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池水位の撹乱がアメリカザリガニに及ぼす影響

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シンポジウム報告

池水位の撹乱がアメリカザリガニに及ぼす影響

Impacts of water level fluctuation on invasive crayfish Procambarus clarkii

at shallow eutrophic pond

林 紀男

1

Norio Hayashi

はじめに 池沼では,失われた水辺の植生を回復させ,多様 な水生生物が生息・生育する空間を再生する生態環 境工学の取り組みとして「かいぼり」が注目を集め ている(林,2017a).かいぼりは,外来種の捕獲・ 排除という直接的な機能が衆目を集める.しかし, 同時に埋土種子の休眠打破による水生植物の芽生 え,土壌シードバンク探索による土着水生植再生機 会の獲得なども重要である(林,2017a).水生植物 の繁茂を通じて場の多様性を育み,水生生物のにぎ わいを目指す取り組みである.しかし,地域遺伝情 報を保持した貴重な水生植物の再生に成功しても, アメリカザリガニProcambarus clarkiiをはじめとし た水草を食害する多様な生物の影響により,水生植 物の安定的な繁茂・定着が阻害される事例が多い (尾崎ら,2017). かいぼりの定期的な実施は池沼の水環境を保全す る上で効果を発揮するが,かいぼり実施には人手と 資金という現実的な制約がある.ここでは,池沼生 態系を撹乱に曝露させ,アメリカザリガニの生息密 度を低下させる積極関与の方策として,水位低下操 作が水生植物の繁茂・水生生物相の保全に果たす役 割を検証する. 池でのかいぼりと水位低下操作による撹乱 千葉県立中央博物館生態園(千葉市)の舟田池 (約1.4 ha,最大水深2.3 m,水容積約13,000 m3)は, 谷津奥に構築された農業用ため池である.周辺の市 街地化が進行して農地灌漑の目的は失われ,現在は 自然観察用の池として用いられている.この舟田池 では,土壌シードバンクから土着の沈水植物等を発 芽・再生させる取り組みを実施し,エビモ Potamo-geton crispusなどの沈水植物を再生・継代栽培して いる.継代栽培している土着の水生植物を池へ植え 戻し,定着・繁茂を目指したが,アメリカザリガニ が高密度に生息しているため,移植した水生植物が 食害を受け繁茂が阻害されてきた.アメリカザリガ ニは,水生植物を食べるほか,動物性食料の採餌効 率を高める目的で水生植物を刈り,開放的環境を創 出するとの報告もある (Nishijima et al., 2017).1995 年まで,舟田池では罠を用いて年間約1万個体のア メリカザリガニを捕獲除去してきたが,水生植物繁 茂への影響低減の効果は認められなかった. 水生植物の定着・繁茂を目指して1996年および 2000年に池の水を干し上げ「かいぼり」を実施し た.かいぼりによるアメリカザリガニ生息密度低減 効果は大きいが,その効果は永続的でない.水を干 し上げる度合い・実施季節・底質乾燥暴露期間,近 隣池沼との距離と地形的条件などがかいぼり効果持 続に影響を及ぼす.かいぼりを2~3年おきに定期 実施できればアメリカザリガニの低密度管理に有益 と考えらえるが,先述のとおり人手と資金という現 1 千葉県立中央博物館 〒260–8682 千葉県千葉市中 央区青葉町955–2

Natural History Museum and Institute, Chiba, 955–2 Ao-ba-cho, Chuo-ku, Chiba 260–8682, Japan

