生体分子構造学 1 北里大学理学部 生体分子構造学 (物理学科&生物科学科3年生) 米田茂隆 北里大学理学部物理学科 〒252-0373 神奈川県相模原市南区北里 1-15-1 Email [email protected]
生体分子の構造を決定・解析するための大規模研究施設
↑(左)SPring 81と SACLA 2(シンクロトロンと X 線自由電子レーザー)(右)J-PARC(大強度陽
子加速施設)3 ↑(左と右)スパコン京(けい)4
1 理化学研究所が播磨学園都市にもつ第3世代X線放射光源。建設費 1100 億円、消費電力約 40MW(4 万キロワット)。 電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げて放射光を発生する。遠赤外から可視光線、軟 X 線を経て硬 X 線に至る幅広い波長域をもち、原子核、ナノテクノロ ジー、バイオテクノロジーなどの分野での日本の先 端科学・技術を支える高度先端科学施設 。国内外の大学・研究所・企業から年間 1 万 4,000 人以上の利用者。 2 第 3 期科学技術基本計画における 5 つの国家基幹技術の 1 つとして位置付けられ、SPring-8 に隣接して建設費 400 億円
で 2011 年 3 月に完成した 第 4 世代放射光源(X 線自由電子レーザー、XFEL、X-ray Free-Electron Laser)。 これまで の放射光と比べて、輝度 10 億倍、パルス幅 1,000 分の 1 (10 フェムト秒)、位相のそろったコヒーレントな X 線、最短 波長 0.06 nm という特徴がある。 すでに米国 LCLS がある他、韓国 PAL-XFEL とドイツ European XFEL が建設中(世界4大 XFEL)。 3 日本原子力研究開発機構が東海村にもつ陽子シンクロトロン。中性子実験を目的として建設費 1500 億円で作られた。 主に米国に数カ所の同様の施設がある。運転費年 150 億円。 4理化学研究所が播磨学園都市にもつ計算速度約 10 ペタフロップス(100 万ギガフロップス)の 2011 年から 2012 年にお いて世界最高速のコンピュータ(最近の高級パソコンのチップ Intel I7 は約 100 ギガフロップス)。建築費約 1100 億円、 年間維持費約 80 億円(うち電気代は年 20〜30 億円)。消費電力は約 10MW(1 万キロワット)であり、福島原発 1 号機の 発電能力の約 2%の電力を消費。
最近のタンパク質の構造
Aminoacyl-tRNA Synthetases (Asp)
2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 3 Acetylcholine Receptor 課題(次週以降) 1.RCSB Protein DataBank から,上記のタンパク質の構造ファイルを検索する 2.そのうち1ファイルをダウンロードする 3.RasMol で表示する
アミノ酸化学式
下表の20種のアミノ酸が重要なアミノ酸である。これらの化学式を見たら、名前を言えるように しておこう。5
グリシン, Gly, G トレオニン, Thr, T グルタミン酸, Glu, E ヒスチジン, His, H
アラニン, Ala, A セリン, Ser, S アスパラギン, Asn, N トリプトファン, Trp, W
バリン, Val, V システイン, Cys, C アスパラギン酸, Asp, D アルギニン, Arg, R
ロイシン, Leu, L メチオニン, Met, M フェニルアラニン, Phe, F リジン, Lys, K
イソロイシン, ILE, I グルタミン, Gln, Q チロシン, Tyr, Y プロリン, Pro, P
2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 5 アミノ酸はどれも左図のような基本的な構造をもって いる。左図で側鎖と書いてある球(注:図では側鎖を1つ の球で表したが、実際は共有結合で結合された複数の原子で ある)がアミノ酸の種類により異なるだけである6。側鎖 以外の部分を主鎖という。主鎖の原子は N、H、Cα、Hα、 C、O という名称をもつ。Cαと共有結合している4個の原 子は四面体構造という配置をしており、L 型と D 型、2つ の光学異性体がある。左図は天然に存在する L 型アミノ 酸の構造を描画している。N と共有結合をしている3個の 原子は四面体構造から1原子欠けた配置をとる。C と共有 結合している3個の原子は一部に 2 重結合があるため平 面構造の配置をする。側鎖の水素以外の原子には、Cα 原 子から遠ざかるにつれ、ギリシャ文字のアルファベット の順番7でβ、γ、...という名称がつく。側鎖の水素原 子はそれが共有結合している原子の名称を流用する。 アミノ酸を水中に入れると酸塩基平衡により解離して、 通常の pH では、右図のように末端の NH2に水素原子 H+が 付いて NH3+となり、末端の COOH からは水素原子 H+がと れて COO-となる。末端の NH3は+1e8の電荷をもち、COO
は−1e の電荷をもっている。 2個のアミノ酸は、下図のように末端のアミノ基(NH2) とカルボキシル基(COOH)の間で共有結合(ペプチド結 合)9を形成することができる。ペプチド結合を次々と形 成すれば、複数のアミノ酸が鎖のようにつながることが できる。できた化合物をペプチドと呼ぶ。ペプチドの中 の各アミノ酸1つ1つをアミノ酸残基と呼ぶ。ペプチド の大きいものをポリペプチド、またはタンパク質と呼ぶ。 ペプチドのアミノ酸残基の名称をアミノ末端(N 末)からカルボキシ末端(C 末)まで順に並べ たものをアミノ酸配列(または、ペプチドの1次構造)という。下図のペプチドのアミノ酸配列は Arg-Gly-Asp(あるいは、一文字コードを用いて RGD)である。ペプチドの化学構造はアミノ酸配列 を指定すれば、当然、1つに決定できるし、立体構造についても多くの場合1つに決定できる。ア ミノ酸配列を指定するとペプチド立体構造が決定される現象を Anfinsen のドグマ10という、
6 プロリン(Pro)だけは例外。前ページの図のように、側鎖が環状になって、主鎖の N と共有結合している。 7 ギリシャ語のアルファベットの順番はα、β、γ、δ、ε、ζ、η、θ、...である。 8 e は素電荷を表す。 9 脱水縮合という化学反応である。アミド結合、あるいはペプチド結合という。 10 Anfinsen は溶液条件さえ整えればリボヌクレアーゼが変性状態から天然状態の正しい構造にもどることを示し、「一 般的にタンパク質は自発的にアミノ酸配列に応じて熱力学的に最も安定な立体構造をとる(フォールディングする)」と 主張した。ただし、これは単純な場合しか成り立たず、フォールディングに際しシャペロンの補助を必要とするタンパク 質や、天然状態では構造が確定していない天然変性タンパク質なども存在することが最近は知られている。
