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( 様式 1-1) 1 申請者明和町 2 タイプ 3 タイトル 地域型 / シリアル型 A B C D E 祈る皇女斎王のみやこ斎宮 4 ストーリーの概要 (200 字程度 ) 古代から中世にわたり 天皇に代わって伊勢神宮の天照大神に仕えた 斎王 は 皇女として生まれながら 都から離れた伊勢の地で

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Academic year: 2021

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(1)

(様式1-1) ① 申請者 明和町 ② タイプ 地域型 / シリアル型 A B C D E ③ タイトル

祈る皇女斎王のみやこ 斎宮

④ ストーリーの概要(200字程度)

古代から中世にわたり、天皇に代わって伊勢神宮の天照大神に仕えた「斎王」は、

皇女として生まれながら、都から離れた伊勢の地で、人と神との架け橋として、国の

平安と繁栄を願い、神への祈りを捧げる日々を送った。

斎王の宮殿である斎宮は、伊勢神宮領の入口に位置し、都さながらの雅な暮らしが

営まれていたと言われている。

地元の人々によって神聖な土地として守り続けられてきた斎宮跡一帯は、日本で斎

宮が存在した唯一の場所として、皇女の祈りの精神を今日に伝えている。

⑤ 担当者連絡先 担当者氏名 TEL FAX E-mail 住 所

(2)

(様式1-2)

市町村の位置図(地図等)

位置図B

(3)

(様式1-2)

構成文化財の位置図(地図等)

位置図

A

(4)

(様式1-2)

位置図

B

(5)

(様式2) ストーリー 斎王―それは、およそ 660 年という長きに亘り、国の平安と繁栄のため、都を離れ、伊勢神宮の天 照大神に仕えた特別な皇族女性のこと。そんな斎王が暮らした地、斎宮。伊勢神宮でもなく都でもない。 慎ましやかであり雅やか。斎宮という独特で特別な世界は日本で唯一ココだけ。ココは三重県多気郡明 和町。 【斎王の始まり】 斎王の歴史は日本神話の時代まで遡る。語り継がれる伝説の初代斎王は、天照大神の御杖代であった 豊鍬入姫命。そのあとを継ぎ、天照大神の鎮座される場所を探し諸国を旅し、伊勢の地にたどり着いた 倭姫命。倭姫命は、伊勢の地(現在の明和町大淀)に入り、佐々夫江行宮を造り、カケチカラ行事の発 祥となる伝説をつくった。これが斎王と明和町との縁となったのか、斎王制度が確立し、斎王が天照大 神に仕えた場所・斎宮は、伊勢神宮からおよそ15 ㎞離れた伊勢神宮領の入口につくられた。 【都から斎宮へ】 斎王は飛鳥時代に制度が確立して以降、天皇の即位に伴 って、未婚の内親王または女王から占いにより選ばれた。 選ばれた斎王は、家族と離れ、慣れ親しんだ都での生活と も別れを告げ、200 人余りともいわれる従者に伴われて、斎 王群行と呼ばれる5 泊 6 日の旅により、斎宮へ向かう。こ の旅は斎王にとって神に近づく禊祓の旅である。聖なる神 領の入り口に流れる川、祓川で斎王は最後の禊を行い、斎 宮に入る。 【祈る斎王】 斎宮に住まいを移した斎王が伊勢神宮に赴くのは、9 月の神嘗祭、 6 月、12 月の月次祭の年 3 回のみ。9 月の神嘗祭に奉仕するため、8 月に身を清めたと言われている尾野湊御禊場跡が大淀の海岸に残っ ている。それ以外の日々は斎宮で厳重な慎みを保ち、祈りの日々を過 ごしながら、神と人との架け橋となっていた。 【斎王と王朝文学】 神に仕える身であるがために、恋愛を禁じられていた斎王。恋ゆえ に斎王を解任されたり、恋人と引き裂かれたりという悲話も多く伝え られている。そんな斎王の悲恋をテーマにした物語が『伊勢物語』で ある。69 段「狩の使」には、在原業平と斎王の一夜の出会いが描か れており、斎王が在原業平との別れを惜しみ、歌を詠み交わしたという故事にあやかって、大淀にある 松を業平松と呼んでいる。斎王の儚き恋物語の世界が舞い降りる美風景が今も広がっている。 また、『源氏物語』には斎王をモデルとした人物が登場する。光源氏をめぐる葵の上と六条御息所の 攻防は『源氏物語』の中でも有名なシーンであるが、この六条御息所は最終的に斎王に選ばれた娘と一 緒に伊勢に向かう。つまり斎宮で暮らすことになる。これは、実際に娘に付き添って斎宮に赴いた徽子 女王、規子内親王親子がモデルとなっている。他にも「竹河の段」には、今も残る斎宮の地名、「竹川」 が登場する。「竹川」にあった花園には、四季の花が植えられ、斎王も楽しまれていたと伝えられてい る。他にも、『大和物語』『更級日記』『栄華物語』『大鏡』などの作品に斎王・斎宮が登場している。 平安時代の群行路・帰京路 祈る斎王像(斎宮歴史博物館蔵)

