14
集合概念の基礎
数学の歴史に集合が現れるのは19世紀の後半であり,それ以前の数学は集合を用いずに記述されてい た. 確かに,これまでに扱ってきた内容は連立1次方程式の解法や行列式の計算など式変形を主体とする 数学であり,ことさらに集合概念を押し出す必要はなかった. もしかすると,これ以降に学ぶ内容につい ても集合を用いずに議論を展開することが,あるいは可能かもしれない. しかし,この立場に固執すれば, 今後,より複雑な概念が縦横無尽に現れる中で,定義や命題をやや曖昧に述べざるをえなかったり,ある いは証明において数学的に重要ではない些細な部分には目をつぶるような判断力や数学的センスを読者 に要求することになるだろう. しかし,それでは多くの読者を路頭に迷わせることになってしまう. 現代数学において集合を用いた表現が市民権を得たのは, その記法を用いると厳密に述べやすいこと につきる. 数学は一部の選ばれた者のみに許された学問ではなく,万人に許される学であるとする立場に おいて,数学的なセンスを問わずに誤解なく伝わる集合による表現はかかせない. 本論もこの立場に身を 置き,以降では集合と写像を用いた記述を採用する. そこで本節と19節では,先に1.5および1.6項で述 べた集合と写像に関する概念の発展として,これらのより高度な使い方について解説する. ただし,線形 代数学の文脈に現れる部分のみを取り上げるゆえ,それ以外の部分,例えば合併集合や共通部分,補集合 といった集合演算などの扱いについては集合論の入門的な参考書を参照されたい.14.1
集合の包含関係
包含関係は,二つの集合の一致を示す際に必須となる概念である. 定義 14.1.1. 二つの集合A, Bが与えられており, Aのいかなる元もBに属するとき, AはBの部分集 合(subset)であるといい, A⊂ BあるいはB ⊃ Aと表す. とくに, A自身はAの部分集合である. A⊂ Bであるとき「AはBに含まれる」と述べることもある. この表現は, AがBの元であること(つまりA∈ B)と誤解される恐れもあるゆえ注意したい. 一方, A がBの部分集合でないということは, Bに属さないAの元が存在することを意味する. 例 14.1.2. (1) {りんご,スイカ} ⊂ {りんご,みかん,スイカ}である. (2) N ⊂ Q ⊂ R ⊂ Cである. これらの記号の意味は1.5項を参照せよ. (3) 集合A ={ 2, 9, 11, 30 }は集合B ={ 2, 9, 15, 26, 30, 37 }の部分集合ではない. 何故なら11∈ A および11 /∈ Bであり, Aの全ての元がBに属するわけではないからである. (4) A ={1} (一点のみの集合)とし, X ={ 1, A } (自然数1と集合Aの二つの元からなる集合)とす れば, A∈ XとA⊂ Xが共に成り立つ. 次で定める特別な集合は全ての集合の部分集合となる: 定義 14.1.3. いかなる元も含まない集合を空集合(empty set)とよび, これを∅と書く. 命題 14.1.4. 集合Xに対して,空集合∅はXの部分集合である. Proof. 背理法で示す. ∅がXの部分集合でないと仮定しよう. このとき部分集合の定義により, Xに属 さない∅の元aが存在する. とくにa∈ ∅であり,これは∅が元を含まないことに矛盾する. ゆえに∅は Xの部分集合である. 二つの集合A, Bが等しいとは, Aを構成する元とBを構成する元とが一致するということである. こ れは, Aの元はBの元でもあり,またBの元はAの元でもあることにほかならない. すなわち,次が成 り立つ: 集合A, Bについて, A = B ⇐⇒ A ⊂ BかつB ⊂ A. (14.1.1)例 14.1.5. 集合A ={りんご,スイカ}と集合B ={りんご,スイカ,スイカ}は等しい. 実際,包含関 係の定義14.1.1によればA ⊂ BおよびB ⊂ Aが成り立つ. したがって式(14.1.1)よりA = Bである. 集合Bにスイカが二つ入っているわけではないことに注意しよう. スイカを二つ含む集合を考えたいの であれば,例えばスイカ1,スイカ2とラベルを貼り,{りんご,スイカ1,スイカ2}と書けばよい. 例 14.1.6. 本節以前の議論においても, 式(14.1.1)の左向き「A⊂ BかつB ⊂ A =⇒ A = B」を暗黙 裡のうちに何度か用いていた. (1) 例1.7.3およびその後の議論において,R2からR2への線形写像全体の集合Xとf ( x y ) := ( ax + by cx + dy ) なる形で表せる写像f :R2→ R2全体の集合Yが一致することを確認した. 例1.7.3においてY ⊂ X を述べて,その後の議論においてX⊂ Y を示している. (2) 命題4.3.1の説明では,方程式Ax = bの解全体の集合Xと一点からなる集合Y ={Bb}が一致す ることを述べている. まず, aを方程式の解(つまりa∈ X)とすれば, aはBbに一致すること(つ まりa∈ Y )を示した. これはX ⊂ Y を示すことに相当している. 次にBbが方程式の解であるこ とを確認した. これはY ⊂ Xを示すことに他ならない. (3) 一般の連立1次方程式の解法(4.6項)における一般解の表示についても同様のことを行った. 方程 式Ax = bの解全体の集合Xとa0+ c1a1+ c2a2+ c3a3で表されるベクトル全体の集合Y が一 致することを, X ⊂ Y およびY ⊂ Xの両方を確認することによって示している. よりみち(集合が等しいとはどういうことか). 二つの集合が一致するとはどういうことか改めて考えてみると,雲をつかむような,とりとめもな い思索しかできないことに気づく. 先程,式(14.1.1)が成立することをもっともらしく述べたが,実 は「A⊂ BかつB ⊂ A =⇒ A = B」の説明はしていない. これは本当に正しい事実だろうか. 例え ば, 赤い袋Aの中に自然数1と2のみが入っているとし,青い袋Bにも1と2のみが入っていると しよう. この二つの袋は色が違っているにも関わらず一致していると言えるのだろうか.「集合と考 えている場合は一致する」と言いたいところではあるけれども,その根拠に式(14.1.1)を用いるわけ にはいかない. 何故なら, いま式(14.1.1)を説明するための議論をしているからである. では,どう やってAとBが一致することを導けばよいのだろうか. このように, 集合が一致することを説明するのは意外に難しいのである. そこで集合論では, 式 (14.1.1)を公理として定め,外延性公理と呼んでいる. より素朴な立場では,式(14.1.1)が集合が等 しいことの定義であると考えてもよいだろう.