側鎖
N
COOH
Cα
Hα
Arg
Gly
Asp
アセチルコリンレセプターの描画
1)「rcsb pdb」を検索して、表示する
2)rcsb pdb の左の列の中にある「PDB-101」の 「Molecule of the Month」をクリックして、その中の 「Acetylcholine Receptor」をクリックする11。そのウ
ィンドウから「Read More」を選んで、説明を読む。 3)rcsb pdb の search 欄に「acetylcholine receptor」 と入力して、最近は多数のアセチルコリンレセプターの 構造が決定されていることを確認する。
4)rcsb pdb の search 欄に「2bg9」と入力して、多数 ある構造のうち Molecule of the Month の説明に使用さ れていた構造 2bg9 を選ぶ。 問題 1.2bg9 は何本のペプチド鎖から構成されるか?(ペプチド鎖に A からアルファベット順で名前を 付けると、どのように名称が付けられるか?同じアミノ酸配列のペプチド鎖は何本あるか?) 2.どのアミノ酸の部分がαヘリックスでどの部分がβストランドか? 5)背景を右クリックしてターミナルを起動する。 その後、 mkdir -p bms と入力し、bms ディレクトリを作る。さらに、 cd bms と入力して、bms ディレクトリに入る。 6)rcsb pdb の search 欄に「2bg9」と入力する。表 示された画面の右側の「Download Files」→「PDB File (Text)」を選んで、立体構造ファイル 2BG9.pdb をダウンロードする。 7)次のように 2BG9.pdb を bms ディレクトリに移動 する。 mv ~/Downloads/2BG9.pdb ~/bms 8)次のように入力して、立体構造を画像表示する。 rasmol 2BG9.pdb 9)アセチルコリン結合部位を赤色で表示せよ。 10)「1yi5」はαコブラトキシンがアセチルコリンレセプターの細胞外ドメインに結合した構造 である。アミノ酸配列を調べ、ダウンロードして、立体構造を画像表示せよ。
11 Acetylcholinesterase と間違えないように。
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ねじれ角
4つの原子が右図のようにつながっているとき、原子 1、2、3 を含む平 面と原子 2、3、4 を含む平面がなす角を、原子 1-2-3-4 のねじれ角(2面 角)と定義する。 ねじれ角の正負は、右ねじが進む方向を正とする。 例えば、Br-CH2-CH2-Cl という化合物の場合、左図 (ニューマン投影図)では、ねじれ角を Br の方から 見て表しているが、その角度はマイナス 60°である。0° シス cis、シン syn 、エクリプス eclipsed 180° アンチ anti、トランス trans 60° ゴーシュ gauche プラス -60° ゴーシュ gauche マイナス 原子間の反発を考えると、ゴーシュ型とトランス型がエネルギー的に安定であることが多い。 ペプチド主鎖のねじれ角の名称 右図のように、主鎖のねじれ角にφ、ψ、ωという 名前が付いている。 C-N-Cα-C φ N-Cα-C-N ψ Cα-C-N-Cα ω φ と ψ は基本的に-180°から+180°まで自由に回 転しうる。ペプチド結合のまわりの ω はほぼ 180°に固定される12。 φ と ψ は自由に回転できるとはいえ、原子同士 が衝突してしまうような φ と ψ の組み合わせは許 されない。下の図は φψ 図、またはラマチャンド ラン・プロットと呼ばれ、α(アルファヘリックス、α-helix)、αL(左巻きアルファヘリック ス、left-handedα-helix)、β(ベータス トランド、β-strand)、310(スリーテンヘ リックス、310-helix)、π(パイヘリックス) と示された領域だけが実際にとりうる値であ る13。なお、β ストランド領域のうち、特に φ=180°、ψ=180°の場合を特に伸直構造 (extended structure)と呼ぶ。
12 ペプチド結合(ペプチドのCとNの間の共有結合)は、本来、単結合だが、CとOの間の2重結合に関与する電子の一 部がペプチド結合に流れ込むため、2重結合に近い性質をもっている。ねじれ角 ω は 180°か0°の値をとる傾向が強 い(ω のポテンシャル障壁は高い、と言う)。しかも、 ほとんどの場合、2つのCα 間の立体障害(原子間の衝突)か ら ω は 180°となる。例外的にプロリンの C と他の何かのアミノ酸のNの間のペプチド結合の ω は0°になる場合があ り(確率で言うと、1割くらい?)、そのプロリンをシス・プロリンと呼ぶ。 13 アミノ酸の種類によって原子同士の衝突のぐあいが異なるので、ラマチャンドラン図はアミノ酸ごとに微妙に異なる。
表.各種2次構造の典型的な主鎖ねじれ角値 2次構造 φ ψ αヘリックス -57 -47 310ヘリックス -49 -26 πヘリックス -57 -70 左巻きαヘリックス 57 47 平行βシート -119 113 逆平行βシート -139 135 伸直型 180 180 βターンI -60(第i+1 残基) -30(第i+1 残基) βターンI -90(第i+2 残基) 0(第i+2 残基) βターンI' 60(第i+1 残基) 30(第i+1 残基) βターンI' 90(第i+2 残基) 0(第i+2 残基) βターンII -60(第i+1 残基) 120(第i+1 残基) βターンII 80(第i+2 残基) 0(第i+2 残基) βターンII' 60(第i+1 残基) -120(第i+1 残基) βターンII' -80(第i+2 残基) 0(第i+2 残基) γターン 70~85 -60~-70 インバースγターン -70~-85 60~70
アミノ酸側鎖の分類(括弧内は pK
14)
極性(親水性) 酸性:Asp (4.5), Glu (4.6)中性:Asn, Gln, Ser, Thr, Tyr (9.7), Cys (9) 塩基性:Lys (10.4), Arg (12), His (6.2) 非極性(疎水性)
