほど」
I:〈A さんの特徴だね。〉
A:「そうかもしれんね。 うん, 自分に起こった問題に関しては, その, 客観的状況を確認してということは, ちょっとわかんないけど。 その何だろう。 他人同士のもめごととかあるじゃん。 ゼミやサークルの揉め事と か」
I:〈あるね〉
A:「そういうのは確かに客観視する感じはする。」
I:〈それは俺も見てて, あーらしいなみたいな感じはする。 〉 A:「自分の問題の時はわからんね。」
I:〈そうだね〉
A:「えへへへ, さすがに。」
張した。 A は, 自分自身の体験が大きく影響しているから, まさに自分自身が大きく出ていると思っていたので あろう。 しかし, 僕の解釈では 「客観的状況を優先する」 ということが伝えられたので, A にしてみれば, 個人 的な経験に基づく極めて主観的な反応だと思っていたのに, それとは正反対の印象を与えかねない 「客観的」 とい う表現が僕から伝えられたことに内心戸惑いを感じていたようであった。 僕の説明を頭では理解していたのかもし れないが, どこか腑に落ちないという感じであった。
僕にしてみれば, この反応が, A が自分の過去の体験を思い浮かべて語ったものだという事を, 今回の語り合 いを行うまでは知らなかった。 ただ A が, 僕が伝えた内容をどうも消化できていないことは感じ取っていた。 僕 と A との間には認識のズレがあり, それをお互いが感じ取り, 困ったように笑いながら 「難しい」 と互いに言葉 を漏らした。
しかしながら, ここで A が, 実はこの反応は自分の体験が影響していてそれが投影さてるのではないかと, A 自身の解釈を口に出したことで事態は進展した。 A 自身が, 自分の反応をどう解釈するかという思いを僕にぶつ け, 僕は A の抱えている思いを知った。 僕は A の思いを受け止めた上で, その体験がどうであれ, A が感じた辛 い, 悲しいという感情や想いが語られず, 場面の状況が詳しく語られたことに特徴があるということを伝えようと した。 すると, その僕の思いを A も感じ取ったのか, あるいは A の中で僕から伝えられた自身の特徴について合 点がいったのか, A は深くうなずいたのである。 そしてこの 「客観的状況を優先する」 という視点で A は自身を 振り返り, 「なるほど説明がつく」 とその特徴に納得していったように感じ取れた。 そして僕もまた, この視点で 日常生活の A を振り返ると, 「説明がつく」 と納得がいき, お互いに何か手ごたえを感じ取っていたのだ。
2−4. エピソード 4:「あーそれはあるかも」
《背景》
カード 4 では, A は, 男性をマネキンとし, 女性がそのマネキンを一方的に可愛がるという反応をしていた。
男性をマネキンと認知していること, 女性のマネキンへの関わり方などが特徴として表れていた。
《エピソード 4:「あー, それはあるかも」》
I:〈まあ, これだね。 これが, この人がマネキン。 マネキンと捉えたのが, やっぱりちょっとない, 珍しいか な。 普通はこの男性が, こう, マネキンではなく人間で, いかにも飛び出さんとか。 お前なんか嫌いだみた いな。 自己主張をこう全面に押し出す。 で, それにも負けじとこの女性も行かないでみたいな, 主義主張が ぶつかりあうみたいのが多いんだね。 恋愛面なら別れる。 で, 戦争とか仕事に行くなら, 止めるみたいな。
〉
A:「うんうんうん」
I:〈なんだけど。 この A さんの反応だと, その男性の力だけがこう無くなっちゃってるの〉
A:「うんうん」
I:〈で, 女性が何か一方的に……で, とか。 それからちょっと受身的なのかなーみたいな。 人との付き合い方?〉
A:「……付き合い方が受身的?」
I:〈特に女性面に関して〉
A:「女性面 (笑)……。 そうかあ, うん。 難しいな, わからんな。」
I:〈あるいは何か, ぶつかり合う場面に対してちょっと自分がひっこんじゃう。〉
A:「あー, それはあるかも!」
I:〈あー〉
A:「あー, それはあるかも。」
I:〈で, 何か自分が硬直しちゃってるから。 それがこういう風な物語だと, なんかモノ化しちゃって, 自分が パッて驚いちゃって, 自分自身と距離を置いちゃう。〉
A:「なるほどね」
I:〈そういう風な仮説がね, あがるんじゃないかと思うんですけど。〉
