チ
ベ
ット
に
伝 承
さ れ
る
『
金
剛頂
タ
ン
ト
ラ
』
所
説
の
曼
荼
羅
の
図像
に
つい
て
一 シ ャ ル寺
の作
例 を中
心 に一川
暗
一
洸
(一 洋 )1
は じめにシャ ル寺は、 チ ベ ッ ト第二 の都 市 シ ガ ツ ェ の 近
郊
に位置す
る古刹
であ
る。11
世紀に観 音堂 と して創建
され た この寺
に は、幾度
と なく増築
や改築
が繰 り返 されて きた た め、 さま ざま な時代
の貴
重な仏教
壁 画が数多
く残
さ れてい る1) 。14
世 紀 には、 チベ ッ ト仏 教界
きっ ての 学 匠と謳わ れ るプ トゥ ン ・リン チ ェ ン ドゥ プが この 寺の住 持 を務め、 プ トゥ ン は本 殿 最 上 階の東西南北 に設 けられ た無量 宮 (gshal yas
khah
)と呼 ばれ る4
宇の 堂の 内壁に、 総数
170
に ものぼ る
曼荼羅
を描
か せ た。 それ ら はいず
れ も、 瑜伽タン トラ に属 する聖 典に説 か れ る曼荼羅
である。筆
者は、数
度に亙 りシャ ル寺を訪れ、 無量 宮に描か れた曼 荼 羅壁 画の調査 を行
っ て きた が、西 堂の 『真 実摂 経』 の 曼 荼 羅、
北堂の
r
悪 趣清
浄 タ ン トラ』 の 曼荼羅 、東
堂の 『文
殊真
実名
経』 お よび 『金 剛場荘 厳 タン トラ 』 の曼荼
羅、南堂の 『理趣 広 経』 の曼 荼 羅につ い ては 、すで に他 稿に おい て 若 干な が ら研 究の成 果 を公 表 して い る2) 。 し か し、 南 堂 の南 壁 に描 かれ た 『金 剛 頂タ ン トラ』 所 説の 曼
荼
羅につ い ては、今
まで紹介 す
る機会
を逸 して い た。 そこ で本稿
では、南堂
に描か れ た 『金剛頂タ ン トラ』 に基づ く曼 荼羅 の現 況 を報 告 し、図像 学 的な検 討を加えて み たい 。 (15
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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智山学報 第六 十一輯
2
『金 剛頂 タン トラ 』 に説か れる曼荼 羅
『金 剛 頂 タ ン ト ラ』
Va
コ ’
ras’efehara −
tantra
(東 北No
.480
)は、 『初 会の 金 剛 頂経
』 と して知
られ る 『真実摂
経』 の釈
タン トラ と され る聖典であ り、 チベ ット語 訳の テ キス トの み が現
存
して い る。こ の文 献にい ち早 く注 目さ れ た酒井
眞
典博
士 は 、 その構
造に関 し、前半
の「一切 細 軌 集 タン トラ大王 (rtog
pa
tharns
cadbsdus
pabi rgyudkyi
rgyal po chenpo )」 と後半の 「一切 如 来 秘 密経 因陀 羅王 (
de
bshin
gSegs patharns
cadkyi
gsafibahi
mdo sdebidban
p面 rgyal po )」 に二 分 で きる ことを指摘 し、 不空三蔵の『十八
会指
帰』 の記述 と比較 し な が ら、前 編 を十八会 金 剛 頂 経の 第三会 「一 切 教 集瑜 伽」 に、 後 編 を第二 会 「 一 切 如 来秘 密王瑜 伽」 に比 定 された 3)。 な お、 桜井
宗 信 博 士は、 この 酒井博 士の 説に対してい くつ かの 疑 問 を呈 してお ら れる 4)。ま た、 北村太 道 教 授 を代
表
とす る種智 院大学の タン トラ 仏教研 究会が この 文献の和 訳 研 究を続 けてお り、 その成 果を ま とめ た タン トラ全 体の 和 訳が、 近 く出版 さ れる予 定で ある5) 。先学
が指 摘 す るように、 『金 剛頂 タ ン トラ』 の前
編は 、 一切 如 来と金剛薩
垣に よ る問答
の 形式
で全体
が構
成されてい る。3
つ の章 品に分 か れてお り、 その第2
品に摂
部 曼荼
羅が説か れてい る。 い っ ぽ う後 編は、 『真 実 摂 経』 の 章立て に沿っ て 内容が展 開さ れるが、 未 完の状 態 にあ り、 「降三世 品」 の前 半に対応する箇 所 まで で 終わっ てい る。 全 体は4
つ の章 品か らな り、 第1
品と第2
品には 「金剛 界 品」 の大、 三昧耶、法
、羯磨
の4
種
の曼荼羅
、第
3
品と第
4
品に は 「降三 世 品」 の大、 三昧耶、法
、 羯磨
、 四印
の5
種
の 曼荼
羅の釈
が見
ら れ るが 、大曼荼羅
を除 き、詳
しい 曼荼
羅の描 き方
が述べ られ るわけでは なく
、成就法
や瑜伽観法
を説
示す
る 中 で、 曼 荼 羅の名称や概 要に触れ られる の みである。な お プ トゥ ン は、 瑜 伽タン トラ に属
す
る経軌に説か れ る曼 荼 羅の 描 き方 を 解 説 した 『曼荼羅 を 明 らか な ら しめ る太陽の 光』(東北 蔵外No
.5172
、 以下 『陽 (16
) N工工一Eleotronlo Llbraryチベ ッ トに伝 承さ れ る 『金剛頂タン トラ 』所説の曼荼羅の図像につ い て (川焙 ) 光』)6)を著 して お り、 その 第
2
章におい て 『金 剛頂 タ ン トラ』 に基づ く曼荼 羅の 描 き方を示してい る。『
陽光
』 におい てプ トゥ ンは、 『金 剛頂
タン トラ 』 の曼 荼羅 を以 下の よう
に 分 類 して15
種
の曼 荼羅
の図像
を解 説す
る が ([ ]内は 『プ トゥ ン全集』Tsa 帙 における各曼 荼羅の解 説箇所)、根本
タ ン トラ(『真 実摂 経』)と同様
に如
来部
と金 剛部にはそ れぞれ 四印 曼荼 羅が5
種 あ り、 ま た、 如 来 部の陀
羅尼 曼荼
羅 も金 剛 部の そ れ と同じ ように尊 形で描 く場 合と標 幟で描 く場合 が あ る、 と述べ る の で 7) 、 そ れ らを都 合 すると24
種の曼 荼羅 となる 8 ) 。A
.摂部曼荼羅
[1a2
−13a1
]B
.各
部曼 荼 羅1
.貪
によっ て貪
を制 する如 来 部の 品の 曼荼 羅1
