著者 西 直美
雑誌名 社会科学
巻 48
号 2
ページ 159‑186
発行年 2018‑08‑31
権利 同志社大学人文科学研究所
URL http://doi.org/10.14988/pa.2018.0000000238
ASEAN におけるカウンターテロリズム
西 直 美
ASEANは,2001 年にアメリカで生じた同時多発テロ(9.11)以降,主権平等・内
政不干渉・全会一致といった伝統規範を維持しつつも,漸進的に域内におけるカウン ターテロリズム協力を進めてきた。ASEANではテロリズムは越境犯罪として位置づ けられ,構成国は連携の必要性について共通認識を有している。その一方で,テロリ ズムに関しては,国内の安全保障問題として処理する姿勢を貫いてきた。カウンター テロリズムは「ASEAN」化されることで,各国の統治能力の強化を可能とし,グロー バルなジハード主義からの影響を食い止めることができているかのようにもみえる。
しかし,2016 年初頭からシリア,イラクにおいて徐々に征服地を失ったイスラーム国
(IS)の脅威は,戦闘員の母国への帰還とともに世界に拡散しているといわれる。本稿
では,ASEANのカウンターテロリズムについて,各国の状況と併せて検討を行い,そ
の特徴と現状を明らかにする。
は じ め に
東南アジアへのイスラーム国(IS)の拡散を受けて,ふたたびカウンターテロリズム が注目されるようになっている1)。ASEANでは,2001 年にアメリカで生じた同時多発テ ロ(9.11)以降,カウンターテロリズムに関する議論が進展してきた。ASEANにおける テロリズムを検討する場合には,グローバルなジハード主義と,ナショナリズムに基づ く分離独立主義といった地域の文脈との関係に留意することが必要とされている。また,
多くの国でテロリズム対策の名のもとでの軍や警察の台頭が観察されており,カウン ターテロリズムが国内政治,ひいてはASEAN統合に及ぼしうる影響も注視する必要が ある。本稿ではこうした課題をさらに追求していくための予備的考察として,ASEANに おけるカウンターテロリズムの特徴と現状を検討する。
冷戦後,共産主義の脅威が消滅し,大国間での全面戦争が非現実的になるなかで,軍 事力では対処することが困難なテロリズム,環境,貧困,麻薬,人身売買といった問題
が脅威として注目されるようになった。とくに国境を越える問題に対しては,一国での 対処が困難であるために,協力して対処していく必要があるという点についてはASEAN 各国の間でもコンセンサスが存在している。しかし,内政不干渉原則と主権平等を至上 命題とするASEANにおいて,カウンターテロリズムは国内政治と密接にかかわる形で 展開してきた。
9.11 以降,アメリカはジャマア・イスラミーヤ(JI)やアブ・サヤフといったジハー ド主義を掲げる地域のテロ組織と 9.11 の首謀者とされたアルカイダとのつながりを指摘 し,それらを国際テロ組織として位置付けるとともに,東南アジアを対テロ戦争におけ る第二戦線と位置付けた。他方,フィリピン南部のモロ・イスラーム解放戦線(MILF),
タイ南部のパタニ民族革命戦線(BRN)といった組織は,分離独立主義を掲げる反政府 運動の性格が強く,こうした国際テロ組織との関係は限定的であるといわれる。冷戦期 からアメリカの国際戦略に深く組み込まれていたASEAN先発 5 か国,フィリピン,イ ンドネシア,マレーシア,シンガポール,タイは,アメリカの進める二国間関係強化の なかで,対テロ戦争にかかわっていくこととなった。ASEANにおいて,反イスラーム色 の強いアメリカの対テロ戦争には反発があったものの,しだいにテロリズムに対する脅 威認識が共有され,カウンターテロリズムという用語は一般的になっていった。アメリ カの単独主義や,抑止・同盟といった軍事的要素の強いカウンターテロリズムに対して,
ASEANとしてのカウンターテロリズムを提示する必要性が認識されたことも背景とし
て指摘することができる。
本稿の構成は以下である。ASEANでは,主権平等・内政不干渉・全会一致といった伝 統規範を維持しつつも,漸進的にテロリズムをめぐる域内の連携が進んできた。まず,第 1 節ではテロリズムが示すものの変容と,ASEANにおけるカウンターテロリズムについ て検討する。そのうえで,第 2 節においては各国のカウンターテロリズムについて,ム スリムが人口の多数をしめるインドネシア,マレーシアと,ムスリム・マイノリティの 分離独立運動を抱えるフィリピン,タイの事例について検討を行う2)。
9.11 以降構築されてきたASEANのカウンターテロリズム協力は,情報共有・法執行 機関の連携を中心とする「テロリスト」対策の要素が強いものであった。ASEANはテロ リズムを越境犯罪として位置づける一方で,国内の安全保障問題として処理する姿勢を 貫いてきた。カウンターテロリズムは,ASEAN化されたことで各国の統治能力の強化を 可能とし,グローバルなジハード主義からの影響を食い止めることができているかのよ うにもみえる。しかし,ISの登場以降,目的や価値観を共有する,より小規模な組織に
よるテロリズムが増加している。ISがもたらした新たなタイプの過激化に際して,これ まで以上にイデオロギーの側面に着目した「テロリズム」防止のための連携が必要となっ ていることを指摘したい。
1 カウンターテロリズムと
ASEAN
1.1 テロリズムの意味するもの
テロリズムとは,政治的・宗教的・イデオロギー的目標を達成するために恐怖を作り 出すことを目的として,しばしば市民を標的として行われる暴力行為である3)。テロリズ ムを他の刑法犯罪や軍事的行為と分けるものは,政治的意図の有無に依る部分が大きく,
こうした背景がテロリズムの定義や用語法の混乱を招いてきた。とくにテロリズムの定 義にあたって議論となっている点が,イスラーム協力機構(Organization of Islamic Cooperation: OIC)加盟諸国によって主張されている,民族自決権の下での闘争は犯罪 としてのテロリズムとみなされるべきではないという点,武力紛争下での軍隊の活動も 一定の条件下でテロリズムとして規制すべきであるという点である。暴力を正統に独占 する主体は国家であり,それ以外の主体による暴力は非合法であるという前提に対して,
一定の条件下では国家以外の主体による暴力行使が正当化される,あるいは国家による 行為も非合法化されるべきであるとする考えが対立してきた。テロリズムは一種のラベ リング4)であり,国内治安維持か外交上の目的かという点や,政治的意図をどう評価す るのかによって何をテロリズムとするかが異なることが定義を困難なものにしている。
1960 年代以降,航空機をハイジャックし主権国家に影響を与えることを試みる暴力行 為が増加した。テロリズムにかかわる国際条約は,こうした暴力への対応を背景にして 進展してきた。テロリズムという言葉が国際法上で登場したのは,1997 年の「テロリス トによる爆弾使用の防止に関する国際条約」以降である。この条約では,死または身体 の重大な障害を引き起こす意図をもって爆発物などの致死装置を公共の場において設置 する行為等を犯罪として定め,締結国に犯人の引き渡しや自国での裁判を義務付けた。い ずれのテロリズム関連条約も,テロリズムに特徴的な,市民を恐怖に陥れること,国や 国際機関に対して脅迫を行うことといった状況を,犯罪構成要件として組み込んだもの である5)。2001 年の 9.11 以降,国連安全保障理事会は,テロリズムを国際社会の平和と 安全保障に対する脅威であると明確に位置づけ,加盟国に対策を講じるよう促している。
ASEANにおいても,テロリズムに対する明確な定義は行われておらず,地域内でのコ
ンセンサスもできているとはいいがたい。もっとも詳細な定義が与えられているのが,サ ブ 地 域 に お け る 連 携 を 定 め た「 情 報 共 有 お よ び 連 絡 手 続 き の 構 築 に 関 す る 合 意
