著者 渡邊 裕介
雑誌名 KGPS review : Kwansei Gakuin policy studies review
号 29
ページ 183‑192
発行年 2022‑03‑31
URL http://hdl.handle.net/10236/00030288
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建築家丹下健三の設計手法を用いた 地域活性化に関する研究
-愛媛県今治市を対象に-
渡邊 裕介
∗【要旨】
愛媛県北東部に位置する今治市は農工業や観光を中心とした人口約16万人の愛媛県第2位の都市で、
広島県尾道市とを結ぶ全長約60kmのしまなみ海道があり、併設されたサイクリングロードには多くの サイクリストたちが訪れる観光都市である。瀬戸内の美しい風景に面した、今治市にはこの地にゆかり のある建築家の丹下健三(以下、丹下)が手がけた7つの建築作品が残っている。丹下は都市計画家と しても多くのプロジェクトを世界で展開したことから、そのデザイン手法を参考に、今治市の魅力を再 発見できる空間を検討し、地方都市におけるその地域特有となる活性化手法の提案を行うことを目的と する。
キーワード:建築、都市計画、丹下健三、今治市、地域活性化
1. 序論
愛媛県北東部に位置する今治市は、農工業や観光を中心 とした人口約
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万人の愛媛県第2
位の都市であり、本州四 国連絡橋として広島県尾道市とを結ぶ全長約60km
の瀬戸内 しまなみ海道があり、併設されたサイクリングロードには 多くのサイクリストたちが訪れる観光都市である。今治市 は、古くから瀬戸内に面した海上の要所であった都市であ るが、1999
年の瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)の 建設により海上交通は縮小の一途を辿った。また、新型コ ロナウイルス感染拡大の影響を併せて今治港前の商店街の 衰退がさらに進行している。現在、瀬戸内の美しい風景に 面した、今治市にはこの地にゆかりのある建築家の丹下が 手がけた7
つの建築作品が残り利用されている。∗関西学院大学大学院総合政策研究科博士課程前期課程([email protected]) 図 1:今治市の配置
今治市
愛媛県 広島県
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このような背景のもと、本研究において今治市で丹下のデザイン手法を参考に、この 地域特有となる活性化手法の提案を行う。その理由として、丹下が都市計画家としても多 くのプロジェクトを世界で展開したことが大きな理由であることと併せて、丹下の父の故 郷が今治市であり、丹下自身が幼少期に育った地域であった点である。
丹下は建築家であり、かつ都市計画家としても多くのプロジェクトを世界で展開したこと から、そのデザイン手法を参考に今治市の魅力を再発見できる空間を検討し、地方都市に おけるその地域特有となる活性化手法の提案を行うことを目的とする。
2. 丹下健三の設計手法
丹下は世界的な建築家であるとともに都市計画家である。丹下が建築設計を行う際に は、その設計の敷地となる都市の計画も同時に念頭に置かれ、建築と都市のつながりを持 った設計が行われているのではないかと考えた。本章では、丹下が建築設計を行う上で、
建築と都市のつながりとして使用するデザイン手法について、設計思想も同時に踏まえな がら明らかにし、建築と都市に合わせて、人間と建築との関係として考えられた設計思想 についても述べていく。そして、人間と建築、あるいは建築と都市を関係付ける丹下の建 築空間を空間ボキャブラリーとしてまとめる。
図 2:空間の分解表
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3. 今治の都市の実態について
古くから愛媛県今治市は、村上水軍をはじめ瀬戸内海の貿易を盛んにとり行い、近年は 国内最大手の造船業によって栄えてきた県内有数の港町である。今治と瀬戸内海との関係 は、今治という都市が生まれた時から今日に至るまで紡がれてきた歴史の上にある。一方 で、
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年の瀬戸内しまなみ海道(西瀬戸自動車道)の開通により海上交通は縮小し、また新型コロナウイルスの影響も併せて、中心市街地である商業施設や今治銀座商店街が 縮小の一途を辿っている。本章では、愛媛県今治市における都市の歴史、現状の今治の都 市の動きについて述べ、フィールドワークや文献調査から都市の実態を明らかにした。
