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痛みと鎮痛の基礎知識

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Academic year: 2021

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  経 皮 的 神 経 電 気 刺 激 療 法(transcutaneous electric nerve stimulation:以下,TENS)はゲートコントロールセオリー1) に基づいて発展した鎮痛法であるが,電気治療は太古の昔から 行われきた治療である。この総説では TENS については詳し く言及しないが,ゲートコントロールセオリーを含む痛みの学 説をまとめることによって痛みについて考え,ゲートコント ロールセオリーが関与する痛覚系と触覚系の比較も含めて痛み の発生メカニズムについて復習し,最後に電気治療の歴史を振 り返ってみることにした。 痛みとは  西洋では「身体の痛み」は「人間の罪に対する神の罰」とし て捉えていた。古代バビロニア人は,痛みを伴う病気はすべて 罪の報いであり,悪魔の呪いとみなしていた。痛みを表す英語 の「pain」やフランスの古語「peine」は,「penalty(刑罰)」 の語源でもある古代ギリシャ語の「ποινη′(poinê)」に由来し ているようだ2)。一方日本語の「いたみ」は「いとおかし」の 「いと」などと同じ語源をもつ,「程度の激しさ」を表す言葉で ある。19 世紀の西洋では痛みの学説として「特殊説」と「強 度説」2‒4)の間で熱い論争があったが,「強度説」は日本語の「い たみ」に近いものであろう5)。  「特殊説」を実験的に証明したのはドイツの生理学者のフォ ン・フレー(1852 ∼ 1932 年)であり,痛覚は独立した感覚で あるというものである。フォン・フレーは皮膚感覚を探索する 機器を作成し,皮膚直下にある感覚点とそれを刺激したときに 生じる感覚を調べた。触覚を引き起こす触点と痛覚を引き起こ す痛点は異なる部位に存在し,痛点の直下に神経の自由終末が あることを確認した。強い刺激に反応するための受容器があ り,その受容器から末梢神経を経由して脳で痛みを感じる。こ のような概念は 19 世紀になって考えられたわけではない。ア ラビアの哲学者で医師でもあるアヴィセンナ(980 ∼ 1037 年) は痛みは触覚や温度感覚とは異なる感覚であり,脳は痛みを 感じるための主要な構造であると捉えていた。ルネ・デカル ト(1596 ∼ 1650 年)の「人間論」でも,たき火に足があぶら れた少年の身体に,痛みを感じるための経路が脳までつながっ ている絵が描かれている。フランスの神経学者であるチャール ズ・ブラウンセカール(1817 ∼ 1894 年)は脊髄の一側を切断 すると,触覚の障害は障害側にでるのに対して,痛覚の障害は 対側に生じることを観察した6)。ドイツの生理学者のモール ス・シッフ(1823 ∼ 1918 年)は触圧覚を伝える神経線維は同 側の後索を上行するのに対し,温痛覚を伝える伝導路は脊髄に 入った高さで交叉して対側の前側索を上行することを記載し た。痛みを引き起こすような強い刺激を受容する自由終末や痛 覚に特有な伝導路があり,痛覚は独立した感覚であるという点 においては「特殊説」は正しいが,矛盾する点もある。痛みの 伝導路を脊髄レベルで切断する治療であるコルドトミーは下半 身の激痛を救う最後の手段として隆盛をきわめたが,症例数が 集まるにつれ,手術直後は効果が得られても,再燃した痛みは 術前よりも耐えられないものであるという例が多々報告され, 現在ではほとんど行われなくなった。また同程度の侵害刺激が 加わっても痛みを感じないことがある。米国の麻酔科医のヘン リー・ビーチャー(1904 ∼ 1976 年)は第二次世界大戦中イタ リア戦線で,激戦地から送り返されて来た兵士達は重症を負っ ているにもかかわらず,ほとんど痛みを訴えなかったことを報 告している。瀕死の重傷は負っても,最前線で戦わなくてもよ いという安心感,喜び,生きているという実感─そうした思い が痛みをおさえていたかもしれない。このような経験を踏ま え,ビーチャーは戦後プラセボの研究を発展させた6)。  「強度説(加重説)」を実験的に提唱したのはフォン・フレー の弟子のアルフレッド・ゴールドシャイダー(1858 ∼ 1935 年) であった。ゴールドシャイダーはフォン・フレーの庇護者で あったが,痛み刺激に対する特殊受容器の存在に疑問を投げか けた。皮膚に加える機械刺激の強度や頻度を高めると,感覚は 触覚から痛覚に変わった。痛みには適刺激がなく,どんな感覚 受容器でも刺激を強くすると痛みが生じる。過度の刺激と中枢 における加重によって痛みが生じると示唆した。こういった考 えも古くからあり,古代ギリシャの哲学者のプラトン(BC427 ∼ 347 年)は対話編「ティマイオス」の中で,痛みは単一の感 覚ではなく,強い光や圧,温度のような,通常よりも強い刺 激によって引き起こされる情動的な状態であると述べている。 ローマ時代の名医として知られたガレノス(AD131 ∼ 201 年)

