奈良教育大学学術リポジトリNEAR
CATV における公共性と住民参加について
著者 太田 靜樹
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 28
号 1
ページ 169‑179
発行年 1979‑11‑15
その他のタイトル Public Character and Citizen Participation in CATV
URL http://hdl.handle.net/10105/2475
奈良教育大学紀要 第28盤 第1V(人文・社会)昭和54年 Bull. Nara Univ. Educ, Vol.28, No.1 (cult. & soc), 1979
CATVにおける公共性と住民参加について
大 111 一輝 樹 (教育学教室) (昭和54年4月28日受理)
I は じ め に
わが国においてCATV の数は、いわゆる共聴方式のものも含めると約2万(昭和53年3月未 現在)あり、その中でテレビの再放送のみでなく自主番組の放送(その中には試験的ではあるけ れども双方向通信を実施しているものもある)を行なっている施設は、 54施設で徐々ではあるが、
ここ数年の間にCATVの総数及び自主放送局は全国的に増加しつつある(1)。このようにCATV が地域を中心にしたマスコミメディアとして発展しつつあることは最近注目すべき傾向である。
有線放送としては既に有線ラジオが戦後から全国的に普及し、田舎にいくほど地域の有効な情報 メディアとして活動している。現在電話がほとんどの家庭に普及していても、それはあくまで個 人間通信であるにすぎないが、有線ラジオは地域住民に必要な情報を必要な時に同時多数に伝達 してくれる有利性をもっており、再放送、自主放送、相互通信の発達過程を経てきている。最近 はテレビの普及のために延び悩みの状況にあるということである̀2'。後発のCATVも有線ラジ オと同じような過程を通ってきているといえる。これは恐らく地域住民の生活に密着した情報や 相互通信が必要視されていることを示すものである。従来のマスコミでもそのことは強調してき ているところであり、新聞や放送で時にはローカル特集をして注目されたこともあるが、まだま だその情報は国中心、県中心、大都市中心で、小さい地域ほど無視され勝ちである̀3'。わが国の マスコミは強い中央志向性をもっていることはよく指摘されるところである。それは巨大な発行 部数をもつ全国紙の新聞、放送もそれらの新聞社の系列によって全国的にネットワーク化されて いること、また全国的な公共放送としてのNHKなどによって伺われる。しかし地域住民の自ら の生活のための運動が高まりつつあることも事実で地方自治、環境、交通等の問題にみせる住民 運動の強さ、また各種社会教育、文化講座‑の参加熱の旺盛さなど、地域や生活の急激な変化に 積極的に対応しようとする住民の動きが世代、性別を聞わず現れている。その中でも放送メディ
アの情報は豊富、新鮮、広汎さの故に大いに歓迎されているが、それでも地域住民の多様な情報 要求に応えているとはいえない。また民放などのように商業主義に堕した場合の弊害も大きく、
改めて放送の公共性が問われるのである。そのことはCATVについても同様である。最も地域 に密着した情報サービスを自覚しなければ単に商業主義の亜流に堕したのではCATVの性格か
らいって将来性を望むことはできない; CATV システムが地方公共団体、協同組合のものであ る場合は言うまでもないが、私企業による場合であっても地域住民の生活情報要求に対して公共 性を問題にせざるを得ない。 CATV はどこまで公共性を発揮しうるか。,従来放送そのものにつ いての公共性は論じられてきたが、新しく登場してきたCATV について改めてそれが問われて いるわけであるL・,特に注目されるのは最近数年の問に政府主導のCATV 人里プロジェクトが先 進的な実験として住民の生活情報需要にどれくらい、どのように対応出来るかを、新設の住宅用
169
170
大 川 静 樹地を対象にして種々の試みをなしていることであるM'。 CATVが大規模に進行しつつある米国 では商業放送とのあつれきの問題から、 CATVの公共性の問題として公共サービスや法的規制 という面が盛んに論じられている(5)。それらは放送のシステム、環境、民情等の相異から必ず しもわが国のCATV論のモデルになるものでないが、基本的概念において参考になるものであ る〔法的規制の影響もあ‑,てわが国ではまだ本格的なCATVは発達しておらず、ましてCATV の第3附t1‑の特赦とされる住民参加については漸く上述の政府̲主導の大型実験によってその形態 を明らかにしつつあるところである。以上のような状況をふまえて本稿はCATVの性格から公 共性を問題にし、さらに住民参加のあり方を検討しようとするものである。逆に言えばCATV における住民参加を考えるためには、その前提としてCATVの性格が問われるし、その最も関 連するものが公共性である。 ACTVの公共性についてはまず一般テレビの公共性を明確にして おく必要がある。故に本論展開の脱として始めに一般テレビの公共性の問題を論ずることにした い。
∬ 放送の公共性について
