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米国による沖縄統治に関する米国側公文書調査・収集の意義と方法

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米国による沖縄統治に関する米国側公文書調査・ 収集の意義と方法

仲本 和彦

歴史記録の保存の意義 :

"Nor e c or ds ,nohi s t or y.

"Nor e c or ds,nohi s t or y"

という表現がある。「記録がなければ、歴史は存在 しない」 とい う意味だ。

歴史では、文字が生み出され、人間が思考や技術 を記録 ・保存 し、伝達で きるようになる時代 を 「歴史時 代」 とよび、それ以前の 「先史時代」 と明確 に区別 している。1歴史は主 に文字 による記録 によって始 まる のだ。だからといって、文字のない時代や社会 を見下すわけでない。文字がな くて も、そこには豊かな人間 の営みがあった し、文化が育 まれて きた。 しか し残念なことに、記録がなければ、それを後世 に伝 えること が難 しいの も事実だ。

沖縄の歴史を眺めてみると、記録 を残す ことの大切 さがよくわかって くる。世界史では紀元前数千年、日 本でも紀元

1 0 0

年頃まで潮れる 「歴史」は、琉球 ・沖縄史では

1 2

世紀頃まで待 たなければ登場 しない。2 しか も、古代か ら近代 までの記録資料は、地形 も変わるほど壮烈な地上戦の繰 り広げられた沖縄戟でほとんど焼 き尽 くされ、沖縄 に残る記録の大多数は戦後の ものである。

"No r e c or ds ,nohi s t or y"

の論理が正 しい とすれば、後世の我々の子孫 は、琉球・沖縄の歴史をどう解釈するのであろう。貴重 な過去の記録 のほ とん どを戦争で消失 して しまった沖縄 にとって、歴史資料の保存は後世 に対 し責任 を持って取 り組 まなければな らない課題の一つであることは間違いない。

公文書館の設置 と米国側公文書

歴史資料の保存 については、沖縄 には長 らく適切 な施設がなかったため、戦前 ・戟後の資料 は県庁 、県立 図書館、県立博物館 をは じめ、市町村の史料編纂室、各種団体の資料室などに散在 していた。特 に、琉球政 府文書 (以下、琉政文書)、県文書 を始めとする膨大な行政文書はどこの保管庫 も飽和状態で、 ともすれば 散逸の危機 に面 していた

3また、資料は必ず劣化する。専門家による適切 な処置 を施 さなければ、 ぼろぼ ろになった り、色禎せて読み取れな くなって しまう。これ らの歴史資料 を永久に保存で きる施設 として、県 は

1 9 9 5

年に公文書館 を設置 した。4

こうして設置 された県公文書館 には、琉政文書、県文書 を中心 として適切な保管庫 を持たない個人や団体 の文書が次々に移管 されて きた。 しか し、そこにはぽっか りと大 きな穴が開いていた。戟中・戟後の

2 7

年間 に渡って沖縄 を統治 した米国側の公文書である。公文書館が開館 した

1 9 9 5

年度の収蔵資料の統計 を見てみる と、琉政文書が約

1 5

万点、県文書が約

1

2

千点なのに対 して、米国側文書 はわずか千点 ほ どであ る

5そ の他には琉球大学附属図書館 に一部保管 されているものが主で、米国政府の沖縄統治政策や住民 とのや り取 りを把握するには断片的す ぎる。このような状況を憂慮 して、かねてから沖縄統治に係る米国側公文書収集 の必要性 を説 く声が強かった。6

米国側公文書は、米国政府の沖縄統治政策だけでな く、戦後の沖縄住民 自身の歩みや 日本政府の沖縄問題 への対応 を知るにも大切な役割 を果たす。米国は統治政策を遂行するにあたって、組織的に情報収集活動を 展開 し、沖縄の世論や政治、経済、社会の動向を的確 に把握 しようと努めた。また、当時、親米、反米を問 わず様々な立場の人たちが どう米国政肘‑アプローチ していったかを示す資料は、米国政府の内部資料 をお

‑ 4 9‑

(2)

いて他 にはない。

また、米国では日本 に比べて文書管理 に関する法律やシステムの整備がはるかに進んでお り、貴重 な記録 が残 されている場合が多い。一方、 日本では文書管理制度 自体の不備や情報の共有に対す る意識の低 さで、

文書が残 っていないか、残 っていて も公開 されない場合が多 く、 日本政府が沖縄問題 をどう捉 え、 どう対処 しようとしたかについて も、米国側の資料か ら明 らかになることが多い。 日本政府が米国 と交渉 した際の米 国側公文書が公開になっているか らだ。

この ように沖縄の戦 中・戦後史を分析する上で有効 な米国側文書だが、これ までその所在、量 、内容 の把 握が きちん となされていなかった。そこで沖縄県は県公文書館の開館 を契機 に

、1 9 9 6

年か ら米国での本格的 な資料調査 ・収集に着手 した。 さらに

1 9 9 7

7

月か らはアーキ ビス ト (専門員)を常駐 させ、事業体制 を一層 強化 している。7

米国に職員 を常駐 させ、米国側公文書の調査 と収集 を行 っているのは、 日本では国立国会図書館 と沖縄県 公文書館のみである。去 る大戦において地上戦 を経験 し、戦後 も

2 7

年間に渡 り米国統治下 に置かれ、国内で も沖縄 ほ ど米国 との関わ りが深い都道府県はない ことを考えると、駐在貞の派遣 自体は驚 くことではないか もしれない。ただ し、事業が県民の税金 によって賄われていること、地方 自治体 としては初めての取組みで、

全国の歴史史料保存利用機関か らも注 目を集めていることなどか ら、その具体的内容の紹介が県内外の関係 者か ら待たれていた。最初の

2

年間は手探 り状態が続いたこともあって、まとまった形で紹介 す るこ とは難 しかったが

、 5

年間の 「海外 ロー ドレース」 も折 り返 し地点 を過 ぎ、これまでた どって きた道、これか ら進 むべ き道の様子が ようや く見えて きた ところである。

米国での事業 には以下の三つの主要課題がある。

① 国立国会図書館 と共同で琉球列島米国民政府

( Un i t e dSt at e sCi v i lAd mi n i s t r a t i o noft heRy u k y u l s l a n ds‑ US CAR)

文書 をマイクロフィルムで収集 し、データベースを作成すること

② 沖縄統治 に係 る米国側公文書の所在、量、内容 を明 らかにすること (参 優先度 に応 じて

US CAR

文書の周辺資料 を収集す ること

本稿では、上記の課題 に沿って、ようや く軌道 に乗 り始めた沖縄県公文書館の米国側公文書 の調査 ・収集 事業の概要 を紹介 してい くことにす る。

1

章 :

US CAR

プロジェク ト

米国での事業起 ち上 げ

沖縄県公文書館が

1 9 9 7

年度か ら

5

年計画で米国における調査 ・収集事業 を開始で きたの には、い くつかの 重要 な要因がある。 まず何 よりも公文書館 自体が米国側公文書の調査 ・収集 を最優先課題 の一つ に挙 げてい たこと