Trp, Phe, Gly, Ala, Val, Leu, Ile, Pro, Met N 末端の NH2(7)、C 末端の COOH(4)
14 N、O、S に結合している水素原子は水溶液の pH に対応して解離したり余分に結合したりする。その解離結合が起こる pH の値を pK という。例えば、 His の pK が 6.2 というのは、pH=6.2 以下の水溶液では His の側鎖に余分に1つ水素が加 わるという意味であり、Asp の pK が 4.5 というのは pH=4.5 以上の水溶液で Asp の側鎖の OH の H が解離するという意味 である。
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光学異性体
15 L 型アミノ酸の Cα 原子は、左図のような光学異性体しか天然には存在しない16。水素結合
水素結合とは、O や N などが H を仲介にして形成する相互作用である。右図の ように、H と共有結合している原子をドナー、そうでない原子をアクセプター とよび、ドナーとアクセプターの間の距離が 3.2Å 以内、水素とドナーとアク セプターのなす角が 30°以内という条件が、しばしば水素結合形成の判断基 準とされる。水素結合が形成される事により、ドナーと H の間の共有結合の距 離はかならず伸びるし、さらに切断されて H がアクセプターと共有結合しまうこともある。βシート
βストランド(φ~180°、ψ~180°)のペプチド鎖が 2 本、逆平行か平行に並ぶと、下図のよう に主鎖のOとNが水素結合を形成し、βシートと呼ばれる平面的な構造ができる。 図.逆平行βシート(左)と平行βシート(右)の水素結合 逆平行βシートでは、残基 i のNとOが向かいの鎖の残基 j のOとNに水素結合する。平行βシー トでは、残基 i のNとOが向かい合った残基 j の隣の残基 j -1のOと残基 j+1のNに水素結合 する(1残基分、またいでいる)。15 C だけでなく、Ile などいくつかのアミノ酸の側鎖では立体中心が存在し、特定の光学異性体しか天然には存在しな い。 16立体中心の原子を中心とし、それに結合している最も軽い原子を奥に向け、残りの原子を重いのを先に軽いのを後にた どったとき、右回りになるものを R 体、左回りになるものを S 体という。L 型アミノ酸は S 型である。
図.逆平行βシート(左)と平行βシート(右)の水素結合の模式図 (+は側鎖が紙面より手前、-は側鎖が紙面の奥に向かっている) βシートの主鎖は完全な平面ではなく、ヒダができるのが普通なので、 β pleated sheet と呼ばれることがある。右図は逆平行βシートの ヒダを見えやすくした画像である。平行βシートも同様にヒダをもつ。 左図のように、βシートにはヘアピン型(左図の左)と クロスオーバー型(左図の右)という用語がある。また、 下図のように、クロスオーバーには右巻きと左巻きの2 種類があり、数字とx と+-により表記できる17,18。
17 x はクロスオーバーの意味である。 18 +-は別の方向から見ると、逆になるので絶対的な意味ではない。
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へリックス
ヘリックスは、アミノ酸残基が水素結合によってつながってできるらせん様の構造である。らせん 様の構造としては、αへリックス、左巻きαへリックス、310へリックス、πヘリックス、左巻き αヘリックスがある。 表.へリックスのパラメータ 図.へリックスの構造.左から順に、310ヘリックス、αヘリックス、πヘリックス 図.ヘリックス内の水素結合ターン
ペプチド鎖が曲がった部分をターン(turn、折れ曲がり構造)と呼 ぶ。右図はβターンである。i残基とi+1 残基の側鎖はどれも紙面 手前に向く。βターンはI 型、II 型、I’型、II’型に分類される。 骨格の構造について言うと、I’型はI型の、II’型はII型の 鏡像体である。下図のように、I 型βターンはi残基と i+1 残基のカ ルボニルが紙面向こう側に出ている。II 型βターンはi残基のカル ボニルが紙面向こう側に、i+1 残基のカルボニルが紙面から手前に 出ている。I'型βターンはi残基と i+1 残基のカルボニルが紙面から 手前に出ている。II'型βターンはi残基のカルボニルが紙面から手前に、i+1 残基のカルボニルが 紙面向こう側に出ている。 2次構造 ピッチ リングの大きさ αヘリックス 5.4Å 3.6 残基(13 原子) 310へリックス 6.0Å 3.0 残基(10 原子) πヘリックス 5.1Å 4.3 残基(16 原子) 左巻きαヘリックス 5.4Å 3.6 残基(13 原子)
図.左から順に、I 型βターン、II 型βターン、I'型βターン、II'型βターン
出現確率 はI 型が一番多く、I > II > II' > I'の順で小さくなる。I型以外は、側鎖と主鎖の立 体障害(原子の衝突)のため、2つの残基のどちらかがグリシンなのが普通である。βターン以外 にも、γターン、インバースγターンなどがある。下図のように、γターンはβターンより残基が 1つ少ない。インバースγターンはγターンの鏡像体である。特に、i+1 残基のCαの向きが異な る。水素結合はβターンより弱い。 図.γターン(左)とインバースγターン(右)
バルジ
右図のように、βシートの中で1つのβストランドに余分に残基が挿 入されて飛び出てしまった部分をバルジ(βバルジ、bulge、突出構造) と呼ぶ。βシートのイボのようなものである。クラシックバルジ、G 1バルジ、ワイド(wide-type)バルジの3つが主要なものである。β バルジが関係してループを作ることがある19。19 クラシックバルジは、接近した2本の反平行βストランドの中で作られる。残基1はαヘリックス構造、残基2と残 基Xは通常のβシート構造である。G1バルジは接近した2本の反平行βストランド。残基1は左巻きαヘリックスの構 造に近く、立体障害のためグリシンであることが多く、G1バルジという。ワイドバルジは少し離れた2本の反平行βス トランドで作られ、水素結合がはずれている感覚が広い。主鎖の構造はさまざまである
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超2次構造