一般的に言われるように放送の公共性は電波そのもの稀少性にある。即ち電波の周波数帯が稀 少であり、しかも重要な通信メディアであることから、自由な使用を許さない。公共的財として 国家的に使用を規制せざるをえないということである。これは国際的にも、小地域においても同 様である。放送局の設定者が公共体であろうと私企業であろうと、電波による情報伝達のチャン ネルを自由に使用できないo殊にテレビの場合はそうである。もし自由にしたならば、たちまち 混信をおこして社会的に必要な通信もそのために行なえないことになる。)そのために国によって 始めから放送は国又は公的機関の独占的事業としているものもある。それが私企業として存立し ている場合でも厳しい免許制をとって国家による規制は他の産業界に比べれば、かなり強いもの である。以上まず電波の稀少性からその利用を国家的に独占または規制しているという意味で公 共性ということである。
次にその伝達される内容についてはどうであるか。許可された以上、番組内容は自由であるか どうか。内容を規制すれば憲法でいう通信、表現、言論の自由の問題にかかわってくる。自由主 義国においては言論、表現の自由が放送とどう関連するのか簡単な問題ではない。時には問題を おこし、裁判になる。私企業の場合、商業主義の立場から過当競争に迫られ大衆にこびて俗悪番 組や好奇心を過度にそそる番組を放送して世論の批難を招くこともしばしばである。特に幼児、
青少年に対する弊害が問題になる。放送法の第44条にも、公安及び善良な風俗を害しないことを 規定しており、民放も放送内容の公共性をふまえることが強調される,言商業主義と公共性は両立 しうるかどうか,コ ここで公共性とは商業主義に対して国民に奉仕し貢献しうるかが問われている。
放送制度からみれば、わが国ではテレビについては始めから公共放送としてのNHKと民放とが 両立で進んできている。米国では商業放送中心に発達し最近になって公共放送を助成している。
欧州では公共放送中心に民放を制限している傾向である.。これらからみれば民放には山止めをか ける一方、公共のためには一定の電波を確保し内容を確実にするという方式である。この傾向は 半間の放送史において臥許であるn K岡においては商業テレビが強大な資本によって少数のネッ
トワークに系統づけられ、その全盛を誇っている中に、いくつかの事件を起こし、それを契機に 世論も漸くその弊害に立ち̲I二り、公共放送法を成立さすに至った(1967年)商業主義には限界
CATVにおける公共性と住民参加について
171
があること、即ち民放に自主規制することも難しく、法的規制にも限度があるとすれば、商業主 義放送に対抗しうるような非商業放送即ち公共放送を設け、大衆の欲求を吸引するより他ない。
ここに公共放送が発達してきた必然性がある。公共放送は公共放送法に援護されて今や全国をカ バーするに近いまでに普及しつつある(5'。米国で公共放送という場合、その放送経営体は4種類 ある。即ち州立局(州が経営)、大学局(大学が経営)、学校局(学区連合体が経営)、地域社会 局(地域の教育文化機関が経営)でそのほとんどはUHF局で全国で274局(1976年)ある̀7'。
その放送番組は主として教育番組(学校向け)と生活教養番組(住民向け)で後者については公 共放送だからといって固い番組ばかりでなく、報道、教養、芸能、生活番組等多様で(但し娯楽 番組は敬遠している)、それも各放送局が自作するというよりかは全国的に番組を提供する教育 テレビ局に頼っている。それも各局は資金難の問題から比較的経営の安上りがきく学校教育番組 に集中し勝ちであるという。この点に関していえば、わが国の公共放送テレビはNHKのみによ って全国的にカバーされ(それが義務になっている)、教育チャンネルは始めから確保され、総合 チャンネルによって娯楽番組も含み報道、教養、生活番組を放送する体制をとり、公共料金制に よって財源も確保されているなど恐らく米国の商業放送の反省からきているのであろう。戦前か
らラジオ放送はNHKによって独占され、戦後はラジオもNHKと民放との二本立てになったが 民放と錐も貴重な電波を利用しているのであり放送法でいう公共の目的に反してはならないこと はいうまでもない。 (NHKのような公共放送がこれでよいかどうか問題であるが、これについて はCATVに関して後述したい。)放送法で規定している公共性の内容として第44条1項、 3項 に番組編集の基準としてあげているところの「公衆の要望充足と文化の保護育成普及」 (1項)、
「公安及び善良な風俗を害しない」 (3項)は公共性として住民生活の向上に奉仕する狙いを示し ているといってよい。民放も秀れた報道ドキュメンタリー、ドラマを放映して国民の関心を高め ていることも事実であって、放送の公共性は放送の企業体によって分けることは厳密ではない。
一般的には本来的に国民のための電波を放送法に示すような国民の生活のために有効にサービス しているか否かであろうo以上放送一般における公共性の問題を取扱ってきたが、それをCATV について考察したい。
韮 CATVの公共性について
