[研究ノート]
福岡大学における中国語教育の現状と 今後の教育構想について
甲 斐 勝 二*
初 め に
筆者が所属する福岡大学における中国語教育は各学部の学生に対する全学的 共通教育科目第二外国語と、人文学部東アジア地域言語学科中国学コースの学 生に対する専門科目の2系列の授業を考えることができる。東アジア地域言語 学科のカリキュラムの中で語学教育的な科目を踏まえて、これを表にすれば以 下のようになる。
(表①)
学部・学科 1年次 2年次 3年次 4年次
法・経済 商・理・・
工・薬・医・
人文学部 他学科
(1クラス 50名上限)
中国語ⅠA 通年2単位 60学校時
(含試験)
中国語ⅠB 同上
合計120学校時
中国語ⅡA 通年2単位 60学校時
(含試験)
中国語ⅡB 同上 但しⅡの受講者 は少ない 合計120学校時
(累計240学校時)
人文学部
*福岡大学人文学部教授
(*は選択科目)
この表から、福岡大学の中国語教育は専門学科と、共通教育では、時間的にも 発展的にも大きく異なる事が分かるだろう。従ってその二つの領域では教育方 針及び教育内容の階梯も自ずから異なってこざるを得ない。けれども、共通教 育の部分は中国コースの専門課程でも基礎教育として組み入れているので、こ の部分が充実しないことには、専門教育もおぼつかない。つまり、共通教育で は1年次に中国語ⅠA・Bがそれぞれ独立して教えられ、各2単位、計4単位、
2年次には中国語ⅡA・Bがそれぞれ独立して教えられ、各2単位、計4単位、
1年次と2年次で計8単位が準備されているのだが、東アジア地域言語学科の 中国学コースはその共通教育の中国語を受講せねばならず、その基礎の上に専 門科目として各種の中国語科目が加えられているのである。
東アジア地 域言語学科 中国コース
(1クラス 30名前後*)
*但し3年 4年の講読 系は45~60 名)
中国語入門A 前期2単位
60学校時
(含試験)
中国語入門B 同上
合計240学校時
(含む共通教育)
中国学文献講読
ⅠAB
半年2単位×
前・後 60学校時
(含試験)
コミュニケーショ ン中国語ⅠAB
半年1単位×
前・後 60学校時
(含試験)
中国語表現法A B
半年2単位×
前・後 60学校時
(含試験)
合計400学校時
(含む共通教育)
累計640学校時
中国学文献講読
ⅡAB 半年2単位×
前・後 60学校時
(含試験)
コミュニケーショ ン中国語ⅡAB
半年1単位×
前・後 60学校時
(含試験)
*中国事情講読 A・B 半年2単位×
前・後 60学校時
(含試験)
*中国言語文化 講読AB
同上 合計240学校時
累計880学校時
コミュニケーショ ン中国語ⅡAB
半年1単位×
前・後 60学校時
(含試験)
*中国事情講読 C・D 半年2単位×
前・後 60学校時
(含試験)
*中国言語文化 講読C・D
同上 合計180学校時
累計1060学校時
この2系列の教育を実際に管理運営するのは東アジア地域言語学科所属の中 国学コースの教員なのだが、定員枠は専門課程のみで、共通教育担当の定員枠 はない。例えば本学で同様に共通教育と学部教育を担当する人文学部の英語学 科やドイツ語学科・フランス語学科でも、専門教育と共通教育の両方を管理し、
担当するが、それぞれ専門課程の教員枠の他に複数の共通教育担当定員枠が付 属しており、共通教育語学の管理運営の仕事をすべき人員は一定数が確保され ている。よって、英語・ドイツ語・フランス語の共通教育では、きちんとした 水準の授業が行われ、教材も教育方法も吟味され、対外的にも十分その授業レ ベルを公開でき、胸を張って誇りうる内容になっていると予想される。
一方、中国語の場合教員は所属する東アジア地域言語学科所属の専門枠しか いない。そのため専門課程の教育で手一杯となり、共通教育の管理担当といっ ても実のところは、非常勤教員の確保と受講学生からのクレーム処理、年度初 めの時間割や教科書情報の連絡などが精一杯というところだ。この問題は朝鮮 語でも同じ情況である。近年大学への期待として教育面での関心が高まってお り、教員は与えられた授業のみしていればすむというわけにはいかず、そこで 学びうる授業内容の公開や内容の説明への要求も始まっている。かかる情況で、
教育内容は非常勤でやりくりする各担当教員任せというのが本学の中国語教育 の実情では、ちっとも胸が張れない。
しかしながら、下を向いてばかりもいられない。なぜならば、我々以外には 本学の共通教育の中国語にきちんとした体系を立て、その水準を確保する人材 はいないからである。また、人文学部に東アジア地域言語学科を設置する時、
それまで属していた共通教育中国語の担当者から専門への所属換えがおこなわ れたおりにも、共通教育の人材不足を心配された方々に、専門に所属換えされ ても「共通教育の中国語教育にも責任を持つ」と返答した記憶がある。当時は 学科運営がこれほど大変なものとは思わなかったので、その発言のあと「そん ことは言わない方がよい」と忠告をいただいたとおり、楽観的な約束をしたも
のだと今ではしきりに反省しているけれども*1、あの折りにはそう言う以外、
この福岡大学人文学部に中国語や朝鮮語を専門に学ぶ学科を創設することはで きなかっただろう。
近年ではなんとか学科運営も軌道に乗り、設置のための行政的努力からその 教育内容へ目を向けることもできるようになった。大学に申請した企画が研究 推進部の認可を受け、中国の華東師範大学の先生にも参加を依頼して授業実験 を試みる中国語教育研究班というチームを二年間の期限つきで作る事もできた。
このチームは中国語教育についての研究を目的とする。自ずと改善すべき実例 として本学科の中国語教育および共通教育の中国語教育をありさまを見直すよ うになった。
