I
測
11
JAN、
1969
P 画尋
写真説明*整然ル厭両された、が,新しく拓らかれた土地であ弱ことを物 硲ってい室す。取り入れも終わり次の作業堂で獅制、休止といったとこ ろでしょうか,盟かでのどかな風景です。近い将来には上部に見える沼も 干拓され,磯械力を駆使した新時代の農業が展開されることでしょう。 (日林協・撮影・宮城県提供)日本林業技術協会
技
企=腿 二 言 二 二 二 三 三 三 三 三 三 三 二 三 三 二 三 三 三 三 三 三 三 三 三 ヨ 三 三 三 三 三 三 三 三 三 二 三 三 言 三 一 三 三 三 一 三 三 三 一 三 三 三 三 三 一 三 三 三 三 三 一 三 陥 Ⅱ
緑の価値を広く見よう
年が明けた一九六九年は、去年にもまして激動の年となるだろう。一年後州 Ⅱ Ⅱに控えた俊保の前哨戦は、次第に激しさを加えてきたスチューデント・ハワ川 Ⅱ ︲Iを一そうにかき立てるかもしれないし、嗣際通貨の悩勢も容易には安定し川 Ⅱ Ⅱ Ⅲないだろう。またベトナムのゆくえにもなお波乱は縦き、悲地間閣も燃焼をⅢ Ⅲ統けるにちがいない。これらはそれぞれが一つの時代から他の時代へと蛎換川 Ⅱ Ⅲする胎鋤ともいえようか。 ともすれば日附を流れの中に押されて過している私達も時には頭を上げてⅢ跡蝿噴諜灘澱蕊朧權鱸矧輔感激灘撹溌晄帆
去年は明治百年といわれたが、戦後二十四年を経た一つの時期としてこれを川航鵬誹蛾溌聴螺灘猟栂農姓職埋総漉鯛鮭帆
︲の奇跡として驚かせている姿であり、正しく国民の努力と勤勉のたまもので岬 Ⅲあろう。だがその発展と共に国民生活の上に生じている実態についても、こⅢⅡ Ⅱ Ⅲれを見つめ将来への対莱が立てられているだろうか。たとえば過密、過疎、Ⅲ Ⅲ交通戦争、公害、あるいはそのたびに天災か人災かと論縦される災害等、むⅢ Ⅲしる解決の方向さえ見出されていないのが辨実であろう。 Ⅲ 林業の分野でも、今の時点で改めて見つめるべき課題がありはしないか。Ⅲ Ⅱ Ⅲ私達の思餓の基本的な一つの軸は過去、現在諺未来とつながる世代の継続でⅢ Ⅲある。それは一企業、一官庁の立場としてよりも、後世に結びつく意識の中川 Ⅱ Ⅱ 川に判断の背最がなければならぬことである。今一つの軸は社会の最大多数のⅢ Ⅱ福祉に広がる枇の連係である。社会生活の調和に配慮の基準が払われねばなⅧⅡ Ⅱ Ⅲらぬことでああ。 Ⅱ 川 生命体である人間の発展と調和に必要な、そしてメガロポリス化の中に埋川 Ⅱもれてゆく日本から、今まつ先に消えてゆきつつあるものは﹁光と、水と、Ⅲ Ⅲ緑﹂ではなかろうか。 Ⅲ 昨年都内の一部を空から赤外カラーで撮って見た、そこに表われたものはⅢ Ⅲ 叩ただ青緑の鉱物質の原であり、植物の赤はきわめて微最がそのなかに散窪すⅧ Ⅲるの鍬であった。 ⅡⅢⅡ
﹁美しい日本﹂といわれた、その山河、その森林こそ私達が民族の共通財川 Ⅲ産として後世に伝えるべき第一のものであろう。 Ⅲその緑を単に木材生産の場としてだけでなく、国土に愛と誇りを、そして川 Ⅲ生活に発展と調和をもたらす源泉として、より一そう価値ある姿に育てるこⅧ Ⅱ Ⅱ の川とにこそ私達の写真利用も、また林業技術開発の目標もおかれねばならない川副川時であろう。
︵ 中 ︶ 弔八Ⅱ Ⅱ rLⅡ 川一三三一一一一三三三一一一一一一三三一一一一三一一三三一一三三一一三三一一一一三一一二一三一一三一一一一三二三一一一一三一一一三一﹄一一一二三一一一一一二一一一二一]一一三一三一一一︼三一一一一三二一一一︷三一一一一三一﹄一一三一三一一一三一三三一一 へ 航跡.、::⋮:。:::.:::..:2 写典測鐙のある展望..⋮・・:・尾崎幸雄・3 今後の森林航測事業⋮・:.:依田和夫・・6 写真測最こぼれぱなし②・・;:笹岡実・9 空中写真入門講座 山官のカメラ浬歩 航測演習 質疑畑題 器材教室 技術編⑤ 教義編④;.. ■森林航測恥沌︵一
一 23 15 縞集室から こうそく単語根.. 。G申●伊凸由申●岳月号︶目次
:西尾元充・・昭樋渡幸男
八木下弘・・加 : 23 19 22 16 ‘−−−2−−−−(1503) てないし, ドイツやスイスなどはアカデミックな 話ばかり報告しているので残念ながら比鮫対照す ることができず,北欧3国あたりが比較の主体と なった。また以上の6カ国についても,その報告 内容がどれほど正確なのかはわからないし,官・ 民・軍と分けてある国と分けてない│則もある。 こ の和の賛料を正確に集めることのむずかしいのは 日本の場合もM様であり,信頼性は万全とはいい がたいが,それでも日本の写真測齪の叫喋的な特 殊性や問題点をある程度まで見ることができよ う。これらのナシ富ナルレポートを要約して表に まとぬたのが第1表である。 この表では撮影,図化の而職は縮尺を考脳せず すべて単純に加えてある。たとえば同じ1km2の 撮影でも縮尺が1/5万と1/1万とではその目的か ら経費,性質まで大きく異なるわけで, この表の 比較は非常にあらつぽいものである。しかし各国 とも大局的に見れば各縮尺別の比率に極端な差は なく,たとえば撮影では大半の国で縮尺1/2万∼ 1/3万が大体5割前後であり.図化も1/3万∼1/5 万が30∼50%を占めてし、るので,一応のめやす は得られよう。 この表から気付かれることを2,3あげて見よ う。 (1)耶用に使われている撮影の資料は乏しL,が, この例で見るかぎり,非耶班用の数倍に達して いる。
②日本の撮影醜業は量的に見れば世界的水準を
こえて、、る。(3)日本の図化事業鐙も世界的水準をこえてい
る。(4)各国の総面蔚に対する撮影而秋の比(P/4A)
で見ると日本は34.8%と群を抜いて高い。つ まり平均すれば約3年ごとに日本全国が搬影さ れていることになる。日本に次↓、で郡、のはイ ギリスの13.8%“4噸をのぞく,以下すべ てI可じ)スニーデンの18.6%等で,低いのは イランの1.4%、 イタリーの6.2%等である。この値ば大体国の開発の度合と強い相関があり
そうで. この数字で見る限り. 日本朧先進国で ある。これから得られる結論として,たとえば 「日本の土地利用が進んでいる」というべきか 写真測量の将来の見通しなどにつ↓、て何か書け という編集部のご注文であったが, それはがらに もない、ことだし,すでにいろ、、ろな方盈が将来像 なども猫↓、ておられるので, ここではもう少し荷 の軽い展望でごかんべん願うこととしたい。幸い 昨年7月スイスのローザンヌで第12回国際写真 測量学会が開かれ,わが国からも-I-│数名の大デリ ケーシ雲ンが参加している。学会の様子などにつ b,てはすでに参加された方之がくわしい報告もさ れていることだし, ここでは触れないが, この総 会庭提出された各国のナショナルレポートにざっ と目を通して一応まとめて見た結果と. 日本の現 況の比較を試承て見たい,実は日本からはナシ塗 ナルレポートが提出されていないので,別に資料 を集めて比較した。参加人員から見れば地元のヨ ーロッパをのぞき. アメリカ、 カナダ(これは次 回の開催国)に次ぐ大代表団を送りながらナショ ナルレポートも出して、、ないとL、うのは情けない と,嘆いている人もあったが,何となくメキシコ オリンピックを連想したくなるような話で, この 辺にも今後われわれとしては反省すべき点がある ように思われる。 それはさておき,ナシ雲ナルレポートを出さな かったのは日本だけではないし. また出した国で もその内容は千差万別なので, ここではその中で 自国の綴影および図化の事業状況を報告してい る,フィンランド, ノルウニー,スーーデン, イ ギリス.イタリー,イランの6カ国と日本との比較を試皐よう。アメリカやソ連は国が大きすぎて