痛みと鎮痛の基礎知識

─痛みの学説と電気刺激治療の歴史─

小 山 な つ

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専門領域研究部会 物理療法 特別セッション「教育講演」

Understanding Pain and its Relief

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滋賀医科大学生理学講座

(〒 520‒2192 大津市瀬田月輪町)

Natsu Koyama, PhD: Dept of Physiology, Shiga University of Medical Science

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も末梢神経が中等度に刺激されると快い感覚が生じ,それが強 く刺激されると痛みが起こると説明していた。チャールズ・ ダーウィンの祖父のエラスムス・ダーウィン(1731 ∼ 1802 年) はプラトンの考えを支持し,生物進化に関する著書「ゾーノミ ア」の中で,過度の刺激によって温覚,触覚,視覚,味覚ある いは嗅覚が誇張されると痛みが起こると述べた。  特殊説は生理学者に支持され,強度説は心理学者に支持さ れた。20 世紀に入り,米国の心理学者であるドナルド・ヘッ ブ(1904 ∼ 1985 年)は末梢から中枢までのどのレベルで体性 感覚経路が損傷されても,しばしば痛みが生じることを指摘し て,痛みは中枢の加重機構によって生じるという「中枢加重説」 を提唱した。解剖学者のグラハム・ウェーデル(1908 ∼ 1990 年)は感覚受容器は同じであっても,感覚受容器が発生する特 別な神経インパルスの空間的・時間的パターンによって痛み知 覚が生じるという「末梢パターン説」を提唱した。オランダの 脳外科医のウィリアム・ノルデンボス(1910 ∼ 1992 年)は特 殊化された入力制御系が通常は加重の発生を防止しているが, これが傷害されると病的な痛み状態をもたらすという「感覚相 互作用説」を提唱した。帯状疱疹後神経痛の患部は,触っても 感じないのに,痛みは強まっていた。バイオプシーをすると太 い有髄神経が多く減少していた。細い神経線維が痛みを起こす インパルス・パターンを伝えるのに対して,太い線維はその伝 達を抑制していると考え,神経回路の増加,加重によって病的 な強い痛みが生じると示唆した。  心理学者のロナルド・メルツァックと生理学者のパトリッ ク・ウォールが 1965 年に提唱した「ゲートコントロールセオ リー」1)は鎮痛機序の説明として紹介されることが多いが,様々 な痛みの学説に勝る新説として書かれた論文である。ゲートコ ントロールセオリーの舞台である脊髄後角膠様質には,介在 ニューロンの SG 細胞と中枢への投射ニューロンである T 細胞 がある。T 細胞には痛覚情報を伝えると考えられる細い線維と 触覚情報を伝えると考えられる太い線維の両方から興奮性入力 を受けるが,SG 細胞は細い線維から抑制性,太い線維からは 興奮性入力を受ける。そして SG 細胞は両方の細い線維と太い 線維の終末にシナプス前抑制をかけて,T 細胞が興奮しないよ うにするゲートをつくっている。細い線維が興奮すると SG 細 胞は抑制されるので,T 細胞におけるシナプス前抑制はなくな り,ゲートが開いて痛み情報は中枢に伝わる。一方太い線維か らの入力も SG 細胞に届くと,SG 細胞は興奮するので,T 細胞 におけるシナプス前抑制がかかり,ゲートは閉ざされる。単に 末梢からの細い線維を介した信号が到達すれば必ず痛みを感じ るのではなく,太い線維と SG 細胞でつくられたゲートが開か なければ痛みを感じることがないという説であった。シェーマ が斬新だったこともあり,多くの研究者が興味をもって研究し た。太い線維と細い線維の効果は逆であるという根拠は,末梢 神経に含まれる太い線維を電気刺激すると陰性後根電位が発生 し,細い線維を刺激すると陽性後根電位が発生するという実験 に基づくものであった。しかしこのような結果は否定され,最 近の多くの研究でも Aδ 線維や C 線維の興奮により多くの膠様 質のニューロンは興奮することがわかっている。シェーマは何 度も書き換えられて斬新なものではなくなったが,その後痛み の臨床治療や基礎研究に拍車がかかったという点では,ゲート コントロールセオリーの功績は大変大きいといえる。ゲートコ ントロールセオリーの臨床応用として経皮的神経電気刺激療法 (TENS),脊髄刺激療法(SCS),運動野刺激療法が開発され, 基礎研究としてはオピオイド受容体と内因性オピオイドの発 見,そして疼痛抑制系の研究が発展した。触覚系が関与する抑 制機序だけではなく,様々な脳内物質が関与する抑制機序が存 在する。さらに脳内には抑制機序だけではなく,痛みを増強す る仕組みもあることがわかってきた。つまり末梢に同程度の侵 害刺激が加わっても,同程度の痛みを感じるとは限らない。脳 内における様々な修飾を受けたシグナルが,脳内の様々な痛み 関連部位が到達して,痛みを感じるのである。  時代を逆行するが,ギリシャの哲学者のアリストテレス (BC384 ∼ 322 年)は,痛みは感覚には含めず,快楽の対極に ある情動と捉えていた。特殊説と強度説が論争されていたのと 同時期に,米国の心理学者のヘンリー・マーシャル(1852 ∼ 1927 年)は「痛みの感情説」を提唱していた。マーシャルは 快感と相反する情動は,すべて痛みであると主張した。家族に 先立たれた悲しみや,お粗末な演奏会の音楽を無理矢理聴かさ れる迷惑なども,すべて「痛み」であると主張した。侵害受容 という概念をつくった,英国のノーベル生理学・医学賞受賞者 のチャールズ・シェリントン(1857 ∼ 1952 年)は,「やけど をしたときの痛み」と,「まさにこの上もなく恐ろしいほどの 不協和音を聴いた音楽家の痛み」とは異質なものであると反論 した。マーシャルの「感情説」は批判されたが,特殊説やパ ターン説に含まれていない痛みの側面に関心が寄せられるきっ かけとなった。痛みには感覚的側面だけでなく情動的側面もあ り,負の情動が動機づけとなって,様々な行動が引き起こされ る。強い痛みを感じるときには,痛みを回避するための行動も 引き起こされるのである。国際疼痛学会(IASP)が 1979 年に 作成した定義8)では「痛みは実質的または潜在的な組織損傷 に伴う,あるいはこのような損傷を表現する言葉を使って述べ られる不快な感覚・情動体験」とされている。さらにこの定義 には注釈がついていて,「痛みはいつも主観的である。各個人 は,生涯の早い時期の損傷に関連した経験を通じて,この言葉 をどんなふうに使うかを学習している。」と続いている。痛み は主観であるので他人の痛みは類推することしかできないだけ でなく,痛みは小さい頃からの経験から積み上げられてきたも のなので,痛みの感じ方は人によって違う可能性がある。痛み は実に複雑なものなのである。 痛み発生メカニズム  五感が生じるためには,それぞれの感覚に特有な感覚受容 器,伝導路,中枢がある。それぞれの感覚受容器には適刺激が あり,適刺激が加わると感覚受容器で電気信号が発生する。そ れによって生じた活動電位が末梢神経から伝導路に伝わり,大 脳皮質の感覚野に到達して感覚が生じる。感覚を感じるための スタートは末梢にある感覚受容器であり,ゴールは脳である。 さらに感覚は高次脳機能によって,知覚から認知となる。  弱い機械刺激で触覚が生じ,機械刺激が強くなると痛覚が生 じるが,特殊説の説明で述べたように,痛覚も独立した感覚で