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実的な制限要因が問題となる. こうした背景のもと,舟田池では,池水循環シス テムの管渠取り回しを工夫することで既存のポンプ 稼働による水位低下を試みた.2001年から冬期に 水位を1~1.5 m低下させる人為撹乱を毎年継続し た.この人為的な池水位撹乱の継続条件における水 生植物,プランクトン,アメリカザリガニ,水生昆 虫類,両生類,魚類,水鳥類等の水生生物相の経年 変化を検証した. 水位低下撹乱によるアメリカザリガニ低密度化 冬期に池水位を徐々に低下させると,アメリカザ リガニが夜間に巣穴から移動する行動が誘発され た.非繁殖期のゴイサギNycticorax nycticoraxは夜 行性として知られる(遠藤・佐原,2000).ゴイサ ギはアメリカザリガニが夜間に移動する行動を捕食 の好機とした.水位低下操作を毎年繰り返すことで 地域のゴイサギ個体群に餌場として池の認知が広ま り,一晩に100個体を超えるゴイサギが池に集う興 味深い現象が観察できた(林,2017b).本検証は, 既存の池水循環ポンプの運用による水位低下操作の ため,水位の低下速度は緩やかで,ポンプ稼働期間 中の汀線の移動はゆっくり進んだ.ポンプを昼夜連 続稼働している期間,早朝に汀線沿いを踏査する と,夜間にゴイサギに捕食されて食べ残されたアメ リカザリガニ頭胸甲部が多数汀線沿いに残されてい る.このアメリカザリガニ頭胸甲部の大きさと数を 記録した.アメリカザリガニ頭胸甲部数の経年変化 は図1に示すとおりである.図1から水辺に食べ残 されたアメリカザリガニ頭胸甲部の数が年々減少し たことが明らかである.アメリカザリガニ頭胸甲部 の大きさ変化は図2に示した.図2からアメリカザ リガニ頭胸甲部の大きさは年々小さくなったことが 明らかである. 図1に示すアメリカザリガニ頭胸甲部数は,2009 年までに比較して2010年以降の低減化が顕著であ る.図1は,アメリカザリガニの生息密度を標識放 流法などで評価した結果ではなく,水位低下撹乱に 伴い汀線近くに食べ残されたアメリカザリガニ頭胸 甲部数である.このことは,2009年を境にアメリ カザリガニの生息密度が大きく低減化できたのでは なく,汀線近くに食べ残されるアメリカザリガニ頭 胸甲部の出現に何らかの変化要因が生じたことが推 察された.図2から2009年までと2010年以降の相 違点を検証すると,2010年以降の頭胸甲長が20 mm を下回ったことがわかる.頭胸甲長が20 mm程度 の小型アメリカザリガニはゴイサギに丸呑みされ, 頭胸甲部が残存しないことが推察された.このこと はゴイサギの採餌行動を舟田池で夜間に観察するこ とでも裏付けられた.しかし,頭胸甲長20 mmを 超えるアメリカザリガニがゴイサギ丸呑みされてい る事例も予想され,頭胸甲部数からの評価では捕食 量が過少評価になることにも留意が必要である.そ れでもゴイサギが丸呑みしにくいアメリカザリガニ の大型個体が減少したことは推察可能である. 舟田池では,ゴイサギの他に,アオサギArdea

cine-rea,ダイサギArdea alba,チュウサギArdea interme-dia,コサギEgretta garzetta,などの日中に採餌活動

を行うサギ類(東條,1996)も多数飛来し羽根を休

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めアメリカザリガニを捕食している.また,カイツ ブリTachybaptus ruficollisは留鳥として営巣・繁殖 し,同様にアメリカザリガニを日中に捕食してい る.これら昼間に採餌行動する水鳥類にとって,水 位を低下させた池環境は,食物源としてのアメリカ ザリガニ探索を容易にし,水鳥類によるアメリカザ リガニ捕食活性を高める効果も発揮していると推察 された. 水位低下撹乱によりもたらされたこと アメリカザリガニの現存量低下に伴い,水辺の水 生植物の繁茂域が広がった.1996年まで岸辺の植 生は貧弱で,アシPhragmites australisおよびキショ ウブIris pseudacorusが一部に存在するだけの状態で あった.その群落規模は,図3に示すとおりアシと キショウブを合わせても2 m2強であった.1996年 および200年に実施した水干し・かいぼりによりア メリカザリガニを多数捕獲することができたが,水 辺の水生植物の繁茂に効果が波及する結果は得られ なかった.これは水干し・かいぼりを数年に一度実 施するだけでは水環境保全効果の効果は持続せず, 抜本的なアメリカザリガニ対策にはならないことを 示唆している.かいぼり後に生残したアメリカザリ ガニは,翌年秋に抱卵し,数多くの稚ザリガニが越 年して個体密度を回復させた結果も得られている. このことは,一度のかいぼり実施では,アメリカザ リガニの生息密度低減化効果は限定的であることを 裏付けている. 2001年以降は継続的に毎年水位低下撹乱を実施 し,池水位低下操作によりアメリカザリガニの生息 密度を低減化可能であることが検証できた.その結 果,岸辺の植生も繁茂を広げた.特に2009年以降 の抽水植物群落の規模拡大が顕著で,2012年には 図2. 水位撹乱によるアメリカザリガニ頭胸甲長の経年変化.3. 抽水植物群落面積およびミジンコDaphnia属個体密度の経年変化.

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アシとヒメガマTypha domingensisを中心に70 m2 まで広がった. 岸辺に抽水植物群落が発達したことに起因し,ミ ジンコや水生昆虫の現存量が高まった.これまで 開放水面しか存在しない池に水生植物群落が面的 な広がりを構成した意義は大きい.開放水面では, ミジンコなどの大型動物プランクトンは,モツゴ