A:「あー, 例えば, その問題があるじゃん。 ちょっとさっきの話とも繋がっちゃうかもしれないけれど」
《メタ観察》
このカードの A の特徴として, 「付き合いが受身的なのではないか」 と僕が伝えると, A は考え込み首をかしげ て, 「難しいな, わからんな」 と言葉にする。 その言い方から, 僕の言葉が的を射てないと感じているようであっ た。 A は, 自分自身のことを振り返ってみてもピンとこなかったようだ。 そこで僕は別の見方へと切り替えて,
〈自分がひっこんじゃう〉と言い直して説明した。 すると, 今度はしっくりときたようだ。 A は 「あー, それは あるかも」 と声を大きくして同意し, しかもそれを繰り返した。 このことから, 「自分が引っ込んでしまう」 とい う僕の指摘には, 大いに納得したようである。
このカードの A の特徴は, 男性がマネキンであるとし, 男性をモノ化しているところである。 この図版は男女 のいさかいの場面が連想されやすいので, A が争う場面に遭遇した時, 自分自身 (自分らしさ) を引っ込めてし まうのではないかと僕は想像していた。 カード 2 でも, 母親が家庭内で強い影響力を持ち, A がそれに対して自 分の言いたいことが言い出せず, そうした環境の影響から A には受身的なところがあるのではないかと解釈して いた。 しかし, そのことを A に上手く伝えることができなかった。 そこで, 今度こそは上手に伝えようという思 いが僕にあったように思われる。
カード 1, 2 で, 僕が親の話題について上手く扱えなかった理由として, 次のようなことが考えられる。 普段の 僕と A との会話において, A の家庭環境が話題になることはほとんどなく, 僕は A の家族について漠然としか知 らなかった。 それで, カードの反応から親の特徴が挙がってきても, 僕自身の中でもそれがしっくりこなくて伝え ることが難しかったのではないかと思われる。 特に, カード 1, 2 で親の話題に触れた時に A が身構えたように感 じられことに, 僕は内心驚いていた。 そして, 心理検査の結果を伝えることはこんなにも大変なのかと不安を感じ ていた。 しかし, カード 3BM では, すんなり A の特徴について伝えることができたので, この時点の僕の頭の 中は, この先どう進めていったらよいのか非常に混乱していた。
そこで, 僕は見方を切り替えて, 僕が知らない A の親や家庭環境の情報にはふれず, 普段の僕と A との間で見 られる A に基づいて説明することにした。 「自分自身と距離を置いちゃう」 は, A の生活を思い起こすと当てはま る特徴であったので, カード 3BM の時のように A へと上手に伝わった。 それは僕の中で安心感となり, これを
I:〈これ? (カード 3BM を取り出す)〉
A:「それかな? えーっと客観視するっていってたのどれだ?ああ, これだこれだ。 これとも繋がるかもしれ ないんだけど, 例えば俺と女の人で問題があったとするじゃん。 そん時に, まあ 1 対 1 で話してるんだけど, 自分がちょっと解離してさ, なんていうの, こう上から見るみたいな感覚が」
I:〈あー〉
A:「あるじゃん」
I:〈うん〉
A:「で, そういう感じで, 何ていうの, 話し合いをしたりとか, まあ口論したりする時があるんだよね。 そ れっていうのは, 何ていうか, こっちはさ, 空っぽみたいなものじゃん。 で, その代わり上になんかこう精 神がいるみたいな。 そうすると何かマネキンみたいにさ」
I:〈なるほどね〉
A:「でー, 声は出すけど, それよりもちょっと上に, メタな視点の自分がいて。 まあそっちで, そっちが本 当はやりとりしてるみたいな。 こっちはただの人形みたいな, そういう部分はあるかも。」
I:〈そのとき, こっちの場面の感情とかは, もうないの?〉
A:「感情とかないね! あんまそういう, そういう場面になったら。」
I:〈もうひたすら, こう何か上の?〉
A:「そう, そうそう。 で, この人はどういう気持ちでどんなこと考えてこう動いてるのかとか。 今までの状 況に合わせて考えてて……」
I:〈あー〉
A:「……っていうのはあるかも。」
契機に僕は, 親に関する話題を出来るだけ避けようとしていた。
