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密教研究 Vol. 1922 No. 9 001金山 穆韶「密教の正意 P1-38」

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一 大 師 は 凡 夫 の 肉 身 に 即 し て 、 法 身 如 來 の 三 密 を 顯 得 す る 即 身 成 佛 の 義 を 明 す 。 而 し て い か な れ ば 生 滅 無 常 の 凡 身 に 即 し て 、 靈 活 自 在 、 無 礙 常 住 の 如 來 の 大 果 を 體 顯 し 得 る や の 所 以 を 明 か さ ん と し て 、 開 説 せ ら れ た る は 、 六 大 、 四 曼 、 三 密 の 法 門 で あ る 。 即 ち 體 相 用 三 大 の 法 門 は 、 即 身 成 佛 の 一 大 事 を 成 ず る 理 趣 を 明 か せ る も の で あ る 。 密 教 の 經 軌 の 中 に 本 奪 の 三 摩 地 を 親 じ 、 三 密 加 持 の 功 徳 力 に 依 り 、 現 身 に 成 佛 す る 義 を 説 く も 、 而 も 現 身 成 佛 の 旨 を 一 書 に 結 集 し 、 其 理 趣 を 明 か せ る も の な き ゆ ゑ 、 大 師 深 く 經 論 の 秘 旨 を 零 ね 、 三 大 圓 融 の 宗 義 を 立 し 、 即 身 成 佛 義 を 開 演 せ る も の で あ る 。 三 大 の 解 釋 は 今 省 略 し 、 三 大 義 を 立 せ ら る ゝ に 當 り 引 用 し 給 ひ し 經 文 等 に つ き 釋 を な し 、 大 師 の 佛 法 の 特 質 を 示 し た い と 思 ふ 。 二 密 教 の 正 意 一

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密 教 の 正 意 二 六 大 無 礙 常 瑜 伽 六 大 體 大 と は 衆 生 身 心 の 自 性 、 諸 佛 の 本 身 、 萬 有 の 體 性 で あ る 。 顯 教 の 諸 大 乘 に も 體 大 の 説 が あ る 。 即 ち 法 性 、 眞 如 、 實 相 、 眞 諦 . 第 一 義 、 無 住 、 無 相 、 空 、 不 可 得 、 一 心 、 一 如 、 實 際 。 涅 槃 、 佛 性 、如 來 藏 、 中 道 等 は 皆 こ れ 體 大 の 稱 で あ る 。 而 も 顕 教 の 體 大 は 前 述 の 如 く 、 衆 因 縁 生 、 無 自 性 の 空 理 で あ る 。 か の 無 住 を 以 て 諸 法 の 本 と す と の 經 説 は 、 こ の 意 を 示 す も の で あ る 。 か く 無 住 を 以 て 本 と す る 根 本 義 は 一 な る も 、 而 も 教 の 淺 深 に 随 て 無 住 の 意 義 ま た 重 々 で あ る 。 一 切 皆 空 、 眞 如 一 心 、 三 千 圓 具 、 事 事 圓 融 等 、 凡 て こ れ 同 一 無 住 爲 本 説 の 淺 深 で あ る 。 こ れ ら は 何 れ も 有 即 空 、 生 死 即 涅 槃 、 衆 生 即 佛 、 生 滅 事 々 の 當 相 に 無 限 の 理 趣 を 觀 る 玄 旨 を 示 す も の な れ ば 、 此 等 體 大 説 の 上 に も 、 一 應 、 即 身 成 佛 義 談 じ 得 ざ る に あ ら ざ れ ど も 、 此 等 諸 説 は 、 衆 因 縁 生 、 無 自 性 空 義 を 原 理 と せ る も の で あ る 。 随 て 究 竟 は 我 等 身 心 は 永 劫 の 實 在 性 な き 化 幻 の 法 で あ る 。 迷 妄 で あ る 。 身 心 の 中 、 心 は 眞 如 一 心 と 同 性 な る も 、 身 は こ れ 妄 現 な り と 云 ふ こ と に 歸 す る の で あ る 。 身 心 は 實 在 の 妄 的 發 現 な り 、 永 劫 の 實 在 性 な き 幻 影 、 水 月 、 虚 空 花 等 の 如 き も の な り と の 説 の 上 に 、 即 身 成 佛 義 立 せ ざ る が 故 に 、 大 師 は 在 來 の 體 大 説 に 依 り 給 は す 、 六 大 體 大 の 義 を 開 演 せ ら れ し も の で あ る 。 こ の 六 大 體 大 の 義 に 依 て 、衆 生 の 身 心 本 來 毘 盧 遮 那 平 等 智 身 な る 、 理 趣 顯 れ 、 即 身 成 佛 の 義 が 成 ぜ し も の で あ る 。 即 ち 大 師 は 身 心 共 に 實 在 性 を 有 し 、 而 も 身 心 は 實 在 の 妄 的 發 現 に あ ら す 、 實 在 の 正 當 な る 顯 現 な る 意 を 明 か に せ ん と し て 、 因 分 を 超 越 せ る 果 分 の 上 に こ の 六 大

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縁 起 説 を 立 せ ら れ し も の で あ る 。 こ の 果 上 の 六 大 縁 起 説 は 、 こ れ 全 然 在 來 の 佛 教 と 異 な れ る 立 場 に 立 て る も の に し て 、 大 師 の 佛 教 を 解 せ ん と す る も の ゝ 、 殊 に 留 意 を 要 す る 點 で あ る 、 即 ち 佛 法 は 通 し て 因 縁 生 の 義 を 談 ず る も の な る が 、 所 謂 顯 教 は 因 縁 生 の 無 生 を 説 き 、 因 果 、 能 生 、 所 生 を 明 す も 、 こ の 因 果 能 所 主 客 を 絶 す る 無 生 一 如 の 法 を 體 得 せ ん と す 、 密 教 は 顯 教 に て 因 果 、 能 所 生 を 泯 す る 一 如 の 法 、 即 ち 都 絶 能 所 の 境 地 に 曼 荼 羅 の 世 界 、 毘 盧 遮 邯 果 界 の 眞 際 を 開 示 す る も の で あ る 。 こ の 果 界 は 固 よ り 因 果 を 絶 し 、 能 所 を 泯 せ る 境 界 な る が 故 に 、 一 一 が 皆 こ れ 毘 盧 遮 那 の 靈 徳 を 顯 現 せ る 靈 活 無 礙 の 具 體 で あ る 。 こ の 果 界 の 眞 相 を 示 さ ん と し て 大 師 は 六 大 、 四 曼 、 三 密 の 三 大 の 義 を 以 て せ ら る 。 而 も 都 絶 能 所 の 上 の 能 所 、 因 縁 果 な る が 故 に 、 能 生 必 す し も 能 生 な ら ず 、 所 生 必 す し も 所 生 な ら ず 、 因 こ れ 法 界 、 縁 こ れ 法 界 、 因 縁 所 生 の 法 も 亦 こ れ 法 界 、 即 ち 密 號 名 字 の 能 所 因 果 で あ る 。 さ れ ば 此 境 に て は 心 即 色 、 色 即 心 、境 即 智 、 智 即 境 、 性 相 常 任 無 碍 自 在 で あ る 。 大 師 の 即 身 義 に 佛 説 六 大 爲 法 界 體 性 諸 顕 教 中 二 四 大 等 爲 非 情 密 教 則 説 此 爲 如 來 三 摩 耶 身 。 四 大 等 不 離 心 大 。 心 色 雖 異 其 性 即 同 。 色 即 心 心 即 色 無 障 無 碍 。 智 帥 境 境 即 智 。 智 即 理 理 即 智 無 碍 自 在 。雌 有 能 所 二 生 都 絶 能 所。 法 爾 道 理 有 何 造 作。 能 所 等 名 皆 是 密 號 云 々 。 こ の 六 大 體 大 説 に 依 て 即 身 成 佛 義 立 す る も の な る が 、 傳 法 記 等 に は 、 二 門 よ り 之 を 明 す 。 即 ち 一 は 即 體 成 佛 の 義 に し て 、 一 は 異 類 相 望 の 義 で あ る 。 即 體 成 佛 の 義 と は 六 大 法 身 の 體 は 、 十 界 の 有 情 非 情 に 遍 じ 、 衆 生 の 身 心 本 來 六 大 法 身 の 體 な る が 故 に 、 衆 生 そ の ま ゝ に し て 、 本 有 金 剛 薩 捶 の 體 で あ る 。 次 に 異 密 教 の 正 意 三

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密 教 の 正 意 四 類 相 望 と は 、 我 等 の 六 大 も 周 遍 法 界 、 如 來 の 六 大 も 周 遍 法 界 に し て 、 無 碍 渉 入 の 故 に 、 彼 も 來 ら ず 、 此 も 往 か ざ れ ど も 、 本 尊 と 行 者 と 瑜 伽 渉 入 、 入 我 我 入 し 、 速 疾 に 頓 に 大 悉 地 を 顕 證 し 得 る の で あ る 。 こ の 即 體 成 佛 と 異 類 相 望 の 義 は 即 身 成 佛 義 の 本 文 の 上 に も 顯 れ 、 他 の 御 書 物 の う ち に も 見 ら る ゝ の で あ る 。 如 是 六 大 法 界 體 性 所 成 之 身 。 無 障 無 碍 互 相 渉 入 相 應 。 常 住 不 變 同 住 實 際 云 云 。 六 大 の 義 を 成 立 せ ん と し て 、 引 證 せ ら れ た る は 、 大 日 經 と 金 剛 頂 經 で あ る 。 大 日 經 の 我 覚 本 不 生 等 の 文 を 、 善 無 畏 三 藏 は 一 の 阿 学 本 不 生 を 轉 釋 す と 見 給 ひ し を 、 大 師 は 六 大 の 證 文 と し て 引 用 し 給 ふ 。 經 意 多 含 に し て 淺 深 重 々 の 義 を 含 む が 故 に 、 両 祖 各 々 一 方 面 を 宣 揚 し 給 ひ し も の な ら ん も 、 大 師 は 無 相 一 法 界 の 宗 義 よ り 、 二 而 多 法 界 の 義 を 開 顯 せ ら れ た る は 、 最 も よ く こ れ ち の と こ ろ に て 觀 ら る ゝ の で あ る 。 六 大 體 大 に は 研 覈 す べ き 幾 多 の 問 題 あ り 、 こ ゝ に 一 一 委 釋 す べ か ら ざ る も 、 大 師 の 宗 義 を 知 る に 足 る と 思 ふ 一 二 の 義 に つ い て 述 べ ん に 六 大 佛 形 な る 論 草 あ り 、 宗 義 決 擇 集 第 二 、 仙 保 隱 遁 鈔 第 二 、 愚 案 鈔 上 等 に 出 づ 。 こ の 論 議 は 六 大 體 大 は 非 入 格 の 法 な り や 、 ま た 宇 宙 的 靈 的 人 格 體 な り や の 所 論 な る が 、 六 大 體 大 に 佛 格 を 觀 る 義 を 成 立 の 正 義 と な す 。 以 て 大 師 の 教 義 は 人 法 不 二 を 説 く も 、 寧 ろ 人 を 本 と し 靈 的 人 格 者 を 教 の 本 體 と す る こ と を 知 ら る ゝ の で あ る 、 凡 聖 六 大 な る 問 題 あ り 、 宗 義 決 擇 集 第 二 、 仙 保 隱 遁 鈔 第 二 等 に 出 づ 。 こ の 論 題 に は 凡 夫 と 聖 者 の 六 大

