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智山學報 第42 - 010大沢 聖寛「根嶺末学寿量品読誦について」

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(1)

根嶺末学寿量品読誦に つ いて

寿

 

 

 

 

              一 、

 

山 、

山 で は 、 根

ご 關 山 興

大 編

鑁 上 人 ( 一 〇 九 五

噺 一 西 三 ) の

恩 謝 徳 の た め に 「 冬 報 恩 講 出

」 を 厳

し て い る が 、 こ の 「 冬 報

講 出 仕 論 義 」 は

を 用 い な い 「 寿 量 品

」 で あ っ て 、 「 寿 量 品 読 講 」 と 「 報

 

                                         

 

 

 

 

                    ( 1 ) 恩 講 説 草 」 か ら 組 立 て ら れ て お り 、 「 寿 量 品 読 誦 」 で は 、 『

法 蓮

経 如 来 寿 量 品

十 六 』 を

義 派 独 特 の 節 回 し で 、

す る の で あ る 。

 

「 報 恩

本 座 次

」 橡 、

・ 講 師 登 壇 ・ 裘 白 ・ 神

。 勧 請 ・ 経 釈 ・ 問

師 問 答 。 大 衆 論

・ 廻 陶 ・ 講

・ 退 座 で

る の で あ る ぶ 、 こ の

、 経 釈

 

  妙 法

經 序 品

 

  昌   レ 玉 7   セ                       噸 テ ノ       シ   ル   チ     ワ   昌           ノ ハ ( 2 )

 

  方 今

二 講 讃 一 妙

任 二 常 法 式 一 可 レ 奉 γ

二 三 門 囀

意 者

此 經 云 云

 

                                         

 

 

 

 

                            ( 3 ) と 示 し た ご と く 、 『

』 の

容 を

釈 し 、

者 講 師 問

で は 、 鑿

の 『 大

百 条 第 窯 重 』 に つ い て 、 裏

を 組 合 せ 「 教 主 真 応 臓   一

普 門 禳 」 の 論 義 を 用 い て お り 、 次 の 大 衆 一 詞 の 論 義 往

は 、 『

第 三 重 』 の 正 難 正

 

                                         

 

 

 

 

      ( 4 ) を 基 調 と し 、 必 ず 一

の み を 論 義 し 、 ま た

難 す る こ と を 許 さ な い の で あ り 、 い ず れ も 『 法 華 経 』 の 論 義 で は な く :一 

169

 一一

(2)

『 大 日 経 疏 』 の 論 義 な の で あ る o   例 を 引 け ぽ 「 大 般 若 法 会 」 で は 、 「 経 釈 」 は 『 大 般 若 経 』 を 解 釈 し 、

に 『 大 般 若 経 』 六 百 巻 を

読 す る の で

り 、 法 会 の 筋

が 通 っ て い る の で あ る が 、 こ の 「

報 恩 講

仕 論 義 」 で は 通 ら な い の で あ る 。   こ の 件 に 鶲 し 、 智 山 の 高 井 観 海 化 主 は 、 「

講 論

の 研

」 に 次 の よ う な 疑 聞 を 投 げ 掛 け て い る 。                                                                     マ ヴ     そ れ に し て も 『 法 華 經 』 を 房 讃 の 講 經 と

す こ と は 一 體 ど う 云 ふ

で あ ら う 、 轟 じ く 『

筆 』 に 左 の 傳 あ     り 丶      

之 論

ニ テ 法 花 ヲ 講 經 ニ ス ル ハ 、 大 日 經 之 淺 略 之 經 ナ ル ガ 故 二 、 観 草 ニ テ

華 之 大

ヲ 講 釋 ス ル ガ 故 ヘ ニ 、       必 講 讃

經 ヲ 講 經 ト ス ル 法 ナ リ ト 、 信 海 法 印 語 ラ レ ケ リ 、     と 云 ふ 、   こ x に 儒 海 法 印 と 穩 す る は 豐 由 第 七 世 の 能 化

せ ら れ た 方 で あ る 淋 、 閥 法

經 醐 を

る 駈 以     は 『 大 日

』 の 淺 略 の 經 典 と し て 取

ふ と 云 ふ の も 一 義 で あ る が 、

の 南 都 の

摩 會 に あ り て は 『 維

經 』 を     講

し 、

、 最 勝 會 は 『 金 光 明 最 勝 王 經 』 を 講 讃 し 、 天 臺 に 於 て 、 『

經 』 を 講 讃 す る 立 場 よ り 見 れ ば 、    

數 不 共 の 經

を 講 讃 す べ き 筈 の も の で

る 。 し か る に こ の

恩 講 説 草 に 『 妙 法

經 』 を 講

し 閥

    且

叩 』 を

誦 す る

以 は 更 に 深 い 意

が な け れ ば な ら ぬ 。 考 一 考 を 要 す べ き こ と で あ る 。

相 の 談 義 は 理 秘 密     に 屬 す る が 故 に 特 に 理 祕 密 の 『

經 』 を

の 經 と し た か 、 或 は こ の 冬 報 恩 講 の 思 想 的

景 と し て 鎭

國 家     の

榊 を

承 し

た り し 『 法

經 隔 を ば 特 に 顯

儀 し て 用 ひ た る も の な り や o し か し 、

量 品                                                             耳         ( 5 )     を

誦 す る 所 以 は 、 興

大 師 の

命 長 遽 を 所

せ ん 淋 た め で あ ら う と 思 ふ 。   ま た 「 興 敏 大 師

忌 法 會 の 研 究 」

八 百

遠 忌 を 迎 へ て

に は 、    

岱 僭 正 の 『 見 聞

筆 鑷 に 、

經 を 講

に す る は 、 大 日 經 の 淺 略 の

な る が 故 な り と 釋 し て ゐ る が 、 そ     れ も た し か に 一 説 で あ る 。 だ が 、 し か し 報 恩 講 に

華 經 を 講 讃 す る

は 恐 ら く 法 華 八 講 の 思 想 よ り 轉

し た 一

170

(3)

根嶺末学寿量品読誦につ い て

 

 

 

                  マ ア

 

 

も の と 見 る の が 爰

で あ ら う と 思 ふ 。 ( 中 略 ) 本

の 我 が 教 學 的 立 場 に あ り て は 迹 門

よ り 本 門 法 華 に

 

 

重 點 を 置 き 、 そ の

門 法 華 の 中 心 思 想 で あ る こ の 壽 量 品 を

重 し 、 法

を 惣 略 し て 、 こ の 壽 量 品 を 一

 

 

肝 心 と 爲 し 、 冬 報 恩 講 に も 、 こ の 壽 量 品 を

誦 し 、 ま た 遠 忌 法 會 に も 此 の 壽 量 品 會 を 勤 修 す る や う に 成 つ た と

 

 

 

                    ;         ( 6 )

 

 

る の が 正 し い 見 方 で あ ら う と 思 ふ 。 と

べ て あ り 、 先 の 「

報 恩 講 論

の 研 究 」 で は 『 寿 量

』 を

誦 す る の は 、

教 大 師 の 慧 命 長 遠 を 祈

す る た め と し 、 後 の 「 興 教 大 師

忌 法

究 」 で は 、 『 寿 量 品 』 は 『

華 経 』 の 肝 心 で あ っ て   「 法

八 講 」   の 思 想 よ り 転 化 し た も の と 見 て い る 。

 

