1.はじめに
ベンチャーの最大の特徴は急成長志向性にあり(小林 ,…2014)、それ故に大きな環境変化に 晒され、新たな機能の充足が必要となる。企業規模が急速に拡大する際に、既存資源に乏しく 資源調達力も劣るベンチャーの大きな課題になるのは、新たに必要となる資源と既存資源との ギャップである(金井 ,…2002)。
中でも人的資源の調達は、ベンチャーにとって重要な課題である。日本は日本的雇用慣行の 柱の一つである終身雇用の裏返しで外部労働市場の活性化に乏しく、また起業やベンチャーに 対するネガティブな見方が伝統的に存在し(GEM,…1999-2019;…土居 ,…2016)、ベンチャーがタイ ムリーに適切なスキルを持つ人材を獲得することが困難である。中小企業庁(2013)によれば、
日本における成長初期におけるベンチャーの最も大きな課題は「質の高い人材の確保」となっ ている。これに対し、急成長を果たす日本のベンチャーは、初期経営チーム内に様々に担当機 能や役割を変えて変化を吸収し業務を円滑に動かす「滑業家」と呼ぶべき人材が隠れたスラッ ク資源として存在し、成長時の欠落機能を補填している(小林 ,…2017)。
一方で米国では、急成長時に CEO や CFO、営業担当 VP 等の上位マネジメントに他社での 経験者を招聘するケースが多くみられる(Wasserman,…2012)。下位の実務担当者においても、
転職によるスキルアップ、キャリアアップが一般的であり、外部労働市場が発達している。ま た起業に対する社会的評価が高く、ベンチャー企業に勤めることが肯定的に捉えられる。数多 くのベンチャーが集積するシリコンバレーでは、スタンフォード大学をはじめとする教育機関 が海外からも含めた優秀な人材を育成し大手テック企業1へ供給し、そこでの最先端の開発プ ロジェクトへの参画という経験により更に成長した人材が新興のベンチャーへ流れるというエ ンジニアの循環が機能している。
*… 多摩大学経営情報学部 School…of…Management…and…Information…Sciences,…Tama…University
1… 本稿では「テック企業」を、最先端の IT 技術を活用して新しい事業を創造する企業の意で用いる
ベンチャー急成長期の人的資源調達の研究
A…Study…on…human…resource…procurement…of…start-ups…
in…rapid…growth…period
小 林 英 夫 *
Hideo…KOBAYASHI
Keywords:
Start-ups,…Recruitment,…Silicon…Valley,…High-tech…company,…… Employment…practice,…External…labor…market
近年、グローバル化の進展、AI をはじめとする IT 関連技術の急速な進化、データ覇権主義 の台頭と巨大プラットフォーム企業への寡占化、スタートアップ手法や EXIT 手段の変化など、
ベンチャーを取り巻く環境は日本も米国も大きく変化してきている。当然ながらベンチャーの 経営も大きな影響を受けている。本稿では、日米の違いや事業環境の変化がベンチャー急成長 時の人的資源の調達にどのような影響を与えているのかの研究の足掛かりを得る。
2.鍵概念に関する先行研究
2.1 ベンチャー経営チームにおける滑業家
ベンチャーが成長期に直面する大きな課題の一つに、企業規模拡大に伴い必要とされる資源 と既存資源とのギャップがある。急成長に際しては、市場でのポジショニングや競合・連携関 係といった外部環境が大きく変化するとともに、内部環境も変わり、新たな機能の充足が必要 となる。企業成長における資源として特に重要なものは人的資源、とりわけ経営者のチームで ある(Timmons,…1994)。
小林(2017)は、この問題に焦点を当てて探索的に探究した結果、初期経営チームは主導的 起業家2である創業者とそれ以外の追随的企業家3で構成されていること、各メンバーの果たす 役割が、創案・創業・発展というベンチャーの成長過程とともに変化していくこと、追随的企 業家の多くは組織運営を担当する管理者へと役割を変化させ、一部は急成長に伴う環境変化を 吸収する実務的な組織統合者である「滑業家」となること、を見出した。
ここで滑業家とは、ベンチャーに初期段階から参画し、様々に役割を変化させる存在である。
ベンチャーが急成長を実現し大きな環境変化と組織変化に晒される際に、その変化を吸収する 役割を果たす。ベンチャーの大きな機能欠落を埋める人物であり、組織の中で様々に自らの果 たす機能や担う役割を変えて組織内の業務の滑りを良くしている。組織を円滑に動かす潤滑油 的な働きをすることから「滑業家」と定義されている。