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體 大 は 本 來 各 別 な る 義 を 成 立 す 。 以 て 眞 如 の 一 理 法 界 に 周 遍 し 、 混 同 一 味 を 宗 極 と す る 顯 教 に 簡 異 せ る 大 師 の 多 法 界 の 義 を 知 ら る ゝ の で あ る 。 宥 快 法 印 の 曰 く 固 自 宗 意 理 理 無 數 、 智 智 無 邊 多 法 界 實 義 爲 極 致 故 隨 何 位 自 性 不 改 各 各 自 建 立 、 各 各 守 自 性 爲 ご 本 源 云 云 一 切 衆 生 の 自 性 各 別 を 立 つ る も の は 法 相 宗 な る も 、 實 大 乘 は 凡 て 凡 聖 の 體 性 は 一 味 平 等 の 法 性 な る 旨 を 説 く も の で あ る 。 し か る に 大 師 は こ の 平 等 法 性 の う ち に 二 而 多 法 界 の 説 を 立 す る も の で あ る 。 而 も こ の こ 而 た る や 法 性 無 碍 界 の 二 而 な る が 故 に 、 二 而 そ の ま ゝ に し て 、 不 二 融 即 の 體 で あ る 。 即 ち 凡 聖 の 六 大 は 其 體 各 別 な る も 、 而 も 無 碍 瑜 伽 を 談 す る が 故 に 、 神 人 間 隔 の 宗 教 と も 異 な る の で あ る 。 大 師 の 六 大 體 大 説 は 人 法 不 二 を 明 す 。 以 て 實 在 體 は 人 格 的 な り や 非 人 格 的 な り や の 二 説 の 調 和 を 知 る べ ぐ 、 ま た 六 大 無 碍 即 ち 物 心 一 如 の 説 に て 、 唯 物 唯 心 説 の 究 竟 の 歸 結 を 知 る べ く 、 一 多 不 二 説 に て 一 元 多 元 の 歸 趣 を 解 す べ く 、 ま た 當 體 即 佛 、 我 即 佛 の 理 趣 を 觀 じ つ ゝ 已 成 の 如 來 の 光 明 を 仰 ぎ 進 修 向 上 の 一 路 を 説 く 。 即 體 成 佛 異 類 相 望 の 二 門 を 明 す と こ ろ に 、 万 有 神 教 と 一 神 教 の 融 和 を 知 る べ き で あ る 。 三 四 種 曼 荼 各 不 離 大 師 の 即 身 義 に 六 大 體 大 よ り 生 起 せ し 相 大 を 、 四 種 曼 荼 羅 な り と 釋 し 給 ふ 。 即 身 義 に 四 種 曼 荼 羅 の 義 を 釋 成 せ ん が 爲 め に 、 大 日 經 の 字 印 形 の 三 秘 密 身 、 及 び 金 剛 頂 經 の 四 種 曼 荼 羅 の 義 を 引 用 し 給 ふ 。 大 日 密 教 の 正 意 五

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密 教 の 正 意 六 經 の 字 印 形 の 三 秘 密 身 は 自 ら 四 種 曼 荼 羅 の 義 な る も 、 四 種 曼 荼 羅 は 金 剛 頂 經 の 法 門 で あ る 。 九 會 曼 荼 羅 は 四 曼 に 依 つ て 建 立 せ ら れ 、 十 八 會 の 曼 荼 羅 は 四 種 曼 荼 羅 に 攝 入 し 、 三 十 七 尊 乃 至 無 盡 の 諸 尊 皆 四 種 曼 荼 羅 を 具 す 。 而 し て 四 印 會 に は 一 心 に 四 曼 を 開 き 、 一 印 會 に は 四 曼 を 合 し て 一 體 と な す 秘 旨 觀 ら る ゝ も 、 四 曼 は も と 曼 荼 羅 の 諸 尊 の 差 相 を 釋 せ し 法 相 な れ ば 、 有 相 多 法 界 を 表 と す る も の で あ る 。 大 日 經 本 尊 三 味 品 に は 、 字 印 形 の 三 秘 密 身 に 有 相 、 無 相 の 二 義 あ る こ と を 説 か る 。 も と よ り 、 有 相 、 無 相 不 離 な る べ き も 、 疏 の 釋 よ り 見 れ ば 、 寧 ろ 無 相 を 尊 重 せ る も の で あ る 。 し か る に 大 師 は 有 相 表 徳 を 本 と し て 釋 せ ら れ 如 是 四 種 曼 茶 四 種 智 印 其 數 無 量 。 一 一 量 同 虚 空 。 彼 不 離 此 此 不 離 彼 。 獪 如 空 光 無 碍 不 逆 。 云 云 後 の 宗 義 學 者 、 四 曼 の 即 離 を 論 じ 、 即 離 の 二 義 の 中 に は 、 離 の 義 を 以 て 法 體 と 爲 し 、 即 の 義 は 體 の 上 の 瑜 伽 渉 入 の 徳 相 な り と の 説 を 立 す る に 至 り し が 、 こ ゝ に も 大 師 の 多 法 界 有 相 の 教 義 の 特 質 を 觀 る こ と が 出 來 る の で あ る 。 經 軌 に は 、 四 種 曼 荼 羅 は 、 曼 荼 羅 の 諸 尊 の 差 相 を 明 す 法 門 で あ る 。 し か る に 大 師 は 六 大 體 大 よ り 生 起 せ し 、 三 種 世 間 の 差 相 凡 て 四 種 曼 荼 羅 の 體 な る 義 を 示 さ る 。 か く 縁 起 相 大 の 諸 法 を 凡 て 曼 荼 羅 體 な り と 釋 せ ら る ゝ と こ ろ に 、 密 教 は 因 分 を 超 越 せ る 果 分 の 教 な る 眞 趣 が 觀 ら る ゝ の で あ る 。 而 し て 一 切 諸 佛 諸 尊 に 四 種 曼 荼 羅 を 具 す る と 共 に 、 衆 生 の 本 性 に も 四 種 曼 荼 羅 を 具 し 、 各 々 其 自 相 を 守 り 而 も 生 佛 の 四 曼 法

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爾 と し て 、 不 離 無 碍 な る 深 旨 を 明 す も の で あ る 。 體 大 に 於 て 即 體 成 佛 と 異 類 相 望 を 諭 ぜ し が 如 く 、 相 大 よ り 云 ふ も 、 衆 生 の 當 相 即 曼 荼 羅 體 に し て 、 無 塵 の 諸 尊 の 曼 荼 羅 と 渉 入 し 、 不 離 無 量 な る が 故 に 、 即 身 成 佛 の 義 、 成 ず る の で あ る 。 四 三 密 加 持 速 疾 顯 三 密 加 持 に 依 て 有 相 無 相 の 悉 地 を 得 す る 道 を 明 す は 、 こ れ 實 修 門 よ り 見 た る 密 教 に し て 、 三 密 加 持 速 疾 顯 の 一 句 は 、 秘 密 眞 言 宗 の 全 體 を 盡 す も の で あ る 。 六 大 無 碍 常 瑜 伽 、 四 種 曼 荼 各 不 離 の 體 相 二 大 の 釋 の 如 き は 、 何 故 に 凡 身 に し て 、 三 密 加 持 速 疾 顯 の 即 身 成 佛 の 大 果 を 成 す る や の 原 理 を 明 す も の で あ る 。 而 し て 大 師 以 前 の 密 教 は 、 三 密 の 功 徳 力 に 依 り 、 世 間 有 相 の 悉 地 を 成 就 し 、 ま た 出 世 間 無 相 の 果 に 契 證 す る を 説 き し も 、 そ の 究 竟 最 極 の 無 相 の 果 體 は 、 三 密 圓 滿 具 足 の 法 身 の 體 な る 義 、 明 か な ら ざ り し が 、 大 師 は 究 竟 の 佛 身 た る 法 身 大 日 如 來 は 三 密 圓 滿 具 足 の 靈 格 體 な る こ と を 開 演 し 、 三 密 の 修 行 に 依 つ て 、 凡 身 に 即 し て 法 身 の 三 密 を 體 顯 す る 、 こ れ 即 身 成 佛 な る 理 趣 を 説 き 給 ふ 。 以 下 な は 此 義 を 叙 せ ん に 、 三 密 の 中 、 語 密 、 即 ち 眞 言 に つ い て は 、 上 に 述 ぶ る と こ ろ あ り し も 、 更 に ﹃ 總 釋 陀 羅 尼 義 讃 ﹂ の 文 を 鈔 出 す る で あ ら う 。 如 來 於 百 千 倶 胝 阿 僧 祗 劫 積 集 菩 提 資 粮 加 持 陀 羅 尼 眞 言 文 字 。令 頓 悟 菩 薩 興 此 相 應 頓 集 福 徳 智 慧 資 糧 。 於 大 乘 修 箸 薩 道 密 教 の 正 意 七

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密 教 の 正 意 八 二 種 修 行 證 無 上 讐 提 道 所 謂 依 諸 波 羅 密 修 行 成 佛 。依 眞 言 陀 羅 尼 三 密 門 修 行 成 佛 。 陀 羅 尼 者 梵 語 唐 翻 名 爲 總 持 義 。 有 四 種 持。 ( 中 略 ) 皆 名 陀 羅 尼 眞 言 密 言 明 若 興 三 密 門 相 應 不 暇 多 刧 難 行 苦 行。 能 轉 定 業 。 速 疾 易 成 安 樂 成 佛 速 疾 之 道 。 即 ち 顯 教 は 止 觀 六 度 の 行 に 依 つ て 無 上 菩 提 を 證 得 す る を 説 く 教 に し て 、 密 教 は 如 來 が 三 大 無 數 劫 に 積 集 せ る 功 徳 力 を 以 て 加 持 し 紿 ひ し 、 眞 言 陀 羅 尼 を 念 誦 七 、 速 疾 に 成 佛 す る 教 な る こ と を 説 く も の で あ る 。 そ の 身 密 た る 印 に つ い て 經 軌 の 説 の 一 二 を 録 出 せ ん に 、 ﹃ 念 誦 結 護 法 普 通 諸 部 ﹂ に 曰 く 凡 欲 念 誦 先 結 三 昧 耶 契 安 自 頂 上 此 等 。 一 一 印 。 先 從 一 切 如 來 大 丈 夫 相 莊 嚴 身 分 支 節 所 生 。 一 一 如 來 有 無 量 倶 胝 百 千 印 。 云 云 ﹃ 慈 氏 菩 薩 念 誦 法 に ﹂ 曰 く 復 次 此 法 隨 所 行 處 或 印 己 身 成 彼 本 尊 身 。或 印 他 身 亦 隨 他 身 隨 作 而 成 。譬 如 拙 人 手 執 諸 佛 菩 薩 印 印 於 泥 沙 及 埋 等 皆 成 諸 佛 菩 薩 像 隨 印 成 諸 形 像 。 此 法 印 力 亦 復 如 是 。 雌 未 得 悉 地 以 執 諸 佛 法 印 之 力 依 教 而 行 便 成 本 法 。 若 執 法 界 印 印 於 己 身 即 成 本 尊 慈 氏 眞 言 體 。 若 以 吠 魯 左 曩 法 印 印 於 己 身 亦 成 吠魯 左 曩 之 身 。 乃 至 應 生 諸 菩 薩 莽 賀 薩 唾 諸 天 龍 入 部 乃 至 人 非 人 等 之 身 随 所 印 相 即 成 本 身 印 己 印 他 皆 成 本 體 三 昧 耶 之 身 。 雖 凡 愚 不 見 。 一 切 聖 賢 天 龍 八 部 諸 鬼 神 及 尾 那 夜 迦 皆 昆 本 尊 眞 身 。 諸 護 法 明 王 等 爲 此 親 近 倶 相 助 成 悉 地 速 得 成 就 。 云 々 ﹃ 觀 自 在 大 悲 成 就 瑜 伽 蓮 華 部 念 誦 法 門 ﹂ に 曰 く

