後期バロック的宗教観 : アグリッパ・フォン・ネ ッテスハイムと少年ゲーテの関係
その他のタイトル Das Spatbarocke beim jungen Goethe : Eine Betrachtung uber seine Beziehungen zu Agrippa von Nettesheim
著者 波田 節夫
雑誌名 独逸文学
巻 18
ページ 1‑28
発行年 1973‑03‑25
URL http://hdl.handle.net/10112/00017845
後 期 バ ロ ッ ク 的 宗 教 観
ア グ リ ッ パ ・ フ ォ ン ・ ネ ッ テ ス ハ イ ム と 少 年 ゲ ー テ の 関 係
波 田 節 夫
テレビを見る子供の姿は今日では最も日常的な家庭風景の一つであるが,
テレビが普及する以前それは絵本を見る子供達であった.ところがゲーテ の少年時代にはそのような子供の姿は上流家庭でしか見られなかった.と いうのも子供の為の絵本はまだ一般に普及していなかったし,銅版画の挿 絵を主とする絵本はとても高価で,庶民の手に入らなかったからである.
では上流家庭の子供達は当時どんな絵本を見ていたか. 「当時は」, と ゲーテの自伝『詩と真実」は述べている, 「子供用の本というものはなか
った.老人達自身がまだ子供のような考え方をしていて,自分の教養を 孫に伝えるのが適当だと考えていたからである.アーモス・コメーニウス の『世界図鑑』 (Orbissensualium pictus)以外にはそういった類の本は私 達子供の手に入らなかった.しかしメーリアンの銅版画のついた大きなニ
マイスクー
折判の聖書はよく開かれた.同じ大家の銅版画のついたゴットフリートの
『年代記』は私達に世界史における最も注目すべき事件の数々について教 えてくれた.」(珊,44).ここに述べられているアーモス・コメーニウスの
『世界図鑑』は1658年にニュルンベルクから出版されたもので,ゲーテ自 身がひろげたのは彼の父の書棚に並んでいたその1746年版だと思われる.
その左のページに大抵版画が示されていて,画面のあちこちに番号がつけ られている.そして右のページは真中の縦線で二分され,左側にドイツ語 で版画に関する説明文が,右側にそのラテン語訳が示されている.挿絵の 中の事物を示す単語がでてくるとその単語のすぐ後にドイツ語,ラテン語
‑ 1 ‑
「
共1とか2とかの数字が書き込まれていて絵を見ながらラテン語を覚えさ せようとするものである.
出版以来この本はラテン語初等教科書として西欧各国語に識訳され,ギ ムナジウムでも愛用された.それは出版後百年以上たったゲーテの少年時 代でも同じで,ゲーテ自身もこの教科書でラテン語を学んでいる.')この本 は百年以上も版を重ねたが, ドイツ語の諸版を比較検討したA.Domnick の報告によるとドイツ語とラテン語のテキストは「どの版でも本質的異同 は見られない.ただ挿絵の方は1746年版でその取材範囲が根本的に更新さ れ,内容的に豊かになり,就中当時の時代により適合するように描きかえ
られている」2)とのことである.
残念ながら少年ゲーテが手にしたであろう1746年版も1755年版3)も筆者 の手許にないが, 1659年版の英語訳4)を見る機会を得たので,そのテキス トとDomnickが上述の報告の中で引用している1746年版のドイツ語訳の テキストを比較すると,本文はほぼ同じことが確認できた.5)例えば1746 年版の第122章「都市の内部」のドイツ文と1659年版の同じ章の英語文を 原文引用してみると
,,InderStadtsind、Gassen, Strassen, diegepilastert,Markte, anetlichenOrtenmitbedecktenGangen,undGaBlein…Aufdem h6chstenThurn,istdieUhr,unddieWohnungderWachter.Auf denPlatzen,sindBrunnen. DerFlu6,oderBach,sodurchdie StadtHie6t,dienetdenUnHathauszufiihren. . . 6)
,,MithinaCityareStreets, 1./pavedwithstones;/Market‑
places,2./(insomeplaces/withGalleries)3./andnarrowLanes, 4./Thepublickbuildings/areinthemiddleoftheCity,/the Church, 5./theSchool, 6./theGuild‑hall, 7./theExchange.8./
AbouttheWalls, /andtheGates,/aretheMagazine, 9./the
Granary,10./Innes,/Ale-houses,/Cooks-shops,11./thePlay- house, 12./andtheSpittle; 13./Intheby=places/arehousesof office, 14./andthePrison. 15/InthechiefSt6eple/istheClock, 16./andtheWatchmens/dwelling. 17./IntheStreets/areWells.
18./theRiverl9./orBeck/runningaboutllCity,/serveth/towash awapthefilth./TheTower20./standethinthehighest/partof theCity$K7).
英語版からの引用文中数字のついているすぐ前の単語は,それで示され ている事物が挿絵の中に描き込まれているわけである. ここで注意すべき は都市の建物が列挙される場合に先ず教会の名前が並んでいることである.
挿絵に関しては前述のように1746年版ではそれ以前の版よりもより18世紀 に即したように改められ,内容も豊富になったとのことで,実物を見ない 限り確かなことは言えないが, しかし本文が同じであるから両方の基本的 構図に変わりはないはずである.そこで英語版の挿絵に目をそそぐと,番 号をつけられた他のもの,例えば学校やギルド会議所などが一つ宛しか 描かれていないのに,教会だけは都市の中央広場に面した所と城山の麓に それぞれ一つ宛,合計二つ描かれている. しかも中央広場に面した教会 は挿絵の中央に位置している.いわば教会中心のこの描き方を頭において この本の第1章「招待」のテキストを読むと,成程とうなずける言葉にぶ つかる.即ち次のように述べられている. 「先生と生徒:先生『少年よ,
さあこちらへ来て賢くなることを学び給え」生徒『賢くなるとはどういう 意味ですか』先生『正しく理解し,正しく行動し,必要なことすべてをは っきり話すことだ』生徒『誰がそんなことを教えてくれるのですか」先生
『神の助けを得て私が教えるのだ』生徒『どうやってですか』先生『私が すべての所に案内しよう.そして君にすべてを見せ,それらすべての名前 を教えよう』生徒『見て下さい.私はここにいます.どうか神の御名にか けて私を御案内下さい』先生『何よりも先ず君は人間の言葉をつくりあげ
ている単純な音を学ばねばならない.即ち生物が発音でき,君の舌が模倣 でき,君の手が描くことのできる音を知らねばならない.その後で一緒に 世界へ出て行き,すべてを見よう. ここに声を出す生きたアルファベット がいる……』」8)
こうして次のページに烏,小羊というふうに「声を出す生きたアルファベ ット」が続く.一方挿絵の方は画面の中央に先生と生徒が立っている.先生 は17世紀のオランダのピューリタン達がかぶったような広縁の大きな帽子 をかぶり,ティッシュパイン作『カンパニアのゲーテ』のあのゲーテのよ うにその縁を左上へ少しおりかえし,靴のところに迄及ぶ長いガウンをは おっている.右手にステッキをつき,左手を目の高さにあげ,指を一本つ きだして生徒に話しかけている.顎も頬も一面にひげでおおわれている.