2次構造が組合わさってできたものを超2次構造という 図.左から順にβヘアピン、αヘアピン、ロスマンフォールド(βαβ')、グリークキー(ギリシャ 鍵)、グリークキー模様のマットレス 超2次構造の1つに下図のようなベータ・ヘリックスという構造がある。βヘリックスはベータ シートが折れ曲がって全体として角柱状になっているもので、1 本のペプチド鎖からなる一本へリ ックスと、3本のペプチド鎖がおりなす3本へリックスの2種類がある。βシートのつなぎ目はル ープであるか、鋭角に折れ曲がる。3角柱状のものが多いが、ペンタペプチドリピートと呼ばれる 5残基の配列が20~30 回繰りかえすようなβへリックス構造の場合は4角柱構造である。 図:三本鎖βへリックス(A)T4 ファージの gp5C 末端ドメインの一部(PDB コードは 1K28)、(B)同じ くgp12 シャフトドメインの一部(1H6W)、(C)連鎖球菌のプロファージのコードスル尾繊維タンパ ク質(HylP1)の一部(2C3F)。蛋白質構造の表示と操作
前回は USA にある RCSB PDB を利用したが、今回はその日本版である PDBj(日本蛋白質構造データ バンク)を利用してみよう。 1)左のホーム欄の「統計情報」からは、いくつの構造が登録されてきたかという情報が見られる。 「リンク集」には関連ウェブが書かれている 2)左の検索欄の中の「巨大構造エントリー」を見てみよう。ここには最近、構造決定されるよう になった巨大構造の座標が登録されている(現在、数個)。原子数が多いため、従来の「PDB 書式」 と言われる書式では対応しきれず、異なる書式のファイルが使われている。 注)ただし、巨大構造のファイルは 16GB 程度のメモリーをもつ PC でないと表示が不可能である。 ファイルのダウンロードは行わない。2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 15
鍵と鍵穴の関係
化学反応の例として、2つの分子 A と B が重合して C という分子になる化学反応を考えてみよう。 A + B → AB → C 原子核が適切な位置に配置されて適切な速度をもち、また、電子が量子化学的に適切な状態になら なければ、の反応は進行しない。どの程度の頻度でそのような状態が出現するかということにより、 反応速度が決定される。 この 2 次反応の反応速度は次のように書ける。[A]と[B]はそれぞれ A と B のモル濃度、kは反応速 度定数である。 さて、下図のように、A と B がそれぞれ触媒上の結合部位に、立体構造がぴったりはまって(鍵と 鍵穴の関係)長時間滞在したとしよう。その位置と方向が化学反応を起こすために必要な方向と位 置に近いなら、格段に化学反応の確率が高くなる(遷移状態が安定化する)。そのため、実効的に 反応速度定数が増加し、反応が速くなる。 反応速度論的には 「触媒により遷移状態の自由エネルギーが低下して、反応速度が増加した」と 言える。平衡論的に考えれば、化学平衡にあると化合物の量(A と B と C の量)の割合は変える事 ができない。しかし、非平衡系では、反応速度は適切な触媒さえあれば化学反応の反応速度は自由 に変える事ができる。 普通、A と B が関係する化学反応は1種類ではない。多数の化学反応がおきうる場合、そのうち、 最も反応速度が速い化学反応が最も大量に進行する。例えば、 A + B → C (反応速度定数kC) A + B → D (反応速度定数kD) A + B → E (反応速度定数kE) kC、kD、kEのうち、kEが最大なら生成物の大部分は E である。つまり、触媒により自由自在に特定の 反応のみを起こす事ができる。生命は触媒により特定の化学反応のみを必要な時間と場所で引き起 こすように組立てられた複雑な系であるとも言える。その触媒とは、DNA に配列情報が保存されて いるタンパク質である。学籍番号
氏名
2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 17
コンピューター・グラフィックスの用語
○分子表面(molecular surface、Connolly surface) 分子に接する半径 0.14 nm 程度の球の内接面
○溶媒接触表面(solvent accessible surface) 分子に接する半径 0.14 nm 程度の球の中心点が作る面 ○slab mode(clipping) z軸方向に垂直な平面(clipping plane)を考える。それより手前(あるいは奥)だと画像が切り 取られる ○depth que z軸方向に奥だと、雲がかかったように画像が薄れてい く ○画面の x、y、z 軸の定義 画面の面内の水平方向右側が x 軸方向 画面の面内の垂直方向上側が y 軸方向 画面の面に垂直で手前側が z 軸方向
○CPK カラー(Corey, Pauling and later improved by Kultun)
通称 CPK モデルと呼ばれるプラスチック製の分子模型で採用されている色分け C が黒(または灰色)、 O が赤、N が緑、H が白、P が黄色、S が暗い黄色である
セリンプロテアーゼ
セリンプロテアーゼは、アミノ酸の1つセリンを触媒部位にもつ一群のタンパク質分解酵素(プ ロテアーゼ)の総称で、キモトリプシンなど動物由来の酵素とサブチリシンなど微生物由来のもの が良く知られている。 特にキモトリプシンを代表とする一群には、キモトリプシンやトリプシンやエラスターゼなどの 消化酵素のほかトロンビンなど血液凝固関連の酵素が 知られている。 キモトリプシンのアミノ酸配列の中で、His57 と Asp102 と Ser195 が 特 に 重 要 な 触 媒 ト ラ イ ア ー ド (triad)である。右図はX線解析で決定されたその立 体構造の触媒部位付近の拡大図である。描画には PDB ファイルの 1T8L を使用した。水素原子はX線解析では 決定できないので、表示してない。 アミノ酸配列にほとんど相同性のないセリンプロテア ーゼでも、このトライアードは必ず共通してて、図に 示された相対位置に配置している。 また、この他、Gly193 と Asp194 のN原子はオキシアニオンホールと呼ばれる重要な部位である。セリンプロテアーゼの触媒機構
(1) アシル20中間体の形成(酸塩基触媒)21
(2) アシル中間体の脱アシル化
セリンプロテアーゼの特徴
1.Asp、His、Ser の触媒トライアド(catalytic triad)が存在する。
2.オキシアニオンホール(oxyanion hole)と呼ばれるポケット状の構造から四面体遷移状態の Oが水素結合を受ける 。 3.基質(切断されるペプチド)とセリンプロテアーゼはおもに主鎖間に水素結合が形成される。 4.側鎖は特異性ポケット(specificity pocket)の中におさまる。
