絵図‑1「名所江戸百景」(水道橋駿河台)
表‑1 研究対象絵図「名所江戸百景」
086.四谷内藤新宿
115.高田の馬場 008.する賀てふ
「名所江戸百景」No.・タイトル
079.芝神明増上寺 001.日本橋雪晴 040.せき口上水端
はせを庵椿やま
080.金杉橋芝浦 002.霞かせき
041.市ヶ谷八幡
081.高輪うしまち 003.山下町日比谷外さくら田
042.玉川堤の花
082.月の岬 004.永代橋佃しま
043.日本橋江戸ばし
083.品川すさき 005.両ごく回向院元柳橋
044.日本橋通一丁目略図 084.目黒爺々が茶屋 006.馬喰町初音の馬場
045.鎧の渡し小網町 085.紀の国坂赤坂溜池遠景 007.大てんま町木綿店
046.昌平橋聖堂神田川
047.王子不動之滝 087.井の頭の池弁天の社 009.筋違内八ツ小路
048‑1.赤坂桐畑 088.王子滝の川 010.神田明神曙之景
048‑2.赤坂桐畑雨中夕けい 089.上野山内月のまつ 011.上野清水堂不忍ノ池
049.増上寺塔赤羽根 090.猿わか町よるの景 012.上野山した
050.佃しま住吉の祭 091.請地秋葉の境内 013.下谷広小路
051.深川万年橋 092.木母寺内川御前栽畑 014.日暮里寺院の林泉
052.大はしあたけの夕立 093.にい宿のわたし 015.日暮里諏訪の台
053.両国橋大川ばた 094.真間の
紅葉手古那の社継はし 016.千駄木団子坂花屋敷 054.浅草川首尾の松御厩河岸
095.鴻の台とね川風景 017.飛鳥山北の眺望
055.駒型堂吾嬬橋
096.堀江ねこざね 018.王子稲荷の杜 056.堀切の花菖蒲
097.小奈木川五本まつ 019.王子音無川堰棣 057.亀戸天神境内
078.鉄炮洲築地門跡
020.川口のわたし善光寺 058.逆井のわたし 099.浅草金龍山 021.芝愛宕山 059.深川八まん山ひらき 100.よし原日本堤 022.広尾ふる川 060.中川口 101.浅草田圃酉の町詣 023.目黒千代か池 061.利根川ばらばらまつ 102.蓑輪金杉三河しま 024.目黒新富士 062.八ッ見のはし 103.千住の大はし 025.目黒元不二 063.水道橋駿河台 104.小梅堤 026.八景坂鎧懸松 064.角筈熊野十二社
俗称十二そう
105.御厩河岸 027.蒲田の梅園
065.糀町一丁目山王祭ねり込
106.深川木場 028.品川御殿やま
066.外桜田弁慶堀麹町
107.深川州崎十万坪 029.砂むら元八まん
067.みつまたわかれの淵
108.芝うらの風景 030.亀戸梅屋鋪
068.浅草川大川端宮戸川
119.南品川鮫洲海岸 031.吾嬬の森連理の梓
069.綾瀬川鐘か淵
110.千束の池裂裟懸松 032.柳しま
070.五百羅漢さざゐ堂
111.目黒太鼓橋夕日の岡 033.四ツ木通用水引ふね
071.深川三十三間堂
112.愛宕下薮小路 034.真乳山山谷堀夜景
072.はねたのわたし弁天の社
113.虎ノ門外あふひ坂 035.隅田川水神の森真崎
073.市中繁栄七夕祭
114.びくにはし雪中 036.真崎辺より水神の
森内川関屋の里を見る図 074.大伝馬町こふく店 075.神田紺屋町
116.高田姿見の はし俤の橋砂利場 037.隅田河橋場の渡かわら窯
076.京橋竹がし
117.湯しま天神坂上眺望 038.廓中東雲
077.鉄炮州稲荷橋湊神社
118.王子装束ゑの 木大晦日の狐火 039.吾妻橋金竜山遠望
098.両国花火
Study on Factors of Landscape Composition , Space of Water's Edge Drawing on Ukiyoe in Edo-Tokyo
Wakana TAO , Satoshi YAMADA , Hidekazu KIKUCHI , Hirotomo OHUCHI 1. はじめに
浮世絵に描かれたように、かつての江戸・東京に おける河川をはじめとする水辺空間は江戸城下町形 成期より舟運機能を果たすとともに人々の生活用、
防水用、親水用など多面的に利用され、江戸のまち 特有の水にまつわる多様な文化を育み名所と称され る美しい景観を生み人々に愛され親しまれてきた。
しかし戦後我が国では利便性や治水上の施策が強調 され、その結果都心における水辺空間は、高速道路 やコンクリートの支柱群ビル群などにより遮られ、
