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Academic year: 2021

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〔報告〕奈良文化財研究所における被災文書の保管

、クリーニング作業場所の微生物環境調査

著者 高鳥 浩介, 久米田 裕子, 佐藤 嘉則, 木川 りか,  高妻 洋成

雑誌名 保存科学

号 52

ページ 159‑166

発行年 2013‑03‑26

URL http://doi.org/10.18953/00003854

Creative Commons : 表示 ‑ 非営利 ‑ 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by‑nc‑nd/3.0/deed.ja

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〔報告〕

奈良文化財研究所における被災文書の保管・

クリーニング作業場所の微生物環境調査

高鳥 浩介 ・久米田 裕子 ・佐藤 嘉則・木川 りか・高妻 洋成

1 . はじめに

2011年3月11日に発生した東日本大震災の大津波により,東北地方から関東地方の太平洋側 を中心に,貴重な文化財もまた甚大な被害を受けた。それらの被災した文化財を救済するため,

文化財レスキュー事業が立ち上げられ,文化財の一時保管と応急処置が全国で実施された。海 水に浸漬された資料は時間が経過するにつれ,微生物被害,特にカビの発育による被害が観察 されるようになり,早急に進行を止めるための乾燥あるいは冷凍処置を行った後,資料のクリー ニング作業に取りかかることとなった。カビに広範囲に汚染された資料にはおびただしい数の カビ胞子が付着している。長時間に渡り手作業でクリーニングを行う作業員の健康影響を考慮 すると,できるだけカビ胞子を人体に取り込まないよう防御する必要があった。そのため,被 災文化財等レスキュー委員会では,2012年3月19日付けで「被災文化財における人体への健康 被害の可能性のあるカビの取扱い,および予防に関する注意点」という文書を配布し,作業現 場に注意を喚起した 。

奈良文化財研究所においては,大量の被災文書等の真空凍結乾燥処理を実施しており,カビ で汚染された被災資料のクリーニング作業を実施する必要があった。上記文書に従い,一定の 注意はしているものの,実際の作業環境のカビ汚染度については調査されたデータがない。適 切な防御策を講じるためには,作業所における作業員のカビ曝露の状態を把握することが必須 である。そこで,平成24年4月13日に,奈良文化財研究所において被災文書の保管場所やクリー ニングを実施している作業環境のカビ汚染度を調査し,現状を分析したので報告する。

2 . 調査方法

2 − 1 . 被災資料クリーニング作業環境

被災地域から運びこまれた資料文書はコンテナーに入れた状態で収蔵庫および作業所に保管 されていた。カビ発生がみられる文書が多く,その発生程度は,明らかにカビで黒く汚れてい る文書から白,赤,青などに薄く着色しているものなどさまざまであった。クリーニングは,

ボランティアの人々により一日6時間の作業時間(9:00〜12:00, 13:00〜16:00)で実施 した。一日に処理できる文書の分量は,汚れの程度で大きく異なった。作業内容は,主に泥の 汚れ落としとカビ除去であった。文書に被害を及ぼさないように汚れの程度に合わせて,マイ クロファイバーや刷毛で拭きとり作業を実施した。

なお,作業所と収蔵庫には,空気清浄機5台を設置し,基本的には窓を開放した状態で作業 を実施した。作業者はガウンとマスクと手袋を着用して作業を行った。

NPO法人カビ相談センター 大阪府立公衆衛生研究所 (独)国立文化財機構 奈良文化財研究所

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2 − 2 . サンプル採取箇所

サンプル採取場所の作業所と収蔵庫を図1と表1に示した。

作業所は,16.2m×7.2m×2.4m(高さ)の広さで,1.7m幅の窓が,北側に3つ,南側に4 つある。扉は建物の南側1カ所(西側面から5.4m〜7.2mの位置)にある。換気扇は建物の北 側2カ所(西側面から5.4m〜7.2mと10.8m〜12.6mの位置)にある。

隣の収蔵庫は10.6m×7.2m×2.65m(高さ)の広さで,中央の高さは3.9mである。窓はな い。換気扇は建物の北側2カ所(西側面から0m〜1.8mと7.2m〜9.0mの位置)にある。扉は 建物の南側1カ所(西側面から7.2m〜9.0mの位置)にある。

カビ除去を含むクリーニング作業を実施している作業所内と隣接する収蔵庫内において,作 保存科学 No.52 高鳥 浩介・久米田 裕子・佐藤 嘉則・木川 りか・高妻 洋成

