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(1)

シンポジウム「現代における対話の可能性」

ICT

がもたらすコミュニケーションの変容 がもたらすコミュニケーションの変容 がもたらすコミュニケーションの変容 がもたらすコミュニケーションの変容

久木田水生 久木田水生 久木田水生

久木田水生(名古屋大学) (名古屋大学) (名古屋大学) (名古屋大学)

1 1 1 1 序 序 序 序

情報技術の発展は人と人とのコミュニケーションのあり方を劇的に変化させて きた。今日、私たちは相手が地球上のどこにいても簡単にリアルタイムのコミュニ ケーションを取ることができる。

SNS

はインターネット上に広がる不特定多数の 相手と直接的にメッセージのやりとりをすることを可能にした。さらに人工知能や ロボットの発達によって、もはや私たちは人間ではなく人工的なエージェントとコ ミュニケーションを取ることすらできる。このように情報技術は私たちのコミュニ ケーションの機会と対象を増大させ、有益な情報の収集を容易にするのみならず、

社会的な「繋がり」に対する私たちの強い欲求を満たすことに貢献している。ソフ トバンクの孫正義社長はある会見の中で「パーソナルロボットを普及させて、幸せ を増やし、悲しみを減らす」ことが同社の目標だと語った

(1)

。人間はどこまでも社 会的な動物であり、孤独を厭い繋がりを求める。情報技術が人間の持つ、 「繋がり」

への強い渇望を満たしてくれるのであれば、それはありがたいことであるように思 われる。

しかしこういったテクノロジーに対しては賛否両論がある。例えばシェリー・タ ークルはスマートフォンやソーシャル・メディアによって人々が目の前にいる人間 よりもテクノロジーに気を取られるようになっていることに警鐘を鳴らし、人間同 士の直接的な「会話」の持つ力を見直すように呼び掛ける(

Turkle, 2015

) 。一方で 例えばアンディー・クラークは、人間は常に道具を柔軟に利用することで自らの認 知能力や行動能力を増大させ、身体・精神のあり方を変容させてきたのであり、そ してそれこそが人間の本質である、と主張する(

Clark, 2003

) 。クラークにとって は今日の新しい情報技術も人間が言葉を獲得したことの延長に過ぎず、それ自体が 憂慮するべきことではない。むしろ新しい情報技術は人間の新しい豊かな可能性を 開拓するものであり、歓迎するべきものである。

どんなテクノロジーにも正と負の両面があり、新しいテクノロジーを導入する際

(2)

にはその両方の可能性について慎重に考えなければならないのは自明なことであ る。また新しいテクノロジーに関しては楽観論と脅威論が出されるのも自然なこと である。その多くのケースにおいて、問題はどちらが正しいか間違っているかとい う単純なものではない。テクノロジーに対する態度の違いは、そのテクノロジーに よって影響をうける物事に対してどのような価値を見出しているのかということ を 反映している。それ ゆえ私たちは、これからの

ICT

の発展に対する賛否がコミ ュニケーションの 実践に関連するどのような価値にコミットするのかを明らかに しなければならない。そしてそのためには本 来、コミュニケーションが私たちにと って 何を 意味 するのかを考えなければならない。本 稿ではこのことを 試みたいと思 う。

2 2

2 2 テクノロジーのもたらす新しいコミュニケーションの形 テクノロジーのもたらす新しいコミュニケーションの形 テクノロジーのもたらす新しいコミュニケーションの形 テクノロジーのもたらす新しいコミュニケーションの形

インターネットの普及以前は、一 般の人々が 遠くにいる相手とコミュニケーショ ンをとる主な手 段は 郵便 と電 話であった。これらはそれぞ れテ キスト ベースで 非リ アルタイムのコミュニケーション、 音声ベースでリアルタイムのコミュニケーショ ンと特徴づ けることができる。インターネットはこれらとは 異 なる様 々なコミュニ ケーションの 様式を可能にした。本 節ではインターネットがどのような新しいコミ ュニケーションの様式 を 生み出したかを簡単に 振り 返ろう。

