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わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状

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わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状

著者 元山 健

雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学

巻 29

号 1

ページ 77‑95

発行年 1980‑11‑25

その他のタイトル A Study on the Studies of the Ombudsman System in Japan

URL http://hdl.handle.net/10105/2425

(2)

姦良教育大学紀要 第29巻 第1号(人文・社会)昭和55年 Bull.Nara Uniy.Educ,Vol.29,No.1 (cult. &soc.), 1980

わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状

冗  山     健 (政治学教室) (昭和55年4月30日受理)

〔序⊃ 本稿の課題(1)

(1)オンブズマン(Ombudsman)とは何か

オンブズマンという言葉が最近はかなりしばしば新聞等にも登場するようになった。オンブズ マンとは何か。実はこれ自体が本稿のテーマなのである。それゆえ、ここでは、本稿の叙述に差

し当り必要な限りでオンブズマンの一般的特徴を述べるにとどめる他はない。オンブズマンとは スウェーデン語で、元来は代理人を意味するが、今日我が国でオンブズマンといえば、それは行 政統制、救済の機関の一種というように受けとられている。本来のオンブズマンは、次の諸特性 をもっているという。(2)

① オンブズマンは単独制であり、議会によって選任され罷免される。その活動は議会に報告 される。 ⑧ オンブズマンは、議会に属しながらも、その具体的活動においては、政治的に独立 した、公平な調査官である。 ⑧ オンブズマンの権限は、行政決定についての事実の調査と認定 であり、決定を取り消したり、変更する権限はもっていない。調査し、必要があれば批判し、勧 告し、公表すること、これが彼の権限である。 ④ オンブズマンは、国民から苦情を直接受理す るとともに、職権で調査する権限をもっている。 ⑤ オンブズマンは、直接的、略式的、迅速か つ安価に事案を処理する。司法的手続に伴う様々な条件(出訴期間、訴えの利益、当事者適格な ど)は、必ずしも厳格に通用されない。

以上のように一応説明できるものの、これをみるだけでも、この制度にいくつかの疑問が生じ るはずである。それらの疑問等に部分的にせよ答えることも、本稿における以下の各節の課題の

‑つなのである。

(2)本稿の課題と問題の限定

我が国におけるオンブズマン研究は、その制度の存在自体の認識は更に逆のぼるであろうが、

具体的には1960年頃であると恩われる。本稿においては、 20年間のオンブズマン研究を総括し、

我が国においてオンブズマンがどのように位置づけられているのかを明らかにすることにしたい。

今日、オンブズマンの制度と機能は、憲法、行政法、政治学、行政学を含む広範な研究者達の注 目を浴びているのみならず、政党、政府機関、市民団体もまた注目するところのものになってい る。これらを含めて、大雑把な研究史を描くことが第‑の課題である。そして、これを踏まえて 我が国においてオンブズマンがどのように受けとられているか、その受け取り方の差異をある程 度類型化し、概括することが第二の課題である。第三の課題は我が国へのオンブズマン導入の是 非、その問題点など、具体的にこの制度を我が国の政治、社会制度とかかわらせたうえで、この 制度をどう位置づけているかを問うことである。ここでは、多くの論者が個別に述べている論 点が批判的に概括されるであろう。この第三の論点は研究の跡を顧みることに一見かかわりない

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ようにも思われようが、そもそも外国で生まれた制度を検討することの意義は、その最も実用的 意味において、この点に帰着するといえるのであり、この意味において、第三の論点は本稿の帰 結たるべきものと言うべきなのである。さて、このように20年間をふり返ろうとする際、いくつ かの問題が生じることに留意しなくてはならない。まず、前提として留意すべきことは、オンブ ズマンの導入の是非もいまだ定まらない以上、そもそも顧みる時期に達していないのではないか という、本稿の目的自体への疑義であろう。なるほど、この指摘はもっともである。しかしなが ら、1979年から80年の寛在にかけて、行政管理庁がオンブズマン研究を本格的に開始しつつある ことを考えるならば、(3)この制度への賛否はいずれであるにしても、やはり顧みつつ、問題点を 総ざらいしておく必要があるのではないであろうか。また、いかなる制度の研究であれ、その歴 史がある場合には、これをともかくも総括しておくことは、自明の前提といえるであろう。

次に留意すべき点は、20年間を顧みるとしても、すでに述べたように、オンブズマンの研究は、

オンブズマンの機能の特徴に規定されて、広い研究領域にわたって行なわれているということで ある。このことは、研究者の問題意識の相違による視角の相違を必然的なものにする。これに対 する‑つの方法は、研究領域毎の総括であろうが、本稿では比較的年代毎にまとめることにしたO その方が烏轍図を得やすいようにも思われたからである。

第三に留意すべきことは、オンブズマン制度が60‑70年代にかけて、世界的に拡大、多様化し てゆくこと、即ち、情勢の変化を著しく受けながら議論が進行していることであろう。しかしな がら、制度そのものの変化は本稿で直接論じることはされない.仰

本稿では、以上のような視点と留意点を前提として、オンブズマン論議の展開を概観すること が次の課題とされる。展開は三期に区分されるが、もちろん、各期の傾向の主要な特徴は次期に は失われるというものではないことはいうまでもない。

〔I〕オンブズマン研究の第一段階(1960‑70年)

(1)我が国におけるオンブズマン研究の始まり

我が国において、オンブズマン研究の先鞭をつけられたのは、故山本正太郎教授であるとされ ている(5)

。もちろん、行政学の辻清明教授、故成富信夫(日弁連会長)博士等の先達が存在して

いるが、ここでは最も早くからまとまった研究を公けにされた山本教授の見解を取り上げ、まず 一瞥することにしたい。

①オンブズマンへのアプローチの視点

1行政権拡大の現状認識‑現代国家における行政権の拡大、その専門性、技術性、複雑性

の増大が、個人の権利・利益を脅かす状況にあり、伝統的権力分立機構だけではその保障が十分 ではなくなってきていること、これが教授がオンブズマンを含めて行政査察制度の研究に向かわ れた基本的な認識であるCO)

