瞬間と分岐─ヴラジーミル・ナボコフの『目』
鈴 木 聡
1.
遊離する感覚2.
観察と監視3.
仮面の謎4.
瞬間の視線1. 遊離する感覚
ヴラジーミル・ナボコフの「小さな長篇小説」、『目』(ロシア語版1930年、1938 年、英語版1965年)1)は、『マーシェンカ』(ロシア語版1926年、英語版1970年)
2)、『キング、クィーンそしてジャック』(ロシア語版1928年、英語版1968年)3)、『ル ージンの防禦』(ロシア語版1930年、英語版1964年)4)に続く長篇小説第四作である。
1938年に単行本として刊行されたさいには、他に十二篇の短篇小説を併録した作品集とい う形態であった。その作品集の表題ともなったロシア語版の原題、
Соглядатай
5)にあたるも のとして英語版においてThe Eye
という表題が選択されたのは、原題ならびにそこに含まれた 意味のひとつである“spy”
という語と韻を踏むことを意図したからであろうと推測することが できる。『ルージンの防禦』以後、『現代雑記』誌(パリで出版されていたロシア語総合雑誌)に定 期的に発表されたナボコフの長篇小説の多くが、数号にわたる分載形式──完結後、次号より 新連載を開始するか、一号分の休載あるいは短篇小説一篇の掲載をあいだに挟むという決まり があったようだ──となるのにたいして、『目』は、同誌の第四十四号に全篇が一挙に掲載さ れた6)。短篇小説「ピリグラム」(英語版の表題は「オーレリアン」)と長篇小説第五作にあ たる『偉業』(ロシア語版1932年、英語版1971年)7)のあいだということになる。
外見上、わずか百ページほどの簡素な佇まいでありながら、この作品が、長い短篇小説でも なければ中篇小説でもなく、わざわざ「小さな長篇小説」と称されているのはなぜなのか。数 ページから二十数ページという規模が通例であるナボコフの短篇小説のすべてに比して破格に 長大であることはたしかであるにしても、『偉業』の「緒言」においても、1925年から1 937年にかけて「西ヨーロッパで執筆された」「九篇のロシア語長篇小説」の一覧のうちに
『目』が含まれているという点(
Nabokov 1991(2): ix
)は、一考に価するといってよい。十代で詩人としての経歴を出発させ、二十代で短篇小説や戯曲の執筆をはじめたナボコフ(当 時は
V
・シーリンという筆名であった)は、最初の短篇小説集である『チョールブの帰還』(
Возвращение Чорба ,
1930年)に収録される十五篇の短篇小説などの創作と当初のうち 並行しつつ、『マーシェンカ』以降の長篇小説群に取りかかかり、徐々にそちらのほうに力点 を移すようになってゆく。1920年代後半から1930年代にかけては、長篇小説の合間に 短篇小説が書かれていた程度であったといったほうが、実情に合っているだろう。十数篇の短篇小説が発表された1924年という一年のあいだが、短篇小説作家としてのナボ コフの経歴の頂点であって、それ以後は毎年数篇ずつが物されているにすぎない。結果的に見 れ ば 総 計 で 五 十 数 篇 ( 合 衆 国 で 出 版 さ れ た ロ シ ア 語 短 篇 小 説 集 『 フ ィ ア ル タ の 春 』
[
Весна в Фиальте ,
1956年]所収の十四篇を含む)が、『舵』紙、『新報』紙、『現代 雑記』誌などといったロシア人亡命者向けの新聞や雑誌に発表されるにいたったものの、ロシ ア語による作家活動は、1940年、合衆国に移住するころに途絶えてしまう。英語を表現媒 体とした短篇小説は、1943年から1951年にかけての期間にわずか十篇が残されただけ である8)。このような経緯からいって、ナボコフは、長篇小説作家としてのみずからの経験の段階的、
実験的な積み重ねのうちに『目』という作品を位置づけているものと思われる。先行する三つ の長篇小説との比較を踏まえるならば、たしかにこの作品では、それまでとは異なる新たな手 法が導入されていると指摘することができる。すなわち、冒頭の一文(「私がその女性、その マティルダと出会ったのは、今世紀と私の汚らわしい人生というふたつの時間間隔の二十年代 初頭、ベルリーンで過ごす亡命者生活の、私にとって最初の秋のことだった」[
Nabokov 1990(2):
1
])で、読者が唐突に引き合わされることになる「私」という匿名の一人称話者のテクスト内 における一貫した使用が、それである。「私」は、とりあえずのところみずから名乗ろうとしないまま、マティルダという人妻との 道ならぬ関係について語りはじめる。だが、テクストを読み進むにつれて判明するように、「私」
は、そこで呈示される物語における中心的登場人物のひとりとしての重要性をある時点で決定 的に喪失する。もしくは、それを完全に放棄しようとする。テクストの四分の三以上を残した ところで、「私」は、自分自身の立場をあたかも中空のどこかに繫留したかのように装いつつ、
視点的人物としての限定的な役割にひたすら徹しようと意識し出すのだ。じつに都合のよいこ とに、時たま全知の存在へと接近することもある、この人物の特定の視点と思われるものこそ が、『目』という表題の意味するところでもあるわけだが、そこに映じる外界の像が、かずか ずの屈折や死角の介在によって、いささか不明確化され、時によっては歪曲されていることを、
われわれはやがて知るようになるだろう。
いわゆる「信頼できない語り手」の典型的な例に相当するこのような語り手兼登場人物は、
直接的には、ナボコフの長篇小説第七作となる『絶望』(ロシア語版1934年、1937年、
英語版1938年)9)における語り手=主人公、ヘルマン・カルローヴィチの人物造型へと継 承されるものであり、それ自体としてとらえても、多様な可能性の実体化の一例と称し得るも のである。テクスト内の情報に主観的かつ眩惑的な偏向を与え、読者が一瞬たりとも油断を怠 ることができないという帰結をもたらす語り手のふるまいは、後年、ナボコフが英語で執筆す る長篇小説のなかでも引き続き追究される。とりわけ「私」という一人称の語り手ないしは書 き手が前面に浮上してくる一連の作品の系列──『セバスチャン・ナイトの真実の生涯』(1 941年)10) 、『ロリータ』(1955年、1958年)11) 、『青白い炎』(1962年)
12) 、『道化師をごらん!』(1974年)13)など ──において、さらに発展的な手法の摸索 がなされてゆくのだ。
『絶望』以後の諸作品の場合とは異なり、『目』における「私」は、回想、告白、手記、註 釈その他を書き残し、読者に託すというような、書記行為の必要性を口実として──本人の立 場からすれば、責任か使命のようなものとして──物語の進行役を務めているわけではない。
だれかよくわからない語り手が、特別の理由も断りもなく、おもむろに身のうえ話を切り出す というのは、よくよく考えてみるならば、きわめて不自然な事態であるに相違ない。しかしな がら、そのような語り手の専横は、通俗的な虚構の約束事として見れば、慣例上、伝統的に容 認されてきたものといってよい。ここでは、そうしたテクスト構成の基本型が、創造的目的の ためにあえて流用されているのだ。
1920年代のはじめ、ベルリーン在住のロシア人亡命者たちの一員となった青年(「私」)
