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暮らしを見つめ直す景観まちづくり教育の可能性 [ PDF

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暮らしを見つめ直す景観まちづくり教育の可能性

キーワード:暮らし、景観まちづくり教育、「総有」感覚、所有権、農村景観 所属 教育システム専攻 氏名 崔 麗花 1.論文の構成 序章 第 1 節 問題意識と研究背景 第 2 節 研究目的・研究意義 第 3 節 景観まちづくり教育の議論をめぐる現在 第 4 節 研究方法 第 1 章 景観まちづくり教育の登場 第 1 節 地域開発と景観問題の浮上―気づかれにくい農 村の景観問題 第 2 節 問われる景観と教育問題 第 3 節 景観をめぐる再検討―暮らしからのアプローチ 第 2 章 景観まちづくり教育とその理論的背景 第 1 節 景観をめぐる学習論の系譜 第 2 節 環境教育に見る人間と自然をめぐる教育的な営 み 第 3 節「総有」感覚から見る景観まちづくり教育 第 3 章 景観まちづくり教育としての「総有」感覚の形成 過程―福岡県糸島市「井原山田縁プロジェクト」を事例に 第 1 節「井原山田縁プロジェクト」の概要と主な取り組 み 第 2 節 ユニークな取り組みについて 第 3 節 対象設定及び具体的な方法 第 4 章 糸島市「井原山田縁プロジェクト」における「総有」 感覚の形成過程 第 1 節 地域住民・媒介者・よそ者から見る「総有」感 覚 第 2 節 よそ者の「総有」感覚の形成 第 3 節 今後の課題―本プロジェクトの限界と棚田保全 の次の展開にむけて 終章 第 1 節 各章のまとめ 第 2 節 今後の課題と展望 2.論文の概要 1)問題意識と研究背景 本論は景観の喪失と衰退の問題に向き合いつつ、それら を担う主体者がいかに形成され、またその主体者の形成に よる持続的な景観形成・保全がいかに実現可能なのかを通 して、景観まちづくり教育を教育学的に構築していくこと を課題としている。 景観問題における注目は、近年、とりわけ都市計画・建 築工学などの分野で見られる。都市空間では、空中に電線 がはりめぐらされ、看板が無秩序に建てられるなど、都市 景観の「美」の喪失に焦点が当てられてきた。また、全国 各地で景観をめぐる紛争が発生することでさらなる注目を 浴びてきた。 農村景観の場合は、日本人の原風景とも言われるが、里 山の麓・水辺において発達し、水田の開発が進むに従い平 野部全域に水田と畑からなる農村の風景が形成されてきた。 また、水田等の農地や、二次林である雑木林や鎮守の森、 用水路、ため池といった二次的な自然が有機的につながり あい、多様な生態系や良好な景観が形成されてきたといえ る。だが、近代以降、日本では一般的に土地は個人の財産 として強く認識され、基本的に土地の空間的な利用は自由 であるべきという考え方や景観の管理は行政(公)が担う べき課題であるという意識の強まりに伴い、こうした農村 景観の悪化に対して、少なからぬ農家や地域住民は無関心 でいたり、あるいは個人として無力感を抱いている状況が ある。 実際に、農村景観の多くは、人間の手によって形成し、 保全される存在である。過去、人間と自然の関わりは生業 が基本になり、生活の中で自然は形づけられ、保全されて

