1. はじめに
国連専門機関の一つである国際海事機関(IMO)は,
1958年の創設以来,船舶に関する世界統一基準を定め ており,その中で海洋環境保護委員会(MEPC)にお いては,海洋汚染防止条約(MARPOL)や船舶バラ スト水規制管理条約等を採択するなど,船舶に関する 環境基準の審議を行っている.2017 年 7 月の MEPC71においては,現存船へのバラスト水処理設備 の設置期限を条約発効後7年以内とすること等が最終 決定され,また,本年4月のMEPC72では,国際海 運における温室効果ガス(GHG)削減戦略が策定され ることとなっている等,MEPCにおいて策定される国 際的枠組は海事関連業界へ大きなインパクトを与える ものが多く,大きな注目を集めている.本稿において は,MEPCにおける主要課題の動向について説明する.
2. 国際海事機関(IMO)の概要
IMOは,海上の安全,船舶からの海洋汚染防止等,
海事分野の諸問題についての政府間の協力を推進する ために1958年に設立された国連の専門機関であり,
現在172カ国が加盟し,香港等の3の地域が準加盟と なっている.また,ASEF(日本造船工業会をはじめ とするアジア等の主要造船団体が参加)が,2018年よ りオブザーバーとして IMOの各種会合に参加するこ とが認められた.
IMOはこれまで,船舶の構造設備の基準・船舶保安 の確保等を定めた「海上人命安全(SOLAS)条約」, 船舶からの有害物質による汚染の防止等を目的とした
「海洋汚染防止(MARPOL)条約」に代表される海 上安全や海洋環境分野を中心に活動しており,最近は 海賊対策,海事テロ対策,移民問題等にも活動範囲を 広げている.
IMOでは,1年を通じ様々な委員会・小委員会が開 催され,船舶に関する国際ルールについて議論が行わ れている.我が国は,IMO設立以来理事国の地位を維
持しており,世界の主要海運・造船国として各会合に 積極的に参画し,国際的な議論をリードしている.
図1 IMOの組織図
3. 海洋環境保護委員会(MEPC)の概要
IMOに設置されている5つの委員会のうち,MEPC は,海事産業への影響が大きいCO2やSOx(硫黄酸 化物)の排出規制等,MARPOL条約に基づく環境規 制を検討・策定している.これらの規制は環境保護の 面から重要であると同時に,多額の資金的負担が業界 に発生する案件や途上国と先進国が対立する案件も多 く,政治的な色彩が強い特徴があり,国際社会全体か らも注目度が最も高い委員会となっている.
MEPC は意志決定機関である全体会合(プレナリ ー)の傘下に,5 つの作業部会が設置され,議長のコ ーディネートの下,プレナリーより与えられたマンデ ートを受けて審議が行われる.MEPC議長及び副議長 の選出は委員会で毎年行われ,再選は最大4回までと なっている.現在,MEPC全体会合(プレナリー)の 議長は日本(筆者)が務めており,さらに,EEDI・ 大気汚染作業部会の議長を吉田公一氏(一般財団法人 日本舶用品検定協会)が務めている.プレナリー及び 各作業部会の議長は,国際規制策定プロセスにおける 影響力が大きく,日本が議長ポストを得ることは,海 運・造船大国である日本にとってメリットが大きい.
また,我が国は,以前より提案文書の提出数が世界一 位であり,この面からも IMOの議論を牽引してきて いる.
海洋環境保護に関する国際動向について
斎藤 英明
海洋環境保護に関する国際動向について
斎 藤 英 明
図2 MEPCの組織図
4. 海洋環境保護委員会(MEPC)の概要
4.1 船舶からの温室効果ガス(GHG)の排出削減 国際海運からの温室効果ガス排出については,IMO において抑制・削減対策が講じられている.国際海運 から排出される温室効果ガスは,そのほとんどがCO2
であり,2014年のIMOの調査によると,2012年の 排出量は,約8億トンである.これは,世界全体から 排出されるCO2の総排出量の約2.2%であり,ドイツ 1国分の排出量に相当する.また,世界経済の成長を 背景に世界の海上輸送の需要は今後も増加傾向にあり,
国際海運からの CO2排出量についても増大すると予 測されている.国際海運の特徴として,便宜置籍,第 三国間輸送等の特有の事情から特定の国毎に排出削減 対策を講ずることは不適切である.また,国際海運は 世界単一の市場であるため,全ての外航船舶に対し一 律に規制を適用し,新たな規制が市場を歪曲させない ことが重要である.