これに対して先生の背丈の半分程しかない生徒は帽子をぬいであどけない 顔で先生を見上げている.彼ら両人は町の外壁の外で向いあって立ってい るらしく,彼らの背後,画面の中央線より少し下に,教会とおぼしき建物 が遠景として描かれている. これは先生の左側で,先生と生徒の間には城 や外壁がみえる.そして生徒の右側,つまり画面左側の背後には数本の木 と繁みのようなものが描かれている.空の様子が面白い.即ち先生の頭の 左上で教会の真上,つまり画面の右上端に太陽のような円が描かれ,直線 で示された光を四方に放っている. ところがこの光線の延長線上が先生の 帽子の背後に到る部分では光線は特別に長く,密な光の束として描かれ,
その先端を更に書き足せば生徒の頭部に到るようになっていて,先生と生 徒の中間の所まで太陽からの長い直線の束が伸びている. これがテキスト の中で「神の助けを得て」, 「どうか神の御名にかけて」で表現されたもの の図示に違いない. これに反して生徒の頭上には雲が描かれているだけで ある.
これと同じ挿絵がこの本の全150章の後にのせられた「結び」の章の挿 絵として再録されている.そこのテキストは次のようになっている. 「以
「
上で君は目に見えるものすべてを言葉で見たわけだ.そして英語とラテン 語の重要単語を学んだわけだ. さあ, これから出掛けて,他の良書をせっ せと読み給え.そうすれば君は博学になり,賢明になり,神を敬うように なるだろう.そして次のこと,即ち神を恐れ,神を求めよ.そうすれば神 は君に智慧の息吹を授けられるであろう, ということをよく覚えておき給 え. さようなら.」9)
以上から判断すれば挿絵の先生の頭を貫通して生徒に到らんとする長い 光芒を放つ太陽のようなものが,実は神の象徴として描かれていることが わかるであろう.では神自身はどのように描かれているだろうか.第1章
「招待」のテキストの部分で先生は言葉を構成している単純な音を知った ら「その後で一緒に世界へ出て行こう」 と生徒に言っているが, 「声を出 す生きたアルファベット」の次の章は「神」と題され,第3章が「世界」
となっている。 「世界」より前に「神」が来ているのは太陽が空の高みか ら万物に光を送っているように,神も又世界の外側にいて世界に光を送る からであろうか.それはさておき第2章のテキストは次の通りである. 「神 は永遠から永遠に自力で存在し,最も完全で最も神聖である.その本質に おいては霊的で一つであり,その人格においては三つである.彼の意志は 神聖で,正しく,やさしく,真実である.彼の力は非常に大きく,彼の親 切は極めて深い.その知慧ははかり難く,それは到達し難い所にある光で ある.にも拘わらずそれは至上のものであり,到る所にあり,そして何処 にもない.神は最高の善であり,すべての良き事の汲みつくすことのでき ない唯一の泉である.そしてわれわれが世界と名付けている一切のものの 創造者であり,支配者であり,保護者である.」'0)
挿絵の方は太陽'')のような円の中にそれとほぼ同じ大きさの同心円を
二つ描き,それに内接する正三角形のそれぞれの頂点の部分に小円を描く.そしてその三つの小円の中にラテン語で「父」,「子」,「聖霊」と書かれてい る.この正三角形の真中に又小円があり,その中にはヘブライ語で「エホバ」
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としるされている. しかもこの「エホノヌ」は「父」と「子」を示す二つの 円にそれぞれ2本の平行直線で結ばれ,その直線の間の帯状の部分に「est」
としるされている.更に三位一体を示すこの三角形の各頂点の小円の間も 2本の平行直線で結ばれていて,帯状のこの平行線の間にはそれぞれ「non est」の字が見える. こんなふうに太陽の中は神学的説明を示すラテン語な どで少しごたごたしているのに反して,太陽の外側は不動明王の光背に見 られるような火焔光が四方に光を放っている. しかし挿絵全体からは神が 何か複雑な,むつかしそうな存在だという印象を与える.にも拘らずこの 太陽の中に含まれている 「到達し難い所にある」複雑なものが, 「われわ れが世界と名付けている一切のものの創造者であり,支配者であり,保護 者である.」
ではこの神は世界のあらゆる現象をどんなやり方で支配するのか.第 149章「神の摂理」の項のテキストは次のように述べている. 「人間の運命 は幸運や偶然や星の影響に帰せられる(ほうき星は実際に不幸を予示する のが常である)べきではなくて,神の目と彼の支配する手に帰せられるべ きである. とりわけそれはわれわれ人間の洞察力或は不注意,そして特に われわれの過失による.神は自分の下僕と天使を持ち,人間が生れてから死 ぬ迄彼等を人間の傍に同伴させる.そして悪い霊や悪魔から人間を守る.悪 い霊や悪魔の方は絶えず人間を誘惑し,彼らを悩まそうと待ちかまえてい る.悪魔に身売りする気の狂った魔法使と魔女に禍あれ. (円の中にとじこ もってまじないで悪魔を呼びよせ),悪魔と戯むれ,神に背く彼らに禍あれ.
