平成 30 年度
若狭研究室 夏の研究会 [ 第 31 回 ]
2018 年 9 月 15 日・ 16 日
栃木県 川治温泉 リブマックスリゾート川治
参加者 若狭研究室
坂口 喜生 若狭 雅信 ( 教授 )
若狭研究室 OB ・ OG 矢後 友暁 ( 助教 )
前山 智明 石川 慶 (M2)
田中 深雪 土田 暉 (M2)
高篠 鮎人 長谷川 貴一 (M2)
水野 智久 西村 晨平 (M1)
吉田 朋美 若松 郁佳 (M1)
篠原 優太 (B4)
知々田 優介 (B4)
細田 敦也 (B4)
発表プログラム
1 .アントラセンでのトリプレットフュージョンの磁場効果
篠原 優太
2 . DPH 三重項対の ESR による測定
知々田 優介
3 .ベンゾフェノンの水素引き抜き反応における磁場とマイクロ波を用いた磁気 同位体濃縮
細田 敦也
4 .過度吸収による DPH 溶液の同定
西村 晨平
5 .三重項増感反応によるゲルミレンの発生に関する検討
若松 郁佳
6 .磁場効果測定を用いたシングレットフィッションにおける反応中間体の構造 解析と電子的相互作用の計測
石川 慶
7 .イオン液体中での光誘起電子移動反応に対する磁場効果の原因
土田 暉
8 . 9,10- ジフェニルアントラセン単結晶の He-Ne レーザー励起によって観測され
る発光に対する磁場効果
長谷川 貴一
9.シングレットフィッションによって生じる三重項対で観測される磁場効果曲 線の形状
矢後 友暁
2018.9.15
夏の研究会アントラセンでのトリプレットフュージョンの磁場効果
B4
篠原 優太序論
トリプレットフュージョンとは、二つの励起三重項状態の分子(T
1 )から一つの励起一重
項状態の分子(S1 )が生成する光化学過程である(Fig.1)。生成した励起一重項状態の分子が基
底状態(S0 )に戻るときに発する蛍光を遅延蛍光と呼ぶ。1963
年にアントラセンに赤色光を 照射すると遅延蛍光が発生することが観測された(1)
。この遅延蛍光の強度が磁場によって変化することが、1967年に
Merrifield
らによって観 測された(2)
。具体的には遅延蛍光強度が低磁場で増加し、高磁場で減少する。トリプレットフュージョンの反応機構はまだ明らかになっていない。本研究ではトリプ レットフュージョンの反応機構の解明のため、アントラセンの磁場効果を
10 T
までの高磁 場領域で測定することを目指している。今回は、トリプレットフュージョンの発生を確認 するため、赤色光を照射した時のアントラセンの蛍光強度の測定と1.5 T
までの磁場領域 で磁場効果の測定を行った。実験
実験で使用した試料はアントラセンである(Fig.2)。
アントラセンはメタノールを溶媒に用いて再結晶を行った。励起光には
He-Ne
レーザーの波長632.8 nm
の赤色光を用いた。He-Ne
レーザーの光はY52
とR60
の2
枚のフィルターを通し、レンズで集光してアントラセン結 晶に照射した。また結晶から出た光を集光できるように蛍光の観測部の前にはレンズを二つ設置し、さらに励起光が入らないようにショートパスフィルター500,600の
2
枚を設置した。蛍光強度測定は、アントラセンに照射する赤色光の強度を
ND
フィルターで様々な割合 で弱めて、励起光強度と蛍光強度を測定した。磁場効果の測定は0~100 mT
の間では25 mT
ずつ、100~1500 mT の間では100 mT
ずつ磁場を変化させて測定した。測定は全て室温で 行った。Fig.2
アントラセンT 1 + T 1 ⇄ (TT) → S 1 + S 0
Fig.1
トリプレットフュージョンの過程結果・考察
蛍光強度測定の結果を
Fig.3
に示す。Fig.3 は 励起光強度の2
乗に対して蛍光強度をプロット したものである。遅延蛍光は励起光強度が大き い場合はそれに比例し、励起光強度が小さい場 合はその二乗に比例することが知られている(3)
。Fig.3 のグラフより、励起光強度が弱くなる につれた直線近似が正確になっていくことが分 かる。このように励起光強度の弱い領域で蛍光 強度が励起光強度の2
乗に比例しているので、この蛍光は遅延蛍光である可能性がある。
Fig.4
に磁場効果測定の結果を示す。縦軸は各磁場強度での蛍光強度と
0 mT
での蛍光強度の 比である相対蛍光強度となっている。Fig.4
より、25,50,75 mT
で蛍光強度の増加が見られ、100 mTで一度減少し、600 mT付近と
1000 mT
付近で蛍 光強度の増加が見られた。これは生成した二つ の三重項励起子が衝突してできる三重項対(TT) のスピン状態が磁場をかけることによって変化 することによって起こるとMerrifield
より説明さ れた(3)
。三重項対9
つのスピン状態を持ってい て、そのうち一重項励起子になれるのは一重項 性を持ったスピン状態のみである。低磁場ではこ のスピン状態間の混ざりあいが起こり一重項性 を持つスピン状態の数が増えるので一重項励起子が生成しやすくなり傾向が増加する。高磁場では、磁場によってスピン状態が量子化され、
三重項対の一重項性をもつ成分が減少するので蛍光も減少する
(3)
。しかし、今回測定したデータでは
600 mT
と1000 mT
付近においても蛍光強度の増加が見られた。Merrifieldらによって観測されたものではこのような蛍光強度の増加は見られなかった。この蛍光強度の増 加が生じたのは磁場をかけたことによって光学系が動き、試料への励起光の照射位置や観 測部への蛍光の入射の仕方が変化したことが原因である可能性がある。
参考文献
(1) R. G. Kepler, J. C. Caris, P. Avakian, E. Abramson. Phys. Rev. Lett. 10, 400 (1963) (2) R. C. Johnson, R. E. Merrifield, P. Avakian, R. B. Flippen. Phys. Rev. Lett. 19, 285 (1967) (3)
井早 康正 編, “励起三重項状態”, p177-185, 南江堂(1975)-0.018 -0.016 -0.014 -0.012 -0.01 -0.008 -0.006 -0.004 -0.002 0
0 5 10 15 20
蛍光強度
[mV ]
励起光強度の2乗
(mW 2 )
Fig.3
様々な励起光強度の二乗とそのときの蛍光強度0.6 0.7 0.8 0.9 1 1.1
0 500 1000 1500
相対蛍光強度
[a.u.]