14.2
集合の表し方
数学に限らず, 何かしらの概念を規定しようと思うと, 大きく分けて二通りの方法があることに気づ く. 新たな概念Aを規定するにあたり, Aであるものをすべて列挙する方法を外延的な定義といい, Aが 持っている性質によって規定する方法を内包的な定義という. 例えば,正多面体の定義として,次の二通 りの述べ方がある: • 外延的定義: 正四面体および正六面体,正八面体,正十二面体,正二十面体なる図形を総称して正多 面体という. • 内包的定義: 各頂点が同じ数の面と接し,すべての面が合同な正多角形となる多面体25を正多面体 という. 25より正確には,ここでは凸多面体のみを考えている.集合の定め方についてもこのことは例外ではなく,外延的な記述と内包的な記述の両方が用いられる. これは,次の二つの行為に本質的な違いがないことから読者も容易に想像がつくことと思う. • 新しい概念Aを定める, • 概念Aが指すもの全体の集合を与える. ここでは,集合の外延的な記述と内包的な記述について例を挙げながら解説したい. これから挙げる例 で見るように,集合を規定する場合,中括弧“{, }”を用いることが慣例となっている. また,集合を定め る中括弧内で用いられる区切りの記号として,本論では“| ”を用いる. 文献によっては,区切りの記号に コロン“ : ”を用いる場合もある. まず,外延的記法の例を挙げてみよう. 例 14.2.1. 次の例はいずれも外延的な記法である. (1) りんご,みかん,スイカの3つの要素からなる集合を{ りんご,みかん,スイカ }と書く. (2) あらかじめ数列an (ただしn∈ N)が与えられているとき, a1, a2, a3, . . . をすべて集めた集合のこ とを { an| n ∈ N } と表す. (3) 正の偶数全体の集合は次のように表される: { 2, 4, 6, 8, 10, 12, · · · }, あるいは { 2n | n ∈ N }. ただし,最初の記法は, 12以降の列に偶数がもれなく現れるという保証はどこにも書かれておらず, 曖昧な表記と言える. 出来る限り誤解を避けたいのであれば,後の記法のほうが望ましい. (4) 写像f :R → Rをf (x) = x2で定める. このとき,定義域Rの元をf に代入した値f (x)の範囲を 表す集合を次のように書く: { x2| x ∈ R }, あるいは { f(x) | x ∈ R }. この集合は0以上の実数全体の集合に一致する. 以上のように外延的記法には様々な変種があり,この記法の形式的定義および使い方を統一的に説明 することは難しい. 強いて定めるとすれば,上の(4)を念頭に「ある写像の像として定められる集合」と なる. 写像の像については定義19.1.1を見よ. 一方,内包的な記法は次のように形式的に説明することができる: 定義 14.2.2 (内包的記法). あらかじめ集合Xが与えられており,更に, Xに属する元xたちに関する条 件P (x)が与えられているとする26. このとき, Xの元のうちP (x)が成立する元のみを全て集めた集合, すなわちXにおいてP (x)が成立する範囲を { x ∈ X | P (x) } と書く27. 例 14.2.3. 次の集合の表し方はいずれも内包的である. (1) 集合{ x ∈ N | x = 2mを満たすm∈ Nが存在する}は正の偶数全体の集合である. 26 Pの例は3.2項を参照せよ. 27数理論理学では,条件「P (x)かつx∈ X」を改めてQ(x)と置くことにより,この集合を{ x | Q(x) }と表す.
(2) (m, n)-行列Aおよびm次列ベクトルbに対して集合{ x ∈ Rn|Ax = b }は連立1次方程式Ax = b の解全体からなる集合である. (3) R2の部分集合{ x ∈ R2| x = (x, y)と置くと, x > 0かつy > 0}を第1象限という. (4) 集合{ x ∈ R | x ̸= x }は空集合∅に等しい. 条件x̸= xを満たすx∈ Rが一つもないからである. 定義 14.2.4. a, bを実数とする. a以上かつb以下の実数をすべて集めた集合を[a, b]と書き,これを閉区 間と呼ぶ. aより大きくかつb未満の実数をすべて集めた集合を(a, b)と書き, これを開区間と呼ぶ. ま た, a以上b未満の実数全体の集合を[a, b), aより大きくb以下の実数全体の集合を(a, b]と書き,これら を半開区間と呼ぶ. 更に, a以上の実数全体を[a,∞), aより大きい実数全体を(a,∞)と書き, a以下の実 数全体,およびa未満の実数全体をそれぞれ(−∞, a], (−∞, a)と書く. 定義14.2.4に現れた集合にR = (−∞, ∞)を加えたものを総称して区間と呼ぶ. 一点集合{a} = [a, a] や空集合∅ = [2, 1] (2以上かつ1以下の数は存在しない)も区間である. 練習 14.2.5. 定義14.2.4で与えたそれぞれの区間について,これを集合の内包的な表記で表せ.
解答例(抜粋): [a, b] :={ x ∈ R | a ≤ x ≤ b }, (a, b) := { x ∈ R | a < x < b }, [a, ∞) = { x ∈ R | x ≥ a }.
発展(もう一つの区間の定義). 定義14.2.4は, 区間をすべて列挙した定め方であるから外延的と言える. 一方で, 条件「a, b ∈ I かつa < x < b =⇒ x ∈ I」を満たすRの部分集合Iのこととして区間を定義する流儀もある(内包 的な区間の定義). これらの定義が一致することは明らかではなく,証明には実数の連続性の公理を 要する. 詳しくは解析の本を参照せよ.
14.3
外延的か内包的か
集合の表記が外延的なものか内包的なものかは文脈で判断すること. なかには外延的とも内包的とも とれる記法がある: 例 14.3.1. 集合Xに対して, Xの元を並べた四つ組(a, b, c, d)たち全体のなす集合をX4とし, Xの元 を成分とする2次正方行列全体のなす集合をM2(X)で表す. このとき, 次の記法はいずれもM2(Z)を 表す. (1) 写像F :R4 → M 2(R)をF (a, b, c, d) := ( a b c d ) と定めておく. M2(Z) = { F (x) | x ∈ Z4}. (2) 上のxやF (x)を具体的に成分表示した表記: M2(Z) = { ( a b c d ) (a, b, c, d)∈ Z4 } . (3) M2(Z) = { ( a b c d ) a, b, c, d∈ Z } , M2(Z) = { ( a b c d ) ∈ M2(R) a, b, c, d ∈ Z } . (4) M2(Z) = { A∈ M2(R) A = ( a b c d ) をみたすa, b, c, d∈ Zが存在する } . (1)が外延的記法で(4)が内包的記法である. この中間の記法として(2)や(3)の記法もしばしば用いら れる. これらを外延的とするか内包的とするかは記述者の立場に委ねられよう.集合の表示が外延的か内包的かを厳密に分類したいのであれば, 上の例における(2)や(3)のような 表記を認めないことと約束し,記号“| ”の左側に現れる集合の元を表す記号が裸のまま用いられていれ ば内包的, 文字が添え字づけられていれば外延的とすればよい. ここで, 元を表す記号が裸であるとは, x∈ Xというように,元を表す記号が一つの文字xのみからなる場合を指す. また,添え字づけられてい るとは, xnあるいはx2, f (x), xf といったように, 元そのものが複数の文字(または記号)を用いて表さ れていることを指す. なお,添え字づけられた元は,ある写像によって代入された値であると見なすこと ができる28. しかしながら,記述された集合が意味するところに誤解がないのであれば,例14.3.1における(2)ある いは(3)のような表記を認めても数学的議論に支障はなく,多くの文献でこのような記法が用いられてい る. 本論もこれに準じる. 練習 14.3.2. 次の集合の記法は外延的か内包的か答えよ. (1) { x ∈ Z | xは奇数}, (2) { (x, y) ∈ R2| x2+ y2 = 1}, (3) { (x, sin x) | x ∈ R }, 解答例: (1)と(2)が内包的表記であり, (3)が外延的表記である. ただし, (2)は例14.3.1でいうところ の中間の記法ともみなせる. なお, (1)は奇数全体の集合, (2)はR2上の原点を中心とする半径1の円周 上の点全体の集合, (3)はf (x) := sin xで定められる関数f :R → Rのグラフ上の点全体の集合を表す. 方程式を解くとは,内包的記述を外延的記述に書き直す行為にほかならない: 練習 14.3.3. 次で与えられる集合Xの外延的表記を与えよ. (1) X ={ x ∈ R | x2− 1 = 0 }. 解答例: x2− 1 = 0を満たす数はx = 1およびx =−1である. ゆえにX ={ 1, −1 }. (2) X = x∈ R 5 0 1 3 0 2 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0 x = 4 5 0 . 解答例: この連立1方程式の解法は4.4項で述べた通りであり,その解全体の集合は, X = 0 4 0 5 0 + c1 1 0 0 0 0 + c2 0 −3 1 0 0 + c3 0 −2 0 −1 1 c1, c2, c3 ∈ R .