8次 に、米国側公文書の中で も最 も重要な資料群である

US CAR

文書のほとんどが、我部政明氏 (琉 球 大 学 ) に よる情 報 公 開請 求 に よって

1 9 9 6

年 頃 まで に米 国 国立公 文書 館

( Na t i o na lAr c hi v e sa n d Re c o r dsAdmi ni s t r a t i o n)

ですべて公開されていたこと

9最後になるが 、 きわめて重要 なこ とは、国立 国会図書館 も占領期資料収集事業の一環 として

USCAR

文書の収集 を課題 としていたことなどである。10

こうして、文書公開 とともに優先事業 として取 り組 む意志のあった国 と県の間で共同事業の可能性が模索 され

、1 9 9 7

1 2

月に正式 に覚書 きが交わ された。11国立国会図書館 は、連合国による日本 占領期 の米 国側公 文書の収集事業 を

1 9 7 8

年 に起 ち上げ、これまでに連合国総司令部 ・最高司令官

( Ge n e r a lHe ad q u a r t e r s‑

Su pr e meComma n d e rf o rt h eAl l i e dPowe r s‑ GHQ‑S CAP)

文書 の収集 を始め、 トルーマ ン大統

(3)

領図書館 (HarryS.TrumanLibraLry)、アイゼ ンハ ワー大統領図書館 (Dwigh tD.EisenhowerLibrary)、 メリーラン ド大学 プラ ンゲ文庫 (Cordon W.PrangeCollection,McKeldin Library,University or MarylandatCollegePark)、海兵隊博物館 (MarineCorpsMuseum)などでの事業 を完 了 してい る。

国立国会図書館 は、米国での整理 ・撮影要員の確保、整理行程の確立、データベース構 築 、 マ イクロ仕様 の 選択などの知識 と技術 を貯 えて きてお り、沖縄県が米国での調査 ・収集事業 に乗 り出す にあた っての絶好の モデルであ り、パー トナーであった。

共同事業の主な内容 は全4,153箱 、推定320万枚 に及ぶUSCAR文書 をマイクロ撮影す ることとデー タベ ー スを作成することである (以下USCARプロジェク トと呼ぶ)0320万枚 とい うと、 4段式のキ ャビネ ッ ト約 320台分、書架の距離 に して400メー トル競技場の約1周分 に相当する。国側 は主 に収集 費 と駐在貞1人お よ び現地で採用する整理要員 (現在3人)の人件費 を負担 し、県側 も駐在員1人 と整理安貞 (現在2人)の人 件費を負担する。マイクロフィルムによる資料の収集は国の費用で賄 われるため、国側がマス ターフイルム を保持 し、県側は撮影業者か ら直接マイクロフィルムを購入する。ただ し、マイクロフィルムの利用 に欠か せないデータベースの著作権 は両者 に帰属する。

USCARとは

USCARプロジェク トの詳細に入 る前 に、USCARの組織棟能について触れてお きたい。公 文書 の内容 の 理解 には組織機能の理解が欠かせないか らだ。

1945年3月末に慶良問列島に上陸 した米軍は、 日本帝国政府の行政権の停止 を宣言 し、直 ちに軍政 を敷い た。沖縄戦終了後、海軍 と陸軍の間で統治権が行 き来 したが、1946年7月か ら1972年5月の返還 に至 るまで は、陸軍がその権限を掌握 した。1940年代後半、米 ソの冷戦が激化すると、米軍の戟略拠点 としての沖縄の 重要性が増 し、それに伴 って1950年12月に軍政府 を廃止 し、民政府 (‑USCAR)を発足 させた。外 国の地 で強大 な軍事基地を維持するためには現地の政治的、経済的安定が欠かせず、USCARの設置 は統治政策 を スムーズに遂行するための方策の一つであった。USCARの使命 は 「軍事的必要の許す範囲で、住民 の社会 的、経済的福祉向上 を促進すること (傍点筆者)」、「民主主義の原則 に基づ き、健全 な財 政構 造 に支 え られ た効率的で、責任ある地元政府作 りを支援すること」 と内規 にも明記 されている。12以来、米 国 による沖縄 の統治 は司法、立法 、行政の全般 にわた り、民政長官 (Governor、 在 東 京 ) と民 政 副 長官 (Deputy Governor、在琉球)の指揮の下にUSCARを通 じて行われた。沖縄現地での最 高責任者 であ った民政副長 官は、1957年の大統領行政命令 (E.0.10713)によ り、高等弁務官 (HighCommissioner)に名称が変更

され、これまで東京の極東軍司令官 を経由 していた指揮系統が ワシン トン‑直結 されることになった。

USCAR文書の来歴

1969年11月、日米両政府間で1972年沖縄返還の合意が成立すると、USCARは米国国立公文書館 よ りアー キ ビス トを招聴するなどして、文書の処分作業 に取 り組んだ (処分 には 「移管」 と 「廃棄」 が あ る)0 1971 年5月に作成 された文書処分計画書では、文書 を以下の4つに分類 している。①1972年に米国国立公文書館

に移管する永久保存文書 (約2,130箱 )、②沖縄の米国組織 に一時的 に貸 し出 しす る永久保存 文書 (約2,390 箱)、③返還協定で決め られた通 り、琉球政府や 日本政府 に移管 または複写 を許可する一時保存文書 (箱数不 明)、④即廃棄処分す る一時保存文書 (約1,500箱 )。13処分計画通 りなら、その うち① と②が永久保存 文書 と

して国立公文書館へ移管 されたことになる。若干の誤差 はあるものの、現在の数 とほぼ一致する。

USCAR文書が処分 されることが分かると、琉球大学 はUSCAR文書の譲渡 を要請 した。 しか し、要請 は

‑ 51

(4)

受け入れ られず、その代わ りにゼ ロックス ・コピーによる複写が許可 され

、1 9 7

1年

4

月に 「琉球大学戦後資 料収集調査委員会」 を設置

、 3

年間で

5 9

万枚 の文書 を複写 した とされる。14

メリーラン ド州カレッジ・パ ークの米国国立公文書館 に保管 されている文書 は、本格 的 な資料移管準備が 始 まった

1 9 6 9

年頃の部局 ごとに保管 され、軍政府時代

( 1 9 4 5

〜1 9 5 0

年)か ら引 き継いだ文書 も含んでいる。

主な資料形態は、メモ、電信、手続、出版物、会計記録、スクラップ、報告書、法令 、契約書類、地図、写 真 などであるが、琉球政府や 日本政府 との往復文書 など日本語の資料 も一部含 まれている。

資料群 は以下の ように

1 6

の シリーズに分かれている。①高等弁務 官室文書

( Of f i c eoft heHi gh Com‑

mi s s i one r)

