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Vol.68 , No.1(2019)087和田 壽弘「新ニヤーヤ学派における非存在(abhava)の記述/定義と〈神話性〉について」

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Academic year: 2021

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全文

(1)

新ニヤーヤ学派における非存在(

abhāva

の記述/定義と〈神話性〉について

和 田 壽 弘

1

.はじめに

新ニヤーヤ学派は

14

世紀のガンゲーシャによってその体系が確立され,彼以

降この学派の分析と記述の方法はすべての哲学諸派に受け入れられていった.そ

の方法は

11

世紀のウダヤナにさかのぼることができる

1)

.筆者はウダヤナからガ

ンゲーシャに到る時代を「初期新ニヤーヤ学」と名付け,この時代の特徴を解明

してきた.本稿では,非存在の定義あるいは特徴について,初期新ニヤーヤ学派

のシャシャダラ

(1275–1325頃)

の視点と彼と同時代かやや遅れて活躍したガン

ゲーシャの視点に注目して両者の違いを明らかにし,新ニヤーヤ学の学派形成史

の確立の一助としたい.

本稿では,シャシャダラの主著『ニヤーヤ・シッダーンタ・ディーパ』

(NSD)

の中の「原因性章」

(Kāraṇatā-vāda)2)

およびガンゲーシャの主著『タットヴァ・チ

ンターマニ』

(TC)

の「非存在章」

(Abhāva-vāda)

を取りあげ,両者による非存在

の記述あるいは定義を比較する.特に,

4

種類の非存在の内,先行非存在

(prāgabhāva,先行無)

に関する記述に注目する.なお,ここで言う「神話性」とは

何かという問題には深入りすることなく,経験上確認できない伝承あるいは民間

信仰としておこう

3)

2

.非存在の

4

分類

非存在の分類に関する歴史的な研究は,

Matilal(1968, 104–108)

Sharma(1970, 57–59)

に詳しい.本稿は,ミーマーンサー学派のクマーリラ

(660年頃)

以降定着

した

4

分類の中の先行非存在に焦点を合わせるが,他の

3

種類についても簡単に

見ておきたい.ウダヤナの『ラクシャナーヴァリー』

(LĀ)

には,次のように定

義されている.

(2)

【T1】非存在とは,否定辞(naÑ)が意味する観念の対象である.…中略….先行非存在と は,後続[時]に[その存続の]区切りを有する.消滅非存在(pradhvaṃsābhāva)とは, 先行[時]に[その存続の]区切りを有する.相互非存在(anyonyābhāva)とは,同一

[関係]を反存在(pratiyogin)4)とする非存在である.恒常非存在(atyantābhāva)とは,両

区 切 り を 有 し な い 関 係 非 存 在(saṃsargābhāva) で あ る.(LĀ, p. 86, #208–210: nañartha-pratyayaviṣayo bhāvaḥ. sa caturdhā bhidyate prāgabhāvaḥ pradhvaṃsābhāvo tyantābhāvo

nyonyābhāvaś ceti. uttaraikāvadhir abhāvaḥ prāgabhāvaḥ. pūrvaikāvadhir abhāvaḥ pradhvaṃsā-bhāvaḥ. tādātmyapratiyogiko bhāvo nyonyāpradhvaṃsā-bhāvaḥ. ubhayāvadhirahitaḥ saṃsargābhāvo

tyantābhāvaḥ.)

ウダヤナは非存在とは「否定辞」の意味対象と定義し,先行非存在と消滅非存

在と恒常非存在とを「存続の区切り」という概念を用いて定義する.例を用いな

がらこの定義を説明しておこう.先行非存在とは,例えば,ろくろの上で壺を製

作しようとするとき,壺の完成以前には壺の非存在がろくろにあり,この非存在

のことを言う.壺が完成したときにはこの非存在はなくなるので,壺の完成

(発 生)

が〈存続の区切り〉である.つまり,この非存在には始まりはないが終わり

がある.定義中の「後続時」とは,将来に壺

(反存在)

が完成する時を意味する.