まず始めにCATVの放送としての性格を検討してみよう。 CATVは放送を再送信し、自主番 組を制作放送する点では放送システムであり、有線テレビ法(1972年)で有線放送と規定してい る。従来放送とは放送法(1950年)で次のように規定している。 「公衆によって直接受信される ことを目的とする無線通信の送信である」 (第2条)ここで公衆とは不特定多数の存在を意味す る。電波の広汎性によって全国的にどこで誰が視聴しているか分らないし、放送の送り手もそれ を意識して出している〕ここで放送とは空中波即ち無線通信であるL,それに対して有線放送(ラ ジオ)は1943年に始まっており、法的には有線放送法(1951年)第2条において「一定区域内 の公衆によって聴取される有線電気通信設備」と規定されている。その相異は無線と有線、不 特定公衆か一定区域内公衆か、である。次にテレビ時代に入り(1953年以降)、まもなく有線テ レビが難視聴解711のためのシステムとして山村農村地域に普及し、有線テレビ法も制定せられ た, (1972年)その内容は有線放送法と余り変らない′つ その後有線テレビが地域のテレビとして
(Community Antenna TV)、臣抽iけ‑ブルを生かしてTliに再送信のみでなくK.‑J三番組の放送を
172 太 田 静 樹
可能にし、さらには試験的には双方向通信も始めるようになった。 (法的にはまだ認められてい ないが。)こうなるとこれは放送でなくして電気通信設備である Cable TV (CATV)と称せら れるのも当然である。しかし番組送信の機能をもっており、どこまで放送であり通信であると するか困難である。学校において多く使用している校内放送(テレビ)は閉回路テレビシステム (CCTV)であるが、放送の再送信もやれば自主番組放送も連絡通信も行なっている。これを校 内放送と認めている CATV のミニ版である。そこで子供たちは受け手であると共に送り手で もあって放送に両面から参加することによって学習の問題や生活の問題を共同討議している。こ のことはCATVへの示唆ともなるものである。 CATVも放送の一方向性を克服して双方向にし 地域のコミュニケーションメディアとしてその将来性を期待されるべきであるのに、わが国の法 律はそれを認めていないのは米国ではそれをCATV の条件の1つにしているのと対照的である。
CATVを放送として限定するのは必ずしも実状に即していないのである。上述してきた通り、放 送の再送信‑自主番組放送‑双方向通信の過程からも分るようにCATV の存在価値は地域住民 の要求に適切な情報及びサービスをいかに提供するかにあるo これほど情報過剰といわれる社会 の中にあって一般的な全国的な情報は各種のマスメディアによって流されても、その地域住民の 要求に切実に答えるものは乏しいのである。例えばある町の小さなCATVの、その町の選挙の 開票速報は、 100S の視聴率を示すのである。大NHK も地方番組を取上げるが、いつも全国放 送を意識してのそれであって必ずしもその地方住民のためのものではない。今は地域主義という ことで政治、経済、産業、教育、文化の各面において地方が見直されつつあるというが、マスコ ミにおいても例外ではない。新聞でも全国紙より地方紙が伸びているというのもそれであろう。
以上CATVは法的には有線放送と規定されているし、放送である以上一般放送の規定を免れ 難いが、その機能からいって地域住民を対象にしてその情報提供のサービスを主にしていること は公共性を本来もっていることを示すものである。空中波に稀少性があったように有線といえど も同様で、従って有線テレビ法によって施設は許可制(501加入者以上)になっており、その地 域の独占的な性格が強い。それだけにたとい施設が私企業によるものでも公共性をもたざるをえ ないことになる。設立主体別にみると許可必要施設の中で私企業によるものは46施設と多く公営 のものは14施設である(1)。公営の中でも千葉県館山市、奈良県下市町、北海道池田町などはいず れも地方都市、町であってCATVの規模も大きくはないが、自主番組制作過程に学校関係者、
住民、子どもたちの協力参加を求めて実現しつつあることは注目すべきことである。また放送時 間の一部を住民に貸与するものもあり、その時問においては受け手は送り手として自由に参加し うるのである。また前述した政府関係の財団法人によるCATVの大型実験は双方向制を極力活 用して各種住民参加形態を作り出しつつある。
かくしてCATVは狭い地域を対象とするだけに公共性が強いといえるが、それも役に立つ番 組を提供するといった内容の問題だけでなくして、その制作過程において住民の参加を求めると いった方法上においても公共性を強くもつ点に特色があるのである。もちろんはそれらは何れも 実験段階であるけれども、このような例はわが国のみならず米国にも英国にもみられるのであっ てCATVの今後の動向を示唆しているものである。
Ⅳ 住民参加について
CATV において何故住民参加が問題になるか、住民参加には種々の形態があることは後述す
CATVにおける公共性と住民参加について
173