。この種の認識は、今日までのオンブズマン研究に一貫して存在する ものである。

2行政法・行政救済的視点‑周知のように、オンブズマンには行政の救済と統制という二 つの機能がある。教授のアプローチは「個人の権利・利益」の救済から出発するものであったよ うに思われる。それには二つの理由が考えられる。第‑には、教授の問題関心が行政救済機構の 空隙をいかに補って個人の権利を擁護するかということにあったからである。第二には、デンマ ークオンブズマンの制度に大きく影響されて進行しつつあったイギリスでの論議を直接の素材と

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わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状 79

したからである。

3デンマ‑ク、イギリス的アプローチ‑教授のオンブズマン研究の素材は、スウェーデン

も含めて、50‑60年代初めの制度、議論が中心となっている。ところで、デンマーク以降のこの 制度の特徴は、たとえばその管轄から司法権が脱落していたり、公官吏の訴追権がなくなってい たりすることからもわかるように、むしろ簡単な行政救済制度としての役割を強めつつあった場 代のオンブズマンなのである。その意味で、スウェーデンにおいてオンブズマンが歴史的に本来 もっていた役割、「官僚統制の議会的手段」という側面は後景に退かざるをえなかったのである。

4行政管理庁の行政監察とオンブズマン‑教授の問題意識からも理解できるように、行政

管理庁の苦情処理機能がオンブズマンの行政救済機能と同一の機能的脈絡の中でとらえられてい ることに注意したい。後に、ゲルホーンが「日本における公務員との紛争の解決」論文で投げか けた関心が、すでに教授の研究でオンブズマンとのかかわりでとらえられているわけである。そ して、今日にいたるまで、行政管理庁の行政相談・監察はくり返しオンブズマン研究の焦点の1 つとなっている。

⑧小括

1議会機関性と独立性について‑「第一に、行政査察長官は、行政を監督するための議会

の手段であるだけでなく、個人の権利の擁護者である。」「第二に、行政査察長官は執行部から完 全に独立し、公平な調査を行なうものである。」(7)このオンブズマンの定義は古典型といわれるオ ンブズマン理解としては正しいものといえるOしかし、つづいて我が国の行政管理庁との関連に おいて、独立性保障のためには議会任命が望ましいが、「どのような方式と機構によるかはそれ ぞれの国の条件によって異なるから一概にこれを断定することは困難である」とされる(8)

。ここ

から明らかになるのは、議会機関性の相対化、換言すれば議会機関たることは「独立性」のため の手段の1つとなることである。なぜそうなったかといえば、それは1つは教授の問題意識がす でに述べたように行政救済手段としてのオンブズマンにあったことであり、他は素材となった外 国の制度の性格によるものといえるであろう。

2オンブズマンの源流とそれを生む政治制度の研究の不在‑これを教授の研究に求めるこ

とはないものねだりの感がする。というのは、教授の研究はデンマークに継受されたこの制度が 世界に拡がる渦中でのものだったからである。とはいえ、教授はオンブズマンの特徴の1つとし て一切の公文書の自由な閲覧権を挙げている。とすれば、これが我が国においては即座に「守秘 義務」の厚い壁に遭遇することはすぐにわかることである(9)

。オンブズマンを生かすには、その

ための舞台が必要だといわれる。責任のある公務員制度、公文書の公開、比例代表にもとづく議 会等‑これらの本格的研究は次の60年代後半に本格的に研究が行なわれることになるのである。

(2)スウェーデンオンブズマンの本格的研究の始まり(10)

デンマーク、ニュージーランドでのオンブズマン制度の採用と、とりわけイギリスでのこの制 度への関心に触発されつつ開始された我が国のオンブズマン研究は、60年代後半になると各方面 からの発言も目立ち始めるとともに、スウェーデンオンブズマンそのものの本格的研究が行なわ れるようになった。これらの研究から明らかにされたことは少くない。第‑に、スウェーデンオ ンブズマン制度そのものが詳細に明らかにされたことである。第二に、制度の歴史的展開が明ら かにされたことである。第三に、機能の歴史的展開が明らかにされたことである。第四に、制度 をとりまく政治、社会状況が明らかにされたことである。そして、第五に、この制度のスウェー デン政治における位置が明らかにされたことである。そこで、ここでは以上の5点について概観

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しつつ、若干の検討を行なうことにしたい。

①制度の概要

(a)政党勢力に比例して構成される議会の委員会によって選任、罷免の提案がなされ、議会によ ってこれが行なわれること、(b)司法と行政を管轄すること、(C)この2つの分野での法令執行の監 督、違法者の訴追を行なうこと、(d)職権および国民からの申し立てにより調査を始めること、(e) 公文書閲覧権、資料・証拠等提出要求権をもっていること、(f)個々の調査活動について議会の訓 令は受けない(独立性)が、議会に職務報告義務があること(これにより、批判ときに罷免の可 能性がある)、(g)行政機関の行為を取消したり、変更したりできず、批判、勧告にとどまること、

(h)議会等に法令等の改善の提案もなしうること、などである。

⑧オンブズマンの機能の歴史的展開

本来、オンブズマンは国王に対する国会の統制手段の1つ、即ち、国王に対する国会の政治的 統制が意図された制度であった。しかし、政府と国会の二元性が議会主義の最終的確立という形 で克服されると、この制度は如上の意味を失ない、次の2つの新たな意義を獲得する。オンブズ マンは、一方では「個人を行政庁及び裁判所による侵害から保護すると同時に、他方では議会主 義的統制の制度である。」そして今日では、「その活動のより本質的な面は、個人と国家権力の調 停者としてのそれにある」とされるのであるcm

⑧オンブズマンを支えるもの

このようなスウェーデンオンブズマンの制度と機能を支える背景は大きく2つの要因に分ける ことができる.昇一には統治制度に関するものであり、第二には社会条件に関するものである.