は、「まだ貧しくなるまでは間がある」あるロシア人家族のもとに住みこみの家庭教師として 雇い入れられ、ふたりの息子たちの面倒を見るようになる。このような状況説明は、まことに 素っ気ないものであって、この青年の生まれ育ちや係累などについて、詳細が付け加えられる ことはない。また、思慮分別に欠けた若者が年上の人妻に誘惑され、気紛れで関係をもつよう になるという筋立ては、作者が二年ほどまえに書いた『キング、クィーンそしてジャック』の 再演となっているようにさえ思える14)。
いくつかの点に嗅ぎ取られるある種の陳腐さは、意図的に醸し出された効果や雰囲気に類す るものであったと解釈するべきであろう。「ボリシェヴィキのロシア」(
Nabokov 1990(2): 6
) から脱出して、命からがらフィンランド国境を越え、ベルリーンにたどり着いた「私」の運命 の流転は、サンクト・ペテルブルグで付き合っていた最初の情婦(裁縫師であったという)の 抱擁からもうひとりの情婦の抱擁への移行(どちらの女性も小肥りだったという共通性がある)にすぎなかったのではないかと感じられるほどの、味気なさを漂わせているのである。
商用のためにベルリーンとパリのあいだをたびたび往復しているらしい、マティルダの夫15) の不在中、「私」はこの女性と情交を重ねるが、彼女にたいする興味が長続きすることはない。
そもそも彼女は愛情の対象などではなかったのだ。そのことは、「雌牛のような目をした」と いうこの女性にかんする形容(
Nabokov 1990(2): 4
)や、彼女が読書を勧める退屈な本(Nabokov
1990(2): 5
)、彼女が性行為の最中に洩らす「甲高い、驚いたような、子どもじみた泣き声」(
Nabokov 1990(2): 6
)という描写などにもかすかに窺うことができそうだ。マティルダが繰り返し話題にのぼせる、凶暴で、嫉妬深い夫というイメージによって端的に 表象されるような鬱陶しさは、ベルリーンにほとんど知り合いがいない(「マティルダは、も ちろん勘定にはいらなかった」[
Nabokov 1990(2): 8
])ことからくる孤独感16)と表裏一体を なし、さらにそれらは、「私」が今後もたびたび味わうことになる屈辱感──家庭教師として 教えているふたりの男の子たちのまえで覚える「屈辱的な気まずさ」(Nabokov 1990(2): 1
)が 最初の例となる──とも組み合わされていると見るべきであろう。一抹の救いも充足も見いだすことのできない、このような個人的な閉塞と虚脱の心境に見合 うかのように、冒頭のセクションで描かれる「荒涼たる都市の原」(
Nabokov 1990(2): 7
)には、「いつもながら」(
Nabokov 1990(2): 5
)雨が降り続いている。そうした夜がもたらす「嘔吐を 催させるほどの」(Nabokov 1990(2): 2
)非情な寒さが、たんなる生理的不快感を超えて、ひと の内面に穿たれた寒々とした虚無へと通じるものであることはいうまでもない。かくして「私」は、自己の立脚点を見失ったまま、異郷での日々を無為のうちに送らなければならない。その 心許なさは、身体的なものからの視覚の遊離として思い描かれることになるのである。
「けれども、私はつねに露出され、つねに広く目を見開かれた状態でいた。眠りのなかでさ え私は、自分の存在をなにひとつ理解することができないまま、自分自身を意識することをや められないと思うと気が狂いそうになりながら、確信と集中力をもってみずからのささやかな 仕事をせっせとこなすことのできるああしたすべての人びと──事務職員たち、革命家たち、
小売り店主たち──を嫉ましく思いながら、自分自身を見守ることをやめられずにいた。」
(
Nabokov 1990(2): 7
)安住の場を得ることができず、それゆえ安息を得ることもできずにいる、「殻」をもたない
「私」は、外界にたいしてつねに剥き出しにされているも同然である。したがって、居場所を もたないことからくる落ち着きのなさは、べつの面からいうならば、無防備であること、無力 であることと同義にほかならない。「私がよく想像したのは、地球の動きを明瞭に知覚しはじ めたがゆえに発狂するだれかのことだった……じきに、揺れと震動がそのひとの気分を悪くす るだろう……速度が耐えがたいものとなるとき、そのひとの心臓は破裂するのである。」(
Nabokov
1990(2): 7-8
)すでにわかってきたように、この箇所で呈示されているようなヴィジョンは、自分がいかな る場所にも帰属していないという不安、自分が外界から受け取るいかなる印象も、自分自身の 永続的な同一性には支えられていないし、それらにたいして働きかけることもできないという、
徹底した無力さの認識に由来するものだと説明づけることができそうだ。ひとがカメラのレン ズにも似た受動的な立場に身をおくとき、自分が自分であることの意味や必要性は必然的に失 われざるを得ないということでもあろう。
『目』のテクストを成立させている美学のありかたを、ドイツ表現主義の諸作品や、ナボコ フ自身とほぼ同年代のロシア人映画監督、ジガ・ヴェルトフの映像作品(ことにその記念碑的 代表作とされる『カメラをもった男』[1929年])などに好個の例を見いだすことのでき るような、同時代におけるアヴァン・ギャルド藝術の位相に照らして解明してみることも、け っして無駄ではあるまい17)。とはいえ、ここには、『マーシェンカ』をはじめとするナボコフ の比較的初期の長篇小説において、しばしば読者の注意を惹いてきた、実体と影、光と闇の鮮 明な対比18)、昇降機、自動車、電車、飛行機などの機械的な速度と運動が呼び醒ます愉悦や快 楽や昂奮、最新のテクノロジーにたいする関心、特定の色彩の反覆的な現前化、幾何学的な図 形や文様の偶然による形成などといった、特徴的な細部を認めることはできない。ここでは、
ひとの感覚によってとらえられるなにかよりはむしろ、研ぎ澄まされ、自己目的化してゆく感 覚の機能そのもののほうに重点がおかれているのである。
2. 観察と監視
『目』の読者にとって、テクストの語り手たる「私」が感情移入しがたい存在、ジェラール
・ジュネットのいう焦点人物になりがたい存在であることは疑いを容れない。じつをいえば、
その点こそが、この作品の枢要な仕掛けとなっているのである。前述したように、中心的な登 場人物としての役まわりを捨て去ったのち、名実ともに焦点人物たり得る資格を喪失した「私」
は、みずからスムーロフという新たな登場人物を焦点人物として選ぶことになる。語り手とい う務めに専念しているようでいながら、そのいっぽうで「私」は、自分自身も虚構上の人物で あるという本来的な身元をいったん保留したまま、あたかも、虚構内の世界を暫定的な現実と して読む読者であるかのようにふるまいはじめるのだ。
そのような転回は、嫉妬深いマティルダの夫に暴力を振るわれ、逃げまわる情けない姿を教 え子であるふたりの少年たちに目撃された屈辱感をきっかけとして、衝動的に拳銃自殺を試み た「私」が、自分は死んだのだとする想定に取り憑かれるようになるときに生じる。その後、
「私」は病院で意識を回復する。だが、そのこと自体を肉体の死後における意識の残存を示す 事象として承知したために、自分の現在の状態を亡霊と同様のもの(「私の存在の幻像めいた
性質」[
Nabokov 1990(2): 27
])、いわば外界を傍観する眼球だけに化したものと思いなすこ とになる。語り手であるとともに、テクスト内にあって不安定に浮游している視点でもある「私」(=「目」)19)は、その後、偶然のなりゆきにより、「孔雀通り五番地」(
Nabokov 1990(2): 29