20 アシル基とは R-CO-という化学構造のこと。R は炭素と水素のこと。 21 (1)のアシル化の段階について、「電荷リレー(charge relay)システム」という仮説があり、今は否定されている。
これは下図のように「Asp に水素結合を通して His の水素が引き抜かれる。その His に対して Ser の水素が引き抜かれ、 結局、ペプチドは Ser の O-により攻撃され、His の水素をもらって切断される。His がプロトン化されず、かわりに Asp がプロトン授受をする。」と主張するものである。なお、His が一度 Ser の H をうけとって、それをペプチドの N にリレ ーするという部分は昔も今も同変わらない。
演習課題
I. セリンプロテアーゼ+阻害剤の立体構造ファイルのコピー まず、端末ウィンドウを起動して、次の UNIX コマンドを実行し、演習用の PDB ファイルを自分の ホームディレクトリの中にコピーする。 cp ~yoneda/bms/1t8l_cut_addH.pdb ~ ただし、1t8l の l は英字のエルである。1t8l_cut_addH.pdb が自分のホームディレクトリ中にコピ ーされたはずなので、次のコマンドを入力して確認する。 ls ~ less コマンド22を用いて、1t8l_cut_addH.pdb がどのような内容なのか、確認しておこう less 1t8l_cut_addH.pdb II. 立体構造の描画 次のコマンドを入力して、rasmol により立体構造を描画する。 rasmol 1t8l_cut_addH.pdb キモトリプシンの全体構造は1本のペプチド鎖が2つのドメイン(立体構造上の2つの固まり)に 分かれ、それぞれ、2次構造はギリシャ鍵、立体構造は β バレル構造(β シートでできた樽型、 筒型)になっている。活性部位は2つのドメインの境界にある。 コマンドを1つずつ入力し、画像がどのように変化するか?そのコマンドがどのような効果を与え るコマンドなのか?を考えながら、全体の画像を作ろう。23 background white ribbons on wireframe off color structureselect 102:a or 57:a or 195:a
Display メニューから、Ball & Stick を選択 color cpk
22less コマンド スペースで改ページ、j で次の行、k で上の行、q で終了である。/文字列/を入力することにより、その文字列が検索さ れる。 その後、n を入力すると、もう一度、HETATM が再検索が行われる。 23 使用している X 線座標 1t8l_cut_addH.pdb には、阻害剤ペプチドが結合している。そのため、ペプチド結合の切断反 応は起こっていない(もし、反応が起こっていたら、分解されて離れるので X 線解析はかなり難しい)。ペプチド結合が 切断される直前の構造が示されている。
2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 21
zoom 300 center 195:a
select within(8.0, 195:a) and *:b wireframe on
wireframe 50 color cpk
select 193:a or 194:a wireframe on
wireframe 50
Display メニューから、Ball & Stick を選択 color cpk
slab on
Ctrl キーを押しながら、左ドラッグして、クリッピング平面を移動 III. 原子間距離の測定
1)カタリティック・トライアドとオキシアニオンホールが分かりやすく表示させる。その後、 Export メニューから、Sun Raster 形式を選んで画像を保存する。ファイル名は work.sun とする。 その後、もう一つ端末ウィンドウを開き、gimp work.sun というコマンドを入力して、画面に work.sun を表示する。gimp の機能を用いれば、学籍番号と氏名を記入する事ができるので記入し て、印刷する。
注)プリンターが1ページ印刷するのに数分かかる。印刷ボタンを1回クリックしたら、何もしな いでしばらく待つこと。即座に印刷ページが出てこないからといって、何度もクリックしないこと。 2)次の水素結合距離を調べる。結合距離を調べるには、Settings メニューの Pick distance を選 んでから、2つの原子をクリックする。
Gly193A の N --- Met15B の O Met15B の CA --- Ser195A の OG His57A の NE2 --- Ser195A の OG His57A の ND1 --- Asp102A の OD1 His57A の ND1 --- Asp102A の OD2 IV. レポート提出
ウイルス外殻蛋白質
ウイルスは、そのライフサイクルのほとんどの時期において宿主細胞中に生息する。しかし、宿主 細胞を脱出して外界を移動して感染増殖する時期も必要であり、ウイルスは直径数十ナノメートル かそれ以上の大きさのウイルス粒子(Virion)と呼ばれる形態をとる。ウイルス粒子は、基本的に は、ウイルス核酸遺伝子(RNA か DNA のどちらか1種)、それを保護するための外殻タンパク質 (capsid)、さらにその外側の脂質エンベロープ(envelope、外套膜)からなる。エンベロープ中 には様々な機能をもつスパイクタンパク質が混入している。脂質でへだてられた2重の外殻タンパ ク質をもつウイルス粒子もある。逆に、エンベロープをもたず外殻タンパク質と核酸遺伝子だけか らなるもっと簡単なウイルス粒子も多い。ウイルスは多様であり、ウイルス粒子の共通した特徴を 述べるのは簡単ではないが、外殻タンパク質がもつ対称性に関しては、20 世紀半ばから詳細な研究 がある。ウイルス外殻タンパク質の対称性についての
Crick and Watson の数学的予測
ウイルス粒子のエンベロープは宿主細胞の膜をウイルスがまとっているものだが、外殻タンパク 質はウイルス遺伝子中の遺伝情報を宿主のタンパク質合成機構が翻訳したものである。一般にウイ ルスの核酸遺伝子は小さく、その遺伝情報の大きさも限られているので、ウイルスは同一の小さな 単位タンパク質を多数産生し、それらの集合体として外殻タンパク質を作るという戦略を採用して いる。多数の同一のタンパク質単位から効率的かつ正確に外殻タンパク質全体が構成されるために は、タンパク質単位間の接触様式も同一であるはずであり、外殻タンパク質全体は対称性をもつは ずである。このことに Crick and Watson が最初に気づいた(1956 年)。彼らは、「内部が空洞の 対称的な分子集合体には、どのようなものが可能か?」という問題を数学的に検討して、外殻タン パク質が、らせん対称性か立方対称性のどちらかに分類され、立方対称性はさらに正 4 面体対称性、 正6面体対称性、正 20 面体対称性のどれかであると予測した24。