さ ら に 、 櫛 田 良 洪 博 士 は そ の 『 覚

の 研 究 』 に 、 英 岳 の 『 見 聞

筆 』 に 触 れ 、 ま た 「 法

八 講 」 よ り 出 た 思

 

し 、 後 に 次 の よ う に 述 べ て い る 。

 

 

報 恩 講 の 説 草 の 中 に は 「 法 華 経 」 が と り 入 れ ら れ た の は 古 い こ と で 、

寺 宝 菩 提 院 蔵 の 「 報 恩 講 説 草 久 」 に よ

 

 

 

                                  マ マ

 

 

る と 、 初 め は 頼

作 の

草 全 文 を 掲 げ 、 神 文 ・ 勧 請 ・ 経 釈 を 掲 げ て い る か ら 、 そ の 経

は 「 理 趣 経 」 で も 「

 

 

槃 経 」 で も な い 。 経 は 「 妙 法

経 」 序 品

一 で あ る 。 し か し て こ の 経 釈 は 大 意 ・ 題 目 ・ 入

解 釈 を 型 の ご と

 

 

く 述 べ て 、

 

 

 

          ヲ     ( 覚 鑁 )                   シ ラ バ                                                 リ   轟                                             ニ       レ ツ ル コ ト

 

 

 

捧 講 論 之 惠 業 資 聖 靈

菩 提 、

爾 聖 霊 金 石 一 塊 之 朝 、 万 事 皆 似 夢 、 凡 聖 一

之 夕 諸

同 帰 本 、

婆 之

 

 

 

ヲ                                                                                                                                           ナ リ

 

 

 

悪 、 此 道 場 即

厳 国 土 、

蘭 凡 夫 之 謂 情 、 此 論

實 相 。

 

 

と い う 説 草 の 普 通 の 型

を 具 え て い る 。 よ っ て こ の 報 恩 講 説

は 鎌

姿

を そ の ま ま 伝 え て い る も の で

 

 

る 。 (

略 ) 「 報 恩 講 」 が 「 法 華 経 」 に 関 係 が

っ た 点 も 明 ら か で あ る 。 そ れ に し て も

の 寿 量 品 と 問 講 と は ま

 

 

っ た く 異

的 な 組 み 合 わ せ で 、

要 は 完 全 に 二 部 組 織 と な っ て い る こ と は

に 奇 異 な

が す る 。 こ れ 初 め

 

 

が 顕 教 立 の 法

で 始 ま り 作

養 の 目 的 に 終 始 し た の が 、 後 に 論 義 が 加 え ら れ 、

に 竪 義 が 重 な っ た た め で 、 一

171

(4)

    つ い に 報 恩 講 は 覚 鑁 へ の 知 恩 報 恩 を 捧 げ る と と も に 、 教 学

興 の も っ と も 重 要 な 方 法 論 に 使 用 さ れ た も の に ほ        

 

 

 

 

      ( 7 )     か な ら な い と 考 え ら れ る 。 以 上 「

恩 講 」 は 顕 教 立 て の 法 要 で 始 ま り

善 供

の 目 的 で 、 後 に 論

に 竪 義 が 重 な り

へ の 知 恩

恩 を

げ る よ う に な っ た こ と を 述 べ て い る 。   い ず れ に し て も 両

は 、 「 法

」 の 思 想 か ら 『 寿 量

』 を 読

す る と さ れ て い る が 、 現 在 『 寿 量 品 』 を

誦 し て い る の は 、 根 嶺

学 の み で 、 野 山 、

で も 行 な わ れ

に は 『 法 華 八 講 表 白 』 清

金 剛 院

の 説

が 残 ・ て い

も 拘 わ ら

さ れ て い な い し ・ 『 寿 量 品 』 も 読

さ れ て い な い の で あ る 。 根

末        

 

 

 

 

                                         

 

 

 

 

            ( 9 ) 学 の み 『 寿 且

叩 』 を

誦 す る の は 、 先 学 が 述 べ て い る ご と く 、 「 法 華 八

」 の 流 れ も 大 で あ る が 、 特 に 『 大 日 経 疏 』 、 弘

大 師 ( 七 七 四

八 三 五 ) 、 興 教 大

の 思 想 が 根 本 に あ る こ と を こ の レ ポ ー ト で は 証 明 し た い 。

  そ こ で 弘 法 大 師 、 興 教 大 師 の 御 遠 忌 に は ど の よ う な 法

が 厳 修 さ れ た の で

ろ う か 、

戸 時 代 の 文 献 で 調 査 す る と 、 ま ず 弘 法 大 師 の

遠 忌 で は 、 『 豊 山 伝 通 記 』 巻

宋 之 末 の 「

二 十 二 世 慧 任 僧 正

」 に 、  

 

 

 

 

    テ                       昌     ス   ’     ( 10 ) ヲ  

 

甲 寅 三 月 。 丁 二 于 高 租 弘

大 師 九 百 年 遠 忌 噌 供 二 奠 二 部 大 漫 茶

→ と あ り 、 『 豊 山 伝 通 記 』 補 修 の 「

二 十 一 世 慧 海 僧 正 伝 」 に は 、  

 

 

 

ノ       ス   ヲ             ミ   ヲ ギ   ヲ                     ツ レ リ       ヨ リ テ             ス       ノ  

 

同 癸 丑 年 經

難 繍 一

冬 疊 レ 石 闢 γ 地 陀 羅 尼 堂 及

先 成 矣 。

至 γ

大 成 。 内

須 彌 座 . 賓

.  

 

大 壇 ・ 佛 具 之 窺 真 踰 〆 年

焉 。 甲

三 月 十 一 日

二 造 畢 供 筧 輔

一 征 一 理 趣 三 昧 脇 十 二 日 臥 二 三 間 一 講

 

 

ヲ           ナ   セ リ ニ       テ ル ヲ   ノ       ヲ   テ   ヲ         ニ   テ   ユ   フ         ヲ  

 

州 菩 提 院

従 二 事 之 司 又

年 以 レ 迎

租 九 百 回 遠

司 選 二 嘉 會 于 同 月 十 五 目 一 於 二 金 堂

二 大 漫 荼 羅 供 司

 

 

 

辷 ン         ナ リ ( 11 )  

 

奏 法

重 也 。 一

172

(5)

根嶺末学 寿量品読 誦に つ い て と あ り 、 『 移 転 地 世

記 』 に

生 院 世

記 」 の 「 第 九 世

賢 法 印 」 に は 、                                 ニ ニ ヲ   テ ユ   ニ ミ    

保 十 二 年 丁 未 三 月 十 八 日 依 一 一 臺

一 移 二 住 當

二 造 庫

殉 同 十 九

甲 寅 十 月 五 日 復 依 二 台

二 住 護 國

一 修 ニ               ノ               ヲ                         一             ・ 冖           ・ 一           ( 12 )    

