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ジャン・ボードリヤールの 写真実践における壁と媒体についての考察

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ジャン・ボードリヤールの

 

写真実践における壁と媒体についての考察

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査読論文

ジャン・ボードリヤールの

写真実践における壁と媒体についての考察

森田 塁

もりた るい 立教大学大学院 現代心理学研究科映像身体学専攻博士課程後期課程 映像研究・映像身体学

序論

社会学者あるいは批評家として著名なジャン・ボードリヤールは、多くのテキ ストを書きながら、そのキャリア中期以降に自ら撮影した写真を発表した。イ ンタビューによれば、ボードリヤールは 1980 年代初頭に来日した際にカメラを 贈られたことをきっかけに、写真を撮影するようになったという

1

。 1990 年代に は写真集を発表し、各地で展示を行った。彼は 2007 年に没したが、近年も台湾

( 2014 )

2

やロサンジェルス( 2015 )

3

で作品は公開されている。一方で写真の発表 と並行するように、彼は 1990 年代以降、写真についてのテキストも書いている。

『透きとおった悪』以降、『完全犯罪』 『不可能な交換』 『悪の知性』などの著書に収 録された断片的な「写真論

4

」において、彼は写真とそれを生み出すカメラ=フィ ルムという装置について、根源的な問いを提示した。本研究はこれらの写真とテ キストに対して「ボードリヤールの写真実践」という枠組みを示そうとするもの である。

ボードリヤールはインタビューにおいて、テキストを書く仕事と写真を撮る行

1 Zurbrugg (1997)を参照。

2 ホン・ ガ・ ミュージアム(Hong-Gah Museum)での、「ジャン・ ボードリヤール-写真とパスワード(Jean Baudrillard – Photography and Passwords)」。

3 シャトー・ シャット(Chateau Shatto)での、「ジャン・ ボードリヤールの写真: 究極のパラドクス(Jean Baudrillard’s photography: Ultimate Paradox)」。

4 『消滅の技法』(Baudrillard 1997)の文章は、図録でもあるWeibel(1999)にも収録されており、ボードリヤールの まとまった写真論と捉えられているが、内容は『透きとおった悪』(Baudrillard 1991)の一部を改稿、展開したもの であり、その後に書かれたテキストの内容とも重なる。ゆえに本稿ではこれをボードリヤールの「唯一の」写真論と は捉えない。

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為の直接的な関係を否定ないし保留しているが、その関係は複数の論者から指摘 されている

5

。本稿では、彼の写真に見られる「壁」という対象、そして「媒体」に ついての思考に着目することから、彼の写真実践の理論的な基盤を明らかにした い。その際に取り上げるテキストは、先述した「写真論」ではない。むしろ彼が カメラを持つ以前に書いたテキストを考察の対象とし、テキストにおける思考が 写真実践にどう響いているかを検証することを目的とする。

1 写された壁

ボードリヤールが撮影した写真は、ありふれたスナップショットのように見え る。市街地に置かれた車やバイク。街路樹。多くは明るい日差しのもとで写され ており、事物がはっきりと見て取れる。室内で写された写真もある。テーブルに 置かれたノートとペン、その横には灰皿が見える。別の写真を見る。ベッドの上 の毛布。ついさっきまで誰かが眠っていたのだろうか。また別の写真。古いラン プ。布の掛けられた椅子。扉の一部。都市の光景を写したこれらの写真はカラー フィルムで撮影されており、画面に映るのは私たちがよく知っている物や場所で あるように思える。

しかし写真を前にして「なぜこれを、このように写すのか」と考えたとき、そ の意図は必ずしも明確ではない。写真には撮影された年と土地の名前が記される だけで、撮影者の動機を読み取る手掛かりとなりそうな題もない。もちろん写真 は一枚のイメージによって何事かを表すだけではない。複数のイメージが結びつ くことで、撮影者の思考=運動が浮かび上がってくることもあろう。しかし彼の 写真において、近接する写真群は確かなシリーズを形成しない。一方でこれらの 写真を、都市生活者ボードリヤールのプライベートなドキュメンタリーもしくは 旅行記のイメージとして見ることも難しい。画面には端的に事物が現れるだけで あり、そこにエピソードを想起することはできない

6

5 Merrin(2006)での指摘のほか、Weibel(1999)収録の “Kairos and Contingency in Photography: Jean Baudrillard’s Photographs” でも議論の前提とされている。

6 基本的に人物を対象としていない点もボードリヤールの写真の特徴である。訳者であり日本におけるボードリヤール の紹介者である塚原史によって、これらの写真の印象は「人間という「主体」が立ち去った直後の世界の光景」(塚原 2008: 59)とも表現されている。

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そうした謎とともにボードリヤールの写真を見ていったとき、一定のまとま りをもった対象として現れるのは「壁」である。まずは『 ROME 1998 』 [図 1 ]と 記された一枚を見てみる。写真には路地裏のような場所に停められた数台のス クーターが写されており、その背後には建物の外壁と鉄の門が見て取れる。し かし写真をよく見ることで視線が導かれるのは、こうした事物そのものではな く、むしろスクーターのフロント部分のガラスに反射した光が背後の外壁や鉄門

図1 ROME 1998 

図2 PORTUGAL 1990 

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に描く模様であり、また外壁に描かれたグラフィティとよばれるような落書き である。一見すると何気なく都市の片隅を撮影したように思われる写真『 ROME 1998 』は、非常に鮮明に事物を撮影している一方で、その背後に存在する壁と そこに描かれたイメージを見せている。このように見ることができる写真は