、②高等弁務官 に対する諮問委員会文書

( Adv i s or yCommi t t e et ot heHi ghCommi s s i one r)

③復帰準備委員会 (米国側 )文書

( U. S.El e me nt ,Pr e par at or yCommi s s i on)

、④民政官室 ・副民政官室 文書

( Of f i c eoft heCi v i lAdmi ni s t r at or /De put yCi v i lAdmi ni s t r at or)

、⑤総務室文書

( Admi ni s t r a‑

t i onOf f i c e)

、⑥計画局文書

( Compt r ol l e rDe par t me nt )

、⑦経済局文書

( Ec onomi cDe par t me nt )

、⑧ 厚生教育局文書

( He al t h,Educ at i on,We l f ar eDe par t me nt )

、⑨労働局文書

( LaborDe par t me nt )

⑩ 法務局文書

( Le galDe par t me nt )

、⑪ 渉外 局文書

( Li ai s on De par t me nt )

、 ⑫ 広 報 局 文書

( Publ i c Af f ai r sDe par t me nt )

、⑲公安局文書

( Publ i cSaf e t yDe par t me nt )

、⑭公益事業局文書

( Publ i cWor ks De par t me nt )

、⑮民政官府 (宮古 ・八重山)文書

( Mi yako/Yae yamaCi v i lAf f ai r sTe ams)

、⑲文書の 来歴 に関する資料

( Non‑ r e c or dsMat e r i a

l)。15

USCAR

プロジェク トにおける作業の流れ

プロジェク ト・チームは、データベース作成の

7

人、マイクロ撮影のカメラマ ン

2

人、スク1)一二 ング ・ 出納 ・解体の

2

人の総勢

1

1人で構成 されている。作業 は 「流れ作業」の形態 をとってお り、一つの箱が担当 者の間を流れてい く仕組み となっている。特 に厳密 さが要求 されるデータ入力やデータ点検作業では複数人 数が数回に渡 って 目を通 し、 ミスを最小 限に抑 え、入力内容 を画一化する努力 を している。

国立公文書館 は文書 を公開す る際 に 「スクリーニ ング」 と呼ばれる公開審査 を行い、国家の安全保障に支 障をきた した り、個人のプライバ シーを侵害する恐れのある文書の抜 き取 り作業 を行 っている

。USCAR

文 書 に対 して も

1 9 9 4

年頃の公開審査で、国家安全保障に的を絞 って抜 き取 りが行われた。このスクリーニ ング は

USCAR

プロジェク トで も行 われてお り、今 桓引まプライバ シー問題 を中心 に抜 き取 りが行なわれてい るO 抜 き取 られている文書の多 くは、アメリカ人が被告 となった犯罪 に関する文書である。

国立公文書館スタッフによる抜 き取 り作業が済む と、簿冊毎 に文書の内容や形態に関する情報をデータベー スに入力す る。データベースには

2 0

余の項 目があるが、その中で も特に重要なのが、簿冊タイ トル、主題コー

ド、キーワー ド、作成年月 日、形態 コー ドである

簿冊 タイ トルはオリジナルを尊重 しなが ら、前例や検索の しやす さなどを考慮 して加筆、修正 を行ってい る。

主題 コー ドは 「軍事」、「国際関係」、「文化、教育」など

1 2

の大分類のなかに 「施政権返還」、「広報 、宣撫 活動」、「政治活動 、政党」、「日米安保 、地位協定」、「事件、事故」、「日本政府援助」、「労働問題、労働運動」、

「奨学、留学制度」 など中小

1 5 9

の分類 を設定 してある。主題 コー ドは入力で きる数が

3

つに限定 されている ため、メモや手紙 などで主題が

3

つ以上 になる場合 に、何 を優先するかが大 きな問題 となる。読 む人 に よっ て判断が微妙 に違 うか らだ。 この ような場合 に必要 なのが、ある人をオーソリティー (権威者) として指名 することだ。そ うすれば、た とえオーソリテ ィーの読み方が偏 っていたにしても、偏っているなりに主題コー

ドの付 け方 に一本の筋が通 る。図書の分類 におけるオーソリティー導入 と同 じ論理である。

(5)

文章 を読 み なが らデー タ入力 をす る

USCAR

プロ ジェク ト・ス タッフ

キーワー ドには

Se nagaKame j i r o

(瀬長亀次郎)

、Re v e r s i onCoor di nat i onGr oup

(復帰調整部会 )、

Koz aRi ot

(コザ暴動)

、I s hi kawaJe tAc c i de nt

(石川 ジェ ッ ト機 墜落事 故 )、

TwoEduc at i onBi l l s

(教公二法)

、Kays e nRe por t

(ケイセ ン調査団報告書 )など、固有名詞 (人名、地名)、組線 名 、事 件 ・事 故名、資料名などを入力 している。16

データ入力を終 えた文書 は、カメラマ ンが撮影 しやすい ように米国立公文書館の職員 によ りホ ッチキスや ファスナーがはず され

、1

1

枚バ ラバ ラにされる。17

解体が終わると、操影‑回 される。文書 には白紙の他、黄色や ピンクのカーボン用紙 、感熱紙 、「青焼 き

などさまざまな種類の紙が使 われている上、筆記具 もタイプやペ ン、鉛筆 などさまざまなため、カメラマ ン は

、1

1

枚慎重 に露出を調節 しなが ら撮影する。念 を入れて、異なる露出で

2

度撮 りすることもある

。2

台の カメラで

1

日約

4 , 0 0 0

頁 を目標 に している。

フイルムは東京 にあるマイクロフィルム会社の本社へ送 られ、現像 された後、検査 を受ける。そ こでは、

ピン ト、露出、紙の置 き方、落丁 などが

1

コマずつ丹念 に検査 される。検査結果 によっては、再撮影 しなけ ればならないこともある。

撮影 を終 え検査結果 を待つ

USCAR

文書

こうして、一つの箱がスク リーニ ングか らデータ入力 を経て、撮影 まで約

2

ケ月、マ イクロフ ィルムの点 検 を終 えて、再び書庫 に戻 されるまで約

3

ケ月ほどかかる。完成 したマイクロフィルムは閲覧用に加工 され、

1 5 3‑

(6)

東京 と沖縄でデータベース とともに利用 に供 される。18

USCAR文書の一部 はすでに東京 と沖縄で閲覧で きるようになっているが、各部局の機能 と主 な文書 内容 を見てみると、USCAR文書が単 に 「外国政府」の公文書ではな く、戦後沖縄の歩みを刻んだ沖縄県民にとっ ての行政文書で もあることが分かる。以下、付録1で収集順 に文書の内容 を紹介 してい くことにする。

付録 1:USCAR各部局の文書紹介'9

「小 さな民政府」 :宮古 ・八重山民政官府文書

( 3 0

箱 )

