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オリンピック博物館とクーベルタン

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Academic year: 2021

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オリンピック博物館とクーベルタン

著者 伴 義孝

雑誌名 阡陵 : 関西大学考古学等資料室彙報

巻 24

ページ 8‑9

発行年 1991‑11‑30

URL http://hdl.handle.net/10112/00024239

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オ リンピック博物館とクーベルタン

伴 義 孝

「スボーツで世界平和の実現を

.  .  .  . 

!」とは絵空 事だろうか。 1894年6月23日、国際オリンピッ

ク委員会(以下、「IOC」という。)が、とも かくこの理念のもとに、フランス人のピエー ル・ド・クーベルタン男爵 (1863‑1937)によ

って創設された(写真 1)。

IOCは、現在ではスイスのローザンヌに本

  . .

拠地をもち、つぎの「オリンピック運動の4大 理念」を標語にして活動を続けている。

スポーツの本質である身体的、精神的資質の 向上を促進する。

スポーツ教育をとおして若人の相互理解と友 情を深めて、もって、平和な世界を建設する。

オリンピック運動を世界に広め、もって、国 際親善につとめる。

4年毎に開催するオリンピック大会に、世界 のスポーツ人を集める。

「オリンピック博物館」は、 IOCがオリン どック理念のメッカとして開設したものだが、

美しいローザンヌの町並みに調和して気取らぬ 風情で、観光客や専門家をとわず、世界各地か らの来館者を待っている(写真 2)。所在地は、

ローザンヌ駅から、ゆっくり歩いて5分、駅前 のRuchonnet大通りのハウス番号「18」。館内 は、 1階が「博物館」で、 2階が「図書館」と

「研究室」、 3階が「資料サービス室」と「会議 室」になっている。

建物はいたってこじんまりしていて、海をこ えて日本からわざわざやってきたのに、な一ん だこんなものかと、一見、がっかりさせられる が、内容はやはり重厚である。じっくり時間を かけさえすれば、必要な資料を満足できるまで 掘り起こすことができる。もちろん、クーベル タンとオリンビックに関するものならすべて揃 っている。

1922年、 IOC本部は、ローザンヌ市の厚意 で、市中の公民館「MonRepos平和の館」の4 階の1部屋の寄贈を受けて、そこに移転。後日、

さらに4階全部が寄贈され、その一部に、 1915 年の設立計画案採択以来の念願であった 「オリ

. 

写真 ①  クーベルタン胸像

(オリンピック博物館にて)

ンピック図書館・博物館」が本格的に開設され ることになる。その4階は、爾来、クーベル

ンが生活してきた寓居で、当時のコレクショ

: ・

は、すべて、彼みずからが所蔵していたからに ほかならない。

残念なことに、この図書館と博物館は1970年 に休館となる。世界各国から寄贈を得て、増え るばかりのコレクションが収容しきれなくなっ たからであった。

現在の施設はこうした経緯のもとに、 1982年

.  .  .  . 

6月23日、市街地に再び開館したものだが、い まではこの施設も手狭になって、コレクション の大半が別館の倉庫にしまいこまれている。ま た、苦肉の策として、市中の諸施設の一角に展 示湯を借りて、公開してもいる。館内の展示場 では、 1896年アテネ開催の第1回近代オリンピ

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ック以来、歴代の夏期大会並びに冬期大会のデ ィスプレイが定期的に開催され、すべての来館 者を楽しませてくれる。また、古今東西の貴重 なスポーツ芸術品を多数所蔵し、加えて、古代 オリンピック関係資料も豊宮にある。一方、蔵 書には、バックナンバーの揃った各国あるいは 類型別の関係雑誌も多数あり、調査資料として 大いに重宝がられている。

オーディオ・ビジュアルサービスも完備して いて、専門家にも、一般客にも人気が高い。も ちろん、専門的な研究者には、「資料案内サービ ス」があり、数名の専門家が対応してくれる。

展示されていない膨大な資料、責重図書、古文 書は資料案内サービスを利用すれば、丁寧に説 明してくれた上で、閲覧できる。当地はフラン ス語圏なのだが、館員のほとんどが流暢な英語 も話し、英語での対応にはこまらない。

オリンピック理念は市井の人びとにとってこ そ生活信条にすべきだ、とクーベルタンは折り に触れて説いてきた。その意味で「オリンピッ ク博物館」の役割は大きい。 IOCもこの点を 認識して、加盟各国が自前のオリンピック噂物 館を設置する運動を進めている。そのため「オ

))ンピック博物館」は、主要行事の一つとして、

「国際シンポジウム:スポーツ博物館経営」を ローザンヌで毎年開催している。世界のスポー ツ仲間とともに、「みんなのオリンピック理念セ ンターとしての博物館つくり」のノウ・ハウを 研鑽するためだ。

IO C自らは、現在、 21世紀に対応できる画

写真 ②  オリンピック博物館

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写 真 ③ 遣築中の新オリンピック博物館のデッサン

(「オリンピック・レピュー」1989年7月号の表紙より)

期的な構想のもとに、教育・研究施設も完備し た「新オリンピック博物館」(写真・~1°:雉設を 進めており、その開館日を1993年6月23日に設 定している。 「新オリンピック博物館」は、あの 風光明媚なレマン湖畔のウーシー港地区の、見 事に整備されたオリンビック公園内にできあが る。訪れば、眼前の湖面に遊び白鳥も世界の人 びとを平和に迎えてくれることになるだろう。

クーベルタンは、きわだって、先見性のある 人物だった。しかも「100年先」が読める人物と いえば歴史的にも稀であろう。彼は、商業主義 に毒されつつある現在のオリンピックを予見し ていたし、「みんなのスポーツ」が主流になるこ とも予見していた。いや、大衆スポーツの興隆 こそが彼の究極的な狙いであったといってもよ い。彼は現実主義者であると同時に、ロマンチ ストでもあった。だから、主知主義から派生し た、見えすぎる矛盾を浄化するために、スポー ツによって人間に生きる力と希望を与えようと 闘ったのである。

クーベルタンは「スポーツは純粋、それを悪 用する人間に罪がある」とも書き残している。

昨今の ROEの活動やオリンピック関係の話題 はどうも金権主義に堕してるように思われる。

いまこそ、21世紀のために、「オリンビック運動」

が果たしてきた歴史的事実を正当に評価し、そ の理念を再確認すべきであろう。その考察の現 場が大学であってもよい。大学の協力こそは、

クーベルタンが100年前に希求していたことに ほかならない。

参照

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