らせん対称性
らせん対称性は回転とその回転軸方向への並進の合成により分子集合した集合体の対称性である 25。簡単にらせん対称性の分子集合体の模式図を作るには、左図のように、平行移動(並進対称性) により分子を多数複製して平たい紙の表面を埋める。つぎに、右図のようにその紙を円筒状に折り 曲げ、ややずらして紙の両端をつなげばよい。図の隣接分子間の結合(接触面)は、A-D、B-E、C-F であって、すべての分子で共通である。24 もっとも、これらのすべての対称性が実際のウイルスに見られるわけではなく、これまで発見された外殻タンパク質対 称性は、らせん対称性と正 20 面体対称性、およびその変形や組み合わせのみである。 25 長いらせん対称性外殻タンパク質は実際には直線ではなく、曲がって丸まったりする。したがって、比較的大きめのら せん対称性の外殻タンパク質は、電子顕微鏡では、しばしばエンベロープも含めた全体の外形が丸っぽく見えることがあ る。
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正
20 面体対称性
正 20 面体は、下図のように正3角形が 20 面あつまってできた立体である。正 20 面体には、5 回回転軸(図の正3角形の頂点を通る)が 12 本、3回回転軸(図の正3角形の頂点を通る)が 20 本、2回回転軸(図の正三角形の辺の中点を通る)が 30 本存 在する。このような対称性を正 20 面体対称性(icosahedral symmetry)と呼ぶ。1つの正3角形の3つの頂点は互いに同一 の環境にある。したがって、1つの正3角形は3つの同一の図 形26から構成することができる。正3角形は 20 枚あるから、60 個の同一の図形で全体が構成される。その図形を非対称単位27 と呼ぶ。非対称単位たちは完全に同一の構造をもち、回転され ていて向きと位置が異なるだけである。 正 20 面体とよく似た立体に正 12 面体というのもあって、こ れは正5角形が 12 面あつまってできた立体である。正 12 面体 にも5回回転軸が 12 本、3回回転軸が 20 本、2回回転軸が 30 本存在する。したがって、対称性ということに関しては、正 20 面体も正 12 面体も同じ正 20 面 体対称性であり、両者の違いは表面の形状が異なっているということだけである。一般に、5 回回 転軸、3回回転軸、2回回転軸が正 20 面体と同様に配置されてさえいれば正 20 面体対称性であり、 ウイルス外殻タンパク質のように表面が凸凹していてもかまわない。準等価仮説
20 世紀の半ば頃から電子顕微鏡の進歩により正 20 面対称性のウイルス外殻タンパク質が多数見 つかった。対称性から、それら正 20 面体対称性ウイルス外殻タンパク質は必ず非対称単位 60 個の 集合体でなければならない。しかし、同時に、生化学的実験により1つの外殻タンパク質を構成す るタンパク質が 60 個ではなく、その倍数であることが多いということも発見された。したがって、 正 20 面体対称性ウイルス外殻タンパク質の非対称単位1つは、しばしば同じタンパク質複数個か ら構成されているということである。 しかし、非対称単位 1つの中に複数の同じタンパク質を配置するのは簡単ではない。一見、 外殻タンパク質を構成するタンパク質たちは非対称単位の中の場所に応じて大きく変形しなければ ならないと思われる。ところが、Caspar and Klug は、準等価(quasi-equivalence)仮説を提案し (1962 年)、タンパク質の構造が変化せず、 また、タンパク質間の接触の様式がたいして 変化しなくても、一つの非対称単位中に複数 のタンパク質を配置することができると主張 した。 準等価仮説を具体的に説明するために、ま ず、下図のように正3角形(黒い正3角形で はなく、細い線で囲まれた大きな正3角形) で区分された平坦な紙を考えよう。1つの正 3角形の中には3個の等価な分子が存在し、 3つの分子は 120°の回転により互いに関連 づけられている。分子たちは完全に同一構造 であり、また隣接分子間の相互作用(ボンド)26 例えば、 のような四角形(立体的には四角錐)にとることもできる。 非対称単位は正 3 角形を等しい同じ形状 で 3 分割するものでありさえすればよく、以外の形にも設定できる。 27 対称性をもたない最大の空間の単位という意味で、非対称単位という。
はすべての分子に対して同一である。図の場合、分子たちは A-E、B-C、D-D のボンドをもっている。 正3角形の中心は3回回転軸、辺の中点は2回回 転軸になる。3回回転軸をつないでいくと分子6 個からなる太線の正6角形ができる。図の太線は 正3角形の辺の垂直2等分線たちである。正6角 形の中心は6回回転軸となる。 この平面を正 20 面体対称性の構造に折りたたむ ためには、下図のように均等に配置された 12 個の 6回回転軸に切れ目を入れて、60°の開きをもつ 2直線にはさまれた部分を切り取るか、重ねるか して、5回回転軸にすればよい。このように作成 した立体は 12 個の5回回転軸をもつので、正 20 面体対称性となる。 分子の位置関係をはっきりさせたいので、別の 図を使って分子1つ1つをもっとはっきりあらわすことにす る。下図では、点線で描かれた小さな正3角形で平面が区分 されている28。この小正3角形は上図の正3角形の3分の1 の大きさで、分子1個に相当している。小正3角形6個で正 6角形が作られ、その正6角形で紙面がうめつくされる。上 図とまったく同様にして、12 個の正6角形の中心に切れ目を 入れて紙を切って折り曲げれば、正 20 面体対称性の模型が 作れる。どこに切れ目を入れるかによって模型の形は当然異 なるので、切れ目の相対的な位置関係を明確に把握しなけれ ばならない。そこで、ある1つの切れ目の頂点を原点 O とし て、O から下図のように2本の座標軸 h と k を伸ばす。ただ し、h と k は 90°でなく 60°傾いている。隣りあう正6角形 の中心点間の距離を1とする。したがって、当然、どの正6 角形についても、その中心の位置座標 h とkは整数である。 下 図 の 展 開 図 で は 、 (h, k) = (1, 1) な る 点 に 切 れ 目 の 頂 点 を 入 れ て い る 。 切 れ 目 の 頂 点 は 均 等 に 配 置 す る の で、他にも、(h, k) = (-1, 1), (1, 1), (3, 0)な どが切れ目の頂点である。これらの切れ目の頂点は 5 回軸(5 回回転軸)になる。5回軸を結ぶ大きな正 3角形を考えると、その中に小正3角形が3×T個 収まる29。ただし、 T = h2 + hk + k2である。5回 軸を結ぶ大きな正3角形の中に小正3角形が3×T