るが、先ず放送の再送信のみに限定満足している場合は別であるけれども、民営であれ、公営で あれCATVである以上、地域住民に対する情報メディアとしての使命を考えた時、住民の積極 的な協力参加なしにはその存立が困難であると考えられるからである。民放が強力なスポンサー によって広告料によって維持されているのに対して民営のCATVは加入者の加入費、維持費に よって大半をまかない、公営CATVは財政上の心配はないにしても上意下達の情報だけでは見 向きもされないだろうoいずれにしても加入者の協力なしには成り立たない。住民が一体何を望 み、何を要求しているか、それを探し、あるいは掘起こし、それにアッピールしていくことが協 力を得る基本である。例えば洛西CATVは新設の住宅団地の中に設立され、始めから住民各戸 にテレビアンテナを立てることを止めさせ、 CATV の再送信及び自主番組放送によることを強 要している̀8)。住民は各自でアンテナを建てれば(全体的には景観を損うであろうが)、僅かの 料金で自由に視聴できるものを、相当の維持費を払ってみなければならない。余程住民の協力を 得なければならないし、逆にCATVの公的責任も大きい。 (万一事故災害の際の対応も考えてお かねばならない。)奈良県下市町のCATV (SIC)は全国でも数少ない公営で̀9)自主放送番組も まだ少ないが、それでも住民のこれ‑の期待は意外なほど強く示されている。それに答えなけれ ばSICは単なる役場の広報機関にすぎなくなる。
またこのような公営CATVは新しい地域社会形成のための核として利用されうるものである が、反面それが自治体による世論操作メディアにもなりかねない。そのためにも住民の意志を通 ずるパイプ(例えば住民の委員会参加など)を設けておく必要があり、それも住民参加の重要な ものである。
次に住民参加の必要性を住民側から考えると、前述したように生活についての情報欲求、特に 学習意欲が高まりつつある状況の中で、ただより多い欲求のみの充足に終らせないで、少数の多 種多様な欲求も満足させることを求めるべきで、そのためには与えられる情報に受け身的に対応
するだけでなく、積極的に番組そのものに参加していくことが必要である。
上述してきた住民参加の可能性を保障するものはCATVの同軸ケーブルにある。物理的な機 能として普通20チャんネルくらいの回線を含み多様な相互通信を可能にするためである。これが 一方向性の放送とも異なり、放送法でも規制しえない実力をもち、将来の問題をはらんでいるの である。その利用の仕方そのものについて住民の意向を反映しなければならないのは住民の自治 的関心度の高まりからいって当然であろう。わが国とは異なり中央集権的により地方自治の強い 欧米のCATV においてはこの問題はどうであろうか。米国のCATV は前述の公共放送と同じ ような傾向をたどっている。商業CATV は益々大規模化し、中には通信衛星を利用してその効 率化を図るものもある。当然既設のTV としばしば利害関係が衝突し、 FCCまで問題解決が持 ちこまれるほどである。人々も娯楽用として視聴料を特別に払ってもCATVを利用しようとし ている(Pay‑TV)。商業CATV は黒字経営となり、その数も増加しつつある。これに対して FCCは大都市のCATVを積極的に育成する方針をとると共に公共的機能を条件づけにして部分 的に公共性をもたせようとした。 (1972年の新規制)(10)大都市のCATV システムは最低20チャ
ンネルをもたねばならず、双方向通信も要求せられる。また放送再送信チャンネルと同数のチャ ンネルを他のサービスに利用しなければならない。そのうち14チャンネルは公衆用として市民の 誰にでも無料で先着順に利用出来る(Public access channel)。また教育用(Educational access channel)と自治体用(Municipal access channel)チャンネルを夫々1つずつ確保しなければ ならないなど、この新規則はマスコミ上画期的なものとされた。 (但し後に業者の反対により廃
174
太 m 静 樹止された。)これは商業CATVに公共性を含ませる大きなあがきだったといえる。公共放送と同 じく公共CATV は州、市、大学、財同等によって営まれているが資金源に悩まされている状況 である。資金源を主に寄付に頼っているためであるが、わが国のように公的財源に依存している のに比して健全といえるかもしれない。商業主義に圧倒されているとはいえ、公共CATVには 住民参加が根強く行われている。ヨーロッパのCATVをみるのに、元々放送の公共性を重視し て独占的に公的企業体によって放送事業を経営している国が多い。民放はあっても非常に少ない。
CATV も多くの国がまだ実験段階で米国はど開発は進んでいない。その中では英国は熱心で、
いくつかの都市のCATVでは自主番組の送出を行ない、番組制作に住民参加をかなり認めてい るところもある(ll)。英国でもCATVの問題は資金源にあるようで思い切って自主番組を出せな いどころか、停止を余儀なくされている所もある。ヨーロッパ各国によるよ一口ッパ会議では新 しい通信政策として従来のマスコミメディアに対してCATVを高く評価し夫々実験を試み始め ながら、その組織、資金源について障害にぶつかっていると報ぜられている(121。