2.1 2.1

2.1 2.1 実時間対面コミュニケーションの代替 実時間対面コミュニケーションの代替 実時間対面コミュニケーションの代替 実時間対面コミュニケーションの代替

インターネットは世界 中の ほぼあら ゆ る場所 にいる人と、 即時 に多 量の情報をや り取りすることを可能にした。このことは、はじ めはテキ スト・メッセージを相手 に 送ることによって 実現 した。テキスト・メッセージによるコミュニケーションに はメールとチ ャットという二 つの方式がある。メールは従来 の 郵便がより 早く 届く ようになったようなものであるが、リアルタイムの チャットは 郵便とはまったく 異 なるコミュニケーションの 形 を生み出した。それはテ キスト ベースながら、 文字通 り「おし ゃ べり」をするように、リアルタイムで相手とインタラクティブ に会話を 発展させていくことを可能にするのである。

その後 、インターネットの 通信速度やコンピ ューターの処理速度の 向上によって、

(3)

リアルタイムの 音声 や映像 による通 話が可能になった。 現在 ではテレ ロボティクス や

VR

virtual reality

)技術により、その人の身体そのものが遠隔 地に 送られて、

通信回線の向こう 側に存在するかのような仕方でコミュニケーションを取ること ができる。

こういった技術はある意味 では対面でのやりとりの、不十分 な 代用品 であり、技 術の発展によってより本物らしくなってきたものである。この技術の行きつく一つ の 終着点は、例えば大阪 大学 の石黒浩が目 指すような自分 のアバターとしてのアン ド ロイド であろう。人は自 分にそっくりのアンド ロイ ドを離 れたところに送 り、自 分 の身体と感覚 をそれに同期 させるのである。もう一つのよりコストのかからない 解決 はバーチ ャルリアリティの中に自分 のアバターを構築 して、 他者 のアバターと コミュニケーションを行うというものになるだろう。

しかしこの方法を突きつめることが必ずしも ベストの解決ではないように思わ れる。人々は常に実時 間対面のコミュニケーションを求めているというわけではな い。それどころか人々はより間接的で、 実時 間ではなく、 全面的なコミットメント を 要求しないコミュニケーションを求めるようになっている傾向 がある。

2.2 2.2 2.2

2.2 バッチ処理コミュニケーションへ バッチ処理コミュニケーションへ バッチ処理コミュニケーションへ バッチ処理コミュニケーションへ

Clark (2003)の冒頭

では、クリスマスに集まった人々の中で 携帯電話を常に手放

さず、 別 な場所 にいる恋 人と 短いメッセージのやり取りをしている若者 の 姿が 紹介 されている。 「 彼はわたしたちと一緒にその部屋 にいたが、彼の重 要な部分 は遠く にいるガ ールフレン ドとの、 ほ とんど途絶 えることのないナローバン ドの 交信 の中 へと 引っ張り出されていた」 (

Clark, 2003,

邦訳 、

p. 13

)という状況 は

2002

年の こととしては 珍しかったのかもしれない。しかしこのような「 分割 された生活 を送 る人」 (同上)は今ではまったくあり ふれたものになった。

シェリー・タークルは長年にわたり多くの人々を対象にインタ ビューを行い、ア メリ カにおいていかに

ICT

が人々のコミュニケーションの在り方に影響を与 えて いるかを 調査 している(Turkle, 2015) 。そこでタークルが見出したことの一つは、

人々がリアルタイムでの会話を 避けるようになっているということである。その 理

由 の一つは、リアルタイムの会話はコントロールが難 しいという危惧だという。テ

キ スト・メッセージであれば 送信する前に 編集することができるために間違ったこ

(4)

とをいう可能性を減らせるが、会話ではそれができない。間違ったことを言ってし まったらそれは自分 の評 価を 下げることになる。あるいは相手を 怒らせたり 傷 つけ たりすることにもなりか ねない。 従ってリアルタイムの会話はリスクが 高い、と 彼 らは考えている。