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嘗 想 是 印 即 是 如 來 眞 身 等 無 有 異 。 見 此 印 者 即 爲 見 佛 。 即 ち 印 契 は 如 來 の 功 徳 莊 嚴 の 身 分 よ り 生 ぜ し 、 如 來 の 三 味 耶 曼 荼 羅 身 に し て 、 諸 佛 内 證 の 徳 を 印 持 し 、 決 定 不 改 な る が 故 に 、 之 を 以 て 自 身 を 印 じ 、 他 身 を 印 す れ ば 、 如 來 の 妙 身 を 印 成 す る の で あ る 。 次 に 意 密 に つ い て 釋 せ ん に 、 眞 言 、 印 契 相 成 す る も 、 意 密 が 實 相 に 契 は す ん ば 、 悉 地 成 ぜ ざ る 旨 、 經 軌 至 る と こ ろ に 示 さ れ て あ る 。 今 之 人 若 心 決 定 河 教 修 。 不 起 于 座 三 摩 地 現 前 。 應 於 是 成 就 本 尊 之 身 故 大 毘 廬 遮 那 經 供 養 次 第 法 云 若 無 勢 力 廣 増 益 住 法 但 觀 菩 提 心 。 佛 説 此 中 具 萬 行 滿 足 淨 白 純 淨 法 也 。 ﹃ 菩 提 心 論 ﹄ 然 未 見 諦 人 猶 未 能 如 毘 盧 遮 那 作 種 種 神 變 等 。 但 是 觀 心 成 就 耳 。 然 有 一 事 一眞 實 不 虚 。 所 謂 我 即 是 也 。 我 帥 是 者 決 定 諦 信 。 我 即 法 界 我 即 毘 廬 遮 那 。 我 即 普 門 諸 身 云 々 ﹃大 日 經 疏 ﹄第 二 十 こ れ ら は 意 密 觀 念 力 の 大 な る こ と を 明 し た る も の で あ る 。 中 古 の 宗 學 者 三 密 本 末 、意 密 本 尊 、 三 密 双 修 等 の 事 を 論 じ 三 密 平 等 の 見 地 よ り 解 答 し て 、 三 密 に 本 末 な く 、 三 密 共 に 本 尊 に し て 、 意 密 の み 本 尊 と 稱 せ ず 、 ま た は 三 密 双 修 し て 即 身 成 佛 の 大 果 を 成 す べ き 義 を 成 立 せ り 。 凡 そ 眞 言 門 に 即 身 成 佛 を 成 す る は 三 密 の 修 行 に 依 る 。 即 ち 深 く 本 有 の 三 密 加 持 の 理 趣 を 觀 じ 、 三 密 加 持 の 修 行 を 凝 ら せ ば 、 實 相 と 相 違 す る と こ ろ の 生 佛 二 而 の 無 始 の 間 隔 を 斷 じ 、 速 疾 に 本 有 三 密 の 實 相 、 三 部 の 諸 尊 を 顕 得 す 。 こ れ 即 身 成 佛 で あ る 。 三 密 の 觀 行 は 三 密 の 實 相 を 顯 は す に あ れ ば 、 三 密 行 に は 三 密 教 の 正 意 九

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密 教 の 正 意 一 〇 密 の 實 相 を 觀 す る を 要 と な す 。 し か る に 其 實 相 の 義 、 大 日 經 疏 に 依 れ ば 三 密 の 自 性 無 性 の 體 で あ る 。 即 ち 無 相 の 菩 提 心 に 住 す る を 、 三 密 の 實 相 を 觀 す と 云 ふ 。 か く 三 密 の 自 牲 無 自 性 を 觀 じ 、 本 不 生 の 一 心 に 住 す る を 説 く が 故 に 、 智 證 大 師 は 雜 問 雜 記 に 大 日 經 の 大 宗 は 心 を 以 て 本 と す と 云 ふ 若 極 論 之 惣 攝 心 密 又 三 密 爲 能 入 一 心 爲 所 入 か ゝ る 智 證 大 師 の 釋 に 依 れ ば 、 大 日 經 疏 に 生 佛 の 三 密 同 じ く 第 一 實 際 妙 極 の 境 に 至 る と 云 ふ は 、 生 佛 の 三 密 自 性 無 自 性 の 一 心 を 體 と す と の 意 に も 解 せ ら れ 、 ま た は 生 佛 加 持 は 因 果 差 別 の 俗 諦 の 上 の 説 に し て 、 そ の 眞 諦 は 感 も な く 應 も な き 一 味 の 法 な る 意 義 に 解 せ ら る 。 大 日 經 疏 第 二 十 卷 無 相 三 昧 品 に 有 相 の 三 密 よ り 無 相 の 一 心 に 契 證 す る 文 を 讀 ま ば 、 そ の 意 を 會 せ ら る ゝ で あ ら う 。 も と よ り 疏 家 の 教 義 も 、 高 祖 の 教 義 と 一 致 に 見 て 、 三 密 に 本 末 を 見 す 、 三 密 平 等 を 宗 の 正 義 と し 、 智 證 大 師 の 説 の 如 く 見 ざ る を 、 宗 の 正 義 と し て 傳 ふ る も 、 こ は 高 祖 の 教 義 を 本 と し 、 疏 家 の 教 義 も 高 祖 の 教 義 と 同 一 理 趣 に 解 し て , し か 云 ふ も の で あ る 。 も し 疏 の 釋 の み よ り い へ ば 、 三 密 を 能 入 と し て 、 一 心 に 契 ふ 旨 を 説 く も の と も 觀 ら る ゝ 。 随 て 疏 に て 三 密 の 實 相 を 觀 ず る と 云 ふ は 、 無 相 の 淨 菩 提 心 を 觀 す る こ と で あ る 。 し か る 大 師 の 教 義 よ り い へ ば 、 三 密 の 實 相 に 住 す と は 、 生 佛 の 本 有 の 三 密 の 體 性 の 法 爾 加 持 の 體 を 云 ふ 。 即 ち 大 師 の 教 義 は 、 眞 諦 一 味 の 無 相 の 法 の 上 に 、 更 に 佛 と 衆 生 と の 三 密 の 自 性 本 有 常 住 を 説 き 、 そ

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の 三 密 の 體 性 各 々 そ の 自 體 を 動 せ す 、 無 數 の 三 密 を 具 足 し 、 法 爾 と し て 加 持 渉 入 せ る 體 を 三 密 の 實 相 ご 云 ふ 。 こ の 三 密 實 相 の 理 趣 縁 住 し て 、 三 密 加 持 の 修 行 を 成 せ ば 、 速 疾 縁 本 有 加 持 の 體 性 を 證 得 す る を 明 す 。 三 密 加 持 速 疾 顕 者 。 謂 三 密 者 一 身 密 二 語 密 三 心 密 。法 佛 三 密 甚 深 微 細 等 覺 十 地 不 能 見 聞 故 日 密 。 一 尊 等 具 刹 塵 三 密 。 互 相 加 入 彼 此 攝 持 。 衆 生 三 密 亦 復 如 是 。 故 名 三 密 加 持 若 有 眞 言 行 人 觀 察 此 義 手 作 印 契 口 誦 眞 言 心 住 三 摩 地 三 密 加 持 故 早 得 大 地 。 加 持 者 表 三 如 來 大 悲 興 衆 生 信 心 。 佛 日 之 影 現 衆 生 心 水 日 加 。 行 者 心 水 能 感 佛 日 名 持 。 行 者 若 能 觀 念 此 理 趣 。 三 密 相 應 故 現 身 速 疾 顯 現 證 得 本 有 三 身 。 故 名 速 疾 顕 。 生 佛 本 有 の 三 密の 體 性 は 刹 塵 の 三 密 を 具 し 、 相 互 加 入 、 彼 此 攝 持 す 、 こ れ 三 密 實 相 の 體 で あ る 。 こ の 三 密 實 相 の 體 は 六 大 體 大 縁 て 六 大 法 界 體 性 所 成 之 身 。 無 障 無 碍 互 相 渉 入 相 應 。 常 住 不 變 同 住 實 際 。 と 釋 し 、 四 曼 相 大 縁 て 如 是 四 種 曼 荼 四 種 智 印 其 數 無 量 。 一 一 量 同 虚 空 。 彼 不 離 此 此 不 離 彼 。 猶 如 空 光 無 碍 不 逆 と 開 説 し 給 ふ と 、 理 趣 を 同 う す る も の で あ る 。 か ぐ の 如 く 生 佛 の 三 密 の 體 性 は 、 各 各 無 數 無 邊 の 三 密 を 具 足 し 、 二 縁 し て 不 二 、 不 二 に し て 而 二 、 本 來 法 爾 と し て 靈 的 融 合 を な す 、 そ の 本 有 三 密 の 理 趣 を 觀 じ 、修 生 の 三 密に 依 て 、 其 實 相 を 現 證 す る こ れ 即 身 成 佛 で あ る 。 重 重 帝 綱 名 即 身 者 。 是 則 擧 警 喩 以 明 諸 尊 刹 塵 三 密 圓 融 無 碍 。 (中 略 ) 如 是 等 身 、 縱 横 重 重 。 如 鏡 中 影 像 燈 光 渉 入 。 彼 身 即 是 此 身 。 此 身 即 是 彼 身 。 佛 身 即 是 衆 生 身 。 衆 生 身 即 是 佛 身 不 同 而 同 。 不 異 而 異 。 ( 中 略 ) 一 而 無 量 無 量 而 一 。 而 終 不 難 亂 云 云 五 密 教 の 正 意 一 一

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密 教 の 正 意 一 二 法 然 具 足 薩 般 若 心 數 心 王 過 刹 塵 各 具 五 智 無 際 智 圓 鏡 力 故 實 覺 智 先 き の 一 頌 四 句 縁 顯 は れ た る 六 大 四 曼 三 密 の 三 大 圓 融 の 教 義 は 、 大 師 、 大 日 經 、 金 剛 頂 經 等 を 依 憑 と し て 、 建 立 せ ら れ た る 法 門 な る も 、 殆 ん ど 大 師 獨 創 の 教 義 と 云 ふ も 不 可 な き も の で あ る 。 三 大 の な か 用 大 た る 三 密 の 教 は 、 秘 密 教 の 特 質 に し て 、 一 切 の 密 教 縁 通 ず る 教 な る も 、 大 師 以 前 縁 あ つ て は 、 三 密 の 法 門 縁 依 つ て 世 間 有 相 の 悉 地 を 求 む る を 明 す 縁 あ ら ざ れ ば 、 三 密 を 能 入 門 と し 、 無 相 の 一 心 に 契 證 す る を 説 き 、 顯 密 二 教 所 證 の 理 、 一 で あ る 如 く に 解 せ ら れ し を 、 大 師 は 所 歸 所 入 の 極 致 は 遮 情 無 相 の 二 心 に あ ら ず 、 三 密 具 足 の 眦 廬 遮 那 法 身 な る 義 を 開 演 し 、 三 密 の 注 門に 依 て 此 の 眦 廬 遮 那 如 來 の 三 密 を 體 顯 す る 旨 を 明 か さ れ た る よ り 見 れ ば 、 三 密 の 教 へ も 大 師 縁 依 て 其 意 義 新 た に な れ る も の で あ る 。 而 し て 今 法 然 具 足 薩 般 若 等 の 四 旬 は 、 一 切 衆 生 は 本 來 一 切 智 智 を 具 せ る 如 來 の 差 別 智 印 な る 理 具 の 即 身 成 佛 の 義 と 、 こ の 本 具 の 一 切 智 智 を 實 の 如 く 現 證 し 、體 得 せ る 顯 得 の 即 身 成 佛 を 明 す も の で あ る 。 大 師 は 上 の 體 相 用 三 大 圓 融 の 義 を 明 す一 頌 四 句 は 即 身 の 二 字 を 釋 せ る も の に し て 、 今 の 法 然 具 足 等 の 一 頌 四 旬 は 、 成 佛 を 釋 す と 註 せ ら れ た る が 、 も と よ り 上 の 一 頌 四 句 縁 も 即 身 成 佛 の 義 あ り 、 含 の一 頌 四 句 縁 も 即 身 成 佛 の 理 趣 あ る は 明 か な る も 、 上 の 一 頌 四 句 は 色 心 の 中 、 色 を 表 と し 、 後 の 一 頌 四 句 は 心 を 表 と せ