14.4
集合論と逆理 (よりみち)
内包的な集合の記述を導入したことにより,多様性に富んだ集合の表現が可能になった. しかし,そこ には大きな落とし穴が潜んでいることが知られている. それは次の枠内における議論であり,ラッセルの 逆理と呼ばれている. 28例えば実数列 anの各項は, n∈ Nに対してan∈ Rを対応させる写像f :N → Rを用いることで, fに各自然数を代入し た値と見なせる.ラッセルの逆理 考えられ得るすべての集合を集めた集合をU とする(つまりU は集合の集合である). 更に条件 P (X)を“X /∈ X” と定め,集合Y を次で定義する: Y ={ X ∈ U | X /∈ X } このとき,集合Y 自身はY の元となるであろうか. Y ∈ Y およびY /∈ Y のいずれかが成立するは ずである. どちらが正しいのか検討しよう. (1) Y ∈ Y と仮定すると,定義によればY は条件P (X)を満たす集合の集まりであったから,その 元であるY 自身も条件を満たす. すなわちY /∈ Y が成立する. しかしこれはY ∈ Y と仮定し たことに矛盾する. (2) そこで, Y /∈ Y と仮定する. つまり Y は条件P (X)を満たしており, P (X)を満たす集合全体 の集まりがY であったから, Y ∈ Y である. しかしこれはY /∈ Y という仮定に矛盾する. こうして,いずれの場合も矛盾が生じてしまった. 数学における議論あるいは証明は,一般の諸科学と比べても厳密性が非常に高いものであると多くの 人が認識していることだろう. しかし,ラッセルの逆理によると,数学の論理にも少々あやふやな部分が あるということなのだろうか. また,そうではないとするのであれば,上のような矛盾を排除するかたち で数学の理論(特に集合論)を再構成することは可能なのだろうか. 現在では, 逆理を回避するための技 術が得られており,初学者がこの点について不安がる必要はないことになっている. 本項では,この点に ついて概略的な説明をしておこう. 逆理を回避するための技術論を検討するのであれば,そもそも「証明」とは何か再考する必要がある だろう. そのための模範となった理論はユークリッド幾何学である. ユークリッド幾何学では,いくつか の公理を前提として演繹的に数多くの定理を導いていた. これと同様にして集合論においても,集合に関 するいくつかの公理を認め, それらの公理と論理的に正しい命題29および三段論法などの推論規則を有 限回だけ用いて別の命題を導くことを「証明」と定めるのである. こうした立場で展開する集合論を公 理的集合論と呼ぶ30. 集合論の公理として何を採用すべきかという基準は,もちろん数学者各個人の価値観によって論点が 分かれることかもしれない. しかしながら, 現在ではZFC31と呼ばれる公理系が多くの数学者の同意を 得て,一般的に用いられている. ZFCの詳細を書く余裕はないが,この公理系においては集合全体の集合 U は構成できず, したがって枠内の議論におけるY も定義できない(詳しい理由は本節末のコラムを見 よ). かくしてラッセルのパラドックスは避けられるのである. ところで,良い公理系を導入した理論において,もはやラッセルの逆理は生じないにしても,それでは ラッセルの逆理とは別の矛盾も絶対に生じないという保証はあるのだろうか. もし,新たな矛盾論法が見 つかってしまったならば,その矛盾を排除するようなより頑強な公理系が作れるかどうかを検討せねば ならない. こうした不安を解消するためにも, ZFCにおいて矛盾が導かれることはない(これを無矛盾で あるという)ことを証明しようという組織的な試みがなされた(この試みはヒルベルト・プログラムと呼 ばれる). ヒルベルト・プログラムにおける最終的な答えはゲーデルによって与えられており,彼によれ ば,自然数論を含む無矛盾ないかなる公理系においても,その公理系の内部で自身の無矛盾性を証明する ことは出来ない(ゲーデルの第2不完全性定理)というのである. 無矛盾性が保証されることは決してな いというゲーデルの回答は悲観すべきことだろうか. この議論は数学界の内部にとどまらず多くの人が 29A⇒ Aや(A⇒ B) ⇒ (¬B ⇒ ¬A)といった命題はA, Bにどんな論理式を代入しても真である. こういった論理式は恒 真式と呼ばれ,数理論理学において厳密に定義される. 30これに対して ,公理化せずに感覚的に集合を扱う立場を素朴集合論と言う. 31ツェルメロ=フレンケルの公理系(ZF)に選択公理(Axiom of Choice)を加えた公理系のこと.
興味を持ち,様々な論争を巻き起こすことになった. ところで,自己言及によって矛盾を導くというラッセルの逆理と構造の似た逆理がいくつか知られて いる. 例えば「この文は間違っている」という文は正しいか,それとも間違っているのか. 正しいとすれ ば,その文面通り間違っているから矛盾であり,間違っているとすれば「間違っている」ことは間違いと いうことで正しいことになり,やはり矛盾を得る. こうした日常言語の世界を我々はどう捉えるべきかと いう課題もある. 論理学に加えて言語学や認識論といった様々な背景を抱えたこの難問も広く論じられ, その回答のうち代表的なものとして,例えばウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』が挙げられる. よりみち(集合とは何か). 公理的集合論における集合概念の厳密な定義とは何であろうか. これは数理論理学を専攻しなく ても気になることであろう. 結論を先に述べてしまうと,集合自体に確固たる定義などはない. 例え ばユークリッド幾何学における「直線」については,公理によって直線の性質がいくつか仮定される のみであって,直線そのものが定義されるわけではない. それと同様に,集合論においても定義が厳 密なのは公理であり集合自身ではないのである. しかしそうなると,今度は我々が数学で用いる集合らしきものが,公理的集合論の文脈における集 合であるのかどうかという不安にさいなまれるかもしれない. この点において,大概は,次の二点さ えおさえておけば十分である. 一つは,実数全体Rや複素数全体C, ユークリッド空間Rnなど日常 的に現れる集合は集合論の公理を組み合わせることで構成できることが分かっており,これらが集 合であること(集合として存在すること)を疑う余地はないということである. もう一つは,我々が 新たに構成する集合についての注意であり, これについては置換公理と分出公理をおさえておけば よい. 置換公理とは大まかに言えば, 外延的な記述によって集合を与えてよいという公理に相当し, 分出公理は,内包的な記述によって集合Xの部分集合を定義してよいという公理に相当する. これ らの公理のおかげで, 実質的な数学に現れる対象が集合であるかないかを我々が意識する必要はな いのである. 分出公理についてもう少し詳しく言うと,それは次のように述べられる: 分出公理: Xを集合, P をxに関する論理式とすれば,集合A :={ x ∈ X | P (x) }が存在する. 分出公理のかなめは文頭が「Xを集合とすれば∼」となっている点である. 集合全体Uを集合であ ると仮定して上のXに適用するとラッセルの逆理によって矛盾が生じることから,したがってU は 集合ではない,集合全体をなすような集合は存在しないという結論に至る. これより詳しい事情につ いては公理的集合論の専門書に譲ろう.