2015年12月に国連気候変動枠組条約(UNFCCC) 締約国会議(COP)においてパリ協定が採択されたこ とを受け,国際海運においても更なる温室効果ガスの 排出削減対策が喫緊の課題になっている.前述のとお り,国際海運からのCO2排出量の増加が不可避な状況 であることから,我が国としては,経済成長と CO2
排出削減の両立の観点から,船舶のエネルギー効率の 向上がCO2排出削減のための最も適切な対策と考え ている.また,我が国海事産業は世界トップレベルの 省エネ技術力を擁することから,IMOにおける国際基 準策定を主導することにより,我が国海事産業の国際 競争力強化・市場拡大も可能となる.このような考え の下,我が国はIMO交渉を主導し,先進国,途上国 の別なく世界一律に適用する新造船への CO2排出性 能規制を導入するMARPOL 条約の改正が採択され,
2013年1 月から規制が開始された.同改正により,
排他的経済水域を越えて航行する総トン数400トン以 上の全ての船舶に対し,「船舶エネルギー効率マネージ メントプラン」(SEEMP:船舶の省エネ運航計画)の
策定が義務付けられるとともに,一定サイズ以上の新 造船に対しては「エネルギー効率設計指標」(EEDI: 1トンの貨物を1マイル輸送する際のCO2排出量を評 価する指標)が基準値に適合することが求められてい る.このような条約に基づく世界一律のCO2排出規制 は,他の産業分野に先駆けて,国際海運分野において 初めて導入されたものである.なお,EEDI規制値は,
規制開始以降段階的に(0 次~3 次)強化されること となっており,2015年1月から1次規制が実施され ている.また,2次規制については,2020年1月から 開始されることが決定されている.3 次規制について は,現在IMOにおいて,2次規制と同様に省エネルギ ー技術の開発状況等のレビューが実施されており,規 制の適確な実施を我が国海事産業の国際競争力強化に つなげるため,レビューを主導していく.
更に,IMOでは,国際海運全体のエネルギー効率の 一層の改善を目指し,更なる対策の実施に向けた議論 を行っている.2016年10月に開催されたMEPC70 では,日本主導の下,総トン数5,000トン以上の国際 航海に従事する全ての船舶を対象に,燃料消費量,航 海距離及び航海時間を,2019年からIMOに報告する ことを義務付ける燃料消費実績報告制度(各船舶の燃 料消費実績を「見える化」することで,船舶からの温 室効果ガス削減を促す)を導入するMARPOL条約改 正案が採択された.
加えて,MEPC70では,IMOにおけるGHG排出 削減に向けた今後の取組を定める GHG 削減戦略を 2018年4月のMEPC72で策定すること,そのための 具体的な作業スケジュールを定めたロードマップが決 定された. 2017年7月に開催されたMEPC71より,
同ロードマップに従い,GHG 削減戦略の策定に向け た審議が本格開始され,GHG 削減目標やその実現の ための対策等について検討されている.
特に,GHG 削減目標については,今世紀中には GHG のゼロ排出を目指す方向で検討が進められてお り,各国より様々な提案が出ている.我が国は,①パ リ協定の目標とも合致した野心的なレベル かつ ②国 際海運の自助努力により達成可能なレベル を両立さ せた目標として 2030 年までに効率 40%削減,2060 年までに総量50%削減(いずれも2008年比)を提案し ている.先進国・途上国を含めたグローバルな合意を 得ることが極めて重要である.
図3 国際基準策定の主導と研究開発の一体的推進
0 500 1000 1500 2000 2500 3000
2005 2010 2015 2020 2025 2030 2035 2040 2045 2050 2055 2060 2065 2070 2075 2080
CO2排出量百万トン
基準年(2008) 目標年③
(2060)
2080 2090 2100 目標年①
(2030) 目標年②
(2050)
国際海運団体(1) 排出量2008年レベル以下 日本
効率△40% (2030年)
島嶼国
排出量ゼロ(2035年) 欧州諸国
排出量△70%、
効率△90% (各2050年) 日本
排出量△50% (2060年) 国際海運団体(2)
効率△50%(2050年)
国際海運団体シナリオ(1)
図4 各国提案のCO2排出シナリオ
4.2 硫黄酸化物(SOx)の排出対策
環境問題への関心が高まる中,人体への悪影響や酸 性雨等を引き起こす原因である窒素酸化物(NOx)等,
大気汚染物質の排出が世界的な問題となっている.船 舶からの排ガス中の硫黄酸化物(SOx)は,呼吸器疾 患など人体へ悪影響を及ぼす大気汚染物質である.排 ガスに含まれるSOxの量は,燃料油に含まれる硫黄分 濃度に依存するため,海洋汚染防止条約(MARPOL 条約)附属書Ⅵで,燃料油の硫黄分濃度を外航・内航 問わず,世界一律で規制している.当該規制は段階的 に強化していくこととなっており,現在,厳しい規制 が適用される指定海域(ECA:Emission Control Area)
(北米・米国カリブ海及び北海・バルト海)では0.1% 以下(軽油相当),それ以外の全ての海域(一般海域)
では 3.5%以下(C重油)の硫黄分濃度の燃料を使用 している.さらに,一般海域では2020 年1月1日以 降0.5%以下とする条約改正が2008年に採択されてい る.