かつて人々が日常的に体験していた水辺空間におけ る豊かさは失われた。また近年では、都市における ヒートアイランド現象や砂漠化は深刻な問題として 取りざたされている。一方では、人々が余暇や日常 の潤いを都心における水辺空間に求めるようになっ た。浮世絵に描かれた水辺空間における豊かさは、
現代における都市を昇華しこれからの都市空間の在 り方を担うひとつの大きなテーマであるといえる。
2.既往研究のレビュー これまで、「広重の浮 世絵風景画にみる景観 分類に関する研究」、
「広重の浮世絵風景画 に描かれた河川景観の 絵図に関する一考察」
として、多くの成果が 得られているが、江戸・
東京における水辺空間 を主題とした研究はな されていない。本研究 はこれらの成果を踏ま
えて、これまでなされていなかっった、江戸・東京 の水辺空間に着目し、その空間構成要素について分 析を行う。
3.研究の目的
浮世絵は初期においては人物画が主流であった が、経済の発展と道路交通の発展が道中筋の風景に 対する庶民の関心を高め、風景画が評価されるよう になった。これらの絵図には江戸・東京の水辺を美 しく描いたものが多く、人々の生き生きとした姿や 水辺風景が丹念に表現されている。
そこで、本研究は歌川広重が描いた「名所江戸百 景」における空間構成要素を抽出し、分析・考察す ることにより、江戸・東京における水辺空間の豊か さを再生するための有効的な建築・都市計画手法と して構築することを目的としている。
浮 世 絵 に 描 か れ た 江 戸 ・ 東 京 の 水 辺 空 間 の 空 間 構 成 要 素 に つ い て
日大生産工(学部) ○田尾 若菜 日大生産工(院) 山田 悟史 日大生産工(院) 菊地 秀和 日大生産工 大内 宏友
図‑1「名所江戸百景」における空間構成要素
6.0
5.0
4.0
3.0
2.0
1.0
0
A.季節 B.時間 C.天気 E..舟 G.橋 H.街路
1春 1朝 1晴れ 1霧 6用水路 1帆船 1屋台 6屋敷 1石造橋 1街路 1簾 6火のみ櫓
2夏 2日中 2曇り 2海 7水溜り 2屋形船 2小屋 7寺社 2木の橋 2看板 7ちょうちん
3秋 3夕方 3雨 3河川 8滝 3筏 3町屋 8城 3その他 3家紋
4冬 4夜 4雪 4池 9干潟 4店舗 9建築群 4鳥居
5不明 5不明 5不明 5堀 5蔵 5門
M.水辺の行為 N.水辺の工作物 O.視点 P.行事
1群集 6町人 1鳥 6犬 1山 6草、芝 1舟こぎ 1土手 1視点の高さ 1行事
2女 7僧侶、神主 2魚 7狐 2富士山 7その他 2漁〈投網、釣り)2堤防
3子供 8判別不能 3亀 8その他 3森、林 3行水 3川床
4士 4猫 4樹 4鵜飼 4船着場
5農 5馬 5生垣 5宴会〈屋形船)
L.緑
I.サイン F.建築
D.水
J.人物 K.動物
D1 D2 D3 D4 D5 D6 D7 D8 D9 E1 E2 E3 F1 F2 F3 F4 F5 F6 F7 F8 F9 G1 G2 G3 H1 I1 I2 I3 I4 I5 I6 I7 J1 J2 J3 J4 J5 J6 J7 J8 K1 K2 K3 K4 K5 K6 K7 K8 L1 L2 L3 L4 L5 L6 L7 M1 M2 M3 M4 M5 N1 N2 N3 N4
空間構成要素(D〜N)
(%)
出現頻度の割合
※ J . 人 物 に お け る 8 . 判 別 不 能 は 、 人 物 と 認 識 で き る が そ の 人 物 が 何 で あ る か 小 さ く 描 か れ て い る た め 、 特 定 で き な い 場 合 で あ る 。
4.分析方法
4−1.浮世絵に描かれた空間の構成要素
本研究では、歌川広重の「名所江戸百景」に描か れた119枚の絵図を対象とする(図絵‑1 表‑1)。全 ての絵図から浮世絵に描かれた江戸の名所における 空間を構成する69の要素を挙げ、それぞれの絵図に 描かれた空間がどのような要素で構成されているの かを調査する。調査により得られた空間構成要素と それらの出現頻度を以下にまとめる(図‑1)。
調査より得られた結果のうち、特に上位の要素の 考察を以下にまとめる。
・全体の約80%の絵図に水の要素が含まれており、
このうち河川が最も出現頻度が高い。名所と呼ばれ た空間の多くは、河川またはその周辺であったこと がわかった。