滑業家の特徴として指摘されているのは、業務内容へのこだわりの少なさ、適応意識の高さ、
隠れた質的スラック的存在、業界専門性の乏しさ、創業者との信頼関係と後ろ盾、である。
2.2 テックベンチャーにおけるエンジニア
滑業家が初期経営チームの人材でありマネジメント層であるのに対して、実務を担う人材を どのように調達するかもベンチャーにとり大きな問題である。近年のベンチャー界を席巻する テック企業の場合、最も重要な実務担当者はプログラマーやデザイナー等のエンジニアである。
滑業家と称される人材で形式的な上位責任者は担えるかもしれないが、技術的専門性が高くな ると実務を取り仕切る開発リーダーや開発作業者は務まらず、専門人材を雇う必要がある。
日本は米国に比べ外部労働市場に流通する人材層が薄く、フリーランスとして労働力を提供 する人材にも乏しい。但し、政府による働き方改革の推進とともに副業を容認する企業も増加 しており、米国には大きく及ばないものの日本でもフリーランスで働く人は増えている。ま た技術進化により IT 系の開発を物理的時間的な柔軟性を持って分担することも様々に可能と
2… 主導的に創案を企図し、創業活動を行う者。創業者となる
3… 主導的起業家に触発されて、創案・創業活動に加わる者。共同創業者や初期創業メンバーとなる。参画した創業 活動においては企業家として創造的活動を行う
なってきており、フリーランスの専門人材の調達の可能性は日本でも増している。
外部労働市場の人材を引き寄せる際にはベンチャーの正統性が重要となる(Delmar…&…
Shane,…2004)。実務担当者層における外部労働市場の流動性やベンチャーの正統性認知に対す る国による違いや時代による環境変化はベンチャーにおける実務担当者層の調達にも違いをも たらしていると推察されるが、その研究は近年の急速な環境変化に追いついていない。
2.3 シリコンバレーのエコシステム
ベンチャーの聖地とされるシリコンバレーの特徴として挙げられるものにエコシステム(生 態系)がある。これは、シリコンバレーにおけるベンチャーやそれを支える様々な主体の依存 関係や協調関係を示す概念である。シリコンバレーでは、ベンチャーを支援する主体としての 大学や研究機関、経営支援専門家、VC 等の資金提供者、大企業が存在し、それらが企業文化・
技術コミュニティ・ビジネス手法の形成に寄与して起業家やベンチャーの発展を支え、その見 返りとして、キャピタルゲイン、事業・技術の保管、人材獲得等を得ている。これがシリコン バレーのエコシステムとされる(岸本、2018)。
テック企業であるシリコンバレーのベンチャーの創業スタイルは、過去に推奨されていた
「しっかり立案した精緻な事業計画書を元に資金調達をして事業を遂行する」というものと根 本的に異なったリーン・スタートアップ4が主流となっている(Ries,…2011)。そして、この動 きを生んだのがオープン・イノベーション5(Chesbrough,…2003)である。中川・福地・小阪・
秋池・小林・小林(2014)は、シリコンバレーの大企業6にオープン・イノベーションが広がり、
その発想のもとで M&A を活発化させてきたことにより、シリコンバレーのエコシステムが 変化したと指摘する。結果として、ベンチャーの出口戦略も変化している。シリコンバレーの ベンチャーにとっては IPO よりも M&A が遥に身近となっており、大企業が M&A で有望な ビジネスの種を得て、内部化して育てて花を咲かせるという動きが加速している。
2.4 研究の方向性
これまでの研究や事例から、ベンチャーの人的資源調達において日米には大きな違いがある ことと、日本にも米国シリコンバレーにおいてもベンチャーを取り巻く環境に様々な変化が見 られることが明らかになっている。このため、急成長期のベンチャーの人的資源の調達にどの ような違いがあるのか、またそれが時間・環境の変化によってどのように変貌しているのかを 研究課題として予備調査を行う。内容は、日本とシリコンバレーについて、2000 年代前半と それ以降の複数事例の比較、および最近のシリコンバレーの状況のサーベイ調査である。サー ベイ調査は 2018 年 9 月に実施した。
4… 短期間で最低限の機能を持つプロトタイプを作成し、それを顧客に提供して反応を観察し、その結果を分析して 改善あるいは方向転換をして再び顧客に提供することを繰り返して提供製品を向上させていく起業手法