(6)

(様式2) 【斎宮での暮らし】 斎王の斎宮での暮らしは、祈りを捧げる慎ましやかな生活の一方で、 十二単を纏い、貝合わせや盤すごろくを楽しみ、歌を詠むといった都の ような雅やかな生活をしていた。斎王の身の回りの世話、庶務などを50 人近くの女官が行っていたことは、斎王の地位の高さをしめしている。 また、斎宮寮と呼ばれる役所に勤める官人を中心に総勢 500 人以上の 人々が斎宮で執務をしており、天皇の代理である斎王が暮らす斎宮は、 都から訪れる人も多く、近隣の国からもさまざまな物資が集まるなど、 この地方の文化の中心地の一つだった。 【斎王の解任】 斎王制度が続いたおよそ660 年の間に、60 人以上の斎王が斎宮に赴いた。天皇の崩御や譲位によっ て新たな天皇に代わる時と、肉親が死ぬなどの不幸があった時、斎王自身の病などにより斎王は交代と なった。赴任を終え、無事に都に帰った斎王もいれば、斎宮で亡くなった斎王もいる。彼女らのお墓は 「隆子女王の墓」「惇子内親王の墓」として伝承され、今も大切に管理されている。 【幻の宮】 さまざまな史実や逸話・伝説を生みながらおよそ 660 年間続けられてきた斎王制度も、南北朝の時 代以降、国内の兵乱のために廃絶してしまう。古の制度は歴史の中に埋もれ、地名として姿を残すも、 斎宮は「幻の宮」となってしまった。幻の宮になりながらも、斎宮に住む人々は、先祖代々語り継がれ てきた斎王・斎宮の存在を信じ、斎王の御殿があったとされる場所を「斎王の森」、斎宮の人々に親し まれている竹神社を「野々宮」と呼び、神聖な土地として大切に護り後世に伝え残してきた。 【蘇る斎宮】 そんな幻の宮・斎宮が蘇ったのは昭和の時代に入ってから。発掘 調査により、斎宮の存在が確認され、昭和 54 年に国の史跡「斎宮 跡」として指定された。発掘調査によって都のような「方格地割」 という碁盤の目状の区画道路を備え、伊勢神宮の社殿にも類する 100 棟もの建物が整然と並んでいたことが明らかになった。他にも 緑釉陶器や蹄脚硯、墨書土器、祭祀用具の出土により、斎宮では都 のような雅やかな生活が営まれていたことや、常に清浄を求め、禊 を行っていたことが裏付けられた。 今も続く、斎宮究明の発掘調査。すべて調査し終 えるまであと200 年以上かかるとされている。 斎宮―そこには、古から現在までたくさんの人々 のたくさんの祈りが込められている。ココ「斎宮」 は、未来に続く人々の想いが溢れている。 伊勢物語図色紙(斎宮歴史博物館蔵) 斎宮出土品(重要文化財) 斎宮成立期と方格地割の位置図

