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はじめに
脳循環代謝測定装置の gold standard は,15Oガスを 用いた positron emission tomography(PET)であるが,核 種の合成にサイクロトロンが必要となるため,世界的 にみても通常の臨床検査として実施可能な施設は限ら れる.そのため,single photon emission tomography (SPECT)や magnetic resonance imaging(MRI)を用いた 代替法の開発が精力的に行われている.とくに,MRI は,非侵襲的に検査が可能であることから,近年副作 用の問題が取り沙汰されている acetazolamide を用いる ことなく脳循環予備能を推定する方法の開発に利用さ
れている1).また,現在では慢性脳虚血における脳酸
素摂取率(oxygen extraction fraction: OEF)の上昇,いわ
ゆる貧困灌流の検出も可能となった2).
一般に,脳循環代謝測定は,主に急性および慢性脳 虚血における病態を把握するうえで重要な役割を果た しており,多くの研究が報告されている.一方で,一
酸化炭素(carbon monoxide: CO)中毒においても慢性脳 虚血でみられる貧困灌流と同様の状態であることが 15O-PETを用いた研究で明らかにされている3).そのた め,これまで慢性脳虚血の病態解明および臨床応用に 向けて開発されてきた MRI の撮像法や解析法が CO 中毒へも応用できる可能性がある.当施設では,これ まで,一側脳主幹動脈狭窄・閉塞症において,3 Tesla MRI(3TMRI)の proton magnetic resonance spectroscopy (1H-MRS)から算出可能な脳温が15O-PET OEFと相関 することを明らかにしている4).本稿では,この脳温 を CO 中毒患者において計測した結果について,脳循 環代謝異常という観点から,その病態について述 べる.
1.CO 中毒急性期および
亜急性期における脳温
CO は,酸素のおよそ 250 倍のヘモグロビン親和性 を有していることから,濃度と曝露時間に依存して, 様々な中毒症状を呈し,最終的には死亡へ至る5).CO 中毒における脳循環代謝計測の報告は必ずしも多くは ないが,De Reuck らによって,CO 中毒急性期におけ る OEF 上昇が報告されており,貧困灌流(miseryperfu-岩手医科大学脳神経外科学講座 〒 020-8505 岩手県盛岡市内丸 19-1 doi: 10.16977/cbfm.28.2_333
● 新評議員
超高磁場 MRI にて計測可能な脳温から推定される
一酸化炭素中毒患者の脳循環代謝
藤原 俊朗
要 旨 脳循環代謝測定は,主に急性および慢性脳虚血における病態を把握するうえで重要な役割を果たしており, 多くの研究が報告されている.一酸化炭素(carbon monoxide: CO)中毒においても慢性脳虚血でみられる貧困灌流と同様の状態であることが15O-PETを用いた研究で明らかにされていることから,これまで慢性脳虚血の病
態解明および臨床応用に向けて開発されてきた MRI の撮像法や解析法が CO 中毒へも応用できる可能性があ る.当施設では,これまで 3 Tesla MRI(3TMRI)の proton magnetic resonance spectroscopy(1H-MRS)から算出可
能な脳温が脳循環代謝状態を反映することを明らかにしている.本稿では,この脳温を CO 中毒患者において 計測した結果について,脳循環代謝異常という観点から,その病態について述べる.
(脳循環代謝 28:333∼336,2017) キーワード : MRI,1H-MRS,脳温,CO 中毒,脳虚血
脳循環代謝 第 28 巻 第 2 号
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sion)に類似した状態であることが推測される3).貧困
灌流は,脳酸素代謝量(cerebral metabolic ratio of oxy-gen: CMRO2)に対して脳血流量が低下している状態で あり,脳代謝で産生された熱を奪う脳血流によるラジ エータ効果は低下しているといえる.実際,脳主幹動 脈狭窄・閉塞症患者では,OEF 上昇例では脳温が上昇 している4).そこで,我々は,CO 中毒患者の大脳深部 白質半卵円中心領域(Fig. 1)にて脳温を計測し,脳循 環代謝異常を呈する急性期および亜急性期に異常な変 動を示すかどうか検証した.その結果,CO 中毒患者 8例の脳温は,急性期,亜急性期ともに,正常脳温の カットオフ値(38.3°C: 健常者 15 例における脳温の平 均±標準偏差×2)より高値を示していた(Fig. 2).一 方,急性期(39.9°C)に比べ,亜急性期(中央値:39.3° C)の脳温は低下していた(p=0.0313).これらの結果か ら,CO 中毒患者では,急性期において脳代謝に対す る著しい脳血流低下が起こり,亜急性期にかけてある 程度回復する可能性があった6).