磁場
[mT]
Fig.4
赤色光を照射した時のアントラセンの蛍光の磁場効果
DPH 三重項対の ESR による測定
B4
知々田優介【序論】
三重項対とは二つの励起三重項の対状態であり、シングレットフィッション(以下
SF)の
中間体として考え出された。SFとは有機分子の光励起によって生じた一重項励起子が隣接 する基底状態の分子にエネルギーを分け与え二つの三重項励起子を生じさせる現象である。この現象は、同じく三重項励起子を作る項間交差とは違い、系全体でスピン多重度が保たれ るため許容的な遷移である。100%を超える外部量子効率を持つ光起電装置を可能にし、よ り効率的に太陽スペクトルを利用する手段として有望である。
しかしながらこの現象を引き起こすエネルギー条件を持つ有 機分子は少なく、詳細な反応機構は分かっていない。そこで本 研究では時間分解電子スピン共鳴(tr-ESR)を用いて
SF
素材とし てよく知られているDPH
がSF
によって純粋な一重項状態から 三重項対固有状態にデコヒーレンスしていくのを観測し三重項移動と電荷相互作用の情報を得ることを目的とする。これまでに
tr-ESR
を用いてSF
材料の
TIPS-テトラセン結晶においては 10K
でのESR
スペクトルが報告されている。[1]また
TIPS-ペンタセンを p-テルフェニルにドープした結晶では配列膜を利用して長寿命を
確保し室温でのスペクトルを観測されている。[2]
今回本研究では
DPH
と標準サンプルとしてペンタセンの両方を77K
下でESR
スペクト ルを観測した。【実験】
電子スピン共鳴の測定にはジフェニルヘキサトリエン(DPH)の結晶を複数使用し
ESR
管 に封管し中をアルゴンで満たした。その後に液体窒素によって77K
まで氷冷しtr-ESR
によ って測定した。また標準サンプルとして、同様の手順でp-テルフェニルにドープしたペン
タセン結晶を封管し、測定した。励起光には Nd:YAG LASER の第三次高調波の532 nm
をペンタセン結晶に、355nm
をDPH
に使用した。マイクロ波に
は,9.539241 GHz,1.006 mW の連続波を用いた。
【結果と考察】
右のグラフが標準サンプル であるペンタセン結晶を
tr-
Fig.1 DPH
構造式-30000 -20000 -10000 10000 20000 30000 0
3000 3200 3400 3600 3800 4000
magnatic filed/G
ESR spectra pentacene in p-terphenyl
crystals(168ns)
ESR
で測定した結果である。参考文献となる論文[3]と比べると、強度が弱く
tr-ESR
の感度が十分でない可能性があ る。右のグラフが、レー ザー照射後のある時 間中の
DPH
のtr- ESR
測定の結果であ る。この様な状態が続き
tr-ESR
による信号は得られなかっ た。
実験条件の改善点と して考えられるの
は、[1]の様により極低音状態で実験を行うか、[2]の様に何らかの方法で励起子の寿命 を延ばすなどが考えられる。
また標準サンプルの強度の違いを考えると使用した
ESR
の信頼性についても検討しなけれ ばならない可能性がある。【参考文献】
[1]
Leah R. Weiss, Sam L. Bayliss, et al, Nature Physics. 2017,13,176-181
[2]
Daphne V Lubert-perquel, Enrico Salvadori et al, Multiple Quintets via Singlet Fission in Ordered Films at room temperature 2018
[3]
Tomoaki Yago, Gerhard Link, and Gerd Kothe American Institute of Physics 2007 127,114503-1
-900 -800 -700 -600 -500 -400 -300 -200 -100 100 0
2900 3100 3300 3500 3700 3900 4100
magnatic filed/G
ESR spctra DPH crystals at 77K
平成
30
年度夏の研究会ベンゾフェノン(BP)の水素引き抜き反応における
磁場とマイクロ波を用いた磁気同位体濃縮
B4
細田 敦也【序論】一般的な同位体濃縮は質量差に基づく性質の差を利用するため,重原子では濃縮が 困難になる.そこで核スピンの違い(磁気同位体効果)を用いた同位体濃縮法が研究されてき た.その中で収量検出磁気共鳴(RYDMR)の原理を応用した,光反応で生じた三重項ラジカル 対に磁場とマイクロ波を用いてスピン変換速度を選択的に制御するという手法では,片方の 同位体のみを準位選択的に制御できることが知られている
(1)
が,生成物の単離は報告されて いない.本研究室では水野,岩見らにより本反応系(Fig.1)での同位体濃縮の研究
(2),(3)
が行わ れており,再結合生成物の単離,原理的に本反 応系により同位体濃縮が可能であることが報 告されているが,実際に同位体濃縮された生 成物の単離には至っていない.磁気同位体濃縮効率のよい反応条件を模索 するために温度条件を変えて比較した過渡吸収 実験を行ったのでその結果を報告する.