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る よ り 、 且 ら く し か 釋 せ ら れ た る も の で あ る 。 こ と 縁 成 佛 は 心 の 問 題 な る よ り 、 今 心 の 性 徳 を 明 す一 頌 を 、 成 佛 を 釋 す と 註 せ ら れ た る も の で あ ら う 。 而 し て 衆 生 の 一 心 に 一 切 智 智 の 佛 智 を 具 す れ ば 衆 生 は 本 來 成 佛 の 體 な り と は 、 大 乘 佛 教 の 等 し く 説 け る と こ ろ 縁 し て 、 大 師 以 前 の 密 教 も 同 じ く 高 唱 せ る 一 道 な る も 、 今 即 身 義 縁 釋 せ ら る 丶 一 切 智 々 の 義 は 、 大 師 不 共 の 教 義 を 宣 明 せ ら る 丶 も の で あ る 。 十 住 心 論 第 十 に 日 く 又 云 復 次 志 求 三 窺 三 菩 提 句 。 以 知 二 心 無 量 故 知 身 無 量 。 知 身 無 量 故 知 智 無 量 。 知 智 無 量 故 即 知 衆 生 無 量。 知 衆 生 無 量 故 即 知 虚 空 無 量 。 此 即 横 義。 衆 生 自 心 其數 無 量 。 衆 生 狂 醇不 畳 不 知 。 大 聖 随 彼 機 根 開 示 其數 。 唯 靉 業 氣 但 罫 六ハ 識 。 他 縁 覺 心 両 教 但 示 八心 。 一 道 極 無 但 知 九 識 。 釋 大 術 説 十識 。 大 日 經 王 説 無 量 心 識 無 量 身 等 。 知 如 是 身 心 之 究 寛 即 是 證 秘 密 莊 嚴 之 住 處 文 豎 次 第 門 よ り い へ ば 、 小 乘 は 六 識 を 説 く 六 識 は 六 塵 を 縁 す る 意 識 作 用 で あ る 。 權 大 乘 に て は 更 縁 七 八 二 識 を 明 す が 、 第 七 識 は 我 見 を 生 す る 妄 識 縁 し て 、 第 八 識 は 眞 妄 和 合 の 識 で あ る 。 そ の 第 九 識 は 實 大 乘 に 説 く 所 の 阿 摩 羅 識 で あ る 。 こ の 第 九 識 は 唯 眞 非 妄 の 眞 心 に し て 、 こ れ 眞 妄 未 和 合 の 微 細 の 識 體 で あ る 。 こ の 唯 眞 非 妄 、 眞 妄 未 和 合 の 識 體 は 深 細 な れ ど も 、 な ほ 眞 妄 相 對 の 眞 で あ る 。 理 智 相 待 し て い へ ば 、 な ほ 智 中 の 理 で あ る 。 而 も 心 性 の 體 は 非 眞 非 妄 、 非 有 爲 非 無 爲 の 絶 對 の 眞 心 に し て 、 所 謂 唯 理 絶 對 の 體 な る こ と を 明 す も の は 、 釋 摩 訶 衍 論 縁 説 く 第 十 、 一 一 心 識 で あ る 。 此 の 如 く の 六 七 八 九 十 竪 次 第 の 法 相 よ り い へ ば 、 其 第 十 、 一 一 心 識 は 、 こ れ 實 に 所 入 所 詣 の 心 地 の 極 で あ る 。 而 も 大 師 の 密 教 よ り い へ ば 、 か 密 教 の 正 意 一 三

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密 教 め 正 意 一四 か る 非 眞 非 妄 の 心 性 は 、 こ れ な ほ 遮 情 の 極 に し て 、 表 徳 曼 荼 の 實 義 を 明 す も の に あ ら ず 、 さ れ ば 密 教 ば 、 こ の 非 眞 非 妄 の 遮 情 の 玄 底 に 更 に 無 塵 無 數 の 表 徳 の 心 王 心 數 を 開 説 す る も の と い は ね ば な ら ぬ 。 大 日 經 の 無 量 の 心 識 、 金 剛 頂 經 の 五 智 三 十 七 智 乃 至 無 盡 の 心 數 の 説 、 釋 摩 訶 衍 論 の 不 二 摩 訶 衍 、 大 師 の 心 數 心 王 主 伴 無 盡 、 色 心 無 量 實 相 無 邊 の 釋 、 こ れ ら は 其 名 相 異 な る も 、 法 體 は 何 れ も 、 表 徳 無 盡 の 識 體 を 明 す も の で あ る 。 こ の 表 徳 無 盡 の 識 體 説 は 、 十 界 の 迷 悟 の 差 相 を 動 ぜ ず 、 毘 盧 遮 那 如 來 の 一 種 の 差 別 智 印 な り と 開 見 す る も の に し て 、 こ れ 不 二 門 横 平 等 の 義 で あ る 。 次 に 秘 藏 記 に 間 願 教 立 八 識 密 教 立 若 干識 耶 。 答 立 一 識 或 八 識 或 九 識 或 十 識 乃 至 無 量 識 。 問 其 心 何 耶 。答 以 中 臺 心 王 尊 攝 一 切 心 主 是 謂 一 識 。 以 八 葉 尊 攝 一 切 心 主 是 謂 八 識 。 以 八 葉 及 中臺 尊 攝一 切 心 主 是 謂 九 識 。 不 動 第 九 已 上 九 識 。其 餘 十 佛 刹 微 塵 數 一 切 心 主 攝 於 一識 。 是 謂 十 識 。 是 名 一 切 一 心 識 。 ま た 即 身 成 佛 義 に 心 王 者 法 界 體 性 智 等 心 數 者 多 一 識 , 云 云 、 此 等 秘 藏 記 及 び 即 身 義 の 御 釋 は 九 識 九 尊 を 心 王 と し 、 其 餘 の 十 佛 刹 微 塵 數 の 心 數 を 一 識 と な し 、 先 の 九 識 に 足 し て 十 識 と 爲 し 、 第 十 識 を 一 切 一 心 識と な す も の で あ る 。 上 述 の 如 く 自 宗 に 心 識 の 釋 一 様 な ら ず 、 釋 論 に 依 る 十 識 の 建 立 、 大 日 經 の 無 量 の 心 識 及 び 釋 論 の 不 二 心 識 の 建 立 、 秘 藏 記 並 に 即 身義 に は 曼 荼 羅 に 約 し 、 九 識 九 尊 を 心 王と し 、 其 餘 の 十 佛 刹 微 塵 數 の 心 數 を

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一 識 と し て 、 心 王 の 九 識 に 足 し て 、 十 識 と な す 建 立 等 で あ る 。 釋 論 の 十 識 の 建 立 は 生 滅 よ り 眞 如一 心 に 歸 す る 竪 次 第 を 羽 す も の に し て 、 こ れ 縁 起 因 分 の 説 で あ る 。 更 に 大 日 經 の 無 量 の 心 識 及 び 釋 論 の 不 二 心 は 、 第 十 、 一 一 心 識 の 遮 情 究 ま る と こ ろ に 立 つ る 、 不 二 果 界 表 徳 本 有 の 横 平 等 の 説 に し て 、 即 身 義 及 び 秘 藏 記 の 心 王 心 數 の 義 は 、 不 二 果 界 横 平 等 門 中 の 竪 差 別 の 説 で あ る 。 即 ち 十 界 の 迷 悟 差 相 を 動 せ ず 、 毘 盧 遮 那 如 來 の 差 別 智 印 な る 果 界 不 二 の 横 門 中 に 、 更 に 心 王 心 數 を 別 ち 、 五 佛 九 尊 を 心 王 と し 、 其 餘 十 佛 刹 微 塵 數 の 諸 尊 を 心 數 と な す 説 で あ る 。 一 切 衆 生 は 本 來 不 二 果 界 、 毘 盧 遮 那 如 來 の 差 別 智 印 の 體 に し て 、 心 王 心 數 無 塵 の 佛 智 を 法 然 圓 具 せ る 即 身 成 佛 の 體 な る 理 趣 を 明 す も の は 法 然 具 足 薩 般 若 。 心 數 心 王 過 刹 塵 。 各 具 五 智 無 際 智 の 文 意 で あ る 。 圓 鏡 力 故 實 覺 智 こ の 一 句 は 上 に 明 か す 法 然 具 足 一 切 智 智 の 圓 明 の 心 月 を 顯 現 し 證 得 す る 、 顕 得 の 即 身 成 佛 義 を 示 す も の で あ る 。 頌 文 の 圓 鏡 に つ き 先 徳 は 大 日 心 王 の 大 圓 鏡 智 、 即 ち 六 大 不 二 の 大 曼 荼 羅 な り と い ひ 、 或 は 大 圓 鏡 智 と は 五 智 の 通 名 な り 、 自 宗 は 五 智 を 以 て 即 身 成 佛 の 智 體 と な す 、 今 の 文 は 即 身 成 佛 の 所 由 を 明 す ゆ 密 教 の 正 意 一 五

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密 教 の 正 意 一 六 え 、 圓 鏡 の 文 、 五 智 に 通 ず 、 五 智 圓 滿 の 智 體 諸 法 を 照 了 す る を 譬 に 約 し て 圓 鏡 と 云 ふ 。 必 ず し も 五 智 の 中 の 大 圓 鏡 智 に あ ら ざ る べ し と 。 又 曰 く 圓 鏡 力 故 と は 三 平 等 觀 な り 、 即 ち 本 尊 の 三 密 と 行 者 の 三 密 と が 加 持 渉 入 す る こ と 、 多 く の 圓 鏡 の 互 相 影 現 す る が 如 く な る を 云 ふ 。 秘 藏 記 に 日 く 住 大 圓 鏡 智 引 入 諸 佛 於 己 體 如 何 。 日 本 尊 三 密 鏡 能 照 一 切 色 相 。如 大 圓 鏡 智 能 萬 像 影 現 。 本 尊 與 著 無 二 無別 。 故 晋 三 密 鏡 能 照 同 本 尊 。 非 唯 本 尊 興 吾 無 二 無 別 。 一 切 巳 成 未 成 諸 佛 亦 同 。 輿 吾 無 二 無 別 。 故 諸 佛 三 密 鏡 能 照 興 吾 同 。 諸 佛 萬 徳 圓 滿 眷 屬 園 繞 故 。 吾 亦 萬 徳 圓 滿 眷 屬 園 繞 。 諸 佛 法 界 身 故 。 著 身 在 諸 佛 身 中 。 吾 法 界 身 故 諸 佛 在 我 身 中 云 云 。 即 ち 上 の 頌 文 に 六 大 無 碍 、 四 曼 不 離 、 三 密 加 持 、 重 重 帝 綱 、 行 者 の 三 業 を し て 本 尊 に 同 ぜ し む る を 即 身 成 佛 と い ひ 、 法 然 具 足 薩 般 若 等 の 後 の 一 頌 四 旬 は 、 一 切 衆 生 本 來 五 智 三 十 七 智 乃 至 無 盡 無 數 の 佛 智 を 具 有 し 、 そ の 本 有 の 一 切 智 智 を 顯 現 し 證 得 す る を 即 身 成 佛 と 説 く も の に し て 、 も と よ り 上 の 一 頌 の 所 明 と 歸 趣 同 一 で あ る 。 即 ち 眞 言 門 の 即 身 成 佛 と は 實 の 如 く 自 心 本 有 の 佛 智 を 開 見 し 、 體 得 す る に あ り 。 そ の 自 心 本 有 の 一 切 智 智 を 開 見 す る 道 無 量 な る も 、 三 密 加 持 の 修 行 こ れ 要 門 な り 、 三 密 加 持 の 修 行 に 依 り 、 心 佛 衆 生 の 三 密 の 自體 本 來 法 爾 と し て 靈 的 融 合 を な せ る 本 有 の 三 密 を 體 得 し 、 根 本 無 明 を 斷 じ 、 五 智 の 心 鏡 圓 か に 開 け 、 寂 に し て 照 、 法 界 を 大 圓 鏡 智 の う ち に 融 攝 し 、 法 界 に 自 在 を 得 て 慈 悲 の 妙 業 無 窮 な る を 即 身 成 佛 と 云 ふ 。 六 即 身 成 佛 義 を 異 本 即 身 義 に は 、 理 具 、 加 持 、 顯 得 の 三 種 即 身 成 佛 と し て 釋 せ り 。 而 し て 古 來 三 種 即 身