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(様式3-1) ストーリーの構成文化財一覧表 番号 文化財の名称 (※1) 指定等の状況 (※2) ストーリーの中の位置づけ(※3) 文化財の所 在地(※4) 1 斎宮さいくう跡あと 国史跡 天皇に代わり伊勢神宮に仕えた皇 女・斎王の宮殿と斎宮寮と呼ばれた役 所の跡。古代から中世にかけて660 年間続いた。 斎宮での斎王の暮らしは、神への祈 りをささげる日々を送るとともに都 さながらの雅やかな生活を送ってい た。 2 斎宮 さいくう 跡 あと 出土品 しゅつどひん (斎宮歴史博物館蔵) 国重文 出土品 2,661 点が指定されている。 蹄脚硯や緑釉陶器、和鏡、羊形硯の出 土により、これまで文献や地名からし か推定されていなかった斎宮の存在 が現実的なものとなった。これらの出 土品により斎宮では、神に仕える神聖 かつ慎ましやかな生活と都さながら の雅やかな生活とが交錯する日々で あったことが読み取れる。 3 さいおうの森もり 未指定 斎王の宮殿があったと語り継がれ、 斎宮のシンボル的な森として地元の 人々により守られてきた。 4 たけ神社じんじゃ(野々宮の の み や 未指定 斎王の宮殿があった神聖な場所が 人々の信仰の場(神社)として受け継 がれ、現在も祈りの空間を感じられ る。 5 はらいがわ 未指定 祓川は、聖なる神領の入口に流れる 川。斎王の斎宮への旅立ちは、200 人余りの官人、女官等を連れて5泊6 日かけて群行する。斎王にとっては、 神に近づく禊祓の旅でもあり、この川 で最後の禊を行って斎宮に赴任した。 6 竹川たけがわの花園はなぞの 未指定 『源氏物語』の竹河の段の歌に登場 し、伝承では、ここに四季の花が植え られていたとされ、斎王も花園に来て 花を楽しまれていた景勝地

(8)

(様式3-1) 7 隆子た か こ女王じょおうの墓はか 未指定 斎宮で亡くなった斎王、隆子女王の 墓。隆子女王は醍醐天皇の孫女。宮内 庁が管理を行い、清楚な雰囲気が漂 う。 8 斎さい王おう尾野お の のみなと湊御禊場おんみそぎば跡あと 町史跡 尾野湊とは大淀海岸の古名。斎王が 毎年 9 月に伊勢神宮で行われる「神嘗 祭」に奉仕するため、8 月晦日、禊を 行って身を清めた場所といわれてい る。 9 大淀おおよど 未指定 倭姫命が天照大神の鎮座場所を探 し求め、この地にたどり着き命名 古代の多くの歌に「枕詞」として使 われた景勝地 10 業なり平松ひらまつ 未指定 斎王が伊勢に来た在原業平をこの 松の下で見送り、別れを惜しみ、歌を 詠み交わしたという物語に因んで業 平松と呼ぶ。現在3代目 斎王のはかない恋物語の舞台とな った風景が思い起こされる。 11 佐々夫さ さ ふ江え行宮あんぐう跡あと 未指定 伝説の初代斎王・豊鍬入姫命の後を 継ぎ、天照大神の御杖代として各地を 巡幸した倭姫命が、伊勢の地に入ら れ、大淀に御船をとどめて造った宮跡 12 カケチカラ発 祥はっしょうの地ち 未指定 斎王・倭姫命と真名鶴伝説が由来。 神嘗祭に初穂の稲束を伊勢神宮の内 玉垣に懸け、国の永遠の繁栄を祈る懸 税(カケチカラ)行事の発祥の地 (※1)文化財の名称には適宜振り仮名を付けること。 (※2)指定・未指定の別、文化財の分類を記載すること(例:国史跡、国重文、県有形、市無形、等)。 (※3)各構成文化財について、ストーリーとの関連を簡潔に記載すること(単に文化財の説明になら ないように注意すること)。 (※4)ストーリーのタイプがシリアル型の場合のみ、市町村名を記載すること(複数の都道府県にま たがる場合は都道府県名もあわせて記載すること)。