同条約では,2020年1月1日からの一般海域0.5%
規制については,低硫黄燃料油の需給状況等に関する レビューを2018年までに完了し,2020年からの実施 が不可能と判断された場合,2025年1月1日に開始
することが規定されていた.これを受け,MEPC70 において,IMO事務局より,2020年の需要に見合う 燃料油の供給が可能とするレポートが提出され,審議 の結果,2020年1月1日からの開始が決定された.
また,2017年7月に開催されたMEPC71では,同 規制の円滑な実施に向けた取組として,同規制に違反 する燃料油の不正使用の国際的な防止対策の検討を開 始することや,ISOに規制適合油の国際規格化を要請 すること等が合意された.今後,汚染防止・対応小委 員会(PPR)において,約2年かけて具体的な検討が 進められる予定である.
図5 SOx規制の段階的強化
図6 北米・米国カリブ海 指定海域(ECA)
図7 北海・バルト海 指定海域(ECA)
4.3 窒素酸化物(NOx)の排出対策
IMOでは,船舶から排出されるNOxについて,1 次規制を2005年から開始するとともに,更なる規制 強化の検討が行われてきた.
2006年から開始されたIMOの審議において,規制 強化は2段階(2次規制,3次規制)で行うこと,2次規 制は1次規制値から20%削減とすることを決定した.
3 次規制については,大気環境の改善が必要な特定の 沿岸域を指定海域(北米・米国カリブ海)として限定 して,1次規制値から更に80%削減することが規定さ れている.
2次規制は2011年1月より実施,そして3次規制 は,2016年1月から実施されている.3次規制の導入 時期について,一部の国が延期を主張する中,我が国 は当初の予定どおり2016年1月1日から開始とする ことを他の先進国と協調してIMOで主張し合意に導 くなど,国際海運からの大気汚染物質の削減の議論に 積極的に貢献している.また,2017 年 7 月開催の MEPC71において,2021年1月1日より,新たに北 海・バルト海海域をECAに追加するためのMARPOL 条約改正が採択された.
図8 NOx規制の段階的強化
4.4 バラスト水管理
船舶から排出されるバラスト水に含まれている生物 が,従来生息していなかった港等で排出されることに より,生態系の破壊や産業・漁業等への被害を与える という問題が顕在化したことを受け,2004年にIMO において船舶バラスト水規制管理条約が採択された.
条約採択当初は,排出基準を満たすバラスト水処理 設備の開発が十分に進んでおらず,条約における処理 設備搭載期限では搭載工事が過度に集中することとな るため,各国の条約締結が進まなかったが,我が国の 主導の下,搭載工事の平準化を目的とした搭載期限の 見直しについて議論が進められ,現存船への処理設備 設置の猶予期間を最長で条約発効後5年に延長するこ と等を内容とする決議が2013年の第28回IMO総会 にて採択された.また,条約発効から当面の間は,経 験蓄積期間(EBP)として,バラスト水処理に係るデ ータの収集・分析を行うとともに,正しく設備を運用 した船舶に対してはサンプリングの結果のみでは処罰
(拘留など)を行わないとする非処罰の原則が導入さ れた.
これらの結果,条約実施に向けた環境が整ったこと から,各国の条約締結が進み(我が国は2014年に締 結),2016年9月8日にフィンランドが締結したこと により発効要件を充足し,本条約は1年後の2017年
9月8日に発効することとなった.
なお,その後,MEPC71では,バラスト水処理設備 の搭載期限について審議が行われ,現存船への設置期 限を条約発効後7年以内(総会決議より2年間延期)
とすることが最終決定された.
一方,米国は,同条約の発効に先立ち,先行して沿 岸警備隊(USCG)による独自規制を適用しており,同 条約を批准していない.当該独自規制の適用基準は現 時点ではバラスト水管理条約と同等であるが,処理設 備の承認における評価方法が異なり,条約で承認され た設備であっても USCG の承認を得なければ米国で 原則違法とされることから,海運企業や処理設備メー カーへの大きな負担が懸念される.国際海運の環境対 策はIMO のグローバルな枠組みに整合した取組こそ が実効性を有し,IMO規制と地域規制のダブルスタン ダードは海事産業に不要な負担を強いることとなるた め,このような地域独自の規制に対しては,条約との 調和を働きかけていく必要がある.
図9 バラスト水による環境問題の概要
5. おわりに
本稿では,MEPCにおける主要課題の動向について 述べた.MEPCで審議されている環境に関する国際規 制は海事産業へのインパクトが大きく,世界随一の海 事大国である我が国にとって極めて重要である.この ため,国土交通省海事局は,産学官公連携の下,海洋 環境の保全と我が国海事産業の国際競争力強化の両立 に向け,引き続きMEPCの議論を主導して参りたい.
著者紹介
姓 名 斎藤 英明
1966年生
国土交通省 海事局 船舶産業 課長(国際海事機関 海洋環境 保護委員会 議長)
横浜国立大学工学部卒業(造 船工学)