航空機産業の動向・特性と、ビジネス航空特有の周辺産業
──航空宇宙産業技術展2010 ビジネスジェット・シンポジウム②── 本連載記事をお読みいただいている皆様、明けましておめでとうございます。本年もよ ろしくお願い申し上げます。 今回は、前回の続きでパネルディスカッション「ビジネスジェット・シンポジウム」(日 刊工業新聞社主催、2010 年 11 月末、ポートメッセなごやでの「航空宇宙技術産業展 2010」 内のプログラム)から。 エアバス・ジャパンの野坂孝博コミュニケーション・ディレクターと、米国で活躍中の 日本人パイロット青木美和氏がそれぞれ、航空機産業の動向と特性、およびビジネス航空 の周辺産業について紹介した。 MRO のハブ空港や、リージョナル・ジェットの開発など航空機産業の分野でも存在感を 高めている中国だが、エアバス機の一大生産拠点としても台頭しつつある。これまでに訓 練センター(1997 年)、補修部品センター(1997 年)、エンジニアリング・センター(2006 年)、A320 最終組立工場(2009 年)、コンポジット・センター(2010 年)などが設立され ている。 その背景のひとつとして、中国がエアバス機の巨大市場となっていることが挙げられる。 ↑中国工場でロールアウトされたばかりのA320。中国北部はエアバス機の製造およびサービス の一大集積拠点と化しつつある(写真提供:エアバス)中国では経済の発展に伴い航空機の利用が非常に高まっており、現在約 500 機のエアバ ス機が就航している(定期航空機、ビジネスジェットの合計値)。日本で就航している定期 航空機が、全メーカー機種を合わせて約600 機程度、ビジネスジェットが 55 機なので、そ の規模がうかがえよう。 中国には毎年 100 機以上のエアバス機が引き渡されているが、エアバス機の引き渡し機 数は世界全体で年間500 機程度なので、毎年 5 分の 1 が中国に納入されていることになる。 野坂ディレクターは、「中国のみならず、アジア全体のエアバス機の運用数増加を見込ん でのことだが、中国は非常に多くのエアバス機を導入しているため、エアバスでもしっか りとしたサポート体制を中国で確立している」と語った。 中国企業もエアバス機の部品製造に参入を始めており、最新機種A350WXB では、中国 が5%のリスクシェア・パートナーとなるなど、存在感を高めている。
★ 航空機産業の特性を踏まえて
航空機産業全般の動向について野坂ディレクターは、「当社の市場予測では、2009 年から 2028 年にかけて、全メーカー合わせて約 25,000 機の新造旅客機および貨物機が引き渡さ れる見込みで、金額ベースでは3.1 兆ドルにのぼる。この点で、航空産業は非常に有望な産 業といえる」と語り、需要拡大の背景として以下を挙げている。 ● 新興経済の台頭や航空ネットワークの発展 ● 低コスト航空会社の拡大 ● 大都市の増大 ● 航空交通量の増加 ● 経年機から環境効率の優れた新型機への入れ替え 航空機の増加は、部品製造やメンテナンスといった分野でのビジネス・ボリュームの増 大ももたらす。しかし野坂ディレクターは「そのことと、部品生産やMRO に参入しやすく なるかといった議論とは別問題」と指摘し、以下のような航空機産業の動向と特性を紹介 した。 ● サプライヤーの数はむしろ減少傾向にあり、Tier.1 を中心に系列化が進んでいる。エア バスも1,500 社あるサプライヤーを 500 社程度に絞っていく作業を進めている● 航空機の構想から就航までは非常に長い期間があり、その間設計・製造をしても収入は ない(A380 の場合は構想から就航まで約 15 年) ● 小さな部品にいたるまで航空当局の認可を得なければならない。その書類のやり取りは 全て英語でおこなわれるため、英語でのやり取り、説明力を必要とする ● 投資が大きい割には、ビジネス・ボリュームが大きいとは限らない(エアバス機は小型 機から大型機まで全機種合わせて年間で500 機程度の製造、ボーイングと合わせても年 間1,000 機程度しか生産されない) 以上のようなハードルを紹介した上で野坂ディレクターは、航空機産業への新規参入を 目指す企業の留意すべき点として、以下を挙げた。 ● 自社の強みは何か、他の企業にないものかをよく考える ● どことやり取りするのがよいのか。メーカーなのか、Tier.1 サプライヤーなのか。話す べき相手を間違えないようにする ● 長期的視点に立って戦略を考えること。新型航空機の開発は10 年に1度程度なので、 各メーカーの動きをよく見極めること。そのためにも英語で資料を作り、ホームページ を英語にし、英語で直接対話ができるようにすることなどは第一条件