.身
の 大 印 を主 とする大 曼荼 羅 [13a4
−14b4
]2
. 三昧
耶印
を主 とす
る陀 羅尼曼
荼 羅 [14b4
−15a2
]3
.法
印を主とする法
曼荼
羅 [15a2
−5
]4
.羯 磨 印 を主 とする羯 磨 曼荼 羅 [15a5−6
]5
.秘密
四印 曼茶 羅 [15a6
−7
]6
.秘 密一印曼
荼 羅 [15a7
−b1
]1
.瞋
に よっ て瞋
を制す
る金 剛 部の 品の 曼荼 羅1
.根
本 曼荼
羅 匚15b3
−16a5
]2
.’陀 羅尼曼
荼 羅(
1
)
尊形
で描 く場
合 [16a5
−7
](
2
)
標幟
で描 く場合
[16a7
−b6
]3
.法
曼 荼羅 [16b6
−7
]4
.羯磨 曼荼 羅 匚16b6
−7
]5
. 四印 曼荼 羅 [16b7
−18al
]6
.一印
曼荼羅
[18al
−2
]7
.秘 密 文字
の曼荼
羅 [18a2
−19a3
] (17
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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智山学報第六十一輯 プ トゥ ン は 、後 編には全 部で
6
つ の章 品がある が、 金剛 部の 品の残 余で あ る外金剛部の品、遍 調 伏の 品、 一切 義 成就の 品 、 羯 磨 部の 品、 持 金 剛の 品 な どの残 り
はな され なか っ た と記
し9)、後
編が未完
であ
る こ とを指摘
してい る。3
シャル
寺南
堂の作例
シャ ル寺 本殿の最 上 階に位 置 する4
宇の無量 宮は、 シ ャ ル の領 主 タ クパ ゲ ル ツェ ン に よっ て造営
が始
め られ た が、 プ トゥ ンの指導
に よっ て そ れ らの 内 部 を飾 る曼 祭 羅壁 画 が 完 成 したの は、 彼の 継 嗣で あるクン ガ ー ド ゥ ン ドゥプ の 時代に なっ て か らの1335
年
の こ とであ
っ た。プ トゥ ン は、 曼 荼 羅 を描か せる に あた り、 『シャ ル寺の 西、 北、 東、
南
の 無 量 宮にある曼 荼 羅な どの 目録』(東北蔵外N
。,5171
、 以 下 『目 録』)10)を著 して お り、 その中には 、各
堂にある曼
荼羅の名称
と位 置が詳 しく記 録 さ れてい る。『金
剛
頂 タン トラ 』 の 曼荼羅
は 、南 堂の入 口を入っ て正 面の 南 壁 に集 中 し て描 か れて い る。 図1
は、 『目録』 の記 述 と筆
者の調査 に基づ い て作
成 した 南壁にお ける曼荼 羅の 配 置 図である。 曼 荼 羅の名称
は 『目録』 に よっ ており
、番号
は 『目録
』 におい て言及
される順 番で ある。 ち なみ に南 堂の 他の壁に は、r
理趣 広 経』所説
の曼荼羅
が描か れてい る。 図1
シ ャル寺 南 堂 ・南 壁の曼 荼羅 配 置 図 (18
) N工工一Eleotronlo Llbraryチベ ッ トに伝承さ れ る 『金 剛頂タン トラ 』所 説の曼荼羅の 図像につ い て (川暗)
1
2
3
4
5
6
7
8
9
釈タン トラ 『金 剛頂
』 の 「一切 細軌集
」所 説の摂 部の大 曼 荼 羅 『金剛
頂 タン トラ 』 の 厂如 来 部の品」 所 説の 金 剛界
根 本曼荼羅
金 剛界 陀 羅尼 曼 荼 羅 金剛薩 捶一印曼荼羅
『金 剛頂
』の 「金 剛部
の 品」所 説の 降三世根 本大 曼 荼 羅 降三世 陀 羅尼曼荼羅
陀羅 尼 標 幟曼荼羅
毘盧遮 那 四 印曼 荼羅 「一切 細 軌 集」 の秘 密文 字 大 曼荼 羅11)図
1
に示 した よう
に、 南 堂の 南壁 に は9
種の 『金 剛頂
タン トラ 』 に基づ く曼荼羅
が描
か れてい る。 中央 とその左
右には、 摂 部 曼 荼 羅 と、 如 来部
と金剛
部
の根本曼 茶羅
(大曼 荼羅)が大 き く描か れ、 そ れ らの 間にで きたス ペ ース を 埋め る よう
に残
りの曼 荼 羅が 配さ れ てい る。 な お、 図 中にお ける a とb
の 曼 荼 羅は、 『理 趣 広 経』 の 金 剛薩 堙蘇
息曼荼羅
と世間調伏
秘 密布
絵 曼 荼 羅で ある。 さらに余 白には、 『金 剛頂 タン トラ 』 を相 承 した 歴代の祖 師たち12)や、 供 養 尊、護法尊
の像
が描か れてい る。南壁の壁 画は、 他の 壁 に比べ て ひ と きわ
彩
色が鮮
や かであ
り、後
世の補修
を受 けた こ とが予 想さ れ る が、 オリジ ナル の図像
は ほぼ保
た れて い る。 ま た、 壁 面の 下部に描か れ た6
と9
の曼 荼 羅 は 、 壁 に沿っ て 置か れ た祭 壇の裏側 に あ り、残
念な が ら全体
を見 分 するこ とが で きない 。4
個々 の曼 荼羅の図像 学 的 考 察(
1
)
摂部曼
荼 羅『金 剛頂 タ ン トラ』 の前 編に説か れ る摂 部 曼 荼羅 は、 シ ャ ル
寺
南堂の他に、 「ゴ ル寺の 曼 荼羅 集」13)、 ロ ーモ ン タ ン弥勒
堂14)、 サ キ ャ南寺
三解 脱 門 堂15)に も作 例が残る有 名な 曼荼
羅 で あ る。 さ らに、ペ ンコ ルチ ュ ーデ仏塔
の第
3
層
(19
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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C王{工SAN −KANGAKU −KA 工 智 III学報 第六十一輯 写真
1
南 壁 中央の摂 部曼荼 羅 の壁 画には 、こ の 曼荼 羅を構成 す る 諸尊が 描 か れ てい る16〕 。 酒 井 眞典博 士は 、 タン トラ本 文か らこ の 曼 荼羅を説 く箇 所を和 訳 して提 示 して お ら れ17〕、乾
仁 志 教授
はその 内容
に つ い て詳 細 な分析 を行っ て お ら れ る 18) 。 また、 不空 三蔵の 『般若
理趣釈
』 に は、金剛智
7三蔵 が長 安の 薦 福寺に おい て この 曼 荼羅 を 金泥で描 い た こ とが 記 さ れて お り、「五部具会 曼 荼 羅」 と呼ばれ、 『理趣 経』 の 第 . 卜六段の 曼荼