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ある。触覚情報と痛覚情報を伝える一次求心性神経はともに, 後根神経節や三叉神経節に細胞体がある偽単極細胞であるが, 触覚系と痛覚系の「感覚受容器−伝導路−中枢」は同じではな い。後根神経節の中の大型細胞は触覚,小型細胞が痛覚の一次 ニューロンの細胞体である。細胞体につながる触覚線維は有髄 の Aβ 線維であり,侵害受容線維(痛覚線維)はそれよりも細 い無髄の Aδ 線維と無髄 C 線維である。しかし触覚に関与す る C 線維も存在する。偽単極細胞からは 2 本の神経線維がで ていて,末梢と中枢に 2 つの終末がある。末梢終末上に感覚受 容器があり,脊髄および延髄にある終末は 2 次ニューロンとシ ナプス接続する。皮膚にはメルケル触盤,マイスター小体,ル フィニ小体,毛胞受容器,パチニ小体,自由終末があるが,自 由終末のみが侵害受容器である。触覚の受容器の適刺激は低閾 値の機械刺激であり,弱い機械刺激が加わっただけで,ナトリ ウムチャネルが開いて活動電位が発生する。皮膚の痛覚の適 刺激は,高閾値の機械刺激だけではなく,15℃以下の冷刺激, 43℃以上の熱刺激,それに炎症物質などの侵害性化学刺激など がある。適刺激は臓器によって異なり,消化管などは切っても 灼いても痛みを生じない。腸は閉塞に逆らって内容物を移送す るために,強い収縮や伸展が起こると,強い痛みが生じる。ま た筋肉は血流が減少している時に強く収縮すると,侵害刺激を 加えなくても,痛みが生じる。侵害受容器が様々な刺激に反応 するのは,侵害受容器上に様々な受容体があるからである。機 械刺激に対する受容体は確定されていないが,温度刺激やプロ トンに対しては TRP チャネル受容体ファミリーが関与してい る。発痛物質や炎症物質に関するブラジキニン受容体,プロス タグランジン受容体,セロトニン受容体,グルタミン酸受容体, ATP,神経栄養因子に対する受容体などがある6)。組織損傷 や炎症の程度が強い場合には,様々な受容体の相互作用で,侵 害刺激に対する反応の閾値が低下し,アロディニアや痛覚過敏 を引き起こすこともある9)。さらには抑制性の GABA(γ - ア ミノ酪酸)受容体,オピオイド受容体やカンナビノイド受容体 も局在している。オピオイド受容体にはμ,δ,κ のサブタイ プがあり,末梢だけではなく,脊髄,吻側延髄腹側部(RVM) や中脳中心灰白質(PAG)などにも局在している。  触覚線維も侵害受容線維も脊髄後根から脊髄に侵入する。触 覚線維の一部は後根から入った分節(高さ)の脊髄後角ニュー ロンともシナプス接続するが,これらは中枢への投射ニューロ ンではない。ほとんどの触覚線維は同側の後索を上行し,延髄 の後索核にある 2 次ニューロンとシナプス接続する。後索核の ニューロンの軸索線維は正中線を横切って,対側の内側毛体を 上行し,視床に至る。一方痛覚線維は脊髄に入った分節で後 角の侵害受容ニューロンとシナプス接続し,その後幾つかの ニューロンとシナプスを換えるものもあるが,後角侵害受容 ニューロンの軸索線維は正中線を横切って,対側の脊髄視床路 を上行する。ゲートコントロールセオリーの舞台であった膠様 質に侵害受容線維は入力するが,膠様質ニューロンのすべては 介在ニューロンであり,その軸索線維は脊髄視床路に含まれな い。