(Agreement on Information Exchange and Establishment of Communication Procedure)」である。フィリピン,インドネシア,マレーシアの国境が接し,長らく領 土・領海紛争や海賊行為が問題となってきたスールー・スラウェシ海域での安全保障を 目指したもので,2002 年に締結された6)。同合意の第 3 条 1 項はテロリズムについて,
「それぞれの国土あるいは国境地帯で実行されたあらゆる暴力行為であり,生命・尊厳・
自由・安全に危害を及ぼすこと,公的・私的財産を占拠・奪取すること,‥秩序,領域 保全,政治的統一や独立国家の主権を脅かすことで人々を恐怖に陥れることを目的とし た,個人もしくは集団によって行われる犯罪」であると示している7)。
ASEANにおける包括的なテロリズム対策条約である「ASEANカウンターテロリズム
協定(ASEAN Convention on Counter Terrorism)」(2007 年採択,2011 年発効)では,
テロリズムとは国際犯罪の一類型であり,定義はテロ関連の国際条約に基づくとされて いる8)。同協定の第 3 条では主権平等,領土保全,内政不干渉が明示されている。テロリ ズムの定義については個別条約に基づいてテロリズム的行為を類型化するという,国際 社会の流れに沿ったものとなっているが,主権平等や内政不干渉原則といったASEANの 伝統的な規範が盛り込まれている。ASEANカウンターテロリズム協定で列挙されている 条約は以下である9)。一般的に国際法上でテロ関連条約として挙げられる 14 の条約のう ち,「航空機内で行われた犯罪その他ある種の行為に関する条約」,「可塑性爆薬の探知の ための識別措置に関する条約」,「国際民間航空についての不法な行為の防止に関する条 約」が含まれておらず,議定書や改定条約(l, m, n)が加えられているという特徴が存在 する。
a.「航空機の不法な奪取の防止に関する条約」(1970 年 12 月 16 日採択,1971 年 10 月 14 日発効)
b.「民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約」(1971 年 9 月 23 日採択,
1973 年 1 月 26 日発効)
c.「国際的に保護される者に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約」(1973 年 12 月 14 日採択,1977 年 2 月 20 日発効)
d.「人質をとる行為に関する国際条約」(1979 年 12 月 17 日採択,1983 年 6 月 3 日発効)
e.「核物質の保護に関する条約」(1980 年 3 月 3 日採択,1987 年 2 月 8 日発効)
f.「民間航空の安全に対する不法な行為の防止に関する条約を補足する国際民間航空に使 用される空港における不法な暴力行為の防止に関する議定書」(1988 年 2 月 24 日採択,
1989 年 8 月 6 日発効)
g.「海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約」(1988 年 3 月 10 日採択,
1992 年 3 月 1 日発効)
h.「大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する 議定書」(1988 年 3 月 10 日署名,1992 年 3 月 1 日発効)
i.「テロリストによる爆弾使用の防止に関する国際条約」(1997 年 12 月 15 日採択,2001 年 5 月 23 日発効)
j.「テロリズムに対する資金供与の防止に関する国際条約」(1999 年 12 月 9 日採択,2002 年 4 月 10 日発効)
k.「核によるテロリズムの行為の防止に関する国際条約」(2005 年 9 月 15 日採択,2007 年 7 月 7 日発効)
l.「核物質の防護に関する条約の改正」(2005 年 7 月 8 日改正採択)
m.「海洋航行の安全に対する不法な行為の防止に関する条約の改正議定書」(2005 年 10 月 14 日改正採択)
n.「大陸棚に所在する固定プラットフォームの安全に対する不法な行為の防止に関する 議定書の改正議定書」(2005 年 10 月 14 日改正採択)
21 世紀におけるカウンターテロリズムは,事実上イスラーム過激派(ジハード主義者)
との戦いの文脈で語られてきた。とくに 9.11 以降,テロリズムの標的や動機には顕著な 変化がみられる。まず,政府要人などを狙ったものではなく,無差別テロが増加した。ま た,かつては左翼思想を掲げる革命家や無政府主義者などが国家転覆を目指すといった 事例が多かったものの,ジハード主義思想を掲げ,イスラームの教えを守ることがテロ リズムの動機として語られるようになった。アルカイダやISに代表されるジハード主義 者は,国籍・人種といった属性を問わずアイデアに共鳴するムスリムを動員し,世界全 体を舞台に市民への無差別な暴力もいとわないテロリズムを展開していった。グローバ ル化のなかで拡大した「新しい」テロリズムに対応する必要性から,各国ではさまざま な立法や対策が講じられている。同時に,テロリズムの越境的な性質から,国際的な連 携強化も課題となったのである。しかしテロリズムへの対応が,あくまで報復的な軍事 攻撃であったことが暴力の連鎖を生み出している。「新しい」テロリズムの背景には,対
テロ戦争の過程で増幅されたイスラームに対する偏見,不寛容があったことも忘れては ならない。
ジハードをめぐる議論は,世界中のムスリム社会が抱える難題のひとつである。イス ラームの聖典クルアーン(コーラン)が,イスラーム法の施行と異教徒の征服を命じて いることは確かであるが,人の命を正当な理由なく奪うことも禁じている。ジハードと はもともと,神の教えを実現するための努力を意味する。クルアーンのなかで,ジハー ドに対して戦闘的な意味を付与されている箇所は 6,7 か所であり,寛容さについて強調 した箇所は 100 を超える10)。自らの欲望や心の弱さと闘うこと,イスラームの知識を求 めることなどが大ジハード,イスラーム共同体外部への侵略戦争やイスラーム共同体を 守るための戦争が小ジハードとされる。より良い社会を実現するためには,様々なジハー ドがありうる。しかし,ジハード主義を掲げる組織・個人は,イスラームに基づく政治 的主張を武装闘争(小ジハード)によって実現しようとする。ジハード主義者がしばし ば暴力的な排除の対象とするのは,異教徒や不信仰者,シーア派を代表とする他宗派で ある。
たとえば,いずれも東南アジアに影響のある国際テロ組織であるアルカイダとISのう ち,前者が最大の敵としていたのは,アメリカであった。その対外政策が数々の苦難を もたらした,とみなしたためである。ISは 2006 年に設立された「イラクのアルカイダ」
を起源としており,当初は異教徒からイスラームの地を守るという意味でのジハード主 義を掲げていた。しかし,しだいにタクフィール主義に基づき,ムスリムの背教者とく にシーア派へのジハードを行うようになっていった11)。ISにみられたタクフィール主義 は,ムハンマドとその教友の時代こそが真正なイスラーム社会を体現していたのであり 後代に付け加わった逸脱を排除すべきであるとする,サラフィー主義の流れを汲んでい る。タクフィール主義とは,サラフィー主義的な基準を以て,非イスラーム的であると タクフィール(背教徒宣言)を出された者を暴力的に排除することを是とする考えであ る。
ASEANにおけるカウンターテロリズムについて考察する際にも無視できないのが,イ
スラームの要素である。9.11 後,域内にムスリム人口を抱えるASEANでは,反イスラー ム色が強いグローバルな対テロ戦争と,グローバルなジハード主義の影響との間で慎重 な舵取りが要求されるようになった。反イスラーム的である,抑圧的である,とみなさ れる限り,テロリズムはイスラームを守るための戦いの方策として,あるいはイスラー ムがテロリズムの正当化に用いられる余地が残るためである。ただ,ジハードという言