ここでは本大学全体に関わる共通教育の中国語教育について主として論じて みようと思う。福岡大学の共通教育の中国語教育を管理する立場にある者とし て、今考えるべき大きな問題を取り上げ、今後本学で考えられる中国語教育の あり方を考えたい。もう一方の専門課程の教育については別の機会に論じよ う。
一 福岡大学における共通教育中国語の情況について
共通教育中国語Ⅰ・Ⅱの受講情況は次の表の通りである。中国語は一クラス 50 名として定員制限がしかれている。2002 年度に極端な増加が見られるが、
これは定員制限が偶然はずれてしまい、受講者が集中したためである。その後
*1:もし簡単なものならば、受講生ではそれほど差がないか中国語より受講生の少ない他 の外国語でも、わざわざ共通教育の教員定員を配置するなど不要のはずだ。もし、中国語 や朝鮮語だけにそれを求めるのであれば、それは学内の教員の仕事や義務の平等化をめざ すべき指導力の不足を表明するのではないか。また、当時大学の当局も教員不足は認識し ていて、「非常勤はいくらでも採用して良い」と発言していたことも思い出されるが、実 際にはそうなっていない。
は定員制限が復活したのでほぼ元に戻っている。
専任の教員枠はなく、外国語講師が2名所属するが、この外国語講師は共通 教育の授業のみ担当でき教授会や教務上の関係委員会に参加する責任はなく、
共通教育の行政に直接携わることはない。以前は、2名の専任教員の定員枠が あったのだが、東アジア地域言語学科の設置時にその教員枠をその学科に移す ことになった。外国語講師枠の2名は、その代わりに認められたものである。
(表②)
(最上段は西暦年度 他の数字は人数を示す。資料は語学教育研究センターの資料による)
受講者数の総計の推移を他の言語と比べてみると次の表のようになる。2002 年度の突起が良く分かる。ⅠA・B、ⅡA・B両方登録する学生が多いので、
受講生の実際はこの半分だ。現在福岡大学で第二外国語を選択する学生数の全 体数が少しずつだが減っている。中国語は、近接する中国との政治関係やマス コミ報道などの影響を受けることがあるけれども、第二外国語としての受講生 は現在でもかなり多い方である。
現在しばしば問題として聞こえてくるのが、学生の評価基準にばらつきが見 られ、その結果ⅡA・Bに進むときに実力がばらばらで上がってくること、ま 年度 2000 年 2001 2002 2003 2004 2005 中国語 中国語ⅠA(1年+2年次以後) 1504 人 1320 1966 1158 1073 1134 中国語ⅠB(1年+2年次以後) 1428 人 1319 1839 1144 1107 1134 中国語ⅡA2年 217 人 30 226 266 198 226 中国語ⅡA3年後 39 人 47 42 34 55 30 中国語ⅡB2年 213 人 28 213 255 190 229 中国語ⅡB2年3年後 31 人 27 35 26 29 43 総計 3432 人 2771 4321 2883 2652 2796
専任教員数 0 0 0 0 0 0
外国語講師 2 人 2 2 2 2 2
た学生側の教員の評価のばらつきへの不満である。現状では、我々が各教員に 大まかな指示を出す程度なので,各教員の選択するテキストも様々、試験内容 も様々という状況になってしまうためである。このような不満を解決するため には、受講生にはそれぞれの段階で一定水準に達する教育とその評価に大きな ぶれのない試験が求められることになる。
(表③)
二 中国語教育の水準について
(1)大学で学ぶ中国語の水準について
まず、始めに一般論として大学で学ぶべき中国語の水準について考えよう。
福岡大学の第二外国語の中国語は、大学の語学学習としてどのような水準をめ ざすべきなのだろうか。
実は、中国語教育に携わるようになり、年度末に来年の新年度用に山のよう に届く見本のテキストには、ほとんどその到達基準が表明されていない。その作 成水準は概ね経験的な水準であるといってよい。それでも、各テキストは教育経 験の豊かな方が作成されるので、概ね妥当な仕上がりになっているものが多いの
だが、本学の共通教育のように1年でⅠAB*1を学び、2年でⅡAB(AとB で教員が異なり教材も異なるようにしてもらう)を学ぶというように、階梯を昇っ て行くことを意識して編集された系列性をもつテキストとなるとぐっと少なくな る。各教員がテキストを自由採択している本学共通教育中国語の問題点として は、1年で各教員が採択するテキストが異なるので、終了時の実力に差が出てし まい、2年に上がってⅡABのクラスを組んだとき、各クラスから集まった学生 の実力がばらばらであるという情況を指摘できる。よって、教科書の統一による 水準の確保が望まれるのだが、それはきちんとした水準を持ち、且つしっかりし た基準に添ったものでなければ、各教員に納得して使ってもらうものにはできな いし、また学生も納得しないだろう。では、その基準をどこに置くべきか。
その基準を調べるためには、本来中国の代表的な新聞や雑誌・語文教科書等 を対象として分析を加え、そこに出てくる語彙や語法・文型などを摘出整理分 類して、頻度順に配列し、その重要度にしたがって語文教科書を作るべきだと 以前は考えていた。よって、教科書の作成を勧められても、その準備が整わね ばとても難しいと断ってきた。このような作業は、オリジナルの辞書の作成に 似て、一人や二人でできる仕事ではない。しかも、実際にその教材を使って授 業を試み、その成果の確認作業によって、ようやく教学の順序も定まるという ものであって、現場での長期にわたる実験も必要だ。英語のように、中学校か ら学ぶ語学となると、日本は固より世界各地で教育研究が行われていて、こう いった作業に加わる人材や実験の場も豊富に準備されている。既に電話を使っ てその人物の英語実力のレベルが判明できるまでになっていると聞くが、いま だ発展途上の外国語では、人材や実験の場も限られる。
