オペラの風景(27)アンナ・ネトレプコの「椿姫」
本文 戯曲「椿姫」のモデルがマリー・デュプレシーという名で19世紀初頭にパリで名を なした高級娼婦であるのは有名な話です。オペラ「椿姫」は、デュマ・フュスの戯曲 を原作とした「音楽劇」とされています。当然主役ヴィオレッタには人格がある筈で す。イタリアオペラ全体の傾向ですが、オペラの台本は主役の人格に殆んど触れませ ん。劇としては不思議なことです。《椿姫》でも原作から台本を作るとき、ヴィオレッ タの性格が書いてあった、第ニ幕を殆んど省いてしまいました。 アンナ・ネトレプコが2005年のザルツブルグ音楽祭で「椿姫」で近来稀な話題を 提供しましたが、マリア・カラスの「椿姫」と全く違う人格で、これが《椿姫》であ ったか、考えさせられました。これでも台本の指定に違反しません。 ここでは歌手個人の違いに配慮しながら、色々な DVD からヴィオレッタの魅力を考 察します。 恋人兼作者デュマ・フィスが1867 年、彼の戯曲全集第1巻序文に残した文から、マリ ーの面影を引用します。 「ヒロインはアルフォンシーヌ・デュプレシーという人である.尤も、アルフォンシ ーヌ・デュプレシーよりも響きがよくて高貴だというので、自らはマリー・デプレシ ーと名のっていた。彼女は漆黒の髪とバラのような輝かしい肌を持ったすんなりと背 の高い人だった。こじんまりした顔にエナメルのように輝く瞳は日本人のように切れ 長だったが、生き生きと生気にあふれていた。唇はサクランボを思わせ、歯はこの世 のものとも思えないほど美しかった。マイセン焼きの陶器の像と評したら当っていよ うか。1844年、私が初めて彼女に会った時、彼女は華やかさと美しさの絶頂にあ った。胸の病のため、1947年23歳の若さでこの世を去った。 彼女は情というものを持った数少ない高級娼婦のひとりだった。あれほど若くして死 んだのはきっとそのせいに違いない。才気があり、利己心をもたぬ女性だった。豪華 な屋敷で彼女は貧困のうちに死んだ。家は債権者たちが担保にとっていたのである。 彼女には生まれながらの気品があり、服装の趣味もよく、歩く足取りには優雅さ威厳 さえ感じられた。・・・・」マリー・デュプレシー これより早く、1852 年、ジュール・ジャナン(文芸評論家)は小説「椿をもつ女」第 2 版にヒロインのモデルになったマリー・デュプレシの実像をかいています。 「1845 年の出来事である。夢のように魅惑的な面立ちをもった若くて美しいひとりの 女性が現れて、周囲のうやうやしいまでの賛嘆の目を集めた。初めて姿を見せたとき、 誰も彼女の名前を知らず、何をしている人なのかもわからなかった。彼女は実際、き わめて高貴な世界に生きる女性ならではの率直なまなざしとあでやかな身のこなし、 大胆であると同時につつしみ深さも感じさせる足取りをごくしぜんに身につけていた。 まじめな顔つき、印象的な微笑み・・・・・・」 二人の表現は似ていますが、デュマより早い時期にジャナンが言っているだけに、一 層興味があります。この年にマリーは既にデュマと知り合っています。ジャナンと同 席していたのが後年の恋人、フランツ・リスト(大ピアニスト)でした。 もう一つマリーの話として女優マダム・ジュビエットの物があります。「オネーギン」 のタチアーナの挙動が自然に根ざしたことに由来したように、マリーの美が強い贅沢 への憧れに根ざしていたかららしいという話です。マダムに彼女が「どうして娼婦に なったか」、話をしてくれたとき、彼女は顔を隠していました。 「どうして自分を売るようなことをしたかとおっしゃいますの?まじめな仕事では決 して贅沢はできない、そう思ったからですわ。心の底から贅沢に憧れていたのです。 といっても、堕落していたわけでも、人様を妬ましく思っていたわけでもないのです。 ただ、優雅で洗練された環境での喜びや楽しみや上品を知ってみたいと思って・・・・ 私は自分の友人はいつでも自分で選んできたのですけれど。私の愛にこたえて下さっ た方はひとりもいませんでした。私の生活で一番つらいのはそのことなのです・・・・・」 これは1839 年ころの話で、デュマと知り合う 1844 年より前です。 蛇足ですが、こういったマリーの性格を演技として一番よく示していたのはマリア・ カラスです。
