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智山學報 第61 - 024川崎 一洸(一洋)「チベットに伝承される『金剛頂タントラ』所説の曼荼羅の図像について : シャル寺の作例を中心に」

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全文

(1)

        

伝 承

さ れ

剛頂

図像

ャ ル

例 を中

 

 

 洸

      (一 洋 )

1

  は じめに

 

シャ ル寺は、 チ ベ ッ ト第二 の都 市 シ ガ ツ ェ の 近

位置す

古刹

る。

11

世紀に観 音堂 と して創

され た この

に は、

幾度

と な

く増築

改築

が繰 り返 されて きた た め、 さま ざま な

時代

重な仏

壁 画が

数多

さ れてい る1) 。

 

14

世 紀 には、 チベ ッ ト仏 教

きっ ての 学 匠と謳わ れ るプ トゥ ン ・リン チ ェ ン ドゥ プが この 寺の住 持 を務め、 プ トゥ ン は本 殿 最 上 階の東西南北 に設 け

られ た無量 宮 (gshal yas 

khah

)と呼 ばれ る

4

宇の 内壁に、 総

170

に もの

ぼ る

曼荼羅

か せ た。 それ ら はい

れ も、 瑜伽タン トラ に属 する聖 典に説 か れ る

曼荼羅

である。

 筆

者は、

度に亙 りシャ ル寺を訪れ、 無量 宮に描か れた曼 荼 羅壁 画の調査 を

っ て きた が、

 

西 堂の 『真 実摂 経』 の 曼 荼 羅、

 

北堂の

r

悪 趣

浄 タ ン トラ』 の 曼荼羅 、

  東

堂の 『

経』 お よび 『金 剛場荘 厳 タン トラ 』 の

曼荼

 

南堂の 『趣 広 経』 の曼 荼 羅つ い ては 、すで に他 稿に おい て 若 干な が ら研 究の成 果 を公 表 して い る2) 。 し か し、 南 堂 の南 壁 に描 かれ た 『金 剛 頂 所 説

につ い

まで

紹介 す

機会

を逸 して い た。 そこ で

本稿

では、

南堂

に描か れ た 『金剛頂タ ン トラ』 に基づ く曼 荼羅 の現 況 を報 告 し、図像 学 的な検 討を加えて み たい 。 (

15

(2)

CHISAN-KANGAKU-KAI

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智山学報 第六 十一輯

2

 

金 剛頂 タン トラ 』 に説か れる曼荼 羅

 

金 剛 頂 ト ラ

Va

コ ’

ras’efehara −

tantra

(東 北

No

480

)は、 『初 会の 金 剛 頂

』 と して

られ る 『

真実摂

タン トラ と され る聖典であ り、 チベ

ト語 訳の テ キス トの み が現

して い る。

 

こ の文 献にい ち早 く注 目さ れ た酒井

士 は 、 その

造に関 し、

前半

「一切 細 軌 集 トラ王 (rtog 

pa

 

tharns

 cad  

bsdus

 pabi rgyud  

kyi

 rgyal po chen

po )」 と後半の 「一切 如 来 秘 密経 因陀 羅王 (

de

 

bshin

 gSegs pa 

tharns

 cad  

kyi

 gsafi

bahi

 mdo  sdebi  

dban

 p面 rgyal  po ) 二 分 で きる ことを指摘 し、 不空三蔵の

会指

』 の述 と比 し な が ら、前 編 を十会 金 剛 頂 経三会 「一 切 教 集瑜 伽」 に、 後 編 を第二 会 「 一 切 如 来秘 密王瑜 伽」 に比 定 された 3)。 な お、 桜

宗 信 博 士は、 この 酒井博 士の 説に対してい くつ かの 疑 問 を呈 してお ら れる 4)。

 

ま た、 北村太 道 教 授 を代

とす る種智 院大学の タン トラ 仏教研 究会が この 文献の和 訳 研 究を続 けてお り、 その成 果を ま とめ た タン トラ全 体の 和 訳が、 近 く出版 さ れる予 定で ある5) 。

 

先学

が指 摘 す るように、 『金 剛頂 タ ン トラ』 の

編は 、 一切 如 来

垣に よ る

問答

の 形

で全

成されてい る。

3

つ の章 品に分 か れてお り、 その第

2

品に

部 曼

羅が説か れてい る。  い っ ぽ う後 編は、 『真 実 摂 経』 の 章立て に沿っ て 内容が展 開さ れるが、 未 完の状 態 にあ り、 「降三世 品」 の前 半に対応する箇 所 まで で 終わっ てい る。 全 体は

4

つ の章 品か らな り、 第

1

品と第

2

品には 「金剛 界 品」 の大、 三昧耶、

羯磨

4

曼荼羅

3

品と

4

品に は 「降三 世 品」 の大、 三昧耶、

、 羯

、 四

5

の 曼

羅の

ら れ るが 、

大曼荼羅

を除 き、

しい 曼

羅の描 き

が述べ られ は な

就法

瑜伽観法

で、 曼 荼 羅の名称や概 要に触れ られる の みである。

 

な お プ トゥ ン は、 瑜 伽タン トラ に属

る経軌に説か れ る曼 荼 羅の 描 き方 を 解 説 した 『羅 を 明 らか な ら しめ る(東北 蔵外

No

5172

、 以下 『陽 (

16

) N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(3)

  チベ トに伝 承さ れ る金剛頂タン トラ 』所説の曼荼羅の図像につ い て (川焙 ) 光』)6)を著 して お り、 その 第

2

章におい て 『金 剛頂 タ ン トラ』 に基づ く曼荼 羅の 描 き方を示してい る。

 

陽光

』 にい てプ トゥ ンは、 『金 剛

タン トラ 』 の曼 荼羅 を以 下の よ

に 分 類 して

15

曼 荼羅

図像

解 説す

る が ([ ]内は 『プ トゥ ンTsa 帙 における各曼 荼羅の解 説箇所)、

根本

タ ン トラ(『真 実摂 経』)と

同様

と金 剛部にはそ れぞれ 四印 曼荼 羅が

5

種 あ り、 ま た、 如 来 部の

尼 曼荼

羅 も金 剛 部の そ れ と同じ ように尊 形で描 く場 合と標 幟で描 く場合 が あ る、 と述べ る の で 7) 、 そ れ らを都 合 すると

24

種の曼 荼羅 となる 8 ) 。

A

摂部曼荼羅

1a2

13a1

B

部曼 荼 羅

 

1

によっ て

を制 する如 来 部の 品の 曼荼 羅

   

1

の 大 印 を主 とする大 曼荼 羅 [

13a4

14b4

   

2

. 三

を主 と

る陀 羅尼

荼 羅 [

14b4

15a2

   

3

印を主とする

羅 [

15a2

5

]      

4

.羯 磨 印 を主 とする羯 磨 曼荼 羅 [15a5−

6

   

5

.秘

四印 曼茶 羅 [

15a6

7

   

6

.秘 密一印

荼 羅 [

15a7

b1

 