租 九 百 年

荼 羅

刈 衣 復 昇 二 住 護

院 一

二 櫨 僣 正 → 而 後 途

一 豐 山

主 一 と あ り 、 同 じ 『 移 転 地 世 代 記 』 の 「 四 江 州

持 寺

記 」 の 「 慈

」 、 「

寺 三 十 三 世 也 」 に は 、    

月 初

。 例

恩 講 勤 ド 之 。 甲 辰 三 月 六 日 至 十 二 日 高 租 大 師 九 百 五 十 遠 忌 目 々 三 時

明 三 昧 目 中 理       ( 13 )    

三 昧 。 と あ り 、 『 豊 山 伝 通 記 』

修 に は 、 「 第 三 十 世 虚 明

正 伝 」 に は 、           ノ     テ ル ニ   ノ         ニ                         ヒ テ   ヲ   ス         ヲ       ニ   テ テ     天 明 甲 辰 春 。 曲 レ 丁 二 高 祀 九 百 五 十

。 從 三 一 月 十 七 日

一 三

日 夜 。

一 一 大

二 理 趣 三 昧

堂 → 尋 於 二       鼻   フ           ヒ       ,   チ レ ジ     ノ   ヲ   テ ス ル ト     ノ       ニ ( 14 )    

堂 一 行 二 曼 荼 羅 供 及 傳

頂 叩 即 是

告 が

恩 → 衆

摩 堂 落 慶

養 一 也 。 と あ り 、 『 移

地 世 代 記 』 の

生 院 世 代 記 L の 「

三 十 六 世 深 賢

印 」 に は 、                                        

 

 

 

 

                                        ( 15 )     天 保 四 癸 巳

方 二 我

大 師 一 千 年 遠 忌 。

上 而 闔 山 竭

二 大 曼 茶 羅 供

灌 頂 都 而 三 十 六 供 也 。 と あ り 、 弘 法 大

の 御 遠 忌 に は 、 大 曼 荼 羅 供 、 伝

頂 、 結

灌 頂 、 理

、 光 明 三 昧 等 が 修 さ れ た 。   次 に 興 教 大 師 の 御 遠 忌 に は 『 豊 山 伝 通 記 』 巻 中

に 「

七 世 信

和 尚

」 に は 、     ( 寛 永 )                               ノ           ヲ                 ヲ                   ト               ヲ           シ ト     フ ル ( 16 )    

壬 午 冬 。

僣 正 迎 ゴ

嚴 奪

五 百 忌 景 叩

八 講 舶 此 日 師 爲 二 問

γ 發 二 一 問 4

謂 無 二 復 答 舶 (

永     は 大 沢 記 入 ) と あ り 、 同 じ 『 豊 山 伝 通 記 』

中 本 に 「

五 世 尊

僧 正 伝 」 に は 、             ノ       ノ ズ     ニ       ニ                                   ノ   ヲ             ス         ヲ                 テ    

依 二

下 執 奏 一 敕

正 幻 師 前 寛 永 壬 午

十 二 月 。 迎 二 密 嚴 奪

忌 景 司 箍 颶 執 二 行 法 華 八 講 → 承

中 。 丁 二 聖    

於 二 與

奉 二

と あ り 、 『 和 州 豊 山 長 谷

今 雑 録 』 に 一 

173

(6)

    早 速 勅 許 有 〆 之 。

教 大 師

。 仁

主 迄 被 二 下 置 4 此 願 之 發

瀬 よ り の こ と に 候 得 は と て 、

門 主 よ り                                                                               ニ     勅

を 初

へ 納

た ま

此 大 師 號

用 と し て 。 天 下 之 一 派 を 勸 奬 ぜ り 。 智

て は 八 講 。

に て は 竪                             ノ                 ( 18 )    

行 し て 、 五 百 五 十

せ り 。 と あ り 、 『 長 谷 寺 万

録 』 第 五 に     一

野 山

・ 興

遠 忌 有 レ 之

由 ・ 智 積

江 申 合 代

し 。 密

へ 銀

致 二 奉 獻 藺 候 。     代 僭 宿 坊 清 淨 心 院 江 頼

し 。

香 ・

禮 相 勤 申

。 」

壬 戌 冬 月 。

六 百 回 忌 法

修 行 。 右

冬 巳     來 現 集 議 中 江 相 談 被 二

り 大

之 軌

等 治 定

上 。

法 具 ・ 入 用 之 品 々

之 上 申

致 二

來 司

    日 衆 中 江 書 付 被 弖 仰 渡 一 候 。 法

八 講 十 一 月 十 八 日 開 白 。 同 到 二 昔 一 日 一 結 願 。 其 配

則 。

人 等 之

如 ニ                                                         ニ     前

供 司 同 月 廿 五 日 正 日 。 天

。 執 行 成 就 大 幸 之 至 候 。 職

惣 中 三

貳 口 。 惣 而

配 井 供

   

二 別 録 叩 同 十 二 月 六 日 よ り 至 二 同 九 日 司

二 陀 羅 尼 堂 一 三 日 九 時 理 趣 三 昧 。

抽 二 丹 誠 一

γ 勤 二 修 之 一 擬 二 彼 鴻

一    

。 購 騰 譖 蹴

                        ( 19 )      

保 二 壬 戌 年 十 二 月 日 と あ り 、

じ 『 長 谷

万 記 録 』

五 に 二 通 の

状 が あ る 。     兩 部

荼 羅 各 一 鋪     右

二     興

六 百 回 遠 忌 一 而 。

之 → 霜 月 廿 五 日

茶 羅 供 一

二 開 眼 供

。 同 月

目 . 極 月 朔 日 。     又 掛 二 於 此 曼

一 而 。

法 印 可

二 于 二 百 許 人 一 畢 。 而 以 二 右 曼 荼 羅 一 令 γ

于 下 總

ヶ 崎 村 東 幅 寺

    場 常 什

一 畢 。      

保 二 壬 戌 年 十 二 月 吉

日 一

174

(7)

根嶺末学寿量品読諏 こつ いて

池 坊 僣 正 圭

印    

師 奪 際 一

   

年 就 二     興 教 大 師 六 百 回 遶 忌 一

レ 造 〆 之 。

4 霜 月 十 八 日 ・ 十 九 目 ・ 廿 日 ・ 廿 一 日 執 二 行 於 法 花 八 講 八 座    

鱒 同 月 廿 五 日 修 二 於

儀 大

荼 羅

刈 而

眼 供

噂 之

。 以 一 右

二 附 于 下 總 國 千

妙 見 寺 一 奉     レ

彼 道 場

。      

二 壬 戌

十 二 月

目          

 

 

 

 

                ( 2Q )          

 

 

 

 

    小

僣 正 圭 賢 圃 と 示 さ れ て あ り 、 同 じ 興 教 大

の 六 百 年 御

忌 に 『 豊 山 伝 通 記 』

中 末 之

の 「

二 十 三 世 圭 賢

正 伝 」 に は 、          

 

 

 

 

ノ ニ ス   ヲ テ   ニ シ    

保 二 壬 戍 春 。

一 上

渇 望 司

二 授

心 院 之 一

。 同 年 丁 二 興 教

師 六 百

諱 司 八 月

一 一 法 華 八 講 及 庭

         