葉は,さまざまな政治的な利害関係と絡み合う形で,権力闘争に利用されてきたという 側面が大きく,東南アジアも例外ではない。ここでは,現代のテロリズムの問題を考え るにあたって,ジハードとジハード主義を区別する必要がある,ということを強調して おきたい。
1.2 ASEAN におけるカウンターテロリズム協力
ASEANでは,1990 年代後半から越境犯罪をめぐる多国間協力の一環としてカウンター
テロリズムの議論が進展してきた。1996 年 7 月にジャカルタで開催されたASEAN外相 会議では,麻薬,マネーロンダリング,環境,不法移民の問題が,地域の安定に対する 脅威となりうる「越境問題」であり,喫緊の対応が必要であるとの認識が示されている12)。 ASEANでの多国間協力の流れを促進したのが,1997 年のアジア通貨危機と,2001 年の 9.11 後の対テロ戦争であった。
1997 年 12 月 14 日から 15 日にかけて開催された第 2 回非公式首脳会議で採択された
「ASEAN Vision 2020」では,政府代表の間で越境犯罪に対して確固たる対策をとること が強調されている13)。同年 12 月 20 日,第 1 回越境犯罪に関するASEAN閣僚会議(ASEAN Ministerial Meeting on Transitional Crime: AMMTC)がクアラルンプールで開催され た。そこで出された「越境犯罪に関する宣言(ASEAN Declaration on Transnational Crime)」では,麻薬犯罪,武器密輸,人身売買,海賊行為に加えてテロリズムが越境犯 罪として類型化され,加盟国が協力して越境犯罪に立ち向かうことを宣言している14)。隔 年で開催されるAMMTCを軸に,地域的な連携やネットワーク強化のための制度化が進 みはじめた。1999 年 6 月ヤンゴンで第 2 回AMMTCが開催され,「越境犯罪と戦うため のASEAN行動計画(ASEAN Plan of Action to Combat Transnational Crime)」が採 択されている15)。行動計画ではASEAN諸国の閣僚から構成されるAMMTCがASEAN の越境犯罪対策の最高意思決定機関であることが定められ,ASEAN警察長官会議
(ASEANAPOL:アセアナポール)16),麻薬問題上級実務者会議(ASEAN Senior Officials on Drug Matter: ASOD),ASEAN出 入 国 管 理 局 長・ 外 務 省 領 事 局 長 会 議(ASEAN Directors-General of Immigration Department and Heads of Consular Divisions of ASEAN Ministries of Foreign Affairs: DGICM)など既存の諸機関との連携が合意され ている。また,越境犯罪に関するASEAN上級実務者会議(Senior Officials Meeting on Transnational Crime: SOMTC)の設置と年 1 回の開催が合意され,SOMTCが具体的 な計画の策定・実施を担う組織と位置付けられた17)。
9.11 以降,カウンターテロリズムの問題は閣僚レベルのみならず,首脳レベルで扱わ れる議題となった。2001 年 10 月 11 日に開催された第 3 回AMMTCでは,越境犯罪が
ASEANにおける安全保障上の脅威であることが明確に示されており,9.11 を受けてテロ
リズムと戦うため各国の法執行機関の連携を強化していくことが強調されている18)。11 月 5 日にブルネイで開催された第 7 回ASEAN首脳会議で採択された「テロリズムに対 抗 す る た め の 共 同 行 動 に 関 す る 宣 言(2001 ASEAN Declaration on Joint Action to Counter Terrorism)」では,1997 年の第 2 回非公式首脳会議での合意を踏まえて,国連 安全保障理事会の関連決議や国際条約に従いながら,ASEAN域内外でのカウンターテロ リズム協力を深化させることが示された19)。また同宣言には,テロリズムが地域の平和 と安定,そして経済発展に対する深刻な脅威であることが明記されている。国連の決議 に従うという点が強調されていること,あらゆるテロ行為を非難すると当時に特定の宗 教や民族とテロリズムを結びつける傾向を強く否定していることから,反イスラーム色 が強かったアメリカの対テロ戦争へのASEAN加盟国の懸念が反映されていることがう かがえる。
サブ地域レベルでは,2002 年 5 月 7 日インドネシア,マレーシア,フィリピンによっ て「情報共有および連絡手続きの構築に関する合意」が締結され,情報共有と法執行機 関の連携を中心に,より実効的な協力が目指された。2002 年 5 月 17 日にクアラルンプー ルで,越境犯罪に関するASEAN特別閣僚会議が開催され,テロリズムを含む 8 つの問 題について,情報公開,法整備,法執行,訓練,能力構築,域外協力に分けた作業計画 が策定されている20)。テロリズムに関しては,ASEAN加盟国に対してテロリズム関連 条約への早期署名・批准が要請されている。プノンペンで 2002 年 11 月 3 日に開催され た第 8 回ASEAN首脳会談では,同年 10 月にインドネシアのバリ島で生じた爆弾テロ事 件,フィリピンのサンボアンガ市とケソン市で起きた連続爆弾テロ事件を受けて「テロ リズムに関する宣言(Declaration on Terrorism)」が出された。あらゆるテロ行為に対 する非難がなされると同時に,特定の宗教や民族とテロリズムが結び付けられる傾向に 対して,引き続き遺憾の意を示している21)。また,2002 年以降,アメリカとの国際テロ リズム対策に関する共同宣言を皮切りに,ASEANは積極的に域外諸国との協力関係の構 築を模索している22)。
2003 年 7 月 1 日,対テロ訓練,テロ資金対策に関するASEAN域内での調整を目的と して,クアラルンプールに東南アジア地域カウンターテロリズムセンター(Southeast Asia Regional Centre for Counter-Terrorism: SEARCCT)が設立された23)。タイの国際
法執行アカデミー,インドネシアのジャカルタ法執行協力センターとの連携強化が模索 されると同時に,アメリカや日本など域外国との協力の下で,インテリジェンスや心理 戦に関する訓練・能力強化のためのセミナーや研修を行っている。2004 年 9 月 29 日には
「刑事司法相互支援条約(Treaty on Mutual Legal Assistance in Criminal Matters)」が 締結され,各国の犯罪捜査,証拠収集,容疑者の身柄引き渡しなどに関する手続きが定 められた。2013 年 1 月 31 日にタイが批准書を提出し,ASEAN加盟 10 か国すべてが批 准を終えている24)。
2007 年,フィリピンのセブで開かれた第 13 回首脳会議において,法的拘束力を有する ASEANカウンターテロリズム協定(ASEAN Convention on Counter Terrorism:ACTT)
が締結された25)。前文では,テロリズムが特定の宗教,国籍,文明や民族集団と結び付 けられるべきではないことが再確認されている。本協定では,ASEAN加盟国は国連安全 保障理事会の関連決議,関連国際法に従ってテロリズム対策を行うこととされ,加盟国 に対してテロリズム対策関連の 14 の国際条約への署名・批准を促し,ASEAN域内の法 執行機関の連携を強化していくことを定めている。ACTTは 2013 年 1 月 11 日マレーシ アが批准書を提出したことで,ASEAN加盟 10 か国すべてにおいて効力を発揮する協定 となった26)。