『 ROME 1998 』だけではない。『 PORTUGAL 1990 』 [図 2 ]と記された写真を見 たときに、私たちがまず目にするのは無造作に干された下着である。おそらく は住宅地であろう場所において、真っ直ぐに引かれたロープに吊るされた下着 は、背後の壁に影を落としている。そしてこの影に導かれるようにして、壁自体 に焦点を合わせたとき、見えてくるのはこの壁のひび割れや舗装された跡であ り、さらに壁には書かれたサインのようなものを発見することができる。これら の二枚の写真は作為なく写されたように見えるが、画面において写し出された 壁はその外側を見せずに切り取られている。写真のフレームは、壁を建物全体 との関係において示すのではなく、壁そのものとして確かな存在を与えるよう に機能しているのだ。このようにボードリヤールの写真において壁は、都市の 事物の背景であるのみならず、光や影といった現象が映された物、あるいは都 市に存在するサインが描かれた物として、意図的に選び取られているように思 える。

この壁への注視を意識してボードリヤールの写真群を見るならば、各写真に は、異なるスケールの「壁=面」を発見することができる。『 TORONTO 1994 』

[図 3 ]では、大きく空が映りこんだ鏡のようなビル全体が、都市にそびえ立つひ

とつの面として写されている。急激な天候の変化が起こっていたのだろうか、曇

天の薄暗い空を背にして、まるで巨大なスクリーンのように見えるビルの表面に

は、対照的に鮮やかな青空と白い雲が映し出されている。この写真では、ビルと

そこに映し出された像は、撮影された一瞬のうちに分かち難く現れている。他方

で、こうした彼の視線は細部へも向かう。一見すると何が写されているのか判

別しがたい『 BOGOTA 1996 』 [図 4 ]は、よく見れば壁の一部を接写した写真であ

る。黄色と白に直線的に塗り分けられている様子と画面下の描かれたイメージか

らは、この壁が看板あるいは広告の一部でもあることが想像される。壁は経年の

ためであろうか、材質が露わになり描かれた塗料も剝がれ落ちることで、描かれ

たイメージと壁自体の物質性が混合された状態を見せている。さらに画面の中央

下部分には、壁に映った影(撮影者であるボードリヤール自身の影であろう)と

溶け合うように、壁に描かれたイメージが見えるが、壁の手前に置かれた実体な

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のか、あるいは描かれたイメージなのか判別しづらく、見る者に奇妙な印象を与 える。

こうしてボードリヤールの写真を見ていくことで、私たちは写真に映るあら ゆる事物の表面を「壁=面」として知覚するような視線を受け取る。そしてこの

「壁=面」を、事物とそこに現れるイメージが結びつけられる場として見るのだ。

同時にこれは、別々に見ていた写真の画面に現れる光景同士を、それらが「壁=

図3 TORONTO 1994 

図4 BOGOTA 1996

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面」であることによって、結びつける経験でもある。このようにボードリヤール の写真に写された壁とは、特別な対象(モティーフ)として、彼の写真実践を構 成する要素足り得るのではないか。これが本稿の仮説であり、以下の考察におい て、この「壁」の位置づけを明らかにしていきたい。

2 壁と媒体

ボードリヤールにとって壁とは何か。一旦写真から離れてそう問うたとき、彼 が写真を撮影する以前に書いたテキストを参照できる。以降では『記号の経済学 批判』 ( Baudrillard 1972 = 1982 )に収録された、彼の初期のメディア論「メディア へのレクイエム(以下 レクイエム )」を考察の対象とする。この「レクイエム」

では、メディアつまり媒体についての思考との関係から、壁について書かれる。

主に同時代のマス・メディアに対する言説の分析を通じて、彼は一般的に考えら れているメディア概念を一挙に相対化するような思考を提示する。この独自の媒 体についての思考は、ボードリヤールの写真実践の基盤を見定める上で、重要で あると考えられる。

議論はハンス・マグヌス・エンツェンスベルガーの「メディア論のための積木 箱(以下「積木箱」)」を、批判的に検討することで展開される。エンツェンスベル ガーが前提とするのは、メディアを一部の者の占有物ではなく、広く大衆が用い るものとすることが社会の変革に繋がるとの考えである。エンツェンスベルガー はメディアという語を、テレビからビデオレコーダーそしてコンピューターに連 なるような「(発達する)エレクトリック・メディア」つまり具体的なメディア・

ツールの意味で用いる。彼はベルトルト・ブレヒトの「ラジオは受信装置である のみならずコミュニケーションの装置でもあり得る」という考察を導きとして、

メディア・ツールをコミュニケーション装置として捉え直すことを提案する。「メ ディアのこのような用い方は、従来その呼び名を不当に担ってきたコミュニケー ション・メディアをその本来の姿に戻すことになろう」 (エンツェンスベルガー

1975: 98 )。「積木箱」では、主としてこの「メディアの(相応しい)用い方」が示さ

れ、その先に「(メディアの)本来の姿」が構想される。ゆえに「受信者の立場から

製作者/発信者の立場への移行」を主張するものとして、「積木箱」の論旨はまと

められる。

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029 一方でボードリヤールはエンツェンスベルガーの議論を踏まえた上で、メディ

アの問題点を指摘する。以下ではその主張を二つの点から取り上げる。

あたかも一台のテレビないしカメラを持つことが関係と交換の新たな可 能性を増大したかのようだ。実は厳密に言って、それは電気冷蔵庫や トースターを持つことと同じことなのだ。機能的なものへの応答

4 4

などな い。つまり、その機能というのは、そこでは、とっくに応答が与えられて おり、(…)集積されたことばのことなのである。( Baudrillard 1972: 210- 211=1982: 223 )

このエンツェンスベルガーに対する批判から、彼はエンツェンスベルガーの提 案する、メディア・ツールの転換という発想を有効だと考えていないことが理解 される。ボードリヤールは引用部分の直前でマス・メディアを選挙システム及び 国民投票と重ねるが