 

 

 

 

                      ヲ         フ                                   ヲ    

荼 羅

三 日

時 。 理 趣 三 昧 三

之 大

會 一 調 二 顯 密

供 養 鱒

造 二 兩 界 曼 荼 羅 。 井

教 大 師 之 像 。 絲

段 幡 等           ヲ         ス         コ       ヲ ス         ニ   ハ         ト     ニ

。 兩

二 下

鰭 崎 東

寺 。 以 二

附 二 同 州 千 葉 妙

→ 二 幡

爲 二 豐 山 之 法 具 一 矣 。 法       テ                 ニ     ム         ノ       レ   ニ   ン 玉 7 ヲ ノ     ヲ ( 21 )     會

於 二

羅 尼 堂 司

嚴 奪 者 喜 氣

7

。 謝 二 法 會 郷 重 噂 矣 。 云 云 と あ り 、 興 教 大 師 の

遠 忌 に は 、 法

が 行 な わ れ 、 合 せ て

曼 荼 羅

、 及 び 理 趣 三 昧 が 修 さ れ た 。 江 戸 期 の 資

に 限

さ れ る が 、 明 ら か に

教 大 師 の

遠 忌 で は 「 法 華 八

」 が

行 さ れ て お り 、 弘 法 大 師 の 御 遠 忌 で は 「 法 華 八 講 」 は 執

さ れ て い な い こ と が 判 明 し た 。

寿

こ こ で 「

八 講 」 に つ い て 一 言 す る と 、 「 法 華 八 講 」 と は 「 法 成 寺 八 講 の 第 一

沿

革 」 に は 、 一

175

(8)

    八 講 ハ 、 法 華 八 卷 ヲ 、 一 卷 ツ ・ 各

二 講

ス ル ナ リ 、 之 二

二 經 ヲ 添 ヘ テ 十 講 ト 云 フ 、 故 二 八 講 十 講 ハ 同 一       ( 22 )     種 ナ リ 、 と 解 説 さ れ て い る が 、 八 講 の 起

は 、 『 元 享 釈

』 巻 第 二 ・ 石 淵 寺 勤

の 項 に 、     操 大

。 乃 共 一 同

七 人 一

一 好 母

石 淵

後 刃 操 及 七 人 反 γ

。 操 語 而 日 。 我 替 二 榮 好

母 →

未 〆

命 已 斷 。    

レ 足 7

レ 好 焉 → 我 欲 下 薦 二 宴 幅 一 而

。 我 等 八 人 分 一 法

八 卷 4 逢 二 鰛 忌 一

講 一 二 卷 爲 二 追

等 許 不 。 七 人    

諾 。 便 設 二 四 日 二 座 講 席 一

ノ 之 。 名 日 二 法 華 八 講 會 → 于 〆 時 延 暦 十 五 年 也 。

歳 不 γ 缺 。

寺 名 日 二 石 淵 八 講 司                              

 

 

モ ケ リ       ( 23 )    

効 修 焉 。 十 講 三 十 講 相 衣 而 出 。

基 二 於 操 也 。                              

 

 

 

 

                            ( 24 ) と 解 説 し て あ る ご と く 、 石

八 講 か ら で あ り 、 平

中 期 よ り 、

中 ・ 公

・ 寺 院 等 に て 盛 ん に 修 せ ら れ た 法 会 で あ る 。   さ て 弘 法 大 師 と 「 法 華 八 講 」 の 関

献 は 、

和 天 皇 が 桓 武 天 皇 の 追 善 供 養 の た め に 嵯 峨 天 皇 の 御

の 法 華 経 を 西

に て 講 讃 せ し め た 文 で あ る 「

武 皇 帝 の 奉 為 に

書 の 金

の 法 華 を 講 ず る 達 嘲 」 に 、     謹 ん で 西 の 仁 祠 に 託 け て 金 仙 の 靈 を 憑 み 仰 ぐ 。

を 嚴

し て

僣 を 延 嘱 し 、 八 箇 日 の 問 太 上

札 の 金

の 法    

を 講 演 し た も う 。 釋 迦 再 び 生 れ て

嶺 の 會 輻 湊 し 、 四 衆 重 ね て

つ て 涌 出 の

森 羅 た り 。

一 た び 響 い て                              

 

 

 

 

( 25    

唄 斷

し 、

幼 三 た び 禮 し て 香

飄 隕 す 。 と 説 か れ 、 「 法 華 八 講 」 を 修 し た こ と が 知 ら れ る の で あ り 、 ま た 先 の 勤 操 に 対 す る 、 一 周 忌 を 天 長 五 年 ( 一 四 八 八 ) 四 月 十 三 日 に 迎 え る に あ た り 、

子 等 が 師 の 勤 操 の 彫 像 を 造 り 、

を 伝 え よ う と し て 、 そ の

章 を 大 師 に 依

さ れ た 「 故 の 贈 僧 正 勤 操 大 徳 の 影 の

井 に 序 」 に     三 千

の み 名 を 禮 す る こ と 二 十 一 年 、 八 座 の 法

を 講 ず る こ と 三 百 餘

吼 の 雅

腸 を

ち 、 迦

の     哀

見 る

愛 死 す 。 男 女

て 發 心 し 、 華 野 に 産 を 忘 れ て

を 設 く 。 職 し て 悲 調 の

な り 。 如

の 使 す 所 公 一 176 一

(9)

根嶺末学寿量品読誦につ い て                 ( 26 )     に 非

し て 誰 ぞ 。 と 説 か れ て い て 、

操 大

華 八 講 」 を 講 ず る こ と 三 百 有 余 会 に 及 ん で い る こ と を 記 し て い る の で あ っ て 、 二 つ の 文 献 と も 弘 法 大

ご 自

か ら の 、 ご 修 行 で は な く 、 時

請 で あ っ た 。   と こ ろ で 、 興 教 大 師 の 御 遠 忌 で は 、 確 か に 「 法

八 講 」 が 修 行 さ れ て い る が 、 新

真 言 宗 の 論 義

法 で 、 中 性 院 頼 心 ( 一 五 三 七

一 六 〇 九 ) が 注 記 を 加 え た 、 『 塵 塚 』 の 一

長 十 一 年

六 〇 六 〉 十 一 月 ) に 、         う ヘ ヘ ハ ヘ ヘ カ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ ヘ           ル ヲ     一 、

恩 講 夏

. 塾

也 。 諸 瓧

靈 等 可 γ 知 レ 之 。         へ   あ   ヘ   ヘ ハ   ヘ ソ     ヘ     ヘ   ヘ ヲ   ヘ ル   ヘ ユ   ヘ   ヘ   へ     一 、 三 問 一 講 不 レ 謂 二 時 節 一 勤 γ 之

則 也 。 ( 中

)         ヘ   ヘ ノ ヘ ハ ヘ ハ へ   あ   ヘ     ヘ ト ヘ ト ハ ヘ   ヘ   ヘ     ヘ   ヘ   ヘ   ヘ ハ ヘ   ヘ   ヘ   ヘ     ヘ   ヘ ヘ ハ ヘ   ヘ   カ   ヘ   へ     一 、