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成 佛 の 中 、 大 師 の 即 身 成 佛 義 の 正 意 は 何 れ に 存 す る や の 調 べ が あ る 。 こ の 理 趣 を 究 尋 せ ば 、 大 師 の 教 義 の 正 意 、 即 ち 密 教 の 正 意 自 ら 顕 は る 。 さ れ ば 一 應 其 義 を 述 ぶ る で あ ら う 。 異 本 即 身 義 に 三 種 即 身 成 佛 義 を 釋 し て 日 く 問 。 其 三 種 一一 意 如 何 。 答 一 切 衆 生 身心 中 金 剛 胎 藏 漫 荼 羅 遠 離 因 果 法 然 具 云 理 具 即 身 成 佛 也 。 由 三 密 加 持 自 身 本 有 三 部 諸 尊 速 疾 顕 發 故 云 加 持 即 身 戊 佛 也 。 三 密 修 行 已 成 就 故 。 即 心 具 寓 行 見 心 正 等 覺 證 心 大 涅 槃 發 起 心 方 便 嚴 淨 心 佛 國 從 因 至 果 以 無 所 住 住 於 其 心 。 如 實 覺 知 名 顯 得 即 身 成 佛 也 。 所 謂 一 切 衆 生 無 始 よ り 以 來 、 両 部 曼 荼 羅 の 徳 を 具 足 し 、 色 心 の 擧 體 即 ち 是 れ 毘 盧 遮 那 平 等 知 身 な り と 知 見 す る を 、 理 具 の 即 身 成 佛 と 名 け 、 三 密 加 持 の 修 行 に 依 り 、 本 尊 と 行 者 、 互 相 渉 入 、 彼 此 攝 持 し 、 三 摩 地 現 前 す る を 加 持 の 即 身 成 佛 と 名 け 、 此 の 三 密 の 行 究 竟 成 就 し て 、 毘 盧 遮 那 の 果 徳 を 正 し く 現 證 す る 位 こ れ を 顯 得 の 即 身 成 佛 と 名 く 。 こ の 三 種 即 身 成 佛 は 、 一 の 即 身 成 佛 を 義 を 以 て 分 説 す る も の に し て 、 一 を 闕 け て も 其 義 圓 滿 せ ざ る も の な る も 、 擧 勝 爲 論 し て 即 身 成 佛 の 正 意 は 理 具 に あ り と い ひ 、 或 は 加 持 な り と い ひ 、 ま た 顯 得 な り 、 ま た は 三 種 共 に 正 宗 に し て 、 一 を 擧 げ て 論 ず べ か ら ざ る も の な り と の 説 を な す 。 三 種 即 身 成 佛 の 中 、 大 師 の 即 身 成 佛 義 の 正 意 は 、 理 具 の 成 佛 に あ り と の 説 を 立 す る も の は 、 法 性 、 道 範 、 長 覺 、 印 融 等 の 諸 師 で あ る 。 こ れ 等 の 所 説 に 依 れ ば 、 顯 教 の 始 覺 宗 の 遠 劫 作 佛 に 對 し て 、 密 教 は 本 覺 爲 宗 、 即 身 成 佛 義 を 立 す る も の で あ る 。 即 ち 自 宗 は 不 二 果 界 中 に 十 界 の 本 有 を 談 ず る が 故 に 、 迷 悟 共 に 佛 と 密 教 の 正 意 一 七

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密 教 の 正 意 一 八 稱 し 、 佛 相 は 果 位 に 限 ら ず 、 一 切 衆 生 本 有 薩 唾 、 こ れ 眞 實 の 佛 で あ る 。 即 身 成 佛 と は 源 と 本 有 性 徳 、 自 性 不 改 の 理 具 の 即 身 成 佛 義 に 基 く 、 か ゝ る 見 地 よ り し て 即 身 成 佛 の 正 宗 は 三 種 即 身 成 佛 の 中 、 理 具 に あ り と な す も の で あ る 。 こ の 義 に 依 て 密 教 の 他 佛 教 に 異 な る 點 を 看 取 し 得 ら る 丶 の で あ る 。 即 ち 顕 教 の 實 大 乘 家 に て は 、 一 切 衆 生 悉 有 佛 性 を 談 じ 、 そ の 法 爾 不 變 の 理 よ り い へ ば 、 衆 生 本 來 成 佛 せ る 理 具 の 成 佛 義 を 明 す も 。 而 も 高 祖 大 師 の 教 義 よ り い へ ば 、 顯 教 大 乘 教 の 理 具 の 成 佛 義 は 自 宗 の 義 と 同 じ か ら ず 、 顯 教大 乘 の 理 具 成 佛 の 法 體 は 無 相 眞 如 の 理 な る が 無 明 煩 惱 に 依 る が 故 に 、 眞 如 本 覺 よ り 隨 縁 流 轉 せ る は 生 死 の 衆 生 で あ る 。 こ の 流 轉 生 滅 の 迷 相 そ の ま ゝ 不 生 不 滅 の 眞 如 本 覺 の 體 な る 理 趣 を 明 す も 、 極 致 は 流 轉 生 滅 の 人 は 假 に し て 、 眞 如 の 法 の み 眞 の 實 在 と な す も の で あ る 。 大 師 は 此 等 の 説 を 縁 起 因 分 の 教 な り と し 、 そ の 顯 教 の 教 の 極 致 た る 眞 如 界 中 に 、 十 界 を 建 立 す 、 こ の 眞 如 果 界 中 の 衆 生 は 生 死 流 轉 の 迷 子 に あ ら ず 、 毘 盧 遮 那 如 來 の 差 別 智 印 に し て 、 悉 く 曼 荼 羅 の 聖 尊 な り と す る が 故 に 、 顯 教 の 大 乘 に 因 分 の 衆 生 が 、 眞 如 理 性 を 具 す る を 理 具 の 成 佛 と 云 ふ と 、 果 界 の 衆 生 の 両 部 曼 荼 羅 の 佛 徳 を 法 然 圓 具 す る を 理 具 の 成 佛 と 云 ふ と 、 因 果 二 分 天 地 の 相 異 が あ る の で あ る 。 さ れ ば 大 師 の 即 身 成 佛 の 正 宗 は 、 理 具 の 成 佛 に あ り と の 説 に 依 て 、 自 宗 は 本 覺 爲 本 の 宗 に し て 、 顯 教 の 始 覺 宗 と 立 場 を 異 に す る こ と 顯 は れ 、 第 八 識 に 於 て 凡 佛一 、如 の 觀 に 住 せ ば 、 一 切 の 作 業 賓 相 に 相 慮 す る 如 來 の 作 業 な り と の 、 自 宗 の 表 徳 の 義 、 知 り 得 ら る 丶 の で あ る 。 か の 大 日 經 の 正 意 を 論 じ 、 大 日 經 の

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正 意 は 、 法 の 縁 起 も 、 機 の 趣 入 も 、 從 果 向 因 な る 義 を 立 す る 、 長 覺 師 の 教 系 は 、 大 師 の 即 身 成 佛 義 の 正 宗 は 内 理 具 に あ り と 觀 る も の な る が 、 此 等 の 説 に 依 ら ば 、 密 教 は 本 覺 爲 宗 に し て 、 始 覺 も な ほ 本 覺 に 約 し て 、 下 轉 の 義 存 す と な し 、 法 然 本 有 の 理 具 の 成 佛 を 正 宗 と 觀 る も の で あ る 。 次 に 加 持 の 成 佛 、 こ れ 即 身 成 佛 の 正 宗 な り と 觀 る も の は 、 頼 瑜 法 印 で あ る 。 こ の 説 に 依 て 、 ま た 密 教 の 特 質 を 知 ら る 丶 の で あ る 。 上 述 の 如 く 自 宗 は 果 界 に 十 界 を 建 立 す 。 こ の 果 界 の 十 界 は 如 來 果 相 の 顕 現 に し て 曼 荼 羅 體 な る も 、 而 も こ の 果 界 に 更 し 迷 悟 、 因 果 、 佛 と 衆 生 、 因 果 と 實 相 、 差 別 と 平 等 、 二 而 不 二 等 の 義 あ り 。 こ の 果 界 の 佛 と 衆 生 と の 加 持 感 應 を 明 か し 、 己 成 の 如 來 の 三 密 の 加 被 力 に 依 り 、 行 者 本 有 の 佛 性 を 開 見 す べ き を 説 く も の で あ る 。 感 應 加 持 は 何 れ の 宗 教 も 説 か ざ る は な き も 多 く の 宗 教 は 神 人 間 隔 の 上 に 感 應 を 明 す も の な る が 、 顯 教 の 如 き は 、 因 縁 生 の 俗 諦 に 佛 と 衆 生 と の 差 相 を 説 き 、 其 感 應 を 明 す も 、 眞 諦 無 相 眞 如 界 に は 衆 生 と 佛 と の 差 相 を 絶 し 、 感 も な く 應 も な き 三 味 の 法 な り と 説 く も の で あ る 。 し か る に 密 教 は 生 佛 三 密 の 體 性 各 々 異 な り 、 二 而 差 別 し つ ゝ 、 而 も 冥 然 同 體 を な す 不 二 平 等 の 義 を 説 く も の で あ る 。 而 し て 行 者 三 密 加 持 の 修 行 に 依 り 、 本 有 の 三 密 加 持 の 實 相 を 現 證 す る 道 を 明 す 。 三 種 即 身 成 佛 何 れ も 即 身 成 佛 の 正 宗 た る べ き も 、 我 等 修 行 者 よ り い へ ば 、 加 持 の 成 佛 を 正 宗 と す べ き で あ る 。 即 ち 理 具 は 因 果 凡 聖 に 通 ず る 成 佛 の 體 に し て 、 顯 得 は 唯 佛 果 位 な れ ば 、 行 者 の 當 位 よ り い へ ば 、 加 持 の 密 教 の 正 意 一 九

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密 教 の 正 意 二 〇 成 佛 を 宗 と す べ き で あ る 。 即 身 義 に は 六 大 無 碍 、 四 曼 不 離 、 三 密 加 持 帝 網 重 重 を 以 て 即 身 成 佛 と 云 ふ 。 即 ち 行 者 の 三 業 を 本 尊 の 三 密 に 同 ぜ し む る は 、 こ れ 即 身 に 大 覺 位 を 證 す る 道 で あ る 。 而 し て 即 身 成 佛 の 正 意 は 加 持 の 成 佛 に あ りと の 義 よ り い へ ば 、 本 尊 と 靈 的 融 合 の 境 に 入 れ る も の は 、 一 分 即 身 成 佛 を 體 現 せ る も の と い ひ 得 ら る 。 即 ち 即 身 成 佛 と は 凡 夫 の 企 て 及 ば ざ る 法 門 に あ ら ず し て 、 一 切 修 道 者 の 齊 し く 到 逹 す べ き 宗 教 の 妙 境 で あ る 。 即 身 成 佛 の 正 宗 は 顯 得 に あ り と 觀 る も の は 、 信 日 、 頼 寳 等 の 諸 師 で あ る 。 此 等 の 人 は 或 は 顕 密 對 比 し て 成 佛 の 遲 速 、 證 果 の 勝 劣 よ り 、 或 は 即 事 而 眞 の 實 義 等 よ り 論 じ て 、 顯 得 を 甚 深 な り と な す も の で あ る 。 即 ち 他 佛 教 に て は 往 生 淨 土 と い ひ 、 入 涅 槃 と い ひ 、 三 大 無數 劫 に 無 上 覺 を 成 ず と 説 く も 、 自 宗 は 現 身 に 三 昧 を 體 得 し 三 密 四 智 印 の 妙 用 に 依 り 、 凡 夫 の 肉 身 に 忽 ち 佛 相 を 現 ず る 顯 得 の 成 佛 を 談 ず 。 こ れ 實 に 自 宗 不 共 の 説 で あ る 。 理 具 加 持 の 成 佛 甚 深 な り と い へ ど も 、 な ほ 迷 悟 不 二 に 約 し 、 因 位 を 指 し て 佛 と 爲 す も の で あ る、 悉 有 佛 牲 、 感 應 道 交 の 義 よ り い へ ば 、 顕 教 の 大 乘 教 に も 理 具 加 持 の 義 門 こ れ あ る も 、 現 身 に 無 上 覺 を 體 驗 す る 、 顕 得 の 成 佛 を 明 す に 至 つ て は 、 眞 言 不 共 の 説 な れ ば 、 即 身 成 佛 の 正 宗 、 顕 得 に あ り と な す も の で あ る 。