ACTTの遂行にあたって,2009 年 1 月「カウンターテロリズムに関する包括的行動計 画(ASEAN Comprehensive Plan of Action on Counter Terrorism)」が出された。これ は,2008 年 1 月以降,SOMTCのワーキンググループが策定を進めてきたもので,これ までの合意事項がまとめられた形ではあるが,アセアナポールを中心とした法執行機関 の間の具体的な協力内容が示されている。また,過激主義の台頭を防止し,テロリズム を根本的に解決するための脱過激化プログラムにおける協力,国連のミレニアム開発目 標に記されている貧困削減,教育開発,経済発展などを達成することが強調されている 点が特徴的である。
2014 年以降,目的や価値観を共有する,より小規模な組織によるテロが増加している。
サイバースペースにおけるジハード主義の拡散が深刻な問題となっており,メッセージ 通信アプリケーションを通じた戦闘員のリクルートを突き止めることは極めて困難であ るとされる。また,ISの影響が拡大するなかで,外国人戦闘員(Foreign Terrorist Fighters:
FTFs)の域内への流入が深刻な問題として認識されるようになっている27)。2017 年 9 月 20 日にマニラで採択された「2017 年カウンターテロリズムに関する包括的行動計画(2017 ASEAN Comprehensive Plan of Action on Counter Terrorism)」は,2009 年の計画を踏
襲・拡充させたものであるが,外国人戦闘員の流入を防ぐという文言が追加されてい る28)。こうした状況を受けて,2017 年 10 月のASEAN国防相会議で提唱されていた情 報共有のための協力である “Our Eyes” イニシアチブが,2018 年 1 月 25 日にフィリピン・
インドネシア・マレーシア・ブルネイ・シンガポール・タイによって開始された。
ASEANにおけるカウンターテロリズム協力は,越境犯罪対策の一環として,情報共有
と法執行機関の連携を中心として進展してきた。法的拘束力を有するACTTには,主権 平等,領土保全,内政不干渉といったASEANの伝統規範が依然として強く反映されて おり,他国の領域内での法執行を否定する規定(第 4 条),国内で生じたテロリズムを適 用外とする規定(第 5 条)があり,実効性には疑問が残る。以下では,各国のカウンター テロリズムを検討していきたい。
2 ASEANにおけるジハード主義の影響と各国の対応
2.1 ムスリムの過激化問題
タイ南部国境県とマレーシアの北部ケランタン州では,2001 年頃からウサーマ・ビン・
ラーディンのTシャツなどが売られ,人気を集めていたという。現地では,今でもウサー マ・ビン・ラーディンは,アメリカに代表される帝国主義と戦ったのだという語りが聞 かれることがある。ASEANにおけるカウンターテロリズム協力が進展したことは確かで あるが,実質的なテロリズム対策は,①既存の国内法,とくに刑法の適用,②資金洗浄 に関する法整備,③新しいテロリズム対策関連法案の制定,④警察・国軍による制圧に よって行われてきた。以下ではまず,ムスリムがマジョリティを占める国家であるイン ドネシアとマレーシアの事例についてみていく。両国では,対テロ戦争の名の下にイス ラーム諸国に対して行われる軍事攻撃に対する国内の反発が大きかった。一方,政府は 国内のムスリムの過激化29)への対応にあたって域外大国とくにアメリカの協力の必要性 も認識していた30)。テロリズム対策においては,国内のムスリム人口に配慮した,バラ ンスの取れた政策が課題となってきたのである。
インドネシアは,人口の 9 割近くのおよそ 2 億人がムスリムであり,世界最大のムス リム人口を抱える国家である。イスラームを国教とはせず「多様性の中の統一」を国是 としている。9.11 後,メガワティ大統領はアメリカへの哀悼の意と協力姿勢を示すとと もに,当初から予定されていたワシントン訪問を実施し,テロ組織壊滅のためのアメリ カの行動を支持した。しかし,10 月にアメリカがアフガニスタンへの空爆を開始すると,
国内で高まる批判を受けて,アメリカへの協力に消極姿勢を見せるようになっていった。
2003 年に対テロ戦争のもとでイラク攻撃が開始されると,イスラーム政党である福祉正 義党(KPS)が 100 万人規模のデモを行うなど,国内のムスリムの批判がさらに高まっ ていった31)。その後,メガワティ大統領は,アメリカの行動を侵略行為であるとして強 く批判している。
ASEANにおいてジハード主義の影響が深刻にとらえられるようになったのは,2002 年
10 月,JIによるバリ島爆弾テロ事件によって 202 名の犠牲者を出す事件が生じてからで ある。JIは,1950 年代にイスラーム法の施行を求めてインドネシア政府に対して蜂起を 起こしていたダルル・イスラーム運動の流れを汲むとされ,1993 年にインドネシア人の アブ・バカル・バシールとアブドゥラ・スンカルによってマレーシアで設立された。1998 年のスハルト政権崩壊後にインドネシアに拠点を移している。メンバーの中核を構成す るのは,元アフガニスタン義勇兵であった。JIはインドネシア,マレーシア,シンガポー ル,ブルネイ,タイ南部,フィリピン南部に及ぶ地域にカリフ制の再興を掲げ,アルカ イダや,インドネシア,マレーシア,シンガポールに構築されたJI支部,フィリピンの MILF,アブ・サヤフとの協力の下で非ムスリムや世俗政権に対する武装闘争や宣伝活動 を行ってきた国際テロ組織である32)。2003 年 8 月のジャカルタ,マリオットホテル爆破 テロ事件,2004 年 9 月のジャカルタ,オーストラリア大使館爆破事件,2005 年 10 月の バリ島爆弾テロ事件,2009 年 7 月のジャカルタ高級ホテル連続爆弾テロ事件の背景には,
JIが存在するといわれる。
インドネシアでは,バリ島爆弾テロ事件後の 2002 年 10 月 19 日,国際社会の圧力を受 けて「テロ犯罪撲滅に関する法律に代わる政令」第 1 号,第 2 号が制定され,JIの精神 的指導者であるアブ・バカル・バシールが逮捕された33)。政令第 1 号ではテロリズムを
「公衆を恐怖または危険に晒し,公衆の自由を侵し,公衆の死又は重大かつ戦略上重要な 物体の破壊を引き起こす全ての暴力行為」と定義している34)。政令第一号では,諜報機 関の報告を証拠としてテロ容疑者を 7 日間拘留すること,また証拠収集などのため 6 か 月の拘留延長を認めている。この政令に対しては,NGOや宗教団体,国民から大きな批 判が生じた。国内ではスハルト政権(1968-1998)下での権力乱用と人権侵害に対する記 憶が新しいことに加え,ムスリム間での争いを引き起こしかねないカウンターテロリズ ム政策には大きな懸念があったためである35)。他方,外交上の緊張関係にもかかわらず,
アメリカは東ティモールでの虐殺やアチェでの人権侵害を機に停止していたインドネシ アへの軍事援助を 9.11 以降に再開している36)。2002 年には,アメリカとオーストラリア
の援助のもとに国家警察内部にテロリズム対策警察特殊部隊(Densus 88)が結成され,
2003 年から活動を開始した。2002 年以降,域内協力のもとで,JI 幹部の逮捕が進んだ37)。 2003 年,タイ警察によって,アユタヤでJI最高幹部のハンバリが逮捕された。2009 年 9 月 16 日から 17 日にかけて生じたDensus88 との銃撃戦の末に,JI強硬派の指導者であ るヌルディン・トップが死亡し,その他の指導者の多くも逮捕・殺害されたことからJI は弱体化したとされる。
インドネシアでは,2009 年以降大規模なテロ事件が発生していなかったが,2014 年以 降ISの影響が問題となっている38)。2014 年 7 月,アチェの武装集団を支援したとして 2010 年から収監されていたアブ・バカル・バシールが,獄中からISの指導者アブ・バク ル・アル・バグダーディへの支持を表明した。2014 年 8 月に政府はISを公式的に禁止し たものの,2014 年 11 月の時点ですでに 200 名におよぶインドネシア人がISの活動に参 加したといわれる39)。2016 年 1 月 14 日にジャカルタ市街地でスターバックスと警察詰所 の襲撃事件が,5 月 26 日にはジャカルタ郊外のバス停で自爆テロ事件が,ISに賛同する グループによって実行された。Densus88 を中心に展開しているテロリズム対策は一定の 成果をあげているものの,ISの影響の拡散と個人レベルでの過激化への対策は依然とし て大きな課題であり続けている。