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きた(鬼頭 2009)。近年浮上してきた景観問題は、実際のと ころ、人間と自然(環境)との関わり方を改めて考えるこ とが求められている。だが、人間と自然の関わりについて、 環境教育の議論を除いては、まだあまり注目されていると は言えない。しかも、景観については、景観の美の喪失問 題と景観をめぐる制度に関する議論が中心になる場合が多 い。確かに、近年景観問題が注目されることによって、景 観学習などの言葉の使用頻度が上がり、地方自治体の景観 学習の推進や地方団体の自主的な取り組みなど、実態とし ての動きがしばしば見られる。しかし、それらの多くは景 観を題材としての知識の習得に焦点を当てているものが多 い。 そこで、本論では、現在地域で姿を現れている景観問題 に着目し、すでに政策的に使用されながらも実態が不明確 な「景観まちづくり教育」という概念に着目し、教育的な アプローチを通して具体的に構想していくことを試みたい。 ところで、景観まちづくり教育は 2004 年の景観法の実施 をきっかけに、日本の国土交通省が打ち出した用語である。 この用語は、主に政策上に使われ、研究領域で直接に使っ たものはほぼない。その基本的な視座としては「歴史・風 土、文化・伝統、人々・暮らし、技術・制度」などの一体 となった目に見えるまちの景観を維持・継承・改善する活 動を支える意味が含まれている。その中で活動における、 認識から参加というプロセスを明らかにすると同時に、教 育としての位置づけを明らかにしていくことを本論は目指 している。 2)研究目的と研究意義 本研究では、景観と教育について、現在深刻化しつつあ る地域景観の喪失と衰退の問題に応じて、景観の形成・保 全する主体者がいかに形成され、また次の担い手を育成し ようとしているのかに焦点を当てている。 そのため、本論では、棚田景観の所有権に着目し、棚田 に関する日常的な働きかけを通して「わたしのもの」から 「わたしたちのもの」まで、という「総有」感覚の形成過 程を明らかにする。 「総有」の概念は、川本・鳥越が 1960 年代日本の伝統的 共同体(ムラ)における土地の所有問題をめぐって提起し たものである。例えば、一枚の田んぼをみると、私的所有 としての自分の土地の底(オレの土地)に、村人全員の土 地(オレたちの土地)の意識があるという所有の二重性、 重層的所有観の指摘である。それは、過去の村で土地にお ける共同的働きかけによる共同占有の権利から生まれたと 考えられる(鳥越 2009)。だが、近代社会以降、私的所有の 権利が強まると同時に「わたしのもの」という意識が根付 いてきた。その意味で「総有」という、私的所有観の上に、 共同所有の所有観を作りだすことで、景観を「わたしたち のもの」として形成・保全する可能性を導くと考えている。 本論では、そうした共同による日常的な働きかけを通して 形成される「総有」の感覚を意図的に創りだすことを、「景 観まちづくり教育」として位置付ける。 3)研究方法 本論では、糸島市「井原山田縁プロジェクト」の棚田保 全運動を中心に取り上げ、そこでのインタビュー調査の内 容を用いて検討する。 本論で述べる景観の「わたしのもの」から「わたしたち のもの」という「総有」感覚の形成は、日常的な働きかけ が必要とされると同時に、長い時間をかけて景観の形成と 保全に参加するプロセスが必要とされる。そのため、本プ ロジェクトにおける長期にわたって活動に携わっている主 催者と参加者を対象として、インタビュー調査を実施した。 また、本研究では景観における所有問題の特質に注目し ている。「井原山田縁プロジェクト」は、参加者がほぼまち の居住者で構成され、よそ者(町の人)によって棚田保全 活動が行われている。ここで、棚田、そして棚田景観をめ ぐる地域住民とよそ者の所有関係は明らかに違うのである。 例えば、棚田一枚を見るときでも、地域住民は所有権を持 っており、「井原山田縁プロジェクト」事務局は耕作権を持 っている。よそ者の場合は実質の権利は持っていないが、 誰よりに頻繁に棚田と周りの環境に働きかけている。その ように、「井原山田縁プロジェクト」において、棚田景観を めぐる所有問題が重層的に存在している。そうした点に基 づいて、本事例を取り上げた。 4)本文概要 まず、第 1 章では、現在日本社会に直面している産業構 造の変化、都市化、人口減少などの複合的な社会問題によ り起きている景観問題を把握した。景観問題として、都市