何故なら彼らはそれに対する報いを受けねばならないからである.」'2)
この章の挿絵には先ず画面の左の方の空にほうき星が長い尾を引いて描 かれている.テキストでは人間の運命は「星の影響に帰せられるべきでは なくて」と一応否定されていながら,括弧の中でほうき星に人間の不幸を
予言する能力のあることを認めている. このような書き方は当時所謂星占
いが民間でいかに盛んに行なわれていたかを暗に物語っている.ゲーテもr
又『詩と真実』の冒頭で自分の誕生の時刻の星の位置を「吉」(gliicklich)
と述べているが,ユ3)これは例えばK6nigの註釈本に述べられているよう
な「陽気な皮肉まじり」4)での「詩」ではなくて,寧ろ自分の少年時代 を忠実に再現しようとした「真実」に属していると見るべきであろう.何 故なら文学史家達が言うような啓蒙主義時代は当時の文学の一部について しかいえないことで,人々の生活環境は依然として神を中心とした,魔法 使と星占いに左右され勝ちなバロック的世界だったからである.ほうき星の右,つまり空の真中には,左右を雲に囲まれて太陽のような 円があり,四方に強い光を放っている. しかしこの太陽は真白ではなくて,
その中にその円にほぼ一杯になる位の大きな目が一つ描かれている. これ が人間の運命を左右する「神の目」で,まつげのない二重眼瞼のこの巨大 な目は,挿絵を眺める者に強烈な印象を与える. というのもそれは何より も先ず一つ目だし,挿絵の下の方に描かれている人間や悪魔や天使の顔と 同じ位に大きなもので,瞳の大きさは人間の目の何十倍にもあたるからで ある. こんなに大きな目で眺められれば何でもわかってしまうからである.
この「神の目」の右側の雲の中からその右下の人間の方に向って太い腕
(前膳部)がつきでている.そしてその手には支配者を象徴する王笏が握 られている.下の人間の右隣りには背中に羽のある天使が横顔を見せて立 ち,右手を人間の頭上にかざして彼に祝福を与えている.そして左手を人 間の右手にふれさせている.他方人間の左隣りには丸裸の悪魔が立ってい てリンゲル注射の時に使うような太い針のついた注射器状のものをさげ て,針の先端を人間の顯頴にあてている.それで人間の頭の中に悪い考え を送り込むのだろう.天使が人間と同じ顔付をしているのに反して悪魔は 山羊のような,狐のような顔で, とんがった耳と耳の間に大きな山羊角を はやしている.口も又大きく,ずんぐりした体つきで尻尾があり,足には 鶏のように大きな蹴爪が見える.テキストにあったように,天使はいつも 天国にいて必要な時だけ地上に降りてくるのではなく,悪魔と共に常に人
間のすぐ隣りにいる.天使と悪魔に対するこのような考え方がバロックの 絵画によく見られる構図,即ち人間のすぐ背後に骸骨姿の死神のいる構図 などの根底に横たわっていることは確かである.又それが「神を恐れ,神 を求めよ」というバロック的宗教観乃至生活感情の根幹をなしていること も確かである.空からは巨大な「神の目」と「神の支配する手」が見張り,
自分のすぐ隣りには角をはやした悪魔が待ちかまえていると信じている者 にとって「神を恐れ,神を求め」ようとすること程自然な衝動はないから である.
挿絵の左下の少し後方に魔法使とも魔女ともとれる長髪長衣の人物が描 かれている.彼或は彼女は一本の細いバンドで腰のまわりを結び,地面に 描いた二つの魔法の同心円の中央に前かがみになって立っている.そして 右手に持った杖で円の縁にぐるりと書込まれたまじないの符号を指しなが ら左手を前に差出して何か唱えているように見える. しかしながら顔付や 服装は普通の人間と同じで, しかも人間の隣りにいる悪魔とはかなり離れ
た所に立っている. このような挿絵を晩める子供達は魔法使や魔女をほこ
りまみれの遠い中世の存在としてでなく,身近かなものと感じたことであ ろう.
さて,空に大きな目があったり,雲から手がつきでたりしている挿絵は,
テキストが読めない子供にも何だろうかという疑問をいだかせるが,同じ 意味で子供達の注意をひく挿絵がいくつもある.例えば地面から服の袖が 少しつきでていてそこから手がでて長い剣をふりかざしている挿絵がある.
第114章「忍耐」の絵である.本文をみると次のように書かれている. 「忍 耐は災難と不正を耐え忍ぶ.それらを神の父親らしい懲しめとして,小羊 のようにおとなしく耐える.そうしながら忍耐は,波で上下にゆさぶられ る水上の船のように,希望の錨に槌り,涙を流しながら神に祈る.そして 様々な害悪を受けながら,よりよい事態を望みながら,雲間から太陽がで るのを期待する. これに反して我慢のできない人は嘆き悲しみ, 自分自身
に対して激怒し,犬のようにぶつぶつ不平を鳴らす. しかしそれは何の役 にも立たない.結局絶望して自分自身の殺害者になる.そして激怒にみた されて悪に対する報復をのぞむ.」'5)
前述の地面から手首がでて長剣をふりかざしているのはここでは「災 難と不正」の象徴として描かれているのである.即ちその前に脆いている 人間を脅かしているのである. この挿絵の他の部分について説明すると,
真中より少し下にかなりの巾の川が左右に貫流していて,右端は海のよう に拡がり,帆船が一隻停泊している.そして手前の岸に「忍耐」が,彼岸 に「我慢のできない人」がいる.前者はラテン語が女性名詞のせいか, 「涙
¥ ,
を流しながら」とある為か,或は又一般に女性が男性より我慢強いと考え られていたせいか, ともかく女性の姿で描かれ,上述のふりかざされた長 剣の前に脆き,両手をあわせ, 「涙を流しながら」, 目を中天に向けて祈っ ている.彼女の目カヌ向けられている空には,あたり一面をおおう雲の間か ら太陽が小さく顔をのぞかせている.空は左側だけでなく,真中も右側も 雲でおおわれ,右側の空の中程からは右下へ傾線が一面にひかれていて,
雨を表わしている.そして真中あたりの雲間から大きな竹箒の先のような ものが左下へつきでていて,その先に矢印をもった稲妻が描かれている.
この稲妻の傍らに「5」と番号がふってあるから, これはテキストの「5」,
即ち「神の父親らしい懲しめ」を示している.雷光を神の怒り乃至懲しめ と見倣す考え方は単にギリシア時代や聖書時代だけで終ったのではない.