【実験】異なる温度での過渡吸収測定
試料溶液には
BP(1 mM)と Brij35(50 mM)を水に溶解させた試料溶液を用いた.試料は室温
(26 ℃)と加温したもの(60 ℃)の二つを用意し,それぞれで 550 nm
におけるベンゾフェノンケチルラジカル(散逸ラジカル)の過渡吸収の磁場依存性を測定した.ゼロ磁場(0 T),磁場印加
1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
0 0.4 0.8 1.2 1.6
R( B)
B(T)
0.5 1 2
↑Fig.1反応スキーム
1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
0 0.4 0.8 1.2 1.6
R( B)
B(T) 0.5 1 2
↓Fig.2 ,3 26℃(左)、60℃(右)における過渡吸収の磁場依存性
(μs) (μs)
(B T),ゼロ磁場(0 T)の 3
回1
セットで行い,ゼロ磁場に対する相対収量R,(B)を算出した
(Fig.2,3).励起光は Nd:YAG
レーザー第四調光波(266 nm),2 mJを使用し,試料溶液を窒素バブリングしながら,HPLC用ポンプを用い,流速
1 ml/s
でフローさせながら測定を行った.試料 溶液の温度は試料溶液の入った瓶を水浴し,過渡吸収装置のセルホルダーの温度を調整して 行った.【実験結果と考察】温度を室温より上昇させた過渡吸収測定では散逸ラジカルの相対収量 が減少し,磁場効果が小さくなる効果が観測された.これは高温の方がラジカル間距離が離 れやすく,そのためラジカル間相互作用が働かず,容易にスピン変換するためであると考え られる.このことは温度の上昇によってミセル内の粘度の低下し,Brij35のミセル半径が大き くなったことに起因すると考えられる
(4) .
【今後の展望】
① より正確に試料温度を設定し磁場効果の温度依存性を測定する.
② 定常光照射実験を行う.
③ 溶媒等の条件を変更し,磁場効果が増大する条件を模索する.
【参考文献】
(1) Okazaki,M;Toriyama,K,J.Phys.Chem,99,489(1995) (2)水野智久,修士論文(2018)
(3)岩見法之,修士論文(2011)
(4)妹尾学,辻井薫
著”界面活性の化学と応用”,大日本図書株式会社,(1995)1 1.5 2 2.5 3 3.5 4 4.5 5
0 0.4 0.8 1.2 1.6
R (2 μ s,B)
B/T
26℃ 60℃
↑Fig.4 レーザー照射後
2
μs後の散逸ラジカルの磁場効果の温度依存性2018/9/15
夏の研究会過度吸収による DPH 溶液の同定
M1 西村 晨平
【序論】
スピン三重項対中で一重項性の光を発生するシングレットフィッションは有機の材料内で 三重項を効率的に生み出す方法である。生まれた三重項のすべては一重項状態を経て三重 項対を作り出す。スピンが変換され三重項が進行する速度は
100fs
単位であるといわれて いる。現在、SFへの関心は太陽光電池の効率を飛躍的にあげるシステムとして期待されて いる。それは太陽光電池の低いバンドギャップ内のSF
材料が高エネルギーの光子の吸収 によって熱を失いエネルギーを得ることを可能にするためである。しかし、このSF
の三 重項を作り出すメカニズムには多くの疑問点が残っている。このメカニズムの核はすべての一重項が関係し、二つの三重項励起子が作る(TT)(三重項励 起子対)である。この中間体が一時的に存在するものなのか、期待通りに長い寿命をもち重 要な役割を果たすものなのかはっきりしないためこれを測定することにした。しかし、固 体状態の
SF
材料に影響を与えるもので溶液では分からない要因(励起子分裂、励起子の非 局在化、材料の変異)が分析を複雑にしているのも事実である。そこで今回は以前から観察されていた
DPH
をヘキサン溶媒中で過度吸収をとった。詳細 には三つの発光、吸収のピーク地点について行い、それがそれぞれどの状態に由来したも のである考えた。【実験】
試料は
DPH
を市販のヘキサン中で溶かしたものを0.08mM
に調製したものである。その後 アルゴンバブリングを15
分行い、過度吸収を行った。レーザーはNd:YAG
レーザー(355nm)を用いた。
今回は、8μsのスケールで
410nm①,125ns
のスケールで640nm②,410nm③の波長でピーク
