都市論を反映したレム・コールハースの建築設計手法 -オランダ構造主義との比較による考察- [ PDF
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(2) 2.2 オランダ構造主義者の都市論. また、 ローマの都市のリサーチ2)では、都市のオペレー ティング・システムが焦点となっている。ローマ帝国 は、領土を広げていく際に、都市を生成するシステム を作り出した。カルド ( 南北道路 ) とデクマヌス ( 東 西道路 ) という十字路、フォロ ( 広場 )、城門を配置し、 碁盤目状の道路で分割していくことによって、ローマ 都市はシステマティックにできあがる。コールハース. 図 3 ヘルツベルハーのスケッチ (1976) 図 4 ルッカの円形劇場跡. はオペレーティング・システムの反復可能性とできあ. ( i ) マンハッタン・グリッド. がった都市の差異に注目した。. ヘルツベルハーもまたマンハッタンに関心を寄せて. ( iii ) ジェネリック・シティ. いたことが、彼のスケッチよりわかる ( 図 3)。彼が興. コールハースは『S,M,L,XL』のなかで、グローバリ. 味を持っていたのもコールハースと同様、グリッドと. ゼーションによって世界中に増加しつつある無個性な. いう制限が生みだす多様性である。グリッドは、制限. 現代都市をジェネリック・シティと定義する。ジェネ. と選択可能性のバランスをシンプルなルールのもとで. リック・シティには、場所的な特徴がない。中心も周. つくりだしている。これは、ヘルツベルハーが求めて. 縁もなく、無個性な風景が永遠に続いていくような都. いた構造と合致するものであった。. 市像である。また、様々な人種、文化の混成で成り立ち、. ( ii ) 多様な解釈を与える構築物. 人々はノマドのように常に移動し続けるために、総体. ヘルツベルハーはアルルやルッカの円形劇場 ( 図 4). としてきわめて不安定である。さらに都市が自分自身. を例に出し4)、構造の概念を説明している。アルルの. でメンテナンスを行なうかのように、建物はものすご. 円形劇場は転用を繰り返し、19 世紀までは人々の住. い早さで建て替えられる。ジェネリック・シティでは、. む街となっていた。これらの円形劇場は同じ目的で作. 計画概念は無効であり、すべては流動的な状態である。. られたのだが、変わりゆく状況の下で、違った役割を. コールハースは資本主義社会がもたらした現代都市. 担うことになった。時代とともに要求は代わるが、建. をジェネリック・シティと定義することによって、建. 物は変化しない。しかし、多様な解釈を与える構築物. 築の与条件として受け入れる。コールハースは資本主. を、構造と呼んでいた。. 義が生みだした現代都市の状況から、新たな都市・建. ( iii ) 部分と全体. 築の可能性を追求し、ヴォイドの戦略を生みだした。. ファン=アイクは、ドゴンの調査で集落の構造につ. ( iv ) ヴォイドの戦略. いて言及している。そこでは、部分が全体を表現し、. コールハースは、AA スクールの学生時代 (1970 年 ). 一方で全体も部分に影響を与えると言う相互性が見ら. 3). にベルリンの壁のリサーチ を行っている。コールハー. れた5)。ファン=アイクはその相互性を、住宅と都市. スは壁が社会的な差異を生みだす力を持っていること. の概念において展開した。その概念は、住宅から都市. に着目した。ベルリンに建てられた壁は、既存の建物. までヒエラルキーを持ったコミュニティー像であっ. を取り込みながら、都市を分断していた。当時、壁に. た。. 囲まれたはずの資本主義社会の西ベルリンが「自由」. ( iv ) コンフィギュレーション. と呼ばれ、そのまわりの社会主義社会であった東ベル. ファン=アイクは明確な構造のもとに、部分を集合. リンは自由と見なされないパラドックスを抱えた都市. させる概念をコンフィギュレーション6) と呼んだ。そ. 状況があった。. れは、部分と全体をつなぎ、全体の統一を図る方法で. コールハースは無個性に広がるジェネリック・シ. あった。. ティに、差異を持ち込むことを考えた。そして、見い. 2.3 都市論の比較 ( 表 2). だされたのが、ジェネリックとヴォイドを対比させ. ( i )( ii ) のように、多様性を生みだすグリッドや、. る方法であるヴォイドの戦略 ( 図 2) であった。ジェ. 生成システム的な理論が両者に共通する。( iii )( iv ). ネリックな空間に埋め込まれたヴォイドは結果的に、. のそれぞれの都市論では、コールハースが、都市の成. ジェネリックな状況から守られる。コールハースの設. 長、変化に着目し、差異の生みだすエネルギーに関心. 計したヴォイドの空間は、均質に広がったジェネリッ. があるということが指摘できる。他方、構造主義の描. ク・シティのなかに、資本主義社会に抗う公共性をもっ. く都市像は、部分と全体が分かれながらも相互性を持. た場所となる。. ち一体となったものであった。 20-2.