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部においては、空中に電線がはりめぐらされ、看板が無秩 序に建てられるなど都市景観の劣化と意図的に創られた人 工物そして、画一化による地域景観の個性の喪失などを挙 げている。農村部においては、人口減少と都市部への移住 による地域後継者の不足の現状を把握するとともに、特に 耕作放棄地の増加などの農村景観の喪失問題を意識してい る。 景観問題を把握したうえで、そうした景観問題に応じた 政策の動きを把握する。また、地域の個性と潤いのある生 活環境と関わる地域景観をよりよくするふるさとづくり、 まちづくりなどの動きを中心に取り上げ、その中で担い手 の不足などによる景観の形成と保全が問題を抱えている実 状を把握した。とりわけ、景観の形成と保全するための主 体者形成の問題に焦点をあてながら、景観の主体者形成と の問題を中心に据え、景観と教育関連づけて考察していく。 そして、本章の最後では、景観をよりよく把握するために、 暮らしの視点から景観の概念を捉え直し、香月と鳥越の論 をもとに景観の概念を把握した。香月は、景観には暮らし の意志が含まれ、その背後には住み続けようとする地域住 民の暮らしがその背後にあるとしていた(香月 2000)。香月 の景観論の上で、鳥越は景観には目に見えるものと目に見 えないとものがあるとし(鳥越 1999)、さらに「景観を考え る場合、このような生活面で、人々が対象をどのように「使 用」しつづけてきたのかという事実の分析こそが、そこで の固有の景観の理解につながると判断するのである。」(鳥 越 2009:55)と景観を把握していた。本論では、そうした暮 らしの視点を含めた景観の捉え方を用いる。 第 2 章では、景観まちづくり教育を論じるための理論的 背景を構築した。景観まちづくり教育について直接に言及 したものはほぼないので、本論では、まず、景観をめぐる 学習論の系譜に即して考察した。その中でも、主に延藤の 「まち学習」と西村の「風景認識論」を中心に取り上げた。 他方で、環境教育から人間と自然( 環境)の関わり、そし てその中に含まれている教育的な営みを考察することで、 環境教育の延長上に、景観まちづくり教育を位置付けた。 最後に、景観をめぐる所有問題から、さらに「総有」の感 覚の形成に着目した。 景観をめぐる「総有」の概念は、鳥越の生活環境主義モ デルの中で提起されている。鳥越によれば、「生活環境主義 モデルは、公的空間に限らず私的空間でも成立する「オレ たちの土地」を「共同占有」地と呼んだのである」(鳥越 2009:57)とし、生活と密着した空間に置ける重層的所有観 に基づき、概念を明確にした。また「働きかけた者たちが 本源的な意味の所有権をもっており、伝統的には、共同で 働きかけたり、ある時代や時期を限れば個別の家の働きか けに見えても長い視野で考えてみると、当該コミュニティ が共同で関与してきたので、その権利を共同占有権と名付 けたのである」(鳥越 2009:58)としていた。そのように長 期的な働きかけを通して、共同占有の権利が生まれること が言えるだろう。本論では、そうした「総有」の概念に基 づく生活環境主義モデルに依拠した鳥越の景観論を用いる。 また、日常的な働きかけを通じてより意図的、組織的に「総 有」感覚を作り出す過程に注目し、考察する。 第 3 章では、景観をめぐる「総有」感覚の形成を論じる ために、糸島市「井原山田縁プロジェクト」の事例を取り 上げる。その中で、まず、「井原山田縁プロジェクト」の設 立とその目的、そして主な取り組みから本プロジェクトの 特徴を把握する。本プロジェクトの拠点である瑞梅寺地区 は糸島市の中でも高齢化が進んでおり、地域の人口減少に よる棚田管理の担い手が不足している問題を抱えている。 そうした地域背景に応じて、「井原山田縁プロジェクト」事 務局現在ほぼ 100%のよそ者から構成され、参加者のうち毎 年およそ 7 割がリピーターとして活躍している。そのよう に参加者を持続させるために、会員制・地域通貨「ぎっと ん券」・イベントと地域の「でごと」などの取り組みが工夫 されていた。また、それらの取り組みは地域とのつながり を持たせることにもつながっている。 最後には、具体的な方法を設定し、プロジェクトに関わ る主体を田んぼ・畑をめぐる所有関係から地域住民・よそ 者・媒介者の 3 者として把握した。地域住民は田んぼ・畑 に関する所有権、媒介者は耕作権、よそ者は日常的な働き かけをするものとして、それぞれの所有関係を認識した。 第 4 章では、糸島市「井原山田縁プロジェクト」を通し て、本プロジェクトに関わる三者―地域住民・よそ者・媒 介者の景観をめぐる意識が「わたしのもの」から「わたし たちのもの」という「総有」感覚の形成に至る変容の過程