以上のような状況から察するに、非常に大きな通信容量をもち、自主番組を放送し、住民にも 参加、公共サービスも可能という従来にない新しいメディアとして登場してきたCATVが、そ の期待にかかわらず進展しないのは資金源の問題である。わが国の場合でも民営CATVで黒字 経営しているのは皆無といってよく、ほとんどは親会社に依存しているし、公営のものも国財政 の補助に頼っているさまである。多大の設備投資を必要としてその割に返ってくるものが少ない のである。公共性を強調すればするはど加入者‑の負担は軽滅せざるを得ない。この問題を解決 するには電波同様公共財としてのCATVのケーブルに対して国及び地方公共団体から多大の財 政援助をなすか、地方自治体の公営として国が財政援助なすかであろう。 CATVが独立採算制 をとり得ることは当分望めそうにないに拘らず、この新しいメディアの研究開発は進められねば ならないと思うからである。その企業体の性格をどのようなものにするかは研究されねばならな いo公共企業体、公私合同企業体など考えられるが、特に注目されるのは政府関係のCATVの プロジェクト研究が、この問題に対してどんな試論を提供するかである。諸外国の事例研究と共 に具体的な実験データを基にして究明されねばならない。ここではまだ住民参加及び住民サービ スの内容が明らかにされていないので、これを中心に論じたい。
Ⅴ 住民参加及び住民サービスの内容について
米国のFCCは1972年の新規則で商業CATVの営利主義に歯止めを加えるために、いくつか の条件をつけたが、その1つとして教育、白治体、住民用に夫々1チャンネルを確保することを 義務づけしたことは前述した。 20以Lのチャンネルの内、少くとも3チャンネルは公共サービス 用として使用せねばならない CATVがおよそ公共サービスとしてなしうる分野は教育、行政・
自治関係、生活関係であろう。参考例として東生駒のHi‑Ovisのサービス内容をみてみる(13) 1 テレビ放送一一自主放送、 リクエスト放送
CAI 一・日幼児用、 学校教育用、 成人用、 技術教育用番組
3 リクエストデータ‑‑‑索引情報、 知識情報、 時事情報、 案内情報(公共施設、生 活実用、レジャー、食品・料理、観光地・交通案内等)
4 テレビショッピング、予約‑‑・地元商店、料理番組
以上のようなサービス情報源としては次のような機関に通信網をはって情報を収集している。
CATVに出ナ,3公共性と住民別口.,=ついて
175
県庁、市役所、学校、警察、消防署・、病私水道・ガス・電力会社、新聞社・放送局、銀行、腐 乱レジャー施設、電車駅、その他である,つまとめれば、教育教養サービス、行政サ‑ビス、生 活実用サービス、であろうっその他に計画として、医療サービス(検診、相談、予防)、検針サ ビス(水道、ガス、電気)、防犯・防災サービス(盗難、火災)が考えられている。既に実験 の終っている多摩ニュータウンのCCI8のサービス例も大体以上と同類である Hi‑Ovisが以上 のようなサービスを完全にイfなっているわけでなく、始めての試みだけに技術的に問題もあり、
試行鉛誤しなから進めている状態であるOサービスは予想して与えればよいものでなく、住民の 欲求に最も適合した時、頁のサービスになるわけであって、そのためには欲求の実態を調査によ
って把握すると共に、個人差に応ずる選択肢を多く設けることであるOもっと適切にするには受 け手か与えられるのをまつのでなくして自らの要求を実現するために、その制作に参加すること である。これほど密着した内容はないであろう。自主放送から住民参加への過程は自らに必要な
ものを自ら作るということであるが、それは自治の精神にも通ったものである。事実番組への住 民参加を通じて自治会活動意識が高まり行動化していることが報ぜられているのも当然であろうn 前述のFCCの規則にある住民用のチャンネルはPublic access ch∂nnelといわれるが、そのア クセス権なるものが最近強調せられてきたごフアクセス棟とは前述のように放送利用権である(14i。
特にマスコミ界においては強大な送り手システムに圧倒され、疎外されがちな市民たる受け手を 立ち上らせ送り手としての地位を得させようというものである。このような市民復権運動ともい うべき運動は他の生活運動の中にも多く見られるようになってきたが、 CATV における住民参 加もその1つであるといってよい CATV こおける住民参加は現時点においてどのような形態 をとっているか、その硝緋Lと問題点を丁度実験中のHi‑Ovisの中間報告書を参考に考えてみ たい。
Ⅵ 住民参加の形態と実情
CATVにおける住民参加がどんな形態をとるかは一律に言えないo その地域の住民の地域問 題への参加意識、態度がどの程度であるかによって左右されるからである。 Hi‑Ovis (以下HO と略す)でこの1年間試みられてきた住民参加は実に多様な形態を展開しているが、まずそれを まとめてみると次のようになろう。
1 運営参加(直接的、間接的) 2 番組参加(直接的、間接的) これらについて若干説明すれば
1 運営参加 これはシステムの運営の政策決定に何らか参加することである。)それは住民 代表のような形で委員会なり会議に参加することになる。
(1)直接的参加 システムの中枢機関に個人として、またはグ)V‑プとして何らかの資格 (委員、顧問など)で参加しその政策決定に関係することである。現在HOに は評価委員会、番組審議委E]1会などが設けられている1これはシステムが公営 であるか、私営であるかによってかなり異なってくるであろう。