・人物像を判別不能な群衆として描くことで、行為 や賑わいを周辺環境と関連付けている。名所と呼ば れた空間の構成要素には、人々による行為や賑わい の様子があったことがわかる。
・樹木,森林には郊外の自然の風景を描いたものと、
街中を描いた絵図に見られる庭木や並木道、観賞用 の桜や紅葉など手入れのされたものの2種類が存在す ることがわかった。河川とともに、樹木,森林といっ た自然的要素は豊かな空間を創出した重要な要素で
あったといえる。
4−2.KJ法による類型化
浮世絵に描かれている空間は、個性と多様性に富 んでいる。そのため構成要素をKJ法
*1を用いたグル ープ分類による分析手法が最適であると判断した。
なお、類型化の際には、浮世絵に記入されている文 字情報を排除し類型化を行った。
1) 無造作に広げられた浮世絵から類似している 絵図同士を小グループにする。各グループの意味を 読み取り表題を付ける。さらに、その表題を上記と 同様に上位のグループにししていく。その行為を繰 り返す。その結果、最終的に2類型に分類できた。
2) 上位のグループを下位のグループへと、編成 時なんとなく意識されてきたグループ同士の関連性 の意味を考えながら展開する。関係がわかりやすく、
周辺のグループとなじむように配置し、関連性を矢 印と文章を用いて図式化した(図‑2)。「118.王 子装束ゑの木大晦日の狐火」は、他との関連性を持 たなかったため分析より除外した。
KJ法により得られた17類型のうち、「妖怪」と「桜
た自然的要素は豊かな空間を創出した重要な要素で
の下で花見をしている様子」以外のすべての類型に
図 ‑ 2 K J 法 で 得 ら れ た 類 型 化 と そ の 関 連 性 の 図 式
非日常的名風 景 ← 日常的な風景 → 視点の違い
自然と人との関係 自然の様子人々の生活の様子 人が描かれている
妖怪 雨・雪水辺が広い桜
自然と人工物との関係 建築物や橋・船 それにかかわる人々様々な視点 消失点が明確 特定の要素が 大きい水辺と水辺に関する 要素・行為 奥に富士山 が見える
視点の高さが明確
雨・雪の時の人々の様子や風景 川幅が広く蛇行している 滝とそれを利用する人々 桜の下で花見をしている 霧・桜並木・建築群が 層になっている
行列や群集が道を歩いている 人の表情や衣服の表現が詳細 妖怪
右側手前の建築物が見切れる 視点の位置にある要素が見切れる 橋が左右に渡っている 多くの帆船 筏での漁・渡し・舟運
河川と船・町並み・山並み・富士山 が層になっている
手前の人よりもの富士山の方が大きい 一点投資図法
視点がアイライン 鳥瞰図
▲
▲
日常生活の中で自然を楽しむ様子街のにぎわい街の構成未知の物に対する 想像 場所・行事ひとつ の要素で示してい る
人々の賑わい 寺社を訪れる人々 の賑わい
水辺での行為を複 数の要素で示して いる 季節の祭事とそれに参 加する人々の賑わい
視点場を変えることに より街を段階的に描く視点の高さを変えることにより 日常・非日常を区別して描く 街中の様子は描か れていない 街の終わりが 見える・見えない 富士山 街並み 河川 河川での仕 事の様子人々と建築・ 自然との関係 包括的名もの から細部へ
人々の街中 での様子
富士山 街中の様子街中の様子
街中の様子のみ描 かれている 普段の視線から街中 の日常生活を描く想像の視点で街の 外の様子を描く
街や宿場町での生活 の様子 季節がわかる 秋春
季節のによる人々の衣 服などの違い・ 風景の違い 穏やかな流れ 水辺の風景を鑑賞
行水など、実際 に水に触れて楽 しむ 桜にかかわる 行事桜のある街並み 交通、経済の発 展を示す道 他の土地の風景 は非日常的
普段見られる風景 日常的な風景を細 かく描写橋を渡る群衆と橋の下 を往来する複数の船 ↓ 橋の袂の賑わい
船を用いた仕事・ 船を用いた遊び ↓ 水上の賑わい 水辺の種類の 違い ↓ 楽しみ方の違 い
季節的な遊び ← 季節的な風景 →
建築物に集ま る人々 ← 行事に集まる 人々 →
陸路と水路の 交わるところ 人とものが集 まるところ
ズームアップ
→ →
季節がわかる 水辺を楽しむ様子 ズームアップ
→ →
水辺空間を描いた浮世絵が存在する。しかし、水辺 空間に直接関連しない表題をもつ類型では、水辺空 間そのものが主題ではなく、人々の行為や祭事、行 楽、サインなどを主題とし、名所と呼ばれた空間を 構成する要素の一つとして描かれていたことが考え られる。
4−3.水辺空間の空間構成要素