(9)

(様式3-2)

構成文化財の写真一覧

① 斎宮跡 ②斎宮跡出土品 ③斎王の森 ④竹神社 ⑤祓川 ⑥竹川の花園

(10)

(様式3-2) ⑦隆子女王の墓 ⑧斎王尾野湊御禊場跡 ⑨大淀 ⑩業平松 ⑪佐々夫江行宮跡 ⑫カケチカラ発祥の地

(11)

(様式4) (1)地域活性化計画 ① 将来像(ビジョン) 天照大神に祈りを捧げるため、都から派遣された皇女斎王のために造られた「斎宮」は、我が国唯一 の特色ある歴史的文化遺産であり、斎宮の魅力をホームページの開設や多言語パンフレットの作成等で 国内外へ情報発信すると共に、来訪者のニーズに応じた利便性のために施設の機能向上を図る。 また、来訪者の満足度の向上を図るため、女性を中心とした斎王が暮らしていた奈良・平安時代の文 化の特徴を活かした体験・体感を通じて、理解と魅力の向上を図ると共に、国内外の来訪者に対する接 遇の向上や外国人を案内できるガイドボランティア等の育成を図る。 さらに、都から斎宮まで、また、斎宮から伊勢神宮までの斎王が通ったルートに関わる自治体と連携 して文化・観光面で交流を図るなど地域の活性化と観光振興を目指し、「斎宮・外宮・内宮」が一体と いう認識を定着させ伊勢神宮へ参拝する来訪者を引き込む。 ② 地域活性化のための取組 ・史跡斎宮跡の整備活用を図り、文化財の価値の理解と魅力の向上を図る。 女性を中心とした神に仕える神聖で祭祀的な性格と都と、変わらない優雅で宮廷的な性格を持つ斎 宮の特徴を、学校教育や生涯教育と積極的に連携を図りながら活用すると共に、来訪者の満足度の向 上を図る体験プログラムを構築する。 【主な取組み】 ・奈良・平安時代の空間の体験体感(衣装の試着体験・平安ファションショ―) ・斎宮全体の景観復元(AR、VRの製作) ・斎王まつり、観月会の充実 ・宮廷文化の「遊び」の普及(盤すごろく、小倉百人一首等) ・小学 6 年生、中学生向けの副読本の作成 ・歴史的イメージと調和させたコンサートや小劇場等の開催 ・史跡斎宮跡及び関連歴史的資源の整備を進め、「斎宮と斎王」の魅力を創出する。 史跡斎宮跡及び周辺部には、斎王や伊勢神宮に関わる歴史的資源が点在するため、これらの整備 及び、これらを繋ぐ上での散策道整備や誘導案内板などを充実させ回遊性を高める。 【主な取組み】 ・歴史的資源の整備及び活用(斎王尾野湊御禊場跡、行宮跡等) ・おもてなし案内所の整備 ・散策道の整備 ・誘導案内板、標識の整備 ・サイクルセンターの整備 日本遺産を通じた地域活性化計画

(12)