5… 自社の成長の源泉となる技術を外部に求める行動
6… 現在のシリコンバレーの場合、元々はベンチャーであったが成長して大企業となったものを指す
3.調査:企業事例研究
3.1 ディー・エヌ・エー(1999 年設立、日本)
7「滑業家」の働きを体現していたと思われる人物を、株式会社ディー・エヌ・エー(以下、
DeNA)の起業活動に見出すことができる。
DeNA は、コンサルティング会社のマッキンゼーから独立した南場智子により 1999 年に創 業された。ネットオークションから始まり、現在はソーシャルゲームを中心に多様なインター ネット・サービスを提供している。創業にあたり南場はマッキンゼーの同僚であった川田尚吾 を勧誘している。川田は学生時代に学生ベンチャーに参画した後に、マッキンゼーに新卒で入 社していた。
南場は川田の DeNA での動きについて「川田は開発の統括だけでなく、何でもやった。体 制が整う過程の途上にあるベンチャーには、絶対にやらなければならないが誰もやる人がいな いという仕事が次々と湧いてくる。できる人がいない、皆忙しすぎる、想定外で担当が決めら れていない、狭間に落ちる……、そんなことがとにかく多いのだ。複雑なプロジェクトの管理 など極めて高度な仕事のこともあれば、作業的で地味な仕事の場合もある。川田はそれを全部 拾った。自分自身すでにあふれるほどの仕事をかかえていても、何であろうが何時であろうが 拾い集めて率先してこなし、破綻しないように支えてきたのが川田だった。」(南場 ,…2013,…p.129)
と語っている。この動きは、まさに急成長期のベンチャーにみられる人的資源の不足の状況と、
それを補って成長を可能とする滑業家の働きを表している。
3.2 フェイスブック(2004 年設立、米国)
8フェイスブック(以下、Facebook)は、2004 年初頭にサービス開始の、当時ハーバード大 学の学生であったマーク・ザッカーバーグが開発した SNS(ソーシャル・ネットワーク・サー ビス)を提供する会社である。当初ハーバード大学内でのみ提供されたこのサービスはクチコ ミで爆発的に利用されるようになり、他大学へも提供が拡大された。
ザッカーバーグは 2004 年の夏休みにシリコンバレーに住宅を借りて、Facebook の開発を そこで行っており、そこで当時 25 歳にして複数の企業を立ち上げて成功させていたショーン・
パーカーが加わった。ザックバーグに請われて Facebook の社長に就任したパーカーが最初に 招聘したのが、イェール大卒でマッキンゼーのコンサルタントを務め、その後リンクトインの 副社長として創業者の右腕のなんでも屋をやっていたマット・コーラーである。コーラーは 2005 年に VC から資金を調達し Facebook が企業として本格的に体制を整備する際には人材確 保に尽力し、組織整備を主導しつつ滑業家的な動きをしていた。
但し、シリコンバレーといえども、良いエンジニアを雇うには知名度やビジネスの有望性 が求められ、当時の Facebook は有能なエンジニアの確保に苦労した。コーラーは大学での Google の人材募集イベントの入り口で Facebook の募集チラシを配ったという。
7… 当項の記述は主に南場…(2013)…に基づき、初期メンバーである春田真へのインタビュー調査(2017 年 9 月実施)に より補完している
8… 当項の記述は主に Kirkpatrick…(2010)…に基づいており、会社公表資料等により補完している
3.3 メルカリ(2013 年設立、日本)
9メルカリは、山田進太郎により 2013 年 2 月に株式会社コウゾウとして設立され、同年 11 月 に株式会社メルカリに商号が変更されている。フリマアプリ「メルカリ」の企画・開発・運用 を生業としている。共同創業者の 2 名はエンジニアでもあったが、山田が社員番号 17 番の初 期メンバーとして招聘したのが大和証券出身でミクシィの CFO を務めた小泉文明である。小 泉は資金調達に向けてしっかりとした CFO を置くことの重要性を認識した山田が招聘したが、
担ったのは財務だけではない。共同創業者の 3 人がプロダクトの開発に注力する一方で小泉は マーケティングに焦点を当て、資金調達をした上でテレビ・コマーシャルを打った。またカス タマーサポートを重視し、仙台にその拠点を立ち上げることも担った。