マレーシアでは憲法上イスラームが連邦の宗教であると定められ,人口の 6 割近くを 占めるマレー系のムスリムに対して法律上の優位が与えられている。マレーシアでは,同 時多発テロ発生以前からイスラーム過激派問題が注目を集めていた。2001 年 8 月,ケラ ンタン州首相ニック・アジズの実子であるニック・アドリを含む 10 名が国内治安法
(Internal Security Act: ISA)の下で逮捕された。彼らは「マレーシア・ムジャーヒディー ン・グループ」(Kumpulan Mujahidin Malaysia: KMM)メンバーであり,JIなどの国 際テロ組織と連携して,武力によるイスラーム政権の樹立を目指しているとされた40)。し かし,過激派組織の規模や脅威の程度,組織の正式名称,指導者の名前も判然とせず,メ ディア報道は混乱を極めた41)。
9.11 の際,マハティール首相は哀悼の意を示すとともに,テロへの批判とアメリカへ の協力姿勢を示した。他方で,マレーシア政府はアフガニスタン空爆やイラク攻撃など アメリカの軍事攻撃に対して批判的であり,テロの根本原因であるイスラエル問題に向 き合っていないとして非難している42)。マレーシアの野党であり,北部ケランタン州で 州政権を握るマレーシア・イスラーム党(PAS)は,アフガニスタン空爆はムスリムに対 する攻撃であるとし,アメリカに対するジハードを呼び掛けた。ただ,ここでのジハー
ドは,厳密なイスラーム法解釈に基づくものであり,人道支援や平和への呼びかけも含 むものであった43)。与野党ともに,アメリカの軍事攻撃への批判という点では共通して いた。しかし,与党の統一マレー国民組織(UMNO)はPASをイスラーム過激派であ り,テロ組織であるとして批判を高めた。UMNOはPASをアルカイダになぞらえる広 告戦略を行い,ISAの下で,PAS党員の逮捕を進めていった。1960 年に制定されたISA は,裁判なしで被疑者を 60 日間から最大 2 年にわたって拘束することが可能であったこ とから,長らく批判にさらされてきた。しかし 9.11 の発生によって,アメリカはISAを カウンターテロリズムの手段として認知するようになった。こうして与党は,イスラー ム過激派を一掃するという名目で,反政府勢力の排除を進めていくことに成功したとい える。2003 年 7 月にはマレーシア外務省の下に東南アジア地域カウンターテロリズムセ ンター(SEARCCT)が設立され,ASEAN域内や域外諸国との連携強化を行っている。
また同年,「資金洗浄防止法(Anti-Money Laundering Act)」が改正され,テロ資金に関 する規定が加えられた。
マレーシアは東南アジアのなかでも治安が良く,9.11 以降現在に至るまで大規模なテ ロ事件は起こっていない44)。しかし,シリアでは,2014 年 9 月にカティバ・ヌサンタラ
(Katibah Nusantara)として知られるマレーシア人・インドネシア人による部隊が設立 されており,ISの領土喪失とともに帰国した戦闘員によるテロが懸念されている45)。IS 支持組織によるフィリピン南部のマラウィ占拠に対しては,マレーシア人の元大学教員 であり宗教学博士号を持つマフムド・アフマドがシリアのISからインドネシア経由で フィリピンでの戦闘に 60 万ドル近くの資金提供と人材のリクルートを行ったとされてい る46)。
2012 年,それまで国内における過激派対策に用いられてきたISAが廃止された。同年 7 月 31 日,司法手続き無しで 28 日の拘留が可能な「治安妨害特別措置法(Security Offences(Special Measures)Act 2012: SOSMA)」が制定された。SOSMAは手続法で あり,テロリズムの定義は行っていないため,逮捕者は刑法や犯罪防止法の規定に基づ いて逮捕されることになる47)。ISの台頭を受けて,2015 年 4 月に「テロリズム防止法
(Prevention of Terrorism Act: POTA)」が可決され,テロリズム防止委員会の判断に基 づき起訴無しで最大 2 年拘束することが可能となった48)。連邦警察対テロ部局によると IS関係で 2013 年には 4 名,2014 年は 59 名,2015 年には 82 名,2016 年には 109 名の逮 捕者があり,2017 年 10 月の時点では 82 名の容疑者を勾留したとしている49)。また,2017 年 1 月から 10 月の間には連邦警察テロ部局によって 45 名の外国人戦闘員が逮捕されて
おり,うち 30 名がIS,アブ・サヤフが 9 名であった。さらに,マレーシア人のIS支持 者の多くがインターネット上でリクルートされたことが明らかとなっており50),マレー シア政府は 2016 年 7 月にアメリカの支援の下SEARCCTを発展させる形でカウンター メッセージセンター(Regional Digital Counter-Messaging Communication Centre:
RDC3)を設置している。
ムスリムの過激化に直面するマレーシア,インドネシアでは,警察力を中心とするカ ウンターテロリズムに加え,テロリストの社会復帰を支援する脱過激化プログラムが実 施されている。しかし,ムスリムの過激化問題をカウンターテロリズムの枠内で対処す ることには,常に問題がつきまとう。カウンターテロリズム政策が,国民からイスラー ムに対する攻撃であるとみなされる余地が十分にあるためである。インドネシアでは,国 際社会からの圧力のなかでカウンターテロリズムが実施されてきた。マレーシアでは,対 テロ戦争後の国際関係を利用することで国内法整備を行い,国内でのテロリズム防止に 成功してきたといえる。しかし,いずれも超法規的な措置による人権侵害が,長期的な 観点から見た場合にテロリズムの抑止につながるのか,という点には注意が必要である。
2.2 分離独立運動とジハード主義
かつてイスラーム王朝が存在したフィリピンとタイの南部では,国民国家の形成以降 ムスリム・マイノリティによる分離独立運動が続いてきた。こうした文脈ではテロリズ ムとは,民族主義や宗教的な目的を遂行するために特定の都市や市民に対して暴力を行 使することであり51),軍隊的な階層構造を持つ組織が行うゲリラ闘争を軸とした反政府 運動とは区別されうる。フィリピンにおける反政府運動が組織的脅威になったのは,左 派の学生運動に参加していたヌル・ミスアリ率いるモロ民族解放戦線(MNLF)が南部 ムスリム地域の分離独立闘争を本格化させた 1970 年代以降である。ムスリムはフィリピ ン南部のミンダナオ島,スールー諸島に集住し,キリスト教徒が多数派であるフィリピ ンで 5%程度の人口を占めている。フィリピン政府との間で幾度か和平協定が結ばれたも のの,組織内での対立を背景として断続的に紛争が生じてきた。9・11 以降,政府によっ てテロ組織として指定されているのが,アブ・サヤフである。アブ・サヤフは 1991 年,
元アフガニスタン義勇兵であるフィリピン人アブバカル・ジャンジャラーニによって結 成された,フィリピン政府とのジハードとイスラーム国家の樹立を謳う組織である。1990 年代以降,MNLF内の急進派はアルカイダやJI,アブ・サヤフなどの組織との連携を強 め,JIとアルカイダがミンダナオに軍事訓練の拠点を築くようになった。