が最も大きかったので測定を行い、寿命を観察した。また、これが一重項、三重項由来で あるものか観察するために磁場を0T
と1.7T
で変化させて測定を行った。【結果】
Figure1 ヘキサン溶媒内の DPH
の過度吸収 時間スケールは8μs
で410nm
の波長を観察 した。左が0 T
で右が1.7 T
の際のディケイを示したもの。Figure2 ヘキサン溶媒内の DPH
の過度吸収 時間スケールは125ns
で640nm
の波長を観察した。左が
0 T
で右が1.7 T
の際のディケイを示したもの。Figure3 ヘキサン溶媒内の DPH
の過度吸収 時間スケールは125ns
で430nm
の波長を観察した。左が
0 T
で右が1.7 T
の際のディケイを示したもの。それぞれの上のグラフから寿命が①3μs②40ns~50ns③約
40ns
である。当日はこの寿命と磁場の差によって起こったグラフの変化からそれぞれ何重項由来のもの なのか考える。
【今後】
蛍光寿命測定を行い、寿命測定の比較
また、高磁場で起こる可能性のある
DPH
の変化を推察するエッセンスにしていきたい【参考文献】
Identification of a triplet pair intermediate in singlet exciton fission in solution
Hannah L.stern,Andrew J.Musser
他平成
30
年度 若狭研究室 夏の研究会(2018.9.15)三重項増感反応によるゲルミレンの発生に関する検討
M1 若松
郁佳【序論】周期表において炭素やケイ素 が属する
14
族元素は、同族元素間でも 異なった性質を持つことが知られてい る。これらの低配位化合物は非常に不 安定で、例えば原子価2
の炭素の化学 種であるカルベンは非常に反応活性で ある。カルベンは二つの異なったスピン状態、すなわち一重項と三重項をとることができる。それぞれのスピン状態で反応挙動は 異なり、今までも盛んに研究が行われてきた。カルベンのゲルマニウム類縁体であるゲルミ レンもまた、一重項と三重項の二つのスピン状態をとり、一重項ゲルミレンの反応性につい てはいくつか報告がされている。一方、三重項ゲルミレンはラジカル的な反応性を示すと考 えられているが、その詳細は分かっていない。本研究では、出発物質として
3,4-dimethyl-1,1- diphenyl-germacyclo-pent-3-ene(1)を用いた三重項増感反応により三重項ゲルミレンを発生さ
せ、一重項ゲルミレンとの反応性の比較を行うことを目的としている。これまでに、既報にあるような無極性溶媒中での直接光励起による一重項ゲルミレン発 生
[1]
を再現した。また、極性溶媒中での一重項ゲルミレン発生および三重項増感は困難であ ることを確認している。今回、増感剤としてキサントン(Xn)、フルオレノン、チオキサント ン(TX)を用いた無極性溶媒中での三重項増感について実験を行ったので、報告する。【実験】
Xn(6.0 mM)、フルオレノン(11 mM)、 1(10 mM) +フルオレノン(11 mM)、 TX(1.0 mM)、
1(14 mM) + TX(1.0 mM)
それぞれのシクロヘキサン溶液を調製し、過渡吸収測定を行った。励起光には
Nd:YAG
レーザー第3
高調波、検出光にはキセノンフラッシュランプを用いた。【結果と考察】一重項ゲルミレンおよび三重項ゲルミレン発生において条件を揃えるため、
溶媒には直接光励起の場合と同様にシクロヘキサンを用いた。まず、増感剤として
Xn
を用 いた三重項増感を試みたが、シクロヘキサンのような無極性溶媒中では、Xnの励起三重項( 3 Xn*)は溶媒と水素引き抜き反応を起こし、ケチルラジカルを生成する。この反応が ns
オーダーで起こるため、
3 Xn*からのエネルギー移動は不可能と判断した。
そこで、新たな増感剤として、励起三重項が無極性溶媒と反応しづらいケトンであるフル オレノンを用いた三重項増感を試みた。しかし、フルオレノンのみの場合と、
1
を添加した 場合とで、過渡吸収スペクトルの形状に変化は見られなかった。また、フルオレノンのT-T
吸収の減衰速度の増加も見られなかったため、フルオレノンからの三重項エネルギー移動1
Sens hv
3Sens*
Ge Ph
Ph +
3Sens* Ge Ph Ph +
1Sens
3 *
Ge Ph Ph
3 *
—
Ph Ge Ph
?