18世紀中葉においてもギムナジウムの教科書に堂々と「神の父親らしい懲 しめ」として登場しているのであるユ6).バロックの小説やオペラ類に稲妻 の場面が数多く描かれ,それらを読んだり,上演したりした少年ゲーテを とりわけ喜ばせたユ7)のは,正しくそれが不正を懲しめる神の存在を示す ものだったからであり,現代風に言えばそれは正義の味方スーパーマン で,それに子供らの人気が集まるのと同然である.
さて, 「忍耐」を表わすこの女性は長衣で脆いているが,彼女の右横に
−9−
小羊がいてその首だけが衣服のはしからのぞいている.そして彼女の左横 には大きな錨があり,その綱は画面右端の海上に浮ぶ船につながっている.
帆船の上部は前述のように雨雲でおおわれ海上は大時化で, この錨のお蔭 で船は押流されるのをまぬがれている.彼岸には「我慢のできない人」が 立っていて両手を頭上にやり,嘆き怒っている.彼の傍には犬がいる.そ して彼から少し離れた画面のほぼ中央,つまり稲妻の真下あたりに「殺害 者」が片手にナイフを持ち, 自らを刺して今まさに地上に倒れんとしてい
る.
以上がこの挿絵に描かれているものの全部である. ここに描かれている 世界では社会の諸悪は「神の父親らしい懲しめ」として耐えることが要求 され,世界の秩序其物を疑うようなことは決してない.ひたすら神に祈る ことを教え,神の支配の公平さを信じ,悪は必ず「神の目」に見出されて 裁かれると考えられていて,その意味ではこの世界の人々は楽天主義者と 言える.そして諸悪は, この考え方に従えば,たとえこの世で懲しめられ なくても「最後の審判」の日にはその報いを受けることになる. 『世界図 鑑』の最終章(第150章)が「最後の審判」になっているのはその意味で 当然といえよう. ところでこの最後の審判の挿絵は,伝統的構図に従って 画面中央の上方に雲に囲まれてイエス・キリストが姿を見せている.彼は 太陽を光背にして球体の上に坐し,地上の生者や死者を裁いている.雲間 には天使の姿が小さく描かれていて,審判の開始をつげるラッパを吹く天 使は左右に一人づつ雲から顔とトランペットだけを突出している.画面左 下の地上に裸の人間群がいて,その先頭に着衣した神の下僕がいる.人間 達がイエス・キリストに比べてひどく小さく,エル・グレコの描く人物達 のようにやたらにひょろ長いのが印象的である.彼らの背後の少し上方に 町が遠望される.そしてそこへ到る坂道を幾人かの人達が手を斜上方にあ げながら登って行く. これは神をうやまう敬虐な,選ばれた人達で,その 町は「新しいエルサレム」である. イエス・キリストの真下の地面は墓地
で,あちこちに穴があいていて,死の眠りから目ざまされた死者たちがそ こから顔や体の一部をのぞかせている. しかし又画面の一番手前の死者 のようにまだ土の中に眠っているのもいる.画面右側は裸形の悪人達で一 杯である.天使が剣をふるって彼らを右端に描かれた焦熱地獄に追い立て ているし,悪魔が一人の人間の足を両手でつかんで背中にまわし,頭を地 面にひきづったまま向うへ引っぱって行っている.画面右端の一番手前の 地獄の火の中にはやはり裸の男女が手をひろげ,顔をゆがめて苦しんでい る.
かくして悪は遂に神の裁きをうけるのであり,人間は安心してこの神の 支配に自己を委ねることができるわけである.少年ゲーテも又世界をこの ように教えられ, このように考えていた「楽天主義者」の一人であった.
ところが彼の前に新教徒で懐疑主義者の宮中顧問官ヒュスゲン(Wilhelm FriedrichHiisgen)が現われる. 1760年, 11歳のゲーテは彼の息子ハイ
ンリッヒ・セバスチァン(1745‑1807)と一緒に習字を習い始めたが,それ が機縁で当時既に60歳位になっていた彼の父とも交際するようになる.「私 は」,−と『詩と真実』に述べられている−「彼とつきあい,彼の色々 な意見を聞かされたが,間もなく彼が神と世界に関して私とは反対の立場 に立っていることに気づいた.アグリッパの『知識のむなしさについて』'8)
は彼の愛読書の一つで,私にその本を読むことをしきりに勧め,それを読 んだ為に私の未経験な頭の中は哲らく混乱状態に陥った. というのも私は 楽しい少年時代を送っていたので一種の楽天主義(Optimismus)に傾き,
神或は神々と再び可成和解していた.何年もの間に私は悪に対して多くの 善が存在し,全体としてバランスがとれていること,人間は悪から再びう まく立直ること,危険を免れ,必ずしもいつも破滅しないこと,それらを 経験していたからである.人間が何をしようと,どんな態度を示そうと,
私はそれらを許し得るものとして見逃していた.そんなわけで私が称賛に 値すると見倣した多くのものをヒュスゲン老人は絶対に黙認しなかった.
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否,一度などは彼がこの世界をその歪んだ側面から可成の痛烈さで描いた 時,私は彼に向って『貴方はならず者のようなロをきくつもりですか』と 言った程であった.すると彼は, こんな場合によくやるように,見えない 左の目をぎゅっとつぶって右の目で私をするどく睨みつけ,鼻声で『神の 中にだって私は誤りを見出すよ』と答えた」 (W, 192f.)
ここに述べられているアグリッパ・フォン・ネッテスハイム(Agrippa vonNettesheim,1486‑1535)は, クリストフ・マルローの『ファウ スト』劇の中でファウストが「己はその名が今日もなお全ヨーロッパで尊 敬されている/あのアグリッパのようになりたい」'9)と言っているように,
数奇な運命をたどったケルン生れの大学者或は大詐欺師で,文字通りヨ ーロッパを股に掛けて活躍した魔術師である.20)従って彼とゲーテとの関 係はこれ迄専らSturmundDrang時代の戯曲断片『ファウスト』の執 筆者としてのゲーテとの関連でだけ考察され,2ユ)それ以前の時代の少年ゲ ーテの考え方,世界観に及ぼした影響の考察は見逃されてきた. しかしゲ ーテの宗教観乃至宗教心の核心が寧ろSturmundDrang時代以前の少 年時代に形成されたものであることを考えれば,彼の宗教観をさぐろうと する者にとっては彼が少年時代に受けたアグリッパからの影響を見逃した り,過少評価したりすることは許されないであろう.そこで以下アグリ ッパの『知識のむなしさ』の内容を紹介し, コメーニウス的世界で教育さ れた少年ゲーテの頭が何故「暫く混乱状態に陥った」か,その真相をさぐ
ってみたい.