1

に よっ て

を制

る金 剛 部の 品の 曼荼 羅

   

1

本 曼

羅 匚

15b3

16a5

   

2

.’陀 羅尼

荼 羅

     (

1

尊形

描 く場

合 [

16a5

7

    

2

で描 く場

16a7

b6

   

3

曼 荼羅 [

16b6

7

]      

4

.羯磨 曼荼 羅 匚

16b6

7

]      

5

. 四印 曼荼 羅 [

16b7

18al

   

6

.一

荼羅

18al

2

   

7

.秘 密 文

の曼

羅 [

18a2

19a3

] (

17

(4)

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智山学報第六十一輯  プ トゥ ン は 、後 編には全 部で

6

つ の章 品がある が、 金剛 部の 品の残 余で あ る外金剛部の品、遍 調 伏の 品、 一切 義 成就 、 羯 磨 部の 品、 持 金 剛の 品 な どの

残 り

はな され なか っ た と

し9)、

編が

未完

る こ とを

指摘

してい る。

3

 

シャル

寺南

堂の

作例

 シャ ル寺 本殿の最 上 階に位 置 する

4

宇の無量 宮は、 シ ャ ル の領 主 タ クパ ゲ ル ツェ ン に よっ て

造営

め られ た が、 プ トゥ ンの

指導

に よっ て そ れ らの 内 部 を飾 る曼 祭 羅壁 画 が 完 成 したの は、 彼の 継 嗣で あるクン ガ ー ゥ ン ドゥプ の 時代に なっ て か らの

1335

の こ とで

っ た。

 

プ トゥ ン は、 曼 荼 羅 を描か せる に あた り、 『シャ ル寺の 西、 北、 東、

の 無 量 宮にある曼 荼 羅な どの 目録』(東北蔵外

N

。,

5171

、 以 下 『目 録』)10)を著 して お り、 その中には 、

堂にある

荼羅の

名称

と位 置が詳 しく記 録 さ れてい る。

 

ン トラ 』 の 曼

荼羅

は 、南 堂の入 口を入っ て正 面の 南 壁 に集 中 し て描 か れて い る。 図

1

は、 『目録』 の記 述 と

者の調査 に基づ い て

成 した 南壁にお ける曼荼 羅の 配 置 図である。 曼 荼 羅の名

は 『目録』 に よっ てお

番号

は 『

』 にい て

言及

される順 番で ある。 ち なみ に南 堂の 他の壁に は、

r

理趣 広 経』

所説

曼荼羅

が描か れてい る。 図

1

 シ ャル寺 南 堂 ・南 壁の曼 荼羅 配 置 図 (

18

) N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(5)

チベ トに伝承さ れ る金 剛ン トラ 』所 説の曼荼羅の 図像につ い て 川暗)

1

2

3

4

5

6

7

8

9

釈タン トラ 『金 剛

』 の 「一切 細

軌集

」所 説の摂 部の大 曼 荼 羅 『

ン トラ 』 の 厂如 来 部の品」 所 説の 金 剛

根 本

曼荼羅

金 剛界 陀 羅尼 曼 荼 羅 金剛薩 捶一

印曼荼羅

金 剛

金 剛

所 説 世根 本大 曼 荼 羅 降三世 陀 羅尼

曼荼羅

陀羅 尼 標 幟曼

荼羅

毘盧遮 那 四 印曼 荼羅 「一切 細 軌 集」 の秘 密文 字 大 曼荼 羅11)

 

1

に示 した よ

に、 南 堂の 南壁 に は

9

種の 『金 剛

タン トラ 』 に基づ く

曼荼羅

か れてい る。 中央 とその

右には、 摂 部 曼 荼 羅 と、 如 来

と金

根本曼 茶羅

大曼 荼羅)が大 き く描か れ、 そ れ らの 間にで きたス ペ ース を 埋め る よ

りの曼 荼 羅が 配さ れ てい る。 な お、 図 中にお ける a と

b

の 曼 荼 羅は、 『理 趣 広 経』 の 金 剛薩 堙

曼荼羅

と世間調

秘 密

絵 曼 荼 羅で ある。 さらに余 白には、 『金 剛頂 タン トラ 』 を相 承 した 歴代の祖 師たち12)や、 供 養 尊、

護法尊

が描か れてい る。

 

南壁の壁 画は、 他の 壁 に比べ て ひ と きわ

色が

や かで

り、

世の

補修

を受 けた こ とが予 想さ れ る が ジ ナル の図

は ほぼ

た れて い る。 ま た、 壁 面の 下部に描か れ た

6

9

の曼 荼 羅 は 、 壁 に沿っ て 置か れ た祭 壇の裏側 に あ り、

念な が ら全

を見 分 するこ とが で きない 。

4

個々 の曼 荼羅の図像 学 的 考 察

1

部曼

荼 羅

 

金 剛頂 』 の前 編か れ る摂 部 曼 荼羅 は、 シ ャ ル

南堂の他に、 「ゴ ル寺の 曼 荼羅 集13)、 ロ ーモ ン

堂14)、 サ キ

南寺

解 脱 門 堂15)に も作 例が残る有 名な 曼

羅 で あ る。 さ らに、ペ ンコ ルチ ュ ーデ仏

3

19

(6)

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C王{工SAN −KANGAKU −KA 工 智 III学報 第六十一輯 写真

1

南 壁 中央の摂 部曼荼 羅 の壁 画には 、こ の 曼荼 羅を構成 す る 諸尊が 描 か れ てい る16〕 。   酒 井 眞典博 士は 、 タン トラ本 文か らこ の 曼 荼羅を説 く箇 所を和 訳 して提 示 して お ら れ17〕

仁 志 教

つ い 詳 細 な分析 を行っ て お ら れ る 18) 。 また、 不空 三蔵の 『般

理趣

』 に は、金剛

7 が長 安の 薦 福寺に おい て この 曼 荼羅 を 金泥で描 い た こ とが 記 さ れて お り、「会 曼 荼 羅 と呼ばれ、 『理趣 経』 の 第 . 卜六段の

羅 と

えられてい 19)   南 堂の 作 例は、 チベ ッ トにおい て 一般 的 な 金 剛 界 曼 荼 羅 の ように 201) 、 四角で 四 門 と四 トー ラナ を具え た楼 閣を有し、 その 内部に 入 れ子状 に第二 の

が描か れて い る。 内側の 楼 閣の 中には、 井 桁状の 「八 柱」 に よっ て九つ の 区 画に分 けら れ た円形の 「

」があり、 その 中央と 四方の 区画に五部の 曼 荼羅がそれぞれ配 置され るZl ,) 。 こ の よ うな、 内

二 重 の 楼閣(外の 曼 荼 羅 )と、八柱に よっ て区 切 ら れ た金 剛輪 を有 する 曼荼羅の 形 態は、南堂 に描かれ た 『金 剛 頂 ン トラ 』 を典 拠 とする曼 荼羅の すべ て は まる。   な お 、 アーナン ダガ ルバ の金剛 界 曼荼 羅では内側の楼 閣に は トーラナ が (