(3) 3. 建築設計手法. ( iv ) トラジェクトリー. 3.1 コールハースの建築設計手法. ≪ジュシュー大学図書館≫では、街路を立体的に展. コールハースの建築において、都市的状況をつくり. 開させていくことで、室内に街路がつくられている。. だしている建築設計手法に着目し、図面、文献の分析. 立体的な街路はトラジェクトリーと呼ばれ、敷地から. を行った。結果、以下の 4 つの手法を把握した。. 連続してつくられている。このことから、建築は建築. (i) プログラムの分節. (ii) プログラムの差異. 単体で完結するのではなく、都市のなかの一部として. (iii) ヴォイドの戦略. 考えられていることが分かる。トラジェクトリーは、 ≪在ベルリン・オランダ大使館≫においてヴォイドの 戦略と結びつき、3 次元的に建物を貫く公共空間とし て実現した。トラジェクトリーを歩くと、進むに従い インテリアが変化する。映画のように変化に富んだ展 ラ・ヴィレット公園. ZKM. 開を意図していたことがわかる。. フランス国立図書館. 3.2 オランダ構造主義の建築設計手法. (iv) トラジェクトリー. オランダ構造主義の建築において、都市的状況をつ くりだしている建築設計手法に着目し、図面、文献の 分析を行った。結果、以下の 4 つの手法を把握した。 ジュシュー大学図書館. 事例 セントラル・ベヒーア・オフィスビル. 在ベルリン・オランダ大使館. ( i )プログラムによる分節 ≪ラ・ヴィレット公園≫では、内部のプログラムを 細かく分節することでプログラム同士の接触面積を増 やし、互いに干渉することを狙っている。また、分節 されたプログラムをすべて等価に扱い、プログラムの 構成にヒエラルキーがないこともわかる。. 2F 平面図. ( ii ) プログラムの差異. 2F 平面詳細図. ≪ ZKM ≫では自由な断面構成を生みだすために、. ( i ) スケールによる分節. 構造であるトラスが室内化された。その上下階は、完. ≪アムステルダムの孤児院≫では、ヒューマン・ス. 全に構造的に自由な空間とされ、その中には、多様な. ケールな場をつくるために、段階的なスケールで空間. プログラムを反映した、多様な設えが作られている。. が分節されている。そこで分節された小さな場は反復. コールハースはプログラムの差異を最大限に用い、建. され、全体を形作る。ファン=アイクは、小さな部分. 物内に過密の文化をつくりだしている。. の集合として全体へと設計していることがわかった。. ( iii ) ヴォイドの戦略. ( ii ) プログラムの融合. ≪フランス国立図書館≫は、情報の塊としてフロア. ≪フランデンブルグ・音楽センター≫では、ホール. の積層でジェネリックな空間が作られ、そこにヴォイ. とホワイエだけでなく、お店やオフィスなどが、柱の. ドの空間が空けられた。その手法は、15 年後に実現. グリッドによってまとめられている。オランダ構造主. した≪シアトル公立図書館≫においても見られる。こ. 義の建築では、複数あるプログラムは融合され、全体. こでは増加し続ける蔵書をジェネリックと見なした. の統一が図られている。. ヴォイドの戦略がとられている。両方のプロジェクト. ( iii ) 閾. において、ヴォイドの空間は公共空間であり、多様な. オランダ構造主義者は、パブリックとプライベート. アクティビティが発生する場所である。ヴォイドと. の境界の空間を中間領域または閾と呼び重点的に設計. ジェネリックの空間は、その境界によって完全に領域. を行っている。閾は、異なる領域間の変化を円滑にす. を分断される。そこでは、ヴォイドとジェネリックの. る上で重要な役割を果たす空間と考えられていた。閾. 境界は差異を生みだすためのものであり、空間の変化. は、部屋の入り口や玄関、窓などの、ある領域の間に. を生みだし、ひとつの建物のなかで対比を生みだすも. つくられ、出会いや会話の場として、つなぐことを意. のとしてつくられている。. 識して設計されている。 20-3.