(2)間接的参加 ある問題解決のために特別に臨時の会議を設け、それに委員として参加 する形で貝休的な問題について任意に招集されることが多いo もっと一般的に は、アンケートや面接によって加入者から広く意見を徹する方法がある。住民
176
太 田 静 樹の意志を尊重し出来るだけ多くの人々の意見を把える方法として民主的といえ る。それが確実な方法で随時必要に応じて実施されるならば経営、企画、番組 等に亘って多数の加入者の意志を反映させることが出来る。 HOも開局前から、
また開局後も精力的に実施している。
2 番組参加 最も現実的な参加の形態である。
(1)直接的参加 住民が番組制作に協力し、また出演するなどである。その番組のために 手持ちの資料を提供する、助言する、現地を案内紹介するなど。また直接に番 組を企画し制作することも可能である。例えば地域の問題を取上げ関係者が出 演して討議する、また定時のある番組を開放して自由に参加して貴い自由に進 めるなど実施されている。これらは送り手側に立った場合である。
(2)間接的参加 受け手としての立場であるo
(i)番組視聴による視聴者の反応の示し方には種々あるけれども、アンケートによらなく ても個人的にグループ的に積極的に何らの方法(例えばHOならば双方向通 信で、また電話、文書など)で示すことである。いわゆる番組の反響もこれに よって示されるわけであって送り手に対する強い意志表示をなすものである。
(ii)番組内容に関してそれを行動化する方式である。番組そのものが放送中に視聴者に行 動を求めるもの(例、英会話の練習)、また視聴後にその番組内容について実 行するもの(例、地域問題であれば実際に現地を見学する。趣味・スポーツ番 組であれば実際にやってみるC)などである。単に番組の受け身的な視聴でな
くしてその趣旨に従って積極的に参加行動を起こすことは個人的な問題でなく して新たな人間関係を広げていくことになる。そのような実例がHOには確 かにみられるのであるC
以上CATVにおける住民参加のあり方をHOの実践から形態的に明らかにしたが、運営参加 は重要であっても少人数に限られているし自由に参加できない。それに対して番組参加は上述の ように制作、評価、行動化に至るまで実に多様であり引.つ常に多人数が自主的に参加しうる形で ある。その意欲の旺盛さが番組そのもの、シすテムそのものを変えていく源泉になっていくので ある。
以下は番組参加の方式をさらに番組の放送過程に従って分析してみたものである。
(1)放送前‑‑‑問題を提供する、 資料を提供する、 計画に協力する (2)放送時‑‑‑番組に出演する、 制作に協力する、 自主制作する
(3)視聴中一‑質問する、 意見を述べる、 質問に答える、 問題を解く、 実際やって みる
(4)視聴後‑‑(i)グループとして‑‑‑座談会をもつ、 発表会をもつ、 見学する、 作っ てみる、 (趣味・料理など)運動する(スポーツ)
実践活動をする
(ii)偶人として 一一関連の読書をする、 その物を購買する、 作ってみ る、 見学する、 実行してみる
以上の具体例はHOの各種番組を通じて表れている参加の実態であって実に多彩である。参 加の意味をここではやや拡大して把えているが、家の中で座して楽しむ今までのテレビ視聴に対 して何らかの形で自ら行動を起こし参加、協力、発展さす形態を示している。 CATVはテレビ
CATVにおける公共性と住民参加について
177
視聴を益々多くさせるものでなくしてテレビ視聴を通してテレビそのものに人々を参加せしめ、
人々を外に向って活動的にし、地域内の密接な交流を深めるその媒体をなすものであることが[二 述の具体例から示されており、CATVはそのような機会と場を提供するものであるOそれでこ そ地域のCATVなのである。
以上の点をHOの資料からHOと住民(加入者)との関連の中にみてみようo
l面接調査による加入者の声からHO開局後半年であるのに住民の生活の中に視聴が浸透
していることが分る。その理由は番組における身近かな人々や地域の出現が新鮮さ、親近さを呼 び起こし、さらに双方向による参加という今までのテレビにない機能によって視聴者を行動的に HOと、また他の視聴者と結びつけているところにあると思われる(,
2住民の町内、地域への関心、愛着が深まりつつあることである。この地域は新興住民宅で 新しい居住者が多いだけに地域に対する愛着も浅いのが当然である。HOの地域探訪番組によっ て地域の情況が地理的、歴史的、蛙活的に明らかになるにつれて親近感をもち、さらに同好の人 々と共に見学することによって愛着を深めるのである,こ,
3双方向通イ言によって家庭を近隣に開放しつつあることである。今までのテレビ視聴は個人 家庭内のこととしてプライバシイを守ってきたが、双方向性は家庭内の視聴状況をテレビに、従 って近隣に開放することになった。家庭内そのものを番組に参加させることになり始めはかなり 抵抗もあったようだが徐々に馴れると共に家庭生活の個人性、閉鎖性を克服する方向に進みつつ あり、地域の家庭相互の連帯に新しい場をもちつつある0
4視聴後の発展活動として話し合いの会、見学会、制作する会、スポーツの会などで番組登
場人物と視聴者とが直接人間的につながる機会がふえてきた。意図的に町内の問題を取上げ討議 するなど、ややもすれば各自が孤立的な住宅街にあって人々がHOを媒体にして交流を積極的 に求めつつある。