20

) N工 工一Eleotronlo  Llbrary  

(7)

チベ 伝 承さ れ剛頂タ ン ラ 』所 説曼荼羅図像つ いて (川暗 ) ない が22> 、 『金 剛

タン トラ 』 の

部 曼

羅で は 、 プ トゥ ン が 『陽 光』 にお い て 「

べ ての

曼 荼羅

が 四

で四門 と四 トーラナ を具

る。」 と述べ る よ う に、内側 の

閣に も、 その中に収め られる 五 部の 曼 荼 羅の そ れ ぞ れの

閣に

、 トー ラ ナ が描か れ てい る。

 

内庭の 塗 り分けは、

9

種 すべ ての 曼

羅で

(下方)が青、 南が黄、 西が赤、 北が緑であ り、金 剛 界に準 じて い る。

 

五部の 曼 荼 羅

ち 、

来部、 金剛部、蓮 華 部、 宝 部の 曼 荼羅 は、 そ れ ぞ れ 『

真 実摂

の 「金 剛界 品」、 「降三世 品」、 「遍調

品」、 「 一

切義

就品

」 の

羅 (特にアーナ ンダガル バ )を プトタ イプ と い るOS)。 以下に、

r

陽 光記 述 を

照 し な が ら、 個々 の曼 荼 羅の図像の 特徴 と、 外の曼 荼 羅 に お け る尊

の 配置を概

して み よう。 a .如 来 部の 曼 荼 羅 (中央)

 

如 来部の 曼 荼羅 は 、 金 剛界 大 曼 荼 羅とほ ぼ 同じ尊格 構 成 を

有す

る。 中

央輪

の 中

に は毘 盧遮那、東南 西 北の 四方輪の 中

には阿闕、 宝生、

量光、 不

空成

就の四仏 が 坐 し、 四仏の周

に は

4

尊ず

つ 、

・王 ・

、 宝 ・

・笑、

・利 ・因 ・語、

・牙 ・拳の 十 六大 菩 薩が配さ れ る。 そ れ ら 五 仏、 十 六大 菩 薩の像 容は、 ア ー 致 する が 、

』 に よれ ば、 阿 闕の 四親近である薩 ・

4

は 、 怒 な が ら笑 う忿怒 の面 貌で あると さ れる。

 

金剛 界大 曼 荼 羅との 相違 点と して、毘

遮那の 四方に は、 四波 羅 蜜に替 わ っ て、十六大 菩 薩の 中か ら四

代表す

る金

剛薩

堙 ・金 剛宝 ・金剛法 ・金 剛

の 四

大薩

垣が 配 さ れる 24)。 また金 剛輪の 四隅の 区画に は、 内四

供養

と して 四

大薩

唾 と同 じ

姿

の 四薩堙

が描か れ、 楼 閣の 四 隅 に は、

四供

と して、

・歌 ・

の四供

養女

が描か れる。 四供 養女の 像 容 もアーナ ン ダ ガル バ 流 に一致 する。 た だ し、 四門護は描かれ ない 。

 

以 上の ような、

 

五仏、

 

大薩

堙、

  十

大菩薩

 

四薩堙 女、   四供 養 女 とい

33

尊 か らな構 成

曼荼羅

て に

は ま

 

陽光 諸 尊身色は如 来

尊格

なの で

、 あるい は、 根 本 (

21

(8)

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智山学 報 第六十一輯 タン トラ の金

羅の

じに なす、 と

してい るが、

堂の 作例ではすべ

描 か れい る。

b

.金 剛 部の

(東 )  金剛部の曼 荼羅 は、 『真 実 摂経』 「降三 世 品」 の降 三 世 大 曼 荼 羅の 中心 部と ほ ぼ同じ

格構 成 を持つ 。 た だ し、 中

輪の 中

に は、 特

姿

の 阿 闕 が坐

。 その

像容

は、 青い 仏 形で

座 に住 し、 忿 怒の面貌で、金剛テ ィ リンテ ィ リの

25)を

ん で金 剛杵 を持つ とされ る26)。 その 四方には、 忿 怒

の金

剛薩

堙 ・毘

胝 ・金

剛法

・金

剛業

の四

大薩

堙が配さ れ る。 なお、 金 剛宝 が毘倶 胝 となるの が金 剛部の

特徴

であ り、 これ は、 「

三世 品」 の 大

荼 羅 に おい て金 剛 宝が金 剛 毘倶 胝 忿怒 (

Vajrabhrktikrodha

)と呼ば れ る こ と に 因 む もの と思わ れる。  四方 輪の 中央には金 剛 吽 迦 羅(東 )、 忿 怒 毘倶 胝 (南)、 忿 怒金剛 (西)、 金 剛 遍 入 (北)が 川頁に

る。 この

ち忿怒 毘倶 胝と忿 怒金剛は、 降三世 大 曼 荼

にお ける金 剛 灌頂 と金 剛 軍に相

する

尊格

る。 これ ら

4

の周 囲に は、 忿 怒 形の 十六大

薩が

4

尊 ずつ れ るが 、 やは り

南輪

の金 剛 宝は毘

胝 と 呼ば れる。

 

内四

供養

には薩 垣金 剛女 ・宝金 剛 女 ・法金剛 女 ・業金 剛女の四薩堙女、 外 四供

には

・歌 ・舞の 四供 養 女が描か れ る。

 

中尊を除 き、諸

はすべ 忿怒 形 展 左

で 立 ち、 左 手は胸 前で期 剋 印 を

び、

右手

に如 来部の 曼 荼 羅 と同 じ

自の 持 物を持っ て振 り上 げる。 『陽

』 には 、

諸尊

、 も し くは個々 の 身色を有 する と説か れ る が、 南 堂の作 例で はすべ て

で あ る。 c.宝 部の曼 荼 羅 (南)

 

宝部の 曼 荼羅は 、『真 実摂 経 「一

大曼

荼 羅 を基 本 と してお り、 四方 輪はすべ て三弁宝珠の意 匠で 描 か れ る。

 

ただ し、

中央輪

の 中

に は仏日(

Safis

 rgyas  

fii

 ma )と

ば れ る

尊格

が 坐

仏 日は、 馬

に坐 し、 両

歯鬘

ち、 さ らに両

拇 指

の上に、

端に

っ た

を載せ 、 日輪の 光 背 を有 する。 これ は、 宝生 の四親 近で ある

22

(9)

チ ベ ッ トに伝承さ れ る 『ン トラ 』所 説の 曼荼羅図像につ い て (川 崎) 宝 ・光 ・幢 ・笑の持 物 をすべ て具 えた姿で ある27) 。 その 四方 に は宝 薩墟 ・ 宝 ・蓮華 ・業とい 四大 薩 堙が住 する。

 

四方 輪の中央に はそ れ ぞ れ、 一切 義 成就 大 曼荼 義 成就 、 宝、 宝 蓮 華、 宝雨の

4

わっ て 、 以下の よ

4

が位 置 する。

 