先ずバロック時代らしい詳細な目次によってこの著書の全容を示すと,
次の通りである.
序文/第1章学問全般について/第2章文字の発明と言語の起源に ついて/第3章文法或は話し方について/第4章詩について/第5 章歴史について/第6章雄弁術について/第7章弁証法或は討論 術について/第8章誰弁について/第9章ルルス的方法22)或はす
べての事柄について論ずることの出来る方法について/第10章記憶術 について/第11章数学について/第12章数占いについて/第13章 土占いについて/第14章殻子占いについて/第15章ピタゴラス式の 識について/第16章再び数占いについて/第17章音楽について/第 18章踊りとダンスについて/第19章剣術について/第20章曲芸と 役者稼業について/第21章話す際の身振りと手振りについて/第22章 土地測量術について/第23章遠近法について/第24章絵画術につい て/第25章彫刻術について/第26章鏡製造術について/第27章世 界誌の記述について/第28章建築術について/第29章鉱山術につい て/第30章占星術について/第31章予言術について/第32章予言 能力全般について/第33章骨相占いについて/第34章人相占いにつ いて/第35章手相占いについて/第36章第12章で述べた占いについ ての補足/第37章烏の鳴声で占うことについて/第38章雷で占うこ とについて/第39章夢占いについて/第40章気狂い達の予言につい て/第41章魔術全般について/第42章自然な手段を用いる魔術につ いて/第43章数学的手段を用いる魔術について/第44章医薬或は毒 薬を用いる魔術について/第45章悪魔を呼び寄せること及び口寄せに ついて/第46章降神術について/第47章カバラ或は或る種の数字や アルファベットの置換えによる文字のユダヤ的解釈法について/第48章 相手を眩惑させ,ぺてんにかける術について/第49章自然哲学につい て/第50章事物の起源について/第51章世界がいくつもあることと その存続及び堅牢さについて/第52章魂について/第53章形而上学 について/第54章道徳哲学について/第55章政治学について/第56 章宗教全般について/第57章偶像について/第58章教会について
/第59章祝祭日について/第60章教会の儀式や慣習について/第61 章法王庁の役人達について/第62章僧侶達の各宗派について/第63 章売春術について/第64章娼婦仲介業或は取持屋について/第65章
乞食にいって/第66章家政全般について/第67章市民の家政につい て/第68章貴族の宮廷の取しきり方について/第69章宮廷貴族につ いて/第70章卑劣な俵臣について/第71章宮内女官について/第72 章商業について/第73章収税吏の仕事について/第74章農業につ いて/第75章牧畜について/第76章漁業について/第77章狩猟と 鳥刺しについて/第78章それ以外の農業について/第79章戦争につ いて/第80章貴族階級について/第81章紋章学或は紋章に特別の図 案や色を考えつく為の方法について/第82章医学全般について/第83 章薬の使用について/第84章薬剤業について/第85章外科医術に ついて/第86章解剖学について/第87章獣医学について/第88章 食事療法について/第89章料理について/第90章錬金術について/
第91章正義と法律について/第92章法王権について/第93章弁護 士と彼らのやり方について/第94章公証人或は代理人のやり方につい て/第95章法律学について/第96章法王の手先である宗教裁判官に ついて/第97章スコラ神学或は法王学校の教師の為の神学と神に関す る学問について/第98章聖書の解釈について/第99章予言者達の言 葉について/第100章神の言葉について/第101章諸学問の大家達 について/第102章愚者礼賛論について/結語
アニマ
例えば第52章「魂について」は次のように述べられている. 「ところで人 間の魂について少し調べて見ると,哲学者達の意見が互に実に見事に一致 することに気づくであろう.何故ならテバイのCratesは,「魂など全く存 在しない.従って肉体は自然によって動かされる』と言っているが,魂の
存在を主張している者の中には,魂は極めて繊細なもので,いわばそれよ
りきめの荒いわれわれの肉体に注ぎ込まれる, とする者もいるし, Hip‑parchusJPLeukippのようにそれは火のようなものだ, と考える者も
いる.ストア学派の考え方も或る程度これと一致している.彼らに従えばスピリトウス
魂は熱い活気である.そしてDemokritusに依れば魂は火のアトムに充
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T
たされた動く活気である.又別の人達は,Anaximenes,Anaxagoras, キニク学派のDiogenes,Critiasのように,それは空気だと主張してい る.Varroも魂は空気で, 口によって創られ, 肺臓で暖められ,心臓で 適当な温度に和らげられ,その後体全体に分配される, という時,彼らと 同意見である.
別の哲学者達はHippiasのように,それは水から出来ていると言い,
又HesiodusやPronopidesのように土から出来ていると言う哲学者も いる. ミレトス市民であるAnaximanderとThalesもこの最後の人達 とほぼ同じ見解である.又別の人達はBoethiusやEpikurのように,
空気と火の混じった活気だと言っている.又他の人達はXenophanesの ように土と水から出来ているとし, Parmenidesのように土と火から出 来ているとする人,EmpedoklesやCirciasのように血から出来ている とする人もある.又別の人達は,医者のHippokratesのように,魂は肉 体の中に分散している微細な霊であるといい,更に別の人々は,Asclepi‑
adesのように, それは諸感覚によって生命力をうる筋肉である, と述べ ている. しかし又別の多くの連中はそんな微細な物質ではなくて,キティ ウムの人Zenonの言うように,肉体の多くの部分に分配されている肉体 の一つの性質,一つの組合せだとしている.Dicearchusによれば魂は四 大の複合体である. CleanthesとAntipaterとPoseidOniosは魂は熱 い或は暖かい集中だと説いている.ペルガモのGalenosもこの見解に賛 成している.