マリア・カラスが椿姫人気を支えたように、それまで 100 年続いた、《椿姫》人気も 似たような歌手によって支えられてきたのでしょう。大成功した1853年ローマ以 後ヴィオレッタ歌手として名声を博したのは5 指に余ります。アデリーナ・パッティ (1859~1914)ジェンマ・ベンリンチオーニ(1886 年まで)ロジーナ・スト ルキオ(1900~1920)ネリー・メルバ(生存は1932 年迄)などです。 バッティーは長く続いたヴィオレッタ歌手 カラス以後は映像残っています。彼女らの演技を1 幕の「ふしぎだわ、不思議だわ」。 2 幕のジェルモンとの掛け合い、3 幕の末尾「もし、清らかな乙女が」の 3 箇所に注 目して感想をのべます。 第一はカラスの代役としてデビューしたレナータ・スコット。彼女はCDには名盤が 残っています。大変表情豊かで美声です。映像はNHKイタリアオペラとして 1973 年に東京でヴィオレッタをやったものが見られます > レナータ・スコット スコットの演技はどのオペラでも抜群です。不幸なことに容姿が椿姫に合っていませ
ん。しかし画像を見ているうちに容姿のことは忘れます。それでも死の場面はやはり 気になります。こんな健康な姫の死はありえない。 「椿姫」は痩せていなければならないのは、結核ということから必要条件でしょう。 マリア・カラスもデビュー時には 90 キロあったのがスカラ座で「椿姫」をやったと きには30 キロも痩せていたのは有名な話です 太ったカラス(シチリア島の晩祷) 。 痩せたカラス(椿姫) 1983 年「椿姫」の映像がVHSという方式で商品化されました。テレサ・ストラータ
スがゼッフィレルリの演出で登場しましたが、彼女の痩せた美貌と演技の上手さで目 を引きました。映画でしたから多少の抵抗はあったものの感銘は受けました。2 幕は 映画的扱いで、父との対決色が薄く、3 幕の悲しみが最高です。カラスと比べられる かというと、私には劇的なセンスが少し落ちるように思えます。このオペラは音楽劇 であるのが、大事な要素の一つ」ですから。 </ テレサ・ストラータス ゼッフィレルリは 2002 年にポンファデッリという美貌の歌手を使って違った演出を オペラとしてやっています(プッセードのヴェルデイ劇場)。彼女は小柄で美貌です。 歌はスターとして通用します。音楽容姿演技を総合すれば、このオペラは上のできで す。ただ椿姫の2 重顎はどうも気になりますがね。太った椿姫が野次り倒された例は 多いから。 </div ステファニー・ポンファデッリ
名演出家 P・ホールがマリー・マクローリンを使って極めて優れた音楽劇を作ってい ます。グラインドボーン音楽祭 1987 です。マクローリンの病的な表情はヴィオレッ タの一面を示していますし、全体が落ち着いたトーンで仕上げられていて、通好みと いうのでしょう。歌手が一流半の所為か、ピリッとした感じにかけ、特に2 幕はおか しいけれど、劇とみれば他の作品から際立っています。死の場面は印象に残ります。 </ マリー・マクローリン 90 年台に話題を呼んだのが 92 年ロイヤル・オペラでのゲオルギュの椿姫です。指揮 はショルテイ。清楚過ぎる娼婦ですが、このオペラでは違和感を与えません。特筆す べきは、2 幕のジェルモンの演技で、レオ・ヌッチが憎まれ役ピッタリです。