) に住むロシア人一家とその友人たちを観察の対象にしようとする。妹のヴァーニャ20)と姉のエヴゲーニヤ。その夫のフルシチョフ。同居人である親戚のマリア ンナ・ニコラーエヴナという女医。一家の古くからの友人であるロマーン・ボグダーノヴィチ とムーヒン。そして、それらの人びとにまして、「私」の興味を掻き立てたのは、スムーロフ という新参者の青年である。この青年は「私」にかなりよい印象を与えるが、同時に、彼が、
親しい人びとの交際の輪に円滑に加わることができず、疎外感に悩まされているのではないか という懸念も生じてくるのだった。
「……自分の知らない出来事ばかりが話題になるその場全体の会話に耳を傾けているあいだ、
外来者が沈黙を守り、そのときそのときの話し手へと視線を向けなおしていると、遣り取りが 迅速になればなるほど、眼球の可動性は増してゆく。しかし、間もなく周囲の人びとの言葉の なかに生きている不可視の世界が外来者を圧迫しはじめ、このひとたちは彼の与り知らぬ会話 を故意に練りあげたのではなかろうかと訝しむようになるのである。」(
Nabokov 1990(2): 29
) この箇所では、可視と不可視の区分が比喩的なもの──「想像し得る」と「想像し得ない」と いう対立を置き換えたもの──となっているように思われる点もさることながら、「私」が、たんにスムーロフの様子を観察しているのではなく、その心理を忖度し、共感的理解を示して いる点が注目される。その意味において、「私」は客観的、中立的な報告者としてのふるまい を一貫させているわけではないということができる。
ここには一種の曖昧さや危うさまでを見て取ることができる。たしかに「私」は、スムーロ フやその他の人びとと同じ場所にいるらしい。それでいながら、その存在が、純然たる視線と してのみの立場に局限されるというのは、どういうことなのか。そうした齟齬や矛盾は、「私」
が病院で過ごした恢復期の記述──「この期におよんでもなお時間について話をすることがで きるとしてだが、少し時間が経って、明らかになってきたのは、人間の思考は死後も余勢を駆 って生き続けるということだった。……死を超えて突進し得る人間の思考とは、なんと強大な ものだろう!私のいまはない脳髄がなんの役目も果たしていないというのに、思考はいつまで 鼓動し、イメージを生み出し続けるものか、見当もつかないほどなのだ」(
Nabokov 1990(2): 20-21
)──にも、また、退院後の一連の行動にもあらかじめ見て取られるはずのものである。
自分が知覚している事物(病院、医師、依然として歯のなかに空いている空洞)が、現実の 存在ではなく、想像力の産物であるかのように「私」は思いこむ。それは、ひとが夢を見てい ながら、幻影あるいは仮象を実在のものと取り違える状況に酷似しているようだ。まるで夢の
なかで起こる出来事であるかのように、医師は「私」の怪我の具合を説明し、一時「私」に部 屋を貸していた老婦人21)は見舞いに訪れる。医師は、狙いを誤った銃弾が「鋸筋」を貫通し軽 傷を負っただけなのではないかという、「私」が能天気に思い浮かべた「完璧な、自然な図式」
に肯定的な裏づけを与え、老婦人は、その銃弾があたって水差しが割れるという被害に遭った ことを伝えるのだった。
簡単にまとめられたそれらの遣り取りに、不審なところがあるようには思われない。むしろ、
それらすべてが自分の思考による創造物であるとする「私」の主張のほうが、理屈に合わない のではないだろうか。肉体が死んだあと、意識だけが持続しているのだとする前提自体が、読 者を納得させ得るものではないというべきだろう。「……死後の人間の思考は、肉体から解放 されても、万物が以前と同じように相互に連関し合い、相対的な程度の意味をなす圏域のなか で動き続ける……来世における罪人の責め苦は、現世における向こう見ずな行為の複雑な帰結 を解きほぐすまで、そのひとの粘り強い思考は平安を見いだすことができないという、まさに その一点にある。」(
Nabokov 1990(2): 23
)「私」にとって論理的と思われることがらが不合理である以上、論理的でないとして退けら れることがらのほうが事の真相だという逆転が生じていることになるのではないか。そうした 読者の予想は、「恢復という主題」を展開しつくしたあげく、病院からの解放へといたった「私」
が、「未経験な亡霊」として、記憶のなかにある、現実と類似した街路をそぞろ歩き22)、パサ ウアー・シュトラッセにあるヴィケーンチー・リヴォーヴィチ・ヴァインシュトック23)という 書店主の店にたどり着くというくだりで、改めて確証を与えられるのある。
この箇所で、「私」は、ヴァインシュトックとふつうに言葉を交わしている。彼が亡霊と話 をしているという様子は微塵も窺えない。後日、「私」がヴァーニャやフルシチョフ家の人び とと知り合いになるのも、ヴァインシュトックをとおしてであった。そのいっぽうで、われわ れは、ヴァインシュトックがスムーロフを販売員として雇ったことを知らされる(
Nabokov 1990(2):
37
)24)。そののち、スムーロフひとりが立ち会っている場面や、彼とヴァインシュトックその 他の相手のあいだで行なわれる会話が、急速に前景化してゆくことに否応なく気づかされる。それらの機会において、「私」は、たんに亡霊と化しているというよりもむしろ、存在を完璧 に抹消され、そのことを代償として、スムーロフの視点とみずからのそれとを同一化し、内的 焦点化の実現を図ろうとしているかのように見えるのだ。そのことは、いったいなにを意味し ているのだろうか。
『目』のテクストにおいて、「見ること」は「想像すること」の換喩になっているのではない かと、われわれはすでに示唆してきた。想像力の機能の表象としての視線は、それ自体が想像の 対象とされることにより、さらに多義的、多形的なものとなり得る。すでに引用した箇所におけ
る「自分自身を見守る」といういいまわしが、ひとつの証左となるだろう。視線そのものの働き をきわだたせる仕掛けのひとつとしては、あとで本文中の用例に触れるように、鏡を取りあげる こともできる。そうしてみると、他者の生活に無遠慮に闖入し、自由自在に観察し得るところに 利点のある亡霊というものも、そのような仕掛けの一種に挙げられるかもしれない。
「私」の言を文字どおりに受け容れるとしてみよう。若干の主体性と感情を発揮しつつ、生 者と同じように暮らしている亡霊なるものが、かりに存在するとすれば、いささか興味深いこ とはまちがいあるまい。しかしながら、物語内の状況をあくまでも合理的に解釈し説明づけよ うとするならば、どうだろうか。おそらくは、せいぜいのところ、「私」はただたんに影が薄 い人物なのだろうとか、自殺未遂以来、日常に復帰することが困難であるたため、地に足が着 かない状態で過ごしているのだろうと推し量ることで、結着をつけざるを得ないはずである。
自己を見失い、現実を夢現つのうちに受けとめている者が、自分が亡霊であるように感じて いるというだけの話であるならば、それは比喩的な誇張表現であり、自己韜晦ないしは自己嘲 笑であると断じるだけで終わりそうだ。とはいえ、ひとつ注目しておくべき点がある。ここに 見て取ることのできる諷刺的、喜劇的なアイロニーは、異界や亡霊にかんする関心や知識を当 然視しているという意味で、ある種の文化的風土を背景として成立しているものであるように 思われるということだ。あえていうならば、『目』のこのような一面は、モダニズムやアヴァ ン・ギャルド藝術ではなく、十九世紀的な知の伝統に属するひとつの潮流を準拠枠として選ん でいると見なすことができる。すなわち、大西洋の両岸における心霊主義の隆盛とその余波で ある。