今治の地域調査や現地調査では、今治の都市空間は広小路や商店街のような大きな空間 から見れば、人の賑わいが少なく建造物からは時代を感じ、さびれた印象を受けるが、大 きな通りから一歩中に入ると、狭い空間ではあるが町内の井戸端会議が開かれていたり、
釣りをしたり川の中に入ったりして遊んでいる子供たちがいたり、楽しそうな都市空間が 広がっていた。そのため、今治の都市に求められるのは、奥に行くような視点を与えるこ とではないかと考える。ちょっとした細い路地や人気のない抜け道に、集まっている人々 はいて、人々は都市に隠れているような印象を受けた。
4. 今治における丹下健三作品について
今治において丹下の設計手法を用いるということは、丹下の設計手法を明らかにし、
また、今治という都市空間を丹下の視点で読み解き、今治が瀬戸内海との関係を再考する ことのできる魅力となりえる場所を探求していく必要がある。本章では、今治と丹下のつ ながりを述べ、丹下の今治における建築作品に用いられた手法を使用し、今治の都市空間 に対して考察を加える。
第
2
章で述べた通り、丹下にとって今治は幼少期に育った場所であり、父の故郷であ る。また、丹下の建築作品が今治市には7
つ存在し、今もなお市民によって利用されてい るが、その内の今治市庁舎、今治公会堂、今治市民会館を設計した際は、今治市が戦災を 受け中心市街地が一面焼け野原になっていた時であった。今治市からの設計依頼を受けた 丹下は、今治港からの軸線と今治駅への軸線を用いて広小路を計画し、現在の今治の都市 構造を作り上げた。当時は、今治港が県内外を結び、また近隣の島嶼部との生活動線上に あるハブであったために、商店街から今治港へと連続する空間動線に対して平行に配置さ れた広小路は、人やモノだけでなく発展途中であった自動車の容易な移動も許容した。そ の名の通り今治の中心であった丹下のこれらの建築群は、今治の都市の発展を支えたもの だった。第
3
章では、今治の都市空間を点として捉えており、本章では丹下の軸線を参照すること で、線としての見方であり今治の都市空間に動きを与えた連続する空間として、これまで とは違った視点をもたらした。186
5. 今治市における設計提案について
本章では、本研究の目的である丹下の設計手法を用いた地域活性化の具体的な提案に ついて述べていく。前述までの文献・実地調査を踏まえた上で、今治における魅力発掘を 行う。また、このような手法により導かれた提案をモデルとして、今治が今後、我が国が 直面している超高齢化や人口減少に伴う地方創生の一つの方法として今治独自の魅力のあ る都市空間を今治特有の手法により一つの解決策が導かれることを期待する。
敷地の選定は、今治の都市空間が形成された
2
つ目のターニングポイントであり、今治 と丹下のつながりである、丹下が今治において今治市庁舎建築群を設計した際に用いられ た手法を、今治市の都市空間に展開することにより行う。その手法としては、象徴的な対 象がその先に置かれている軸線を広場によって結ぶという計画である。今治において象徴 的な対象となるのは、今治の都市空間を形成に関与し、今治において歴史的に価値を持つ ものであると考える。また、今治の活性化として、今治が歴史的、地理的に関わりをもっ てきた瀬戸内海との関係を再考することで、今治の魅力を表出させる設計提案を行うこと とする。プログラムは、二つの軸線に集約される。一つ目の軸線として、漁業(生業)軸につい て述べる。この軸は、三つの敷地上を貫く軸であり、この三つの敷地において漁業の流れ が生まれる。養う場は、漁業者を育成するための学校である。働く場は、水揚げを行い、
図
4:空間の類型化モデル
高さのあるトップライト
舞台的空間構成
回廊と吹き抜け
広場とモニュメント 水平に伸びるゲート
両転び型
都市のアイストップ
外周全体のベランダ 開放的な階段
入れ子の望楼
図
3:作品と空間ボキャブラリーの体系化
A.自由な無限定空間 B.中庭と街路の結節 C.限定な無限定空間 D.スケール序列
1,2,3,4, 5,6,8 建築のコア
1,5,6,8, 10,23 都市のコア
7,10,11, 12,13 建築のコア
5,10,12 都市のコア
E.ダイナミズム F.流動性 G.中心軸 H.シンボル性
12,14,15, 16,17,20, 21 場の記念碑性
13,18,19 場の記念碑性