師 事 夏 大 日 經 。 晦

秋 二 時 般

。 廿 一 目 金 剛 頂 經 也 。 ( 中 略 )         ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ   ヘ ノ ヘ     ヘ   ヘ ハ ヘ   ヘ   ヘ ト へ   あ   リ   ヘ     ヘ   ヘ ト     へ   ゐ ハ ヘ   ヘ   ヘ ヘ ト ヘ   ヘ   ヘ ト     一 、

義 開 結

。 夏

喫 上 人 、

秋 般 若 心 經 慈 救 咒 。 云 云                     ノ     一 、

義 論 義

。                                                                                       ク   ノ                                   ノ       問 。 新

量 如

。 凡 三 千

講 大 疏 愚

三 重

r

     

駿

草 。

、 籖

二 搬

鈔 。             テ           ノ     ニ               ス       + 巻 。

 

依 二 以 上

一 而 沙

。       問 ・

。 答 。

第 三 重

儀 二

次 三 ケ 膨 沙

。 晴      

          ノ ハ テ ノ   ニ ス ヲ       問 。 其 餘 愚

於 二

會 場 一 沙 訓 汰 之 輔

。      

於 ・

二 季

・ 。

廴 於 ・

守 講 。

綿

     

論 .

於 ・ 覺

院 櫓

177

 一

(10)

      亦 置

 

。 五 坊 八 講 。 轟 瀦 汕 良 轟

月 五 」 以 龍 四 日 働 V 之 燎 − 醜 甑

応 識

堅 影 者 訛 勤 ・

孔 。

性 院 毎 月 三 ケ 島 問

               

 

 

 

 

於 二 田 舎 沙 二 汰 之 喝                

 

 

 

 

            八 講 皆 五 坊 八 講 相 傳 也 。                

 

 

 

 

                              但 堅 者 新 加 許 出 任 ス ル 者 也 。       7 之 也 。           ニ     ニ    ハ                     ハ       ノ                                                                                             ノ   ウ                                                                                             ノ                   ス     ヲ      

獅 弔

      ヨ       瓧 而 行 口 次       コ       ナ ル   ツ       第 相 二 勤 之             ノ     レ ノ ヨ リ   ス   ヲ               ヘ ヘ ノ カ   ヘ   ヘ ノ ヘ ヘ ハ   へ   う ノ へ   ゐ   ヘ ス   マ ヲ     ノ             ノ   ノ   ノ     ハ     ノ             ワ     リ   ノ       間 。 論 義

何 方 出 . 之 耶 。 答 。 二

人 出 ・ 之 .

取 二

院 問 題 五 坊 住 持 出 ・ 之 。

      也 。                 ノ                 ソ               ノ     ハ           ハ               ス   ヲ                 、   、   、               ( 27 )       問 。 常 住

中 談

如 何 。

。 常 住

學 頭 或 右

頭 沙 コ

之 鱒

大 會

八 講 等 役

全 同 也 。 (

略 )       ( 付 点 大 沢 ) と

か れ 、 こ れ ら を 検

す る と 、 明 ら か に 「 報 恩

」 、 「 三 問 一 講 」 、 「

華 八 講 」 と が 示 さ れ 、 「

恩 講 」 は

共 に 聖 可 上 人 の 法

と 示 し 、

師 の

と 冬 は 法

経 と 示 し 、 「 密

院 八

」 は 錐 操 不 動 法 楽 な り と 示 し て 、 「

講 」 「

八 講 」 は 別 の 法 会 と 示 し て い る 。   ま た 小 池 坊 二 十 四 世

化 信 恕 が 宝 暦 十 年 ( 一 七 六 〇 ) 春 三 月 に 長 谷

月 輪 院 鳳

作 さ せ た 『 豊 山 玉 石 集 』

之 巻 に 、                

 

 

 

 

                    初     十 二 月 二 日 よ り 三 日 ・ 四 日 朝 ま て 。 勸 學 院 に て 新 入 の も の 。

勤 レ 之 。     五 目

 

 

 

 

 

 

中    

日 よ り 十 一 日 ま て 。 四 つ

方 丈

堂 に て 興

大 師 追

法 樂 の

。 井 御

作 の 奪

を 講 堂 の お く の 間 に

置                

 

 

 

 

                    、   、   、   、   、   、   、   、   、     、   、   、   、   、   、   、 ( 問 )   、   、   、       し 。 種 ≧ の

物 を 辨

し 。 法 門

日 法 花 壽 量 品 を 讀

り 。 衣 に

提 院 結 衆

答 決 擇

。 ( 付

大 沢 )                

 

 

 

 

                                         

 

 

 

 

  ( 28 )     十 一 日 晨

よ り 於 一 奥 院 陀 羅 尼 堂 司 一

夜 不 斷 に 奪 勝 陀 羅 尼 を 踊 讀 し 。 法 樂 を

る 。 一

178

(11)

根嶺末学寿量 品読誦につ い て と 記 さ れ 、 十 二 月 五 日 か ら 十 一 日 ま で 方 丈 講 堂 に

教 大 師 の

を 安 置 し 供

り 、 法

決 択 が あ っ て 、 毎 日 「

寿 量 品 」 を 読 誦 し 、

提 院 結 衆 は 門

決 択 つ ま り 論

を し 、 ま た 同 じ 十 一 日 に は 奥 院

羅 尼 堂 に て 、 一 晩 中 不

勝 陀 羅

誦 し た こ と が 、

ら れ る の で あ る 。 つ ま り 『

塚 』 で は 「 法

八 講 」 と は 別 に 「 報

講 」 は

上 人 の 法 楽 の た め に 修 し 、 ま た 講

は 晦 と

に は 『 法

経 』 を

誦 し た こ と が

ら れ 、 『 豊 山 玉 石 集 』 で は 、 興 教 大 師 法 楽 に は 、 「

寿 量 品 」 を 読 誦 し た こ と が 知 ら れ る 。   で は 何 ぜ 興 教 大 師 の

楽 に 『 寿 量 品 』 を

誦 す る の で あ ろ う か 。 ま

め に 弘 法

師 が 、     一 乘 は 理 奥 し て 、

に 乖 け り 。 論 疏 を

ら ざ れ ば 、 微 音 功 な

ん 。

車 に 勞 す る こ と あ り と い

ど も 、

                ( 29 )    

は 聖

を 裨 わ ん 。 と

べ ら れ た 、

の 『 大 目

』 の 「

目 法 王 の 祕

」 に 、    

迦 出 世 し て 四 十 餘

に し て 、 舍 利 弗

懃 な る 三 請 に 因 り て 、 方 に 爲 に 略 し て 、 妙 法 蓮 花 の 義 を 読 き た ま     い し が 如 く 、

此 の 本 地 の

も 、 又 是 れ

蓮 花 の

深 の 祕

な り 。 故 に

量 品 に 云 く 、 常 に 靈

山 と 及 び

                             

 

 

 

 

                                         

 

 

 

 

        ( 30 )     の

の 住 處 と に 在 り 、 乃 至 、 我 が 淨 土 は

れ ざ れ ど も 、 衆 は

す と 見 る と 、

ち 此 の 宗 の

伽 の

な る の み 。 と 説 い て 、

花 は 、 『 法 華 経 』 を

し 、 寂 深 の 秘 処 は 『 大 日 経 』 を 指 し 、 『

日 経 』 は

秘 処 と 解 ( 31 )                                 ( 32 )