触覚情報も痛覚情報も対側の視床から大脳皮質体性感覚野 に向かうが,伝導路の交差部位が異なるので,右の胸髄が損傷 すると,右足の触覚と,左足の痛覚の消失することは前述した。 さらに脊髄視床路は外側経路と内側経路がある。外側脊髄視床 路は痛みの感覚的側面に関与する経路であり,視床腹側基底核 群を経由して,大脳皮質体性感覚野に至る。内側脊髄視床路は 情動的側面に関与する経路であり,結合腕傍核や PAG などに 枝をだしつつ,視床髄板内核群から大脳辺縁系を含む脳の広範 な部位に至る。外側脊髄視床路と内脊髄視床路とは独立した経 路ではなく,どちらも脳幹網様体に枝を出しながら上行し,互 いに線維連絡がある(図 1)6)。  侵害受容器のところで,アロディニアや痛覚過敏が生じる機 構があることを述べたが,脊髄後角においても痛みの感受性が 強まる機構がある。脳内の主要な興奮性伝達物質はグルタミン 酸である。有髄の Aβ 線維や Aδ 線維からはグルタミン酸が放 出されるが,無髄 C 線維からはグルタミン酸だけでなく,P 物 質などのペプチド性伝達物質も放出される。一方主要なグル タミン酸の受容体には,AMPA 受容体と NMDA 受容体があ る。Aδ 線維から放出されるグルタミン酸は脊髄後角侵害受容 ニューロンの AMPA 受容体を活性化させるが,NMDA 受容 体には作用できない。C 線維からの入力が大量に加わると,P 物質は侵害受容ニューロンの NK1 受容体に作用して,NMDA 受容体も活性化させるので,侵害受容ニューロンは強く興奮し て,ワインドアップ現象や長期増強が引き起こされる。また炎 症性疼痛や神経障害性疼痛においては,侵害受容線維からの神 経伝達物質の放出が増加し,ATP は脳内のグリア細胞を活性 化させる。さらに脊髄内シナプスの再構築により,通常は脊髄 後角侵害受容ニューロンにシナプス接続しない Aβ 線維が侵害 受容ニューロンを興奮させることがある。また神経線維を取り 巻く髄鞘が障害されて,Aβ 線維と Aδ 線維/ C 線維がクロス トークすると,触刺激によって発生した活動電位が侵害受容線 維を伝わることがある。このように,末梢だけではなく中枢に おいても様々な痛みの過敏化機構があることがわかってきた9)。  脳内には痛みを増強する機構もあるが,痛みを抑制する機 構系も存在する9)。主要な抑制性伝達物質には GABA とグリ シンがあるが,脊髄内に進入する神経終末や後角ニューロン に GABA 受容体やグリシン受容体があり,侵害受容ニューロ ンの興奮を抑える仕組みがある。下行性疼痛抑制系は脊髄後角 侵害受容ニューロンに対する抑制系であり,セロトニンが関与 する系とノルアドレナリンが関与する系がある。セロトニン系 は中脳中心灰白質(PAG)から大縫線核を含む吻側延髄腹側 部(RVM)を経由する抑制系であり,ノルアドレナリン系は 中脳橋中脳背側被蓋や青斑核(LC)からの抑制系である。オ ピオイド受容体は末梢だけではなく,脊髄,中脳中心灰白質, 吻側延髄腹側部にも局在しているので,オピオイドは下行性疼 痛抑制系にも関わっている。脊髄内の GABA や下行性疼痛抑 制系は脊髄分節性の抑制機序であるが,広汎性侵害抑制調節系 (DNIC)といって,全身の広範な部位に侵害刺激を加えたとき に生じる抑制機序も存在する。DNIC による抑制効果は鍼によ る鎮痛機序と類似しているとされている(図 1)9)。 電気刺激療法の歴史  電気刺激療法は薬物療法と同様に古代からの経験に基づく医 療であり,電気魚を用いた治療が行われていた10‒15)。骨格筋