7

、指摘されるのは、既存のシステムが一見応答を促してい るように見せかけて、実際は選択肢を限定し、応答を促す側の想定される範囲で の返答を要求することである。こうした性質がメディア・ツールの「機能」に内在 すると考える彼にとって、エンツェンスベルガーの主張はメディアの問題に対す る根本的な批判足り得ない。

第二の問題は、現に生じる対抗的政治行動の可能性をマス・メディアが阻害す ることである。彼は 1968 年 5 月のパリに発生した政治行動とそれを伝えるマス・

メディアの関係を振り返る。「学生の行動が起爆剤であったとするならメディア は共鳴装置であった」とマス・メディアの運動への影響を認めた上で、しかし「メ ディアは出来事に突然でしかも法外な展開を押しつけ

4 4 4 4

、そしてその強制され

4 4 4 4

早す ぎた拡大によって独自性を持った運動からその固有のリズムや感覚=意味を奪い 去った」 ( Baudrillard 1972: 213=1982: 225 )ことを指摘する。この考察からボード リヤールは、マス・メディアによる伝達を「モデルの強制」であり「形態/記号に よって把握しなおされる」ことだと結論づける。彼は政治行動にいかなる意義が あれども、マス・メディアによって伝えられる、つまり「メディア化」されること

7 「マス・メディアのなかで最上位にあって最もみごとなのは、結局選挙システムである。つまり、国民投票がその総仕 上げであって、そこでは応答は調査と同じように質問のなかに含みこまれている。(…)交換という形式的な仮面のも とでのことばの絶対化=専制化こそが権力そのものの定義なのである」(Baudrillard 1972: 210=1982: 221-222)。

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によって、その事象が有する対抗的な力は抜き取られるのだと考えている。

以上の二点を挙げ、マス・メディアの不能を示した上で、考察を中断するよう に、彼は「レクイエム」の中盤でやや唐突に壁について書く。

五月における真の革命的媒体は壁であり、壁に書かれたことばであり、セ リグラフィー(絹捺し刷り)ないし手書きのポスターであり、またこと ばがゆきかう街路だった。そしてすべてこうしたことは、相互に依存し つつ対立する同じ時間と場所のなかに与えられ、返礼され、語られ、応 答され、不安定でしかも媒介されずに

4 4 4 4 4 4

刻みこまれるということなのだ。

( Baudrillard 1972: 218=1982: 230 )

このボードリヤールの主張において、媒体つまりメディアという語の意味は、

それ以前の考察から大きく展開されている。彼にとって「真の革命的」な媒体は 壁なのだと示されるが、どういうことか。引用部分の直後ではマス・メディアに ついて「応答なきメッセージが物と化した装置( support )」、「遠方への橋わたしの ネットワーク」と表現されるが、それに対し、〈壁=媒体〉は「同じ時間と場所の なかに与えられ」るものだと示している。そのことからすれば、一見奇妙に読め る「媒介されずに

4 4 4 4 4 4

刻みこまれる」という言葉も明らかになる。ここで壁という事 物は、人々の応答を生み出すことにおいて確かに媒体といえるが、しかしマス・

メディアに想定される、それ自体は透明な入れ物のようなものとして(遠方へ)

媒介=伝達を行う何かとは、明確に区別されている。ゆえにボードリヤールは壁 について、特定の時空間に事物として存在し、直接に物質的に刻みこまれ、形態 を変容させ続けることにおいて、特異な媒体として理解できると考察したことが 読み取れる。

さらに「レクイエム」での主張〈壁=媒体〉において着目すべきは、壁と並列に

「ことば」 「セリグラフィー」さらに「街路」が挙げられることである。つまり壁と は、ことばやセリグラフィーの「支持体」ではないし、同様に街路の「部分」では ない。それらは彼のテキストで、各々のスケールを超越するように、ひとつの

(革命的)媒体として結びつけられている。

この〈壁=媒体〉という思考はボードリヤール独自のものだと考えられる。同

時にこのテキストには、写真を撮る以前に「壁」を見つめる彼の視線が確かに存

在する。

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3 象徴交換

この媒体についての思考の全体像を捉えようとしたとき、背景には彼の主要な 概念「象徴交換」がある。象徴交換は人類学者のマルセル・モースの研究から引 き出される、未開社会を規定する物や財の流通形態を西洋社会の経済との関係で 捉え直すための概念である。ボードリヤールはとりわけモースが『贈与論』にお いて示した、「クラ」 「ポトラッチ」といった等価交換では説明できないような交 易の制度に着目する。同時に彼がこの語を用いる際には、モースの探求を元にや はり未開社会の「経済活動」に照らして現代の資本主義社会を批判的に考察した ジョルジュ・バタイユの思考も織り込まれている

8

。『記号の経済学批判』冒頭で、

象徴交換について「クラ

4 4

とポトラッチ

4 4 4 4 4

は消滅したが、それらの原理は消滅してい ない。われわれは、この原理を物の社会学理論の土台にすえたい」 ( Baudrillard

1972: 9=1982: 3 )と書かれるように、『記号の経済学批判』全体を通して、象徴交

換はキー概念として繰り返し論じられる。その概念はボードリヤールの初期の著 書『物の体系』 『消費社会の神話と構造』で分析された、現代の「物=商品」の性質 及びそれを規定する社会システムを、相対化し乗り越える契機と位置づけられる だろう。「レクイエム」においては、特にこの象徴交換という概念が、媒体につい ての思考と突き合わせられることで展開される。ゆえにこの節では象徴交換に焦 点を合わせて、再び「レクイエム」を読む。まずは前節で見た、ボードリヤール がマス・メディアの応答(不可能性)と見做すものについて、象徴交換との関係か らは以下のように説明される。

応答

4 4

という項=表現を理解するためには(…) 《未開社会》において等価関 係を持つ事柄に準拠せねばなるまい。そこでは権力は、与えることができ る者、返礼されることがありえない