統計がとりがた、、のか, このほどのデータは報じ 一 = 一・−−.3‐---(1504) 鮒1表各国の撮影,図化面穣(1964∼1967年脳Iの合計) ノルウェーメェーデンイギリスイタリーイ
ギリスイクリーイ
ララン|日
ン本
24.‘1 30.1 164.8 37.0 52.16 49.05 2.02 95.00 13.5 7.5 9.1 51.8 82.5 民0.138 0.062 0.014 0.348 "0.842 民0.065 0.038 1.140 0.135]14
5.4 1
178
軍0.395 同名 A総面積(万肺2) B人口(百万人) P撮影面積(万紬2) (4年間分) 年間撮影密度P/4A11007201
幸 も068767199
− ソ74300241460050 ■争、■■①。■●■■■●争 う認488000201000031
ン 眠唖民軍民軍民軍民軍民乖 イ ブ 45,0 7.45 33.4 32.4 3.56 9.9 0.()76 0.186 ().694 1.125 年間1人当撮影面職 P/4B(1W人) M図化而職(万卿愈) (4年間分) 年間図化密度M/4A 14.8 114 5.4 - A75 0.082 0.117 0,045 - 0.120 0.495 0.055 0.028 -1 0.046 15.9 0.123 1.11 年間1人当図化面積 M/4B(ha'人) へ 館3表スエーデンの写真測量設附 鞆2表日本の写真測量設伽 昭41 (1966) 11d42 (1967) 昭40 (1956) 昭39 196‘1)│ (
昭37(1962)昭39(1964)昭41(1966)禰
官民官民 1 21 1 27 3 42 5 47 3 12 4 20 4 22 3 80 6 123 13 126 381 37 38 34 31 31 2,540 3,800 4,500 昭29(1954) 官民 0 0 0 2 2 2 0 3 33 0 400 855127
1 7 1,2級図化機 侃位修正機 力 メ ラ 人 員 110 6 6 628 123 5 7 645 94 6 6 542機ラ級級級員
行メー23
飛カゴ図似湖郁人 えば第1表からはむしろやはり面積に比例す為 といえそうである。 (9)北欧3国に着目すれば,地理的条件のほか, 面積,人口は大体似ているが,スエーデンの撮 影面積(軍用をのぞく)は他の2国の3倍以上 である。ただし図化の方は3国とも大体同じで ある。 これを要するに第1表で見る限り日本も写真測 鎚では先進国の仲間入りをしてし、るといえそうで ある。 今回のナシ軍ナルレポートの中では特にスニー デソのものか詳しく, また国の面積や撮影面積 (報告された分だけではあるが)も日本と似て↓、 あので, もう少し詳しく日本とスーーデンの比較 をして見よう。その比較は第2表∼第5表のとお りである。 第2表と第3表,および第4表と第5表とを比 較すればいろいろのことがわかる。 たとえば1,2級図化機の数は日本はス雲一テ ンよりせいぜい30%ほど多いだけだが, カメラ の数は10倍近いと↓・うアンパラソスである。ま 「もうこれ以上撮影密度を上昇させるのはむず かし↓、」というべきかは, この表からだけでは 何とも、えない。(5)年間1人当たりの撮影面積(P/4B)は逆にい
わゆる先進国の方が小さいようである。しかし これはまた,絶対人口の多↓、国の方が撮影密度 が小さいのだとも解釈することができる。 (6)図化面積は日本が他国より多い。⑦年間の図化密度も日本はノルウェーに次いで
大きい。しかしこの図化密度はイタリー以外の
国については撮影の密度の場合程大きい差はな
い。⑧1人当たりの図化面積については日本はイタ
リー. イギリス等の大人口国と同様に小さい値 を示す。これは図化の事業量が必ずしも人口に 比例してbなL,ことを物語る。測愚事業は国の 総面積よりはむしろ人口に比例するとし、う統計 もアメリカで報告されたことがあるが,三角測 量や地織測量ば別として,図化だけに限って↓ 一 −4−(1505) た人員の数え方iま技術おだけなのかど うかが不明だが,この表から見る限り 日本の方が5倍程度の人員を持ってい る。しかし総人口は日本が13∼14 1W 位なので人口当たりの写典測趾技術者 数ば日本の方が少ない。次にこれらの 設備と人員で行なっている小梨htを見 ると日本が50%ほど多い。しかしカメ ラ1台当たりの搬影而秋は拡るかに少 ない。これはロ本川の相対的なカメラ 設備の過剰か,あるいは搬影磯が割簡 なので低いノルマでよ、、などの理由が 考えられるが, これだけの質料からは 断定することができない。 また中縮尺の図化や写典図の蛎業趾 にはそれほどの差はないが,大縮尺の 図化量は日本が4偕位である。 またこの数年間の変化を見ると両国 とも図化機の台数などの設附よりは人 員の増加がl l立つが,図化に│典Iして は. 日本の方が墹加率が大きいようで ある。 これらの表からも日本の写真測蹴が 先進国型に移行しつつあるとし、うこと ができそうであるが, しかしたとえば カメラ台数のアンバランスに見られる ような問題点も秘められており、 これ らの隅題点は今後の写真測賦の発展と ともに次第に表面化するものもあると 思われる。日本の写典測脳:の体鷺改蒋 という見地から、 このようなIIIj題点の 解明とその対餓樹立に当たって,以上 の第1表から銘5表のような比絞表が 参考#こなれば幸いである。 ",l表日本の写真測競蛎粟(姫位伽営) 1964 1965 1966 1967 計一
風国土膿本圃噸
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−一 6,171 2,244 8,415 38.80() 36.680 36922() 1,756 3,564 717 6,037 132,775 181 4,136 17,860 ル1,921 13,071 13,053 ‘11,04520,000’
2,j159 」1,350 362 7, 17132り︼150070993100493
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−0ノ 001万万㈹0
搬写蛎蛎v恥岬