しかし人々が実時 間

-

対面コミュニケーションを避ける 理由 はそれだけではない。

もう一つの重 要な理由 は、そうすることで 複数のコミュニケーションの「ス レッ ド」

を同 時に 走らせることができるということである。そのことによって人は認知能力 という情報処理 のための 資源 をより有効 に活用することができ、そして有用な情報 を見 逃す 危険 性を減少させることができる。これは自 分にとっての利益の 追求であ ると同時 に、コミュニケーションの相手の利益への配 慮でもある。というのも実時 間

-

対面のコミュニケーションに従事するということは相手の情報 処理資源 を自分 のためだけに 使わせるということを 意味 するからである。それ ゆえに相手に実時 間

-

対面コミュニケーションに従事することを要求しないことが新しいコミュニケー ション上の「 規範」になっているとタークルは見る。

このようにレスポ ンスへの「ため」を持たせ、メッセージを遂 行・ 編集すること ができ、かつ 複 数のコミュニケーション・スレ ッド を同 時に走 らせることができる コミュニケーションのスタイルを以後 「バッチ処理コミュニケーション」と呼 ぶこ とにする

(2)

「情報処理 のための資源 を有 効に 活用する」という時 に意味 されているのは「有 用な情報をより 効率 的に手に入れる」ということに限 らない。私たちがコミュニケ ーションに求めるのは情報のやり取りだけではなく、相手との社会的な「繋がり」

である。 近代 化以前の社会では人々は ほ とんどの時 間を親密 なコミュニティの中で 過 ごしていた。 現代 では多く人々が多くの時間を孤独の中に過 ごすことを 余儀 なく されている。 実時 間

-

対面コミュニケーションでは一度に繋がりを持てる相手の 範囲 が限 られる。場合によってはコンタクトを取れる相手が見つからないこともある。

そこで新しい繋がりのための 選択肢を与 えてくれるのがソーシャル・メディア、あ るいはソーシャル・ネット ワーキ ング・ サービ ス(

SNS

)と呼ばれる技術である。

SNS

を 介したバッチ処理コミュニケーションにおいては、繋がれる 誰かを見つけ

ることが ほとんど常に可能である。それどころか私たちは一度に多くの人々と繋が

りを持つことさえできる。繋がりを求める私たちの渇望を

SNS

が満たしてくれて

いるのである。

(5)

しかし私たちはもっと素晴 らしい解決 を手に入れるのかもしれない。それがソー シャル・ロボットである。

2.3 2.3

2.3 2.3 コミュニケーション相手のないコミュニケーション コミュニケーション相手のないコミュニケーション コミュニケーション相手のないコミュニケーション コミュニケーション相手のないコミュニケーション

何か実 用的な労働 をするのではなく、 ユ ーザ ーとインタラクションすることでユ ー ザーに楽しみを与 えることを目的にしているロボットを「ソーシャル・ロボット」

と呼 ぶ。ソーシャル・ロボットの 先駆 けと言えるのが1999 年 にソニーから発 売さ れた「AIBO」という 犬の形 を模したロボットである。このロボットは ユーザ ーと コミュニケーションを行い、 ユーザーを楽しませることを目的として作られた。

AIBO

のオ ーナーの中には

AIBO

に対して強い愛着 を持つ人々もいて、 販売 が中

止 されメーカ ーによる修理 対 応が終了 した 後は、 故障 して直せなくなった

AIBO

の 葬儀 を行う人々もいた。 累計販売台数は

15

万台 を超 えると言われている。

2017

11

月 には新しいモデルの販売 が 再開され、 注文 の受付 を開 始した 初日に 予 定販売台 数が 完売 したという(具体的な 台数は 未公表) 。

AIBO

の成功以来 、 様々な ペット・

ロボット、おし ゃべりロボットが発 売されている。

2015

年にはソフトバンクが「 ペ ッパー」という一般消費者向 けのソーシャル・ロボットを販売して話題になった。

ペッパーはユ ーザーと会話をすることができる人 型のロボットで、 「感情を持った ロボット」 、 「 愛を持ったロボット」 、あるいは「心 を持ったロボット」と宣伝 され ている。