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の活動電位はせいぜい数十 mV であるが,電気魚の発電器官 は興奮時には電池が直列に接続したようになるので,高電圧を 発生することができる。ナイル川に棲むデンキナマズはエジプ ト文明の壁画にも描かれている。デンキナマズは 500 V もの 直流電圧を発生するが,電気伝導性が高い海に棲むシビレエ イは小魚を感電死させる程度の電圧(70 ∼ 80 V)しか発生し ないが,人をもしびれされる。ギリシャの哲学者のソクラテ ス(BC466 ∼ 399 年)やアリストテレスもシビレエイが人をし びれさせることを知っていた。シビレエイが痛風や頭痛の治療 に用いられた最初の文献はスクリボニウス・ラルグス(AD47 ∼? 年,ローマ皇帝クラディウスの軍医)が AD47 年に著し た「Compositiones Medicorum」とされている。生きた黒シビ レエイを患部にあてると痛みが和らぐ。強度説のところで登場 したガレノスもスクリボニウスの方法を踏襲してシビレエイを 頭痛や痛風の痛みの治療に用いていた。強い頭痛をもつ患者の 額の上に生きたシビレエイをおくと,シビレエイがショックを 発し,患者はしびれを感じて感覚がなくなり,頭痛が消えた。 死んだシビレエイでは効果はなかった。このような電気魚を用 いた治療は 16 世紀まで続いた。  古代ギリシャの哲学者であるターレス(BC624 ∼ 524 年)は 琥珀をこすると羽毛がくっつくことを観察していて,これは静 電気の発見であった。琥珀を意味するギリシャ語の「electron」 は英語の「electricity」の語源となっている。17 世紀には静電 気の研究が進み,ドイツの物理学者でマグデブルグの市長で もあったオットー・フォン・ゲーリック(1602 ∼ 1686 年)が 1672 年にイオウのボールの回転による摩擦で静電気を発生さ せる「摩擦起電機」を発明した。その後,オランダライデン大 学のピーテル・ファン・ミュッセンブルーク(1692 ∼ 1761 年) が 1745 年にライデン瓶を発明して,静電気をためることがで きるようになった。ライデン瓶とはガラス瓶の内側と外側を錫 箔でコーティングし,内部にある金属棒を外側の錫箔に接触さ せるようにした一種のコンデンサーである。摩擦起電器をライ デン瓶につないで電気をためた後,錫箔につながる針金をヒト や動物に接触させると,ためられていた静電気が放電して大男 図 1 中枢神経系内には,触覚、痛覚の伝導路だけではなく,痛みを抑制する経路も存在する. 触覚の伝導路:触覚線維は後根から入った脊髄分節の後角ニューロンともシナプス接続するが,これらは中枢への投射ニュー ロンではない.ほとんどの触覚線維は同側の後索を上行し,延髄の後索核にある 2 次ニューロンとシナプス接続する.後索核 のニューロンの軸索線維は正中線を横切って,対側の内側毛体を上行し,視床を経由して大脳皮質体性感覚野に向かう. 痛覚の伝導路:侵害受容線維(痛覚繊維)は後根から入った脊髄分節の後角の侵害受容ニューロンとシナプス接続し,その後 幾つかのニューロンとシナプスを換えるものもあるが,後角侵害受容ニューロンの軸索線維は正中線を横切って,対側の脊髄 視床路を上行する.脊髄視床路は外側経路と内側経路がある.外側脊髄視床路は痛みの感覚的側面に関与する経路であり,視 床腹側基底核群を経由して,大脳皮質体性感覚野に至る.内側脊髄視床路は情動的側面に関与する経路であり,結合腕傍核や 中脳中心灰白質などに枝をだしつつ,視床髄板内核群から大脳辺縁系を含む脳の広範な部位に至る. 疼痛抑制系路:脊髄後角に対する下行性疼痛抑制系にはセロトニンが関与する系とノルアドレナリンが関与する系がある.セ ロトニン系は中脳中心灰白質(PAG)から大縫線核を含む吻側延髄腹側部(RVM)を経由する系であり,ノルアドレナリン系 は中脳橋中脳背側被蓋や青斑核(LC)からの系である.そのほかに,GABA 受容体,オピオイド受容体,そして広汎性侵害抑 制調節系(DNIC)による抑制機序が存在する.