個人や少人数グループではこのような基準の確定が難しいとすれば、勢い既成
*1:ⅠAB:本学ではAは会話系、Bは語法系に大枠は分けているが、初級の場合実際は それほど差はない。教員が異なり、試験も単位も別々の科目となるのでその内容に一応の 区別をしたという程度である。
の基準を参考にすることになる。この場合、すぐさま念頭に浮かぶのは、中国語 能力検定やTECCといった検定試験であろう。合格不合格、或いは点数を示す 試験である以上、 当然外語習得のレベルが基準化されているはずだ。 実際、
TECCや中国語能力検定を対象にした大学生向けの中国語教科書も幾種かで ている。送られてくる新刊中国語教科書著者の中には検定協会の協力者として名 を知る方もいるから、その精度はかなり高いのだろうけれども、如何せん何を分かっ ていればどこまでの点が取れるのかという明快な習得レベルが公開されていない。
これは無理からぬ事で、例えば中学校や高校で外国語科目として教員免許を 取ることができる英語の場合はかなり詳細な指導要領があり学習レベルも示さ れても、中国語の場合英語に準ずるということでありながら、そのような公に 認められた指導要領はまだできていないようだ。大学受験につながるセンター 入試でも「中国語」があるので、或いはその制作基準があるはずだが伝わって こない。どうやら各試験のめざす水準というものは、現在の所、実際の試験を 通じてしか示されないらしい。ということは、中国語教育の指導要領として、
公認されたものが未だないといってよいのではないか*1。
一方、近年盛んに留学生を受け入れ外国人の為の漢語教育の需要が急速に高 まった中国では、その教育水準を保つことを目的に、《高等学校外国留学生漢 語教学大綱》*2が作られている。そこで示される学習の水準は、中国語学習の 本場で示される基準であり、それだけに国際的な水準として考えることもでき
*1:案としてはこれまで幾つか提出されている(『中国語の教え方・学び方』輿水優 日本 文理学部叢書 2005-11 第7章参照)。
*2:北京語言文化大学出版社刊、国家対外漢語教学領導小組辨公室編 2002 年刊 なお、この書籍は『中国語の教え方・学び方』(輿水優)の中でも指導要領の位置づけ が与えられ、教学の指標となりうることが示されている。
2006 年福岡大学でおこなわれた日本中国語学会九州支部大会では記念講演者の輿水優氏 より、この《高等学校外国留学生漢語教学大綱》は中国語教育の指導要領と見なしうるも のであるとともに、日本中国語教育学会でもこのような指針を現在準備中と聞いた。中国 語教育学会の指針は一般に公開されるという話なので、今後は、そこで示される指針が学 校教育における中国語教育の大きな参考となり、教科書も編纂されることになるだろう。
るだろう*1。
(2)《高等学校外国留学生漢語教学大綱》について
この大綱は半年以上中国にて中国語(漢語)学習を志す外国人向けに考えら れたもので、初等・中等・高等の各段階(初級・中級は内部を4級に分かち、
高級は2級に分かつ)に分かれ、学ぶ単語や語法項目が決められている。HSK
(漢語水平等級標準考査)と直接の関係はないとはいえ、大綱の制作において は、HSKを重要な参考としてあげているし、また初級が終わればHSKの3~
5級程度の力が、中級が終わればHSK6~8級程度、高級が終わればHSK9
~10級程度が見込まれるという。このうち、本学の中国語教育を考えるにおい て参考になると思われる初級の部分を以下に挙げ、その後にそれぞれ級の教学 内容についての解説を挙げる。
(表④)
*なお、1学期は 20週なので、1~4級まで順調に進めば1年で終了することになる。
級 学時(週数) 語音 語法 単語 漢字 表現法
1級
200学時
(10週)
普通話基本 声母韻母声 調の学習
初等段階 40項目
初等段階 500語
初等段階 1414字
初等・中等
・高等 併せて 110項目 2級 200学時
(10週) 同上 初等段階 60項目
初等段階 562語 3級 200学時
(10週)
音の矯正 語調・口調
初等段階 40項目
初等段階 650語
4級
200学時
(10週) 同上
初等段階 45項目
初等段階 700~
750語
*1:語学力についての測定方法には各種あるとは思うが、経験的にはそれは完全に測りう るものには思われない。測りうるものだとしても、それぞれ一長一短があり、通訳向けの 語学力・研究向けの語学力等さまざまな要素があるので、ここではあくまで基本的な面の 基準として取り上げる。
初等段階
1級:中国語普通話の基本的声母・韻母・声調・軽声・儿化及び主要な変調を学ぶ。
500 語前後の初等段階の単語及びそれに対応する漢字を学び、その中で最もよく使 う文字・単語を重点的に学び、40 項目の初等段階の語法項目を学ぶ。語法と語彙の 学習と同時に最も基本的な聴・話・読・書の訓練を行う。聴力の訓練では単語・節・
文の聞き取りに重点を置き、口語ではきちんとした文になること及び簡単なコミュ ニケーションに重点を於き、講読では簡単で短い対話及び 100 字以下の短い文章に 重点を置く。「書く」面では基本漢字の書写訓練及び文を聞いて書き取ることを主 な内容とする。
2級:普通話の基本的声母・韻母・声調・軽声・儿化及び主要な変調を復習する。既 に学んだ語彙の基礎の上に、560 前後の初等段階の単語、及びそれに相応する漢字 を学び最常用の文字、単語を基本的にマスターする。60 の初等語法項目を学び、こ の段階で初等語法項目の最も基本的な形式を学び終える。この段階での聞き取り力 の訓練では、短い対話に重点を置き、口語の訓練では問答形式のコミュニケーショ ンを主とする。200 字以下の単文を講読し、文を重ねて段落にまでにする作文の練 習も始める。