物理的な 実 体を持たないソーシャル・ロボットもある。その 先駆けと言えるのが

1996

年にバンダイが発売 した「たまご っち」というゲームである。これは小 さな

携帯型 の機器 の液晶画 面に現 れるペットをユー ザーが育成 するというものだった。

グ ラフィックも動作 も極 めてシンプ ルな ゲームであったが、それでも多くのユ ーザ ーが自分 の飼育 するたま ごっちに強い愛着 を覚 え、その「死 」によってペ ットロス 症候群のような 状態に 陥 った ユーザ ーもいたと言われている。たまご っちは世界 的 にも 流行し

1997

年には 「数 百万 人の 労働時間を 仮想 のペ ットの飼育 に費 やさせた」

ことによりイ グノー ベル 賞を 受賞した ほ どである。最近では

Microsoft

Twitter

Line

で発話を行う「りんな」という人工知能を開発している。りんなと「会話」

をするユ ーザ ーたちは他愛 もないやり取りを楽しんでいるように思われる。

ソーシャル・ロボットはケアや介護 の現場 で活 躍することが期 待される。 産業総

(6)

合 技術研究 所 の柴田崇徳 の開発しているアザラシ 型 のロボット「パロ」は介護 の現 場で利用され、 「世界で 最もセラ ピー効 果の高いロボット」として ギネスブ ックに 登録 されている。今 後ますます 高齢 化する日本社会ではこのようなロボットの 需要 はますます高 まるだろう。また教育 の場 面においてもこういったロボットは活 躍す るだろう。また 将来 には人間がロボットと性的な関 係を持つことが当 たり前になる と考える人々もいる。例えば人工知能 研究者 のデイヴィッ ド ・レ ヴィは

2050

年に は人間がロボットと性的な関 係を持つようになり、ロボットが人間のセックス・ ワ ー カーに 代わって性 サー ビスを 提供 するようになると予想 している(Levy 2007) 。 心理学者 のヘ レン・ ドリスコルは性に関するテクノロジーは社会の慣習 さえも大き

く変え、

2070

年にはロボットとのセックスが「普通 (

norm

) 」で、人間同士の身

体的な関係 は「 原始的(

primitive

) 」と見なされるようになるだろうと 予想してい る

(3)

ICT

の発展は、私たちが有用な情報を 交換 することを容易にし、社会的な繋がり に対する渇望を満たすだろう。これは 素晴らしいテクノロジーのように思われる。

しかしこういったテクノロジーの発展を警 戒する 声 もある。

3 3 3

3 悲観と楽観 悲観と楽観 悲観と楽観 悲観と楽観

前節では

ICT

の発展がいかに私たちのコミュニケーションに影響を 与えている かを見た。またそれが 様々な 場面で大きな利 点を持つことを見た。しかしこのよう なテクノロジーに対しては 批判 の声 や悪 影響を懸念 する声 もある。本節 では

ICT

に 対する悲観と楽観のいくつかを 概観する。

3.1 3.1 3.1 3.1 悲観 悲観 悲観 悲観

ロバート・スパローは早 い時期 からソーシャル・ロボットへの懸念 を表 明してい

た。 ペ ット・ロボットやコンパニオン・ロボットは 高齢の社会的に孤 立した人々を

慰 め楽しませるという利点を持つと言われるが、しかしその利 点は人々がロボット

との関係 を実 際の動物や人間との関係と同 じものだという「 幻想 」を抱かせること

によって得られるものであり , そして意 図的にそのような 幻想 へとユ ーザ ーを導く

ようにロボットを設 計することは「 非倫 理的」だと

Sparrow (2002)

は論 じている。

(7)

タークルは様々な社会 調査 や多くの人へのインタビューを行い、スマートフォン や

SNS

が会話の実践 、それに関する 規範 を変化させていることを明らかにしてい

る。

Turkle (2015)

では例えば「

3

人ルール」というものが 紹介 されている。これは

食 事などの社交の場 においては「少 なくとも

3

人はその場 の会話に参加 していなけ ればならない」というルールである。 裏 を返 せばこのことは「

3

人がその 場の会話 に参加しているならば自 分はその会話に参加せず自分のスマートフォンに 没頭し ていても 良い」ということを 意味 している。現代 では、人と一 緒にいる時 にスマー トフォンにひきこもることを 許容するような社会的規範ができつつあることをタ ークルは 懸念 している。