(a)スウェーデン国会には国政調査権が認められていない.このことは国会がこの機能を果そ うとすれば、別の機関をこれにあてる他ないことを意味する。それがオンブズマンといえよう。

(b)スウェーデンでは、内閣の任務は政策の立案、法案作成等に限られ、その執行に対する責 任は負わない。内閣(中央諸省)と行政庁とは別個の機構であり、行政庁は法令を白から解釈し、

執行する権限を有している。国会が公務執行を監督しようとすれば、内閣を通じてこれをなすこ とはできず、別個の監督の制度を必要とすることになる。

(c)スウェーデンにおいては、公務員は職務上の高度の独立的地位を有しており、その反面と して市民に損害を与えたときは、民事及び刑事上の個人責任を負わねばならず、上司からの命令 ということを理由に免貫されない。このような制度であればこそ、オンブズマンによる公務員の 批判や訴追も「公務員いじめ」にならないのである。また、公務員自身もオンブズマンに申し立 てる権利を有していることも理解できるのである。

(d)憲法的法律、「出版の自由に関する法律」により、市民は誰でも公文書を自由に閲覧する ことができる。オンブズマンの公文書へのアクセス権の前提にはこの法制が存するのである。公 務員は自己の行為が公開による批判に耐え得ることを常に確信して職務を行なう。これが(C)とあ いまって、公正で能率的な公務員制度の確保に役立っていることは言うまでもないであろう。

(e)次に裁判制度.スウェーデンにも行政裁判制度が必ずしも体系的ではないが存在している。

しかし、通常裁判所が行政上の決定を審査し、取り消す可能性はイギリス、デンマーク、ノルウ ェーなどに比して強く制限されているという。そこで、国民にとっては、行政審判所、最高行政 裁判所等へ訴える他に、公務員を民事上訴適しようとするとき、オンブズマンのもっている訴追 権が利用できるというわけである。

(I)スウェーデンにおける新聞の役割は少くないといわれる。新聞は公務を自由に検討し、批

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わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状

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判する。オンブズマンの調査が新聞報道から始められることも少なくないし、オンブズマンの活 動も新聞を通して広く国民に知られるという。

(g)オンブズマンの選任が比例代表である前提として、スウェ‑デンの議会を支える選挙制度 が比例代表制であることも重要である。これは、オンブズマンの公正さを政治的基礎で担保する

ものである。また、スウェーデンの国会議員はイギリスなどと異なり、選挙区の苦情処理人とし ての性格が希薄であるといわれるが、(12)政策事頃に専念するのも比例代表制の結果の1つかもし れない。その代り、彼らは国民の苦情をオンブズマンという議会の官吏に、議会の監督の下に、

委ねたのだともいえるであろう。

かくて、スウェーデンのオンブズマンは、この国の諸条件に支えられて、ある意味で「合理的 な」官僚制を前提とし、これを統制する諸制度の補完的な制度として存在しているとされるので ある。

(3) 60年代の研究が明らかにした課題‑〔I〕のまとめにかえて‑

既に述べたように、我が国におけるオンブズマン研究は、行政救済という視角から始められた のであるが、こうした出発は単に偶然事ではなかった。つまり、デンマーク以降の現代オンブズ マンには、統制より救済的機能が前面化していたからであり、またそれは我が国の行政管理庁の 苦情処理能力に比較することができたからであった。しかし、 60年代後半になるとこの制度の源 流たるスウェーデンの研究が登場してくる。それは、そもそもオンブズマンとは何なのかという ことを明確に問題にした点で画期的であり、次の諸点を我々に明らかにしてくれたのである。

(a)第1には、オンブズマンの本来の機能は行政の政治的統制にあることである。そして、それ が現代においては苦情救済の機能を前面にすえ、その過程で行政の日常的な運営の統制を併せて 行なうものに機能変化していることである。このように機能変化した段階でスウェーデンのオン ブズマンは統治制度の異なる国々へ輸出されるようになったのであり、このことには特別の意義 があるように恩われるのである。救済機能重点型のオンブズマンが、これを導入しようとする人 々の眼前にあればこそ、それらの現代的出生のオンブズマンは司法権を対象とせず、訴追権も有 さない形をとるのである。こうした中で、スウェーデンそのものを対象とした、平松助教授を代 表とする研究が、 「議会的行政統制」の手段としてオンブズマンは本来存在してきたことを明確

にされたことは、重要な意義をもつものといえるのである。

(b)既に略述したスウェーデンの独特な統治制度が明らかにされたこと、そしてこの制度が議 院内閣制の諸国に継受されたことは、 70年代の議論の展開に大きな影響を与えた。これが第2の 点である。たとえば、議院内閣制下での公務員の行為に対する大臣責任の原則とオンブズマンの 行政統制機能とのかかわり、(13)公務員制度の階統制とオンブズマンのかかわり、情報公開の有無 とオンブズマンの調査、公表権のかかわり、更には、議会主義、権力分立の既存の理論枠組みと オンブズマン制度の位置付けの問題など、今日的議論の基礎的前提を築いたことの意義は大きい

といえよう。

こうして、単に簡易な行政救済手段であるだけではなく、行政統制(その内容は政治的統制か ら連営統制へと変化しているが)の議会的補助手段でもあることが確認されたことは、 70年代の 我が国の構造的政治腐敗に端的にみられる政治情勢ともかかわって、一部のオンブズマンに対す る過大な評価も含めて、大きな関心を各方面に呼びおこしてゆくことになるのである。

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〔Ⅱ〕オンブズマン研究の第二段階(1970‑76年)

オンブズマン制度の世界的拡大とその多様化は、我が国における研究にも影響し、提案を含む 議論は多様化し、オンブズマンの本質把握にも一定の差異を示すようになってくる.ここでは、

こうした点も踏えながら、以下の4方向から議論を総括することにしたい。

(1)特別オンブズマンの本格的研究の開始

実在する資本主義国家の機能概念として「行政国家」を論じ、国家基本計画の決定に議会の再 生を説く手島孝教授は、 『現代行政国家論』において、西独の軍事オンブズマンの制度と実際香 検討しているO ある一定の行政領域だけを担当するオンブズマンを特別オンブズマンとすれば、

その最もまとまった本格的研究は教授の研究をその最も初めのものとして挙げて差しつかえない と思われるのである。西独の軍事オンブズマンは、 1956年、西独の再軍備に伴い、基本法改正 (45b条)により生れた。正式には「連邦議会の防衛受任官」という。彼は、連邦議会の補助機 関として、総議員の過半数で選出され、軍事的防衛の領域において基本権ならびに内部的指導、

管理に関する諸原則を擁護することを主任務としている。

① 軍事オンブズマンの憲法的性格‑見られるように、西独の軍事オンブズマンは議会選任 の特別オンブズマンである。その憲法的性格については、 (a)憲法機関であるとともに連邦議会に 従属するとする説(二重地位‑二重機能説)、 (b)連邦議会の下位機関であるとする説、 (C)機能的 従属、機関的独立説があるという。基本法改正という形で生れた制度であるがゆえに、こうした 議論がでてくるのであるが、それだけではなく憲法の諸原理の中でこの制度をどう位置づけるか