CATVが地域連帯の媒体となるためには加入者の強力な参加を求めねばならないが、HOば
双方向性をよく生かして成功しているようである。それだけ当事者や加入者の熱意と努力が実っ ているわけであるが、他の地域において条件、環境が異なれば事態は楽観出来ないだろう。
以上のように住民参加の形態を分類出来たのもHOにおける約1年間の試行実践によってで ある。住民参加には運営参加と番組参加があることは知られていたけれども、それ以上にどう実 践されるかは不明に近かった。HOによって始めて可能になったといえる。住民参加も各所に問 題をもっていることは事実であって、例えば常に同一人、同一グループの参加が主になったり、
またある意図で占められるようになり、他の人々が自由に参加しにくいようなれば住民参加も却 って弊害、危険を含むことになる。CATVの公共性を確保するには住民がいつでも自由に使用 1‑1JIII来る道を開いておくことであって、いわゆるPublicaccessのチャンネルが民主的な広場と して活用されることである,
HiHi^^H^^Kfi
CATVの公共性に関してその焦点になる住民参加にしぼって論じたが、CATVそのものがま だ全国的に試行錯誤の段階にあり、法的にも規制が主であり、発展助成するに至っていない。
CATVは地域に密着しているだけに地域社会、住民の生活、意識に影響されるもので、モデル
的なものが定立しているわけでない。つただ幸いなことに先発施設として戦時中から発達してきた
178
太 m 静 樹(1線ラジオ放送は身近かな範としてみることが出来るのであって、それによってCATVがコミ ュニティの情報及び生活情報のメディアとして発展することを期待出来る.その中でも最も強力 な動力源になるものは住民の自治、学習意欲にあることは間違いないし、またCATVは積極的 にそれを振起こしていくことが必要である,欧諸国のCATVは米国に追従しないで、その地域 に適応した規模と機能で開発している方式はわが国でも参考にすべきである。住民参加の方式も 当然異なってくるものである。マスコミ情報のはんらんする中でCATVがどんな一石を投じう るかといえば、それはマスメディアのなしえなかった、よりきめ細かい住民サイドに立った情報 とサ‑ビスを提供することで、そのような公共性が今後強調されねばならないと思うn
漢
(1)郵政省有線放送課調査によると昭和53年3月末現在、 19,235施設あり、
その内訳は加入者501以上(許可施設) 152
500‑51 10, 997
50以下 8, 043
許可施設は昭和54年3月末で、 195とふえている。その設立主体別では
営利法人46、任意団体(受信者組合) 114、地方公共団体(自治体等) 14、特殊法人(住宅公団) 1、
公益法人(財団法人) 11、農協等協同組合6、個人3。そのうち、自主放送施設は 28 (501以上)、 21 (500‑51)、 5)チャンネル))‑ス)、計54 (放送ジャ‑ナル社「放送ジャーナル」 1978年6月号、 p.p.32
‑33)
(2)安井忠次「有線放送の社会的機能」 (「放送研究入門」所収、 1974年o
(3)生田正輝「日本における放送の特質とその背景」 (「放送学研究」 16、 1967年10月、所収、 p.p. 59‑81 (4)例えば、多摩ニュータウンのCCIS (郵政省関係)、東生駒のHトOvis (通産省関係)、東京都のCAP‑
TAIN (郵政省関係)、その他に農林省、自治省なども若干ある。
(5) Report of the Sloan commission on Cable Communication : On the Cable, McGraw‑Hill Company, 1971, p. 97, 135, 151参照
(6)そのカバレージは全米人口の78%にあたるというO (口本放送協会編「世界のラジオとテレビ」 (1978年) p.161による)
(7) George Comstock: TV and Human Behavior, Columbia University Press, 1978. p. 117
(8)洛西CATV は京都市西京区大原野にある円木住宅公団のニュ‑タウン内に設立。昭和51年開局、 1500戸 加入(昭和52年)
(9)下市町情報センター(SIC)下市町役場内にあり、昭和52年4月開局、小中助の学校に優先的に配線、逐 次家庭加入者もふえ現在(昭和54年3月) 1191戸(35%)学校間の双方向通信も実施している。
NHK総合文研「文研月報」 1972年‑3月。 P‑P. 56‑57 (ll) NHK総合文研「文研月報」 1975年‑3月。 p.p.29‑31
日本経済新聞社「別冊サイエンス」 1978年6月、 p.p. 111‑112
(12)生活映像情報システム開発協会「東生駒CATV計画の概要」 1975年2月、 p.p. 5‑10 (13)堀部政男「アクセス権とは何か」岩波書店、 1978年11月、 p.70、 67
(14)生活映像情報システム開発協会「運用実験によるモニターの志向変化ならびに反応に関する調査研究報告 書」 1979年3月
179
Public Character and Citizen Participation in CATV