3級:発音では学生の発音矯正のほか、文のストレス、ポーズ及び文の調子の変化の 訓練も始める。初等の1~2級の基礎の上に 650 字ばかりの初等段階の単語及びそ れに相応する漢字を学び、第二段階の初等の語法 40 項目を学ぶ。聞き取り力では、
対話及び 200 字以下の単文を含み、口語では会話訓練の基礎の上に単文を積み重ね て段落にする練習を始める。講読では 200 字~400 字の文章を読み、5%以下の知 らない単語を含む単文の大意が理解できるようにする。メモ書き程度 200 字以下の 実用文を書く練習をする。
4級:発音では学生の発音矯正のほか、文のストレス、ポーズ及び文の調子の変化の 訓練を継続する。初等1~3級の基礎の上に 700 余りの初等段階の単語を学習し、
最終的には 2411 字の初等段階の単語を学び終え、それに対応する漢字を学ぶ。45 項目の初等段階の語法項目を学び、この段階では初等段階の全ての語法項目を学び 終えて、学習者が漢語の基本語法の仕組みを初歩的に理解できるようにする。聞き 取りの訓練では具体的な場面の会話及び 400 字以下の単文を聞く練習をし、口語訓 練では会話を主とし、短い段落の練習を適切に行い、発話のスピードも適切に速め、
滑らかさを高める。400 字~600 字の文章を講読し、5%前後の知らない単語のあ る文章の大意が理解できるようにする。作文では手紙程度の実用文及び簡単な記述
文を書く練習をする。 (以上、《大綱》より)
(3)初等段階1級~4級を共通教育中国語Ⅰ・Ⅱとの関係づけるべき事につ いて
わが福岡大学で共通教育の第二外語として中国語を学ぼうとする学生と、中 国で半年以上中国語を学ぼうとする学生との学習時間を比較すれば、その生活 環境を除いても、圧倒的に中国で学ぶほうが有利である。なぜならば、本学で は一年2期、各学期は一コマ2学時(45 分×2)でA・Bの2種の授業が 15 週で当てられており、その結果一年では、2学時×2×15×2で、120 学時と なるが(表①参照)、中国で語学留学をすれば、4学時×5日×10 週×4(1 学期は 20 週、よって一年では 40 週となる)で 800 学時となって、本学の授業 時間にくらべて7倍近くの量があるからである*1。
もちろん、中国での学習は漢語ばかりの学習といって良いから、本学の学生 のように共通教育の他の科目や専門科目を平行して履修している学生にそのま ま当てはめるわけにはいかない。しかしながら、到達水準については参考にで きると考えている。有り体にいえば、共通教育の中国語がある程度の水準にま で学生の力を引き上げるとすれば、少なくとも中国で「初級」といわれる段階 程度に目標を於かねばならないと考える。なぜならば、中国語をさらに学び続 けようとするならば、いずれは留学生同様に中国語で書かれた一般的な文章を その対象にせざるを得ないからである。また、そうでなければ、共通教育の目 標であるべき基礎的な文献を読む力の習得まではたどり着いたことを示すもの
*1:この数字はあくまで理想の数字の比較である。本学の場合、最低 14 週の授業時間の確 保がめざされているが、その他に休講もあり、13 週~12 週程度が実際可能な授業だ。こ のような情況は中国でも同様だろうと思う。
にはならないだろうと考えるからである。
筆者が中国語の勉強を始めた 30 年前は、ろくな教科書もなかった。とりわ け多くの大学では第一外語が英語、第二外語にはドイツ語かフランス語程度し かなかった当時の状況で、教養部をおえれば中国文学専攻に進学する事の決まって いた私たちに、専門の先生が不憫に思われて与えられたのは、《ELEMENTARY CHINESE》とその録音テープ及び《CHINESE READER》(共に商務印書館)
だった。語学は自分で身につけるものだと諭されてとにかくそれらを終わらせ たけれども、専門に進んで何とか魯迅や語学論文の講読についていく基礎的な 力はそれによってつけられたと思う。これら《ELEMENTARY CHINESE》
及び《CHINESE READER》は、共に当時の中国留学生の初学用漢語学習テ キストで、その後日本でも翻訳本があるのを知った。実際に授業で使った経験 もあるが、そのまま使っていると、授業の進め方に苦労した。その内容量が授 業の回数とうまく合致させられないからである。やがて、中国語の教科書は需 要に伴い次第に増え始め、かつ華々しくなり、種類も多く内容も広がって、つ いでに値段も高くなり、初級・中級の名も付けられてきたのだが、「一体これ を学んだ後どうなるのだろうか」、「どのような所まで進めば初級で中級なのか」、 といった疑問が湧くテキストも多く出回っているように見える。ちなみに 20 年前に刊行された中国語の教科書と近年刊行された多くの中国語教科書を比べ てみればよい。単語数や文章の長さなど、ずいぶんな違いがあるのがわかる。
これでは大学の第二外国語教育を危機に陥れかねない。大学の外語教育であ れば、少なくともそこから雑誌・新聞といった一般的な文章に進み、さらによ り高度の作品なり論文なりへと進みうる基礎的な力を身につけられねばならな いはずだ。それができない外語教育を続けるようでは、その不要論が出ても、
また英語一本化の議論が出ても、「異文化理解のためには、やらないよりまし だ」程度の反論しかできないよう思われる。もちろん、「教科書はあくまで授 業での共通テキストであって別の時間を設けて勉強する契機になればよい」と
いう昔ながらの議論もあるだろう。それならば、その時間外の学習を学生自身 で可能にする準備を考える必要がある。とりわけ、一クラス数十名を担当する 私学の教員には、いちいち個別指導をしていたのでは身が持たないという現実 があるからだ。