エンジニア調達面では、メルカリ創業時に山田が利用したのがツイッターであった。ブログ での情報発信を通じてインターネット人脈を広げてきた山田は、ツイッターのアカウントで 10 万人を超えるフォロワーを持っていた。そこで「エンジニア募集中」とツイッターに書き 込み、興味を示した中から8人のエンジニアを集めて 2013 年 2 月に開発を始めた。
3.4 GAFA が席巻するシリコンバレー(2018 年の現地調査)
10GAFA という言葉が頻繁に使われるようになったのは 2010 年代前半から半ばにかけてであ る。シリコンバレーに拠点を構える Google、Apple、Facebook にシアトル本社の Amazon を 加えた 4 社は IT 業界の巨大企業となり、世界時価総額の上位を占める。この 4 社の特徴は、
単に IT 企業であるというのではなく、IT 業界のプラットフォーマーであるということである。
GAFA が巨大企業となり寡占化が進む理由は、ビッグデータを有効活用してビジネスで優位 性を発揮することに加えて、AI 等の最先端領域に対する巨額投資で他社の追随を許さず、ま たそれが最先端の開発に取り組める魅力的な職場として技術者の囲い込みになっていること、
有望な新技術、新ビジネスを手掛けるベンチャー M&A で飲み込み内部化すること等が挙げ られる。
スタンフォード大などの上位校の理工系学生は、卒業後に GAFA 等のエンジニアとして技 術を磨き、それから起業するかベンチャーに参画してキャリアアップしていくのが王道となっ ている。GAFA の内部では最先端の開発が行われており、エンジニアにとってはその開発チー ムに加わることは自らのキャリアアップに非常に役立つのである。
シリコンバレーにおける急成長時の人的資源調達に関しては、創業初期は機能が足りない時 に CEO の人脈で外部調達、以降は VC の紹介による外部調達であり(Wasserman,…2012)、内 部調達-配置転換による融通-の可能性は低い。内部での手当て、未経験の内部者に緊急避難 的に職務を担わせるという職務の割り当ては行わない。職掌を超えて、あるいは自律的に職掌 を変えて自ら定義して、縦横無尽に動き回るような人材というものは殆ど想定されていない。
しかしながら、上位マネジメントとして未経験分野の責任を担うということはあり、その中で 一番柔軟に役割を変えて動くのは創業者自身であるという。
人材獲得において、シリコンバレーはコネ社会である。経営者層とエンジニア層の求人には 大きな違いがあり、経営者層については VC が大きな役割を果たしている。VC は、そのネッ
9… 当項の記述は主に奥平…(2018)…に基づいており、会社公表資料やメディア・インタビュー資料等により補完している
10…当項の記述は主に著者の現地調査(2018 年 9 月実施)に基づいている
トワークから適切なマネジメント人材を連れてきて投資先の必要ポジションに据えている。一 方、エンジニアの上位層の人材のうち自ら起業出来る者は経営者となっていく。多くのアクセ レレーターはこのようなタイプの人材を積極的に支援して育てている。また、文系の人間は MBA を取得して金融やコンサルティングの世界で経験を積み経営陣に加わってくる。但し、
近年は東海岸で MBA を取得した者が、典型的なキャリアパスである金融界に進まずに、シリ コンバレーのテックベンチャーに入るケースも増えているという。
エンジニアでない人間のポジション獲得は人的コネクションに依存することが多いが、エン ジニアに関しては公募が中心である。人気は GAFA であり、それは給与や待遇そのものより も最先端のプロジェクトに携わる機会の魅力が大きい。無名のベンチャーは優秀な人材の確保 に努力は必要であるが、相応の労働力の流動性があるので、ビジネスの有望性や創業者のビジョ ン、株式等による報酬の可能性により、人材を引き寄せている。
4.考察
DeNA の川田と同様に、マネジメント層についてみると米国においても Facebook のコー ラーのような人物が存在し、会社組織としての運営体制を整備する役割を担っている。コーラー は文系で経営系の志向を有しており、ベンチャーへの関心はあっても起業を主導するタイプで はない点や主導的起業家の信頼を得て柔軟な動きをしていた点は、川田と重なる。また、メル カリでも、創業者の山田に請われた小泉は滑業家的な動きをしている。小泉もベンチャーに関 わっていたものの主導的起業家ではなく、また山田に請われてメルカリに参画し、その信頼の 裏付けのもとに動いていた。
一方で、同じ日本でも DeNA とメルカリの初期のエンジニア獲得スタイルは大きく異なる。
