氏 名 にし けんすけ
西 憲祐
学 位 の 種 類
博士(医学)
報 告 番 号
甲第
1804号
学位授与の日付
令和
2年
3月
16日
学位授与の要件
学位規則第
4条第
1項該当(課程博士)
学 位 論 文 題 目
ROS-induced cleavage of NHLRC2 by caspase-8 leads to apoptotic cell death in the HCT116 human colon cancer cell line
(カスパーゼ 8 による、活性酸素が誘導する NHLRC2 の切断は、
ヒト大腸がん細胞株 HCT116 細胞のアポトーシスを引き起こす)
論 文 審 査 委 員 (主 査) 福岡大学 教授
安永 晋一郎
(副 査) 福岡大学 教授
宮本 新吾
福岡大学 講師
本田 啓
内 容 の 要 旨
【目的】
ヒドロキシラジカルやスーパーオキシドアニオンをはじめとする活性酸素種(ROS:
reactive oxygen species)は、酸素を消費する様々な代謝経路によって細胞内で常に産 生されている。生成された ROS の大部分は抗酸化物質や抗酸化酵素の働きにより除去さ れ、細胞内の ROS レベルは厳密にコントロールされている。過剰な ROS の蓄積、すなわ ち酸化ストレスは DNA や脂質、タンパク質などの酸化を引き起こし、それらの機能を傷 害する。臨床的にも酸化ストレスは糖尿病や動脈硬化などの生活習慣病をはじめ、が ん・アルツハイマー病など様々な疾患の発症と進展に深く関わっていることが明らかに されている。
様々な代謝経路の活性化およびミトコンドリアの機能障害などにより、がん細胞にお いて細胞内 ROS レベルが上昇していることが知られており、がんの発生や進展に ROS が 深く関与していると考えられている。また、がん細胞は細胞内の ROS レベルの上昇に対 して、正常細胞よりも感受性が高いことが知られている。すなわち、元々ROS レベルが正 常細胞よりも高くなっているために、がん細胞は更なる ROS レベルの上昇による細胞死 を起こしやすくなっていると考えられている。実際、放射線治療をはじめとする多くの がん治療法において、ROS 産生によるがん細胞への細胞死の誘導は広く用いられている。
しかしながら、ROS が細胞死を誘導するメカニズムについてはいまだに不明な点も残され
ている。
本教室では以前、転写制御分子 Zfat (zinc-finger protein with AT-hook)が NHLRC2
(NHL-repeat-containing protein 2)の発現を制御していることを明らかにしたが、
NHLRC2 の機能と生理的役割については全く調べられていない。本研究において私は、ヒ ト大腸がん細胞株において、ROS によりアポトーシスが誘導される際に、NHLRC2 のタン パク質レベルが著しく低下することを新たに見出した。NHLRC2 は N 末端にチオレドキシ ン様ドメインを有することから細胞内酸化還元レベルの制御に関与していることが予想 された。そこで私は、ROS により誘導されるアポトーシスにおける NHLRC2 の役割を明ら かにするために、本研究を遂行した。
【対象と方法】
ヒト大腸がん細胞株 HCT116 細胞は 10% FBS を含む DMEM 培地中、5% CO2、37 ºC で培養 した。酸化ストレスは酸化剤 tert-butyl hydroperoxside (tBHP)により誘導した。アポ トーシス細胞の割合は、細胞をアネキシン V と propidium iodide による染色後、フロー サイトメトリーにより解析した。各タンパク質の発現量は特異抗体を用いたウェスタン ブロッティングにより解析した。また、shRNA または CRISPR-Cas9 を用いて、HCT116 細 胞の NHLRC2 をノックダウンまたはノックアウトすることにより、tBHP による HCT116 細 胞のアポトーシスの感受性の変化を解析した。
【結果】
HCT116 細胞を酸化剤 tBHP で 24 時間、処理することにより、tBHP 濃度依存的に NHLRC2 タンパク質レベルが低下し、アポトーシスが誘導された。抗酸化剤である N-acetyl-L- cysteine の前処理より tBHP による NHLRC2 の減少が抑制されたことから、tBHP が ROS 産 生を介して、NHLRC2 タンパク質レベルの低下を引き起こしていることが明らかになっ た。アポトーシスの誘導にシステインプロテアーゼであるカスパーゼが重要であること がよく知られている。実際、HCT116 細胞を tBHP 処理すると、様々なカスパーゼの活性化 が認められた。そこで、カスパーゼ阻害剤である z-VAD-fmk の影響について検討したと ころ、tBHP による NHLRC2 の減少が有意に抑制され、酸化ストレス下においてカスパーゼ が NHLRC2 を切断する可能性が示唆された。さらに検討を行い、tBHP 処理により、カスパ ーゼ 8 が NHLRC2 を 580 番目のアスパラギン酸の後で切断することが明らかとなった。ま た、NHLRC2 はそのチオレドキシン様ドメインでカスパーゼ 8 と相互作用することも判明 した。shRNA または CRISPR-Cas9 を用いて、NHLRC2 をノックダウンまたはノックアウト することにより、HCT116 細胞が tBHP によるアポトーシスに対してより感受性になったこ とから、NHLRC2 は酸化ストレスによるアポトーシス誘導に対して抑制的に働いていると 考えられた。
【結論】
これまで機能未知タンパク質であった NHLRC2 が、がん細胞における酸化ストレスによ るアポトーシス誘導機構において重要な役割を担っていることが明らかになった。
NHLRC2 の発現レベルを低下させることにより、がん細胞が酸化ストレスによるアポトー シスを起こしやすくなったことから、NHLRC2 はがん治療における新たな標的分子となる 可能性が示された。
審査の結果の要旨