表 1 サンプル採取箇所詳細

サンプル

No. 採取箇所 サンプル

No. 採取箇所 サンプル

No. 採取箇所

作業台 16 作業員A 作業服表面 背中 30 凍結乾燥機 天井1

2 作業台 17 作業員A 作業服表面 前側 31 凍結乾燥機 天井2

3 作業室の床 18 作業員B 作業服表面 背中 32 凍結乾燥機 壁中央

4 作業室の床 19 作業員B 作業服表面 頭側 33 凍結乾燥機 奥の壁

5 作業室椅子の上 20 作業員A マスク前 34 凍結乾燥機 奥の壁の天井

6 作業室椅子の上 21 作業室 空気清浄機上

7 作業室 フードの上 22 作業室 バインダーA裏 カビ発生部位 作業室 南側 8 作業室 はけ(ブラシ) 23 作業室 バインダーB 黒カビ発生部分 作業室 作業台上 9 作業室 はけ(ブラシ大) 24 作業室 バインダーC カビ発生部分 作業室 北側 10 作業室 窓ガラス 25 倉庫 バインダー 紙に黒いカビが点在 倉庫 資料保管棚 11 作業室 窓ガラス 26 倉庫 バインダー 真っ黒なカビが発生 倉庫 資料保管棚 壁側 12 作業室 窓ガラス 桟 27 倉庫 バインダー 緑色の粉状カビが発生 外気

13 作業室 窓ガラス 桟 28 倉庫 壁 14 作業室 壁 南側 29 倉庫 壁 15 作業室 壁 東側

1〜15:綿棒で採取 16〜34:テープで採取

図 1 作業所,収蔵庫のサンプル採取位置 A〜F:空中浮遊菌採取箇所(Fは屋外)

1〜29:付着菌採取箇所

換気扇

160

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業台,作業員の衣服,カビが発生した資料を中心に,付着カビと空中浮遊カビを採取した。

2 − 3 . カビ調査方法

1) 拭き取り法付着カビ測定:滅菌済み綿棒を使用し,付着カビを捕捉した。

2) テープ法付着カビ測定:ドレッシングテープ(Tegaderm1624W1, 6cm×7cm, 3M Health Care)を使用し,付着カビを捕捉した。 

3) 浮遊カビ測定:エアーサンプラー(MAS100EC,メルク)を使用し,1定点につき,50L 100Lを吸引し,浮遊カビを各2回捕捉した。

4) 浮遊粒子数測定:パーティクルカウンター(ERGO Touch:ビオテスト社)を用いて,各 定点での浮遊粒子数の測定を行った。粒子サイズは,それぞれ0.5,1.0,3.0,5.0,7.0,10.0

(単位μm)以上とした。

5) 培地と培養:付着カビ測定は,6cm×7cmシートを培地に貼り,2〜3日後にテープを 剥がし,さらに培養を継続した。最終培養日数を7日間とした。浮遊カビ調査は,浮遊カビ を捕捉した培地をそのまま培養した。培地はすべてクロラムフェニコール加ポテトデキスト ロース寒天(PDA)平板培地を使用し,25℃で培養後,4日目と7日目にカビ数を測定した。

カビは形態観察に基づき同定した。

6) 直 接 鏡 検:被 災 資 料 の カ ビ に 汚 染 さ れ た 部 分 を 直 接 顕 微 鏡 で 観 察 し,そ の カ ビ が Stachybotrys属であるか否かを判定した。

3 . 結果及び考察

3 − 1 . 付着カビ数と種類

付着カビの結果を表2−1および表2−2にまとめた。作業環境中では作業台の上(サンプ ル1,2),作業室フードの上(サンプル7),および作業室窓ガラスの桟(サンプル12,13)

に特にカビが多く付着していた。また,作業員の衣服表面やマスク(サンプル16〜20)にも多 量のカビが付着していた。資料保存のため使用した凍結乾燥機内(サンプル30〜34)からも同 様のカビが多数分離された。

カビの種類としては,Penicillium属が最も多く分離され,作業環境がPenicillium属に広範 囲に汚染されていることがわかった。黒いカビに汚染された被災資料のバインダーからも培養 後分離されたのはPenicillium属であった。主要なサンプル№9,16,24,25,30,32とサンプ ルBから分離されたPenicillium属の種同定を実施したところ,№25以外はすべてP. glabra あり,№25は,P. communeとP. oxalicum,サンプルBのPenicilliumP. glabraP.