(様式4) ・我が国唯一の「斎宮」の魅力を国内外に向けて情報発信する。 史跡斎宮跡及び歴史的資源の魅力を広く情報発信するため、ソフトの開発やWi-Fi環境を整 備し、国内外の来訪者を増やす。 【主な取組み】 ・フリーWi-Fiの環境整備 ・案内板等の多言語表示、外国語パンフレットの作成 ・復元建物やマスコットキャラクターを活用した斎宮跡の PV の制作 ・ホームページの開設 ・日本遺産「斎宮」活用推進協議会による民間主導まちづくりを推進する。 町民、団体、企業、行政がそれぞれ役割を明確にしつつ、日本遺産斎宮活用推進協議会によるま ちづくり推進体制を構築し、地域の活性化を図る。さらに地域を支える人材育成にも力点を置いた まちづくりを進める。 【主な取組み】 ・外国人を案内できるよう斎宮ガイドボランティアの育成、研修 ・空き家、歴史的建造物の活用 ・花いっぱい運動(フラワーストリート) ・「さいくう」野菜のブランド化 ・まちかど案内所の充実 ・熱気球による史跡遠望体験 ・町域を超えた人やモノの交流を活性化させる。 都から斎宮まで、斎宮から伊勢神宮までの斎王が通ったルートに関わる自治体と連携して文化・ 観光面で交流を図る。 【主な取組み】 ・斎王サミットの開催 ・斎王ウォーク ・斎王群行女子駅伝

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(様式4) (2)平成27年度補助対象事業計画 ①事業予定額(補助対象経費) 75,467 千円 ②補助事業者 ・協議会の名称 日本遺産「斎宮」活用推進協議会 ・構成団体 明和町(斎宮跡・文化観光課、農水商工課、まち整備課、教育委員会) 明和町観光協会、明和町商工会、明和町特産品振興連絡協議会、国史跡斎宮跡協議会、 (公財)国史跡斎宮跡保存協会、斎宮ガイドボランティア、史跡斎宮跡・伊勢街道まちづくり会、 明和町緑のまちづくり推進委員会、明和町郷土文化を守る会、斎王まつり実行委員会、 斎王の舞保存会 ③事業の概要 (Ⅰ)情報発信・人材育成事業 ・フリーWiFiの環境整備(15,000,000 円) ・斎王の舞やマスコットキャラクター「めい姫」を活用した斎宮跡の PV の制作 (1,000,000 円×一式×1.08=1,080,000 円) (Ⅱ)普及啓発事業 ・平安時代の空間を演出し日本の伝統文化の良さを幅広く知ってもらうための奈良・平安装束の 製作 (十二単(夏・冬用)直衣、水干等一式 15,000,000 円) ・宮廷文化の「遊び」の普及 (盤すごろく製作費 20,000 円×100 セット=2,000,000 円、普及啓発員人件費 1,000,000 円) ・斎宮全体の景観復元(AR、VRの製作費 20,000,000 円) ・小学 6 年生、中学生向けの副読本の作成(2,000 部×250 円=500,000 円) ・歴史的イメージと調和させたコンサートや小劇場等の開催(1,000,000 円) ・多言語パンフレットの作成(324,000 円) ・外国人を迎えるための人材育成(6,200 円×21 日×12 か月=1,562,400 円) (Ⅲ)公開活用のための整備にかかる事業 ・花園広場散策道整備 5,000,000 円 ・植栽計画策定業務委託 3,000,000 円 (Ⅳ)その他事業 ・斎王尾野湊御禊場跡の整備(用地費 10,000,000 円)

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(様式4) ④成果目標 ・奈良・平安衣装の試着体験数および時間 ・盤すごろく大会参加者数 ・ホームページのアクセス数 ・史跡斎宮跡の核施設への来館者数 ⑤他の補助金等により実施を計画している事業 機関・団体名 事業名 事業内容 事業費 補助額 文化庁 史跡等土地買上げ事業 土地買上げ 188,963 千円 151,170 千円 小計 188,963 千円 151,170 千円 文化庁以外の省庁 国土交通省 都市再生整備計画事業 公園整備、景観形成、案内標識、 散策道等 566,600 千円 259,820 千円 小計 566,600 千円 259,820 千円 国以外の公的機関、民間団体等 小計 都道府県・市町村 小計 合計額 755,563 千円 410,990 千円

参照

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