4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4 4

者に属するのである。与えること、相 手がこちらに返礼できないようにすること、これは、自分のために交換を 破壊することであり、独占をつくりだすことである。つまり社会的過程は こうして不均衡なものとなる。逆に、返礼をすること、これはこうした権

8 バタイユについて『記号の経済学批判』で直接に言及されるのは以下の箇所である。「空白な時間の消費はやはりひと つのポトラッチである。この場合、自由時間は交換と意味作用の用具である。バタイユの呪われた時間と同じく、そ れは交換そのもの、あるいは破壊のなかで価値を得るが、余暇とはかくのごとき《象徴的》操作の場所なのである」

(Baudrillard 1972: 79=1982: 75)。

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力関係を破壊することであり、拮抗する相互性(互酬性)の基盤の上に象 徴交換の回路をつくりだす(あるいは復原する)ことなのだ。( Baudrillard

1972: 208-209=1982: 220-221 )

マス・メディアが一方的に情報を送ること、あるいは限定された選択肢内で応 答を促すことは、未開社会での交換を通して考えたとき「返礼できないようにす ること」と捉えられるが、この一方的かつ過剰な付与は、同時に権力を生じさせ る要因でもある。ボードリヤールは、このマス・メディアの構造に対して、メ ディア・ツールを転用し受信者から発信者になること(エンツェンスベルガー)で もなく、応答=返礼することはいかにあり得るか、と問う。

そしてその応答=返礼のひとつの形態を、前節で見たように〈壁=媒体〉に見 出したのだ。政治行動の最中に出現した〈壁=媒体〉は、書く者(発信者)から読 む者(受信者)へ政治的メッセージの内容を伝達するという直接的な意味を超え てはたらく。彼は〈壁=媒体〉におけるメッセージの内容自体を問題としない。

むしろ街路に現れるあらゆる人間が「書く者であり読む者でもある」ことが重要 である。ゆえにその状況では〈発信者/受信者〉という立場が失効する。彼はこ の〈壁=媒体〉のはたらきに「権力関係を破壊する」ことを見ようとするのだ。以 上からボードリヤールの媒体についての思考の核とは、この象徴交換という原理 をはたらかせる回路を、既存のマス・メディアの圏内を超えて構想することだと 考えられるだろう

9

しかしこのボードリヤールの媒体についての思考は描かれた直後、自らによっ て相対化される。というのも「返礼され、語られ、応答される状態」は、端的に 直接的な関係性(=無媒介)とも捉えられる。その状態においてなお「媒体」をい う必要があるのだろうか。この疑問に先立つように「ぎりぎりのところで確かに 消え去るのは、そして消え去るべきなのは媒体という概念そのものなのである」、

「交換されることば、相互的(互酬的)、象徴的交換は、媒体と媒介という概念と 機能とを否定する」 ( Baudrillard 1972: 218=1982: 230 )と書かれ、実際に「レクイ エム」の中盤以降、媒体という語自体はテキストから一旦消去される。

9 リチャード・J・レインはボードリヤールの「五月の真の革命的媒体」としての「壁」について「現代社会における象 徴交換の回復への言及とみなすことができる」との見方を示した上で、しかしこの言説は「バタイユのポトラッチと ボードリヤールの象徴交換を組み合わせることによってしか構築されないことを指摘しておかなくてはならない」と も付言する(レイン 2006: 90)。

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写真実践における壁と媒体についての考察

033 代わって「レクイエム」後半では、コミュニケーション理論における「コード」

が問題とされる。ボードリヤールはロマーン・ヤーコブソンを参照しながら〈発 信者−メッセージ−受信者〉というメッセージの送受信を基体としたコミュニ ケーションの図式を示し、コードという点から〈コード作成者−メッセージ−

コード解読者〉と書き直す。前提として「メッセージ自体はコードによって構造 化され、文脈によって決定されている」 ( Baudrillard 1972: 220=1982: 233 )と説明 する

10

。彼はこの図式において、メッセージはつねにコード作成者によって構造 化されているとした上で「一方がコードを選択し、他方がそれに従うかやめるか の自由をもつような関係」だと批判的に解釈する。同時にこの図式を問題化する のは、その図式が「読みとりやすく一義的だと思われる意味内容」のみを流通さ せる点においてである。彼の主張では「この一義性を保証するのがコードという 審級である」とされる。再び象徴交換について、コードとの関係では以下のよう に説明される。

交換という象徴的関係のなかでは、同時的応答があるものの、メッセージ のどちら側にも発信者も受信者もいないし、更に《メッセージ》、すなわ ちコードの保護のもとで一義的なやり方で解読するための情報資料体もな いということなのである。象徴界は確かに《メッセージ》のこの一義性を 壊し、意味の両価性を取り戻し、そして一挙にコードという審級を始末す べく存在するのである。( Baudrillard 1972: 227=1982: 240-241 )

こうしてボードリヤールの象徴交換という原理は、「レクイエム」において媒 体についての思考(概念化と消去)を経ることで、コミュニケーションにおける

「コードという審級の始末」、つまりコードの解体という固有の目的を託される。

さらにコミュニケーション理論におけるコードが問題化されるとき、彼にとっ ての象徴交換の回路の復原に関わる実践は、 68 年 5 月の政治行動という限られた 状況に見られた〈壁=媒体〉から、より広範な状況を想定して展開されているの ではないか。このことを示す上で、続けて「レクイエム」の終盤の主張に着目し

10 続けて「《概念》の各々に対してひとつの固有の機能が照応している。つまり、指示的(機能)、詩的(機能)、交話的

(機能)など。それぞれのコミュニケーション過程は、かくして発信者から受信者へという唯一つの意味のなかでベ クトル化されている」(Baudrillard 1972: 220=1982: 233)と説明される。