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三 種 の 即 身 成 佛 共 に 正 意 と な す も の は 、 玄 海 、 願 行 、 宥 快 等 の 説 で あ る 。 即 ち 三 種 即 身 成 佛 は 一 即 身 成 佛 の 義 門 の 不 同 に し て 同 時 證 得 の 法 で あ る 。 名 字 に 於 て は 一 分 顯 教 に 通 ず る も の あ る も 、 三 種 の 法 體 は 顯 教 の 所 明 と 異 な れ ば 、 三 種 共 に 自 宗 不 共 の 法 門 に し て 、 何 れ も 正 宗 と す べ き も の で あ る 。 理 具 の 成 佛 よ り い へ ば 、 顯 教 に も 涅 槃 經 に は 一 切 衆 生 悉 有 佛 性 と い ひ 、 一 切 衆 生 本 來 成 佛 ぜ る 理 具 の 説 あ る も 、 而 も 其 理 具 の 佛 性 た る や 、 無 相 一 心 の 理 體 に し て 、 眞 言 宗 に 云 ふ 一 切 衆 生 の 自 心 に 本 來 金 剛 胎 蔵 兩 部 理 智 の 性 徳 を 具 す る を 理 具 成 佛 と 云 ふ と 異 な り 、 其 加 持 の 成 佛 も 五 部 の 秘 觀 、 三 密 妙 行 に 依 り 、 加 持 感 應 速 疾 に 悉 地 現 前 の 義 は 諸 教 に 説 か ざ る と こ ろ で あ る 。 ま た 顯 得 の 成 佛 も 顯 教 に は 三 大 無 數 劫 に六 度 萬 行 を 修 し 、 十 地 満 足 の 位 に 頓 に 報 應 二 身 の 佛 果 を 成 ず と 説 き 、 自 宗 に は 三 密 の 修 行 究 竟 成 就 し 、 一 生 に 毘 廬 遮 那 三 身 の 果 位 を 現 證 す と 明 す が 故 に 、 こ れ ま た 餘 教 の 建 立 と 異 な る も の が あ る 。 か く の 如 く 三 種 の 成 佛 何 れ も 顯 教 の 所 説 と 異 な れ ば 、 三 種 共 に 自 宗 の 正 宗 と 觀 る も の で あ る 。 上 述 の 如 く 義 の 勝 れ た る に 約 し て 、 或 は 理 具 、 或 は 加 持 或 は 顯 得 を 以 て 大 師 の 即 身 義 の 正 意 を 觀 ん と す る も の あ る も 、 三 種 即 身 成 佛 と は 、 一 つ の 即 身 成 佛 の 義 門 の 不 同 に し て 、 一 を 闕 く も 其 義 圓 滿 せ ざ る も の で あ る 。 即 ち 三 種 は 因 縁 果 の 三 法 、 法 爾 随 縁 、 本 有 修 生 一 法 の 兩 義 で あ る 。 密 教 の 正 意 二 一

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密 教 の 正 意 二 二 三 種 相 全 う し て 自 宗 不 共 の 即 身 成 佛 義 を 顯 示 す る も の な れ ば 、 三 種 共 に 正 宗 と 觀 る 。 上 來 所 述 の 如 く 、 即 身 成 佛 義 の 正 意 を 論 じ 、 理 具 、 加 持 、 顯 得 或 は 三 種 共 に 正 宗 な り と 觀 る 四 義 は 、 こ れ 即 身 成 佛 義 の 正 宗 を 知 る に 、 肝 要 な る 説 な る の み な ら ず 、 こ の 理 趣 を 闡 明 せ ば 、 自 ら 自 宗 の 正 意 が 顯 は る ゝ の で あ る 、 以 上 の 四 説 攝 す れ ば 三 門 と な る 。 即 ち 本 有 本 覺 爲 本 と 修 生 始 覺 爲 本 と 本 始 不 二 爲 本 と で あ る 。 理 具 を 正 宗 と 觀 る は 本 有 説 に し て 、 加 持 顯 得 を 爲 本 と す る は 修 生 説 、 三 種 共 に 正 宗 と す る は 本 修 不 二 説 で あ る 。 此 等 の 所 説 は 何 れ も 深 き 所 由 存 し 、 卒 爾 に 其 義 の 淺 深 是 非 を 判 す べ か ら ざ る も 、 三 種 即 身 成 佛 何 れ も 正 宗 と な す 説 は 、 よ く 即 身 成 佛 義 の 正 宗 を 明 す と 共 に 、 自 宗 の 正 意 を 顯 示 す る も の で あ る 。 即 ち 凡 身 即 佛 の 自 覺 ( 理 具 ) に 住 し 、 瑜 伽 三 密 の 妙 行 (加 持 ) を 修 し 、 本 有 三 密 の 實 相 を 顯 現 し 證 得 ( 顯 得 )す る は 、 即 身 成 佛 義 の 正 宗 に し て 、 自 宗 の 正 意 で あ る 。 七 即 身 成 佛 義 の 正 意 を 理 具 な り と 觀 る 長 覺 師 の 説 と 、 三 種 共 に 正 宗 と な す 宥 快 師 の 説 は 、 南 山 に て は 壽 門 賓 門 の 異 義 と し て 傳 へ ら る 。 而 し て こ の 兩 門 の 異 義 の 由 來 を 、 事 相 の 相 傳 よ り 釋 し 、 長 覺 師 は 廣 澤 西 ノ 院 流 を 相 傳 す 、 廣 澤 流 は 許 可 即 傳 法 に し て 重 位 を 立 て ず 、 依 つ て 理 具 成 佛 を 以 て 正 意 と し 、 快 師 は 小 野 安 祥 寺 流 を 本 流 と す 、 小 野

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は 許 可 と 傳 法 と に 重 位 を 立 つ る が 故 に 、 三 種 共 に 正 宗 と 習 ふ 、 さ れ ば こ れ 相 傳 の 不 同 に し て 、 共 に 宗 の 實 義 な り と 云 ふ 義 あ り 。 而 し て こ の 即 身 成 佛 の 正 意 の 義 門 は 、 か の 両 部 大 經 正 意 の 説 と 一 致 に 解 す べ き も の と 思 ふ 。 大 目 經 の 正 意 は 機 法 共 に 從 果 向 因 な り と 云 ふ 義 を 立 つ る 、 長 覺 師 の 教 系 に 屬 す る も の は 、 即 身 成 佛 義 の 正 意 は 理 具 の 成 佛 に あ り と し 、 法 の 縁 起 は 從 果 向 因 な る も 、 機 の 趣 入 は 從 因 至 果 な る べ し と 云 ふ 義 を 成 ず る 、 宥 快 法 印 は 、 三 種 即 身 成 佛 共 に 正 意 な り と 云 ふ 。 以 下 な ほ 両 部 曼 荼 羅 の 所 明 等 に 思 ひ 合 せ 此 義 を 釋 す る で あ ら う 。 両 部 の 曼 荼 羅 の 諸 尊 は 、 一 切 衆 生 を し て 法 性 果 界 の 眞 趣 を 體 顯 せ し め ん と し て 印 現 せ る も の で あ る 。 即 ち 佛 果 理 智 の 功 徳 を 両 部 に 開 て 、 衆 生 を し て 曼 荼 羅 の 諸 尊 を 體 得 せ し め 、 自 身 本 有 の 曼 荼 羅 を 開 悟 せ し め ん と す る も の で あ る 。 而 し て両部 曼 荼 羅 相 對 し て い へ ば 、 金 剛 界 は 從 因 至 果 の 曼 荼 羅 、 即 ち 九 會 を 攝 し て 一 印 會 に 歸 す 。 是 れ 即 ち 上 轉 の 義 で あ る 。 胎 藏 は 從 果 向 因 の 曼 荼 羅 に し て 、 中 胎 よ り 下 轉 し て 第 四 重 の 等 流 身 ま で 下 つ て 衆 生 を 利 益 し 給 ふ 。 或 は 金 界 は 果 曼 荼 羅 胎 藏 は 因 曼 荼 羅 、 ま た両部 曼 荼 羅 に 本 有 修 生 の 區 別 を な す と き . 常 に は 胎 藏 を 以 て 本 有 と な す 、 十 界 を 圖 す る が 故 に 、 こ れ 十 界 本 有 の 義 で あ る 。 即 ち 十 界 の 依 正 の 一 々 法 界 を 攝 盡 し 、 各 々 曼 荼 羅 體 な る 旨 を 明 す も の で あ る 。 金 剛 界 を 修 生 と な す は 始 覺 轉 昇 、 遂 に 一 印 會 に 歸 す る ゆ え で あ る 。 或 は 金 剛 界 を 本 有 と す 、 瑜 祗 經 に は 本 有 金 剛 界 、 即 ち 衆 生 本 有 の 果 體 の 實 義 を 明 す 。 こ の 時 は 胎 藏 を 修 生 と 意 得 ふ る こ と あ り 、 大 目 經 疏 の 第 三 卷 に 若 削、行 因 至 果 則 第 三 重 之 所 引 攝 成 就 能 通 第 二 重 。 第二 重 之 所 引 攝 成 密 教 の 正 意 二 三