もっと別の考え方もある.それに依ると魂はそのような複合体や性質で はなくて,肉体の或る部分,例えば心臓や頭脳などに一つの点としてとど まり,そこから人間の全肉体を支配するものである.Chrysippos,Arche‑
laus,ポントスのHeraklitなどがこの説を支持している.そしてHeraklit は魂を光と名付けている.同じ様な考え方でももっと自由に考える人達も いる.そのような人達の説によると魂は移動する点のように肉体のどの部
I
分にも結びつけられていない.一定の居住所から全く引離されていて, し かも肉体のどの部分にも存在している. それは人間の観念群によって産 み出されたか或は神によって創造されたものであるが, しかしながらそれ は物質の内部から作り出されたものである. このような考え方をするのは コロポンのXenophanes,Aristoxenes,医者のAsclepiadesで,彼ら は魂を諸感覚の共同作業だ,と言っている.ペリパトス学派のCristolaus によればそれは第五番目の実在である. ミレトスのThalesも,魂はそわ そわと絶えず動く自然だ, と説いている.Xenokratesはそれを動く数と 名付けているし, この意見にエジプト人も従っている.即ち彼らは魂を体 内のすべての部分を移動する一つの力,エネルギーと名付けている. カル デア人は魂はなんらかの又は決定的な形式を持たない作用で,それにも拘 らずそれはすべての外からの形式や形態を受入れる, と述べている.
上述のすべての哲学者達は魂が物を動かす実際上の,真の力であり,肉 体のすべての部分の高度の調和乃至一致である, しかし又それ故に魂は肉 体の性質に従属する, という点で一致している.あの悪魔のように好悪の Aristotelesもこの意見に倣っている.彼は新しい言葉を考案し,魂はエ
ンテレケイア,即ち関節に分たれた自然的肉体の完成と名付けた.そうし
てこのエンテレケイアは,彼に依れば,生命力を持ち,理性と感覚と運動 へ生命が動きだす時,その最初のきっかけを与えるものである. これがこ の高名な大哲学者の魂に関するくだらない記述である. というのもそれは 魂の真の本質もその性質も特性も,それらの起源に迄さかのぼって記述せ ず,ただそれらの若干の作用について述べているにすぎないからである.
更に又魂に関する別の見方もある.即ち魂は神的実体乃至本質で,完全 にして不可分,肉体のすべての部分に個別的に存在し,従ってその起源は 神に由来し,唯それを動かす者の力によってのみ規定され,物質の内部か らは規定されない, という主張である. これを採用するのはZoroastes, 偉大なHermes, Orpheus,Aglaophemus, Pythagoras,Eumenius,
Ammonios,Plutarch,PorphyiosTimaus,Locrus,そしてあの神の如 きPlatonである. Platonは魂は理性をそなえ, 自力で働く実体である,
と規定している. しかし司教Eunomiusは一部はAristotelesの説に賛 成し,他の一部はPlatonのそれに賛成して,魂は肉体の中で生じた非物 質的実体だ, と言っている.そしてここから彼のすべての学説を展開して いる.
CiceroとSenecaとLactantiusは,魂とは何か, と尋ねられた時,
分らない, と答えている. ところでこれらの人達が魂の実体とその所在に ついて屡々滑稽な意見を持出し,互に全然食い違う時,何と激しく論争し 合い,不和になることか.例えばHippocratesとHierophilusは魂は脳 髄のくぼみの中にいると見徹しているが,Demokritosは肉体全域の中に いると見倣している.Erasistratusは脳髄膜あたりに,Stratonは眉毛と 眉毛の間に,Epikurは胸全体の中に,Diogenesは心室に,ストア学派 とChrysipposは心臓全体と霊の中にいて心臓のまわりを飛びまわってい る,としている. Empedoklesは血液の中に, と主張しているが,モー セも,血は生きた魂がその中で出会わねばならないから血を食べてはなら ない, と述べているからEmpedoklesと同意見である.PlatonとAristo‑
telesはその他の一流の哲学者達同様,魂は体内全域にいると考えていた.
しかしGalenosは肉体のどの部分もそれぞれ自分の魂を持つと見ている.
なぜなら肉体の各部分の有用性について述べた本の中で, 『各動物はその 肉体に多くの部分と四肢を持っていて,その大きさは様々である.そして その多くのものは全然引離すこと力:出来ない.従って各々自分自身の魂を 持っているに違いない. というのも肉体は魂にとって最も高尚な道具だか らである.そして動物達は彼らの魂が異っているだけその四肢や器官にお いて異っている』と述べているからである.
ここで又神学者Bedaの意見について言及しないですますことは出来 ない.彼はMarcusに関する書の中で,魂の最も気高い住居はPlatonの
言うような頭脳ではなくて,キリストの言われたように心の中である, と 説いている. しかし魂の持続についてはどう言えばいいだろうか.Demo‑
kritosとEpikurは,魂は肉体と共に滅びるだろう,と言い,Pythagoras とPlatonは不滅である,としている.しかしPythagorasとPlatonはそ れが肉体を離れるや否や直ちにそれは再び彼らの仲間の許に帰って行く,
と付け加えている.両者の中間を主張するのがストア学派で,魂が肉体を 離れ,いわばその肉体の中で弱くなり,何の力も持たなくなると,それは 又肉体と同様に死なねばならない. しかし魂が英雄的美徳によって形成 されていれば,他の同じような性質の仲間に入り, もっと高い住居を求 める, としている. Aristotelesは, 『肉体の中に住居を持つ魂の二,三 の部分は肉体から引離されることは出来ないので肉体と共に滅びねばな らない. しかし物質的性質を持たない理性は,いわば不滅のものとして,
常に肉体という死滅する部分から離れていつまでも残る』と言っている.
しかし彼の言い方は明確さを欠くので, その雛訳者たちは今日でもその 真意について論争しなければならない. アブロディシアスのAlexander ははっきり魂死滅説をとっているし, レナチアンツのGregorも同じ 趣旨の発言をしている. しかしPlatonはこれに反対である. そして新 しい時代ではThomasAquinasがいる. 彼らはAristotelesを弁護し,
『Aristotelesは魂の不滅について正しい判決を下している』と述べてい
る.
Aristotelesの作品に詳しい註釈をつけたAverr6esは, 『人間はそれ ぞれ自分の魂を持つが,それは滅びる. しかし人間の精神或は理性と呼ん でもいいが,それは如何なる状況の下でも不滅である.にも拘らず人間全 員に或は人類全体には唯一つの理性しかなく, しかもそれはわれわれが生 きている間しか使用できない』と言っている. しかしThemistiusは,
『Aristotelesはただ運動するという意味でだけ魂を考えていた. しかし 魂には様々な感覚的意味があり,両方を合わせた意味ではそれは永続的で,
滅びない』としている.