67,000 12,325 4,100 28,400 2,118 4,800 720 101,000 17,200 3,250 13,050 2,702 6"000 4,490 87,600 14,675 8,075 13,J175 2,$100 7,520 6,690 77,0003330600 13,650 57,850 4,750 20,175 16,075 71,000 2,367 9,587 8,100 26,420 10,810 22,710孫
,く米×鵲
米
北
−−−5−−−−(1506)
[重重重]
森林航測事
業
依 田 和 夫 〔林野庁・計画課〕 (昭和43年度経済白普参考貸料より) 実収入の一世帯当たり一カ月平均は昭和38年で 約55,000, 42年は約81,"OとなってL,る。今後 この増加率が5∼10年継統した時の実収入は,昭 和38年度の約2.5∼6.0借となると考えられる。 この連成の可能性は、 先進国の例から率ても相当 にi研いものと考えられる。 このように労働〃のコスト.つまり人件費が高 くなってくれば,先の労側力減少の場合と同様に して、現在の林業の技術体系は大幅な革新が必要 とされるであろう。 (空中写典の撮影饗, ha当た り平均単価は.昭和30年当初から現在までに約20 円から30円程度,つまり10余年IMIに約1.5倍程度 の上げ輻であるところに注11したL,。) 次に,統計数学や電子計騨機等科学技術の般 近の発展は数えあげればきりかな↓、が,林業と↓、 えどもこれらの科学技術をベースにして瀞実な発 腿を考えなければならない。 このような対外的な識'h'i勢に対し林業l嫁1体の 内部的な情勢を−1」でいえば、期大する水材需要 一国内生産の頭打ち,外材の輸入→掴内生産増大 のための諸対策, ということになり. この国内の 供給能力増加のための短期的,畏期的な方策の主 なものは林遺の整備,肱大造林の実施でありゞ こ の方向は今後当分続くものである。 一方,燈近の人間の生活間の払大に伴い,各種 の災害が激蛸しても、ること. また社会の腹雑化, 機械文明の進展に伴って人左がその解放の場を自 然に求めようとしてい恥ことなどから.森林の公 雛的利用に関係して治山治水および野外レクリエ ーションへの要求が一脚噺ま為であろう。 1今後の森林航測事業について, という猟題 をもらったが。どの程度に的を正確にうてるか自 信朧ない。正月のスゴロク・ケームと同じで.へ たにサイコ麓を振るとふり出しに戻る危険性もあるが, │辻めに読者のチェックをお卿、して, 紙
Miの許す範囲で考えて象よう。 今後の森林航測1襟を考えるにあたっては, ま ず今までの森林航測事業の流れと, その流れを決 定した林業をとりまく社会経済的技術的な背胤 とについて探って詮る必要があるが,今回は紙面 の関係でこれを省略し、 いきなり今後の森林航測 聯業についてふれること腫する。不連統な部分や, 鑛者のような実務若が霞のかかったピンポケのこ とを記述する点は容赦願いたい。 今 2. 現在および今後の林業をとりまく諸情勢に つ↓、てまずふれて染よう。 これらの雛’附勢は、 、、ろ↓,ろの観点からとりあ げ為ことができるが, まず対外的には労働力の減 少とそのコスl、アップの関係を指摘できる。 もち ろんこのIMj題は一人林業に限ったことではなし、が 。 林業I則係就業人口の今後の見通しであるが,昭 和41年度就業者実数34万人を100とすれば,昭 和60年庇には約65∼“%に減少するとされてL, る・ (林業級営問題検討会中間報告より)このこ とを考えれば,現在の人力を中心とした林業の技 術体系は火1mな.雌新を余儀なくされるだろう。 労側カコス1、関係につして見ると、近年の岡民 所鮒N加はめざましいものがあり. これを勤労老 IM:¥ifの所得のjW加率でとらえて承ると昭和38∼│42 年実収入の瑚加率は毎年約9∼11%を示している。 唇 −−−6−(1507)
②図化ではすでに作成されつつあるl/5,000コ
ン玄一マッブを活用して上記生産力制卿子を表示 した生産ノJ分布図の作成, また土地生産力を適確 に把握するためのコンター表示法の検討などが必 要となって↓、る。 さらに岻卿機を満用した地形の数iイ(モデルも土 地生産力の解明.把握に一役賀うことと思われ る。森林の公益的利用の墹大の情勢に側巡しては.
治山治水面の森林航測活用のウ室イI、が今後非常
に筒護ろう。 これらの公共投資の額は年"jW大し
ていることは衆知のとおりであり, このイ1効な実施に│鞭して;│・学的な根拠が必要とされるのであ
るo このためには, L,ろ↓、ろな条件因・fが捌森,解析されて, 自然現象と治山.治水上のメカニズム
が明らかにされる必要がある。この辺に関巡した
森林航測り蝶は次のようなものである。
①災瞥現況把握人間の生澗闘に直接影響する水害, ルl製(上砂
くずれ)などから林業上の災害. .…ノjl",風倒騨
の災審現況を,それが発生した時点から非?│↑に近
い時間内で同時に記鎌することは,災;!fの僅旧計
画のための現況把握の桑ならずその原因やメカニズムの究肌に駆要な資料を提供する。この調斑に
は空中写真を活ハIする以外に科学的.合理的な方
法は今のところ見当たらない。撮影に際しては.災書後の天候の状況や災諜の
内容、規襖などにより、婆の下を飛んで搬影可能 な大縮尺写興や,マク頑な法則性をつかむために小縮尺写典岬を使↓、わける。赤外フィルム. プポ.
ルス・カラーなども災害の原因把握に有効性を示 す場合があろう。 ②似旧設計 災害を匝旧するための測量設計浅料として1/ 5,000∼1/6,000以上の大縮尺写真の局所的撮影が 必要とされる。このヵ所は大規模な経磯が投入さ れる場所、遊路や堤防決壊,土砂崩壊などのヵ所 で. これらは小Im職に散在するところから小まわ りのきくヘリコプター、セスナ機などが搬形機と して}肌、られよう。 ③予防治111 3. 以上のような林業の諸悩勢に対し,今後の 森林航測事業はどのように対応すべきであろう か。 まず,労働力不足および労働ノJコス1,アップの '│附泌に関述して,森林の諸郁の洲在測趾はますま す空中写興によらざるを得なくなるであろう。そ して.聯林航測自体の問題として、写興の搬影や 図化作業,および判読作業に人間の手や目を介す る段階を少なくさせるような技術開発が必要とな ろう。現在考えられつつある模型飛行機の躯波誘 噂による空中写真撮影,オルソフ十トマップのよ うなI:j勤図化, コンピューターによる、I読など は.今後早急に技術化されなければならない。今 後の森林に関する諸種の調在のにな↓、手は.技術 装Miされた少数精鋭のホワイト・カラーと↓・うこ とになろう。 次に,国内の木材増産情勢に側巡して, l広大造 林推進対象地域の選定,天然林として残る地域の 般適施業法などを決定するため,今後の森林調査 は現在存在する畜蔚の調査以外にそれぞれの土地 がもつ生産力(木材生産能力)とそれに│Al連した 股適な施業法などが把握されなければならない。 