「自分自身と距離を置いちゃう」 という僕が告げた後, A は自分の中でイメージを膨らませ, それについて自分 が思うことを, 僕に確認するように語り出した。 身振り手振りで自分のイメージを説明する A の姿は, 自分を前 面に出し, 自分自身について僕にわかってもらおうとしているようであった。 僕は A になんとかわかってもらお うと, 慎重に伝わりやすく, けれども傷つけない言葉を選びながら伝えようとした。 A もまた, 僕にわかっても らおうと僕から伝えられた情報を何とか咀嚼して, 自ら身を乗り出して伝え返そうとしていた。 つまり, この場面 では, 互いが互いの気持ちをくみとりながらわかろうとする行為が繰り広げられていた。
「メタな視点の自分」 という A が語った自身の特徴は, この後の語り合いでも度々用いられ, 僕と A との間で 共有されていった。 それに対して, 親や家族については出来るだけ避けようとする空気もこの場面を契機に共有さ れていった。
2−5. エピソード 5:「なんかね。 休んでる気がしないもん。」
《背景》
カード 9BM では, A は男たちが干し草をベッド代わりにして雑魚寝の状態で寝ており, 次の日に起きたら働き に戻るという反応をしていた。 この場面を何かの合間に一休みする場所ではなく, 一日の終わりに寝る場所として いるところに A の特徴が表れていた。
《エピソード 5:「なんかね。 休んでる気がしないもん。」》
I:〈そうだね, 次いこっか〉
A:「オーケー……これも難しいんだよな」
I:〈うん, これもね。 やっぱり, まあ, 休息がメインじゃんね。 このギャング集団が悪さをして, 悪さをした 帰りに休んでるとか, そういう集団の休みがメインなんだけども。 A さんの場合も, まあ休みがメインで。
でね, ちょっと気になる反応が, まあ, これが一時的な休息というよりも, 何か一日の休息を, これで過ごし てるみたいな〉
A:「俺, そんな感じ, そんな感じ」
I:〈だよねー, で, 一日の休息が, ベッド代わりの干し草っていうのが, じゃ, A さんの休む場所がこんな〉
A:「(笑)」
I:〈貧しい場所なの!? みたいな〉
A:「そう言われると, そうだな (笑) ははは (笑)」
I:〈そういう何かゆとりがあって〉
A:「あー」
I:〈本当に, 永続的な休息を捉える反応がちょっとここでは珍しいから〉
A:「あー, なるほど」
I:〈で, それで〉
A:「全然想定してなかったわ。 俺がその昼休み休憩というのは想定しなかったな」
I:〈で, それがもう繰り返されてる〉
A:「うーん, されてるねえ」
I:〈本当にこの反応からで, もう A さんからの休む場所ってのがどこだろ?みたいな〉
A:「っふふふ (笑)」
I:〈ちょっと何だろう。 ふあ, ちょっと不安を感じるみたいな〉
A:「あー」
I:〈カードでもあったね。 〉 A:「なるほどね」
I:〈で, どう?〉
A:「あのー」
《メタ観察》
A にとってこのカードは初めて見たカードであったようだが, その戸惑いよりも, この図版が何を問題として 提示されているのかがつかみきれず, それが難しいと感じさせたようだ。 一方, 僕にとってこのカードは, 分析・
解釈時に思いもよらぬ発見があったカードであった。 このカードから導き出された 「休息がない」 という A の特 徴に, 僕はハッとした。 受検時の A は大学院受験に向けて毎日朝から晩まで休んでいる暇がないように見えるほ ど勉強に励んでいた。 そんな A の姿から感じ取っていた僕の思いを, このカードが代弁しているかのように僕に は感じられた。 僕のこの気持ちは語り合いの時にも表れており, 僕は, 身を乗り出すような雰囲気でこの発見を A に伝えたくて, 「貧しい場所なの!?」 と声を大きくしている。 また解釈の時に生じた 「A さんの休む場所はあるの か」, 「不安を感じる」 という僕の思いを, A の前で素直に言葉にしていた。
A はこのカードの一般的特性を理解した上で, だからこそ干し草をベッド代わりに眠るのを一日の休息と捉え る自身の反応が特徴的であることに納得がいったようだった。 A は, 「なるほど」 という, 動作こそしなかったが, 心の中でポンと手を打っているかのように僕には感じられた。 そして, ここでは, 僕がこのカードの解釈時に感じ た 「目から鱗が落ちたような感じ」 が, A にそのまま伝わったように感じられた。