USCARは宮古 ・八重 山に民政官府 と呼ばれる出先機関を置 き、各民政官が高等弁務官 に代 わって行政 、 政治、経済、社会活動全般 を掌握 した。

宮古民政官府の文書 は、水道 ・電力供給、学校、公民館 、道路の建設 など社会基盤整備 に関す る文書 、そ の中で も特 に高等弁務官資金、食糧援助 など地元住民か らUSCARに対す る援助要請に関する文書が多 い

その他、琉米文化会館 、留学制度、宮古島内外での職業訓練、下地島パ イロッ ト訓練場、群島内を結ぶ航空 路線 などに関する文書がある。

八重山民政官府の文書 はわずか6箱 と宮古民政官府 と比較すると少 ない。主な内容は高等弁務官、民政官、

日本政府関係者の視察 に関する文書、統計書、要覧などの参考資料である

宮古 と八重山で永久保存 となった文書の量や中味の違いが、民政官府の活動内容の違いか ら出て きた もの か、それ とも文書管理方法の違いか ら出て きた ものかは残 された文書か らは不明である

生活の基礎 は公共基盤整備 か ら :公益事業局文書 (193箱 )

公益事業局の主な機能は、琉球内の道路、橋梁、排水溝、護岸、都市開発、個人住宅計画など‑の技術的 助言 と援助 を行 うこと、琉球政府、地元民間企業お よび米軍機関 との建設工事の調整 などであった。量の少 ない宮古 ・八重山民政官府 に続いて公益事業局文書 を収集プロジェク トの最初 に手がけたのは、内容 が均一 で、比較的楽 に整理が進むのではないか とタカを くくっていたか らであった。 しか し、いざ作業 を始めてみ ると、青焼 きの図面ばか りとはいかず、メモ、手紙、ポジシ ョン・ペーパー といった政策に関する文書の他、

復帰問題 といった一見す ると公共事業 に無関係 と思 える文書 も出て きた りで、整理は一筋縄ではいかなかっ た。考えてみると、昔 も今 も、公共基盤整備 は社会生活 の基礎 なのであ る。特 に、USCARの使命であ る

「住民の社会的、経済的福祉向上 と促進」 を達成す るためには、公共基盤整備 はUSCAR全体 の政策 と連動 する必要があったはずだ。作業開始後す ぐに、ウオー ミングア ップどころではない と分かった。文書内容は、

土木 ・建設事業の他 、電力 ・水道事業、郵便、ラジオ無線 、民間テ レビ・ラジオ局 に対す る認可 関係 、沖縄 の 空港への飛行機乗 り入れの許可書類 など多岐に渡 る。

米軍による安定統治 を視野に入れた施策 :厚生教育局文書 (290箱 )

厚生教育局は、USCARの公衆衛生、社会福祉、教育の三事業 を統括 した。ここの資料群 も先の公益事業 局文書 に劣 らず、USCARの沖縄統治における意図が よ く表れている

公衆衛生部門では、病院、保健所 な ど医療 ・保健施設の充実、僻地医療 、医療従事者 の養成 に関す る文書 などがある。その中で も特 に 目を引 くのは、伝染病、検疫、米軍綱紀粛正委員会 による飲食店、風俗営業店

‑の 「Aサ イン」20の許認可 に関す る文書 な どで、これ らは量が多 く、USCARがいかに伝染病の撲滅 に力を 入れていたかが分かる。沖縄戟で も米軍は上陸 してす ぐマラリアやその他伝染病の撲滅 に力 を入れたが、こ

(7)

れは住民の福祉向上 という目的以外に、鹿留米軍 を守るとい う側面の方が強かったようだ。21 この公衆衛生 事業推進のおかげで、結果的に戦後沖縄の公衆衛生の水準が著 しく高 まったという話があるが、その努力が 文書からも伺われる。22離島などでの公衆衛生事業には本来宣撫活動 を任務 としたアジア地域特殊作戦部隊

( Spe c i alAc t i onFor c e s ,As i a ‑ SAFAs i a)

が送 られていて、興味深い。

教育部門においても

USCAR

の使命が見え隠れする。「民主主義の原則に基づ き、(中略)‑責任あ る地元 政府作 りを支援」するためには人材の養成が欠かせない。そのために力 を入れたのが、琉球大学の整備、 ミ シガン州立大学による高等教育の支援、 日本本土や米国本土、ハ ワイなど‑の留学制度や職業訓練、語学セ ンターの運営などであった。

社会福祉部門では、琉球列島奉仕委員会

( Ryukyul s l andsVol unt ar yAge nc i e sCommi t t e e

、 リバ ッ ク)、琉米福祉協議会

( Ryukyuan‑ Ame r i c anWe l f ar eCounc i

l)の運営などに関する文書がある。

「外交」 を担当 :渉外局文書 (307箱)

渉外局の主な任務は、効率的で責任ある地元政府 を育てるための事業や企画を行 うことであった。復帰閉 篭に関する政治的状況を高等弁務官や民政官に報告 した他、 日米琉の 「外交問題」 に関する渉外 も行った。

主なものとしては、日米両政府か らの

USCAR

訪問への対応、日本政府沖縄事務所の活動、 日本政府援助 などに関する文書がある。その他、地元政府 との渉外 については、高等弁務官や民政官の視察、高等弁務官 資金を使った地方 自治体援助、立法院決議、民立法の法案審議、政治関係者 ・団体調査、立法院議月選挙 、 市町村選挙、政治・政党、行政主席の任命、琉球政府、沖縄群島政府など地元政府の活動 に関す る文書 な ど がある。

議事録 も多 く、日米協議委員会

( U. S. ‑ Japan Cons ul t at i v eCommi t t e e)

、復帰準備委員会 を含 めた復 帰に関する各種委員会の議事録、行政主席 と高等弁務官、民政官 との議事録 などがある。

外交問題 としては尖閣列島問題、漁船幸浦事件、日の丸 ・琉球旗掲揚問題などに関する文書がある。

その他

、B5 2

問題、土地接収、石川ジェッ ト機墜落事故損害賠償 など事件 ・事故 に関す る文書の他 、組合 対応、軍雇用員 に対する補償問題など内容は多岐に渡る。

「沖縄の帝王」 :高等弁務官府文書

( 2 5

箱)

高等弁務官の権限の大 きさの割には、残 された文書の量は不思議なほど少ない。ペ ンシルヴァニア州カー ライル

( Car l i s l e,Pe nns yl vani a)

陸軍大学 内 にあ る陸軍歴 史資料館

( U. S.Ar my Mi l i t ar y Hi s t or y I ns t i t ut e)

には、歴代高等弁務官の私文書が保管 されてお り、今後はそれ との関係分析が必要 だ。 また、

高等弁務官制が敷かれる前の民政長官、民政副長官文書の所在 も今後解明すべ き課題である。

文書には、高等弁務官が主催あるいは出席 した 日本政府、琉球政府関係者 との会議録がある。また、高等 弁務官が発信 ・受信 した手紙やメモ、軍 との往復文書の他

、USCAR

各部局が高等弁務官 に対 して行 ったブ リーフィング用文書、沖縄の人口、地理、政治、経済、社会などについての 「要覧」、米海軍政府 「活動報 告書」など高等弁務官の政治判断の材料に使われたと思われる各種参考資料がある。その他、高等弁務官か ら琉球政府立法院定例議会に送 られたメッセージ、ス ピーチの原稿、高等弁務官および民政府布令 などがあ る。