東輪

 

摩尼光

Nor

 

buhi

 

bod

 can ):摩 尼の 金 剛杵 を

ち、 五仏

灌頂

さ れ

      る。

 

南 輪

 

金 剛 宝 賢(rDo rin chen  

bz

pQ )最 勝 施剛 宝つ 。 仏

    

と四宝の 宝 鬘で頭

を灌 頂され る。

 

西 輪

 

宝 蓮 華(

Rin

 chen  pad ma 中央

定 印

に宝 蓮

    

持つ

と仏で頭頂を飾 り、愛 眼で衆生 を観 察 する。

 

北輪

 

不 空

成就

Don

 grub施 無 畏

に よ

羯磨杵

頭 飾

   

と羯

磨杵

の鬘に よっ て頭

る。

 

これ ら

4

尊の

に は十六大 菩薩が

4

尊 ずつ さ れ 内外の 四

供養女

と し て 四薩 堙女 と

・鬘 ・歌 ・舞が描か れる。

 

来部の 曼荼 羅で説かれた持 物に宝の 慓幟 を付け たもの を持ち 、大 笑 し、 宝 の衣服を着 す。 『陽 光』 は、 諸

色は

べ て

ま た は個々 の 身 色 と説 くが 、 南 堂の 作例で は

べ て

る。

d

.蓮 華 部の 曼茶 羅 (西)

 

蓮 華部の 曼 荼 羅は、 『

真実摂経

』 「遍調

品」 の 大 曼 荼羅 を基

とし、 中

輪 と四方 輪は入 葉 蓮華の意 匠で描か れる。

 

中央

の 中央 には、 説 法 印 を結ん で孔

座に坐 した 、

い 身色の仏種 々相

Sahs

 rgyas  sna tshogs gzug  can )と呼ばれ る

格が 坐す99)

。 その周 囲に は蓮 華 薩 墟 ・宝 ・

の 四

大薩

墟。

 

方輪

に は、 遍 調伏 大 曼 荼羅の 遍調 伏、 仏

、 蓮

地、蓮

不 空

自在

わっ て、 以下の

4

尊が

する。 さ らに、 こ れ ら

4

尊の 周 囲に配さ れ る十六大 菩 薩は、 遍 調伏 大曼荼羅に 倣い 、変化 観 音や ヒン ドゥー神に変

する29> 。

 

東輪

 

種 々 (sNa  

tsh

gs

 

bkhor

 

lo

):

3

眼で

8

と金

剛杵

つ 。

23

(10)

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智山学報 第六十一輯

    

体の各 部に世 間の諸天 が住 する3°)

。 四

に蓮

薩 堙 ・王 ・

 

南 輪

 

宝 蓮

Rin

 chen  pad ma

12

12

。 は じめの

3

面は寂

、 その

   

後ろの面 は嫌悪 、 その 上の前 後の

2

面は

を露 出し、 左

嫌悪

    

その上 の根 本面は牙 を露 出し、 右の 面は

を剥 き出 しに し、 左の

    

。 その 上に仏 面。 は じめの二

説法 印

。 その 上の二

    

掌。

余の 右 手には歯

、 剣、

珠、 施 無 畏

、 左手には 蓮華、 経

    

函、

尼、

水瓶

を持つ 。 四

に毘 倶 胝 ・日 ・幢 ・笑。 笑は

11

12

    

華の

標幟

がつ い た

鬘を持つ 。

 

西

舞 自在

Gar

 

kyi

 

dba

phyug

12

千 眼

々 の武器 を持 ち、

    

には蓮

と金 剛

る。

10

の 蓮

神の 中に遊 戯 す

    

る。

・左 ・

に蓮

華 多

羅 ・童 子天 ・毘

天相の勢 至 ・梵 天相の

    

語。   北輪   蓮 華業 (

Pad

 ma  

las

6

12

。 蓮華の嫖 幟がつ い た羯 磨 杵 を持つ 。      前 ・右 ・左 ・後に蓮 華 舞 自在 ・蓮 華 羅刹 ・夜叉 ・拳。

 

内外の 四供 養 女 として 四

」垂女 と

・歌 ・

が描か れ る。

 

に よ れ

諸尊

曼荼羅

か れ た

持物

に蓮

縹幟

を 付 けた もの を持 ち、 柔和 な面 貌で、 寂 静の 衣 服 を着 す。 中尊 を除 く

べ ては 仏の 頭飾 を付 ける。 身色は、 すべ て赤、 または、 根 本 タ ン トラの 遍 調伏 大

薬 羅と 同 じ にする31) 。 南 堂の 作例 で は、 諸 尊の

色はすべ て赤 く塗ら れて い る。 e.羯

部の曼荼 羅 (北)  羯 磨 部の曼 荼 羅は 、 その 型 が 『真 実摂 経』 に か れお ら 頂タン

である。 その ため か、 『陽 光』 にお ける諸 尊の 図像に

する説 明 は甚 だ簡 略である。

 

央輪

の中

に は、 法

王 (

Chos

 

hdsin

 rgyal po)と

ば れ る尊 格 が住 する。

この

は不空 成就 と同じ

姿

で、 ガル ダ鳥の座 に坐 し、 施 無 畏 印で羯 磨杵 を持

つ 。 四方には業薩 堙 ・宝 ・法 ・業の 四大 薩堙 を配 する。

 東南西北

の 四

方輪

中央

にはれぞれ、

業薩堙

・王 ・

囲 ま

れ た

24

(11)

チベ ッ ト に伝 承され る 『金剛頂タ ン トラ 』 所 説の曼 荼羅の 図像につ い て (川暗) 剛 業、 宝 ・囲 ま 宝 業 、 蓮 華 ・囲 ま 蓮華 業

業 ・護 ・夜叉 ・拳に囲 まれ た業王 (

Las

 

kyi

 rgyal  pQ)が描 か る。

 

内四供 養は 四薩 墟 女、外四供 養は

・歌 ・舞の

4

尊。

 諸尊

は羯

磨杵

の冠を

り、 羯 磨

の標

を付 けた持

を持つ とされ る。

色はすべ 、 あるい は、 前 述 (金 剛界大曼荼羅)と同 じと説 か れる。 南 堂の 作 例で はすべ て のが緑で ある。

f

,外の曼 荼 羅

 

最 後に、 五 部の 曼 荼羅 を収め る外の 曼

羅 に お け る諸

の 配置を ま とめて お こ

 

まず、 金 剛輪の 四 隅の 区 画 に は 、金剛

(東南)、蓮

部 (南西)、 宝部 (西 北)、

羯磨部

(北 東)の順で32)、 四部の五秘 密 曼荼 羅 が 描 か れる33)。 そ れ らはい

れ も楼 閣の ない 円形の 曼荼 羅で、 それぞれ、 月輪、 蓮

、 虚 空 と日輪、 ウ トパ ラ華の 意 匠か れ る。

 