ただし、先に時間数を比較したように、中国での初級の学習時間と本学の学 習時間との間には決定的な差がある。この物理的な時間量の差にどう対応する か、それが我々の前に解決すべき問題として立ちはだかってくる。
三 本学中国語Ⅰ・Ⅱを《漢語教学大綱》の「初級」水準に 到達させるために
(1)時間の割り当てについて
まず《漢語教学大綱》に言う「初級」の1級から4級までを、本学の共通 教育の学習期間のⅠABⅡABの2年間の教育の各学期に割り当てると以下の 表⑤のようになる。
(表⑤)
ここでⅠA、ⅡAを前期に、ⅠBⅡBを後期にまとめて置くという表⑥のよう な方法も可能だが、週二日同じ教員が担当できるようにしないと、引き継ぎと いう問題が生まれる。非常勤を中心とする本学の情況では、週二日同じ教員に 同じクラスを割り当てるのは教室使用上および各学部の指定時間もあるのでか なり難しいし、引き継ぎもなかなか難しいので、次のような表⑥の方法は現在 専任の担当できる時間に実験的にできるに過ぎない。
1年前期 1年後期 2年前期 2年後期
初級 1級(200 学時) 2級(200 学時) 3級(200 学時) 4級(200 学時)
本学の 中国語教育
ⅠA(30 学時)
ⅠB(30 学時)
ⅠA(30 学時)
ⅠB(30 学時)
ⅡA(30 学時)
ⅡB(30 学時)
ⅡA(30 学時)
ⅡB(30 学時)
(表⑥)
そこで、1年次において、1級2級をあわせ、2年次に3級4級をあわせた下 の表⑦のような構成が考えられることになる。《漢語教学大綱》においても、
クラス分けの指標として1級2級の合併クラス、3級4級の合併クラスも示さ れているから、無理な計画ではないだろう。この場合、1年次に2級までの実 力をつけ、2年次に4級までの実力をつければよいということになる。
(表⑦ 参考初級時に学ぶべき語法事項と単語数)
次に問題になるのが、A・Bが別の科目として異なる教員で教えるというのが 通常であるということ、そして不足する時間数をどうするか、という問題であ る。
(2)達成目標に従った二種の教材の作成の必要性
先ず異なる教員に異なる科目として教えられ、しかもそれぞれある程度の水 準に至るようにするためには、同様の教学方針に従いながら、A・Bに対応す る二種の教科書及び教材が必要である。次にそのテキストは、共に各級で学ぶ 語法項目及び単語項目をふまえたものであることが望ましい。なぜならば、本 学の共通教育では、AかBか片一方だけの履修も可能だからである。これを表
1年前期 1年後期 2年前期 2年後期
初級 1級(200 学時) 2級(200 学時) 3級(200 学時) 4級(200 学時)
本学の
中国語教育 ⅠA(60 学時) ⅠB(60 学時) ⅡA(60 学時) ⅡB(60 学時)
1年前期 1年後期 2年前期 2年後期
初級 1級(200学時) 2級(200学時) 3級(200学時) 4級(200学時)
本学の 中国語教育
ⅠA(60学時)
ⅠB(60学時)
ⅡA(60学時)
ⅡB(60学時)
1級 語法 40項目 単語 500語 2級 語法 60項目 単語 562語
3級 語法 40項目 単語 650語 4級 語法 45項目 単語 700~750 語
にすれば下表⑧のようになる。
(表⑧)
実際には、用いる例文によって避けられない語法を考えれば語法項目はこれに 加えて少し増えるだろうし、内容も都合の良い例文ばかりではないだろうから 実際には単語も増減が見込まれるだろう。すると、1年では各コマで平均5項 目程度の語法事項と 50 語近い新出単語を学ばねばならないことになる。 語法 項目は身近で見る1年で週1コマ用の大学用教科書の語法項目数よりやや多め にみえるし、単語数となるとかなり多くなるので、工夫が必要だろう。
この問題の解決法として、本学の情況から以下の方法を考えている。
Aの授業では主に会話形式の例文を積み重ね、そこで必要な語法形式を学び、
Bの授業では講読形式の例文を積み重ね、そこで必要な語法形式を学ぶ。A・
B各部分ではそれぞれ全ての項目をおさえることが望ましいが、不自然な課文 を無理に作ってしまうわけにはいかないので、8割~9割程度を目標にして、
語法形式はA・Bを共に学べば全て学びうるように整える。こうすればどちら かしか選択しない場合でも、概ねの語法は身につけられる。単語数の問題につ いては、課文や解説文で極力常用単語を使うようにするが、どうしても全て利 用することは難しいので、記憶すべき単語として単語帳にまとめて解説を加え 自学可能にして、別に憶えさせたい。これを表にすると次の表⑨ようになる。
1年(Ⅰ) 2年(Ⅱ)
A 1級 語法 40 項目 単語 500 語 2級 語法 60 項目 単語 562 語
3級 語法 40 項目 単語 650 語 4級 語法 45 項目 単語 700~750 語 B 1級 語法 40 項目 単語 500 語
2級 語法 60 項目 単語 562 語
3級 語法 40 項目 単語 650 語 4級 語法 45 項目 単語 700~750 語 実際の開講可能な 24 コマ(2学時×24
48 学時)とすれば
各コマ平均語法項目 4.17 項目 平均新出単語数 44.3 語
同左
各コマ平均語法項目 3.54 項目 平均新出単語数 58.3 語
(表⑨)
A・BのセットではAを語法としてひたすら 100 項目の解説をし、Bを会話形 式或いは講読形式として実際の運用を通して学ぶ、というケースもあるだろう。
その場合は、ドイツ語やフランス語でやっているようなリーダーとグラマーの 考え方に近くなる。ここで講読と会話の2種に分けたのは、中国語の場合文章 を読むためには会話と別の練習が必要に思われるから、また、共通教育では語 法ばかりを教えて、学生達に面白い授業にするのは難しいからである。