Shizuki Ota
Department of Education, Nara University of Education, Nara, Japan (Received April 28, 1979)
CATV carrying only broadcasting signals has rapidly been developing since the inau‑
guration of TV, but those systems which have functions of selトbroadcasting and two‑way communication, are on their way to full development. Therefore the concepts of public character and citizen participation in CATV are still new and immature. This paper aims at clarifying their outlines and problems.
In general, public character is closely connected with monopolization of public corpora‑
tion in opposition to commercialism. Besides there are problems of freedom of commu‑
nication, speech and expression in mass communication. The argument only for public monopolistic enterprise of broadcasting is far from setting the problem.
CATV is provided for as wired TV broadcastig by the law of wired broadcasting, but the trait of CATV is that it can offer manifold public services because it has many channels and two‑way communication in addition to broadcasting function. So we have to make
efficient use of it as cable communication system to meet the various needs of co一‑nmunity.
Citizen participation means the right of access not to be contended with the position of recipient oi mass communication, but to assert his thought and opinion and to put it into action. It is necessary for CATV to provide for suitable services and to admit citizen participation in its management for the purpose of becomming communication system ll close cooperation with local residents.
The forms of citizen participation arranged from data of Hi‑Ovis are as follows : Management participation (direct, indirect)
Program participation (direct, indirect)
and program participation is classified into three activities, that is participation before, during and after broadcasting.
We can refer to many examples of CATV in the United States and European countries, but what CATV should be is necessarly dependent upon the broadcasting system, coim munity life and the consciousness of local residents. The most important thing is to promote the citizens desire for selトgovernment and learning for themselves and it should be expected that CATV receive public financial help so they may play an active part in it.