内側 の第二 の楼 閣の四隅には、 火焔に燃える金剛杵 を持つ 火 天、 宝に よっ て飾ら れ た摩竭 魚を持つ 水 天 蓮 華 と地 輪を持つ 羯磨 杵 と風に靡 く布 (旗 )を持つ 天の四 天 が配され る。 『陽 光』 は 四 天の

色につ い て 、 そ れ ぞ れ属 する部族の色 に塗 り分 けるヌ ル シ ダ(

gNur

 si 

dha

)の 説と、 順に赤、

、 黄、 緑 とする ッァ キャ パ (rTswa  

kya

 

pa

)の 説 を紹介 する が、 作 例では前

用さ れてい る。 な お、 こ れ ら 四 天 は、

が国に

承 さ れる金 剛 界 曼荼 羅に も描か れるが 、 地 天 と風天の位 置が入れ替わっ てい る。   外側の楼 閣の 四隅には、香 ・華 ・灯 ・塗の 四供 養女が 配 さ れ 、 四 門 に は 、 鉤 ・索 ・鎖 ・

の 四摂が、 一 門 に そ れ ぞ れ

5

ずつ か れ る。 五部の曼 荼 羅には門

が描か れ な か っ た た め 、 こ こ にま とめて描か れ る の であろ う。 そ れ らの

色につ い

5

曼荼 羅

同 じに塗る

方式

と、 五色に塗 り分 ける

方式

を紹 介 してお り、 南 堂の 作例で は

者 が採 用さ れ てい る。

 

内側 と

側の

閣の問に で きる 「

帯 (

lhahi

・snam ・

bu

と呼ばれる ペ ース に は 、

劫 千 仏 と五類 諸 外 金剛 部二十 天)が、 『

真 実摂 経

』 の 金

剛界

25

(12)

CHISAN-KANGAKU-KAI

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CH 工SAN −KANGAKU −KA 工 智山学報 第六.卜一輯 写真

2

 如来部の根本曼荼羅 大 曼 荼 羅と降三世 大 曼荼 羅に お けるそれ らと 同 じように描か れる。   以

lt

、摂 部 曼荼 羅に描か れる諸 尊 を合計す る と、賢劫 千 仏 は実 際に は

994

尊しか描か れず34’) 、 五類 諸天 はそ れ ぞ れ妃 を伴

の で 35 、

1271 尊

な る 。 (

2

)如来部

の根

羅  『金 剛 頂 ラ』 後 編の

1

品 を典拠 とする如 来部の 根 本 曼荼 羅(大曼荼 羅)は、 金剛 界 大 曼 荼 羅とほ ぼ 同様の 図像 を呈 する。 五仏 、十六大 菩 薩、八 供 養 女、 四摂、賢劫千 仏 の 像 容は、アーナ ン ダガ ルバ 拠 した もの と な っ て い る。  相 違点は、 毘盧遮那の 四親 近が 四波 羅 蜜に替わっ て 四大 薩堙になる こ と、 西 輪の 主尊である無量 光 が 説 法者(

Chos

 

hchad

)と呼ばれ また 金 剛輪の 四 隅の 区 画 には四大 薩 唾と 同 じ姿の 四薩唾 女が 配 さ れ 、内側 の楼 閣 の 四 隅 に は

・歌 ・舞と香 ・華 ・灯 ・塗の供 養 女 が 重 ねて描 か れ る。 よ っ て 金剛 界大曼荼羅 に比べ 、

4

くなる。 な お 南 堂 の作 例で は 、 門護の 四 摂菩 薩は内外両方の閣 に重複して描 か れて い る。 (

26

) N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(13)

チベ ッ トに伝 承さ れ る 『金剛頂 タン トラ 』所 説の曼荼羅の 図像につ い て (川崎)

 

陽光

色 を

、 あるい は根 本タ ン トラ に説か れ る色、 と述べ る が 、

例 (

2

後 者採 用 さ れ て 36) 。 また

例 で は、

側の楼 閣に もトー ラ ナ が描か れて い

3

金 剛界 陀羅 尼 曼荼 羅

 

金剛

曼荼羅

は、 『

真実摂経

』 「

剛界 品」 の三昧 耶 曼 荼羅 (秘密曼 荼 羅)に相 当する

曼荼羅

で ある。 『陽

』 は、 「諸 尊は以前 (根 本曼 荼羅 )と 同 じで、 女

姿

描 く

。」 と

る の みで ある が、 五 仏 と、 五 仏の 四親近 と な る 四

六 大 菩 薩 (女尊 )の 尊 名 を

る。 そ れ らの尊名は、 『真 実摂 経』 「 剛界 品 金 剛 秘 密曼 荼羅 儀 軌 分 第」 にか れる もの であ り、 五 仏 の は堀 内 本37)

§§

347

349

所 説に、十六大菩 薩の 名は

§§

330

332

334

336

の所 説に一致す る。

 

南 堂の 作 例は、

根本

羅と ほ とん ど変 わ らない が、 内側の

閣に トー ラ ナが ない 。

 

な お 、 三昧 耶 曼 荼 羅で は 通常、 諸

が 三昧 耶 形 (シ ンボル)に よ っ て 描か れ るが、 我が 国 に伝わ る 「五部心

」 や 、 ラダ ッ クのアル チ寺の作例 で も、す べ

尊格

女尊

と して描か れてい る38) 。

4

)金剛 薩 堙一印曼荼 羅

 

陽 光

荼羅

つ い て、 「

本 タ ン トラ (r真 実 摂 経』)の もの と同 じ で、 満 月の 中央 に白い 金 剛

堙。

み を浮 かべ 、 貪 愛の

子。 遊

を具 えた 手の こな し。

右 手

は 金 剛杵 を胸 前に持 ち、 左 手は慢 を具えて鈴を持つ 。」 と 述べ の み で ある。 こ れ は 『真 実摂 経』 「金 剛界品」 の一 印曼 荼 羅 と同じ図 像である。

5

)金

剛部の根 本曼 荼 羅

 

曼 荼 羅の 形 態は如 来部の

本 曼 荼羅と同じであ り、 内外両方の

閣に トー ラナが描か れ る。

尊格構

成は摂 部 曼荼 羅にお ける金 剛 部の 曼

羅 に近 い が 、 (

27

(14)

CHISAN-KANGAKU-KAI

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智山学報第六 十一輯 中

輪の 中央には寂 静相の 毘盧 遮 那が坐 し、 その 四

には 、火 焔に

わ れ た 金 剛 杵(東 )・宝 (南 )・蓮 華 (西)・羯 磨 杵 (北)の三

か れ る。 四

方輪

に は 、吽迦 羅(東 )、毘

胝 (南 )、金 剛軍 (西 )、 金 剛 遍 入 (北)の

4

尊と十 六 大 菩 薩が描か れ る。

 

剛輪

の 四

には 四

堙 女、 内 側の楼 閣の 四隅には

閣の 四隅には

・塗が配され、 二 重の楼 閣の 四 門に は四 摂 が

複 して描かれ る。 さ らに、 厂

尊格

」 に は、

賢劫千

仏と ともに五 類 諸 天 が 描か れ る。

 