羅 と考
えられてい る19)。 南 堂の 作 例は、 チベ ッ トにおい て 一般 的 なアーナ ン ダガル バ 流の 金 剛 界 曼 荼 羅 の ように 201) 、 四角で 四 門 と四 トー ラナ を具え た楼 閣を有し、 その 内部に 入 れ子状 に第二 の楼
閣が描か れて い る。 内側の 楼 閣の 中には、 井 桁状の 「八 柱」 に よっ て九つ の 区 画に分 けら れ た円形の 「金剛輪
」があり、 その 中央と 四方の 区画に五部の 曼 荼羅がそれぞれ配 置され るZl ,) 。 こ の よ うな、 内外
二 重 の 楼閣(外の 曼 荼 羅 )と、八柱に よっ て区 切 ら れ た金 剛輪 を有 する 曼荼羅の 形 態は、南堂 に描かれ た 『金 剛 頂 タ ン トラ 』 を典 拠 とする曼 荼羅の すべ てに当 て は まる。 な お 、 アーナン ダガ ルバ 流の金剛 界 曼荼 羅では内側の楼 閣に は トーラナ が (20
) N工 工一Eleotronlo Llbraryチベ ッ トに伝 承さ れる 『金剛頂タ ン トラ 』所 説の曼荼羅の図像につ いて (川暗 ) ない が22> 、 『金 剛
頂
タン トラ 』 の摂
部 曼荼
羅で は 、 プ トゥ ン が 『陽 光』 にお い て 「す
べ ての曼 荼羅
が 四角
で四門 と四 トーラナ を具え
る。」 と述べ る よ う に、内側 の楼
閣に も、 その中に収め られる 五 部の 曼 荼 羅の そ れ ぞ れの楼
閣にも
、 トー ラ ナ が描か れ てい る。内庭の 塗 り分けは、
9
種 すべ ての 曼荼
羅で東
(下方)が青、 南が黄、 西が赤、 北が緑であ り、金 剛 界に準 じて い る。五部の 曼 荼 羅の
う
ち 、如
来部、 金剛部、蓮 華 部、 宝 部の 曼 荼羅 は、 そ れ ぞ れ 『真 実摂
経』 の 「金 剛界 品」、 「降三世 品」、 「遍調伏
品」、 「 一切義
成就品
」 の大
曼荼
羅 (特にアーナ ンダガル バ 流)を プロ トタ イプ として い るOS)。 以下に、r
陽 光』 の 記 述 を参
照 し な が ら、 個々 の曼 荼 羅の図像の 特徴 と、 外の曼 荼 羅 に お け る尊格
の 配置を概観
して み よう。 a .如 来 部の 曼 荼 羅 (中央)如 来部の 曼 荼羅 は 、 金 剛界 大 曼 荼 羅とほ ぼ 同じ尊格 構 成 を
有す
る。 中央輪
の 中央
に は毘 盧遮那、東南 西 北の 四方輪の 中央
には阿闕、 宝生、無
量光、 不空成
就の四仏 が 坐 し、 四仏の周囲
に は4
尊ず
つ 、薩
・王 ・愛
・喜
、 宝 ・光 ・幢
・笑、法
・利 ・因 ・語、業
・護
・牙 ・拳の 十 六大 菩 薩が配さ れ る。 そ れ ら 五 仏、 十 六大 菩 薩の像 容は、 ア ーナ ン ダガルバ 流に一致 する が 、『陽光
』 に よれ ば、 阿 闕の 四親近である薩 ・王 ・愛
・喜
の4
尊
は 、 怒 りな が ら笑 う忿怒 の面 貌で あると さ れる。金剛 界大 曼 荼 羅との 相違 点と して、毘
盧
遮那の 四方に は、 四波 羅 蜜に替 わ っ て、十六大 菩 薩の 中か ら四部
を代表す
る金剛薩
堙 ・金 剛宝 ・金剛法 ・金 剛業
の 四大薩
垣が 配 さ れる 24)。 また金 剛輪の 四隅の 区画に は、 内四供養
と して 四大薩
唾 と同 じ姿
の 四薩堙女
が描か れ、 楼 閣の 四 隅 に は、外
四供養
と して、嬉
・鬘
・歌 ・舞
の四供養女
が描か れる。 四供 養女の 像 容 もアーナ ン ダ ガル バ 流 に一致 する。 た だ し、 四門護は描かれ ない 。以 上の ような、
五仏、
四
大薩
堙、十
六大菩薩
、四薩堙 女、 四供 養 女 とい う
33
尊 か らなる構 成は、 五部の曼荼羅
のすべ て に当
て は まる 。『陽光』 は、 諸 尊の 身色は如 来
部
の尊格
なの です
べ て白
、 あるい は、 根 本 (21
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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智山学 報 第六十一輯 タン トラ の金
剛
界大
曼荼
羅の 諸尊
と同 じに なす、 と規定
してい るが、南
堂の 作例ではすべ て白
に描 か れてい る。b
.金 剛 部の 曼荼
羅(東 ) 金剛部の曼 荼羅 は、 『真 実 摂経』 「降三 世 品」 の降 三 世 大 曼 荼 羅の 中心 部と ほ ぼ同じ尊
格構 成 を持つ 。 た だ し、 中央
輪の 中央
に は、 特殊
な姿
の 阿 闕 が坐す
。 その像容
は、 青い 仏 形で象
座 に住 し、 忿 怒の面貌で、金剛テ ィ リンテ ィ リの印
25)を結
ん で金 剛杵 を持つ とされ る26)。 その 四方には、 忿 怒形
の金剛薩
堙 ・毘倶
胝 ・金剛法
・金剛業
の四大薩
堙が配さ れ る。 なお、 金 剛宝 が毘倶 胝 となるの が金 剛部の 曼荼
羅の特徴
であ り、 これ は、 「降
三世 品」 の 大曼
荼 羅 に おい て金 剛 宝が金 剛 毘倶 胝 忿怒 (Vajrabhrktikrodha
)と呼ば れ る こ と に 因 む もの と思わ れる。 四方 輪の 中央には金 剛 吽 迦 羅(東 )、 忿 怒 毘倶 胝 (南)、 忿 怒金剛 (西)、 金 剛 遍 入 (北)が 川頁に位
置す
る。 このう
ち忿怒 毘倶 胝と忿 怒金剛は、 降三世 大 曼 荼羅
にお ける金 剛 灌頂 と金 剛 軍に相当
する尊格
であ
る。 これ ら4
尊
の周 囲に は、 忿 怒 形の 十六大菩
薩が4
尊 ずつ 配 され るが 、 やは り南輪
の金 剛 宝は毘倶
胝 と 呼ば れる。内四
供養
には薩 垣金 剛女 ・宝金 剛 女 ・法金剛 女 ・業金 剛女の四薩堙女、 外 四供養
には嬉
・鬘
・歌 ・舞の 四供 養 女が描か れ る。中尊を除 き、諸
尊
はすべ て忿怒 形で 、展 左勢
で 立 ち、 左 手は胸 前で期 剋 印 を結
び、右手
に如 来部の 曼 荼 羅 と同 じ各