15
線形空間
線形空間は線形代数学において主題となる代数構造である. 公理化された代数構造を論じる理由は, 2.4 項で述べたように演算の定義にいちいち戻らなくても議論ができるという点, そして様々な空間を同時 に論じることができる点にある. 例えば,Rnにおいて示された性質が関数のなす集合においても示され, それらの証明に使われた技法もほとんど同じというのであれば,それらを同時に証明できるような枠組 みを与えておくと手間が省ける(命題6.3.2と6.3.3の類似性を思いだそう). このように数学では,汎用 性を重視して抽象的な代数構造を導入している.15.1
ベクトル空間の公理
Rnにおける和とスカラー倍の性質のなかで特に重要と思われる部分を抽出することで,我々は線形空 間の定義を得る: 定義 15.1.1. 集合V に対して和+とスカラー倍·の演算が定められており, さらに特別な元0∈ V が 与えられているとする. これらの演算が次に述べるベクトル空間の公理を満たすとき,四つ組(V, 0, +,·)を線形空間(linear space)またはベクトル空間(vector space)と呼ぶ.
ベクトル空間の公理 a, b, c∈ V , r, s ∈ Rとする. I. 各元a, b∈ V に対して和a + b∈ V が定まっており,次の性質を満たす: (1) a + b = b + a, (2) (a + b) + c = a + (b + c), (3) a + 0 = 0 + a = a. II. 各元a∈ V およびr∈ Rに対してスカラー倍r· a ∈ V が定まっており,次の性質を満たす: (4) r· (s · a) = (rs) · a, (5) (r + s)· a = (r · a) + (s · a), (6) r· (a + b) = (r · a) + (r · b), (7) 1· a = a, (8) 0· a = 0. 上の性質を満たす0のことをV の零元または零ベクトルと呼ぶ. また, 線形空間の元を総称してベクト ルと呼ぶ. 零ベクトルがV の元であることを強調し,これを0V と書くこともある. 慣例ではスカラー倍の演算記 号·は省略してr· aをraと書き,更に四つ組(V, 0, +,·)をV と略記する. ベクトル空間の公理(1)から(8)を直ちに暗記しないと以後の線形代数学の理解に支障がでるかとい えば,そのようなことはない. 何故なら,線形空間における演算はRnにおける演算と同様に無意識のう ちに処理されるからである. しかし,「Rnの演算と似たような演算をもつ集合」と曖昧に線形空間を定 義するわけにもいかず,上のように形式的な定義を与えた. 例15.1.2. ベクトル空間の公理における性質(1)から(8)は,命題2.4.1における性質(1), (3), (2), (11), (15), (14), (10), (9)に相当する32. 命題2.4.1から次が従う: (1) Rnにおける原点0 := (0,· · · , 0)を零元と見なすことにより, 1.5項で定めたRnにおける和とスカ ラー倍はベクトル空間の公理を満たす. したがってRnは線形空間である. (2) (m, n)-行列全体のなす集合をMm,n(R)と書く. 2.2節で述べたようにMm,n(R)には和とスカラー 倍が定義されている. 零行列Om,nを零元と見なすことにより, Mm,n(R)における和とスカラー倍 はベクトル空間の公理を満たし,したがってMm,n(R)は線形空間である. 我々はRnとM n,1(R) (あるいはM1,n(R))を同一視していた. また,行列式の項目においてn次正方 行列全体の集合をMn(R)と書いていた. つまり, Mn(R) = Mn,n(R)である. 32したがって ,多元環はベクトル空間である. 多元環とは,ベクトル空間に分配法則と結合法則を満たす積を付加した代数構 造のことを指す(詳しい定義は2節最後のコラムを見よ).
15.2
線形空間の例
線形空間の例をいくつか挙げよう. はじめの例はRnの部分集合として具体的に表示できるものであ る. この例の一般化については次節で更に詳しく述べる. 例 15.2.1. W[1,−1]:= { (x, y) ∈ R2| x − y = 0 }とすれば, W は直線y = x上の点全体を表す. W[1,−1] における和とスカラー倍の演算を,R2における和とスカラー倍の演算によって定めよう. すると, 0∈ R2 がW[1,−1]に含まれること,およびW[1,−1]の各元どうしの和やW の元のスカラー倍が再びW[1,−1]の元 となることが次のように確認できる: Proof. 0− 0 = 0より(x, y) = (0, 0)は条件「x− y = 0」を満たす. ゆえに0 = (0, 0)∈ Wである. 次に, a = (a1, a2)∈ W , b = (b1, b2)∈ W , r ∈ Rと仮定し, a + b, ra∈ Wを示そう. a + b = (a1+ b1, a2+ b2) がWに含まれることを示すには, (x, y) = (a1+ b1, a2+ b2)が条件「x− y = 0」を満たすことをいえばよ い. a, b∈ Wより, (x, y) = (a1, a2)および(x, y) = (b1, b2)について条件「x− y = 0」が成立する. つま りa1− a2= 0, b1− b2 = 0である. ゆえに(a1+ b1)− (a2+ b2) = (a1− a2) + (b1− b2) = 0 + 0 = 0. した がって, (x, y) = (a1+ b1, a2+ b2)は条件「x− y = 0」を満たし, a + b∈ W である. またra = (ra1, ra2) がW に含まれることを示すには, (x, y) = (ra1, ra2)が条件「x− y = 0」を満たすことをいえばよい. こ れも(ra1)− (ra2) = r(a1− a2) = r0 = 0と直ちに分かる.W における和とスカラー倍がベクトル空間の公理を満たすことは,Rnにおける演算がそうであること から明らかであり,したがってW は線形空間である. ユークリッド空間Rnとはn本の座標軸を持つ空間のことであった. ここから類推される空間として, 無限個の座標軸を持つ空間を考えよう. 例 15.2.2. 無限個の実数の組(x1, x2, x3,· · · )全体のなす集合をRNと書く. これは,無限に続く実数列 全体のなす集合とも考えられる. Rnの場合と同様にして,RNにも次のように和とスカラー倍が定めら れる: • (x1, x2, x3,· · · ) + (y1, y2, y3,· · · ) := (x1+ y1, x2+ y2, x3+ y3,· · · ), • r(x1, x2, x3,· · · ) := (rx1, rx2, rx3,· · · ). すなわち,各座標ごとに和とスカラー倍を取っている. これらの演算はベクトル空間の公理を満たし,RN はベクトル空間となる. なお,数列(x1, x2, x3,· · · )を(xn)n∈Nと記すこともある. この記法を用いて上の 演算を書けば次のようになる: (xn)n∈N+ (yn)n∈N = (xn+ yn)n∈N, r(xn)n∈N := (rxn)n∈N. 次に多項式のなす空間を考えよう. 定義 15.2.3. 文字xおよび非負整数m, 実数a0, a1, . . . , amを用いて m ∑ i=0 aixi = amxm+ am−1xm−1+· · · + a2x2+ a1x + a0 と表される式のことを実数を係数とする多項式(polynomial)という. ここでは形式的にx0 = 1と定め ている. 上の式においてai̸= 0を満たすiの中で最大のものをnとするとき, fの次数(degree)をnと 定め,これを記号deg fで表す. また,このとき, fをn次多項式(polynomial of dgree n)という.