(4) ( iv ) 街路. 表2 キーワードでみた比較表. ≪セントラル・ベヒーア≫では、街路のような動線. コールハース. 空間がつくられている。パサージュのような街路空間. ( i ) マンハッタン のグリッド. は断面構成が高く狭くなっており、上部から採光がと られている。そこに、街の中で見るような素材の床と 壁が作られており、建築内部に、都市的空間である街 路のように設計されることが意図された。街路はグ. 都市としての多様性 建築としての過密. 都市としての多様性. ( ii ) 自律的生成 都 への関心. 成長、エネルギー. 多様性な解釈、不変. 市 ( iii ) 現代都市の 論 認識. 均質さを ジェネリック・シティ として受容. 均質ではなく、 部分・全体のヒエラルキーが あるものと認識. ヴォイドの戦略 差異・対比の方法. コンフィギュレーション 部分と全体をつなぐ方法. ( iv ) 現代都市に 対する戦略. リッドに沿ってシステマティックに広がっており、全 体の統一を意識した上で計画されたことがわかる。. (i) 分節. 3.3 建築設計手法の比較 ( 表 2). 建 (ii) プログラム 築 設 計 (iii) 境界 手 法 (iv) 動線. これらの分析から、分節という手法と街路のような 空間を建築内部に設けるという点で、コールハースと オランダ構造主義者たちには共通していることがわ. オランダ構造主義者. プログラムによる分節 ≠ スケールによる分節 差異をつくる ≠ プログラム同士の衝突. 融合. ヴォイドの戦略 差異をつくる. ≠. 閾 つなげる. トラジェクトリー 映画的・変化に富む. ≠. 街路 統一された全体. かった。しかし、その手法の性格はそれぞれ異なって いる。コールハースは、分節、プログラム、ヴォイド、. 3) 差異. トラジェクトリーと言った手法において多様性を持た. コールハースもオランダ構造主義と類似した建築に. せながらも、その多様性の「差異」を強調しようとし. 都市性を持たせるという目的を持っていた。オランダ. ていることがわかった。それに対して、オランダ構造. 構造主義者は建築における都市性を、グリッドによる. 主義者は、分節や、閾と言った手法に見られるように. 分節や街路のような空間によって実現していた。コー. 多様性を持たせながら、場の連続を考え、 「つなぐこと」. ルハースは同じ、分節や、街路空間を用いるが、 「差異」. を意識して作っていることがわかった。. と言う手法を加えることで、無個性に広がる現代都市. 4. 考察とまとめ. に対するエネルギー発生装置のように、建築を設計し. 2 章と 3 章で行った分析からレム・コールハースと. ている。つまり、同じ都市の多様性を目指しながらも、. オランダ構造主義それぞれの、都市論と建築設計手法. コールハースはその多様性の差異を意識し、オランダ. の関係を読み解き、その類似点と違いを考察した。. 構造主義者は多様性の共通性を意識し、つなぐことを. 1) 都市論と建築設計手法の相互関係. 考えていたと言えるだろう。. 3 章で見られた建築設計手法のアイデアは各々が都. 本論では、レム・コールハースの都市論と建築設計. 市リサーチによって見つけ出されたアイデアもしくは. 手法を、構造主義的な観点から見ることで、両者の類. 空間がもとになっていた。よって、コールハースもオ. 似点と違いを明らかにした。それにより、コールハー. ランダ構造主義者も、両者ともに、リサーチをするこ. スとオランダ構造主義の歴史的な位置づけを行い、. とで、都市論を建築設計に反映していることがわかっ. コールハースの建築設計手法の特徴である「差異」を. た。しかしその都市論の視点は、建築家自身によって. 指摘した。両者ともに現在も、リサーチをもとにデザ. デザインされたことを忘れてはならない。コールハー. インを行っている。人類学的・社会学的なリサーチの. スが現代都市をジェネリック・シティと定義したのも、 ヴォイドの戦略を用いるためであったとも言える。. 視点と、都市的な建築に学ぶべきところは多い。 【註】 1) レム・コールハース、 『mutations』p.650. 2) 両者の類似点 - 都市的建築. と建築のパブリックスペース』p.100. コールハースとオランダ構造主義それぞれに、都市 的な多様性を持った建築を実現している。これは、多. 2) レム・コールハース、 『mutations』p.10. 3) レム・コールハース、『S, M, L, XL』p.214 ている朽木順綱の参考文献 [T] に詳しい. 4) ヘルマン・ヘルツベルハー、『都市. 5) アルド・ファン=アイクの一連の研究を行っ 6) 朽木順綱の参考文献 [F] に詳しい. 7) レム・コールハース、『コールハースは語る』p.80 【参考文献】. 様性をどう制御するかという矛盾した問いに各々が答. [D] : RemKoolhaas : Delirioous New York, The Monacelli Press, 1978. えた結果だと言える。コールハースは建築と都市の関. [M] : Rem Koolhaas : Mutations, Actar, 2001. [S] : RemKoolhaas : S,M,L,XL,The Monacelli Press, 1995 [C] : Rem Koolhaas : Content, &&&, 2004. 係について、 「建築が制御の試み」であるのに対し、 「都. [A] : Wim J. van Heuvel : Structuralism in Dutch Architecture, 010Publisher, 1992. 市はそれが失敗した姿」と述べている7)。都市が制御. [L] : Herman Hertzberger : Lessons for students in architecture, 鹿島出版会 , 1995 、青土社、2009 [E] 『ユリイカ 特集*レム・コールハース』 :. できないことを前提とした上で、両者の建築では、都. [T] : 朽木順綱、『アルド・ファン=アイクの建築思想における「対現象」の概念につ. 市に見られる多様性や選択可能性を建築の中に実現し. いて̶ドゴン集落に関する論考を通して』、2005 [F] : 朽木順綱、『アルド・ファン=アイクの建築思想における「コンフィギュレーショ. ようとしている。. ン」の構造̶論考「コンフィギュレーション理論への歩み」を通して』、2006. 20-4.
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