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の足を動かせ,小さな動物は死亡したといわれている。ライデ ン瓶の命名者はフランスの牧師で医師でもあるジャン=アント ワーヌ=ノレ(1700 ∼ 1770 年)であり,ノレはルイ 14 世に ライデン瓶の実験を披露していた。ベルサイユ宮殿で 180 人の 兵士を輪にして手をつながせて,ライデン瓶を放電させると, 次々と兵士たちがジャンプしていった。ドイツの電気治療の創 始者のひとりであるクリスティアン・クラッツェンシュタイン (1723 ∼ 1795 年)は 1745 年に世界で初となる電気治療の書籍 を発行した。イングランド国教会の司祭であったジョン・ウェ スレー(1703 ∼ 1791 年)は摩擦起電器とライデン瓶を応用し て自身の神経痛で試してみて痛みが癒されたので,痛風,頭痛, 坐骨神経痛,狭心症,胸膜痛の電気治療を行った。ジャック= ルイ・ダヴィッドが描いた「マラーの死」(ブリュッセルの王 立美術館所蔵)は有名だが,ジャン・ポール・マラー(1743 ∼ 1793 年)はフランス革命の指導的政治家になる前は医師で あり,ライデン瓶と摩擦起電器を使った痛みの電気治療を行っ ていた。1784 年に上梓した「Memories sur l’electricale」はパ リ・アカディミーの賞を授賞している。その後,ロベスピエー ルらとともにジャコバン党で活動したが,皮膚病の悪化のため 休養していたところ,ジロンド派の女性に浴室で暗殺された。 平賀源内(1728 ∼ 1779 年)もオランダから持ちこまれたエレ キテルを修理して,電気治療を行っていた。  多くの科学者もライデン瓶に興味をもち,ベンジャミン・ フランクリンが嵐の日に凧あげ実験を行ったことは有名であ る。凧糸の端をライデン瓶からでている金属棒に結ぶと,雷を ライデン瓶に蓄えることができた。同様の実験をして感電死し た研究者もいたが,フランクリンは凧には濡れやすい麻糸をつ けて金属に接続し,麻糸の途中に濡れにくい絹糸を結びつけて 手にもったため感電しなかった。フランクリンは雷が静電気で あることを証明し,後に避雷針を発明した。イタリアの解剖学 者であるルイジ・ガルバーニは凧の代わりにカエルの足をライ デン瓶につないで,筋肉が収縮することを発見した。2 種類の 金属でできたピンセットを筋肉に差し入れても筋肉が収縮した ので,ガルバーニは生体にも起電力があるという「動物電気 説」を展開した。物理学者のアレッサンドロ・ボルタ(1745 ∼ 1827 年)はそれに反論し,カエルの足の収縮は 2 種類の金属 間に流れる電気によるものだと主張し,「金属電気説」を提唱 した。ガルバーニもボルタも様々な実験を行い,「動物電気説」 と「金属電気説」との論争は 10 年にわたって続いた結果,軍 配はボルタに上がった。当時のイタリアはナポレオンの支配下 にあり,ナポレオンに忠誠を誓うことを拒否したガルバーニは ボローニャ大学を追放されたが,ボルタはたびたび表彰され, 伯爵位まで授かった。その後イギリスの科学者のジョン・ワッ シュ(1725 ∼ 1795 年)と解剖学者のジョン・ハンター(1728 ∼ 1793 年)がカエルは電気を発生しないが,電気魚が発する ショックは電気であることを証明した。ボローニャの物理学者 で教育大臣にもなったカルロ・マテウッチ(1811 ∼ 1868 年) もガルバーニやボルタの実験を追試した後,シビレエイがス パークを発生させて,電気をだすことを証明している。そして イギリスの物理学者であるマイケル・ファラデー(1791 ∼ 1867 年)が電磁誘導を発見し,様々な誘導コイルが発明され,高電 圧を発生することができるようになった。