幸い近年の統計数学と電算機の発述は,聯林の 生雌力を地形,地質,土壌,気象などの多数の生 産力関辿因子で把暹することに成功しつつある。 国有林における地位指数調査、民有林における地 位調査などはその一部を占めるものである。 現在のところこの土地生産力の洲恋ば人工林に 限られてL,為が今後天然林のまま残る森林も州当 に多↓、ので、 これらの上地生雌〃をどのように調 迩するか,塊在生立している天然林を支配してい る自然因子は一体何か, この辺を解りlして科学的 な施業の方法を決めようとする澗査も昭和43年 度,幣広営林局を中心に進められている。 このような調査の方向に対しての森林航測事業 は, ①搬形では上記生産力に関係する職因子を適確 に判統できる縮尺やフイルムがコストとの関係で 検討される必典がある。林野庁がII"1143年度から 国立林業試験場に, フォルス・カラーおよび長焦 点カメラによる空中写真の林業への活川の可能性 を検討依頼しているのもこの辺の邪↑Iである。 一 ー −7−(1釦8) ①,②はすで漣生じてしまった現象に対するも のであるが, これらの現象には何か[i然的.人的 なある法}11性が存在するはずであり. この辺のメ カニズムを究明することが災11fの予淡,予防種結 びつく。このような災害に関するrl然的な諸因子 の大半は航測によって合理的に把握される。 また,予防治山の一環として、 保安林効果の定 肚的把握の方向が芽嘘えて来たことはうれしいこ とで,航測iこよって合理的、科学的に要悶の調査 を実施し、 これを統計数学と泄算機で総合解析す る体制を早急りこ進める必要があろう。 般後の;疎林を保健休養の場として橘川する要 瓠の1WJkl'l1i勢に│則連して今後進められるべき森林 航測小柴は次のようなものが考えられよう。 ①自然保護地域,特に国立公間の特別保護地区 などを中心iこしてその地区を左右する自然要因の 解桝を行ない,そこに保護されるべき植生,地物 が一体↓、かなる要因下に成立し、繁栄してし、るか を把握する。 これは今後の自然活用(開発)に伴って. どの ようなI:I然斑境因子を大きく変化させないように 注怠すべきかなど lil然保謹対餓上に欠くことの できなも、ものであり.先にのべた土地生i娠力解明 調査,保安林機能解明調査とI脈行して進められる べきもので,航測の活用が期待される。 ②I凋立公園その他の自然休捉林漣関係する正要 地域の写真図を作成し, これにより自然保護計画 や休盤施投#1.画などを作成する。写典図は近年特 に新し、技術IHI発が行なわれ、わが国にも昭和43
年.その器材が輸入されてその活川がJUI緋されて
しるところである。 4. 以上,今後の林業情勢#こかんが難,考えら れる群林航測の内容の大要を述べたが,おわりに 現在の航測叫蝶に関係して一言ふれて染たい。 現在,空中写翼はあまり使われていない・ ・ ・と t、う声も多い。あれだけの金を投入していながら この固度の活川では・ ・ ・とI、うj師もある。これは 空腹│l写典でi!jでもできる・ . .と称して,写典の本 圃もわきまえずに万能主義をとなえる)11よりは薬 になるものであるが,現在の人間のコストや人間 の数をはたまた,従来の資料や技術を固定して考 えているために言われるものである。進展する社 会梢勢に対応して,今後林業がどのように変化し, またどのような悩勢下におかれるかを考えたと き,現在の縄林航測事業も肯定されるであろう。 この穂では先にも述べたように残念ながら今まで の森林航測叫喋の流れとその背景についてふれる ことができなかった。しかし,掛り1な就者はその 辺の31'『梢を想定し,今まで単一的な流れであった 撚林航測1蝶が今後の林業の中で総合的に開花す るための研究開発の必要性を指摘するであろう。 …・測撒,測定分野の桑の単独な森林航測1礫は すで&こその影を長くして来ているのである。 ハ新
刊
ー森林施業計画の解説
11月1日発イ] 林野庁計画課編 定価300円 森林施業計画は騨林』錐の中核。この制鹿の普及,推進は個別経営はもち ろん林野行政近代化の原動力であり、各煎林業政餓の成否如何は. この制 度がいかに巡岱されてゆくかで決まる。 この書は、わかりやすく、具体的に. しかも実に懇切,ていねL、に苔かれ ている。 巾込光束〃〔都千代田区六番町7 1 1本林業技術協会 TEL261-5281振枠火]i(60$ル18 − −8−(1釦9) I】IⅡ■崖』ロIhdlⅡM■■18】 このフィルムからは,大統領の車の当時の速度は 時速8.7マイル(約13.9km)であったこと,叢た 「ili両らい、物」から大統領の巾の通り猶の間に は祁遊はイF在し得たが,目標の幅はわずかに30cm 位で, この間を大統領の車は約1/30秒で通過して しまったことなどが判明しましたが, このような ことは写典測餓の範囲外のことですからただこの ことをお伝えするだけにします。 近距離からマイクロ距離になると 写真測職法というものは,今までに述べたよう に多方miで応用されていますが,その他にも技術, 工学の力iniでもなかなか活躍して、、るものであり ます。岐初にお話しする例は,米国のあ為空可轆 地の技師が途方にくれてプラソデソバーガー教授 のもとに援助を求めて来た問題でありますが,そ の問題というのはある特定の滑走路だけに飛行機 の着陸の際に車輔のスリップ事故が多発するとい うことでありました。その技師はこの特異な事故 の原因は何か淵走路面の特性によるものではない かとの疑を持ち無意識のうちにマイク画写瓦測 ,儲法(Micl・o-photogrammetry)のことを群えて 、’たものと思われます。マイクロ写典111峨法とい うのは搬影距離が30cm以内になった勘合を呼ん でいます。紡局のところは, この間町の渦走路の 全体に配布されたサンプル区域をとって擬写の実 体視写興をとり. この写真から表面の鮒密なゴン ター入り「地形図」を作り上げたところ.技師は このコンター間から滑走路の摩擦係数の卿:出がで き、問題の滑走蹄の表面が他の滑走路よりも相当 渦かであり峨擦係数が低いことが判り'し, その後 で適切な処│冊が取られたということです。 このマイクロ写真測品法は震た,般近は冶金学, 特に腐食の研究にも応用され.金属の表面が腐食 される状態を「地形図」に現わしていますが,そ の代表的なものはコンター間隔が0.1mm以下の もので図の鮒度は数ミク戸ン以内とL、う糊悔さで 描かれております。また歯科医学の方面でも. こ の方法で金製のインレイ〔ムシバの穴のつめもの〕 の腐食の撫子の研究が行なわれています。1966年 の秋にシンポジウムに出席するためにプラソデン バーガー教授が訪問された鴎こは, 肖術隊の人か らは品賀制:即の研究の一環として行なわれた. 日 1.屯■ロD appIIl」ロ■■ロ‘lIlp IppI■国ロロロロロロ】=■!