この作品のなかには、ヴァインシュトックが実験として行なっている交霊会の模様が描写さ れる箇所がある(
Nabokov 1990(2): 40, 53
)。その挿話の前置きとして言及される「三脚テーブル」(
Nabokov 1990(2): 38
)25)は、交霊会に用いられる小道具なのだ。怪しげな雰囲気が濃厚ではあるにしても、霊との交流が直裁に描かれるのは、ナボコフの作品としては珍しい(もう ひとつの例となるのは、短篇小説「極北の地」[1940年執筆、1942年発表]26)であろ う)。ともあれ、『目』にかぎらず、この作品から二十一年後、アメリカで書かれた短篇小説
「ヴェイン姉妹」(1951年執筆、1959年発表)27)で示される蘊蓄にも現われているよ うに、心霊現象研究の伝統とナボコフの虚構世界はけっして無縁ではないものと思われるのだ。
その点は認めておいてよかろうが、そのいっぽうで、看過してはならないことがある。多く の作品にあって根本をなしているのは、亡霊の実在が、究極のところ、実証不可能、決定不可 能であるとする揺るがしがたい暗黙の主張なのである。一例を挙げるならば、『偉業』のなか には、主人公マルチーン・エーデルヴァイスが、亡き父の亡霊が部屋の隅で音を立てることを 期待していた幼年時代のことを思い出す一節がある。「もし亡霊が存在するとすれば、それは、
霊魂が死後も動きまわることができる、、、
という証明になるから、まことに結構なことだ」(
Nabokov
1991(2): 92
)と彼は考える。けれども、じっさいに亡霊との対面を果たすことはついにない。このような例からも読み取り得るように、作中人物たちはともかくとして、作者自身のほうは、
心霊現象にたいして、つねに明確に懐疑的な(あるいは場合によっては不可知論的な)姿勢を 保っていたということができるだろう。
既存のナボコフ論のなかには、ある人物が死後に霊的な存在となって偏在し、多くはその近 親者である中心的登場人物の運命に影響をおよぼし続けていることを当然視した、素朴実在論 的な議論28)も見られる。だが、ナボコフの諸作品にあっては、超自然的なものが安易に肯定さ れたり信奉されたりすることはなく、それにたいする関心、学究的好奇心、はたまた視野狭窄 的な心酔や妄想などが、しばしば揶揄や諧謔の引き金となっているという点を見おとすべきで はない。この問題にたいする作者の受けとめかたが両面価値的なものであったかもしれない可 能性は、作中人物のいだく感情の複雑さに反映しているかのようでもある。
心霊現象のみならず、かずかずの陰謀説や神秘主義思想、擬似科学、非西洋的な宗教などに も造詣の深いヴァインシュトック29)の場合でいえば、「物質化」(霊が肉体の形態をもって立 ち現われることを意味する心霊主義の用語)などは信じていない30)にもかかわらず、一面にお いては強迫観念に憑かれやすい傾向があったことも明言されている。自分自身にも同様の傾向 がある「私」は、そのことでよくヴァインシュトックをからかいながらも、内心密かに怯えて
いた(
Nabokov 1991(2): 26
)。「私」が密かに回転式拳銃を入手しなければならなかった理由は、そこにあったのである。
ヴァインシュトックは、自分の名前もそこに書きこまれている「ブラックリストの存在」
(существование
черного списка)を信じ、なにものかによって四六時中、監視されている
のではないかと恐れていた。彼は、その謎めいた者たちをさして「工作員たち」(агенты)と 呼ぶのだった。1920年代におけるロシア人亡命者たちのおかれた境遇を慮るならば、国際 的な諜報活動や、ソヴィエト連邦内でGPU
(国家政治局)が巧妙に張りめぐらせた密告と相互 監視の網状組織を拡張したようなものを、切迫した危機として、日常的な脅威として思い浮か べるのは、ごく自然ななりゆきのようなものだ。しかしながら、ヴァインシュトックの恐怖の まととなる監視者たちの身元には、もう少し錯綜した様相が秘められていると見なすべきでは あるまいか。まず第一に、それは、実在を確証されることがあり得ない。その一点においては、亡霊と似かよったところがあるとさえいえそうなものなのだ。
3. 仮面の謎
ヴァインシュトックの考える工作員が亡霊と似ているといえるのは、それが彼の妄想の産物
にすぎないからというわけではない。亡霊や工作員の実在が証明し得ないのと同様、その実在 を信じることが妄想であるかどうかもまた、真偽を確定し得ることがらではないからである。
さらに、「私」=「目」が、他者を観察するいっぽうで、見得ることと想像し得ることを等価 にあつかっているように、だれかに見られているのでないかという漠然とした印象や不安は、
たとえ結果的に事実に即していたと確認できたにせよ、もともと想像に発していたことはまち がいないのだ。
ミシェル・フーコーにならっていうならば、このような状況からもたらされる架空の、想像 上の視線の内面化が、規律訓練的な権力の祖型をなしているということになろうが、ここでは、
支配と従属という関係に力点がおかれているわけではない。見る者と見られる者という二者の 結びつきをたんに権力関係のみに還元し得るかどうかという問題提起が改めて必要となるほど に、視線と視線の対象の絡み合いは幾重にも重層化をきわめている。そのことと対応するよう に、ヴァインシュトックを脅かす全体主義国家の影と、彼を惹きつけている霊界の神秘は、じ つは互いに合わせ鏡のように同時に共存している。「工作員」を意味する、英語で言えば
“agent”
という語は、心霊現象研究の用語としては、テレパシーの受信者が受け取る印象の源となる送 信者を意味しているのである31)。
それらふたつの文脈の交差上に位置し、双方の意味合いにあてはまり得る情報提供者が、交 霊会の場に出現することは銘記に価するといえるだろう。異界から呼び出された霊たち(レー ニン、アブム32)、アゼーフ33))が、「三脚テーブル」や、文字の書かれた紙のうえを動く小皿 などといった通信のための小道具の助けを借りて、アルファベットの一文字一文字に反応を示 すことにより伝達する情報とは、死後の霊魂の運命や来世にかんするものというよりも、生前 の記憶や、現世における未来の出来事の予知にかんするものなのだ。
とくに生前みずからが名うてのスパイ兼テロリストであったアゼーフは、ソヴィエトに密入 国を図り、地下活動を組織しようとしている若い亡命者の一団34)が、ある男の謀略によって壊 滅しようとしているという重大な警告を発する(「彼はさぐり、誘い出し、裏切る」[
Nabokov
1990(2): 53
])。ヴァインシュトックの懇望に応じて、アゼーフの霊は、裏返しにされた小皿を動かし、その縁につけられた印を文字のほうに向けながら六回とめて、男の名前を教えるの だった35)。
このとき、交霊会が行なわれている部屋の「暗い片隅」には、だれかひとがいるらしいい。
このような機会によく協力者を務めていたという(店ではよく「リーガで出版された神智学の
雑誌」[
Nabokov 1990(2): 41
]を読んでいた)女性であったとしても、けっして不合理ではあるまい。だが、ヴァインシュトックが「気を悪くしないでくれ」といって、その人物を慰謝し ている点が肝腎だろう。その言葉から察すると、話しかけられているのは、スムーロフそのひ
とであるとも考えられる。アゼーフの警告のうちにあった「黒い服を着た小柄な男」は、スム ーロフの外見にあてはまっているのである。
