1 【引用文献】小学生のための放射線副読本 文部科学省 (出典)「①北海道の航空機モニタリングの測定結果、お よび②東日本全域の航空機モニタリングの結果の天然 核種の影響を詳細に考慮した改訂について」(平成 24 年 7 月 27 日 文部科学省)より一部改変 第32回2016年ACAP消費者問題に関する「わたしの提言」 入選 消費活動を通じてよりよい社会の発展を目指す -風評被害防止の第一歩- 神戸女子大学3回生 (兵庫県在住) 進藤 里絵 小笠原未央 1.はじめに 2011 年3 月11 日、私の目に飛び込んできたのは、人や街をのみ込む津波の映像だった。とても衝撃的で、私は息 をのんだ。東北地方太平洋沖地震による東日本大震災が起こったのである。多くの人が犠牲になった。そして、この 地震により福島第一原子力発電所の事故が起きた。この事故で放射性物質が放出され、人々を苦しめることとなった。 地元で第一次産業を生業としていた人々が、放射性物質の放出により食材を出荷することができないというニュース を何度も目にした。震災から 5 年が経った今では、東北地方の特産物が店頭に並ぶようになっている。しかし、放射 性物質の影響を受けた地域からの品物だということを気にする消費者も少なくない。いわゆる風評被害である。 そこで、東日本大震災による風評被害を取り上げ、震災から 5 年が経過した現在、正しい情報による消費活 動が営まれているかどうかを確かめながら消費者教育について考える。そして、被災地の特産物が、消費者にと って安全・安心で信用できる商品の提供であることを証明し、消費活動を積極的に行えるようにすることが、被災 地の人々を思いやり、被災地を支えることに繋がると考える。文部科学省は、「消費者教育は、被害に遭わない 消費者、合理的な意思決定ができる消費者の育成にとどまらず、消費に関する行動を通じて、社会の一員とし て、よりよい社会の発展のために積極的に関与する消費者を目指す」と示している。このことを念頭に置き、以下、 私は、風評被害の現状、課題、解決策としての提言について記述する。 2.福島第一原子力発電所の事故による風評被害の現状 東北地方太平洋沖地震と津波により、福島第一原子力発電所 の事故が起こった。そのために、放射性物質(セシウム 134 とセ シウム 137 等)が外に飛び出し、福島県をはじめとする東日本の 広い地域に拡散した。同時に放射能に汚染された冷却水も海に 流れ出した。 そして、実際の被害だけではなく、「風評」によって、農業や漁 業、観光業などに大きな被害(風評被害)が出た。 資料1は、福島第一原子力発電所から飛び出した放射性物質が 風に乗って飛ばされ、地面に落ちた分布図である。また、資料2・3 は、平成28年版消費者白書(東日本大震災に関連した消費者意識 調査)の結果である。被災地域及び被災地産品の主要仕向け先の 都市圏の消費者約 5,000 人を対象とした消費者意識の実態調査で ある。「食品がどこで生産されたかを気にする」と回答した人の中で、 「放射性物質の含まれていない食品を買いたいから」と答えた人を 対象に、「食品を買うことをためらう産地」について調査した。結果、 「福島県産」と回答した人の割合は、調査対象者全体の 15.7%を 資料1
2 資料4 放射性セシウムの基準値 食品群 基準値(Bq/kg) 飲料水 10 牛乳 50 乳児用食品 50 一般食品 100 占めた。続いて、被災地を中心とした東北(岩手県・宮城県・福島県)が 10.1%となっている(資料2)。また、食品中の 放射性物質の検査の情報について「基準値超過の食品が確認された市町村では、同一品目の食品が、出荷・流通・ 消費されないこと」について「知っている」と回答した人の割合は、2016 年2月調査で 42.2%であり、第1回目の 2013 年 2 月調査の 58.8%より減少している。しかし、一方では、「検査が行われていることを知らない」とする回答は、2016 年 2 月調査で 36.7%となっており、第1回目の 2013 年 2 月調査の 22.4%から増加している。このことから放射性物質 の食品について、正しい知識を持っている人が減少していることがわかる(資料3)。 