Pseudorasbora parva,タモロコGnathopogon elongatus elongatusなどのプランクトン食魚に捕食されやす い.池の水生植物群落は,ミジンコなどが捕食圧を 回避するための避難場所として活用できる.結果と して動物プランクトンの生息密度が高まり,動物プ ランクトンによる捕食活性が高まったことによる緑 藻類および珪藻類等の植物プランクトンの密度も低 下した.ミジンコDaphnia属の生息密度の経年変化 をみると,図3に示すとおり2009年以降の岸辺植生 の拡大期と密接な関係が認められる.ろ過摂食性の ミジンコ類が現存量を増大させた池では植物プラン クトンの現存量が低下して透明度が向上し,水中へ 光が届きやすくなった.水中が見通しやすくなった ことが奏功し,アメリカザリガニを捕食するサギ 類,カモ類の餌探索が容易になる好循環が確認でき た.アメリカザリガニと同様に,ウシガエルの成体 がアオサギやダイサギに捕食される機会が増えたこ とも確認できた.アメリカザリガニと同様にウシガ エルの個体密度も低減化できたと考えられる.水中 が見通しやすくなったことにより,池岸にカワセミ が飛来し採餌する様子が高頻度に認められるように なるなど,水辺の生きものの種多様性および生息密 度が高まる結果が得られた. 調査池では複数地点に水面上まで高く伸びる木杭 が農業用途のため池時から設置されている.この木 杭の表面にはウチワウヤンマがヤゴから羽化した抜 け殻(羽化殻)が残される.羽化殻調査は,トンボ 成体の捕獲を伴わずトンボ類の発生個体数を毎年正 確に調査把握できる (松木,1993).このウチワウヤ ンマのヤゴ羽化殻数の経年変化を検証したところ, 2009年までは年間羽化確認数が10個体前後で推移 してきたものが,2010年から急速に羽化数を増加さ せ,2015年には156個体の羽化が確認されるに至っ た.ウチワヤンマは,ミジンコと同じく2009年以 降の岸辺植生の拡大に呼応するように増加してお り,水生植物の繁茂域拡大が水生動物の生息密度増 大に寄与するとの考えに整合的である.2016年に は,本検証を行った池および周辺の実験水槽群にお いて29種のトンボが羽化殻から確認された(松木・ 林,2017).アメリカザリガニを低密度管理するこ とが,プランクトンや水生昆虫の種構成に大きく影 響を及ぼすことが明らかにできた. おわりに 公園池など都市の水環境にはアメリカザリガニが 定着している事例が多く,在来生態系に影響を及ぼ している(中田,2015).池の水環境保全・水生生 物相の維持管理に水干し・かいぼりが有効であるこ とは論を俟たない.しかし,農業用に水抜きの機構 があらかじめ仕込まれた池でないと水干しには,費 用・人手がかかり毎年実施するのは困難である.こ うした背景の中,池の水位を毎年低下させる撹乱に より,アメリカザリガニの生息密度を低く管理する ことに成功した.無論,池水位の撹乱によりもたら されるアメリカザリガニ生息密度低減化効果は,普 遍的に全ての池に有効とは言えない.むしろ,限定 的な条件下で効果が発揮されるものと考えられる. 池周囲が全て垂直に切り立つ構造の修景用に使われ る公園の池などでは,水位の低下による緩傾斜の移 行帯創出は期待しにくい.しかし,水位を低下させ る撹乱は,アメリカザリガニをはじめとした外来種 が優占化している池沼において,水界生態系に変化 をもたらす契機と期待できる.舟田池では水位撹乱 を休止し,アメリカザリガニの現存量がどのように 変化するかの検証も試み始めたところである.今 後,さまざまな条件の池沼において池水位の操作を 実施し,アメリカザリガニ低密度管理への効果を検 証していきたいと考えている. 謝 辞 本稿で紹介した取り組みには,アメリカザリガニ 捕獲法などに関し,岡山大学大学院環境生命科学研 究科(当時:独立行政法人土木研究所)の中田和義 博士から専門的知見に基づくご指導をいただいた. ここに記し謝意を表する.

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文 献

遠藤菜緒子,佐原雄二,2000.Diel Rhythmic Activity and Foraging Site Utilization of the Black-crowned Night Heron (Nycticorax nycticorax) in its Breeding Season.日本鳥学会誌,48: 183–196. 林 紀男,2017a.かいぼりが池の環境保全に果たす役 割.用水と廃水,58: 56–64. 林 紀男,2017b.池沼の冬期低水位管理によるアメ リカザリガニ低密度化.よみがえる魚たち(高橋 清孝編著),恒星社厚生閣,東京,pp. 65–66. 松木和雄,1993.トンボの羽化殻を集めよう!子供の 科学,56: 30–31. 松木和雄・林 紀男,2017.千葉県立中央博物館生態 園のトンボ類.房総の昆虫,59: 2–21. 中田和義,2015.都市の水環境に定着した外来ザリガ ニが在来生態系に及ぼす影響.用水と廃水,57: 519–524.

Nishijima, S., Nishikawa, C., & Miyashita, T., 2017. Habitat modification by invasive crayfish can facilitate its growth through enhanced food accessibility. BMC Ecology, DOI:10.1186/s12898-017-0147-7. (https://doi.org/10. 1186/s12898-017-0147-7) 尾崎保夫・林 紀男・片桐浩司,2017.水環境の保全 をめざした沈水植物再生の取り組みと今後の課題. 日本水処理生物学会誌,53: 81–93. 東條一史,1996.日本産アオサギ亜科5種の生息場所, 採餌行動および餌利用.日本鳥学会誌,45: 141–158.

図 1.  水位撹乱によるアメリカザリガニ捕獲数の経年変化.

参照

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