KJ法により得られた17の類型のうち、水辺空間に 関連する表題を持つ類型の浮世絵に着目し、空間構 成要素の表より得られた、上位要素(河川・人物・
樹木森林)と水辺空間における具体的な要素との比 較により分析・考察し、以下に整理する。
観賞用として整備された水辺(NO.23,57,59,91)
特徴的な構成要素:灯篭,石橋,長椅子,川床,屋台 入り組んだ水際や滝、群島などの自然の地形を利 用し、対岸を眺めるための要素を配置している。
寺社のある水辺(NO.11,18,49,65,66,72,87,94,110) 特徴的な構成要素:寺社,参道,庭木,祭事
寺社を河川によって他の建築群から分断している。
人々にとって重要な建築物であるため、庭木などが 手入れされている。寺社の祭事は河川沿いで行われ、
これらは水辺空間特有の文化や景観を育んでいた要 因の一つであると考えられる。
河川沿いに建ち並ぶ建築(NO.43,48,89)
特徴的な構成要素:船,水辺の賑わい,水辺の自然 水辺を眺めるための窓や障子があり、水辺空間の 様子を眺めることを目的として計画された建築物が ある。
水上の賑わい(NO.36,43,68,72,81,)
特徴的な空間構成要素:舟運船,渡し船,屋形船 流通産業や交通手段、遊び場など、水上に滞在す る機会や活動する機会が日常的に多く存在するとい う特徴がある。
5.まとめ
以上「江戸名所百景」に描かれた、江戸・東京の 名所と呼ばれた空間構成要素の分析・考察により得 られた成果を以下に整理する。
① 浮世絵に描かれた、江戸・東京の名所と呼ばれ る空間の構成要素をまとめ、上位の構成要素に着目 することにより、河川をはじめとする水辺、賑わい
や行為により空間を彩る不特定多数の群衆、豊かな 空間を生み出す樹木・森林といった豊かな空間の再 生に不可欠な空間構成要素として抽出できた。
② KJ法により、浮世絵に描かれた江戸・東京の名 所を類型として得られたことにより主に、水辺を主 題としている類型と、水辺を空間の一部またはアク セントとしてとらえている類型の2つの類型に分類 することができた。
④ 水辺を主題としてとらえている類型の分析より、
・観賞用として整備された水辺
・寺社のある水辺
・河川沿いに建ち並ぶ建築
・水上の賑わい
以上のような水辺空間の特徴とその要素を抽出し、
考察することができた。
以上本研究では、浮世絵に描かれた江戸・東京の 名所と呼ばれた空間の構成要素と特徴に着目し、分 析・考察し、都心における浮世絵に描かれたような 水辺空間の豊さの再生や都市計画手法に関する有効 な知見を得ることができた。
また今後の展開として、絵図の大きさ対する構成 要素の占める割合や、複数の要素の組み合わせ、配 置について調査を重ねることにより、都市や人々を 豊かにし日々の生活に潤いを与える、水辺空間にお ける建築・都市計画手法として構築する。
<注釈>
*1)KJ法
収集し蓄積された情報の中から、当面する問題の解決に必要なものを 取り出し、互いに関連のあるものをつなぎ合わせ、整理・統合する手法 の一つであり、特に、質的にバラエティに富んだ情報内容の構造の把握 に有効的な手法である。
<参考文献>
1)萩島哲:「風景画と都市景観−水・緑・道・まちなみ−」 理工図書 1996.2
2)日本建築学会:「建築・都市計画のための調査・分析方法」 井上書 院 1991.11
3)後藤茂樹:「浮世絵大系16−名所江戸百系(1)−」 集英社 1975.12 4)後藤茂樹:「浮世絵大系17−名所江戸百系(2)−」 集英社 1976.4 5)坂井猛・出口敦・萩島哲・朴鍾ちょる・菅原辰幸:「広重の浮世絵風 景画にみる景観分類に関する研究」日本建築学会計画系論文集、第461号、
pp165 1994.7
6)鵤心治・萩島哲・出口敦・坂井猛・趙世晨:「広重の浮世絵風景画に 描かれた河川景観の構図に関する一考察」日本建築学会計画系論文集、
第482号、pp155 1996.4
7)坂井猛,萩島哲,出口敦,鵤心治,日高圭一郎:「浮世絵風景画に描 かれた宿場の景観構成に関する考察」日本建築学会計画系論文集、第509 号、pp149 1998.7
<謝辞>
本研究はゼミナールBとして以下の学生の協力を得ました。
3年生、阿出川南さん、石田憲君、柏倉健司君、金子吉彦君、河本永樹君、
佐藤祐介君、里見慎拓君、高橋知巳君、中村恭平君、西山真由美さん、
八木一憲君、八島健介君