タークルによればスマートフォンなどを介 したテキストベースのコミュニケー ションばかりになり、 実時間

-

対面のコミュニケーションを人々が取らなくなること の 弊害は、 子供 が他者 への 共感を 学ぶ 機会を失うということ、 全人 格的なコミュニ ケーションをすることができなくなること、会話が 断片的になり長いこみいった会 話ができなくなることなどである。タークルは人間が

ICT

に対して「脆弱

vulnerable

」であることを認め、それ ゆえ

ICT

の過度の 使用によって人間同士の

実時間

-

対面コミュニケーションを損 なってしまうことがないように慎重であるべ きことを主張する。そして実 際に、タークルの懸念を裏 付けるような調査 もある。

ミシ ガン大 学 で行われた調査 によれば、今日の大学生 は

20-30

年前の 学生 に比 べて 他者 への 共感 を著しく 欠 いているということが示された

(4)

イーライ・パリサ ーはインターネットで利用される検索 や推薦 のアルゴ リズ ムに よって、人々が自分 の関 心や 嗜好に 適合 する情報にしか接触しないようになってい ることを警 告する(

Pariser, 2012

) 。例えばアマゾンでは、 ユー ザーが 以前に 購入 した 商品 、 詳細 をチェックした商 品などからの推測 によって、その ユーザ ーが 好み そうな別 な商 品が推薦 されるようになっている。このようなアル ゴリ ズムの 結果 と して、 ユ ーザ ーはインターネットの中で自分の 好む情報だけに 囲まれるようになる。

このような状 態をパリサ ーは「フィルター・バブ ル」と表現 している。同 様の 現象 はソーシャル・メディアにおいても生じ る。インターネットは 世界 中のありとあら ゆ る人とつながる機会を提供 するものであるが、しかし実 際には人々を狭 いコミュ ニティの中に 閉じ込 めてしまう効果 を持っている。

3.2 3.2

3.2 3.2 楽観 楽観 楽観 楽観

(8)

タークルやパリサ ーのように

ICT

の発展の 弊害を 危惧する人々がいる一方で、

ル チアーノ・フロリディは

ICT

と人間の 将来 に対してより楽観的である。もとも と情報的 存在者である人間と、新たに情報的存在者 として人間と共存 することにな る

ICT

の産 物との間に、より「摩擦 なく」情報が流通 する 世界 のヴィジョンをフ ロリディはポ ジティブに思い 描いている(

Floridi, 2014

) 。

ICT

は 様々な 乗り 越え るべき課 題を持つとはいえ、人間同士のコミュニケーションを 劣化させるものでは なく、人間と 世界をより豊かにするものである。

アンディー・クラークもまた楽観主義 者である。 彼は

Clark (2003)

において新 しいテクノロジー(特に

ICT

やロボット技術)の発展がもたらすかもしれない 様々 な 弊害に言及しながらも、人工物によって自らの認知能力や行動能力を 拡 張させる ということは人 類が少なくとも言語の発明以来これまでずっと行ってきたことだ と主張する。テクノロジーに対する順 応性、可 塑性こそがまさしく人間の本質であ り、クラークはこのことを、人間は「 生まれながらの サイボーグ 」である、と特徴 づ けることで印象的に表現 している。クラークによれば、 現在 の

ICT

の発展はこれ まで人間が行ってきたことの単なる延長であり、それを特別 視する 理由 はない、と いうことになる。

クラークの見方を極端に推 し進めるといわゆる「シンギ ュラリティ」論、 「 ポス ト・ ヒ ューマン」論になる。これは

ICT

が 現在の ペースで発展していくと、 現在 の 人間をはるかに 超える知能が 実現して、そのような 超知能は自らをどんどん改良 し ていくので、知能の爆 発的な向上が 起 こる、という理 論である。たいていの物事に 関して成 長曲 線は