多項式の次数がn以下であるとき,これをn次以下の多項式と呼ぼう. m > nのとき, n次以下の多項 式はm次以下の多項式でもある. また,二つの多項式2x2+ 3x− 1および0x3+ 2x2+ 3x− 1を同一視 し, これらの多項式は等しいと考えよう33. 一般的に述べれば, n次以下の多項式はすべて∑ni=0aixiな る形で表せるということである. 33二つの多項式が形式的な意味で等しいことを正確に定義するのであれば次のようになる : 多項式∑m i=0aix i∈ R[x]に対して 数列(a0, a1,· · · , am, 0, 0,· · · ) ∈ RNを対応させる写像をT :R[x] → RNとし,二つの多項式f, gが等しいとは, T (f ) = T (g) が成り立つことと定める.
例15.2.4. 実数を係数とする多項式全体の集合をR[x]と書き,これを実数係数多項式環という. また,そ の中でn次以下の多項式全体のなす部分集合をR[x]nと書く. 例えばR[x]2={ ax2+ bx + c| a, b, c ∈ R } である. さて,R[x]において和とスカラー倍を次のように定めると,これらは再び多項式になる: ( n ∑ i=0 aixi ) + ( n ∑ i=0 bixi ) := n ∑ i=0 (ai+ bi)xi, r ( n ∑ i=0 aixi ) := n ∑ i=0 (rai)xi. これらの演算がベクトル空間の公理を満たすことは容易に確かめられ,したがってR[x]は線形空間であ る. なお,R[x]における零元とは,すべての係数aiが0となる多項式のことである. これを関数と見なせ ば, どんな数を代入しても0に値をとる定数関数を意味する. また, n次以下の多項式において和やスカ ラー倍を行うと, n次以下の多項式が得られることから,R[x]nも線形空間である. 多項式には,形式的な式と見なす立場と, xを変数とする関数と見なす立場がある. 前者は,二つの多 項式p(x) =∑ni=0aixiとq(x) = ∑n i=0bixiが等しいことを,各i = 0,· · · , nについてai = biであると定 める立場である. 後者は, p(x) = q(x)がいかなる定義域の元xに対しても成り立つことをp = qの定義 とする立場である. なお,後者の定義においてはあらかじめ定義域を宣言しておかねばならない. 厳密に は,これら二つの立場を区別すべきであるが,線形代数の初歩を学ぶにあたってはこだわる必要はないで あろう. 次の命題はその根拠となる. 命題 15.2.5. n + 1個以上の元を含むRの部分集合I を定義域とする二つのn次以下の多項式関数 p(x) =∑ni=0aixn, q(x) = ∑n i=0bixnについて,次は同値である. (1) 各x∈ Iについてp(x) = q(x), (2) 各i = 0, . . . , nについてai = bi. Proof. (2)⇒(1)は明らかゆえ(1)⇒(2)を示す. p(x) = q(x)より関数p(x)− q(x) =∑ni=0(ai− bi)xnは0 に値を取る定数関数である. Iはn + 1個以上の元を含むことから, n + 1個の異なる数t1,· · · , tn+1 ∈ I を取ることができ,これらの数をp(x)− q(x)に代入することで次の式を得る. t1n(an− bn) + t1n−1(an−1− bn−1) +· · · + t1(a1− b1) + 1· (a0− b0) = 0 t2n(an− bn) + t2n−1(an−1− bn−1) +· · · + t2(a1− b1) + 1· (a0− b0) = 0 .. . tnn(an− bn) + tnn−1(an−1− bn−1) +· · · + tn(a1− b1) + 1· (a0− b0) = 0 tn+1n(an− bn) + tn+1n−1(an−1− bn−1) +· · · + tn+1(a1− b1) + 1· (a0− b0) = 0 (15.2.1) 上式に現れる各(ai− bi)にかかる係数を成分とするn + 1次正方行列Aを次で定める: A := t1n t1n−1 · · · t1 1 t2n t2n−1 · · · t2 1 .. . ... ... ... ... tnn tnn−1 · · · tn 1 tn+1n tn+1n−1 · · · tn+1 1 . すると式15.2.1は, x = t(an−bn,· · · , a0−b0)がAx = 0の解であることを意味している. ヴァンデルモ ンドの公式(定理11.2.2)より|A| = ±∏1≤i<j≤n+1(tj− ti)であり,各tiは異なる数ゆえ|A| ̸= 0. ゆえに
Aは可逆であり方程式Ax = 0の解は唯一解x = 0のみである. したがってai−bi = 0 (i = 0,· · · , n).
多項式を関数と見なす立場からは,次のような一般化が考えられる.
例15.2.6. R上の区間Iを定義域とする実数値連続関数全体のなす集合をC(I)と書く. C(I)において,
和とスカラー倍を定義しよう. 新たな関数hを定義するということは, 定義域の各元をhに代入した値
• f, g ∈ C(I)に対して関数(f + g) : I→ Rを次のように定める: 各x∈ Iについて, (f + g)(x) := f (x) + g(x). • f ∈ C(I)およびr∈ Rに対して関数(rf ) : I → Rを次のように定める: 各x∈ Iについて, (rf )(x) := rf (x). f + gやrf が再び連続関数となること(すなわちf + g, rf ∈ C(I))の証明は解析系の講義に譲ろう34. C(I)における零元は0に値をとる定数関数である. 上で定義された演算がベクトル空間の公理を満たす ことは容易に確かめられ,したがって, C(I)は線形空間である. 例15.2.4における多項式を区間Iを定義域とする関数とみなす立場においては,多項式はいずれも連 続関数であるからR[x] ⊂ C(I)となる. このとき,例15.2.4における和とスカラー倍の定義と,例15.2.6 におけるそれは一致する. 例 15.2.7. (1) 関数の連続性は数列の収束概念を用いて定められていた. そこで,収束概念が定まる空 間を定義域とする関数についても連続性を定義することができる. 例えばR2の点列x nが点x∈ R2 に収束することは, xnとxの距離35が0に収束することと定められる. 収束概念が定まる図形X (例えばXをR2の部分集合とすればよい)を定義域とする実数値連続関数全体のなす集合をC(X) と書けば, C(X)も例15.2.6と同様にして線形空間となる. (2) 実は, 関数のなす空間を線形空間とみなすために, 関数を連続関数のみに制限する必要はない. よ り一般に,集合Xを定義域とする実数値関数全体のなす集合をRXとすれば,例15.2.6と同様に和 とスカラー倍を定めることでRXは線形空間となる. なお, この例においてX =Nとする場合と例15.2.2における数列空間RNの間には自然な1対1 の対応があり, これらは同一の概念と見なすことができる. 実際, 数列空間の各元(x1, x2,· · · )は x(n) := xnなる関数x : N → Rに対応し, 逆に関数y : N → Rは実数列yn := y(n) (すなわち (y(1), y(2),· · · ))に対応する. この対応は, それぞれの和とスカラー倍の演算に関しても整合的で ある36. Nを定義域とする関数と数列の違いは, x(1), x(2),· · · と書くか,あるいはx 1, x2,· · · と書 くかという,僅かな記号上の違いしかないのである. 例 15.2.8 (発展). C(X)には次のようにして積も定めることができる. f, g ∈ C(X)に対して関数f gを次で定める: 各x∈ Xについて, (f g)(x) := f (x)f (g). このとき, C(X)における演算は, 1∈ Rに値を取る定数関数1を単位元とすることで命題2.4.1におけ るにおける(1)から(18)すべての性質を満たす37. すなわち, C(X)は多元環となる. また, 多項式の積 は再び多項式になることから,R[x]も多元環となる. R[x]nは多元環にはならない. 何故なら, n次多項 式どうしの積は2n次の多項式となり,これはR[x]nに含まれないからである. 実は,いかなる線形空間も,強引に積を導入して多元環とみなすことができる. しかしながらここでは, 線形代数学における行列のもつ性質,すなわちMn(R)の数学的な捉え方をいかに昇華するかという文脈 における多元環についての言及に留めておこう.