諸 尊は毘盧 遮 那を除い て 忿怒形で、摂 部 曼

羅の 金 剛族曼 荼羅の ようで ある と 『陽光』 はべ る。 身色 は 、すべ て青ま た は 個 々 の 身色 と説か れるが、

例で は

後者

用さ れて い る 39)

6

降三世 陀 羅尼 曼 荼 羅

 

こ の 曼荼羅 は、 『真 実 摂 経』 「降三 世 品」 の三

昧耶 曼荼羅

(秘 密 曼茶羅)に相 当する。 三

ちの 語 密に焦 点を当てた 三味 耶 曼荼 羅で は、 諸

が女 性 形 の 陀羅尼 の

で呼ば れ る ため、 陀羅 尼 曼 荼羅 とい わ れる の で ある。

 

三昧耶 曼 荼羅の

例 に 、諸 尊 を三昧耶 形で描 く場 合と、

女尊

姿

で描 く場 合の 両 者 が ある こ と は 上述 し た が、

r

』 は、 尊形 (女 尊)で描 く場 合、標 幟(三 昧耶 形 )で 描 く場合の 両 方を説 く。 こ の こ とか ら、 イ ン ド ・チベ ッ トに おい て も、 三

耶 曼荼羅の 表現方法に二通 りの形

が平

して

存在

して い た こ とが わ かる。

 

降三 世 陀 羅尼 曼 荼 羅につ い て 『 は 、毘盧 遮 那 と 同 じ姿

摧破

女(rDo  rje rmugs  

byed

 ma 、 そ

忿怒の 四薩捶 女。 東 などに は、

剛意女

(rD ・rje thugs ma )など を以前 と同 じ よ

女尊

として相 違な く描 く。

八 供

養女

と門

護女

か れ てい い 。 外 金 剛 部の

天 は

存在

し ない 。」 と

くが、 南 堂の

例には 八

供養女

と門

が描か れてい る。

28

(15)

チ ベ ッ トに伝承され る 『金タン トラ 』所 説の 曼荼羅の につ い て (川暗) 写真

3

 陀羅尼 標幟 曼荼羅と その 周辺

7

)陀

羅尼

標幟

 

陀羅 尼標 幟の 曼荼 羅は、諸 尊 を標 幟に よっ て描い た 三味耶 曼荼 羅に相 当す る。 『陽 光』 は、 以 下の ような 諸 尊 の標幟 (三昧耶形)を挙 げてい る。 た だ し、 中尊の 金剛 薩墟の み は尊形で描 か れる。 四 親 近の 標幟 はすべ て それぞれの 主 尊の方に先 端を向け、 火焔の 中 に住す る。

 

中央 輪

 

中央に

を具 えて

を結金 剛 薩唾 金 剛杵

摩尼

   

・業。

 

東 輪

 

中 央に金剛杵に よっ て 特徴 付 け られて先 端が右 に向い た 三 叉戟 を描

   

き、そ の 上 に 首が 右に 向い た忿 怒 金 剛 杵 を 描 く。 四 方(前 ・右 ・左 ・      後)に金剛杵 ・金剛鉤 ・弓矢 ・善 哉の 印。

 

南 輪

 

中央に宝、 四方に宝 ・

歯鬘

 

西 輪 中央に金剛 蓮

、 四

に蓮華 ・剣 ・輪 ・舌。

 

 

中央に羯 磨 杵、 四方に羯 磨杵 ・

 

供 養女 と 門護 女か れ 。」 と述べ る が 、 作 例 (写 真

3

)で はそ れ らが、

劫千仏 と と もに描か れてい る。 (

29

(16)

CHISAN-KANGAKU-KAI

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智 山学報第六 十一

8

毘盧 遮

 

陽光

こ の曼 荼 羅つ い て、 厂以

の曼 荼 羅と同 じで、 中

に毘 盧 遮 那、

に吽迦 羅の 印である忿怒金剛

、 南に毘倶 胝の金剛 宝 、 西 に忿怒 金

軍の 金剛蓮華、北に金 剛遍 入の 羯 磨杵。」 と

るの み で ある その

図像

真 実 摂経』 「世 品 毘盧 遮那 を

中尊

とする 四印曼 荼

致す

る。

9

)秘密

文 字 大

 

秘密文

字 大 曼 荼 羅は、

r

金剛 頂 タ ン トラ』 後 編の

4

品(「金 剛部の真実極秘 密 釈 品」)に

か れ る

130

種 の真 言40) 、 中

を除 く諸

の 住

に配 してゆ く とい

特殊 な曼荼 羅である。

 

曼荼

羅全体の構 成は、 如

来部

本 曼 荼羅に似るが、

中央輪

造が よ り

雑 と なる。 中

に は

獅子座

毘盧

遮 那 が坐 し、 その

に金 剛

・金 剛鉤 ・ 弓矢 ・善哉の 印、

に宝 ・日

・幢 ・歯

、 西 に蓮

・剣 ・輪 ・舌、 北に

磨杵

甲冑

の、 十六大 菩 薩の 標 幟が 描 か れ、 それ らの標 幟の 上 に

1

つ の真 言が配され る。

 

方輪

には幎

は描か れない が、 四 仏の位 置に は

2

種 ずつ 、 四親 近の

位置

に は

1

尊ご と に

5

金 剛 薩 垣、 金剛 宝 、金剛法、金 剛業の位 置に は

6

種ず つ

四供 養 女 位 置

2

種 ず

住 処 に は そ れ ぞ れ

1

種ず

つ の 真言 が 配 置さ れ る。

残念

なが ら、

例は祭壇 と仏像 の後ろ に あっ て見 分 する こ とがで きない 。

5

  その他の曼 荼羅 の概要

 

最 後に 「お わ

」 に 、 シ ャ ル

南 堂の 壁に描か れなかっ た、 以上 の

9

の諸曼 荼 羅の 特 徴 を

陽光

』 の記 述づい ま と

 

まず 如 来

法曼荼羅

は、 「

本 曼 荼 羅 と同 じで 、 諸尊が 五鈷 金 剛杵の 中 央で金 剛 趺坐 の

上 に金 剛縛 を仰

て置 き、胸に各 自の 持 物 を

粒 大に

幟 と して描 く。」 と解 説さ れ る。 これ はアー ナ ン ダ ガルバ が

える 『真 実 (

30

) N工工一Eleotronlo  Llbrary  

(17)

チベ ッ トに伝承 さ れ る 『金剛頂タ ン ラ』 所 説の曼荼羅の 図像につ い て (川崎 )