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てみたい。ボードリヤールは、参照項としてウンベルト・エーコが論じる「コー ド」の問題における、メッセージの「受信」に関わる主張を要約する

11

。「読み方 のコードを変え、他の読み方のコードを強制しなければならない(…)発信者の コードに対して自分固有のコードを対置し、管理されたコミュニケーションの罠 を逃れて、真の応答を産みだす」 ( Baudrillard 1972: 227=1982: 241 )。しかし彼は こうしたエーコのコードに対する理解、そして「自分固有のコードを対置」する との主張を取り上げた上で、異なる主張を提示する。ボードリヤールにとって コードとは、あくまでも解体されるべきものなのだ。そして彼にとっての実践の 具体的な形態を見出す過程で、再び壁に関する具体的な場面が描写される。

ひとつの範例がエーコの見通しを際だったものにすることができる。つま り、 1968 年 5 月の後の(建物、壁などの)落書きによる広告の乗取り=書 き替え、である。違反を犯しているが、別の内容、別の文句に入れ替わっ ているからではなく、まさにそこで応答を行ない、あらゆるメディアの非

=応答という基本的規則を破壊しているからなのである。それはひとつ のコードを他のコードに対置しているのだろうか。私はそうは思わない。

それはいとも簡単にコードを破壊しているのだ。( Baudrillard 1972: 227- 228=1982: 241 )

先に引用した「五月の真の革命的媒体は壁である」と同様の主張にも読めるが、

この「範例」で示されるのは、 68 年 5 月という局地的な場面ではない。 1968 年 5 月「の後の」としている点が重要であろう。それは政治的メッセージを書きつけ ることに端を発するアクションであるのみならず、「広告の乗取り=書き替え」と いうまた別の実践の可能性を指し示している。さらに考察の焦点は〈壁=媒体〉

から「落書き」という行為へと移行している。

こうした考察を経て、コードの解体という目的に即して「支配的形態を根源的

=急進的に失墜させることだけが戦略的なのだ」と締めくくられる「レクイエム」

は、『記号の経済学批判』以降のテキストの予告のようだ。そして実際に『象徴交 換と死』 ( Baudrillard 1976 = 1982 )に収録された「クール・キラー、または記号に よる反乱(以下「記号による反乱」)では、この「落書き」という運動の考察によ

11 ウンベルト・エーコにおける「コード」の問題については、佐藤(1986)を参照。

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写真実践における壁と媒体についての考察

035 り、彼の象徴交換という原理と媒体についての思考が更新される。

4 グラフィティと記号

ボードリヤールは「記号による反乱」において、 1960 年代以降のニューヨーク を中心とした運動であるグラフィティ

12

を、それ以前の(政治的スローガンとし ての)落書きとは区別して、考察の対象とする。とりわけここで対象となる初期 のグラフィティとは、公共空間の壁にスプレーやマーカーで書かれたライター自 身の通名(=タグ)に特徴づけられる。その後グラフィティは拡大し多様なスタ イルを産み出すとともに、現在では文化産業の一ジャンルの表象として、あるい は現代絵画にも引用される描写の形式として広く認識されるようになるが、初期 のグラフィティは極めて違法性の強い行為だった。以下では「記号による反乱」

の考察を「記号」の観点から読むが、同時にこのテキストでは「レクイエム」にお いて最終的に消去された「媒体」についても、記号との関係から再び論じられる。

グラフィティを運動として捉える上で、まずその環境として「都市」が設定さ れる。ボードリヤールは都市を「差異表示記号によってバラバラに分割された空 間」であると認識している。同時に生産という観点から都市は、かつての工場=

生産を主要な機能とする場から、記号を生産する場へ変質したと考えられてい る

13

。彼は都市を「記号とメディアとコードのつくりだす多角形」と表現するが、

各語及びその関係は定義されない。しかし「テレビや自動車という記号、メディ アや都市の構図のいたるところに書きこまれている行動モデルという記号のも とで、ひとりひとりが切り離され(…)無関心になってゆく」 ( Baudrillard 1976:

120=1982: 163 )という箇所からは、「記号」は、物=商品から広告/サインといっ

たヴィジュアルイメージまで、現代社会において人びとに何らかの行動を促すた めに表れる諸々を指すのだと理解される。そして「記号」が「メディア」によっ

12 ボードリヤールは「記号による反乱」において、グラフィティの始まりについて「1972年の春ごろに見られるように なった」と書いている。一方グラフィティの通史を含む著書において大山エンリコイサムは、その始まりを「1960年 代後半」(大山 2015: 120)と明記する。本稿はこれを採用した。また『記号の経済学批判』の「落書き」、『象徴交換と 死』の「グラフィティ」は、原文ではどちらも「graffiti」であるが、内容と日本語訳を鑑みて、以上の訳とした。

13 「都市はとりわけ生産と商品価値実現の場所、産業の集中と搾取の場所だったが、今日では、なによりもまず記号 が、生死の宣告のように執行される場所となっている」「都市空間の基盤は、もはや力4(労働力)の実現ではなく、差4 4(記号の操作)の実現なのだ。かつての製鉄業(メタリュルジー)は、今では記号44製造業(セミユルジー)となった」

(Baudrillard 1976: 119-120=1982: 161-162)。

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て流通=伝播することで生み出される、明文化され得ない規律や制度が「コー ド(という審級)」だと整理できるだろう。こうして都市という環境と記号のはた らきを結びつけ「今日では、この記号による支配という新しい形態の価値法則に 戦いを挑むことが、政治的にきわめて重要なのだ」 ( Baudrillard 1976: 121=1982:

164 )と主張するボードリヤールは、グラフィティを記号との関係から以下のよ うに説明する。

その貧弱な内容そのもののために、かえって力強さをもつこれらの言葉 は、あらゆる解釈とあらゆる共示に抵抗し、なにものも、またどんな人間 をも外示しない。外示も共示もないのだ。こうして、それらは表意作用の 原則にしたがわずにすむので、からっぽの記号表現