15.3
体 K 上の線形空間 (発展)
これまでの議論において,行列に現れる成分およびスカラー倍の係数,連立1次方程式に現れる係数は いずれも実数であるとしていた. しかし,扱う数を実数に限るべき確たる根拠はどこにもなかった. 仮に 34収束列による連続性の定義を採用すれば ,高校数学の範囲で示せることである. 35x n= (an, bn)とx = (a, b)の距離はピタゴラスの定理により √ (an− a)2+ (bn− b)2と計算できる. 36ここでいう対応が「和とスカラー倍の演算に関して整合的である」ことの正確な定義は ,線形性を満たすことにほかなら ない. 37命題2.4.1では単位元の記号に1ではなくEを用いている.あるとすれば,初学者にとってイメージが描きやすいということに尽きるだろう. ここで,行列に現れる 成分を有理数に限ったり,あるいは複素数も認めるといった状況を考えよう. 仮に成分を有理数に限定した場合,行列演算を繰り返し行っても成分に現れるのは有理数に限られ,行 列式の値も有理数である. また有理数係数の連立1次方程式の解も有理数である. 一方,行列の成分に複 素数を認める場合は,やはり行列演算後の成分や行列式の値は複素数となる. 複素数を係数とする連立1 次方程式の解も複素数である. このように実数および有理数, 複素数に共通した現象が生じる背景には, これらが四則演算で閉じているという共通項がある. したがって,四則演算が定まる代数構造Kさえ与えられれば,行列の成分やスカラー倍の係数,連立1 次方程式に現れる係数にKの元を取ることで, Kに関する線形代数の世界が考えられうる. 四則演算が 与えられる代数構造は体(field)と呼ばれる. その形式的な定義は代数学の専門書を参照されたい38. 例 15.3.1. (1) 実数全体Rおよび有理数全体Q, 複素数全体Cはそれぞれ体である. (2) 整数全体Zは,整数どうしの割り算が整数になるとは限らないゆえ体ではない. 整数を成分とする 行列において, 行列演算後の各成分や行列式は確かに整数となる. しかし, 整数係数の連立1次方 程式は,整数でない有理数を解に持つことがある. これは整数が割り算で閉じていないことに起因 している. (3) 無理数全体は体ではない. 無理数どうしの和が無理数になるとは限らないからである. 例えば√2 および1−√2は共に無理数であるが(練習15.3.2),その和√2 + (1−√2) = 1は有理数である. 練習 15.3.2. √2が無理数であることを認めたうえで1−√2が無理数であることを示せ. 解答例: 仮に1 −√2が無理数でないとすればこれは有理数であり, √2は有理数どうしの引き算 √ 2 = 1− (1 −√2)で表せる. したがって√2は有理数となり, これは√2が無理数であることに反す る. 体Kに関する線形代数学では,次で定める線形空間を対象とする. 定義 15.3.3. Kを体とする. 集合V に対して和+,およびKの元に関するスカラー倍·の演算が定めら れており,さらに特別な元0∈ V が与えられているとする. これらの演算が次の条件(ベクトル空間の公 理)をすべて満たすとき,四つ組(V, 0, +,·)を体K上のベクトル空間または線形空間と呼ぶ. I. 各元a, b∈ V に対して和a + b∈ V が定まっており,次の性質を満たす: (1) a + b = b + a, (2) (a + b) + c = a + (b + c), (3) a + 0 = 0 + a = a. II. 各元a∈ V およびr∈ Kに対してスカラー倍r· a ∈ V が定まっており,次の性質を満たす: (4) r· (s · a) = (rs) · a, (5) (r + s)· a = (r · a) + (s · a), (6) r· (a + b) = (r · a) + (r · b), (7) 1· a = a, (8) 0· a = 0. 本論で主題とする線形空間はR上の線形空間である. しかし,体としてR以外のものを採用しても,多 くの場合に同等の議論が得られることを頭の片隅に留めておきたい. 実は,体として複素数を採用したほ うが実数の場合よりも理論が綺麗になる部分がある. この点についてより詳しいことは固有値の項目で 述べよう. 例 15.3.4. Kを体とする. KとしてRを考えていた場合と同様に次が成り立つ: (1) Kの元をn個並べた組(x1,· · · , xn)全体からなる集合をKnとする. これはK 上の線形空間で ある. (2) Kの元を成分とする(m, n)-行列全体のなす集合をMm,n(K)と書く. これはK上の線形空間で ある. 38Kが可換な環であり,かつKから零元を除いた集合が積演算に関して群となるとき, Kを体という.
発展(体を線形空間と見る) 四則演算が成立する体K自身は,体の演算としての和と積を線形空間における和とスカラー倍と みなすことで線形空間になる. 例えば実数直線Rは座標軸が1つしかない線形空間である. 次に,二 つの体K, Lが与えられており, K⊂ Lが成り立つ場合を考えよう. このとき大きい体Lは,小さい 体K上の線形空間とみなすこともできる. 例えばR ⊂ CであることからCはR上の線形空間とな る. このことは複素平面を通して,CはR2と対応づけられることからも分かる. 一方で,Q ⊂ Rにつ いてRをQ上の線形空間とみたとき,この線形空間の性質を調べるのは容易でない(実際,無限次元 となる). 一般に,大小関係のある二つの体の間にある対称性(すなわち群)を調べる理論を体論(ガ ロア理論)という. 複素数体Cの定義を思いだそう. 実数の世界に方程式x2 =−1を満たす元を新たに加え,さらに 四則演算が成り立つよう数空間を広げることでCを得る. x2 =−1を満たす数は二つ存在し(これ をa, bとしよう), このうち一方を虚数単位としてiと書き,このときもう一方は−iと書かれる. こ こで一つの疑問が現れる. ある人が虚数単位として数aを選び参考書Aを書き, 別の人が虚数単位 にbを選んで参考書Bを書いたとすれば,参考書Aのiは参考書Bの−iに相当する. したがって, 二つの参考書で述べられている議論を比較しようと思えば面倒な翻訳作業が必要なはずである. し かし,現実にはこのような作業は必要なく, 参考書A, Bを並行して読む際に翻訳を意識する必要は ない. これは不思議なことではないか. 体および群の概念が生まれた背景には,四則演算と根号のみを用いた5次方程式の解の公式の非存 在証明があった. 方程式の解を付け加えた体を考えて,解の対称性と方程式の関係を見極めることで, 解の公式の非存在性が理解されたのである. また,上で述べた翻訳作業が必要ないことは, x2 =−1 の解の対称性を通して理解されている.