その後ドイツのエ ミール・デュ・ボア=レーモン(1818 ∼ 1896 年)が誘導コイ ルを利用してマテウッチの実験を追試し,神経でも活動電位が 発生することを証明した。ガルバーニの「動物電気説」は敗れ ていたが,微量ではあるが生体内でも電気が発生することはま んざらまちがいでもなかったわけである。19 世紀は電気治療の ゴールデン・エイジであり,歯科,神経科,精神科,婦人科な どにおいても誘導コイルを用いた電気治療が盛んに行われた。  20 世紀になりエレクトロニクスが発展し,強度,頻度やパス ルの持続時間を自由に変えることができる電気刺激装置が開発 された。基礎研究では電気生理学が発展し,様々な刺激鎮痛法 も開発された。その中でも TENS は脳刺激鎮痛法に比べて侵襲 性が低く,簡便な機器も開発されている。ウォールとスウィー ト が 1967 年 に は じ め た TENS の 刺 激 頻 度 は 100 Hz で あ っ た16)が,現在では強度,頻度,持続時間の様々の刺激パラメー ターを選択して行われている。鎮痛目的での TENS としては高 頻度 TENS(50 ∼ 100 Hz),低頻度 TENS(0.5 ∼ 10 Hz)とバー スト刺激が行われる。TENS による鎮痛機序は炎症性疼痛や神 経障害性の動物モデルなどでも研究されている。  ゲートコントロールセオリーは太い線維による脊髄分節性の 抑制機構と考えられていたが,それ以外に TENS には様々な 末梢性と中枢性の抑制機序が存在することがわかってきてい る。TENS による鎮痛は刺激停止後の 8 ∼ 24 時間も持続する ので,単なる神経の伝導ブロックとは考えられない。TENS 施 行前にコーヒーを飲むと,TENS の効果が減弱することから, 太い神経刺激による鎮痛に関与する伝達物質としては,アデノ シンが候補にあがった。カフェインはアデノシンと構造が似て いて,カフェインがアデノシン受容体に作用すると,アデノシ ンはアデノシン受容体に結合しにくくなるからである。また末 梢性のメカニズムとしては,低頻度 TENS と高頻度 TENS の 両方がムスカリン性α 2 受容体に関与するという報告がある。 α 2 受容体が機能的に欠損している突然変異マウスでは TENS の効果が減弱していて,α 2A 受容体の選択的拮抗薬を投与 すると TENS の効果は回復するが,髄腔内投与では回復しな い。末梢ではムスカリン性α 2 受容体に低頻度 TENS と高頻度 TENS の両方が関与するが,末梢のオピオイド受容体に関して は低頻度 TENS のみが関与すると示唆されている。脊髄レベ ルのメカニズムとしては,オピオイド,GABA,セロトニン, ノルアドレナリン,グルタミン酸の関与が示されている。脊髄 内の主要な抑制性伝達物質は GABA とグリシンであるが,グ リシンは TENS には関与しない。高頻度 TENS により細胞外 液の GABA 濃度が上昇し,GABAA受容体拮抗物質は高頻度 TENS による鎮痛効果を減弱させた。脊髄を切断した動物では TENS の効果は減弱することから,分節性の抑制だけではな く,下行性疼痛抑制系の関与が考えられた。低頻度 TENS で は脊髄レベルのセロトニン濃度が上昇したが,ノルアドレナリ ン濃度は低頻度 TENS でも高頻度 TENS でも変化しなかった。 また高頻度 TENS によって脊髄内でのグルタミン酸とアスパ ラギン酸の濃度が減少した。さらに低頻度 TENS および高頻 度 TENS 後に,血中および髄液中のβ エンドルフィン濃度が 上昇し,メチオニンエンケファリンやダイノルフィンも胸髄レ

