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平城宮第一次大極殿院回廊 の地震痕跡

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Academic year: 2021

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平城宮第一次大極殿院回廊 の地震痕跡

はじめに 平城宮第一次大極殿院の発掘調査は、1959年 の第2次調査より始まり、2009年度の第454次調査(p138 参照)まで、約50年間継続しておこなわれた。その中で、

大極殿院の北西隅部の遺構の振れが度々問題となってき た。これは、奈良時代前半(I期)の西面回廊北半部の 遺構および北面回廊西半部の遺構が、大極殿院東半部の 遺構を中央軸で折り返した場合の対称位置から西および 南に振れ、かつ標高も落ち込んでいるという現象である。

過去におこなわれた発掘調査より、この落ち込みの認め られる範囲には、平城宮造営時に大量の盛土がなされて いることがあきらかになっており、その後のボーリング 調査でも、軟弱土層が造営時の盛土の下半部に加えて、

その下層の自然堆積土中にも認められることが判明して いる。またこれは、長期的なクリープ(一定荷重による継

続的変形)が原因である可能性が指摘されている1)。

第438次調査で検出した遺構 長期的なクリープと判断さ れる理由の一っとして、遺構に不等沈下や地割れの痕跡 が認められないことがあった。しかし、2008年度におこ なった第438次調査では、西面回廊の内側でほぼ南北に 通る無数の細長い溝(亀裂)群SX19290を検出した。

 第438次調査は、第一次大極殿院西面回廊北部の調査 である几SX19290は、調査区の北辺から南に約16mの 範囲で検出され、途中断続的であるが、もっとも長いも のは12.5mを測る。幅は0.8〜2cmと不揃いで、4cmを測 るものもある。埋土は暗灰色粘

質土である。

 これらは途中蛇行しながら も、お互いが交差せず、ほぼ 一定の幅で並んでいる。ま _

た、南北溝SD19271 ・19272や SD14292などの地盤の弱いとこ ろに沿っている。さらに、この 溝の東西で2〜3cm、多いとこ ろでは6.8cmの段差があり、東

側に比べ西側が低くなってい た。溝自体も筋がかなり長く、

人為的な力でできたものでな

52 奈文研紀要2010

Y‑18,933   1

い。断面を見ると、深さは50cm前後で、溝の下層に液状 化現象の痕跡はなく、液状化した砂層が噴き出すいわゆ る噴砂の痕跡ではない。以上の所見より、この溝は強い 地震動によって引き裂かれた地盤に、上層の粘質土が入

り込んだものと考えられる。

地震の年代 断面観察より、この溝はH期(奈良時代後判 とみられる傑敷SX17866に由来する傑を多量に含む遺物 包含層上面まで到達し、この層からは瓦器は一切含まれ ていなかった。よって、この溝は平城宮が使用されなく なった8世紀後半より瓦器が出現する9世紀ごろまでの 遺構の可能性が高い。

 [日本三代実録]によると、仁和3年(887) 7月30日に、

山城、摂津以下諸国で地震が発生し、京では多数の建物 が倒壊し圧死する者が多く、近海では津波が発生し、特 に摂津の被害が大きかったとある(仁和の南海地震)。地 震の規模は、マグニチュード8〜8.5と考えられている。

 この次にみられる巨大地震は、永長元年(1096) 12月 の東海地震で、遺構の検出状況からは、やや時代が降る ため、検出された地震痕跡は、仁和の南海地震に由来す るものと考えられる。

地盤のすれの原因 これまで、西面回廊のずれは、軟弱 地盤を原因とする長期的なクリープによるものと解釈さ れてきた。今回、あらたに地震に由来するとみられる溝 を検出したことから、西面回廊のずれは過去の大地震に よって生じた可能性が浮上した。この地震による地盤の ずれが生じた範囲は、おそらく西面回廊北部に広がる軟 弱地盤層の範囲とほぼ重なるものとみられるが、これま

`'こ▽こ、、_._._・ /

 H=

 72.0m

 H=

 71.0m

       0      1m 口 嗜ロコロ→

   図74 第438次調査北面断面図 1 :40

(2)

Y‑18,935   1

  |

Y‑18,930    1

X ‑ 1 4 4 , 8 4 0

‑144,845

X‑144,850

X‑144,855

5 m

図76 地震溝群SX19220と陳敷上面の段差

での調査では地震にともな引韓は確認されていない。こ れは、第一次大極殿院のように傑敷舗装が残存する遺構 の場合、傑敷の上面で幅の狭い地震痕跡溝を平面的に検 出することや、わずか数センチの段差を確認することが 非常に難しいためである。

 ところで、東半の対称位置で検出した遺構との標高差 は約90cmを測る几今回検出した段差は最大で6.8cmで、

仮に造営当初に東西対称の高さに整地されていたとする と、一度の地震で生じた高低差とは考えにくい。おそら く、地震による地盤のずれとともに、その後約1300年の 間のクリープによって徐々に地盤が沈下していった結果 と解釈するのが穏当であろう。

         (大林 潤・寒川 旭/産業技術総合研究所)

1)清水重敦・長尾充・平滓麻衣子・中島義晴「平城宮第一   次大極殿院回廊基壇の復原」『紀要2002』

2)大林潤・森川実・和田一之輔・今井晃樹・国武貞克「第   一次大極殿院回廊の調査一第431 ・432 ・436・437・438 次」

  『紀要2009』

3)内田和伸「平城宮第一次大極殿院の地形復原」『年報   2000 − I』

研究報告 53

図75 第438次調査東部遺構平面図 1 : 100

参照

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