9.11 後,アロヨ大統領はアメリカの対テロ戦争への支持をいち早く表明し,米比同盟 の強化を唱えた52)。アメリカは東南アジア,とくにフィリピンを対テロ戦争の第二戦線 として位置づけ,フィリピンに対して武器を提供するとともに,2002 年 1 月フィリピン 軍と共同で「フィリピンにおける不朽の自由作戦(OEF-P)」を展開している。1992 年に 在比米軍基地が撤収されたのち,両国では合同軍事演習バリカタンが実施されてきた。憲 法上では外国軍による軍事行動が禁止されていたために,軍事演習であるバリカタンの 一環としてアブ・サヤフ掃討作戦を実施した。アブ・サヤフは,この掃討作戦で弱体化 したといわれる53)。
2001 年以降,フィリピンの上院・下院双方で反テロ法案に関する審議がされてきたが,
上院と下院の対立を受けて審議が長期化していた54)。2007 年にセブ島で開催された
ASEAN首脳会議で「ASEAN対テロ協定」が調印されたことを受けて,カウンターテロ
リズムについて定めた包括的な法律である「人間の安全保障法(Human Security Act of 2007)」が成立した。同法ではテロリズムを犯罪であると規定するとともに,憲法上規定 されている基本的権利・自由を遵守することや,平和構築,経済発展の必要性について 記されている。「人間の安全保障法」では刑法上の規定をもとにして,逮捕状なしの 3 日 間の予防的拘禁を可能としており,官房長官,司法長官などから構成される反テロリズ ム評議会が,カウンターテロリズムの実施責任を負うこととされた。
モロ・イスラーム解放戦線(MILF)は 2014 年 3 月 28 日,ミンダナオにおける自治と 引き換えに武装解除を行う和平合意に調印し,ミンダナオ紛争の終結は目前に迫ったか にみえた55)。MILFはMNLFに対抗して 1981 年に設立され,1984 年から現組織名を名 乗る分離独立派組織であり,フィリピン国内で最大の反政府組織に成長していた。しか し,MILFの進める和平合意に反対するMNLFミスアリ派などのグループの離反や対立 が顕著になっていった。
2014 年以降,フィリピンからは少なくとも 100 人以上がISにリクルートされたといわ れており,反政府組織間の分裂の間伱を縫うようにISに対する忠誠を誓うグループが現 れている。アブ・サヤフの幹部イスニロン・ハピロンは,2014 年 7 月にISの指導者ア ブ・バクル・アル・バグダーディへの忠誠を表明し,ISから東南アジアにおける司令官
(エミール)として認定された。また,2015 年にはマウテ56)やMNLFの一部も同様にIS への忠誠を誓っている。
2016 年 6 月に発足したドゥテルテ政権は,前政権下でのMILFとの和平合意を前進さ せるとした。しかし,独自のフィリピン連邦国家構想の下に進めることを主張しており,
これまでの枠組みが踏襲されない可能性が高い57)。2016 年 10 月には,アブ・バクル・ア ル・バグダーディはインドネシア,バングラデシュ,フィリピンで攻撃を開始するよう に訴えかけ,アブ・サヤフなどIS支持組織に対してフィリピン南部の都市マラウィ占拠 への直接的な支援を行っている58)。
2017 年 5 月にマウテがマラウィを占拠すると,ミンダナオに戒厳令が発令された。ドゥ テルテ大統領は米軍の特殊部隊の派遣を要請するとともに,中国からの大量の武器支援 の下で軍による掃討作戦を行い,10 月にはマラウィが奪還されている。マラウィの戦い では,マレーシアのサバ州を経由してミンダナオ入りした外国人戦闘員が確認されてい る59)。ただ,ミンダナオ紛争の実態は,イスラームとキリスト教との対立というよりは,
有力氏族であるクランの利権をめぐる争いの要素がより強い60)。組織間の対立関係が和 平合意の阻害要因となり,地域情勢の不安定化をもたらす原因となっている。また,ア ブ・サヤフは近年,身代金目的の誘拐事件を繰り返しており,組織犯罪とのテロリズム の区別も課題である61)。フィリピンにおけるカウンターテロリズムに関する法律である
「人間の安全保障法」は,予防的拘禁が最大 3 日とされていることもあり,テロリズム対 策としての実効性も疑問視されている。フィリピンでは国軍による制圧を中心として,実 質的にはアブ・サヤフを対象としたカウンターテロリズムが実施されてきたといえよう。
タイでは人口の 90 パーセント以上を仏教徒が占めるが,フィリピンと同様に南部に 5%
程度のムスリム人口を擁している。マレーシアとの国境に位置するパッターニー県,ヤ ラー県,ナラーティワート県とソンクラー県の一部(以下深南部)はスルタン王国パタ ニの故地であり,マレー語を母語とするムスリムが多数を占めている。1960 年代以降タ イ政府の同化政策の本格化とともに,強権的なタイ政府に対抗する反政府運動と分離独 立運動が断続的に続いてきた。政府は長年,深南部で生じている分離独立運動を国内に おける治安問題であるとして,同化・統合政策と軍や警察による制圧によって対処して きた。1990 年代にはタイ政府の同化・統合政策が成功し,深南部紛争は沈静化したと思 われた。しかし 2004 年以降,市民を巻き込む形で紛争が激化している。
9.11 後,タクシン首相はアメリカのアフガニスタン攻撃を支持し,2003 年 5 月にはア メリカの同盟国として対テロ戦争を全面的に支持することを表明している62)。2003 年 8 月に刑法が改正され,テロリズムが普遍的な犯罪であり国際法の理念に従って裁かれる ことが記されるとともに,1999 年に麻薬密輸や汚職などに対応する目的で制定された「資 金洗浄防止法」にもテロ資金に関する規定が追加された。この規定をもとに,2013 年「仏 歴 2556(2013)年テロ資金供与防止法」が制定されている。国連安全保障理事会決議 1373
を受けて改正された刑法 135 条 1 項では,テロリズムとは,個人の自由を侵し生命や身 体に対する深刻な危険をもたらすあらゆる行為であり,交通や通信網,公共財への危害 を加える行為,公共財や個人の財産,環境に危害を加え,経済的損害をもたらす行為で あるとされた。タイでは刑法の規定に基づいて,テロリズムへの対処を行うこととされ ている。
しかし,実際のカウンターテロリズムは,もっぱら深南部におけるイスラーム系武装 組織を対象として行われてきた。タイ政府は,深南部における武装闘争をテロリズム(Kan kokanrai)とすることを慎重に避け,動乱(Khwam mai sangop)という表現を用いて いる。また政府は,イスラーム自体を標的としたことはなく,地方分権を含めて国土の 分離につながる思想や行為を容認しないという姿勢を貫いている。タイにおいて,深南 部問題を含めた政治的不安への対応として多用されるのは,戒厳令と首相緊急令である。
軍が支配権限を掌握する戒厳令下では,分離独立運動に関わっていると疑われた容疑者 を,逮捕状なしで 7 日間拘留することが認められている。また,「仏歴 2548(2005)年首 相緊命令」では,逮捕状を得たうえで 7 日間の拘束が可能であり,証拠収集や捜査が実 施される間,容疑者の最大 30 日の拘留延長が認められている。これらの法律を合わせる と,合計 37 日間にわたって被疑者を拘束することが可能になる。
また,2008 年に国内治安維持法が改正され,1960 年代に設立された反共組織を母体と する国内治安維持司令部(Internal Security Operations Command: ISOC)の権限がよ り強力なものへと変更された。「仏歴 2551(2008)年国内治安維持法」の下では,ISOC は非常時に事態を収拾するのみならず,常時から治安に対する潜在的脅威に対する監視 機関として広範に及ぶ権限が与えられるようになっている。地方に設置されたISOC支 部は,民間人から構成される村落防衛ボランティアの作戦実施といった治安対策にかか わっている。タイ深南部では,正規軍に加えて,共産主義対策のために設置された治安 組織と,2004 年の紛争激化後に新たに構成された治安組織が展開しており,管轄する省 や部署も異なっている。軍の予算,正規軍の人員とともに,2004 年以降こうした民間兵 の数が増加した63)。
深南部問題は,マレー・ナショナリズムに基づく分離独立運動であるといわれてきた。