以上のような方針で教材を編集作成するならば、説明としての知識なら現在 の時間数の中で学生に伝えることができる。実際にいま出回っている初級用の テキストでも、上の語法項目は概ねおさえているので、教科書の分量も現行の ものとそれほど大きく違うものにならないですむはずだ。単語帳の作成では、
その語の意味だけではなく、ある程度語法も反映されて編集するべきで、その ためには一定の語法体系を前提に編集する工夫が必要だが、一度できあがれば 修正を加えて行けばよく、継続はさほど面倒ではない。
但し、それだけではやはり不十分だ。なぜならば、先に挙げた表⑤から分か るように、《漢語教学大綱》では初級1級2級の学習にかける時間は 400 学時、
それに対応する本学の中国語ⅠABの時間は二つあわせて 120 学時に過ぎない。
初級3級4級と中国語ⅡABとの関係も同様である。先に挙げたように、現行 の 120 学時で行われる授業用の教科書でも、初級項目はほとんどおさえている のに、その差になぜ 280 学時もあるのかということを考慮せねばならないから だ。つまり、もし、従来使用されてきた教科書で初級語法項目の概ねが学ばれ
1年次 2年次
A(会話)語法 80~100 項目 単語 300~500 B(講読)語法 80~100 項目
単語 300~500
単語帳 総単語 1062
計 語法項目 100 項目
A(会話)語法 70~80 項目
単語 500~700 B(講読)語法 70~80 項目
単語 500~700
単語帳 総単語 1400
計 語法項目 85 項目
ているならば、それで学んだ学生は、長期留学で 400 時間学んだ学生と同様の 実力を持つことになってしまう。では、なぜこれに加えて 280 学時が必要なの か。
これはつまり、そのようにして学んだ知識を学生に消化させ、学生に使える ものとして定着させるためには、さらに 280 学時が必要だと言うことなのだと 私は理解する。もちろん授業に使わない単語は単語帳で別に学ぶ時間が必要だ から、その分が加わるのも当然だが、さらに例文の暗唱であるとか、句型理解 のための取り替え練習といった形を覚え込む練習、また文脈や場面を想定した 発話練習など、理解のための時間とは別に習得のためのトレーニング時間が 280 時間なのだと考える。
この推測が正しいとすれば、本学で初級段階まで学生の中国語力を向上させ るためには、授業時間 120 学時にあわせた教科書を編集するだけでなく、それ を習得する為に2倍以上の時間を指導に費やさねばならない。従来の大学教育 では、この部分は学生の自助努力に任せるということにしていた。講義1時間 に対する前後1時間の予習復習分がそれである。確かに、真面目な学生はそう やって自助努力で向上を続けてきた。
しかしながら、教室にいるのは真面目で根気のある学生ばかりというわけで もない。大学が教育機関でもあるならば、また入学する学生が教育される事を 望む情況をふまえれば、真面目でもあり、そうでもない中間部分の学生がすこ しでも自学しやすいようにすべきことが大切だと近年考えるようになった。そ のためには補習してやればよいのだが、大学は研究機関でもあり、機関である 以上そこには研究はもとより運営のための仕事もあるわけで、教育の領域にば かりには時間が取れない。専門課程であれば上級の学生に指導を依頼すること もできようが、共通教育の場合、先輩後輩関係があるわけではないので当てに はできない。
そこで目をつけるのがウェブサイトを利用した個人で復習し学習を定着させ
る教材の作成である。
(3)ウェブサイトを利用した授業復習学力定着教材の作成について
高速インターネットの普及によって、ウェブサイトに掲げた教材が利用でき るようになった。既にネット上では幾つかの無料教材が掲げられている。たと え自宅ではインターネット接続に問題があるとしても、大学内のパソコン教室 を利用することにより、学生にとっての最低限の復習の環境は整いつつあると いえるだろう*1。
インターネットを利用する教材を作成し、それぞれの学習のまとめと復習を セットにした問題やトレーニングを授業に対応させれば、学生の復習の時間も 増え、ほぼ《教学大綱》の初級レベルに到達する時間が確保されるのではない だろうか。もちろん教材で不明な場所は授業時間に教員に尋ねればよい。例え ば、1コマ2学時の授業に4学時の復習教材をつければ以下の表⑩のようにな る。
(表⑩)
1年次 2年次
中国語ⅠA(授業) 三十課 60 学時 中国語ⅡA(授業) 三十課 60 学時 ウェブ教材(自習) 三十課 120 学時 ウェブ教材(自習) 三十課 120 学時 中国語ⅠB(授業) 三十課 60 学時 中国語ⅡB(授業) 三十課 60 学時 ウェブ教材(自習) 三十課 120 学時 ウェブ教材(自習) 三十課 120 学時
計 360 学時 計 360 学時
*1:昨年度本学の一年生学生の一部にアンケート調査をおこなったところでは、自宅で自 由に利用できるインターネット環境は、まだそれほど整ってはいない。しかし現在 の本学 のパソコン教室の情況からすれば、使用時間も 9 : 00~22 : 00 まで利用でき、また日祝日 も利用可能だから、必要な学生は空いた時間にほぼ使える情況にあると思う。インターネッ ト教材のより一般的な利用を考えれば、携帯電話を利用して使える教材作成も考えられて 良いと思うが、それが学生の学習形態にとって好ましい事かどうか、別に議論する必要が あるだろう。
経験上、実際の授業で 60 学時すべて行う事ができないことは承知だが、し かし、教科書さえしっかり作成してやれば、各部分に対応する自習教材は準備 できる。授業が多少慌ただしく終わっても、自習教材を丁寧に準備することで、
学生の理解を補うことができる。これだけの準備をすれば、《教学大綱》に示 される初級のレベルに実力をかなり近づける事ができるのではあるまいか。週 に2コマ分授業を受け、4コマ分の自学学習をする、他の授業もあるから大変 だとは思うが、教材は休日や夏期休暇及び春期休暇にまとめて学ぶこともでき るので、やる気のある学生はかなり実力をつけられるだろう。