このような場面にあって、「私」は、ヴァインシュトックの言葉をどのようにして聞いてい るのだろうか。「暗い片隅」を死角としているらしい「私」=「目」は、どこに位置している のだろうか。そのことは、そろそろ読者にもわかりかけてきたように思えるが、その点はいま はおくとして、ヴァインシュトックが以前、あくまでも一般論だと断りながらも、自分が雇っ ている男が工作員でないとどうしてわかるのかという趣旨の修辞的な問いかけを、「私」にた いして発していたことを思い起こしておくべきである(
Nabokov 1990(2): 42
)。亡命者たちを裏切っている内通者かもしれないというイメージは、「私」が集めたスムーロ フの「三つの異体」のひとつである。すでに「私」は、スムーロフを取り巻いている謎に、い くつかの角度から迫ろうとしていた。出自は明らかでないものの、彼の言葉遣いには、「最上 層のサンクト・ペテルブルグの社交界」(
Nabokov 1990(2): 34
)に属していたことを偲ばせる 抑揚があり、その控えめな態度には、ヴァーニャが夢中になっても不思議はないと感じさせる 高貴さがあった。危難をものともしない剛胆な軍人だったのだろうと「私」は推し量る。その いっぽうで、書店の店員としてのスムーロフは、「称讃すべきふるまいかた」を示す。彼は、「かすかな微笑」を浮かべつつ、女性客に応対し、注文どおりの本を「ほっそりした手」で取 りあげ、その内容を巧みに説明し、「魅惑的なイメージ」をもち帰らせるのだった(
Nabokov 1990(2): 44
)。好感をいだかせるこのようなイメージに相反する印象が浮かびあがってくるきっかけは、皮 肉にも、軍人であったらしいという推定に裏づけを与えるような、スムーロフ自身の回顧談に あった。白軍の一員であった彼は、戦闘中に負傷し、逃避行の途上、ヤルタにたどり着いたと き、鉄道の駅で赤軍に捕らえられ、銃殺されそうになりながらも、隙を狙って、隠しもってい た拳銃でふたりの兵士を撃ち殺し、九死に一生を得る。この冒険譚は、その場にいたヴァーニ ャ、エヴゲーニヤ、ムーヒンの三人に──なかでもとりわけヴァーニャに──感銘を与えたよ うに思われた。そのように思ったのが「私」であることはまずまちがいないが、重要なのは、
この場にはスムーロフを含めた四人しかいなかったはずだということである。その夜、フルシ チョフ家の来客がスムーロフとムーヒンだけであったことは、あらかじめ明記されていたのだ った。
「私」が、もはや通常の意味での登場人物としての役を積極的に演じていないのはたしかだ としても、ここでは、たんにそれだけにとどまらない奇妙な事態が進行しているようである。
そのうえ、スムーロフの思い出話のうちにも、矛盾というか、あからさまな虚偽が含まれてい たことが曝露される。姉妹ふたりが中座しているあいだに、ムーヒンはスムーロフに、「ヤル
タには駅がない」と告げるのだ(
Nabokov 1990(2): 50
)36)。「どうしてそんなたわごと37」を発 明したのか」と詰問されても、スムーロフはただ、すべてのものが崩壊してゆく「嘔吐を催さ せるほどの速度」を感じ取りながら、「ふたりだけの秘密にしてほしい」と嘆願するほか、な すすべがない。ムーヒンひとりだけでなく、スムーロフの話のあいだじゅう黙っていたという、ヴァーニャ とエヴゲーニヤの反応もまた、感嘆や昂奮ではなく、見え透いたつくりごとを聞かされた気ま ずさを表わしていたのかもしれない。白軍の勇士というスムーロフの虚像にヴァーニャが固執 し続けたと「私」が述べているにしても、それを手放しで受け容れることはむずかしいように 思われる。はっきりしているのは、スムーロフが、当初「私」が考えたような上層階級の出身 ではないだろうということ、自分で申し立てている革命後の経歴も捏造されたものなのだろう ということである。
「緒言」でナボコフは、本作品には多種多様な階級の出身者たちが登場すると述べたうえで、
ヴァーニャとエヴゲーニヤが貴族階級であること、ムーヒンが、白軍の指揮官アントーン・デ ニーキンやピョートル・ヴラーンゲリの麾下で戦った元軍人であることなどを説明している。
それらのことがらは、もともとロシア語版でこの作品に接した読者たち(とくに革命後の体験 をナボコフと共有する読者たち)にとっては、ある程度、暗黙のうちに了解し得るものと見な されていたに違いない。
旧体制下のロシアにおける階級制度の残映を、予備知識のない読者にも多少は感じ取れるよ うにするという必要性のためか、英語訳においては、ロシア語版にはない、ムーヒンのライタ ーが砲金製であったという記述(
Nabokov 1990(2): 49
)や、ロマーン・ボグダーノヴィチが文 通相手(エストニアのタリンにいる友人)に書き送っている「書簡体日記」(Nabokov 1990(2):
77
)のなかに記されたムーヒンの人物紹介として、「白軍でもっとも若い大佐のひとり」とい う事項が付け加えられている(Nabokov 1990(2): 84
)38)。このような細部の微調整により、ス ムーロフのつくり話にたいするムーヒンの応じかたが冷笑的なものであっただろうということ が、誤解の余地なく読者に伝わるよう配慮されているわけである。結局のところ、「スムーロフには謎などない」(
Nabokov 1990(2): 51
)ということ、「いま となっては仮面を剥がれた、ありふれた嘘つきにすぎない」ということで納得していっこうに かまわないようだ。しかし、それでもまだ、「謎は残っていた」と「私」は主張する。他者が それぞれに抱懐しているスムーロフの像は、実物あるいは原型(「真のスムーロフ」)そのも のではない。異体を数えあげてゆくだけでは、それぞれに類似したり、喰い違ったりする複数 のイメージが互いに組み合わされるにすぎないのだ。「スムーロフの仮面の分類」(
Nabokov 1990(2): 54
)は、リンネウス(リンネ)がある一種 の蝶を発見してから二百年のあいだ、昆虫学者たちが、ヨーロッパ各地で同種の蝶を見つけ、個々に厳密を期した分類名をつけようと四苦八苦したあげく、それらが、忘れられかけていた ひとつの原種によって代表され得るものであると結論づけられるにいたり、紛糾していた論議 にかたがついたという、「科学的分類」(
Nabokov 1990(2): 53
)をめぐる逸話が示唆するよう な、困難を免れないのである。蝶の羽の色合いが、気候条件によって微細な差異を生じさせる ように、スムーロフのイメージは、各人の精神状態に左右されて変化するのだ。最初のころ、彼に好感をいだいていた「私」は、いまや純粋な好奇心により、「美学的な戦き」とは別個に、
この人物の実像に迫るゲームに熱中しはじめていたのだと告げる。
しかし、たとえスムーロフの統一的な全体像を再構築することが可能であるとしても、それ ぞれの作中人物の主観にさらされ、映し出された断片的なイメージは、合理的な信憑性を有す る度合いと同じくらい、しばしば信頼できないものともなり得る。その程度は、多くの場合、
「信頼できない語り手」である「私」自身が、他の人びとの心中を推量している程度に依存し ているということになりそうだ。たとえば、マリアンナが、スムーロフのことを「猛々しい有 能な白軍士官」(
Nabokov 1990(2): 55
)だと信じていたとする「私」の言は、エヴゲーニヤの 内緒話に出てきた、伝聞にもとづく表現──「右も左もおかまいなしでひとを引っ掛けまわっ てきた輩」──を曲解したものであって、マリアンナ本人の発言にもとづくものではない39)。さらに、このテクストの語り手は、たんに信頼できないだけではなく、みずからの清廉潔白 さを危うくしてもかまわないたぐいの人物なのだということまでもが、図らずも露呈される。