消滅非存在とは,例えば,ろくろの上に置かれた壺を破壊したとすると,そこに

は壺の非存在が発生して有り続け,この非存在のことを言う.壺の消滅が〈存続

の区切り〉である.つまり,この非存在には始まりはあるが,終わりがない.定

義中の「先行時」とは,過去に壺

(反存在)

が消滅

(破壊)

した時を意味する.恒

常非存在とは,例えば,ろくろ台の上に牛は決して発生し

(生まれ)

ないので,

ろくろには恒常的に牛の非存在があり,この非存在のことを言う.この非存在は

永遠なので〈存続の区切り〉はなく,始まりも終わりもない.「存続の区切り」

を用いずに定義される相互非存在とは,例えば「馬は牛ではない」というとき,

馬には〈牛との違い〉があると分析され,この〈違い〉のことである.

3

.シャシャダラの「原因性章」における先行非存在と世界大帰滅

シャシャダラは

NSD

「非存在章」の中で先行非存在について次の様に語る.

【T2】先行非存在であることとは,香の基体でない時間を基体としない非存在であること な ど で あ る, と 推 論 さ れ る べ き で あ る5).(NSD[W], テ キ ス トC2: prāgabhāvatvaṃ ca

gandhānādhāra samayānādhārābhāvatvādikam ūhyam.6)

(3)

ンタ・ディーパ・プラバー』

(NSDP)

によれば,【

T2

】に言う「香の基体でない時

間」とは,世界の大帰滅

(mahā-pralaya)

の時間のことである

7)

.大帰滅とは,結

果としての

(つまり無常な)

実体は原子へと分解され,結果としての

(つまり無常 な)

属性などは消滅してしまう状態である.地原子の持つ香は知覚できないの

で,知覚可能な香はもはや存在しない.また,すべての生類は解脱しているた

8)

,神

(īśvara)

が次の世界を作り出すための〈材料〉となる不可見力

(adṛṣṭa)

がアートマンには残っていないので,大帰滅の後に世界創造は起こらない

9)

世界大帰滅の時には,

4

種類の非存在の内で先行非存在のみが存在しないので

ある.先ずは,先行非存在以外の

3

種について考えてみよう.大帰滅の時には,

すべての無常な実体や属性が滅しているのだから,消滅非存在は存在する.大帰

滅に到る前に存在していた〈壺の恒常非存在〉などもそのまま存在し続けるの

で,恒常非存在も存在する.塊となっていた実体は原子へと分解されており,原

a

と原子

b

の間には〈違い〉すなわち相互非存在が存在する.これらの

3

種類

とは違って,先行非存在は,大帰滅の後には何ものも創造されないので,大帰滅

の時には存在しようがない.

T2

】において,シャシャダラは世界の大帰滅を用いて先行非存在の特徴を説

明した.つまり

NSD

「原因性章」を見る限り,彼の説明は「神話性」に強く縛

られているのである

10)

4

.ガンゲーシャの

TC

「非存在章」における先行非存在

ガンゲーシャは

4

種類の非存在について次のように述べる.

【T3】[個々の非存在に]共通する非存在性がなくても,「壺などは布ではない.」という, [「壺]という語と「布」という語が]共通の対象を表示することが否定されるから,同 じ〈布の相互非存在〉によって共通する言語表現が[可能で]ある.同様にして,…中 略….壺が未だ生じていない場合,「これら[壺の半体や地面]に壺は[未だ]存在しな い。」という共通する言語表現が,同じ〈[壺の]先行非存在〉によって[可能で]ある. こうして,四つの共通する否定表現が四[種]の個物(vyakti)によってなされる.(TC, p. 185 text 38: anugatābhāvatvaṃ vināpi ghaṭādir na paṭa iti samānādhikaraṇaniṣedhād anugatavyavahāraḥ paṭānyonyābhāvenaikena, evaṃ …中略…, ghaṭānupādadaśāyām eteṣu ghaṭo nāstīty anugatavyavahāra ekena prāgabhāvena, evaṃ catvāro nugataniṣedhavyavahārāś catasṛbhir eva vyaktibhiḥ kriyante.)