経」 の 法 曼 荼羅の 描 き方に一

して い る。 さ らに プ トゥ ン は、 「パ ンデ ィ タ で ある シ ュ ン ヌ ブ ン パ (gShon  nu  

bum

 pa)が 根 本 タ ン トラ と相 違ない と

えて、 こ こ (『金剛頂タン トラ』)に は説か れ てい ない が 、根 本 タン トラ と同じで ある と

るべ とおっ しゃ っ てい る。」 とい

コ メン トを付 け加 えてい る。 如 来

羯磨曼荼

につ い て は、 厂根 本

曼荼羅

じで、 五

智 者

(五 仏) は男 尊 として

き、 他は女 尊と して描 く。」 と説か れ、 四印 曼荼 羅に関 して は 厂根 本の と同じで ある。」 と述べ られ るの みである。

 

剛 部の 法、 羯

、 四印の 各 曼 荼 羅につ い て は、 『陽光』 の 中に図像の解 説が な く、 その

在が示 さ れるの み で ある。 ま た 、如 来部、 金剛 部に

5

あ る と述られ印曼 荼羅つ い て も、 た だ

1

種、 金剛 部の 毘盧 遮那四 印曼荼 羅が解 説され るの みで ある。 それ は、 これ らの

曼荼羅

しい 描 き方 が、 『金

剛頂

タ ン トラ 』

体に説 かれてい ない ことに

因する

 

つ ま

プ トゥ ン 、 根 本タ ン トラ で ある 『真 実 摂 経』 の 「金 剛界品」 と 「

」 に ぞ れか れ る 六種 曼 荼羅 参 考 、 師伝を参 酌に し な が ら、 『金剛頂 タン トラ』 の 曼 荼 羅の

を増 広 したの で ある そ して、 そ れ ら の中か ら重 要 な

9

種の 曼荼羅 を選 び 、南堂の 壁 画に描い た もと思わ れ る。 註

1

 

シ ャ ル寺の歴 史と壁画の 様 式につ い て は

Vitali

, 

R

.:

Early

 

TemPles

 

Of

 

Centrai

  

Tibet

.(

London

1990

)pp .

89

122

、 本殿 の 建築構 造 に つ い て は

Denwood

, 

P

,:

  

Architectural

 

Styles

 at 

Shalu

,”

Tibe

 tan 

Art

7

「oward  a 

definition

()

fstyle

.(

London

  

1997

)を参照。

2

) 拙 稿 「 『理趣 広経』 の 曼薬羅の伝 承一シ ャ ル寺 南 堂の作 例 を

  

中 心 に一」 『密教図像』 20(

2001

)、 同 「ャ ル寺の 曼荼羅 壁 画 につ い て (

II

)一北

  

堂の悪趣 清浄 曼荼羅 を中心に一」 『密教文化』

207

2001

)、 同 「シ ャ ル 寺の曼荼 羅

 

につ い て (

III

)一プ トゥ ンの金 剛界 曼荼 羅理解一」 『密教 図 像』

21

2002

)、

  

ャ ル曼 荼羅つ い て」 『密教学研 究

35

2003

3

 

酒 井眞典 「剛頂経つ い て」 『密教 研 究』

71

1939

)。 この 論文は 『酒

 

井 眞典著作 集』

3

(法蔵館 、

1985

pp ,

122

173

に収録さ れてい る。 (

31

(18)

CHISAN-KANGAKU-KAI

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智山学 報第

4

) 桜 井 宗 信 「

VajraSekharatantra

考 察」 『 学 報

35

1985

、 同 「

Va

−   

jra

§ekharatantra の一考察」 『印度学仏教学研究』

34

1

1986

)。

5

)  北村 教授は和訳研 究を総 括 し、北村 太道 「『剛頂大 秘密瑜伽 ラ 』 につ い   て 」 『善通寺教 学振 興会紀 要』

16

2011

)におい ン トラ全体の概 説を行っ て     お ら れる。

6

dKyil

 

hkhor

 

gsat

 

byed

勉 maki  

hod

 ger.『プ トゥ ン 全 集』 Tsa 帙=

Lokesh

  

Chandra

 ed .

The

 

Collected

 

PVorks

 ofBu −ston 

Part17

.(

New

 

DeihL

 

1969

)所 収

。 こ    の文献の書誌 的情報につ い て は、拙稿 「プ トゥ ンの 『曼荼羅を明ら か な ら しめる   太陽の光』 に説か れる 『日経』 の 身曼 荼 羅につ い て 」 『密教 学会報

48

2010

    を参照 さ れ たい 。

7

) 『プ トゥ ン全集』

Tsa

19a5

7

8

)  プ トゥ ン は註

7

前 掲の箇所で 「都 合

23

曼荼 羅る 」 記す 、 その場 合

1

   種の曼 荼羅が不 足する。

9

) 『プ トゥ ン全 集』

Tsa

19b1

2

10

Sha

 

lukigtsug

 

lag

 

khait

 

gi

 

gshalyas

 

khait

 nub 〃ma

, 

b

γ

an

〃ma , 

Sar

〃ma , 

lho

〃ma ・mams

  na 

bshugs

 

Pahi

 

dhyil

 

hfehor

 sogs 

kyi

 

dkar

 chag .『プ トゥ ン全集』

Tsa

帙所収。

11 「一切細 軌集」 は金剛頂タ ン トラ 』 の前編の名称であるが、 秘密 文字の曼荼羅

   の典拠となる成就法は後編に説か れて い る。

12

) プ トゥ ン の 『聴聞 録』(

Bla

〃ma  

dam

 

Pa

 rnams  

kyis

 r7

es su 

bauk

 

b

α

hi

 

tshul

, 

bKak

  drin

 rーes su  

dran

 

par

 

byed

 

pa

.東北 蔵外

No

. 

5199

は、  『金 剛頂 摂 部灌頂

  受得、   ツ ァ キャ パ (rTshwa  kya pa)作の 「金剛頂』 摂 部曼 奈羅儀軌の聴 聞、  

   『金 剛頂タ ン トラ 』 の聴 聞、   『金剛頂』 の 法 規の聴 聞の、

4

種の相 承系 譜が挙

  げら れ て い 。 『プ トゥ ン 全 集』

La

帙= Lokesh  

Chandra

 ed .:

The

 

Collected

  

VVorks

 

Of

 

Bu

ston 

Part26

New

 

Delhi

1971

40a4

bl

60b7

61a6

を参 照。

13

bSod

 nams  rgya  mtsho  and  

Musashi

 

Tachikawa

The

 

Ngor

 

Mandalas

 of 

Tibet

  (

Tokyo

1989

)の Plate24。

14

) 拙稿 「ロ ーマ ン タ ン ・チ ャ ンパ ・ラ カンの壁画マ ン ダラ につ い て一二 階の瑜 伽   タン トラ階梯の マ ン ダ ラを中心に一」 『密教図像』

17

1998

)を参照 さ れ たい。

15

 

こ の曼 荼羅の存在は、 加納 和雄氏 が撮影し た写 真に よっ て判 明し た。 なお、 三    解 脱 門堂の曼 奈羅壁 画につ い ては、 加納和雄 ・川暗 一 サ キ ャ南 ・三    堂の歴 史と曼 荼羅壁 画につ い て」 『密 教文化』

224

2011

)を参 照 され たい 。

16

 Ricca

, 

F

.&

E

. 