3.安全な食品の提供にむけての現状(国及び地方公共団体の取り組み) ①食の安全基準 福島第一原子力発電所の事故後、放射性物質に対する消費者の不安が急激に増した。そこで、厚生労働省 は、食品に含まれていても健康に差支えがないと考えられる放射性物 質の量を定めた。そして、基準値以上の放射性物質を含む食品が出 回ることのないように厳しく見守っている。また、食品安全委員会は、 現在の科学的知見に基づいた食品健康影響評価の結果として、放射 線による健康影響の可能性が見られるのは、生涯における追加の累 積の実効線量がおおよそ 100 ミリシーベルト以上と判断している。これ を踏まえて、食品から追加的に受ける放射線の総量が年間 1 ミリシー ベルトを超えないようにとの考えのもと、政府は基準値を設定した。基 準値(ベクレル Bq/Kg)は、飲料水、牛乳、乳児用食品、及び一般食 品に区分されている。資料4は、食品中の放射性物質に関する基準値 (放射性セシウム)を表した表である。 そして、基準値を超える食品が 流通することがないように、計画的にモニタリング検査をし、その結 果に基づく出荷制限が行われている。各都道府県では、出荷前にモニ タリング検査を行い、検査結果を厚生労働省や各自治体のウエブサイ 資料2.放射性物質を気にする人が食品を買うことをためらう産地 【引用文献】平成 28 年版消費者白書 第 1 部 第 2 章 第 2 節(5)東日本大震災に関連した消費者意識や消費生活 相談資料より 資料3.食品中の放射性物質の検査の情報について 【引用文献】食品と放射能 Q&A ミニ 消費者庁 平成 28 年 3 月 15 日(第2版) P8 資料より
3 資料5 ト等で公表している。モニタリング検査の結果、基準値を超過する食品に地域的な広がりが確認された場合には、 地域・品目を指定して「出荷制限」が設定される。また、著しく高濃度の放射性物質が検出された場合には、「出 荷制限」に加えて、自家栽培された農作物などを食べることも控えるよう「摂取制限」が行われる。この「出荷制限」 や「摂取制限」を解除するためには、国のガイドラインに定められた条件を満たす必要がある。つまり、品物の流 通において、消費者が安心して生活できるように安全性を重視した対策が、国をはじめ、地方公共団体や各関 係機関において取られているということである。資料5は、モニタリング検査の結果である。 ②農作物や水産物における安全性の確保 農地に降った放射性セシウムの多くは、土壌の表層にとどまる。そこで、農作物が根から放射性物質を吸収しないよう に、表土の削り取りや表層と下層の土壌の入れ替えを行う等、農作物が根から放射性物質を吸収しないように努めている。 また、果樹における安全対策として、原発事故直後に果樹の表面に付着した放射性物質を低減するために樹体表面の 粗皮の削り取りや高圧水による樹体洗浄を行った。現在では、農作物の生産に使う肥料、土壌改良資材、培土等の生産 資材や畜産で家畜に与える牧草や稲わら等の資料についても、放射性セシウムの暫定許容値が設けられ、管理されて いる。また、魚でも、都道府県によるモニタリング調査が行われている。基準値(100 ベクレル/Kg)を超えた魚介類が見つ かれば出荷自粛や出荷制限の措置がとられる。検査の結果、基準値を超える割合は、福島県で平成 23 年の4月~6月 期には 53%もあったが、平成27 年の 10 月~12 月期には 0.1%まで低下している。魚種によって放射性物質の影響は異な る。現在、貝類やイカ・タコ類、エビ・カニ類、ワカメなどの海藻類も基準値を超えるものは見つかっていない。ただ、福島 県沖では、原発事故以後、全ての沿岸漁業及び底引き網漁業での操業を自粛しており、安全性が確認された魚種を対 象とした試験操業・販売による水産物以外は出荷されていない状態である。 4.学校教育における放射線教育の現状 2011(平成 23)年 3 月 11 日に発生した東日本大震災と、福島第一原子力発電所事故による放射性物質の放 出が甚大な被害をもたらしたことは、周知のことである。東日本大震災直後には、福島からの転校生に対して 「放射線がうつる」といった誤った認識によるいじめの事例も各地で報告された。