迂闊にも鍵をもたないまま外出してしまった「私」は、たまたまいっしょに外に出て、劇場に 向かおうとしていたフルシチョフ家の一行のひとり、エヴゲーニヤから予備の鍵を拝借する
(
Nabokov 1990(2): 56-57
)。同じ建物の上下の階に住んでいるので、建物自体の鍵は共通なのだが、おそらくは鍵束についていたのであろう。これを好機と心得た「私」は、フルシチョフ 家の住居に忍びこんで、スムーロフがヴァーニャに贈った蘭や、「堅忍不抜の詩人」グミリョ フの詩集がどこにあるか、また、スムーロフとヴァーニャがならび、そのうしろにムーヒンが 立っているところをロマーン・ボグダーノヴィチが撮った写真がどうなったか、調べてみよう と思い立つのである40)。
蘭や本は見つからず、写真はヴァーニャの寝室で発見される。ただし、そこに写っていたは ずのスムーロフの姿は、「黒い肘」(
Nabokov 1990(2): 58
)しか残されていない。スムーロフ だけが鋏で切り取られた状態で、ベッド脇のランプに立てかけられていたのだった。このよう な状況証拠からすれば、ヴァーニャが恋心を寄せている相手とはスムーロフではないというこ とは、ほぼ明白なはずだ。しかし、それでもなお、真相はべつのところにあるのではないかと「私」は疑い続ける。そして、この出来事から数日後、ふたりの姪を訪ねてミュンヒェンから やってきたパーシャ叔父さんが、ヴァーニャの恋人を取り違えることにより、事態は、偶然に もささやかな波瀾を生じさせることになるのだ。
「私」がたまたま、銃創の予後を診察してもらいにきた病院の待合室(
Nabokov 1990(2): 62
) で、パーシャ叔父さんが見ず知らずの女性と雑談しているのが耳にはいる。その会話のなかに スムーロフの名前が出てくる。叔父は、ヴァーニャがある男性のことを愛しているという話を エヴゲーニヤから聞かされたのだった。やはりスムーロフは愛されていたのかと「私」は(ど うしたわけか)有頂天になり、その夜、フルシチョフ家の客間でスムーロフは(どうしたわけ か)「至福に心を奪われていた」(Nabokov 1990(2): 64
)。だが、それも長くは続かない。同 じ話が叔父からもち出されたさいに、エヴゲーニヤの弁明により、いささか惚けた老人が、ス ムーロフとムーヒンを混同していたことが明らかになるのである。4. 瞬間の視線
このささやかな紛糾と混乱を契機として、しばらくスムーロフの観察をやめていた「私」は、
あれこれ思い悩んだ末に、心の平安を保つため、「ヴァーニャは全面的に私の創造物である」
(
Nabokov 1990(2): 71
)という倒錯的な結論に達するにいたる。ふたたびスムーロフにたいする関心を取りもどしはじめたころ、彼は、フルシチョフ家の小間使い(「グレートヒェンある いはヒルダ」)に「狙いをつけていた」(
Nabokov 1990(2): 71-72
)。両者が親密になるにつれ て、フルシチョフ家ではちょっとした品物の紛失が頻発するようになり、ある日、スムーロフ は、フルシチョフが以前なくした「孔雀のような光沢のある明るい青のネクタイ」とそっくり 同じネクタイを締めて現われるという失態を演じる(Nabokov 1990(2): 74
)。手癖の悪い小間使いは、その後、かずかずの盗みの証拠を見つけられるや否や、姿を晦まし てしまう。だが、ちょうどそのころ、「私」が語っていない盗難事件がもうひとつ出来してい たらしい。そのことは、あとで「私」が掠め取って、密かに読むことになるロマーン・ボグダ ーノヴィチの書簡のなかに記されていた。そのなかで彼は、スムーロフがフルシチョフから預 けられた貴重な品物(「銀の嗅ぎタバコ入れ」)をなくしたと称しつつ、そのじつ盗み取った のではないかと疑い、スムーロフを窃盗癖のある人物と決めつけていた(
Nabokov 1990(2): 85
)。 それのみならず、ロマーン・ボグダーノヴィチは、スムーロフには性的な偏りがあり、肉体的 には「成熟した男らしさ」(Nabokov 1990(2): 84
)に惹かれながら、「プラトニック」な讃美 の対象としては女性を選ぶのではないかと分析していたのである 41)。こうしてスムーロフは、自然の法と社会の法のいずれにも背く者と見なされたわけだが、それでもロマーン・ボグダー ノヴィチは、彼を犯罪者ではなく、ただ哀れむべき人間と思っているだけなのだった。
このようにして、「ほんとうのスムーロフ」(
Nabokov 1990(2): 89
)をさぐりあてようとし てきた「私」の探求は、ようやく終わりに近づいたようであった。「私が出会った人びとはす べて生きた存在ではなく、スムーロフを映す偶然の鏡にすぎなかった。とはいえ、そのうちの ひとり、どのひとよりも重要で、どのひとよりも明るい鏡は、いまだにスムーロフの反射像を 私に差し出してくれようとしない。」つまり、ヴァーニャの視線によってとらえられたスムー ロフの像を知ることが、探査の締め括りとしてどうしても必要になってくるのである。「私」がはじめてヴァーニャとふたりきりになり、自分の感情を吐露する場面(
Nabokov 1990(2):
90-96
)では、これまで読者が読んできたいくつかの箇所にもまして、奇妙なことが生じる。「私」は、スムーロフのことをどう思っているかヴァーニャに尋ねるという所期の目的を忘れ果て、
頑強に拒絶されているにもかかわらず、ヴァーニャを強引に抱擁しようとするのである。その 直後、家を飛び出した「私」が通りを急ぐくだりは、かつて自殺を図ったときに生起した一連 の出来事を変奏するもののように思われる。銃を発砲する直前、もとの自分の居室で「私」は、
山高帽(
bowler hat
)をかぶった男の姿が鏡に映っているのを見た(Nabokov 1990(2): 17
)。花 屋で鈴蘭を買った「私」は、「山高帽[derby
]をかぶり花束をかかえた若い男」が自分のほ うに近づいてくる姿を鏡のなかに見る。「その反射像が私と溶け合ってひとつになった。」自分が亡霊ではないとわかりはじめ、夢が突然現実に変わりはじめている予兆に戦慄する「私」
は、自殺の場となった以前の居室を訪れて、自分が死んでいることを改めて確認しようとする。
壁の弾痕が漆喰で隠されているのを見、心臓に手を当てるとき、「私」は世界がふたたび無意 味になったことを実感するのである(
Nabokov 1990(2): 99
)。かつての家主であった老婦人へ の手土産とするはずだった鈴蘭をそのままもち帰ることにした「私」が、緑の茎の湿り気から、「無」にはいりこむとき伴奏のように耳にはいってきた水の零れる音を連想しながら、歩道の 縁をたどっていると、背後からだれかが「スムーロフさん」42)と呼びかける声が聞こえてくる
(
Nabokov 1990(2): 100
)。これまでにも読者がうすうすと察知していたことには違いないけれども、ここでついに、「私」がスムーロフそのひとにほかならなかったことが、疑念の余地な く事実として突きつけられるのである。
スムーロフと呼びかけたのは、マティルダの夫、カシマリンであった(これまでのところで はそれが夫の名前であることは示されていなかった)43)。浮気性の妻と離婚した彼は、スムー ロフにたいして理不尽な暴力を働いたことを謝罪し、詫びのしるしとして、高収入の仕事を紹 介しようと申し出るのだった。それを受けて、「私」=「目」=スムーロフは、現実への回帰 を果たしてもよさそうなところだが、それは生計を立てるという経済的な方便以上のこととは なりそうにない。「……私は存在しない。存在するのは私を映し出す幾千もの鏡だけなのだ。