し 、 『 寿 量 品 』 で は 「 身 土 の 常 住 」 を 『

日 経 』 の

で あ る と し て い る 。   ま た 同 じ 『 大 日 経 疏 』 の 「 観

を 明 か す 」 処 に 、    

に 大 日 の

に 、 大

者 を 置 け と 云 う は 、 即 ち 是 れ 蓮 華 部 の 主 な り 。 謂 く 如

し て 、 十

    生 句 を

察 し て 、

の 普 眼 の

華 を 成

こ と を 得 る が 故 に 、 觀 自 在 と 名 つ く 。 如

の 行 に 約 す る が 故 に 、

                             

 

 

 

 

                                         

 

 

 

 

    ( 33 )     と 名 つ く 。 頂 に

量 壽 を 現 ぜ る こ と は 、 此 の 行 の 極 果 は 、 鄙 ち 是 れ 如 來 の 普 門 の 方 便 智 な る こ と を 明 か す 。 と 説 き 、 大 日 ・ 観 自

・ 無 量 寿 を 説 い て い る 。 一 179 一

(12)

  次 に 弘 法 大 師 の 「 法 華 経 観 」 を 示 し て み る と 、 『 法 華 経

』 ( 重 円 性 海 ) に は 、 『 金 剛 頂 経 』 『 大 舞 経 』 か ら の 『 法 華 経 』 の

釈 を

の よ う に 示 し て い る 。     今 、 人 と い う は 、 『 金 剛

經 』 に よ ら ば

華 と は な ら び に こ れ

な り 、 こ れ す な わ ち 觀 自 在 王 の

號 な り 。     經 に い わ く

梵 、 自

法 性 を 得 た ま え る

と は 、 觀

在 王

名 な り 、

な わ ち こ の

を 無     量

佛 と 名 つ く 、 も し 淨 妙 國 土 に お い て は 成 佛 の

を 現 じ 、 雜 染 五 濁 の 世 界 に

し て は す な わ ち 觀 自 在

薩 と     な す 。 ま た 説

と は 、 蹴 盧

佛 に い た っ て は 、

薩 と な っ て 一 切

印 と 匹

の 一 切 の 煩    

お よ び 隨 煩 惱 に 染 せ ら れ ざ る 三 摩 地 法 と を 説 き た も う 。

 

( 中

) ま た 『 大 日

』 に よ り て

の 妙 法 蓮

の    

わ さ ば 、 眦 盧 遮 那 本 地 の

心 す な わ ち こ れ

の 具

な り 。 四

照 菩

は 醍 醐 の 墨 … 徳 は 、 衆 實 と も に 成    

る が ご と し 。 十 世 界 微 塵

の 金 剛 密 惠 の 差 別

印 は な お し

薬 の ご と く 、 十 世 界

の 大 悲

行 波 羅

門     は 、 な お し

藏 の ご と く 、 薫 乘 の 六 遘

量 の 應 身 は な お し 根 莖 條

の 發 暉 し て 糧 間 わ る が ご と し 。 か く の ご と                

 

 

 

 

                                    ( 34 )     く の 衆 徳

圓 周 備 せ る を も っ て の ゆ え に

法 疊 荼

と 名 つ く る な り 。 と あ っ て 、 「 妙 法

華 」 は 観 窃 在 王 如 来 、 つ ま り 無 量

寿

仏 で あ っ て 、 観 自

り 、 ま た 説 明 す る と 、 大 日

来 は

自 在 菩

と な っ て 三 摩 地

く と

べ て い る 。   次 に 興 教 大 師 の 『 寿 量 品 』 へ の お

え を 示 し て み る と 、 『 覚

聖 人 伝 法 会

聞 集 』 に 、     「 壽 量 品 」 は 末 を

し て 本 に

し て 壽 量 の

を 説 く 。 こ れ 、 彌

を 説 く 。 彌

量 壽 の 故 に 。

    に 同 じ く 蓮

部 の 故 に 。 ま た

音 の 本 地 の

に 。 こ の 經 、 こ の 品 を

と す 。

に 觀

本 地

量 壽 の

徳 を 説 く                

 

 

 

 

                      ( 35 )     故 な り 。 觀 音 の

冠 の

に 彌 陀 を

く 、 こ の

な り 。 と 説 い て 、 『

華 経 寿 量 品 』 は 寿

を 述 ぺ た も の で 弥 陀 を

く も の で あ る 。 つ ま り

陀 は

量 寿 で あ り 、

音 と 同 じ く 蓮

部 で あ り 、

の 本 地 仏 で あ る 。 こ の 『 打 聞 集 』 の

文 か ら

察 し て 「 こ の 経 」 の

味 は 『 法 華 経 』 を 指 一

180

(13)

根嶺 末学 寿量品読誦に つ いて し 、 『 寿 量 品 』 は 『

華 経 』 の 宗 で あ る と

釈 出

る 。   ま た 大 日 ・

音 ・ 阿 弥

の 関

を 同 じ 『 打 聞

』 に 、     ま た い わ く 、 大 日 は

と も に

上 佛 と な す 義 あ り 。 一 切 法 門 は 邸 ち 觀

、 法 菩 薩 の 故 に 、 大 日

來 の

上 の     智 慧 、 是 れ を 阿 彌 陀 と い う 。 そ の 故 は 東 南 は 倶 に 因 な り 。 こ の 故 に 淺 な り 。 成 事 智 は 果

の 方 便

他 の

な る     故 に 淺 な り 。 妙 觀

は 、

竟 果 徳 、

菩 提 の

の 故 に 、 最 上 な り 。 法

薩 と は 、

れ 一 切 諸

の 正 法

な     り 。 こ の 故 に こ の

を も っ て 最 上 と な す 。 ま た こ れ 金 剛 薩 墟 な り 。 ま た こ れ 般 若 菩 薩 な り 。 こ れ 法 門 の 體 な     り 。 こ の 法 門

慧 を 生 じ 、 智 慧 煩 惱 を 斷 ず 。 即 ち こ れ 丈 殊 な り 。 自 ら

慧 を え て 煩

を 斷 じ 了 れ ば 、 利 他 の た     め に 説

す べ し 。 説

は 即 ち 因 菩 薩 な り 。 因 菩 薩 は

ち 轉 法 輪 菩 薩 な り 。 語 菩 薩 は 無 言 の

薩 、

ち 大 日

   

無 相 實 相 は 、 こ れ 處 言

盡 竟 の 徳 、 こ れ を 語

薩 と 名 つ く 。 ま た こ れ 祕 密 莊 嚴 の 住 心 な り 。 九 種 の 住 心     の 言

の 及 ぶ 所 に 非 ず 。 是 の 故 に 無 言 な り 。 自 受 法 樂 の 説 、 即 ち こ れ 金 剛

な り 。 か く の ご と く 四 徳 一 體 な る 、                                                                                       ( 36 )    