真
測
写
量
こぼればなし(2)
実 企画棚発部〕 181ⅡBⅢnm■R川221Ⅱ11■0 征岡 〔アジア航測・ ロ■Ⅱ■■ ■■■■■■■EXZ】ロロロロ■DUaq I■IⅡI ■gh】lDp p■ロh】、ロ =IE このフィルムは.あの迩命の│瞬間の前後を通じ て搬形されており、 しかも搬影新は写し始めの位 侭から移励しながら写していたこともわかったも のであります。このフィルムにつ↓、て論厳が沸↓’ た淵は大統領が初弾をうけた直後の部分の2つの 駒につい,てであります。 ある人は,片方の駒の正体不明の「物影」は本 当ば1人の人間が高い所に立って. 前のゴンクリ -I、壁越しにライフル銃の狙いをつけている所で あると、、い, もうひと駒についてはある猟の車両 があってその上に犯人が立って大統傾のIIIに狙い をつけているのではな1,かという人も出ました。 この三つの駒を写す間に,移動したことは前述し ましたが, この移動によって約90mの撮影距離 に対して約5.5xnの基線ができていました。この 場合の韮線長と搬影距離の比,すなわち5.5/90= 約0.06と↓、う比率は一般の航空写典測最に使わ れて、、る比率に比べると1桁小さL、ものではあり ますが,何とか現場を三次元的に研究するには十 分でありました。 この2枚の駒をステレオ雲ソパレーターにか けて観察した結果は果して何が出たでしょうか? 研究者の報告によれば.正体不明の「形」は立体 的な形を持って↓、なも、ことがわかり.股終的には 木の間を通った光と影とが向う側の建物の壁につ くった彩絵のb、たずらと判定されました。また 「JI,輌のような物」は確かに三次元の形を持って おり、 コンクリート壁の向う側にある晩]│[場の木 柵の外側にあって大体の間さは地iniから約1.5m 位と、リ縦されましたが,その上あるい朧近くには 人間がいた樵子は見えませんでした。その他にも. 一 一 −.−−9−-一一(1510) 本刀の典腿の鑑定にマイクロ写真測獄法を応脚Iし た例を見せられ、 また日本では自動車のボデー成 形剛の金型の検査やボデーその物の検壷iこまで同 様な方法を利川していることを報告しておられま すb 時間的要素 これまでのプラソデンバーガー教授の詔は全部 獅止した物の写翼測儲の話でしたが, 邪が技術的 な仕4fの場合にはよく第4次元という言樂か出て 来ます。この第4次元という言葉は時間の要紫を 意味しているものであり菫す。空間をある軌逝に 柵って巡動している物体の.たえず変化し続けて '、る速度のペク聯ルの測定ということになると. 実体視写典柳職法が最適な方法とL、えまし聖う° プランデンバーガー教授が数年前にスイスに洲 在中にIMI係された仕訓の一つに機械部IW!の組匁立 て作業の作業分析の例をあげてL,ます。この爽験 では作梁負のiilj手の甲に豆電球を間濁して. これ をり'激装肚で一定の時間ごとに明るくなるように して.実体視川カメラを使って作業の,サイクル の間のシャッターを開放して撮影しました。両手 の助きは明I府の光の軌跡として記録され. その写 興から実体視図化儀を使って両手の動きを所要の 縮尺で水平耐と垂直面の2面への投影閃に変わす ことができ、 それによって作業中の両手の助きの 方向、距離および速度の測定ができて, 作業の能 串の評価ができました。 (第,図参照) この例と似たような間迩を扱っているが測定す べき距離としてはむしろ遠距離写瓦測戯法の施囲 に属すると思われるものに弾道写真測戯法と呼ば れてL,る分野があります。 この場合には砲抓ある いばミサイルの弧遊の正確な測定と図示とが主な 課題であります。弾逝の精帝な計測の結果からは, 発射符制焚償の桁度あるL,は発射薬の舳蹴の緋価 が可能であります。弾道を撮影するには,曳光抑 の光やミサイルの排気の光を写すことになるの で.一般に夜間搬影としうことになります。利i逆 の距離もII#としては100マイル(160km)以上に もなるため, これを服影する写典測品川カメラも 非術に釉庇のi伽、ものが必要になります。 また. 写典の上で別i逆上のある点を狙うためには, 洲i逝 は1本の統いた線として写らずに,小さく切れた 恥、tViW Wew Ibp へ
#
= 図−1 破線状に写る必要かありますbこれば慎砿に同調 した間駄シャッターを使ってできました。もちろ ん撮影は1台のカメラだけではなく、少なくと も2台.実際には3台のカメラを同調させて行な われています。 大洋に測量の「橋をかける」こと ミサイルの追跡}こ写翼測趾を使うことは,今で ば標準方式になっていますが、 これをいま一歩進 めて、 同じ原理で地球のまわりを回わる人工衛星 を追跡するデータを使って逆に地球上の遠く離れ た観測点の相対位慨をより総密に測定することが すでに行なわれております。われわれの住む惑星 地球は相当以前から三角測品法の技術を使い, ま た股近では電子工学的計測法をも駆使して相当よ く測職されていますが, それでも現在世界中に張 りめぐらされて↓、る測趾ネットワークの中ですら H1当程度の食い速いがあると考えられています。 従来の方法では,大洋をへだてた大陸間の距離で はなお数千フゼー1,の誤差はありえますし.陸地 一 −10−(1511) から柵当に離れている島の位置に至っては、実に 数マイルも実際の位置から狂って↓、為かも知れま せん。このような割り合いに大きな食い述いの原 因は、従来の測量法は局地的な三阿測ハtに頼って いて、 これでは大洋で隔てられた火│唯と大I腿との 間に識足すべき「測量の橘をかけ為こと」(Brid-ging)によって全1l上界に散在する韮邸‘蝋系にうま く接統することができなかったためであります。 股も新い、方法では,測量用人工衛星(たとえ ばエコー1号, 2号,ジヱオスA.新い、もので はパジェオス等)を弾道用カメラを使って写爽測 跣法で追跡して↓、ます。その原理は,閃光装慨を 持っている人工衛星を互に非常に離れた所に設憧 した観測点(撮影点)から夜の星天を背無にして I『11瑚職膠する方法であります。その写典からは, 各搬形点から術星の軌道上の1点を通るilq[線の方 位《1 (天文学で使う赤緯、赤経の魚座で)が御ら れます。 (前出のNASAが打ち上げたパジェオ ス人工術星は地球の表面から約4,800kmの高唆 で地球のI櫛北両極の近くの上空を通る円形に近↓、 軌逝で地球のまわりを回わって、、ます。) 第2図は, このパジェオス衛星の観測法の幾何 学的関係をわかりやすく説明するためにブラソデ ンバーガー教授が描かれたスケッチであります。 111逆上の鮒1の点SIをA,Bの2カ所の三角点か らとらえた場合には.A-S1とB-SIの2本の噸線 の方位角が得られて平面ABS,が決められます。 同微なことを雛2の点S2で行なうと平面ABS2が 決左り. この二つの平面の交差する線すなわち韮 "A-Bの方位が決定できます。続いて第3の点 S3の観測には第3の三角点Cも搬影に参加します から酷線B-Cの方位も決まりますb ('図で見られ る通りにこの三角形ABCは途方もなく大形のも のであり、 C点からは第1の軌逝点S,は水平線 下にかくれて直視できないので節3の軌逝点S3が 必要になって来ます)。このようにして三角形AB CのA−BとB-Cの二つの辺の方位が決定できれ ばその間の伽βが決ります。またS2点はA,B,C の三つの三角点から同時観測されていますから平 面ACS2も決まり. この平面と基線A-B,B-Cと の交点を求めれば基線A−Cの方位がわかり. した がって三角形ABCの三つの内角α,6,)・の全部が 噸師 鳶‘ハ 〃 。 且 鍵 阜 I ︽ ▽ b e 図−2 一 決定できます。 この説明で.人工術晶のII仇遊が相当に高↓、所に ありますからこれを利川して大陸と大陸の間に 「測賦の橘」をかけたりまた離れた島を連結した りすることが可能になったことがおわかりでしょ う。しかしながら, この全地球三角法では扱う距 離が非常に大き↓、ために,観測点から衛星の軌逝 点を結ぶ直線の方位角も非常に高い精度で測定す ることが必要であります。現在では高精度のステ レオコンパレーターと非常に複雑な計測法を使っ て,軌道上の抑雌の点像(複数)とそれを取りま く多数の恒展の像とから写莫上での軌逝点の座標 値の差を測っています。この方法では観測点から 軌道点への方位は角庇にして1/2秒という糖度が 得られています。この納度は普通の経緯儀で得ら れる精度よりずっとすぐれたものであります。 この野心的なプ塀グラムは合衆国沿岸測地測睡
局と合衆国地図局の後援を得, また米国航空宇宙
局が人工衛星の打ち上げを担当して実験的三角形