知人ができるにつれて、私に似た幻像の人口は増大してゆく。それらはどこかで生き、どこか で増殖する。生存しないのは私だけだ。」(
Nabokov 1990(2): 103
)この最終的局面にいたって、『目』が、十九世紀的な分身やドッペルゲンガーの主題を巧妙 に換骨奪胎した作品であるとともに、二十世紀のいわゆる探偵小説の黄金時代に登場した、記 述者による情報伝達の取捨選択の結果、読者のがわに錯覚や思いこみを生じさせる種類のトリ ック44)に似たものを駆使した作品でもあることが明らかになってくる。もうひとつ重要な点が ある。この作品における中心的な手法は、かなりのところ、映画的なものであるとして類推的 に説明づけられるであろうということだ44)。その少なくとも一部分は、映画理論において一般 に縫合46と呼ばれているものと関連しているといってよい。
『目』における語り手である「私」は、映画や演劇でいえば「第四の壁」にあたるもの──
それと同様のものは、通常の場合、文学的テクストによって創出された虚構の空間と読者のあ いだにも存在するだろう──を自分自身の死によって周囲の世界とのあいだにつくり出したか のようにふるまっている。虚構上の人物としてはきわめて不合理なことではあるにせよ、「私」
は、自分が不在であることを前提として、不在の場を暫定的に占めている知覚あるいは意識の みが残存しているかのように仮構する。映画の場合であれば、この不在の場に観客の視覚が代 入される。その結果として、想像的に主体の不在が隠蔽され、補充されることにより、(象徴 的な場でもあり得る)映画的境域と(画面外の空間である)想像的境域との区分ならびに連繋 が実現するのである。
このような縫合の考えかたを踏まえていうならば、「私」は、テクスト内にもうひとつの想 像的境域を設定するという二重化を行なっていることがわかる。作中人物である「私」は、映 画の場合でいえば、表象=再現=代行という機能を有する光学装置がおかれるはずの界面にみ ずからを位置づけようとしている。しかしながら、じっさいになされるのは、ひとの顔色や発 言を地道にさぐり、それらがいったいなにを意味しているのかという憶測や推断をとおして、
他者の脳裡にあるスムーロフのイメージを仮想的に蒐集する作業であって、そこにおいては、
客観性の徹底が必ずしも追求されているようには思われない。詰まるところ、真の不在の語り 手と呼ぶべき三人称の語り手のような中立性は、はじめから想定されていなかったのだという ことになるに違いない。
逆の見かたをすることもできるだろう。『目』の作者がめざしたのは、無色透明な語り手と いう因襲的な制度を異化することであったのだとも考えられる。それと同時に、語り手がテク ストのいたるところに偏在しようとするならば、荒唐無稽とまではいわぬにしても、まるで亡 霊そのもののような稀薄さに還元されるほかないという限界性も、アイロニカルに、遺憾なく 顕示されているのである。また作者は、時としてみずから語り手の地位を担い、テクスト内に
流通する情報のすべてを統御することもあり得る、主人公という特権的な作中人物に改めて着 目し、あえて問題化しようともしている。
それは、自己の申し立てのうえに一枚岩的に構成された人物像を意味するものではない。つ ねに他者の視線にさらされ、表層によって内面を判断される存在にほかならない。このような 逆説的な(あるいは唯美主義的な)転倒を導入する目的で、作者は、映画的な方法を参照しよ うとした。ここでは、ナボコフの他のテクスト47)におけるような、記憶のあらゆる細部にいた るまで、言語によって入念に精緻化を図ろうとする藝術的志向は、より視覚的なものの模倣へ と道を譲っている。そこで浮上してくるものとは、映像表現におけるカット割りに相当するよ うな、瞬時に把握され定着された、変化し続ける印象の連鎖である。
ごく短時間のうちに継起するイメージの集積が、目眩く速度で切り取られでもしたかのよう に断片化されるとともに、そのひとつひとつが、つぎからつぎへと接合されて、一連のシーク エンスをかたちづくってゆくさまは、たとえば、「私」=スムーロフが家庭教師として住みこ んでいる家に押しかけてきたカシマリンが、相手を一方的に痛めつける場面に見ることができ るだろう。カシマリンが現われた瞬間に、「私」の生活の壁のすべては、音のしない「スクリ ーン」(экране)のうえで起こったことのように、崩れ去ってしまうのだ(
Nabokov 1990(2): 11
)。 精神的な動揺のさなかで、左右に立って自分を見ているふたりの少年や、怒っている訪問客 が、まるで「活人画 」(живая картина
)48)ながらに記憶のなかに凍りつく(Nabokov 1990(2):
12
)。しかしながら、ステッキで殴られ、部屋から部屋へと逃げまわっているあいだ、どこに いっても、少年たちが、フレスコ画に描かれたかのように異なった姿勢で静止したまま、自分 を凝視し続けていたというのは、ひょっとして錯覚にすぎなかったのではないかと「私」は認 める。分断された印象に意味や不変性を賦与しようとしただけのことかもしれないのだ(Nabokov 1990(2): 15
)。このようにほのめかされた人間の知覚のあやふやさは、『マーシェンカ』などにおいて根幹 をなしていた独我論的な方向性とは対極をなすものなのだろうか。いや、必ずしもそうではあ るまい。『目』においては、外在的条件による制約ゆえに、あるいはみずからの能力の限界や 倫理的な卑小さゆえに、人間の知覚が、事象を歪にしかとらえられないものであることが示さ れる。極小な視点としての人間は、瞬間ごとに受容される外界の印象、瞬間ごとに組み立てら れる想像をとおして、瞬間ごとの同一性を獲得する。
このようにして、ある一瞬における他者の現前と、ある一瞬における独我論の発生は、双生 児的に両立し、場合によっては同義となるのである。つまり、ひとが見た自分だけしか存在し ないという主張(「存在するのは私を映し出す幾千もの鏡だけなのだ」)は、自分に見えるも のだけが存在しているという主張を転倒させたものにほかならないわけだ。「哀れなスムーロ
フは他者の頭脳に反映されるかぎりにおいてのみ存在し、それらのほうもまた彼と同じ、奇妙 な、鏡像的な苦境のなかにおかれている」というのが、「緒言」におけるナボコフの言である。
このような姿勢は、多くのところで、機会あるごとに「一般観念」を断固として否定しよう とする作者自身の信条とも軌を一にするだろう。『目』のある一節が、「私」=スムーロフの 言葉を借りて喝破しているところにしたがうならば、基本原則などは存在しない。万事が流動 的で、偶然に支配されている以上、『資本論』(1867年、1885年、1894年)のよ うな書物を書くことは無駄な努力だとされるのである(
Nabokov 1990(2): 28
)。「分岐してゆ く人生の構造」は、ひとが過去を(「現実には花開くことがなかった驚嘆すべき薔薇色の出来 事」などを)振り返ってみて、進むべきだった道筋がある一点でいくつにも枝分かれし、その ひとつひとつがジグザグに伸びてゆくさまを感知できるようにしてくれる。そうした代替的な 選択肢がすべて同時に存在しているという眺望を可能にすることは、人間の想像力の働きのひ とつに数えられるべきなのではないだろうか。じっさいには白軍の士官ではなかったスムーロフが得々と語る、虎口を脱した冒険の物語は、