自の 持 物を持っ て振 り上 げる。 『陽光
』 には 、諸尊
の身
色はす
べ て青、 も し くは個々 の 身色を有 する と説か れ る が、 南 堂の作 例で はすべ て青
で あ る。 c.宝 部の曼 荼 羅 (南)宝部の 曼 荼羅は 、『真 実摂 経』 「一切
義
成就
品」 の大曼
荼 羅 を基 本 と してお り、 四方 輪はすべ て三弁宝珠の意 匠で 描 か れ る。ただ し、
中央輪
の 中央
に は仏日(Safis
rgyasfii
ma )と呼
ば れ る尊格
が 坐す
。仏 日は、 馬
座
に坐 し、 両手
で歯鬘
を持
ち、 さ らに両手
の拇 指
の上に、先
端に宝
珠
を飾
っ た幢
を載せ 、 日輪の 光 背 を有 する。 これ は、 宝生 の四親 近で ある(
22
)チ ベ ッ トに伝承さ れ る 『金剛頂タン トラ 』所 説の 曼荼羅の 図像につ い て (川 崎) 宝 ・光 ・幢 ・笑の持 物 をすべ て具 えた姿で ある27) 。 その 四方 に は宝 薩墟 ・ 宝 ・蓮華 ・業とい う四大 薩 堙が住 する。
四方 輪の中央に はそ れ ぞ れ、 一切 義 成就 大 曼荼羅 の一切義 成就 、 宝鬘、 宝 蓮 華、 宝雨の
4
尊
に替
わっ て 、 以下の よう
な4
尊
が位 置 する。東輪
摩尼光
(Nor
buhi
bod
can ):摩 尼の 金 剛杵 を持
ち、 五仏冠
で灌頂
さ れる。
南 輪
金 剛 宝 賢(rDo 加 rin chen
bz
跏 pQ ):最 勝 施の印で金剛 宝を持つ 。 仏と四宝の 宝 鬘で頭
頂
を灌 頂され る。西 輪
宝 蓮 華(
Rin
chen pad ma );八 葉蓮華の 中央に住 し、
定 印
に宝 蓮華
を持つ 。 宝
鬘
と仏で頭頂を飾 り、愛 眼で衆生 を観 察 する。北輪
不 空
成就
(Don
grub):施 無 畏〔
印〕
に よっ て羯磨杵
を持
つ 。 仏の頭 飾と羯
磨杵
の鬘に よっ て頭頂
を飾
る。これ ら
4
尊の周
囲に は十六大 菩薩が4
尊 ずつ 配さ れ、 内外の 四供養女
と し て 四薩 堙女 と嬉
・鬘 ・歌 ・舞が描か れる。諸
尊
は如
来部の 曼荼 羅で説かれた持 物に宝の 慓幟 を付け たもの を持ち 、大 笑 し、 宝 の衣服を着 す。 『陽 光』 は、 諸尊
の身
色はす
べ て黄
ま た は個々 の 身 色 と説 くが 、 南 堂の 作例で はす
べ て黄
であ
る。d
.蓮 華 部の 曼茶 羅 (西)蓮 華部の 曼 荼 羅は、 『
真実摂経
』 「遍調伏
品」 の 大 曼 荼羅 を基本
とし、 中央
輪 と四方 輪は入 葉 蓮華の意 匠で描か れる。中央
輪
の 中央 には、 説 法 印 を結ん で孔雀
座に坐 した 、赤
い 身色の仏種 々相(
Sahs
rgyas sna tshogs gzug can )と呼ばれ る尊
格が 坐す99)。 その周 囲に は蓮 華 薩 墟 ・宝 ・
法
・業
の 四大薩
墟。四
方輪
の 中央
に は、 遍 調伏 大 曼 荼羅の 遍調 伏、 仏頂
、 蓮華
三摩
地、蓮華
不 空自在
に替
わっ て、 以下の4
尊が住
する。 さ らに、 こ れ ら4
尊の 周 囲に配さ れ る十六大 菩 薩は、 遍 調伏 大曼荼羅に 倣い 、変化 観 音や ヒン ドゥー神に変化
する29> 。東輪
種 々輪 (sNa
tsh
。gs
bkhor
lo
):3
眼で8
臂
。 蓮華
と金剛杵
を持
つ 。身
(23
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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智山学報 第六十一輯
体の各 部に世 間の諸天 が住 する3°)
。 四
方
に蓮華
薩 堙 ・王 ・愛
・喜
。南 輪
宝 蓮
華
(Rin
chen pad ma ):12
面12
臂。 は じめの
3
面は寂静
、 その後ろの面 は嫌悪 、 その 上の前 後の
2
面は牙
を露 出し、 左右
の面
は嫌悪
、その上 の根 本面は牙 を露 出し、 右の 面は
牙
を剥 き出 しに し、 左の面
は笑
う
。 その 上に仏 面。 は じめの二手
は説法 印
。 その 上の二手
は花
の合
掌。
残
余の 右 手には歯鬘
、 剣、数
珠、 施 無 畏〔
印〕
、 左手には 蓮華、 経函、
摩
尼、水瓶
を持つ 。 四方
に毘 倶 胝 ・日 ・幢 ・笑。 笑は11
面12
臂で
蓮
華の標幟
がつ い た歯
鬘を持つ 。西
輪
舞 自在
(Gar
kyi
dba
血phyug ):12
面で千臂
千 眼。
種
々 の武器 を持 ち、根
本
の手
には蓮華
と金 剛杵
を執
る。10
尊
の 蓮華
の女
神の 中に遊 戯 する。
前
・右
・左 ・後
に蓮華 多
羅 ・童 子天 ・毘紐
天相の勢 至 ・梵 天相の蓮
華
語。 北輪 蓮 華業 (Pad
malas
):6
面12
臂。 蓮華の嫖 幟がつ い た羯 磨 杵 を持つ 。 前 ・右 ・左 ・後に蓮 華 舞 自在 ・蓮 華 羅刹 ・夜叉 ・拳。内外の 四供 養 女 として 四
薩
」垂女 と嬉
・鬘
・歌 ・舞
が描か れ る。『陽
光
』 に よ れば 、諸尊
は如
来部
の曼荼羅
で説
か れ た持物
に蓮華
の縹幟
を 付 けた もの を持 ち、 柔和 な面 貌で、 寂 静の 衣 服 を着 す。 中尊 を除 くす
べ ては 仏の 頭飾 を付 ける。 身色は、 すべ て赤、 または、 根 本 タ ン トラの 遍 調伏 大曼
薬 羅と 同 じ にする31) 。 南 堂の 作例 で は、 諸 尊の身
色はすべ て赤 く塗ら れて い る。 e.羯磨
部の曼荼 羅 (北) 羯 磨 部の曼 荼 羅は 、 その 原型 が 『真 実摂 経』 に は説か れてお らず、『金 剛 頂タン トラ』 に独自
である。 その ため か、 『陽 光』 にお ける諸 尊の 図像に関
する説 明 は甚 だ簡 略である。中
央輪
の中央
に は、 法持
王 (Chos
hdsin
rgyal po)と呼
ば れ る尊 格 が住 する。この
尊
は不空 成就 と同じ姿
で、 ガル ダ鳥の座 に坐 し、 施 無 畏 印で羯 磨杵 を持つ 。 四方には業薩 堙 ・宝 ・法 ・業の 四大 薩堙 を配 する。