14 年間という創業時期の差の間に生じた環境変化が、人的資源の調達方法に大きな違いを生 んでいる。一つはエンジニアの流動性の増加である。DeNA が最初の開発を完全に外注に委 ねていたのに対して、メルカリは山田がツイッターで呟くことで、初期の開発エンジニアを獲 得している。また、開発体制の強化が必要になった際にも、VC の助けを借りつつフリーラン スのエンジニアの参画を得て危機を脱している。また、開発手法の変化も人材ニーズを変化さ せている。アプリを開発するベンチャーでは精緻な事業計画書作成よりもリーン・スタートアッ プが当然となり、これが技術的専門性の重要度を増加させている。メルカリの山田は、会社を 立ち上げる時に重視するのは「とにかく優秀なエンジニアを集めて強いエンジニアリングチー ムを作ること」だと語っている。
シリコンバレーの調査では、職務の専門性とキャリア形成スタイルの違いが滑業家の存在を 左右していることが明確となった。米国の労働者は、職務定義を明確に提示し公募されている ポジションに自らの専門性をアピールして応募し、転職によりポジションを獲得しキャリア アップを果たしていく。ベンチャーの上位マネジメント層においては、公募ではなく VC を中 心とする人的ネットワークのコネクションが有効に働くが、その際もポジションに対して求め られる役割と責任は明確である。不足機能に対して専門性に乏しい内部人材を取り急ぎ充てる という方策は取られにくく、滑業家という曖昧性のある存在は認められにくい。VC を通じた 上位マネジメント人材の流動性の高さが、内部人材の融通によるポジションの穴埋めの必要性 を減らしている。
また、ベンチャーの EXIT 手段として M&A の比重が益々高まっていることから、上場 審査に耐えるだけの企業統治体制の整備よりもビジネスの種を育てることに資源を集中す る傾向が強まっており、これが滑業家的な動きの必要性を減らしていることが指摘できる。
Facebook やメルカリのように買収されることによる EXIT ではなく公開企業として大きく成 長していくことを目指す場合には滑業家の存在は依然重要であるが、買収されることを見越し て技術開発へと集中すれば、企業統治への関心が薄れる可能性が高い。シリコンバレーのアク セレレーターが要求するのは経営意欲のあるアプリ開発者数名のチームであり、そのプログラ ムではデモ製品のプロトタイプの開発が最優先で、経営体制の整備や企業統治への関心が低く なる。
調査からは、ベンチャーの持つ正統性が資源調達に果たす重要性も再確認された。創業者が 保有する人的ネットワークを通じた採用が少なくなる実務担当者、とくにテック企業における エンジニア層の調達においては、技術面も含めた創業者のトラック・レコードが重要となる。
メルカリの場合は創業者の山田が以前に立ち上げたベンチャーの実績を上げていることがベン チャーに正統性を付与し、創業当初からのエンジニアの獲得に貢献している11。
最先端のプロジェクトへの就業機会を求めるエンジニアが豊富であり、またベンチャーに対 する社会的正統性が日本よりも遥に高いシリコンバレーでは創業者のバックグラウンドは日本 のベンチャーほど問われないが、それでも Facebook が創業者にトラック・レコードによる社 会的認知が乏しく優秀なエンジニアの獲得に苦労したように、ビジネスにおける正統性の認知 を高めることが実務担当者の獲得には重要である。
5.結論
本稿は、ベンチャーの急成長時にどのように人的資源を獲得しているかという問題について、
日本と米国シリコンバレーおよび 2000 年前後と最近の事例の比較と、シリコンバレーの現地 調査により考察した。米国では滑業家と呼べるような人材は見出しにくかったものの、日本と 同様に滑業家と呼べるような動きをする人材が全く存在しないわけではなかった。但し、滑業 家の存在は雇用慣行や外部労働市場の活性度の違い、VC 等の人材仲介者の存在に大きく影響 を受けており、担う機能の多様性や役割変化の柔軟性には違いがあった。また、近年のリーン・
スタートアップの一般化やアクセレレーターの発展に見られる起業活動の変化、IPO よりも買 収されることによる EXIT が遥に一般的になっているという環境変化は、滑業家的存在を減 らしていると推察される。
謝辞
本研究は JSPS 科研費 JP18K12861 の助成を受けたものです。
11…DeNA の事例では、それまで起業経験の無い南場は創業時にエンジニアを調達していない。但し、業界での認知 度による正統性が、創業半年程で開発の外注が失敗した後にオラクルのエンジニアを集団で獲得することにつな がっている
参考文献