decumbensであった。

サンプル№22〜26の資料において,真っ黒のカビで汚染された部分を直接鏡検したところ,

№23の資料ではStachybotrys属とAlternaria属が,№26の資料では,Stachybotrys属が観察さ れた(図2)。培養を試みたが発育せず,すでに死滅していた。このカビは好湿性でやや低温で もよく発育する。主に土壌,植物に分布し,セルロース分解性が強い 。このことから,被災直 後,湿性環境下の繊維質を含む紙資料上で大量発生し,その後,乾燥状態へ環境が変化したこ となどの理由により,次第に死滅してしまったと考えられる。逆に,Penicillium属によるカビ 汚染は震災直後の発生ではなく,湿性から乾燥状態に進む過程で発生したものと推測される。

Penicillium 属が特異的に分離される理由として,耐乾性カビの特徴から幅広い水分活性値で

発育可能であること,発育温度域が10〜30℃と被災地の気温と合致していたことが考えられる。

また,ほとんどすべてのサンプルから多くのPenicillium属が検出されたにもかかわらず,

(5)

2125 綿 10111213141516171819202122232425 Fungus(CFU1838241434421178566621298595555895 Aspergillus   niger  

Aspergillus   versicolor Acremonium Alternaria Aureobasidium15 Cladosporium10 Fusarium Penicillium183721141475546121257795555295 Phoma Trichoderma Mucor Mycelia 32 Rhodotorula

162 高鳥 浩介・久米田 裕子・佐藤 嘉則・木川 りか・高妻 洋成 保存科学 No.52

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222634 26272829303132333450L100L50L100L50L100L50L100L50L100L50L100L   Fungus(CFU854414483283230295277751482985374642731456 Aspergilluniger   Aspergillus   versicolor Acremonium Alternaria Aureobasidium Botrytis Cladosporium2810321122141538 Curvularia Chaetomium Epicoccum Fusarium Penicillium8538142027262228265295234221302242 Phoma Trichoderma Mucor Mycelia Rhodotorula

(7)

Penicillium属の種類は少なく,P. grabraが主要種であったことは,一旦発育すると多量の胞 子を産生して周辺環境を汚染するPenicillium属の特性が影響していると推察された。

3 − 2 . 浮遊カビ数・浮遊粒子数

作業所と収蔵庫の各点A〜Fのエアーサンプラーによる空中浮遊カビ測定の結果を表2−2 にまとめた。また,パーティクルカウンターによる空中浮遊粒子および1m中の浮遊菌数の測 定結果を表3にまとめた。

作業所と収蔵庫は同一棟であり,両所ははっきりした隔てがないことからほぼ同程度の浮遊 カビ量であった。また,作業所及び収蔵庫の空中浮遊カビ数としては,一般的な居住環境と比 較してやや多量という程度であった。この時期には,2方向の窓をあけて積極的に外気を導入 し,換気するようにしていたため,その効果がかなりあったと考えられる。ただし,作業台の 上(B)の浮遊菌数は,ほかの測定ポイント(A,C,D,E,F)と比較して多めであり,

作業手元ではカビの浮遊数は多かった。このことからも,作業中の防塵マスクの着用は必要で あることがわかった。

パーティクルカウンターによる空中浮遊微粒子数を測定した結果,外気Fと比較して,作業 所や収蔵庫室内では,粒径3μm以上の微粒子数が有意に多かった。これは資料クリーニング作

図 2 直接鏡検像

№26試料中のStachybotrys属の胞子

表 3 パーティクルカウンターによる捕集粒子数と浮遊カビ数

粒子数/m 浮遊カビ/m

0.3μm以上 0.5μm以上 1μm以上 3μm以上 5μm以上 10μm以上 PDA培地 67537152 12632260 3141890 1267904 249241 45887 905 64605385 14321605 4427014 2087991 495098 109690 1490 65532673 12277808 3055691 1231971 246056 51660 715 66712985 13906933 4056836 1793859 303588 40213 600 66304584 13637287 3860449 1684169 304783 51759 785 74262679 11382770 1828199 511422 59125 6569 420 164 高鳥 浩介・久米田 裕子・佐藤 嘉則・木川 りか・高妻 洋成 保存科学 No.52

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業に伴い,被災資料由来の粉塵が多く発生しているためと考えられる。また,作業台上Bでは 粒径5μm以上の大きな粒子の数が高かった。同様に浮遊カビ数も他と比較して高かったこと から,両者の間で,ある程度の相関がある可能性も示唆された。

浮遊カビの中で,主要なカビはPenicillium属であった。被災文書にもこのカビが多数発生し ていたため,明らかにこのカビは被災文書に起因するものと考えられる。その他,Cladosporium 属が一定数確認された。これは量的には多くはなく,外気F中に多く検出されたことから,お そらく外気由来によるものと考えられる。