東南西北
の 四方輪
の中央
にはそれぞれ、業薩堙
・王 ・愛
・喜
に囲 ま
れ た金
(
24
)チベ ッ ト に伝 承され る 『金剛頂タ ン トラ 』 所 説の曼 荼羅の 図像につ い て (川暗) 剛 業、 宝 ・光 ・幢 ・笑に囲 まれ た宝 業 、 蓮 華 ・利 ・因 ・語に囲 まれ た蓮華 業 、
業 ・護 ・夜叉 ・拳に囲 まれ た業王 (
Las
kyi
rgyal pQ)が描 かれ る。内四供 養は 四薩 墟 女、外四供 養は
嬉
・鬘
・歌 ・舞の4
尊。諸尊
は羯磨杵
の冠を被
り、 羯 磨杵
の標幟
を付 けた持物
を持つ とされ る。身
色はすべ て緑 、 あるい は、 前 述 (金 剛界大曼荼羅)と同 じと説 か れる。 南 堂の 作 例で はすべ て の尊が緑で ある。f
,外の曼 荼 羅最 後に、 五 部の 曼 荼羅 を収め る外の 曼
荼
羅 に お け る諸尊
の 配置を ま とめて お こう
。まず、 金 剛輪の 四 隅の 区 画 に は 、金剛
部
(東南)、蓮華
部 (南西)、 宝部 (西 北)、羯磨部
(北 東)の順で32)、 四部の五秘 密 曼荼 羅 が 描 か れる33)。 そ れ らはいず
れ も楼 閣の ない 円形の 曼荼 羅で、 それぞれ、 月輪、 蓮華
、 虚 空 と日輪、 ウ トパ ラ華の 意 匠で 描か れ る。内側 の第二 の楼 閣の四隅には、 火焔に燃える金剛杵 を持つ 火 天、 宝に よっ て飾ら れ た摩竭 魚を持つ 水 天、 蓮 華 と地 輪を持つ 地天、 羯磨 杵 と風に靡 く布 (旗 )を持つ 風天の四 天 が配され る。 『陽 光』 は 四 天の
身
色につ い て 、 そ れ ぞ れ属 する部族の色 に塗 り分 けるヌ ル シ ダ(gNur
sidha
)の 説と、 順に赤、白
、 黄、 緑 とする ッァ キャ パ (rTswakya
pa
)の 説 を紹介 する が、 作 例では前者
が採
用さ れてい る。 な お、 こ れ ら 四 天 は、我
が国に伝
承 さ れる金 剛 界 曼荼 羅に も描か れるが 、 地 天 と風天の位 置が入れ替わっ てい る。 外側の楼 閣の 四隅には、香 ・華 ・灯 ・塗の 四供 養女が 配 さ れ 、 四 門 に は 、 鉤 ・索 ・鎖 ・鈴
の 四摂が、 一つ の 門 に そ れ ぞ れ5
尊
ずつ 描か れ る。 五部の曼 荼 羅には門護
が描か れ な か っ た た め 、 こ こ にま とめて描か れ る の であろ う。 そ れ らの身
色につ い て 『陽光
』 は、5
尊
すべ て を曼荼 羅の四方
の内
庭の色と 同 じに塗る方式
と、 五色に塗 り分 ける方式
を紹 介 してお り、 南 堂の 作例で は後
者 が採 用さ れ てい る。内側 と
外
側の楼
閣の問に で きる 「尊
格の帯 (lhahi
・snam ・bu
)」 と呼ばれるス ペ ース に は 、賢
劫 千 仏 と五類 諸天 (外 金剛 部二十 天)が、 『真 実摂 経
』 の 金剛界
(25
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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CH 工SAN −KANGAKU −KA 工 智山学報 第六.卜一輯 写真
2
如来部の根本曼荼羅 大 曼 荼 羅と降三世 大 曼荼 羅に お けるそれ らと 同 じように描か れる。 以lt
、摂 部 曼荼 羅に描か れる諸 尊 を合計す る と、賢劫 千 仏 は実 際に は994
尊しか描か れず34’) 、 五類 諸天 はそ れ ぞ れ妃 を伴う
の で 35 、、1271 尊
とな る 。 (2
)如来部
の根本
曼荼
羅 『金 剛 頂 タン トラ』 後 編の 第1
品 を典拠 とする如 来部の 根 本 曼荼 羅(大曼荼 羅)は、 金剛 界 大 曼 荼 羅とほ ぼ 同様の 図像 を呈 する。 五仏 、十六大 菩 薩、八 供 養 女、 四摂、賢劫千 仏 の 像 容は、アーナ ン ダガ ルバ 流 に依拠 した もの と な っ て い る。 相 違点は、 毘盧遮那の 四親 近が 四波 羅 蜜に替わっ て 四大 薩堙になる こ と、 西 輪の 主尊である無量 光 が 説 法者(Chos
hchad
)と呼ばれるこ とである。 また、 金 剛輪の 四 隅の 区 画 には四大 薩 唾と 同 じ姿の 四薩唾 女が 配 さ れ 、内側 の楼 閣 の 四 隅 に は嬉
・鬘
・歌 ・舞と香 ・華 ・灯 ・塗の供 養 女 が 重 ねて描 か れ る。 よ っ て 金剛 界大曼荼羅 に比べ 、4
尊多
くなる。 な お 南 堂 の作 例で は 、 門護の 四 摂菩 薩は内外両方の楼閣 に重複して描 か れて い る。 (26
) N工工一Eleotronlo Llbraryチベ ッ トに伝 承さ れ る 『金剛頂 タン トラ 』所 説の曼荼羅の 図像につ い て (川崎)
『陽光』 は諸
尊
の身
色 を、す
べ て白
、 あるい は根 本タ ン トラ に説か れ る色、 と述べ る が 、作
例 (写真2
)で は後 者が採 用 さ れ てい る36) 。 また作
例 で は、内
側の楼 閣に もトー ラ ナ が描か れて い る。(
3
)
金 剛界 陀羅 尼 曼荼 羅金剛
界
陀羅
尼曼荼羅
は、 『真実摂経
』 「金
剛界 品」 の三昧 耶 曼 荼羅 (秘密曼 荼 羅)に相 当する曼荼羅
で ある。 『陽光
』 は、 「諸 尊は以前 (根 本曼 荼羅 )と 同 じで、 女尊
の姿
に描 く
。」 と説
明す
る の みで ある が、 五 仏 と、 五 仏の 四親近 と な る 四薩
錘女
と十
六 大 菩 薩 (女尊 )の 尊 名 を挙
げる。 そ れ らの尊名は、 『真 実摂 経』 「金 剛界 品」 の 「金 剛 秘 密曼 荼羅 儀 軌 分 第二 」 に説か れる もの であ り、 五 仏 の 名は堀 内 本37)の§§
347
−349
の 所 説に、十六大菩 薩の 名は§§
330
、332
、334
、336
の所 説に一致す る。南 堂の 作 例は、
根本
曼荼
羅と ほ とん ど変 わ らない が、 内側の楼
閣に トー ラ ナが ない 。な お 、 三昧 耶 曼 荼 羅で は 通常、 諸