16
いろいろな線形部分空間
例15.2.1におけるW[1,−1]とR2の関係や,例15.2.4におけるR[x] nとR[x]の関係のように,より大き な線形空間の部分集合として実現される線形空間の例がいくつも考えられる. これらを総称する概念と して線形部分空間なる概念を得る. 本節にて部分空間の数多くの例を紹介する. このことから,線形空間の枠組みで論じることのできる対 象がいかに豊富であるか理解されることと思う.16.1
定義
線形空間V の部分集合W が線形空間となるための条件を考えよう. W における和とスカラー倍の演 算がベクトル空間の公理を満たすことは,既にV における演算がそうであることから直ちに得られる. ゆ えに, W が線形空間となるためには, W 内での演算結果が再びW に含まれること(このことをW が演 算で閉じているという), および零元があればよいことが分かる. こうして我々は次の定義に至る: 定義 16.1.1. 線形空間V = (V, 0V, +,·)の部分集合W が次の性質(i)から(iii)をすべて満たすとき, W = (W, 0V, +,·)もまた線形空間となる.(i) 0V ∈ W, (ii) a, b ∈ W =⇒ a + b ∈ W, (iii) a ∈ W, r ∈ R =⇒ ra ∈ W.
このときW をV の線形部分空間(linear subspace)または部分ベクトル空間という. 本論では, これ らを部分空間と略称で述べる39. 例 16.1.2. 線形空間V に対して, V 自身はV の部分空間である. またV の零元のみからなる集合{0} もV の部分空間である. これら二つの部分空間のことを, V の自明な部分空間という. 部分空間の例は本節の後半で述べる. その前に,部分空間になるための条件(i)∼(iii)をよく理解する ために,R2の部分集合のなかで部分空間にならない例を挙げよう. 条件(i)∼(iii)のいずれか一つでも満 たさなければ部分空間にはなり得ないことから,否定的例はいくらでも簡単に列挙できる. そこで,三つ の性質のうち二つは満たすものの,残りの一つを満たさないような例,つまり,あと一歩で部分空間にな らない例をここでは考える.
例 16.1.3. (1) 条件(i)と(ii)を満たすが(iii)を満たさない例:
W :={ (x, y) ∈ R2| x ≥ 0かつy ≥ 0 }とすればW は(i)と(ii)を満たし, (iii)を満たさない. Proof. (x, y) = (0, 0)が条件「x ≥ 0かつy ≥ 0」を満たすことから0 = (0, 0) ∈ W である. ま た, w = (x1, y1), v = (x2, y2)とし, w, v ∈ W と仮定すれば, x1, y1, x2, y2 ≥ 0であり, ゆえに x1+ x2 ≥ 0, y1+ y2 ≥ 0である. したがって, (x, y) = (x1+ x2, y1+ y2)は条件「x≥ 0かつy≥ 0」 を満たす. よってw + v = (x1+ x2, y1+ y2)∈ W . つまりW は(ii)を満たす. W が(iii)を満たさ ないことを示すには, (iii)を満たさない反例を一つ挙げればよい. 例えばa = (1, 0), r =−1とす ればa∈ W , r ∈ Rである. しかしながらra =−1(1, 0) = (−1, 0)であり, (x, y) = (−1, 0)は条件 「x≥ 0かつy≥ 0」を満たさないゆえra /∈ W .
(2) 条件(i)と(iii) を満たすが(ii)を満たさない例:
W :={ (x, y) ∈ R2| x = 0またはy = 0}とすればW は(i)と(iii)を満たし, (ii)を満たさない. Proof. (x, y) = (0, 0)が条件「x = 0またはy = 0」を満たすことから0 = (0, 0) ∈ W である. ま
た, w = (a, b) ∈ W , r ∈ Rと仮定すれば, a, bのうち少なくともいずれか一方は0である. ゆえ にra, rbのいずれか一方は0であり, (x, y) = (rx, rb)は条件「x = 0またはy = 0」を満たす. し
たがってrw = (rx, ry) ∈ W である. W が(ii)を満たさないことを示そう. 例えば, a = (1, 0),
b = (0, 1)とすればa, b∈ W である. a + b = (1, 0) + (0, 1) = (1, 1)であり, (x, y) = (1, 1)は条件
「x = 0またはy = 0」を満たさないゆえa + b /∈ W .
(3) 条件(ii)と(iii) を満たすが(i)を満たさない例:
(iii)においてr = 0を適用することで(i)が得られるゆえ, このような例は存在しないと考えたい
ところである. しかし,実際には次の例が与えられる:
W を空集合とすれば, W は条件(ii)と(iii) を満たすが(i)を満たさない.
Proof. 空集合は元を含まない集合ゆえ,とくに零元も含まず, したがってW は(i)を満たさない. (ii)を満たすことは次のように背理法で示される. もし仮に(ii)を満たさないとすれば, それは w, v∈ W であるにも関わらずw + v /∈ Wとなる例があるということである. この例において,と くにw∈ W であり,したがってW は元を含む. これはW が元を含まない集合であったことに反 する. 以上よりW は(ii)を満たさねばならない. 同様の論法を用いて, Wが(iii)を満たすことも 示される. よりみち(前提が偽なる命題). 例16.1.3 (3)において空集合が条件(ii)を満たすことの説明として「(*)前提が満たされない命題 は,いかなる結論が述べられていても正しい」という論理の原則を持ち出すことが多い. いまの例で は, 前提となるa, b ∈ W が成立しないゆえ(ii)は真であるという考え方である. しかしながら, こ の論理の原則を盲目的に認める立場に立って学ぶのであれば, それは迷信を信仰しているに等しい. 原則(*)が認められるゆえんは何か,自らの言葉で咀嚼することが学習者に望まれている. ところで,前提が満たされない議論があることを踏まえれば,反例の存在を論じる際にも注意が必 要なことがわかる. 何故なら,反例を構成するための手順を説明したつもりでいても,そのような手 順を踏める対象が現実には存在しない可能性があるからである. つまり反例の存在証明においては, その構成手順を提示するのみでは不十分であり,具体的な例を挙げる必要がある. さて,原則(*)は次のようにして説明される. ここでは三種類の説明を挙げておく. 命題 16.1.4. F を偽なる条件とする. 任意の条件P について「F ならばP」は成立する. Proof. 「FならばP」を示すためにFを仮定しよう. すると「FまたはP」であることが認められ る. すなわち, F とP のうち少なくともいずれか一方が成立することになる. ところがFは偽なる 条件であったゆえ成立せず,したがってPが成り立たねばならない. 以上よりPが導かれた. Proof. 背理法により示す. 仮に「FならばP」が成り立たないとすれば,それはFが成り立つにも かかわらずPが不成立であることを意味する. とくにFが成立し,これはF が偽であることに反す る. ゆえに「F ならばP」は成り立つ. Proof. 「F またはP」と同値な対偶命題「(P でない)ならば(F でない)」について考えよう. この 命題は結論が正しい命題ゆえ真である. ゆえに,もとの命題「FまたはP」も真である. 論理の原則に更に踏み込んで,背理法による論法や対偶の同値性が認められるのは何故だろうか. そこには,条件「A」とその否定「Aでない」において,一方が成立しなければもう一方は成立する と考える立場(これを排中律という)が背景にある. 部分空間となるための条件(ii)と(iii)は次のようにまとめることができる. 命題 16.1.5. 定義16.1.1における条件(ii)と(iii)が共に成立することと,次の条件が成立することは同 値である:
(iv) r, s∈ R, a, b ∈ W =⇒ ra + sb ∈ W .
