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進化倫理学の可能性と限界 矢島

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Academic year: 2021

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進化倫理学の可能性と限界

矢島 壮平(Sohei Yajima)

東京大学人文社会系研究科

人間の行動・心理形質は、その身体形質がそうであるように、自然選択による適応 進化によって形作られてきたと考えられる。そして、人間の道徳と呼ばれる営みは、

こうした行動・心理形質なしには成立しえないだろう。したがって、近代イギリスの 伝統を汲む、人間の生得的心理形質(人間本性)を重視するタイプの道徳哲学・倫理 学にとって、進化的説明の導入は必然だと言える。

本発表では、心理形質の進化的説明を取り入れたこのタイプの倫理学、すなわち進 化倫理学に何ができ、何ができないのか、その可能性と限界について、それぞれ検討 したい。

まず前半は、進化倫理学の可能性を追求する。ヒトを含む複数の動物種に観察され る非血縁者間利他行動を説明するという進化生物学上の難問は、トリヴァースの提唱 した互恵性理論により一定の解決を見た。そして、アクセルロッド以来のこれまでの 互恵性に関する数理研究から進化すると予測される行動形質はいずれも、他個体の行 動に応じて自身の行動を変化させる。

このとき、こうした行動形質をもたらす至近メカニズム(心理形質)は必ずしも明 確ではない。だが一方で、人間がこうした行動形質を持っている蓋然性があると数理 研究は示している。したがって、こうした行動形質の存在を仮定したうえで、それを もたらす心理形質として、現存する人間が実際に持っている心理形質を予測すること は、理にかなっているだろう。

ここでは、こうした心理形質として予測されるのが、ある種の感情を含む心理形質 のセットであるという仮説を提示したい。そして、こうした仮説が単なる「なぜなに 話」に留まらない検証可能性を持つならば、そこに心理形質に関する仮説の提供源と しての「進化的説明」の小さくない意義を見出すことができる。

後半は、進化倫理学研究の一つの限界を明らかにすることを目指す。もし進化論的 実在論者の目論見がうまくいくなら、道徳心理の進化的説明に基づいて、道徳規範を 演繹により論理的に正当化する可能性が拓けるように思える。そして、こうした道徳 規範の論理的正当化は、まさに倫理学が待ち焦がれてきたものだ。だが本発表では、

仮にこうした正当化が可能だとしても、前半で見る仮説が正しければ、その正当化は 行為の動機づけをもたらさず、実践的にほぼ無意味だと論じたい。

同じことが、進化論的暴露論法についても言える。ジョイスが区別するように、正 当化された真なる信念としての道徳的知識に対する暴露論法には、大きく分けて、(1)

道徳的信念が真であることを否定するものと、(2)道徳的信念が正当化されることを 否定するものとがある。そして、(1)に基づけば、進化は道徳規範が偽であることを 明らかにしてくれる。

(2)

しかし、やはり前半で見る仮説が正しければ、道徳規範が偽であること(あるいは 真であること)が明らかになろうとも、そのことが私たちの行為の動機づけに直接影 響することはない。したがって、進化論的暴露論法も(論者がそれを意図しているか どうかは別として)実践的な意義を持つとは考えられない。

以上のとおり、事実と規範という伝統的な二分法で言えば、進化倫理学は、規範の 動機づけにおいてはあまり役立たないかもしれない。だが、道徳的事実の説明におい ては、多大な貢献をなす可能性を有している。

参照

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