それ以降 A は, 自分自身を省みて思い当たることを次々に語っていった。 「昼休み休憩」 という言葉は, A 自身 が僕の説明を聞いた上で自分の中で納得しながら発した言葉である。 この時, 僕には, A の中で, 僕から伝えら れた情報がきれいに整理されているように感じられた。 この 「昼休み休憩」 というテーマについて A の中で内省 が進み, 普段の A の生活にまで話は及んでいった。 「正直, 今でも自分の家, 全然居心地悪いもんで。 寝てる感じ しないよ」 という彼の言葉には, 僕が感じ取っていた問題を超えて, A 自身が自分の問題の核心に触れているよ うな感じがした。 この A の語りから, 「休めていない」 という TAT 反応から読み取れる A の特徴が, 受験シーズ ンという時期限定のものではなく, 彼の中で深く根付いている特徴だとわかり, それを聞いた時の僕は衝撃が全身 をかけめぐったように感じていた。
2−6. エピソード 6:「何もない時の方が怖い」
《背景》
カード 14 では, A はここから飛び降りると語ったが, 2 階から飛び降りるという設定から, 希死念慮への心配 はないと思われた。 それより, 登場人物が希望が見いだせないでいるとしていることや, 飛び降りても事態がまる で進展しないという結末に彼の特徴が表れていた。
I:〈受験シーズンの時のも, あるけれど〉
A:「そうだね, 正直, 今でも自分の家全然居心地悪いもんで。 寝てる感じしないよ」
I:〈しない〉
A:「うん, アパートの方はね。 実家とか帰った時とか, その彼女の家とかは, めっちゃ寝れるんだけど。 な んかね, 休んでる気がしないもん, 自分の家は, アパートは。 実家とか違うけど」
I:〈うん。 やっぱりそういうのが, ここであらわれてるんじゃないかなっていうのが〉
A:「あー, それはそうかもしれんね, ちょっと盲点な……ところかも」
I:〈なかなかこれがキーポイントな〉
A:「うーん」
I:〈カードになってて, 驚いて〉
A:「うーん」
《エピソード 6:「何もない時の方が怖い」》
I:〈これは, まあ, 引きこもってた人が, 希望を見いだせない。 飛び降りちゃおうかといって, 飛び降りた。
でも 2 階くらい。 まあ, このカード, いわゆる希死念慮が心配されるんだけれども〉
A:「(笑)」
《メタ観察》
「何もなくてすげえ暇って時の方がすごい不安なの」 という A の言葉には, A が抱えている問題の本質が表れて いると僕は思った。 この時の A は, 本人は自覚していなかったかもしれないが, 「俺ってこんなんだよ!!」 と自分 を前面に出して主張するように, 目を見開いており, まっすぐ僕を見て離さないような気の強さを感じ取っていた。
この時, A は自分の中に抱えている漠然とした不安について話している。 「悩みがないのが悩み」, 「受験の不安 は精神的には不安じゃない」 という A の言葉からは, 普段隠されている A の不安の本質が表れていると僕は感じ 取った。 「スッキリしていることが不安に感じる」 というのは, まるで自分が自由であることを怖がっているかの ようであった。 一人暮らしのアパート生活が A にとって休まる気がしないということも, こうして A の心の奥底 で抱えている不安が反映されているからなのかもしれない。
このように A の不安の本質が僕に語られたのは, カード 9BM の語り合い時に 「休まる居場所」 がないという A の中の重要なテーマが出てきたからであるように思われる。 この時僕は 「A さんの休める場所はあるの?」 と問 いかけたが, この疑問に対して, このカードを通して A から答えをもらったように感じた。
2−7. エピソード 7:「そういう人間になりたくない」
《背景》
カード 17BM では, A は, 男性を石像と認知し, 美術館に展示されていた石像に魂が宿りその場を脱出するが, I:〈はははっ (笑) 2 階っていう, これがね, うーん, とてもまあ。 とても自殺の心配とかはないかなってい
う〉
A:「なるほど」
I:〈……ただやっぱりなんか, 希望が見いだせないっていうのが, ここで強く出てて, なんか先行きの見えな い不安があるの, 強いかなって〉
A:「あー, 受験の時にとったしね」
I:〈ね……で, そういう兆候は, まあ, いくつか見えてて〉
A:「ふーん」
(カード 1, 2, 7BM を取りだす)