問題は、このような教育プログラムに添った授業用テキスト及びそのテキス トに添ったトレーニング用のウェブ教材の具体的な作成をどうするかという事 になる。
四 授業用テキスト及びウェブ教材*1の作成について
授業で用いるテキスト及びそれに対応するウェブ教材については、オリジナ ルに作成する方法と、已に使われている教材を利用するという両極が考えられ る。
(1)オリジナル教材の作成について
オリジナル教材の作成は、上に挙げた《教学大綱》で扱われる各段階の学習内 容をふまえたものとならねばならない。福岡大学の場合、ⅠA・B及びⅡA・B が独立した授業構成(各科目での試験と単位認定)となっているので、ⅠA・
Bでは、それぞれの科目が共にガイダンス及び試験を入れて 60 学時で終了すると 共に、表⑥に挙げたように1級・2級の 100 の語法項目を網羅し、それが1コマ
*1:ウェブ教材:実は各種各様のものが考えられるので、具体的には教科書が決まらねば どういうものができるか示し得ない。ここではインターネットのホームページを通じ学習 管理システムのもとに学習を進めて行く形態に必要な教材を考えている。
(90分:2学時)4~5項目程度出現するように構成することが望ましい。
もちろんA・Bを同じ内容にするのでは、繰り返しになるから、内容や文体 を異にするものを造る必要がある。例えばAが会話体ならば、Bは文章体のも のにする事が考えられる。文体を分けることによって、使われる単語も変わっ て来るであろうから、A・B共に学ぶ学生は2科目の受講で単語を増やす事が できる。例文に用いる題材も、身近な話題・地名また単語を使って作成すれば、
学生にとっては「今日学んで今日使える」という効果もあり、「やる気」を高 める効果があるだろう。一方、余りに現在性を重視すれば、その使用年限も限 られ、書き直しに近い改版が頻繁におこなわれるようになる。こうなると負担 も増えて大変だ。その間の兼ね合いも考えねばならない。
このような方法を取るとき、その例文の作成や語法項目の解説順などは、や はりオリジナルに進めて行く必要がある。個人で使う「自家用教科書」を作成 するならば、それも難しいことではないだろうが、もし、大学としての共通教 材を作成しようとするのであれば、その教科書を使うのは作成者や専任教師ば かりではなく、多数の非常勤の先生方にも納得がいくものであるとともに、部 外者からの検討に堪えるものである必要がある。語法項目の検討・例文の作成 や検討、語法解説の検討など、かなりの時間と人材が必要だ。また試用実験を 通した検討も必要である。
教材の作成と共に、各段階に対応する自学用のウェブ教材の内容の検討も進 める必要がある。ウェブ教材では、会話対応を機械におこなわせるのは現在の 処まだ困難なので*1、聞き取りや読解の練習が中心となる。録音や録画を利用 しながら、各種の問題を出し、その解説も付けて、学生の理解した内容の定着
*1:ある程度進んだ自由会話の練習であれば、インターネットを利用する無料の通信ソフ トの充実で、中国の学生に協力してもらうような自習も可能かも知れない。その場合、協 定校や協力校に協力を依頼し、それぞれの学生やグループに対応する向こう側の学生及び グループを決め、時間を決めておこなうことになる。
を量るものとする。現在技術の向上によりかなりのことができるようになった ので、ある程度満足のいく教材の作成は可能だろう。
しかしながら、そのような技術を利用した所謂IT授業の学習効果について はまだまだ実験段階にあるし、制作費や資材導入のための予算もまた簡単に都 合のつくものではない。実際に学習効果のある教材や問題はどのようなものな のか、それを如何にして経済的に仕上げるかは、やはり試行を繰り返しながら 進めねばならない*1。
以上のようなことを考えれば、以下の表⑪のように教材作成グループを組み 最低3年~4年をかけて仕上げて行くのが妥当ということになる。福岡大学の 場合、共通教育中国語の専任枠はなく、人材も限られるので、とても現実的に は思われないが他大学の有志、或いは中国語学会の九州支部などに声をかけ、
協力を願う事で可能かも知れない。
(表⑪)
(2)他の教材を利用する場合
一般の中国語テキストでウェブ教材と連動し、先に挙げた《教学大綱》にそ い2年までに4級まで到達させようというものは、まだ見たことがない。そこ で、ここでは中国の長期留学生用のテキスト、特に福岡大学の協定校でもあり 交換留学生の派遣校でもある華東師範大学対外漢語学院で使われるテキスト
『漢語四十課』(上下)の利用を考えてみる。
近年編集される中国の長期留学生用のテキストは《教学大綱》にそって作ら
一年目 二年目 三年目 四年目 五年目
テキスト 語法項目の順番
例文の作成 試用本の作成 試用本の試用 試用本の完成 使用開始 ウェブ教材 試用本教材作成 試用開始 試用版修正 使用開始
*1:本学ではウェブ教材で「ハングルマダン」というビデオや音声入りの朝鮮語の総合学 習教材を作成したことがあるが、そのときの総額は五百万円近くかかった。
れており、この『漢語四十課』もその旨が前言に記されている。このテキスト は、録音テープもあり、また対応するウェブ教材も整えられていて、初学の留 学生が上海に来て、一年間学んで四級にレベルに到達するべく編纂されている。
この四十課の上下を本学の一年生科目中国語Ⅰと2年生科目中国語Ⅱに対応 させる。それぞれ二十課とすれば、本学の場合ⅠA・ⅠB・ⅡA・ⅡBそれぞ れ一年間で 26~28 コマは確保されるから、初めは発音で時間が取られるとし ても、一コマで一課程度の語法項目を含んだ授業が可能であろう。もし、Aを 会話文を中心に、Bを講読を中心に、と方針を決めるとすれば、ⅠAの教科書 として、『漢語四十課』(上)を会話文中心に編集し直し一つのテキストとする。