2002 年のバリ島爆弾テロ事件がタイで計画されたことが明らかとなると,2003 年 8 月に タイ警察はCIAとの協力のもとでJIの最高幹部であるハンバリと構成員 3 名をアユタヤ で逮捕している。深南部の分離独立運動とグローバルなジハード主義を掲げるアルカイ ダやJIなどの国際テロ組織の関連が疑われたが,ハンバリは深南部のマレームスリムが
JIの協力要請を断ったことを証言している64)。
2015 年 8 月,バンコク中心部に位置するエラワン廟が爆破され,20 名が犠牲となる事 件が生じた。2015 年 7 月にタイ政府がウイグル難民の中国への強制送還を行ったことに 対する報復であるとされ,実行犯のうち 2 名がウイグル人であった。また,同年 8 月 11 日からシリキット王妃の誕生日でありタイの母の日でもある 8 月 12 日にかけて,タイ南 部 7 県の観光地で合計 17 の襲撃が生じ 4 名が犠牲となっている65)。2015 年後半から,タ イ国内でも深南部の分離独立派組織とISの関係が疑われるようになった。2015 年の 11 月,タイ語字幕付きのISのプロパガンダ映像が公開され66),2016 年 1 月 21 日プラユッ ト首相は 2015 年末に 3 名のIS関係者が南部国境の町スンガイコーロックを訪れ,現地 の宗教指導者に対して金銭的援助とISの思想の普及を求めたと公表した67)。2017 年 3 月,マレーシア連邦警察の対テロ部局が,ISに関係していたとして 6 名を逮捕し,タイ 南部から武器の密輸を行っていたとされる 7 人目の容疑者が 3 月 22 日にタイへ逃亡した としている68)。
しかし,2014 年にクーデターで権力を掌握したプラユット政権と和平対話を行ってい るMARA Pataniは,深南部地域の主権の獲得が究極の目的であることを明確に示してい る69)。また,ISとの関連が疑われた事件において,現時点で実際にISが関与していたと いう事実は確認されていない。タイ深南部で生じている武装闘争は,マレー・ナショナ リズムと表裏一体になったイスラーム解釈に基づく,タイ政府に対するジハードの意味 合いが強い。深南部におけるマレー・ナショナリズムの要素は,ISなどのグローバルな ジハード主義思想に対する防波堤となっている側面もあるといえよう。ただ,軍が元分 離独立派組織の構成員を対象に実施している社会復帰プログラムや和平対話の行き詰ま りが続くことで,グローバルなジハード主義を採用することが合理的だとみなす組織・個 人が現れる可能性は否定できない。
フィリピンとタイの南部では長らく,ムスリム・マイノリティによる分離独立運動が 続いてきた。両国のカウンターテロリズムは,おもにこの地域の反政府組織への対応と して展開してきた。フィリピンではアメリカ軍との協力に基づく軍事掃討作戦によって,
タイでは軍を中心とする治安部隊の展開によってカウンターテロリズムが実施されてい る。フィリピン,タイにおけるムスリムの過激化問題は,インドネシアやマレーシアの 事例とは異なり,民族や氏族への帰属意識を背景とする分離独立運動の流れを踏まえて 考察する必要がある。
各国のカウンターテロリズム政策と国家間協力の進展によってJIやアブ・サヤフの組
織の中核が弱体化する一方で,ISの台頭とともに目的や価値観を共有する小規模な過激 派グループがテロリズムを起こすケースが増えている。また,ISが実質的な支配地域を 喪失するのと軌を一にして,帰国した戦闘員を介した,或いはサイバースペースを介し たジハード主義の拡散が危惧されている70)。さらに,イスラームをめぐる域内情勢は流 動化している。2014 年にインドネシアでISに関係しているとして逮捕されたウイグル人 4 名は,タイでトルコの偽造パスポートを獲得し,クアラルンプール経由でインドネシア に入国したことが確認されている71)。ロヒンギャの迫害を続けるミャンマー政府とのジ ハードのために,マレーシア人がリクルートされていることも明らかになった72)。タイ を筆頭に,各国は観光産業への影響に対する懸念から出入国管理の厳格化に対して消極 的であり,テロリストの安息の地となっていることが指摘されている73)。地域の文脈を 踏まえつつも,ますますイスラームをめぐる世界情勢の流動化に各国が連携して対処し ていくことが求められるようになっている。
お わ り に
9.11 以降,イスラームがテロリズムと結び付けられるようになり,ジハード主義を掲 げるイスラーム過激派との戦いという形でアメリカ主導の対テロ戦争が展開していっ た。すでに冷戦期においてアメリカの反共政策のなかに組み込まれていたASEAN諸国,
とくにASEAN先発 5 か国は,アメリカの進める二国間関係強化の中で対テロ戦争にか
かわっていった。ムスリム人口を擁するASEANでは,アメリカによるイスラーム諸国 への武力行使に対する否定的感情と,国内のムスリムの過激化との間で慎重な対応を迫 られることとなった。
こうした状況を踏まえて,ASEANは戦争としてではなく,越境犯罪対策の一環として カウンターテロリズムを位置づけてきた。さらに,テロリズムの根本に対処していくた めの貧困削減,能力構築,ガバナンス強化や,テロリストの社会復帰を支援する脱過激 化プログラムを強調している。法的拘束力を有するASEANカウンターテロリズム協定
(ACTT)が,主権平等,領土保全,内政不干渉といったASEANの伝統規範を強く反映 していることから,実効性を疑問視する声がしばしば聞かれる。しかし,国内組織の能 力や資源の不足にもかかわらず,とくにASEAN先発 5 か国の間では,国際テロ組織メ ンバーの逮捕や訴追のため協力が積み重ねられてきたことも事実である。実際のASEAN のカウンターテロリズムは,テロ組織に関する情報共有や法執行機関の連携といった機
能的な協力が中心となっており,テロリスト対策という要素が強い。また,より実効的 な協力が行われているのは,ムスリム人口を抱える東南アジア海域部に限定されている。
ASEANはテロリズムを特定の宗教と結びつけることへの懸念を示し続けてきたが,
ASEANにおけるカウンターテロリズムにもイスラームの要素が大きくかかわっている
ことは否定できない。
1990 年代以降,元アフガニスタン義勇兵が東南アジアに帰国し,独自のネットワーク のもとでジハード主義的な思想を拡散させてきたことは確かである。しかし,東南アジ アのイスラーム系武装組織を,アルカイダの脅威と同様のものとして捉えることには問 題がともなう。アメリカの 9.11 と,続く対テロ戦争を受けて,東南アジアにおけるアル カイダの台頭を強調する議論が興隆したが,2001 年以降の東南アジア研究ではこうした 国際テロリズムの議論と現地の実態との乖離に焦点を当てた研究が数多く出されてい る。2014 年以降のISの台頭に際しても同様の構図が指摘できるものの,2001 年と比べ て状況が大きく変わっている。
9・11 以降,東南アジアにおいて脅威とされてきたJIは,組織的なネットワークに基 づく国際テロ組織であった。それぞれの支部の指導者が逮捕・殺害されると,組織は弱 体化する傾向があった。しかし,ISの台頭とともに,目的や価値観を共有する,より小 規模な組織によるテロが増加している。さらに,サイバースペースにおけるジハード主 義の拡散が深刻な問題となっており,各国の治安当局は新たなテクノロジーを駆使した 戦闘員のリクルートを突き止めることは困難であるとしている。9.11 以降進展してきた
ASEANにおけるカウンターテロリズムは,各国におけるテロリズム対策の構築ととも
に,ISの台頭に際しても一定の成果を挙げているといえよう。しかし,多くの国でみら れる予防的拘禁を可能とする法案は,軍や警察の台頭をもたらし,人権に対する深刻な 脅威となりうるものでもある。効果的なテロリズム対策と民主主義・人権擁護とのバラ ンスを誤ると,テロリズムのさらなる激化につながりかねない。さらに,ミャンマーの ロヒンギャ問題,ウイグル人などの外国人戦闘員問題にもみられるように,イスラーム をめぐる情勢はさらに流動化している。今後,ますますイデオロギーの側面に着目した テロリズムへの対応が重要性を増してくると考えられる所以である。