さて,以上のような哲学者達の見解の為にキリスト教神学者達の間にも 魂の起源について侃侃誇誇の論争が起った.幾人かの人達は上述の哲学者 の書を読んで,すべての人間の魂は世界の始めに天国で創造された, と主 張した. この中にはあの博識のOrigenesもまじっている.Augustinus も又,最初の人間の魂は天からもたらされた,それ故肉体よりずっと古い,
しかしそれ以後魂にとって肉体というこの住居がふさわしかったので,魂 は自らの善意で肉体の中に留まり続けた, と見倣している. もっとも彼は この考えを一生守りとおしたわけではない.
他の人達は,魂は葡萄の蔓のように若枝を伸して増える.従って一つ の肉体が他の肉体によって産み出されるように,一つの魂も他の魂から生 みだされる, と考えている. ラオディケの司教Apollinaris,Tertul‑
lian,Cyrillus,悪魔派の人達などがこの考え方を採用している. そして これらの異端者達をHieronymusは激しく非難している.又別の人達は,
魂は毎日神によって創造される, としている. この見解をThomasは前 述のペリパトス学派の論を援用して主張しようとする.つまり魂は肉体の
『形式』である.それ故魂は天国ではなくて肉体の内部で形成されねばな らない, と主張する.そしてこの見解に今日の比較的若い神学者達の大半 が従っている.
Origenes派が考え出したように魂に或種の等級,或種の上昇や下降が ある, という見解については今私は何も述べたくない. しかしこのような 見解は聖書によって確証されていない.それは又キリスト教の教えとも似 ていない.
以上から哲学者においても神学者においても,魂については何も確かな ことはわかっていないことを読者諸氏は理解されたであろう. というのも EpikurとAristotelesはそれを滅びるものだとしているのに,Pytha‑
gorasは,それは回転している時のように死滅しても再び回って帰って来
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る,と言っているからである.否, (Petrarca力:彼の書で述べているよう に)魂を自分達の肉体の一部に加える人達さえいる.又それを生者の肉体 の間に分配する者もいれば,又別の人達はそれを天国に返してしまう.更 に別の人々はそれを地上に縛りつけたままにしておく.又それをすっかり 地獄に任せる人や, それを否定する人もいる.或る人達は魂は一つ宛創 造されたとし,他の人達はすべてが同時に創造されたとしている.Aver‑
roesはこの点に関していささか驚くべき発言を敢行し,前述のように,
それと理性との同一説を唱えた.異教徒であるマニ教徒は,魂は全世界に ただ一つしか存在せず,それは万人に共通で,生者にも死者にも分配され ている.つまり死者は少ししかそれと関係せず,生者はそれより多く,そ して天国にいる人達が最も多くそれと関係する, としている.そしてそこ から個々の魂は宇宙的普遍的魂の一部に過ぎない, と結論するのである.
Platonも又世界には成程魂は唯一つしかないが, しかしこの唯一つの魂 は其後より個別的に分配され,宇宙がその魂によって生気を与えられるよ うに,個々の人間に生気を与えた, と言っている. しかし又すべての魂は ただ一つの形態しか持たない, と主張する人もいるし,ただ一つの形態で はなくて理性的形態と非理性的形態の二つだという人もいる.又別の人達 は非常に沢山の形態を魂に認め,更に又別の人達は,動物の数と同じ数だ け魂の形態は存在する, と主張する. Galenosは,動物の様々な形態に 従って魂も又様々な形態を持ち,おまけに一つの肉体の中に多くの魂がい
る,と輩固に主張した.
又人間の中には二つの魂が住んでいる.一つは感覚的魂と名付けられて 自分を生みだすものによって生まれ, もう一つは理性的魂と呼ばれ造物主 によって創造される, と言いはる人もある.Occamという神学者もこの 説をとっている. Plotinosは魂と理性は全く別物だと見倣している. そ してApollinarisもPlotinosのこの考え方を踏襲している. しかし又 別の人達はこの両者は同じだとし,理性は単に魂の最も高尚な部分にすぎ
ない, と述べている. しかしAristotelesは, 『理性はただ潜在している だけで,それが外に現われると魂になる.そして魂は人間の性質やその本 質的核心に何の影響も及ぼさず,単に認識や瞑想の完成を助けるにすぎな い.それ故魂を持つのは全く少数の人間で,ただ哲学者の中においてのみ 魂は極めて活動的である』と述べている.そこで神学者の間で又もや大論 争がまき起った.即ち死者においては彼らが生前に行なった或は残した事 柄の記憶乃至はその感覚が残存する(これはプラトン学派の見解である)
のか,それとも彼らにはすべての認識が欠けてしまうのか(これはトマス 学派が彼らのAristotelesと共に確信している説である)という問題であ る. カルトジオ会士達は地獄から再びこの世に帰って来たパリの神学者の 例をひいてそれを証明した.即ちこの神学者がカルトジオ会士に, 『貴方 の生前の知識の中でまだどんなものが残っていますか』と質問された時,
『私は罰以外には何も知らない』と答え, ソロモンの言葉, 『よみには働
きも企ても知識も知恵もない』23)を言ったという. そこから会士達は,
死者には理性も認識も残存しない, と結論したのである. このような考え 方は成程Platonの説に反しないことは明らかだが,聖書の権威や真理に 背くものである.何故なら聖書には, 『悪い人は神の存在を見,知るだろ う.なぜなら彼らは単にその行為のためだけでなく,彼らが語るすべての 虚しい言葉, とりわけ愚しい考えについて,審判の日に弁明しなければな
らない』24)と述べられているからである.
又死者の魂の出現について色々と記述し,実例を挙げることの出来る人 達もいる. しかしそれらは福音書の教えや神聖な徒に全く反している.何 故なら使徒は天国からやって来た天使でさえも, もし彼が聖書に書かれて いるのと違ったことを言うならその天使を信じてはならない, と聖書に述 べられているからである.それ故このような死者の魂の出現について主張 する人達にとっては,福音書は余りに古めかしくなったので,予言者達,
モーセ,使徒達,福音書の著者達の言葉よりも,寧ろ死から復活した人の
言葉により多く信頼を置くのである.それは地獄におちた金持の教えであ り,そのような連中の見解ではないだろうか.つまり彼らは, もし死者達 の許から生者の許に引返して来て,そんなことを生残っている同胞に知ら せば,同胞達は自分達の言葉を信じるだろうと思込んでいるのである. こ れとは反対に福音書には『もしモーセと預言者との教えに耳を傾けないの なら,たといだれかが死人の中から生き返っても,彼らは聞き入れはしな い』25)と述べられている.