28 「図. T=3 の紙モデルの作成」の中の点線で書かれた小さな正3角形は、「図. 正3角形で区分された平面」の黒く塗 りつぶされた正3角形に相当する。 29 簡単な幾何学の計算である。時間があれば、自分で計算してみよう。
2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 25 個収まる以上、紙モデル全体には 60×T個の小正3角形が収まる。この T のことを、T ナンバー (T-number、triangulation number、三角分割数)と呼ぶ。下図は、T = 3 の図である。T = 3 の とき、作られる紙モデルはもっとも単純な表面をもち、正20面体そのものである。 Tナンバーの定義式から、下の表のように、T ナンバーのとりうる値は、1,3,4、7...のとびと びの整数に限られる。hかkのどちらかがゼロの場合は「P=1 型」、hとkの値が等しいときは 「P=3 型」、それ以外の場合を「ねじれ型」と表記する。ねじれはさらに右回りと左回りの2種類 に分けられる。これらの分類に応じて全体の表面の凸凹の分布が異なっている。この分類は紙モデ ルだけでなく実際のウイルス外殻タンパク質の表面を明確に特徴づけるものでもある。 表:T ナンバーと正 20 面対称性の分類 P=1 1 4 9 16 25 P=3 3 12 27 ねじれ 7 13 19 21 a) 正 20 面体対称性中の60個のタンパク質。各タンパク質は完全同一構造、完全同一相互作用。 b) 正 20 面体に 180 個のタンパク質を入れたもの。各オタマジャクシは完全同一構造だが、微妙 に相互作用が異なり(あるいは構造も)、A, B, C の3つに分類される。正二十面体対称性には6 回回転軸はありえないことなどに留意して、A, B, C のタンパク質を区別せよ。これは T=3 である。 c) この図のみ平面図形である.同一のタンパク質3つをくっつけて正三角形を作っていった。各 タンパク質は構造相互作用とも完全同一である。 d)と e) c に切れ目を入れて、T=4 で折り畳んだもの。各タンパク質の相互作用は微妙に異なる。 上述したように、正 20 面対称性ウイルス外殻タン パク質を構成するタンパク 質が準等価な場合、全体は タンパク質 60×T 個からな る。各タンパク質はほぼ同 じ構造でありえるが、タン パク質間の結合の様式が各 タンパク質間で微妙に異な る。また、疑似6回軸やそ れ以外の疑似対称軸が多数 できる。5回軸だけでなく 擬似6回軸のまわりも、準 等価性からほぼ同じ形状を 示しているように見え、出 っ張りとしてウイルス外殻 タンパク質の外形に現れる。 そのウイルス外殻タンパク 質の形態的な単位をキャプ ソメア(capsomer)と言う。 キャプソメアの形状と分布 はウイルスを特徴づけるも のであり、電子顕微鏡写真 のようなおおざっぱな画像 からでも、キャプソメアの 分布を調べて T ナンバーを決定することができる。
問題 1. 次のウイルス外殻タンパク質の画像について、5回回転軸や6回回転軸たちはどこにあるか? 2.hとkの値はいくつか? 3. T ナンバーはいくつか?30 (1) (2) (3) (4) ヒント)右下の(4)の画像でキャプソメアがはっきりみえないのは、きわめて簡単な構造でキャ プソメアの個数が少ないから。まず、どこに5回回転軸があるかをはっきり考えると分かりやすい。 ちいさな凸凹をキャプソメアと誤解して難しく考えすぎないように。
30 (1)T=13,(2)T=4,(3)T=3,(4)T=1
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ピコルナウイルス
ピコルナウイルス(picornavirus family)の pico は「小さな」という意味、rna は核酸の RNA で ある。ピコルナウイルスは「RNA 遺伝子を持つ小さなウイルス」の1つの科を指す。ピコルナウイ ルスは、RNA1本鎖の遺伝子と外殻タンパク質からなるエンベロープなしの小さなウイルス粒子を 形成する。下のリストのようにポリオウイルス、ライノウイルス、口蹄疫ウイルス、エコウイルス などがピコルナウイルス科に属し、どれもあまり致死的ではない疾病を発病する。 ピコルナウイルス科の属(genus) apthovirus 属 口蹄疫ウイルス(血清型7つ)など
cardiovirus 属 mengovirus, encephalomycarditis viurs など
enterovirus 属 poliovirus, coxsackievirus, echovirus, enterovirus など rhinovirus 属 rhinovirus など
その他 equine rhinovirus, cricket paralysis virus など
ピコルナウイルスの外殻タンパク質は、4本のペプチド鎖(VP1、VP2、VP3、VP4)からなるが、そ のうちの特に短い VP4 は VP2 から切断されたものである(VP4 が切断される前の VP2 を VP0 と呼 ぶ)。下図は、ピコルナウイルスのタンパク質が転写後にプロセシングを受けて、個々のタンパク 質に分かれる過程を示したものであるが、VP0 が切断されて VP2 と VP4 ができるのは、ウイル ス粒子の分子集合の完成後に内部 RNA の触媒作 用によるものである。 VP1、VP2、VP3 はアミノ酸配列の相同性が高 く、また構造的にもどれも同じスイスロール・ バレル構造をもっているので、同一タンパク質 と見なしてしまうと、ピコルナウイルスの外殻 タンパク質は擬似的にT=3型の対称性をもつ とも言える。こういう対称性は、擬似T=3型 (pT=3 型)と呼ばれる。下図は、ピコルナウイルス中での VP1、VP2、VP3 の配置である。 左)全体構造の中での VP1、VP2、VP3 の配置。この3つがまず最初に集合する。 右)人間のライノウイルス 14 型(リボン図)と薬物 WIN52084s(スペースフィル図)が結合したX 線構造。左図の斜線部分に相当している。下方向が外殻タンパク質の中心点、上方向が外殻タンパ ク質表面である。