1
は起こっていないと言える。エネルギー移動が起こらなかった原因として、エネルギー供与 体であるフルオレノンの三重項エネルギー(E
T )が、エネルギー受容体である 1
のE T
よりも 低かった可能性が考えられる。次に、新たな増感剤として、励起三重項が無極性溶媒と反応しづらいケトンであり、なお
かつ
268 kJ mol -1
と高いE T
をもつTX
を用いて、三重項増感を試みた。TXのみでの過渡吸収測定を行った結果、
3 TX*は無極性溶媒とは反応しづらく、エネルギー移動が可能と言え
る(Fig 1)。よって、1
を添加した場合での過渡吸収測定を行った結果、Fig 2のようなスペク トルが得られた。1
の添加によりTX
のT-T
吸収の減衰速度が増加したことから、3 TX*から
のエネルギー移動が起こっていると言える。また、1
の添加により430 nm
および500 nm
の 吸収が増加し、両波長で減衰曲線の形状が変化した(Fig 3,4)。減衰曲線をfitting
したところ、両波長において新たな二つの過渡種が発生していると分かり、減衰曲線の形状変化はこれ が原因と考えられる。吸収が顕著に増加したのは
430 nm
であり、既報にあるジゲルメン(ゲ ルミレンの二量体)の吸収波長[1]
と一致することから、新たな過渡種の一つはジゲルメンと 予想する。もう一つは、ジゲルメンの前段階の過渡種であるゲルミレン、すなわち三重項増 感により生じた三重項ゲルミレンの可能性がある。詳細は当日議論する。[1]William J. Leigh, Cameron R. Harrington and Ignacio Vargas-Baca, J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 16105-16116.
Fig 1.TX(1.0 mM)のシクロヘキサン溶液の 過渡吸収スペクトル
Fig 2.1(14 mM)+TX(1.0 mM)の
シクロヘキサン溶液の過渡吸収スペクトル
Fig 3.430 nm での減衰曲線 Fig 4.500 nm での減衰曲線
夏の研究会
2018.9.15
磁場効果測定を用いたシングレットフィッションにおける反応中間体の 構造解析と電子的相互作用の計測
Determination of the structure of a reaction intermediate and electric interaction in singlet fission using magnetic field effect measurements
M2 石川 慶
【Abstract】 Singlet fission (SF) is a process in which an excited singlet molecule (S1) and a ground
singlet molecule (S0) turn into two excited triplet molecules (T1). This reaction is studied actively now because SF generates two excitons from one photon and can improve solar energy generation efficiency. The mechanism of SF has not been known clearly yet. Thus, we studied the mechanism of SF by using magnetic field. Diphenylhexatriene (DPH) is known to be a SF material. In this work, we used super conducting magnet to study magnet field dependence of fluorescence from DPH crystal.
We observed clear magnetic field effects (MFEs) on fluorescence intensity under the magnetic fields up to 10 T. We determined the structure of a reaction intermediate and electric interaction in singlet fission from MFE measurements.
【序論】 シングレットフィッション(SF)とは励起一重項分子が隣接した基底一重項分子に エネルギーを分け与えて二つの励起三重項を生じる過程である。SFを起こす物質を太陽電 池素材として用いることでエネルギー変換効率が向上すると示唆されたことにより、現在、
SF
物質を用いた太陽電池開発が注目されている[1]。しかし、SF
の機構や理論は未だ解明さ れておらず、太陽電池の実用化にも至っていない。私たちはSF
物質の蛍光強度には磁場効 果が発現するという点に着目し、SF 物質の蛍光強度の磁場効果を解析することでSF
の機 構・理論解明を試みている。本研究では
SF
物質であるジフェニルヘキサトリエン(DPH)の斜方晶結晶の蛍光に対する 磁場効果を観測し、レベルクロッシング機構による磁場効果(Dip)の角度依存性から、SFの 中間状態である相関三重項対の構造解析を行った。また、ヘキサン再結晶DPH
を用いて磁 場効果測定を行ったところ、斜方晶DPH
では見られなかった箇所にDip
が観測されたため、SF
における電子的相互作用を考慮に入れつつDip
の帰属を試みる。【実験】 蛍光測定にはジフェニルヘキサトリエン(DPH)の結晶を用い、酸素との反応を防 ぐために
Ar
ボックス内で試料の上にカバーガラスをかけて光硬化樹脂を用いて封止した。励起(LEDランプ)を
365 nm
で行い,0~10 Tの磁場下で蛍光強度(斜方晶:460 nm, ヘキ サン再結晶DPH:490 nm)を観測した。この際、分光器の前にはそれぞれ観測波長のバン
ドパスフィルターを装着した。また、蛍光強度の角度依存性を測るために、水平面内(磁場 方向)で平板状の結晶を0°~180°で回転させた。
【反応中間体の構造解析】 斜方晶
DPH
の蛍光強度磁場効果を0°、 30°、 60°、 90°の位置で
測った結果を図1に示す。縦軸のR(B)は B T
のときの蛍光強度を0 T
での蛍光強度で割っ たものである。このグラフを見ると0~10 T
にかけて特に1~10 T
の高磁場領域でいくつか の蛍光強度の減少(Dip)が観測された。Dip
はレベルクロッシング機構によって説明でき[2]、生じた
Dip
の大きさには角度依存性が観測された(図2)。Dipの角度依存性はテンソル量で ある分子内の双極子-双極子相互作用で変わるため、反応中間体である相関三重項対の配向 によって違いが生じる。そのため、実験で得られたDip
の角度依存性と、結晶構造を基に双 極子-双極子相互作用の角度依存性を比較することで、相関三重項対の構造解析を特定する ことができる。実際に計算した値と、比較の結果、特定できた相関三重項対の構造をそれぞ れ図2、3に示した。【電子的相互作用の計測】
ヘキサンで再結晶をした
DPH
を用いて磁場効果測定を行った際、図4のような磁場効果の グラフが得られた。しかし、ヘキサン再結晶DPH
のDip
はレベルクロッシング機構の位置 に発現しなかった。これは、光照射によって生じた、励起一重項と三重項対が電子的相互作 用を引き起こし、一重項状態が分裂しているということが考えられる。これを考慮したレベ ルクロッシング機構のグラフを図5に示す。このとき交換相互作用が0.84 cm -1
電子的相互 作用は9.0 cm -1
であった。[1] Smith, M.; Michl, J. Chem. Rev. 2010, 110, 6891-6936.