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を明らかにした。 そのために、まず地域住民・よそ者・媒介者の棚田をめ ぐる所有関係から各立場が初期段階における「総有」感覚 を把握した。地域住民の場合は、基本的に棚田に関する所 有権を持っている。その所有権は私的所有としての意識が 強く、棚田を「わたしのもの」あるいは「他人のもの」と いう認識が強いように考えられる。だから、地域内の放棄 された他人の棚田に関しては無関心の人が多かった。よそ 者の場合は、活動に関わるきっかけから棚田をめぐる「総 有」感覚を把握したが、主な参加するきっかけは農作業に 対する関心、自然が好き、安心・安全なものが食べられる など個人的なところから出発する場合が多い。媒介者の場 合は、「総有」感覚が初期段階において最も強くようにみら れる。事務局は、地域内で放棄される棚田を他人ごとでは なく、自分ごととして考え、プロジェクトを立ち上げたの である。また、その背後には、地域住民とのつながりと地 域の棚田に働きかける経験などの要因が存在している。そ れは調査の中で媒介者である事務局のいう「私にとってこ こは最初の赴任地だったので、田んぼを継ぐ人がいないの を見ってやっぱり何とかしたいと思った」や「田んぼには 所有者は所有者でいるけど、それをずっと守ってきている 人は時代のなかで、変わっているし、わたしたちもその時 代で担う一部ではないかと思う」などの内容から読み取れ る。 次に、地域住民・よそ者・媒介者の「総有」感覚の形成 過程を明らかにした。本プロジェクトで取り組まれている 棚田保全活動の中で、事務局から指示された農作業という 「与えられた」やり方から参加者が自主的に取り組むとい う行動の変化を考察した。例えば、農作放棄の参加回数の 増加と農作業の指示がない日でも、自主的作業をするなど の事例が挙げられる。また、活動の内容も棚田を中心にす る農作業から周辺環境の整備までという、活動の拡大を見 ながら、周りの景観をよりよくしたい意識の形成過程を見 ることができた。 具体的な例としては、田んぼの周辺にひまわりを植えた り、道路の雑草取りなどが挙げられる。そうした、主体者 の変容過程を把握するために、長期にわたって活動をして いた参加者 4 名を中心に、事務局担当 2 名、事務局長 1 名、 代表 1 名へのインタビューを行うことにした。 最後に、本章の最後で本プロジェクトが抱えている地域 とのつながりが薄い点から、プロジェクトの課題を把握し た。 5)本論における課題 本論における課題としては、景観のもう一つの特質と しての「時間」への注目が不足している点が考えられる。 今、私たちが目に見えている景観(自然景観、農村景観、 都市景観)そのすべてが、それぞれの時間の堆積の上に形 成している。言い換えれば、景観は時間の流れの中で自然 と人間の営みが記憶として埋め込まれているのである。そ うした記憶を通して、さらに「わたしたちのもの」という 感覚が生まれてくる。景観まちづくり教育における「総有」 感覚が形成に着目するときは、そうした景観を作ることま での時間の概念も視野に入れておく必要性がある。本論で は、景観の「時間」の特質についてはあまり展開できてい ないが、今後景観問題、さらに景観まちづくり教育を考え るには重要な視点であると考えている。 3.主要参考文献 ・安藤聡彦 1996.10『環境教育論」『教育』国土社 pp84- 88 ・安藤聡彦 2013「公害問題を伝える―環境教育学からのア プローチのために―」日本社会教育学会 60 周年記念出版部 会編『希望への社会教育―3.11 後社会のために』pp138-154 ・安藤聡彦 2015「「公害教育から環境教育へ」の再考」佐藤 一子編『地域学習の創造―地域再生への学びを開く』東京 大学出版会 pp51-74 ・香月洋一郎 2000『景観のなかの暮らし―生産領域と民俗』 未来社 ・鬼頭秀一、福永真弓 2009『環境倫理学』東京大学出版社 ・鳥越皓之 1999『講座人間と環境 4「景観の創造―民俗か らのアプローチ」』昭和堂 ・鳥越皓之 1997『環境社会学の理論と実践―生活環境主義 の立場から』有斐閣 ・鳥越皓之、家中茂、藤村美恵 2009『景観形成と地域コミ ュニティ―地域資本を増やす景観政策』農文協

参照

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