という点からも興味深く思われる。

(り その実態と問題点‑実態のうち、重要な指摘と思われるのは、訴えの大部分は「基本権 の侵害よりは、むしろ単純な苦情の申立てであり‑‑‑軍人の基本権或いは内部的指導・管理の原 則が侵害された重大な事件は比較的稀れである」というものであろう。(14)オンブズマンの現代に

おける役割が奈辺にあるかを示唆しているからである。

⑧ 一般行政オンブズマンの問題点‑ここで、特別オンブズマンの文脈からは外れるが、手 島教授の西独における一般行政オンブズマン論議の検討の結果を一瞥しておくことにするo教授 はオンブズマンについて、一般的には歓迎さるべきものとしつつも、次の問題を提起している。

(a‖ 議会的統制を議会から可及的独立の機関によって行なわしめるというオンブズマン制の基本 構造そのものに矛盾的契機が存する」。 (b)統治組織における位置付けからみると、 「オンブズマン は、議会的統制の強化策として把握」されるが、 「しかし、それが同時に営む国民の権利・利益 の保護機能は、むしろ司法作用の補完として、議会活動の枠をはみ出す面を多分に持つ」。 (C)

「オンブズマンに単独制を本質として見る限り、大国で効果的に機能しうる可能性は、きわめて 小さいといってよかろう。」 (dり以上の3つの難問が解決されたとしても、 「現実主義的に考えれば、

一部のオンブズマン信者のように、これに現代行政国家の宿弊を根本的に解決する特効薬・万能 薬的効果を期待するのは、およそ木によって魚を求めるの類である。」また、 「オンブズマンは、

行政部は批判にオープンであるとの擬態を作り出すことによって、むしろ行政部を補強する機能 すら営みうることをも看過してはならない.」(15)

④ 小 括‑西独の軍事オンブズマンの研究から明らかにされたことは、第1に権力分立制 との係りにおけるオンブズマンの位置の問題性、第2に、ここでもオンブズマンの実際的機能は

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わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状 83

苦情処理、行政救済中心となっていること、第3に、オンブズマンの行政統合的イデオロギー性 の危険性が正面から問題とされたことであろう。特に、最後の指摘はともすればオンブズマンへ の一般論的支持へ向いがちな議論への警鐘であるとともに、およそ統治の諸装置、諸制度の分析 へ向う際の基本的視点の不可欠な1つをオンブズマン分析にあたって正面からすえたものである といえるであろう。

(2)私的オンブズマンの提唱

①私的オンブズマンとは民間で設置するオンブズマンのことであるが、我が国におけるまと まった私的オンブズマンの提唱は、日弁連オンバッヅマン制度研究委員会によって行なわれた(16)

同委員全によれば、私設オンバッヅマンを実施する理由は次の3点である。第1にオンバッヅマ ンの立法的採用は、現在の我が国の政治、社会事情からみて、必ずしも容易ではない。第2にオ ンバッヅマン制度はオンバッヅマンの個人的影響力と班論の支持によるところが大きいから、必 ずしも公的オンバッヅマンでなくても、かなりの機能を発揮しうる。第3に私設オンバッヅマン は立法化へのマイルストーンになるであろう。以上の理由に基づき、同委員会は日弁連の機関と してオンバッヅマン制度を設けることを提言している。

⑧小括‑ここでとりわけ述べておきたいことは、オンブズマンの個人的影響力、その人

格性の強調という点である。公的オンブズマンと異なり、調査権も査察権も正式には持っていな いのであるから、人格性が強調されることは当然であるが、しかしこのことは公的オンブズマン についても強調されるものなのである.民主主義社会において、国民の権利保護、行政の統制の 任にあたる者が人格高潔たることを求められるのは当然のことであろうが、オンブズマンについ てはとりわけこの要素が強調されるのである.このことは、一面では何ら特異なことではないO

°°°なぜなら、近代立憲主義の原則は、政治に携わる人間を市民の代表者として措定するからである。

しかし、他面ではこの政治社会に反映される市民的人格は、代表‑集団‑合議制として現象する 人格であった(議会主権的議会主義)。オンブズマンは単独の人格として市民を政治の1つの場面 で代表する者である。この後者の側面は、たとえば国民自身の統治能力の形成という現代的課題 とどのように接合するのであろうか。オンブズマンが現代的である理由の1つほこのあたりにも あるように思われるのである。

(3)地方オンブズマンの本格的研究

地方単位のオンブズマンの存在、言及はこの期以前にもなされているが、その機能面まで含め て本格的研究が始まるのは、やはりこの時期以降のことといえよう。ここでは、やや先発しては いるが、小島武司教授の研究に主に素材を求めつつ、地方オンブズマンについて検討することに する(17)

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バファロー市におけるオンブズマン導入の契機は、アメリカにおける都市問題解決の1環とし てであった。この制度は連邦経済機全局と同市のロースクールとの契約によって、学生、教授達 がいわばオンブズマンとそのスタッフ的任務を引きうける形で、試行として設置されたものであ る。この制度自体の詳細は省略せざるを得ないが、ここでは次の2つの点を指摘しておくことに したい。

第1に、オンブズマンは、行政機関に従属する苦情処理機関にすぎないものは含まれないとさ れつつも、ここでは議会機関性は、考察の対象自体に制約されることもあるが、問題とされず、

独立な第三者としての仲介者、調停者という機能が重視されている。第2に、機能の実例分析か ら言えることは、オンブズマンは、日常的行政運営統制にはある程度役立つとはいえ、その主な

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機能はここでも事実上行政救済的なものが中心であるように思われるのである。

(4)オンブズマンの制度と論議の多様化

オンブズマンの制度と論議の世界的拡大は、これを導入しようとする諸国の政治的、社会的事 情の相違も手伝って多様化する。これを受けた我が国の論議も、多様なオンブズマンの制度と理 念の紹介、研究を経て多様化しつつ、明確な対抗軸をつくってゆくことになるのである。