返還に向けての準備(D:高等弁務官に対する諮問委員会文書 (10箱)

高等弁務官に対する諮問委貞会は

、1 9 6 7

年11月、佐藤 ・ジ ョンソン会談の合意の下に

、1 9 6 8

3

月、本土 と

‑5 5‑

(8)

沖縄の一体化促進 を目的に設置 された。 日米琉政府代表 (琉球政府代表瀬長浩、米国代表ローレンス・C・バー ス、 日本政府代表高瀬侍郎)で構成 され

、1 9 7 0

5

月に廃止 されるまで

、4 7

項 目の勧告 を行った。ここには、

その会議録、経過報告書、勧告、プ レス・リリース、事務局の発信 ・受信文書 などがある。

返還に向 けての準備② :復帰準備委員会 (米国側 )文書 (39箱)

復帰準備委員会 は

、1 9 6 9

年11月

2 1

日佐藤 ・ニクソン共同声明に基づ き、高等弁務官 に対す る諮 問委員会 を 解消 ・発展するかたちで

、1 9 7 0

3

月に設置 された。東京の 日米協議委員会が策定する原則 と方策に従い、復 帰準備のために現地で とられるべ き措置お よびその計画 を立案することを任務 としていた。 日本政府代表高 瀬侍郎大便、米国代表 ジェームス

・ B

・ランパ ー ト高等弁務官、琉球政府屋良朝苗行政主席が顧 問 と して参加 し、 「産業経済

( I ndus t r i aland Ec onomi cAf f ai r s)

」、 「施 政権 移転

( Tr ans f e r ofAdmi ni s t r at i v e Ri ght s)

」、「総務 (

Ge ne r alAf f ai r s)

」、「地位協定

( St at usofFor c e sAgr e e me nt )

」の各小 委員会 で実 質的な準備が行われた。文書の主な内容 は、議長スピーチ、提案、経過報告、会議録、プ レス ・リリース、

訪問記録 などである。

高等弁務官の補佐 :民政官・副民政官室文書 (13箱 )

民政官董 ・副民政官主は

、USCAR

の事業 と政策 を推進するために、民政副長官や高等弁務 官 を補佐す る ことを任務 としていた。具体的には、高等弁務官の代理

、USCAR

スタッフ‑の指示や、部局 間調整 を行 っ た他、陳情の受入

、USCAR

の使命遂行 に影響するような出来事 、社会状況を高等弁務官に知 らせ る ことな どであった。最初は常 に軍人が任 じられていたが

、1 9 6 2

年か らは、国務長官任命による文官が登用 されるよ うになった。主な文書 には、高等弁務官、民政官が発信 ・受信 した手紙、メモの他、ス ピーチ 、各種 会議録 などがある。

また、高等弁務官同様、民政官にも情報が集中 したことは想像 に難 くないが、それを裏付けるように、こ こに見 られる主題は、復帰記念式典、毒 ガス撤去、通貨変換、沖縄返還交渉、復帰前の

USCAR

人員削減 、 全軍労問題

、USCAR

公社移管、職員の規範、琉球政府部局長履歴 ・立法院議員履歴、各種事件 に関す る も のなど多岐に渡る。

治安維持 は未然防止が肝心 :公安局文書 (

1 7 0

箱 )

公安事業の具体的内容 としては、軍雇用者の身辺調査 をは じめ として在琉球米国組織の利益 、安全確保に 必要な情報の収集、評価 を行 うこと、デモ、ス ト、暴動 などが起 こった場合 に琉球政府や軍 と協力 しなが ら 対応すること、米国市民が関わる事件 ・事故 に関 して琉球政府 との合同捜査 を実施 した りすることであった。

また、風紀粛正委員会 を始め とする各種委員会‑の参加23、離島の医療救助 、不発弾処理 、海難 ・災害救助 などがあった。 また、治安の乱れを未然 に防 ぐとい う意味で、 日本人をは じめ とする 「外国人」の琉球での 永住権の獲得や琉球‑の戸籍の移管、就業許可 な どの入城管理業務全般 を掌握 した。その他、30日以内の一 時滞在者の記録管理や、在琉米軍人の地元での除隊お よび就業許可 申請、退職後の居住 申請、扶養家族の私 費居住 申請 などに対す る許可、また琉球への入城 を拒否 された人物か ら出された請願 を審査するための聴聞 会 を開催 した りした。公安局文書の半数以上 は、こうした出入域 に関する文書である。江戸時代 に不穏 な動

きを未然 に防 ぐため 「入 り鉄砲 に、出おんな」 と関所 を厳重 に管理 した江戸幕府の施策を連想 させる

(9)

これから収集するUSCAR文書

これか ら収集するの もの として総務室文書、計画局文書、経済局文書、労働局、法務局文書、広報局文書 がある。ここでは米国国立公文書館 の 目録 を基 に、各局の機能 と文書内容 を大 まかに紹介するにとどめたい。

総務室 (311箱)は、USCARの人事、文書管理、物資調達などを掌握 した。文書 には指令 ・布令、USCAR の定期刊行物、報告書、通信 などUSCAR運営 に係 る基本文書があ り、USCARの活動全般 を概観す るの に 最 も適 した文書群 と言 えるのではないだろうか。

計画局 (541箱)は、USCARの財布の紐 を握 っていた部署である。沖縄 での米 国の活動資金 を確保す る ための陸軍省民政局や米 国議会 とのや り取 り、 日本政府 、米 国政府補助金 の

GRI

予算‑組 み込み方法 、 USCAR一般資金、油脂分配基金の運用、税制 などに関する文書がある。

経済局 (294箱)は、沖縄 における金融、商業、産業の強化 ・育成、天然資源の有効利用促進 を主な任務 と していた。琉球銀行、琉球開発金融公社の管理、各種産業開発、移民事業 などに関する文書がある。

労働局

( 1 9 7

箱 )は、労使の関係調整や社会保険事業の運営 を主な任務 とし、そのための法案、制度作 り、

関係機関‑の助言や指導 を行 った。文書 には労働組合、三軍合同労働委員会、補償問題 などに関する ものが ある。

法務局 (1,311箱 )は、立法 ・司法制度の整備の他、米国政府の土地制度の整備 と財産管理 な どを主 な任務 とした。USCARの中で最 も文書量の多い局だが、管財課の賃貸契約、領収書 お よび財務記録 が723箱 と過 半数を占める