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として、都市の〔意味 が〕つまった記号

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の領域に侵入し、みずからの存在を示すことだけで、そ れらの記号を解体してしまう。( Baudrillard 1976: 121-122=1982: 165 )

再び確認すればグラフィティの構成条件ともいえる特徴は「タグ」である。タ グは壁に書かれる。このタグは確かに記号といえるだろう。しかしこのタグには 主張つまりメッセージとしての内容がない。タグは都市のあらゆる壁面に出現す るのみである。しかし内容がないこの記号は、出現することで「都市の〔意味が〕

つまった記号

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の領域に侵入し、みずからの存在を示すことだけで、それらの記号 を解体してしまう」と考えられている。書かれたタグは、別のライターの応答を 促す。応答は別の応答を呼び「からっぽの記号表現

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」は増殖するのだ。グラフィ ティは違法であるから、発見されれば消滅するだろう。しかし出現と消滅が繰り 返されることで、それは確かな運動となる。グラフィティとはこうした匿名の/

集団の運動である。

ボードリヤールがグラフィティにおいて重要視するのは、記号表現の「記号」

が「からっぽ」とされる性質であり、具体的には「タグ」と「名前」の関係として

考察される。グラフィティは「誰が」書いているといえるのか。ボードリヤール

によって「運動をはじめたのは、もちろん黒人たちやプエルトリコ人の若者たち

である」と説明されるが、グラフィティにおいて増殖するタグは特定の個人や社

会的属性を明示するわけではない。グラフィティのライターは都市におけるいわ

ば「マイナーな存在」だと考えられる。それは都市において「場所を持たない=不

可視の存在」ともいえるだろう。ボードリヤールはそうしたグラフィティのライ

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ジャン・ボードリヤールの

 

写真実践における壁と媒体についての考察

037 ターは「名前をもたない状態に、名前そのものではなく、変名を対立させる」方

法を取るのだと説明する。通名でありなおかつフィクションから借用されるこの タグは、ライターとは切り離されており、まさに「どんな人間をも外示しない」

のである。

グラフィティ中の名前、若者たちの部族を示すこれらの呼び名は、真の象 徴的役割をもっている。つまり、それらは、お互いに与えられ、交換さ れ、伝えられ、無限に交代しあうことを目的として、作者の名を明らかに せずにつくられる(…)。( Baudrillard 1976: 122=1982: 166 )

そしてボードリヤールはグラフィティのタグが書かれる行為とその連鎖に、や はり象徴交換の原理を見出そうとする。「われわれの社会は各人に固有の

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名前と 私的な

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個性を押しつけ、抽象的・普遍的・都会的社会性の名において、一切の連帯 を断ち切る」 ( Baudrillard 1976: 122=1982: 166 )と考えられる環境に対して、自ら の名前そのものを示すのではなく、むしろ名前を捨て、現実の存在ではない(ナ ンセンスな)通名を壁に書きつけ、「象徴的に」交換し合うことにより、連帯もま た復原され得ると彼は考えるのだ。

同時に本稿の目的から着目すべきは、「記号による反乱」において、グラフィ ティの運動に象徴交換の原理を見出す過程で、再び媒体について考察される点で ある。ボードリヤールは、タグが書かれることについて「メディアや広告のため のあらゆる記号とはまったく逆のことをやっている」とマス・メディアとの対比 を前提とした上で、グラフィティが書かれる都市の壁について「レクイエム」で の「 68 年 5 月」の〈壁=媒体〉と接続し、再度考察する。

政治的スローガンは、壁そのものや、記号の機能性そのものを打倒の対 象としているわけではない。フランスの 68 年の 5 月革命の落書きやポス ターは、そういうスローガンとは別のやり方で街中にひろがった。それら の媒体そのものに襲いかかり、自然発生的な流動性とそこに書かれる文句 の唐突さとを壁にもたらし、事実上、昔ながらの壁をなくしてしまった。

〔パリ大学の〕ナンテール校舎に落書きされた文字や絵は、空間を恐怖政

治的・機能的に分割する記号表現としての壁を乗っ取る、反メディアとし

ての行動だったのだ。( Baudrillard 1976: 123=1982: 167-168 )

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確認すれば、彼は政治的スローガンつまり内容を伝達する落書きと、それ自体 内容を持たないグラフィティのタグとを明確に区別する。区別した上でしかし

「 68 年 5 月」の〈壁=媒体〉は、まさにその中間に位置づけられているのではない か。落書きやポスターは元々政治行動の媒体のひとつだったと考えられるが、そ れらの媒体に「襲いかかり」、直接に物理的に刻みこまれるものとして壁を「乗っ 取る」ことによって、それは政治的スローガンを伝達することをやめて、応答=

返礼つまり象徴交換の場となるのだ。ボードリヤールは〈壁=媒体〉を考察する ことを通じて、象徴交換という原理の生成を見た

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といってよい。

同時に彼は、グラフィティの内に〈壁=媒体〉自体つまり象徴交換という原理 の生成自体を見た

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とも考えられる。この考察をする上で、再びグラフィティを説 明した引用部分から「(からっぽの)記号表現」という語に着目したい。ここまで 考察してきた政治的スローガンとして壁とグラフィティの差異は「記号内容」と

「記号表現」の差異として整理できる。彼はグラフィティの考察を通じて、この

「記号内容」から「記号表現」への生成を仮構する。

メディアの形態そのものにたいする全面的な攻撃が、その内容の後退を伴 うのは、偶然ではない。(…)奥行きの深いイデオロギーは、もはや政治的 記号内容のレベルではなく、記号表現のレベルでしか機能しなくなってい るわけだが、この事実こそはシステムの弱点であって、システムはこの点 から解体されねばならない。( Baudrillard 1976: 123=1982: 168-169 )