S

字型 のカ ーブを 描く、 すなわち成 長の 割合は、 始めは 緩 やかで、

あるところから 急激 に上 昇するが、ある 程度を 超えると次第 に 鈍化するものである。

これは「収 穫逓減の 法 則」と呼ばれている。だが、シン ギュラリティ論の主唱 者で

ある レイ・ カーツ ワイルは科 学技術に関しては「収 穫加 速 の法則 」が成り 立つと論

じ る(

Kurzweil, 2006

) 。収穫加 速の 法則とは、大きなイノ ベーションが 起きる間

隔 は歴史 を通じ てどんどん短 くなっており、そのトレ ンドがこの 後も続 いて、 科学

技術は指 数関数的な曲線 を描 いて発展していくだろう、ということを指した言葉で

ある。 科 学技術の発展について収穫加 速 が起こると考えられるのは一つのイノ ベー

ションがさらなる別 のイノベ ーションを誘発するからである。クラークの観点 に即

していえば、私たちの知能は 科学 と技術の発展によって増大させられ、その知能の

(9)

増大がさらなる 科学 と技術の発展を 招く、ということである。

イノベ ーションがさらなるイノベ ーションを加速 させる、 科 学の成 果がさらなる 科 学的探究 を 促進する。この 循環 的プ ロセスは、言葉によって互いのアイディアを 伝 え合う人間の能力に 基 づいている、そのように考えるのが自らを「 合理 的な楽観 主義 者」と呼 ぶマット・リドレ ーである。私たちはコミュニケーションを通じて、

自 分だけでは思いつかなかったアイディアや、自分 だけでは知ることのできなかっ た情報を手に入れることができる。そしてそれが自 分の持っているアイディアや情 報と 組み 合わさることで、さらなる有用なアイディアに発展する。このアイディア の 進化が人間の繁栄 の基盤 である、とリドレ ーは主張する(

Ridley, 2010)

。この見 方はジャ レド ・ダ イアモ ンド が『銃 ・ 病原菌・ 鉄』 で提示 した考えとも共 通してい る。 ダ イア モンド は「ユーラシア大陸 の文 明が 他の地 域の 文明と 戦い、 勝 利するこ とができたのはなぜ か? 」という問いを立 て、そしてその究極 の原因 が東西 に長い ユ ーラシア大陸 の地形 にあると考える(

Diamond, 2005

) 。東西 に長いということ は同一気 候帯 に多くの人々が 点在するということである。ある地 域で 栽培 可能な野 生の 植物、あるいは家畜 化可能な野生 の動物が見つかり利用されるようになれば、

それは素早 く 他の地 域にも 伝 播する。そのようにしてできた地 域と地 域を 結ぶ ネッ ト ワークは、 様 々な資源 やアイディアの 流通 を促 し、 ユ ーラシア大陸全体の発展を 駆 動させた。そしてそのことがユーラシア大陸 の文 明が他 の大 陸の文 明に 勝利する ことを可能にしたのである。

ICT

のさらなる発展はアイディアの 進 化をますます促進 ・ 加 速化するだろう。リ ドレ ーに 従えばそのことは人 類のさらなる繁栄 を約束 する。

3.3 3.3

3.3 3.3 コミュニケーションの価値 コミュニケーションの価値 コミュニケーションの価値 コミュニケーションの価値

ICT

の未来に対する悲観と楽観はコミュニケーションの価 値についての異なる

見方を反映 している。人間が行うコミュニケーションには大きくいって二 つの 役割

がある。一つは有益な情報を 伝達・ 交 換する、という 役割 である。そしてもう一つ

はコミュニケーションをとる相手との間に 良好 な社会的関係を 構築 ・ 維持するとい

う 役割である。

ICT

の発展が前者のコミュニケーションを( 少 なくとも当 面しばら

くの間は)大いに 促進 することは確かだろう。フェイクニュースやフィルター・バ

ブ ルの問題はあるにせよ、正しい情報を切に求めて

ICT

を 使う人間はそういった 陥

(10)