広報局 (409箱 )は、米国の政策、事業内容、達成度などを内外 に知 らせ ること、地元 との文化交流 を促 進すること、地元の世論や政治動向などについて情報収集することを主な任務 とした。情報発信活動 として プレス・リリース、『今 日の琉球』、『守礼の光」、ポスターなどの発行、文化交流活動 と しては琉 米文化会館 の運営、情報収集活動 として人名録の作成、地元ニュースの翻訳などを行 った。

2

章 :「資料地図」作 り

コーディネーションが必要な米国側公文書の調査

USCARプロジェク トと並んで駐在業務の大 きな柱 に米国側公文書の所在 、量、内容 を明 らか にす る 「資 料地図」作 りがある。これまで、多 くの研究者、県や市町村の史料編纂の担当者が戦 中 ・戟後 の米 国側公文 書の調査 を行 って きているが、その所在、量、内容 についての包括的な記録 は存在 しない。24

その理由 としてまず考えられるのは、これまで行われた調査 には必ず収集が伴 っていたということである。

研究者に して も、史料編纂の担当者 に して も、論文や資料集の出版 とい う使命がある。そのためには出版物 の目的に合 った資料のみを厳選 して収集 し、分析するのが仕事 となる。研究者や編纂担当者 に とって、資料 に記録 された歴史的な事実 こそが大切 なのであって、その所在、量、内容 など資料その ものについての説明 (メタ・データ)は副次的なものだ。

一方、アーキビス トのアプローチの仕方 はずいぶん異なる。 目的は歴史論文の執筆ではな く、特定のテー マに偏 らない、包括的な情報 と資料の収集である。アーキビス トは、歴史的に貴重 な記録 を公文書館 に収蔵 し、閲覧に供するとい う重要 な使命がある。 自分が利用するのではな く、他人が利用する とい うことを常 に 考慮 しなければならない。資料の出所や内容、他の資料群 との関係 などを利用者 に分かるように してあげな ければ、せっか く収蔵 した資料 も得体の知れないただのガラクタになる恐れがある。従 って、アーキビス ト は公文書 に記 された歴史事実以上 に、その所在、量、主な内容 に関す る情報収集に主眼 を置 く。歴史研究家

‑ 5 7‑

(10)

ではな くアーキ ビス トを配置で きるようになった

1 9 9 5

年の県公文書館開館の意義はこのような所 にも見出せ るのでないか。

では、米国側公文書 に関す るメタ・データはどうやって記録 していけばよいか。以下 、詳細 を紹介 してい

こう。

現代公文書館

( Mod e r nAr c hi v e s )

における 「地図」作 りの原則25

‑口に 「資料地図」 を作 る といって も、現代公文書館が収蔵する文書の件数は数百万、数千万単位 となる ため、それをどう記述す るか とい うことはなかなか難 しい問題である。文書 を

1

1

件記述するのは不可能に 近いため、「地図」 を作 る場合 には、固 まりで どう表わすか とい うことが鍵 となる。ただ し、固 ま りで記述 するといって も、沖縄で利用、分析 しようとする者が、出典 を明確 にで きるものでな くてはならない。それ には、「細かす ぎず、かつ大雑把す ぎず」で、バ ランスが大切 となる。

文書 を固ま りで表現するのには、公文書館界で広 く採用 されている 「出所の原則」 と 「原秩序の維持」 と 呼ばれる二大原則が有効 だ。「出所 の原則」 とは、文書 を作成、受理、維持 していた組織 や個 人 を管理 の単 位 とし、他の文書 と混ぜ ない ようにす ることで、「原秩序の維持」 とは、文書 を作成、受理 、維持 していた 者が構築 したファイルの配列 を崩 さないことである。文書 は、その内容だけではな く、業務のや り取 りの背 景 を残す ことがたい‑ ん重要で、利用 しやすいか らといって、別々の組織の文書 を集めて きて、主題別ある いは年代別に並べ替えるとい うようなことは しない。従 って、「資料地図」 を作 る際に も、特定 の組織 や個 人 を一つの固ま りとみる。また、ファイル・キャビネ ッ トや箱への文香の収 ま り方に も何 らかの意図や理由 があった とい う前提で、文書のあるが ままの状態 をで きるだけ 「地図」 に反映 させるようにする。

駐在業務では、この二大原則 を踏 まえ、以下の ような具体的項 目を盛 り込みなが ら 「資料地図」作 りを進 めている。

(D 文書館の名称 、所在地、(担当者 、閲覧時間、閲覧方法なども) :文書館 によって閲覧方法が異なる。

再訪する可能性 を考慮 して、単 に所在地だけでな く、担当者 との連絡の取 り方、閲覧依頼の仕方など を記録 してお くと便利 だ 。 例 えば 、 ヴ ァー ジニ ア州 にあ る陸軍工 兵 隊 史料 編 纂 室

( Of f i c eo f Hi s t or y,U. S.Ar myCor psofEn gi ne e r s )

を訪問する場合 、県広報課 を通 して便宜供与依頼 を提 出 しなければならない。依頼書は、広報課か ら自治省、外務省、在米 日本大使館 を経て、工兵隊史料 編纂室への閲覧許可 申請が行われる。許可 までに最低

2‑3

ケ月はかかる し、許可が下 りない場合 もあ

る。この ような準備 をせずに訪れると、 目的が果たせ ないことがある

(参 文書館の所蔵資料概要 :資料の中味 を把握する前 に、まずその文書館が どのような使命や方針の下、

資料 を収蔵 しているか を理解す る必要がある。出所が同 じと思 われる資料が複数の文書館 に分散 して いることがあるが、 これは偶然 とい うよ り文書館の使命や方針、または資料の果たす機能に違いがあ る場合が多い。同 じキャビネ ッ トに混在 していたはずの高等弁務官の公文書 は、メ リーラン ドの国立 公文書館に移管 され、私文書 はペ ンシルヴァニア州の陸軍大学‑移管 された。 また、陸軍沖縄地区工 兵隊

( Oki na waDi s t r i c tEngi ne e r )

の文書の多 くは国立公文書館 に移管 されたが、部隊の歴史編纂 に必要な組織機能や機構 を記録 した文書は、工兵隊史料編纂室 に残 された。この文書館の使命や方針 の違いを理解することは、収蔵資料 を理解する上で欠かせない。

(参 沖縄関係の資料 を管理 していた個人や組織 の役割、機能、構造、組織変遷 :文書館全体 を把握 した後 は、沖縄関係の文書 に的 を絞 る。 しか し、実際 に文書その ものに見 る前 に、 もう一つ予備ステ ップが 必要だ。管理 していた個人や組織の役割、機能の理解である。文書 とい うものは、個人や組織が業務

(11)

上の機能を果たす過程で作 られたものだ。役割や機能を理解することで、特定の文書がなぜそこにあ るのか説明がつ く場合が多い。また、沖縄関係の文書 を管理 していた個人や組織が より大 きな組織の 枠の中で どのような位置づけになるのか、その組織がいつ設立 され、改編あるは廃止にな り、 どの組 織‑機能が引 き継がれたのかなども文書 を理解する重要な鍵 となる。