グラフィティのタグが書かれる瞬間とは、まさに記号内容ではない、記号表現 が生成する瞬間である。その瞬間を具体的に描写してみれば、存在するのは、物 質としての壁と「書く行為」である。壁の存在は、タグを書く(描く/掻く)行為 の瞬間の境界面に、抵抗として(初めて)触知されるものである。このとき壁は 攻撃の対象であるのみならず、記号表現が産み出されるための媒材となる。書く

=刻みこむ行為によって、タグという記号と壁という物質とは、分かち難く結び つくのである。

以上から前節で導いた「象徴交換という原理をはたらかせる回路を、既存のマ

ス・メディアの圏内を超えて構想する」というボードリヤールにおける媒体につ

いての思考の核に、具体的な存在が与えられる。グラフィティという運動を通じ

て確認されたように、象徴交換という原理をはたらかせようとしたとき、現実の

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ジャン・ボードリヤールの

 

写真実践における壁と媒体についての考察

空間に存在する「壁」とは、まさに事物と記号を結びつける媒材であるという意 039 味において、その実践の中心に位置づけられるだろう。

5 写真という壁

本稿の出発点で示した問いとは「ボードリヤールの写真に写された壁とは何 か」だった。第 1 節では写真に写された壁を「事物とそこに現れるイメージが結び つけられる場」として見ることを仮説として提示した。第 2 節以降の考察からは、

彼のテキストにおいて壁が事物と記号を結ぶ特異な〈壁=媒体〉であると理解さ れた。以上から「彼の写真は〈壁=媒体〉を伝える写真である」という説を導きそ うになる。しかしこの説には疑問が残る。

ここでもう一度彼の写真を見てみよう。『 NEW YORK 1997 』 [図 5 ]で写されて いるのは公衆電話の受話器を持つ男とその背景の白い壁であり、その壁には覆面 をしたキャラクターが描かれている。キャラクターが受話器を持つ男に摺り寄る ようにフレーミングされることで、ややユーモラスな印象もある。彼の写真にお いて画面に人物が現れること自体が稀であり、珍しい一枚である。しかし人物は 写真の主たる対象ではない。画面の中央に写されているのは建物の壁面であり、

その壁面に描かれたイメージであろう。

図5 NEW YORK 1997

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一見するとこのイメージはグラフィティとも呼べそうであるが、これまでの考 察に基づけば、この写真に写された壁のイメージを「記号による反乱」で考察の 対象とされたグラフィティと混同すべきではない。まずそこには時差がある。彼 自身が書いているように、グラフィティが都市に対して有効な戦略足り得たのは 僅かな期間のことであり、それは限定された実践だった

14

。さらに厳密に考えれ ば、タグではないこの『 NEW YORK 1997 』に写された壁のイメージを、彼がグラ フィティと認識しているのか定かではない。

ではいかなる資格で、この壁は撮影されたのか。第 1 節での仮説とその後の考 察を引き継げば、写真に見るべきは〈壁=媒体〉となる。ゆえに画面の左から差 す陽光により白く光る質感と落ちた影、そして壁面に描かれたイメージがせめぎ 合う場としての壁を、この写真の対象と理解できる。彼のテキストに即して彼の

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写真を読めば

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、こうした解釈が可能である。

しかし、彼のテキストの思考を彼が写真において実践したと考えたとき

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、この 解釈もまた疑われなければならない。なぜなら「彼の写真は〈壁=媒体〉を伝え る写真である」と理解することは、「写真が伝達する内容を持つ」ことを受け入れ ることになるからだ。それは彼の写真に写る〈壁=媒体〉を、写真の記号内容と して理解することであり、写真という媒体を〈コード作成者−メッセージ−コー ド解読者〉という図式の下に読むことにもなる。ゆえに、ボードリヤールの媒体 についての思考を、写真という媒体にも適用して考察するならば、導かれるのは

「彼の写真は〈壁=媒体〉を伝える写真である」ではなく「写真は伝えない」である はずだ。

あらゆるコードを認めず、コードの解体の実践を見出そうとした彼の写真こそ を、記号内容から記号表現へと視座を転換しつつ見なければならない。それは どのような視線だろうか。グラフィティにおいて物質としての壁とタグという 記号とが結びつく場として〈壁=媒体〉を見出したように写真を捉えようとした ならば、それは写真という媒体を、そのイメージ生成の原理において見ることに なる。すなわち写真という平面を、カメラという機械の作動の結果によって「光 が刻みこまれた物質の表面」として捉え直す視線が求められるのだ。それは写真

14 「グラフィティの運動は(少なくともこれほど過激なやりかたのものは)今ではもう終わってしまった。長続きするは ずがなかったのだ」(Baudrillard 1976: 118=1982: 160)ボードリヤールはこう書いた上で、しかしその「わずか一年 の短い歴史」におけるその運動の発展を大きく評価する。

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写真実践における壁と媒体についての考察

041 を、記号内容とそれを含む透明な容れ物(=メディア)として理解するのではな

く、まさに物質とイメージが分かち難く結びつく〈壁=媒体〉として知覚するこ とであるだろう。現実に存在する壁にタグを刻みこむのではなく、壁を見つめ、

壁にカメラを向けることで、その壁の正面に、もうひとつの革命的媒体としての

〈壁=媒体〉を生成させようとすること。これこそがボードリヤールの写真実践 の原理とされているのではないか。

このように考えたとき、ボードリヤールの写真実践において、カメラの前に存 在する壁面、つまり彼によって〈壁=媒体〉として見られた現実の事物は、単に 写真の被写体なのではない。それは彼によって一方的に見つめられる対象なので はなく、光に照らされてその存在を現すことで、カメラという機械(レンズ−鏡