I:〈それこそカード 1 とかね, 悩んでるとか。 (7BM を示し) あるいは事件, 事件が進展しなくって, とか。
そういう特徴と繋がると, どこか進展のなさをあらわしてたり, それに対する焦りとかもあるのかなっていう のが 14 からはいえます。 〉
A:「結構ね, 悩みがないっていうのも悩みで」
I:〈うん〉
A:「意外と, スッキリしてることの方が, 不安を感じるんだよね。」
I:〈へえー〉
A:「だから受験とかでさー, 受かる, 受かるかなって勉強してる時は, 受験で不安だけど, 精神的には不安 じゃないんだよね。」
I:〈ふーん〉
A:「逆に, 何もなくてすげえ暇って時の方がすごい不安なの, 俺こんなことしてていいのかみたいな」
I:〈あー〉
A:「そういう漠然とした不安感もあるから」
I:〈うーん〉
A:「だから, 何だろう。 何かがあって, その不安がつくってのは, 嫌だけど嫌じゃないんだよ。」
I:〈はー〉
A:「うん, 逆に何もない時の方が怖いかな」
I:〈なるほどね。 〉
その後自分はどうしていいかわからず, また石像に戻ってしまうという反応をした。 男性を石像と読み取っている ことに一つ特徴があり, また石像が魂を持っても結局自身がどうしていいかわからずに石像に戻るというところに も彼の特徴が表れていた。
《メタ観察》
男性がモノ化しているとする反応は, カード 4 を思い起こさせる。 また, 裸の男性から連想される内容はカード 2 と共通するものがある。 そして, カード 2,4,17BM の 3 カードとも男性らしさが強く描かれているカードである。
少なくとも僕は, カード 4 や 17BM からは男性からの力強さというものを感じ取っている。 しかし, A の物語は 僕が感じ取った力強さを否定している。
A がこのカードで注目したのは, 絵の男性が服を着ていないことであった。 「社会からの逸脱というか, 服着て ないって異常な状態じゃん」 と語った彼の口ぶりは非常に鋭利な感じがし, それがいかにも自明なことであり, 他 人が入り込む余地がないという印象を受けた。 A にとって, 社会性を重んじること, 社会から逸脱しないことは A の価値観や倫理観の根底にあるものなのかもしれない。 A は心の奥底で, 常に自制を働かせ, 社会から逸脱して ないかと自分自身を厳しく監視しているのではないだろうか。 それが男性をモノとしてみたり, 奴隷という社会的 身分の低い人とみたりして, その人物に同一化するのを拒んだのではないかと思う。
しかし, A は自制心が強く働きすぎるあまり, 自分の部屋のような自制を働かす必要のない状況においても,
《エピソード 7:「そういう人間になりたくない」》
I:〈これもね, 石像ってのがね〉
A:「これ, 人には見えないんだよな」
I:〈見えない? おー……なんだろう, いかにもこう, 筋肉もりもりで, この男性らしい生き生きとした〉
A:「なんか逆に造り物のような感じがするんだけど。 しかも服着てないしさ。」
I:〈うん, その服の着てなさに, なんか, あれ, あったよね A さん〉
A:「なんだっけ, 2 番目のカードもそうだったしね」
I:〈社会性かな……なんかそういう, ダイナミックに, じゃないけど防衛的になるのかな〉
A:「あー」
I:〈距離をとっちゃって, モノ化しちゃう〉
A:「なんだろう, たぶんね。 社会からの逸脱というか, 服着てないって異常な状態じゃん」
I:〈ああ〉
A:「そういう状態になりたくない」
I:〈あー〉
A:「だから, そんな異常なものは, その, 何だろう。 地位が低いとか, あるいは, 人間, にんげ, 人間じゃ ないとか, そういうものに変換したくなるかもしれないね。」
I:〈社会性を重んじる?〉
A:「……そうだね」
I:〈うん……で, この。 まあ, このいわゆる, 人間じゃないっていうのが一つの特徴なのと, あと, 自分はいっ たい何なんだ!? みたいな。 いざ, この人間になって, 自由になっているのを, それに対して漠然とした不 安があるよね。〉
A:「あー」
I:〈で, 結局この人は, 自由を放棄して石像という, 身動きできない, 動けないモノに戻っちゃう。 で, これ, やっぱりまた, その A さんらしさが, 一つ出てるのかなって。〉
A:「なるほど」
I & A:〈「…………」〉
A:「………次いく?」
I:〈いくか〉