具体的には、第1にオンブズマンの設置主体の面での多様化である。議会機関としてのオンフ ズマンの他に、民間オンブズマン、行政部の設置するオンブズマンが検討されることになる。第 2に、管轄領域について司法部が除外されることがすでに自明のこととして論じられるようにな る。第3に、本格的な実証研究は次の時期をまたねばならないとはいえ、個別的な行政活動を対 象とするオンブズマンの存在が検討されるようになる。たとえば、スウェーデンにおける「公正 取引オンブズマン」「消費者オンブズマン」「新聞オンブズマン」などの紹介はその例といえよう。

こうした多様化の中で、オンブズマンの本質を巡る対抗軸が形成され、それは次の時期、即ち今 日においては明確なものになっているように思われるのである。この対抗軸とは、制度面におい ては議会型か行政型かを巡って、機能面ではオンブズマンの存在理由を裁量統制に見出すのか簡 易的行政救済に見出すのかを巡ってつくられるといえよう。次の第3の時期の検討は、とりもな おさず今日の分析に他ならないので、論点別の形での検討を如上の対抗軸を念頭において行なう ことにしたい。

〔Ⅱ〕オンブズマン研究の現状(1976‑80年)

この時期は、理論と実際の両面において、それ以前の時期と区別される。本稿はオンブズマン 導入の運動については、これを直接の対象とはしていないが、研究上の内容的時期区分に現実の 諸運動は多少とも影饗せざるを得ないのが当然でもあり、オンブズマン研究にもこれがあてはま ると考えられるので、必要な限りで、=なぜ76年が'の論拠を明らかにしておくことにする。

この時期、とりわけ80年に近づくにつれて、ロッキード事件につづく、KDD事件に象徴され る政官の腐敗の報道などの中で、オンブズマンが顔をしばしば出すようになっていることは、周 知のことであろう.(‑8)そうした意味で、オンブズマンが研究者だけの関心事ではなくなってきた 指標として、次の2つが挙げられよう。第1には、オンブズマン研究所が民間で設置され、小冊 子ではあるが「オンブズマン」を発行し、啓蒙と連動を始めたのが76年であった。第2に、国の 側を見ると、オンブズマン研究の出発点から何かと引き合いに出されることの多かった行政管理 庁が本格的研究を組織し、その成果を公けにしたのが76年であったのである(19)

他方、本来の理論研究の方に日を転じるならば、この時期は前節末尾で述べたオンブズマンを 巡る対抗軸が極めて鮮明にされた時期であったといえるであろう。これについて、私見も交えつ つ、大雑把にではあるが整理することが本節の課題である。

仙オンブズマン制度の諸類型

オンブズマンの多様化が最も鮮明にあらわれるのは、制度の面である。そして、それは実は次 に述べる機能論の類型と対抗軸に大きくかかわっているのである。

①制度設置の主体‑これの相違は、議会型、行政型、私大型に分けられる.それぞれ、ス

ウェーデン、アメリカの若干の州の副知事オンブズマン、日弁連の構想などが典型といえよう。

もっとも、議会一行政部の双方が関与する制度や行政‑私大型(たとえば、行政部の長の私的制

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わが国におけるオンブズマン研究の歴史と塊状 85

度としてのオンブズマンなど)のものなど、中開的な制度も考えられよう。

②根拠法規の有無‑憲法により創設されるもの、法律によるもの、法的根拠のないものに 区別されよう。形式的には、この順序で効果が弱くなるように思われるが、実態としては必ずし もそうではないとも考えられている(たとえば、既述の日弁連構想と人格機関性の箇所参照)0

⑧活動領域‑司法と行政を対象とするもの、行政を対象とするもの、特定の行政を対象と するものに区分される。第3のものが特別オンブズマンといわれるものだが、これが生れる理由 は、一般行政オンブズマンの任務過重、行政対象自体の特殊性、更にはオンブズマンに期待され る機能、役割が一般オンブズマンと異なること、などであろう(20)

④管轄地域‑全国オンブズマンと地方オンブズマンに区分される。後者の存在理由は、第

1に人口の多い国では全国オンブズマンは大量の苦情に押しつぶされて機能不全になることへの 危悦である。第2には、地方における独自の要求であり、制度的ものと政治的ものがあるように 思われる(制度自体が要求する場合として、例えば連邦制の問題、政治的なものとしては都市問 題などが考えられる)0

⑤オンブズマンの人数と資格‑オンブズマンは独任制が原則だが、主にその需要度により 複数名任命されることもある。後者の場合でも、合議体になるわけではないこと、各々が独立し ていることは当然である。資格については、法的素養を求める制度と特にそうしたものを求めな いものとに区別できる。しかし、明示にせよ黙示にせよ、人格の高潔性と政治的無党派性は共通 して要求されている。オンブズマンの成否がその人格に依るところ大であることは、ほぼ異論の ないところである。

⑥不服申立の主体と方法‑国民一般であるが、利害関係のある者自身に申し立て人を限る 制度もある。また、公務員自身も申し立て人になれる制度と然らざるものとがある。方法は、多 くは直接オンブズマンに申し立てる制度をとっているが、議員を仲介しなくてはならないとする 制度も存する(21)

⑦権限‑オンブズマンの権限は、調査し、批判し、勧告し、公表することが中心で、白か

ら処分を取消したり、変更するものではないことは周知のことである。そうだとしても、第1に 職権による調査のできるものと然らざるものとが区別される。第2に、調査のための公文書への アクセス、閣議を筆頭とする行政決定の諸会議への陪席等が、一切自由なものと一定の制約のあ るものとに区別される。第3に、オンブズマンの最大の武器ともいわれる調査結果の公表権を有 するものと議会の報告書などで概括的にふれる他にこれをもたない、即ち公表権の制約されてい るものとに区別される。era)こうした権限の相違は、国政情報の公開の有無、国政調査権の有無、

これらとかかわってのオンブズマンの担うべき役割の相違などが関係しているのである。

(2)オンブズマンの機能の諸類型

誰でも知っているように、オンブズマンの機能といえば、行政の救済と統制の2つであり、こ の2つの機能がともに実現されることが制度の理想であることもオンブズマンの主唱者の問で共 通している。それにもかかわらず、私にはこの機能を巡ってこそ、今日のオンブズマン理解の対 抗軸が存在していると思われるのである。そして、この対抗の背後には、現代の国家と行政に対 する根本的な評価の違いが伏在しており、実はこのことこそがオンブズマンのとらえ方の相違を 根底において支配しているように思われるのである。以下においては、『オンブズマン制度の比 較研究』(1979年、中央大学出版部)を中心とするグループの機能論(これを以下便宜的に「機 能類型B」と略する)を整理しつつ、これと対抗する機能論(これを以下便宜的に「機能類型A」