[2] Yago, T.; Ishikawa, K.; Katoh, R.; Wakasa M. J. Phys. Chem. C. 2016, 120, 27858-27870.
Fig.1. 斜方晶 DPH の磁場効果 角度依存性
Fig.2. 2.3 T, 3.0 T, 4.6 T での Dip の角度依存性 と特定した相関三重項対の構造(白)
Fig.4.
ヘキサン再結晶DPH での磁場効果角度
依存性と電子的相互作用を考慮したレ ベルクロッシング機構図
(S:一重項、T:三重項、Q:五重項)
イオン液体中での光誘起電子移動反応に対する磁場効果の原因
(埼玉大院 理工) ○ 土田暉・矢後友暁・若狭雅信
【Abstract】
Ionic liquids are salt in a liquid state at room temperature, and have been studied in various scientific fields due to unique properties different from ordinary organic solvents, such as very low vapor pressure, thermal stability, high designability, and formation of nanoscale structure.
The magnitude of the magnetic field effect reflects the surrounding environment of the radical pair.
Large magnetic field effects are observed in high viscosity solutions and micelles. In the present study, large magnetic field effects on a photoinduced electron transfer reaction in ionic liquids were observed.
With nano-second laser flash photolysis, we examined the effect of the viscosity on the magnetic field effect in the ionic liquid. Measurement of viscosity dependency showed that the magnitude of the magnetic field effect are dependent on viscosity. The results suggested that diffusion of radical ions is dominated by viscosity and not by domain structure in ionic liquids.
【序論】
イオン液体(ILs)とは常温で液体の塩である。初めて合成された
ILs
は空気中で不安定であったが[1]、1990年代初頭に空気や水に 安定なILs
が報告され研究が盛んになった[2]。ILsには不揮発性、不燃性、高粘度、極性部と非極性部が分離したナノスケールの秩 序構造をもつなど分子性溶媒と比べて特異な性質がある。
ラジカル対に磁場を印加すると、スピン変換速度が変化して散逸 ラジカルの収量に影響を及ぼす。この効果を磁場効果と呼び、その 大きさはラジカル対の周辺環境を反映する。例えば、ミセルのよう なかご効果や高粘度溶液によりラジカル対の散逸を抑制するもの で大きな磁場効果が観測される。
当研究室では、異なる粘度、カチオン構造の
ILs
を用いた中性ラジカル対での磁場効果 を観測しており、その原因をILs
のかご効果によるものであると結論づけている[3]。ま た、電荷を持ったラジカルイオン対を生じるBenzophenone (BP)、1,4-
Diazabicyclo[2.2.2]octane (DABCO)の ILs
溶液では、中性ラジカルと比べ大きな磁場効果が観測されると報告されており[4]、その原因は溶液-溶媒クーロン相互作用によるものとさ れている。そこで行われたのは短鎖カチオン
ILs
を用いたものだけであった。本研究で は、長鎖カチオンILs
が短鎖カチオンILs
と異なる磁場効果の観測が期待できることか ら、長鎖カチオンILs
を用いて磁場効果実験を行った。そこで生じた磁場効果の原因を、粘度によるもの、もしくはミセルのようなドメイン構造を作ることによるものという
2
つ の観点で調査した。Fig. 1
使用したイオン液体とミセル
【実験】
イオン液体
DTMA TFSA、TMOA TFSA、P 14 TFSA
を合成し、ヘキサンと水で洗浄し、ディフュージョンポンプによる真空乾燥を行った。BP 10 mM、DABCO 100 mMの各
ILs
溶液と、ミセルDTMA Br、TMOA Br
水溶液を調整し、過渡吸収測定を行った。励起光には
Nd:YAG
レーザーの第三高調波(355 nm)を使用し、検出光源にはXe
フラッシュランプを使用した。また、電磁石により磁場印加を行った。
【結果と考察】
Figure 2
にDTMA TFSA、TMPA TFSA
溶液の690 nm
にお ける吸光度の時間変化を示す。DTMA TFSAはTMPA TFSA
と同程度の粘度73 cP
に揃えて比較するために50 ℃に加熱し
ながら実験を行った。また、690 nmはBP DABCO
の光誘起 電子移動反応により生じるベンゾフェノンアニオンラジカルBP・-の吸収である。どちらの ILs
でも磁場により吸光度の上昇が見られる。これは磁場により
S-T
変換が抑制され、三 重項の前駆体から生じたBP・
-の再結合反応が遅くなったこ とに起因する。また、立ち上がり部分がILs
ごとに異なる挙 動が見られるが、これはBP・
-の生成速度の違いによるもの であると考えられる。Figure 3
に1 µs、1.7 T
のR(B)の粘度依存性を示した。グラ
フから、散逸ラジカルの相対収量(R(B) = Abs(B T) / Abs(0 T))は
300 cP
以下において粘度に大きく依存していることが読み取れる。異なるイオン液体であっても、粘度が近い数値であ ればほぼ同様の
R(B)をとることがわかる。さらに、TMOA
Br、DTMA Br
ミセルを使用した実験では磁場を印加しても減衰に変化は現れなかった。
【参考文献】
[1] P. Walden, Bull. Acad. Sci. St. Petersburg 1914, 405-422.