ピコルナウイルスの3つの鎖はどれもロールケーキ・バレル(swiss roll barrel)構造をもつ 。 スイスロール・バレル構造は、下図のように1 本のペプチド鎖中に8本のβストランド部分が 存在して、それが4本ずつ水素結合して2枚の 逆平行βシートを形成したものである。8本鎖 逆平行βバレル、ゼリーロール・バレル構造と も言われる。ピコルナウイルス科に限らず、ほ とんど全てのウイルス外殻タンパク質の単位タ ンパク質はスイスロール・バレル構造をもつ。 つまり、スイスロール・バレル構造をもつタン パク質が多数分子集合して、さまざまなTナン バーの値をもつウイルス外殻タンパク質全体構 造が作られる。8本のβストランドにはアルフ ァベット順に B から I までの名称がつけれる。 その間のループについては、例えば、G ストラン ドと H ストランドの間のループは GH ループと呼 ばれる。ループの構造はウイルスにより大きく 異なる。 ウイルス粒子は、自発的に自己集合 (assembly, morphogenesis)して形成される。意思をもたないタンパク質や核酸がどのようにし て自発的に集合するかということは、生命科学の大きな謎 である。これまでのところ、 ピコルナウイルス外殻タン パク質の自発的分子集合は次の段階に分かれることが知ら れている。 1-0)ウイルスのポリプロテイン P1 が2回切断されて、 VP0、VP1、VP3 ができる 1-1)VP0、VP1、VP3 からプロトマー (I-protomer)が形 成される(5S 蛋白、S 抗原) 1-2)5つのプロトマーが集合してペンタマーが形成され る(14S 蛋白、N,H 抗原) 1-3)12 個のペンタマーが集合して空洞外殻タンパク質 (natural empty capsid、NEC)が形成される(70S 蛋白、 N 抗原) 1-4)1-2)のペンタマーと RNA が直接に集合して、あるい は、1-3)の NEC の中に RNA が進入して、ウイルス粒子前駆 体(provirion)が形成される(N 抗原) 1-5)大部分の(右図のように、すべてではないかも知れ ない)VP0 が加水分解して、VP2 と VP4 に切断され、感染 性をもつウイルス粒子(virion)が完成する(155S 蛋白、 N 抗原)
外殻タンパク質の前駆体仮説(Procapsid hypothesis)
ピコルナウイルスの外殻タンパク質中に RNA が入る仕組みは次の2つのどちらかであると思われる。 1)threading model(糸通し仮説)空洞の外殻タンパク質(natural empty capsid, NEC)の穴から RNA が入り込む 2)transfiguration model(構造変化仮説) 図.4つのタンパク質 VP1、VP2、 VP3、VP4 からできているピコルナ ウイルス外殻タンパク質表面。この 図では、右上のプロトマーの VP0 が VP2 と VP4 に切断されてないので 031 と表されている。
2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 29 RNA が procapsid を取り巻いている。この構造はなにかのチャネルにフィットしていて、そこを通 過することにより、部分単位の協調的再配向が引き起こされ、RNA が内部に入り、最後の VP2 と VP4 の切断がおきて成熟する。 ピコルナウイルスは複雑な感染増殖のライフサイクルを生きる。中でも、ウイルス粒子の自発的 自己集合、抗体からの逃避、宿主レセプターの識別、宿主への吸着、脱殻は重要な過程である。 図.ライノウイルスと宿主細胞表面のレセプターとの結合と感染メカニズム 図.ライノウイルスのキャニオン(渓谷)仮説。「宿主細胞のレセプターに結合するライノウイル スの部位は、外殻タンパク質表面のくぼんだキャニオンにある。そのため、宿主の抗体が直接には 結合することができない。そのため、重要なキャニオン以外のアミノ酸残基が突然変異すれば、抗 体からの攻撃から逃れることができるし、宿主レセプターとの結合は維持される」 図.ライノウイルスのポケット因子。ライノウイルス外殻タンパク質にはキャニオンの下にポケッ ト(空洞)があって、ライノウイルスが宿主細胞を脱出する際に宿主細胞の生体膜の分子の断片が ポケットの中にはまり込む。これをポケット因子という。ポケット因子をはめ込んだ外殻タンパク 質は安定化する。別の宿主細胞に吸着した際に、ポケット因子は放出され、外殻タンパク質が不安 定化し、内部 RNA が宿主細胞の中に放出される。
準等価仮設が成り立たないウイルス
パポバウイルス(papovavirus)はポリオーマウイルス、SV40、パピローマウイルスなどを含む。 その外殻タンパク質は電子顕微鏡では、一見、T=7 型であり、12 個の5回回転軸、および、60 個の 擬似 6 回回転軸をもち、キャプソメアの数は 72 個である 。しかし、下図のbのように、粗いX線 解析で、6回回転軸の中心にタンパク質単位5量体からなる5回対称性をつキャプソマーが存在す るという異常が発見された。 図. ポリオーマウイルスの電子顕微鏡写真と模型。a と b は見た方向が異なる。 下図はそれを分かりやすく示したもので、5回回転軸上だけでなく6回回転軸の上にも5量体が 存在し、したがって、準等価性が壊れている。必然的にパポバウイルスのプロトマーは隣接したプ ロトマーと状況に応じて複数の種類の接触の切り替えをしなければならない。 SV40 とポリオーマウイルスの精度の高いX線解 析から、下図のように各タンパク質単位から伸び ているアームがタンパク質単位の位置に応じて構 造変化を起こし、対称的でない様々な相互作用を することが示された。タンパク質単位は長い C 末 端のアームをもち、それが隣接したタンパク質単 位の方に遠く伸びて、そのβシートと水素結合を して実質的にそのβストランドを1本増やしてい る。そのアームは侵入先のタンパク質単位のN末 端により固定される。2014 年夏学期 北里大学理学部 生体分子構造学 米田茂隆 31 下図は SV40 の外殻タンパク質全体構造の中で5量体を 構成した部分を抜き出したものであるが、その C 末端が 長く伸びて、似たような構造をしていることが分かる。 この5量体が、右上図のように集合して、まわりの6個 の5量体と相互作用する。すなわち、他のウイルス外殻 タンパク質とは異なり、パポーバウイルス外殻タンパク 質はタンパク質単位間の相補的な接触面間のボンドで構 成されるというより、各タンパク質単位の C 末端のアー ムでしばられたものといえる。