(11)

と略する)を対照させて、概観することにしたい。

①機能的類型AとB

類型Bは、オンブズマンをその機能によって、行政監察型、苦情処理型、監察・苦情処理型に 区分し、第三の型を理想型オンブズマンという(53)

。この区分は、類型Aと相似しているように見

・・・・・・

えるが、大きく異なる。第1に、類型Aにおいては、「議会的行政統制」の補完物、「裁判的行政

・・・・蝣蝣

統制」の補完物、「外在的行政救済」制度としてのオンブズマン、「内在的行政救済」制度として のオンブズマンというように、設置主体と統制なり救済なりの機能の内容的性格づけとが行なわ れており、どのような政治的文脈での機能かが不可欠のものとして踏まえられているのである(24)

このことは、したがって第2に、類型Aは「内在的行政救済制度」としてのオンブズマン(いわ ゆる行政型オンブズマン)を「別の潮流」「外見的オンブズマン」として排除するのに対して、

類型Bではこの区別はなく、「苦情処理型」の中に一括されることになる(25)

(a)議会機関性はオンブズマンの不可欠な性質か‑類型Aは行政救済制度としてのオンブズ マンが今日の主流であることを認めつつ、救済を通じての裁量統制にオンブズマンのレーゾンデ ートルを見る(26)

。行政裁量は本質的に当不当の問題である以上、それは議会が最も判断に適して

おり、したがってオンブズマンは議会機関たることを要すると考える。これに対して、類型Bは、

議全機関性は議会による行政統制手段の備っている国では必然的ではなく、重要なのは「いかに してオムプズマンの独立性、公正性を担保するか」(27)であるとする。このことは、古典型オンブ ズマンの特質が、第三者性、独立性、職権性、高位性にあるとされ、議会機関性が捨象されてい ることにも表われている.オンブズマンが議会型であるのは、スウェーデン、デンマーク、イギ リス等の「政治的、法制的特殊事情」によるものとされるのである。(28)

[b)行政統制と官僚制の評価の相違‑類型Bは、行政救済機能を前面に押しだすが、その根 拠は2つある。1つはオンブズマンの歴史的機能変遷である。もう1つほ、行政統制がともする と公益の名の下に市民のニーズから遊離し、不必要に社会的不安定の素材を提供しかねないこと に顧みると、市民のニーズから出発し、ヒューマンな行政を確保しようとする「発想の転換」こ そ必要であり、いわば「一歩退いた形で苦情救済を前面に据え」ることの方が「高等戦術」であ るということである(29)

。これに対し、類型Aは、救済を要する行政苦情は、本来的に裁量行使に

あるという立場から救済と統制を類型Bのように相反する可能性のあるものとはとらえない。

次に官僚制の評価であるが、類型Aは「行政国家」論に多少とも立脚している以上、官僚制と その弊害を政治的、普遍的現象と把握する。これに対し、類型Bは技術的、附随的現象と把握す る。たとえば、Bは官僚制の弊害を、公務員・市民双方の規則運用手続の不理解、専門用語主義、

先例盲従主義、機械的処置、官僚の必要を優先する傾向の5点にまとめ、オンブズマンが果すべ きは、官僚制において確保さるべき、答責性、能率、財政の健全性、衡平性、即応性のうち、衡 平性と即応性であるという。(30)

(C)類型Bにおけるオンブズマンの軟性化‑類型Bにおいては、制度の設置主体が柔軟に解 される。オンブズマンの着想は「個人の創意」によって取り入れることも可能であり、そこに

「オンブズマンの普及の秘訣がある」とされる。また、機能においても軟化する。「最高オムブ

・・・・・・・・・・・・・・・

ズマンは、行政、企業、国会を含む広範な社全組織に対するヒューマンな原則に基づくチェック

°°°の方式であると位置づけられる」(傍点筆者)という指摘がこれを裏づけている(31)

⑧2つの機能論の基礎にあるもの

以上の簡単な整理から、今日のオンブズマンを巡る対抗軸は一応明らかにされたと思う。この

(12)

わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状 87

対抗関係の背後には、既に述べたようにいくつかの基礎的認識の相違がひそんでいると思われる のである。第1に、現代国家を「行政国家」と見るか「福祉国家」と見るかという国家観の対立、

第2に、官僚制の不可避性を前提としつつも、それを「必要悪」と見るか「基本的善」とみなす かの対立、これらの相違がオンブズマンの制度と機能の本質理解に如上の相違をもたらしている のである。オンブズマンもまた国家論をぬきにしては語りえない、現代の子なのである。最後に

・・・・・・

機能論の相違を特徴づけていうとすれば、類型Aは「政治的機能」論、Bは「技術的機能」論 (もちろん、それ自体が政治的意味を客観的には有する)といえるであろう。

(3)我が国への導入を巡る諸問題

①行政管理庁オンブズマン論

行政管理庁の行う行政監察は、人口5万人につき1名の割合で任命される行政相談委員の活動 と相まって、オンブズマン的発想の中で第1期からずっと注目されてきた。行政管理庁の監察・

行政相談とオンブズマンとのかかわりは、第1期においては、一部に両者を同一視する論議もあ ったが、第2期においてはオンブズマンの制度と機能の紹介が進み、こうした議論はなくなった。

しかし、第3期には新たな視点からの行政管理庁‑オンブズマン論が登場してくるのである。す でに述べたように、行政管理庁の側でのオンブズマン研究が本格化しようとする今日、この傾向 は注目に値するといわねばならない。かくして、今日における行政管理庁とオンブズマンの関連 のとらえ方は次の4つに区分できるであろう。

1行政管理庁オンブズマン論

現在の日本の議会制度において、議会付属のオンブズマンを設けることは極めて困難であると いう認識にもとづき、行政管理庁に「公正性」を与えることによって、オンブズマン化すること ができる。「公正性」とは具体的には、苦情の処理基準、処理過程、監察システムの公開(広報・

教示)であり、これによって国民の信頼を得ることができる(32)