ここでは非存在は「個物」と呼ばれ,

4

種類の非存在の根拠は言語表現である.

さらに言語表現の根拠は認識である.認識があって初めて言語表現が可能となる

(4)

からである.この認識が成立する根拠は,外界の出来事あるいは〈もの〉なので

ある.この様な立場を表明するガンゲーシャは,【

T3

】のみならず「非存在章」

の全体にわたって世界の大帰滅などの神話的要素に訴えて非存在の議論を進める

ことはない

11)

5

.おわりに

シャシャダラが世界の大帰滅を用いて先行非存在を説明しようとした一方で,

ガンゲーシャは経験世界の中で先行非存在を始めとする非存在の実在性を確立し

ようとした.ガンゲーシャは議論の中で〈神話性〉をできうる限り排除して理論

を組み立てようとする姿勢が見て取れる.

1) この学派の特徴は,和田(1999, 26–37); Wada(2007, 20–35)参照.本稿で言及する学 匠の年代は,Potter(1977, 9–12); Potter and Bhattacharyya(1993, 10–13); Potter(1995)参 照.   2) 「原因性章」の先行研究,テキスト, 釈書,翻訳について,和田 (2017ab)参照.   3) 「経験上確認できないこと」には解脱,天界,祭式の特定の 果報のみならず,例えば銀河系の外の世界や太平洋の最深部などが含まれよう.厳密に は「経験上確認できないこと」によって信仰と科学的「真理」とを分けることは困難で ある.   4) 「反存在」は存在が否定されているものを指す.例えば「xyに存在 しない」という場合,先行非存在か消滅非存在か恒常非存在が理解され,xが反存在で ある.ヴァーチャスパティ(900–980頃)が最初にこの3種類を関係非存在としてまと め,非存在をまずは関係非存在と相互非存在との2種に分類した(Matilal 1968, 108; Shar-ma 1970, 57).一方,「xyではない」という場合,相互非存在が理解され,yが反存在 である.ウダヤナは相互非存在を「xyの間に同一関係が存在しない」と解して,同 一関係を反存在とした.pratiyoginの意味や訳語の問題は,和田(2017a, 6–7, 26)参 照.   5) 「推論されるべきである.」は定義の記述ではないことを念押ししてい る.シャシャダラが定義としては承認していないことは「非存在章」に明示される( 10参照).   6) NSD[M]では prāgabhāvatvaṃ ca gandhānādhārasamayānādhārabhāvatv ādikam ūhyam. となっており,翻訳は「先行非存在であることとは,香の基体でない時 間を基体としない存在であることなどである,と推論されるべきである.」となる.この 場合,非存在を「存在」(bhāva)と述定することになるので,混乱を招く.従って,マ ティラルの読みを訂正して【T2】の読みを採用した.この読みが「非存在章」(NSD[M], p. 121, 6)に現れることが判明し,読みの妥当性が増した.ちなみに,ガンゲーシャは TC「非存在章」の中で非存在を「存在」とは呼ばず,「個物」(vyakti)と呼ぶ.   7)  NSDP, p. 97, 22: prāgabhāvatvaṃ ca gandheti. gandhasyānādhāraḥ samayo mahāpralayasamayas tadavṛttir abhāvaḥ prāgabhāva ity arthaḥ.   8) ウダヤナはすべての生類の解脱の可能性 を認める(Tachikawa 2001, 285).   9) 世界は神によって創造と小帰滅(khaṇḍa-pralaya)を繰り返す.小帰滅では未だ解脱していないアートマンには不可見力と潜勢力 (saṃskāra)があるために,神がその不可見力を用いて次の世界創造をする.   10)  NSD「非存在章」の中で,想定反論者が大帰滅を用いて先行非存在の定義を提示する箇 所があり,シャシャダラはこの定義を否定する.ただし,彼は大帰滅そのものを定義に 用いることを否定してはいない.(NSD[M], p. 121, 6–8: gandhānādhārasamayānādhārābhāvat