−フィルム)を引き寄せ、その機械に「映される」ことによって、機械と共働して 新たな(からっぽの)記号表現を産み出すのだといえる。ゆえにこのとき現実に 存在する〈壁=媒体〉は、ボードリヤールの写真にもうひとつの〈壁=媒体〉を生 成させるための、いわば触媒であるといえるだろう。

結論

本稿はボードリヤールの写真に見られる「壁」に着目すること、そして彼が 68 年の 5 月に見出した「革命的媒体」としての〈壁=媒体〉についての思考を辿る ことから、写真実践の基盤を見定めようとした。彼は〈壁=媒体〉に、またグラ フィティの運動に現代の都市における象徴交換を垣間見た。彼の写真実践を考察 する上で、この思考の領域が基盤となるだろう。

断るまでもなく写真とはマス・メディアを構成する主要な部分であり、この社 会に欠くことのできない表象システムだと考えられるが、彼は写真をそうした位 置から解放するとともに、グラフィティにおける「からっぽの記号表現」のよう な記号による実践の役割を与えようとしたのではないか。一見すると断片的な記 録に見える彼の写真の内に、こうした企図を見出すことが「ボードリヤールの写 真実践」の枠組みを設定することになる。

今後の課題は、以上の結論/理論的基盤を新たな仮説として、彼の「写真論」

との関係においてより精密に検証し、ボードリヤールの写真実践が拓く領域の全

景を明らかにすることである。それに際して本稿では辿ることができなかった論

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点を二つ示したい。

ひとつは写真の記録形式の問題である。彼は自身の写真の撮影にカラーフィル ムという記録形式を用いたが、確認するまでもなく、世紀をまたいだ現在の写真 の主要な記録形式はデジタルデータである。彼は自身の「写真論」において、カ メラ=フィルムという装置の固有性について考察したが、同時に興隆するデジタ ルイメージについて一貫して警戒的であった。こうした彼の主張を写真実践の主 要な軸として考察の対象とする必要がある。

もうひとつはボードリヤール後期のテキストの主要な概念である「インテグラ ルな現実」と、写真実践との関係である。彼は現在の私たちの世界=認識を、イ ンテグラルな現実への転換と定義した上で、この新たな現実の姿を描き出そうと した

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。イメージ・テクノロジーの進展を「現実とイメージの統合」と捉えた彼は、

同時にそこにイメージ=表象の危機を感じ取ってもいた。こうしたテキスト及び 思考を考察の対象とすることにより、グラフィティが都市という環境を想定した 実践であったように、写真実践が向けられる矛先をより具体的に設定することが できるだろう。ボードリヤールの写真実践を、現代の私たちの社会の「イメージ の問題」に接続することが目指される。

15 美術批評家である林道郎は『死者とともに生きる』第3章で、後期ボードリヤールの「イメージ」を「根源的イメージ」

と「表象的イメージ」という「二つの位相」として説明する(林 2015: 131)。この第一のイメージにロラン・バルトの

「プンクトゥム」、そしてアナログ写真の性質を結びつけ、同時にこの二つの位相の差異とインテグラルな現実の関係 に言及する問題設定は、本研究のボードリヤールの写真実践の問いと重なるものであり、その先行研究と位置づけら れる。

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ジャン・ボードリヤールの

 

写真実践における壁と媒体についての考察

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文献

Baudrillard, Jean, 1972, Pour une critique de l'économie politique du signe, Paris: Gallimard.(=1982、

『記号の経済学批判』今村仁司・宇波彰・桜井哲夫訳、法政大学出版局。)

Baudrillard, Jean, 1976, L’Échange symbolique et la mort, Paris: Gallimard.(=1982、『象徴交換と死』

今村仁司・塚原史訳、筑摩書房。)

Baudrillard, Jean, 1990, La Transparence du mal, Paris: Editions Galilée.(=1991、『透きとおった悪』

塚原史訳、紀伊國屋書店。)

Baudrillard, Jean, 1995, Le Crime parfait, Paris: Editions Galilée.(=1998、『完全犯罪』塚原史訳、紀 伊國屋書店。)

Baudrillard, Jean, 1998, Car l'illusion ne s'oppose pas à la réalité, Paris: Descartes & Cie.(=1997、『消 滅の技法』梅宮典子訳、PARCO出版。)

Baudrillard, Jean, 1999, L’Échange impossible, Paris: Editions Galilée.(=2002、『不可能な交換』塚原 史訳、紀伊國屋書店。)

Baudrillard, Jean, 2004, Le Pacte de lucidité ou l'intelligence du mal, Paris: Editions Galilée.(=2008、

『悪の知性』塚原史訳、NTT出版。)

ハンス・マグヌス・エンツェンスベルガー、1975、『メディア論のための積木箱』中野孝次・大久 保健治訳、河出書房新社。

林道郎、2015、『死者とともに生きる―ボードリヤール『象徴交換と死』を読み直す』現代書館。

リチャード・J・レイン、2006、『シリーズ現代思想ガイドブック ジャン・ボードリヤール』塚原 史訳、青土社。

Merrin, William, 2006, Baudrillard and the Medie, Cambridge: Polity.

大山エンリコイサム、2015、『アゲインスト・リテラシー―グラフィティ文化論』LIXIL出版。

佐藤三夫、1986、「ウンベルト・エーコ 不在の構造」、『現代思想』14-4:116-122。

塚原史、2008、『ボードリヤール再入門―消費社会論から悪の知性へ』御茶の水書房。

Weibel, Peter, (ed.), 1999, Jean Baudrillard Photographies 1985-1998, Berlin: Hatje Cantz Publishers.

Zurbrugg, Nicholas, (ed.), 1997, Jean Baudrillard, Art and Artefact, London: Sage Publications.

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参照

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