。以上の提言とても、もちろん現

在の行政管理庁がそのままでオンブズマン化しうるというのでないことは明白である。しかし、

すぐに気づくことは、独任制、独立性といったオンブズマンの属性‑の配慮が見られないことで あろう。そこには既述の機能的類型論のB説的立場がある。そのことは「いずれにせよ、第3者

・・・・・

の視点にたった、ある程度の独立の保障を伴った活動というのが基本的な要素であり、国会等が 選任する強いオンブズマンと並んで、行政管理庁等がやっている行政相談‑‑・も弱いオンブズマ ンと位置づけて、共通の枠内での多様化として考察の対象とすべきではないか」(傍点筆者)と いう指摘にも表われている(33)

2行政管理庁とオンブズマンの連携論

この提案は、次の第3の観点を前提としたうえで、行政管理庁の引き受けている大量の苦情 (とりわけ、要望・意見)が必ずしも行政の改善につながっていないということから、こうした 仕事を国会付属のオンブズマンと連携して行おうとする考え方であるC34)

3行政管理庁はオンブズマンたりえない。

この考え方が今日でも依然として主流である。その論拠は、行政管理庁における独立性の不十 分性、組織の官僚制、権限の不十分性、専門性の不十分さなどが挙げられる。しかし、もう1つ の論点として、行政管理庁における行政相談等は、オンブズマン制度とその目的とするところが 異なるのではないかという指摘は重要であろう。(:泊)たとえ、従的とはいえ、オンブズマンの統制 機能は国民生活にとっての行政制度の正邪を問うに対して、行政管理庁の行政相談を含む監察は 行政権内部での効率性等の把握に向けられるからである。

(13)

(参公務員制度、情報公開

すでに、第1期のスウェーデンオンブズマンの研究に示されているように、オンブズマンの強 力な活動の背後には、この2つの問題が存在している。我が国における公務員制度の階統性と情 報公開の不十分さは、相互に関連して、オンブズマン導入への障害とされている。私見によれば、

行政情報の公開は、オンブズマンの是非を超えて、行政の国民的統制への大道であると思われ る(36)

⑧国政調査権とオンブズマン

議会型オンブズマンを導入しようとする際、1つの論争点をなすのが、国政調査権とのかかわ りである。今日、知る権利につかえるという視点から、国政調査権論争の見直しが主張されてい るが、(37)ここでは、補助的権能説では議会型オンブズマンは不可能とする説を検討しておくこと にしよう。この説によれば、補助的権能説には、行政統制が立法、予算審議、内閣不信任のみな らず、調査によっても効果的であるという事実が見逃されているという。即ち、調査権を立法権 等と同等な独立した地位をもつものとして位置づけるのである。「国政調査権が立法権行使の必 要によって限定されない独自の権限であるとすれば、両議院は、国政調査を行うにつき、行政部 から独立な機関を設けてこれにあたらせるというオンブズマンに相当する制度を設けることがで きるからであるO」(38)この「新独立権能説」には、オンブズマンに議院のなすべき国政調査を行わ せることが妥当かという問題‑オンブズマンの機能にかかわる‑もあるが、それは別としても、

果して補助的権能説では、議会型オンブズマンは不可能なのであろうか。補助的権能説によれば、

議院の諏査権は、「議院の憲法上の権限を実効的に行使するための補助的権限である.」そして、

「議院の権能‑とくに立法権‑はきわめて広汎であり、憲法62条は対象を限定していないのであ るから、『公共の福祉に関する問題』に関連のない純粋に私的な事頃を除き、実質的に調査は国 政の全般に及ぶ。」とされている。(39)ただ限界として、行政の直接的抑制、一般的調査、常設的 調査には問題があるとされる。オンブズマンは、行政の直接的抑制は本来行わないから関係がな い。一般的調査についていえば、オンブズマンの調査は常に具体的であるといえる。また、一般 的調査が許されないとしても、ここでいう特定性は、相対的で、論理的限界を定めることができ ないこと、「合理的な確実性」をもって足りるとされていることに注意したい(40)

。次に常設的調

査という意味で、オンブズマンは常設機関であるから問題が生ずるとされるかもしれない。しか しこれに対しても「Permanentまたはst云ndig」な調査が直ちに議会政治の本質に反するとはい いがたいだろう」とされているのである。川)さらに、国政調査権の外部機関への委任についても、

アメT)カでの改革案の検討の中で、supervisoryな調査は許されないが、research,inquisitoral, facトfindingな調査については許されるといわれている(42)

。このように見てくるならば、一定の

制限はありうるが、オンブズマンの設置自体不可能とは必ずしもいえないのではないだろうか。

もっとも、オンブズマンの調査権をそもそも国政調査権と同じ性格のものと見るべきかどうかと いう問題もあろうが、ここでは疑問を提出するにとどめたい。

(りオンブズマンの政治風土

オンブズマンの導入にとって、最後の問題は、政治的対立によって、オンブズマンの公正・独 立性が我が国では担保できないのではないかという問題である(43)

。提案は、たとえば、国民公選

で選任すること、議会に第3者を加えて選任すること、更に、議会の特別多数決によって選任す ることなどが言われている(44)

。しかし、いずれも行きつく先に憲法的問題を生ずる可能性がある

といえよう。国民公選の機関とすれば、文字通り第4権的になろうし、特別多数決についても、

(14)

わが国におけるオンブズマン研究の歴史と現状 89

内閣総理大臣の指名が過半数であることとの均衡上の問題を生じるであろう。オンブズマンは、

福祉についての社会的合意のあるところで機能するといわれているが、我が国においては、これ は必ずしも容易ではない。ひるかえって、オンブズマンの機能自体を批判的にみれば、機能論の 第B類型でも指摘したように、オンブズマンとは現代にあっては、福祉国家の体制安定装置とも いえるのであり、福祉国家をどう評価するかということによって、オンブズマンの評価も異なる 可能性があるといえるであろう。

〔Ⅳ〕オンブズマン論議の課題‑結びに代えて‑

ここでは、以上のような経過と内容を含んで展開してきた、我が国におけるオンブズマン研究 に対して、若干の問題提起を含めてその課題を提起することにしたい。とはいえ、第1にオンブ ズマンの制度と機能それ自体を批判的に検討することは、必要ではあるが、ここでは(それ自体 としては)省略される。第2にいかにすれば、オンブズマンを導入しうるかといった具体的提言 の検討もそれ自体としては省略される。ここで改めて問題にしようとするのは、そうしたオンブ ズマン論議の前提として、筆者にとっては無視されるべきではないと思われる、いくつかの論点 に他ならない。