その一方ⅠBのテキストとして同じ『漢語四十課』(上)を講読或いは語法解 説中心に編集し直し、別の一つのテキストを作る。 二年時のⅡA・BもⅠA・
Bに倣って『漢語四十課』(下)を編集する。このようにすることによって、
同じ語法項目をふまえながら、異なった視点のテキストが編まれ、且つ内容的 には長期留学生の学ぶものと同じ処まで勉強できることになる。水準としては 十分であろう。編集の仕方が難しいだろうけれども、オリジナルのテキストを 作るのに比べれば、試用本作成の時間は短くてすむだろうが、それでも試用本 を作りながら試行錯誤で進める必要があるだろう。
もちろん、このような教材の編集には版権を持つ華東師範大学の許可が必要 だ。華東師範大学は本学の協定校でもあり、本学からの交渉は可能だろう。本 学から華東師範大学に漢語学習を主として留学する学生は、3年生を中心に毎 年 10 名近くはおり、彼らは上海で一年間『漢語四十課』(上下)をテキストと して学び、帰国時にはHSKの6級前後をとってくる。1年2年のうちにこの
『漢語四十課』の内容を終わらせて置けば、向こうでの学習進度のスピードも 違ってくるのではないだろうか。
これに対応するウェブ教材だが、現在華東師範のウェブサイトには日本から も十分アクセスできるので、華東師範大学から許可を得て学生のアクセスを可
能にするか、または本学にサテライトを持ってきて、本学の学生ならば自習時 間に自由にアクセスできるようにすることが考えられる。その他にこちらでも 本学学生の学習理解に必要な教材を作成して学生の自習に役立てる必要はある だろう。これを表にすれば、以下の⑫のようになる。改編にどれくらいの時間 をかけるか、試用の時間をどれくらい取るかが問題だが、早ければ一年で済む だろうし、問題があれば二年はかかる。これもまた人材と能力次第というとこ ろで、福岡大学の現在の情況では学外に協力者を募ることも考えねばならない。
(表⑫)
このようにして教科書やウェブ教材が整えば、学生の到達水準も概ね一定化 され、上級に進むおりに上級の教師も安心して教えることができる。作成者や 他の条件が整えば統一試験も可能になる。「あの先生は出席してもなかなか単 位がもらえない」とか「あの先生は楽勝だ」といった学生の教員への評価のば らつきも減るだろう*1。福岡大学のⅠABやⅡABで試験に合格していれば、
~程度の実力は持つという社会的な評価に結びつけば理想的だ。しかしそこま でやるとすれば検定の傾向も高まってしまうので、従来の大学の語学教育とい うより、一般にも公開可能な語学学校或いはエクステンションセンターの語学 教育に近くなってくる。
一年目 二年目 三年目 四年目
テキスト 作成
『漢語四十課』
の改編と試用本の作成 試用本試用 試用本試用 使用開始 ウェブ教材 試用本教材利用 補填教材作成 補填教材作
*1:そのかわり、試験の結果に反映される教員の教え方が問われることが起こる。教員側 の管理の問題は別に考える必要があるだろう。教員教育も考えねばならない。かかる基準 を設ければ、その基準は諸刃の剣となるので、運用については十分考慮すべきだし、従来 の本学のような教員や教育組織ではそのような考慮は恐らく不可能だ。本学の場合は、語 学教育の組織自体の改編が求められる。
結 び
上記の可能性をふまえて、現在筆者が考えているのは、まず協定校の華東師 範大学と協力し、『漢語四十課』の改編テキストの作成とその試用を始めて、
共通教育の中国語ⅠAB、ⅡABに共通テキストを作り、教授内容の水準の一 定化を図ること、またそれに対応するウェブ教材の充実をはかることである。
もちろん、それだけでは華東師範大に寄りかかりすぎなので、その一方で独自 の教科書を時間をかけ、オリジナルの福大標準テキストを作成すべきだと考え る。オリジナルなテキストは現在の福岡大学の人材では作りえないとすれば、
近接する他大学の教員と共同開発も考えてよい。例えば北九州市立大学や熊本 学園大学では専門の中国語教育がおこなわれているので、関係教員に声をかけ、
共同開発を訴えるという方法もある。中国語学会の九州支部としての取り組み を訴えても良い。その場合できあがるテキストは北部九州地区のオリジナル中 国語教科書あるいは中国語学会九州支部作成教科書という形態を取るだろう。
母体が大きくなればその分解決すべき問題も大きくなる。しかし、各大学の協 力を得て各所で教材制作の予算が確保されれば、教科書に対応するウェブ教材 なども作りやすくなるはずだ*1。
以上、福岡大学の情況をふまえ、中国語教育の現状をふまえ、今後の可能性 について展望を述べてみた。机上の空論に過ぎないことは元より承知だし、こ のような企画とは無縁にその学力を伸ばして行く学生もいる。また、「外国語 力」とは、こうやってのみつくものでもあるまい。そもそも「語学の実力」と いうもの自体、情けない話だが正直言って私にはまだ良く分からない。
しかしながら、教育組織の中で教育に携わるとき、そこには何らかの方針と
*1:ただし、かかる構想は教科書の画一化にもつながるので注意が必要である。それぞれ の大学の学生の実情をふまえた教材を作るほどの人材組織が各大学にあれば、やはり独自 に教材開発を考えるべきだ。
いうものがなければ教わる方も教える方も戸惑うばかりだ。このような企画や 可能性を掲げておくことも今後を考えるためには何かの足がかりにはなるだろ うと考え記した*1。
*1:なお、このノートは、2006 年 3 月 4 日、福岡大学で開催された日本中国語学会九州支 部設立大会での発表を元にまとめたものである。現在進行中の研究チームの皆さんや、大 会後の懇親会で意見をいただいた先生方に感謝します。