3 − 3 . 人体への健康影響とカビ防除対策

今回測定した浮遊カビ量としては,一般的な居住環境のカビの浮遊量とほぼ同程度であった。

しかし,被災文書が発生源となり,Penicillium属といった特定のカビが多く浮遊する作業環境 であった。継続して同じカビを多量吸引することは健康面から好ましいものではない。そのた めの対策として,1)外気を導入して頻繁に換気をする,2)防塵マスク,ゴーグル,作業着

(帽子,手袋,ガウン)は必ず着用する,3)手元で吸引クリーナーを使用する等が有用であ ると考えられる。

また,Penicillium属は臭気を産生するため,臭気のする場合は,外気導入や換気を行うこと

が大切である。長時間作業していると臭気を感じなくなるので,タイマーなどで短時間ごとの 換気をしながら作業することが望ましい。

4 . まとめ

作業環境中では作業台の上,作業所フードの上,および作業所窓ガラスの桟に特にカビが多 く付着していた。また,作業員の衣服表面やマスクにも多量のカビが付着していた。資料保存 のため使用した凍結乾燥機内からも同様のカビが多数分離された。

カビの種類としては,Penicillium属が最も多く分離され,作業環境がPenicillium属に広範 囲に汚染されていることがわかった。真っ黒のカビで汚染された部分を直接鏡検したところ,

Stachybotrys属が観察されたが培養しても発育せず,すでに死滅していた。

作業所及び収蔵庫内の主な空中浮遊カビもPenicillium属であり,被災文書に起因するもの と考えられた。また,総浮遊カビ数としては,一般的な居住環境と比較してやや多量という程 度であった。2方向の窓をあけて積極的に外気を導入し,換気していたため,その効果がかな りあったと考えられる。ただし,作業台の上の浮遊菌数は,ほかの測定ポイントと比較して多 かったため,防塵マスク等の防御対策は必要と考えられた。

参考文献

1) 木川りか,高鳥浩介,久米田裕子,辻本与志一,川野邊渉,佐野千絵,宇田川滋正,建石徹:高 松塚古墳壁画修理施設における生物対策について,保存科学,49,221‑230(2010)

2)『かび検査マニュアルカラー図譜』,高鳥浩介監修,pp.382‑383,(2002),株式会社テクノシステ

キーワード:空中浮遊カビ(airborne mold);付着カビ(attaching fungi

;被災文化財(damaged cultural properties);カビ曝露(fungal exposure

(9)

Fungal Investigation of Indoor Cleaning Workroom and Storage for Disaster-affected Documents   at the Nara National Research Institute for Cultural Properties  

 

Kosuke TAKATORI , Yuko KUMEDA , Yoshinori SATO, Rika KIGAWA and Yohsei KOHDZUMA

A large number of valuable cultural assets were seriously damaged by tsunami in the Great East Japan Earthquake on March 11, 2011. Since, in many cases, the seawater-  damaged documents were left wet and covered with dirty soil for several months, they were subjected to significant mold damage as well. In order to salvage them, emergency  treatments and their temporal storage were carried out all across the country. 

At the Nara National Research Institute for Cultural Properties, freeze-drying of a large amount of damaged documents was carried out, and the staff and volunteers were  engaged in cleaning and storing severely molded documents for several months. Since  working in such a condition posed a high risk of fungal exposure, the environmental  contamination including that by airborne and material adhesive fungi in the storage and the  cleaning workroom. Sampling of the damaged documents in the Institute was done on  April 13, 2012.  

As a result of quantitative analysis of material adhesive fungi, a significant increase was detected in the working table, the air-circulating hood and around the groove of the  windows as well as on the working clothes and mouth masks. Qualitative analysis showed  that the dominant fungi were Penicillium  spp., which were distributed throughout the indoor environment. On the other hand, dematiaceous fungi were often observed in some  molded documents. The black fungi were identified as Stachybotrys spp.with microscopic  morphological characteristics,but they failed to grow on appropriate media. The number  of airborne fungi in the storage room  and the cleaning workroom were higher than that in  a normal residential environment. The dominant airborne fungi were also   Penicillium spp.,

which were cultivated by the damaged documents.

This investigation suggested that effective countermeasures are needed to prevent workers from  fungal exposure during their work of cleaning and restoring molded docu-  ments.

NPO Center for Fungal Consultation Japan Osaka Prefectural Institute of Public Health Nara National Research Institute for Cultural Properties

 

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