ではすでに満足すべき結果が得られており室す。 地球全体にわたる計測のことを申し上げると, こ の計画による全地球ネットワークは38個の観測点 と69個の球面三角形から成り立っており、 これの 三角形全部の角庇は約4カ年で部測定されると則 待されています。しかし三角形の角度を測定する だけでは仕那はす玖ません・全ネットワークの寸 法を出すためには角度とともに各観測点間の距離 も精密に測定しなければなりません。この大規棋 なプログラムの中の距離の測定の部門も決してな − −11−(1512〕 おざりにされて↓、る訳ではなく.最も近代的な髄 子工学的距離測虚法を利用しており.その方法に よって測った距離を角度と組承合わせれば全世界 三角法の輔度は1 :300,000よりも良いものにな ります。すなわち地球上の観測点の位極の納腰ば 40ブィート(約12.2m)程度という驚くべき糀 密さになるといわれて、、叢す。 記念碑から顔面筋肉まで ブラソデソパーガー教授は, ここまで‘こあげた いろいろな例で写真測品法に対する一応の概念は 述べつくした, とL、↓、ながらも, もっと違った分 野への応ハlの数例をあげてその万能性を説いて↓、 煮す。すなわち.現代という時代は,人蔑は常に 自分の間囲を改造して行き.そのために不幸にも 禰滅して行かなければならなし、建築学上砿要な建 造物や記念碑等の徴煎な記録を後世#こ残すと、、う 仕尊lドには写典測髄法が不可欠なものであると説b, ております。 これに関述のある実例としては,あ のエジプ1,のナイル河の西岸にあったアブシンベ ルのヌピアソ神殿の水没救援の大事業があげられ ます。雌史上比頬を見ない国際協力が実現して. 一枚岩に刻まれた神殿の前面は多くのプ画ツクに 切り分けられて安全な場所に移設されましたが, この作粟にも恢砿な写真測最が重要な役割を果し たものであります。 宇宙科学方而ではプニルトリコに設磯された大 電波望遠鏡の空iこ向けてすえ付けた直径,,000フ ィート(約304m)という大きなパラボラアンテ ナのひずぷのチェック(航空写真測量以外には手 がな↓、)faNASAのある柿の人工術星に装伽し た球状体の典球腱のチェック. また大腸エネルギ ー典中川の│ril!阪双IM1線而の形の精密な測定報があ げられます。一方ではルナオービター月術晶から 送って来た月の表而の写真をもとにして月の表而 の三伽点ネットワークについての作業も進められ ています。 土木工学の方の技術者達もまた道路,鉄道路線 や巡河報の計画には要所要所の断面を作るほか に,〆ム.協梁や道路などでばその荷亟iこよる変 形の検出にも写爽測危法を応用しており,交通胱 調査にまでこの方法を使っております。 気象学輔は誤揃の測定に写翼測最法を応川して おり.気象衛星から送ら見て来る気象写典の評価 にもこの方法を日常作業として使って↓、寵す。現 在プランデンバーガー教授のおられるラバル大学 では.人間D顔【菌の微妙な変化を計測することで 感附的緊張のシ劃クの研究の手がかりなうるべく 研究を進めてし、る人もあります。 写真測量法の限界 ブランデンバーカー教授は,読蒋柵士が今まで にあげた多くの実例から「写興測lit法と1,うもの は完全無欠な万能薬である」と考えたらそれは間 述、、であることを警告されています。写真測量法 というものは,元来写真の備剥瀞蔵容蹴,特にそ の記録の精度に依存しているものであります。ま た,カメラ. フィルムの乳剤,写典測蹴川の各種 の計測装腫,ならびに計測員はおのおのの持ち場, 持ち場で皆それぞれ誤差というものを持ち込んで 来るものであります。これらの馴実を考臘に入れ ると現在の所では写真上でよく識別できる点の解 像度とその糀度は大体10ミク戸ソ(ミクロンは千 分の1ミリ)程度に限定されています。また写翼 の上では同じように白く見える線は果して逝路か 巡河かとまどうなど黒白写真にはまたおのずから 判読上の制約があり菫す。しかし. カラー写真, 赤外線写真, レーダー映像,多バンドスペクトル 牢真その他の近代的な遠隔探知装悩をますます駆 使することで判読性も大いに改善されることは確 かであります。 また研究家は, ごく少数の計測しか行なう必要 がなくてステレオ撮影をすることが経満的には正 当でないような場合には,問題の解決法を写真測 h}:に求めないようによく判断/Jを働かせて方針を 決定する必要があります。また股後に一言,写翼 測吐川の諸設備は多大の資金を要するものである から大規模な研究を行なう場合には,そのような 設鮒を持っている機関の協力を得て行なうことが 良縦であることを心得ておかなければならない. とブランデンバーガー教授はL、ましめていますむ とはいうものの.普通の写真でも. うまく実体 視ができるような1対になるように搬影すれば, 量次元的情報の無限の宝庫になりうる可能性を蔵 しているものである, とプ教授は結んでいます。 × × へ = −12−
(1513) は私の個人的な推察であるが, トムソン社は, おそらく中共政府に対する売り込象のために 来た帰途を利用したのではなかろうか?あの 広大な中国大陸を測品するには. どう考えて も空中写真測段を利川する以外に方法はない だろう。 トムソソ社の売り込蝋が成功したか どうかは知らない鱗' l'1m謡のスライドを眺 めながら中国の若い技術者迷が空中写真に よって新し↓、国造りに↓、そしんでし、る姿が想 起されてならなかった。 (3)オーストリアに写真測趾学会と.写真測量 に関する国際的活動の会が設立された。 ☆1908年 (1)ドイツで写真測鐙用の各祁の機材類が作ら れ始めた。 (2)飛行機熱が段を荷まってきた。フランス人 ブレリオによる初の英仏海峡│批断飛行の成功 もその一つである。 (3)飛行機からの垂直写興が搬形された。イタ リアの工兵士官タルジオである。どんな穂類 のカメラを使L,、 どこをどうとったという正 確な記録はない。 おそらく、手持ちカメラか.手持ちカメラ に若干の装置をした程度のものであったろう としか思われない。亜直の航空カメラの発明 ばあとのことである。 ☆1909年 (1)シャインフルグが,航空写典を使って三角 測最する放射線三角測jI:法の特許をとった。 (2)ロシアで「現代の発展における字典地誌」 と題する論文が発表された。残念ながら,著 者と書名のデーターおよびこの'冊報の出典が 現在ではわからない。いずれりjらかになった 際にこの誌上でお知らせすることにしたい。 (3)現在使われている立体図化機と同じ, ステ レオ・オートグラフが,オーレルによって開 発された。 (4)イタリーで飛行機からの映画がとられた。 これが世界で股初の航空映画であるとされて 1, 、る。 (5)航空写真関係の器材を製作販売している カール.ツァイスでは、 イエナに6力I側から
中写真入門講庫
膠泡
一〒‐ 教養編(4)写真測量の歴史
西尾元充 〔アジア航測KK. ・常務取締役〕 一 20世紀の幕ひらく./(2) ☆1904イド, |1鱒戦争が始まった。この戦L,に,写 真班が初めて戦地へ向って↓、るが.主に記緑が 主体である。写興が南北戦争に使われたという 記録から考えて黙て,読者の中にはあるいはと 思われる方もいられるかも知れないが,それら しい尚料が手もとにない。残念ながら,一応こ のままで先に進むことにしよう。 ☆1907年 (1)日本で妓初の写真測最に関する論文が発炎 された。 職地学雑誌''に発表された. 中村満二博lz の「写翼測冊:術について」という題の論文で ある。 現在,堺典測量学とし、う体系化された股先 端の学問といわれる写真測蹴も,その当│勝は, jⅢなる│ 術」として取り扱われて↓、たのであ る。歴史の流れを, ここでもばっきりと感じ とることができる。 (2)イギリスで最初の自動図化機がトムソンに よって作られた。 トムソンの図化機は,現在でも引き統L、て 製作されており、数年前.宣伝のために代 表譜が来日した機会をとらえて、 日本写典測 nt学会で3W#ii会を開催したことがある。 その際見せられた図化機の性能を示したス ライドは.中岡語の説明付きであった、これ ー −13−(1514) ‘16人の人左を集めて世界最初の写真測儲の識 習会を開いた。これが後の国際写真測量学会 の母胎となった。 (6)イニナでドイツ零典測吐学会が設立され た。 ☆1910年, 7月4日は記念すべき日である。 とL、 うのは. オーストリアで倒際写翼測量学会がこ のF1に没立された。 1 11際淳真測戯学会は.その 後定期的に総会を'1I催して現在に至って↓、る。 そのつど年表に入れるより, ここで一括してそ の開IIMの状況を説│J1しておこう. "111'1 1913年ウィーンで開雌。 "21nl 1926年ペルリン "31Ii1 1930年チューリッヒ "41n1 1934年バリ 第5回1938年挿一マ 第61@1 1948年ヘーグ 第7IWI 1952:年ワシントソ 第8同1956年ストックホルム 粥9同1960年画ンドン 第10回1964年リスボン "11n 1968年ローザンヌ 第121W1 1972年 ミュンヘン(予定) 日水人が│侭│際写典測lit学会に参加したのは, 1952年のワシソI、ソ会職に.