Proof. (ii)と(iii)を仮定して(iv)を示そう. r, s∈ R, a, b ∈ W とすれば, (iii)よりra, sb∈ W である.
これに(ii)を適用しra + sb∈ W を得る. すなわち(iv)が成り立つ. また, (iv)においてr = s = 1とい う特別な場合が(ii)に相当し, s = 0なる場合が(iii)に相当する. すなわち(iv)ならば(ii)かつ(iii)であ
る.
以降, 部分空間であることを確認する際は条件(ii)と(iii)の代わりに条件(iv)を用いよう. これによ
り証明が多少は短くなるであろう. また,条件(iv)からは更に次の性質が導かれる. 命題 16.1.6. W を線形空間V の部分空間とすれば,各vi∈ W およびri ∈ Rについて ∑ℓ i=1rivi ∈ W . Proof. 和の個数ℓに関する帰納法で示す. ℓ = 1の場合は部分空間の性質(iii)に他ならない. 和の個数 がℓのとき成立すると仮定し,和の個数がℓ + 1の場合を示そう. vi ∈ W , ri ∈ R (i = 1, . . . , ℓ + 1)とし, u =∑ℓ+1i=1riviとすれば, u = (∑i=1ℓ rivi) + rℓ+1vℓ+1と書ける,帰納法の仮定より ∑ℓ i=1rivi∈ W であ り, 性質(iii)よりrℓ+1vℓ+1 ∈ Wである. よって, 性質(ii)より( ∑ℓ i=1rivi) + rℓ+1vℓ+1 ∈ W , すなわち u∈ W である. 17節で線形結合と呼ばれる概念を導入する. これを用いて,上の命題で述べているW の性質は「W は線形結合で閉じている」と呼ばれる.
16.2
R
nの部分空間
Rnの部分空間の外延的表示と内包的表示について論じる. 例 16.2.1. R3 において互いに平行40でないベクトルa, b ∈ R3 を取ると(ただし a, b ̸= 0), W = {r1a + r2b| r1, r2 ∈ R }によってR3上の原点0およびa, bを含む平面が定まる. このW はR3の部分 空間である.Proof. 部分空間となるための条件(i)および(iv)が満たされることを確認すればよい.
(i): r1 = r2 = 0とすることで0 = r1a + r2bと表せる. ゆえに0∈ W である. (iv): x, y ∈ W とすればx1, x2, y1, y2 ∈ Rを用いてx = x1a + x2b, y = y1a + y2bと書ける. 各 r, s∈ Rについて rx + sy = r(x1a + x2b) + s(y1a + y2b) = (rx1+ sy1)a + (rx2+ sy2)b である. すなわち, rx + syはr1 = rx1+ sy1, r2= rx2+ sy2とすることでr1a + r2bと表せる. ゆえに rx + sy∈ W である. 例16.2.1にけるの証明において, a, bが平行でないことは用いられていない. a, bが平行である場合 は, W はR3の原点を通る直線になる. 一般に,R3の部分空間とは,原点を通る平面および原点を通る直 線,自明な部分空間(R3と{0})の四種に限られる. この分類の詳細は「次元」なる概念を通してなされ る(例22.4.2). より一般に,線形空間V およびu1,· · · , un∈ V についてW ={ ∑n i=1riui| r1, . . . , rn ∈ R }はV の 部分空間となる(命題18.1.2). この例が部分空間の外延的表示であるのに対して,内包的表示は次で与え られる. これは例15.2.1の一般化に相当している41. 命題 16.2.2. (m, n)-行列Aに対して,次で定められるWAはRnの部分空間となる: WA:={ x ∈ Rn| Ax = 0 }. 40線形空間における 0でない二つのベクトルa, bが平行であるとは, ra = bを満たす実数rが存在することと定める. 41例 15.2.1は, (1, 2)-行列A = [1,−1]の場合に相当する. なお,例15.2.1では行ベクトルで表示していたが,ここでは列ベ クトルによる表示を考えている.
Proof. 部分空間となるための条件(i)および(iv)が満たされることを確認すればよい. (i): x = 0∈ Rnとすれば, xは条件Ax = 0を満たす. ゆえに0∈ WAである.
(iv): a, b ∈ WA, r, s ∈ Rとする. このとき, WAの定義からAa = 0, Ab = 0が成り立つ. このと きA(ra + sb) = r(Aa) + s(Ab) = r0 + s0 = 0ゆえ, x = ra + sbは条件Ax = 0を満たす. ゆえに
ra + sb∈ WAである. 上のWAは斉次形連立1次方程式Ax = 0の解全体の空間に一致する. そこで, WAは方程式Ax = 0 の解空間と呼ばれる. 例 16.2.3. A̸= BかつWA = WBなる例は山のようにある. 例えば, A, Bが共に可逆正方行列ならば, それぞれの解空間WA, WBは唯一解x = 0のみからなる空間{0}となる. 解空間の幾何的な意味を検討しよう. 列ベクトルx∈ RnがAx = 0を満たすということは, Aの各行 とxとの行列としての積が0になるということである. これをRn上のベクトルの内積と読み替えるこ とにより, WAの元であることは, Aの各行と直交するベクトルであることと同値になることが分かる. この事実から, Rnの任意の部分空間がWAの形で表されることが示唆される. 例えば,例16.2.1におい て,ベクトルa, bと共に直交するベクトルc∈ R3を一つ取ると42, cの成分を横に並べた(1, 3)-行列をA とすれば, W = WAとなることが予想される. 詳しい説明は内積空間の節で述べよう. 練習 16.2.4. 次のR2の部分空間W について, W = WAなる行列Aを求めよ. (1) W ={0}. 解答例: 可逆行列ならば何でもよい. 例えばA = E2とせよ. (2) W =R2. 解答例: A = O2,2, A = O1,2などとすればよい. (3) W ={ ry | r ∈ R }, ただしy = [ a b ] ̸= 0とする(W は原点0とyを通る直線上の点全体を表す). 解答例: z = [ −b a ] はyに直交するベクトルである. z の成分を横にならべた(1, 2)-行列A = [ −b a]について, W = WAとなる. W = WAを示すために, W ⊂ WAおよびWA ⊂ W を示 そう. (W ⊂ WA): x∈ W を勝手に取れば,実数rを用いてx = ryと書ける. このとき, Ax = A(ry) = rAy = r [ −b a] [a b ] = r(−ba + ab) = r0 = 0. ゆえにx∈ WAである. (WA⊂ W ): x = [ x1 x2 ] ∈ Wを勝手に取れば, Ax = 0が成り立っている. すなわち,−bx1+ax2 = 0 である. y̸= 0ゆえa̸= 0またはb̸= 0である. a̸= 0の場合は実数r = x1a についてx1 = raであ り, これと先の式を合わせてax2 = bx1 = b(ra) = rba. a̸= 0ゆえ両辺をaで割り, x2 = rbを得 る. 以上より, x = [ x1 x2 ] = [ ra rb ] = ry. ゆえにx∈ W である. b̸= 0の場合は, r = x2b とおいて同 様の計算をすればx∈ Wを得る. 42このような cが取れるかどうかという問題も解決しなければならない. R3に限定した話では, aとbの外積と呼ばれるベ クトルa× bが,この例の一つに相当する.