★ ビジネス航空が生み出した新サービス
飛行機の仕事は、飛行機の使われるところで生まれる。 定期航空とは異なる特性を持つビジネス航空の発展は、これまた個性的な周辺産業の発 展を促してきた。青木パイロットからは、ビジネスジェットの操縦を通じて遭遇した、そ れら周辺産業の事例のいくつかが語られた。 ① インテリア・カスタマイズ 定期旅客機と異なり、1機ごとに所有者の好みに合わせてカスタマイズされるビジネス ジェット業界では、インテリア産業の比重が大きく、ジェット機製造に次ぐ重要なポジシ ョンを占めているともいわれる。 「華やかなキャビンにするか、落ち着いた内装にするか、シートに用いる革の質・色に至るまで、社風に合わせてデザイナーと所有者が一緒になって創り上げていく。デザイナー からインテリア業者までが集積し、ワンストップでサービスを提供するビジネスジェット 専用国際空港も存在する」(青木パイロット)。 ↑機体モックアップ…ではなく、シート・デザイナーのショールーム。顧客の好みに応じ た座席を提供する ② ビジネスジェット活用法コンサルタント 多くのビジネスツールと同様、ビジネスジェットも利用者の増大により、より上手に使 いこなすことが求められるようになっている。 「ビジネスジェットをどのように活用し、自社の収益・競争力の強化に結びつけていくか、 専門に研究・助言するコンサルティング・ビジネスが、アメリカで新しく成長を始めてい る」(青木パイロット)のも時代の趨勢であろう。 ③ 機内テーラー/ドレス・メーカー ビジネスジェット利用者とともに移動し、フライト中にスーツを仕立てるサービス。ビ ジネスジェット利用者の多くは一分一秒を削って仕事をしているため、店でスーツを買う 時間にも事欠く場合が珍しくない。そうしたビジネス・パーソンを支えるサービスもまた、 成長を始めている。 補足すれば、上記はいずれも日本では全くの新ビジネスであり、既存の産業と市場を食 い合う可能性は極めて低い。したがってビジネス航空の発展は、日本経済に純粋なプラス 効果を生み出すことが期待できる。
特に愛知の2空港は、専用国際ターミナルや格納庫の提供など、日本の中では突出した ビジネスジェットの利用環境を整えており、いち早く周辺産業を集積・発展させられる可 能性を持っている。 また、全国各地の空港も取り組み次第で、新しい発展の道が開けるだろう。 大事なことは、地域および日本全体で理解と認識を共有し、ビジネスジェットの利用促 進に取り組む姿勢だ。ビジネスジェットを真剣に活用し、業績を向上させている企業に対 しては、その経済貢献度に見合った税制優遇などもおこなわれて然るべきだろう。 現在、東アジア圏で最も発達した、ビジネスジェット国際運航のハブ空港は香港国際空 港だが、その経緯について青木パイロットは、パネルディスカッションの中で以下のよう に紹介している。 私がアメリカでパイロットの勉強をしていた10 年ほど前、香港から来ていた同級生がい た。彼は当時から、ビジネスジェットが世界を飛び交う時代が来ることを読んでいて、ア メリカで得た情報などを香港政府に送り、「香港に帰ったらビジネスジェットのパイロッ トとして活躍したいので、必要な環境整備をしてほしい」と訴えていた。香港政府は彼の 働きかけを受け、彼の力を香港の発展に活用できるように、ビジネスジェットの利用環境 を急ピッチで整えていった その際には、香港の経済界も一体となって取り組んでいたと聞いている。今や香港国際 空港は、複数のビジネスジェットのチャーター運航会社や、大規模な整備工場も立地し、 産業集積拠点としても発展をつづけている。 日本でも、社会全体での取り組みが必要であろう。 文責:石原達也(ビジネス航空ジャーナリスト) ビジネス航空推進プロジェクト http://business-aviation.jimdo.com/ 略歴 元中部経済新聞記者。在職中にビジネス航空と出会い、その産業の重 要性を認識。NBAA(全米ビジネス航空協会)の 07 年および 08 年大 会をはじめ、欧米のビジネスジェット産業の取材を、個人の立場でも 進めてきた。日本にビジネス航空を広める情報発信活動に専念するた め退職し、08 年 12 月より、フリーのジャーナリストとして活動を開 始。ヨーロッパの MRO クラスターの取材を機に、C-ASTEC とも協 力関係が始まる。2010 年6月、C-ASTEC 地域連携マネージャー就任 (ビジネス航空研究会担当、非常勤)