篠滋彦氏(東洋 航空31F業KK. )が股初のように思われるoま た日本人の伽文では. 丸安教授(東大)と筆者 の迎潴で提出した「カラーの研究」がロンドン 会議の際,初めて招待論文となったことである。 それ以後. 出l附者の数はうなぎのぼりに燗え て. 1968年のp−ザンヌ会議では,総勢26人 とL、う妓大の人貝となった。日本における写真 測駄の発展を, 如実に物語る数字として受取れ ると思われる。 しかし残念ながら。提出される 論文の数は, 出僻人.負に比例してはきわめて少 ない。考えるべき現象であるといえよう。 次の1972年, ミュンヘンで開かれる国際会議 には, たくさんのレポ-1.が提出されることが 望ましいが,それとともにアジアにおける、いや liiに7'ジアだけに限らず,世界で肢も多い航空 カメラと図化槻の保右国となった日本であるか ら、いずれ近い将来、 ロ本でも岡際写真測最学 会の総会を開IIMするくら、、の心椛えが必要では ないかと考えられる。し力‘し現実の問題として とらえてみると.涜金,設備,語学,地理条件 などのあらゆる耐での制約もきびしく、 さた. 現在のような貧い、体制のもとでは.果してL, つの時点で可能となるか, まったく見通しすら 立たない実状である。 零典測lil:が朧んになった,時代の花形である などと,聡やかな胃蛎が使われているが実体 は根なし唯の花のようなものではな↓だろう か?もしそうだとするならば、それは写真測趾 に柵わるものの.総べてが,深く催I省しなけれ ばならないことであろう。大地にどっしりと深 く根を張って、大空に伸び伸びと枝を張り緑し たたる葉を繁らせるような姿になりたL、と、つ くづく思うのは,単に筆者一人の感傷ではない であろうと思う。 ☆1911" (1)ツァイスでステレオ・プラニグラフの設計 が完成した。この名ば日本人にとって.忘れ られなL,親し染をもって響し、てくる。と↓、う のは,戦前日本の空中写真測最の中心となっ てきたの城. この機械であったし. 戦後もま たH本にL、ち早く導入された。古、、航測マン にとって,忘れられな↓懐し↓機械である。 (2)画シヤの飛行機によって. トルコ海岸線の 空中写典が撮影された。 (3)日本般初の航空写真が,徳川大尉の操縦す るプレリオ機から搬影された。使用したカメ ラも写興の状況などの詳し↓、ことはわからな い。 ☆1913年 (1)ウィーンでの鋪1回国際写真測量学会の会 縦では主として.航空写真の撮影について討 搬されても,る°また1/4,000のリビアのモ ザイク写典が展示された。 ☆1914年 (1)鋪一次世界大戦始まる。(7月28日) (2)8月2211 . フランスのバドンヴイリエール の付近でliI雌されたツエッペリソ飛行船の' │' に仕掛けられた航空カメラが発見された。ま たこの年の終りごろ, フランス車に繋確され へ −M−
(1515) たドイツ軍の飛行機からも何じょうに発見さ れて↓、る。 鰯一次世界大戦は, 別の意味で雌史に多き な影緋を与えた。写真測l,l:の雌史の'1剛で忘れ ることの出来ないものである。 空中写真の価値がり ことにhif1F利川の而で 大きな評価を受け, それは,その蛍ま次の時 代に持ちこされ、 ここに初めて空中写真と. その応川に│則する体系化の第一歩が踏象出さ れたと↓・えるのである。 戦や・は州に, 流された貴飛な血の代倣を. 汰代に残すものである。 一統く−
〈航測演習>!I,
'",!,%,IJ'」'""!│-"m│',II'卿卿IIIIIM4IIUO14''IMi,'IMM!卿‘!'職順"I'''!!IIIIU''-望IM00側IU一 二 ニ ミ ー ン1.に使し、ます。この写典の場合は写真のほぼ中央に壹 芸 = 付近のものより多少色の白い斑点(突際はトドマツの冒 亨 枯損木ですが)がありますのでこれを“、ましェう。 畠 = 富 まず左右の写典上に左右の人篭桁をのせ,ポイソl・g 曼 に使う斑点を指離します(指は写真の上部にむけて韮言 = 直にします)この状態で左右の爪を重ねてゑるよう量 = = に努め.二つの爪がまったく重なったときその下にあ曼 壽 三 る写真に視線をずらすと写興像は立体としてみ、られま三 = z No. 5 肉眼立体視(4) 言 言今回は肉眼立体視の簸後の回として蝋もむずかしL、 昌 看所での練習をしてふます。写典はち1つと難ておわか 三 = 量 りのように北海道の天然林ですが, iii写典では地形は = = 三まったくわからず林相にも特徴ある箇所がな↓・ので, = 皇 三肉眼立体視はなかなか困難です。 言 言 しかし一つのそデルを椛成する一対の写典には,多 言 = 冒少搬影角度の違いはあれ必ず同一地点が写ってしるはj= 二 言ずですから,根気よくそれを探してA1碗を合せるポイ ーi
= 言 三 = 盲 == == = = 皇 昌 一 す。 言 = 一 = = = = 魁= Z= = = 一 一 ー = = = ‐ ー = = = ー 一 宅 ■一一唾一一一=一 富= 二 二 三 三 一 二 三 ﹃ 一 三 箕 雲 二 二 一 二 三 一 二 一 堂 三 二 一 三 二 一 三 三 毒 一 三 一 言 一 二 ﹄ 二 三 富 一 二 三 一 二 二 一 二 三 一 室 一 二 三 一 二 雲 一 二 三 一 = 言 .il艸叫棚I叩0川I川0001祁叩ⅢlOOOOOIIIIIIoIill'川叫H川oAIIIII00O10111tllllljlⅡ帥11,,,,,,llllblO0010OIIIoNII4IF;001111,,081111'09.リ"IIIIIII川IRUI川0M'川帥Ihl'llⅡⅡ001fMII朋加↓Ⅱ,ll川川リj008加岬帥'''IIIOOⅡⅡilll"IIIIIMill0O0州1,M0,儘 −15−(1516) − ‐一一百一庁
空中写真入
座
二 霊 ロ ロ﹃J pFi 技術編(5)地物の高さをはかる
写爽10反射.式准休娩と視差測定杯 さて. これで大筋はつかめましたがこれでは 実際に地物の商さを脚出するわけにいきません。 高さをだすにば視雄式と、,う公式があって, この公式に, さきほどの絶対視差の値等写真上で容
易に求められる因子の値を代入して算出する仕組 象になっています。 それでは, 図│-13によって,艦準面上に立って↓、る樹木の商さ(dh)を算出する公式(視差式)
を誘藤して承ましよう。(dhなる高さをもつ地点
と考えても同じことですが,説明の容易さからこ こでば樹木として取り扱します) 図-13に示す樹木の根元の絶対視叢(ここでは ソl馴【§面の絶対視雄と蝉しい)は I)=1),+b2 その樹木の碩上猟での絶対視差は bu=(1),+dp,)+(I)2+dp2)=b+dp,+dp2 したがって樹木の根元と頂上との視差灸は dp=b,-b=dp,+dp2 図でわかるようにd''-S(d!+d:)
d,-¥d',
d2-号dp2
ゆえlこd',-W(dp,+(''")-WIdp
この式で dh:樹,淵(撫仏miからの裸商と考えてもよ ↓、) 樋渡幸男 〔林試・航測研究室 反射式立体鏡が納められて↓、る紺の中には付 属品として視差測定樺というものが入ってい室 す。この測定枠を使い,あとで述べる視差を測定 することによって地物の商さを求めることができ ます。 1. 地物の高さはどうしてはかれるか。 L,ま図−12に示すように,写真を立体鏡下に正 しく標定したとき.左右の写真上でそれぞれの主 点P1,P2を中心にして.写興韮線方向をx軸に, それに直角な方向をyllilにとります。 ここで写真 に写っている任恵の#│AA,Bの二つの地点を選ん で、その地点の禰さと写典への写り具合1,を比較 してぷましよう。 左右写』'〔上で, A点からy軸までの垂直距離b, とb2をはかり.それを加えたものをb,Iとし,同 様にしてB点からy軸までの垂瞳距離b,'とb2'を はかり,加えたものをb〃とします。 われわれはこのb4やb〃のことを絶対視差と呼 んでいます。 図−12の下図を熟ればわかるように, A点の絶 対視差b4,がB点の絶対視差b〃よりも長くて.標 高も高くなって↓、ますbこのように一つの立体モ デル内では, この絶対視差が長ければ長L、ほど標 高が商くなります。したがって二つの地点間の高 低差は,それぞれの絶対視差の長さをばか,そ の麓を求めることによって算出することができる わけです。二つの絶対視雄の鎧をわれわれは視差 念と定義し, dpという記号で表わしてL,ますo 16− ・澤!’一J ‐_.__一旦(1517) 1)3111': ザ 銅 剖 も j B l 7 0 国 ○08唇 y軸 1 1 y制1 1 フイルムlili 「 ノf・Jj:" , 冊 勺 、 ● 訳 F F f a 省 Ⅱ グ Ⅱ p ▼ 。 d Ⅱ ○ F 8 9 八 B 1IIlT1IIIlⅡIIIIlllI l !