2.CO 中毒亜急性期における
白質障害の程度と脳温
上記研究によって,CO 中毒急性期から亜急性期に かけて脳温は上昇することが明らかになった.一方 で,急性期から亜急性期の間に 1°C以上脳温が低下 し,脳温が正常値へ近づく症例が 2 例存在した.その うちの 1 例は,3 日以内に消失する急性症状のみ呈し た症例であったことから,脳循環代謝が正常化しつつ ある状態と考えられた.しかし,もう 1 例は,急性症 状から回復後,数週間は症状なく経過したが,CO 曝 露後 4 週目に重篤な遅発性神経精神症状(delayed neu-ropsychiatric sequelae: DNS)を呈した間歇型症例であっ た(Fig. 2 黒丸).ここで,DNS は,進行性白質障害が 原因の一つとして考えられており,慢性期に DNS を 発症する症例では,急性症状のみの症例に比べ,亜急 性期ですでに白質障害が進行していることを我々はこ れまでに明らかにしている7).つまり,DNS 症例で は,亜急性期にすでに脳代謝が低下している可能性が ある. 以上のことから,DSN 症例において,亜急性期の脳 温が急性期に比べ強く低下した理由として,白質障害 が原因となっている可能性があると考えた.そこで, 我々は,CO 中毒亜急性期に1H-MRSと diffusion tensorimagingを撮像し,算出された脳温と白質障害の指標 となる fractional anisotropy(FA)が相関するかどうか検 証した.その結果,CO 中毒患者 16 例の脳温は,FA 値と有意に相関することが明らかとなった(ρ=0.542, p=0.0302)(Fig. 3).脳温から体温を差し引いた温度 (ΔT)と FA 値では,より強く相関することも明らかと なった(ρ=0.733, p=0.0043).これより,CO 中毒後に強 く白質が障害された症例では,低下した脳代謝に対し て,低下した脳血流が一致している matched hypome-tabolism8)に類似した状態が推測され,そのために脳温 が見かけ上,正常値へ近づいた可能性があった9).
Fig. 1.Proton magnetic resonance spectroscopy 計 測 の た め の大脳白質半卵円中心領域における興味領域
p=0.0313
Fig. 2.一酸化炭素中毒急性期および亜急性期の脳温 急性期に比べ亜急性期の脳温は有意に低下している (p=0.0313).黒丸は遅発性神経精神症状を呈した症例.
脳温から推定される一酸化炭素中毒患者の脳循環代謝 ─ 335 ─
おわりに
我々はこれまで,CO 中毒において,それほど注目 されていなかった脳循環代謝状態を,超高磁場 MRI で高精度に計測可能な脳温を利用して解明してきた. 今後は,さらなる高磁場 MRI から取得されるデータ を解析する新たな手法を開発し,CO 中毒や虚血性疾 患の病態解明を進めて行く. 本論文の発表に関して,開示すべき COI はない. 文 献1) Hirooka R, Ogasawara K, Inoue T, Fujiwara S, Sasaki M, Chida K, Ishigaki D, Kobayashi M, Nishimoto H, Otawara Y, Tsushima E, Ogawa A: Simple assessment of cerebral hemodynamics using single-slab 3D time-of-flight MR angiography in patients with cervical internal carotid artery steno-occlusive diseases: comparison with quantita-tive perfusion single-photon emission CT. AJNR Am J
Neuroradiol 30: 559–563, 2009
2) Kudo K, Liu T, Murakami T, Goodwin J, Uwano I, Yamashita F, Higuchi S, Wang Y, Ogasawara K, Ogawa A, Sasaki M: Oxygen extraction fraction measurement using quantitative susceptibility mapping: Comparison with positron emission tomography. J Cereb Blood Flow Metab 36: 1424–1433, 2016
3) De Reuck J, Decoo D, Lemahieu I, Strijckmans K, Boon P, Van Maele G, Buylaert W, Leys D, Petit H: A positron emission tomography study of patients with acute carbon monoxide poisoning treated by hyperbaric oxygen. J Neurol 240: 430–434, 1993
4) Ishigaki D, Ogasawara K, Yoshioka Y, Chida K, Sasaki M, Fujiwara S, Aso K, Kobayashi M, Yoshida K, Terasaki K, Inoue T, Ogawa A: Brain temperature measured using proton MR spectroscopy detects cerebral hemodynamic impairment in patients with unilateral chronic major cere-bral artery steno-occlusive disease: comparison with posi-tron emission tomography. Stroke 40: 3012–3016, 2009 5) Weaver LK: Clinical practice. Carbon monoxide
poisoning. N Engl J Med 360: 1217–1225, 2009
6) Fujiwara S, Yoshioka Y, Matsuda T, Nishimoto H, Murakami T, Ogawa A, Ogasawara K, Beppu T: Brain temperature measured by 1H-magnetic resonance spectroscopy in acute and subacute carbon monoxide poisoning. Neuroradiology 58: 27–32, 2016
7) Beppu T, Fujiwara S, Nishimoto H, Koeda A, Narumi S, Mori K, Ogasawara K, Sasaki M: Fractional anisotropy in the centrum semiovale as a quantitative indicator of cerebral white matter damage in the subacute phase in patients with carbon monoxide poisoning: correlation with the concentration of myelin basic protein in cerebrospinal fluid. J Neurol 259: 1698–1705, 2012
8) Kuroda S, Shiga T, Houkin K, Ishikawa T, Katoh C, Tamaki N, Iwasaki Y: Cerebral oxygen metabolism and neuronal integrity in patients with impaired vasoreactivity attributable to occlusive carotid artery disease. Stroke 37: 393–398, 2006
9) Fujiwara S, Yoshioka Y, Matsuda T, Nishimoto H, Ogawa A, Ogasawara K, Beppu T: Relation between brain temperature and white matter damage in subacute carbon monoxide poisoning. Sci Rep 6: 36523, 2016
Fig. 3. 一酸化炭素亜急性期における脳温と fractional anisotropy(FA)値との相関 脳 温 と FA 値 と は 有 意 な 相 関 を し て い る(ρ=0.542, p=0.0302).
ρ = 0.542
p = 0.0302
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