尊
が 三昧 耶 形 (シ ンボル)に よ っ て 描か れ るが、 我が 国 に伝わ る 「五部心観
」 や 、 ラダ ッ クのアル チ寺の作例 で も、す べ ての尊格
が女尊
と して描か れてい る38) 。(
4
)金剛 薩 堙一印曼荼 羅『陽 光』 は この 曼
荼羅
につ い て、 「根
本 タ ン トラ (r真 実 摂 経』)の もの と同 じ で、 満 月の 中央 に白い 金 剛薩
堙。笑
み を浮 かべ 、 貪 愛の様
子。 遊戯
を具 えた 手の こな し。右 手
は 金 剛杵 を胸 前に持 ち、 左 手は慢 を具えて鈴を持つ 。」 と 述べ るの み で ある。 こ れ は 『真 実摂 経』 「金 剛界品」 の一 印曼 荼 羅 と同じ図 像である。(
5
)金
剛部の根 本曼 荼 羅曼 荼 羅の 形 態は如 来部の
根
本 曼 荼羅と同じであ り、 内外両方の楼
閣に トー ラナが描か れ る。尊格構
成は摂 部 曼荼 羅にお ける金 剛 部の 曼荼
羅 に近 い が 、 (27
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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智山学報第六 十一輯 中
央
輪の 中央には寂 静相の 毘盧 遮 那が坐 し、 その 四方
には 、火 焔に覆
わ れ た 金 剛 杵(東 )・宝 (南 )・蓮 華 (西)・羯 磨 杵 (北)の三昧
耶形
が描
か れ る。 四方輪
に は 、吽迦 羅(東 )、毘倶
胝 (南 )、金 剛軍 (西 )、 金 剛 遍 入 (北)の4
尊と十 六 大 菩 薩が描か れ る。金
剛輪
の 四隅
には 四薩
堙 女、 内 側の楼 閣の 四隅には嬉
・鬘
・歌 ・舞
、外
側 の楼
閣の 四隅には香
・華
・灯
・塗が配され、 二 重の楼 閣の 四 門に は四 摂 が重
複 して描かれ る。 さ らに、 厂尊格
の帯
」 に は、賢劫千
仏と ともに五 類 諸 天 が 描か れ る。諸 尊は毘盧 遮 那を除い て 忿怒形で、摂 部 曼
荼
羅の 金 剛族の 曼 荼羅の ようで ある と 『陽光』 は述べ る。 身色 は 、すべ て青ま た は 個 々 の 身色 と説か れるが、作
例で は後者
が採
用さ れて い る 39)。(
6
)
降三世 陀 羅尼 曼 荼 羅こ の 曼荼羅 は、 『真 実 摂 経』 「降三 世 品」 の三
昧耶 曼荼羅
(秘 密 曼茶羅)に相 当する。 三密
のう
ちの 語 密に焦 点を当てた 三味 耶 曼荼 羅で は、 諸尊
が女 性 形 の 陀羅尼 の名
で呼ば れ る ため、 陀羅 尼 曼 荼羅 とい わ れる の で ある。三昧耶 曼 荼羅の
作
例 に 、諸 尊 を三昧耶 形で描 く場 合と、女尊
の姿
で描 く場 合の 両 者 が ある こ と は 上述 し た が、r
陽光
』 は、 尊形 (女 尊)で描 く場 合、標 幟(三 昧耶 形 )で 描 く場合の 両 方を説 く。 こ の こ とか ら、 イ ン ド ・チベ ッ トに おい て も、 三昧
耶 曼荼羅の 表現方法に二通 りの形式
が平行
して存在
して い た こ とが わ かる。降三 世 陀 羅尼 曼 荼 羅につ い て 『陽光』 は 、「中央に毘盧 遮 那 と 同 じ姿の 金
剛
摧破
女(rDo rje rmugsbyed
ma )、 その四方
に忿怒の 四薩捶 女。 東 などに は、金
剛意女
(rD ・rje thugs ma )など を以前 と同 じ よう
に女尊
として相 違な く描 く。八 供
養女
と門護女
は説
か れ てい ない 。 外 金 剛 部の諸
天 は存在
し ない 。」 と説
くが、 南 堂の
作
例には 八供養女
と門護
が描か れてい る。(
28
)チ ベ ッ トに伝承され る 『金剛頂タン トラ 』所 説の 曼荼羅の 図像につ い て (川暗) 写真
3
陀羅尼 標幟 曼荼羅と その 周辺(
7
)陀
羅尼標幟
曼荼
羅陀羅 尼標 幟の 曼荼 羅は、諸 尊 を標 幟に よっ て描い た 三味耶 曼荼 羅に相 当す る。 『陽 光』 は、 以 下の ような 諸 尊 の標幟 (三昧耶形)を挙 げてい る。 た だ し、 中尊の 金剛 薩墟の み は尊形で描 か れる。 四 親 近の 標幟 はすべ て それぞれの 主 尊の方に先 端を向け、 火焔の 中 に住す る。
中央 輪
中央に
索
を具 えて輪
の印
を結ぶ 金 剛 薩唾、 四方に金 剛杵 ・摩尼
・蓮
華
・業。東 輪
中 央に金剛杵に よっ て 特徴 付 け られて先 端が右 に向い た 三 叉戟 を描
き、そ の 上 に 首が 右に 向い た忿 怒 金 剛 杵 を 描 く。 四 方(前 ・右 ・左 ・ 後)に金剛杵 ・金剛鉤 ・弓矢 ・善 哉の 印。
南 輪
中央に宝、 四方に宝 ・日輪 ・
幢
・歯鬘 。西 輪 中央に金剛 蓮
華
、 四方
に蓮華 ・剣 ・輪 ・舌。北
輪
中央に羯 磨 杵、 四方に羯 磨杵 ・甲冑 ・
牙
・拳
。『陽
光
』 は さらに、 「八供 養女 と 門護 女は説か れて い ない 。」 と述べ る が 、 作 例 (写 真3
)で はそ れ らが、賢
劫千仏 と と もに描か れてい る。 (29
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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智 山学報第六 十一輯
(
8
)
毘盧 遮那
四印
曼荼
羅『
陽光
』 はこ の曼 荼 羅につ い て、 厂以前
の曼 荼 羅と同 じで、 中央
に毘 盧 遮 那、束
に吽迦 羅の 印である忿怒金剛杵
、 南に毘倶 胝の金剛 宝 、 西 に忿怒 金剛
軍の 金剛蓮華、北に金 剛遍 入の 羯 磨杵。」 と説
明す
るの み で ある。 その図像
は、 『真 実 摂経』 「降三世 品」 の毘盧 遮那 を中尊
とする 四印曼 荼羅
に一致す
る。(
9
)秘密
文 字 大曼
荼羅
秘密文
字 大 曼 荼 羅は、r
金剛 頂 タ ン トラ』 後 編の第
4
品(「金 剛部の真実極秘 密 釈 品」)に説
か れ る130
種 の真 言40)を 、 中尊