対抗す るゲオルギューがクイーンの貫禄を示すので、2 幕の迫力は格別です。演出も普通よ り簡素化されたセットで、爽やかです。新しい「椿姫」像を作ったと私には思えまし た。 この年 1992 年スカラ座ではカラス以来と言われた「椿姫」上演がありました。フレ ーニが 70 年にやったのですが、カラスのイメージを汚すということで不評に終り、 以来なかった。新人ファブリッチーニを使い、周到な準備で行われたそうで(カヴァ ーニ演出)、テレビで放映されましたが、その割には評判になりませんでした。ゲオル ギューのショックが大きかったせいでしょう。
</1/124116200906716425927.jpg" 話題ゲオルギュのヴィオレッタ 1992 年頃はチェリル・スチューダが抜群の人気を誇ったから、彼女の「椿姫」が CD で出ています。若さの美しさはあったものの、太め、しかも相手役はパバロッテ(指 揮はレバイン)。いくら何でもこれでは映像化は無理でしょう。私の記憶ではドミンゴ 相手は放映された筈ですが、商品になったかどうか チェリル・ステューダ 1994 年彼女に不調が出始めたころ、ミュンヘン音楽祭で代役をしたのが、ガイアル ド・ドマシュ。評判になったそうですが、映像をみていません。まだ 30 歳になって いなかったのでしょう。それ以後爆発的人気は聞いていません。チリ生まれです。雰 囲気はヴィオレッタに合っています。私は好きですが。
クリスティーナ・ガイヤルド=ドマシュ 60 年台後半から 70 年台はオーディオの技術の進歩が大きく、再生音の向上に多くの 努力が払われました。カルロス・クライバー指揮のイレアーナ・コトルバスの「椿姫」 が当時の彼女のイメージとあって人気がありました(LP、1977 年バイエルン歌劇場)。 音の微妙な間合い強弱で劇的な楽しみが伝わってきます。前記スコットのスカラ座、 スチューダのメトロポリタン・オペラでの公演なども、美しいアリアが格段に多いこ の曲、目をつむって見るオペラの魅力はDVD 以上です。 イレアーナ・コトルバス ザルツブルグ音楽祭 2005 での「椿姫」の爆発は未だ新鮮で、どう評価すべきか迷い ます。 この上演は色々の仕掛けがあったと事前に聞きました。2004 年にネトレプコは BBC プロムスに出演、(彼女キーロフ・オペラではスター)2005 年 3 月にはネトレプコも 東京にきて、アリアを歌って帰りました。5 月には東京で切符が10 万円で買えまし た。著名な指揮者が降りたという噂を聞きました。5 月に彼女はウイーンのオペラに ヴィラソンと「愛の妙薬」にでています。こうした商業主義的な話題が広がって、夏 がきました。もう10 万円では買えない人気になっていました。
あとからみるヴィデオでは格別な演出、広いザルツブルグの舞台に置かれたセットは ソファーと大時計だけ(演出はデッカー)ワンピースのヴィオレッタ、ワイシャツの アルフレード(ヴィラソン)、二人の熱演で主役である筈のジェルモン(ハンプソン) は消されてしまいました。展開されたアニメ「椿姫」は大変な人気を呼び、無名のネ トレプコはスターダムのトップに登りました。病気(結核)も、親権(圧力)も、死 さえも忘れられた青春オペラが爆発し、突発した死の悲しさだけが、涙を呼びます。 こういった単純化はアニメの世界です。 死の床は大きな舞台の床。それがザルツブルグの舞台だということに意味があったと 思うし、「椿姫」の一回限りの新天地と私は評価します。ネトレプコの美貌はヴィオレ ッタには合っていないし、声も太い。次の年までも話題に残るほどのショックで十分、 2006 年ザルツブルグでのモーッアルト・イアーへの立派な 橋となったのは確かです。 それが予期せぬ大爆発となったと私は解釈しますが、どうでしょうか。 </ </