[2] T. Welton, Chem. Rev. 1999, 99, 2071−2083.
[3] T. Okada, T. Yago, T. Takamasu, and M. Wakasa, Phys. Chem.
Chem. Phys., 2012, 14, 3490–3497
[4] T. Yago, Y. Ishii, M. Wakasa, J. Phys. Chem. C 2014, 118, 22356-22367.
Fig. 2 50
℃ (72 cP) DTMA TFSA(灰)
、25 ℃ (73 cP) TMPA TFSA(黒)
の690 nm
の吸光度の時間変 化。Fig. 3
各イオン液体の1 µs
にお ける1.7 T
のR(B)
粘度依存性9,10-ジフェニルアントラセン単結晶の He-Ne レーザー励起に よって観測される発光に対する磁場効果
M2
長谷川 貴一【序論】
近年、有機デバイスの開発においてシングレットフィッションや T-T アニヒレーショ ンなどの励起状態の融合、分裂過程が注目を集めている。しかし、これらの過程の機構 は明らかにされていない部分も多い。9,10-ジフェニルアントラセン(DPA)
は T-T アニヒレーションを利用した波長変換によく用いられる発光分子 である。本研究では、 DPA 単結晶中の T-T アニヒレーション過程を明 らかにするために、 S-T 励起後に観測される遅延蛍光の磁場効果を観 測した。
【実験】
測定にはトルエンで再結晶した3mm角程度のDPA単結晶(Fig.2)を用いた。使用した 励起光はHe-Neレーザー(632.8nm)で、S1←S0励起で観測される蛍光と同じ460nmで発 光を観測した。ただし、分光器を通すと光が弱すぎて検出できないため、
shortpass_filter500nm,600nmとnotch_filter633nmを発光受光側の 光ファイバー前に設置して、450-500nmの光を観測した。
まず、DPA単結晶に励起光を照射することによる発光が遅 延蛍光であることを確認するために、遅延蛍光強度が励起光 強度の二乗に比例する関係を測定により確認した。ここで は、NDフィルターを用いて励起光のパワー(mW)を変え、それに 対する発光強度を測定した。
また、DPA単結晶に磁場を印加することで、発生する遅延蛍光の強度に対する磁場 効果測定をおこなった。ここでは、0-1500mTまで100mTごとに磁場を印加したときの 蛍光強度を、各磁場強度において積算 100回の測定を10回ずつとった。
Fig.2 DPA crystal
Fig.1 DPA
【結果と考察】
まず、DPA単結晶に対してNDフィルターを用いてレーザーパワーを変更したHe-Ne レーザーを照射し、その時の発光強度を測定したところFig.3のようなグラフが得られ た。DPA単結晶に対して632.8nmのレーザーを照射したときの発光として考えられるの は、三重項励起子同士の相互作用による遅延蛍光と、二光子分を同時に吸収すること でSn←S0励起し、その後S1から失活する過程における蛍光とがある。前者の場合、遅 延蛍光強度は励起光強度の二乗に比例する関係がある。よって、この測定から励起光 強度の二乗に発光強度が比例するため、観測された発光は遅延蛍光である。
次に、He-Neレーザーで励起したDPA単 結晶に対して、電磁石(1.7T)を用いて磁場 を印加し、発光強度に対する磁場効果を 測定したところFig.4のようなグラフが得 られた。R(B)は相対蛍光強度を表してお り、磁場B(T)における蛍光強度を0Tにお ける蛍光強度で割ったものである。グラ フを見ると、50mT, 600mT, 1200mTに蛍 光強度の増加がみられる。この点は Merrifieldの以前の報告()と一致している が、Merrifieldの報告にあったような高磁場 領域での蛍光強度の減衰は見られない。
【参考文献】
・Merrifield, R. E. Pure Appl. Chem. 1971, 27,481-498.