いじめや風評被害等、そこには 科学的根拠のない偏見など、国民の放射線に対する知識不足が大きく影響していると考えられる。 将来の子どもを育てる基になる学習指導要領の内容をみたとき、放射線に対する知識不足の原因となるものが見 えてきた。それは、小学校では、1951(昭和26)年告示の学習指導要領から 2008(平成20)年改訂の現行の学習指導 要領まで、理科で放射線が扱われたことがないということである。社会科の第二次世界大戦における原子爆弾などを 【引用文献】食品と放射能 Q&A ミニ 消費者庁 平成 28 年 3 月 15 日(第2版)P9 資料より
4 除けば、放射線の内容に触れることもなかった。中学校では、1951(昭和 26)年の学習指導要領で、X 線の性質と利 用の学習を明記したのが最初である。1958(昭和 33)年の改定では、X 線は電波であり透過力が大きいことや原子の 構造と放射性元素から放射線が出ること、そして、原子力の特性等を、また 1969(昭和 44)年の改訂では、放射性元 素が放射線を出して、ほかの原子に変わることを扱ってきた。しかし、1977(昭和 52)年の改訂で、放射線の内容は中 学校理科から削除され、以降 2008(平成 20)年の改訂までの 30 年間、義務教育で放射線が扱われることはなかった。 つまり、国民の放射線に対する知識は、国民が主体的に求めない限りは皆無の状態だったと言える。 5.風評被害による課題 国や地方公共団体が食の安全性(人体への安全性)を確保するために、放射性物質含有に関する基準値を 定めたり、モニタリング調査を行ったりしている。同時に、生産者や販売者も安全な商品を提供する努力をして いる。それでも、資料2のように福島県をはじめ東北地方の商品が敬遠される事実が発生している。食の安全性 を確保するための取り組みについての国民の意識や知識も高くはない(資料3)。平成 23 年 4 月 21 日付けの法 務省人権擁護局が公表している「放射線被ばくについての風評被害に関する緊急メッセージ」では、原発事故 のあった福島県からの避難者がホテルで宿泊を拒否されたり、小学生が避難先の小学校でいじめにあったりし たことを公表している。そして、根拠のない思い込みや偏見による人権侵害防止を訴えている。ここには、学校 教育の果たす役割は大きい。以下、風評被害による課題を4つ考えた。 ①国や地方公共団体の食の安全性を確保するための取り組みを、国民に周知する。 ②販売時に、食の安全性が確保されていることを消費者に理解してもらう工夫をする。 ③学校教育における放射線教育の充実 ④被災地支援へのさらなる取り組み 6.私の提言 ①国や地方公共団体の食の安全性を確保するための取り組みを国民に周知するための提言として、メディアや インターネットを利用する。実際に、厚生労働省、農林水産省のホームページでは、地方自治体で実施された 食品中の放射性セシウムの検査結果を日々公開している。それにも関わらず、資料3の結果では、「検査が行わ れていることを知らない」とする回答は 36.7%もいた。そこで、各省庁から公表されている食品中の放射性物質 の検査についての情報を一括し、非営利団体の CM 等を通して広く国民に知らせるべきだと考える。そして、そ の際には、消費者(国民)が納得する内容(基準値に対する現在の含有放射線量を知らせる等、安全性を数値 化して知らせる)等を工夫して伝えることが大切である。さらに、より多くの情報受信者(消費者)に正しい情報が 伝わるように情報発信のタイミングも工夫する。例えば、情報発信(CM)の時間帯を、主婦層をねらった昼や夕 方を中心に放送し、買い物をするときの情報提供を行う。 ②販売時に、食の安全性が確保されていることを消費者に理解してもらう工夫として、販売者が、対象の商品におけ る地方自治体で実施された食品中の放射性セシウムの検査結果を、消費者にわかるように表示し、安心して購入で きる手立てを講じることを提言する。また、消費者が実際に手にした商品(食材)の放射線量を自分で測って確認しな がら購入できる仕組みがあれば一層心強い。