① 沖縄関係資料の概要、量、年代、形態、検索手段 :資料 リス トを提示する前に文書 シリーズごとに大 まかな内容、量、年代、形態などを記す。これによって文書の固まりが明 らかになる。 さらに、他の 文書館の資料群やシリーズ間の関係などを表すことがで きれば、その資料群の位置づけや内容が より 一層理解で きるようになる. 目録やデータベースなど、文書の検索手段 として どのようなものがある か も付 してお く。

⑤ 資料 リス ト:箱、簿冊、件 レベルのいずれかで文書 を列挙する。より細かい レベルで表わすのが理想 であるが、時間や人手に制限がある場合は、より大 まかなレベルか ら細かい レベルへ と取 り組むのが 原則である。

このような 「資料地図」ができれば、全米の文書館 に散在する米国側公文書が概観で きる し、軍を含めて 米国政府組織が沖縄統治にどのように関わったかが理解で きるようになる。 また、これまでバ ラバ ラに資料 収集を行ってきた沖縄県内の各資料館や史料編纂室は自らの収蔵資料の位置づけが理解で きるから、今後の 収集活動 に方向性 を持たせることがで きる。アーキビス トが行 う資料調査はこういう点で研究者のそれとは 異なるのだ。

紙幅の関係上、「資料地図」その ものをここで紹介することはで きないので、現在 までに把握 で きている 資料群を一覧で紹介することにする。

付妄泉2 :米国による沖縄統治に関する米国側公文書資料群一覧

(1999年12月現在)

番号 所蔵 RG 記 号 形態 リ ー ズ 主 題 優 先 l

1 NARA 18 映像 陸軍航 空 部 隊、1946 在 琉 米軍 B1 1 2 NARA 18 C 映像 陸軍航空 部 隊、1944 沖縄 戦 A1 1本 3 NARA 18 CS 映像 陸軍航空 部 隊、1945 沖縄 戦 A1 63 4 NARA 26 G 写 真 沿岸 警 備 隊、1886‑1967 柏縄 戦 Al 56 5 NARA 26 映像 沿岸 警備 隊、1945 柏縄 戦 A l 1本

6 NARA 38 文書 海軍作 戦部 長室 第二次世 界大 戦 通信 傍聴 翻訳 文,1940‑1946 沖縄 戦 A2 20

7 NARA 56 映像 財務 省、1945 沖縄 戦 A1 2

8 NARA 59 60LotD224 文書 ノ ツタ一 .フ ァイル 統 治 A2 3簿 冊 9 NARA 59 T1205 マ イ クロ 極東 小委 員会 文書 (1945‑1948年) 統 治 A2 14ロー ル 10 NARA 59 C‑0036 マ イ クロ 極東 委 員会、1945‑1952 統 治 A2 167ロー ル ll NARA 59 文書 国務省 セ ン トラル .フ ァイル、琉 球、1945‑1949 統治 A l 1簿冊 12 NARA 59 LM158マ イ クロ 国務省セン トラル.ファイル、日本(商業)、1945‑1949 統 治 A2 3ロー ル 13 NARA 59 LM137マ イ クロ 国務 省 セ ン トラル .フ ァイル こ日本、1945‑1949 統 治 A2 19ロール 14 NARA 59 LM105マ イ クロ 国務省セントラル.ファイル、日本(内政)、1945‑1949 統 治 A2 39ロー ル 15 NARA 59 C‑0045 マ イ クロ 国務省セントラル.ファイル、極東(内政)、1945‑1949 統 治 A2 21ロー ル 16 NARA 59 文審 国務 省セ ン トラル .フ ァイル 、琉 球、1950‑1954 統 治 Al 9簿 冊

‑ 5 9‑

(12)

番号 所 蔵 RG 記号 形態 リ ー ズ 優先

18 NARA 59 LMO90マ イクロ 国務省セントラル.演 .産業 .社会、通信 .運輸 .科学)ファイル、極東(政治 、国防 、経、1950‑1954 統治 A2 51ロール

19 NARA 59 C‑0046マ イクロ 国務省セ ン トラル.ファイル、済 .産業 .社会、通信 .運輸 .科学)極 東 (政治 、国防、、1950‑1954 統治 A2 26ロール 20 NARA 59 文書 国務 省 セ ン トラル.フ ァイル、琉球、1955‑1959 統治 A1 11 21 NARA 59 C‑0010 マ イクロ 国務省セントラル.ファイル、日本(内政)、1955‑1959 統治 A2 3ロール 22 NARA 59 C‑0011 マ イクロ 国務省 セ ン トラル‑ファイル、日本、1955‑1959 統 治 A2 8ロール

23 NARA 59 LMOOO9マ イクロ 国務 省セ ン トラル .フ ァイル、日本 (政 治 、国 防 、経 済 .産業 .社会 )、1955‑1959 統 治 A2 48ロール

24 NARA 59 C‑0047マ イクロ 国務省セ ン トラル.フ ァイル、済 .産業 .社会、通信 .運輸 .科学)極東 (政治 、国防 、、1955‑1959 統 治 A2 30ロール 25 NARA 59 文書 国務省 セ ン トラル .フ ァイル、琉球、1960‑1963 統治 Al 18簿冊 26 NARA 59 マ イクロ 国務 省セ ン トラル .フ ァイル、日本、1960‑1963 統 治 A2 38ロール 27 NARA 59 文書 国務省 セ ン トラル .ファイル、琉球、1963 統治 A1 9簿冊 28 NARA 59 マ イクロ 国務 省セ ン トラル .フ ァイル、日本、1963‑1966 統 治 A2 50ロール 29 NARA 59 文書 国務省 セ ン トラル .フ ァイル、琉球、1964‑1966 統治 A1 24簿冊 30 NARA 59 文書 国務 省セ ン トラル .フ ァイル、琉球、1967‑1969 統 治 Al 43簿冊

31 NARA 59 文書 国務省 セ ン トラル.フ ァイル、日本 (1967‑1969 政治 、国防 )、 統 治 A2 12 32 NARA 59 文書 国務省 セ ン トラル .フ ァイル、琉球、1970‑1973年 統 治 A1 45簿冊

33 NARA 59 文書 国務省 セ ン トラル .フ ァイル、日本 (政 治 、国 防 、繊維 )、1970‑1973 統治 A2 17

34 NARA 59 1340 文書 国務省 ロ ッ トフ ァイル1952‑1958 No.61D69(琉球 関 係 )、 統 治 A1 2 35 NARA 77 305D 文書 工兵局長室報告書 ,歴 史 、指示書類(1942‑1945年) 沖縄戦 A2 3簿冊 36 NARA 77 305E 文書 工兵局長室事業 関係文書(1943‑1946年 ) 沖縄戦 A2 4簿冊 37 NARA 77 305F 文書 工兵局長室基地.飛行場建設関係文書(1943‑1945年) 沖縄戦 A2 13簿冊 38 NARA 77 文書 工兵局長室作戦報告書、1945 沖縄戦 A2 1簿冊 39 NARA 77 305H 文書 工兵局長室雑書、1942‑1945 沖縄戦 A2 6簿冊