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[... b+dI)=b,+b2+dp,+dp2] これを前式に代入するとdh bapdp ………"…(1)
これが一般によく使われる視遮式です。 雀たこの(1)式にH_B6[
0 11 毛 “ Q歴 q△ 一 一 一 一 b伽 側−13視差式の鑑潮 を代入するとdh=協鰡………(2)
この(2)式は撮影高度を知る必要がなL、ことか ら,蝋近になってよく使われるようになってきま した。実際にあたっては, この代表的な二つの視 艦式を知っておけば十分です。 次の頂で,視差式の因子の値を実際に求める手 順と方法を説明しますが,二つの視蕊式はいずれ もわれわれが容易に求めることのできる因子の象 から成り立って↓、ます。 2. 樹高(または標高)測定の実際 視農式に含まれてL、る.韮準禰から上の搬影高 ME(H), ノI噌噸niの絶対視差(b)とそれに埜準面 と測定しようとする地点との視遥な(dp)をそれ ぞれ求めてゑましよう。 (1)踏準面を設ける。(些準而槻i断を決める) 雑単而を設ける手法にも. いくつかのかたちが ありますが. ここでは左写真の主点の標高を基準 −17−〔1518) /ノアノ////// ///引
例
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一一一一一一 イfが真 ソ鼠写真 一マイ 4 A△ ラー A 今 ,塾
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i)1 " p苫 FG0 p ∼雌線〃向線 閲-1'i絶対祝錐(b)を求め為.左写輿主点 I淵離の絶対#雌はb。三角熊Aの絶対視達 bfIはl),1-1)I+bg=PIP世一AP M 15搬影j,噌線災を蝋める きの荊│猟を進ぶ嬰慨でiilj写興主点間のほぼ中央の 上下に位慨する係臘な点a,bを選び刺針します。 このa, 1)2点は地1列'2と写典上とで対応がつく明 瞭な点を避びます。 (標商はわからな↓、ところで もよい) 次に写典サイズよりも↓、くらか大き日のマイラ ーを2枚単附します。この2枚のマイラーを左右 写真上にのせ. マイラーに両写真の主点,基線方 向線と主点からa, b点への方向線を記入します。 この記入された2枚のマイラーを.今度は地図上 にのせ図-15に示すように2枚のマイラーに記入 された基線方向級を完全に重ねたままきイラーを 左右にずらしながら地図上のa,b点にマイラーの a,b方向線がそれぞれ交#&を結ぶようにします。 このときP1,P2点を.マイラー上より刺針すると 地図上にP1点とP2/kがおとされます。この2点間の距離が、つまり地閲に縮尺化された撮影韮線
jf(B)の仙になります。(m単位で、止りでよ ↓、) (4)搬影&.#度(H)を求める。 これも求め方にいくつかの方法がありますが, できるだけ簡jliで正確と思われる方法をとりあげ て象ます。図_13でわかるようにH-B6fの関係腱あり
ますから,すでに述べたBの値, bの値,カメラ の焦点距離fの値を代人すれば計算の象でHの値 が求められますbここで騨出されたHはもちろん 華準而の標尚から上の搬形商度になっています。 ↓、うまでもなくbは酷準而の絶対視差になりま すb fは写典の1辺に#│・器顛の標示と共に記入さ れたカメラ魚点距離を使川しますが,柑蒜写真で iniとする場合と、地図kで正確に標i噺が明示された三角蝋や梛楜点の槻間を雑準而にする場合の二
つをとりあげておきます。 前者は,左写典の主点の位悩を.できるだけ正 確な地図(1/50()0)上に見取りで写し, その点の標高を等澗線から読承とります。 (後述のBの求
め方を参照して下さい,主点位置を地図上に図解 的におとすことができます) 後者ば,標猫は地図上に明示されてL、ますから, 地図上の華準点の位樋を,左右写真上に,立体視し て刺針し周りを△印群で囲欺明示しておきます。 (2)漉準而の絶対視鐘(b)を求める。 前に述べた絶対視鑑の定義と図-12および図-14 をみればわかるように,左写興の主点標高を基準 柚iにとった場合は右写典の雄線長がbになりま す。図-14ではこの絶対視鯉をl)0として示してあ ります。 三角点Aの棚淵を坐地miとした場合は図-14に 示すように左右写爽の主点間隔PIP2から‘三角 点Aの左右写真上のIIIIWJPを引いた値が,三角 点Aの絶対視藻bJIになります。また1モデル内 の任意の点についても. P1P2の長さから,それら の点の4Pをウiけば,それらの点の絶対視差を簡 単に求めることができます。測定は物指で測り. 1nnl単位で小数点以下1桁まで示して下さい。 (3)撮影韮線艮(B)を求める。 視差式の(1)式では、 Bを含んで↓、ませんが撮 影漕i度(H)を求めるときに使、、藍すのでBの求 め方を説明しておきます。 写真とできるだけ釉庇の消孔、地図(1/5000)を川 い図解射線法を応川して求めます。敏を組むと へ ‐ −18− 〕 I(1519) 標高差として弊出する仕組単になって、。ます。 し たがって式中に川b,られるHやb¥dpはすべて 恭準面に応じたそれらの値を代入しなければなり 童せん。具体的に↓、えば標高500mの三角点を韮 準面に用↓、た場合は, b塞準点(三角蝋500m) の絶対視差で,搬影高度のHは基準点の500mか ら上の撮影商度となり、視差なのdpも.埜準点の 絶対視差と測定しようとする点の絶対視錐との差