ち こ れ 阿 彌 陀 な り 。 こ の 故 に 眞 言 經 の 中 に 大 日

音 を も っ て 、 最 上 の 尊 と な す 。 郎 ち こ の 義 な り 。 と

べ て い る 。   ま た 『 法 華 経 秘 釈 』 に は 、     妙 法

華 經 と い ふ は 、 こ れ す な わ ち

奪 自 證 の 境 、 無 量 壽

利 他 の

、 妙 觀 察

の 三 摩 地 、

華 法 部 の 修         ( 37 )     多 羅 な り 。 と も 述 べ て 、 妙 観

の 三 摩 地 と し 、 こ の 妙

察 智 に つ い て は 、 『 金 剛 頂 経 蓮 華

心 念 誦 次

沙 汰 』 に ニ ケ 所 、 次 の よ う に 説 い て い る 。     妙 觀 察 智 の 印 は 、 彼

に よ る な り 。 碇 て ぺ 薊 の 四

は 、 頭 已 下 の 四 指 な り 。 二 室 は 湟 槃 點 。 〈 こ の 内 義

量 な     り 。 こ れ を 思 え 〉 あ る い は ま た こ の 印 は

量 壽 に 作 る な り 。 風 は 壽 、 三 世 常 住 の 義 。 〈 大 日 彌 陀 一 佛 義 〉 こ れ 一

181

(14)

ら の

邊 の 義 、             ( 38 )

に こ れ を 察 せ よ 。 ま た     大 日 は 三 世 常 住 佛 〈 無 量

っ て こ れ を 表 わ す 〉 人 の 喉 は

な り 。 大 日 彌 陀 一 佛 の

智 。

                ( 39 )     量 壽 。

は 大 目 云 云 と 説 い て 、

量 寿 は 妙 観 察

で あ っ て 、 大 日 と 弥

は 一 仏 義 と し て い る 。 こ の こ と は 『 五

九 字 明 祕 密 釈 』 に 、     顯 教 に は 釋

に 彌

あ り 、

に は 大 日 す な わ ち 彌

、 極

主 な り 。 ま さ に 知 る ぺ し 、 十 方 淨 土 は 皆     こ れ 一

土 、 一 切

來 は

れ 大 日 な り 。 毘 盧 、

陀 は 同 體 の 異 名 、 極

嚴 は 名 異 に し て 、 一

な     り 。

の 瀰 力 加 持 を も っ て 、

日 の 體 の 上 に

陀 の

を 現

。 お よ そ 是 の ご と く の 觀 を 得 れ ば 、 上 み 諸                                                                           ( 40 )    

聖 を

し 、 下 も 世 天

に 至 る ま で 、

の 體 に あ ら ざ る こ と な し 。 と 説 い て い る 。 ま た 興 教 大 師 の 悟 り の

を 示 し た 『 阿

釈 』 に     一 心 の 深 源 を

れ ぽ 、 九 品 の 心

し く 九 識 の 淨 心 に

け 、 三 密 の 現 覺 を 證 す れ ば 、 五 佛 の 相 好 同 じ く 五 根 の     色

に 成

か 遠 く

嚴 の

刹 を 望 み 、 誰 か 遙 か に

の 色 相 を 期 せ む 。 迷

、 我 に

れ ぽ 、 三 業 の 外 に

    身 な し 。

一 如 な れ ば 、 五 道 の 内 に 極 樂 を 得 。 こ の 理 趣 を

れ ば 師

の 心 、 こ れ を 觀 自

薩 と 名 つ く 。

   

無 爲 の 諸

に お い て 、

な わ ち 一 心 平 等 の 理 を 覺 っ て 障

な き が 故 に 。 こ の 心

竟 す れ ば 、 分 別 取 著 を 離 れ     て

徳 の 一 心 を 證 す る が 故 に 、 名 づ け て 阿 彌 陀 如 來 と な す 。 こ れ 大

な り 。       衣 に

せ ば 、 天 竺 に は 阿

と 稱 し 、 唐 に は 飜 じ て 無 量 壽 、 無 量 光 等 と い ふ 。 お よ そ 十 三 の 飜 名 あ り 。     こ れ す な わ ち

用 の 義 な り 。 た だ し

宗 の 意 は 、 一 切 の 名 言 、

來 の 密 號 に あ ら ざ る こ と な し 。 然 り と い     へ ど も 十 三 の

名 に つ い て

を 釋 せ ば 、       一 に は 無 量

。 法 身

宮 に

し て 不 生 不 滅 な り 。 こ の 故 に

日 如 來 を 或 は 無 量 壽 佛 と 名 つ く 。 一

182

(15)

    二 に は 無 量 光 。

身 如

の 妙

は 遍 ね く

量 の

量 の 世

を 照 し て 常 恆 に 利 盆 を 施 す が 故 に 、   大 目

を 或 は

光 佛 と

つ く 。 (

略 ) こ の 故 に 、 十 方 三 世 の 諸 佛

薩 の 名 號 は 、 悉 く 一 大 法

の 異 名 な   り 。 ま た 十

の 諸

薩 は 、 皆 大 日

來 の 差 別

印 な り 。 な い し 一

衆 生 の

出 の 言 語 、 密 號 名 字 に あ ら   ざ る こ と な し 。 こ

に 迷 ふ を 衆 生 と

づ け 、 こ れ を

る を 佛 智 と 名 つ く 。 こ の 故 に 、 阿 彌

の 三 字 を 唱 ふ れ ぽ 、   無

の 重 罪 を 滅 し 、 阿 彌

の 一

を 念 ず れ ば 無 終 の

智 を 成 ず る こ と 、 帝

の 一 珠 に 、

盡 の 珠 像 を

ず                                          

 

 

 

( 41   る が

の 一 佛 、 速 か に 無 邊 の 性

を 滿 ず る な り 。 と 阿

の 信

い て い る 。 根嶺末学寿量 品読誦につ い て

  以 上 の

献 に 説 か れ た 思

を ま と め て み る と 、 一 、 『 大 日 経 疏 』 に は 『 大 目 経 』 は 『 法 華

』 の

処 で

っ て 、 大 日 ・ 観 自

・ 無 量

寿

一 体 と

て い る 。 二 、 弘

師 の 『

華 経 開 題 』 に は 、 『 金 剛 頂 経 』 か ら す る と 『 法 華 経 』 は 観

在 王

号 で

っ て 、 無 量 寿     仏 で あ り 、 し か も

自 在

薩 で あ り 、 ま た 大 日

来 で あ り 三 摩 地 法 を 説 い た と し 、 『 大 日 経 』 か ら

る と 、 『 法     華

』 は 大 日

来 の 本 地 の

心 で あ る と 見 て い る 。 三 、 興

大 師 は 『 打 聞 集 』 に 『 法

経 』 は 『 寿 量 品 』 を 宗 と し 、 観

本 地 無 量 寿 の 功 徳 を 説 き 、 『 同

』 の

処 に 、     大 日 は 観 音 と も に 最 上 の

と し 、 大 目 如 来 の

上 の

慧 を

弥 陀 仏 と し 、 大 日 ・ 観 音 ・ 阿

の 一

を 説 い て     い る 。 ま た 『 法

経 秘 釈 』 『 五

九 字 明 秘 密 釈 』 に は 、

量 寿 は 大 日 如

の 一 つ の 智 で あ る 妙 観

で あ り 、     大 日 、 阿 弥

は 一 仏 義 ・

体 の 異

と し て い る 。 ま た 『 阿 弥 陀 秘 釈 』 に は 、 即 時 の 心 を 観

在 菩 薩 と 名 づ け 、     性

の 一 心 を 証 す る が 故 に 阿 弥 陀 如 来 と し て い る 。 一 

183

 一

(16)