・Merrifield, R. E. Phys. Rev. B. 1970, 1, 896- 902
・“励起三重項状態”南江堂(1975)
Fig.3
励起光強度とDPA
単結晶発光強度の関係-180 -160 -140 -120 -100 -80 -60 -40 -20 0
0 2 4 6
Intensi ty / mV
Laser Power / mW
0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 1.2
0 500 1000 1500
R( B)
B / mT
Fig.4 DPA
単結晶蛍光強度に対する磁場効果シングレットフィッションによって生じる三重項対で観測される磁場効果曲線の形状
(埼玉大院・理工)
○矢後友暁, 吉田朋美, 若狭雅信Magnetic field effect curves observed with triplet pairs generated by singlet fission (Saitama Univ.) ○Tomoaki Yago, Tomomi Yoshida, Masanobu Wakasa
【
Abstract
】Triplet pairs are generated by singlet fission in organic crystals. Magnetic filed affects spin dynamics in triplet pairs therefore delayed fluorescence shows clear magnetic field effects (MFEs) in singlet fission materials. The mechanism on MFEs in triplet pairs is quite similar to that in radical pairs. In radical pair systems, MFE curves have been discussed with B 1/2 value, which is the magnetic field for a half saturation. Here we discuss the curvature of MFE curves in triplet pairs using analytical solution for spin dynamics in triplet pairs. In triplet pair, quintet states are generated by coupling of four unpaired spins. In the presence of the magnetic field, energies for two of quintet states are separated by Zeeman splitting, which is twice larger than that for radical pair. Thus MFE curves in triplet pairs can be different from that in radical pairs. This effect is dependent on the orientation of triplet pairs. In addition to that, we found that the B 1/2 value become larger when the lifetime of radical pair or triplet pair is shorter than the time needed for spin state mixing in pairs.
【序論】有機固体中でシングレットフィッションが起こると、励起一重項状態から三 重項対が生成する。三重項対が再結合し、再び励起一重項状態が生成すると遅延蛍光 が観測される。この遅延蛍光に対する磁場効果は
1960
年代より報告されており[1]
、 ラジカル対の磁場効果と同様な機構で説明されてきた。ラジカル対および三重項対の 磁場効果は、磁場効果の大きさおよび磁場効果曲線の形状によって議論されることが 多い。とくに磁場効果曲線の形状については、磁場効果の最大値の1/2
の値を与える 磁場(B 1/2 )
を基準に議論されてきた。しかし、三重項対に関しては、実験例が少なくB 1/2
に関する報告はほとんどない。そこで、本研究では、三重項対においてB 1/2
の値 がどのような挙動を示すかを簡単なモデルを用いて考察した。【方法】 三重項対において二つのスピン状態間のコヒーレントな遷移のみを考慮し た。始状態は、純粋な一重項状態である。相互作用するもうひとつの状態として五重 項状態を仮定した。ゼロ磁場では一重項と五重項が縮重しており、ゼロ磁場分裂
(D)
で相互作用する。磁場を印加すると、五重項状態のエネルギーがゼーマン分裂により シフトし、スピンダイナミクスが変化する。それぞれの磁場条件で、スピンハミルト ニアンを対角化し密度行列を用いて、一重項の占有数の時間変化を計算した。実験に おいては、多くの場合蛍光強度の磁場効果を測定する。ここで、一重項の占有数が蛍 光強度に比例すると仮定した。一重項の占有数の時間平均を求めることにより、各磁 場での蛍光強度を見積もり磁場効果の大きさを評価した。【結果と考察】一重項-五重項(Q±
2 )間の D
を考慮した場合に得られた一重項の三重項 対の占有数の時間変化を結果を示す。𝑆(𝑡) = 1 − sin 2 2𝜃sin 2 ( 1
2 ∆𝜀 ′ 𝑡/ℏ) (1a) tan 2𝜃 = 2𝐷/2𝑔𝛽𝐵 (1b) Δ𝜀 ′ = √4𝐷 2 + 4(𝑔𝛽𝐵) 2 (1c)
得られた結果は、ラジカル対の場合と同様である。式
(1)より、それぞれの磁場での一重項の占有数
の時間変化を計算した(図1)。時間変化の平均より、蛍光強度の近似値を求めB 1/2
の値を見積もっ た。五重項の状態が(Q
±1 )の場合 B 1/2 =2D
となりラジカル対の場合と全く同じで結果が得られた。一方、五重項の状態が(Q±
2 )の場合 B 1/2 =D
となった。これは、Q
±2
のゼーマン分裂が2
倍となるた めである。次に、三重項対の寿命が短い場合について検討した。一重項と五重項を行き来する周波 数は、固有状態のエネルギー差に相当する。磁場印加により、一重項と五重項のmixing
が阻害され る。しかし、一重項と五重項を行き来する周波数は高くなる。そのため、図1の拡大図のように、
早い時間では高磁場において五重項への遷移速度が速くなる。三重項対の解離が速い場合この効果 が顕著に現れ、
B 1/2
の値が高磁場へシフトする。簡単なモデルから、五重項の状態が Q±1
の場合、B 1/2
の値が以下の様になることがわかった。𝐵 1 2 ⁄ = √4𝐷 2 + 𝑘 (2)
ここでk
は三重項対が解離する速度である。同様なことは、ラジカル対に対する磁場効果にも適 用できる。ラジカル対においても、対の寿命が短い場合にB 1/2
の値が高磁場へシフトすると予想 される。ただし、対の寿命が短いため磁場効果の大きさは小さくなると考えられる。図
1
式(1)
から計算される0 T( )
および0.2 T( )
での一重項の占有数の時間変化[1] R. E. Merrifield, Pure Appl. Chem. 1971 , 27, 481.
[2] A. Weller, F. Nolting, H. Staerk, Chem. Phys. Lett. 1983, 96, 24.
やごともあき
,
よしだともみ,
わかさまさのぶ埼玉大学大学院理工学研究科〒