にも拘らず私は幸福のうちに死んで行った人の出現や彼らの行なう警告 と告示を全面的に否定しようとは思わない. しかしその際私は,そのよう なことは屡々非常に疑しいものである, ということをどうしても思い出さ ずにはおれない. というのも悪魔達はたびたび光の天使に変装したり,又 敬虚な魂の外貌をよそおうからである.従って敬度な魂を信仰の錨にする ことは許されない.そうではなくて聖書以外に,ただ聖書外典にだけ期待 できるような別の事柄が何と多くあるかを知り,いわばそこから自分の信 仰心を深めるように努力しなければならない……」26)
こんな具合にアグリッパは先へ先へと書き進んで行く. これでは大人の 頭でも「混乱状態」に陥るであろう.
既に予定の枚数を越えたので, この本の他の章の紹介は他の機会にゆず り,結論を急がねばならない.バロック時代の道徳の一切の根底にあるも のは神の摂理であり,たとえこの世で人間の善は報いられなくても,死後,
「最後の審判」で報いられ,逆に悪者は死後裁かれるであろうという確信 である.そして又神はわれわれの肉体でなく,われわれの魂を救済される という信念である.にも拘らずアグリッパのこの書では魂の存在自体が疑 われ,不滅なはずの魂もそうではなさそうだし,死者からは生前の行為や 思考に関する一切の記憶が失なわれてしまうとすれば,敬神,善行,忍耐 などという美徳に何の価値があるだろうか.われわれは神に編されている のではなかろうか, という疑惑が起ってくる.すると「神の中にだって私
は誤りを見出すよ」というヒュスゲン老人の発言が行なわれることになる.
少年ゲーテもこのような疑惑にとらわれたが,恐らく必死になって前述の コメーニウス的神, コメーニウス的宗教観にすがりついたのであろう. こ のことはとりもなおさず彼がライプチッヒ遊学前,否その後もずっと,そ
して或る意味では1770年にヘルダーと出会うまで,27)後期バロック的世
界の住民であったことを裏書きしている. しかし少年時代に植付けられた この宗教観は晩年になって『ヴィルヘルム・マイスターの遍歴時代』の教 育県や『ファウスト』第二部終末の場面などに文学的結晶をもたらすので ある.その意味でアグリッパに関しても,アグリッパー大魔術師一ファウスト的人間−ゲーテという在来の結びつけ方28)にまどわされず,後期バ
ロック的雰囲気の中で成長する敬虚な少年ゲーテとの関連を虚心に眺める ことが必要であろう.註
ゲーテからの引用はコッタ版(Goethe,Ges@"@""Sg"6ed"W@γ舵〃"a"〃が オe"in22Banden.Stuttgartl949‑1968)に拠る.引用文末及び註の括弧内は その巻数とページ数を示す.
1)vgl.D"ん"邸Goeオ"e.Hrsg.vonHannaFischer‑Lamberg,Bdl (August 1749‑Marzl770), 1963Berlin,S、 13f.
2)AnneliseDomnick;D"O''6js'""sd@sA"os⑰加e""sa"Gγ""d〃〃"γe desj""顔〃Go師加. in:JahrbuchdesWienerGoethe‑Vereins,Bd69
(1965), S. 161.
3)この両版がゲーテの父の蔵書の中に入っている.
4)JanAmosComenius,O''bisse"s"α加沈P""sZ659,Translatedby CharlesHoole.ThescolarPressLimited,Menston,Englandl970.
5)但し章が違っている.即ち
1項
1746年版 165眸 版 目
1頁 数 1頁 数
章 章
雲 7 19 8 19 大 地 8 21
,
21 牧 草 地,
23 10 23 金 属 10 25 11 25 石 11 26 12 26 都市の内部 122 252 123 250 6) A. Domnick, a. a. 0., 177.7) J. A. Comenius, a. a. O.,S. 250f. 引用文中の斜線は改行を示す.
8) J. A. Comenius, a. a. O.,S. 2f. 9) J. A. Comenius, a. a. O.,S. 309. 10) J. A. Comenius, a. a. O.,S. 6f.
11)旧約聖書の詩篇第84章11節には「まことに神なる主は太陽です」とある.
12) J. A. Comenius, a. a. O.,S, 304f. 13) (珊, 15)
14) Erlliuterungen zu Goet加s,Dichtung und Wahr加it(Dr. W. Konigs Erlauterungen zu den Klassikern 72/73), 4. Aufl, Neu bearbeitet v. C. Hermann, S. 11.
15) J. A. Comenius, a. a. O.,S. 233.
16)聖書には「ヱホバあしきものの上に雷と火と硫黄を降らしたまはん」(詩篇11,6) とある.
17) (VJJ, 26)
18) Agrippa von Nettesheim, Declamatio de incertitudine et vanitate omnium
SC畑tiarumet artium (1526). 筆者が使用した独訳はDieEitelkeit und Unsi—
c加r加itder Wissensc加iftund die Verteidigungsschrift. Hrsg. von Fritz Mauthner, Miinchen bei Georg Miiller 1913, 2 Bde., (Bibliothek der Philo‑ sophen Bd 5 u. 8).
19) Christopher Marlowe, Die tragische Historie vom Doktor Faustus, Dbs. von W. Miiller, Reclam‑Uni.‑Bibliothek Nr. 1128, S. 14.
20)彼は HeinrichCornelius Agrippa von Nettesheimと名乗って貴族の出だと 称していたが,本当の名前はわからない.又医学博士,法学博士,神学博士など の肩書をしばしば使用したが,これも嘘のようである.というのも生れ故郷のケ ルンの大学で文法,修辞学,論理学,算術,幾何,音楽,天文学の所謂七学芸を 学んで得業士の資格を得ただけだからである.彼はその後,即ちほぼ20歳の頃 パリで法律を勉強し,ついでイタリアで軍隊に入って活躍したと言っているが,
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