40 NARA 77 305J 文書 工兵局長室 計画 、作戦 に関す る極秘文書 、1942‑1945 沖縄戦 A2 3簿冊 41 NARA 77 文書 工兵 局沖縄地区工兵隊関連 文書、1946‑1952 在琉 米軍 Bl 3 42 NARA 77 文書 工兵 局沖縄地区工兵 隊関連文書、1952‑1959 在琉米軍 Bl 28 43 NARA 80 G 写真 海軍省、1900‑1958 沖縄戦/在琉米軍 A1 700 44 NARA 80 MⅠN 映像 海軍省、1945 沖縄 戦 Al 7 45 NARA 84 文書 国務省東京大使館文書、1956‑1958 統 治 A2 8簿冊

46 NARA 92 地図 補給 局長室 墓地所 在地図 沖縄戦 A2 10短冊

47 NARA 107 108 文書 陸軍長官 (パ ター ソン)文書、1946‑1947 統 治 A2 2 48 NARA 107 映像 陸軍長官、1945 沖縄戦 A1 10本 49 NARA 111 文書 通信 局消耗 品分配関係文書、195ト1960 在琉米軍 B2 1簿冊 50 NARA 111 文書 通信 局通信 関係文書、1958‑1962 在琉 米軍 B2 1簿冊 51 NARA 111 文書 通信局通信施設事業 関連文書、1959‑1961 在琉米軍 B2 1薄冊 52 NARA 111 文書 通信 局通信渉 外課 文書、1942‑1963 在琉 米軍 B2 1簿冊 53 NARA 111 文書 通信局事業計画課文書、1944‑1945 在琉米軍 B2 5簿冊

(13)

番号 所蔵 RG 記号 形態 リ ー ズ 名 優先 55 NARA 111 SC 写真 194ト1954 沖縄戦/在琉米軍 B1 3000 56 NARA 111 SC 写真 1955‑1981 在琉 米軍 B1 600 57 NARA 111 SCA 写真 地域別 、第二次世界大戦 沖縄戦 A2 [26アルバ ム]

58 NARA 111 SCA 写真 地域 別 、第二次世界大戦及 び以後 沖縄戦 A2 [19アルバ ム]

59 NARA 111 SCA 写真 主題別 沖縄戦 A2 [240アルバ ム]

60 NARA 111 ADC 映像 通信局 沖縄戦/在琉米軍 A1 79

61 NARA 111 CB 映像 通信局 沖縄戦/在琉米軍 A1 3

62 NARA 111 FB 映像 通信局 沖縄戦 A1 1本 63 NARA 111 LC 映像 通信局 沖縄戦 A1 16 64 NARA 111 M 映像 通信局 沖縄戦 A1 2 65 NARA 111 OF 映像 通信 局 沖縄戦 Al 1 66 NARA 111 SFR 映像 通信局 沖縄戦 A1 10本 67 NARA 112 31 文書 軍医総 監室 第二次世界大 戦総務文書 沖縄戦 A2 2簿冊 68 NARA 112 31 文書 軍医稔 監重来刊行原稿 沖縄戦 A2 4簿冊 69 NARA 112 54a 文書 軍医総監室 陸軍医局年報 在琉 米軍 B2 2簿冊 70 NARA 112 54A 文書 軍医総監室第二次世界大戦総務文書(太平洋地区) 沖縄 戦 A2 4簿冊 71 NARA 112 1001 文書 軍医総監董米国医局文書、1947‑1%1年、歴史報告書リスト 在琉米軍 B2 7簿冊 72 NARA 112 1012 文書 軍医総監室歴 史部 医療 部隊 沖縄戦/在琉米軍 A2 18簿冊 73 NARA 112 1015 文書 軍 医総監室参考課一般 文書 在琉 米軍 B2 1簿冊 74 NARA 112 VT 写真 軍 医総監室ベ トナム陸軍 医局、1960‑1970 在琉 米軍 B2 3簿冊 75 NARA 126 文書 領有地室 セ ン トラル .フ ァイル、1951‑1971 統 治 Al 4 76 NARA 127 GG 写真 海兵隊、1958‑1981 在琉米軍 B1 15簿冊 77 NARA 127 GR 写真 海兵隊、1940‑1958 沖縄戦/在琉米軍 Al 2 78 NARA 127 GW 写真 海兵隊、1939‑1958 沖縄戦/在琉米軍 A1 14 79 NARA 127 G 映像 海兵 隊、1961‑1963 在琉米軍 Bl 10本 80 NARA 127 MH 映像 海兵 隊、1946 沖縄戦/在琉米軍 A1 2 81 NARA 143 映像 海軍補給 .会計局、1945 沖縄戦 A1 1 82 NARA 165 418 文書 陸軍省一般 .特 別参謀作戦 、計画課文書 沖縄戦 A2 13 83 NARA 200 G 映像 寄贈 フ イルム、1945 沖縄戦 A1 10本 84 NARA 200 MN 映像 寄贈 フ イルム、1961‑1962 統 治 A1 2 85 NARA 200 MT 映像 寄贈 フ イルム、1952 沖縄戦 A1 3 86 NARA 200 ND 映像 寄贈 フ イルム、1966 在琉 米軍 B1 1 87 NARA 200 PN 映像 寄贈 フ イルム、1945‑1950 沖縄戦/在琉米軍 A1 17

88 NARA 208 A 写真 陸軍情報 局第二次世界大戦 国内 一1942‑1945 国外 関係文書 、 沖縄戦 A2 2簿冊 89 NARA 208 AA 写真 陸軍情報局連合 国 .枢軸国関係文書、1942‑1945 沖縄戦 A1 9 90 NARA 208 MNC 写真 陸軍情報局、ニュース局、雑誌課文書、1942‑1945 沖縄戦 Al 5 91 NARA 208 MO 写真 陸軍情報局、米軍軍事行動関係文書、1942‑1945 沖縄戦 A1 5

92 NARA 208 SX 写真 陸軍情報局 、国連サ ンフランシス コ国際機構 会議 関係文書、1945421‑27 沖縄戦 Al 8 93 NARA 208 UN 映像 陸軍情報 局、1945 沖縄戦 A1 12 94 NARA 218 文書 米 国統合参謀本部地域 別文書、1942‑1945 沖縄 戦 A2 6簿冊 95 NARA 218 文書 米 国統 合参謀本部文書、1959 統 治 A2 2簿冊 96 NARA 218 文書 米 国統 合参謀本部文書、1960 統 治 A2 1簿冊 97 NARA 218 文書 米 国統合参謀本部文書、1961 統治 A2 1簿冊

‑6 1

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