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密 教 の 正 意 二 四 就 能 第 一 重 。 第 一 重 所 引 攝 成 就 能 見 中 胎 藏 云 云 此 等 は 外 部 よ り 轉 昇 し て 中 胎 に 至 る 始 覺 上 轉 の 義 で あ る 。 ま た 両 部 相 望 し て い へ ば 、 胎 藏 は 阿 字 本 不 生 の 無 相 法 身 よ り 十 界 の 有 情 非 情 の 一 切 を 開 發 す る こ と を 説 く も の な る が 故 に 、 一 面 よ り 見 れ ば 哲 學 的 に 宇 宙 の 開 發 を 明 す も の な る が 、 金 剛 頂 經 は 五 相 成 身 始 覺 圓 滿 の 大 目 如 來 よ り 三 十 七 尊 等 の 佛 身 の 示 現 の み を 明 す 、 さ れ ば 大 目 經 の 哲 學 的 に 字 宙 の 開 發 を 明 す に 對 ぜ ば 、 金 剛 頂 經 は 宗 教 的 に 佛 身 の 印 現 の み を 明 す と も い ひ 得 ら る 。 か く の 如 く両部 互 に 本 有 修 生 、 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の 義 あ り 、 而 も 上 下 二 轉 は 不 離 同 時 に し て 、 か 丶 る両面 を 統 一 せ る 具 體 が 、 こ れ 毘 盧 遮 那 法 身 に し て 、 ま た 法 性 果 界 の 曼 荼 羅 の 眞 相 で あ る . 而 も 密 教 は 顯 教 の 始 覺 宗 に 封 ぜ ば 從 果 向 因 を 正 意 と す と い ひ 得 ら る 。即 ち 宇 宙 は 毘 盧 遮 那 靈 格 の 果 體 の 顯 現 で あ る 、 大 師 の 所 謂 十 界 は 毘 盧 遮 那 の 差 別 智 身 で あ る 。両部 曼 荼 羅 に 從 因 至 果 の 義 あ る も 、 密 教 即 ち 果 界 の 因 果 は 所 謂 密 號 名 字 の 因 果 に し て 、 因 と 云 ふ も 臺 實 爲 因 の 因 な れ ば 、 因 が 即 ち こ れ 果 體 で あ る 。 上 に両部 大 經 の 正 意 を 述 ぶ る 節 段 に 明 し た る が 如 く 、両部 互 に 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の 法 門 あ る も 、両部 等 し く 佛 身 の 印 現 、 即 ち 從 果 向 因 を 正 意 と す と 見 る べ き で あ る 。 か く 法 の 縁 起 よ り い へ ば 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の 二 面 あ る も 、 從 果 向 因 を 正 意 と す と 云 ふ が 如 く 、 機 の 修 入 よ り 云 ふ も 、 こ の 從 因 至 果 、 從 果 向 因 の 二 面 が あ る 。 而 も 上 轉 下 轉 、 從 果 向 因 、 從 因 至 果 は 同 時 不 離 であ る 。 向 上 進 修 、 從 因 至 果 の 行 相 、 こ れ を そ の 法 體 よ り 見 れ ば 、 從 果 向 因 即 ち 毘 盧 遮 那 の 體 性 を 顯

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現 せ る も の で あ る 。 注 性 は 無 盡 に隋 縁 縁 起 し 、 無 限 に 開 發 し つ ゝ 、 其 の 當 位 が 不 生 實 相 の 法 體 で あ る 。 隋 縁 即 法 爾 、 法 爾 即 隨 縁 の 故 に 無 上 菩 提 を 求 め 、 轉 深 轉 妙 、 三 世 に 上 上 去 去 し 、 必 度 普 度 十 方 に 下 下 來 來 す る も 、 し か し な が ら 法 爾 本 有 の 一 心 の 本 法 を 出 で ず 、 法 爾 の 一 心 、 本 有 の 毘 盧 遮 那 の 體 性 に 住 し 、 上 轉 下 轉 毘 盧 遮 那 金 剛 の 舞 戯 な り と 體 驗 す る こ れ 密 教 の 歸 趣 で あ る 。 即 ち 始 覺 上 轉 、 無 限 の 進 修 が 、 同 時 に 本 覺 下 轉 、 永 劫 の 歸 源 で あ る 。隋 縁 の 諸 相 即 法 爾 法 性 の 眞 趣 で あ る 。 こ は 矛 盾 せ る 道 の両面 の 樣 見 ゆ る も 、 實 は 一 の 道 の 両 面 に し て 、 道 は こ の両面 を 統一 せ る も の な る が 故 に 、 こ の両面 を 統 一 し て 體 験 す る と こ ろ に 、 道 の 眞 趣 が 存 す る の で あ る 八 前 述 の 如 く両部 互 に 因 果 の 法 門 あ る は 、 こ の 因 果 の 法 門 に 依 て 、 非 因 非 果 の 本 有 の 曼 荼 羅 體 た る 理 智 本 有 の 果 體 に 契 證 せ し め ん が 爲 め な る が 、 發 心 即 到 の 機 は 我 即 佛 の 理 を 聽 き 、 こ の 非 因 非 果 の 本 有 の 曼 茶 羅 體 に 安 住 す 。 こ れ 三 種 即 身 成 佛 よ り い へ ば 、 理 具 の 即 身 成 佛 で あ る 。 眞 言 行 人 は 發 心 を 云 ふ も 、 八 七六 五 と 深 よ り 淺 に 出 で 、 東 方 第 八 識 の 發 心 に し て 、 北 方 の 方 便 爲 究 竟 に 至 る 。 こ れ 化 他 の 徳 相 に し て 從 果 向 因 の 義 で あ る 。 修 行 の 時 も 行 者 の 心 品 を 偏 へ に 化 他 に 住 せ し む る を 以 て 眞 言 行 者 の 用 心 と な す 、 か の 一 座 行 法 の 最 初 に 四 無 量 觀 に 住 す る 等 此 義 を 示 す も の で あ る 。 自 身 即 佛 の 理 趣 を 聞 く と き 、 發 心 即 到 の 者 は 、 開 悟 成 佛 す 。 而 も こ れ に 堪 へ ざ る も の は 五 相 三 密 の 修 密 教 の 正 意 二 五

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密 教 の 正 意 二 六 行 を 勤 修 し て 、 自 身 即 佛 の 大 果 を 成 ず 。 眞 言 教 の 經 軌 は 多 く は こ の 修 行 成 佛 の 機 の 、 向 上 轉 昇 の 次 第 を 明 す も の で あ る 。 即 ち 三 種 即 身 成 佛 の 中 、 加 持 の 即 身 成 佛 を 主 と し て 説 く も の で あ る 。 さ れ ば 我 身 本 有 の 曼 荼 羅 の 體 な り 、 我 即 法 身 の 觀 心 に 住 し て ( 理 具 の 即 身 成 佛 ) 修 行 證 入 す べ き で あ る 。 そ の 修 行 成 佛 、 即 ち 加 持 の 成 佛 よ り い へ ば 、 表 て 從 因 至 果 と い は ね ば な ら ぬ 。 而 も 三 密 加 持 の 修 行 に 依 り 、 本 有 の 曼 荼 羅 に 融 會 し 、 本 有 曼 荼 羅 の 徳 を 分 に 顯 現 す る に 至 れ ば 、 こ れ 加 持 の 成 佛 に 即 し て 一 分 顯 得 の 成 佛 を 見 る も の 、 即 ち 從 因 至 果 に 即 し て 從 果 向 因 の 義 あ る も の で あ る 。 即 ち 三 密 修 行 、 轉 昇 向 上 の と こ ろ 法 體 よ り 觀 れ ば 、 法 身 の 功 徳 を 實 現 し つ 丶 あ る も の で あ る 。 所 謂 上 轉 の と こ ろ 下 轉 な り 、 己 成 如 來 の 光 明 を 仰 い で 進 修 向 上 の と こ ろ 、 同 時 に 自 心 佛 に 歸 還 し つ 丶 あ る も の で あ る 。 即 ち 加 持 身 を 感 見 す る と こ ろ に 同 時 に 本 地 身 を 見 、 自 身 佛 を 見 つ ゝ あ る も の で あ る 。 か く し て 觀 行 圓 熟 し 、 二 而 の 隔 執 を 斷 盡 し て 、 本 有 曼 荼 羅 の 體 を 顯 現 し 證 得 す る に 至 れ ば 、 こ れ 顯 得 の 成 佛 で あ る 。 總 結 上 來 世 人 の 密 教 に 對 す る 誤 謬 を 匡 し 、 次 に 顯 密 二 教 の 相 異 點 を 示 し 、 以 て 密 教 の 立 場 を 明 か に し 、 次 に 秘 密 の 語 義 を 解 し て 秘 密 教 の 眞 意 義 を 釋 し 、 釋 摩 訶 衍 論 、 大 目 徑 、 金 剛 頂 經 の 所 明 の 法 體 を 辨 じ 、 両 部 大 經 の 正 意 を 叙 し 、 三 部 五 部 等 密 教 に 種 多 の 經 典 あ る も 、 凡 て 両 部 に 攝 屬 す る こ と を 明 し 、 次 に 大 目

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經 を 根 本 依 憑 と す る 善 無 畏 三 藏 の 一 注 界 の 教 義 と 、 金 剛 頂 部 を 傅 來 せ る 金 剛 智 、 不 空 の 両 三 藏 の 多 法 界 の 教 義 、 及 び 此 等 両 部 を 相 承 し 、 密 教 々 義 を 建 設 し 其 眞 意 義 を 宣 揚 せ る 弘 法 大 師 の 教 格 を 辨 じ 、 更 に 大 師 の 宗 義 を 明 か に せ ん が 爲 め に 即 身 成 佛 義 の 解 説 並 に 其 正 意 等 を 略 述 し た 。 而 し て 所 釋 多 端 な れ ど も 、 其 要 と す る と こ ろ は 、 密 教 以 外 の 佛 教 は 所 謂 遮 情 教 に し て 、 我 よ り 無 我 に 、 有 よ り 空 に 、 生 滅 よ り 眞 如 に 、 有 限 よ り 無 限 に 、 特 殊 よ り 普 遍 に 、 所 謂 因 果 、 能 所 、 主 客 を 絶 す る 一 如 の 理 に 還 元 ぜ ん こ と を 教 ゆ る も の な る も 、 密 教 は 此 主 客 能 所 を 絶 せ る 一 如 の 理 の 極 致 に 曼 荼 羅 の 世 界 を 建 立 し 、 此 曼 荼 羅 の 世 界 に て は 二 而 即 不 二 、 有 限 即 無 限 、 特 種 即 普 遍 に し て 、 一 一 の 諸 法 各 々 が 圓 融 自 在 に し て 法 界 全 體 を 融 攝 せ る 靈 活 無 碍 の 靈 格 體 な り 、 毘 盧 遮 那 如 來 の 差 別 智 身 な る こ と を 明 す も の で あ る 。 即 ち 一一 が 一 切 を 融 攝 せ る 法 界 體 な る 理 趣 を 明 す の み な ら ず 、 秘 藏 記 の 所 謂 各 各 守 自 性 、 各 各 自 建 立 に し て 、 各 各 が 三 密 の 自 性 に 住 し 、 各 各 法 界 曼 荼 羅 を 成 立 し 、 各 説 三 密 、 自 受 法 樂 、 毘 盧 遮 那 自 性 の 體 な る こ と を 明 す 。 此 の 如 く 一 切 衆 生 は 曼 荼 羅 の 自 性 に 住 し 、 本 有 の 薩 捶 な る も 、 其 理 趣 を 覺 知 せ ず 、 自 ら 小 我 に 妄 執 し 、 自 在 無 碍 の 大 曼 荼 罹 界 中 に 、 小 系 統 を 成 し 、 三 界 牢 獄 の 中 に あ る は 生 死 界 中 の 衆 生 で あ る 。 生 佛 の 曼 荼 羅 の 體 性 は 本 來 平 等 平 等 に し て 、 靈 的 融 合 を 成 せ り 、 さ れ ば 三 密 加 持 の 修 行 に 依 り 、 此 の 本 有 の 靈 的 冥 合 の 境 を 體 得 し 、 本 有 の 曼 荼 羅 の 體 を 顯 得 せ し め ん と す る も の は 密 教 で あ る 。 。衆 生 と 佛 陀 と の 對 立 は こ れ 俗 諦 因 果 界 の 説 に し て 、 眞 諦 二 味 の 境 に は 生 佛 の 假 名 を 絶 す る と 云 ふ 、 無 密 教 の 正 意 二 七