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ベルの髄液中に上昇することが確認された。グルタミン酸など の放出減少にはデルタオピオイド受容体が関与する可能性が示 唆されている。上脊髄性のメカニズムとして,低頻度 TENS と高頻度 TENS の両方によって PAG および RVM が活性化さ れ,下行性疼痛抑制系に賦活することが示唆されている。臨床 においてランダム化比較試験なども行われはじめているが,数 は多くない。急性痛や術後痛には効果が確認されているが,慢 性疼痛におけるなど TENS の効果には議論がわかれる。しか し個別の疾患に最適な刺激のパラメーターや刺激部位が見つか れば,TENS の適応は拡がる可能性もあるだろう17)18)。 文  献

1) Melzack R, Wall PD: Pain mechanism: a new theory. Science. 1965; 150: 971‒979.

2) Perl ER: Ideas about pain, a historical view. Nat Rec Neurosci. 2007; 1: 71‒78.

3) Moayedi M, Davis KD: Theories of pain: from spcifi city to gate control. J Neurophysiol. 2013;109: 5‒12.

4) 小山なつ:痛みは感覚?,痛みと鎮痛の基礎知識(上巻).技術評 論社,東京,2010,pp. 30‒41.

5) Eldor J, Kotlovker V, et al.: Pain free hospital ̶ availability (24 hours) of anesthesiologists. J Anesthesiology & Clinical Science. 2013 March; 2 : 17. Available from http://www.hoajonline.com/ jacs/2049-9752/2/17

6) 小山なつ:痛みを伝える情報伝達機構,痛みと鎮痛の基礎知識(上 巻).技術評論社,東京,2010,pp. 79‒127.

7) 小山なつ:痛みは情動?,痛みと鎮痛の基礎知識(上巻).技術評 論社,東京,2010,pp. 41‒53.

8) [No authors listed] Pain terms: a list with defi nitions and notes on usage. Recommended by the IASP Subcommittee on Taxonomy. Pain. 1979; 6: 249.

9) 小山なつ:痛みの異常メカニズム,痛みと鎮痛の基礎知識(上巻). 技術評論社,東京,2010,pp. 131‒170.

10) Dolhem R: The history of electrostimulation in rehabilitation medicine. Ann Readapt Med Phys. 2008; 51: 421‒431.

11) Koelhes PJ, Boes CJ: A history of non-drug treatment in headache, particularly migraine. Brain. 2010; 133: 2489‒2500. 12) Rosskazoff SY, Slacvin KV: Neuromodulation for cephalgias. Surg

Neurol Int. 2013; 4(Suppl 3): S136‒S150.

13) 橫 田 敏 勝: 痛 み の 電 気 治 療, 痛 み と 脳. 紀 伊 國 屋 書 店, 東 京, 1988,pp. 191‒197. 14) 橫田敏勝:ダビッド<マラーの死>,名画と医学.南津堂,東京, 2002,pp. 123‒129. 15) 小山なつ:刺激鎮痛法,痛みと鎮痛の基礎知識(下巻).技術評論 社,東京,2010,pp. 200‒210.

16) Wall PD, Sweet WH: Temporary abolition of pain in man. Science. 1967; 155: 108‒109.

17) Sluka KA, Walsh D: Transcutaneous electrical nerve stimulation: Basic science mechanism and clinical eff ectiveness. J pain. 2003; 4: 109‒121.

18) DeSantana JM, Walsh D, et al.: Eff ectiveness of transcutaneous electrical nerve stimulation for treatment of hyperalgesia and pain. Curr Rheumatol Rep. 2008; 10: 492‒499.

参照

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