Lo

 

Bue

7

he

 

Great

 

Stupa

 of  

Gyan

 tse.(

London

1993

pp

282

286

  参照。

32

(19)

チベ ッ トに伝承 さ れ る 『金 剛頂タン トラ 』所 説の曼 荼羅の図像につ い て (川崎 )

17

) 酒井 眞典 ・註

3

前 掲論文。

18

乾仁 志 「『金 剛頂 タン トラ』 所 説のマ ン ダラ につ い て (

1

)」 『高野山大学 論叢』

32

    (

1997

)。 19 「五部具 会曼」 につ い ては、酒 井眞典 ・註

3

前 掲論文お よび、 栂尾祥 雲 『理

  

趣 経の研 究』(高野 山大学出版部、

1930

pp

372

374

を参照。

20

) チベ 剛界 曼荼 羅形態つ い て は、森 雅秀 「曼茶羅の 形態の歴   史的変遷」 『マ ンダラ宇宙 論』(春秋社 、

1996

)、同 「ペ コ ル ・チ ュ ーデ仏塔 第

5

  層の 『金剛頂 経』所 説のマ ンダラ 」 『国立民族学 博物 館研 究報 告別 冊』

18

を参照。   後者の 論 文は森 雅 秀 『チ ベ ッ トの 仏 教美術 とマ ン ダラ 』(名古屋大 学出版 会 、   

2011

)に再録。

21

) サキ ャ南 寺三解脱門堂の 作例で は、内側の楼 閣の 内部に金剛輪が なく、五 部の   曼荼羅 と 四部の五秘密 曼 荼羅 がマ ス 目状に配置さ れ る。 註

15

前掲の共著論 文 を     参照さ れ たい 。

22

 真 実摂 経 所 説曼 荼羅 、 「降三世 品」 の曼荼羅で は、 四印 曼荼 羅と    一印曼茶 羅を除 き内側の楼 閣に もトーラ ナが描か れる。

23

 プ トゥ ンが 伝える 『真 実摂経』 の 四大品そ れ ぞ れ図 像 につ い 、     別 稿 を 用 意 し てい る。

24

) 『剛頂 本文 周 囲薩 ・ ・愛 ・喜 をる こ と   なっ てい るが(デ ルゲ版

Na

172al

3

プ トゥ ンは 四大薩唾 とする

25

) 『 ンテ ィ リ の 印につ い て、 「金剛縛 を内に結ん で、両 拇 指を   内よ り覆う」 と説明する。 つ ま り、 内縛を結ん で、 両拇 指 を並べ 合 わせ た印。

26

) 正木 晃 『は じめて の チベ 社 、

2009

)p.

75

5

7

に は 、 ペ   ンコ ルチュ ーデ仏塔に描か れ たこ写真が 「青黒身体金剛毘盧遮那 と   して掲 載さ れて い ま たこの写真には、宝部の曼荼羅の 中尊である仏 日の図像     も含ま れ る。

27

) 『』 は赤黄の 身色で、 最 勝施の 印で幢によっ て飾 ら れ た歯 鬘を持つ 」 と

  

ッァ キャ パ 所伝の別説を紹介する。 また、

Ricca

, 

R

E

. 

Lo

 

Bue

・註

16

前掲   書 p .

284

に は、 この 尊の塑像の写真が掲 載さ れて い る。

28

 

この 尊格の塑 像の写真が、

Ricca

 

E

E

. 

Lo

 

Bue

・註

16

前掲書p.

285

掲載    れてい る。

29

) 遍調伏 大曼 荼羅における十六 大菩 薩に相 当する尊格たちの 像容につ い て は、註   

23

前掲の 別稿 を参照 さ れ たい 。

30

) これ らの諸天につ い て は、 『金 剛頂タン ト ラ』 の本文に説か れて い る (デ ルゲ版 (

33

(20)

CHISAN-KANGAKU-KAI

NII-Electronic Library Service

智 山学 報第六   

Na

175b3

176a3

)。

31

)  『陽光 は さ らに、 中央の主尊を白赤 、東と西の主尊と 西 輪の六 面 天 (童 子 天〉を   赤、南の主尊を赤黄 、蓮華多羅と蓮華語 を白赤 、金剛 因(勢至)を緑 赤とする 別説   を挙げる。

32

)  『陽光 は、 南西に宝 部の曼荼 羅、 西北に蓮華 部の曼荼 羅を 配置 するツ ァ キャパ

  

と ヌ ル パ

gNur

 

pa

)の 別説を紹介 する。

33

) 五秘 密 曼荼羅につ い て は、 拙稿 「五秘密曼 荼羅につ い て 」『智 山学報』

60

2011

)   を参照さ れ たい 。

34

) 金 剛界曼荼 羅にお ける劫 千仏につ い て は、 乾仁 志 「金 剛界マ ン ダラ に描か れ   る賢 劫千 仏」 『密 教 学会 報』

49

2011

)を参 照。 な お 『陽 光』 は、四大 薩垣 と 同 じ   姿に描 くアーナ ン ダガル バ 流の賢劫尊の 図 像 を 踏襲 してい る。

35

 

五類諸天 につ い て は、 森雅秀 「金 剛界曼祭羅の ヒ ン ドゥ ー 」 『小野塚幾澄博士   古稀 記念論 文集 ・空 海の思 想 と文 化』(ノ ン ブル社、

2004

)、 同 ・註

20

前掲 書 pp .   

130

132

の表

5

4

を参照。

36

) 正木晃 ・註

26

前掲書

p

45

に、こ の 荼羅の写真が掲 載 されて い る。

37

) 堀 内寛仁 『梵蔵漢対 ・初 会金 剛頂経の研 究』 上(密教 文化研究 所、

1983

)。

38

) 拙稿 「金剛曼荼羅の諸相一 「剛界 品 所説種 曼荼羅を 中 心 に r密 教   学研 究』

37

2005

)を参照さ れ たい 。 な お この拙 稿の論 末に付 し た表に おい て、 九   会曼 荼羅の 賢 劫尊を 「 と した が 、 「菩薩 形」 の 誤 りである。 ま た、八 十   一尊 曼荼羅の 賢劫 尊につ い て は、千仏 と十 六尊が 同 時 に 描 か れる場合 もある。

39

) 正木晃 ・註

26

前掲書 p .

46

に、 こ の 曼 荼羅の 写真が掲 載されてい る。

40

)  デ ルゲ版

Na

271b5

272a3

。 ※本論 文は、 平 成

23

年 度科 学研 究 費補 助金[基 盤研 究

C

]「チベ ッ ト仏 教寺院補修 作  業のた めの基礎データ集成の作成 と公開一現 状記録 と原型 再現一」(研究 代表者 :  山直司 )に よ る研 究成果の一で ある。 〈キーワ ー ド〉シ ャ ル寺、『金 剛 頂 タン トラ』、曼荼羅、 プ トゥ ン、 五 部具会 (

34

) N工工一Eleotronlo  Llbrary  

参照

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