アニメ・オペラのヴィオレッタ 2006 年、才女フレミングが「椿姫」をやったのは、翌年彼女がメトロポリタンと来日 したときに日本で知られました。ロスアンジェルス・オペラでヴィラソンとブルソン という最高スタッフをそろえてのこと、指揮はJ.コンロン、演出は M..ドミンゴ夫人.。 三人スターが揃うのは「椿姫」では珍しいことです。フレミングに 18 歳を期待する のは無理ですが、安定した演技でした。前年のショックがあり、ヴィラソンがどんな 演技をするか興味をもちましたが、3 幕は目覚しい活躍で、彼の才能が一過性でない のは確かです。演出は贅沢ですが平凡で、役者が揃った割には強い感銘は与えません。 </
才女フレミングの ヴィオレッタ登場 豪華な椿姫が相次いで登場し、本家スカラ座も黙ってはいられなくなったのでしょう。 2007 年因縁のある「椿姫」が登場します。ヴィスコンテイ=カラスの名演で確立した 権威は弟子のゼッフィレッルリ=フレーニで失墜し、兄弟弟子カヴァッリ=ファブリ ッチーニで1992 年に様子を見、15 年後、再登場。今度はヴィオレッタはゲオルギュ、 アルフレッドは売れっ子・テナー、ヴァルガス、ジェルモンは人気のフロンターリで す。カヴァーニの演出は15 年前と同じ、残念ながらゲオルギューは 15 年歳をとって しまいました。カラスのスカラ座は35 歳くらい、10 歳違います。ヴァルガスとのコ ンビはそれなりに面白くみられますが、フロンターリとの関係はヴィオレッタの勝ち、 それにゲオルギューのオペラは少し演劇性に欠け、歌が勝ちがちです。今回もそんな 場面が何箇所か気がつきました。 </ 今のヴィオレッタ・ゲオルギュー ヴィオレッタの魅力をつくる人間像はどの公演でも共通の筈です。マリー・デュプレ シーのイメージに基調をおいて、これらのオペラに共通して見られる筈です。ここ50 年間に限れば、カラスから生まれたもろもろの魅力です。マリア・カラスが条件の多 くをみたした、共通のイメージは先ず声。カラスの声は劇的で繊細な強さです。甘い 声ではないのは確かです。ストラータスやゲオルギュに面影はあります。次は豊かな 演劇性、これはストラータスには感じられます。第三の優れたギリシャ的な形態感は 近頃の歌手に感じられませんが、マクローリンに少しありましょうか。第四の容姿、 印象はどうでしょう。ヴィオレッタは美人ではあってもネトレプコとは全く違います。 カラスは美人ではないが、ヴィオレッタとして受けたのは確かです。ストラータスが 近いイメージでしょうか。第五の清楚な感じはカラスは演技で出していましたが、ど の歌手に余り感じません。マクローリンはどうでしょう。ゲオルギューの第一回には 自ずと漂ってきましたが、第二回目には消えました。
こうしてみると、この50 年の繁栄はカラスの残像を多くの歌手が一部ずつ身につけ、 維持されたようです。ネトレプコの作った椿姫はカラスとは全て異質ですが、本質的 なものではなく、人気は一過性であり、新しい椿姫像ではないと私は思います。 ネトレプコ以外の 30 代女性ホープは何人かいます。私が見た椿姫ではエレナ・モシ ュク、エヴァ・メイ、クリステイーナ・ガイヤルド=ドマシュ、パトリチィア・チィ オフィー。彼女らには格別の新しさはありません。古楽出身の硬質な音のソプラノの 出現に期待します。 話を最初にもどします。ヴィオレッタ誕生のイキサツです。彼女は贅沢願望とそれゆ えに生まれる優雅さ、品位、それらへの願いの強さが生んだ女でした。そんな女性が ありうるのか、実在した娼婦をモデルとしたこのオペラもここが嘘っぽく感じられる としたら、これはロマン派の生んだ神話ではないか、と考えていいでしょう。次に嘘 のかたまりである「とリスタンとイゾルデ」を取り上げます。