5,14,16,17 18,20,21, 22,23,24 場の記念碑性
5,19,20, 23,24, 25 場の記念碑性
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魚をその場でいただける番屋であり、育てる場は、水産資源を保つための海面養殖場であ る。二つ目の軸線は、魚市場(観光)軸であり、この軸を通る二つの敷地においてはとも に漁船の停泊する港である。そのどちらにおいても、観光となる地点の近くにあるため、
市場の活性化と重ねて観光客の利用者を見込む軸である。
図
5:全体計画
図
6:全体計画の詳細図
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図
7:project-1 周辺環境
図
8:アクソメ
図9:配置図兼一階平面図
図
10:断面パース
図11:A-A’断面図
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図
12:project-2 周辺環境
図
13:イメージパース
図14:アクソメ
図
15:配置図兼一階平面図・二階平面図
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図
16:project-3 周辺環境
図17:メインイメージパース
図
18:アクソメ
図
20:A-A’断面図
図19:イメージパース
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図
21:project-4 周辺環境
図
22:イメージパース
図
24:アクソメ
図
23:配置図兼一階平面図
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6. 結論
都市は長い期間にわたり、さまざまな人や出来事、社会的背景の影響を受け出来上が っている。都市はその発展とともにその土地に歴史を刻み、また人の意図によってその土 地に手が加えられる。そのようにしてできた都市空間は、当初の意図通りとは異なった使 われ方として残ることが多いように思われる。時代背景や社会的影響により、都市が大き く変化しても歴史を内包して残り続けるものであったり、たとえ空間が変化しても、人々 の活動はどこかで保存されていたりと、都市の魅力はさまざまなものの関わり合いの中で 育まれているのではないかと考える。そのため、都市の魅力発掘には、いろいろなものと ものの関係を解いていく必要があると考える。
愛媛県今治市において、都市の魅力となる主軸はさまざまな影響を受け、変化してし まうものであることがわかった。江戸時代に今治城下町が生まれ、その都市構造の利点か ら海運業が発展した。その後今治港建設により、城下町の一部が失われ一部は改変され た。城下町のあった際の中堀、外堀による水路のつながりは失われ、代わりに、今治の玄 関口として商店街が生まれ、今治港からの利便性の高さから賑わいをもたらした。しかし ながら、瀬戸内しまなみ海道の開設により、海とのつながりは失われ、同時に商店街につ いても衰退の一途をたどっている背景を受け、本設計提案で丹下のデザイン手法を参考 に、4つのプロジェクトを掲げ、今治市の魅力を再発見できる空間を検討し、地方都市に おけるその地域特有となる活性化手法の提案を行なった。これからもこの素晴らしい今治 の町がいついつまでも残っていくこと願う。
【参考文献】
伊藤香織(2017)『都市環境はいかにしてシビックプライドを高めるか- 今治市を事例とし た実証分析-』日本建築学会計画系論文集.
千代章一郎・関谷航(2015)『丹下健三による今治市における市民広場の空間構成の変容』
日本建築学会計画系論文集.
ブノア ジャケ(2006)『丹下健三の「伝統」と「創造」の概念に潜むモニュメンタリティ の原理- 丹下健三の建築言説の形成に関する研究-』日本建築学会計画系論文集.
豊川斎赫(2007)『丹下研究室における「都市のコア」と「建築のコア」:都市と建築 の有機的統合』日本建築学会計画系論文集.
豊川斎赫(2017)『丹下健三と都市』鹿島出版会.
丹下健三(1985)『一本の鉛筆から』日本経済新聞社.
丹下健三(2011)『人間と建築 デザインおぼえがき』彰国社.
丹下健三(2011)『建築と都市 デザインおぼえがき』彰国社.
丹下健三・藤森照信(2002)『丹下健三』新建築社.
丹下健三(1966)『日本列島の将来像』講談社.
丹下健三(1960)『建築文化 流動と安定』建築文化. 1960 年9 月号.