を除 く諸尊
の 住処
に配 してゆ く という
特殊 な曼荼 羅である。曼荼
羅全体の構 成は、 如来部
の根
本 曼 荼羅に似るが、中央輪
の構
造が よ り複
雑 と なる。 中央
に は獅子座
に毘盧
遮 那 が坐 し、 その東
に金 剛杵
・金 剛鉤 ・ 弓矢 ・善哉の 印、南
に宝 ・日輪
・幢 ・歯鬘
、 西 に蓮華
・剣 ・輪 ・舌、 北に羯
磨杵
・甲冑
・牙
・拳
の、 十六大 菩 薩の 標 幟が 描 か れ、 それ らの標 幟の 上 に1
種ず
つ の真 言が配され る。四
方輪
には幎幟
は描か れない が、 四 仏の位 置に は2
種 ずつ 、 四親 近の位置
に は1
尊ご と に5
種ず
つ (金 剛 薩 垣、 金剛 宝 、金剛法、金 剛業の位 置に は6
種ず つ )、嬉
・鬘
・歌
・舞
の四供 養 女の 位 置 には2
種 ず
つ 、他
の尊
の住 処 に は そ れ ぞ れ1
種ず
つ の 真言 が 配 置さ れ る。残念
なが ら、作
例は祭壇 と仏像 の後ろ に あっ て見 分 する こ とがで きない 。5
その他の曼 荼羅 の概要最 後に 「お わ
り
に」 に代えて 、 シ ャ ル寺
南 堂の 壁に描か れなかっ た、 以上 の9
種
以外
の諸曼 荼 羅の 特 徴 を 『陽光
』 の記 述に基づい て ま とめてお こ う 。まず 如 来
部
の法曼荼羅
は、 「根
本 曼 荼 羅 と同 じで 、 諸尊が 五鈷 金 剛杵の 中 央で金 剛 趺坐 の〔
腿の〕
上 に金 剛縛 を仰げ
て置 き、胸に各 自の 持 物 を米
粒 大に標
幟 と して描 く。」 と解 説さ れ る。 これ はアー ナ ン ダ ガルバ が伝
える 『真 実 (30
) N工工一Eleotronlo Llbraryチベ ッ トに伝承 さ れ る 『金剛頂タ ン トラ』 所 説の曼荼羅の 図像につ い て (川崎 )
摂
経」 の 法 曼 荼羅の 描 き方に一致
して い る。 さ らに プ トゥ ン は、 「パ ンデ ィ タ で ある シ ュ ン ヌ ブ ン パ (gShon nubum
pa)が、 根 本 タ ン トラ と相 違ない と考
えて、 こ こ (『金剛頂タン トラ』)に は説か れ てい ない が 、根 本 タン トラ と同じで ある と知
るべ し、 とおっ しゃ っ てい る。」 という
コ メン トを付 け加 えてい る。 如 来部
の羯磨曼荼
羅につ い て は、 厂根 本曼荼羅
と同
じで、 五尊
の智 者
(五 仏) は男 尊 として描
き、 他は女 尊と して描 く。」 と説か れ、 四印 曼荼 羅に関 して は 厂根 本タ ン トラの もの と同じで ある。」 と述べ られ るの みである。金
剛 部の 法、 羯磨
、 四印の 各 曼 荼 羅につ い て は、 『陽光』 の 中に図像の解 説が な く、 その存
在が示 さ れるの み で ある。 ま た 、如 来部、 金剛 部に5
種ず
つ あ る と述べ られる四印曼 荼羅につ い て も、 た だ1
種、 金剛 部の 毘盧 遮那四 印曼荼 羅が解 説され るの みで ある。 それ は、 これ らの曼荼羅
の詳
しい 描 き方 が、 『金剛頂
タ ン トラ 』自
体に説 かれてい ない ことに起
因する。つ ま
り
プ トゥ ンは 、 根 本タ ン トラ で ある 『真 実 摂 経』 の 「金 剛界品」 と 「降
三 世品
」 に それ ぞ れ説か れ る 六種 曼 荼羅 を参 考に 、 師伝を参 酌に し な が ら、 『金剛頂 タン トラ』 の 曼 荼 羅の数
を増 広 したの で ある。 そ して、 そ れ ら の中か ら重 要 な9
種の 曼荼羅 を選 び 、南堂の 壁 画に描い た もの と思わ れ る。 註1
)シ ャ ル寺の歴 史と壁画の 様 式につ い て は
Vitali
,R
.:Early
TemPles
Of
Centrai
Tibet
.(London
,1990
)pp .89
−122
、 本殿 の 建築構 造 に つ い て はDenwood
,P
,:“
Architectural
Styles
atShalu
,”Tibe
tanArt
;7
「oward adefinition
()fstyle
.(London
,
1997
)を参照。2
) 拙 稿 「チベ ッ トにおける 『理趣 広経』 の 曼薬羅の伝 承一シ ャ ル寺 南 堂の作 例 を中 心 に一」 『密教図像』 20(
2001
)、 同 「シャ ル寺の 曼荼羅 壁 画 につ い て (II
)一北堂の悪趣 清浄 曼荼羅 を中心に一」 『密教文化』
207
(2001
)、 同 「シ ャ ル 寺の曼荼 羅壁画につ い て (
III
)一プ トゥ ンの金 剛界 曼荼 羅理解一」 『密教 図 像』21
(2002
)、同「シャ ル寺東堂の曼 荼羅につ い て」 『密教学研 究』
35
(2003
)。3
)酒 井眞典 「金剛頂経の第三会につ い て」 『密教 研 究』
71
(1939
)。 この 論文は 『酒井 眞典著作 集』
3
(法蔵館 、1985
)pp ,122
−173
に収録さ れてい る。 (31
)CHISAN-KANGAKU-KAI
NII-Electronic Library Service
智山学 報第六十一輯
4
) 桜 井 宗 信 「VajraSekharatantra
の 一 考 察」 『智 山学 報』35
(1985
) 、 同 「Va
−jra
§ekharatantra の一考察」 『印度学仏教学研究』34
−1
(1986
)。5
) 北村 教授は和訳研 究を総 括 し、北村 太道 「『金剛頂大 秘密瑜伽 タン トラ 』 につ い て 」 『善通寺教 学振 興会紀 要』16
(2011
)におい て、タン トラ全体の概 説を行っ て お ら れる。6
)dKyil
hkhor
gsat
byed
勉 makihod
ger.『プ トゥ ン 全 集』 Tsa 帙=Lokesh
Chandra
ed .:The
Collected
PVorks
ofBu −ston,Part17
.(New
DeihL
1969
)所 収。 こ の文献の書誌 的情報につ い て は、拙稿 「プ トゥ ンの 『曼荼羅を明ら か な ら しめる 太陽の光』 に説か れる 『大日経』 の 身曼 荼 羅につ い て 」 『密教 学会報』