(1)幻のオンブズマンと現実のオンブズマン

オンブズマンの制度と機能は、その補完的性格を特徴としている。それゆえ、官僚統制といっ ても、今日世論をにぎわせているKDD事件の如きものに充分対処できるものかどうかは疑問で ある。ロッキード事件への対処の如きは別の手段が考えられて然るべきであるといわれ、(45)また、

この制度によって現代国家の宿弊の是正を求めることは、木によって魚をとる類だともいわれて いる。こうしたことは、オンブズマンに行政統制機能を求めようとする人々の中でもある程度一 致している見方である。これらの人々の見解における行政統制とは、いわゆる日常的行政運営統 制が意図されていると思われるが、今日のオンブズマン論議の底流(それゆえ、直接的には顕現 しない)の1つには、日常的行政運営統制の側面も簡易的行政救済機能に従属させる発想が存在 することに注意しなくてはならない。たとえどんなにオンブズマン概念の拡散化を防止し、それ に理論的枠組みをはめこもうと、現実は動かしえない。そして、こうしたオンブズマン理解の対 立には、本来オンブズマン制度自体に救済と統制の緊張関係があるということの他に、現代国家 観そのものの対立が伏在しているのではないであろうか(行政国家か福祉国家か) ‑既述87頁参 鰭)。そうであるとすれば、かってスウェーデンにおいて国王権力の政治的統制手段として存在 していたオンブズマンの実体を、現代のリバアイアサンに対抗するものとして(たとえ、行政運 営統制のレベルであれ)確立させようとすれば、実は現在のスウェーデンを含む諸国の制度は、

直接的には役立たないのではないだろうか。それゆえ、もしもオンブズマンを行政統制と行政救 済の2つの機能を限られた範囲内であれ、ともに十分に果すものとして導入しようとするならば、

筆者には、その前提として、次の2つの点の検討が不可欠のように思われるのである。第1には、

歴史的に存在していたオンブズマンと現代世界に存在しているオンブズマンとを明確に区別し、

両者の混同をいましめることである。幻のオンブズマンを我々は現実の中に見てはならない。第 2には、オンブズマンは大国には不向きであるといった実践的議論、批判や行政権の肥大化とい った寛象論的国家論の枠をこえて、オンブズマン理解の1方の極にある福祉国家的国家論そのも のを皿上にのせて、導入の対抗軸を鮮明にした議論が必要であると思えるのであるo

(15)

(2)オンブズマンと権力分立

すでになされた整理の中で、1つの考え方としてオンブズマンの管轄対象に「国会」もが含ま れていたこと、そして「司法」は明記されていなかったことに気づかれたことと思う。こうした 指摘は、従来の議論と別の意味で重要な論点を提供しているといえよう。従来の議論における権 力分立論的観点での問題は「国会に属しつつ、国会から相対的に独立して機能すること」や、そ の機能が司法的救済の実質をもつものであるという点からの疑問であった。即ち、従来の疑問点 は制度的には国会に属するから3権分立の枠を超えるものではないとか、或いは機能的にみれば やや問題があるが、それも処分等の取り消し、変更等の実権をもつものでなく、制度的には、Eg会 又は行政部のいずれかに結合するのだから、三権分立の枠を超えるものではないといった形で処 理することもできたであろう。しかしこの議論の申において図会が含まれていることは重要であ るOもし、こうなれば、それはいわゆる第4権的存在になりかねないからである(46)

。そして、こ

れに一部でいわれているように、オンブズマンの国民公選制が結びつけば、それは現憲法の予想 しないものとなるのではないだろうか。また、この議論は、国会と並行して企業等の社会組織も オンブズマンの監視の対象としているが、この点も憲法原則に問題を投げかけている。近代市民 憲法は、国家と社会の二元的存在を前提として、国家を社会に対立するものとしてとらえるがゆ えに、国家の存在構造を制度的・機能的に憲法によって規制し、人民の権利・自由を保障しよう とした権力分立の意義の1つはここにあったのである。現代市民憲法においてこの原理は修正さ れてはいるが、失なわれてはいない。国家と社会組織とを同列におくこの発想は、かくして憲法 原理上の疑問を提起するとともに、現代資本主義社会における国家の果す階級的役割の特別な意 義を相対化してしまう危険性を有しているといえないであろうか。

(37オンブズマンの世界的拡大の根底に横たわるいくつかの問題

オンブズマンが世界的に注目される理由は、何といっても今日の行政統制の手づまりを打開す るのに有益だからということであろう。だからといって、オンブズマンが有効であると即座に結 論づけて良いのであろうか。筆者は、最後にいかなるオンブズマン研究者も共通して認めるオン ブズマンの基本的要素そのものへの若干の疑問を提起することによって本稿を閉じることにした い。

①独任制であることオンブズマンは独任制の機関であることを原則としており、複数存在 する場合にも、職権行使は独立しているといわれる。単独のオンブズマンに案件をゆだねること は、オンブズマンの独裁化につながらないかといった批判に対しては、オンブズマンの非権力性 を理由に反論がなされている(47)

。この反論に対しては、非権力性をいう者自身が、非権力的だか

らこそ実効的だという論法を他所では用いているのだから、独裁化論への完全な反論たりえない ではないかという再批判も成り立つかもしれない。しかし、筆者がここで問題にしようとするの は、この種の機能的疑問ではない。筆者の問題は、なぜ今日、独任制の機関が世界で注目される ようになっているのかということ、それ自体である。近代の立憲主義的民主主義は、合議制を原 則としてきたし、その典型は議会であった。今日、議会制の形骸化は先進資本主義諸国に共通す る現象であろうが、そのことによる行政統制の手づまりを、なにゆえに単独制を原則とするオン ブズマンに委ねようとする傾向が拡大するのであろうか。もちろん、オンブズマン主唱者達は、

オンブズマンの既存のシステムに対する補完性を主張しているのであり、したがって、合議制機 関を否定しているわけでは毛頭ない。それにもかかわらず、この単独性にオンブズマンとなる者 の人格性が加えられて主張されるとき、そこに合議制への懐疑がないといえるであろうか。この

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