(5)

vaṃ prāgabhāvatvam iti cen na. caramagandhanāśottarasamutpannabhāgaprāgabhāvāvyāpanāt. ta-tra pramāṇābhāva iti cet, na. saṃśayenāpi lakṣaṇānirvāhāt.)同章(NSD[M], pp. 119–127)の中

で,世界帰滅への言及は他に2箇所ある.   11) TC「非存在章」においてヴェーダ

文献に言及する唯一の例外は,想定反論への古典ニヤーヤ学派による反論の中でアグニ 神とソーマ神に言及する文である(TC, p. 174, text 7).しかし,この文は非存在に関する 重要な論証を行おうとしたものではない.

〈一次文献および略号〉

LĀ: Lakṣaṇāvalī of Udayana. In The Structure of the World in Udayana s Realism: A Study of the Lakṣaṇāvalī and the Kiraṇāvalī, ed. Musashi Tachikawa. Dordrecht: D. Reidel, 1981

NSD[M]: Nyāyasiddhāntadīpa(NSD)of Śaśadhara. In Śaśadhara s Nyāyasiddhāntadīpa with Ṭippana by Guṇaratnasūri, ed. B. K. Matilal. Ahmedabad: L.D. Institute, 1976

NSDP: Nyāyasiddhāntadīpaprabhā of Śeṣānanta, Kāraṇatāvāda. The Pandit 39: 79–102(1917). NSD[W]: Nyāyasiddhāntadīpa(NSD)of Śaśadhara. 和田 2017a.

TC: Tattvacintāmaṇi of Gaṅgeśa. Matilal 1968, 173–188. 〈二次文献〉

Matilal, Bimal Krishna. 1968. The Navya-Nyāya Doctrine of Negation: The Semantios and Onthology of Negative Statements in Navya-nyāya Philosophy. Cambridge: Harvard University Press.

Potter, K. H., ed. 1977. Encyclopedia of Indian Philosophies: Indian Metaphysics and Epistemology: The Tradition of Nyāya-Vaiśeṣika up to Gaṅgeśa, vol. 2. Delhi: Motilal Banarsidass.

Potter, K. H., ed. 1995. Encyclopedia of Indian Philosophies: Bibliography, vol. 1. Delhi: Motilal Banarsi-dass.

Potter, K. H. and S. Bhattacharyya, eds. 1993. Encyclopedia of Indian Philosophies: Indian Philosophi-cal Analysis Nyāya-Vaiśeṣika from Gaṅgeśa to Raghunātha Śiromaṇi, vol. 6. Delhi: Motilal Banarsi-dass.

Sharma, Dhirendra. 1970. The Negative Dialectics of India. Michigan: East Lansing.

Tachikawa, Musashi. 2001. The Introductory Part of the Kiraṇāvalī. Journal of Indian Philosophy 29: 275–291. 和田壽弘 1999 「新ニヤーヤ学派の起源と分析方法」『インド思想史研究』11: 15–41. ― 2017a「初期新ニヤーヤ学派シャシャダラによる原因の定義について」『インド論理 学研究』10: 1–24. ― 2017b「初期新ニヤーヤ学派における原因の概念」『印度学仏教学研究』66(1): 486– 492.

Wada Toshihiro. 2007. The Analytical Method of Navya-nyāya. Groningen: Egbert Forsten.

〈付記〉本稿を起稿するきっかけは,科学研究費補助金による基盤研究(B)「インドにお ける因果の思想の研究」(課題番号:16H03348,研究代表者: 丸井浩)の成果の一部とし て発表した和田(2017a, 19, 79)の中で,世界の大帰滅と先行非存在との関係について, 誤解があったことに気付いたことにある.本稿第3節が誤解の修正に相当する.本稿は上 述科研の研究成果でもある. 〈キーワード〉 シャシャダラ,『ニヤーヤ・シッダーンタ・ディーパ』,先行非存在,世界 大帰滅,ガンゲーシャ (名古屋大学教授,博士(文学))

参照

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(注)

(2011)

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