48
(2010
) を参照 さ れ たい 。7
) 『プ トゥ ン全集』Tsa
帙19a5
−7
。8
) プ トゥ ン は註7
前 掲の箇所で 「都 合23
の 曼荼 羅がある 」 と記すが 、 その場 合1
種の曼 荼羅が不 足する。9
) 『プ トゥ ン全 集』Tsa
帙19b1
−2
。10
)Sha
lukigtsug
lag
khait
gi
gshalyas
khait
nub 〃ma,
b
γan
〃ma ,Sar
〃ma ,lho
〃ma ・mams
na
bshugs
Pahi
dhyil
hfehor
sogskyi
dkar
chag .『プ トゥ ン全集』Tsa
帙所収。11) 「一切細 軌集」 は 『金剛頂タ ン トラ 』 の前編の名称であるが、 秘密 文字の曼荼羅
の典拠となる成就法は後編に説か れて い る。
12
) プ トゥ ン の 『聴聞 録』(Bla
〃madam
Pa
rnamskyis
r7’
es su
bauk
b
αhi
tshul
,bKak
drin
rコーes sudran
par
byed
pa
.東北 蔵外No
.5199
)には、 『金 剛頂』 摂 部の灌頂受得、 ツ ァ キャ パ (rTshwa kya pa)作の 「金剛頂』 摂 部曼 奈羅儀軌の聴 聞、
『金 剛頂タ ン トラ 』 の聴 聞、 『金剛頂』 の 法 規の聴 聞の、
4
種の相 承系 譜が挙げら れ て い る。 『プ トゥ ン 全 集』
La
帙= LokeshChandra
ed .:The
Collected
VVorks
Of
Bu
−ston,Part26
,(New
Delhi
,1971
)40a4
−bl
、60b7
−61a6
を参 照。13
)bSod
nams rgya mtsho andMusashi
Tachikawa
:The
Ngor
Mandalas
ofTibet
(
Tokyo
,1989
)の Plate24。14
) 拙稿 「ロ ーマ ン タ ン ・チ ャ ンパ ・ラ カンの壁画マ ン ダラ につ い て一二 階の瑜 伽 タン トラ階梯の マ ン ダ ラを中心に一」 『密教図像』17
(1998
)を参照 さ れ たい。15
)こ の曼 荼羅の存在は、 加納 和雄氏 が撮影し た写 真に よっ て判 明し た。 なお、 三 解 脱 門堂の曼 奈羅壁 画につ い ては、 加納和雄 ・川暗 一洋 「サ キ ャ南寺 ・三解脱門 堂の歴 史と曼 荼羅壁 画につ い て」 『密 教文化』
224
(2011
)を参 照 され たい 。16
)Ricca
,F
.&E
.Lo
Bue
;7
「he
Great
Stupa
ofGyan
tse.(London
,1993
)pp
.282
−286
を参照。
(
32
)チベ ッ トに伝承 さ れ る 『金 剛頂タン トラ 』所 説の曼 荼羅の図像につ い て (川崎 )
17
) 酒井 眞典 ・註3
前 掲論文。18
) 乾仁 志 「『金 剛頂 タン トラ』 所 説のマ ン ダラ につ い て (1
)」 『高野山大学 論叢』32
(1997
)。 19) 「五部具 会曼荼羅」 につ い ては、酒 井眞典 ・註3
前 掲論文お よび、 栂尾祥 雲 『理趣 経の研 究』(高野 山大学出版部、
1930
)pp
,372
−374
を参照。20
) チベ ッ トにおける金剛界 曼荼 羅の形態につ い て は、森 雅秀 「曼茶羅の 形態の歴 史的変遷」 『マ ンダラ宇宙 論』(春秋社 、1996
)、同 「ペ ンコ ル ・チ ュ ーデ仏塔 第5
層の 『金剛頂 経』所 説のマ ンダラ 」 『国立民族学 博物 館研 究報 告別 冊』18
を参照。 後者の 論 文は森 雅 秀 『チ ベ ッ トの 仏 教美術 とマ ン ダラ 』(名古屋大 学出版 会 、2011
)に再録。21
) サキ ャ南 寺三解脱門堂の 作例で は、内側の楼 閣の 内部に金剛輪が なく、五 部の 曼荼羅 と 四部の五秘密 曼 荼羅 がマ ス 目状に配置さ れ る。 註15
前掲の共著論 文 を 参照さ れ たい 。22
) 『真 実摂 経』 所 説の曼 荼羅の 中で も 、 「降三世 品」 の曼荼羅で は、 四印 曼荼 羅と 一印曼茶 羅を除 き内側の楼 閣に もトーラ ナが描か れる。23
) プ トゥ ンが 伝える 『真 実摂経』 の 四大品そ れ ぞ れの大曼荼羅の図 像 につ い ては 、 別 稿 を 用 意 し てい る。24
) 『金剛頂タン トラ』 本文で は、毘盧遮那の周 囲に薩 ・王 ・愛 ・喜 を配する こ とに なっ てい るが(デ ルゲ版Na
帙172al
−3
)、 プ トゥ ンは 四大薩唾 とする。25
) 『陽光』 は金剛テ ィ リンテ ィ リ の 印につ い て、 「金剛縛 を内に結ん で、両 拇 指を 内よ り覆う」 と説明する。 つ ま り、 内縛を結ん で、 両拇 指 を並べ 合 わせ た印。26
) 正木 晃 『は じめて の チベ ッ ト密教美術』(春秋社 、2009
)p.75
の 図5
−7
に は 、 ペ ンコ ルチュ ーデ仏塔に描か れ たこの尊の写真が 「青黒い身体の金剛毘盧遮那」 と して掲 載さ れて い る。 ま たこの写真には、宝部の曼荼羅の 中尊である仏 日の図像 も含ま れ る。27
) 『陽光』 は、「赤黄の 身色で、 最 勝施の 印で幢によっ て飾 ら れ た歯 鬘を持つ 」 とい うッァ キャ パ 所伝の別説を紹介する。 また、
Ricca
,R
&E
.Lo
Bue
・註16
前掲 書 p .284
に は、 この 尊の塑像の写真が掲 載さ れて い る。28
)この 尊格の塑 像の写真が、
Ricca
E
&E
.Lo
Bue
・註16
前掲書p.285
に掲載 さ れてい る。29
) 遍調伏 大曼 荼羅における十六 大菩 薩に相 当する尊格たちの 像容につ い て は、註23
前掲の 別稿 を参照 さ れ たい 。30
) これ らの諸天につ い て は、 『金 剛頂タン ト ラ』 の本文に説か れて い る (デ ルゲ版 (33
)CHISAN-KANGAKU-KAI
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智 山学 報第六十一輯