穽 に陥ることは 少ないと思われる。またある 程 度はこれらの問題はテクノロジーに よって回避 ができる。楽観主義者 が

ICT

に大きな可能性を感じ ているのはこの 点で ある。

後者の 側面、社会的関 係 の構築 と維 持という側 面についてはどうだろうか。フロ リディやクラークはこの点 に関しても新しい

ICT

の発展が ポジティブ に作用する と考えている。

ICT

は旧 来のコミュニケーションを 失わせるわけではなく、社会的 関 係の新しい 様々な可能性(もはやコミュニケーション相手のいないコミュニケー ションも 含め)を 提供 する。さらに

ICT

は離れた相手ともまるで目の前で会ってい るかのようなコミュニケーション(すなわち旧 来の 実時間対面コミュニケーション のよりリアルな 代替 物)も実現 させるだろう。

ICT

は私たちのコミュニケーション の 選択肢を広 げてくれ、私たちが孤独や 退屈に 苛まれる時 間を減らしてくれる。

しかしタークルはこのようには考えていない。上述したように

ICT

の出 現によっ て、人々は「リスク」の大きい 実時 間対面コミュニケーションを避け、より「 安 全」

で「効率 的」なバッ チ処理コミュニケーションを選好 するようになっている。相手 が 実時間対面コミュニケーションを 避けようとしているときには、それを相手に求 めるべきでないというエ チケット・ 規範 さえ生 まれつつあるのである。

テクノロジーを有益なものにするか有害なものにするかはそれを 使う人間 次第、

と 素朴なテクノロジー論では言われるが、しかしテクノロジーの中には 悪用・ 濫用 されやすいバイアスを持ったものが 存在 するのも確 かである。例えば麻薬 は、 確か に 薬として有益な仕 方で利用もできるだろうが、しかし圧倒 的に 悪用・ 濫 用されや すいバイアスを持っている。おそらくソーシャル・テクノロジーもそのようなバイ アスを持ちやすいだろう

(5)

。したがって私たちはその 実装 や導入に際して慎重でな ければならないのである。

では実時間対面のコミュニケーションが減少することはいかなる帰結をもたら すのだろう。タークルは 少数の相手との、直接的な、 時間をかけて対話的に 構築 す るコミュニケーションの重 要 性を強調する。な ぜならそのようなコミュニケーショ ンがよりよい他者理解 、他者との全人格的な関係の基盤だからである。ソーシャ ル・メディアはその 代わりにはならない、とタークルは考えている。 実 際、

Shakya and Christakis (2017)によれば、Facebook

ユ ーザ ーを対象にした

2

年間にわたる

大 規模な 調査 が、

Facebook

での特定の活動( 「いいね 」のクリック、 他の ユー ザー

が 投稿したリンクのクリック、 プロフィールの 編集など)の 頻度が 高 いユー ザーは、

(11)

心 身の健康 、 生活 への満足 度が低 下する 傾向 にあることを明らかにした。同じ調査 によれば、 現実 での社会的なネット ワークはこれらに対してポ ジティブな相関があ った。

またタークルは他者 との対話 以前に、 静 かで 邪魔 の入らない孤独の中で自己 の内 なる 声と 交わす「対話」も 他者 との関係 の構築 や創造 性の 涵養 のために重要である と考えている。そしてこれもまたスマートフォンなどのデバイスによって 危機に 瀕 している、とタークルは警 告する。というのも人間は孤独や退屈 を 非常に 嫌ってお り、それを 解消 することのできる機会が手の届 くところにあればそれに手を伸 ばさ ないではいられないからである。例えばWilson et al. (2014)によれば、人間は 何も せずに過 ごす

10

分ほ どの 時 間にも耐えらず、自らに 電気ショックを 与えることで 退屈 を紛 らわせようとする。しかしながら退屈 な時 間が人間の創造性にとって重 要 であるということも、例えば

Mann and Cadman (2014)