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密 教 の 正 意 二 八 相 眞 諦 の 極 致 に 更 に 生 佛 曼 荼 羅 の 自 體 を 明 し 、 こ の 生 佛 の 自 體 は 圓 融 無 碍 に し て 、 一 に 一 切 を 具 足 す と 云 ふ の み な ら ず 、 各 各 の 自 體 は 自 覺 的 靈 格 に し て 、 大 智 大 慈 大 定 を 具 し 、 常 恒 に 佛 事 を 作 し て 休 ま ざ る 體 な る こ と 等 を 知 ら ん と す る も の は 、 吽 字 義 二 教 論 の 二 重 の 二 諦 説 、 或 は 賓 鑰 の 顯 藥 拂 塵 眞 言 開 庫 等 の 釋 、 即 身 義 の 都 絶 能 所 の 上 に 更 に 能 所 生 あ る の 義 、 秘 藏 記 の 性 之 處 ノ 性 相 宛 然 而 本 有 也 の 釋 、 或 に 秘 密 藏 は 曼 荼 羅 を 體 と し 三 三 味 を 宗 と し 三 密 を 用 と す る の 釋 、, 大 目 經 の 本 不 生 、 金 剛 頂 經 の 五 智 三 十 七 尊 、 釋 摩 訶 衍 論 の 不 二 、 菩 提 心 論 の 三 摩 地 菩 提 心 、 弘 注 大 師 の六 大 四 曼 三 密 の 三 大 義 、 吽 字 義 の 色 心 無 量 實 相 無 邊 の 釋 、 或 は 十 住 心 論 の 第 十 秘 密 莊 嚴 心 の 釋 、 即 ち 大 目 經 金 剛 頂 經 を 引 い て 、 菩 提 義 に 約 す れ ば 無 量 無 邊 の 金 剛 智 印 あ り 、 佛 陀 義 に 約 す れ ば 無 邊 無 量 の 持 金 剛 者 あ り 、 此 等 は 皆 悉 く 二 相 二 味 に し て 、 第 一 實 際 に 到 る の 秘 釋 、 及 び 三 密 の 智 印 其 教 無 量 な り 、 身 及 び 心 皆 三 種 世 間 に 遍 滿 し て 佛 事 を 作 し 刹 那 も 休 ま ず 等 の 文 義 を 觀 る べ き で あ る 。 密 教 は 如 來 内 證 の 秘 奥 を 開 演 ぜ る も の な れ ば 、 其 旨 趣 深 玄 實 に 知 り 難 し 、 而 し て 秘 密 の 深 意 を 眞 に 體 得 せ ん に は 、 事 相 門 に 入 ら ざ る べ か ら ず 、 其 事 相 無 量 な る も 、 其 秘 旨 は 灌 頂 の 弐 事 に 顯 は る 。 即 ち 灌 頂 の 大 事 た る 印 明 な る も の は 秘 密 教 の 深 意 を 端 的 に 表 顯 せ る も の で あ る 。 本 邦 の 事 相 に 小 野 、 廣 澤 等 の 諸 流 相 分 か れ た る 、 原 因 に つ い て は 單 純 に 解 す べ か ら ざ る も の あ る も 、 こ れ を 根 本 的 に い へ ば 、 實 に 灌 頂 の

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印 明 の 相 異 に 存 す 。 以 て 先 徳 秘 密 の 深 意 を 解 す る こ と の 一 様 な ら ざ り し を 知 る べ き で あ る 。 但 し 灌 頂 の 印 明 は 三 味 耶 に 入 ら ず し て 顯 露 に 説 く べ き 法 な ら ず 、 ま た こ 丶 に 諸 流 の 大 事 の 相 異 を 印 明 に つ い て 述 べ ん と す る に あ ら ず 、 而 も 密 教 の 正 意 を 示 す に 灌 頂 の 印 明 に つ い て 語 る こ と の 適 當 な る を 思 惟 す る が 故 に 、 そ の 印 明 は 顯 露 に 記 せ ざ る も 、 其 印 明 の 表 示 す る 理 趣 に つ い て 少 し く 述 ぶ る で あ ら う 、 而 し て 諸 流 各 各 の 相 傳 の 印 明 に て 、 我 身 即 法 身 の 秘 趣 を 印 可 決 定 す る も の な る が 故 に 、 二 傳 和 會 し て 觀 る こ と の 正 意 を 失 す る 嫌 ひ な き に あ ら ざ る も 、 今 は 醍 醐 の 傳 の 一 印 一 明 、 小 野 の 傳 の 一 印 二 明 に つ い て 少 し く 述 べ て み よ う と 思 ふ 。 醍 醐 の 傳 の 一 印一 明 に 依 て 、 大 師 の 即 身 成 佛 義 の 都 絶 能 所 、 即 ち 理 智 、 色 心 、 因 果 、 能 所 生 等 の 一 切 二 而 の 見 を 絶 し 、 思 惟 分 別 を 遮 し 、隋 縁 の 差 相 を 泯 せ る 大 不 二 法 界 の 體 性 に 住 し 、 十 界 の 依 正 は さ な が ら 毘 盧 遮 那 の 己 體 、 一 切 衆 生 は 本 有 の 薩土 な り と 體 得 す る 、 こ れ 密 教 の 正 意 な る 旨 を 知 り 得 ら る 丶 の で あ る 。 ま た 小 野 の 一 印 二 明 の 傳 は 、 大 師 の 所 謂 都 絶 能 所 の 上 に 能 所 生 、 秘 藏 記 に 性 の 處 の 性 相 は 宛 然 と し て 本 有 な り 等 の 御 釋 の 實 義 、 即 ち 因 果 、 能 所 生 、 色 心 、 理 智 等 の 差 相 を 絶 す る 大 不 二 の 體 性 た る 一 實 の 果 界 に 、 更 に 性 相 、 平 等 差 別 、 法 爾隋 縁 、 色 心 、 因 果 、 從 因 至 果 、 從 果 向 因 等 の 義 門 あ り 、 而 も こ の 果 界 の 性 相 、 平 等 差 別 等 の 法 門 は 、 本 來 法 爾 の 性 徳 に し て 、 上 下 こ 轉 さ な が ら 不 生一 心 の 體 性 、 法 性 の 性 徳 な る 密 宗 の 奥 義 を 表 顯 せ る も の で あ る 。 密 教 の 正 意 二 九

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密 教 の 正 意 三 〇 密 教 に両部 の 曼 荼 羅 を 明 か し 、 其 の 曼 荼 羅 に 各 々 從 因 至 果 、 從 果 向 因 、 向 上 向 下 の 注 門 あ る こ と は 上 述 の 如 し 、 而 し て両部 各 々 因 果 の 法 門 あ る は 、 こ れ 因 果 の 法 門 に 因 つ て 非 因 非 果 の 法 體 に 契 證 せ し め ん が 爲 め で あ る 。両部 共 に 非 因 非 果 の 法 然 本 有 の 曼 荼 羅 を 體 と す 。 此 義 よ り い へ ば両部 に 因 果 、 上 轉 下 轉 の 分 別 、 本 有 修 生 等 の 釋 を な さ ず 、 た ゞ 法 然 本 有 の 曼 荼 羅 な り と 觀 る 、 こ の 非 因 非 果 の 法 然 本 有 の 曼 荼 羅 こ れ 自 宗 所 明 の 至 極 で あ る 。 か の 醍 醐 の 一 印 一 明 の 秘 傳 は 實 に 此 の 義 を 示 す も の で あ る 。 第 三 重 に て は 理 智 冥 合 、両部 不 二 を 見 ず 、 諸 法 の 當 體 本 來 無 作 の 法 に し て 、 十 界 の 依 正 は 本 來 毘 盧 遮 那 の 體 、 一 切 衆 生 は 皆 悉 く 本 有 薩 土 な り と す 。 然 る に 衆 生 は 無 始 の 間 隔 に 依 て 之 を 覚 知 せ ず 、 妄 り に 生 佛 而 二 の 隔 執 を 成 し 自 ら 生 死 海 に 流 轉 す 。 大 目 如 來 こ の 迷 途 の 衆 生 を 愍 で 、 大 目 經 に 如 實 知 自 心 と 開 示 す 。 如 實 知 自 心 と は 實 に 第 三 重 の 二 印 一 明 の 極 意 で あ る 。 眞 言 行 者 實 の 如 く 自 心 を 知 ら ん と し て 、 本 尊 の 三 密 を 修 し 、 入 我 我 入 の 觀 を 凝 ら し 、 曼 荼 羅 の 諸 尊 を 威 見 す る 位 は 、 初 重 の 二 印 二 明 の 位 に し て 、 大 目 經 疏 に 所 謂 行 者 見 加 持 身 と 云 ふ 分 齊 で あ る 。 ま た 見 加 持 身 則 見 本 地 身 と は 第 二 重 の 一 印 二 明 の 位 で あ る 。 次 に 見 本 地 身 則 行 者 ,平 等 智 身 と 云 ふ は 第 三 重 絶 對 不 二 の 一 印 一 明 の 位 で あ る 。 所 詮 一 念 た り と も 生 佛 而 二 の 執 見 を 生 ぜ ず 、 衆 生 は 本 來 本 覺 の 床 に 住 し 、 本 有 の 佛 體 な る が 故 に 、 鎭 へ に 中 胎 に 居 し 、 八 葉 の 諸 尊 と六 道 の 衆 生 と 平 等 一 如 な る 秘 義 を 明 す も の で あ る .、 即 ち 醍 醐 の 極 意 は 大 師 の 即 身 成 佛 義 の 都 絶 能 所 の 釋 文 に 依 り 宗 の 大 事

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を 意 得 、 随 縁 々 起 の 差 別 を 遮 し て 、 六 大 一 實 、 不 生 法 身 に 歸 す る を 以 て 宗 極 と な す 。 か の 流 の 一 印 一 明 の 大 事 は 專 ら 此 の 奥 旨 を 示 す も の で あ る 。 次 に 小 野 流 (勸 流 ) に 一 印 二 明 を 以 て 宗 の 極 意 と な す は 、 大 師 の 即 身 成 佛 義 に 都 絶 能 所 の 上 に 更 に 能 所 を 見 る 御 釋 に 依 る も の で あ る 。 即 ち 能 生 體 大 所 生 相 大 に 淺 深 本 末 を 見 ず 、 體 相 二 大 共 に 本 來 法 爾 の 性 徳 に し て 、 本 有 修 生 、 上 下 二 轉 二 つ な が ら 一 心 實 相 の 性 徳 な る 秘 義 を 示 す も の で あ る 。 所 謂 因 果 、 理 智 、 色 心 、 能 所 を 絶 す る 大 不 二 一 實 法 爾 の 果 界 に 、 更 に 體 相 、 理 智 、 平 等 差 別 、 上 下 二 轉 . 法 爾 随 縁 の 義 あ り、 而 も こ の 平 等 、 差 別 等 の 法 は 、 本 來 法 爾 の 實 相 な る 理 趣 を 明 す も の で あ る 。 こ の 宗 の 奥 旨 を 習 ひ 傳 ふ る を 一 印 一 明 の 極 意 と な す 。 一 印 は 平 等 法 性 を 表 し 、 二 明 は 理 智 差 別 、 上 下 二 轉 等 の 法 門 を 表 す 。 而 も こ の 平 等 差 別 等 の 法 門 は 本 來 法 爾 倶 時 の 故 に 、 一 印 を 結 ん で 二 明 を 誦 ず 、 即 ち 三 世 に 上 上 虫 去 し 、 十 方 に 下 下 來 來 す る も 、 不 生 一 心 の 體 は 法 然 と し て 本 不 生 に 居 し 、 二 轉 の 相 、 宛 然 と し て 法 性 の 性 徳 な る 實 義 を 明 す も の で あ る 。 な は 醍 醐 の 一 印 一 明 と 小 野 の 一 印 二 明 の 大 事 に つ い て 一 言 せ ん に 、 凡 そ 宗 の 實 義 に 横 竪 の 二 義 あ り 、 一 印 一 明 は 竪 に 秘 密 の 法 體 を 究 む る 大 事 で あ る . 所 謂 攝 相 歸 性 、 随 縁 四 曼 の 差 相 を 遮 し 、 法 爾 能 生 の 六 大 體 大 に 歸 す る の 義 で あ る 。 ま た 一 印 二 明 は 横 平 等 の 義 に し て 、 一 印 を 以 て は 平 等 法 性 を 顯 は し 、 二 明 を 以 て は 理 智 差 別 、 上 下 二 轉 等 の 無 量 の 法 門 を 表 す 。 平 等 差 別 本 有 修 生 上 下 二 轉 共 に 果 界 内 證 の 法 で 密 教 の 正 意 三 一

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