こ れ ら の 思 想 を

合 す る と 、 『 大 日 経 』 は 『 法

経 』 の 秘 処 で あ っ て 、 『 法 華 経 』 は 『 寿 量 品 』 を 宗 と し 、 そ の 『 寿 量 品 』 は 観

本 地 無 量

寿

の 功 徳 を 説 き 、 し か も 大 日 ・

陀 同 体 に し て 異 名 で あ る こ と か ら 、 「

の 報 恩 講 」 に 『 寿 量 品 』 を 読 誦 し 、 説

で 『 妙 法 蓮

経 序 品 第 一 』 を 経 釈 し 、 そ の 後 の 問

で は 『 大 日 経

』 を 論 義 し て い る の で あ る 。

1

) 大 正 蔵 九 、 四 二 、 al 四 四 、 a (

2

)   増 補 豊 山 派 法 則 集 坤 巻 一 〇 五 − 一

3

) 大 正 蔵 七 九 、 六 〇 四 、 al 七 六 一 、

b

4

) 高 井 観 海 「 冬 報 恩 講 論 議 の 研 究 」 ( 智 山 学 報 新 第 一 四 巻     二 五 七 ) (

5

)   智 山 学 報 新 第 一 四 巻 、 二 四 三 ー 二 四 四 頁 (

6

)   智 山 学 報 新 第 一 五 巻 、 三 八 〇 ー 三 八 一 頁 (

7

) 櫛 田 良 洪 著 「 覚 鑁 の 研 究 」 四 七 三 頁 (

8

)   新 井 弘 順 氏 「 興 教 大 師 御 遠 忌 法 要 法 華 八 講 に つ い て 」 で     紹 介 、 於 興 教 大 師 入 五 〇 年 御 遠 忌 記 念 智 豊 合 同 教 学 大 会 (

9

)   弘 法 大 師 諸 弟 子 全 集 巻 上 、 二 〇 五 頁 「 文 に 読 誦 大 乗 典 と     は 謂 く 念 誦 の 餘 暇 に ま さ に 華 嚴 法 華 般 若 涅 槃 孔 雀 等 の 大 乗     典 を 読 誦 し 亦 瑜 伽 智 度 論 摂 大 乗 對 法 荘 嚴 等 の 大 乗 論 を 披 閲     し 心 裏 を 智 因 に 熏 じ 漸 く 六 度 を 修 習 す べ き な り 」 と 述 ぺ て     い る 。 (

10

) 豊 山 全 書

M5

、 六 五 、 下 (

24

) (   (   (   (   (   (   (   (           

23

 

22

 

21

 

20

 

19

 

18

 

17

 

16

 

15

 

14

 

13

 

12

 

11

)   )   )   )   )   )   )   )   )   )   )   )   )               後 篇 、       大 日 本 佛 教 全 書 第 六 二 巻 、       法 性 寺 御 八 講 事 等 「 年 中 行 事 秘 抄 」     輯 公 事 部 一 、   五 二 六 、     六 五 、 群 畫 見 類 従 第 叩 二 六 輯 雑 部 一 二 三 三 、 (

25

)   弘 法 大 師 全 集 第 三 輯 遍 照 發 揮 性 靈 集 巻 第 六 、 (

26

)   弘 法 大 師 全 集 第 三 輯 續 遍 照 發 揮 性 靈 集 巻 第 十 、 豊 山 全 書

M5

、 豊 山 全 書 恥

5

、 豊 山 全 書

M5

、 豊 山 全 書 恥

5

、 豊 山 全 書 愾

5

、 豊 山 全 書

M5

、 豊 山 全 書 M5 、 豊 山 全 書 嘸

5

、 続 豊 山 全 書

19

、 続 豊 山 全 書

19

、 豊 山 全 書

M5

、 佛 會 紀 要 、         六 三 三 一 三 三 三 七 三 三 六 上

 

ζ

δ

r

略 熱

 

寺 上 ’ ” 下 上 ’ 下 ’       ’ 下   二     蔵   會   史 版   八   傅 ’   講   部 二   「   一 八 下 濫 六 ’ 頁     1   四 五 六 四 五 一 頁 觴 月 八 抄 ’

O

L ’ 下 書 中 ’ 類 巻 従 第 第 四 六 下 上 上

lll

三 下 下 九

上 上

1

下 上

1

  七     七   八     〇   、        、   上     上 一

184

(17)

根嶺末 学寿量 品読 誦につ いて (

27

)   栗 山 秀 純 氏 校 定 、 豊 山 学 報 第 二 五 号 、 一 五 四

i

一 五 六 頁 (

28

) 續 豊 山 全 書

18

、 = 一 五 、 下 (

29

)   弘 法 大 師 全 集 第 一 輯 九 四 頁 、 定 本 弘 法 大 師 全 集 第 一 巻 、     三 〇 頁 (

30

)   大 正 蔵 三 九 、 六 五 八 、 a (

31

)   大 正 蔵 五 九 、 二 五 〇 、 下 − 二 五 一 、 上 「 大 日 経 疏 演 奥 鈔 」     巻 第 二 三 、 権 田 雷 斧 著 「 秘 密 帳 中 記 」 一 六 − 一 七 頁 (

23

)   法 華 経 下 佛 典 講 座

7

、 大 蔵 出 版 八 二 一 頁 (

33

)   大 正 蔵 三 九 、 六 三 二 、 a ( 謎 )   弘 法 大 師 全 集 第 一 輯 七 七 一 − 七 七 四 頁   補 注         師 啓 白 〕 あ り 「 興 教 大 師 御 忌 日 次 第 」 大 本 山 仁 和 寺 所 蔵 ( 興 教 大 師 傳 記 史 料 全 集 ・ 史 料 皿 ピ タ カ ) (

35

)   興 教 大 師 全 集 上 、 五 三 九 頁 (

36

) 興 教 大 師 全 集 上 、 五 六 五 頁 (

37

)   興 教 大 師 全 集 上 、 一 六 七 頁 ( 現 在 使 用 さ れ て い る 豊 山 の     「 報 恩 講 説 草 」 の 経 釈 の 文 と 一 致 す る 点 が 見 ら れ る 。 一 七     九 − 一 八 〇 頁 ) (

38

)   興 教 大 師 全 集 上 、 七 = 二 頁 (

39

)   興 教 大 師 全 集 上 七 二 九 頁 (

40

)   興 教 大 師 全 集 下 一 = = 一 頁 (

41

)   興 教 大 師 全 集 下 、 一 一 九 一

1

九 四 頁                         一 四 四 一 ー 一 四 四 四 頁 〔 法 華 講 経 講 一

185

参照

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