しかし、後者は、販売者側に測定器購入の費用がかかるため販売者側 に負担がかかるというデメリットもある。さらに、販売者と風評被害にあっている地域の生産者とが連携し、食の安全性 を示しながらその食材を取り上げた調理方法を消費者に紹介することも風評被害防止につながると考える。 ③学校教育における放射線教育の充実並びに被災地支援への提言としては、児童生徒の発達段階に応じながら、 「総合的な学習の時間」を中心に学習を進め、充実を図る。そして、放射線について学ぶ機会を設定し、放射線の是 非についての正しい知識を教えるとともに、原子力発電所で起きた事故の状況を把握させ、よりよい社会生活を送る
5 ために必要なことを考えさせる。その際には、文部科学省が発行している『小学生のための放射線副読本』や『中学 生・高校生のための放射線副読本』も活用しながら、子どもたちの発達段階に応じた放射線教育の学習を進める。さ らに、放射線についての知識だけではなく、被災地の人々と共に生きることに重点を置き、「私たちが、被災地に対し てできることは何だろう」と共に考え、常に被災地を意識しながら、よりよい社会生活を目指して取り組んでいく。 ④被災地の生産業者支援として、現地とつながることを提言する。現在実行されている取り組みの一つとして、ク ラウドファンディング(寄付金付き商品販売型)がある。これは、壊滅的な被害を受けている東日本の被災地(水 産業者)の水産物のオーナーに消費者になってもらい、「予約購入申し込み」で得られた資金を、生産者の設備 等の購入支援にするというシステムである。被災地と直に繋がり支援を行いながら、商品を購入するというこの販 売方法は、被災地支援と同時に風評被害という問題も解決できる。 7.おわりに 以上、東日本大震災による被災地の風評被害を取り上げながら、消費活動について考えてきた。私たち消費 者にとって、健康維持や生命の存続への関心は一番高い。そして、生命の存続のために、健康を脅かす存在を 排除しようとすることも当たり前の行動だと考える。しかし、その中で大切なことは、消費者が正しい情報のもとに 消費活動を行うことである。つまり、生産地のこと、商品のこと、生産から流通・販売・消費に至るすべてのこと、そ して、それを支える管理体制のこと等、正しい情報を的確に把握することである。私たち消費者が安全・安心を 実感しながら消費活動を行うことが何より大切なことであり、そのことが、消費活動に関わる全ての人々の生活や 人権を保障する社会を築くことになる。福島第一原子力発電所の事故による放射性物質の被害の状況を正しく 知り、その特産物の流通、販売を通して、生産者にとっても消費者にとっても納得できる消費活動が行われるこ とこそが、被災地を思いやり、被災した人々を支えることに繋がる。 私はこの論文を作成するにあたり、放射性物質の存在によるいろいろな風評被害について改めて知ることが できた。同時に、風評被害で困られている人々のことも、今まで以上に私事として捉えることができるようになった。 今、私にできることは、被災で否応なくふるさとを離れなければならない人たちや、やっと被災地に戻り生活を始 めようとする人たち(始めている人たち)に想いを寄せ、その人たちのことを忘れないこと、そして、福島産をはじ め被災地の特産物を積極的に購入することが、被災地の人々への支援に繋がると考える。私たち一人一人が 自分にできることを小さな第一歩として実践し、それを広げ継続していくことが被災地の支援の輪を広げることに なる。私たちは、消費活動を通じて、社会の一員として、よりよい社会の発展のために積極的に関与する消費者 であるということを自覚し、日々行動していく。 [審査委員長からのコメント] 問題意識が明確で提言の前提となる基本情報をよく調べ整理しているが、やや総花的である。文中で考 察している学校教育に絞って意見をまとめると、さらに良い提言になると思われる ≪参考文献≫ ・「食品と放射能 Q&A ミニ」平成 28 年3月 15 日(第2版)消費者庁 ・「小学生のための放射線副読本~放射線について学ぼう~」文部科学省 ・平成 28 年度版消費者白書 「第1部 第2章 第2節 消費者行動・意識の状況|概要」消費者庁