たんなる虚言と決めつけられるべきではない。それは過去の美化であると同時に、過去と未来 がともに有している定めがたさを示すひとつの例でもあるのだ。嘘つきかもしれず、内通者か もしれないスムーロフが、過去にどのような人物であったかは依然として曖昧模糊としたまま である。相互に矛盾し合うイメージのひとつ、他者の目に映じているものと想像された、屈託 のない、育ちのよさそうな青年という人物像にしても、現実のスムーロフとは乖離し、その生 涯のある時点で生じた分裂を暗示しているかのようである。
その分裂とは、自殺を試みたあとの「私」が、銃弾の衝撃を契機として、自殺を試みる以前 の自己(スムーロフ)が屈辱や痛手を被ることなく、その後の人生を歩んだことを想像する失 地回復的な試行から発生していると見なすことも可能だろう。スムーロフは、「私」自身の現 実に対立する仮設的な現実として思い描かれているのだと解釈してもかまわない。その意味に おいて、テクスト上で「スムーロフ」と名ざされている存在は、「私」の分身となっていると いえるのだ。
これまでにわかったように、分身とは自己によって見られた自己自身にほかならないわけが、
ここでもう一度、この作品における見ることの意味を確認しておかなければならない。「この 世における唯一の幸福とは、観察すること、スパイすること、監視すること、自分自身と他者 を仔細にさぐることであり、大きな、かすかに硝子体を思わせる、いくらか充血した、瞬きを しない眼球以外のなにものでもなくなってしまうことなのだと私は悟ったのだった。」(
Nabokov
1990(2): 103
)無限に細分化され得る個々の瞬間において、万象を見ること、すべてを極限にいたるまで把握できるようにすることこそがひとの同一性そのものであり、それらの瞬間ひとつ ひとつこそがひとの生にほかならないのである。
註
1) 本論文中における議論は、ドミートリイ・ナボコフによって訳され、作者が監修した下記の版に依拠してい る(引用箇所は括弧内のページ番号によって示すこととする)。Vladimir Nabokov, The Eye, trans. Dmitri Nabokov in collaboration with the author (1965; New York: Vintage International, 1990). ロシア語原文につい ては、電子テクスト(http://lib.ru/NABOKOW/に収録されているもの)を参照した。もともとの表題であ
るСоглядатайに忠実に準拠するとすれば、『穿鑿者』などとするべきところだが、本論文中では
英語訳の表題(The Eye)に則して『目』と称することにする。ロシア語原文にあった六章の区分は英語訳 にはなく、場面の転換や時間の経過を示すために行間が空けられているのみである。また、英語訳では、最 初の三つのセクションのみ、書き出し一文字分が大文字化されている。
2) Vladimir Nabokov, Mary: A Novel, trans. Michael Glenny in collaboration with the author (1926, 1970; New York: Vintage International, 1989).
3) Vladimir Nabokov, King, Queen, Knave, trans. Dmitri Nabokov in collaboration with the author (1928, 1968;
New York: Vintage International, 1989).
4) Vladimir Nabokov, The Defence, trans. Michael Scammell in collaboration with the author (1964, New York:
Vintage International, 1990).
5) 英語版に付された「緒言」(日付は1965年4月19日となっている)において、ナボコフは、ロシア語 原題は「スパイ」あるいは「監視者」を意味する「古風な軍隊用語」に由来するものだと説明している。な お、この「緒言」にはページ番号の記載がない。
6) Cf. Grayson 1977: 238.
7) Vladimir Nabokov, Glory, trans. Dmitri Nabokov in collaboration with the author (1971; New York: Vintage International, 1991).
8) Cf. Shrayer 1999: 322-24. ロシア語で書かれた作品を作者自身とドミートリイ・ナボコフらが英語訳したもの
(『九つの短篇小説』[1947年]、『ナボコフの一ダース』[1958年]、『ナボコフの四重奏』[1 966年]、『ロシア美人とその他の短篇小説』[1973年]、『独裁者殺しとその他の短篇小説』[1 975年]、『ある日没の細部とその他の短篇小説』[1976年]などに収録されたものを含む)と、も ともと英語で書かれた作品(『九つの短篇小説』、『ナボコフの一ダース』、『ナボコフの四重奏』などに 収録されたもの)は、Vladimir Nabokov, The Stories of Vladimir Nabokov (New York: Vintage International, 1997,
2002) に集成されている。同書には、作者の生前に出版された各短篇小説集所収の五十二篇に加え、既存の
各書で英語訳されていなかった十三篇をドミートリイ・ナボコフが新たに訳出したものが含まれている(1 990年代に新たに発見された「イースターの雨」[1925年]が2002年版に追加された)。
9) Vladimir Nabokov, Despair (1937, 1966; New York: Vintage International, 1989). 本作品は、『暗箱』(ウィニ フレッド・ロイ訳)に引き続き、イングランドの出版社、ジョン・ロング社より作者自身の英語訳によって 出版された。
10) Vladimir Nabokov, The Real Life of Sebastian Knight (1941; New York: Vintage International, 1992).
11) Vladimir Nabokov, The Annotated Lolita, ed. Alfred Appel, Jr. (1970; rev.ed., New York: Vintage Books, 1991).
12) Vladimir Nabokov, Pale Fire (1962; New York: Vintage International, 1989).
13) Vladimir Nabokov, Look at the Harlequins! (1974; New York: Vintage International, 1990).
14) とはいえ、『キング、クィーンそしてジャック』においてはロシア人亡命者の共同体が舞台とはなっていな
かったという重要な相違点がある。
15) 語り手が「名前と父称」(Nabokov 1990(2): 13)で呼んだとする記述があるにもかかわらず、この人物の名
前がじっさいに明らかになるのはかなりあとのことである。