本稿では,カウンターテロリズムがASEAN統合に及ぼした影響について十分な検討 を行うことができなかった。IS以後のグローバルなジハード主義や分離独立主義がどの ように展開していくのか,という点も含めて今後の課題としたい。
注
1 )テロリズム対策としてはアンチテロリズムとカウンターテロリズムという言葉が用いられ る。アンチテロリズムとは,テロリズムを未然に防ぐ行為であり,情報の共有,外交,経 済制裁などが含まれる。カウンターテロリズムはテロリズムが生じた後の対応,継続する テロリズムに対する対応を示すとされる。しかし,その境界は曖昧であり,テロリズム対 策においては双方が含まれている場合がほとんどである。清水隆雄(2006)「テロリズムと その対策―国際社会の取組み」『外国の立法』228 号,12 頁。本稿では,ASEANにおいて はカウンターテロリズムの要素が強いということを踏まえて,テロリズム対策としてカウ ンターテロリズムという用語を用いた。
2 ) Global Terrorism Index 2017 によるとフィリピン,タイ,インドネシアはASEAN域内に おいてテロリズム発生件数が多い国である。加えて本稿では,域内のカウンターテロリズ ムを牽引してきたマレーシアの事例を扱う。
3 )米国国務省が発行した『国際テロリズムの動向 2003』では「普遍的に認められたテロリズ ムの定義はない」としつつ,テロリズムの分析を行うため合衆国法典第 22 編第 2656f(d)
条の定義を採用している。テロリズムという言葉は,通常,一般大衆に影響を与えること を企図して,準国家的集団又は秘密の代理人によって遂行される,非戦闘員を標的として 事前に計画された政治的な動機を持つ暴力であるとされた。また,国際テロリズムとは,一 か国以上の市民および領土を巻き込んだテロリズムのことを指す。
4 )チャールズ・タウンゼント(2003)『テロリズム』,岩波書店,3 頁。
5 )テロの定義を行ったとされる「テロ資金供与防止条約」第 2 条 1 項(b)では文民またはそ の他の者であって武力紛争の状況における敵対行為に直接参加していない者の死あるいは 重大な障害を引き起こすことを企図する行為,としている。
6 )のちにタイとカンボジアも加わっている。
7 ) Agreement on Information Exchange and Establishment of Communication Procedure, Article3 (i), ASEAN Secretariat.
8 ) ASEAN Convention on Counter Terrorism, Article 2, ASEAN Secretariat.
9 )条約名は外務省の訳に基づく。
10)塩尻和子(2005)「イスラームの教義は暴力を容認するのか」中東協力センターニュースレ ター,48 頁。
11)保坂修司『ジハード主義 アルカイダからイスラーム国へ』岩波現代全書,2017 年,142 頁。
12) Joint Communique of the 29th ASEAN Ministerial Meeting(AMM)Jakarta, 20-21 July, 1996, ASEAN Secretariat.
13) Press Statement of the 2nd ASEAN Informal Meeting of Heads of State/Government of the Member States of ASEAN, Kuala Lumpur, Malaysia, 15 December 1997, ASEAN Secretariat.
14) ASEAN Declaration on Transnational Crime, ASEAN Secretariat.
15) Joint Communique of the Second ASEAN Ministerial Meeting on Transnational Crime
(AMMTC), Yangon, 23 June 1999, ASEAN Secretariat.
16) ASEAN警察長官会合(ASEANAPOL:アセアナポール)は 1981 年の創設以来,毎年会
合を持ってきたが,2010 年マレーシア・クアラルンプールに常設オフィスが設置されてい る。日本は 2007 年からパートナーとなり,2012 年 7 月からテロ組織や過激思想の影響を 受けた人物が運営するサイトなどを共同で監視するシステムの運用を始めている。近年は 特定の組織に所属しないままテロ行為に走るケースもあるために,実態把握は困難である。
警察庁によるとテロ情報が書き込まれる掲示板やサイトは 5 万件あるとされている。「テロ 関連ウェブサイト共有データベースの運用開始について」警察庁報道発表資料。
17) ASEAN Plan of Action to Combat Transnational Crime, ASEAN Secretariat.
18) Third ASEAN Ministerial Meeting on Transnational Crime(AMMTC)Singapore, 11 October 2001, ASEAN Secretariat.
19)2001 ASEAN Declaration on Joint Action to Counter Terrorism, ASEAN Secretariat.
20)①麻薬取引,②人身売買,③海賊行為,④武器密輸,⑤マネーロンダリング,⑥テロリズ ム,⑦越境経済犯罪,⑧サイバー犯罪について,それぞれ 7 つの戦略に基づく作業計画が 策定されている。
21) Declaration on Terrorism by the 8th ASEAN Summit Phnom Penh, 3 November 2002, ASEAN Secretariat. また,2002 年には,マニラで反テロリズムと観光復興に関する国際 会議,バリ島でマネーロンダリングとテロリズムに対する資金供与に関する地域会議が開 催されている。
22)本稿ではASEAN域内に着目したが,域外,域内,サブ地域,国家,民間(研究機関など)
レベルで様々なテロリズム対策が実施されている。域外協力について,2002 年 8 月 1 日に は「ASEANアメリカ国際テロリズム対策のための協力に関する共同宣言(ASEAN-United States of America Joint Declaration for Cooperation to Combat International
Terrorism)が締結されている。APECにおいても 2002 年「テロリズムとの闘いおよび成
長の促進に関するAPEC首脳声明」が採択され,カウンターテロリズムのタスク・フォー スが設置された。2003 年,ASEAN地域フォーラム(ARF)ではテロリズムや越境犯罪を 優先課題として対処していくことが合意され,カウンターテロリズム・越境犯罪対策ARF 会期間会合(ISM-CTTC)が開催されるようになった。また,2003 年 10 月にはAMMTC+3
(中国,日本,韓国)が開催された。2004 年以降,ASEANは中国(2002 年 11 月),EU
(2003 年 1 月),インド(2003 年 10 月),ロシア(2004 年 6 月),オーストラリア(2004 年 6 月),日本(2004 年 11 月)とカウンターテロリズムに関する協定を結んでいる。
23) SEARCTはマレーシア外務省の管轄下に設置されている。センターの活動について東南ア
ジア地域カウンターテロリズムセンターウェブサイトを参照https://www.searcct.gov.my/
(最終アクセス 2018 年 2 月 12 日)。
24) ASEAN加盟国の批准書提出状況。http://agreement.asean.org/agreement/detail/56.html
(最終アクセス 2018 年 2 月 14 日)。