によって 示されている。

ICT

に対する賛否両論は、一言でまとめれば 円滑 な情報伝達によって達 成される 科 学文明の 進歩 とそれに 伴う 功利の 最大化を重 視するのか、あるいは自身の 全 体を 相手に傾けて行う 古き良きコミュニケーションとそれによって達成される親密な 社会的関 係を重 視するのかという対 立である。これはどちらが 良いとは一 概に言え ない。しかしICT によるコミュニケーションの変容をこのまま 推進したときに 何が 起 こるのか、何が失 われて何 を得るのかを認識 しておくことは重要である。

4 4 4 4 結び 結び 結び 結び

私たちは

ICT

がもたらす 弊害をいずれ 乗り 越えるだろう。私たちはスマートフ ォンやソーシャル・ロボットに安 全策 を講 じ、 場合 によってはスマートフォンやソ ーシャル・ロボットの 使用に一定の制 限を 設けるといった工 夫もするだろう。しか し決 定的なのは、それがもたらすコミュニケーションの劣化や共 感の低下 に慣れ、

劣 化したコミュニケーションと低下 した 共感を標 準 だと思うことによって、 弊害 を 弊害 と思わなくなることである。人間はこのようなことを何 度も 経験してきた。 後 の 世代の人間には私たちの 危惧 が理解 できないだろう。 夏目 漱石は 『草枕』 の中で 蒸 気機関車について 次のように 書いていた。

余は 汽車の 猛烈 に 、見 界なく 、すべての人を貨 物同様 に心 得て走 る様 を見るた

(12)

びに 、 客車のうちに 閉 じ籠められたる個 人と 、 個人の 個性に 寸毫 の注意 をだに 払わ ざるこの鉄車 とを 比較 して 、

― ―

あ ぶない 、あぶ ない 。気をつけね ばあ ぶないと思う 。 現代の 文明はこのあぶ ないで鼻を 衝かれるくらい 充満している 。 おさき真闇 に盲 動する汽車 はあ ぶない標本の一つである。 ( 夏目漱 石、

2011

しかしながら現在 、このように 列車 について心配 する人はいない。 刀ではなく 銃 で 殺されるのは屈辱 だと 感じ た武士の気持ちが今の私たちに 分 からないように、 後 の世代の人々には 恋人からメールで別れを告げられるのが屈辱 だという今の世代 の 感覚は 理解 できないだろう。 生まれた 時からスマートフォンがそこにあったとい う人々ばかりになればもはや価 値観の 衝突はない。ただ 彼らはかつて友人、 親子、

夫婦 が面と向 かって、 他所 から 絶えず 侵 入してくるメッセージに気を散らされるこ となく、 何時 間も、 時折長い 沈 黙をはさみながら、 ゆったりと語り 合っていた 時代 があるということを、 誰かがネットに 投稿 した古 い映画 の断片 によって知る( 彼ら はもはや古い 映画を最 初から 最後までみるようなことはしないのだ) 。もしかした ら 彼らはバー チャルリアリティの中でだけ、あるいはロボットを相手にしたときだ け、そのような 古き 良きコミュニケーションを体 験 するのかもしれない。

注 注 注 注

(1)

「 世の中から人生最 大の悲しみ「孤独」をなくしたい孫正義が本 当に目 指してい ること」 、

Logmi

http://logmi.jp/39604

2016

9

14

日閲覧 。

(2)

「バッチ処理」はコン ピューターの用語で「対話型処理」の 反対。 ユー ザーと対 話的に処理 を実 行するのではなく、あらか じめ 決まったひ とまとまりの処理 を 一括 して 実行する方 式を 指す。

(3) http://www.mirror.co.uk/news/uk-news/sex-robots-the-norm-50-6190575 2016

5

7

日閲覧 。

(4) http://ns.umich.edu/new/releases/7724-empathycollegestudents-don-t- have-as-much-as-theyused-to、2016

9

16

日閲覧 。

(5)

テクノロジー、特にソーシャル・メディアやソーシャル・ロボットが持つ可能

性のあるバイアスについては久木 田

(2017)

を参 照。

(13)

文献 文献 文献 文献

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邦訳 『繁栄――明日を 切り開くための人 類

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参照

関連したドキュメント

(野中郁次郎・遠山亮子両氏との共著,東洋経済新報社,2010)である。本論

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